米国議会図書館蔵『源氏物語』 桐壺 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- きりつほ (1オ) いつれの御時にか女御更衣あまたさふらひ給けるなかに いとやむことなききはにはあらぬかすくれてときめき 給ふありけりもとより我はと思ひあかりたまへる御かた/\ めさましき物におとしめそねみ給ふおなし程それより けらうの更衣たちはましてやすからすあさ夕のみや つかへにつけても人の心をのみうこかしうらみをおふつもり にやありけんいとあつしくなりゆき物心ほそけにさとかちに なるをいよ/\あかすあはれなる物におほして人のそしりをも (1ウ) えはゝからせたまはす世のためしにもなりぬへき御もてなし也かん たちめ殿上人なともあいなくめをそはめつゝいとまはゆき人 の御おほえ也もろこしにもかゝる事のおこりにこそ世もみたれ あしかりけれとやう/\あめのしたにもあちきなう人のもて なやみ草になりてやうきひのためしもひきいてつへくなり ゆくにいとはしたなき事おほかれとかたしけなき御心はへのた くひなきをたのみにてましらひ給ふちゝの大納言はなくなりて はゝ北のかたなんいにしへの人のよしあるにておや打くしさし (2オ) あたりて世のおほえはなやかなる御かた/\にもをとらす何事の きしきをももてなし給けれととりたてゝはか/\しき御うしろ見 なけれはことある時はなをよりところなく心ほそけ也さきの世 にも御ちきりやふかかりけむ世になくきよけなる玉のをのこ みこさへむまれたまひぬいつしかと心もとなからせ給ていそきま いらせて御らんするにめつらかなるちこの御かたち也一のみこは 右大臣の女御の御はらにてよせをもくうたかひなきまうけのきみと 世にもてかしつききこゆれとこの御にほひにはならひ給ふへくも (2ウ) あらさりけれは大かたのやむことなき御思ひはかりにて此君をはわた くしのものにおほしかしつきたる事かきりなしはゝきみははしめ よりをしなへてのうへみやつかへなとしたまふへききはにはあらさりき おほえいとやむことなく上すめかしけれとわりなくまとはさせ 給ふあまりにさるへき御あそひのおり/\何事にもゆへあることのふし/\ にはまつまうのほらせたまひある時には御おほとのこもりすくして やかてさふらはせ給なとあなかちにおまへさらすもてなさせ給し程に をのつからかろきかたにも見えしを此みこむまれ給て後はいと (3オ) 心ことにおほしをきてたれは春宮にもならせすは此みこをすへ 給ふへきなめりと一の宮の女御おほしうたかへり人よりさきにまいり 給てやむことなき御おもひはなへてならすみこたちなともおはし ませは此御かたの御いさめをのみそなをわつらはしう心くるしうおもひ きこえさせ給けるかしこき御かけをはたのみきこえなからおとしめき すもとめ給ふ人々おほく我身はかよはくて物はかなきありさま にてなか/\なるものおもひをし給ふ人そいとくるしけなる御さう しはきりつほなりけりあまたの御かた/\をすき給つゝひま (3ウ) なき御まへわたりを人々心つくし給ふもけにことはりと見え たりまうのほり給ふ時にもあまり打しきる時はうちはし わたとのゝほとこゝかしこのみちにはあやしきわさをしつゝ 御むかへをくりの人々もきぬのすそたへかたくまさなき事ゝも おほかり又ある時はえさらぬめんたうの戸をさしかためて心を あはせてはしたなめわつらはし給ふおり/\もありことにふれて かすならすくるしき事のみまされはいといたう思わひたるを いとゝあはれと御覧して後涼殿にもとよりさふらひ給ふ (4オ) かうゐの御さうしをはほかにうつさせ給てうへつほね にたまはすそのうらみましてやらんかたなし此みこ みつになり給ふとし御はかまきの事あり一のみこのたてま つりしにをとらすくらつかさおさめ殿の物をつくしていみしう せさせ給ふそれにつけてもよのそしりのみおほかれと 此みこのおよすけもておはする御かたち心はへありかたくめつら しきまて見え給ふを見たてまつるかきりの人々はえそねみ あへたまはす物の心しり給ふ人々はかゝる人も世にはいておはする (4ウ) なりけりとあさましきまて目をおとろかし給ふその年の 夏みやすところはかなひこゝ地にわつらひてなんとし給ふ をいとまさらにゆるさせたまはす年ころつねのあつしさに なりたまへれは御めなれてなをしはしこゝろみよとのみのたま はするに日々にをもり給てたゝ五六日の程にいとよはかになり たまひぬはゝ君なく/\そうしてまかてさせたてまつらせ給ふ かゝるおりにもあるましきはちもこそと心つかひしてみこをは とゝめたてまつりてしのひてそ出給ふかきりあれはさのみも えとゝめさせたまはす御覧したにをくらぬおほつかなさを (5オ) いふかたなくかなしとおほさるいとにほひやかにてうつくしけなる 人のいたうおもやせていとあはれと物をおもひしみなからことに 出ても聞えいてたまはすあるかなきかにきえ入つゝ物し給ふを 御らんするにきしかたゆくすゑおほしめされす我もなく/\ よろつを契りのたまはすれと御いらへもきこえたまはすまみなとも いとたゆけにていとゝなよ/\とわれかの気しきにてふしたまへれは いかさまにせんとおほしめしまとひ手くるまの宣旨なとたまはせ ても又いらせ給てさらにえゆるさせたまはすかきりあらんみちにも をくれさきたゝしと契らせ給けるにかく打すてゝはさりともゆき (5ウ) やらしといひもやらせたまはすむせかへらせ給ふ御ありさまを女君 いみしと見たてまつらせたまひて     「かきりとてわかるゝみちのかなしきにいかまほしきは いのちなりけり」いとかくおもふ給へましかはといきもたえつゝきこえ まほしけなることはありけなれといとくるしけにてたゆるやうなれは たゝよそなからいかにもなりはてんを御らんしはてんとおほせと すほうあまたいむへき事人々におほせこと給ふによゐよりはしむへ けれはわりなくおほしめされなからまかてさせたてまつり給ふ御むねふ たからせ給て露まとろませたまはすあかしかねさせ給ふ御つかひの (6オ) 行かふ程もなきになをいふせさかきりなくのたまはせつるを夜中 すくるほとになんたえ入たまひぬとてなきさはけは御つかひも あえなくかへりまいりたるをきこしめすまゝに御心まとひして何事も おほしめされすいみしくてこもりおはしますみこかくても御らんせ まほしけれとかゝる程にさふらひ給ふれいなき事なれはまかて給 なんとす何事かあらんともおほしたらすさふらふ人々のなきまとひ うへも御なみたのひまなくなかれおはしますをあやしと見たてまつり 給へるをよろしき事にたにかゝるわかれのかなしからぬはなきわさなるを ましてあはれにいふかひなしかきりあれはれいのさほうにおさめ (6ウ) たてまつるをはゝ北のかたおなしけふりにのほりなんとなきこかれ給 て御をくりのねうはうのくるまにしたひのり給てをたきといふとこ ろにいといかめしうそのさほうしたるにおはしつきたるこゝちけに いかはかりかはありけんむなしき御からを見る/\なをおはする物とのみ おほゆるかいとかひなけれははひになりたまはむを見たてまつりて いまはなき人とひたふるにおもひなりなんとさかしくのたまひつれと 御くるまよりもおちぬへくよろひまとひ給へはさは思ひつかしと人々 もてわつらひきこゆ内よりも御つかひあり三位のくらゐをくり給ふ よしちよくしきたりてその宣命よむいとかなしき事なりける (7オ) 女御とたにいはせすなりぬるかあかすくちおしうおほさるれは いま一きさみのくらゐをたにとをくらせ給なりけりこれにつけても にくみ給ふ人々おほかりものおもひしり給ふはさまかたちなとのめて かりしにもそへて心はせのなたらかにめやすくにくみところなか りしことなといまそおほし出るさまあしき御もてなしゆへこそすけ なうそねみたまひしか人からのあはれになさけありし御心をうへの ねうはうなとも恋しのひあへりなくてそとはかゝるおりにやと見え たりはかなくて日ころすきて後の御わさなとにもこまかに とふらはせ給ふ程ふるまゝにせんかたもなう悲しくおほさるゝに (7ウ) 御かた/\の御とのゐなともたえてしたまはすたゝ御なみたにひちて あかしくらさせ給へは見たてまつる人さへ露けき秋なりなき程 まても人のむねあくましかりけるひとの御おほえかなとそこきてん なとにはなをゆるしなうのたまひける一のみやを見たてまつらせ 給ふにもわかみやの御恋しさをのみつきせすおほし出つゝしたしき 女房御めのとなとをつかはしつゝ御ありさまをはきこしめすのわきし たちてにはかにはたさむき夕くれの程つねよりもおほしいつる 事おほくてゆけひのみやう婦といふをつかはす夕月夜のおかし きほとにいたしたてさせ給てやかてなかめおはしますかうやうの (8オ) おりは御あそひなとせさせたまひしに心ことなる物のねをかきたてゝ はかなくきこえいつることの葉も人よりはことなりし気はひかたちのおも かけにつとそひておほさるゝもやみのうつゝにはなををとりけり みやう婦はかしこにまうてつきてくるまひきいるゝよりけはひあは れなりやもめすみなれと人ひとりの御かしつきにとかくつくろひ たてゝめやすき程にてすくし給へるをやみにくれてふし しつみ給へる程に草もふかくなり野わきにところ/\あれたる こゝちして月かけはかりそやへむくらにもさはらすさし入たる みなみおもてにおろしてはゝきみあひ給へととみにえものも (8ウ) のたまはすいまゝてとまり侍るかいとうきをかゝる御つかひのよも きふの露わけ入給ふるにつけてもいとはつかしうなんとてけにえ たうましうなき給ふまいりてはいとゝ心くるしう心きもゝつくる やうになと内侍のすけなとのそうしたまひしをものおもふたまへ しらぬこゝ地にもけにこそいとしのひかたう侍けれとてやゝためらひて おほせことつたへきこゆしはしは夢かとのみたとられしをやう/\ 思ひしつまるにしもさむへきかたなくたへかたきはいかにとすへき わさにかともとひあはすへき人たになきをしのひてはまいり給て 御心なき御物かたりをたになんやわかみやのいとおほつかなく露 (9オ) けきなかにすくしたまはん心くるしうおほさるゝをとくまいらせ 給つゝかつは人も心よはく見たてまつるらんとおほしつゝまぬにしも あらぬ御気しきの心くるしさにうけたまはりもはてぬやうにて なんまかて侍ぬるまて御文たてまつる目も見え侍らぬにかくかし こきおほせ事をひかりにてなんとて見給ふ程へはすこしもうちま きるゝ事もやとまちすくす月日にそへていとゝしのひかたきは わりなきわさになんいわけなき人もいかにとおもひやりつゝもろ ともにはくゝさぬおほつかなさをくちおしといまはなをむかしの かた見になそらへて物し給へなとこまやかにかゝせたまへり (9ウ)     「みや木のゝ露ふきむすふ風のをとにこはきかもとを おもひこそやれ」なとあれとえ見たまはすいのちなかさのいとつらう 思たまへしらるゝに松のおもはむことたにはつかしく思給へ侍れはまして もゝしきにゆきむかひ侍らん事はいとゝはゝかりおほくなんかしこき おほせことをたひ/\うけたまはりなから身つからはえなむおもひ給へ たつましきわか宮はいかておほししるにかまいりたまはん事をのみ なんおほしいそくめれはことはりにかなしう見たてまつり侍るなとうち/\ に思給ふるさまをそうし給へゆゝしき身に侍れはかくておはしまさんも いま/\しうかたしけなくなとのたまふ宮はおほとのこもりにけり (10オ) 見たてまつりてくはしう御ありさまもそうし侍らまほしきをまち おはしますらんに夜もふけ侍りぬへしとていそく暮まとふ心の やみもたへかたきかたへをたにはるゝはかりなんいと聞えまほしう侍を 御わたくしにも心のとかにまかてよらせ給へ年ころうれしくおもたゝしき ついてにのみたちよりたまひし物を御せうそこにて見たてまつるは 返々つれなきいのちにも侍かなむまれたまひし時よりおもふ心ありし 人なり故大納言いまはとなるまてたゝ此人の宮つかへのほいかなら すとけさせたてまつれ我なくなりぬとてくちをしきかたにおもひ くつをるなと返々いさめをかれしかははか/\しううしろみ思ふ人も (10ウ) なきましらひは中々なるへき事と思給なからたゝかのゆいこん たかへしとはかりにいたしたて侍りしを身にあまるまての御心はへ のよろつにかたしけなきに人けなきはちかましさをかくしつゝ ましらひ給めりしを人の御そねみふかくつもりやすからぬ事おほ くなりそひ侍つるによこさまなるやうにてつゐにかくなり侍ぬれは かへりてはつらくなんうへの御心はへを思給へられ侍るこれもわりなき 心のやみになともえいひもやらすむせかへり給ふ程に夜もふけぬうへ もしかなんわか御心なからあなかちに人めおとろくはかりにおほされしもかく なかゝるましき契なりけりといまはつらかりける人のとなん思なす世に (11オ) いさゝかも人の心にまけたる事はとゝめしと思しをたゝ此人ゆへに あまたのさるましき人のうらみをおひしはて/\はかく打すてられ て心のおさめんかたなきにいとゝ人わろくかたくなになりはつるも さきの世のいふかしくなと打かへしつゝしほたれかちにのみおはし ますとかたれはつきもせすなく/\夜いたうふけぬれはこよひすく さす御かへりそうせんとていそきまいる月は入かたの空きよう すみわたれるに風いとすゝしうふきて草むらのむしのこゑ/\ もよほしかほなるにいとたちはなれにくきくさのもと也     「すゝむしのこゑのかきりをつくしてもなかき夜あかす (11ウ) ふるなみたかな」とものりやらす     「いとゝしくむしのねしけきあさちふに露をきそふる くものうへ人」かことも聞えつへくなといはせ給ふおかしき御をくり物 なとあるへきおりにもあらねはたゝかの御かたみにとてかゝるよもやとて のこし給へりける御さうそく一くたりみくしあけのてうとたつ物 をそそへ給ふわかき人々かなしき事はさらにもいはす内わたりを朝 ゆふにならひていとさう/\しくうへの御ありさまなとおもひいてき こゆれはとくまいりたまはん事をそゝのかしきこゆれとかういま/\ しき身のそひたてまつらむもいとゝ人きゝうかるへし又見たて (12オ) まつらてしはしもあらんはいとうしろめたう思ひきこえ給てすか/\とも えまいらせたてまつりたまはぬなりけりみやう婦はまいりてまたおほ とのこもらせたまはさりけるとあはれに見たてまつるをまへのつほせん さいのいとおもしろきさかりなるを御らんするやうにてしのひやかに 心にくきかきりの女房四五人さふらはせ給て御物かたりなとせさせ給ふ なりけり此ころあけくれ御らんするちやうこんかの御ゑていしのみかとの かゝせ給て伊勢とつらゆきによませ給へるやまとことの葉をももろ こしのうたをも我御世のみたゝそのすちをまくらことはにせさせ 給ふいとこまやかにありさまをとはせ給へはあはれなりつる事とも (12ウ) しのひやかにそうす御世御らんすれはいともかしこきはをきところも 侍らすかゝるおほせ事につけてもかきくらすみたり心になん     「あらき風ふせきしかけのかれしよりこはきかうへそ しつ心なき」なとやうにみたりかはしきを心おさめさりける程と御らん しゆるすへしいとかうしも見えしとおほししつむれとさらにもえ しのひあへさせたまはす御らんしはしめしとし月の事さへかきあつ めよろつにおほしつゝけられて時のまもおほつかなかりしをかく ても月日はへにけりとあさましうおほさる故大納言のゆい こんあやまたす宮つかへのほいふかく物したりしよろこひは (13オ) かひあるさまにてこそ思わたりつれいふかひなしやとうち のたまはせていとあはれとおほしやれりかうてもをのつ からわかみやなともおひいてたまはさるへきついてもあり なんいのちなかくとこそ思ねんせめなとのたまはす此をくり 物を御らんせさすれはなき人のすみかをたつねいてたりけん しるしのかんさしならましかはとおほすもいとかひなし     「たつねゆくまほろしもかなつてにても玉のありかを そことしるへく」ゑにかきとめたるやうきひのかたちはかき りいみしきゑしといへとも筆かきりありけれはいとにほひすく (13ウ) なしたいえきのふようみあうの柳もけにかよひたりし かたち色あひからめひたるよそほひはうるはしうけふらに こそはありけめなつかしうらうたけなりしありさまはをみな へしの風になひきたるよりもなよひなてし子の露にぬれ たるよりもらうたくなつかしかりしけはひをおほし出るに 花鳥の色にもねにもよそふへきかたそなきあさ夕のこと草 にははねをならへえたをかはさんと契らせたまひしに誰も かなはさりけるいのちのほとそつきせすうらめしき風のをと むしのねにてもののみかなしくおほさるゝにこきてんには (14オ) 世の中物むつかしうおほされて人の御つほねにもまうの ほりたまはす月のおもしろきに夜ふくるまてあそひをそ し給ふなるみかといとすさましう物しときこしめす此ころの御け しきを見たてまつるうへ人女房なとはかたはらいたしときゝけり いとをしたちかと/\しきところ物し給ふ御かたにてことにもあらす おほしけちてももてなし給ふなるへし月もいりぬ     「雲のうへもなみたにくるゝ秋の月いかてすむらん あさちふのやと」おほしめしやりつゝともし火をかゝけつくしておき おはしますにうこんのつかさのとのゐ申のこゑ聞ゆるはうしに (14ウ) なるなるへし人目をおほしてよるのおとゝにいらせ給ても 露まとろませ給ふ事いとかたしあしたにおきさせ給ふとても あくるもしらてとおほしいつるにもなをあさまつりことをはをこ たらせたまひぬへかめり物なともきこしめさすあさかれいゐの 御ものけしきはかりにて大正しのおものなとはいとはるかにおほし めしたれははひせんにさふらふかきりは心くるしき御けしきを見た てまつりなやむすへてちかふさふらふかきりはおとこをんないとわり なきわさかなとみないひあはせつゝなけくさきの世にもさるへ き契りこそはおはしましけめそこらの人のそしりうらみをも (15オ) はゝからせたまはす此御事にふれたる事をはたうりをは うしなはせたまひしにいまはたかく世のまつりことをもおほしすてたる やうになりゆくはいとたひ/\しきわさなりと人のみかとのためし まてひきいてゝさゝめきなけきけり月日へてわかみや まいりたまひぬいとゝこの世の物ならすかしこうきよらに およすけ給へれはいとゝゆゝしうおほしたりあくるとしの 春春宮さたまり給ふにもいとひきこさまほしうおほせと 御うしろ見すへき人もなく又よの人のうけひくましき ことなりけれは中々あやうくおほしめしはゝかりて色にも (15ウ) いたさせたまはすなりぬるをさはかりおほしたれとよ人もき こえ女御も御こゝろおちゐたまひぬかの御をは北のかたなくさむ かたなくおほししつみておはすらんところにたにたつねゆかんと ねかひたまひししるしにやつゐにうせ給ぬれは又これをかなしひ おほす事かきりなしみこも六になり給ふ年なれは此たひは おほししりていみしう恋なき給ふ年ころなれむつひ聞え給へるを 見たてまつりをくことのかなしひをなん返々のたまひけるいまは内 にのみそさふらひ給なゝつになり給ふ年ふみはしめなとせさせ 給て世にしらすさとうかしこくおはすれはあまりゆゝしくおそ (16オ) ろしきまて御覧すいまは誰も/\えにくみたまはしはゝきみ なくてたにらうたかり給へとてこきてんなとにもわたらせ給ふ 御ともにはやかてみすのうちにいれたてまつり給ふいみしきものゝ ふあたかたきなりとも見てはまつ打ゑまれぬへきさまのしたま へれはえさしはなちたまはすをんな宮たちも二ところ 此御はらにはおはしませとなすらひ給ふへきたにそなかりける いつれの御かた/\もえかくれあへたまはすいまよりなまめかしう はつかしけにおはすれはいとおかしう打とけぬ御あそひ草 にたれも/\おもひ聞え給へりわさとの御かくもんをはさる (16ウ) 物にて琴ふえのねにも雲井をひゝかしすへていひつゝ けはこと/\しううたてなりぬへき人の御さまなりける そのころこまうとのまいれる中にかしこきさうにんのありける をきこしめして宮のうちにめさん事はうたのみかとの御いま しめあれはいみしうしのひてやつして此みこをかうろくわん につかはしたり御うしろみたちてつかうまつる左大弁の子のやう おもはせていてまつるに相人おとろきてあまたたひかたふき あやしふくにのおやとなりて帝王のかみなきくらゐにのほる へきさうおはします人のそのかたにてみれはみたれうれう (17オ) る事やあらんおほやけのかためとなりて天下をたすくる かたにて見れは又その御さうたかうへしといふ弁もいとさへ かしこきはかせにていひかはしたる事ともなんいとけうあり けるふみなとつくりかはしてけふあすかへりさりなんとするに かくありかたき人にたいめんしたるよろこひのかへりてはかなし かるへきことの心はへをおもしろくつくりたるにみこもいとあはれ なる句をつくり給へるをかきりなうめてたてまつりていみし きをくり物ともをさゝけたてまつるおほやけよりもおほくの物 給ふをのつからことひろこりてもらさせたまはねと春宮のおほち (17ウ) おとゝなときゝ給ていかなる事にかとなんおほしうたかひてなん ありけるみかとかしこき御心にてやまとさうをおほせておほし よりにけるすちなれはいまゝて此君をみこにもなさせたまは さりけるをさうにんはまことにかしこかりけりとおほしめして 無品の親王の外釈のよせなきにてはたゝよはまし我御身 をもいとさためなきをたゝ人にておほやけの御うしろ見を するなんゆくさきもたのもしけなめる事とおほしさためていよ/\ かくもんをせさせたてまつりみち/\のさえをならはさせ給ふに きはことにかしこくてたゝ人にはいとあたらしけれとみこと (18オ) なりたまひなは世のうたかひおひたまひぬへく物し給へは すくよこのかしこきみちの人にかんかへさせ給ふにもおなしさまに のみかんかへ申せは源氏になしたてまつるへくおほしをきたり とし月にそへてみやすむところの御事をおほしわするゝ時なし なくさむやとさるへき人々まいらせ給へとなすらへにたにおほさるゝ たにかたき世かなと物うとましうのみよろつにおほしなり ぬるに先帝の四宮の御かたち世にすくれたる名たかうきこえ おはしますはゝきさき世になくかしつき聞え給ふをうへに さふらふ内侍のすけは先王の御時の人にてかの宮にもしたしう (18ウ) まいりなれたりけれはちいさくおはしましゝ時より見たてまつり けりいまもほの見たてまつりてうせ給にしみやすところの 御かたちになすらはれに給へる人を三代の宮つかへにつたはり ぬるにえみたてまつりつけぬをきさいのみやのひめ宮こそいと ようたてまつりておひいてさせ給へりけれありかたき御かたち 人になとそうしけるをまことにやと御心とまりてねんころに 聞えさせ給へれとはゝきさきあなおそろしや春宮の御はゝ 女御のみこゝろいとさかなくてみやすところもいときりつほの更 衣のあらはにはかなくもてなされにしためしもゆゝしとおほし (19オ) つゝみてすか/\しうもおほしたゝさりける程にきさきも うせたまひぬ心ほそきさまにておはしますにたゝ女御たちの 御はらに思ひ聞えむかといとねんころに聞えさせ給ふれはさふらふ 人々御うしろみたち御せうとの兵部卿の宮なとたけにかく心ほそく ておはしまさんよりはうちすみせさせ給て御心もなくさむへくなと おほしなりてまいらせたてまつり給へり藤つほと聞ゆけに御かたちあり さまあやしきまてそおほえ給へる是は人の御きはまさりて思なし めてたく人もえ思おとしめ聞えたまはねはうけたまはりてあかぬ ことなしかれは人のゆるしきこえさりしに御こゝろさしはあやにく (19ウ) なりしそかしおほしうつるとはなけれとをのつから御心うつろひて こよなうおほしなくさむやうなるもあはれわさなりけり源氏の 君は御あたりさりたまはぬをましてしけくわたらせ給ふ御かたに ましてはえはちあへたまはすいつれの御かたにもわれ人にをとらん とやは思たるやはあるとり/\にいとめてたけれとうちおとなひな とし給へるにいとわかううつくしけにてせちにかくれ給へとあさ夕 にさふらひ給へはをのつから見たてまつるそはゝみやすところは かけたにおほえたまはぬに是なんいとよう似給へりと内侍のすけ の聞えけるをおさなき御こゝちにいとあはれと思ひ聞え給て (20オ) つねにまいらまほしくなつさひ見たてまつらはやとそおほえ給ふ うへもかきりなき御思とちにてなうとみたまひそとつねには 聞え給あやしくよそへ聞えつへきこゝちなんするなめしと おほさてらうたうし給へつらつきまみなとはいとよう似たりし ゆへかよひて見え給ふもにけなからすなん聞え給へれはおさなき御 こゝちにもうれしく思ひてはかなき花もみちにつけてもおかしき さまなるをはまつ心さし見えたてまつりこよなう心よせきこえ給へれ はこうきてんの女御又この宮とも御中そは/\しきゆへ打そへて もとよりのにくさもたちいてゝものしとおほしたち世にたくひ (20ウ) なしと見たてまつり給ふ名たかくおはする女御の御かたちにもなを此 君のにほはしさはたとへんかたなくうつくしけなるをよの人 ひかる君ときこゆ藤つほならひ給て御おほえもとり/\なれは かゝやく日のみことそ聞ゆこのきみの御わらはすかたいとかへまうく おほせとさてのみあるへき事ならねは十二にて御けんふくせさせ たてまつり給ふめてたくおほしいとなみてかきりあることに ことをそへさせたまひぬひとゝせの春宮の御けんふく南殿 にてありしきしきのよそほしかりし御ひゝきにをとらせた まはすところ/\のちやうなとくらつかさこくさうゐんなと (21オ) おほやけ事につかまつれりれいをろそかなる事もそととりわき おほせことありてをの/\きよらをつくしてつかうまつれりおはし ます殿のひんかしのひさしのひんかしむきにこいした てゝかさの御さひきいれの大臣の御さ御まへにありさるの時にて 源氏まいり給てひんつらゆひ給へるつらつき御かほのにほひさま かへたまはん事おしけ也おほくらの卿くら人つかうまつるいと きよらなり御くしをそく程いと心くるしけなるをうへはみやす ところの見ましかはとおほしいつるにいとたへかたきをこゝろ つよくねんしかへさせ給ふかうふりし給てみやすところに (21ウ) おりたまひて御そたてまつりかへておりてはいし たてまつり給ふさまをみな人なみたおとしつみかとはた ましてえしのひあへたまはすおほしまきるゝおりも ありつるむかしの事もとりかへしいとかなしくおほさる いとかうきひはなるほとはあけをとりもやとうたかは しくおほされつるをあさましううつくしけさそひ 給へりひきいれの左大臣のみこはらにたゝひとりかし つき給ふおほんむすめ春宮よりも御気しきあるを おほしわつらふ事ありけるをこの君にたてまつらんの (22オ) 御心なりけりうへにも御けしきたまはらせたまへり けれはさらは此おりのうしろ見なかめるをそひふしにも ともよほさせ給けれはさおほしたりさふらひにまうて たまひて人々おほみきなとまいるほとみこたちの 御さのすゑに源氏つき給へりおとゝけしきはみきこえ 給ふ事あれとものゝつゝましき程にてともかくもえ あへしらへきこえたまはす御まへより内侍せんしうけ たまはりつたへておとゝまいり給ふへきめしあれはまいり 給ふ御ろくの物うへのみやう婦とりて給ふしろきおほ (22ウ) うちきに御そ一くたりれいのことなり御さかつきのついてに     「いときなきはつもとゆひになかきよをちきる心は むすひこめつや」御心はへありておとろかせ給ふ     「むすひつるこゝろはふかきもとゆひにこきむらさきの 色しあせすは」とそうしてなかはしよりおりてふとうし 給ふひたりのつかさの御むまくら人ところのたかすへて たまはりたまふみはしのもとにみこたちかんたちめ つらねてろくともしな/\たまはりたまふその日の御 まへのおりひつこものなと人々いみしかる左大弁なん (23オ) うけたまはりてつかうまつらせけりとんしきろくのから ひつともなとところせきまて春宮の御けんふくの おりにも数まされりなか/\かきりもいかめしうなんやかて その夜おとゝの御さとに源氏の君まかてさせ給ふさほう 世にめつらしきまてもてかしつき聞え給へりいときひはにて おはしたるをゆゝしううつくしと思ひきこえ給へりをんな君 はすくし給へる程にいとわかうおはすれはにけなく はつかしとおもひたり此おとゝの御おほえいとやむことなきに はゝ宮うちのひとつきさきはらになんおはしけれはいつかたに (23ウ) つけてもいと物あてやかなるにこの君さへかくおはしそひ ぬれは春宮の御おほちにてつゐに世の中をしり給ふへき 右のおとゝの御いきをひは物にもあらすをされ給へり御こ ともあまたはら/\にものし給ふこの宮の御はらにくら人の 少将にていとわかうおかしきをみきのおとゝの御中はいとよから ねと人からをえ見すくしたまはてかしつき給ふ四のきみに あはせ給へりをとらすもてかしつき給へはあらまほしき御あはひ ともになん源氏の君はうへのつねにおほつかなかりめしまつ はせは心やすくさとすみもえしたまはす心のうちにもたゝ (24オ) 藤つほの御ありさまをたくひなしとおもひ聞え給てさやう ならん人をこそ見めこゝら見るににる人なくもおはしけるかな おほい殿のひめ君いとおかしけにかしつかれたる人とは見ゆれと こゝろにもつかすおほえ給ておさなき程の御ひとへこゝろに かゝりていとくるしきまてそおはしけるおとなになり給て後は ありしやうにみすのうちなとにもいれたまはす御あそひ のおり/\琴ふえのねにきこえかよひほのかなる御こゑ をなくさめにて内すみのみこのましうおほえ給ふ五六日は さふらひ給てはおほひ殿に二三日なとたえ/\にまかて (24ウ) たまへとたゝいまはをさなき御ほとによろつつみなくおほし めしていとなみかしつき聞え給ふ御かた/\の人々よの中に をしなへたらぬをえりとゝのへすくりてさふらはせ給ふ御こゝろに つくへき御あそひをしよろつにおふな/\おほしいたつく内 にはもとのしけいさを御さうしにてはゝみやすところのかたの 人々まかてちらすさふらはせ給ふさとの殿はもくすりたくみ つかさなと宣旨くたりてになうあらためつくらせ給ふもとの 木たち山のたゝすまひなとおもしろきところなりけるを いとゝ池のこゝろひろくしなしてめてたくつくりのゝしる (25オ) ところにおもふやうならん人をすへてすまはやとのみ なけかしうおほしわたるひかるきみといふ名はこまう とのめてきこえてつけたてまつりけるとそいひつたへ たるとなん ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:荻野仁賀、神田久義、伊藤鉄也、斎藤達哉 更新履歴: 2011年3月24日公開 2011年6月21日更新 2011年10月5日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2011年6月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (3ウ)4 事とも → 事ゝも (4ウ)3 ゆるさせゝ → ゆるさせ (4ウ)4 こゝろ見よ → こゝろみよ (4ウ)5 日ゝ → 日々 (5ウ)2 みたてまつら → 見たてまつら (5ウ)7 はらむ → はしむ (6オ)4 おわします → おはします (6ウ)7 おちふへく → おちぬへく (6ウ)8 み位の → 三位の (8オ)6 給つるを → 給へるを (8オ)9 と見に → とみに (9オ)3 御けしき → 御気しき (9オ)8 はくらさぬ → はくゝさぬ (9オ)9 かたみ → かた見 (9オ)9 なすらへて → なそらへて (10オ)3 聞えかほしう → 聞えまほしう (10ウ)1 中/\ → 中々 (12オ)6 比ころ → 此ころ (12ウ)2 みたり心ちなん → みたり心になん (14ウ)7 ちかう → ちかふ (15オ)9 中/\ → 中々 (15ウ)1 いたさせにすまはす → いたさせたまはす (15ウ)6 恋なき給ふ → 悲なき給ふ (16オ)7 なままめかしう → なまめかしう (18ウ)3 み代の → 三代の (20オ)2 うと見 → うとみ (21ウ)3 しのひあえ → しのひあへ (21ウ)8 御けしき → 御気しき (22オ)2 なるめるを → なかめるを (22オ)3 ■かうて → にまうて (22オ)4 人/\ → 人々 (23オ)6 おはしたりを → おはしたるを (25オ)1 とこゝろに → ところに ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2011年10月5日修正) 丁・行 誤 → 正 (15ウ)6 悲なき給ふ → 恋なき給ふ