米国議会図書館蔵『源氏物語』 帚木 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- はゝき木 (1オ) ひかる源氏名のみこと/\しういひけたれたまふとか おほかる中にいとゝかゝるすきことゝもをすゑの世にきゝつたへ てかろひたる名をやなかさむとしのひ給けるかくろへこと をさへかたりつたへけん人の物いひさかなさよさるはいといたく 世をはゝかりまめたち給ける程なよひかにおかしき事は なくてかた野の少将にはわらはれ給けんかしまた中将 なとに物し給し時は内にのみさふらひようし給ておほひ 殿にはたえ/\まかて給ふをしのふのみたれやとうたかい 聞ゆる事もありしかとさしもあためきめなれたる打つけのすき (1ウ) すきしさなとはこのもしからぬ御本上にてまれにはあなかちに ひきたかへ心つくしなる事を御心におほしとゝむるくせなんあや にくにてさるましきおほんふるまひも打ましりけるなか雨 はれまなきころ内の御物いみさしつゝきていとゝなかゐさふらい 給けるを大殿にはおほつかなくうらめしくおほしたれと よろつの御よそひなにくれとめつらしきさまにてうしいて給つゝ 御むすこの君たちたゝ此御とのゐところに宮つかへをつとめ 給ふ宮はらの中将はなかにしたしくなれきこえ給てあそひたは ふれをも人よりは心やすくなれ/\しくふるまひたり右のおとゝの いたはりかしつき給ふすみかは此君もいと物うくしてすきかま (2オ) しきあた人也さとにても我かたのしつらひまはゆくして君の 出入し給ふに打つれきこえ給つゝよるひるかくもんをもあそひ をももろともにしてをさ/\たちをくれすいつくにてもまつ はれきこえ給ふ程にをのつからかしこまりもをかす心のうちに 思ふ事をもかくしあへすなんむつれきこえ給けりつれ/\とふり くらしてしめやかなるよゐの雨に殿上にもをさ/\人すくな に御とのゐところもれいよりはのとやかなるこゝちするにおほ となふらちかくて文ともなと見給ふついてにちかきみつしなる色々 のかみなる文ともをひきいてゝ中将わりなくゆかしかれはさりぬへき (2ウ) すこしは見せんかたはなるへきもこそとゆるしたまはねは そのうちとけてかたはらいたしなんとおほしめされんこそゆかし けれをしなへたる大かたのは数ならねとほと/\につけてかき かはしつゝも見侍なんをのかしゝうらめしきおり/\まちかほ ならん夕暮なとのこそ見ところはあらめとえんすれは やむ事なくせちにかくし給ふへきなとはかやうにおほそう なるみつしなとに打をきちらし給ふへくもあらすふかく とりをき給ふへかめれは是は二のまちの心やすきなるへし かたはしつゝ見るによくさま/\なる物ともこそ侍けれとて (3オ) 心あてにそれかかれかなととふ中にいひあつるもありもてはなれ たる事をも思よせてうたかふもおかしとおほせとことすくな にてとかくまきらはしつゝとりかくし給つそこにこそおほく つとへ給ふらめすこし見はやまてにこそなん此つしも心よくひら くへきとのたまへは御らんしところあらむこそかたく侍らめなと聞 え給ふついてにをんなの是はしもとなんつゝましきはかたくも あるかなとやう/\なん見給へしるたゝうはへはかりのなさけに 手はしりかきおりふしのいらへ心えてうちしなとはかりはすいふんによろ しきもおほかりと見給ふれとそもまことにそのかたをとりいてむ (3ウ) えらひにかならすもるましきはいとかたしや我心えたる事はかりを をのかしゝ心をやりて人をはおとしめなとかたはらいたき事おほか りおやなとたちそひもてあかめておひさきこもれるまとのうちなる 程はたゝかたかとをきゝつたへて心をうこかす事もあめりかたちおか しく打おほときわかやかにてまきるゝ事なき程はかなきす まひをも人まねに心をいるゝ事もあるにをのつからひとつゆへつけ てしいつる事もありみな人をくれたるかたをはつくろひまねひ いたすにそれしかあらしとそらにいかゝはをしはかり思くたさんまことかと 見もてゆくに見をとりせぬやうはなんあるへきとうめきたるけしき (4オ) もはつかしけれはいとなへてはあらねと我もおほしあはする事やあらん 打ほゝゑみてそのかたかともなき人はあらんやとのたまへはいとさはかり ならんあたりにはたれかすかされより侍らんととるかたなうくちお しききはといふ也とおもほゆはかりすくれたるとはかすひとしくこそ 侍らめ人のしなたかくむまれぬれは人にもてかしつかれて かくるゝ事おほくしねんにそのけはひこよなかるへし中の しなになん人の心々をのかしゝのたてたるおもむきも見えて わかるへき事かた/\おほかるへきしものきさみといふきはに なれはことにみゝたゝすかしとていとくまなけなる気しき (4ウ) なるもゆかしくてそのしな/\やいかにいつれをかみのしなにをき てか三にわくへきもとのしなたかくむまれなから身はしつみくらゐ みしかくて人気なきあたりまたなを人のかんたちめなとまてなり のほりたる我はかほにて家のうちをかさり人にをとらしとおもへる そのけちめをはいかゝわくへきととひ給ふ程にひたりのむまのかみ 藤式部のそう御物いみにこもらんとてまいれりよのすき物にてもの いひとをれるを中将まちとりて此しな/\をわきまへさためあらそふいと きゝにくき事おほかりなりのほれとももとよりさるへきすちならぬは よ人のおもへる事もさはいへとなをことなり又本上やむことなきすちな (5オ) れと世にふるたつきすくなく時代うつろひておほえおとろへぬれは こゝろは心として事たらすわろひたる事とも出くるわさなめれは とり/\にことはりて中のしなにてをくへきすりやうといひて人のくに のことにかゝつらひいとなみなとしてしなさたまりたる中にも又きさみ きさみありてかのしなのけしうはあらぬえりいてつへきころをひ也 さま/\のかんたちめよりも非参議の三四位ともの世のおほえくちおし からすもとのねさしいやしからぬかやすらかに身をもてなしふるまひたるは いとかはらかなりや家の内にたえぬ事なとはたなかめるまゝにはふかすま はゆきまてもてかしつけるむすめなとのおとしめかたくおひ出るためし (5ウ) ともあまたあるへし宮つかへに出たちて思かけぬさいはひとりいつる ためしともおほかりかしなといへはすへてたえむこそかきりなくめつらしくは おほえめいかてはたかゝりけんと思ひよりたかへる事なんあやしく心とまるわさ かなちゝのとしおひ物むつましけにふとりすきせうとのかほにくけにおもひ やりことなる事なきねやのうちにいといたく思ひあかりはかなくしいてたる わさもゆへなからすけにと見えたらんかたかとにてもいかゝ思のほかにおかし からさらんすくれてきすなきかたのえらひにこそをよはさらめさるかたにて すてかたき物をはとて式部を見やれは我いもうととものよろしき聞えある を思ひてのたまふにやとや心うらん物もいはすいてやかみのしなと思ふに (6オ) たにかたけなるよをと君は御心のうちにおほすへししろき御そともの なよらかなるになをしはかりをしとけなくきなし給てひもなとも打すてゝ そひふし給へる御ほかけいとめてたくをんなにて見たてまつらほし此御ため にはかみかかみをえり出てもなをあくましくみえ給ふ此ついてにさま/\の 人のうへともをかたりあはせつゝ大かたの世につけて見るにはとかなきもわか 物と打たのむへきをえらはむにおほかる中にもえなん思さたむまし かりけるをのこのおほやけにつかうまつりはか/\しき世のかためとなるへき もまことのうつは物となるへきをとりいたさんにはかたかるへしかし されとかしこしとてもひとりふたり世中をまつりこちしるへきならねはかみは (6ウ) しもにたすけられしもはかみになひきてことひろきにゆつろふらん せはき家の内のあるしとすへき人ひとりを思めくらすにたゝはてあし かるへきなんかた/\おほかりけんとあれはかゝりあふさきるさにてなのめ もさてもありぬへき人のすくなきをすき/\しき心のすさひにて人の ありさまをあまた見あはせんのこのみならねとひとへに思さたむへき よるへとすはかりにおなしくは我ちからいりをしなをしひきつくろふ へきところなく心にかなふやうもやとえりそめつる人のさたまりかたき なるへしかならすしも我思もかなはぬと見そめつる契りはかりを すてかたく思ひとまる人は物なめやかなりと見えさてたもたるゝ女の (7オ) ためも心にくゝをしはからるゝ也されとなにか世のありさまを見たまへ あつむるまゝに心にをよはすいとゆかしき事もなしや君たちのかみなき 御えらひにはましていかはかりの人かはたくひたまはんところせく思ふ 給へぬにたにかたちきたけなくわかやかなる程のをのかしゝはちりも つかしと身をもてなし思ひてふみをかけとおほとかにことえりをしすみ つきほのかに心もとなくおもはせつゝ又さやかにも見てしかなとすへなく またせわつかこゑきくはかりいひよれといきのしたにひきいれことすく なゝるか心のうちをはいとよくもてかくすなりけりなよひやかにをんなし と見れはあまりなさけにひきこめられてとりなせはあためくこれ (7ウ) をはしめのなんとすへしとか中になのめなるましき人のうし ろ見のかたは物のあはれしりすくしはかなきついてのなさけありおか しきにすゝめるかたなくてもよかるへしと見えたるも又まめ/\ しきすちをたてゝみみはさめかちにひさうなき家とうしの ひとへに打とけたるうしろ見はかりをしてあさ夕の出入に つけてもおほやけわたくしの人のたゝすまひよきあしき事の めにもみゝにもとまるありさまをうとき人にわさとうちまねはん やはちかくてみん人のきゝわき思しるへからんにかたりもあはせ はやと打もゑまれ涙もさしくみもしはあやなき大やけはし (8オ) たゝしく心ひとつに思あまる事なとおほかるをなにゝかは きかせんとおもへは打そむかれて人しれぬ思ひいてわらひも せられあはれともうちひとりこたるゝに何事そなといとあは つかにさしあふきゐたらんはいかゝはくちおしからさらんたゝひた ふるにこめきてやはらかならん人をとかくひきつくろひては なとか見さらむ心もとなくともなをしところあるこゝちすへし けにさしむかひて見ん程はさてもらうたきかたにつみゆるし 見るへきをたちはなれてさるへき事をもいひやりおりふしに しいてんわさのあた事にもまめことにも我心と思ひうる事 (8ウ) なくふかきいたりなからんはいとくちおしくたのもしけなきとかやな をくるしからんつねはすこしそは/\しく心つきなき人のおりふしに つけて出はへするやうもありかしなとくまなき物いひも思ひさため かねていたく打なけくいまはたゝしなにもよらしかたちをはさらにも いはしいとくちおしくねちけかましきおほえたになくはたゝ ひとへに物まめやかにしつかなる心のおもむきならんよるへをそつゐの たのみところには思をくへかりけるあまりゆへよし心はへうちそへ たらんをはよろこひに思ひすこしをくれたるかたあらんをもあな かちにもとめくはへしうしろやすくのとけきところたにつよくは (9オ) うはへのなさけはをのつからもてつけつへきわさをやえむに物はち してうらみいふへき事をも見もしらぬさまに思ひしのひてうはへは つれなくみさほつくり心ひとつに思あまる時はいはんかたなくてすこ きことの葉あはれなるうたをよみをきしのはるへきかたみをとゝめて ふかき山さとに世はなれたる海つらなとにはいかくれぬるおり わらはに侍し時女房なとの物かたりよみしをきゝていとあはれに かなしく心ふかき事かなと涙をさへなんおとし侍しいまおもふには いとかる/\しくことさらひたる事也こゝろさしふかゝらむおとこををきて 見るめのまへにつらき事ありとも人の心をも見しらぬやうににけかくれ (9ウ) て人をまとはし心をも見むとする程になかき世の物おもひになる いとあちきなき事也心ふかしやなとほめたてられてあはれすゝみぬれ はやかてあまになりぬかし思たつ程はいとたけく心すめるやうにて よるへ見すへくもおほえすいてあなかなしかくはたおほしなりにける よなとやうにあひしれる人きとふらひひたすらにうしともおもひ はなれぬおとこきゝつけて涙おとせはつかう人ふるこたちなとなを 君の御心はへあはれなりける物をあたら御身をなといふ身つからひたひ かみをかきさくりてあへなく心ほそけれは打ひそみぬかししのふれ となみたこほれそめぬれはおり/\ことにえねんしえすくやしき (10オ) 事もおほかめるにほとけも中々こゝろきたなしと見給つへし にこりにしめる程よりもなまうかひにてはかへりてあしきみちにも たゝよひぬへくそおほゆるなをたえぬすくせあさからて あまにもなさてたつねとりたらんもやかてあひそひてとあらんおり もかゝらむきさみをもすくしたらむ中こそ契ふかくあはれならめ我も 人もうしろめたく心をかれしやは又なのめに思うつろふかたあらん ひとをうらみて気しきはみそむかんはたをこかましかり なん心はうつろふかたありとも見そめしこゝろさしいとおかしく おもはしさるかたのよすかに思ひてもありぬへきにさやうならん (10ウ) たちろきにたえぬへきわさ也すへてよろつの事なたら かにえんすへき事をは見しれるさまにほのめかしにくからす かすめなさはそれにつけてあはれもまさりぬへしおほくは我心も 見る人からおさまりもすへしあまりむけに打ゆるす人見はなち たるも心やすくらうたきやうなれとをのつからかろきかたにそ おほえ侍かしつなかぬ舟のうきたるためしもけにあやなさは侍ら ぬかといへは中将うなつくさしあたりておかしともあはれとも 心にいらむ人のためたのもしけなきうたかひあらんこそ大事なる へけれわか心のあやまちなくて見すくさはさしなをりても (11オ) なとか見さらんとおほえたれとそれさしもえあらしともかくもたかう へきふしあらむをのとやかに見しのはんよりほかにます事あるまし かりけりといひてわかいもうとのひめ君は此さためにかなひ給へりと おもへは君の打ねふりてことはませたまはぬをさう/\しく心やましと 思ふむまのかみ物さためのはかせになりてひゝらきゐたり中将は 此ことはり聞はてんと心にいれてあへしらひゐ給へりよろつの事に よそへておほせしらすかほかにもてなしいはまほしからん事をも きのみちのたくみのよろつの物を心にまかせてつくりいたすもりう しのもてあそひ物のその物とあともたまらぬはそはつきされはみ (11ウ) たるもけにかうもしつへかりけりと時につけつゝさまをかへて いかめしきにめうつりておかしきもあり大事としてまことにうる はしき人のてうとのかさりとするさたまれるやうある物をなん なくし出る事なんなをまとの物の上すはさまことに見えわかれ侍 又ゑところに上すおほかれとすみかきにえらはれてつき/\にさらに をとりまさるけちめふとしも見えわかれすかゝれと人の見をよはぬ ほうらひの山あら海のいかれるいをのすかたからくにのはおかしき けたものゝかたち目に見えぬおにのかほなとのおとろ/\しくつく りたる物は心まかせて一きはめおとろかしてしちには似さらめと (12オ) さてありぬへしよのつねの山のたゝすまひ水のなかれめにちか き人の家ゐありさまなと見えなつかしやはらひたるかたなとをしつか にかきませてすくよかならぬ山のけしきこふかく世はなれてたゝ みなし気ちかきまかきのうちをはその心しらひをきてなとをなん上す はいといきをひことにわろ物はをよはぬさころおほかめる手をかき たるにもふかき事はなくてこゝかしこのてんなかにはしりかきそこ はかとなくけしきはめるは打見るにかと/\しく気しきたちたれと なをまことのすちをこまやかにかきえたるはうはへの筆きえてみゆ れといま一たひとりならへて見れはなをしちになんよりけるはかなき事 (12ウ) たにかくこそ侍れまして人の心の時にあたりてけしきはめらん 見るめのなさけをはえたのむましく思ふ給へて侍るそのはしめの事 すき/\しくとも聞え申侍らんとてちかくゐよれは君も目さまし給ふ中将 はたいみしくしんしてつらつえをつきてむかひ給へりのりのしの世のこと はりときゝかせんところのこゝ地するもかつはおかしけれとかゝるついてに をの/\むつこともえしのひとゝめすなんありけるはやうまたいとけ らうにて侍し時あはれと思ふ人侍り聞えさせつるやうにかたちなと いとまほにも侍らさりしかはわかき程のすちこゝちには此人を とまりとも思とゝめ侍らす是をよるへとは思ひなからさう/\しくて (13オ) とかくまきれありき侍しを物えんしをいたくし侍しかは心つきなく いとかゝらてをひらかならましかはと思つゝあまりいとゆるしなくうたかひ 侍しもうるさくてかく数ならぬ身をも見はなたてなとかくしも思ふらん と心くるしきおり/\も侍りてしねんに心おさめらるゝやうになん侍し此 をんなのあるやうもとより思いたらさりける事にもいかて此人のために はとなきてをいたしをくれたるすちの心をもなをくちおしくは見え しと思はけみつゝとにかくにつけて物まめやかにうしろ見露まても 心にたかう事はなくもかなとおもへりし程にすゝめるかたの一と思ひ しかととかくになひきゝてなよひすき見にくきかたちをも此人に見や (13ウ) うとまんとわりなく思ひつくろひうとき人に見えはおもてふせにや おもはむとはゝかりはちてみさほにもてつけてみなるゝまゝにこゝろ もけしうはあらす侍しかとたゝ此にくきかたひとつなんおさめす 侍しそのかみ思侍しやうは我にはかうあなかちにしたかひおち たる人なめりいかてこるはかりのわさしておとして此かたもすこし よろしくもなりさかなさもやめんと思ひてまことにうしなとも思ひ てたえぬへきけしきならはかはかり我にしたかう心ならはおもひ こりなんと思ひ給へてことさらになさけなくつれなきさまをみせて れいのはらたちえんするにかくをそましくはいみしき契ふかく (14オ) ともたえて又見しかきりとおもはゝかくわりなき物うたかひはせよゆく さきなかく見えむとおもはゝつらき事ありともねんしてなのめに思なりて かゝる心たにうせなはいとあはれとなん思ふへき人なみ/\にもなりす こしおとなひんにそへて又ならふ人なくあるへきなとかしこくをしへたつ るかなと思給へて我たけくいひめんし侍に此女すこしわらひてよ ろつに見たてなく物けなき程を見すくして人数なる世もやと まつかたはいとのとやかに思なされて心やましくもあらすつらき心を しのひて思なをらんおりを見つけん年月をかさねんあひなたの みはいとくるしくなんあるへけれはうらみにそむきぬへききさみに (14ウ) なんあるとねたけにいふにはらたゝしくなりてにくけなる事ともを いひはけまし侍に女もれいのえおさめぬすちにてをよひひとつを ひきよせてくひて侍しをおとろ/\しくかこちてかうきすさへ つきぬれはいよ/\ましらひをすへきにもあらすはつかしめ給ふめるつかさ くらゐいとゝしくなにゝつけてかは人かめむ世をそむきぬへき身なめり なといひおとしてさらはけふこそはかきりなめれとこのをよひをかゝめて まかてぬ     「手をおりてあひ見しことをかそふれはこれひとつやは きみかうきふし」えうらみしなといひ侍れはさすかに打なきて (15オ)     「うきふしをこゝろひとつにかそへつゝこや君かてを わかるへきおり」なといひしろひ侍しかとまことにかはるへき事とも 思たまへすなから日ころふるまてせうそこもつかはさすあくかれまかり ありくにりんしのまつりのてうかくに夜ふけていみしうみそれふる 夜これかれまかりあかるゝところにて思ひめくらせはなを家ちとおも はんかたは又なかりけり内わたりのたひねすさましかるへく気しき はめるあたりはそゝろさむくやと思給へられしかはいかゝおもへるとけしきも 見かてら雪を打はらひつゝまかてゝなま人わろくつめくはるれとさり ともこよひ日ころのうらみはとけなんと思たまへしに火ほのかにかへに (15ウ) そむけなへたるきぬとものあつこへたるおほひなるこに打かけてひき あくへき物のかたひらなとうちあけてこよひはかりやとまちけるさま也 されはよと心おこりするにさうしみはなしさるへきねうはうはかりと まりておやの家にこのよさりなんわたりぬるとこたへ侍りえんなるうた もよます気しきはめるせうそこもいとひたやこもりになさけなかり しかはあへなきこゝちしてさかなくゆるしなかりしも我をうとみねと思ふ かたの心やありけんとさしも見給へさりし事なれと心やましきまゝに思ひ 侍しにきるへき物つねよりも心とゝめたる色あひしさまいとあらま ほしくてさすかに我見すてゝむ後をさへなん思ひやりうしろみたりし (16オ) さりともたえて思はなつやうはあらしと思ひ給てとかくいひ侍し をそむきもせすたつねまとはさんともかくれしのはすかゝやからす いらへつゝたゝありし心なからはえなん見すくすましきあらためてのと かにおもひならはなんあひ見るへきなといひしをさりともえおもひ たまへしかはしはしこらさんの心にてしかあらためんともいはすいたくつ なひきて見せしあひたにいといたく思なけきてはかなくなり侍しかは たはふれにくゝなんおほえ侍しひとへに打たのみたらんかたはさはかり にてありぬへくなん思給へいてらるゝはかなきあたことをもまことの 大事をもいひあはせたらんにかひなうはあらすたつたひめといはん (16ウ) にもつきなからすたなはたの手にもをとるましくそのかたもくして うるさくなん侍しとていとあはれと思ひ出たりし也中将そのたなはたの たちぬふかたをのとめてなかき契にそあらまほしけにそのたつた姫の にしきには又しく物あらしはかなき花もみちといふもおりふしの色 あひつきなくはか/\しからぬもてなしには露のはへなくきえぬる わさ也さあるによりかたき世そとはさためかねたるそやといひはやし 給ふさて又おなしころまかりかよひしところは人もたちまさりこゝろ はせまことにゆへありと見えぬへく打よみはしりかきかいひくつまをと (17オ) てつきくちつきみなたと/\しからす見きゝわたり侍りき見るめ もこともなく侍しかは此さかな物を打とけたるかたにてとき/\かく ろへ見侍し程に此人うせて後いかゝはせんあはれなからもすきぬる はかひなくてしは/\まかりなるゝにさはきすこしまはゆくえんに このましき事は目につかぬところあるに打たのむへくは見えすかれ/\ にのみ見せ侍し程にしのひて心かよはせる人そありけらし神無月 のころをひ月おもしろかりし夜うちよりまして侍にあるうへ人き あひて此くるまにあひのりて侍れは大納言の家にまかりとまらん とするにこの人のいふやうもこよひ人まつらんやとなんあやしく心 (17ウ) くるしきとて此をんなの家はたよきぬみちなりけれはあれ たるくつれより池の水かけ見えて月たにやとるすみかをすきん もさすかにてをり侍りぬかしもとよりさる心をかはせるにやありけむ 此おとこいたくすゝろきてちかきらうのすのこたつ物にしりかけて とはかり月を見るわらはいとおもしろくうつろひわたり風にきほへ るもみちのみたれなとあはれとけに見えたりふところなりける ふえとりいてゝふきならしかけもよしなとつゝしりうたふ程によくなる 和こんをしらへとゝのへたりけるをうるはしくかきあはせたりしほと けしうはあらすかしりちのしらへは女の物やはらかにかきならして (18オ) すのうちよりきこえたるもいまめきたる物のをとなれはきよくすめ る月におりつきなからすおとこいたくめてゝすのもとにあゆみきて 庭のもみちこそふみわけたるあともなけれなとねたます菊をおりて     「ことのねもきくもえならぬ宿なからつれなき人を ひきやとめける」わろかめりなといひていま一きは聞はやす へき人のある時もてなのこひ給そなといたくあされかくれは をんなこゑいたくつくろひて     「こからしにふきあはすめるふえのねをひきとゝむへき ことのはそなき」なとなまめきかいてもにくゝなるをもしらて又 (18ウ) さうのことをはんしきてうにしらへていまめかしくかいひきたる つまをとかとなきにはあらねとまはゆきこゝちなんし侍したゝ 時々打かたらふ宮つかへ人なとのあくまてされはみすきたるは さても見るかきりはおかしうもありぬへし時々にてもさるとこ ろにてわすれぬよすかと思たまへんにはさしすくひたりとこゝろ をかれてそのよのことにことつけてこそまかりたえにしかこの ふたつのことを思給へあはするにわかき時の心にたになをさやう にしいてたることはいとあやしくたのもしけなくおほえ侍りき いまより後はましてさのみなん思給へらるへき御心のまゝに (19オ) おらはおちぬへきはきの露ひろはゝきえなんとみゆるたま さゝのうへのあられなとやうのえむにあへかなるすき/\しさ のみこそおかしくおほさるらめいまさりとも七とせのあまりか程 におほししり侍なんなにかしかいやしきいさめわさにてすき たはめらんをんなには心をかせ給へあやまちして見む人の かたくななる名をもたてつへき物なりといましむ中将れい のうなつく君もすこしかたゑみてさる事とはおほすへかめり いつかたにつけても人わろくはしたなかりけるみ物かたりや とて打わらひをはさうす中将なにかしはしれものゝ物かたりを (19ウ) せんとていとしのひて見そめたりし人のさても見つへかりし けはひなりしかはさてならふへき物としも思たまへさりしかと なれ行まゝにあはれとおほえしかはたえ/\わすれぬ物におもひ たまへしをさはかりになれは打たのめる気しきも見えきた のむにつけてはうらめしと思ふ心ともあらんと心なからおほゆる おり/\も侍しを見しらぬやうにてひさしきとたえをもかう玉 さかなる人とも思たえすたゝあさ夕にもてつけたらんありさまに 見えて心くるしかりしかはたのめわたる事なともありきかしおやも なくいと心ほそけにてさらは此人こそはなとことにふれて (20オ) おもへるさまもらうたけなりきかうのとけきにおとしくて ひさしくまからさりしころこのみ給ふるわたりよりなさけなく うたてある事をなんさるたよりありてかすめいはせたりける 後にこそ聞侍しかさるうき事やあらんともしらす心にはわすれ すなからせうそこなともせてひさしく程へ侍しにむけに 思しほれて物心ほそかりけれはをさなき物なともありしに おもひわつらひてなてし子の花をおりてをこせたりしとて涙 くみたりさてその文のこと葉はととひ給へはいさやことなる事もなかりき     「山かつのかきほなりともおり/\にあはれはかけよ (20ウ) なてし子の露」思ひ出しまゝにまかりたりしかはれいのうらもなき 物からいとものおもひかほにてあれたる家の露けきをなかめ てむしのねにきをへる気しきむかし物かたりめきておほえ侍し     「さきましる色はいつれとわかねともなをとこなつに しく物そなき」やまとなてしこをはさしをきてまつちりをたに なとをやのこゝろをとる     「うちはらふ袖も露けきとこなつにあらしふきそふ 秋もきにけり」とはかなけにいひなしてまめ/\しくうらみ たるさまも見えす涙をもらしおとしてもいとはつかしく (21オ) つゝましけにまきらはしかくしてつらきをも思しりけりと見む はわりなくくるしき物と思たりしかは心やすくて又とたえ をき侍し程にあともなくこそかきけちてうせにしかまた 世にあらははかなき身もこそさすらふらんあはれと思し程に わつらはしけにおもひまとはす気しき見えましかはかくもあく からさらましこよなきとたえをかすさる物にしなしてなかく 見るやうも侍なましかのなてしこのらうたく侍しかはいかて たつねんと思給ふるをいまはえこそきゝつけ侍らねこれこそ のたまへるはかなきためしなめれつれなくてつらしと思けるを (21ウ) もしらてあはれたえさりしもやくなきかた思なりけりいまは やう/\わすれゆくきはにかれはたえしもおもひはなれす おり/\人やりならぬむねこかるゝ夕暮もあらんとおほえ 侍これなんえたもつましくたのもしけなきかたなりけるされはかの さかなき物もおもひいてあるかたはわすれかたけれとさしあたり て見むにはわつらはしくよくせすはあきたきこともありなん やことのねのすゝめてんかと/\しさもすきたるつみけにをもかるへし この心もとなきもうたかひそふへけれはいつれとつゐにさためす なりぬるこそ世の中やたゝかくこそとり/\にくらへくるしかる (22オ) へきこのさま/\のよきかたのかきりをとりくしなんすへき くさはひませぬ人はいつくにかあらんきちしやうてんによを 思ひかけむとすれはほうけつきてくすしからんこそ又わひし かりぬへけれとてみなわらひぬ式部かところにて気しきある ことはあらんすこしつゝかたり申せとせめらるしもかしもか の中にはなてう事かきこしめしところ侍らんといへと頭の 君まめやかにをそしとせめ給へは何事をかとり申さんと思めくらす にまた文上のさうに侍し時かしこき女のためしをなん 見たまへしかのむまのかみの申給へるやうにおほやけ事 (22ウ) をもいひあはせわたくしさまの世にすまふへき心をきてを 思めくらさんかたもいたりふかくさへのきはのなま/\の はかせはつかしくすへてくちあかすへくなん侍らさりし それはあるはかせのもとにかくもんなとし侍るとてまかり かよひ侍しほとにあるしのむすめともおほかりと聞給へ てはかなきついてにいひよりて侍しをおやきゝつけてさ かつきもていてゝわかふたつのみちうたふをうけとなん聞え こち侍しかとをさ/\打とけてもまからすかのおやのこゝろを はゝかりてさすかにかゝつらひ侍し程にいとあはれに思ひうしろ見 (23オ) ねさめのかたらひにも身のさえつきおほやけにつかうまつるへきみ ち/\しきことををしへていときよけにせうそこ文にもかなと いふ物かきませすむへ/\しくいひまはし侍にをのつからえまかり たえてその物をしとしてなんわつかなるこしをれふみつくることなと ならひ侍しかはいまにそのをんわすれ侍らねと気なつかしきさいしと 打たのまんにむさひの人なまわろからんふるまひなと見えむに はつかしくなんおほえ侍しまひてきんたちの御ためはか/\しくしたゝ かなる御うしろみはなにゝかはせさせたまはんはかなしくちおしとかつ 見つゝもたゝ我心につきすくせのひくかた侍めれはおのこしもなん (23ウ) しさひなき物にははへめると申せはのこりをいはせんとてさて/\おかしかり ける女かなとすかひ給ふを心はへにぬなからはなのわたりをこつきてか たりなすさていとさひしくまからさりしに物のたよりに立よりて侍れは つねの打とけぬるかたには侍らて心やましき物こしにてなんあひて侍 ふすふるにやとをこかましくも又よきふしなりとも思給ふるにこのさかし人 はたかろ/\しき物えんしなとすへきにもあらす世のことはりを思ひとりて うらみさりけりこゑもはやりかにていふやう月ころふひやうをもき にたへかねてこくねつのさうやくをふくしていとくさきによりなん えたひめんたまはらぬ身のあたりならすともさるへからんさうしとは (24オ) うけたまはらんといとあはれにむへ/\しくいひ出て侍りいらへになにと かはいはれ侍らむたゝうけたまはりぬとて立出侍にさう/\しくやおほえ けん此かうをなん時に立より給へとたかやかにいふを聞すくさんもいと おししはしやすらふへきにはた侍らねはけにそのにほひさへはなやかに たちそへるもすくなくてにけめをつかひて     「さゝかにのふるまひしるき夕くれにひるますくせと いふかあやなさ」いかなることつてそやといひもはてすはしり出侍 ぬるにをひて     「あふことの夜をしへたてぬ中ならはひるまもなにか (24ウ) まはゆからまし」さすかにくちとくなとは侍きとしつ/\と申せは君た ちあさましと思ひてそらことゝてわらひ給ふいつこのさる女かあるへきお ひらかにおにとこそむかひゐたらめむくつけき事とつまはしきをして いはんかたなしと式部をあはめにくみてえせ物かたり也すこしよろしからん ことを申せとせめ給へと是よりめつらしき事はさふらひなんやとておりすへて おとこもをんなもわろ物はさえのかくわつかにしれるかたの事をのこりなく 見せつくさんとおもへるこそいとおしけれ三史五経のみち/\しきかたをあ きらかにさとりあかさんこそあひきやうなからめなとかは女といはんからに 世にあることのおほやけわたくしにつけてむけにしらすいたらすしも (25オ) あらんわさとならひまねはねともすこしもかとあらん人のみゝにもめにも とまる事しねんにおほかるへしさるまゝにはまんなをはしりかきてさる ましきとちの女ふみになかはすきてかきすくめあなうたて此人のたを やかならましかはと見えたりこゝちにはさしもかきすくめんとおもはさら めとをのつからこは/\しきこゑによみなされなとしつゝことさらひたり 是は上らうの中にもおほかる事そかしうたよむとおもへる人の やかてうたにまつはれおかしきふることをもはしめよりとりつみつゝ すさましきおり/\よみかけたるこそ物しき事なれかへしせねは なさけなしえせさらん人ははしたなからむさるへきせちえなと (25ウ) 五月五日のせちなとにいそきまいるあしたなにのあやめも思ひしつ められぬるにえならぬねをひきかけ九月九日のえんにまつかたき 詩の心を思ひめくらしいとまなきおりに菊の露をかこちよせなと やうのつきなきいとなみにあはせさなからてもをのつからけにのちに おもへはおかしくもあはれにもあへかりけることのそのおりにつきなくめにとま らぬなとをしはからすよむいてたる中々心をくれてみゆよろつの事に なとかはさてもとおほゆるおりから時々思わかぬはかりの心にてはよしはみ なさけたゝさらんなんそやすかるへきすへて心にしれらん事をもしら すかほにてもてあかしいはまほしからんことの葉をもひとつふたつの (26オ) ふしはすくなくなんあへかりけるなといふにも君はひとりのありさま を心のうちに思つゝけ給ふ是にたえす又さしすきたる事なく 物し給けるかなとありかたきにもいとゝむねふたかるこゝちし 給ふいつかたによりはつともなくはて/\はあやしき事ともになりて あかしたまひつからうしてけふは日の気しきもなをれいかくのみ こもりさふらひ給ふも大殿の御心いとおしけれはまかて給へり大かたの 気しき人の御けはひもけさやかにみたれたるところましらす しつやりもなを是こそはかの人々のすてかたくとりいてしまめ人 にはたのまれぬへけれとおほす物からあまりうるはしき御あり (26ウ) さまのとけかたくはつかしけに思しつまり給へるをさう/\しくおほし て中納言の君なかつかさなとやうのをしなへたらんわか人ともにた はふれことなとのたまひつゝあつさにみたれ給へる御ありさまをみる かひありとおもひきこえたりおとゝもわたり給て打とけたまへれは 御きちやうへたてゝおはしまして御物かたりきこえ給ふをあつきにと にかみ給へは人々わらふあなかまとてけうそくによりおはすいとやす らかなる御ふるまひ也やくらくなる程にこよひなる神内よりはこな たはふたかりて侍けりと人々きこゆさかしれいもいみ給ふかた なりけり二条院にもおなしすちにていつくにかたたかへむ (27オ) いとなやましきにとておほとのこもれりいとあしき事なりとて これかれきこゆきのかみにてしたしくつかうまつる人の中川のわたり なる家なん此ころ水せき入てすゝしさに侍ると聞ゆいとよか なりなやましきにうしなからひきいれつおりぬへからんところの 水のをとなとのたまふしのひ/\の御かたもかへのところはあまた ありぬへけれとひさしく程へてわたり給ふつるにかたふたけて ひきたかへほかさまへとおほさんはいとおしきなるへしきのかみ におほせこと給へはうけたまはりなからしそきていよのかみの あそんの家につゝしむ事侍て女房なとなんまかりうつれる (27ウ) ころにてせはきところに侍れはなめけなることや侍らんと したになけくけしきをきゝ給てその人ちかゝらんなんうれし かるへき女とをきたひねは物おそろしきこゝちすへきをたゝ そのきちやうのうしろにをとのたまへはけによろしきおましところ にもとて人はしらせやるいとしのひてことさらにこと/\しからぬ ところをといそき出給へはおとゝにも聞えたまはす御ともにも むつましきかきりしておはしましぬかみにはかにとわふれと人 もきゝいれすしんてんのひんかしおもてをとりはらひあけさせ てかりそめのおましところなれと御しつらひしたち水の (28オ) 心はへなとさるかたにおかしうしなしたりゐ中家たつ柴 かきしてせんさいなと心とゝめてうへたり風すゝしくて そこはかとなきむしのこゑ/\きこえほたるしけくとひま かひておかしき程也人々はわたとのより出たるいつみにのそみ ゐてさけのむあるしもさかなもとむとこゆるきのいそき ありく程君はのとかになかめ給てかの中のしなにとり出へし といひしこのなみならんかしとおほしいつ思あかれるけしき にきゝをき給へるむすめなれはゆかしくてみゝとゝめ給へるに 此にしおもてにそ人のけはひするきぬのをとなひはら/\ (28ウ) としてわかきこゑともにくからすさすかにしのひてはらひなと するけはひことさらひたりかうしをあけたりけれとかみ心 なしとむつかりておろしつれは火ともしたるすきかけさう しのかみよりもりたるにやをらより給て見ゆやとおほせと ひまもなけれはしはしきゝ給ふにこのちかきも屋につとひゐ たるなるへしいといたうまめたちてまたきにやむことなき よすかさたまり給へるこそさう/\しかめれされとさるへきくまには これそよくこそかくれありき給ふなれなといふにもおほすことの み心にかゝり給へれはまつむねつふれてかやうのついてにも (29オ) 人のいひもらさんを聞つけたらん時なとおほえ給ふことなる事 なけれはきゝさし給つ式部卿の宮のひめ君にあさかほたてま つり給しうたなとをすこしほゝゆかみてかたるも聞ゆくつろき かましくうたすしかちにもあるかなされはよなをみことのりは しんかしとおほすかみいてきてとうろかけそへ火あかくかゝけなと して御くた物はかりまいれりとはりちやうもいかにそはさるかたの 心もなくてはめさましきあるしならんとのたまへはなによけんとも えうけたまはらすとかしこまりてさふらふはしつかたのおましにかり なるやうにておほとのこもれは人々もしつまりぬあるしの子とも (29ウ) おかしけにてありくわらはなる殿上の程に御覧しなれたるもあり いよのすけの子もありあまたある中にいとけはひあてはかにて十二 三はかりなるもありいつれかいつれなとゝひ給ふに是はこゑもんの かみのすゑの子にていとかなしくし侍けるをおさなき程にをくれ 侍りてあねなる人のよすかにかくて侍也さえなともつき侍り ぬへくけしうは侍らぬを殿上なとも思ひ給へかけなからすか/\ しうはえましらひ侍らさめると申あはれのことや此あね君や まことの後のおやなきなん侍と申にもきこしめしをきて宮つかへ にいたしたてんともらしそうせしいかになりにけんといつ (30オ) そやのたまはせし世こそさためなき物なれなといとおよすけのたまふ ふひにかくて物し侍也世中といふ物はさのみこそいまもむかしもさた まりたる事侍らぬ中についてもをんなのすくせはいとうひたる なんあはれに侍けるなと聞えさすいよのすけはかしつくやきみと 思ふらんないかゝはわたくしのしうとこそは思ひて侍めるをすき/\ しき事となにかしよりはしめてうけひき侍らすなと申さりとも まうとたちのつき/\しくいまめきたらむにおろしたてんやは かのすけはいとよしありて気しきはめるをやなと物かたりし給てい つかたこそみなしもやにおろし侍ぬるをみやまかりうつろひあへさらんと (30ウ) きこゆゑひすゝみてみな人々すのこにふしつゝしつまりぬ君は とけてもねられたまはすいたつらふしとおほさるゝに御目さめて 此きたのさうしのあなたに人のけはひするをこなたやかくいふ人 のかくれたるくまならんあはれやと御心とゝめてやをらおきてたちきゝ 給へはありつる子のこゑにてものけたまはるいつくにおはしますそと かれたるこゑのおかしきにていへはこゝこそふしたるまらうとはね たまひぬるかいかゝにちかゝらんと思つるをされとけとをかりけりと いふねたりけるこゑのしとけなきいとよくにかよひたれはいもうとゝ きゝたまひつひさしこそおほとのこもりぬるをとにきゝつる御あり (31オ) さまを見たてまつりつるけにこそめてたかりけれとみそかにいふひる ならましかはのそきて見たてまつりてましとねふたけにいひてかほ ひきいれつるこゑすねたう心とゝめてとひきけかしとあちきなく おほすまろはこゝにね侍らんあなくらしとて火かゝけなとすへし 女君はたゝ此さうしくちすこしちかひたる程にそふしたるへき中将 の君はいつくにそ人けとをきこゝ地して物おそろしといふなれは なけしのしもに人々ふしていらへすなりしもとやゆになんをりてたゝ いままいらんとさふらふといふみなしつまりたるけはひなれはかけかね をこゝろみにひきあけたまへれはあなたよりはさゝさりけりきちやうを (31ウ) さうしくちにたてゝ火はほのくらきに見給へはからひつたつ物とも ををきたれはみたりかはしき中をわけ入給てけはひしつるところに 入給へれはたゝひとりいとさゝやかにてふしたり火はまたくらきに なまわつらはしけれとうへなるきぬをしやるまてもとめつる人とおもへり 中将めしつれはなん人しれぬ思のしるしあるこゝちしてとのたまふを ともかくも思わかれす物にをそはるゝこゝちしてやとをひゆけとかほ にきぬのさはりてをとにもたてよれす打つけにふかゝらぬ心の程 と見たまはんことはりなれと年ころ思わたる心のうちもきこえしらせん とてなんかゝるおりをまち出たるもさらにあなうもあらしと思なし給へと (32オ) いとやはらかにのたまひておに神もあらたつましきけはひなれは はしたなくこゝに人のともえのゝしらすこゝちはたわひしくあるまし き事とおもへはあさましく人たかへにこそ侍めれといふもいきのした也 きえまとへる気しきいと心くるしくらうたけなれはおかしと見給てた かふへくもあらぬ心のしるへをおもはすにもおほめかひ給ふかなすきましき さまにはよもみえたてまつらし思ふ事すこしきくへきそとていと ちいさやかなれはかたいたきてさうしのもと出給ふ程にそもとめつる 中将たつ人きあひたるやゝとのたまふにあやしくてさくりよりたるにそ いみしくにほひみちたるかほにもくゆりかゝるこゝちするにおもひ (32ウ) よりぬあさましうこはいかなる事そと思まとはるれときこえん かたなしなみ/\の人ならはこそあらゝかにもひきかなくらめ それたに人のあまたしらんはいかゝあらむ心もさはきてしたひき たれととうもなくておくなるおましに入たまひぬさうしをひ きたてゝあかつきに御むかへに物せよとのたまへは女は此人の 思ふらん事さへしぬはかりわりなきになかるゝまてあせになりて いとなやましけ也いとおしけれとなにやかやとれいのいつこ よりとたて給ふことの葉にかあらんあはれしるはかりなさけ/\ しくのたまひつくすへかめれとなをいとあさましきにう (33オ) つゝともおほえすこそ数ならぬ身なからもいとかうおほし くたしける御心はへの程もいかゝあさくは思ふ給へさかれさらん いとかやうなるきはゝきはにこそ侍なれとてかくをしたち給へる をふかくなさけなくうしと思入たるさまもけにいとおしく心 はつかしきけはひなれはそのきは/\をまたしらぬうひこと そや中々をしなへたるつらに思ひなし給へるなんうたてありけるを のつからきゝ給ふやうもあらんあなかちなるすき心はさらに ならはぬをさるへきにやけにかくあはめられたてまつるも ことはりなる心まとひを身つからもあやしきまてなんなと (33ウ) まめたちてよろつにのたまへといとたくひなき御ありさま のいよ/\打とけきこえん事わひしけれはすくよかに 心つきなしとは見えたてまつるともさるかたのいふかひなき にてすくしてんと思ひてつれなくのみもてなしたり人 からのたをやきたるにつよき心をしゐてくはへたれはなよ 竹の心ちしてさすかにおるへくもあらすまことに心やましくて あなかちなる御心はへをいふかたなしと思ひてなくさまなといと あはれなりこゝろくるしくはあれとみさらましかはくち おしからましとおほすなくさめかたくうしとおもへれはなといとかく (34オ) うとましき物にしもおほすへきおほえなきさまなるもこそ 契りあるとは思たまはめむけに世を思しらぬやうにおほゝれ 給ふなんいとつらきとうらみられていとかくうき身の程のさた まらぬありしなからの身にてかゝる御心はへを見ましかはあるましき 我たのみにても又見なをし給ふ後の山もやとも思ふ給へなくさめまし をいとかううかりけるうきねの程を思侍にたくひなく思給へまとはるゝ なりよしいまは見きとなかけそとておもへるさまけにいとことはり也 をろかならすたのみなくさめ給ふ事おほかるへし鳥もなきぬ人々 おき出ていといきたなかりける夜かなと御くるまひき出よなといふ也 (34ウ) かみもいてきて女なとの御かたたかへこそ夜ふかくいそかせ給ふへ きかはなといふもあり君は又かやうのついてあらん事もいとかたし さしはへてはいかてか御文なともかよはん事のいとわりなきをおほす にいとむねいたしおくの中将も出ていとくるしかれはゆるし給ても又 ひきとゝめ給つゝいかてか聞ゆへき世にしらぬ御心のつらさもあはれも あさからぬよの思出はさま/\めつらかなるへきためしかなとて打なけき 給ふ御気しきいとなまめきたりとりもしは/\なくに心あはたゝしくて     「つれなきをうらみもはてぬしのゝめにとりあへぬまて おとろかす覧」をんなは身のありさまを思ふにいと心つきなくまは (35オ) ゆきこゝちしてめてたき御もてなしもなにともおほえすつねはいと すく/\しく心つきなしと思あなつるいよのかたのみ思やられて夢にや 見ゆらんとそらおそろしくつゝまし     「身のうさをなけくにあかてあくる夜はとりかさねてそ ねもなかれける」ことゝあかくなれはさうしくちまてをくりし給ふうちも とも人さはかしうあはたゝしけれはひきたてゝわかれ入給ふほと心 ほそくへたつるせきと見えたり御なをしなとき給てみなみのかう らんにしはし打なかめ給ふにしおもてのかうしいそきあけて人々のそ くへかめるすのこの中の程にたてたるこさうしのかみよりほのかに (35ウ) 見え給へる御ありさまを身にしむはかりおもへるすき心ともあめり月は ありあけにてひかりおさまれる物からかけけさやかにみえて中々おか しきあけほの也なに心なき空のけしきもたゝ見る人から ところからえんにもすこくも見ゆるなりけり人しれぬ御心にはいとむね いたくことつてやらんよすかたになきをかへりみかちにて出たまひぬ 殿にかへり給てもとみにもまとろまれたまはす又あひ見るへきかた なきをましてかの人の思ふらん心のうちをいかならんと心くるしくおもひ やり給ふすくれたる事はなけれとめやすくもてつけてもありつる中のしな かなくまなくみあつめたる人のいひしこと葉はけにとおほしあはせられ (36オ) けり此程は大殿にのみおはしますなをいとかきたえて思ふらん事のいと おしく御心にかゝりてくるしくおほしめしわひてきのかみをめしたりかのあり し右衛門督の子はえさせてんやらうたけに見えしを身ちかくてつかう 人にせんうへにもわれたてまつらんとのたまへはいとかしこきおほせ事に侍也 かのあねなる人にのたまはんと申にもむねつふれておほせとそのあね君は あそんのおとうとやもたるさも侍らすこの二とせはかりそかくて物し侍 れとおやのをきてにたかへりと思なけきて心ゆかぬやうになんきゝ給ふる あはれの事やよろしく聞えし人そかしまことによしやとのたまへは けしうは侍らさるへしもてはなれてうと/\しく侍れはよの (36ウ) ことひにてむつれ侍らすと申さて五六日ありてこのこゐてまいれり こまやかにおかしとはなけれとなまめきたるさましてあて人と見えたり めしいれていとなつかしくかたらひ給ふわらはこゝちにいとめてたくうれしと 思ふいもうとの君の事もくはしくとひ聞え給ふさるへき事はいらへも 聞えなとしてはつかしけにしつまりたれは打出にくしされといとよく いひしらせ給ふかゝる事こそはとほの心うるも思のほかなれとおさな こゝちにふかくしもたとらす御文をもてきたれは女あさましきに涙も出 きぬ此この思ふらん事もはしたなくてさすかに御文をおもかくして ひろけたりいとおほくて (37オ)     「見し夢をあふ夜ありやとなけくまに目さへあはてそ ころもへにける」ぬる夜なけれはなとめもをよはぬ御かきさまなれは 見もいれられすもめもきりて心えぬすくせ打そへりける身を思つゝ けてふし給へり又の日こきみめしたれはまいるとて御かへりこふかゝる御文は みるへき人もなしときこえよとのたまへは打ゑみてたかふへくものたまはさ りし物をいかゝさは申さんといふに心やましくのこりなくのたまはせしらせ てけると思ふにつらき事かきりなしいておよすけたる事はいはぬそ よしさはなまいり給そとむつかしれてめすにはいかてかはとてまいりぬ きのかみすき心にこのままはゝのありさまをあたらしき物に思ひて (37ウ) ついさうしありけも此子をもてかしつきてゐてありく君めしよせて きのふもまちくらしゝをなをあひ思ふましきなめりとえんし給へは かほ打あかめてゐたりいつらとのたまふにしか/\と申にいふかひなのことや あさましとて又御文給へりあこはしらしなそのいよのおきなよりはさき に見し人そされとたのもしけなくくひほそしとてふつゝかなるうしろ 見まうけてかくあなつり給ふなめりさりともあこは我子にてあれよ かのたのもし人はゆくさきみしかゝりなんとのたまへはさもやありけん いみしかりける事かなとおもへるをおかしとおほす此子をまつはし給て うちにもいてまいりなとし給ふわか御くしけ殿にのたまひてさうそく (38オ) なともせさせまことにおやめきてあつかひたまふ御ふみは つねにありされとこの子もいさおさなしこゝろよりほかにちり もせはかろ/\しき名さへとりそへむ身のおほえをいとつきな かるへくおもへはめてたき事も我身からこそとおもひてうち とけたる御いらへもきこえすほのかなりし御けはひありさまはけに よしとなへてやはとおもひて聞えぬにはあらねとおかしきさまを 見えたてまつりてもなにゝかはなるへきなと思ひかへすなりけり 君はおほしをこたる時のまもなく心くるしくも恋しくもおほし いつおもへりし気しきなとのいとおしさもはるけむかたおほし (38ウ) わたるかろ/\しくはひまきれたちよりたまはんも人 めけしからぬところにひんなきふるまひやあらはれむ 人のためもいとおしくとおほしわつらふれいのうちに 日かすへたまふころさるへきかたのいみまちゐて給ふ にはかにまかてたまふまねしてみちのほとよりおはし ましたりきのかみおとろきてやり水のめんほくと よろこひかしこまるこきみにはひるつかたよりかくなん おもひよれるとのたまひちきれりあけくれまつはしなら したまひけれはこよひもまつめしいてたりをんなも (39オ) さる御せうそこのありけるにおほしたはかりておはし つらんほとはあさくしもおもひなされねとさりとてうち とけ人気なきありさまを見たてまつりてもあちきなく夢 のやうにてすきにしなけきを又やくはへんとおもひみたれて なをさまてまちつけきこえさせむことのいとまはゆけれは こきみかいてゝいぬるほとにいと気ちかけれはしのひて打たゝかせ なともせむに程はなれてをとてわた殿に中将といひしかつほ ねしたるかくれにうつろひぬさるこゝちして人とくしつめて 御せうそこあれとこきみはえたつねあへすよろつのところもとめ (39ウ) ありきてわた殿にわけ入てからうしてたとりきたりいと あさましくつらしとおもひていかにかひなしとおほさんとなきぬ はかりいへはかくけしからぬ心はつかふ物かはおさなき人のかゝる事 いひつたふるはいみしくいむなる物をといひおとしてこゝちなやまし けれは人々さけすをさへさせてなん聞えさせよあやしとたれも/\ おもふらんといひはなちて心のうちにはいとかくしなさたまらぬ身の おほえならてすきにしおやの御けはひとまれるふるさとなからたま さかにもまちつけたてまつらはおかしくもあらまししゐて思ひしらぬ かほに見けつもいかに程しらぬやうにおほすらんとこゝろなからも (40オ) むねいたくさすかに思みたるとてもかくてもいまはいふかひなき すくせなりけれは無心にこゝろつきなくてやみなんとおもひはてたり 君はいかにたはかりなさんとまたおさなきをうしろめたくまち ふしたまへるにふようなるよしをきこゆれはあさましくめつらか なりける心のほとを身もいとはつかしくこそ思なりぬれといと/\ おしき御気しきなりとはかり物ものたまはすいたくうめきて うしとおほしたり     「はゝき木のこゝろもしらてそのはらやみちにあやなく まよひぬるかな」きこえむかたこそなけれとのたまへりをんなもさす (40ウ) かにまとろまれさりけれは     「かすならぬふせやにおふる名のうさにあるにもあらす きゆるはゝきゝ」ときこえたりこきみいと/\おしさにねふたくも あらてまとひありくを人あやしと見るらむとわひ給ふれいの 人々はいきたなきもひとところはすゝろにすさましくおほし つゝけらるれと人ににぬ心さまのなをきえすたちのほれりけると なへてかやうのほとならさりけるをねたくかゝるにつけてこそ心も とまれとかつはおほしなからめさましくつらけれはさはれとおほせと さもえおほしはつましくかくれたらんところになをいてゆけと (41オ) のたまへといとむつかしけにさしこめられて人あまた侍めれはかし こけにと聞ゆいとおしとおもへりき物からよしあこたになすてそ とのたまひて御かたはらにふせたまへりわかくなつかしき御ありさまを うれしくめてたしとおもひたれはつれなき人よりは中々あはれに よそへおほさるとそ ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:篠田健一、神田久義、淺川槙子、矢澤由紀 更新履歴: 2011年3月24日公開 2014年7月23日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月23日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)2 世にも → 世に (7ウ)4 見み → みみ (10ウ)2 ゑんすへき → えんすへき (26ウ)7 こよひなか神 → こよひなる神 (26ウ)9 かたかへむ → かたたかへむ (27オ)3 すゝしきに → すゝしさに (34ウ)8 しののめに → しのゝめに