米国議会図書館蔵『源氏物語』 紅葉賀 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- もみちの賀 (1オ) 朱雀院の行幸は神無月の十日あまり也よのつねならす おもしろかるへきたひのことなりけれは御かた/\物見たまはぬ事を くちおしかり給うへも藤つほの見たまはさらんをあかすおほさるれは しかくを御まへにてせさせ給源氏の中将はせいかひはをそまい給ける かたてにはおほい殿の頭中将かたちよふひ人にはことなるを立ならひては なを花のかたはらのみ山木也入かたの日かけさやかにさしたるにかくのこゑ まさり物のおもしろき程におなしまいのあしふみをもゝち世に見えぬさま也 ゑいなとしたまへるはこれや仏の御かれうひんかのこゑならむと聞ゆおもしろく あはれなるにみかと涙をのこひ給ふかんたちめみこたちもみななきたまいぬ ゑいはてゝ袖うちなをし給へるに待とりたるかくのにきはゝしきにかほの色あい (1ウ) まさりてつねよりもひかると見え給ふ春宮の女御かくめてたきにつけても たゝならすおほして神なと空にめてつへきかたちかなうたてゆゝしと のたまうをわかき女房なとは心うしとみゝとゝめけり藤つほはおほけなき御 心のなからましかはましてめてたく見えましとおほすに夢のこゝちなんし給ふ ける宮はやかて御とのゐなりけりけふのしかくはせひかいはにことみなつきぬな いかゝ見給つるときこえ給へはあいなう御いらへきこえにくゝてことに侍めりつと はかりきこえ給かたてもけしうはあらすこそ見えつれまいのさま手つかひなと いゑのこはことなる此世に名をえたるまいのをのこともゝけにいとかしこけれと こゝしうなまめいたるすちをえなん見せぬこゝろみのひかくつくしつれは紅 葉のかけやさう/\しくとおもへと見せたてまつらんの心にてようゐせさせつる (2オ) なときこえ給つとめて中将の君いかに御らんしけんよにしらぬみたりこゝちなからこそ     「物おもふにたちまふへくもあらぬ身の袖うちふりし 心しりきや」あなかしことある御かへりめもあやなりし御さまかたちに見たまひ しのはれすやありけん     「から人の袖ふることはとをけれとたちゐにつけて あはれとは見き」大かたにはとあるをかきりなうめつらしうかやうのかたさへたと/\ しからす人のみかとまておほしやれる御きさきこと葉のかねてもとほゝゑま れて持経のやうにひきひろけてゐ給へり行幸にはみこたちなと世に 残る人なくつかうまつり給へり春宮もおはしますれいのかくの舟ともこきめくり てもろこしこまとつくしたるまひとも種々おほかりかくのこゑつゝみのをと (2ウ) よをひゝかすひとひの源氏の御ゆふかけゆゝしうおほされてみす経なと ところ/\にせさせ給をことはりとあはれかり聞ゆるに春宮の女御はあなか ちなりとにくみきこえ給ふかいしろなと殿上人地下も心ことなりとよ人に おもはれたるいうそくのかきりとゝのへさせ給へり宰相ふたり左衛門督右 衛門督ひたりみきのかくのことをこなうまひのしともなと世になへてならぬを とりつゝをの/\こもりゐてなんならひけり木たかき紅葉のかけに四十人のかひ しろいひしらすふきたてたる物のねともにあひたる松風まことのみやま をろしときこえて吹まよひ色ゝにちりかふ木葉の中よりせいかひはのかゝやき 出たるさまいとおそろしきまてみゆかさしのもみちいたうちりすきてかほのにほひに けをされたるこゝちすれはおまへなる菊をおりて左大将さしかへ給日暮かゝる程にけし (3オ) きはかり打時雨て空のけしきさへ見しりかほなるにさるいみしきすかたにきくの 色々うつろひえならぬをかさしてけふは又なき手をつくしたる入あやの程そゝろ さむく此世の事ともおほえす物見しるましきしも人なとの木のもと岩かくれ山の 木葉にうつもれたるさへすこし物の心しるは涙おとしけり承香殿の御はら の四のみこまたわらはにてしうふうらくまひ給へるなんさしつきの見物なりける これらにおもしろさのつきにけれはこと/\にめもうつらすかへりてはことさましにやあり けんその夜源氏の中将正三位し給頭中将上下のかかひし給ふかんたちめはみな さるへきかきりよろこひし給も此君にひかれ給へるなれは人のめをもおとろかし心をも よろこはせ給むかしの世ゆかしけ也宮はそのころまかて給ぬれはれいのひまもやと うかゝひありき給ふおことにておほひ殿にはさはかれ給ふいとゝかのわか草たつねとり (3ウ) 給てを二条院には人むかへ給なりと人のきこえけれはいと心つきなしとおほひたり 内々のありさまはしりたまはてさもおほさんはことはりなれと心うつくしくれいの人の やうに恨のたまはゝ我もうらなく打かたりてなくさめきこえてん物をおもはすに のみともなひ給心つきなさにさもあるましきすさひことも出くるそかし人の ありさまのかたほにそのことのあかぬとおほゆるきすもなし人よりさきに見たてまつり そめてしかはあはれにやむことなく思聞ゆる心をもしりたまはぬ程こそあらめつゐには おほしなをされなんとおたしくかろ/\しからぬ御心の程もをのつからとたのまるゝかたはこと なりけりおさなき人は見つい給まゝにいとよき心さまかたちにてなに心もなくむつれ まとはしきこえ給ふしはしはとのゝうちの人にも誰としらせしとおほしてなをはなれ たるたいに御しつらひになくして我も明暮いりおはしてよろつの御ことゝもををしへ (4オ) きこえ給手ほんかきてならはせなとしつゝたゝほかなりける御むすめをむかへ給へらんやうにそ おほしたるまんところけいしなとをはしめことにわかちて心もとなからすつかうまつらせ給これみつ よりほかの人のおほつかなくのみ思きこえたりかの宮もえしりきこえたまはさりけりひめ君は なを時々思ひ出きこえ給ふ時あま君を恋きこえ給おりおほかり君のおはする程はまきら はし給をよるなとは時々こそとまり給へこゝかしこの御いとまなくてくるれは出給をしたひき こえ給ふおりなとあるをいとらうたく思きこえ給へり二三日うちにもさふらひおほい 殿にもおはするおりはいといたくくしなとし給へは心くるしうてはゝなきこもちたらんこゝ地し てありきもしつ心なくおほえ給僧都はかくなときこえ給てあやしき物からうれしとなん おもほしけるかの御ほうしなとし給ふにもいかめしうとふらひきこえ給へり藤つほのまかて給へる 三条の宮に御ありさまもゆかしくてまいり給へれはみやう婦中納言の君中つかさなとやうの (4ウ) 人々たいめしたりけさやかにももてなし給かなとやすからすおもへとしつめて大かたの御物 語きこえ給程に兵部卿の宮まいり給へり此君おはすと聞給てたいめし給へりいとよし あるさまして色めかしうなよひ給へるを女にて見むはおかしかりぬへく人しれす見たて まつり給ふにもかた/\むつましくおほえ給てこまやかに御物語なときこえ給宮も此 御ありさまのつねよりことになつかしう打とけ給へるをいとめてたしと見たてまつり給て むこになとはおほしよらて女にて見はやと色めきたる御心にはおもほす暮ぬれはみすの うちにいり給を浦山しくむかしはうへの御もてなしにいとけちかく人つてならて物を きこえ給しをこよなしうとみ給へるもつらくおほゆるそわりなきやしは/\もさふらふ へけれとことそと侍らぬ程はをのつからをこたり侍をさるへき事なとはおほせことも侍らん こそうれしくなとすく/\しくて出たまひぬみやう婦もたはかりきこえむかたなく宮の御 (5オ) けしきもありしよりはいとゝうきふしにおほしをきて心とけぬ御けしきもはつかしくいとおし けれはなにのしるしもなくてすきゆくはかなさの契りやとおほしみたるゝ事かたみにつき せす少納言はおほえすおかしきよをも見つるかな是もこあまうへの此御事をおほして御をこない にもいのりきこえ給し仏の御しるしにやとおほゆおほい殿いとやむことなくしておはしこゝかしこ あまたかゝつらひ給をそまことにおとなひたまはん程はむつかしき事やとおほしける されとかくとりわき給へる御おほえの程ははゝかたは三月こそはとてつこもりにはぬかせ たてまつり給を又おやもなくて出給しかはまはゆき色にはあらてくれなゐむらさき 山ふきの地のかきりをれる御こうちきなとをき給へるさまいみしういまめかしくおかし け也おとこ君はてうはいにまいり給とてさしのそき給へりけふよりはおとなしくなり給へり やかて打ゑみ給へるいとめてたうあいきやうつき給へりいつしかひいなをしすへてそゝき (5ウ) ゐ給へる三尺のみつし一よろひにしな/\しつらひすへて又ちいさきやともつくり あつめてたてまつり給へるをところせきまてあそひひろけ給へりなやらふとて いぬきか是を打こほち侍にけれはつくろひ侍とていと大事とおほひたりけに いと心なき人のしわさにも侍なるかないまつくろはせ侍らんけふはこといみしみな ならひ給そとて出給気しきところせきを人々はしに出て見たてまつれは ひめ君も立出て見たてまつり給てひいなの中のくゑんしの君つくろひた てゝうちにまいらせなとし給ことしたにすこしおとなひさせ給へとをにあまり ぬる人はひいなあそひはいみ侍物をかく御おとこなとまうけたてまつり給ては あるへかしうしめやかにてこそ見えたてまつらせたまはめ御くしまいる程をたに 物うくせさせ給なと少納言聞ゆあそひにのみ心入給へれははつかしとおもはせ (6オ) たてまつらんとていへは心のうちに我はさはおとこまうけてけり此人々のおとことて あるはみにくゝこそあれ我はかくおかしけにわかき人をももたりけるかなといまそ おもほししりけるさはいへと御年の数そふしるしなめりかしこくおさなき御けはひ のことにふれてしるけれは殿のうちの人々もあやしと思けれといとかうよつかぬ御 そひふしならんとはおもはさりけり内よりおほひ殿にまかて給へりれいのうるはしう よそおしき御さまにて心うつくしき御気しきもなくくるしけれはことしよりたに すこしよつきてあらため給御心見えはいかにうれしからんときこえ給へとわさと人 すへてかしつき給ふと聞給しよりはやむことなくおほしさためたる事にこそはと 心のみをかれていとゝうとくはつかしくおほさるへししゐて見しらぬやうにもて なしてみたれたる御けはひにはえしも心つよからす御いらへなと打きこえ給へるはなを人 (6ウ) よりはいとことはりよとせはかりこのかみにおはすれは打すくしはつかしけにさかりに とゝのほりて見え給何事かは此人のあかぬところは物し給わか心のあまりけしからぬ すさひにかくうらみられたてまつるそかしとおほししらるをし大臣と聞ゆる中に もおほえやむことなくおもはするか宮はらにひとりいつき給御心おこりいとこよなくて すこしもをろかなるをはめさましと思きこえ給へるをおとこ君はなとかさもならはひ 給ふ御心のへたてともなるへしおとゝもかくたのもしけなき御心をつらしと思きこえ 給なから見たてまつり給時は恨もわすれてかしつきいとなみきこえ給ふつとめて 出給ところにさしのそき給て御さうそくし給に名たかき御おひ御手つからもたせて わたり給て御そのうしろひきつくろひなと御くつをとらぬはかりにし給ふいとあはれ也 是は内えんなといふことも侍なるをさやうのおりにこそなときこえ給へとそれはまされ (7オ) るも侍是はたゝめなれぬさまなれはなんとてしゐてせさせたてまつり給けによろつに かしつきたてゝ見たてまつり給にいけるかひあり玉さかにてもかゝらん人をいたしいれて 見むにます事あらしと見え給ふさむさしにとてもあまたところもありきたまはす 内春宮一院はかりさては藤つほの三条の宮にそまいり給へるけふは又ことにも見え 給かなねひ給まゝにゆゝしきまてなりまさり給御ありさまかなと人々めて聞ゆるを宮 みきちやうのひまよりほの見給につけてもおもほすことしけかりけり 此御ことのしはすもすきにしかは心もとなきに此月はさりともと宮人も まちきこえ内にもさる御心まうけともあるにつれなくてたちぬ御物の 気にやとよ人もきこえさはくを宮いとわひしう此ことにより身の いたつらになりぬへき事とおほしなけくに御こゝちもいとくるしくて (7ウ) なやみ給ふ中将の君はいとゝ思あはせてみすほうなとさとはなくて ところ/\にせさせ給ふ世中のさためなきにつけてもかくはかなくてや やみなんととりあつめてなけき給に二月十日よゐの程におとこみこ むまれ給ぬれはなこりなく内にも宮人もよろこひきこえ給ふいの ちなかくもとおほすは心うけれとこきてんなとうけはしけにのたまふと 聞しをむなしく聞なしたまはましは人わらはれにやとおほしつよりて なんやう/\すこしつゝさはやい給けるうへのいつしかとゆかしけにおほしめし たる事かきりなしかの人しれぬ御心にもいみしう心もとなくて人まに まいり給てうへのおほつかなかりきこえ給をまつ見たてまつりてそう し侍らんときこえ給へとむつかしけなる程なれはとて見せたてまつり (8オ) たまはぬもことはり也さるはいとあさましうめつらかなるまてうつし とり給へるさまたかうへくもあらす宮の御心のおにゝいとくるしく人 の見たてまつるもあやしかりつる程のあやまりをまさに人の思ひとか めしやさらぬはかなきことをたにきすをもとむる世にいかなる名のつゐに もり出へきにかとおほしつゝくるに身のみそいと心うきみやう婦の君に 玉さかにあひ給ていみしき事ともをつくし給へとなにのかひかあるへ きにもあらすわか宮の御事をわりなくおほつかなかりきこえ給へはなと かうしもあなかちにのたまはすらむいまをのつから見たてまつらせ給 てんときこえなからおもへる気しきかたみにたゝならすかたはらいたき ことなれはまほにもえのたまはていかならんよに人つてならてきこ (8ウ) ゑさせんとてない給ふさまそこゝろくるしき     「いかさまにむかしむすへる契りにて此世にかゝる 中のへたてそ」かゝる事こそ心えかたけれとのたまうみやう婦も宮の おもほしたるさまなとを見たてまつるにえはしたなうもさしはなち きこえす     「見てもおもひ見ぬはたいかになけくらんこや世の人の まとふてふやみ」あはれに心ゆるひなき御ことしもをとしのひてき こえけりかくのみいひやるかたなくてかへり給物から人の物いひもわ つらはしきをわりなき事にのたまはせおほしてみやうふをもむかし おほひたりしやうにも打とけむつひたまはす人めたつましく (9オ) なたらかにもてなし給物から心つきなしとおほす時もあるへきを いとわひしく思のほかなるこゝちすへし四月にまいり給程よりは おほきにおよすけ給てやう/\おきかへりなとし給ふあさましきまて まきれかたき御かほつきをおほしよらぬことにしあれは又ならひ なきとちはけにかよひ給へるにこそはとおもほしけりいみしうおもほし かしつく事かきりなし源氏の君をかきりなき物におほしめし なからよの人のゆるし聞ゆましかりしによりて坊にもえすへたて まつらすなりにしをあかすくちおしうたゝ人にてかたしけなき 御ありさまかたちにねひもておはするを御らんするまゝに心くる しくおほしめすをかうやむことなき御はらにおなしひかりにて (9ウ) さしいて給へれはきすなき玉とおもほしかしつくに宮はかゝるに つけてもむねのひまなくやすからす物をおもほすれいの中将 の君こなたにて御あそひなとし給にいたきいてたてまつらせ 給てみこたちあまたあれとそこをのみなんかゝる程より明 暮見しされは思わたさるゝにやあらんいとよくこそおほえ たれいとちいさき程はみなかくのみあるわさにやあらんとて いみしくうつくしと思きこえさせ給へり中将の君おもての色 かはるこゝちしておそろしうもかたしけなくもうれしくもあはれにも かた/\うつろふこゝちして涙おちぬへし物語なとして打ゑみ給へるか いとゆゝしううつくしきに我身なから是ににたらんはいみしういたは (10オ) しうおほえ給そあなかちなるや宮はわりなくかたはらいたきあせも なかれてそおはしける中将は中々なるこゝちのかきみたるやうなれはまか てたまひぬわか御かたにふし給てむねのやるかたなき程すくして おほい殿へとおほすおまへのせんさいなとなにとなくあをみわたれる中 にとこなつの花やかにさき出たるをおらせ給て命婦のもとにかき給ふ事お ほかるへし     「よそへつゝ見るにこゝろはなくさまて露けさまさる なてし子の花」はなにさかなんと思ふ給へしもかいなき世に  侍けれはとありさりぬへきひまにやありけむ御らんせさせてたゝちりはかり この花ひらにと聞ゆるをわか心にも物いとあはれにおほししらるゝ程にて (10ウ)     「袖ぬるゝ露のゆかりとおもふにもなをうとまれぬ やまとなてしこ」とはかりほのかにかきさしたるやうなるをよろこひなから たてまつるれいの事なれはしるしあらしかしとくつをれてなかめふし給へるに むねうちさはきていみしううれしきにも涙おちぬつく/\とふしたるにも やるかたなきこゝちすれはれいのなくさめには西のたいにそわたり給しとけな く打ふくたみ給へるひんくきあされたるうちきすかたにてふえをなつ かしうふきすさひのそき給へれは女君ありつる花の露にぬれたるこゝ地 してそひふし給へるさまうつくしうらうたけ也あひきやうこほるゝやう にておはしなからとくもわたりたまはぬかなまうらめしかりけれはれいならす そむき給へるなるへしはしのかたについゐてうちやとのたまへとおとろかす入 (11オ) ぬる磯のくちすさひてくちおほひし給へるさまいみしうされてうつくし あなにくかゝる事ならひ給にけりみるめにあくはまさなき事そよとて人 御琴とりよせてひかせたてまつり給さうのことはなかのほそをのたえかたき こそところせけれとてひやうてうをしくたしてしらへ給かきあはせはかり ひきてさしやり給へれはゑえんしはてすいとうつくしくひき給ちいさき御 程にさしやりてゆらし給ふ御てつきいとうつくしけれはらうたしとおほ してふえふきならしをしへ給いと/\さとくてかたきてうしともをたゝ 一わたりにならひとり給大かたらう/\しうおかしき御心はへを思しことかなと おほすほそろくせりといふ物は名はにくけれとおもしろうふきすまし給へるに かきあはせまたわかけれとはうしたかはす上手めきたりおほとなふらまいりて (11ウ) ゑともなと御らんするに出給へしとありつれは人々こはつくりきこえて雨 ふり侍りぬへしなといふにひめ君れいの心ほそくてくし給へりゑも見さして うつふしておはすれはいとらうたくて御くしのいとめてたくこほれかゝりたるを かきなてゝほかなる程は恋しくやあるとのたまへはうなつき給我も一日も見 たてまつらぬはいとくるしうこそされとおさなくおはする程は心やすく思きこ えてまつくね/\しううらむる人の心やふらしと思てむつかしけれはしはしかくも ありくそおとなしく見なしてはほかへもさらにいくまし人の恨おはしなと思ふ も世になかうありて思ふさまに見えたてまつらんと思ふそなとこま/\とかたらひ たまはすやかて御ひさによりかゝりてねいり給ぬれはいと心くるしくてこよひは いてすなりぬとのたまへはみなたちてをものなとこなたにまいらせたりひめ君 (12オ) おこしたてまつり給ていてすなりぬときこえ給へはなくさみておき給へりもろ ともに物なとまいるいとはかなけにすさひてさらはねたまひねかしとあや うけに思ふ給へれはかゝるを見すてゝはいみしきみちなりともおもむきかたく おほえ給ふかやうにとゝめられ給おり/\なともおほかるををのつからもりきく人 大臣殿にきこえけれは誰ならんいとめさましき事にもあるかないまゝてその 人ともきこえすさやうにかくまつはしたはふれなとすらむはあてやかに心 にくき人にはあらし内わたりなとにてはかなく見え給けん人を物めかし 給てひとやとかめんとかくし給名残心なけにいはけて聞ゆるはなとさふらふ 人々もきこえあへり内にもかゝる人ありときこしめしていとおしくおとゝの 思なけかるなる事もけに物けなかりし程をおほな/\かく物したる心をさはかりの (12ウ) ことたとらぬ程にはあらしをなとかなさけなくはもてなすなるなとのたまは すれとかしこまりたるさまにて御いらへもきこえたまはねは心ゆかぬなめなりと いとおしうおほしめすさるはすき/\しく打みたれてこの見ゆる女房にまれ又 こなたかなたの人々なとなへてならすとも見えきこえさめるをいかなる物のくまに かくれありきてかく人にもうらみらるらんとのたまはすみかとの御としねひさせ 給ぬれとかやうのかたへすくさせたまはすうねへ女くら人なとをもかたち心ある をはことにもてはやしおほしめしたれはよしある宮つかへ人おほかるころなり はかなき事をもいひふれ給ふにはもてはなるゝ事もありかたきにめなるゝにや あらんけにそあやしくすひたまはさめるとこゝろみにたはふれ事をきこえ かゝりなとするおりあれとなさけなからぬ程に打いらへてまことにはみたれたま (13オ) はぬをまめやかにさう/\と思聞ゆる人もありとしいたう老たる内侍のすけ人 もやむことなく心はせありあてにおほえたかくはありなからいみしうあためいたる 心さまにてそなたにはをもからぬあるをかうさたすくるまてなとさしもみたる らむといふかしくおほえ給けれはたはふれ事いひふれて心み給ににけなくも おもはさりけりあさましとおほしなからさすかにかゝるをおかしくて物なとのたまひて けれと人のもてきかんもふるめかしき程なれはつれなくもてなし給へるを女は いとつらしとおもへりうへのけつりくしにさふらひけるをはてにけれはうへはみ うちきの人めして出させ給ぬる程に又人もなくて此内侍つねよりもきよけ にやうたひかしらつきなまめきてさうそくありさまいと花やかにこのま しけに見ゆるをさもふりかたうもと心つきなく見給物からいかゝおもふらんと (13ウ) さすかにすくしかたくてものすそをひきおとろかし給へれはかはほりのえならす ゑかきたるをさしかくして見かへりたるまみいたう見のへたれとまかふらいたく くろみおち入ていみしくはつれそゝけたりにつかしからぬ扇のさまかなと見給て わかもてまへるにさしかへて見給へはあかきかみのうつるはかり色ふかきに木たかき もりのかたをぬひかへしたりかたつかたにてはいとさたすきたれとよしなからす もりの下草おひぬれはなとかきすさみたるをことしもこそあれうたての心はへ やとゑまれなからもりこそ夏のとみゆめるとてなにくれとのたまうもにけなく 人や見つけんとくるしきを女はさもおもひたらす     「君しこはたなれの駒にかりかはんさかりすきたる 草葉なりとも」といふさまこよなういろめきたり (14オ)     「さゝわけは人やとかめむいつとなくこまなつくめる もりの下草」わつらはしさにとてたち給をひかへてまたかゝる物をこそ思侍ら ねいまさらなる身のはちになんとてなくさまいといみしういまきこえん思 なからそやとてひきはなちて出給ふをせめてをよひて橋はしらと恨かくるを うへはみうちきはてゝみさうしよりのそかせ給けりにつかはしからぬあはひかなと いとおかしうおほされてすき心なしとつねにもてなやむめるをさはいつとすくさ さりけるはとてわらはせ給へは内侍はなまはゆけれとにくからぬ人ゆへはぬれ きぬをたにきまほしかるたくひもあなれはにやいたうもあらかひきこえ させす人々も思のほかなる事かなとあつかうめるを頭中将聞つけていらぬくま なき心にてまたおもひよらさりけるよと思ふにつきせぬこのみ心も見ま (14ウ) ほしうなりにけれはかたらひつきにけり此君も人よりはいとことなるをかのつれ なき人の御なくさめにと思つれと見まほしきはかきりありけるをとやうたて のこのみやいたうしのふれは源氏の君はえしりたまはす見つけきこえては まつ恨聞ゆるをよはひの程いとおしけれはなくさめんとおほせとかなはぬもの うさにいとひさしくなりにけるを夕立して名残すゝしきよゐのまきれに 温明殿のわたりをたゝすみありき給へは此内侍ひわをいとおかしうひきゐ たり御まへなとまてもおとこかたの御あそひにましりなとしてことに まさる人なき上手なれは物のうらめしうおほしけるおりからいとあは れに聞ゆうりつくりになりやしなましとこゑはいとおかしうて うたふそすこし心つきなきかくしうにありけんむかしの人もかく (15オ) やおかしかりけんとみゝとゝまりて聞給ふひきやみていといたう思 みたれたるけはひ也君あつま屋をしのひやかにうたひてより給へるにをし ひらひてきませと打そへたるもれいにたかひたるこゝちそする     「たちぬるゝ人しもあらしあつまやにうたてもかゝる あまそゝきかな」と打なけくをわれひとりしも聞おふましけれと うとましやなにことをかくまておほゆ     「人つまはあなわつらはしあつま屋のまやのあまりに なれしとそ思ふ」とて打すきなまほしけれとあまりはしたなくやと思かへ して人にしたかへはすこしはやりかなるたはふれことなといひかはして是も めつらしきこゝ地そし給ふ頭中将は此君のいたうまめたちすくしてつねに (15ウ) もとき給ふかねたきをつれなくてうち/\しのひ給かた/\おほかめるをいかて 見あらはさんとのみ思わたるに是を見つけたるこゝちいとうれしかゝる おりにすこしをとしきこえて御心まとはしてこりぬやといはんと思てたゆ め聞ゆ風ひやゝかに打吹てやゝふけゆく程にすこしまとろむにやと見ゆる けしきなれはやをら入くるに君はとけてしもねたまはぬ心なれはふと聞つけて 此中将とは思よらすなをわすれかたくすなるすりのかみにこそあらめとお ほすにおとな/\しき人にかくにけなきふるまひをして見つけられんことははつ かしけれはあなわつらはしいてなんよくものふるまひはしるかりつらん物を心うく すかし給けるよとてなをしはかりをとりて屏風のうしろに入たまひぬ中将 おかしきをねんしてひきたて給へる屏風のもとによりてこほ/\とたゝみよせて (16オ) おとろ/\しくさはかすに内侍はねひたれといたくよしはみなよひ たる人のさき/\もかやうにて心うこかすおり/\ありけれはならひ ていみしく心あはたゝしきにもこの君をいかにしきこえぬるに かとわひしさにふるふ/\つとひかへたりたれとしられていてな はやとおほせとしとけなきすかたにてかうふりなとうちゆかめて はしらむうしろておもふにいとをこなるへしとおほしやすらふ中 将いかて我と見しられきこえしとおもひて物もいはすたゝいみしう いかれる気しきにもてなしてたちをひきぬれは女あかきみ/\と むかひててをするにほと/\わつらひぬへしこのもしうわかやきて もてなしたるうはへこそさてもありけれ五十七八の人のうちとけて (16ウ) 物おもひさはけるけはひえならぬ廿のわか人たちの御中にて ものおちしたるいとつきなしかうあらぬさまにもてひかめておそ ろしけなるけしきを見すれと中々しるく見つけ給て我としり てことさらにするなりけりとをこになりぬその人なめりと見給に いとおかしけれはたちぬきたるかいなをとらへていといたうつみ 給へれはねたき物からえたへてわらひぬまことはうつくし心かとよ たはふれにくしやいて此なをしきんとのたまへとつととらへて さらにゆるしきこえすさらはもろともにこそとて中将のおひを ひきときてぬかせ給へとぬかしとすまふをとかくひこしろふ程 にほころひはほろ/\とたへぬ中将 (17オ)     「つゝむめる名やもりいてんひきかはしかくほころふる 中のころもに」うへにとりきはしるからんといふ君     「かくれなきものとしる/\夏ころもきたるをうすき 心とそみる」といひかはしてうらやみなきしとけなすかたにひきなされて みな出たまひぬ君はいとくちおしく見つけられぬる事と思ふし 給へり内侍はあさましくおほえけれはおちとまれる御さしぬきおひなと つとめてたてまつり     「うらみてもいふかひそなきたちかさねひきてかへりし 涙のなこりに」そこもあらはにとありおもなのさまやと見給もにくけれと わりなしおもへりしもさすかにて (17ウ)     「あらたちし浪にこゝろはさはかねとよせける磯を いかゝうらみぬ」とのみなんありけるおひは中将のなりけりわか御なをしよりは 色ふかしと見給にはたそてもなかりけりあやしの事もやおりたちて みたるゝ人はむへをこかましき事におほからんといとゝ御心おさめられ 給ふ中将とのゐところよりこれみつとりつけさせ給へとてをしつゝみて をこせたるをいかてとりつらんと心やまし此おひをえさらましかはと おほすその色のかみにつゝみて     「中たえはかことやおふとあやうきにはなたのおひは とりてたにみす」とてやり給ふたちかへりて     「きみにはたひきとられぬるおひなれはかくてたえぬる  (18オ) 中とかこたむ」えのかれさせたまはしとあり日たけてをの/\殿上にまいり給へり いとしつかに物とをきさましておはするに頭の君もいとおかしけれとおほやけ 事おほくそうしくたす日にていとうるはしくすくよかなるを見るもかた みにほゝゑまる人まにさしよりて物かくしはこりぬらんかしとていと ねたけなるしりめ也なとてかさしもあらんたちなからかへりけん人こそいと おしけれまことはうしや世中をいひあはせてとこの山なるとかたみに くちかたむさてそのゝちはともすれはことのついてにいひむかふるくさ はひなるをいとゝ物むつかしき人ゆへとおほしこるへし女はなをいと えんに恨かくるをわひしとおもひありきこえ給中将はさるへきおり のをとしくさにせんとそおもひけるやむことなき御はら/\のみこたち (18ウ) たにうへの御もてなしのこよなきにわつらはしかりていとことに思きこえ 給へるを此中将はさらにをしけたれきこえしとはかなき事につけても思ひ いとみきこえ給ふ此君ひとりそひめ君の御ひとつはらなりけるみかとの みこといふはかりにこそあれ我もおなし大臣と聞ゆれと御おほえことなるか みこはらにて又なくかしつかれたるはなにはかりのをとるへききはとおほえ たまはぬなるへし人からもあるへきかきりとゝのひて何事もあらまほしく たらひてそ物し給けるこの御中とものいとみこそあやしかりしかされと うるさくてなん七月にそきさきゐ給ふめりしくゑんしの君さいしや うになりたまひぬみかとおりゐさせ給なんの御心つかひちかうなりて 此わか宮を坊にときこえさせ給に御うしろみし給ふへき人おはせす御 (19オ) はゝかたみなみこたちにて源氏のおほやけ事しりたまはすそならね ははゝ宮をたにうこきなきさまにしをきたてまつりてつよりにと おほすになんありける弘徽殿いとゝ御心うこき給ことはり也されと 春宮の御代いとちかうなりぬれはうたかひなき御くらゐ也おほしのと めよとそきこえさせ給けるけに春宮の御はゝにて廿よ年に なり給へる女御ををきたてまつりてはひきこしたてまつり給かたき 事なりかしとれいのやすからす世の人もきこえけりまいり給ふ夜 の御ともにさいしやうのきみもつかうまつり給ふおなしきさきときこ ゆる中にもきさきはらのみこたまひかりのかゝやきてたく いなき御おほえにさへ物し給へは人もいとことにおもひかし (19ウ) つききこえたりわりなき御こゝろには御こしのうちもおもひ やられていとゝをよひなきこゝちし給にすゝろはしきまてなん     「つきもせぬこゝろのやみにくるゝかなくもゐに人を 見るにつけても」とのみひとりこたれつゝ物いとあはれなりみこは およすけ給ふ月日にしたかひていと見たてまつりわきかたけ なるを宮いとくるしとおほせとおもひよる人なきなめりかし けにいかさまにつくりかへてかはをとらぬ御ありさまは世にいて 物したまはまし月日のひかりのそらにかよひたるやう にそ世人もおもへる ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:斎藤達哉、豊島秀範、菅原郁子、大石裕子 更新履歴: 2011年3月24日公開 2011年10月5日更新 2012年3月21日更新 2014年7月30日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2011年10月5日修正) 丁・行 誤 → 正 (3オ)3 思かくれ → 岩かくれ (3ウ)4 とりなひ → ともなひ (4オ)7 もたらん → もちたらん (4ウ)10 給ひぬ → たまひぬ (5オ)10 給へりやとて → 給へりやかて (5ウ)1 一よろひ → 一よろひに (6オ)2 見にくゝこそ → みにくゝこそ (6オ)4 思ひけれは → しるけれは (6オ)6 けしき → 気しき (6オ)8 事こそはと → 事にこそはと (6ウ)1 よとせはかりか → よとせはかり (7オ)1 させ → せさせ (8ウ)7 御ことゝもをと → 御ことしもをと (10ウ)10 こちや → うちや (11オ)6 ゆし → ゆらし (12ウ)9 すい → すひ (15オ)3 ひらいて → ひらひて (16ウ)1 気はひ → けはひ (17ウ)10 をひ → おひ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所 (2012年3月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (3オ)6 つき → つきに (7オ)5 給ふ → 給かな (7ウ)10 聞こえ → きこえ (11オ)1 ぬる磯のと → ぬる磯の (15オ)2 気はひ → けはひ (17ウ)8 をひ → おひ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月30日修正) 丁・行 誤 → 正 (3ウ)2 内/\ → 内々