米国議会図書館蔵『源氏物語』 花散里 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- 花ちるさと (1オ) 人しれぬ心つからの物おもはしさはいつれとなきこと なめれとかく大かたの世につけてさへわつらはしうおほし みたるゝことのみまされは物こゝろほそく世の中なへてい とはしうおほしならるゝにさすかなることおほかりれいけひ てんときこえしはみこたちもおはせす院かくれさせ給て のちはいよ/\あはれなる御ありさまをたゝこの大将の御こゝろに もてかくされてすくし給なるへし御をとうとの三位の君も うちわたりにてはかなうほのめき給しなこりのれいの御心なれは さすかにわすれもはてたまはすわさともはたもてなしたまはぬに 人の御心をのみつくしはて給ふへかめるをもこのころの残る (1ウ) ことなくおほしみたるゝ世のあはれのくさはひにはおもひ出給ふに しのひかたうてさみたれの空めつらしうはれたる雲まに わたり給ふなにはかりの御よそをひなく打やつして御せんなとも ことになくしのひて中川のほとおはしすくるにさゝやかなる家 の木たちなとよしはめるによくなるさうのことをあつまに しらへてかきあはせにきはゝしくひきなす也御みゝとまりて かとちかなるところなれはすこしさし出て見いれ給へはおほき なるかつらの木のをひ風にまつりのころおほしいてられて そこはかとなくけはひおかしきをたゝひとめ見給しやとりなり と見給ふにたゝならすほとへにけるをおほめかしくやとつゝ (2オ) ましけれとすきかてにやすらひ給ふおりしもほとゝきすなきて わたるもよほしきこえかほなれは御くるまをしかへさせてれいの これみついれたまふ     「をちかへりえそしのはれぬほとゝきすほのかたらひし やとのかきねに」しんてんとおほしきやの西のつまに人々ゐたり さき/\もきゝしこゑなれはこはつくりけしきとりて御せうそこ きこゆわかやかなるけしきともしておほめくなるへし     「ほとゝきすこととふこゑはそれなからあなおほつかな さみたれの空」ことさらにたとると見れはよし/\うへしかきねも とて出るを人しれぬこゝろにはねたうもあはれにもおもひけり (2ウ) さもつゝむへきことそかしとことはりにもあれはさすかなりかやうの きはにはつくしのこせつからうたけなりしはやとまつおほしいつ いかなることにつけても御こゝろのいとまなくくるしけ也とし 月をへてもなをかうやうに見しあたりのなさけはすくし たまはぬにしもなか/\あまたの物おもひ草なりかのほいのとこ ろはおほしやりつるもしるく人めなくしつかにておはする ありさまを見たまうもいとあはれ也まつ女御の御かたにてむかし 物かたりなときこえ給に夜ふけにけり廿日の月さし出る程にいとゝ こたかきかけともにくらう見えわたりてちかきたちはなの かほりなつかしうにほひて女御の御けはひねひにたれとあくまて (3オ) よふひありあてにらうたけなりすくれて花やかなる御おほえこそ なかりしかとむつましうなつかしきかたにはおほしたりし物をなと おもひ出きこえ給ふにつけてもむかしのことかきつらねおほされて うちなきたまうほとゝきすありつるかきねにやおなしこゑに 打なくしたひきにけるよとおほさるゝほともえんなりかし いかにしりてかなとしのひやかに打すんしたまう     「たちはなの香をなつかしほとゝきす花ちるさとを たつねてそとふ」いにしへのわすれかたきなくさめにはなをまいり 侍りぬへかりけりこよなうこそまきるゝ事も数そふ事も侍り けれ大かたの世にしたかふ物なれはむかしかたりもかきつくす (3ウ) へき人すくなうなりゆくをましていかにつれ/\もまきれ なくおほさるらむときこえ給ふにいとことさらなる世なれと 物をいとあはれにおほしつゝけたる御けしきのあさからぬも 人の御物からにやとおほえあはれそそひにける     「人めなくあれたるやとはたちはなの花こそ軒の つまとなりけれ」とはかりのたまへるさいへと人にはいとことなりけりとお ほしくらへらる西おもてにはわさとなくしのひやかにうちふる まひ給てさしのそき給へるもめつらしきにそへて世にめなれ ぬ御さまなれはつらさもわすれぬへしなにやかやとれいの なつかしくかたらひ給ふもおほさぬ事にはあらさるへし (4オ) かりにも見給ふかきりそをしなへてのきはにはあらねは にやさま/\につけていふかひなしとおほさるゝはにくけなく われも人もなさけをかはしつゝすくし給ふなりけりそれをあひ なしとおもふ人はとにかくにかはるもことはりの世のさかと おもひなし給ふありつるかきねもさやうにてありさまかはり にたるあたりなりけり ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:斎藤達哉、菅原郁子、来山佳純 更新履歴: 2011年3月24日公開 2013年11月12日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月12日修正) 丁・行 誤 → 正 (2ウ)2 こせち → こせつ (3ウ)10 おほさむ → おほさぬ