米国議会図書館蔵『源氏物語』 明石 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- あかし (1オ) なを雨かせやます神なりしつまらて日ころになりぬいと物わひしき こと数しらすきしかたゆくさきかなしき御ありさまに心つようしもえ おほしなさすいかにせましかゝりとて都にかへらん事も又世にゆるされも なくては人わらはれなる事こそまさらめなを是よりふかき山をもとめ てや跡たえなましとおほすにも浪かせにさはかされてなと人のいひ つたへむこと後の世まていとかろ/\しき名をやなかしはてんとおほしみたる 御夢にもたゝおなしさまなる物のみ見えてまとはし聞ゆと見給ふ雲間 もなくて明くるゝ日かすにそへて京のかたもいとゝおほつかなくかくなから身 をはふらかしつるにやと心ほそうおほせとかしらさし出へくもあらぬ空 のみたれに出たちまいる人もなし二条院よりそあなかちにあやしきすかたにて (1ウ) そほちまいれるみちかひにてたに人かなにそとたに御らんしわくへくも あらすまつをひはらひつへきしつのおのむつましうあはれにおほさるゝも 我なからかたしけなくくしにける心の程思しらるゝ御ふみにはあさましく をやみなきころのけしきにいとゝ空さへとつるこゝ地してなかめやるかたなくなん     「浦かせやいかにふくらむおもひやる袖うちぬらし 浪間なきころ」あはれにかなしき事ともかきあつめ給へりひきあくるよりいとゝ みきはまさりぬへくかきくらすこゝちし給京にも此雨風いとあやしき物 のさとしなりとて仁王会なとをこなはるへしとなんきこえ侍し内に まいり給かんたちめなともなくすへてみちとちてまいる事もたえて侍なと はか/\しうもあらすかたくなしうかたりなせと京のかたのことゝおほせと (2オ) いふかしくていかゝなとおまへにめし出てとはせ給たゝれいの雨のをやみ なくふりて風は時々ふき出て日ころになり侍をれいならぬ事におとろき 侍也いとかくちのそこもとをるはかりのひふりいかつちのしつまらぬことは侍らさり きなといみしきさまにおとろきおちてをる風のいとからきにも心ほそさ そまさりけるかくしつゝ世はつきぬへきにやとおほさるゝにその又の日の暁より 風いみしうふきしほたかうみちて浪の音あらきこといはほも山も残る ましきけしき也神のなりひらめくさまさらにいはんかたなくておちかゝりぬと おほゆるにあるかきりさかしき人なし我はいかなるつみををかしてかくかな しきめを見るらんちゝはゝにもあひ見すかなしきめこのかほをも見て しぬへき事となけく君は御心をしつめてなにはかりのあやまちにてかこの (2ウ) なきさにいのちをはきはめんとつようおほしなせといと物さはかしけれはい ろ/\のみてくらさゝけさせ給てすみよしの神ちかきさかひをしつめ まもり給まことに跡をたれ給ふ神ならはたすけ給へとおほくの大くわん をたて給ふをの/\身つからのいのちをはさる物にてかゝる御身のまたなきれい にしつみ給ぬへきことのいみしうかなしきに心をおこしてすこし物おほゆる かきりは身にかへて此御身一をすくひたてまつらんととよみてもろ心に神仏 をねんしたてまつる帝王のふかき宮にやしなはれたてまつりて色々のたの しみにをはり給しかと御うつくしみにおほやしまにあまねくしつめるともからを こそおほくうかへ給しかいまなにのむくひにかこゝらよこさまなる波風に はおほれたまはんあめつちことはり給へつみなくてつみにあたりつかさくらゐ (3オ) をとられ家をはなれさかひをさりて明暮やすき空なくなけき給にかく かなしきめをさへ見いのちつきなんとするはさきの世のむくひか此世のをかし かと神仏あきらかにましまさは此うれへやめ給へとみやしろのかたにむきてさ ま/\のくはんをたて給又海の中のりうわうよろつの神たちにくわん をたてさせ給にいよ/\也とゝろきておはしますにつゝきたるらうにおち かゝりぬほのをもえあかりてらうはやけぬ心たましゐなくてあるかきり まとふうしろのかたなるおほい殿とおほしき屋にうつしたてまつりてかみ しもとなく立こみていとらうかはしくなきとよむこゑいかつちにもをとら す空はすみをすりたるやうにて日も暮にけりやう/\風なをり雨 のあししめりほしのひかりも見ゆるに此おましところのいとめつらかなる (3ウ) もいとかたしけなくてしんてんにかへしうつしたてまつらんとするにやけ 残りたるかたもうとましけにそこらの人のふみとゝろかしまとへる にみすなともみな吹ちらしてけり夜をあかしてこそはとたとり あへるに君はれいの御ねんすし給ておほしめくらすにいと心あはたゝし月 さし出てしほのちかくみちきける跡もあらはになこりなをよせかへる浪 のあらきを柴の戸をしあけてなかめおはしますちかきせかひに物の心をしり きしかたゆくさきの事打おほえとやかくやと物をもはか/\しうさとる人も なしあやしきあまともなとのたかき人おはするところとてあつまりまいりてきゝ もしりたまはぬ事ともをさえつりあへるもいとめつらかなれとえもをひもはらはす 此風いましはしやまさらましかはしほのほりて残るところなからまし神のた (4オ) すけをろかならさりけりといふを聞給もいと心ほそしといへはをろかなり     「海にます神のたすけにかゝらすはしほのやをあひに さすらへなまし」ひねもすにいりもみつる神のさはきにさこそいへいたう こうし給にけれは心にもあらす打まとろみ給ふかたしけなきおまし なれはたゝよりゐ給へるにこ院のたゝおはしましゝさまなから立給て なとかくあやしきところには物するそとて御てをとりてひきたて すみよしの神のみちひき給まゝにはや舟出して此浦をさりねとのたま はすいとうれしくてかしこきみかけにわかれたてまつりにしこなたさま/\に かなしき事のみおほく侍れはいまはたゝ此なきさに身をやすて侍なまし ときこえ給へはいとあるましき事是はたゝいさゝかなる物のむくひなり (4ウ) 我くらゐにありし時あやまつ事なかりしかとをのつからをかしありけれは そのつみをおふる程いとまなくて此世をかへりみさりつれといみしきうれへ にしつむを見るにたへかたくて海に入なきさにのほりいたくこうしに たれとかゝるついてに内裏にそうすへき事あるによりなんいそきのほり ぬるとて立さりたまひぬあかすかなしくて御ともにまいりなんとなきいり 給て見あけ給へれは人もなく月のかほのみきら/\として夢の こゝちもせす御気はひとまれるこゝちして空の雲あはれにたなひ けり年ころゆめのうちにも見たてまつらて恋しうおほつかなき御さま をほのかなれとさたかに見たてまつりつるのみおもかけにおほえ給て 我かくかなしひをきはめいのちつきなんとしつるをたすけにかけり (5オ) 給へるとあはれにおほすによくそかゝるさはきもありけりとなこり たのもしううれしうおほえ給ふ事かきりなしむねつとふたかりて中々 なる御心まとひにうつゝのかなしき事もわすれ夢にも御いらへをいます こしきこえすなりぬることゝいふせきに又や見え給ふとことさらにね いり給へとさらに御めもあはて暁かたになりにけりなきさにちいさや かなる舟よせてひと二三人はかり此たひの御やとりをさしてくなに人 ならんととへはあかしのうらよりさきのしほちの御舟よそひてまいれる也 源少納言さふらひたまはゝたいめんしてことの心とり申さんといふ よしきよおとろきて入道はかの国のとくひにて年ころあひかたらひ侍つ れとわたくしにいさゝかあひうらむる事侍てことなるせうそこをたに (5ウ) かよはさてひさしうなり侍ぬるを浪のまきれにいかなる事かあらんとおほ めく君の御夢なともおほしあはする事もありてはやあへとのたまへは舟に ゆきてあひたりさはかりはけしかりつる浪風にいつのまにか舟出し給つらん と心えかたくおもへりいぬるついたちの日の夢にさまことなる物のつけしらする 事侍しかはしんかたきことゝ思給へしかと十三日にあらたなるしるし見せん 舟をよそひまうけてかならす雨風やまは此浦にをよせよとかねてし めす事の侍しかは心みに舟のよそひをまうけてまち侍しにいかめしき雨 風いかつちのおとろかしつれは人のみかとにも夢をしんして国をたすくるた くひおほう侍けるをもちゐさせたまはぬまても此いましめの日をすく さす此よしをつけ申侍らんとて舟いたし侍つるにあやしき風ほそう (6オ) 吹て此浦につき侍つることまことに神のしるへたかはすなんこゝにももし しろしめす事や侍らんとてなんいとはゝかりおほく侍れと此よし申給へと いふよしきよしのひやかにつたへ申君おほしまはすに夢うつゝさま/\ しつかならすさとしのやうなる事ともをきしかたゆくすゑおほし あはせてよの人の聞つたへん後のそしりもやすからさるへきをはゝ かりてまことの神のたすけにもあらんをそむく物ならは又これより まさりて人わらはれなるめをや見むうつゝの人の心にたになをくる しはかなき事をもつゝみて我よりよはひまさりもしはくらゐたかく 時世のおほえいま一きはまさる人にはなひきしたかひてその 心むけをたとるへき物なりけりしりそきてとかなしとこそむかしの (6ウ) さかしき人もいひをきけれけにかくいのちをきはめ世に又なき めのかきりを見つくしつさらに後の跡の名をはふくとてもた けき事もあらし夢のうちにもちゝみかとの御をしへありつれは 又何事をかうたかはんとおほして御返のたまうしらぬさかひせかいに めつらしきうれへのかきり見つれと都のかたよりとて事とひをこす る人もなしたゝゆくゑなき空の月日のひかりはかりをふる里の ともとなかめ侍にうれしきつり舟をなんかの浦にしつやかにかくろふ へきくま侍なんやとのたまふかきりなくよろこひかしこまり申とも あれかくもあれ夜の明はてぬさきに御舟にたてまつれとてれいのしたし きかきり四五人はかりしてたてまつりぬれいの風出きてとふやうに (7オ) たゝよひわたる程はかた時のまといへとなをあやしきまて見ゆる風の 心也浜のさまけにいと心ことなり人しけう見ゆるのみなん御ねかひには そむきたり入道のりやうしにしめたるところ/\海のつらにも山かくれ にも時々につけてけうをまはすへきなきさのとま屋をこなひをして 後の世のこと思すましつへき山水のつらにいかめしきたうをたてゝ 三まいをこなひ此世のまうけに秋のたのみをかりおさめ残りのよはひ つむへきいねのくらまちともなとおり/\ところ/\につけたる見ところあり てしあつめたりたかしほにをちて此ころむすめなとはをかへの宿にうつして すませけれは此はまのたちに心やすくおはします舟より御くるまにたてま つりうつる程日やう/\さしあかりてほのかに見たてまつるより老もわすれ (7ウ) よはひのふるこゝ地してゑみさかへてまつすみよしの神をかつ/\おかみたて まつる月日のひかりをてにえたてまつりたるこゝ地していとなみつかうまつる 事ことはり也ところのさまをはさらにもいはすつくりなしたる心はへ木たち たて石せんさいなとのありさまえもいはぬ入えの水なとゑにかゝは心のいたり すくなからんゑしはえかきをよふましとみゆ月ころの御すまゐよりはこよなく あきらかになつかしうしつらひなとはえならすしてすまゐけるさまなとけに都 のやむことなきところ/\にことならすえんにまはゆきさまはまさりさまにそ 見ゆるすこし御心しつまりてはまつ京の御ふみともきこえ給まいれりしつ かひはいまはいみしきみちに出たちてかなしきめを見るとなきしつみてあの すまにとまりたるをめして身にあまれる物ともおほくたまはりてつかはす (8オ) むつましき御いのりのしともさるへきところ/\には此程の御ありさまくはしく いひつかはすへし入道の宮はかりにはめつらかにてよみかへれるさまなとき こえ給ふ二条院のあはれなりし程の御返はかきもやりたまはす打をき/\ をしのこひつゝきこえ給御けしきなをことなり返々いみしきめのかきりを見つ くしはてつる身のありさまなれはいまはと世を思はなるゝ心のみまさり侍れと かゝみを見てもとのたまひしおも影のはなるゝ世なきをかくおほつかな なからやとこゝらかなしきさま/\のうれしさはさしをかれて     「はるかにもおもひやるかなしらさりし浦よりをちに 浦つたひして」夢のうちなるこゝちのみしてさめはてぬ程いかにひかこと おほからんとけにそこはかとなくかきみたり給へるしもそいと見まほしき (8ウ) そはめなるをいとこよなき御心さしの程と人々見たてまつるをの/\ ふる里に心ほそけなる事つてすへかめりをやみなかりし空のけしき名残 なくすみわたりてあさりするあまともほこらしけなりすまはいと心ほそく あまの岩屋もまれなりしを人しけきいといはし給しかとこゝは又さまこと におかしうあはれなる事おほくてよろつにおほしなくさまるあかしの 入道をこなひつとめたるさまいみしう思すましたるをたゝ此むすめ ひとりをもてわつらひたるけしきいとかたはらいたきまて時々もらし うれへ聞ゆ御こゝ地にもおかしときゝとひをき給し人なれはかくおほえなく てめくりおはしたるもさるへき契りあるにやとおほしなからなをかふ身を しつめたる程はをこなひよりほかのことはおもはし都の人もたゝなるよりはいひし (9オ) にたかうとおほさむも心はつかしうおほさるれはけしきたち立給ことも なしことにふれて心はせありさまなへてならすもありけるかなとゆかしうおほ されぬにしもあらすゐ中にはかしこまりてみつからもおさ/\まいらす物へたゝ りたるしもの屋にさふらうさるは明暮見たてまつらまほしうあかす思 きこえていかておもふ心をかなへむと仏神をいよ/\ねんしたてまつる年は 六十はかりになりにたれといときよけにあらまほしうをこなひさうほいて 人の程のあてはかなれはにやあらん打ひかみほれ/\しき事はあれとさ すかにいにしへの物をも見しりて物きたなからすよしつきたる事もまし れゝはむかし物語なとせさせて聞給にすこしつれ/\のまきれ也とし ころおほやけわたくし御いとまなくてさしも聞をきたまはぬ世のふる (9ウ) 事ともくつし出て聞ゆかゝるところをも人をも見さらましかはさう/\ しくやとまてけふありとおほす事もましるかふ身はなれ聞ゆれとも いと気たかう心はつかしき御ありさまにさこそいひしかつゝましうなりて 我おもふ事は心のまゝにもえ打出きこえぬを心もとなうくちおしとはゝ 君といひあはせてなけくさうしみはをしなへての人たにめやすきは 見えぬせかひなれは世にはかゝる人もおはしけると見たてまつりしにつけ て身の程しられていとはるかにそ思きこえけるおやたちのかく思 あつかうをきくにもにけなき事かなとおもふにたえたるよりは物あはれ也 四月になりぬ衣かへの御さうそくみちやうのかたひらなとよしある さまにしいつよろつにつかうまつりいとなむをいとおしうすゝろなり (10オ) とおほせと人さまのあくまて思あかりたるさまのあてさにおほし ゆるして見給京よりも打しきりたる御とふらひともたゆみ なくおほかりのとやかなる夕月夜に海のうへくもりなく見えわたれる もすみなれ給しふる里の池水に思まかへられ給にいはんかたなく 恋しきいつかたとなくゆくゑなきこゝ地し給てたゝめのまへに見やら るゝはあはち嶋なりけりあはとはるかになとのたまひて     「あはと見るあはちのしまのあはれさへ残るくまなき すめる夜の月」ひさしうてもふれたまはぬきんをふくろよりとり出給て はかなくかきならし給へる御さまを見たてまつる人もやすからすあは れにかなしう思あへりかうれうといふ手をあるかきりひきすまし給へるに (10ウ) かのをかへの家も松のひゝき浪の音にあひて心はせあるわか人は 身にしみておもふへかめりなにと聞わくましきこのもかのものしはふる人 ともゝすゝろはしくて浜風をひきありく入道もえたへてくやうほう たゆみていそきまいれりさらにそむきにし世中もとりかへし思出ぬへく 侍後の世にねかひ侍ところのありさまもおもふ給へやらるゝ世のさまかなと なく/\めて聞ゆわか御心にもおり/\の御あそひその人のことふえもしはこゑの 出しさまも時々につけて世にめてられ給しありさまみかとよりはしめたてま つりてもてかしつきあかめたてまつり給しを人のうへもわか御身のありさまも おほし出られて夢のこゝちし給まゝにかきならし給へるこゑも心すこく 聞ゆふる人はさらに涙もとめあへすをかへにはひわしやうのこととりに (11オ) やりていとおかしうめつらしき手ひとつ二つひき出たりさうの御ことまいり たれはすこしひき給もさま/\いみしうのみ思きこえたりいとさしもきこ えぬ物のねたにおりからこそはまさる物なるをはる/\と物のとゝこほりなき 海つらなるに中々春秋花紅葉のさかりなるよりはたゝそこはかとなうし けれるかけともなまめかしきにくゐなの打たゝきたるはたかかとさしてと あはれにおほゆねもいとになういつることともをいとなつかしうひきならしたるも 御心とまりて是は女のなつかしきさまにてしとけなうひきたるこそおかし けれと大かたにのたまうを入道はあひなく打ゑみてあそはすよりなつかし きさまなるはいつこのか侍らんなにかし延喜の御時よりひきつたへたること 三代になんなり侍ぬるをかうつたなき身にて此世のことはすてわすれ侍ぬるを (11ウ) 物のせちにいふせきおり/\はかきならし侍しをあやしうまねふ物の侍にそ しねんにかのせん大わうの御手にかよひて侍し入くる山ふしのひかみゝに 松風を聞わたし侍にやあらんいかて是しのひてきこしめさせてしかなと 聞ゆるまゝに打わなゝきてなみたおとすへかめり君ことをこととも聞給ふ ましかりけるあたりにねたきわさかなとてをしやり給にあやしうむかしより さうは女なんひきとる物なりける宇多の御つたへにて女五の宮さる世中の上手 に物し給ひけるをその御すちにてとりたてゝつたふる人なしすへてたゝいま世に 名をとれる人々かはなての心やりはかりにのみあるをこゝにかふひきとゝめ給へり けるいとけふありけることかないかてかはきくへきとのたまうきこしめさんには なにのはゝかりか侍らんおまへにめしてもあき人のなかにてたにこそふるきこと (12オ) 聞はやす人も侍けれひわなんまことのねをひきしつむる人いにしへもかたう侍 しをおさ/\とゝこほることなうなつかしき手なとすちことになんいかてたとるにか 侍らんあらき浪のこゑにましるはかなしくも思給へられなからかきつむる物なけ かしさまきるゝおり/\も侍なとすきいたれはおかしとおほしてさうのことをとりかへ てたまはせたりけにいとすくしてかいひきたりいまの世にきこえぬすちひき つけててつかひいといたうからめきゆのねふかうすましたりいせの海ならねと きよきなきさにかひやひろはんなとこゑのよき人にうたはせて我もとき/\ ひやうしとりてこゑ打そへ給をことひきさしつゝめて聞ゆ御くた物なとめつら しきさまにてまいらせ人々にさけしゐそしなとしてをのつから物わすれもしぬへ き世のさま也いたくふけゆくまゝに浜風すゝしくて月も入かたになるまゝに (12ウ) すみまさりしつかなる程に御物語のうらなくきこえて此浦にすみはしめし 程の心つかひ後の世をつとむるさまかきつくしきこえて此むすめのあり さまもとはすかたりに聞ゆおかしき物のさすかにあはれに聞給ふしもありいと とり申かたき事なれとわか君かうおほえなきせかひにかりにてもうつろひおはし ましたるはもし年ころ老ほうしのいのり申侍神ほとけのあはれひおはし ましてしはしの程御心をもなやましたてまつるにやなんおもふ給ふるそのゆへはすみ よしの神をたのみはしめたてまつりて此十八年になり侍りぬめのわらはの いとけなう侍しよりおもふ心侍て年ことの春秋ことにかならす此御やしろに まいる事なん侍ひるよるの六時のつとめに身つからのはちすのうへのねかひ をはさる物にてたゝ此人をたかきほいかなへ給へとなんねんし侍さきの世の (13オ) 契りつたなくてこそかくくちおしき山かつとなり侍けめおやの大臣のくらゐを たもち給へりき身つからかくゐ中のたみとなりにて侍つき/\さのみをとりまからは なにの身にかなり侍らんとかなしく思侍を是はむまれし時よりたのむところ なん侍いかにして都のたかき人にたてまつらんとおもふ心ふかきにより程々に つけてあまたの人のそねみをおひ身のためからきめを見るおり/\も おほく侍れとさらにくるしうと思侍らすいのちのかきりはせはき衣にもは くゝみ侍なんかくなから見すて侍なんは浪の中にもましりうせねとなん をきて侍なとすへてまねふへくもあらぬ事ともを打なきつゝ聞ゆ君 も物をさま/\おほしつゝくるおりからは打涙くみつゝきこしめすよこさま のつみにあたりて思かけぬせかひにたゝよふもなにのつみにかとおほつかなく (13ウ) 思つるをこよひの御物語に聞あはすれはけにあさからぬさきの世の契り にこそいとあはれになんなとかはかくさたかに思しり給へりける事をいまゝては つけたまはさりつらん都はなれし時よりよのつねなきもあちきなうをこ なひよりほかの事なくて月日をふるに心もみなくつをれにけりかゝる人 物し給ふとはほの聞なからいたつら人をはゆゝしき物にこそ思すて給ふらめ と思くしつるをさらはみちひき給ふへきにこそあめれ心ほそきひとり すきのなくさめにもなとのたまうをかきりなくうれしとおもへり     「ひとりねは君もしりぬやつれ/\とおもひあかしの うらさひしさを」まして年月おもひわたるいふせさををしはからせ給へと聞 ゆるけはひなと打わなゝきたれとさすかにゆへなからすされと浦なれ給へらん (14オ) 人はとて     「たひころもうらかなしさにあかしかね草のまくらは 夢もむすはす」と打みたれたる御さまはいとそあいきやうつきいふよし なき御けはひなる数ならぬ事ともきこえつくしたれとうるさしやひか 事ともにかきなしたれはいとゝをこにかたくなしき入道の心はへもあらはれ ぬへかめりおもふ事かつ/\かなひぬるこゝちしてすゝしう思ゐたるに又の日 のひるつかたをかへに御文つかはす心はつかしきさまなめるも中々かゝる物の くまにそ思のほかなる事もこもるへかめると心つかひし給てこまのくるみ色の かみにえならすひきつくろひて     「をちこちもしらぬ雲ゐになかめわひかすめしやとの (14ウ) こすゑをそとふ」思ふにはとはかりやありけん入道も人しれす待聞ゆとてかの家に きゐたりけるもしるけれは御つかひいとまはゆきまてゑはす御返いとひさしう うちにいりてそゝのかせとむすめはさらにきかすいとはつかしけなる御文のさまに さしいてんてつきもはつかしうつゝましう人の御程わか身の程思ふにこよ なくてこゝ地あしとてよりふしぬいひわひて入道そかくいとかしこきはゐ中 ひて侍たもとにつゝみあまりぬるにやさらに見給へもをよひ侍らぬかしこさに なんさるは     「なかむらむおなし雲井をなかむれはおもひもおなし 思なるへし」となん見給ふるいとすき/\しやときこえたりみちのくにかみに いたうふるめきたれとかきさまよしはみたりけにもすきたるかなと (15オ) めさましう見給ふ御つかひになへてならぬたまもなとかつけたり又の日せん しかきはみしらすなんとて     「いふせくもこゝろに物をなやむかなやよやいかにととふ人もなみ」# いひかたみと此たひはいたうなよひたるうすやうにいとうつくしけにかき給へり わかき人のめてさらんもいとあまりむもれいたからむめてたしとはみれとな すらひならぬ身の程のいみしうかひなけれは中々世にある物とたつねしり たまはぬにつけて涙くまれてさらにれいのとしなきをせめていはれてあさ からすしめたるむらさきのかみにすみつきこくうすくまきらはして     「おもふらむこゝろのほとややよいかにまた見ぬ人のきゝかなやまむ」# てのさまかきたるさまなと都のやむことなき人にいたうをとるましう (15ウ) 上手めきたり京のことおほえておかしと見給へと打しきりてつかはさんも 人めつゝましけれは二三日へたてつゝつれ/\なる夕暮もしは物あはれなる 明ほのなとやうにまきらはしており/\人もおなし心に見しりぬへきほとを をしはかりてかきかはし給ににけなからす心ふかう思あかりたるけしきも 見てはやましとおほす物からよしきよからうしていひしけしきもめ さましう年ころ心つけてあらんをめのまへに思たかへむもいとおしうおほし めくらされて人すゝみまいらはさるかたにてもまきらはしてんとおほせ と女はた中々やむことなききはの人よりもいたう思あかりてねたけに もてなしきこえたれは心くらへにてそすきける京の事をかくせき へたゝりてはいよ/\おほつかなく思きこえ給てなをいかさまにせし (16オ) たはふれにくゝもあるかなしのひてやむかへたてまつりてまし とおほしよはるおり/\あれとさりともかくてやは年をかさねん いまさらに人わろき事をやいとおほししつめたりその年おほ やけに物のさとししきりて物さはかしき事おほかり三月十三日神なり むらめき雨風さはかしき夜みかとの御夢に院のみかとおまへのみかうし のもとにたゝせ給て御けしきいとあしうてにらみきこえさせ給をか しこまりておはしますきこえさせ給事ともおほかりけりたゝ源氏 の御事なりけんかしいとおそろしういとおしとおほしてきさきにきこえ させ給けれは雨なとふり空みたれたる夜は思なしなる事はさそ侍 かる/\しきやうにおほしおとろくましき事ときこえ給ふににらみ (16ウ) 給しに見あはせきこえ給ふと見しけにや御めにいたうわつらひ給てたへ かたうなやみ給ふおほきおとゝうせたまひぬことはりの御よはひなれとつき/\に をのつからさはかしき事あるに大宮もそこはかとなうわつらひ給て程ふれは よはり給やうなるうちにおほしなけく事さま/\也なを此源氏の君まことに をかしなきにてかくしつむならはかならす此むくひありなんとなんおほえ 給いまはなをもとのくらゐをも給てんとたひ/\おほしのたまうを世のもときかる/\ しきやうなるへしつみにおちて都をさりし人を三年をたにすくさすゆる されん事はよの人もいかゝいひつたへ侍らんなときさきかたくいさめ給におほしはゝかる 程に月日かさなりて御なやみともさま/\にをもりまさらせ給あかしにはれいの 秋は浜風のことなるにいとゝひとりねもまめやかに物わひしうて入道にもおり/\ (17オ) かたらはせ給とかくまきらはしてこちまいらせよとのたまへとわたりたまはん ことをはあるましうおほしたるをさうしみはたさらに思立へくもあらす いとくちおしききはのゐ中人なとこそかりにくたりたる人の打つきことになん とつきてさやうにかろらかにかたらふわさをもすなれ人数にもおほされさらん 物ゆへ我はいみしき物おもひをやそへんかくをよひなき事をおもへるおやたちも よこもりてすくす年月こそあひなたのみにゆくすゑ心にくゝ思ふらん中々 なる心をやつくさんと思ひてたゝ此浦におはせん程かゝる御文はかりをきこえ かはさんこそをろかならね年ころ音にのみ聞ていつかはさる人の御ありさまを ほのかにも見たてまつらんなとはるかに思きこえしを思かけさりし御すまゐ にてまほならねとほのかにも見たてまつり世になき物と聞つたへし御ことの (17ウ) ねをも風につけてきゝ明暮の御ありさまをおほつかなからす聞たてまつりて かくまて世にある物とおほしたつぬるなとこそかゝるあまの中にくちぬる身に あまる事なれなとおもふにいよ/\はつかしうて露もけちかき事まては思よらす おやたちはこゝらの年ころのいのりのかなうへきを思なからゆくりに見せたて まつりておほしかすまへさらん時いかなるなけきをかせんと思やるたにゆゝ しくてめてたき人と聞ゆともつらふいみしうもあるへきかなとめに見えぬ神 ほとけをたのみたてまつりて人の御心をもすくせをもしらてなと打かへ し思みたれゐたり君は此ころの浪の音にかの物のねをきかはやさ らすはかひなくこそなとつねはのたまひてしのひてよろしき日みてはゝ 君のとかく思わつらふを聞もいれすてしともなとにたにしらせす心一に (18オ) 立ゐかゝやくはかりにしつらひて十二三日の月の花やかにさし出たるにたゝ あたら夜のときこえたり君はすきのさまやとおほせと御なをしたてまつり ひきつくろひて夜ふかして出給ふ御くるまはになくつくりをきたれととこ ろせしとて御馬にて出給これみつなとはかりをさふらはせ給やゝとをく入ところ なりけりみちの程もよもの浦々見わたし給て思ふとち見まほしき入 えの月影にもまつ恋しき人の御事思ひ出きこえ給にやかて馬ひき すきておもむきぬへくおほす     「秋の夜のつきけのこまよわかこふる雲井をかけれ 時のまもみん」と打ひとりこたれ給ふつくれるさま心ふかくいたきところ さまとゝまりて見ところあるすまゐ也海のつらはいかめしうおもしろく (18ウ) これは心ほそくすみたるさまにてこゝにゐて思のこす事はあらしとすらん とおほしやらるゝに物あはれ也三まいたうちかくてかねのこゑ松 風にひゝきあひて物かなしう岩におひたる松のねさしも心はへある さま也せんさいともにむしのこゑ/\をつくしたりこゝかしこのありさま とも御らんすむすめすませたるかたは心ことにみかきて月いれたるま 木の戸くち気しきことにをしあけたり打やすらひてなにかとのた まうにつけてもかうまては見えたてまつらしとぬるう思ふに物なけかしう て打とけぬ心さまをこよなう人めきたるかなさしもあるましききは の人たにかはかりいひよりぬれは心つようしもあらすならひたりしを いとかくやつれたるかあなつらはしきにやとねたうさま/\におほし (19オ) なやめりなさけなうをしたゝむもことのさまにたかへり心くらへに まけんこそ人わろけれなとみたれうらみ給さまけに物思しらん人 にこそ見せまほしけれちかききちやうのひもにしやうのことのひき ならされたるもけはひしとけなく打とけなからかきまさくりける 程と見えておかしけれはこのきゝなとしたることをさへやなとよろつ にのたまう     「むつことをかたりあはせん人もかなうき世のゆめも なかはさむやと」     「あけぬ夜にやかてまとへるこゝろにはいつれをゆめとわきてかたらん」# ほのかなるけはひ伊勢のみやすところにいとようおほえたりなに心もなく (19ウ) 打とけてゐたりけるをかう物おほえぬにいとわりなくてちかゝりけるさうし のうちにとくいりていかてかためけるにかいとつよきをしゐてもをしたち たまはぬさま也されとさのみもいかてかあらんさまいとあてにそひえて 心はつかしきけはひそしたるかうあなかちなりける契りをおほすにも あさからすあはれ也御心さしのちかまさりするなるへしつねはいとはしき 夜のなかさもとく明ぬるこゝちすれは人にしられしとおほすも心あはたゝ しうてこまかにかたらひをきて出たまひぬ御文いとしのひてそけふは あるあひなき御心のなになりやこゝにもかゝる事いかてもらさしとつゝみ て御つかひこと/\しうももてなさぬむねいたくおもへりかくて後はしのひ つゝ時々おはす程もすこしはなれたるにをのつから物いひさかなきあまのこ (20オ) もやたちましらむとおほしはゝかる程をされはよと思なけきたるをけに いかならんと入道もこくらくのねかひをわすれてたゝ此御けしきをまつ 事にはすいまさらに心をみたるもいと/\おしけ也二条院の君の風のつて にてももり聞たまはん事はたはふれにても心のへたてありけりと思うとま れたてまつらんは心くるしうはつかしくおほさるゝもあなかちなる御心さし の程なめりかしかゝるかたのことをはさすかに心とゝめて恨給へりし物をなとて あやなきすさひことにつけてもさおもはれたてまつりけんなととりかへさま ほしう人のありさまを見給ふにつけても恋しさのなくさむかたなけれはれい よりも御ふみこまかにかき給ておくにまことや我なから心よりほかなるなを さり事にてうとまれたてまつりしふし/\を思ひ出るさへむねいたきに又あやしう (20ウ) 物はかなき夢をこそ見侍しかかふ聞ゆるとはすかたりにへたてなき心の程は おほしあはせよちかひし事ともなとかきてなに事につけても     「しほ/\とまつそなかるゝかりそめのみるめはあまのすさひなれとも」# とある御返なに心なくらうたけにかきてはてにしのひかねたる御夢か たりにつけても思あはせらるゝ事おほかるを     「うらなくもおもひけるかなちきりしをまつよりなみはこえし物そと」# おひらかなる物からたゝならすかすみ給へるをいとあはれに打をきかたく見 給て名残ひさしうしのひの旅ねもしたまはす女思しもしるきにいまそまこと に身もなけつへきこゝ地するゆくゑも見しかけなるおやはかりをたのもしき物にて いつの世に人なみ/\になるへき身とはおもはさりしかとたゝそこはかとなくすくし (21オ) つる年月は何事をか心をもなやましけんかふいみしう物おもはしき世にこそあり けれとかねてをしはかり思しよりもよろつにかなしけれとなたらかにもてなして にくからぬさまに見えたてまつるあはれとは月日にそへておはしませとやむことなき かたのおほつかなくて年月をすくし給ふかたゝならす打思をこせ給ふらんかいと心 くるしけれはひとりふしかちにてすくし給ふゑをさま/\かきあつめておもふ事とも をかきつけかへり事聞へきさまにしなし給へり見む人の心にしみぬへき物のさま也いかて か空にかよふ御心ならん二条の君も物あはれになくさむかたなくおほえ給おり/\おな しやうにゑをかきあつめ給つゝやかてわか御ありさま人の事物にきのやうにかき給へり いかなるへき御さまともにかあらん年かはりぬ内に御くすりのことありて世中さま/\に のゝしるたうたいのみこは右大臣のむすめ承香殿の女御の御はらにおとこみこ (21ウ) むまれ給へるふたつになり給へはいといはけなし春宮にこそはゆつりきこえたま はめおほやけの御心見をし世をまつりこつへき人をおほしめくらすに此源氏 の君のかくしつみ給事いとあたらしうあるましき事なれはつゐにきさきの 御いさめをもそむきてゆるされ給ふへきさため出きぬこそよりきさきに 御物のけになやみ給さま/\の物のさとししきりさはかしきをいみしき 御つゝしみともをし給しるしにやよろしうおはしましける御めのなやみさへこの ころはをもくならせ給て物心ほそくおほされけれは七月廿よ日の程に又かさ ねて京へかへり給ふへきせんしくたるつゐのことに思しかとよのつねなきに つけてもいかになりはつへきにかとなけき給をかうにはかになれはうれしきに そへても又此浦をいまはと思はなれん事をおほしなけくに入道もさるへき (22オ) 事と思なから打きくよりむねふたかりておほゆれと思の ことさかへたまはゝこそは我思のかなふにはあらめなと思なをすそ のころは夜かれなくかたらひ給六月はかりより心くるしきけしき なやみけりかくわかれ給ふへき程なれはあやなるにやありけん ありしよりもあはれにおほしてあやしう物をおもふへき身 にもありけるかなとおほしみたる女はさらにもいはす思しつみ たりいとことはりなりや思のほかにかなしきみちに出たちた まひしかとつゐは行めくりきなんとかつはおほしなくさめき 此たひはうれしきかたの御出たちの又やはかへりみるへきと おほすにあはれ也さふらう人々程々につけてよろこひおもふ (22ウ) 京よりも御むかへに人々まいりこゝちよけなるをあるしの入道そ涙 にくれて月もたちぬ程さへ物あはれなる空の気しきになそや心つ からいまもむかしもすゝろなる事にて身をはふらかさんとさま/\におほし みたれたるを心しれる人々はあなにくれいの御くせそと見たてまつりむつ かるめり月ころはつゆ人にけしき見せす時々はひまきれなとし給へるつれ なさを此ころあやにくに中々の人の心つくしにとつきしろう少納言のしる へしてきこえ出しはしめの事なとさゝめきあへるをたゝならすおもへりあさて はかりになりてれいのやうにいたくもふかさてわたり給へりさやかにもまた見た まはてかたちなといとよし/\しうけたかきさましてめさましうもありける かなと見すてかたくくちおしうおほさるさるへきさまにしてむかへんと (23オ) おほしなりぬさやうにそかたらひなくさめ給おとこ御かたちありさま はたさらにもいはす年ころの御をこなひにいたくおもやせ給へるしも いふかたなくめてたき御ありさまにて心くるしけなる御けしきに打涙くみ つゝあはれふかく契り給へるはたゝかはかりをさいはひにてもなとかやまさらんとまて そ見ゆめれとめてたきにしもわか身の程をおもふもつきせす浪のこゑ秋風 にはなをひゝきことなりしほやくけふりかすかにたなひきとりあつめたると ころのさまなり     「このたひはたちわかるとももしほやくけふりそおなし かたになひかん」とのたまへは女     「かきつめてあまのたくものおもひにもいまはかひなき (23ウ) うらみたにせし」あはれに打なきて事すくななる物からさるへきふしの 御いらへなとあさからす聞ゆこのつねにゆかしかり給物のねなとさらにきかせ たてまつらさりつるをいみしう恨たまはさらはかたみにもしのふはかりのひと ことをたにとのたまひて京よりもておはしたりしきんの御こととりにつ かはして心ことなるしらへをほのかにかきならし給へるにふかきよのすめるは たとへんかたなし入道えこらへてさうのこととりてさし入たりみつからも いとゝ涙さへそゝのかされてとゝむへきかたなきにさそはるゝなるへししのひ やかかいしらへたる程いと上手めきたり入道の宮の御ことのねをたゝいまの 又なき物に思きこえたるはいかめしうあなめてたと聞人の心ゆきてかたち さへ思やらるゝ事はけにいとかきりなき御ことのね也是はあくまてひきすま (24オ) し心にくゝねたきねそまされる此御心にたにはしめてあはれになつかしう またみゝなれたまはぬ手なと心やましき程にひきさしつゝあかすおほさるゝにも 月ころなとしゐても聞ならさゝりつらんとくやしうおほさる心のかきりゆく さきの契りをのみし給きんは又かきあはするまてのかたみにとのたまう女     「なをさりにたのめをくめる一ことをつきせぬねにや かけてしのはん」といふともなきくちすさひをうらみ給て     「あふまてのかた見にちきる中のをのしらへはことにかはらさらなん」# このねたかはぬさきにかならすあひ見むとたのめ給めりされとたゝわか れん程のわりなさを思むせひたるいともことはり也たち給暁は夜ふかく出給 て御むかへの人々もさはかしけれは心も空なれと人めをはからひて (24ウ)     「打すてゝたつもかなしきうらなみのなこりいかにと おもひやるかな」御返     「年へつるとま屋もあれてうき浪のかへるかたにや身をたくへまし」# と打思けるまゝなるを見給にしのひ給へとほろ/\とこほれぬ心しらぬ人々は なをかゝる御すまゐなれと年ころといふはかりなれ給へるをいまはとおほすは さもある事そかしなと見たてまつるよしきよなとはをろかならすなめりかしと にくゝそおもふうれしきにもけにけふをかきりに此なきさをわかるゝことなと あはれかりてくち/\しほたれいひあへる事ともあめりされとなにかはとて なん入道けふの御まうけいといかめしうつかうまつれり人々しものしなまて旅 の御さうそくめつらしきさま也いつのまにかしあへけんと見えたり御よそひはいふへ (25オ) くもあらすみそひつあまたかけたまはすまことの都のつとにもしつ へき御をくり物ともなとゆへつきて思よらぬくまなしけふたてまつるへきかりの 御さうそくに     「よる浪にたちかさねたる旅ころもしほとけしとや 人のいとはん」とあるを御らんしつけてさはかしけれと     「かたみにもかふへかりけるあふことの日かすへたてん中のころもを」# とて心さしあるをとてたてまつりかふ御身になれたるともをはつかはすけにいま ひとへしのはれ給ふへき事をそふるかたみなめりえならぬ御そににほひのうつりたる をいかゝ人の心にしめさらん入道いまはと世をはなれ侍にし身なれともけふの御をくり につかうまつらぬ事なと申てかいをつくるもいとおしなからわかき人々わらひぬへし (25ウ)     「世をうみにこゝらしほしむ身となりてなをこのきしを えこそはなれね」心のやみはいとゝまとひぬへく侍れはさかひまてたにときこ えてすき/\しきさまなれとおほし出させ給おり侍らはなと御けしきたまはる いみしう物をあはれとおほしてところ/\打あかみ給へる御まみのあたりなといはん かたなく見え給思すてかたきすちもあめれはいまいととく見なをし給てんたゝ此 すみかこそ見すてかたけれいかゝすへきとて     「みやこ出し春のなけきにをとらめやとしふるうらを わかれぬる秋」とてをしのこひ給へるにいとゝ物おほえすしほたれまさる立ゐもあ さましうよろほうさうしみのこゝちたとふへきかたなくてかふしも人に見えしと 思しつむれと身のうきをもとにてわりなき事なれと打すて給へる恨 (26オ) のやるかたなきにおも影そひてわすれかたきにたけき事ともは たゝ涙にしつめりはゝ君もなくさめわひてはなにゝかく心つくし なる事を思そめけんすへてひか/\しき人にしたかひける心のをこたり そといふあなかまやおほしすつましき事も物し給めれはさりとも おほすところあらんと思なくさめて御ゆなとをたにまいれあな ゆゝしやとてかたすみによりゐたりめのとはゝ君なとひかめる事を いひあはせつゝいつしかいかておもふさまにて見たてまつらんと年月を たのみすくしいまや思かなふとこそたのみきこえつれ心くるしき事を も物のはしめに見るかなとなけくをみるにもいとおしけれはいとゝほけ られてひるは日ひとひいをのみねくらしよるはすくよかにおき (26ウ) ゐてすゝのゆくゑもしらすなりにけりとてををしすりてあふきゐたり てしともにあはめられて月夜に出て行道する物はやり水にたふれ入 にけりよしある岩のかたそはにこしもつきそこなひてやみふしたる程に なんすこし物まきれける君はなにはのかたにわたりて御はらへし給てすみ よしにもたひらかにて色々のくわんはたし申へきよし御つかひして申さ せ給にはかにところせうてみつからはえ此たひはまうてたまはすことなる 御せうようなとなくていそきまいりたまひぬ二条院におはしましつきて 都の人も御ともの人も夢のこゝ地してゆきあひよろこひなきもゆゝしき まて立さはきたり女君もかひなき物におほしすてつるいのちうれしうおほ さるらんかしいとうつくしけにねひとゝのほりて御物おもひの程にところせ (27オ) かりし御くしのすこしつかれたるしもいみしうめてたきをいまはかくて 見るへきそかしと御心おちゐるにつけては又かのあかすわかれし人のおもへりし さま心くるしうおほしやらるなを夜とゝもにかゝるかたにて御心のいとまそな きやその人の事ともなときこえ出給へりおほし出たる御けしきあさからすみゆる をたゝならすや見たてまつり給ふらんわさとならす身をはおもはすなとほのめかし 給そおかしうらうたく思きこえ給ふかつみるにたにあかぬ御さまをいかてへたて つる年月そとあさましきまておもほすにとりかへし世中もいとうらめしう なん程なくもとの御くらゐあらたまりて数よりほかのこん大納言になり給つき/\ の人もさるへきかきりはもとのつかさかへし給世にゆるさるゝ程かれたる木の春に あへるこゝちしていとめてたけ也めしありて内にまいり給おまへにさふらひ給にねひまさりて (27ウ) いかてさる物むつかしきすまゐに年へ給つらんと見たてまつる女房なとの院の御 時よりさふらひておひしらへるともはかなしくていまさらになきさはきめて聞ゆうへ もはつかしうさへおほしめされて御よそひなとことにひきつくろひて出おはし ます御こゝ地れいならて日ころへさせ給けれはいたうおとろへさせ給へるをきのふ けふそすこしよろしうおほされける御物語しめやかにありて夜にいりぬ十五夜 の月おもしろくしつかなるにむかしの事かきくつしおほし出られてしほたれ させ給物心ほそくおほさるゝなるへしあそひなともせすむかしきゝし物のねなと もきかてひさしうなりにけるかなとのたまはするに     「わたつうみにしなへうらさひひるのこのあしたゝさりし 年はへにけり」ときこえ給へはいとあはれに心はつかしうおほされて (28オ)     「宮はしらめくりあひける時しあれはわかれしはるの 恨のこすな」いとなまめかしき御ありさま也院の御ために御八かうをこなはるへき 事まついそかせ給春宮を見たてまつり給にこよなくおよすけさせ給てめつ らしうおほしよろこひたるをかきりなくあはれと見たてまつり給御さまも いとこよなくまさらせ給て世をたもたせたまはんにはゝかりあるましくかしこく見え させ給入道の宮にも御心すこしのとめて御たいめんの程にもあはれなる事ともあ らんかしまことやかのあかしはかへる浪につけて御ふみつかはすひきかくしていとこ まやかにかき給めりなみのよる/\いかに     「なけきつゝあかしのうらに朝きりのたつやと人を おもひやる哉」かのしのむすめの五せちあひなく人しれぬ物おもひさめぬるこゝ地 (28ウ) してまくなきつくらせてさしをかせり     「すまの浦にこゝろをよせしあま人のやかてくたせる 袖を見せはや」手なとこよなくまさりにけりと見おほせてつかはす     「かへりてはかことやせましよせたりしなこりに袖を ひかたかりしを」あかすおかしとおほしゝ名残なれはおとろかされ給ていとゝおほ し出れと此ころはさやうの御ふるまひさらにつゝみ給めり花ちる里なとにも御 せうそこなとはかりにておほつかなからて中々うらめしけなりとなん世に しらすものうくてとそ ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:大石裕子、斎藤達哉、中村美貴、木川あづさ 更新履歴: 2011年3月24日公開 2013年11月19日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月19日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)1 雨風 → 雨かせ (2オ)3 しつまらせぬことは → しつまらぬことは (3ウ)10 残雨ところ → 残るところ (4オ)5 たゝよりゐたまへるに → たゝよりゐ給へるに (7オ)8 てしめつめたり → てしあつめたり (7ウ)8 給まいれかしつ → 給まいれりしつ (8ウ)5 あはれなり事おほくて → あはれなる事おほくて (10ウ)10 聞ゆるふる人は → 聞ゆふる人は (12オ)7 こゑよき人に → こゑのよき人に (12オ)9 人々にさけしゐかしなとして → 人々にさけしゐそしなとして (12ウ)2 かきくつしきこえ → かきつくしきこえ (13オ)1 おや大臣の → おやの大臣の (13ウ)3 世のつね → よのつね (14ウ)1 思ふにいとはかりや → 思ふにはとはかりや (16ウ)10 あきは浜風ことなるに → 秋は浜風のことなるに (24オ)6 かけてしのはん」いふとも → かけてしのはん」といふとも (25オ)10 つかふ → つかう (25オ)10 つくるにも → つくるも (27ウ)9 わたつうみにしるへうらさひ → わたつうみにしなへうらさひ