米国議会図書館蔵『源氏物語』 蓬生 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- よもきふ (1オ) もしほたれつゝわひ給しころほひ都にもさま/\おほしなけく人お ほかりしをさてもわか御身のよりところあるは一かたの思こそくるしけなり しか二条のうへなとものとやかにて旅の御すみかをもおほつかなからす きこえかよひ給つゝくらゐをさり給へるかりの御よそひをもたけのこ のうきふしをとき/\につけてあつかひきこえ給になくさめ給けむ なか/\その数と人にもしられす立わかれ給し程の御ありさまをも よその事に思やり給人々のしたの心くたき給たくひおほかりひたちの 宮の君はちゝみこのうせ給にし名残に又思あつかう人もなき御身にて いみしう心ほそけなりしを思かけぬ御事の出きてとふらひきこえ 給事たえさりしをいかめしき御いきほひにこそことにもあらすはかなき (1ウ) 程の御なさけはかりとおほしたりしかと待うけ給ふたもとのせは きに大空のほしのひかりをたらひの水にうつしたるこゝ地してす くし給し程にかゝる世のさはき出きてなへての世うくおほし みたれしまきれにわさとふかからぬかたの心さしは打わすれたる やうにてとをくおはしましにし後ふりはへてしもえたつねきこ えたまはすその名残にしは/\なく/\もすくし給しを年月ふる まゝにあはれにさひしき御ありさま也ふるき女房なとはいてやいと くちおしき御すくせなりけりおほえす神ほとけのあらはれ給へらんやう なりし御心はへにかゝるよすかも人は出おはする物なりけりとありかたうみ まつりしを大かたの世の事といひなから又たのむかたなき御ありさまこそ (2オ) かなしけれとつふやきなけくさるかたにありつきたりしあなたの年ころ はいふかひなきさひしさにめなれてすくし給を中々すこしよつき てならひにける年月にいとたへかたく思なけくへしすこしも さてありぬへき人々はをのつからまいりつきてありしをみなつき/\にした かひていきちりぬ女房のいのちたえぬもありて月日にしたかひて かみしもの人かすすくなくなりゆくもとよりあれたりにし宮のうちいとゝきつね のすみかになりてうとましうけとをきこたちにふくろうのこゑを朝夕にみゝ ならしつゝ人気にこそさやうの物もせかれて影かくしけれこたまなとけし からぬ物ともところをえてやう/\かたちをあらはし物わひしき事のみ数しらぬ まれ/\残りてさふらふ人はなをいたはりなし此すりやうとものおもしろき (2ウ) 家つくりこのむかこの宮のこたちを心につけてはなちたまはせてんやと ほとりにつけてあなひし申さするをさやうにせさせ給ていとかう物おそろ しからぬ御すまゐにおほしうつろはゝなん立とまりたる人もいとたへかたし なと聞ゆれとあないみしや人のきゝおもはん事もありいける世にしかなこりなき わさはいかゝせんかくおそろしけにあれはてぬれとおやのみかけとまりたるこゝ ちするふるきすみかとおもふになくさみてこそあれと打なきつゝおほしもかけす 御てうとともゝいとこたひになれたるかむかしやうにてうるはしきをなま物 のゆへしらんとおもへる人さる物えうしてわさとその人かの人にせさせ給へる とたつね聞てあなひするもをのつからかゝるまつしきあたりと思あなつりて いひくるをれいの女房いかゝはせんそれこそはよのつねのことゝてとりまき (3オ) らはしつゝめにちかきけふあすの見くるしさをつくろはんとする時もあるをいみ しういさめ給て見よと思給てこそしをかせ給けめなとてかかろ/\しき人の 家のかさりとはなさんなき人の御ほいたかはんかあはれなる事とのたまひてさる わさはせさせたまはすはかなき事にてもとふらひ聞ゆる人はなき御身なり たゝ御せうとのせんしの君はかりそまれにも京に出給時はさしのそき給へと それも世になきふるめき人にておなしきほうしといふなかにもたつきなく此世を はなれたるひしりに物し給てしけき草よもきをたにかきはらはん物とも 思よりたまはすかゝるまゝにあさちは庭のおもゝ見えすしけりよもきは軒をあら そひておひのほりむくらは西ひんかしのみかとをとちこめたるそたのもしけれと くつれかちなるめくりのかきを馬うしなとのふみならしたるみちにて春 (3ウ) 夏になれははなちかふあけまきの心さへそめさましき八月のわきあらかりし らうともゝたふれふししもの宿もはかなきいたふきなりしなとはほねの みわつかに残りて立とまるけすたになしけふりたえてあはれにいみしき事 おほかりぬす人なといふひたふる心ある物も思やりのさひしけれはにや此宮をはふよう の物にふみすきてよりこさりけれはかくいみしきのらやふなれともさすかに しんてむのうちはかりはありし御しつらひかはらすつやゝかにかひはきなとする人 もなしちりはつもれとまきるゝ事なきうるはしき御すまゐにてあかし くらし給はかなきふるうた物語なとやうのすさひ事にてこそつれ/\をも まきらはしかゝるすまゐをも思なくさむわさなめれさやうの事にもこゝろ をそく物し給わさとこのましからねとをのつから又いそく事なきほとは (4オ) おなし心なる文かよはしなとも打してこそわかき人は木草につけても心を なくさめ給けれとおやのもてかしつき給し御心をきてのまゝに世中をつゝま しき物におほしてまれにもことかよひ給ふへき御あたりをもさらになれ たまはすふりにたるみつしあけてからもりはこやのとしかくやひめの 物語のゑにかきたるをそとき/\のまさくり物にし給ふるうたとてもおかし きやうにえりいてたいをもよみ人をもあらはし心えたるこそ見ところも ありけれうるはしきかんやかみみちのくにかみなとのふくためるにふる事 とものめなれたるなとはいとすさましけなるをせめてなかめ給おり/\はひきひ ろけ給いまの世の人のすめる経打よみをこなひなといふ事はいとはつかしく し給て見たてまつる人もなけれとすゝなととりよせたまはすかやうに (4ウ) うるはしくそ物し給ける侍従なといひし御めのとこのみこそ年ころあくかれ はてぬ物にてさふらひつれとかよひまいりし斎院うせ給なとしていとたへ かたく心ほそきに此ひめ君のはゝ北のかたのはらから世におちふれてす りやうの北のかたになり給へるありけりむすめともかしつきてよろしきわか 人ともゝむけにところよりはおやともゝまうてかよひしをと思て時々いき かよひ此ひめ君はかく人うとき御くせなれはむつましくもいひかよひたま はすをのれをはおとしめたまておもてふせにおほしたりしかはひめ君の御ありさま の心くるしけなるもえとふらひきこえすなとなまにくけなる事はともいひ きかせつゝ時々きこえけりもとよりありつきたるさやうのなみ/\の人は中々 よき人のまねに心をつくろひ思あかるゝもおほかるをやむことなきすち (5オ) なからもかうまておつへきすくせありけれはにや心すこしなを/\しき 御をはにそありけるわかかくをとりのさまにてあなつらはしくおもはれたりしを いかてかゝる世のすゑに此君をわかむすめとものつかひ人になしてしかな心 はせなとのふるひたるかたこそあれいとうしろやすきうしろみならんと思ひ て時々こゝにわたらせ給て御ことのねもうけたまはらまほしかる人なん侍ると きこえけり此侍従もつねにいひもよほせと人にいとむ心にはあらてたゝこち たき御物つゝみなれはさもむつひたまはぬをねたしとなん思けるかゝる程に かの家あるし大弐になりぬむすめともあるへきさまに見をきてくた りなんとす此君をなをもいさなはんの心ふかくてはるかにかくまかり なんとするに心ほそき御ありさまのつねにしもとふらひきこえねとちか (5ウ) きたのみ侍つるほとこそあれいとあはれにうしろめたなく なんなとことよかるをさらにうけひきたまはねはあなに くこと/\しや心一におほしあかるともさるやふはらに年へ給ふ 人を大将殿もやむことなくしも思きこえたまはしなとえんしうけひ けりさる程にけに世中にゆるされ給て都にかへり給ふとあめのした のよろこひにて立さはき我にもいかて人よりさきにふかき心さしを 御らむせられんとのみ思きほふおとこ女につけてたかきをもくたれる をも人の心はへを見給にあはれにおほししる事さま/\也かやうにあは たゝしき程にさらにおもひ出給けしき見えて月日へぬいまはかき りなりけり年ころあらぬさまなる御さまをかなしういみしき (6オ) 思なからももえ出る春にあひたまはなんとねんしわたりつれと たいしかはらなとまてよろこひおもふなる御くらゐあらたまりなと するをよそにのみ聞へきなりけりかなしかりしおりのうれはしさはたゝ 我身一のためになれるとおもほえしかひなき世かなと心くたけてつらく かなしけれは人しれすねをのみなき給大弐の北のかたされはよまさに かくたつきなき御ありさまをかすまへ給人はありなんやほとけひしりもつみ かろきをこそみちひきよくし給なれかゝる御ありさまにてたけく世をおほし 宮うへなとのおはせし時のまゝにならひ給へる御心おこりのいとおしき事といとゝ をこかましけに思てなをおほしたちぬ世のうき時は見えぬ山路をこそはた つねなれゐ中なとはむつかしき物とおほしやるらめとひたふるに人わろけには (6ウ) よももてなしきこえしなといとことよくいへはむけにくんしにたる女房さも なひきたまはなんたけき事もあるましき御身をいかにおほしてかくたてたる 御心ならんともときつふやく侍従もかの大弐の思たつ人かたらひつきてとゝむへ くもあらさりけれは心よりほかに出たちて見たてまつりをかんかいと心くるしきをとて そゝのかし聞ゆれとなをかくかけはなれてひさしうなり給ぬる人にたのみをかけ 給御心のうちにさりともありへてもおほし出るついてあらしやはあはれに心ふかき契り をし給しに我身はうくてかくわすられたるにこそあれ風のつてにて もわかかくいみしきありさまを聞つけたまはゝかならすとふらひ出給てんと 年ころおほしけれは大かたの御家ゐもありしよりけにあさましけれと 我心もてはかなき御てうとともなともとりうしなはせたまはす心つよく (7オ) おなしさまにてねんしすくし給なりけりねなきかちにいとゝおほししつみ たるはたゝ山人のあかきこのみ一をかほにはなたぬと見え給ふ御そはめなとは おほろけの人の見たてまつりゆるすへきにもあらすかしくはしくはきこえし いとおしう物いひさかなきやう也冬になり行まゝにいとゝかきつかむかたなく かなしけになかめすくし給かの殿にはこ院の御れうの御八かう世中ゆすりて し給ことに僧なとはなへてのはめさすさえすくれをこなひにしみたうとき かきりをえらせ給けれは此せんしの君まいり給へりけりかへりさまに立より 給てしか/\権大納言殿の御八かうにまいりて侍つる也いとかしこういける しやうとのかさりにをとらすいかめしうおもしろき事とものかきりをなんし給へる 仏ほさつのへんくゑの身にこそ物し給めれいつゝのにこりふかき世に (7ウ) なとてむまれ給けんといひてやかて出たまひぬことすくなによの人 ににぬ御あはひにてかひなき世の物語をたにえきこえあはせたまはす さてもかはかりつたなき身のありさまをあはれにおほつかなくてすくし 給ふは心うのほとけほさつやとつらうおほゆるをけにかきりなめりと やう/\思なり給ふに大弐の北のかたにはさしもむつひぬをさそひた てんの心にてたてまつるへき御さうそくなとてうしてよきくるまに のりておもゝち気しきほこりかに物おもひなけなるさましてゆくり もなくはしりきてかとあけさするより人わろくさひしき事かきり もなしひたりみきりのともみなよろほひたうれにけれはをのこ ともたすけてとかくあけさはくいつれか此さひしき宿にもかならす (8オ) わけたる跡あなるみつのみちとたとるわつかにみなみおもてのかうし あけたるまとによせたれはいとゝはしたなしとおほしたれとあさましう すゝけたるきちやうさし出て侍従出きたりかたちなとおとろへにけり 年ころいたうついにたれとなを物きよけによしあるさましてかたしけ なくともとりかへつへく見ゆ出たちなん事を思なから心くるしきありさまの 見すてたてまつりかたきを侍従のむかへになんまいりたる心うくおほし へたてゝ御みつからこそあからさまにもわたらせたまはね此人をたにゆる させ給へとてなんなとかふあはれけなるさまにはとて打もなくへきそかし されと行道に心をやりていとこゝちよけ也こ宮おはせし時をのれをは おもてふせなりとおほしすてたりしかはうと/\しきやうになりそめにし (8ウ) かと年ころもなにかはやむことなきさまにおほしあかり大将殿なとおはし ましかよふ御すくせの程をかたしけなく思給へられしかはなんむつひきこ えさせんもはゝかる事おほくてすくし侍を世中のかくさためなけれは 数ならぬ身は中々心やすく侍物なりけりをよひなく見たてまつり にし御ありさまのいとかなしく心くるしきをちかき程はをこたる おりものとかにたのもしくなん侍けるをかくはるかにまかりなんと すれはうしろめたくあはれになんおほえ給なとかたらへと心とけて もいらへたまはすいとうれしき事なれとよににぬさまにてなにかは かうなからこそくちもうせめとなん思侍とのみのたまへはけに しかなんおほさるへけれといける身をすてゝかくむくつけきす (9オ) まゐするたくひ侍らすやあらん大将殿のつくりみかきたまはん にこそはひきかへ玉のうてなにもなりかへためとはたのもしうは侍れ とたゝいまは式部卿の宮の御むすめよりほかに心わけ給ふかたも なかなりむかしよりすき/\しき御心にてなをさりにかよひ給ける ところ/\みなおほしはなれにたなりましてかう物はかなきさまにて やふはらにすくし給へる人をは心きよく我をたのみ給へるありさまと たつねきこえたまはゝといとかたくなんあるへきなといひしらするをけ にとおほすもいとかなしくてつく/\なき給されとうこくへうも あらねはよろつにいひわつらひくらしてさらは侍従をたにと日の くるゝまゝにいそけは心あはたゝしくてなく/\さらはまつけふは (9ウ) かふせめ給をくりはかりにまうて侍らんかのきこえ給もことはり也又お ほしわつらふもさる事に侍れは中に見給ふるも心くるしくなとしのひ て聞ゆ此人さへ打すてゝむとするとうらめしうもあはれにもおほせと いひとゝむへきかたもなくていとゝねをのみたけき事にて物し給かた みにそへ給ふへき身なれ衣もしほなれたれは年へぬるしるし見せ給ふ へき物なくてわか御くしのおちたりけるをとりあつめてかつらになし給へる に九尺よはかりにていときよらなるをおかしけなるはこに入てむかしの くむのえかうのいとかうはしきひとつほくして給ふ     「たゆましきすちをたのみし玉かつらおもひのほかに かけはなれぬる」こまゝののたまひをきし事もありしかはかひ身なり (10オ) とも見はてゝむとこそ思つれ打すてらるゝもことはりなれと誰に見ゆつりて かとうらめしうなんとていみしうない給此人も物きこえやらすまゝのゆいこんは さらにもきこえさせす年ころのしのひかたき世のうさをすくし侍つるにかく おほえぬみちにいさなはれてはるかにまかりあくかるゝ事とて     「玉かつらたえてもやましゆくみちのたむけの神も かけてちかはむ」いのちこそしり侍らねなといふにいつらくらふなりぬとつふやかれて 心も空にてひきいつれはかへりみのみせられける年ころわひつゝもゆきはなれさりつる 人のわかれぬる事をいと心ほそくおほすに世にもちゐらるましき老人さへいてや とをのか身々につけたるたよりとも思ひ出てとまるましうおもへるを人わろく聞 おはすしも月はかりになれは雪あられかちにてほかにはきゆるまもあるを朝日夕 (10ウ) 日をふせくよもきむくらのかけにふかうつもりてこしの白山思やらるゝ雪の うちに出いるしも人たになくてつれ/\となかめ給はかなき事をきこえなくさめ なきみわらひみまきらはしつる人さへなくてよるもちりかましき宮のうちも かたはらさひしく物かなしくおほさるかの殿にはめつらし人にいとゝ物さはかしき 御ありさまにていとやむことなくおほされぬところ/\にはわさともえをとつれ たまはすましてその人はまた世にやおはすらんとはかりおほし出るおりもあれ とたつね給ふへき御心さしもいそかてありふるに年かはりぬうつきはかりに花ちる 里を思ひ出きこえ給てしのひてたいのうへに御いとまきこえて出給ふ日 ころふりつる名残の雨すこしそゝきておかしき程に月さし出たりむかし の御ありきおほし出られてえんなる程の夕月夜にみちの程よろつの事 (11オ) おほし出ておはするにかたもなくあれたる家のこたちしけくもりのやうなるを すき給おほきなる松に藤のさきかゝりて月影になよひたる風につきてさとに ほふかなつかしくそこはかとなきかほり也たち花にはかはりておかしけれはさし出給へる に柳もいたうしたりてついひちもさはらねはみたれふしたり見しこゝちする 木たちかなとおほすははやう此宮なりけりいとあはれにてをしとゝめさせ給ふ れいのこれみつはかゝる御しのひありきにをくれねはさふらひけりめしよせてこゝ はひたちの宮そかしなしか侍と聞ゆこゝにありし人はまたやなかむらんとふらう へきをわさと物せんもところせしかゝるついてにいりてせうそこせよよく たつねよりてをうち出よ人たかへしてはをこならんとのたまうこゝにはいとゝなかめ まさるころにてつく/\とおはしけるにひるねの夢にこ宮の見え給けれは (11ウ) さめていとなこりかなしくおほしてもりぬれたるひさしのはしつかたをし のこはせてこゝかしこのおましひきつくろはせなとしつゝ     「なき人をこふるたもとのひまなきにあれたる軒の しつくさへそふ」も心くるしき程になんありけるこれみついりてめくる/\人の音する かたやと見るにいさゝか人気もせすされはこそゆきゝのみちに見いるれと 人すみけもなき物をと思てかへりまいる程に月あかくさし出たるに見れは かうしふたまはかりあけてすたれうこくけしき也わつかに見つけたるこゝちお そろしくさへおほゆれとよりてこはつくれはいと物ふりたるこゑにてまつしはふき をさきにたてゝかれはたれそなに人そととふなのりして侍従の君ときこ えし人にたいめんたまはらむといふそれはほかになん物し給されとおほしわくま (12オ) しきをんななん侍といふこゑいたうねひすきたれときゝし老人と きゝしりたりうちにはおもひよらすかりきぬすかたなるおとこしのひやか にもてなしなこやかなれは見ならはすなりにけるめにてもしきつね なとのへんくゑにやとおほゆれとちかうよりてたしかになんうけた まらまほしきかはらぬ御ありさまならはたつねきこえさせ給うへき 御こゝろさしもたえすなんおはしますめるかしこよひもゆきすきかてに とまらせ給へるをいかゝきこえさせむうしろやすくをといへは女ともうち わらひてかはらせ給御ありさまならはかゝるあさちかはらをうつろひた まはては侍なんやたゝをしはかりてきこえさせ給へかしとしへたる人の こゝろにもたくひあらしとのみめつらかなる世をこそは見たてまつりすくし (12ウ) 侍とやゝくつしいてゝとはすかたりもしつへきかむつかしけれはよし/\ まつかくなんきこえさせむとてまいりぬなとかいとひさしかりつる いかにそむかしの跡も見えぬよもきのしけさかなとのたまへはしか/\ なんたとりよりてはへりつる侍従かをはの内侍といひしおい人なん かはらぬ人にて侍つるとありさまきこゆいみしうあはれにかゝるしけき 中になにこゝ地してすくし給ふらむいまゝてとはさりけるよと わか御こゝろのなさけなさもおほししらるいかゝすへきかゝるしの ひありきもかたかるへきをかゝるついてならてはえたちよらし かはらぬありさまならはけにさこそはあらめとをしはからるゝ人 さまになとはのたまひなからふと入たまはん事なをつゝましう (13オ) おほさるゆへある御せうそこいときこえまほしけれと見たまひしほとの くちをそさもまたかはらすは御つかひのたちわつらはんもいとおしう おほしとゝめつこれみつもさらにえわけさせたまうましき よもきの露けさになん侍露すこしはらはせてなんいらせ 給ふへきときこゆれは     「たつねても我こそとはめみちもなくふかきよもきの もとの心を」とひとりこちてなをおり給へは御さきの露をむまのむち してはらひつゝいれたてまつる雨そゝきもなを秋のしくれ めきて打そゝけは御かささふらふけに木のした露は雨に まさりてきこゆ御さしぬきのすそはいたうそほちぬめりむかし (13ウ) たにあるかなきかなりし中門なとましてかたもなくなりて いり給ふにつけてもいとむとくなるをたちましり見人なきそ 心ややすかりけるひめ君はさりともと待すくし給へる心もしるく うれしけれといとはつかしき御ありさまにてたいめんせんもいとつゝ ましくおほしたり大弐の北のかたのたてまつりをきし御そともを 心ゆかすおほされしゆかりに見いれたまはさりけるをこの人々の かうの御からひつにいりたりけるかいとなつかしきかしたるをたてま つりけれはいかゝはせんにきかへ給てかのすゝけたるみきちやうひき よせておはすいり給てとしころのへたてにも心はかりはかはらすなん おもひやりきこえつるをさしもおとろかいたまはぬうらめしさにいま (14オ) まてこゝろみきこえつるをすきならぬ木立のしるさにえすきてなん まけきこえにけるとてかたひらをすこしかきやり給へれはれいのいと つゝましけにとみにもいらへきこえたまはすかくはかり分入給へるかあさから ぬに思をこしてそほのかにきこえ出給けるかゝる草かくれにすくし給 ける年月のあはれもをろかならすまたかはらぬ心ならひに人の御心のうちも たとりしらすなから分入侍つる露けさなとをいかゝおほす年ころのをこたり はたなへての世におほしゆるすらんいまより後の御心にかなはさらんなんいひしに たかうつみもおふへきなとさしもおほされぬ事もなさけ/\しうきこえなし給 事ともあめり立とゝまりたまはんもところのさまよりはしめまはゆき御ありさま なれはつき/\しうのたまうすんして出給なんとすひきうへしならねと松の木た (14ウ) かくなりにける年月の程もあはれに夢のやうなる御身のありさまもおほしつゝけらる     「藤なみのうちすきかたく見えつるは松こそやとの しるしなりけれ」かそふれはこよなうつもりぬらんかし都にかはりにけることの おほかりけるもさま/\あはれになんいまのとかにそひなのわかれにおとろへ し世の物語もきこえつくすへき年へ給つらん春秋のくらしかたさ なとも誰にかはうれへたまはんとうらもなくおほゆるもかつはあやしう なんなときこえたまへは     「年をへてまつしるしなきわかやとを花のたよりに すきぬはかりか」としのひやかに暁打みしろき給へるけはひも袖のかもむかし よりはねひまさり給へるにやとおほさる月入かたになりて西のつま戸のあき (15オ) たるよりさはるへきわた殿たつ屋もなく軒のつまも残りなけれはいと花やかに さし入たれはあたり/\見ゆるをむかしにかはらぬ御しつらひのさまの見るめよりは みやひやかにみゆるをむかし物語に塔こほちたる人もありけるをおほしあはする におなしさまにて年ふりにけるもあはれ也ひたふるに物つゝみしたる気はひのさす かにあてやかなるも心にくゝおほされてさるかたにてわすれしと心くるしく思しを 年ころさま/\の物おもひにほれ/\しくてへたてつる程もつらしとおはれつらんといと おしくおほすかの花ちる里もあさやかにいまめかしうなとははなやきたまはぬ ところにて御めうつしこよなからぬにとかおほくかくれにけりまつり御けひなとの 程御いそきともにことつけて人のたてまつりたる物色々におほかるをさるへき かきり御心はへ給ふ中にも此宮にはこまやかにおほしよりてむつましき人々におほせ (15ウ) にとたまひしもへともなとつかはしてよもきはらはせめくりの見くるしきにいたかき といふ物打かためつくろはせ給かうたつね出給へりと聞つたへむにつけても わか御ためめむほくなけれはわたり給事はなし御文いとこまやかにかき給て二条 院いとちかきところをつくらせ給をそこになんわたしたてまつるへきよろしき わらはへなともとめさふらはせ給へなと人々のうへまておほしやりつゝさふらひきこ え給へはかくあやしきよもきのもとにはをきところなきまて女房も空をあふ きてなんそなたにむきてよろこひきこえけるなけの御すさひにてもをしなへたる よのつねの人をはめとゝめみゝたてたまはす世にすこし是はとおもほえこゝ地にと まるふしあるわたりをたつねより給物と人のしりたるにかくひきたかへなに事も なのめにたにあらぬ御ありさまを物めかし出給ふはいかなりける御心にかありけんこれも (16オ) むかしの契りなめりかしいまはかきりとあなつりはてゝさま/\にきほひちりあかれしうへ しもの人々我も/\まいらんとあらそひ出る人もあり心はへなとはたむもれいたきまてよくおは する御ありさまに心やすくならひてことなることなきなますりやうなとやうの家に ある人はならはすはしたなきこゝちするもありて打つけの心見えにまいりかへる君 はいにしへにもまさりたる御いきをひの程にて物のおもひやりもましてそひ給に けれはこまやかにおほしをきてたるににほひ出てゝ宮のうちやう/\人め見え木草 の葉もたゝすこくあはれに見えなされしをやり水かきはらひせんさいのもとたちも すゝしうしなしなとしてことなるおほえなきしもけひしのことにつかまほしきはかく御心 とゝめておほさるゝ事なめりと見とりて御けしきたまはりつゝついせうしつかうまつる ふたとせはかり此ふる宮になかめ給てひんかしの院といふところになん後はわたし (16ウ) たてまつり給けるたいめんし給事なとはいとかたけれとちかきしめの程にて大 かたにもわたり給にさしのそきなとし給つゝいとあなつらはしけにもてなし きこえたまはすかの大弐のきたのかたのほりておとろきおもへるさま侍従か うれしき物のいましはしまちきこえさりける心あさゝをはつかしうおもへるほと なとをいますこしとはすかたりもせまほしけれといとかしらいたううるさく 物うけれはなんいま又ついてあらむおりにおもひいてゝなんきこゆへき とそ ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:杉本裕子、斎藤達哉、太田幸代、大石裕子 更新履歴: 2011年3月24日公開 2011年10月5日更新 2012年3月21日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2011年10月5日修正) 丁・行 誤 → 正 (13ウ)7 からの → かうの ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年3月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (3ウ)6 する人も → する人 (9オ)3 兵部卿 → 式部卿 (10ウ)10 えんある → えんなる (11ウ)6 人すみ気 → 人すみけ