米国議会図書館蔵『源氏物語』 関屋 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- せき屋 (1オ) いよのすけといひしはこ院かくれさせたまひて又 のとしひたちになりてくたりしかはかのはゝきゝもいさ なはれにけりすまの御たひゐもはるかにきゝてひと しれすおもひやりきこえぬにしもあらさりしかとつた へきこゆへきよすかたになくつくはねの山をふき こす風もうきたるこゝ地していさゝかのつたへたに なくてとし月かさなりにけりかきれることも なかりし御たひゐなれと京にかへりすみ給て 又のとしのあきそひたちはのほりけるせきいるひしも (1ウ) この殿石山に御くわんはたしにまうてたまひけり 京よりかのきのかみなといひしこともむかへにきたる 人々この殿かくまうて給ふへしとつけゝれはみちの ほとさはかしかりなん物そとてまたあかつきよりいそき けるを女おほくところせうゆるきくるに日たけぬうち いてのはまくるほとにとのはあはた山こえたまひぬとて 御さきの人々みちもさりあへすきこえぬれはせき山に みなおりゐてこゝかしこの杉のしたにくるまともかき おろしこかくれにゐかしこまりてすくしたてまつる (2オ) くるまなとかたへをくらかしさきにたてなとし たれとなをるひひろく見ゆくるまとおはかりそ袖くち ものゝいろあひなとももりいてゝ見えたるゐなか ひすよしありて斎宮の御くたりなにそやうの おりのものみくるまおほしいてらるとのもかく世に さかへいてたまうめつらしさにかすもなきこせん ともみなめとゝめたり九月つもこりなれはもみち のいろ/\こきませ霜かれの草むら/\おかしう見え わたるにせき屋よりさしはつれいてたる旅 (2ウ) すかたとものいろ/\のあをのつき/\しきぬる 物くゝりそめのさまもさるかたにおかしう見ゆ 御くるまはすたれをおろしたまひてかのむかし のこきみいまはゑもんのすけになるをめしよせ てけふの御せきむかへにえおもひすてたまはし なとのたまう御こゝろのうちいとあはれにおほし いつる事おほかれとおほそふにてかひなしをん なも人しれすむかしの事わすれねはとり かへしてものあはれなり (3オ)     「ゆくとくとせきとめかたき涙をやたえぬし水に 人は見るらむ」えたまはしかしとおもふにいと かひなし石山よりいて給ふ御むかへにゑもん のすけまいれり一日まかりすきしかしこまり なと申むかしわらはにていとむつましうらう たき物にしたまひしかはかうふりなとえし まてこの御とくにかくれたりしをおほえぬ世の さはきありしころものゝきこえにはゝかりて ひたちにくたりしをそすこし御こゝろをきて (3ウ) としころはおほしけれといろにもいたし たまはすむかしのやうにこそあらねとなを したしきいゑ人のうちにはかそへたまひけりきの かみといひしもいまはかうちのかみにそなりに けるそのおとうとのうこんのそうとけて御とも にくたりしをそとりわきてなしいてたまひけれ はそれにそたれもおもひしりてなとてすこしも 世にしたかうこゝろをつかひけむなとおもひて けるすけめしよせて御せうそこありいまは (4オ) おほしわすれぬへきことをこゝろなかくもおもはする かなとおもひいたり一日はちきりしられしをさはおほ ししりにけんや     「わくらはにゆきあふみちをたのみしもなをかひなしや しほならぬうみ」せきもりのさもうらやましくめさまし かりしかなとありとしころのとたえもうひ/\しくなりに けれとこゝろにはいつとなくたゝいまのこゝちする ならひになんすき/\しういとゝにくまれんやとて 給へれはかたしけなるえてもていきてなをきこえ (4ウ) たまへむかしにはすこしおほしのくことあらむとおもひ たまうるにおなしやうなる御こゝろのなつかしさ なんいとゝありかたきすさひことそようなき事と おもへとえこそすくよかにきこえかへさねをんな にてはまけきこえたまへらんにつみゆるされぬへし なといふいまはましていとはつかしうよろつの事うひ/\ しきこゝちすれとめつらしきにやえしのはれさりけん     「あふさかのせきやいかなる関なれはしけきなけきの なかをわくらむ」ゆめのやうになときこえたりあはれ (5オ) もつらさもわすれぬふしとおほしをかれたる人なれは おり/\はなをのたまひうこかしけりかゝるほとにこの ひたちのかみ老のつもりにやなやましくのみして 物こゝろほそかりけれはこともにたゝこの君の御事を のみいひをきてよろつの事たゝこの御こゝろにのみ まかせてありつる世にかはらてつかうまつれとのみあ けくれいひけりをんな君こゝろうきすくせありて この人にさへをくれていかなるさまにはふれまとふ へきにかあらむとおもひなけきたまうを見るにいのちの (5ウ) かきりある物なれはおしみとゝむへきかたもなし いかてこの人の御ためにのこしをくたましゐもかな わかことものこゝろもしらぬをとうしろめたうかなし きことにいひおもへとこゝろにえとゝめぬ物にてうせぬ しはしこそさのたまひし物をなとなさけつくれとう はへこそあれつらきことおほかりとあるもかゝるも 世のことはりなれは身ひとつのうきことにてなけき あかしくらすたゝこのかうちのかみのみそむかしより すきこゝろありてすこしなさけかりけるあはれに (6オ) のたまひをきしかすならすともおほしうとまてのたま はせよなとついそうしよりていとあさましきこゝろのみ えけれはうきすくせある身にてかくいきとまりて はて/\はめつらしき事ともをきゝそふるかなと人 しれすおもひしりて人にさなんともしらせてあまに なりにけりある人々いふかひなしとおもひなけくかみも いとつらうをのれをいとひたまうほとにのこりの 御よはひおほく物し給ふらんいかてかすくしたまう へきなとそあひなのさかしらやなとそ侍める ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:野口あゆみ、斎藤達哉、小川千寿香 更新履歴: 2011年3月24日公開 2012年3月21日更新 2013年11月12日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年3月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (6オ)8 御よはひは → 御よはひ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月12日修正) 丁・行 誤 → 正 (4ウ)8 あふさかのせき屋 → あふさかのせきや