米国議会図書館蔵『源氏物語』 松風 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- 松かせ (1オ) ひんかしの院つくりたてゝ花ちる里ときこえしうつろ はし給西のたいわたとのなとかけてまところけひしなと あるへきさまにしをかせ給ひんかしのたいはあかしの御 かたとおほしをきてたり北のたいはことにひろくつくらせ給て かりにてもあはれとおほしてゆくすゑかけて契りたのめ給し 人々つとひすむへきさまにへたて/\しつらはせ給へるしもなつかしう 見ところありてこまか也しん殿はふたけたまはすとき/\わたり給う御 すみところにしてさるかたなる御しつらひともしをかせ給へりあるしには 御せうそこたえすいまはなをのほりぬへきことをはのたまへと女はなを我身の 程を思しるにこよなくやむことなききはの人々たに中々さてかけはなれぬ (1ウ) 御ありさまのつれなきを見つゝ物おもひまさりぬへくきくをましてなにはかりの おほえなりとてかさしいてましらはん此わか君の御おもてふせに数なら ぬ身の程こそあらはれめ玉さかにはひわたり給ついてを待事にて人 わらへにはしたなき事いかにあらんと思みたれても又さりとてかゝるところ にをいゝてかすまへられたまはさらんもいとあはれなれはひたすらにも えうらみそむかすおやたちもけにことはりと思なけくに中々心もつきはて ぬむかしはゝ君の御おほち中つかさの宮ときこえけるからうし給けるところ おほ井川のわたりにありけるをその御のちはか/\しうあひつく人もなくて 年ころあれまとふを思ひ出てかの時よりつたはりてやともりのやうにて ある人をよひとりてかたらふ世中をいまはと思はてゝかゝるすまゐにしつみ (2オ) そめしかともすゑのよに思かけぬ事出きてなんさらに都のすみか もとむるをにはかにまはゆき人中いとはしたなくゐ中ひにける こゝちもしつかなるましきをふるきところたつねてとなん思よるさる へき物はあけわたさむすりなとしてかたのこと人すみぬへくはつくろひ なされなんやといふあつかり此年ころらうする人も物したまはすあやしき やふになりて侍れはしもやにそつくろひてやとり侍を此春ころより 内のおほ殿のつくらせ給御たうちかくてかのわたりなんいとけさはかしう なりにて侍いかめしき御たうともたてゝおほくの人なんつくりいとなみ 侍めるしつかなる御ほいならはそれやたかひ侍らんなにかそれもかの殿の 御かけにかたかけてとおもふ事ありてをのつからをひ/\にうちのことゝもはしてん (2ウ) まついそきて大かたの事ともを物せよといふみつかららうするところに侍ら ねと又しりつたへ給ふ人もなけれはかこかなるならひにて年ころかくろへ侍 つる也みさうのたはたけなといふ事のいたつらにあれ侍しかはこ民部大輔 の君に申たまはりてさるへき物なとたてまつりてなんらうしつくり侍るなと そのわたりのたくはへの事ともをあやうけに思てひけかちにつなしにくき かほをはななとうちあかめつゝはちふきいへはさらにそのたなとやうのことは こゝにしるましたゝ年ころのやうに思て物せよ春なとはこゝになんあれと すへて世中をすてたる身にて年ころともかくもたつねしらぬをそのこと もいまくはしくしたゝめんなといふにもおほ殿のけはひをかくれはわつら はしくてそのゝち物なとおほくうけとりてなんいそきつくりけるかやうに (3オ) 思よるらんともしりたまはてのほらんことを物うかなるも心えすおほしわか君 のさてつく/\と物し給を後の世に人のいひつたへんいま一きは人わるき きすにやとおほすにつくり出てそしか/\のところをなん思ひ出たると きこえさせける人にましらはん事をくるしけにのみ物するはかくおもふ なりけりと心え給ふくちおしからぬ心のよういかなとおもほしなりぬこれ みつのあそんれいのしのふるみちはいつとなくいろひつかうまつる人なれ はつかはしてさるへきさまにこゝかしこのよふいなとせさせ給けり あたりおかしうて海つらにかよひたるところのさまになん侍けるときこ ゆれはさやうのすまゐによしなからすはありぬへしとおほすつくらせ 給御たうは大覚寺のみなみにあたりてたき殿の心はへなをとらす (3ウ) おもしろき寺也是は川つらにえもいはぬ松かけになにのいたりもなくたて たるしん殿のことそきたるさまもをのつから山里のあはれを見せたり うちのしつらひなとまておほしよるしたしき人々いみしうしのひてくたし つかはすのかれかたくていまはとおもふに年へつる浦をはなれなんこと あはれに入道の心ほそくてひとりとまらんことを思みたれてよろつに かなしすへてなとかく心つくしになりはしめけん身にかと露のかゝらぬ たくひうら山しくおほゆおやたちもかゝる御むかへにてのほるさいはひは 年ころねてもさめてもねかひわたりし心さしのかなふといとうれしけれ とあひみてすくさんいふせさのたえかたうかなしけれはよるひるおもひ ほれておなし事をのみさらはわか君を見たてまつらては侍へきかと (4オ) いふよりほかの事なしはゝ君もいみしうあはれ也年ころたにおなしいほり にもすますかけはなれつれはまして誰によりてかはかけとまらん たゝあたに打みる人のあさはかなるかたらひたにみなれそなれて わかるゝ程はたゝならさめるをましてもてひかめたるかしらつきこゝろ をきてこそたのもしけなけれと又さるかたに是こそは世をかきるへき すみかなめれとありはてぬいのちをかきりに思て契りすくしきつるを にはかにゆきはなれんも心ほそしわかき人々のいふせう思しつみつるは うれしき物から見すてかたき浜のさまを又はえしもかえらしかしとよす る浪によそへて袖ぬれかち也秋のころをひなれは物のあはれ とりかさねたるこゝちしてその日とあるあか月に松風すゝしくて (4ウ) 虫のねもとりあへぬに海のかたをみいたしてゐたるに入道れいの こやよりもふかうおきてはなすゝり打してをこなひいたしたり いみしうこといみすれと誰も/\いとしのひかたしわか君はいとも/\ うつくしけによるひかりけん玉のこゝちして袖よりほかにははなちき こえさりつるを見なれてまつはし給へる心さまなとゆゝしきまてかく人に たかへる身をいま/\しく思なからかた時見たてまつらてはいかてかすく さんとつゝみあへす     「ゆくさきをはるかにいのるわかれちにたへぬは老の 涙なりけり」いともゆゝしやとてをしのこひかくすあま君     「もろともにみやこはいてきこのたひやひとりの中の (5オ) みちにまとはん」とてなき給さまいとことはり也こゝら契りかはしてつもり ぬる年月の程をおもへはかううきたる事をたのみてすてし世にかへるも おもへははかなしや御かた     「いきて又あひみんことをいつとてかかきりもしらぬ 世をはたのまむ」をくりにたにとせちにのたまへとかた/\につけてえさるまし きよしをいひつゝさすかにみちの程もいとうしろめたきけしき也世中をすて はしめしにかゝる人の国に思くたり侍し事もたゝ君の御ためにおもふやうに 明暮の御かしつきも心にかなふやうもやと思ふ給へたちしかと身のつたなかりける きはの思しらるゝ事おほかりしかはさらに都にかへりてふるすりやうのしつ めるたくひにてまつしき家のよもきむくらもとのありさまあらたむることも (5ウ) なき物からおほやけわたくしにをこかましき名をひろめておやの御なき かけをはつかしめんことのいみしさになんやかて世をすてつるかとてなりけり と人にもしられにしをそのかたにつけてはよう思はなちてよりと 思侍に君のやう/\おとなひ給物おほししるへきにそへてはなとかうくち おしきせかひにてにしきをかくし聞ゆらんと心のやみはれまなくなけき わたり侍しまゝにほとけ神をたのみきこえてさりともかうつたなき 身にひかれて山かつのいほりにはましりたまはしとおもふ心一をたのみ 侍しに思よりかたうてうれしきことを見たてまつりそめても中々身の程 をとさまかうさまにかなしうなけき侍つれとわか君のかう出おはしたる御 すくせのたのもしさにかゝるなきさに月日をすくしたまはんもいと (6オ) かたしけなう契りことにおほえ給へは見たてまつらん心まよひはしつめかたけれ と此身はなかく世をすてし心侍きみたちは世をてらし給ふへきひかりしる けれはしはしかゝる山かつの心をみたり給はかりの御契りこそはありけめ天に むまるゝ人のあやしきみつのみちにかへるらん一ときに思なすらへて けふなかくわかれたてまつりぬいのちつきぬときこしめすとも後のこと おほしいとなむなさらぬわかれに御心うこかし給ふなといひはなつ物から けふりともならん夕まてわか君の御事をなん六時のつとめになを心き たなく打ませ侍りぬへきとて是にそ打ひそみぬる御くるまはあまた つゝけんもところせくかたへつゝわけんもわつらはしとて御ともの人々もあな かちにかくろへしのふれは舟にてしのひやかにとさためたりたつの時に舟出 (6ウ) し給むかし人もあはれといひける浦の朝きりへたゝりゆくまゝにいと物 かなしくて入道は心すみはつましくあくかれなかめゐたりこゝら年をへていま さらかへるもなを思つきせすあま君はなき給う     「かのきしに心よりにしあま舟のそむきしかたに こきかへるかな」御かた     「いくかへりゆきかふ秋をすくしつゝうき木にのりて われかへるらん」おもふかたの風にてかきりける日たかへすいりたまひぬ 人に見とめられしの心もあれはみちの程もかろらかにしなしたり家 のさまもおもしろうて年ころへつる海つらにおほえたれはところ かへたる心もせすむかしのこと思ひ出られてあはれなる事おほかり (7オ) つくりそへたるらうなとゆへあるさまに水のなかれもおかしう思なし たりまたこまやかなるにはあらねともすみつかはさてもありぬへし したしきけいしにおほせ給て御まうけの事せさせ給けりわたり たまはんことはとかうおほしたはかる程に日ころへぬ中々物おもひ つゝけられてすてし家ゐも恋しうつれ/\なれはかの御かたみのきん をかきならすおりのいみしうしのひかたけれは人はなれたるかたに 打とけてすこしひくに松風はしたなくひゝきあひたりあま君物 かなしけにてよりふし給へるにおきあかりて     「身をかへてひとりかへれる山里にきゝしににたる 松かせそふく」御かた (7ウ)     「ふるさとに見し世の友を恋わひてさえつることを たれかわくらむ」かやうに物はかなくてあかしくらすおとゝ中々しつ心なく おほさるれは人めをもえはゝかりあへたまはてわたり給を女君はかく なとたしかにしらせたてまつりたまはさりけるをれいのきゝもやあは せ給とてせうそこきこえ給ふかつらに見るへきこと侍をいさや心にもあら て程へにけりはふらはんといひし人さへかのわたりちかくきゐてまつなれ は心くるしくてなんさかのゝ御たうにもかさりなき仏の御とふらひ すへけれは二三日は侍なんときこえ給ふかつらの院といふところにはかに つくろはせ給ときくはそこにすへ給へるにやとおほすに心つきなけれは をのゝえさへあらためたまはん程やまちとをにと心ゆかぬ御気しき也 (8オ) れいのくらへくるしき御心いにしへのありさまなこりなしとよ人もいふなる 物をなにやかやと御心とり給程に日たけぬしのひやかに御せんうときは ませて御心つかひしてわたりたまひぬたそかれ時におはしつきたりかりの 御そにやつれ給へりしたに世にしらぬこゝちせしをましてさる御こゝ地して ひきつくろひ給へる御なをしすかたよになくなまめかしうまはゆきこゝ ちすれは思ひむせつる心のやみもはるゝやう也めつらしうあはれにてわか君を 見給もいかゝあさくおほされんいまゝてへたてける年月たにあさましくくや しきまておもほすおほ殿はらの君をうつくしけなりとよ人もてさはくはなを 時世によれは人の見なすなりけりかくこそはすくれたるひとの山くちはしるかり けれと打えみたるかほのなに心なきかあひきやうつきにほひたるをいみしう (8ウ) らうたしとおほすめのとのくたりし程はおとろへたりしかたちねひまさりて 月ころの御物語なとなれ聞ゆるをあはれにさるしほやのかたはらにつくし つらんことをおほしのたまふこゝにもいと里はなれてわたらん事もかたき をなをかのほいあるところにうつろひ給へとのたまへといとよゐ/\しき程すくし て聞ゆるもことはり也夜一夜よろつに契りかたらひあかし給つくろうへき ところ/\のあつかりいまくはへたるけいしなとにおほせらるゝかつらの 院にわたり給ふへしとありけれはちかきみさうの人々まいりあつまり たりけるもみなたつねまいりたりせんさいとものおれふしたるなと つくろはせ給こゝかしこのたて石ともゝみなまろひうせたるをなさけ ありてしなさはおかしかりぬへきところかなかゝるところをわさとつくろふも (9オ) あひなきわさ也さてもすくしはてねはたつとき物うく心とまるくるしかり きなときしかたのことものたまひ出てなきみわらひみ打とけのたまへる いとめてたしあま君のそきて見たてまつるに老もわすれ物おもひも はるゝこゝちして打ゑみぬひんかしのわた殿のしたより出る水の心はへ つくろはせ給とていとなまめかしきうちきすかた打とけ給へるをいとめて たううれしと見たてまつるにあかのくなとのあるを見給におほし出てあま 君はこなたにかいとしとけなきすかたなりけりやとて御なをしめし出てたて まつるきちやうのもとにより給てつみかろくおほしたてまつる人のゆへは御 をこなひの程あはれにこそ思なし聞ゆれいといたく思すまし給へりし 御すみかをすてゝうき世にかへり給へる心さしあさからす又かしこには (9ウ) いかにとまりて思をこせ給ふらんとさま/\になといとなつかしうのたまふ すて侍し世をいまさらに立かへり思ひ給へみたるゝををしはからせ給けれは いのちなかさのしるしも思給へしられぬると打なきてあら磯のかけに心くる しう思きこえ侍し二葉の松もいまはたのもしき御おひさきといはひ きこえさするをあさきねさしのゆへやいかゝとかた/\心つくされ侍なと 聞ゆるけはひよしなからねはむかし物かたりにみこのすみ給けるありさま なとかたらせ給につくろはれたる水のをとなひかことかましうきこゆ     「すみなれし人はかへりてたとれともしみつはやとの あるしかほなる」わさとなくていひけつさまみやひかによしときゝ給     「いさら井ははやくのこともわすれしをもとのあるしや (10オ) おもかはりせる」あはれと打なかめてたち給ふすかたにほひを世にしらすとのみ 思聞ゆみてらにわたりたまて月ことの十四五日つこもりの日をこなはる へきふけんかうあみたさかの念仏の三昧をはさる物にて又々 くはへをこなはせ給ふへきさためをかせ給たうのかさり仏の御くなと めくらしおほせらる月のあかきにかへり給ありしよのことおほし出らるおり すくさすかのきんのことさし出たりそこはかとなく物あはれなるにえしのひた まはてかきならし給またしらへもかはらすひきかへしそのおりいまのこゝちし給     「ちきりしにかはらぬことのしらへにてたえぬこゝろの ほとはしりきや」女     「かはらしとちきりしことをたのみにて松のひゝきに (10ウ) ねをそへしかな」きこえかはしたるもにけなからぬこそは身にあまり たるありさまなめれこよなうねひまさりにけるかたちけはひえおもほし すつましうわか君はたつきもせすまもられ給いかにせましかくろへたる さまにおひいてんか心くるしうくちおしきを二条院にわたして心のゆくか きりもてなさは後のおほえもつみまぬかれなんかしとおもほせと又おも はん事いとおしうてえ打出たまはて涙くみて見給をおさなきこゝ地に すこしはちらひたりやう/\打とけて物いひわらひなとしてむつれ 給を見るまゝににほひまさりてうつくしいたきておはするさま見る かひありてすくせこよなしと見えたり又の日京へかへらせ給けれはす こしおほとのこもりすくしてやかて是より出給ふへきをかつらの院に (11オ) 人々まいりつとひてこゝにも殿上人あまたまいりたり御さうすくなとした まひていとはしたなきわさかなかくみあらはさるへきくまにもあらぬを とてさはかしきにひかれて出給心くるしけれはさりけなくまきらはして 立とまり給へるにくちにめのとわか君いたきてさし出たりあはれなる御 けしきにかきなてたまて見てはいとくるしかりぬへきこそいと打つけなれ いかゝすへきいとさととをしやとのたまへははるかに思給へたえたりつる年 ころよりもいまからの御もてなしのおほつかなう侍らんは心つくしになと聞ゆ わか君手をさし出て立給へるをしたひ給へはついゐ給てあやしうもの 思たえぬ身にこそありけれしはしにてもくるしやいつらなともろともに 出てはおしみたまはぬさらはこそ人こゝちもせめとのたまへは打わらひて (11ウ) 女君にかくなんと聞ゆ物思みたれてふしたれはと見にしもうこかれす あまり上手めかしとおほしたり人々もかたはらいたかれはしふ/\にいさり 出てきちやうにはたかくれけるかたはらめいみしうなまめひてよし ありたをやきたるけはひみこたちといはんにもたりぬへしかたひらひき やりてこまやかにかたらひ給とてとはかりかへりみ給へるにさこそしつめ つれ見をくり聞ゆいはんかたなきさかりの御かたちいたうそひやき 給へりしかすこしなりあふ程になり給にける御すかたなとかくてこそ物 ものしかりけれと御さしぬきのすそまてなまめかしうあひきやうのこ ほれおつるそあなかちなるみなしなるへきかのとけたりしくら人も かへりなりにけりゆけいのそうにてことしかうふりえてけりむかしにあらため (12オ) こゝちよけにて御はかしとりによりきたり人かけを見つけて きしかたの物わすれし侍らねとかしこけれはこそうらかせ おほえ侍つるあかつきのねさめにもおとろかしきこえさすへきよす かたになくてとけしきはむをやへたつ山はさらに嶋かくれにも をとらさりけるを松もむかしのとたとられつるにわすれぬ人も物し 給けるにたのもしなといふこよなしや我も思なきにしもあら さりしをなとあさましうおほゆれといまことさらにと打けさやきて まいりぬいとよそおしくさしあゆみ給ふ程かしかましうをひはらひて 御くるまのしりに頭の中将兵衛督のせ給ふいとかろ/\しきかくれか 見あらはされぬるこそねたうといたうからかり給よへの月にくち (12ウ) おしう御ともにをくれ侍にけると思給へられしかはけさ霧をわけて まいり侍つる山のにしきはまたしう侍けり野辺の色こそさかりにはへ けれなにかしのあそんのこたかにかゝつらひて立をくれ侍ぬるいかゝ なりぬらんなといふけふはなをかつら殿にとてそなたさまにおはしまさぬ にはかなる御あるししさはきてうかひともめしたるにあまのさえつり おほし出らる野にとまりぬる君たちことりしるしはかりひきつけ させたる荻のえたなとつとにしてまいれりおほみきありあやうけ なれはゑひにまきれておはしましくらしつをの/\絶句なと つくりわたして月花やかにさし出る程におほみあそひはしまりて いといまめかしひき物ひわわこんはかりふえとも上手のかきりして (13オ) おりにあひたるてうしふきたつるほと川かせふきあはせて おもしろきに月たかうさしあかりよろつのことすめる夜のやゝ ふくるほとに殿上人四五人はかりつれてまいれりうへに さふらひけるを御あそひありけるついてにけふは六日の御物いみ あて日にてかならすまいり給ふへきをいかなれはとおほせられ けれはこゝにかうとまらせ給けるよしきこしめして 御せうそこあるなりけり御つかひは蔵人の弁なりけり     「月のすむ川のをちなる里なれはかつらのかけは のとけかるらむ」うらやましうとありかしこまりきこえさせ給ふ うへの御あそひよりもなをところからのすこさそひたるものゝねを (13ウ) めてゝ又ゑひくはゝりぬことにはまうけの物もさふらはさり けれはおほひにわさとならぬまうけのものやといひつかはし たりとりあへたるにしたかひてまいらせたりきぬひつふた かけにてあるを御つかひの弁はとくかへりまいれは女のさうすく かつけたまう     「ひさかたのひかりにちかき名のみしてあさゆふ霧も はれぬ山さと」ゆきかうまちきこえ給ふ心なるへし中におひたる とうちすんし給ついてにかのあはち嶋をおほし出てみつねか ところからかとおほめきけんことなとのたまひ出たるにものあはれ なるゑひなきともあるへし (14オ)     「めくりきて手にとるはかりさやけきやあはちの嶋の あはと見し月」頭の中将     「うき雲にしはしまかひし月かけのすみはつるよそ のとけかるへき」左大弁すこしおとなひてこ院の御時にもむつま しうつかうまつりなれし人なりけり     「雲のうへのすみかをすてゝ夜はの月いつれの空に 影かくしけむ」なとこゝろ/\にあまたあめれとうるさくてなんけちかう 打しつまりたる御物かたりすこしうちみたれて千とせも見きかま ほしき御ありさまなれはをのゝえもくちぬへけれとけふさへは とていそきかへり給ふ物ともしな/\にかつきて霧のたえまにたち (14ウ) ましりたるもせんさいの花に見えまかひたるいろあひなと ことにめてたしこんゑつかさの名たかきとねりものゝふしとも なとさふらふにさう/\しけれはそのこまなとみたれあそひて ぬきかけたまういろ/\の秋のにしきを風のふきおほふかと 見ゆのゝしりてかへらせ給ふひゝきをおほゐには物へたてゝ きゝてなこりひさしうなかめたまふ御せうそこをたにせてと おとゝも御心にかゝれりとのにおはしてとはかり打やすみたまふ 山さとの御物かたりなときこえ給ふいとまきこえしほと すきつれはいとくるしうこそこのすきものとものたつねきて いといたうしゐとゝめしにひかされてけさはいとなやましとて (15オ) おほとのこもれりれいのこゝろとけす見えたまへと見しらぬやう にてなすらひならぬほとをおほしくらふるもわろきわさなめり 我はわれとおもひなしたまへとをしへきこえ給ふ暮かゝるほとに 内へまいり給ふにひきそはめていそきかき給ふはかしこへなめり そはめこまやかに見ゆ打さゝめきてつかはすをこたちなとにくみ きこゆその夜は内にもさふらひたまへれととけさりつる御けし きとりに夜ふけぬれとまかてたまひぬありつる御返もてまいれり えひきかくしたまはて御らんすことににくかるへきふしも見え ねはこれやりかくし給へむつかしやかゝる物のちらんもいまはつき なきほとになりにけりとて御けうそくによりゐたまひて (15ウ) 御こゝろのうちにはいとあはれに恋しうおほしやらるれは火を うちなかめてことに物ものたまはすふみはひろこりなからあれと 女きみみたまはぬやうなるをせめて見かくしたまう御ましり こそわつらはしけれとてうちゑみ給へる御あいきやうところ せきまてこほれぬへしさしよりたまひてまことはらうたけ なる物を見しかは契りあさくも見えぬをさりとて物めさん程も はゝかりおほかるを思なんわつらひぬるおなしこゝろに思めくらして 御こゝろにおもひさためたまへいかゝすへきこゝにてはくゝみ たまてんやひるのこのよはひにもなりにけるをつみ なきさまなるもおもひすてかたうこそいはけなけなる (16オ) しもつかたもまきらはさんなとおもふをめさましとおほ さすはひきゆひたまへかしときこえ給ふおもはすにのみ とりなしたまう御こゝろのへたてをせめて見しらす うらなくやはとてこそいはけなからむ御こゝろにはいと ようかなひぬへくなんいかにうつくしきほとにとて すこしうちゑみたまひぬちこをわりなうらうたき 物にしたまう御こゝろなれはえていたきかしつかはやと おほすいかにせましむかへやせましとおほしみたる わたりたまう事いとかたしさかのゝみたうの念仏 なとまちいてゝ月にふたゝひはかりの御ちきりなめり (16ウ) としのわたりにはたちまさりぬへかめるををよひなき ことゝおもへりとも ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:野口あゆみ、斎藤達哉、小川千寿香 更新履歴: 2011年3月24日公開 2013年11月12日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月12日修正) 丁・行 誤 → 正 (4ウ)4 袖よりほかにい → 袖よりほかには (6オ)9 にけんも → わけんも (7オ)5 つけられて → つゝけられて (8ウ)10 おかしかりぬへきを → おかしかりぬへき (12ウ)10 ひわこん → ひわわこん