米国議会図書館蔵『源氏物語』 朝顔 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- あさかほ (1オ) 斎院は御ふくにておりゐ給にきかしおとゝれいのおほしそめつることたえぬ 御くせにて御とふらひなといとしけうきこえ給宮わつらはしかりしことを おほせは御返も打とけてきこえたまはすいとくちおしとおほしわたるなか 月になりてもゝそのゝ宮にわたり給ぬるをきゝて女五の宮のそこにおはす れはそなたの御とふらひにことつけてまうて給こ院の此みこたちをは 心ことにやむことなく思きこえ給へりしかはいまもしたしくつき/\にきこえ かはし給めりおなししん殿の西ひんかしにそすみ給ける程もなくあれにける こゝちしてあはれにけはひしめやか也宮たいめんし給て御物語きこえ給いと ふるめきたる御気はひしはふきかちにおはすこのかみにおはすれとこおほ殿 の宮はあらまほしくふりかたき御ありさまなるをもてはなれこゑふつゝかにこち/\ (1ウ) しくおほえ給へるもさるかた也院のうへかくれ給て後よろつ心ほそくおほえ 侍つるに年のつもるまゝにいと涙かちにてすくし侍を此宮さへかく打すて給へ れはいよ/\あるかなきかにとまり侍をかく立よりとはせ給ふになん物わすれしぬ へく侍ときこえ給心かしこくもふり給へるかなとおもへと打かしこまりて院かくれ 給て後はさま/\につけておなし世のやうにも侍らすおほえぬつみにあたり侍て しらぬ世にまとひ侍しをたま/\おほやけにかすまへられたてまつりては又とり みたりいとまなくなとして年ころもまいりていにしへの御物語をたにきこえ うけたまはらぬをいふせく思給わたりつゝなんなときこえ給をいとも/\あさましく いつかたにつけてもさためなき世を女五の宮おなしさまにて見給へすくすい のちなかさのうらめしき事おほく侍れとかくて世に立かへり給へる御よろこひ (2オ) になんありし年ころを見たてまつりさしてましかはくちおしからましとおほえ侍と 打わなゝき給ていときよらにねひまさり給にけるかなわらはに物し給へりし を見たてまつりそめし時よにかゝるひかりの出おはしたる事とおとろかれ侍しを 時々見たてまつる事にゆゝしくおほえ侍てなんうちのうへなんいとよくにたてま つらせ給へると人々聞ゆるをさりともをとり給へらんとこそをしはかり侍れとなか/\と きこえ給へはことにかくさしむかひて人のほめぬわさかなとおかしくおほす山かつに なりていたう思くつをれ侍し年ころの後こよなくおとろへにて侍物をうちの御 かたちはいにしへの世にもならふ人なくやとこそありかたく見たてまつり侍る あやしき御をしはかりになときこえ給時々見たてまつらはいとゝしきいのちや のひ侍らんけふは老もわすれうき世のなけきみなさりぬるこゝちなんとても (2ウ) 又なひ給三の宮うらやましくさるへき御ゆかりそひてしたしく見たてまつり 給をうらやみ侍此うせ給ぬるもさやうにこそくゐ給おり/\ありしかとのたまふ にそすこしみゝとまり給さもさふらひなれなましかはいまにおもふさまに 侍なましみなさしはなたせ給てとうらめしけに気しきはみきこえ給ふ あなたの御まへを見やり給へはかれ/\なるせんさいの心はへもことに見わたされ てのとやかになかめ給ふらん御ありさまかたちもいとゆかしくあはれにてえねん したまはてかくさふらひたるついてをすくし侍らんは心さしなきやうなるを あなたの御とふらひ聞ゆへかりけりとてやかてすのこよりわたり給ふ くらうなりたる程なれとにい色のみすにくろきみきちやうのすき かけあはれにをひ風なまめかしく吹とをしけはひあらまほしすのこはかた (3オ) はらいたけれはみなみのひさしにいれたてまつるせんしたいめんして御 せうそこは聞ゆいまさらにわか/\しきこゝちするみすのまへかな神さひに ける年月のらうかすへられ侍にいまはないけもゆるさせ給てんこそた のみ侍けるとてあかすおほしたりありし世はみな夢になしていまなんさ めてはかなきにやと思給へさためかたく侍にらうなとはしつかにやさため きこえさすへう侍らんときこえいたし給へりけにこそさためかたき世な れとはかなき事につけてもおほしつゝけらる     「人しれす神のゆるしをまちしまにこゝらつれなき 世をすくす哉」いまはなにのいさめにかかこたせたまはんとすらむなへて よにわつらはしき事さへ侍し後さま/\に思給へあつめしかないかてかたはしを (3ウ) たにとあなかちにきこえ給御よそひなともむかしよりもいますこし なまめかしき気さへそひ給にけりさるはいといたうすくし給へと御くら ゐのほとにはあはさめり     「なへて世のあはれはかりをとふからにちかひしことゝ神やいさめむ」# とあれはあな心うその世のつみはみなしなとの風にたくへてきとのたまふ あひきやうもこよなしみそきを神はいかゝ侍けんなとはかなきことを 聞ゆるもまめやかにはいとかたはらいたしよつかぬ御ありさまは年月に そへても物ふかくのみひきいり給てえきこえたまはぬをみたてまつり なやめりすき/\しきやうになりぬるをなとあさはかならす打なけきて たち給よはひのつもりにはおもなくこそなるわさなりけれ世にしらぬやつ (4オ) れをいまそとたにきこえさすへくやはもてなし給けんとて出給名残ところ せきにてれいのきこえあへり大かたの空もおかしき程に木葉の音なひにつけて もすきにし物のあはれとりかへしつゝそのおり/\おかしくもあはれにもふかく 見え給し御心はへなとも思ひ出きこえさす心やましくて立出給ぬるはまして ねさめかちにおほしつゝけらるとくみかうしまいらせて朝霧をなかめ給ふかれ たる花ともの中にあさかほのこれかれにはひまつはれてあるかなきかにさきてにほふ もことにかはれるをおらせてたてまつらせ給ふけさやかなりし御もてなしに 人わろきこゝ地し侍てうしろ手もいとゝいかゝ御らんしけんとねたくされと     「見しおりの露わすられぬあさかほの花のさかりは すきやしぬらん」年ころのつもりもあはれとはかりはさりともおほししるらんやと (4ウ) なんかつはなときこえ給へりおとなひける御文の心はへにておほつかなからんも見しら ぬやうにやとおほし人々も御すゝりとりまかなひてきこゆれは     「秋はてゝ霧のまかきにむすほゝれあるかなきかに うつるあさかほ」につかはしき御よそへにつけても露けくとのみあるはなにのおか しきふしもなきをいかなるにかをきかたく御らんすめりあをにひのかみのなよひ かなるすみつきはしもおかしく見ゆめり人の御程かきさまなとにつくろはれつゝ そのおりはつみなき事もつき/\しうまねひなすにはほゝゆかむ事もあめれは こそさかしらにかきまきらはしつゝおほつかなきこともおほかりけり立かへりいま さらにわか/\しき御文かきなともにけなきことゝおほせともなをかくむかしより もてはなれぬ御けしきなからくちおしくてすきぬるを思つゝえやむましくおほ (5オ) さるれはさしかへりてまめやかにきこえ給ひんかしのたいにはなれおはして せんしをむかへつゝかたらひ給さふらふ人々のさしもあらぬきはの事をたに なひきやうなるなとはあやまちもしつへくめて聞ゆれと宮はそのかみたに こよなくおほしはなたれしをいまはまして誰も思なかるへき御よはひおほえにてはか なき木草につけたる御返なとのおりすくさぬもかろ/\しくやとりなさるらん なと人の物いひをはゝかり給つゝ打とけ給ふへき御気しきもなけれはふりかたく おなしさまなる御心はへをよの人にかはりめつらしくもねたくも思きこえ給世中に もりきこえて前斎院ねんころにきこえ給へはなん女五の宮なともよろしく おほしたなりにけなからぬ御あはひならんなといひけるをたいのうへはつたへ聞給て しはしはさりともさやうならんこともあらはへたてゝはおほしたらしとおほしけれと (5ウ) 打つけにめとゝめきこえ給に御気しきなともれいならすあくかれたるも心 うくまめ/\しくおほしなるらんことをつれなくたはふれにいひなし給けんよと おなしすちには物し給へとおほえことにむかしよりやむことなくあへいかな年ころ の御もてなしなとは立ならふかたなくさすかにならひて人にをしけたれん事なと 人しれすおほしなけかるかきたえ名残なきさまにはもてなしたまはすともいと物 はかなきさまにて見なれ給へる年ころのむつひあなつからはしきかたにこそはあら めなとさま/\に思みたれ給によろしき事こそ打えしなとにくからすきこえ給へまめ やかにつらしとおほせは色にもいたしたまはすはしちかうなかめかちに内すみしけく なりやくとは御文をかき給へはけに人のことはむなしかるましきなめりけしきを たにかすめ給へかしとうとましくのみ思きこえ給夕つかたかむわさなともとまりて (6オ) さう/\しきにつれ/\とおほしあまりて五の宮にれいのちかつきまいり給雪 打ちりてえんなるたそかれ時になつかしき程になれたる御そともをいよ/\たき しめ給て心ことにけさうしくらし給へれはいとゝ心よはからん人はいかゝと見え たりさすかにまかり申はたきこえ給女五の宮のなやましくし給なるを とふらひきこえになんとてついゐ給へれと見もやりたまはすわか君をもて あそひまきらはしおはするそはめのたゝならぬをあやしく御けしきのかはれ るへきころかなつみもなしやしほやき衣のあまりめなれ見たてなくおほ さるゝにやとてとたえをくをまたいかゝなときこえ給へはなれゆくこそけにうき ことおほかりけれとはかりにて打そむきてふし給へるは見すてゝ出給みち物うけれと 宮に御せうそこきこえ給てけれは出たまひぬかゝりける事もありける世をうら (6ウ) なくてすくしけるよと思つゝけてふし給へりにひたる御そともなれと色あひか さなりこのましく中々見えて雪のひかりにいみしくえんなる御すかたを見いた してまことにかれまさりたまはゝとしのひあへすおほさる御せんなとしのひやかな るかきりしてうちよりほかのありきは物うき程になりにけりやもゝそのゝ宮 の心ほそきさまにて物し給も式部卿の宮に年ころはゆつりきこえつるをいまは たのむなとおほしのたまうもことはりにいとおしけれはなと人々にものたまひ なせといてや御すき心のふりかたきそあたら御きすなめるかろ/\しき事も 出きなんとつふやきあへり宮には北おもての人しけきかたなるみかとは 入たまはんもかろ/\しけれは西なるかこと/\しきを人いれさせ給て宮の御かた に御せうそこあれはけふしもわたりたまはしとおほしけるをおとろきてあけ (7オ) させ給みかともりさむけなるけはひうすゝきゐてきてとみにもえ明 やらす是よりほかのをのこはたなきなるへしこほ/\とひきてしやうの いといたくさひにけれはあかすとうれふるをあはれときこしめすきのふけふ とおほす程にみそとせのあなたにもなりにける世かなかゝるを見つゝ かりそめのやとりをえ思すてす木草の色にも心をうつすよとおほししらるゝ くちすさひに     「いつのまによもきかもとゝむすほゝれ雪ふるさとゝ あれしかきねそ」やゝひさしうひこしらひあけていり給宮の御かたに れいの御物語きこえ給にふる事とものそこはかとなき打はしめきこえ つくし給へと御みゝもおとろかすねふたきに宮もあくひ打し給てよい (7ウ) まとひをし侍れは物もえきこえやらすとのたまう程なくいひきとか 聞しらぬをとすれはよろこひなから立出たまはんとするに又いとふるめかし きしはふき打してまいりたる人ありかしこけれときこしめしたらむ とたのみきこえさするを世にある物ともかすまへさせたまはぬになん 院のうへはうはおとゝわらはせ給しなとなのり出るにそおほし出る けんないしのすけといひし人はあまになりて此宮の御てしにてなん をこなうと聞しかといまゝてあらんともたつねしりたまはさりつるをあさ ましうなりぬその世のことはみなむかし物語になりゆくをはるかにおもひ 出るも心ほそきにうれしき御こゑかなおやなしにふせる旅人とはくゝみ 給へかしとて打ゐ給へる御気はひにいとゝむかし思ひ出つゝふりかたくなつかし (8オ) きさまにもてなしていたうすけみにたるくちつきおもひやらるゝ こはつかひさすかにしたつきにて打されむとはなをおもへりいひこし程になと きこえかゝるまはゆさよいましもきたる老のやうになとおほえまれ給 物からひきかへ是もあはれ也このさかりにいとみ給し女御更衣あるはかひ なくてはかなき世にさすらへ給もあへかめり入道の宮なとの御よはひよ あさましとおほさるゝ世に年の程身の残りすくなけさに心はへなとも 物はかなく見えし人のいきとまりてのとやかにをこなひをも打してす くしけるはなをすへてさためなき世なりとおほすに物あはれなる御 けしきをこゝろときめきにおもひてわかやく     「年ふれとこのちきりこそわすられねおやのおやとか (8ウ) いひしひとこと」ときこゆれはうとましくて     「身をかへてのちもまち見よ此世にておやをわするゝ ためしありや」いとたのもしき契りそやいまのとかにそきこえさすへき とて立たまひぬ西おもてにはみかうしまいりたれといとひきこえ かほならんもいかゝとて一まふたまおろさす月さし出てうすらかに つもれる雪のひかりにあひて中々いとおもしろき夜のさま也ありつる 老らくの心けさうもよからぬ物の世のたとひとか聞しとおほし 出られておかしくなんこよひはいとまめやかにきこえ給てひとことに くしなとも人つてならてのたまはせんを思たゆるふしにもせんと おりたちてせめきこえ給へとむかし我も人もわかやかにつみゆる (9オ) されたりし世にたにこ宮なとの心よせおほしたりしをなをあさましく はつかしと思きこえてやみにしを世のすゑにさたすきつきなき程にて 一こゑもいとまはゆからんとおほしてさらにうこきなき御心なれはあさま しうつらしと思きこえ給さすかにはしたなくさしはなちてなとはあら ぬ人つての御返なとそ心やましきや夜もいたうふけゆくに 風のけはひはけしくてまことにいと物心ほそくおほゆれはさまよき程 にをしのこひたまひて     「つれなさをむかしにこりぬこゝろこそ人のつらさに そへてつらけれ」心つからのとのたまひすさふるをけにかたはらいた しとひと/\れいのきこゆ (9ウ)     「あらためてなにかは見えむ人のうへにかゝりときゝし 心かはりを」むかしにかはる事はならはすなときこえ給へりいふかひなくて いとまめやかにえしきこえて出給もいとわか/\しきこゝ地し給へはいと かく世のためしになりぬへきありさまもらし給ふなよゆめ/\いさゝかはなとも なれこしやとてせちに打さゝめきかたらひ給へと何事にかあらん人々もあな かたしけなあなかちになさけをくれてもてなしきこえ給ふらむかろらかに をしたちてなとは見えたまはぬ御気しきを心くるしうといふけに人の程の おかしきにもあはれにもおほししらぬにはあらねと物おもひしるさまに見え たてまつるとてをしなへての人のめて聞ゆらんつらにや思なされんかつはかる/\ しき心の程も見しりたまひぬへくはつかしけなめる御ありさまをとおほせはなつ (10オ) かしからむなさけもいとあひなしよその御返なとは打たえておほつかなかるまし き程にきこえ給て人つての御いらへはしたなからてすくしてん年ころしつみ つるつみうしなうはかり御をこなひをとはおほしたてとにはかにかゝる御事をしも もてはなれかほにあらんも中々いまめかしきやうに見えきこえて人のとりな さしやはとよの人のくちさかなさをおほししりにしかはかつさふらふ人にも打 とけたまはすいたう御心つかひし給つゝやう/\御をこなひをのみし給御はらから のきんたちあまた物し給へとひとつ御はらならねはいとうと/\しく宮のうち いとかすかになりゆくまゝにさはかりめてたき人のねんころに御心をつくし きこえ給へはみな人心をよせ聞ゆるもひとつ心とみゆおとゝはあなかちに おほしいらるゝにしもあらねとつれなき御けしきのうれたきにまけてやみ (10ウ) なんもくちおしくけにはた人の御ありさま世のおほえことに あらまほしく物をふかくおほししり世の人のとあるかゝる けちめも聞つめ給てむかしよりもあまたへまさりておほさる れはいまさらの御あたけもかつは世のもときをもおほしなからむなし からんはいよ/\人わらへなるへしいかにせんと御心うこきて二条院 に夜かれかさね給を女君はたはふれにくゝのみおほすしのひた まへといかゝ打こほるゝおりもなからんあやしくれいならぬ御けしきこそ 心えかたけれとて御くしをかきやりつゝいとおしとおほしたるさまもゑに かゝまほしき御あはひ也宮うせ給てのちうへのいとさう/\しけにのみ 世をおほしたるも心くるしう見たてまつりおほきおとゝも物したま (11オ) はて見ゆつる人なき事しけさになん此程のたえまなとを見ならはぬ 事におほすらんもことはりにあはれなれといまはさりとも心のとかにおほせおと なひ給ふためれとまたいと思やりもなく人の心も見しらぬさまに物し 給こそらうたけれなとまろかれたる御ひたひかみひきつくろひ給へと いよ/\そむきて物もきこえたまはすいといたくわかひ給へるはたかならはし きこえ給へるそとてつねなき世にかくまて心をかるゝもあちきなのわさ やとかつは打なかめ斎院にはかなし事聞ゆるやもしおほしひかむる かたあるそれはいともてはなれたる事そよをのつから見給てんむかし こよなうけとをき御心はへなるをさう/\しきおり/\たゝならてきこ えなやますにかしこもつれ/\に物し給ところなれは玉さかのいらへなと (11ウ) し給へとまめ/\しきさまにもあらぬをかくなんあるとしもうれへ聞ゆへきことに やは思なをし給へなと日一日なくさめきこえ給雪のいたうふりつもりたるうへに いまもちりつゝ松と竹とのけちめおかしう見ゆる夕暮に人の御かたちもひかりまさり て見ゆ時々につけても人の心をうつすめる花紅葉のさかりよりも冬の夜の すめる月に雪のひかりあひたる空こそあやしう色なき物の身にしみて此世 のほかのことまて思なかされおもしろさもあはれさも残らぬおりなれすさましき ためしにいひをきけん人の心あさゝよとてみすまきあけさせ給月はくまなくさし 出てひとつ色に見えわたされたるせんさいのかけ心くるしうやり水もいといたうむ せひて池の氷もえもいはすすこきにわらはへおろして雪まろはしせさせ給おか しけなるすかたかしらつきとも月にはへておほきやかになれたるかさま/\のあこめみ (12オ) たれきほひしとけなきとのゐすかたなまめひたるにこよなうあまれるかみのすゑ しろき庭ましてもてはやしたるいとけさやか也ちいさきはわらはけてよろこひ はしるにあふきなともおとして打とけかほおかしけ也いとおほうまろはさんとふく つけかれとえもをしうこかさてわふめりかたへはひんかしのつま戸に出ゐて心もとなけ にわらふ一とせ中宮の御まへに雪の山つくられたりしよにふりにたる事なれとなを めつらしくもはかなき事をしなし給へりしかななにのおり/\につけてもくちおしう あかすもあるかないととをくもてなし給てくはしき御ありさまを見ならしたてまつりし事 はなかりしかと御ましらひの程をうしろやすき物にはおほしたりきかし打たのみき こえてとある事かゝるおりにつけて何事もきこえかよひしにもて出てらう/\しき事も見 えたまはさりしかといふかひありおもふさまにはかなきことわさをもしなし給しはや世に (12ウ) 又さはかりのたくひありなんややはらかにをひれたる物からふかうよしつきたるところ のならひなく物し給しを君こそはさいへとむらさきのゆへこよなからす物し給めれとす こしわつらはしき気そひてかと/\しさのすゝみ給へるやくるしからん前斎院の御心はへは 又さまことこそみゆるさう/\しきになにとはなくともきこえあはせ我も心つかひせらるへき あたりたゝ此一ところや世に残り給へらんとのたまう内侍のかみこそはらう/\しく ゆへ/\しきかたは人にまさり給へれあさはかなるすちなとももてはなれ給へりける人 の御心をあやしくもありける事ともかなとのたまへはさかしなまめかしうかたちよき 女のためしにはなをひき出つへき人そかしさも思ふにいとおしくくやしき事の おほかるかなまいて打あたけすきたる人の年つもりゆくまゝにいかにくやしき 事おほからん人よりはこよなきしつけさと思したになとの思ひ出てかんの君 (13オ) の御ことにも涙すこしはおとし給つ此数にもあらすおとしめ給山里の人こそ は身の程にはやゝ打すき物の心なとえつへけれと人よりことなつき物なれは 思あかれるさまをも見けちて侍かないふかひなききはの人はまたみす人は すくれたるはかたき世なりやひんかしの院になかむる人の心はへこそふりかたくらう たけれさはたさらにえあらぬ物をさるかたにつけての心はせ人にとりつゝ見そめし よりおなしやうに世をつゝましけに思てすきぬるよいまはたかたみにそむくへく もあらすふかうあはれと思侍なとむかしいまの物語に夜ふけゆく月いよ/\すみ てしつかにおもしろし女君     「氷とち石まの水はゆきなやみそらすむ月のかけそなかるゝ」# とを見いたしてすこしかたふき給へる程にる物なくうつくしけ也かんさしをも (13ウ) やうのこひ聞ゆる人のおもかけにふとおほえてめてたけれはいさゝか わくる御心もとりかさねつへしをしのうちなきたるに     「かきつめてむかし恋しき雪もよにあはれをそふるをしのうきねか」# いり給ても宮の御事を思つゝおほし残れるに夢ともなくほのかに見たて まつるをいみしう恨給へる御気しきにてもらさしとのたまひしかとうき名の かくれなかりけれははつかしうくるしきめを見るにつけてもつらくなとのた まふ御いらへ聞ゆとおほすもをそはるゝこゝ地して女君のこはなとかくはと のたまうにおとろきていみしくくちおしくむねのをきところなくさはけは をさへて涙もなかれ出にけりいまもいみしくぬらしそへ給女君はいかなる ことにかとおほすに打もみしろかてふし給へり (14オ)     「とけてねぬねさめさひしき冬の夜にむすほゝれつる 夢のみしかさ」中々あかすかなしとおほすにとくおき給てさとはなくて ところ/\に御す経なとせさせ給くるしきめ見せ給へとうらみ給へるも さそおほさるらんかしをこなひをし給よろつにつみかろけなりし 御ありさまなからこのひとつことにてそ此世のにこりをすくひたま はさらんと物こゝろふかくおほしたとるにいみしくかなしけれは なにわさをしてしる人なきせかひにおはすらんをとふらひきこ えにまうてゝつみにもかはりきこえはやなとつく/\とおほ すかの御ためにとりたてゝなにわさをもしたまはんはひと とかめきこえつへしうちにも御こゝろのおににかけて (14ウ) ねんしたてまつり給ふにおなしはちすにこそは     「なき人をしたふこゝろにまかせてもかけ見ぬ水の せにやまとはむ」とおほすそうかりけるとや しな戸のかせにあめのやへ雲をふきはらふとあり 恋せしとみそきは神もうけすとか人をわするゝつみふかしとて すまのあまのしほやき衣なれゆけはうちたのみこそなりまさりけれ しなてるや片岡山のいゐにうへてふせるたひ人あはれおやなし 身をうしといひこしほとにいまは又人のうへにもなけくへきかな ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:杉本裕子、菅原郁子、阿部江美子 更新履歴: 2011年3月24日公開 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月19日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)7 あれける → あれにける (4オ)2 せきまて → せきにて (5オ)10 おほしたゝしと → おほしたらしと (9ウ)8 さま → さまに (12ウ)4 さまことにそ → さまことこそ (13ウ)4 おほし給けるに → おほし残れるに