米国議会図書館蔵『源氏物語』 常夏 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- とこなつ (1オ) いとあつき日ひんかしの釣殿に出給てすゝみ給中将の君もさふ らひ給したしき殿上人のあまたさふらひて西川よりたてまつ れるあゆちかき川の石ふしやうの物おまへにててうしまいらすれい のおほ殿のきんたち中将の御あたりたつねてまいり給へりさう/\ しくねふたかりつるおりよく物し給へるかなとておほみきまいりひみつ めしてすいはむなととり/\にさうときつゝくる風はいとよくふけ とも日のよにくもりなき空の西日になる程せみのこゑなとも いとくるしけに聞ゆれはみつのこゑむとくなるけふのあつかはしさ かなむくひのつみはゆるされなんやとてよりふし給へりいとかゝるころ はあそひなともすさましくさすかにくらしかたきこそくるしけれ (1ウ) 宮つかへするわかき人々たへかたからんなをしひもとかぬ程よこゝにて たに打みたれ此ころにあらむ事のすこしめつらしくねふたさゝめ ぬへからんかたりてきかせ給へなにとなくおきなひたるこゝちして せけんの事もおほつかなしやなとのたまへとめつらしき事とて打出きこ えん物語もおほえねはかしこまりたるやうにてみないとすゝしきかうらん にせなかをしつゝさふらひ給いかてきゝし事そやおとゝのほかはらのむすめ たつね出てかしつき給なるとまねふ人ありしはまことやと弁少将に とひ給へはこと/\しくさまてもいひなすへきことにも侍らさりけるを此春 のころをひ夢かたりし給けるをほの聞つたへ侍けるをむなのわれなん かこつへきことあるとなのり出侍けるを中将のあそんなん聞つけてまことに (2オ) さやうにふれはいぬへきしるしやあるとたつねさふらひ侍ける くはしきさまはえしり侍らすけに此ころめつらしき世かたり になん人々もし侍なるかやうの事こそ人のためをのつからけ そむなるわさに侍けれと聞ゆまことなりけりとおほしていと おほかめるつらにはなれたらんをくるゝ雁をしゐてたつね給ふか ふくつけきそいとゝ物々しきにさやうならん物のくさはひみ てまほしけれとなのりも物うききはとや思ふらんさらにこそ きてねさてももてはなれたる事にはあらしらうかはしく よくまきれ給めりし程にそこきよくすまぬ水にやとる 月はくもりなきやういかてかあらんとほゝゑみてのたまう (2ウ) 中将の君もくはしく聞給事なれはえしもたゝす少将と藤 侍従とはいとからしと思たりあそんやさやうの落葉をたに ひろへ人わろき名の後の世に残らんよりはおなしかさしにてなく さめんになてう事かあらんとろうし給やう也かやうのことにてそ うはへはいとよき御中のむかしよりさすかにひまありけるまいて中 将をいたくはしたなめてわひさせ給つらさをおほしあまりてな まねたしとももり聞給へかしとおほすなりけりかく聞給につけても たいのひめ君を見せたらん時又あなつらはしからぬかたにもてな されなんはやいと物きら/\しくかひあるところつき給へる人にてよし あしきけちめもけさやかにもてはやし又もてけちかろむる事も (3オ) 人まことなるおとゝなれはいかに物しと思ふらんおほえぬさまにて此 君をさし出たらんにえかろくはおほさしいときひしくもてなしてん なとおほすゆふつけゆく風いとすゝしくてかへりうくわかき人々は 思たりやすく打やすみすゝまんややう/\かやうの中にいとはれぬへ きよはひにもなりにけりやとて西のたいにわたり給へはきんたちみな 御をくりにまいり給たそかれ時のおほ/\しきおなしなをしともなれはなに ともわきまへられぬにおとゝひめ君をすこし外出給へとてしのひて少将 侍従なとゐてまうてきたりいとかけりこまほしけにおもへるを中将の いとしほうの人にて出こぬむしんなめりかしこの人々はみな思ふ心なき ならしなを/\しききはをたに窓の内なる程は程にしたかひてゆかしく (3ウ) おもふへかめるわさなれは此家のおほえ内々のくた/\しき程よりは いとよにすきてこと/\しくなんいひ思なすへかめるをかた/\物すめれと さすかに人のすきこといひよらんにつきなしかしかくて物し給ふはいかてさ やうならん人の気しきのふかさあさゝをも見むなと侍さう/\しき まゝにねかひ思しほひなんかなふこゝちしけるさゝめきつゝきゝ給おまへ にみたれかはしきせんさいなともうへさせたまはすなてしこの色をとゝ のへたるからのやまとのませいとなつかしくゆひなしてさきみたれたる夕 はへいみしくみゆみな立よりて心のまゝにおりとらぬをあかす思つゝやす らふいふそくともなりな心もちゐなともとり/\につけてこそめやす けれ右の中将はましてすこししつまりて心はつかしき気まさり (4オ) たりいかにそや音つれ聞ゆやはしたなくもなさしはなち給そなと のたまう中将の君はかくよき中にすくれておかしけになまめき給へり中将 をいとひ給こそおとゝはほいなけれましり物なくきら/\しかめる中におほ みきたつすちにてかたくななりとにやのたまうはきまさはといふ人 も侍けるをと聞え給ふいてそのみさかなもてはやされんさまはねかはしからす たゝおさなきとちのむすひをきけん心もとけす年月へたて給ふ心むけ のつらき也またけらう也よのきゝみゝかろしとおもはれはしらすかほにてこゝ にまかせ給へらむにうしろめたくはありなましやなとうめき給さはかゝ る御心のへたてある御中なりけりと聞給にもおやにしられたてまつらむ ことのいつとなきはあはれといふせくおほす月もなきころなれはとうろに (4ウ) おほとのなふらまいれりなをけちかくてあつかはしやかゝり火こそよけ れとて人めしてかゝり火のたいひとつこなたにとめすおかしけなるわこん のあるひきよせてかきならし給へはりちにいとよくしらへられたりねも いとよくなれはすこしひき給てかやうのことは御心にいらぬすちにやと月ころ 思おとしきゝてけるかな秋の夜月影すゝしき程いとおくふかくはあらて虫の こゑにかきならしあはせたる程けちかくいまめかしき物のね也こと/\しきしら へもてなししとけなしや此物よさなからおほくのあそひ物のねはうしを とゝのへよりたるなんいとかしこきやまとことゝはかなく見せてきはもなく しをきたること也ひろくこと国のことをしらぬ女のためとなんおほゆるおなし くは心とゝめて物なとにかきあはせてならひ給へふかき心とてなにはかりも (5オ) あらすなからまたまことにひきうることはかたきにやあらんたゝいま は此内のおとゝになすらふ人なしかしたゝはかなきおなしすかゝきのねに よろつの物のねこもりかよひていふかたもなくこそひきのほれとかたり給へは ほの/\心えていかてとおほす事なれはいとゝいふかしくて此わたりにてさりぬ へき御あそひのおりなと聞侍なんやあやしき山かつなとの中にもまねふ物 あまた侍なる事なれはをしなへて心やすくやとこそ思給へつれさえすく れたるはさまことにや侍らんとゆかしけにせちに心に入て思給へれはさかし あつまとそ名もたちくたりたるやうなれと御せんの御あそひにもまつ ふんのつかさをめすは人の国はしらすこゝには是を物のおやとしたるにこそ あめれその中にもおやとしつへき御手よりひきより給へらんは心ことなり (5ウ) なんかしこゝになともさるへからんおりには物し給なんを此ことにておします なとあきらかにかきならしたまはんことやかたからん物の上手はいつれ のみちも心やすからすのみそあめるさりともつゐには聞給てんかしとて しらへすこしひき給ふことつひきひういまめかしくおかし是にもまさ れるねや出らんとおやの御ゆかしさ立そひて此ことにてさへいかならん 世にさて打とけひきたまはんをきかんなと思ひゐ給へりぬき川の せゝのやはら田なといとなつかしくうたひ給おやさくるつまはすこしたち わつらひつゝわさともなくかきならし給たるすかゝきの程いひしらす おもしろく聞ゆいてひき給へさえは人になんはちぬわさ也さうふれん はかりこそ心のうちに思てまきらはす人もありけめおもなくてかれ (6オ) 是にあはせつるなんよきとせちにきこえ給へとさるゐ中のくまにて ほのかに京人となのりけるふるおほきみ女をしへきこえけれはひかこと にもやとつゝましくてもふれたまはすしはしもひきたまはなん聞とる こともやと心もとなきに此御ことによりそちかくいさりよりていかなる風 の吹そひてかくはひゝき侍そとよとて打かたふき給へるさまほかけに いとうつくしけ也わらひ給てみゝかたからぬ人のためには身にしむ 風も吹そふかしとてをしやり給いと心やまし人々ちかくさふらへはれいの たはふれこともえきこえたまはてなてしこをあかても此人々の 立さりぬるかないかておとゝにも此花その見せたてまつらん世もいと つねなきをと思ふにいにしへも物のついてにかたり出給へりしもたゝいま (6ウ) の事とそおほゆるとてすこしのたまひ出たるもいとあはれなり     「なてしこのとこなつかしき色を見はもとのかきねの 人やたつねん」このことのわつらはしさにこそまゆこもりも心くるしう 思聞ゆれとのたまう君うちなきて     「山かつのかきねにおひしなてしこのもとのねさしを たれかたつねん」はかなけにきこえなひ給へるさまけにいとなつかし くわかやか也こさらましかはと打すし給ていとゝしき御心はくるし きまてなをえしのひはつましくおほさるわたり給事もあまり打 しけり人の見たてまつりとかむへき程は心のおにゝおほしとゝめてさる へき事をし出て御文のかよはぬおりなしたゝ此御事のみ明暮御心には (7オ) かゝりたりなそかくあひなきわさをしてやすからぬ物思ひを すらむさおもはしとて心のまゝにもあらはよの人のそしりいはん事 のわろ/\しさわかためをはさる物にて此人の御ためいとおかしかるへし かきりなき心さしといふとも春のうへの御おほえにならふはかりはわか心 なからえあるましくおほかししりたりさてそのをとりのつらにて はなにはかりかはあらん我身一こそ人よりはことなれ見む人のあま たか中にかゝつらはんすゑにてはなにのおほえかはたけからんことなる ことなき納言のきはのふた心なくておもはんにはをとりぬへき事 そとみつからおほししるにいと/\おしくて宮大将なとにやゆるして ましさてもてはなれいさなひとりては思もたえなんやいふかひ (7ウ) なきにてさもしてんとおほすおりもありされとわたり給て御 かたちを見たまひいまは御ことをしへたてまつり給にさへことつけて ちかやかになれより給ひめ君もはしめこそむくつけくうたてとも 思給しかかくてもなたらかにうしろめたき御心はあらさりけりと やう/\めなれていとしもうとみきこえたまはすさるへき御いらへも なれ/\しからぬ程にきこえかはしなとして見るまゝにいとあひ きやうつきかほよりまさり給へれはなをさてもえすくしやるまし くおほしかへすさは又さてこゝなからかしつきすへてさるへきおりに はかなく打しのひ物をもきこえてなくさみなんやかてまたよなれ ぬ程のわつらはしさこそ心くるしくはありけれをのつからせきもり (8オ) つよくとも物の心しりそめいとおしく思なくて我心も思いりなは しけくともさはらしかしとおほしよるいとけしからぬ事なりやいよ/\ 心やすからす思わたらんくるしからんなのめに思すくさん事のとさま かくさまにもかたきそよつかすむつかしき御かたらひなりける内のおほ 殿は此いまの御むすめの事を殿の人もゆるさすかろみいひ世にも ほきたることゝそしり聞ゆと聞給に少将のことのついてにおほき おとゝのさることやととふらひ給し事かたり聞ゆれはさかしかしこに こそは年ころ音にもきこえぬ山かつの子むかへとりて物めかし たつれおさ/\人のうへもときたまはぬおとゝのわたりの事はみゝ とゝめてそおとしめ給ふや是そおほえあるこゝちしけるとのたまう (8ウ) 少将のかの西のたいにすへ給へる人はいとこともなきけはひ見ゆるわたり になん侍なる兵部卿の宮なといたう心とゝめてのたまうわつらふと かおほろけにはあらしとなん人々をしはかり侍めると申給へはいてそ れはかのおとゝの御むすめと思ふはかりのおほえのいといみしき そ人の心みなさこそある世なめれかならすさしもすくれし 人々しき程ならは年ころきこえなましあたらおとゝのちりも つかす此世にはすき給へる御身のおほえありさまにおもたゝしきはら にむすめかしつきてけにきこえなからむと思やりめてたきか物 したまはぬは大かたのこのすくなくて心もとなきなめりかしをとり はらなれとあかしのおもとのうみ出たるはしもさるよになきすくせ (9オ) にてあるやうあらんとおほゆかしそのいまひめ君はようせすはしちの 御こにもあらしかしさすかにいと気しきあるところつき給へる人にてもて ない給ならんといひおとし給うさていかゝさためしるなるなとのたまひ てみここそまつはえたまはんもとよりとりわきて御中よし人からもきやう さくなる御あはひともならんかしなとのたまひてはなをひめ君の御こと あかすくちおしかやうに心にくゝもてなしていかにしなさんなとやすからす いふかせからせまし物をとねたけれはくらゐさはかりと見さらんかきりは ゆるしかたくおほすなりけりおとゝなともねんころにくちいれかへさひ たまはんにこそはまくるやうにてもなひかめとおほすおとこかたは さらにいられきこえたまはす心やましくなんとかくおほしめくらす (9ウ) まゝにゆくりもなくかるらかにはひわたり給へり少将も御ともにま いり給ひめ君はひるねし給へる程也うす物のひとへをき給てふし 給へるさまあつかはしくは見えすいとらうたけにさゝやか也すき給へる はたつきなといとうつくしけなる手つきして扇をも給へりけるな からかひなをまくらにて打やられたる御くしの程いとなかくこちたく はあらねといとおかしきすゑつきなり人々物のうしろにふしつゝ打 やすみたれはふともおとろいたまはす扇をならし給へるになに 心もなく見あけ給へるまみらうたけにてつらつきあかめるもおやの 御めにはうつくしくのみ見ゆうたゝねはいさめ聞ゆる物をなとかいと 物はかなきさまにてはおほとのこもりける人々もちかくさふらはて (10オ) あやしや女は身をつねに心つかひしてまもりたらんなんよかるへき 心やすく打すてさまにもてなしたるしななき事也さりとていと さかしく身かためてふとうのたらによみてゐんつくりてゐたらんも にくしうつゝの人にもあまり気とをく物へたてかましきなと気た かきやうとても人にくゝ心うつくしくはあらぬわさ也おほきおとゝ のきさきかねのひめ君ならはし給なるをしへはよろつのことにかよ はしなたらめてかと/\しきゆへもつけしたと/\しくおほめく事もあらし とぬるゝかにこそをきて給なれけにさもある事なれと人と して心にもするわさにもたてゝなひくかたとある物なれはおひ 出給さまあらんかし此君の人となり宮つかへにいたしたてたまはん (10ウ) 世の気しきこそいとゆかしけれなとのたまひてしのふやうに 見たてまつらんと思しすちはかたうなりにたる御身なれといかて 人わらはれならすしなしたてまつらんとなん人のうへのさま/\なるを きく毎に思みたれ侍こゝろみことにねんころからん人のねき ことになしはしなひき給そ思ふさま侍なとらうたけしと思 つゝきこえ給むかしは何事もふかくも思しらて中々さしあたり ていとおかしかりし事のさはきにもおもなく見えたてまつりける よといまそ思出るにむねふたかりていみしくはつかしき大宮 よりもつねにおほつかなき事をうらみきこえ給へとかく のたまうるかつゝましくてえわたり見たてまつりたまはすおとゝ (11オ) このきたのたいのいま君をいかにせんさかしらにむかへゐて きて人かくそしるとてかへしをくらんもいとかる/\しく物くる おしきやう也かくてこめをきてたれはまことにかしつくへき心 あるかと人のいひなすなるもねたし女御の御かたなとにましら はせてさるをこの物にしないてん人のいとかたはなる物にいひ おとすなるかたちはたいとさいふはかりにやはあるなとおほして 女御の君にかの人まいらせん見くるしからむ事なとはおひしらへる 女房なとしてつゝますいひをしへさせ給て御らんせよわかき人々 のことくさにはなわたらせさせ給そうたてあはつけきやうなり とわらひつゝきこえ給なとかいとことのほかには侍らん中将なとの (11ウ) いとになく思侍けんかねにたらすといふはかりにこそ侍らめ かくのたまふさはくをはしたなうおもはるゝにもかたへはかゝやかし きにやといとはつかしけにてきこえさせ給此御ありさまは こまかにおかしけさはなくていとあてにすみたる物のなつかしき さまそひておもしろき梅の花のひらけさしたる朝ほらけおほ えて残りおほかりけにほゝゑみ給へるそ人にことなりけると 見たてまつり給中将のいとさいへと心わかきたとりすくなさに なと申給もいとおしけなる人のみおほえかなやかて此御かたのた よりにたゝすみおはしてのそき給へはすたれたかくをしはりて五せ ちの君とてされたるわか人のあるとすくろくをそうち給ふ手を (12オ) いとせちにをしもみてせうさい/\とこふこゑそいとしたときやあな うたてとおほして御ともの人のさきをふをもてかきせいし給ふてなを つま戸のほそめなるよりさうしのあきあひたるを見入給此人もはた 気しきはやれる御かへしや/\ととうをひねりてとみにも打いてす中 に思ひはありやすらんいとあさへたるさまともゝしたりかたちはひらゝかに あひきやうつきたるさましてかみうるはしくつみかつけなるをひたひ のいとちかやかなるとこゑのあはつけさとにそこなはれたるなめり とりたてゝよしとはなけれとこと人とあらかうへくもあらすかゝみに 思あはせられ給にいとすくせ心つきなしかくて物し給ふはつき なくうゐ/\しくなとやあることしけくのみありてとふらひまうて (12ウ) すやとのたまへはれいのいとしたとにてかくてさふらふはなにの物思ひ 侍らん年ころおほつかなくゆかしく思きこえさせし御かほつねにえ見たて まつらぬはかりこそてうたぬこゝ地しい侍れときこえ給けにみゝちかく つかふ人もおさ/\なきにさやうにて見ならしたてまつらんとかねては思しかと えさしもあるましきわさなりけりなへてのつかうまつる人こそとあるもをのつ から立ましらひて人のみゝをもめをもかならすしもとゝめぬ物なれは心やす へかめれそれたにその人のむすめかの人のことしらるゝきはになれはおや はらからのおもてふせなるたくひおほかめりましてとのたまひさしつる御けしき のはつかしきもしらすなにかそはこと/\しく思給てましらひ侍らはこそところ せからめおほみおほつほとりにもつかうまつりなんときこえ給へはえねんしたまはて (13オ) 打わらひ給てにつかはしからぬやくなゝりかくて玉さかにあへるおやのけうせんの心 あらは此物のたまふこゑをすこしのとめてきかせ給へさらはいのちものひなん かしとをこめきい給へるおとゝにてほゝゑみてのたまうしたの本上にこそ侍 らめおさなく侍し時たにこはゝのつねにくるしかりをしへ侍しめうほう しのへたう大とこのうふ屋に侍けるあへ物となんなけき侍たうしいかて 此したとさやめ侍らんと思さはきたるもいとけうやうの心ふかくあはれなりと 見給ふそのけちかく入立けん大とここそはあちきなかりけれたゝそのつみのむくひ なゝりをしことともりとそたいそうそしりたるつみにもかすへたるかしとのたま ひてこなからはつかしくおはする御さまに見えたてまつらんこそはつかしけれいかに さためてかくあやしきけはひもたつねすむかへよせけんとおほし人々もあまた見つき いひちらさん事と思かへし給物から女御里に物し給時々わたりまいりて人の (13ウ) ありさまなともみならひ給へかしことなる事なき人もをのつから人にましらひさるかた になれはさてもありぬかしさる心して見えたてまつり給なんやとのたまへはいとうれし き事にこそ侍なれたゝいかても/\御かた/\にかすまへしろしめされん事をなんねて もさめても年ころ何事を思給へつるにもあらす御ゆるしたに侍らは水をくみいたゝ きてもつかうまつりなんといとよけにいますこしさえつれはいふかひなしとおほして いとしかおりたちてたき木ひろひたまはすともまいり給なんたゝかのあへ物に しけんのりのしたにとをくはとをこことにのたまひなすもしらすおなしき大臣と 聞ゆる中にもいときよけに物々しく花やかなるさましておほろけの人の見えにくき 御けしきをもしらすさていつか女御とのにはまいり侍らんすると聞ゆれはよろしきひな とやいふへからんよしこと/\しくはなにかはさおもはれはけふにてもとのたまひすてゝわたり (14オ) たまひぬよき四位五位たちのいつききこえて打みしろき給ふもいといかめしき御 いきをひなるを見をくりきこえていてあなめてたのわかおややかゝりけるたねなから あやしきこ家におひ出ける事とのたまう五せちあまりこと/\しくはつかしけにそた つね出られたまはましといふもわりなしれいの君の人のいふ事やふり給てめさましいま ひとつくちにことはなませられそあるやうあるへき身にこそあめれとはらたち給かほ やう気たかくあひきやうつきて打そほれたるはさるかたにおかしくつみゆるされたり たゝいとひなひあやしきしも人の中におひ出給へれは物いふさまもしらすことなる ゆへなきこと葉をもこゑのとやかにをししつめていひいたしたるは打きくみゝこと におほえおかしからぬうたかたりをするもこゑつかひつき/\しくて残りおもはせすゑ おしみたるさまにて打すんしたるはふかきすち思えぬ程の打きゝには (14ウ) おかしかなりとみゝもとまるかしいと心ふかくよしある事をいひゐたりともよろ しきこゝちあらんと聞ゆへくもあらすあはつけきこはさまにのたまひ出る ことはこは/\しくこと葉たみてわかまゝにほこりならひたるめのとのふところ にならひたるさまにもてなしいとあやしきにやつるゝなりけりもとすゑ あはぬうたくちとく打つゝけなとし給さて女御殿にまいれとのたまへるをしふ/\ なるさまならは物々しくもこそおほせよさりまうてんおとゝの君あめのしたに おほすとも此御かた/\のすけなくしたまはんには殿のうちにはたてりなんはやと のたまふ御おほえの程いとかろかなりやまつ御文たてまつり給蘆かきのまちかき 程にはさふらひなからいまゝて影ふむはかりのしるしも侍らぬはなこそのせきをや すへさせ給へらんしらねともむさし野といへはかしこけれともあなかしこや/\とてん (15オ) かちにてうらにはまことや暮にもまいりこんとおもふ給へたつはいとふには ゆるにやいてや/\あやしきはみなせ川をとて又はしにかくそ     「草わかみひたちのうらのいかゝさきいかてあひ見む たこの浦なみ」大川水のとあをきしきし一かさねにいとさうかちにいかれる てのすちとも見えすたゝよひたるかきさましもしなかにわりなくゆへはめ りくたりの程はしさまにすちかひてたよられぬへく見ゆるを打ゑみつゝ みてさすかにいとほそくちいさくまきむすひてなてしこの花につけたり ひすましわらしもいとなれて聞よけなるいままいりなりけり女御の御かたの 大はんところによりてこれまいらせ給へといふしもつかへ見しりてきたのたいに さふらふわらはなりけりとて御文とりいるたいふの君といふもてまいりて (15ウ) ひきときて御らんせさす女御ほゝゑみて打をかせ給へるを中納言の 君といふちかくさふらひてそは/\見けりいといまめかしき御文の気しきにも はへめるかなとゆかしけに思たれはさうのもしはえ見しらねはにやあらんもと すゑなくも見ゆるかなとて給へり返ことかくゆへ/\しからすはわろしとや思ひ おとされんやかてかき給へとゆつり給ふもて出てこそあらねわかき人は 物おかしくてみな打わらひぬ御かへりこゑはおかしき事のすちにのみまつ はれてはへめれはきこえさせにくゝこそせんしかきめきてはいとおかしからん とてたゝ御ふみめきてかくちかきしるしなきおほつかなさはうらめしく     「ひたちなるするかのうみのすまの浦になみたちいてよ はこさきの松」とかきてよみきこゆれはあなうたてまことにみつから (16オ) のにもこそいひなせとかたはらいたけにおほしたれとそれは きかん人わきまへ侍なんとてをしつゝみていたしつ御かた見とて おかしの御くちつきやまつとのたまへるをとていとあまえたる たきものゝ香をかへす/\たきしめゐ給へりへしといふいとあからかに かいつけてかみけつりつくろひ給へるさるかたににきはゝしくあひ きやうつきたる御たいめんのほとさしすくしたることもあらん かし ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:野口あゆみ、菅原郁子、矢澤由紀 更新履歴: 2011年3月24日公開 2012年7月11日更新 2013年11月12日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年7月11日修正) 丁・行 誤 → 正 (2オ)6 物/\しきに → 物々しきに (10オ)4 けとをく → 気とをく (10オ)4 けたかき → 気たかき (15オ)3 あひみむ → あひ見む (15オ)10 はらはなりけりとて → わらはなりけりとて (15ウ)3 見しらねはや → 見しらねはにや ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月12日修正) 丁・行 誤 → 正 (14ウ)3 たえて → たみて