米国議会図書館蔵『源氏物語』 行幸 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- みゆき (1オ) かくおほしいたらぬ事なくいかてよからんことはとおほしあつかひ給へと 此音なしの滝こそうたていとおしくみなみのうへの御をしはかり ことにかなひてかる/\しかるへき御なゝれかのおとゝ何事につけても きは/\しうすこしもかたはなるさまのことをおほししのはすなと 物し給御心さまをさて思くまなくけさやかなる御もてなし なとのあらんにつけてはをこかましうもやなともおほしかへ さふそのしはすに大はら野の行幸とて世に残る人なく見 さはくを六条院よりも御かた/\ひきいてつゝみ給卯の時に 出給て朱雀より五条のをほちを西さまにおれ給かつら川のもと まて物見くるまひまなし行幸といへとかならすかうしもあら (1ウ) ぬをけふはみこたちかんたちめもみな心ことに御馬くらをとゝのへすい しん馬そひのかたちたけたちさうそくをかさり給ふつゝめつらかに おかし左右大臣内大臣納言よりしもはたまして残らすつかう まつり給へりあを色のうへのきぬゑひそめのしたかさねを殿上人 五位六位まてきたり雪たゝいさゝか打ちりてみちの空さへえん なりみこたちかんたちめなとも鷹にかゝつらひ給へるはめつらしき かりの御よそひともをまうけ給このゑの鷹かひともはまして世に めなれぬすり衣をみたれきつゝ気しきことなるめつらしう おかしき事にきをひ出つゝその人ともなくかすかなるあし よはきくるまなとわををしみしかれあはれけなるもあり (2オ) うきはしのもとなとにもこのましう立さまよふよきくるまおほかり 西のたいのひめ君も立出給へりそこはくいとみつくし給へる人の御かた ちありさまを見給にみかとのあか色の御そたてまつりてうるはしう うこきなき御かたはらめになすらひ聞ゆへき人なしわかちゝおとゝを人 しれすめをつけたてまつり給へれとけにきら/\しう物きよけに さかりには物し給へとかきりありかしいと人にすくれたるたゝ人と 見えてみこしのうちよりほかにめうつるへくもあらすましてかたちあ りやおかしやなとわかきこたちのきえかへり心うつす中少将なに くれの殿上人やうの人はなにゝもあらすきえわたれるはさらに たくひなうおはしますなりけり源氏のおとゝの御かほさまはこと (2ウ) 物とも見えす見え給を思なしのいますこしいつくしうかたしけ なくめてたき也さはかゝるたくひはおはしかたかりけりあてなる人は みな物きよけに気はひことなへい物とのみおとゝ中将なとの御にほい にめなれ給へるをいてきえとものかたはなるにやあらんおなしめは なとも見えすくちおしうそをされたるや兵部卿の宮もおはす 右大将のさはかりをもりかによしめくもけふのよそひいとなまめきて やなくひなとおひてつかうまつり給へり色くろくひけかちに 見えていと心つきなしいかてかはつくろひたてたるかほの色 あひにはにたらんいとわりなき事をわかき御こゝちには見お としたまてけりおとゝの君のおほしよりてのたまふ事を (3オ) いかゝあらん宮つかへは心にもあらて見くるしきありさまにやと 思つゝみ給をなれ/\しきすちなとをはもてはなれて大かたに つかうまつり御らんせられんはおかしうもありなんかしとそ思ひ より給けるかうて野におはしましつけて御こしとゝめかんたちの ひらはりに物まいり御さうそくともなをしかりのよそひなとにあら ため給程に六条院より御みき御くた物なとたてまつらせ給へ りけふはつかうまつり給ふへくかねて御気しきありけれと御物 いみのよしをそうせさせ給へりけるなりけりくら人さゑもんのせう を御つかひにてきし一えたたてまつらせ給おほせ事にはなにとかや さやうのことまねふにわつらはしくなむ (3ウ)     「雪ふかきをしほの山にたつきしのふるき跡をも けふはたつねよ」太政大臣のかゝる野の行幸につかうまつり給へる ためしやありけんおとゝ御つかひをかしこまりなさせたまう     「をしほ山みゆきつもれる松はらにけふはかりなる 跡やなからん」とそのころをひきゝし事のそは/\思ひ出らるゝは ひか事にやあらん又の日おとゝ西のたいに昨日うへは見たてまつらせ給きや かの事はおほしなひきぬらむやときこえ給へりしろきしきしにいと打 とけたる文こまかに気しきはみてもあらぬかおかしきを見給ふ てあいなのことやとわらひ給物からよくもをしはからせ給物かなと おほす御返にきのふは (4オ)     「打きらしあまくもりせしみ雪にはさやかに空の ひかりやは見し」おほつかなき御事ともになんとあるをうへも見給しか/\の ことをそゝのかはしと中宮かくておはすこゝなからのおほえにはひなかるへし かのおとゝにしらても女御かく又さふらひ給へはなと思みたるめりしすち也 わか人のさもなれつかうまつらんにははゝかるおもひなからんはうへを ほの見たてまつりておもふはあらしとのたまへはあなうたてめてたし と見たてまつるとも心もて宮つかひ思たらむこそさしすきたる 心ならめとてわらひ給ふいてそこにしもそめてきこえたまはんなと のたまふて又御返     「あかねさすひかりは空にくもらぬをなとてみゆきにめをきらしけん」# (4ウ) なをおほしたてなとたえすすゝめ給とてもまつ御もきの事をこそは とおほしてその御まうけの御てうとのこまかなるきよらともくはへ させたまひなにくれのきしきを御心にはいともおほさぬ事をたにをの つからよたけくいかめしくなるをまして内のおとゝにもやかて此ついてに やしらせたてまつりてましとおほしよれはいとめてたうところせきまて なん年かへりて二月にとおほす女はきこえかたく名かくし給ふへきほと ならぬも人の御むすめとてこもりおはする程はかならすしもうちかみの 御つとめなとあらはならぬ程なれはこそ年月はまきれすくし給へこのもし おほしよる事もあらむにはかすかの神の御心たかひぬへきもつゐにはかくれ てやむましき物からあちきなくわさとかましき後の名まてうたてある (5オ) へしなを/\しき人のきはこそいまやうとては氏あらたむる事の たはやすきもあれなとおほしめくらすにおやこの御契りたゆへきやう なしおなしくは我心ゆるしてをしらせたてつまらんなとおほしさためて此御こし ゆひにはかのおとゝになん御せうそこきこえ給けれは大宮去年の冬つ かたよりなやみ給ことさらにをこたりたえねはかゝるにあはせてひなかるへき よしきこえ給へり中将の君もよるひる三条にそさふらひて心のそらなく物 し給ふておりあしきをいかにせましとおほす世もいとさためなし宮もうせさせ たまはゝ御ふくあるへきをしらすかほにて物したまはんつみふかき事おほからん おはする世に此事あらはしてんとおほしとりて三条の宮に御とふらひかてら わたり給いまはましてしのひやかにふるまひ給へとみゆきにをとらすよそほ (5ウ) しくいよ/\ひかりをのみそへ給御かたちなとの此世に見えぬこゝちしてめつら しう見たてまつり給にはかゝる御こゝ地のなやましさもとりすてらるゝこゝちし ておき給へり御けうそくにかゝりてよはけなれと物なといとよくきこえ給 けしうはおはしまさゝりけるをなにかしのあそんの心まとはしておとろ/\しう なけききこえさすめれはいかやうに物せさせ給にかとなんおほつかなかり きこえさせつる内なとことなるついてなきかきりはまいらすおほやけにつかう る人ともならてこもり侍れはよろつうゐ/\しうよたけうなりにて侍りよ はひなと是よりまさる人こしたへぬまてかゝまりありくためしむかしも いまも侍めれとあやしくほれ/\しき本上にそふ物うさになん侍へき なときこえ給年のつもりのなやみと思ふ給へつゝ月ころなりぬるをこ (6オ) 年となりてはたのみすくなきやうにおほえ侍れはいま一たひかくみ たてまつりきこえさせ侍こともなくてやと心ほそく思給へるをけふこそ又 すこしのひぬるこゝちし侍れいまはおしみとむへき程にも侍らすさるへ き人々にも立をくれ世のすゑに残りとまれるたくひを人のうへにても いと心つきなしと見侍しかは出たちいそきをなん思もよされ侍に此中将の いとあはれとあやしきまて思あつかひ心をさはかひ給ふ見侍になんさま/\にかけ とめられていまゝてなかひき侍とたゝなきになきて御こゑのわなゝくもをこか ましけれとさる事ともなれはいとあはれ也御物語ともむかしいまのとりあつめ きこえ給ついてに内のおとゝは日へたてすまいり給事しけからんをかゝるついて にたいめんのあらはいかにうれしからんいかてきこえしらせんとおもふ事の侍を (6ウ) さるへきついてなくてはたいめんもありかたけれはおほつかなくてなんときこえ 給おほやけ事のしけきにやわたくしの心さしのふかゝらぬにやさしもとふらい 物し侍らすのたまはすへからん事はなにさまの事にかは中将のうらめしけにおもはれ たる事も侍をはしめの事はしらねといまはけににくゝもてなすにつけて 立そめにし名のとりかへさるゝ物にもあらすをこかましきやうにかへりては よ人もいひもらすなるをなと物し侍れとたてたるところむかしよりいと とけかたき人の本上にて心えすなん見給ふると此中将の御事とおほして のたまへは打わらひ侍ていふかひなきにゆるしすて給事やと思侍てこゝに さへなんかすめ申やうありしかといときひしういさめ給よしを見侍しのち なにゝさまてことをもませ侍けんと人わるうくゐ思ふ給へてなんよろつ (7オ) のことにつけてきよめと侍れはいかゝはさもとりかへしすゝいたまはさらん とはおもひ給へなからかうくちおしきにこりのすゑにまちとりふかうすむへき 水こそ出きかたかへい世なめれ何事につけてすゑになれはおちゆくけちめ こそやすく侍めれいとおしう聞給ふるなと申給てさるはかのしり給ふへき人を なん思まかうる事侍てふゐにたつねとりて侍をそのおりはさるひかわさとも あかし侍らすありしかはあなかちにことの心をたつねかへさん事も侍らてたゝさる 物のくさのすくなきをかことにてもなにかはと思ふ給へゆるしておさ/\むつひも 見侍らすして年月かへりつるをいかてかきこしめしけんうちにおほせらるゝ やうなんある内侍のかみ宮つかへする人なくてはかのところのまつりことしとけ なく女官なともおほやけ事をつかうまつるにたつきなくことみたるゝやうに (7ウ) なんありけるをたゝいまうへにさふらふ古老のすけ二人又さるへき人々さ ま/\に申さするをはか/\しうえらはせたまはんたつねにたくうへき人 なんなきなを家たかき人のおほえかろからて家のいとなみたてた えぬ人なんいにしへよりなりきにけるしたゝかにかしこきかたのえらひにて はその人ならても年月のらうになりのほるたくひあれとしかたくうへき もなしとならは大かたのおほえをたにえらせたまはんとなん内々におほせられ たりしをにけなき事としもなにかは思たまはん宮つかへはさるへきすち にてかみもしもゝ思をよひ出たつこそ心たかき事なれおほやけさまにて さるところの事をつかさとりまつることのおもむきをしたゝめしらん事ははか/\ しからすあはつけきやうにおほえたれとなとか又さしもあらんたゝ我身の (8オ) ありさまからこそよろつの事侍めれとおもひより侍しついてに なんよはひの程なととひ聞侍れはかの御たつねあへい事になんあり けるをいかなへいことそとも申あきらめほしう侍るついてなくてはたい めん侍へきにも侍らすやかてかゝることなんあらはし申へきやうを 思めくらしてせうそこ申しを御なやみに事つけて物うけにすまゐ 給へりしけにおりしもひんなう思とまり侍によろしう物せさせ給 けれはなをかう思をこせるついてにとなん思ふ給ふるさやうにつたへ物せ させ給へときこえ給宮いかに/\侍ける事にかかしこにはさま/\に かゝるなのりする人をいとふ事なくひろひあつめらるゝにいかなる心にて かくひきたかへかこちきこえけん此年ころうけたまはりてなりぬるにやと (8ウ) きこえ給へはさるやう侍事也くはしきさまはかのおとゝもをのつから たつね聞給てんくた/\しきなを人のなからひににたる事に侍れはあか さんにつけてもらうかはしく人いひつたへ侍らんを中将のあそんに またわきまへしらせ侍らすひとにももらさせ給ふましと御くち かためきこえ給内のおほい殿にもかくのことく三条の宮におほき おとゝわたりおはしまいたるよし聞給ていかにさひしけにいつくしき 御さまを待うけきこえ給ふらんこせんとももてはやしおましひき つくろふ人もはか/\しうあらしかし中将は御ともにこそ物せられつらめ なとおとろき給て御こともの君たちむつましうさるへきまうち君 たちたてまつれ給御くた物御みきなとさりぬへくまいらせよみつから (9オ) もまいるへきをかへりて物さはかしきやうならんなとのたまふ程に大宮の 御文あり六条のおとゝのとふらひにわたり給へるを物さひしけに侍れは人 めのいとおしうかたしけなうもあるをこと/\しうかうきこえたるやうには あらてわたり給なんやたいめんにきこえまほしけなる事もあなりと きこえ給へり何事にかはあらん此ひめ君の御こと中将のうれへにやとおほし まはすに宮もかう御世残りなけにて此事とせちにのたまひおとゝもにく からぬさまに一こと打出うらみたまはんにとかく申かへさふ事えあらしかし つれなくて夕の雲を思いられぬを見るにはやすからすさるへきついてあら は人の御事になひきかほにてゆるしてんとおほす御心をさしあはせてのた まはん事と思より給にいとゝいなひところなからんか又なとかさしもあらんとや (9ウ) すらはるゝいとけしからぬ御あやにく心なりかしされとも宮かくのたま いぬおとゝもたいめんすへく待おはするにやかた/\にかたしけなしまいりこそは 御気しきにしたかはめなとおほしなりて御さうそく心々にひきつくろひて こせんなともこと/\しきさまにはあらてわたり給君たちいとあまたひき つれてまいり給物々しうたのもしけ也たけたちそゝろかに物し給に ふとさもあいていとしうとくにおもゝちあゆまひ大臣といはんにたらひ 給へりゑひそめの御さしぬき桜のしたかさねいとなかうしりひきてゆる/\ とことさらひたる御もてなしあなきら/\しと見え給へるに六条殿は 桜のからの木の御なをしいまやう色の御そひきかさねてしとけなき おほ君すかたいよ/\たとへん物なしひかり打まさり給へるにかうしたゝかに (10オ) ひきつくろひ給へる御ありさまになすらへても見えたまはさりけり君たち つき/\にいと物きよけなる御なからひにてつとひ給へり藤大納言春宮大夫なと いまは聞ゆる御こともみななり出つゝ物し給をのつからわさともなきにおほえたかく やむことなき殿上人くら人のとう五位のくら人このゑの中少将弁官なと 人から花やかにあるへかしき十よ人つとひ給へれはいかめしうつき/\のたゝ人 もおほくてかはらけあまたたひなかれみなゑひになりてをの/\かうさいはひ 人にすくれ給へる御ありさまを物語にしたりおとゝもめつらしき御たいめんにむかし の事おほし出られてよそ/\にてこそはかなきことにつけていとましき御 心もそふへかめれさしむかひきこえ給てはかたみにいとあはれなる事の数々おほし 出つゝれいのへたてなくむかしいまの事とも年ころの御物語に日くれ (10ウ) ゆく御かはらけなとすゝめまいり給ふさふらはてはあしかりぬへかりけるをめし なきにはゝかりてうけたまはりすくしてましかは御かうしやそはましと申 給にかんたうはこなたさまになんからしとおもふ事おほく侍なとけしきはみ 給に此事にやとおほせはわつらはしうてかしこまりたるさまにて物し給にむかし おほやけわたくしのことにつけて心のへたてなく大小のこときこえうけた まはりはねをならふるやうにておほやけの御うしろみをもつかまつるとなん 思給へしをすゑの世となりてそのかみおもふ給へしほいなきやうなる事うち ましり侍れと内々のわたくし事にこそは大かたの心さしはさらにうつろふ事 なくなんなにともなくてつもりて年よはひにそへていにしへの事恋し かりけるをたいめんたまはる事もよたけき御ふるまひとは思給へなからした (11オ) しき程にはその御いきをひをもひきしゝめ給てこそはとふらひ物したま はめとなんうらめしきおり/\侍ときこえ給へはいにしへはけにおんになれてや あやしくたい/\しきまてなれさふらひ心にへたつる事なく御らんせられし をおほやけにつかうまつりしきはははねをならへたる数にもをよひ侍てうれ しき御かへりみをこそはか/\しからぬ身にてかゝるくらゐにをよひ侍ておほや けにつかうまつり侍事にそへてもおもふ給へしらぬには侍らぬをよはひのつもり にはけにをのつから打ゆるう事のみなんおほく侍けるなとかしこまり申給へる そのついてにほのめかし出給てけりおとゝいとあはれにめつらかなる事も侍 かなとまつ打なき給てそのかみよりいかになりにけんとたつねおもふ給へし さまはなにのついてにか侍けんうれへにたへすもらしきこしめさせしこゝ地 (11ウ) なんし侍かくすこし人かすにもなり侍につけてはか/\しからぬ物とものかた/\ につけてさまよひ侍をかたくなしく見くるしと見侍につけても又さる さまにて数々につらねてはあはれにおもふ給へらるゝおりにそへてもまつなん 思ふ給へ出らるゝとのたまうついてにかのいにしへの雨夜の物語に色々な りし御むつことのさためをおほし出てなきみわらひみみな打みたれたま ひぬ夜いたうふけてをの/\わかれ給かくまいりきあひてはさらにひさ しくなりぬる世のふる事思ふ給へ出られ恋しきことのしのひかたきに 立いてんこゝちもし侍らすとておさ/\心よはくおはしまさぬ六条殿も ゑいなきにや打しほれ給宮はたまいてひめ君の御事をおほし出るに ありしにまさる御ありさまいきをひを見たてまつり給にあかすかなしくて (12オ) とゝめかたくしほ/\となき給あま衣はけに心ことなりけりかゝるついてなれと 中将の御事をは打出たまはすなりぬ一ふしようゐなしとおほしをきてけれは くちいれんとも人わろくおほしとゝめかのおとゝはた人の御気しきなきに さしくしかたくてさすかにむすほゝれたるこゝちし給けりこよひも御ともに さふらふへきを打つけにさはかしくもやとてなんけふのかしこまりはことさら になんまいるへく侍と申給へはさらに此御なやみもよろしう見え給をかなら すきこえし日たかへさせたまはすわたり給ふへきよしきこえ契り給けし きともよくてをの/\出給ひゝきいといかめしきみたちの御ともの人々も何事 ありつるならんめつらしき御たいめんにいと御気しきよけなりつるは又いかなる御 ゆつりあるへきにかなとひか心をえつゝかゝるすちをは思よらさりけりおとゝ打 (12ウ) つけにいといふかしう心もとなうおほえ給へとふとしかうけとりおやからん もひなからんたつねえ給へらんはしめを思ふにさためて心きよら見はなち たまはしやむことなきかた/\をはゝかりてうけたまはりてそのきはには もてなさすさすかにわつらはしう物のきこえを思てかくあかし給なめりと おほすはくちおしけれとそれをきすとすへき事かはことさらにもかの御あたり にふれはらせむになとかおほえのをとらん宮つかへさまにおもむき給へらは 女御なとのおほさむ事もあちきなしとおほせととかくも思よりたまはん をきてをたかうへきことかはとよろつにおほしけりかくのたまふは二月 ついたちころなりけり十六日ひかんのはしめにていとよき日なりけり ちかう又よき日なしかうかへ申けるうちに宮よろしうおはしませはいそき (13オ) たち給ふてれいのわたり給ふておとゝに申あらはししさまいとこまかに あへき事ともをしへきこえ給へはあはれなる御心はおやときこえなからもあり かたからんをおほす物からいとなんうれしかりけるかくてのちは中将の君にも しのひてかゝる事の心をのたまひしらせけりあやしの事ともやむへなりけり 思あはする事ともゝあるにかのつれなき人の御ありさまよりもなをもあらす おもひ出られて思よらさりける事よとしれ/\しきこゝちすされとある ましうねちけたるへき程なりけりと思かへす事こそはありかたきまめ/\ しさなれかくてその日になりて三条の宮よりしのひやかに御つかひあり 御くしのはこなとにはなれとこともゝいときよらにし給ふて御文にはき こえんにもいま/\しき御ありさまをけふはしのひこめ侍れとさるかた (13ウ) にてもなかきためしはかりをおほしゆるすへうやとてなんあはれにうけた まはりあきらめたるすちをかけきこえんもいかゝ御けしきにしたかひてなん     「二かたにいひもてゆけは玉くしけわか身はなれぬ かけこなりけり」とふるめかしうわなゝき給へるを殿もこなたにおはし ましてことゝも御らんしさたむる程なれは見給ふて二たひなる御文かき なれといたしや此御手よむかしは上手に物し給けるを年にそへてあや しく老ゆく物にこそありけれいとかく御てふるひにけりなと打かへし見 給ふてよくも給へしけにまつはれたるかな三十一字のなかにこともしは すくなくそへたることのかたきなりとしのひてわらひ給中宮よりしろき 御もからきぬ御さうそくみくしあけのくなといとになくてれいのつほ (14オ) ともにからのたき物心ことにかほりふかくてたてまつり給へり御かた/\ みな心々に御さうそく人々のれうにくしあふきまてとり/\にしいて給へる ありさまをとりまさらすさま/\につけてさはかりの御心はせともにいとみ つくし給へれはおかしう見ゆるをひんかしの院の人々もかゝる御いそきは 聞給ふけれともとふらひきこえ給ふへき数ならねはたゝ聞すくしたるに ひたちの宮の御かたあやしう物うるはしうさるへき事のおりすくさぬこた いの心にていかてか此御いそきをよそのことゝは聞すくさんとおほして かたのことなんしいて給ふあはれなる御心さしなりかしあをにひのほそなか 一かさねおちくりとかやなにとかやむかしの人のめてたうしけるあはせ のはかま一くむらさきのしらきり見ゆるあられちの御こうちきとよき (14ウ) 衣はこに入てつゝみことうるはしうてたてまつれ給へり御文にはしらせ 給ふへき数にも侍らねはつゝましけれとかゝるおりはおもたまへしのひかたく なん是いとあやしけれと人にもたまはせよといとおひらか也殿御らん しつけていとあさましうれいのとおほすに御かほあかみぬあやしきふる 人にこそあれかく物つゝみしたる人はひきいりしつみ入たるこそよけれ さすかにはちかましやとて返ことはつかはせはしたなく思なんちゝみこの いとかなしうし給ける思ひ出れは人におとさんはいと心くるしき人なりとき こえ給御こうちきのたもとにれいのおなしすちのうたありけり     「我身こそうらみられけれから衣きみかたもとに なれすとおもへは」御手はむかしたにありしをいとわりなうししかみえり (15オ) ふかうつようかたうかき給へりおとゝにくき物のおかしさをはえねんし たまはて此歌よみつらん程こそましていまはちからなくてところせ かりけんといとおかしかり給ふいて此御返ことはさはかしくともわれせんと のたまひてあやしう人の思よるましき御心はへこそさらてもありぬへ けれとにくさまにかき給ふて     「から衣又からころもからころもかへすかへすも から衣かな」とていとまめやかにかの人のたてゝこのむすちなれは物して 見せたてまつり給へる君いとにほひやかにわらひ給てあないとおしろうし たるやうにも侍かなとくるしかり給よしなし事いとおほかりやうちの おとゝはさしもいそかれ給ふましき御心なれとめつらかに聞給しのちは (15ウ) いつしかと御心にかゝれはとくまいり給へりきしきなとあへいかきりに又 すきてめつらしきさまにしなさせ給へりけにわさと御心とゝめ給ふけ る事と見給もかたしけなき物からやうかはりておほさるゐの時にそ いれたてまつり給れいの御まうけをはさる物にてうちのおましいとになくしつ らはせ給て御さかなまいらせ給御となふられいのかゝるところよりはすこし ひかり見せておかしき程にもてなしきこえ給へりいみしうゆかしうおもひ きこえ給へとこよひはいとゆくりなるへけれはひきむすひ給程えしのひた まはぬけしき也あるしのおとゝこよひはいにしへさまのことはかけ侍らねはな にのあやめもわかせ給ましくなん心しらぬ人めをかさりてなをよのつね のさほうにときこえ給けにさらにきこえさせやるへきかた侍らすなん (16オ) とて御かはらけまいる程にかきりなきかしこまりをは世にためしなき事と きこえさせなからいまゝてかくしのひこめさせ給ける恨はいかゝそひ侍らさらん ときこえたまう     「うらめしやおきつたまもをかつくまていそかくれける あまの心よ」とてなをえつゝみもあへすしほたれ給ひめ君はいとはつかしき御さま とものさしつとひつゝましさにえきこえたまはねは殿     「よるへなみかゝるなきさにうちよせてあまもたつねぬ もくつとそ見し」いとわりなき御打つけことになんときこえやるかたなくて 出たまひぬみこたちつき/\人々残るなくつとひ給へり御けさう人もあまた ましり給へれは此おとゝかくいりおはして程ふるをいかなる事にかとうたかひ (16ウ) 思給へるかの殿のきんたち中将弁の君はかりそほのしり給へりける人しれす おもひし事をかしうもうれしうもなり給ふ弁はよくそ打いてさりけると さゝめきてさまことなるおとゝの御このみもなめり中宮の御たくひにしたてた まはんとやおほすらんなとをの/\いふよし聞給へとなをしはし御心つかひし給ふ て世にそしりなきさまにもてなさせ給へなに事も心やすき程の人こそ みたりかはしうともかくも侍らんめれこなたをもそなたをもさま/\の人のきこ えなやまさんたゝならんよりはあちきなきをなたらかにやう/\人めをも見 ならすなんよきことに侍へきと申給へはたゝ御もてなしになんしたかひ侍へきかう まて御らんせられありかたき御はくゝみにかくろへ侍けるもさきの世の契り をろかならしと申給御をくり物なとさらにもいはすすへてひきいて物 (17オ) ろくともしな/\につけてれいのある事かきりあれと又ことくはへ ところなくせさせ給へり大宮の御なやみにことつけ給し名残もあれは こと/\しき御あそひなとはなし兵部卿の宮いまはことつけやり給ふへき とゝこほりもなきをとおり立きこえ給へと内より御けしきあることかへ さひそうし又々おほせことにしたかひてなんことさまの事ともかくも 思さたむへきとそきこえ給けるちゝおとゝはほのかなりしさまをい かてさやかに又見むなまかたほなること見えたまはゝかうまて こと/\しうもてなしおほさしなと中々こゝろもとなうこひしう 思きこえ給ふいまそかの御夢もまことにおほしあはせける 女御はかりにはさたかなることのさまきこえ給けり世の人きゝに (17ウ) しはし此事いたさしとせちにこめ給へとくちさかなき 物はよの人なりけりしねんにいひちらしつゝやう/\ きこえ出くるをかのさかな物の君きゝて女御の おまへに中将少将さふらひ給に出きて殿は御むすめ まうけ給ふへかなりあなめてたやいかなる人ふたかた にもてなさるらむきけはかれもをとりはらなりとあふ なけにのたまへは女御かたはらいたしとおほして物ものたま はす中将しかかしつかるへきゆへこそ物したまはらめさても たかいひし事をかくゆくりなくうち出給ふそ物いひ たゝならぬ女房なともこそみゝとゝむれとのたまへは (18オ) あなかまみなきゝて侍り内侍のかみになるへかなり宮 つかへにといそき出たち侍しことはさやうの御かへりみにも やとてこそなへての女房たちたにつかうまつらぬ事 まておりたちつかうまつれおまへのつらくおはしますなりと うらみかくれはみなほゝゑみて内侍のかみあかはなにかし こそのそまんとおもふをひたうにもおほしかけゝるかなと のたまふにはらたちてめてたき御中に数ならぬ人はましる ましかゝりける中将の君そつらくおもはするさかしらに むかへ給てかろめあさけり給せう/\の人はえたてる ましき殿のうちかなあなかしこ/\としりへさまにゐさり (18ウ) しそきて見をこせ給ふにくけになけれといとはらあしけ にましりひきあけたり中将はかくいふにつけてもけに あやまちたる事とおもへはまめやかにて物し給ふ少将はかゝる かたにてもたくひなき御ありさまををろかにはよもおほ さし御こゝろしつめ給てこそかたきいはほもあは雪にも なし給ふつへき御気しきなれはいとようおもひかなひ給ふ 時もありなんとほゝゑみていひゐ給へり中将もあまのいは 戸こもり給なんやめやすくとてたちぬれはほろ/\と なきてこの君たちさへみなすけなくし給ふにたゝおまへ の御こゝろのあはれにおはしませはさふらふなりとて (19オ) いとかやすくいそかしくけらうわらはへなとのつかうまつり たへぬさうやくをもたちはしりやすくまとひありき つゝこゝろさしをつくして宮つかへしありきて内侍の かみにをのれを申なし給へとせめて聞ゆれはあさましう いかにおもひていふことならんとおほすに物もいはれす おとゝ此のそみを聞給ていと花やかに打わらひ給て女御 の御かたへまいり給へるついてにいつらこのあふみの君こな たにとめせはをといとけさやかにきこえて出きたりいと つかへたるみけはひおほやけ人にてけにいかにあひた らむ内侍のかみのことはなとかをのれにとくは物せさりしと (19ウ) いとまめやかにてのたまへはいとうれしうとおもひてさも御けし きたまはらまほしう侍しかと此女御殿なとをのつからつたへ きこえさせ給てんなとたのみふくれてなんさふらひつるを なるへき人物し給ふやうにきゝ給ふれは夢にとみゝたる こゝちし侍てなんむねに手ををきたるやうに侍と申給ふした ふりいと物さはやかなりえたまひぬへきをねんしていとあや しうおほつかなき御くせなりやさもおほしのたまはましかは まつ人のさきにそうしてましおほきおとゝの御むすめやむ ことなくともこゝにせちに申さん事はきこしめさぬやう あらさらましいまにても申文をとりつくりてひゝしうかき (20オ) いたされよなかうたなとの心はへあらんを御らんせんにはすて させたまはしうへはそのうちになさけすてすおはしませ はといとようすかし給ふ人のおやけなくかたはなりややま とうたはあやし/\もつゝけ侍なんむね/\しきかたのことはた殿 より申させたまはゝつまこえのやうにて御とくをもかうふり 侍らんとて手ををしすりてきこえゐたりみきちやう のうしろなとにきく女房しぬへくおほゆ物わらひにたへぬ はすへりいてゝなんなくさめける女御も御おもてあかみて わりなう見くるしとおほしたり殿もものむつかしき おりはあふみのきみ見るこそよろつまきるれとて (20ウ) たゝわらひくさにつくりたまへとよ人ははちかてら はしたなめたまふなとさま/\いひけり ---------------------------------------------------------------------------------- 底本 Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者 阿部友敬、菅原郁子、神田久義、大石裕子、斎藤達哉 更新履歴 2011年3月24日公開 2011年10月5日更新 2012年3月21日更新 2014年7月16日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2011年10月5日修正) 丁・行 誤 → 正 (4オ)3 そゝのかし → そゝのかはし (4オ)4 しても → しらても (6ウ)6 むかしはより → むかしより (7オ)4 こう → こそ (7オ)4 夢 → 聞 (7ウ)3 なきを → なきなを (8オ)1 かうこそ → からこそ (8オ)9 す侍 → する (9ウ)7 しかひきて → しりひきて (9ウ)9 いまやう宮 → いまやう色 (12オ)4 給ける → 給けり (12オ)7 契りけり給 → 契り給 (12オ)10 思よらさりける → 思よらさりけり (13オ)3 君もにも → 君にも (13オ)6 事か → 事よ (13ウ)1 はかる → はかり (13ウ)6 上み → 上手 (15オ)1 おかしき → おかしさ (16ウ)10 をろかなりし → をろかならし (18ウ)7 いるゐ → いひゐ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年3月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)10 かくしも → かうしも (1ウ)9 事により → 事に (1ウ)10 をしみられ → をしみしかれ (2オ)4 聞こゆ → 聞ゆ (3ウ)9 をしはかりせ → をしはからせ (5ウ)1 していよ/\ → しくいよ/\ (6ウ)10 人わろう → 人わるう (7オ)3 水こそひき → 水こそ出き (8オ)6 思とゝまり → 思とまり (9ウ)1 すらはるゝも → すらはるゝ (9ウ)3 御けしき → 御気しき (11オ)10 たえす → たへす (15オ)2 哥 → 歌 (15ウ)3 時にて → 時にそ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月16日修正) 丁・行 誤 → 正 (15オ)2 此哥 → 此歌