米国議会図書館蔵『源氏物語』 藤袴 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- ふちはかま (1オ) 内侍のかみの御宮つかへのことをたれ/\もそゝのかし給ふに いかならんおやと思きこゆる人の御心たに打とくましき世なり けれはましてさやうましらひにつけて心よりほかにひんなき こともあらは中宮も女御もかた/\につけて心をきたまはゝ はしたなからんかし我身はかくはかなきさまにていつかたにもふかく 思とゝめられたてまつる程もなくあさきおほえにてたゝならす おもひいりて人わらへなるさまに見聞なさんとうけひきたま はす人々もおほくとかくにつけてやすからぬ事のみありぬへきを 物おほししるましき程にしあらねはさま/\におほしみたれ人 しれす物なけかしさりとてかゝるありさまもあしき事はなけれと (1ウ) 此おとゝの御心はへのむつかしう心つきなきをいかなるついてにか もてはなれて人のをしはかるへかめるすちを心きよくも ありはつへきまことのちゝおとゝも此殿のおほさんところとはゝ かり給てうけはりてとりはなちけさやき給ふへきことにも あらねはなをとてもかくても見くるしくかけ/\しきありさまにて 心をなやまし人にもてさはかるへき身なめりと中々此おやたつね きこえ給て後はことにはゝかり給ふ気しきもなきおとゝの君の 御もてなしをとりくはへつゝ人しれすなんなけかしかりける思ふ 事をまをならすともかたはしにても打かすめつへき女おやにも おはせすいつかたも/\はつかしうことうるはしき御ありさま (2オ) ともには何事をかはさなんよ人ににぬありさまを打なかめつゝ夕の 空のあはれけなるけしきをはしちかくて見いたし給へるさ まいとおかしううすきにひ色の御そなつかしき程に打やつれて れいにかはりたる色あひにしもかたちはふと花やかにもてはやされ ておはするも御まへなる人々は打ゑみて見たてまつるに宰相の中将 おなし色のいますこしこまやかなるなをしすかたにてゑいまき 給へるすかたしもいとなまめかしうきよらにておはしたりはしめ より物まめやかに心よせきこえ給へはもてはなれうと/\しくは もてなしたまはさりしならひにいまあらさりけりとてこよ なくかはらんもうたてあれはなをみすにきちやうそへたる (2ウ) 御たいめんは人つてならてありけり殿の御せうそこにて内よりおほ せ事あるさまやかて此君のうけたまはり給へるなりけり御かへりは おほとかなる物からいとめやすくきこえなし給けはひのらう/\しう なつかしきにつけてもかの野わきのあしたの御あさかほは心にかゝりて 恋しきをうたてあるすちに思しを聞あきらめてのゝちはなをも あらぬこゝちそひて此宮つかへも大かたにしもおほしはなたしかし さはかり見ところある御気はひともにておかしきさまなる事のわつら はしきはたかならす出きなんかしと思ふにたゝならすむねふた かるこゝちすれとつれなくすくよかにて人にきかすましと 侍つる事きこえさせんにいかゝ侍へきとけしきたてはちかくさふ (3オ) らう人々もすこししりそきて御きちやうのうしろなとにそはみ あへりそらせうそこをつき/\しくとりつゝけてこまやかにきこえ給ふ うへの御けしきのたゝならぬすちをさる御心し給へなとやうのすち也いらへ たまはんもこともなくてたゝ打なけき給へる程しのひやかにうつくしう いとなつかしきになをえしのふまし御ふくも此月にはぬかせ給ふへきを 日ついてなとよろしからさりける十三日にはかはらへ出させ給ふへき よしのたまはせつなにかしも御ともにさふらふへくなん思給へるなんと きこえ給へはたくひたまはんも中々こと/\しきやうにや侍らんしの ひやかにこそは侍らめとのたまう此御ふくなとのくはしきさまを人に あまねくしらせしとおもむけ給へるけしきいとらうあり中将ももら (3ウ) さしとつゝませ給ふらんこそ心うけれしのひかたく思給へらるゝかたみなれ はぬきすて侍らむこともいと物うく侍物をさてもあやしうもては なれぬ事の又心えかたきにこそ侍れ此御あらはしきぬの色なくはえこそ 思給へわくましかりけれとのたまへは何事も思わかぬ心にはまして ともかうも思給へたとらねとかゝる色こそあやしく物あはれなる わさに侍れとてれいよりもしめりたる御けしきらうたけにおかし かゝるついてにとや思よりけんらにの花いとおもしろきをも給へり けるをみすのつまよりさし入て是も御らんすへきゆへはありけり とてとみにもゆるさても給へれはうつたへに思もよらてとり給 御袖をひきうこかしたり (4オ)     「おなし野の露にやつるゝふちはかまあはれはかけよ かことはかりも」みちのはてなるとかやいと心つきなくうたてなりぬれと 見しらぬさまにやをらひきいりて     「たつぬるにはるけき野への露ならはうすむらさきや かことならまし」かやうにて聞ゆるよりふかきゆへはいかにとのたまへは すこし打わらひてあさきもふかきもおほしわくかた侍なんとなん 思ふるまめやかにいとかたしけなきすちを思しりなからえしつめ 侍らぬ心のうちもいかてかきこしめさすへき中々おほしうとまむ かわひしさにいみしうこめ侍をいまはたおなしと思わひてなん 頭中将のけしきは御らんししりきや人のうへになんとて思ひ侍けむ (4ウ) 身にてこそいとをこかましくかつは思給へしられけれ中々かの 君は思さましてつゐには御あたりはなるましきたのみにおもひ なくさめたるけしきなと見侍もいとうら山しくねたきに あはれとたにおほしをけよなとこまやかにきこえしらせ給事おほ かれとかたはらいたけれはかゝぬ也かんの君やう/\ひき入つゝ むつかしとおほしたれは心うき御けしきかなあやまちすましき心 の程はをのつから御らんししるやうも侍らん物をとてかゝるついてに いますこしもらさまほしけれとあやしくなやましくなんとていりはて 給ぬれはいといたく打なけきて中々も打出けるかなくちおしき につけてもかのいますこし身にしみておほらし御気はひを (5オ) かはかりの物こしにてもほのかに御こゑをたにいかならんついてに きかんと心やすからす思つゝ御まへにまいり給へれは出給ふて御かへりなと 聞給此御宮つかへをしふ/\にこそ思給へれ宮なとれんし給へる人にて いと心ふかきあはれをつくしいひなやまし給に心やしみ給へらんと 思ふになん心くるしきされとをはら野の行幸にうへをも見たてまつり 給ていとめてたくおはしけりと思給ふへかりきわかき人はほのかにも 見たてまつりてえしも宮つかへのすちもてはなれしさ思ひてもなん この事もかく物せしなとのたまへはさても人さまはいつかたにつけてかは たくひて物し給ふらん中宮かくならひなきすちにておはしまし又 こうきてんやむことなくおほえことにてさふらひ給へはいみしき御思 (5ウ) ありとも立ならひ給事かたうこそは侍らめ宮はいとねんころにおほしたる をわさとさるすちの御宮つかへもあらぬ物からひきたかへさまに御心をき たまはんもさる御ならひにてはいとおしくなん聞給ふるとおとな/\しく申給ふ かたしや心一なる人のうへにもあらぬを大将さへ我をこそうらむなれすへ てかゝる事の心くるしさを見すくさてあへなき人の恨おふかへりては かろ/\しきわさなりけりかのはゝ君のあはれにいひをきし事のわす れさりしかは心ほそき山里になんと聞しをかのおとゝははた聞入 給ふへくもあらすとうれへしにいとおしくてかくわたしはしめたる也 こゝにかく物めかすと見てかのおとゝも人めかい/\かすまへ給なめりと つき/\しくのたまひなす人からは宮の御人にていとよかりぬへし (6オ) いまめかしくなまめきたるさましてさすかにかしこくあや まちすましくなんとしてあはひはめやすからんさて又 宮つかへにもいとよくたらひたらんかしかたちよくらう/\ しき物からおほやけことなとにもおほめかしからすはか/\し くてうへのつねにねかはせ給御こゝろにはたかうまし なとのたまふ御気しきの見まほしけれはとしころかくて はくゝみきこえ給ふける御こゝろさしをひかさまにこそ 人は申なれかのおとゝもさやうになんおもむけて大将の あなたさまのたよりにけしきはみたりけるにもいらへ 給けるときこえ給へはうちわらひてかた/\いとにくけなき (6ウ) 事かななを宮つかへをもなに事と御こゝろゆるしてかくなんと おほされんさまにそしたかふへきをんなは三にしたかう物に こそあなれとついてをたかへてをのかこゝろにまかせん事は あるましき事なりとのたまう内々にもやむことなきこれ かれとしころへて物し給へはえそのすちの人かすには もて出たまはてすてからにかくゆつりつけおほそうの宮 つかへのすちにらうろうせんとおほしをきつるいとかしこくかと ある事なりとなんよろこひ申されけるたしかに人の かたり申なりといとうるはしきさまにかたり申たまへは けにさはおもひ給ふらんかしとおほすにいとおしくて (7オ) いとまか/\しきすちにもおもひより給けるかないたり ふかき身こゝろならひならむかしいまをのつからいつかたにつけて もあらはるゝ事ありなんおもひくまなしやとわらひたまふ 御けしきはけさやかなれとなをうたかひおひぬおとゝもさりや かく人のをしはかるあんにおつることもあらましかはいとくちおしく ねちけたらましかのおとゝにいかてかく心きよきさまをしら せたてまつらんとおほすにそけに宮つかへのすちはけさ やかなるましくまきれたるおほえおかしうも思より給 けるかなとむくつけくおほさるかくて御ふくなとぬき 給て月たゝはなをまいりたまはん事いみあるへし十月 (7ウ) はかりにとおほしのたまうをうちにもこゝろもとなく きこしめしきこえ給人々は誰も/\いとくちおしくて この御まいりのさきにと心よせのよすか/\にせめらひたまへと よしのゝ滝をせかんよりもかたきわさなりけれはいとわり なしとをの/\いらう中将も中々なる事うち出ていかにおほす らむとくるしきまゝにかけりありきていとねんころに大かた のうしろみをおもひあつかひたるさまにてついせうしありき給 たやすくかろらかに打出てはきこえかゝりたまはすめやす くもてしつめ給へりまことのはらからの君たちはえよりこす宮 かへの程のうしろ見をとをの/\心もとなくそ思ける頭中将 (8オ) 心をつくしわひし事はかきたえにたるを打つけなりける御心かな と人々はおかしかるに殿の御つかひにておはしたりもていてす しのひやかにそ御せうそこなともきこえかはし給けれは 月のあかき夜かつらの影にかくれて物し給へり見聞 入へうもあらさりしをなこりなくみなみのみすのまへに すへたてまつるみつからきこえたまはん事はしもなを つゝましけれは宰相の君していらへきこえ給なにかしを えらひてたてまつり給へるは人すてならぬ御せうそこ にこそ侍らめかく物とをくてはいかゝきこえさすへ からんみつからこそ数にも侍らねとたへぬたとひも (8ウ) 侍なるはいかにそやこたいの事なれともたのもしくそ おもひ給へられけるとて物しとおもひ給へりけに年ころ のつもりもとりそへてなんきこえまほしけれと日ころ あやしくなやましく侍れはおきあかりなともえし侍らて なんかくまてとかめさせ給も中々うと/\しきこゝちなんし 侍けるといとまめたちてきこえいたし給へりなやましく おほさるらん御きちやうのもとをはゆるさせ給ふましく やよし/\けにきこえにするもこゝちなかりけりとて おとゝの御せうそこもしのひやかにきこえさせ給ふ ようゐなと人にはをとりたまはすいとめやすしまいり (9オ) たまはん程のあんないくはしきさまもえきかぬを内々に のたまはなんよかるへきいつかたも人めにはゝかりてえいは すきこえぬ事をなん中々いふせくおほしたるなとかたり 給ついてにいてやをこかましきこともえきこえさせぬ いつかたにつけてもあはれをは御らんしすこすへくや はありけるといよ/\うらめしさもそひ侍かなまつは こよひなとのもてなしよ北おもてたつかたにめしいれて きんたちこそめさましくもおほしめさめしもつかへやう の人々たに打かたらはゝやまたかゝるやうはあらしかし さま/\にめつらしきよなりかしとうちかたふきつゝ恨つゝけ (9ウ) たるもおかしけれはかくなと聞ゆけに人きゝを打つけ なるやうにやとはゝかり侍ほとに年ころのむもれいたさ をもあきらめ侍らぬはいと中々なる事おほくなとたゝ すくよかにのみきこえなし給ふにまはゆくてよろつ をしこめたり     「いもせ山ふかきみちをはたとらすてをたへの橋に ふみまとひけり」よとうらむるも人やりならす     「まとひけるみちをはしらていもせ山たと/\しくそ 誰もふみ見し」いつかたのゆへとなんえおほしわかさめりし なにこともわりなきまて大かたの世をはゝからせ給ふ (10オ) めれはえきこえさせたまはぬになんをのつからかくのみも はへらしかしと聞ゆるもさることなれはよしなかゐし侍らんも すさましき程なりやう/\らうつもりてこそはかく こんをもとてたち給月くまなくさしあかりてそらの 気しきえんなるにいとあてやかにきよけなるすかた かたちしてなをしのすかたこのましう花やかにていと おかし宰相の中将のけはひありさまにはえならひたま はねとこれもおかしかめるはいかてかゝる御なからひなりけん なとわかき人々はれいのさるましき事ともをもとり たてめてあへり大将はこの中将おなし右のすけなれは (10ウ) つねによひとりつゝねんころにかたらひおとゝにも申させ 給けり人からもいとよくおほやけの御うしろみとなるへき したかたなめるをなとかはあらんとおほしなからかのおとゝの かくし給へることをいかゝきこえかへすへからんさるやうある にこそと心えたまふすちさへあれはまかせきこえ給へりこの 大将は春宮の御はゝ女御の御はらからにそおはしけるおとゝ たちををきたてまつりてさしつきの御おほえいとやむこと なき君也とし三十二三のほとに物し給北のかたはむらさき のうへの御あねそかし式部卿の宮の御おほい君よとしのほと 三四かこのかみことなるかたはにもあらぬを人からやいかゝ (11オ) おはしけん女とつけて心にもいれすいかてそむきなんと おもへりそのすちにより六条のおとゝは大将の御ことをかけ なくいとおしからんとおほしたるなめり色めかしう打みたれたる ところなきさまなからいみしくそ心をつくしありき給ける かのおとゝももてはなれてもおほしたらさなりをんなは 宮つかへをものうけにおもひたんなりとうち/\の気しきも さるくはしきたよりあれはもりきゝてたゝ大殿の 御おもむけのことなるにこそはあんなれまことのおやの 御こゝろにたにたかはすはとこの弁のおもとにもせめ 給ふ九月にもなりぬはつ霜むすほゝれえんなるあしたに (11ウ) れいのとり/\なる御うしろみとものひきそはみつゝもて まいる御文ともを見給事もなくてよみ聞ゆるはかりを きゝ給大将殿のにはなをたのみこしもすきゆく空の 気しきこそこゝろつくしに     「数ならはいとひもせましなか月をいのちにかくる ほとそはかなき」月たゝはとあるさためをいとたゝ聞給へる なめり兵部卿の宮はいふかひなき世はきこえんかたなきを     「朝日さすひかりを見ても玉さゝの葉わけの霜を けたすもあらなん」おほしたにしらはなくさむかたもありぬ へくなんとていとかしけたるしたをれの霜もおとさすもて (12オ) まいる御つかひさへそ打あひたるなり式部卿の宮の右兵衛 のかみはとのゝうへの御はらからそかししたしくまいりなともし給 君なれはをのつからいとよく物のあんないもきゝていみしく そおもひわひけるいとおほえうらみつゝけて     「わすれなんとおもふも物のかなしきをいかさまにして いかさまにせん」かみのいろさますみつきしめたるにほひも さま/\なるを人々もみなおほしたらぬへかめるこそさう/\ しけれなといふ宮の御かへり事をそいかゝおほすらんたゝ いさゝかにて     「心もてひかりにむかふあふひたにあさをく霜を (12ウ) をのれやはけつ」とほのかなるをいとめつらしと見たまうに 身つからはあはれをもしりぬへき御気しきにかけ給へれは 露はかりなれといとうれしかりけりかやうになにと なけれとさま/\なる人々の御わひこともおほかりをんなの 御こゝろはへはこの君をなんほむになすへきとおとゝたち さためきこえたまひけるや ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:阿部江美子、菅原郁子、矢澤由紀 更新履歴: 2011年3月24日公開