米国議会図書館蔵『源氏物語』 梅枝 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- むめかえ (1オ) 御もきのことおもほしいそく御心まうけよのつねならす東宮にも おなし二月に御かうふりの事あるへけれはやかて御まいりに打つゝく へきにや正月つこもりはおほやけわたくしすこしのとやかなる ころをひにたき物あはせさせ給大弐のたてまつれるかことも御 らんするになをいにしへのにはをとりてやあらんとおもほして二条院 のみくらあけさせ給て御らんしくらふるもにしきあやなともなを ふるき物こそなつかしくこまやかにはありけれとてちかき御しつらひの 物むね/\しきしとねなにかのはしともにこ院の世のはしめつかた こまうとのたてまつりけるあやひこきなといまの世の物にすくれ たるさま/\御らんしあはせ給て此たひのあやうす物なとは人々に (1ウ) たまはすからの物はむかしのとりならへさせ給て御かた/\にくはり たてまつらせ給もふたくさつゝあはせさせ給へときこえさせ給へりを くり物かんたちめのろくなと世になきさまに内にもとにもしけく いとなみ給にそへてかた/\にかうともかなうすとものをとみゝかしかま しき御ころ也おとゝはしんてんにはなれおはしましてそんわうのいま しめのふたつのほうをいかてか御みゝにはつたへ給けん心にしめてあ はせ給うへはひんかしの中のはなちいてに御しつらひことにふかくしなさ せ給て八条の式部卿の宮の御ほうをつたへてかたみにいとみあはせ給程い みしくひし給へはにほひのふかさあさゝもかちまけのさためあるへしと おとゝのたまう人の御おやけなき御あらそひこゝち也いつかたにも御まへに (2オ) さふらふ人あまたならす御てうともそこらのけうらをつくし給へる 中にもかうこの御はことものやうつほのすかた火とりの心はへもめなれぬ さまにいまめかしくやうかへさせ給へるにところ/\の心をつくし給へともにほひ とものすくれたらんをかきあはせていれむとおもほすなりけり二月の十日 雨すこしふりて御まへちかきこうはいさかりに色も香もにる物なき程 に兵部卿の宮わたり給へり御いそきのけふあすになりにたる事ととふ らひきこえ給むかしよりとりわけたる御中なれはへたてなくそのことゝ きこえあはせ給て花をめてゝおはする程に前斎院の御かたよりとて ちりすきたる梅のえたにつけたる御文もてまいれり宮きこしめす事も あれはいかなる御せうそこのすゝみまいるにかとおかしとおもほしたれは (2ウ) ほゝゑみていとなれ/\しき事きこえつけたりしをまめやかにいそき物し 給へるなめりとて御文をはひきかくし給ちんのはこにるりのつき二すへて おほきにまろかしつゝいれ給へり心はこんるりには五葉のえたにしろき には梅をおりておなしくひきむすひたるいとのさまもなよひかになまめ かしくそしめ給へるえんある物のさまかなとて御めとゝめたまへるに     「花の香はちりにしえたにとまらねとうつらむそてに あさくしまめや」ほのかなるを御らんしつけて宮こと/\しくすうし給を 宰相の中将御つかひたつねとゝめさせ給ていたくゑはし給こうはひか さねのからのほそなかそへたる女房のさうそくかつけ給めり御返も その色のかみにて御まへの花をおらせてつけさせ給宮は内の事思 (3オ) やらるゝ御文かななに事のかくろへあるにかふかくかくし給とうらみて いとゆかしとおもほしたり何事かは侍らんくま/\しうおもほしたる事 心くるしけれとて御すゝりのついてに     「花のかにいとゝこゝろをしむるかな人のとかめむ かほはつゝめと」とやありつらんまめやかにすき/\しきやうなれとまたも なかめる人のうへにてこれこそはことはりのいとなみなめれと思給へなして なんいとゝにくけれはうとき人にはかたはらいたさになかにもまかて させたてまつりてと思給ふるしたしき程になれきこえかよへとはつ かしきところふかくおはする宮なれは何事もよのつねにて見せたて まつらんかかたしけなくてなんなときこえ給あら物もけにかならすおも (3ウ) ほしよるへき事なりけりとことはり申給さて此ついてに御かた/\にたき物あ はせ給たき物ともをの/\に御つかひして此夕暮のしめりに心みんときこ え給へれはさま/\におかしくしなして心みさせ給ふしる人もあらすとひ けし給へといひしらぬにほひとものすゝみたれはをくれたる一くさなとか いさゝかもかをわき給あなかちにをとりまさりのけちめををき給か のわか御一くさをはいまそとり出させ給たる右近のちんのみかは水の ほとりになそらへて西のわた殿のしたより出るみきはちかくうつませ 給へるをこれみつの宰相のこの兵衛の少輔ほりてまいれり宰相 の中将とりてつたへまいらせ給宮いとくるしきはんしやにもあたりて侍 かないとけふたしやなとなやみ給おなしくこそはいつくにもちりつゝ (4オ) ひろこるへかめるを人の心々にあはせ給へるにかゝる事おほかり さらにいつれとなき中に斎院の御くろはうさはいへと心にくししつ かなるにほひことなり侍従はおとゝのなまめかしくなつかしきかなりと さため給たいのうへのはみくさあるなかに梅花はなやかにいま めかしくすこしはやき心しらひをそへてめつらしきかほりくはゝれ り此ころの風にたくへんにさらに是にまさるあらしとめて給 夏の御かたには人々のかう心々にいとみ給なる中に数にも たち出すやとけふをさへ思たえ給へる御心にてたゝかえうをひと 草あはせ給へりさまかはりてしめやかなる香してあはれになつ かしく冬の御かたにも時々によれるにほひのさたまれるにほひの (4ウ) けたれんはあやなしとおもほしてくんゑかうのほうのすくれたるは さきのすさく院のをそへさせ給てきんたうのあそんのえらひ つかまつりし百歩のほうをなとおもへて世ににすなまめかしきをとりあはせ たる心をきてすくれたりといつれをもとくならすさため給心きたなき さためなりときこえ給月さし出ぬれは御みきなとまいり給てむかし 物語なとし給かすめる月のかけ心にくきを雨のなこり風のすこし吹て 花の香なつかしきにおとゝのあたりいひしらすにほひみちて人の御こゝちいと えん也蔵人ところのかたにもあすの御あそひに打ならしにて御ことともの さうそくなとして殿上人ともあまたまいりておかしきふえのねとも聞ゆ 内のおほい殿の頭中将弁の少将なとはかりにてまかつるをとゝめさせ給て御こと (5オ) ともめす宮の御まへにひわおとゝにさうの御ことまいらせて頭中将 わこんたまはりて花やかにかきたてたる程いとおもしろくきこゆ 宰相の中将よこふえ吹給おりにあひたるひてうし雲ゐをとをる はかり吹たてたり弁の少将ひやうしうけとりて梅かえいたしたる 程いとおかしわらはにてゐんふたきのおりたかさこうたひし君也宮も おとゝもさしいらへし給こと/\しからぬ物からおかしきよの御あそひ なり御かはらけまいるに宮     「うくひすのこゑにやいとゝあくかれむこゝろしめつる 花のあたりに」千代もへぬへしときこえたまへは     「色も香もうつるはかりにこの春は花さく宿を (5ウ) かれすもあらなん」頭中将に給へはとりて宰相の中将にさす     「うくひすのねくらのえたもなひくまてなをふきとをせ 夜はのふえ竹」さいしやうのちうしやうの君     「こゝろありて風のよくめる花の木にとりあへぬまて ふきやよるへき」なさけなしとみなうちわらひ給弁のせうしやう     「霞たに月と花とをへたてすはねくらの鳥も ほころひなまし」まことに明かたになりてそ宮もかへり給御をくり物に 御みつからのれうの御なをしの御よそひ一くたり手ふれたまはぬたき物 ふたつほをそへて御くるまにたてたてまつらせたまふ宮     「花の香をえならぬ袖にうつしもてことあやまりと (6オ) いもやとかめん」とあれはいとくつしたりやとわらひ給御くるま かくるほとにをひて     「めつらしとふるさと人もまちそみん花のにしきを きてかへる君」又なき事とおもほさるらんとあれはいたうかゝまり給 つき/\の君たちにもこと/\しからぬ程にほそなかこうちきなとかつ けさせ給かくて西のおとゝにいぬの時にわたり給宮のおはします西の はなち出をしつらひてみくしあけの御内侍なともやかてこなたに まいれりうへも此御いてにそ中宮にも御たいめんあり御かた/\の女房 をしあはせたる数しらす見えたりねの時に御もたてまつるに御となふら ほのかなれと御気はひいとめてたしと宮は見たてまつり給おとゝおも (6ウ) ほしすつましきをたのみにてなめけなるすかたをすゝみ御らん せられ侍也後の世のためしにもやと心せはくしのふ給ふるとなんきこえ 給宮いかなるへき事とも思給へわき侍らさりつるをかくこと/\しくとり なさせ給になん中々心をかれぬへくとのたまひつけ程の御けはひいと わかくあひきやうつきたるにおとゝもおもほすさまにおかしき御けはひ とものさしつとひ給へるをあはひめてたくおもほさるゝはゝ君のかゝる おりにたに見たてまつらぬをいみしとおもへりしも心くるしくてまうの ほらせもやせましとおもほせと人の物いひをつゝみてすこし給かゝる ところのきしきをはよろしきたにいとことおほくうるさきをかた はしはかりれいの残るなくまねはんも中々にやとてこまかにかゝす東 (7オ) 宮の御けんふくは廿よ日の程になんありけるいとおとなしくおはしませは 人の御むすめともきをひまいらすへき事を心さしおもほすさまのいとこと也此 殿のおもほしのたまはするさまの事なりけれは中々にてましらはんとひたりの おとゝ右大将なとおもほしとゝまるなるをきこしめしていとたい/\しき なり宮つかへのすちはけちめをいとなむこそほいならめそこらのひめ君 たちひきこめられなは世にはえあらしとのたまひて御まいりのひぬ れはつき/\にもとしつめ給けるをかゝるよしところ/\に聞給て右のおとゝ とのゝ四の君まいりぬれはれいけいてんと聞ゆる此御かたにはむかしの 御とのゐところしけいさをあらためしつらひて御まいりのひぬるを宮にも 心もとなからせ給へは四月にとさためさせ給御てうととも又あるよりは (7ウ) とゝのへて御みつからのしたんやうの物なとも御らんしいれつゝすくれたる みち/\の上手ともめしあけてこまかにみかきとゝのへさせ給さうし のはこにいるへきさうしともやかて手ほんにもし給ふへきえらせ給 いにしへのかみなききはの御手とものよに名を残し給へる人のもい とおほくさふらふよろつの事むかしにはをとりけれとあさくなりゆく 世のすゑなれとかんなのみなんいまの世はいときはもなくかしこく なりたるふるき跡はさたまれるやうにはあれとひろき心ゆたかなれ は一すちにかよひてなんありけるたへにおかしき事はとりよりて こそかき出る人々もありけれと女の手を心にいれてならひしさかり にこともなき手ほんおほくつとへたりし中に中宮のはゝみや (8オ) すんところの心にもいれすてはしりかき給へりし一くたりはかり わさとならすえてきはことにおもほえしはやさてあるましき御 名をもたてきこえしそかしくやしき事に思しみ給へりしかとさしも あらさりけり宮にかくうしろみつかうまつることも心ふかくおはせしかはなき 御かけにもみなをし給ふらん宮の御手はこまかにおかしけなれとかとやをく れたらんと打さゝめきてきこえ給故入道の宮の御手はいとけしきふかく なまめきたちすちはありしかとよはきところつきてにほひそすくな かりし内侍のかみこそはいまの世の上手におはすれとあまりほそれて くせそそひたるさはあれとかの君と前斎院とこゝにとこそはかき たまはめとゆるしきこえ給へは此数にはまはゆくやときこえ給へはいたう (8ウ) なすくし給そやにこやかなるかたのなつかしさはことなる物をまなのすゝみ たる程にかなはしとけなきもしこそましるへけれとてまたかくかゝぬさうしとも つくりくはへてへうしひもなといみしうせさせ給兵部卿の宮さゑもんのかみ なとに物せんみつから一よろひはけしきはみいますかるともえかきならへ しやとわれほめさせ給すみふてならひなくえり出てれいのところ/\に たゝならぬ御せうそこあれは人々かたきことにおもほしてあるはかへさひ申給も あれはまめやかにきこえ給こまのかみのうすやうたちたるかせめてなまめかし きを此物このみのわかき人々こゝろみんとて宰相の中将式部卿の宮の兵衛 督内の大殿の頭中将なとに蘆手にうたゑを思々にかけとのたまへは みな心々にいとむへかめりれいのしんてんにはなれおはしましてかき給花さかり (9オ) すきてあさみとりなる空のうらゝかなるにふかき事ともなと思よ すまし給て御心のゆくかきりさうのもたゝのもいみしうかきつくし給 御まへに人しけからす女房二三人はかりすみなとすらせ給てゆへあるふる き集のうたなといかにそやえり出給にくちおしからぬかきりさふらひ給 みすあけわたしてけうそくのうへにさうし打をきはしちかく打みたれてふての しりくはへて思めくらし給へるさまあくよなくめてたししろきあかきなと けちえんなるひらは筆とりなをしようゐし給へるさまなとさへ物見し らむ人はけにめてぬへき御ありさま也兵部卿の宮まいり給と聞ゆれは 御なをしたてまつり御しとねまいりそへさせ給ふてやかて待とりいれたて まつり給此宮もいときよけにて見はしさまよくあゆみのほり給程内にも (9ウ) 人々のそきて見たてまつるに打かしこまりてかたみにうるはしたちし給へるも いときよけ也つれ/\にこもり侍もくるしきまて思給へらるゝ心のおほけなさに おりよくわたらせ給へるとよろこひきこえ給かの御さうしもたせて御らんすれは すくれてしもあらぬ御手をたゝ一かとにいといたく筆すみたる気しきありて かきなし給へりうたもことさらめきそはみたるふる事ともをえりてたゝ三くたり はかりにもしすくなにこのましくそかき給へるをおとゝ御らんしおとろきぬかくまては 思給へすこそありつれなさうに筆なけすてつへしやとねたかり給けるおも なくくたす筆の程さりともとなん思給ふかなとたはふれ給かき給へる御 さうしともかくし給ふへき事ならねはかたみに御らんするからのかみのいとすくみ たるにさうかちにかき給たるすくれてめてたしと見給にこまのかみのはた (10オ) こまかなるになへてなつかしきか色なとは花やかならてなまめきたるにおほとかなる 女の手のうるはしく心とゝめてかき給へるたとふへきかたなしと見給人の御涙さへ此 水くきになかれそふこゝちしてあくよあるましきにまたこゝのかやのしきしの 色あひ花やかにみたれたるさうのうたを筆にまかせてみたれかき給へる見とこ ろかきりなししとろもとろにあひきやうつき見まほしけれはさらに残りともにめも 見やりたまはすさゑもんのかみはこと/\しくかしこけなるすちをこのみてかきたれは 筆のをきてはすまぬこゝちしていたはりくはへたるけしき也うたなともことさら めきてえりかきたり女の御てはまほにもとり出たまはす斎院のなとはましてとう いてたまはすなりけり蘆手のさうしともそ心々にはかなうおかしき宰相の中将 のは水のいきをひゆたかにかきなかしそへたり蘆のおひさまなとなにはの浦に (10ウ) かよひてこなたかなたゆきましりていたうすみたるところありまた いといまめかしくひきかへてもしやういしなとのたゝすまゐこのみかき給たる ともあめりめもをよはす是はいとまいりぬへき物かなとけうしめて給なに 事も物このみしえんにおはするみこにていといたくめてきこえ給けりはての ことゝものたまひくらしさま/\のつきかみのほんともとり出させ給へるついて に此御しゝうして宮にさふらふほんともとりにつかはすさかのみかとの いにしへ万葉集をえらひてかゝせ給へりける四巻ゑんきのみかとの古今和 歌集をからのあさはなたのかみをつきておなし色のうすむらさきうきもん のきへうしおなしき玉のちくのたんのからくみのひもなとなまめかしくてまき ことに御てのすちをかへつゝいみしくかきつくさせ給へり御となふらみしかくまいり (11オ) て御らんするにつきせぬ物かな此ころの人はたゝかたそはを気しきはむにこそ ありけれなとめて給やかて是はとゝめたてまつり給をんなこなともちて侍ら ましにたにおさ/\見はやすましきにはつたふましきをましてくちぬきになと きこえたてまつり給侍従の君にからの御てほんなとのいとわさとかましき ちんのはこにいれていみしきこまふえそへてたてまつり給また此ころはかんなの さためをし給て世中にてかくとおもほしたるかみなかしもの人々にもさるへき物ともおも ほしはからひてたつねてかゝせ給此御はこにはたちくたれるをくれたるをはま せたまはすわさと人の程しなわかせ給つゝさうしまき物みなとゝのへかゝせ給ける よろつにめつらかなる御たから人のみかとまてありかたけなる中に此御ほんともなん ゆるしところおとろき給わか人とも世におほかりける御ゑともそとゝのへさせ (11ウ) 給中にかのすまの日記はすゑの世にもしらせんとおもほせといますこし世を もおもほししりなんにとおもほしかへして又とり出たまはす内のおとゝは此御いそきを 人のうへにて聞給もいみしく心もとなくさう/\しとおもほすひめ君の御ありさ まさかりにとゝのひてあたらしくうつくしけ也つれ/\と打しつまりしめり給たる 程いみしき御なけき草也かの人の御けしきはたおなしやうになたらかなれは 心よはくすゝみよらんも人わらはれに人のねんころなりしきさみになひきな ましかはなと人しれすおもほしなけきて一かたにつみをもえおほせたまはすかくす こしたはみ給へる御けしきを宰相の君は聞給へとしはしつらかりし御心をうしと おもへはつれなくもてしつめてさすかにほかさまの心はつくへくもおもほえす心 つからたはふれにくきおりもおほかれとあさみとりきこえこちし御めの (12オ) とにも中納言にのほりて見えむとの御心ふかゝるへしおとゝはあやしく 聞いれぬさまかなとおもほしなやみてかのわたりの事思たえにたらは 右の大将中務の宮なとのけしきはみいはせ給いつこも思さためられ よとのたまへとも物もきこえたまはすかしこまりたるさまにてさふらひ 給かやうの事はかしこき御をしへにたにしたかふへくもおもほえ侍らさりし かはことませにくけれといま思あはするにはかの御をしへこそなかきためしには ありけれつれ/\とよものことをのたまはすれはおもふところのあるにやと 世の人もをしはかるらんをすく世のひくかたにてなを/\しきこと あり/\てなひくいとしねんに人わろきことそやいみしく思のほれ と心にしもえかなはすかきりのある物からすき/\しき心つかへるにちい (12ウ) さくより宮のうちよりおい出て身を心にまかせすところせき おもほえにていさゝかの事のあやまりもあらはかる/\しきそし りをやおはんとつゝみしたになを/\すき/\しきとかをおひて 世にはしたなめられにきくらゐあさくなにとなき身の ほと打とけ心のまゝなるふるまひなと物せらるな心をのつから おこりぬれはおもひしつむへきことのくさはひなき時女のこと にてなんかしこき人のむつかしとむかしもみたるゝためしありけ るあるましきことたに心をつけて人の名をもたてみつからも うらみおふなんつゐのほたしとなりにけりとりあやまりつゝ見む人 のわかこゝろににすかならす見しのはんことかたきふしありともなを (13オ) おもひかへさむ心をならひもしはおやの心にゆつりもしはおやなく て世中かたほにありとも人からこゝろくるしくなとあらん人をは それをかたかとによせても見給へ我ため人のためつゐによかる へきそと心をふかうあるへきなとのとやかなるつれ/\にはかゝる御 心つかひをのみなんをしへ給かやうなる御いさめにつけても たはふれにてもほかさまのこゝろをおもひかゝるはまたあはれ にも人やりならすおもほえ給女もつねよりことにおとゝのことに おもひなけき給へる御気しきにもはつかしくうき身をおもほし しつめとうへはつれなくおほとかにてなかめすくし給御文はおもひ あまり給おり/\あはれに心ふかきさまにきこえ給たかまこと (13ウ) をかおもひなからよなれたる人こそあなかちに人の心をも うたかふなれあはれと見給ふしおほかり中つかさの宮なん大 殿にも御けしきたまはりてさもやとおもほしかはしたると 人のきこえけれはおとゝはひきかへし御むねふたかるへし しのひてさる事とこそ聞しかなとなさけなき人の御心に もありけるかなおとゝのくちいれ給しにしうねかりきとて ひきかへ給なるへし心よはくなひきても人わらへならまし ことなとなみたをうけ給へはひめ君いとはつかしきになにや かやとおもひめくらし給ことなきにそこはかとなくこのかた にはなみたのこほるれははしたなくてそむきたまへり (14オ) らうたけさはかきりなしいかにせましなをやすゝみて気 しきをとらましなとおもほしみたれてたち給ぬるなこりも やかてはしちかくなかめ給あやうくこゝろをくれてもすゝみ出 つる涙かなといかにおもほしつらんなとよろつにおもほしみた るゝ程に御文ありさすかにそ見給へとこまかにて     「つれなさはうきよのつねになりゆくをわすれぬ人や 人にことなる」とありけしきはかりもかすめぬなさけなさつれ なさよとおもひつゝけ給ふはつらけれと     「かきりとてわすれかたきをわするゝもこやよになひく こゝろなるらん」とあるをあやしとうちもをかれすかた (14ウ) ふきつゝ見ゐたまへり ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:阿部江美子、菅原郁子、瀧田裕子、斎藤達哉 更新履歴: 2011年3月24日公開 2012年7月11日更新 2013年11月12日更新 2014年7月16日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年7月11日修正) 丁・行 誤 → 正 (13オ)6 たゝふれ → たはふれ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月12日修正) 丁・行 誤 → 正 (5オ)7 御かはしけ → 御かはらけ (10オ)3 あるよ → あくよ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月16日修正) 丁・行 誤 → 正 (10ウ)8 哥集 → 歌集