米国議会図書館蔵『源氏物語』 柏木 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- かしは木 (1オ) 右衛門のかんの君なをかくのみなやみわたり給ことをこたらてとしも かへりぬおとゝ北のかたのおほしなけくさまをみたてまつるにしゐてかけはなれ なんいのちのかひなくつみをもかるへきことをおもふ心は心としてまたあなかちに 此世をはなれかたうおしみとゝめまほしきみかはいはけなかりし程よりおもふ心こと にたかくなにことにも人にはいま一きははまさらんおほやけわたくしのことに ふれつゝなのめならす思のほりしかとそのことかなひかたかりけりと一ふたつのふしに 身を思おとしてしこなたなへて世中すさましく思なりて後の世のをこな ひにほいふかくすゝみにしかとおやたちの御恨を思ひて野山にあくかれんみちの をもきほたしなるへくおもほえしかはとさまかうさまにまきらはしつゝくしきつるを つゐにかく世にたちまうへくもおほえぬ物おもひの一かたならす身にそひ (1ウ) たるは我よりほかにたれかはつらき心つからもてそこなひつるにこそはあめ れとおもふにうらむへき人もなし神ほとけをもかこたんかたなきにこれみな さるへきにこそはあらめ誰も千とせの松ならぬ身はつゐにとまるへきに もあらぬをかく人にすこし打しのはれぬへき程にてはなけのあはれをもかけ たまはん人のあらんをこそは一おもひにもえぬるしるしにはせめはせめて なからへはをのつからあるましき名をもたち我も人もやすから ぬみたれ出くるやうもあらんよりはなめしと御心おいたまはむ あたりにもさりともおほしゆるし給てんかしよろつの事いまはの とちめにはみなきえぬへきわさ也またことさまのあやまちしなけれ は年ころ物のおり/\にはまつはしならひ給にしきしかたのあはれ (2オ) も出きなんなとつれ/\に思つゝくるも打かへしいとあちきなしなと かく程もなくしなしつる身ならんとかきくらし思みたれてまくらも うきぬはかり人やりならすなきていさゝかひまありとて人々の 立さり給へる程にかしこに御ふみたてまつれ給いまはかきりになりて侍る ありさまをはをのつからきこしめすやうも侍らんをいかゝなりぬるとたに 御みゝとゝめさせたまはぬ御気しきもことはりに侍れとうくも侍かな なといみしうわなゝけはおもふ事もみなかきさして     「いまはとてもえむけふりもむすほをれたへぬおもひの 名をや残らむ」あはれとたにのたまはせよ心のとめて人やりならぬ やみにまとふへきみちのひかりにもし侍らんときこえ給こ侍従にも (2ウ) こりすまにあはれなる事をいひをこせ給へりみつからもいま一たひ物 すへきことなんありとのたまへりけれは此人もわらはよりさるたより にまいりかよひつゝ見たてまつりなれたるひとなれはおほけなき心 こそうたておほえつれいまはときくはいとかなしくてなく/\なを此 御返まことに是をとちめにもこそ侍れと聞ゆれは我もけふかあすか のこゝちして物の心ほそけれは大かたのあはれはかりは思しらるれといと心 うき事と思こりにしかはいみしうなんつゝましきとてさらにかいた まはす御こゝろ本上の物ふかくつしやかなるにはあらねとはつかしけ なる人の御けしきのおり/\にさすかにまほならぬかわひしきに いとおそろしきなるへしされと御すゝりなとまかなひて聞ゆれは (3オ) にかむ/\かい給へるをとりてしのひてよひのまきれにかしこにまいりぬ おとゝおはしてかしこきをこなひ人かつらき山よりさうし出たる待うけ給 てかちまいらせんとし給みすほうと経なんともいとおとろ/\しくさはきたり 人の申まゝにさま/\ひしりたつけさんなとのおさ/\世にもきこえす ふかき山にこもりたるなとををうとのきみたちなとをつかはしつゝたつね めすにけにくゝ心つきなき山ふしなともさま/\まいるわつらひ給さま のそこはかともなくてかくしのをのみ心ほそく思ねをのみとき/\ない 給にをんみやうしなとのおほくは女のらうとのみうらなひ申けれは さもやとおほすにさらに物のけのあらはれ出くるもなきにおほし わつらひてかくさま/\にたつね給なりけり此ひしりたけたるやうに (3ウ) まふしつへたましくあららかにたらによむをいてあなきゝにくや つみのふかきにやあらんたらにのこゑのたかきはけおそろしくて いとゝしぬきこゝちこそすれとてやをらすへり出てこの侍従と かたらひ給おとゝはさもしりたまはす打やすみ給へると人々して 申させ給へれはさおほしてそのひしりとしのひやかに物語し給ふ おとなひ給へれとなをはなやきて物わつらひし給ふ人のかゝる物と むかひゐたまて此わつらひそめたましありさまなにともなく打 たゆめてをもり給たる事なとこまかに此物のけあらはるへくねんし 給へなとまめやかにかたらひ給もいとあはれ也あれ聞給へなにのつみと もおもほししらぬにうらなひよりつらん女のらうこそまことにさる御 (4オ) しふの身にそひたらはいとはしき身もひきかへしやむことなく なりぬへけれさてもおほけなき心ありてさるましきあやまちをひき出て 人の御名をたて身をもかへりみぬたくひむかしの世にもなき事にやは ありけると思なをすになを気はひわつらはしくかの御心にかゝるとかを しられたてまつりて世になからへむ事もいとまはゆくおほゆるはけに ことなる御ひかりなるへしふかきあやまちもなきに見あはせたてまつりし 夕の程よりやかてかきみたりまとひそめにしたましゐの身にも かへりこすなりぬるをかの院のうちにあくかれありかはむすひとゝめ 給へよなといとよはけにからのやうなるさましてなきみわらひみ かたらひ給宮も物をのみつゝましくはつかしうおほしなけき給へる (4ウ) さまをかたる打しめりおもやせ給へらん御ありさまのおも影に見たてまつる こゝちしておもひやられ給もけにあくかるゝ玉やゆきかよふらむ なといとゝしきこゝちのみたるれはいまさらに此事よかけてもきこえし 此世はかくはかなくてすきぬるをなかき夜のほたしにもこそとおもふなん いと/\おしき心くるしき御事いかてたいらかにとたに聞おいたてまつらむ 見し夢を心一にのみ思あはせて又かたるへき人もなきかいみしう いふせくもあるかななととりあつめて思しみ給たるさまのふかきをかつ はいとうたてとおもへとあはれはたへしのはて此人もいみしうなくしそく めして御ふみ給へは御手もはかなけにおかしき程にかきたまて心 くるしう聞なからいかてかはたゝをしはかり給へのこさんとかあるは (5オ)     「たちそひてきえやしなましうき事を思みたるゝ けふりくらへに」をくるへうやはとはかりあるをあはれにかたしけなしと おほゆいてや此けふりはかりこそは此世の思ひ出ならめはかなうも ありけるかなといとゝなきまさり給て御返ふしなから打やすみつゝかい 給ことの葉のつゝきもなくあやしき鳥の跡のやうにて     「ゆくゑなき空のけふりとなりぬともおもふあたりを たちははなれし」夕はわきてなかめさせ給へとかめきこえたまはん 人めをもいまは心やすくおほしなりてかひなきあはれをたにたえす かけさせ給へなとかきみたりてこゝちのいとくるしくなりまさりけれは よしいたうふけぬさきにかへりまいり給てかくかきりのさまに (5ウ) なともきこえ給へいまさらに人あやしと思あはせんをわかよの後さへ おもふこそ心くるしけれいかなるむかしの世の契りにていとかゝることしも 心にしみけむとなく/\ゐさりいりたまひぬれはれいはむこにむかひす へてすゝろことをさへいはせまほしくし給をことすくなにてもと思ふ かあはれなるにえも出やらす御ありさまをめのともかたまていみ しうなきまとふおとゝなとのおほいたる気しきはいみしきやきのふ けふすこしよろしかりつるをなとかいとよはけには見え給とさはき給 るにかなほとまり侍ましきなめりときこえ給て身つからもなき給 宮は此日くれかたよりなやましうし給けるをその御けしきある御 こゝちと見給へしる人々さはきあひておとゝにもきこえたれはおと (6オ) ろきてわたり給へり御心のうちにはあなくちおしやまた思 よするかたなくてみたてまつらしかはめつらしくうれしからましと おほせと人にはけしきもらさしとおもほせはけんさなとめし みすほうはいつとなくふたんにせらるれはそうとものなかにけん あるかきりはみなまうのほらせてかちまいりさはくよ一夜な やみあかしたまて日さしあかる程にむまれたまひぬおとこ 君なりけりと聞給にかくしのひたる事のあやにくにいちしるき かほつきなとにて出給へらむこそくるしかるへけれ女こそなにと なくまきれあまたの人見る物ならねはやすけれとおほすに またかく心くるしきうたかひましりたるにては心やすきかたにて (6ウ) 物し給もいとよしかしさてもあやしやわか世とともにおそろし と思しことのむくひなめり此世にてかく思かけぬ事にてむかはり ぬれは後の世のつみはすこしかるみぬらんやとおほすひとかた しらぬ事なれはかく心ことなる御はらにてすゑに出おはしたる御おほえ いみしかりなんと思ひていとなみつかうまつる御うふ屋のきしきいかめ しうおとろ/\し御かた/\さま/\にし出給うふやしなひともよのつね のついかさねおしきたかつきなとの心はへもことさらに心々の御いと ましさ見えつゝなん五日のよ中宮の御かたよりこもちの御まへ の物女房のしな/\に思あてたるきは/\おほやけことにいかめ しうせさせ給へり御かゆとんしきまて五十くところ/\のきやう (7オ) ゐんのちやうしもへともめしつきみつしところなにかのくまていかめ しうせさせ給へり宮つかさ大ふよりはしめて院の殿上人もみな まいれり七日の夜内よりそれもおほやけさま也ちしのおほみのなと 心ことにつかうまつり給ふへきを此ころは何事もおほされてたゝ大空の 御とふらひのみそありけるみこたちかんたちめなとのあまたまいり給へり 大かたのきしき世になきまてかしつききこえ給へとおとゝの御心のうちに 心くるしとおほす事ありていたくもてはやしたまはす御あそひ なとはなかりけり宮さはかりひわつなる御さまにていとむくつけく ならはぬ事のおそろしくおほされけるにつゆ御ゆなとをたにきこし めさす身の心うき事かゝるにつけてもおほししれはさはれ此ついて (7ウ) にもしなはやとおほすおとゝはいとよく人めをかさりたりとおほせと 又むつかしけにおはするなとをとりわきても見たてまつりたまはすなと あれはおいしらへる人なとはいてやおろそかにもおはしますかなめつら しうさし出給へる御ありさまかはかりゆゝしきまておはします物をとうつ くしみきこえあへるをかたみゝに聞給てさのみこそはおほしへたつる 事もまさるへかめれとうらめしくもわか御身もつらくてあまにもなりな はやの御心つきぬよるなともこなたにはおほとのこもらすひるつかたなと にさしのそき給世中のいとはかなきを見るまゝにゆくすゑみし かく物心ほそくてをこなひかちになりにて侍れはかゝる程のらう かはしきこゝちするによりえまいりこぬをいかゝ御こゝちはさはやか (8オ) におほしなりにたりや心くるしうこそとてみきちやうのそはより さしのそき給へり御くしももたけたまはてなをむつかしくえいき たるましきこゝ地なんし侍をかゝる人はつみもふかくなるをあまに なりてもしそれにやとまるともこゝろ見又なくなるともつみを うしなう事にもやとなん思侍るとつねの御けはひよりはいとおとなひて きこえ給をいとうたてゆゝしき御事なりなとてかさまてはおほすかゝる ことはさのみこそはおそろしかなれとさてなからへぬわさならはこそと きこえ給御心のうちにはまことにさもおほしとりてのたまはゝさやう にて見たてまつらんはあはれなりなんかしかつ見つゝもことにふれてこゝろ をかれたまはんか心くるしう我なからえ思なをすましくうきことの (8ウ) 打ましりぬへきををのつからをろかに人のみとかむる事もあらん かいと/\おしう院なとにきこしめさんところのわかをこたりにのみ こそはならめと御なやみにことつけてさもやなしきこえてましと おほしよれとまたいとあたらしくあはれにかはかりとをき御おいさ きをしかやつさん事心くるしけれはなをつよくおもほしなれ けしうはおはせしいみしうかきりとみゆる人もたひらかなるた めしちかけれはさすかにたのもしときこえ給て御ゆまいり給いと いたくあをみやせてあさましくはかなけにて打ふし給へるさまの おほらかにうつくしけなれはいみしきあやまちありとも心よはくゆ るしつへき御ありさまなと見たてまつり給山のみかとめつらしき (9オ) 御事たひらかにときこしめしてあはれにゆかしくおほすにかくなやみ 給よしのみあれはいかに物し給ふへきにかと御をこなひもみたれて おほしけりさはかりよはり給へる人の物をきこしめさて日ころへ 給へはいとたのもしけなくなり給て年ころ見たてまつらさりしほと よりも院のうへのいと恋しくおほえ給を又もえ見たてまつらす なりぬへきにやとてなき給かくきこえ給さまさるへき人して つたへそうせさせけれはいとたへかたくかなしとおほしてあるましき 事とはおほしめしなから世にかくれて出させ給へりかねてさる御せう そこもなくてにはかにわたりおはしましたれはあるしの院おとろき かしこまりきこえ給世中をかへりみるましく思侍しかなをまとひさめ (9ウ) かたき物は此世のやみになんありけるねんすもけたいしてもし をくれさきたつみちたうりのまゝならてなかくわかれなはやかて此 恨もやかたみに残らむとあちきなさに此世のそしりをはしらて かく物し侍つるなときこえ給御かたちことにてもなまめかしきさまに打 しのひやつれたまてうるはしき御ほうふくならすすみそめの御すかた あらまほしうきよらなるもうらやましく見たてまつり給れいのまつ なみたおとし給ふつわつらひ給御さまことなる御なやみにも侍らすたゝ 月ころよはり給へる御身にはか/\しく物なともまいらぬつもりにやかく 物し給こそなときこえ給かたはらいたきおましなれともとて御ちやう のまへに御しとねまいりていれたてまつり給宮をもとかく人々つく (10オ) ろひきこえてゆかのしもにおろしたてまつるみきちやうすこし をしやらせ給てよゐのかちのそうなとのこゝちすれとまたけんつくはか りのをこなひにもあらねはかたはらいたしたゝおほつかなくおほえ給ふらん さまをさなから見給ふへきなりとて御めをしのこはせ給宮もいとよはけに なき給ふていくへくもおほえ侍らぬをかくわたらせ給たるついてにあまに なし給てよときこえ給さる御ほいあらはいとたうときことなるを さすかにかきらぬいのちの程にてゆくすゑとをき人はかへりてことのみたれ ありよの人にそしらるゝやうありぬへきことになんはゝかりぬへきなとのたまはせて おとゝの君にかくなんすゝみのたまうをいまはかきりのさまならはかた時の程にても そのたすけあるへきさまにとなん思侍とのたまへは日ころも心をたふろかして (10ウ) かゝるかたにすゝむるやうも侍なるをとて聞も入侍らぬなりときこえ給物の 気のをしへにてもそれにまけぬとてあしかるへき事ならはこそはゝからめかく よはりにたる人のかきりとて物したまはん事を聞すくさんは後のくゐ心 くるしくやとのたまう御心のうちにはかきりなくうしろやすくゆつりを きし事をうけとり給てさしも心さしふかゝらすわか思ふやうにはあらぬ 御気しきをことにふれつゝ年ころもきこしめしおほしつめたること色 に出て恨きこえ給ふへきにもあらねはよの人の思いふらんところくちおしく おほしわたるにかゝるおりにもてはなれなんもなにかは人わらはれに世を 恨たる気しきならてさもあらさらん大かたのうしろ見にはなほたのま れぬへき御心をきてなるをたゝあつけたてまつりをきししるしはかり思 (11オ) なしてにくけにそむくさまにはあらすとも御そふむにひろくおもしろ きみやたまはり給へるをつくろひてすませたてまつらんわかおはし ます世たにさるかたにてうしろめたからす聞をきまた此おとゝもさいふ ともいとをろかにはよも思はなちたまはしその心はへも見はてんとおも ほしとりてさらはかく物したるついてにいむ事うけたまはんをたにけち えんにせんかしとのたまはすおとゝの君うしとおほゝすかたもわすれて こはいかにあるへきことそとかなしくくちおしけれはえたへたまはす内に いり給てなとかく残りいくはくも侍ましき身をふりすてゝかくはおほし なりにけるなをしはし心をしつめ給て御ゆまいり物なときこしめせたう ときことなれとかく御身よはくては御をこなひもし給てんやかつはつく (11ウ) ろひをきてこそとのたまへとかしらをふりていとつら/\のたまふとおも ほしたりつれなくてうらめしとおほす事もありけるにやと見たてまつり 給にいとおしくあはれになりてとかくきこえかへさひおほしわつらふ 程に夜明かたになりぬかへりいらんにみちもひるははしたなかるへしと いそかせ給て御いのりにさふらふ僧の中にやむことなくたうときかき りめしいれて御くしおろさせ給いとさかりにきよらなる御くしをそき すてゝいむ事うけ給さほうかなしくくちおしき也おとゝはえしのひあ へたまはていみしうなき給院はたもとよりとりわきてやむこと なく人よりはすくれて見たてまつらんとおほしゝも此世にはかなひ なきやうになしたてまつりつるもあかすかなしけれは打しほたれ給 (12オ) かくてもたひらかにておなしくはねんふつをもつとめ給へときこえ をきたまて明はてぬるにいそき出させ給宮はなをよはくきえ 入やうにし給てはか/\しく院のうへをもえ見たてまつりたまはす 物なともきこえたまはすおとゝも夢のやうに思給へみたるゝ心のまとひ にかくむかしおほえたるみゆきのかしこまりをもえ御らんせられぬ らうかはしさはことさらにまいり侍りてなときこえ給御をくりに 人々まいらせ給世中けふかあすかにおほえ侍し程にまたしる人も なくてたゝよはん事のあはれにさりかたくおほえしかは御ほいにはあら さりけめときこえつけて年ころは心やすく思給へ侍つるをもし いきとまり給へらはさまことにかはりて人しけきすまゐはつきなかる (12ウ) へきをさるへき山里なとにかけはなれたらんありさまもさすかに心 ほそかりぬへきをさまにしたかひてなをおほしはなつましくなんなとき こえ給さらにかくまておほせらるゝをなんかへりてはつかしく思給へらるゝ みたりこゝちとかくみたれ侍て何事もえわきまへられ侍らすとてけ にいとたへかたけにおほしたりこやの御かちに物のけ出きてかくそあるよ いとかしこくとりかへしつとひとりをはおほしたりしかいとねたかりしかはこゝに さりけなくてなん日ころさふらひつるいまはまかりなんとて打わらふいと あさましうさは此物の気の此わたりにはなれさりけるにやとおほす にいとおしうくやしうおほさる宮もいさゝかいき出給やうなれとなを たのみかたけに見え給さふらふ人々いふかひなくおほゆれとかくても (13オ) たひらかにたにおはしまさはとねんしつゝみすほう又のへたゆみなくをこ なはせよろつのことせさせ給かのゑもんのかんの君はかゝる御事をきゝ給に もいとゝきえ入やうにし給てむけにたのむかたすくなくなり給たり女宮の あはれにおほえ給へはこゝにわたりたまはん事はいまさらにかろ/\しきやうにも あらんをよろしきやうにうへもおとゝもかくもつとそひおはすれはをのつからとり はつして見たてまつり給やうもあらむあいなしとおほしてかく宮にとかくしていま 一たひ申てんと思のたまふをさらにゆるしたまはす誰にも此宮の御ことを きこえつけ給はしめよりかのはゝみやすむところおさ/\心ゆるしきこえたま はさりしを此おとゝのゐたちてねんころにきこえよりたまひ御心さしふかかり しにまけて院にもいかゝはせむにおほしゆるしたるを二品の宮の御ことお ほしみたれけるついてに中々この宮はゆくすゑうしろやすくまめやかなる御 (13ウ) うしろみまうけ給へりとのたまはすと聞給しをかたしけなく思ひいつかくて見 すてたてまつりつへきなめりとおもふにつけてはさま/\にいとおしく心より ほかなるいのちなれはたえぬる契りをうらめしとおほしなけかんか心くるしき 事御心さしありてとふらひ物せさせ給へとはゝうへにもきこえ給てあなゆかしや をくれたてまつりなはいくはく世にふへき身とてかくまてゆくさきの事は のたまふとなきにのみなき給へはえきこえやりたまはて右大弁の君にそ おほの事ともはくはしくきこえつけ給心のいとよくのとかにおはしつる君なれは をとうとの君たちも又すゑ/\わかきをやとたのみ申給へるにかくこゝ ろほそくのたまふをかなしとおもはぬ人なく殿のうちの人もなけくを おほやけにもおしみくちおしからせ給にかくかきりときこしめしてにはかに 権大納言になりたまひぬよろこひに思をこしていま一たひもまいり給 (14オ) やうもやとおほしのたまはせけれとさらにえためらひたまはてくるしき こゝちにもかしこまり申給おとゝもかく御おほえを見給につけてもいよ/\かな しくあたらしとおほえまとふ大将のきみつねにふかく思なけくとふらひきこえ給 御よろこひによりまつまうて給へりこのおはするたいのほとりこなたのみかと には馬くるまたちこみて人さはかしくさはきみちたりことしとなりては おきあかることもおさ/\したまはねはをも/\しき御さまにみたれなからは えたいめんしたまはて思つゝよはりぬる事と思ふにくちおしけれはなを こなたにいらせ給へいとらうかはしきさまに侍りつみはをのつからおほしゆるし てんとてふし給へるまくらかみのかたにそうなとはしはしいたし給ていれ たてまつり給はやくよりいさゝかへたて給ふ事なくむつひかはし給へる 御中なれはわかれなん事のいとかなしう恋しかるへきなけきをやはら (14ウ) からの御思にもをとらす思ほれ給へりけふはよろこひとてこゝ地よけならまし をとおもふもいとくちおしくかひなしなとかかくたのもしけなくはなり給にけるけふは かゝる御よろこひにいさゝかもすくよかにもやとこそ思侍つれとてきちやうの つまをひきあけ給へれはいとくちおしくその人にもあらすなりて侍やとて ゑほうしはかりをしいれておきあからんとし給へといとくるしけ也しろききぬ とものなつかしくなよらかなるあまたかさねてふすまひかけてふしたまへる おましのあたり物きよけに気はひかうはしく心にくゝそすみなし給へる打 とけなからようゐありと見ゆをもくわつらひたる人はをのつからかみひけも みたれ物むつかしき気はひもそふわさなるをいよ/\やせさらほひたる しもそしろくあてにきよけなるさまして枕をそはたてゝ物なとき こえ給けはひいとよはけにいきもたえつゝあはれけ也ひさしうわつらひた (15オ) まへる程よりは中々まさりてなん見え給ふとのたまふ物なから涙ををしのこひ つゝをくれさきたつへたてもなくとこそ契りきこえしかいみしうしある かな此御こゝちのさまをなに事にてをもり給ふとたにえ聞わきまつらす かくしたしき程なからおほつかなくのみなとのたまふに心にはをもくなるけち めもおほえ侍らすそこそとくるしきところも侍らねはたちまちにかく しも思給へさりし程に月日へたてゝよはりにけれはいまはうつし 心もうせにたるやうにてなんおしけなき身をさま/\にひきとゝめらるゝ くわんなとのちからにやさすかにかゝつらふも中々いとくるしう侍れは心もて なんいそきたつこゝ地し侍るさるは此世のわかれさりかたき事はいとさま/\ になんおやにもつかうまつりさしていまさらに御心ともをなやまし君に つかうまつる事もなかはの程にて身をかへりみるかたはたましてはか/\ (15ウ) しからぬ恨をとゝめつる大かたのなけきをはさる物にて心のうちに思たまへ みたるゝことの侍をかゝるいまはのきさみにはなにかはもらすへきとおもひ 給ふれとなをしのひかたき事をたれにかはうれへ侍らんこれかれあまた 物すれとさま/\ことにてさらにかすめ侍らんもあひなしかし六条院にい さゝかなることのたかひめありて月ころ心のうちにかしこまり申事なん侍し をいとほいなく世中心ほそく思なりてやまひつきぬと思はへしにめしありて 院の御賀のかくところ心見の日まいりて御けしきをたまはりしになをゆるさ れぬ御心はへあるやうに御ましりを見たてまつり侍ていとゝ世になからへん こともはゝかりおほくあちきなく思給へなりし心のさはきそめ侍てかくしつ まらすなりぬるになん人かすかにはおほしいれさりけめといはけなく侍し 時よりふかくたのみ申心侍しをいかなるさうけんなとのありけるにか是なん此 (16オ) 世のうれへにてのこり侍るろなう後の世のさまたけもやと思侍事のつい て侍らは御みゝとゝめ給てよろしうあきらめ申給へなからんうしろにも このかうしゆるされたらむのみなん御とくには侍へきなとのたまふまゝにいと くるしけにのみ見えまされはいみしくて心のうちに思あはする事もあれと さしてたしかなる事はえをしはかりやらすいかなる御心のおにゝかはさらに さやうなる御けしきもなくかくをもり給へるよしをもきゝおとろきなけき 給事かきりなくこそくちおしかり申給めりしかなとかおほす事ある にてはいまゝてへたてのこし給けんこなたかなたあきらめ申へかり けることをいふかひなしやとてとりかへさまほしくかなしくおほゆいさゝ かもひまありつるおりきこえうけたまはるへくこそ侍けれされといと けふあすとしもやはとみつからしらぬいのちの程をおもひのとめ (16ウ) 侍けるもはかなくなんこのことはさらに御こゝろよりほかにもらい 給ふましさるへきついての侍らんに御ようゐくはへ給へとてきこ えをくになん一条に物し給宮ことにふれてとふらへたまへこゝろ くるしきありさまにて院なとにもきこしめされたまはんをつくろ い給へなとのたまふいはまほしき事はおほかるへけれとこゝちせむ かたなくなりにけれは出させたまひねとてかききこえ給なく/\出 給かちまいるそうなとちかくまいりうへおとゝなとおはしあつまりて 人々もたちさはけはなく/\いてたまひぬ女御をはさらにもき こえすこの大しやうの御かたなともいみしうなけきたまふ心 をきてのあまねく人のこのかみこゝろに物し給けれは右の (17オ) おほいとのゝ北のかたもこの君をのみそむつましきものに おもひきこえ給ふけれはよろつにおもひなけき給て御いのり なととりわきせさせ給けれとやむくすりならねはかひなき わさになんありけるをんな宮にもえつゐにたいめんしたまはて あはのきゆるやうにてうせたまひぬとしころしたのこゝろこそ ねんころにふかくもなかりしか大かたにはいとあらまほしく もてなしかしつききこえてなつかしうこゝろはへおかしう打 とけぬさまにてすくしたまひけれはつらきふしも なしかくみしかゝりける御身にてあやしくなへての世 のすさましくおもひ給ふけるなりとおもひ出給にいみしう (17ウ) おほしいりたるさまいとこゝろくるしうみやすところ もいみしう人わらへにくちおしと見たてまつりなけき 給ふことかきりなしおとゝきたのかたなとはましていはむ かたなくわれこそさきたゝめ世のことはりなくつら いことゝこかれたまへとなにのかひなしあま宮はおほ けなきこゝろもうたてのみおほされて世になかゝれと しもおほささりしをかくなと聞給へはさすかにいとあはれなりかし わか君の御事をさそと思たりしもけにかゝるへき契にてや思のほかに心うき こともありけんとおほしよるにさま/\物心ほそうて打なきたまひぬやよひに なれは空のけしきも物うらゝかにて此いかの程になり給ていとしろううつ (18オ) くしう程よりはおよすけて物語なとし給おとゝわたり給つゝ御こゝちはさはや かになりたまひぬやいてやいとかひなくも侍かなれいの御さまにてかうも見た てまつりなしたらましかはいかにうれしう侍らまし心うくおほしすてつる事と涙 くみつゝきこえ給日々にわたり給ていましもやむことなくかきりなくもてかし つききこえ給御いかにもちゐまいりたまはんとてかたちことなる御ありさま を人々もいかになときこえやすらへは院わたり給てなにか女に物し たまはゝこそおなしすちにていま/\しうもあらめとてみなみおもて にちいさきおましなとよそひてまいらせ給いと花やかに御めのと たちもさうそきて御まへの物の色々をつくしたるこものひわりこ の心はへとも内にもとにももとの心をしらぬ事なれはとりちらしなに (18ウ) 心もなきをいと心くるしくまはゆきわさなりやとおほすみやもお きゐたまて御くしのすゑのいとところせうひろこりたるを くるしとおほしてひたいなとなてつけておはするにきちやうひき やりてゐ給へはいとはつかしうてそむき給へるいとゝちいさくほそりなり 給て御くしはおしみきこえたまてなかくそきたりけれはうしろは ことにかはるけちめもみえたまはぬ程也すき/\見ゆるにひいろの 御そともきかちなるいまやう色なときたまてまたありつかぬ御かた はらめかくてしもうつくしき事とものこゝちしてなまめかしうおか しけ也いてあなこゝろうすみそめこそいとうたてめくるゝいろなり けれかやうにても見たてまつることはたゆましきそかしと思なくさめ (19オ) 侍れとなをふりかたくわりなきこゝちする涙の人わろきをいとはしく 思すてられたてまつる身のとかに思なすもさま/\にむねいたくくち おしくなんとりかへす物にもかなやと打なけき給ていまはとておほしはなれ なはまことにいとひすて給けるとはつかしく心うくなんおほゆへきなをあは れとはおもほせよときこえ給へはかゝるさまの人は物のあはれもしらぬ物と聞しを ましてもとよりしらぬ事にていかゝは聞ゆへからんとのたまへはかいなのことや おほししるかたもあらん物をとはかりのたまひさしてわかきみを見たてま つり給御めのとたちやむことなくめやすきかきりめし出てつかうまつるへき 心をきてなとのたまうあはれ残りすくなき世におい出へき人にこそとて いたきとり給へはいと心やすく打ゑみてつふ/\とこえてしろくうつくし大将なとの (19ウ) 御ちこおひほのかにおほし出らるゝにはにたまはす女御の宮たちは たゝちゝみかとの御かたさまはうけつきて気たかふこそおはしませ ことにすくれてわらゝかにうつくしけにもおはせすこの君は いとあてなるにそへてあいきやうつきまみのかほりてゑかちなるを いとあはれに見給思なしにやなをいとようおほえたりかしたゝいま なからまなこゐのとかに心はつかしきやうはなれてかほりなつかしきかほ さま也宮はさしもおほしわかすひとはたさらにしらぬことなれはたゝ一 ところの御心のうちにのみそひてあはれはかなかりける人の契りかな と見給に大かたの世のさためなさもおほしつゝけられて涙のほろ/\と こほれぬるをけふはこといみすへきをとをしのこひかくし給しつかに思ひ (20オ) てなけきにたへたりと打すんし給五十八をとをとりすてたる御けはひ なれとすゑになりにたるこゝ地し給ふていと物あはれにおほさるなんちか ちゝにといさめまほしうおほされけんかし此ことの心しれるひと 女房の中にもあらんかしその人ともしらぬこそねたけれをこなりと見る 人々もあらんかしとはやすからすおほせとわか御ためのとかあらん事はあへ なん女の御ためこそふたついはんにはいとおしけれなとおほいて色にもいた したまはぬにいとなに心もなく物語してわらひ給へるまみくちつきうつ くしきも心しらさらん人はいかゝあらんなをいとよくにかよひたりけりと 見給まゝにおやたちのこたにあれかしとない給ふらんにもえ見せす人 しれすはかなきかたみはかりをとゝめをきてさはかり思あかりておよすけたりし (20ウ) みを心もてうしなひつるよとあはれにおしけれはめさましかりし心もひきかへし 打なかれたまひぬ人々すへりかくれたる程により給て此人をはいかゝ見給やかゝる 人をはすてゝそむきはて給ぬへき世にやありけんあな心うとおとろかしきこえ 給へはかほうちあかみておはす     「たか世にかたねはまきしと人とはゝいかゝいはねの 松はこたへん」あはれなりなとしのひてきこえ給に御いらへはなくてひれ ふし給へりことはりとおほせはしゐてもえきこえたまはすいかにおもほさるらん 物ふかくなとはおはせねといかてかはたゝにはとをしはかりきこえ給もいと心 くるしくなん大将の君はかの心にあまりてほのめかし出給しをいかなりけん ことにかありけんすこしものおほえたるさまならましかはさはかり打いて (21オ) そめたりしにいとようけしきはみてましをいふかひなきとちめにしもたい めしてあはれにいふせうもありしかなとおも影わすれかたうてはらからの 君たちよりも此君そしゐてかなしとおほされけるひめ宮のかくて世を そむき給ありさまおとろはしき御なやみにもあらてすかやかにおほしたち またさりとてもゆるしきこえ給ふへき事かは二条のうへのさはかりかきりにて なく/\申給と聞しをはいみしき事におほしてつゐにかくかけとゝめたてま つり給へる物をなととりあつめて思つゝくるになをむかしよりたえすみゆる 心はへえしのはぬおり/\もありきかしいとようもてしつめたるうはへは人より けにようゐありのとかに何事か此人の心のうちにおもふらんと見ゆる人も くるしきまてありしかとすこしよはきところつきてなよひすきたりし (21ウ) けそかしいみしうおもふ心ふかくともさるましき事に心をみたりて かくしも身にかふへきにやはありける人の御ためにもいとおしく我身 をはいたつらになす事さるへきむかしの契りといひなからいとかる/\ しうあちきなき事なりかしなと心一に思ひて女君にたにきこえ出 たまはすさるへきついてなくて院にもまたきこえ出たまはさり けりさる事をなんかすめしともきこえ出て御けしきはみまほしかり けりちゝおとゝはゝきたのかたはなみたのいとまなくおほししつみて はかなくすくる日数をもしりたまはす御わさのほうふくの御さうそく なにくれの御いそきをもきみたち御かた/\にそせさせ給ふける経仏の 御をきてなとも右大弁の君そせさせ給七日/\のみす経なとを人のおとろ (22オ) かすにも我になきかせそかくといみしとおもふ心まとひに中々みち さまたけにもこそとてなきやうにのみおほしほれたり一条の 宮にはましておほつかなくてわかれ給にし恨さへそひて日ころ ふるまゝにひろき宮のうちに人気すくなく心ほそけにてかの 君のしたしうつかひならし給し人々はなをまいりつかまつりなとして このみ給したかむまなとそのかたのあつかりともみなつくところ なく思ひくしてかすかに出いるを見きゝ給もことにふれて あはれはつきせぬ物になんありけるもてつかひ給し御てうと もつねにひき給しひわわこんなをもとりはなちやつされつゝ ねをたてぬもいとむもれいたきわさなりやと御まへのこたち (22ウ) いたくけふりてはなは時をわすれぬけしきなるをうちなかめ つゝ物かなしくさふらふ人々にひいろにやつれつゝさひしう つれ/\なるひるつかたさきいとこと/\しくはなやかにをふ音し てこゝにとまりぬる人ありあはれにことのゝ御けはひとこそ 打わすれて思つれとて打なくもあり大将殿のおはしたるなり けり御せうそこきこえいれ給へりれいの弁の君宰相なとの おはしたるとおほしつるをいとはつかしけにきよらなるもてなしにて いり給へりもやのひさしにおましひきつくろひていれたてま つるをしなへたるやうに人々のあへしらひきこえむかたしけ なきさまのし給へれはみやすむところそたいめし給へるいみしき (23オ) ことおもひたまへなけく心は人よりこえて侍れとかきりあり けれはきこえさせやるかたなくてよのつねになり侍りけり いまはのほとにものたまひをく事もはへしかはをろかならす なんたれものとめかたき世なれとをくれさきたつほとの けちめはおもふ給へをよはんにしたかひてふかき心の程をも御 らんせられしかなとなん思ひ給ふるをかむわさなとのしけき ころをひわたくしのこゝろさしにまかせてつく/\とこもり侍らん もれいならぬことに侍けれはたちなからなとは中々あかす思ひ 給へらるへくてなん日ころをすくし侍にけるおとゝなとの 心をみたし給さま見聞侍につけてもおやこのみちのやみをはさる (23ウ) 物にてかゝる御なからひのふかく思とめ給けんほとををしはかりきこ えさするにいとつきせすなんとていとしは/\をしのこひてはな打 かみ給あさやかに気たかき物からなつかしうなまめいたりみやすむ ところもすこしはなこゑになり給てあはれなることはそのつねなき 世のさかにこそはいみしくとても又たくひなき事にやはと年つ もりぬる人はしゐて心つようさまし侍をこゝにおほしいり たるさまのいとゆゝしきまてしはしもたちをくれ給ましきやう に見え侍れはすへていと心うかりける身のいまゝてなからへ侍りて かた/\にはかなき世のすゑのありさまを見給へすくすへきにや といとしつ心なくなんをのつからちかき御なからひにて聞をよはせ給ふる (24オ) やうも侍けんはしめつかたよりおさ/\うけひききこえさりし御こと をおとゝの御おもむけ心くるしう院にもよろしきやうにおほしゆるし たる御けしきなとのはへりしかはさらは身つからの心をきての をよはぬなりけりと思給へなしてなん見たてまつりつるをかく夢 のやうなることを見侍ると思あはせ侍れははかなきみつからの 心の程なんおなしくはつようもあらかひきこえましをとおもひ 侍るになをいとくやしうそれはいとかやうに思より侍らすみこ たちのおほろけのことならてあしうもようもかやうのよ つき給事はえ心にくからぬわさなりとふるめかしきこゝろに おもひ侍しことのいつかたにもよからすなかそらにうき御 (24ウ) すくせなりけれはなにかはかゝるついてにけふりにもまきれ給 なんもこの御身のため人きゝなとはことにくやしけなきを かゝるとてもしかすくよかにはえ思しつむましうかなしうくち おしく見たてまつりなけき侍るにいとうれしうしは/\あさからぬ 御とふらひのたへ侍らさめるをありかたうもときこえ侍るはさらは かの御契りありけるにこそおもふやうにも見えさりし御心はへなれと いまはとてこれかれにつけをき給けるゆいこんのあはれなるに なんうきにもうれしきをはましり侍けるとていといたう ない給御けしき也大将もえとみにためらひたまはすあや しういとこよなうおよすけ給へりし人のかゝるへうてやこの二三 (25オ) ねんのこなたなんいたうしめりて物こゝろほそけにものし 給しかはあまり世のことはりをたとりしり物ふかうなりぬる人の すみすきてかゝる心うつくしからぬかへりてはあさやきたるかた のおほくうすらく物なりとなんはか/\しからぬ人はつねにきこえ しかは心あさしと思給へりしよろつよりも人にまさりてけにかの おほしなけくらん御心のうちのかたしけなけれといと心くるしく も侍かななとなつかしうこまやかにきこえ給てやゝ程へて出給 かの君は五六年の程はかりのこのかみなりしかとなをいとわかやかに あひたれてそ物し給し是はいとすよかにをも/\しくおゝしき けはひしてかほのみそわかくきよらなること人にすくれ (25ウ) 給へるわかき人は物のかなしさすこしまきれて見いたしけり おまへちかき桜のいとおもしろきをことしはかりはと打おほゆる もいま/\しきすちなりけれはあひ見ん事はとくちすさひに     「時しあれはかはらぬ色ににほひけりかたえかれにし 宿の桜も」わさとなくすしなし給てたち給程にいとゝく     「この春は柳のめにそ玉はぬくさきちる花の ゆくゑしらねは」ときこえ給いとふかきよしにはあらねといまめかしく かとありとはいはれ給しかういなりけにめやすき程のようゐなめりと 見給ふおほとのにやかてまいり給へれはきみたちあまた物し給 なをこなたにいらせ給へとあれはおとゝの御出ゐのかたにいり給へり (26オ) ためらひてたいめし給へりふりかたうきよけなる御かたち いたうやせおとろへ御ひけなともとりつくろひたまはね はしけりておやのけふよりもけにやつれ給へり見たてま つり給よりいとしのひかたけれはあまりかくおさまらす みたれおつる涙こそははしたなけれと思ひてせめてそ もてかくし給おとゝもとりわきて御なかよく物し給しを と見たてまつり給よりたゝふりにふりおちてえとゝめあへ たまはすつきせぬ御事ともをきこえかはし給一条の宮 にまうてゝ侍つるありさまなとかたりきこえ給にいとゝ しく春さめと見ゆるまて軒のしつくなにならすぬらし (26ウ) そへ給にたゝうかみにかの柳のめにそとかき給へるを たてまつれ給へはめも見えすやとをししほりて見給て打 ひそひ給御さまれいは心つよくあさやかにほこりかなる 御さま名残なく人わろしさるはことなる事なかめれとこの 玉ぬくとあるふしのけにとおほさるゝに心みたれてひさしう えためらひたまはす君の御はゝ君のかくれ給へりし秋なん 世にかなしきことのきはめにはおほえ侍しを女はかきりあり て見る人すくなくとあることもかゝる事もあらはならねはかな しひもかくそへてなんありけるはか/\しからねとおほやけも すてたまはすやう/\人となりつるつかさくらゐにあひ (27オ) たのむ人々をのつからつき/\におほくなりなとしておとろき くちおしかる人もるいにふれてあるへしかくふかき思 にはその大かたの世のおほえもくらゐも思ひいれすたゝ ことなることもなかりし身つからのありさまのみこそ恋しう たへかたかりけれなにはかりの事にてかは思さますへからんと空 をあふきてなかめ給夕暮の雲の気しきにひいろに霞て 花のちりたるこすゑともをもけふそめとゝめ給この御 たゝむかみに     「木のしたのしつくにぬれてさかさまに霞のころも きたる春かな」大しやうのきみ (27ウ)     「なき人もおもはさりけんうちすてゝゆふへの霞 君きたれとは」へんのきみ     「うらめしや霞のころもたれきよと春よりさきに 花のちりけん」かくて御わさなとよのつねならすいかめしう なんありける大将とのゝ北のかたをはさる物にて殿は心ことに みす経なとをもあはれにふかき心はへをくはへ給かの一条の宮 へもつねにとふらひきこえ給卯月はかりの空はそこはかとなくこゝ ちよけにひとつ色なるよものこすゑもおかしく見えたるを物 おもふ宿はよろつにつけてしつかに心ほそくてくらしかね給にれい のまうて給へり庭もやう/\あをみ出るわか草見えわたりこゝ (28オ) かしこすなこのうすきものゝかくれのかたなとはよもきもところえ かほ也せんさいに心とゝめてつくろひ給しを心にまかせてしけりあひ 一むらすゝき物たのもしけにひろこりて虫のねそはん秋おもひ やらるかくいと物あはれも露けくてわけ入給いよすかけわたして にひ色なるきちやう衣かへしたるすきかけすゝしけに見えよき わらはのこまやかにはめるかさみのつまかしらつきなとのほの見え たるなとなをめおとろかるゝ色なりかしけふはすのこにゐ給へはしと ねさし出たりいとかろらかなるおましなりとてれいのみやすむところ おとろかしきこゆれとこのころなやましとてよりふし給へりとかくき こえまきらはす程おまへのこたちともの思ふことなけなるけしきを (28ウ) 見給もいと物あはれ也かしは木とかえてとの物よりけにわかやかなる 色してえたさしかはしたるをいかなる契りにかすゑあへるたのもし さよなとのたまひてしのひやかにさしよりて     「ことならはならしの宿にならさなん葉もりの神も ゆるしありきと」みすのとのへたてある程こそうらめしけれとて よりのたまへるなよひすかたはいといたくたをやきけるをやと これかれつきしろふ此御あへしらひ聞ゆるこ少将の君といふ人     「かしは木に葉もりの神はまさすとも人ならすへき 宿のしつえか」打つけなる御ことの葉になんあさく思ふ給へなりぬると 聞ゆれはけにとおほすにすこしほゝゑみたまひぬみやすむところ (29オ) もいさり出給けはひなれはやをらゐなをりたまひぬ うき世をおもふ給へしつむ月日のつもるけちめにやみたり こゝちもあやしくほれ/\しくてすこし侍をかくたひかさね させ給御とふらひのいとかたしけなきにおもふ給へをこしてなんとて けになやましけなる御けはひ也おもほしなけくはよのことはり なれとまたいとさのみはいかゝよろつの事さるへきとこそ侍 めれさすかにかきりある世となんとなくさめきこえ給この宮 こそきゝしよりは心のおくふかけに見え給へあはれけにいかに人わら はけなる事をとりそへておほすらんと思ふもたゝならねはい たく御心とゝめて御ありさまとひきこえたまけりかたちそへ (29ウ) まほには物し給ましけれといと見くるしうかたはらいたき 程にたにあらすはなとて見るめにより人をも思あきまたさる ましきに心をもまとはすへきそたゝ心はせのみこそいひもて いけはやむことなかるへけれとおほすいまはなをむかしに おもほしなすらへてうとからすもてなさせ給へなとわさとけさ うひてはあらねとねんころにけしきはみきこえ給なをし すかたいとあさやかにてたけたち物々しくすこしそろゝかにそ 見え給けるかのかんの君はよろつの事なつかしくなまめきあて にあいきやうつき給へることのならひなきなりけりこれは をゝしく花やかにあなきよらとふと見え給にほひそ人に (30オ) にぬやとうちさゝめきておなしくはかやうにても出入たまは ましかはなといふめり右将軍かつかに草はしめてあをしと うちくちすさひてそれもいとちかき代の事なれはさためなき 世のあはれもさま/\にちかくとをく心みたるゝやう也世中にたかき もくたれるもおしみあたらしからぬはなきもむへ/\しきかたは さる物にてあやしうなつかしうなさけをたてたる人にそ 物し給けれはさしもあるましきおほやけ人女官なとの年 ふるめきたるなとさへ恋かなしまぬなしましてうへにはおほん あそひなとのおりにもまつおもほし出てあはれゑもんのかみの といふことくさなとことにつけてもいはぬ人なし六条院は (30ウ) ましてあはれとおほしいつること月日にそへておほかり このわかきみをおほんこゝろひとつにはかたみと見なし 給へと人のおもひよらぬ事なれはいとかひなし秋つかたに なれはこの君ははひゐさりなとし給さまのいふよしなく おかしけなれは人めのみにもあらすまことにかなしと おもひきこえ給ふつねにいたきもてあそひきこえたまふ ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:豊島秀範、太田幸代、高田智和、大石裕子、淺川槙子、銭谷真人 更新履歴: 2012年3月5日公開 2012年12月5日更新 2013年11月19日更新 2014年7月23日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2012年12月5日修正) 丁・行 誤 → 正 (1ウ)5 せめせめて → せめはせめて (12ウ)8 此物のけ → 此物の気 (14ウ)9 ひもそうふ → ひもそふ (16オ)1 なく → なう (16ウ)1 御こゝ路 → 御こゝろ (23オ)5 気ちめは → けちめは (24オ)8 おほろ気 → おほろけ (24オ)9 こゝ路 → こゝろ (29ウ)6 こひて → うひて ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月19日修正) 丁・行 誤 → 正 (2オ)7 わななけは → わなゝけは (3オ)3 をとろ/\しく → おとろ/\しく (4オ)3 よにも → 世にも (4ウ)8 あはれはたえしのはて → あはれはたへしのはて (9ウ)7 なみたおとし給つわつらひ給 → なみたおとし給ふつわつらひ給 (11オ)7 くちほしけれは → くちおしけれは (17ウ)3 かぎりなし → かきりなし (18ウ)2 いとゝころせう → いとところせう (18ウ)5 きこえ給て → きこえたまて (19オ)5 きこへ給へは → きこえ給へは (20オ)2 こゝ地し給て → こゝ地し給ふて (20オ)4 みる → 見る (23オ)1 おもふたまへ → おもひたまへ (23オ)9 給らへらるへくてなん → 給へらるへくてなん (25ウ)9 見給 → 見給ふ (29ウ)6 きこへ給 → きこえ給 (30オ)5 をしみ → おしみ ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月23日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)2 さまみたてまつる → さまをみたてまつる (1ウ)6 名をたち → 名をもたち (2オ)3 人/\ → 人々 (2ウ)6 こゝちしても → こゝちして (3オ)5 をととの → をうとの (3オ)6 山ふしともなとも → 山ふしなとも (3オ)9 なきにおもほし → なきにおほし (3ウ)4 人/\ → 人々 (5オ)6 ゆくへなき → ゆくゑなき (5ウ)10 人/\ → 人々 (6オ)3 けしきもゝらさし → けしきもらさし (6ウ)6 出て給 → 出給 (6ウ)7 心/\ → 心々 (7ウ)2 たまはすと → たまはすなと (9オ)8 世にかひくれて → 世にかくれて (9ウ)10 人/\ → 人々 (10オ)3 かたわらいたし → かたはらいたし (10オ)3 おほえ給らん → おほえ給ふらん (11オ)9 物なとをきこしめせ → 物なときこしめせ (12オ)7 人/\ → 人々 (12ウ)10 人/\ → 人々 (13オ)5 よろしきやとに → よろしきやうに (13オ)9 御心さしのふかかり → 御心さしふかかり (13オ)11 中/\ → 中々 (13ウ)11 思ひをこして → 思をこして (14オ)10 へたて給事なく → へたて給ふ事なく (14ウ)6 なよゝかなる → なよらかなる (14ウ)10 枕をそはたてゝふしたまへり物なと → 枕をそはたてゝ物なと (15オ)1 中/\ → 中々 (15オ)8 中/\ → 中々 (15ウ)11 たのみ申す心 → たのみ申心 (16ウ)2 くはへたまへとて → くはへ給へとて (16ウ)8 人/\ → 人々 (18オ)4 日/\ → 日々 (18オ)6 人/\ → 人々 (18オ)9 色/\ → 色々 (19ウ)2 けたかふこそ → 気たかふこそ (20オ)5 人/\ → 人々 (20ウ)2 人/\ → 人々 (20ウ)2 いかに見給や → いかゝ見給や (20ウ)3 人をはすてて → 人をはすてゝ (20ウ)6 きこへ給に → きこえ給に (21オ)4 おとろ/\しき → おとろはしき (21ウ)1 おもふ心かくとも → おもふ心ふかくとも (21ウ)2 かへしも → かくしも (21ウ)10 左大弁 → 右大弁 (22オ)1 かくいみしと → かくといみしと (22オ)1 中/\ → 中々 (22オ)5 人/\ → 人々 (22ウ)2 人/\ → 人々 (22ウ)9 人/\ → 人々 (22ウ)10 さまのしたまへれは → さまのし給へれは (23オ)8 中/\ → 中々 (23ウ)10 御ならひにて → 御なからひにて (25ウ)3 あひ見む事 → あひ見ん事 (25ウ)8 よそゐなめりと → ようゐなめりと (26オ)10 しつくになにならす → しつくなにならす (27オ)1 人/\ → 人々 (29オ)6 さるへきにこそ → さるへきとこそ (29オ)9 とりそえて → とりそへて (29ウ)6 きこへ給 → きこえ給 (29ウ)7 物/\ → 物々