米国議会図書館蔵『源氏物語』 御法 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- みのり (1オ) むらさきのうへいたうわつらひ給し御やまひの後いとあつしく なり給てそこはかとなくなやみわたり給事ひさしくなりぬおとろ/\ しきさまにはあらねと年月かさなれはたのもしけなくいとゝあへか になりまさり給おもほしなけく事かきりなししはしにてもをくれきこえ たまはん事をはいみしかるへきおもほしまとひたれはみつからの御心には 此世にあかぬことなくうしろめたき御ほたしたにましらぬ御身なれは あなかちにかけとゝめまほしき御身ともおほされぬを年ころふかき御 契りにかけはなれて思なけかせたてまつらん事はかりそ人しれぬ御心のうち に物あはれにおほされける後の世のためにたうときわさともおほく せさせ給つゝいかてなをほいあるさまになりてしはしもかゝつらはん (1ウ) いのちの程はをこなひをもまきれなくてとたゆみなくおほしのたま へとさらにゆるしきこえたまはすさるはみつからの御身にもしかおほしそめ たるすちなれはかくねんころにおほしのたまふついてにもよされておなし みちにもいりなんとおほせと一度家を出給なはかりにも此世をかへり見給ふへ きはおほしをきてす後の世はおなしみちにたのみをかけ給御契りなれとこゝ なからつとめたまはん程はおなし山なりともみねをへたてゝあひ見たてまつら ぬすみかにかきはなれなんことをのみおほしまうけたるかくいとたのもしけ なきさまになやみあつい給へはいと心くるしき御ありさまをいまはとひき わかれんには思すてかたく中々山水のすみかにこりぬへくおほしとゝこほる 程にたゝ打あさへたる思のまゝのたうしんおこす人々にはこよなく (2オ) をくれたまひぬへかめり御ゆるしなくて御心一におほしたらんもさま あしくほいなきやうなれと此ことによりてそ女君はうらめしと思きこ え給ける我御身をもつみかろかるましきにやとうしろめたなくおほ されけり年ころわたくしの御くわんにてかゝせ給へる法華経千部いそき出 給てくやうし給わか御れうとおほす二条院にてそし給ける七そうのほう ふくなとしな/\物の色ぬひめよりはしめてきよらなる事かきりなし大かた 何事もいといかめしきわさともをせられたりこと/\しきさまきこえたまは さりけれはくはしき事ともゝしらせたまはさりけるに女の御をきてにては いたりふかく仏のみちにさへまよひ給ける御心の程なとを院はいとかきり なしと見たてまつり給てたゝ大かたのことをなん院にはいとなませ給ける (2ウ) かくにんまい人なとの事は大将の君とりわきてつかうまつり給内春宮きさ いの宮たちをはしめたてまつりて御かた/\こゝかしこにはたゝみすきやうほう もちなとをし給たにところせきにましてその程の御いそきをいつれの程に 色々おほしまうけけんとそ見えける花ちる里ときこえし御かたあかしなとにも わたり給みなひんかしの戸をあけておはすしんてんの西のぬりこめなりけり 北のひさしに御かた/\のつほねともはさうしはかりをへたてつゝしたりやよひ の十よ日の程なれは花さかりにて空の気しきもうらゝかに物おもしろく 仏のおはすらむところのありさまとをからす思やられてきはことなるに ふかき心もなき人さへつみをうしなひつへしたき木こるさんたんのこゑ もそこらつとひけるひゝきおとろ/\しきを打やみてしつまりたる程をたに物 (3オ) あはれにおほさるゝをまして此ころとなりては何事につけても心ほそき事 おほししらるあかしの御かたに三の宮してきこえ給へり     「おしからぬこの身なからもかきりとてたき木つきなん ことのかなしさ」御返心ほそきすちは後のきこえも心をくれたるわさとにやそこはかなくそあめる     「たき木こるおもひはけふをはしめにてこのみにねかふ のりそはるけき」夜もすからたうときことにうちあはせたるつゝみのこゑたへす おもしろしほの/\とあくる朝ほらけの霞のまより見えたる花の色々なを春 に心とまりぬへくにほひわたりてもゝち鳥のさえつるもふえのねにをとら ぬこゝちして物のあはれもおもしろさも残らぬ程にれうわうまひてきうに なる程のすゑつかたのかく花やかにおもしろしみな人ぬきかけたる物の色々なとも (3ウ) おりからにおかしうのみみゆみこたちかんたちめの御中にもものゝ 上手ともみな手残さすあそひ給かみしもこゝ地よけにけう ある気しきともなるを見給にも残りすくなしと身をおほし なりたる御心のうちにはよろつの事あはれにおほえ給昨日れいなら すおきゐ給へりし名残にやいとくるしうてふし給へり年ころかゝる ことのおりふしことにまいりつとひあそひ給人々の御かたちありさまをのか しゝのさえの程をもことふえのねをもけふや見聞給ふへきとちめならん とのみおほさるれはさしもめとまりたまはさりし人のかほさへあはれに見 わたされ給まして夏冬の時につけたるあそひたはふれにもなまいとま しきしたの心はをのつから打ましりもすらめとさすかになさけをかはし給かた/\ (4オ) は誰もひさしくとまるへき世にもあらさなれとまつ我ひとりゆくゑ もしらすなりなん心ほそさおほしつゝくるにいみしうあはれ也ことはてゝ をのかしゝあそひ給なんとするにもとをきわかれめきておしまるゝ御こゝろ そふ花ちるさとの御かたに     「たえぬへきみのりなからそたのまるゝ世々にとむすふ 中のちきりを」御返     「むすひをく契りはたえし大かたののこりすくなき みのりなりとも」やかて此ついてにふたんのみと経せんほうなとたゆみなく たうときことをせさせ給みすほうはことなるしるしもなくて程へにしかは れいのことにてさるへきところ/\寺々にてそせさせ給ける夏になりては (4ウ) れいのあつさにさへいとゝしくきえいりぬへきおり/\おほかりおとろ/\し からぬ御こゝちなれはそこはかとなくたゝいとよはきさまになり給てむつ かしけにところせきさまになやみ給こともなしさふらふ人々もいかにおはし まさむとするにかと思よるにもまつかきくらしあたらしくかなしき御あり さまを見たてまつるかくのみおはすれは中宮かの院にまかて給ひんかしのたい におはしますへけれはこなたにわたり給て待きこえ給きしきなとれいに かはらねと此世のありさまを見はてすなりぬるなとのみおほせはよろつに つけて物あはれ也なたいめんなとを聞給にもその人かの人なとみゝとめて きかれ給かんたちめなといとおほくつかまえり給へりひさしかりつる御たい めんのとたえをめつらしくおほして御物語きこえ給院は入給てすはなれ (5オ) たらんこゝちしてこよひはむとくなりや打やすみ侍なんとて わたりたまひぬおきゐ給へるをうれしとおほしたるもいとはかなき程の 御心なくさめなりやかた/\におはしましてはあなたにわたりたまはんも かたしけなしまいらんことはたわりなくなりにて侍れはとてしはしは こなたにおはすあかしの御かたもわたり給へり心ふかけにしつまりたる御物 語ともきこえかはし給うへは御心のうちにおほしめくらす事もおほかれ とさかしけになからむ後なとののたまひつゝくる事もなしたゝなへての 世のつねなきありさまなとをおほとかにことすくなゝる物からあさはか ならすのたまひなしたるけはひなとそことに出たらんよりもあはれに物 心ほそき御けしきは中々しるく見えける宮なとを見たてまつり給ても (5ウ) をの/\御ゆくすゑをゆかしう思きこえけるこそかうはかなかり ける身をおしむ心もましりけるにやとて涙くみ給へる御かほの にほひいみしくおかしけ也なとてかくのみおほしたらむとおほすに中宮は 打なきたまひぬゆゝしけになとはきこえなしたまはす物のおり/\なとにそ 年ころつかうまつりなれぬる人々なとのことなるよるへなくなと思ひていとおし けなるなとをその人かの人侍らすなりなん後御心とゝめてたつねおほせなと はかりきこえ給けるみと経なとによりそれいの我御かたにわたり給ける三の宮 のあまたの御中にいとおかしけにてはしりありき給を御こゝちのひまには まへにすへたてまつり給て人のきかぬおりなとにはまろか侍らさらんにはおほし 出てんやときこえ給へはおよすけていと恋しかりなんまろかうちのうへよりも (6オ) 宮よりもはゝをこそまさりて思聞ゆれおはせすはいとこゝちむつかしからむと めをしすりてまきらはし給へるさまのおかしけれはほゝゑみなから涙をはおち ぬおとなになり給なはこゝにすみ給て此たいのまへなるこうはいと桜とは花の おり/\に御心とゝめてもてあそひ給へさりぬへからんおりには仏にもたてまつらせ 給へなときこえをき給へはうなつきつゝ御かほをまもりて涙のおつへかめれ はたちておはしぬとりたてゝおゝしたてたてまつり給へれは此宮とひめ宮と そ見さしたてまつりたまはん事くちおしくあはれにおほされける秋待つけて 世中すゝしくなりゆくに御こゝちもいさゝかさはやくやうなれとともすれは かことかましさるは身にしむはかりおほさるへき風ならねと露けきおり かちにてすくさせ給宮はまいり給なんとするをいましはしも御らんしはて (6ウ) よともきこえまほしくおほせとさかしきやうにもあり内の御 つかひのひまもなきもわつらはしけれはさもえきこえたまはぬにあなた にもえわたりたまはねは中宮そこなたにわたり給かたはらいたけれと けに見たてまつらぬもかひなしとてこなたにことに御しつらひなとせさせ 給いとこよなくやせほそり給へれとかくてこそあてになまめかしきこと のかきりなさもそひてめてたけれときしかたあまりにほいおほくあさ/\ と物し給しさかりは中々この世の花のかほりにもよそへられ給しを かきりもなくらうたけにおかしけにていとかりそめに世をおもひ給へる 気しきにる物なく心くるしうすゝろに物かなし風のけしきすこく ふき出たる夕暮にせんさい見給とてけうそくによりゐ給へるを (7オ) 院わたりて見たてまつり給てけふはいとよくおきゐ給へりけるはこの中 宮御まへにてはこよなくこゝ地はれ/\しきなめりかしときこえ給かはかりのひま あるをもいとうれしとおほいたる御気しきを見給も心くるしうつゐにいかに おほしさはかむとおもふもあはれなれは     「をくと見るほとそはかなきともすれはかせにみたるゝ はきのうは露」けにおれかへりみたるゝ花の露もよそへられたるおりさへしのひかたくて     「やゝもせはきえをあらそふ露の世にをくれさきたつ 程へすもかな」とてなみたをしのこひたまう宮     「秋かせにしはしとまらぬ露の世をたれか草葉の うへとのみ見む」ときこえいはし給ふ御さまかたちともあらまほしく見るかひ (7ウ) あるにつけてもかくて千とせをすくすわさもかなとおほさるゝこそ 心にかなうましき事なれはかけとめんかたなくかなしかりけるいまはわた らせたまひねみたりこゝちいとあしくなりまさり侍りぬいふかひなくなりに ける程といひなからいとなめけにかたはらいたしとて御きちやうひきよ せてふし給へる御さまのけにつねよりもいとたのもしけなく見え給へはいかに おほさるゝにかと宮は御手をとらへてなく/\見たてまつり給にまことにきえ ゆく露のこゝ地してかきりに見え給へはみす経のつかひともかすもなくたち さはきたりさき/\もかくていき出たまふおりありしにならひ給て御物 のけのしわさとうたかひて夜一夜さま/\のことをしつくさせ給へとかひ なくて夜あけはつる程にきえはてたまひぬ宮はかへりたまはてかく (8オ) 見はてたてまつり給へるをかきりなくおほす誰も/\ことはりのわかれにて 世はたくひある事ともをおほしなされすめつらかにいみしう明暮の夢に まとひ給程さらなりやさかしき人よりはおはせさりけりさふらふ女房なと はあるかきりものおほゆるなし院はましてさらにおほしのとめんかたなけれ は大将の君のちかくまいり給へるを御きちやうのもとによひよせたて まつり給ていまはかきりのさまなめるを年ころほいありてものし給つる ことかゝるきさみになにそのおもひかなへてやみなんかいとゝくちおしきを かちにさふらひつる大とこたちと経の僧なとみなこゑやめていてぬなるを さりとも立とまりて物すへきもあらん此世にはむなしきこゝ地する仏の御 しるしいまはかのくらきみちのとふらひをたにと申へきをかしらおろすへき (8ウ) よし物し給へさるへき僧たれかとまりたるなと申給ふてせめて心つよくと おほしなすへかめれとたへぬ御涙とゝめかたきをことはりにいみしう見たて まつり給御物のけなとの人の御心をみたるとてかゝる事も侍なるをさもや おはしますらんさらはとてもかくても御ほいのことはいとよろしきことに侍なるを 一日一夜にてもいむことのしるしこそむなしく侍らさなるをまことにいふかひ なくなり給て後御くしはかりをやつさせ給てもことなりかのよの御ひかりに もなりたまはさらん物ゆへめのまへのかなしひのみまさるやうにていかゝ侍 らむと申給て御いみにこもり候へき心さしありてまかてぬそうその人 かの人なとめしてさるへき事とも此君そをこなひ給年ころなにやかやと おほけなき心はなかりしかといかならん世にありしはかりも見たてまつらんほの (9オ) かにも御こゑをたにえきかぬ事なと心にはなれす思わたりつるをこゑはつゐに きかせたまはすなりぬるにこそはあめれむなしき御かほにてもいま一たひ 見たてまつるへきほいかなふへきおりはたゝいまより又いつかあらむと 思ふにつみもあへすなかれて女房のあるかきりさはきまとふをあなかま しはしかくなさはきたまひそなとしつむるさまにてきちやうのかたひら を物のまきれにひきあけて見給へはほの/\と明ゆくひかりのおほつ かなけれは御とのあふらをちかくかゝけて見たてまつり給にあかすうつくしけに いよ/\めてたくきよらに見ゆる御かほのあたらしかりけれはこの君の かくのそき給を見る/\もあなかちにかくさんの御心もなくてかくよろ つまたかはらぬ気しきなからかきりのさまはしるかりけるこそとて御 (9ウ) 袖をかほにをしあて給へる程大将の君も涙にくれてめも見えたまはぬ をしゐてのこひあけて見たてまつるに中々あかすかなしき事たくひな きをまことに心まとひもしぬへし御くしはしたゝかにしもあらすたゝ打 やられたる程みたれたるけもなくつや/\とうつくしけなる事そかきりなき 火のあかきに御色はいとゝしろくひかるやうにてとかく打まきるゝことありしう つゝの御もてなしよりもいふかひなきさまになに心なくてふし給へる御ありさまの あかぬ心なしなといはんにもさらなりやなのめならすきよらなるを見るにたに しゐのやかてかの御からにとまりなんと思ふもわりなきことなりやつかまつりなれたる 女房なと物おほゆるもなけれは院そ何事とおほしもわかれすおほゝるゝ御心を あなかちにしつめてかきりの御事ともし給いにしへもかなしとおほす事あま (10オ) た見給し御身なれといとかくおりたちてはまたしらぬ事をきしかたゆくさき たくひなきこゝ地し給やかてその日とかくおさめたてまつるかきりあること なれはかくても日かすをたにすくし給ましかりけるそ心うき世なりけるはる/\ とひろき野のところもなくたちみちかきりもなくいかめしきさほうなれとも いとはかなけなるけふりにてはかなくのほり給ぬるをれいのことなれとあへなく いとしう空をあゆむこゝちして人にかゝりてそおはしましけると見たて まつるひともさはかりいつくしき御身をと物の心しらぬけすもなかぬなかり けり御をくりの女房はまして夢ちにまとふこゝちしてくるまよりもまろひ おちぬへきをそもてあつかひけるむかし大将の御はゝ君のうせ給へりし 時の暁をおほし出るにもかれはなを物のおほえけるにや月のかほのあきらかに (10ウ) おほえしをこよひはたゝくれまとひ給へり十四日にうせ給てし是は十五日 の暁なり日はいと花やかにさしあかりて野への露もかくれたるくまなくて世 中おほしつゝくるにいと/\はしくいみしけれはをくるとてもいく世かはふへき かゝるかなしさのまきれにむかしよりの御ほいもとけまほしくおほせと心 よはきさまに後のそしりをおほせはむねをのみせきあまるそたへ かたかりける大将の君もこもり給てあからさまにもまかてたまはす 明暮ちかくさふらひ給て心くるしういみしき御けしきをことはりにかなしく 見たてまつり給てよろつになくさめきこえ給かせ野わきたちてふく夕暮 にむかしの事おほし出てほのかに見たてまつりし物をといみしう恋しく おほえ給に又かの御かきりの程の夢のこゝちせしなとを人しれすおもひ (11オ) つゝけられてたへかたくかなしけれは人にはさしも見えしと つゝみてあみた仏/\とひゝすゝのかすにまきらはしてそなみたの たまをもてけちたまう     「いにしへの秋のゆふへの恋しきにいまはと見えし あけくれの夢」そ名残さへうかりけるやむことなきそうともさふら はせ給てさたまりたるねんふつなとはさる物にてほんけせんほうなとを せさせ給かた/\いとあはれ也ふしてもおきてもなみたのひるよ なく霧ふたかりてあかしくらし給いにしへより御身のありさまをお ほしめくらすにかゝみに見ゆる影よりはしみ人にはことなるかきり ありけるみなからいはけなき物よりかなしくつねなき世を思しらすへ (11ウ) く仏なとのすゝめ給ける身を心つよくすくしきてつゐにきし かたゆくさきもためしあらしとおほゆるかなしさを思ふかないまはこの 世にうしろめたなき事も残らすなりぬひたみちにをこなひにおもむき なんにさはるところあるましきをいとかくおさめんかたなき心まとひ にてはねかはんみちにも入かたくやと此思すこしなのめにわすれゆく 心つけ給へとあみた仏をねんしたてまつり給てところ/\の御とふらひ うちをはしめたてまつりてれいのさほうはかりにはあらていとしけ くきこえ給おほしいりたる心の程にはさらに何事をもめにもみゝにも とまらす心に残り給ふへきこともなけれとも人にいとほけかましくは 見えきこえしいまさらに我世のすゑにかたくなしく心よはきまとひ (12オ) にてよの中をなんそむきにけるとなかれてとまらむ 名をおほしつゝむになん身をこゝろともせぬなけきを さへうちそへたまひけるおほきおとゝものゝあはれをもおかし きことをもほりすくしたまはぬ人にてよく世にたくひなく ものしたまへる人のはかなくうせたまひぬる事そくち おしくあはれにおほしてしは/\とふらひきこえたまふ むかし大将の君の御はゝのうせたまへりしもこのころの ことそかしとおほしいつるにいとものあはれなりその おりにかの御身をおしみかなしひたまひし人のあまたも うせたまひにけるかなをくれさきたつ程なき世なりや (12ウ) なとしめやかなる夕くれになかめたまふ空の 気しきもたゝならねは御このくら人のせうしやう してたてまつりたまへりあはれなることもはか/\しく かきたまひてはしに     「いにしへの秋さへいまのこゝ地してぬれにし袖に 露そをきそふ」御返     「露けさはむかしいまともおもほえす大かた秋の 世こそつらけれ」もののみかなしきみかとのまゝならは まちとりてこゝろよはけにもとめとゝめたまひつへ (13オ) きおとゝのこゝろさまなれはめやすきほとにそたひ/\ なをさりならぬ御とふらひかさなりぬる事とよろこひ申 たまふうすゝみとのたまひし色よりはいますこしこま やかにてたてまつれりよの中にさいはひありめてたき人 もあひなう大かたの世にそねまれよきにつけても こゝろのかきりおこり人のためくるしき事なとある人も あるをあやしきまてすゝろに人にうけられたまひて はかなくしいてたまへることもなにことにつけても世人 にほめられこゝろにくゝ気たかくらう/\しくおりふしに (13ウ) つけてもあはれなりし人の御こゝろはせなれはさしもある ましきおほよその人さへそのころは風のをと虫のこゑにつけ つゝなみたおとさぬはなしましてほのかにも見たてまつりし 人のおもひのとまるへき世もなくかなしきに年ころむつ ましくつかまつりなれし人はしはしものこれるいのちうらめし きことをなけきつゝあまになり此世のほかの山すみなとに思たつ もありけり冷泉院のきさいの宮よりあはれなる御ふみたえすつ きせぬことともをきこえたまひて     「かれはつる野へをうしとやなき人のあきにこゝろを (14オ) とゝめさりけん」いまなんことはりしられ侍りぬなとありけるを物おほえぬ御心 にも打かへしをきかたく見給いふかひあらんかたのおかしからんおりふしのなく さめには此宮はかりこそおはしけれといさゝかまきるゝやうにおほしつゝけても なみたのこほるゝををしのこひ給袖のいとまなくてえかきやりたまはす     「のほりにし雲ゐなからもかへり見よわか秋はてぬ つねならぬ世に」をしつゝみ給てもさはかり打なかめ給てすくよかにも おほされすほれ/\しくおほししらるゝ事おほかるまきらはしにおはします 仏の御まへにも人しけからすしなし給てしめやかにをこなひ給千とせをも もろともにとおほしゝかとかきりあるわかれそいとくちおしきわさなり (14ウ) けるいまははちすの露もこと/\にまきるましきをこなひにとひた みちにおほしたつ事たゆむおりなしされと人きゝにしはしはゝ かり給事なんあいなかりける御わさのことはか/\しくのたまひをき つることなともなかりけれは大将のきみなんとりもちてつかう まつりたまひけるけふやとのみ我御身も心つかひせられたまふ おりおほかるをはかなくてつもりにけるもゆめのこゝちのみす 中宮なともおほしわするゝおりなく日数にそへて恋きこえ たまう事いみしうたくひなくなんそこらの御なからひにみな おもひいてきこえたまひける ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:野口あゆみ、豊島秀範、神田久義、太田幸代 更新履歴: 2012年3月5日公開 2014年1月21日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年1月21日修正) 丁・行 誤 → 正 (3オ)8 もゝち取の → もゝち鳥の (7ウ)8 かりて → かくて (8オ)7 きさみにたに → きさみになに