米国議会図書館蔵『源氏物語』 幻 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- まほろし (1オ) 春のひかりを見給につけても暮まとひたるやうにのみ御心一は かなしさのあらたまるへくもあらぬにとにはれいのやうに人々ま いり給なとすおほんこゝちなやましきさまにもてなしたまて御すの うちにおはします兵部卿の宮わたりたまへるにそ打とけたるかたにてたいめ したまはんとて御せうそこきこえたまふ     「我宿の花もてはやす人もなしなにゝかはるの たつねきつらん」宮うちなみたくみたまて     「香をとめてきつるかひなくおほかたの花のたよりと いひやなすへき」こうはいのしたにあゆみより給御さまのいとなまめかし けれは是よりほかにもてはやすへきかたなくそ見ゆる花はほのかにひらけさし (1ウ) つゝおかしき程のにほひ也御あそひもなくれいにかはりたる事おほかり女房なと も年ころへにけるはなをすみそめあらためす思さますへき世もなう恋き こゆほかになんともわたりたまはすまきれなう見たてまつるをなくさめにて なれつかうまつる年ころまめやかに御心とゝめてなとはあらさりしかと時々は 見はなたぬやうにおほしたりつる人々中々さひしき御ひとりねにはいと おほそうにもてなし給てよるのとのゐなとにはあまたこれかれをお ましのあたりひきさけつゝさふらはせ給ふつゝき/\なるまゝにいにしへの 物語なとし給時もあり名残なき御ひしり心のふかうなりゆくにつけても さしもありはつましかりける事につけつゝ中ころは物おもひし給へるけしきの 時々見えしおり/\おほし出るになとてたはふれにても又まめやかに心くる (2オ) しき事につけてもさやうなることを見えたてまつりけん何事もらう/\しう 見えたまうし心なれは人の心の程をもいとよく見てなかう恨給ふ事は なかりしかと一わたりつゝいかならんとすこしにても心をみたり給けんことのいと おかしうくやしうおほえ給ふさまことむねよりあまるこゝちし給そのおりの ことの心をもしりいまもちかうつかうまつる人々はほのかにきこえ出るもあり入 道の宮のわたりはしめ給しころそのおりはしも色にはいたしたまはさり しかとことにふれつゝあちきなのわさやと思ふ給へりしけしきのあはれな りしなかにも雪ふりたりし暁に我身も立やすらひてひえいるやうに 空のけしきもはけしかりしにいとなつかしうおひらかなる物から袖のいたう なきぬらし給へりけるをせめてひきかくしまきらはしたましようゐなとを (2ウ) 夜もすから夢にても又いかならん世にかとおほしつゝけたる明ほのにしもさうし におるゝ女房のこゑいみしうもつもりにける雪かなといふこゑを聞つけ給へるたゝ そのおりのこゝちし給に御かたはらの恋しきもあさましうて     「うき世には雪きえなんとおもひつゝおもひのほかに なをそ程ふる」れいのまきらはしには御てうつめしてをこなひ給うつみたる 火おこし出て御火おけなとまいる中納言の君中将の君なとおまへちかうて御 物語し給ひとりねつねよりもさひしかりつる夜のけしきかなかうてもいとよう 思すましつへかりける夜をはかなうもいまゝてかゝつらひけるかなと打なかめ給 つゝ我さへ打すてゝは此人々のなけきわひん事なとあはれにのみ見わたしたまふ しのひやかに打をこなひ給御こゑなとにもよろしうおもはん事たに涙もろに (3オ) なりぬへうそ明暮見たてまつる人々もつきせすあはれに思ひ聞ゆるいとかりそ めの此世につけてはあかすなと思ふへき事をたかき身にはむまれなから人よりことに くちおしきかきりにもありけるかな世のことはりもふかくしらすたゝ時にあたりて おもふ事なくすくしつへかりし年の程よりかなしと思ふ事たえす世のはかなくうき ことを思しるへく仏なとのをきて給へる身なるへしそれをしゐてしらすかほになか らふれはかういまはの夕ちかきすゑにいみしき事のとちめを見つるにすくせの程も みつからの心のきはも残りなく見はてゝ心やすきにいまなんまことに露のほたし 残らすなりにたるをこれかれ月ころかくてありしよりもめならす人々のいまはとて ゆきわかれん程こそいま一ふし心うこきぬへけれいとはかなき事なりかしわろかり ける心の程かなとてをしのこひ給にもまきれすこほるゝを見たてまつる人々はまして (3ウ) せきとめんかたなしさて打すてられたてまつりなんうれはしさを打いてんとおもへと むせかへりつゝやみぬかくてのみ思あかし給へる明ほのなかめくらし給へる夕暮しめや かなるおり/\はこのなへてならすおほしたりし人々をおまへちかくて物語なとし給中将 の君といふはまたちいさくより見給なれにしをいとしのひて見たまひすくさす やありけんいとかたはらいたきさまに思つゝみてことになれきこえさりけるをうせ給て のちは人よりもらうたき物に心とゝめ給へりしかたさまにもかの御かたみのすちに つけてそあはれにおもほしたる心はせかたちなともいとめやすくてうなひまつに おもほえたるけはひしたるなとたゝなるより八らう/\しとおほすうとき人々にはさら に見えたまはすかんたちめなともむつましきかきりまた御はらからのみこたちなと つねにまいり給へとたいめし給事おさ/\なしうとき人にむかはん程はさかしう (4オ) 心おさめむと思ふとも此ありさま月ころにほけにたらむもてかくすともひかこと ましりてすゑのよはひにかたくなしく人にみなやまれんも後の名さへうたてある へし思ほれてなん人にも見えさなるといはれんもおなし事なれとなを音に聞 ておもひやることのおほきにかたわなるよりもすこし見くるしかるへきことのめに 見つるはこよなうきはまりてかたくなしきわさなりとおほせは大将の君なとに たにみすへたゝたいめし給ふかく心かはりしたるやうに人のいひつゝふへきう つす日をすくさむとおもほししつめてうき世もえそむきたまはす御かた/\に 打ほのめい給ふにつけてはまついとせきかたき涙のみ雨のふりまされはいつかたにも おほつかなくてすくし給中宮は内にまいり給てみの宮をそさう/\しき御なく さめにおはしまさせ給はゝののたまふしかはとてたいのまへのこうはいをとりわき (4ウ) てらうしてうしろみあるき給もいとあはれと思ひきこえ給へりきさら きになりぬれは花の木ともいとさかりなるもまたしきもこすゑをおかしう 霞わたりたるに此御かたみのこうはいにうくひすのわかやかに打なきたれは たちいてゝ見たまふ     「うゑて見し花のあるしもなき宿にしらすかほにて きゐるうくひす」とうそふきありき給春ふかくなりゆくまゝにおまへ のありさまいにしへにかはらぬ花のさかりをめて給かたにはあらねとしつ 心なく何事につけてもむねいたうのみおほさるれは大かたこの世の ほかのやうに鳥のねもきこえさらむ山のすゑそいふかしういとゝなり まさり給やまふきなとのこゝちよけにさきみたれたるも打つけに (5オ) 露けうそ見なし給ふほかの花はひとつちりて八重桜はひらけかは 桜はすき藤はをくれて色つきなとこそはすめるををそきとき花の こゝろをしりつゝおもしろう見ところあらせんと色々うへをき給しか時を わすれすにほひみちたるにわか宮まろか桜はさきにけりいかてひさ しうちらさしきのめくりにちやうをたてゝかたひらをあけすは風はえふ きよらしなとかしこう思よりたりとおほしたる御かほのいとうつくしけれは 打ゑみたまひぬおほふはかりの袖もとめけん人よりはいとかしこうおほし よりたりかしなとこの宮をもてあそひに見たてまつり給君になれきこえん こと残りすくなしやいのちといふ物いましはしなからふる物なりともたいめんは 侍るましとてもれいの打涙くみ給へはいと物しとおほしてはゝののたまひしことを (5ウ) まか/\しうのたまふとてふしめにて御袖をくちにひきまきらはしつゝおはす すみのまのかうらんにをしかゝりたまておまへの庭をもみすのうちをも見わ たしたまつゝなかめ給女房なとのかの御かたみの色かへぬもありまたれいの色 あいなとなるもあやなと花やかならすみつからの御なをしなとも色はよのつね なれとことさらにやつしてむもんをたてまつれり御しつらひなともをのつから物 さひしうことそきたるけはひに見わたされてしめやかにこゝろほそけれは     「いまはとてあらしやはてむなき人のこゝろとゝめし 春のかきねを」と人やりならすかなしうおほしやらるいとつれ/\なれは 入道の宮の御かたにわたり給わか宮は人にいたかれ給ておはしましてこなた のわか君とはしりあそひ給て春おしみ給心ふかけにもあらすいとはかなし (6オ) 宮は仏のおまへにて経をそよ見給けるなにはかりふかうおほしとれる御たうしん にもあらさりしかと此世にうらめしう御心みたるゝ事もことにおはせすのと やかなるまゝにまきれなうをこなひたまて一かたに世ををしはなれたる もうらやましうかくあさへ給へる女の御心さしにをくれぬる事とくちをしう おほすあかの花のゆふはへしていとおもしろう見ゆれは春のさかりに心をよせ たりし人なくて花の色もすさましく見なさるゝを仏の御かさりにてみる へかりけれとのたまひてたいのひんかしおもてなるやまふきこそなをよに 見えぬ花のさまなゝれふさのおほきさなとよし名たかうなとはをきて さりける花にやあらむ花やかににきはゝしうさいたるなんおもしろかりけるうへし 人なき春ともしらすつねよりもにほひかさねたるこそあはれに侍れと (6ウ) のたまふ御いらへになに心もなく谷には春もとのたまふをことしもこそあれ あな心うとおほさるゝにつけてもまつかうやうのはかなき事をもそのことの さらてもと心にたかうふしのなくてもやみにしかなといはけなかりし御程 より何事そやかたはなりしことやありしとおほし出れとまつそのおりかのおり にかと/\しうらうたけににほひ花やかなりし御心さまもてなしことのはのみ おもほし出られてれいのもろき御涙はこほれぬ夕暮の霞もおかしき程なれは やかてあかしの御かたにわたり給へりひさしうさしものそいたまはぬをおほ えなきおりなれは打おとろかるれといとさまよふ心にくきけはひもてつけて なをこそは人にはまさりたれと見給につけてはまたかうさまにはあらてかれ はことさまにこそゆへをもよしをももてつけ給へりしかとおほしくらへらるゝに (7オ) おもかけに恋しさのみまさるはいかにしてなくさむへき心そといとくらへくるしう こなたにてはのとやかにむかし物語し給人をあはれと心とゝめんもいとわけるへき わさとはむかしよりおほえてすへていかなるかたにも此世にはしふとまるへき ことなくと心つかひせしに大かたの世につれて身のいたつらにはふれぬへかりし ころをひなととさまかうさまに思めくらししにいのちをもみつからすてつへく 野山のすゑに心をもはふらかさんにことなるとゝこほりもあるましくなん思なり しをすゑの世にしもいまはかきりの程ちかき身にさもあるましきほたし おほうかゝつらひていまゝてすくしてけるか心よはくもとかしき事なとさして 一すちのかなしさにはのたまはねとおもほしたるさまをことはりにいとおしう見たて まつり給大かたの人めになにはかりおしけなき人たに心のうちのほたし八をのつから (7ウ) おほかる物に侍なる物をましていかてか八心やすくおほしすてん さやうにあさへぬる事はかへりてかる/\しきもとかしさなとのたち出るも 中々なるへきことに侍るをおほしたつことのにふきやうに侍らんはまたつゐ にすみはてたまはんかたさまもふかうなとこそは思やられ侍りぬへけれ いにしへのためしなとを聞侍につけても心におとろかれ思よりたかうふし ありて世をいとふついてになるとかそれこそわろくもあることなをしはしは おほしのとめて宮たちなともすこしおとな/\しうまことに世にうこき なかるへき御ありさまを見たてまつり給まてみたれなう侍らんこそめやす くもうれしうも侍るへけれなといとおとなひてきこえ給ふさまて思のとめん 心ふかさこそあさきにをとりぬへけれなとのたまひてむかし思しおり/\の (8オ) ふる事なとかたり出給なかにこ入道のきさいの宮かくれたまし春なん花の 色見てもまことに心あらはなとおほえしそれは大かたの世につけてをかし かりし御ありさまをおさなかりし時より見たてまつりしみてさるとちめのかな しさも人よりことにおほえ給し也みつからとりわく心さしにも物のあはれは よらぬわさ也年ころへぬる人におくれて心おさめんかたなくわすれかたきも たゝかゝる中のかなしさのみにはあらておさなき程よりおほしたてしありさま もろともに老ぬるすゑの世に打すてられぬる我身も人の世もさま/\にこそ 思つゝけらるゝかなしさのたへかたきになんすへて物ゝあはれもゆへある事もおかしき すちもひろう思めくらすかた/\そふことのあさからすはなるになんありけるなと 夜ふくるまてむかしいまの御物語にかくてもあかしつへき世をなとおほしなから (8ウ) かへりわたり給ふは女も物あはれ也我御心にもあやしうもなりにける心の程かなと おほしつゝれいの御おこなひに夜はなかはになりてそひるのおましにいとかりそめ にてあかし給つとめて御ふみたてまつれたまふ     「なく/\もかへりにしかなかりの世はいつくもつゐの とこよならぬを」よへの御ありさまはうらめしけなりしといとかうまておほし ほれたる御けしきの心くるしさに我身のうへはさしおかれて涙くみて見給ふ     「かりかゐしなはしろ水のたえしよりうつりしはなの 影をたに見す」ふりかたうよしあるかきさまなとを見給つゝいにしへの事おほ し出るになまめさましき物に思給へりしかすゑの世にはかたみに心はせを 見しるとちにてうしろやすきさまに打たのむかたには思かはしたまさり (9オ) とていとしも打とけすゆへありてもてなし給へりし心をきてを人はえ見しら さりきかしなとおほしいつせちにさう/\しき時この御かたにはとき/\かやうにも ほのめき給夏の御かたよりも衣かへの御さうそくたてまつれ給ふとて     「夏ころもたちかへてけるけふはかりふかきおもひも すゝみやはせぬ」御返     「はころものうすきにかはるけふよりはうつせみの世そ いとゝかなしき」まつりの日なといとつれ/\にてけふの物見る人々こゝち よけならんやと心々のありさまなとおほしやらる女房なといかにさう/\ しからん里にしのひて出て見るもあれかしなとのたまう中将の君ひんかし おもてにうたゝねしたるにあゆみおはして見給へはいとさゝやかにおかしきさま (9ウ) しておきあかりたるつらつきいと花やかににほひたるかほをふところにもて かくしていさゝかふくた見たるかみのかゝりもいとおかしけ也くれなゐの すこしきはみたるけそひたるきぬともくわんさう色ひとへのいと くろきににひいろをうはきにてもからきぬはしとけなくぬきすてたりと かうひきかけなとするにあふひをかたはらに打おいたりけるをとり給ていか にそや此かさしよ名さへわすれにけりとのたまへは     「さもこそはよるへの水もみくさゐめけふのかさしや 名さへわするゝ」とはちらひてきこゆるけにいと/\おしくて     「大かたはおもひすてゝし世なれともあふひはなをや つみをかすへき」なとひとりはかりはおほしはなれぬけしきなりさみ (10オ) たれはいとゝなかめくらし給よりほかの事なくさう/\しき十よ日の月の 花やかにさし出たる雲間のめつらしきに大将の君なとおまへにさふらひ 給花たちはなの月影にいときはやかに見ゆるかほりくるをひ風こと になつかしけれはちよをならせるこゑもなとまたるゝ程ににはかにたち 出るむら雲のけしきもいとあやにくにてさとふるにとうろもふきまよ はして空くらきこゝちするに窓をうつこゑなとめつらしからぬふることも打 すし給へるはおりからにやいもかかきねにをとせまほしき御こゑ也ひとり すみはことにかはる事なけれとさう/\しうもあるかなふかき山すみ せんにもかくて身をならはしたらんはこよなう心すみぬへきわさなり けりとのたまひて女房なとこゝにくた物まいれをのこともめさむに (10ウ) こと/\しとて心にはたゝ空をのみなかめ給へる御けしきのつきせす心 くるしけれはことはりに見たてまつり給かくのみおほしまきれすは御をこなひ にも心をすましたまはん事かたくやなと思給へりほのかに見し御おもかけ たにわすれかたきをましてわりなしやと思ふ昨日けふと思給ふる程に 御はてちかうなり侍にけるいかやうにかおほしをきつらんなと申給へはなにはかり かはよのつねにことなる事をかはせんかの心さしにてしをかれたりけるこく らくのまんたらなと此たひなんくやうすへき経ともゝありけるをなにか し僧都のみなその事ゝもはきゝをいたなれはくはへてすへき事ともなと もかのそうつのいはんにしたかひてなん物すへきなとのたまふかうやう のことももとよりおほしをきてけれはうしろやすきわさなれとこの世 (11オ) にはかりそめの御契りなりけりとなん見給ふにかはかたみなとにはとゝめ 給へる人たに物したまはぬこそくちおしう侍けれと申給へはそれはかりそ めならすいのちなかき人々もさやうなる事の大かたすくなかりけるみつからの くちおしさにこそはそこにこそこのかとはひろけ給ふへきなとのたまう ふし/\にしのひかたき御心よはさのくちおしうてすきにしこともいたうも のたまひ出ぬにまたれつるほとゝきすのほのかにうちなきてわたるいかに しりてかときく人たゝならす     「なき人をしのふるよひのむらさめにぬれてやきつる 山ほとゝきす」とていとゝ空をなかめたまふ大しやうの君     「ほとゝきすきみにつてなんふるさとのはなたちはなは (11ウ) いまそさかりと」女房なともおほういひつゝけたれととゝめつやかて大将もお まへにさふらひ給さひしき御ひとりねの心くるしけれは時々とのゐしたまふ おはせし夜にいとけとをかりしおましのあたりのいたうもたちはなれ ぬおりなとにつけつゝ思ひ出る事おほかりいとあつきころすゝしきかたに なかめ給に池のはちすさかりなるを見給につけてもいかて涙のとおほさる ほれ/\しくてなかめ給程に暮にけりひくらしのこゑのいとはなやかなる におまへのなてしこの夕はへもひとりのみ見給ふはけにそかひなかりける     「つれ/\とわかなきくらす夏の日をかことかましき むしのこゑ哉」ほたるのいとおほくとひかふをせきてんにほたるとんて とれいのふることをかゝるみちにはくちなれたまて (12オ)     「よるをしるほたるを見てもかなしきはときそともなき 思ひなりけり」七日にれいにかはりたることおほうあそひなともしたまはす つれ/\となかめくらし給ほしあひ見る人もなしまた夜ふかう一ところおきゐ たまてつま戸をしあけ給へるにせんさいの露のいとしけうわた殿 より見わたさるれは出たまて     「たなはたのあふせは雲のよそに見てわかれの庭に 露そおきそふ」風の音もたゝならすなりゆくころしも御ほうしの ことについたちころはまきらはしけ也いまゝてへにける月日よとおほすに もいとゝあきれてあかしくらし給御き日にかみしもの人いもゐしてかの まんたらなとけふそくやうせさせたまけるれいの御をこなひに御 (12ウ) てうつなとまいりて中将のきみのあふきに     「君こふるなみたはきはもなかりけりけふをはなにの はてといふらん」と扇にかきたるをとりて見給て     「人こふる我身はすゑになりゆけと残りおほかる 涙なりけり」とかきつけ給へり九日きくの花を御らむして     「もろともにおきゐし菊のあさ露もひとりたもとに かゝる秋かな」神無月になりて時雨かちなるころいとゝなかめ たまひて夕くれの空のけしきなとはえもいはぬこゝろ ほそさにふりにしかたなとひとりこちおはす雲ゐをわた る雁のつはさもうらやましくのみなかめられたまて (13オ)     「大そらをかよふまほろし夢にたに見えこぬたまの ゆくゑたつねよ」何事につけてもまきれすのみ月日にそへておもほすに 五せちなといひて世中そこはかとなくいまめかしけなるころ大将殿のきん たちわらは殿上し給へるゐてまいり給へりおなし程にて二人いとうつくしき さまなるをおちの頭中将くら人の少将をみにて打つゝきもてかしつきつゝもろ ともにまいり給へりみな思ふ事なけなるありさまともを見給につけてもいに しへのあやしかりし日影のおりもさすかにおほしいつ     「宮人はとよのあかりにいそくけふ日影もしらす くらしつる哉」ことしをかくてしのひすくしつれはいまはと世をさり給ふへき 程ちかくおほしまうくるみちめもあはれつきせすやう/\さるへき事ともなと (13ウ) 御心のうちにおほしつゝけてさふらふ人々にも程々につけてものたまひなとす おとろ/\しういまはかきりとしなしたまはねとちかふ候人々は御ほいとけ給ふ へき御けしきと見たてまつるまゝに年の暮ゆくも心ほそうかなしと 思おちとまりてかたはなりぬへき人の御ふみともやれはおしとおほされける にやすこしつゝ残し給へりけるを物のついてに御らんしかけてやらせ給 なとするにすまとあかしのころをひところ/\よりたてまつれ給へりける御ふみ ともなとありかの御てなるはことにゆひあはせてそありけるみつからしをき たまうける事なれとひさしうなりにける世のことおほすにたゝいまの事のやう なるすみつきなといみしうけにちとせのかた見にもしつへかりけるを見す なりぬへき世とおほせはかひなくてうとからぬ人二三人はかり御まへにて (14オ) やらせ給いとかゝらぬことにてたにすきにける跡と見ゆるはあひなうもの あはれなるをましていとゝかきくらしそれとも見えわかれぬまてふりおつる 御涙の水くきになかれそふを人めもあまり心よはしと見たてまつるへきか はしたなけれはをしやりたまひて     「しての山こえにし人をしたふとて跡を見つゝも なをまとふ哉」おまへなる人々もまほにはえひきひろけねとそれとほの 見る程の心まとひともをろかならすこの世なからとほらぬ御わかれの程を いみしとおほしけるまゝにかい給へりけることの葉けしきそのおりよりもすま のせきあへすかなしさやらんかたなしいとうたていま一きは御心まとひ 人めもしらすいとめゝしう人わるくなりぬへけれはこまかにも見たまはてかたはしに (14ウ)     「かきつめて見るもかひなしもしほ草おなし雲ゐの けふりともなれ」とかきつけ給てみなやかせ給つおほん仏名なとことしはかり こそとおほすにつねよりことにしやくちやうのこゑなともあはれにおもほさる ゆくすゑとをきことをこいねかふも仏のきゝたまはんことかたはらいたし 雪いたうふりてまめやかにつもりにけりたうしのまかつるをおまへに めしとゝめてさかつきなとつねのけさよりさしわきてことろくなと給ふ 年ころひさしうおほやけにつかうまつりて院にも御らんしなれにたる 御たうしのかしらはやう/\色かはりてさふらふをあはれにおもほさるゝなるへし れいのみこたちかんたちめなとあまたまいり給へり梅の花わつかにけしきはみ はしめて雪にもてはやされたる程おりおかしうて御あそひもありぬへけれと (15オ) なをことしまてはものゝねもむせひぬへきこゝ地したま ひてときよりたるものうちすしなとはかりそあそひ たまふまことや御たうしのさかつきのついてに かゝることありき     「春まてのいのちもしらす雪のうちに色つく梅を けふかさしてむ」御返し     「千代の春見るへき花といのりをきて我身そ雪と ともにふりぬる」ひと/\おほうかきつゝけたれとかゝ すその日いてたまへる御かたちをむかしの御ひかり にもまたいとおほうそひてありかたうめて (15ウ) たく見たてまつるにこのふりぬるよはひの そうはあいなうなみたをえとゝめさりけりとし くれぬとおもほすにもこゝろほそきにわか宮の なやらはんにをとたかかるへきわさをせむと はしりありきたまうにもおかしき御ありさま を見さらんことゝよろつにしのひかたし     「物おもふとすくる月日もしらぬまにとしもわか 世もけふやつきぬる」ついたちのことつねよりも (16オ) ことなるへくことともをきておほせたまう みこたち大臣のひきいてものともしな/\ ろくともの事なといとになくおもひまうく となん ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:藤本文音、千川彩佳、伊藤鉄也、斎藤達哉、太田幸代 更新履歴: 2012年3月5日公開 2013年11月19日更新 2014年7月30日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月19日修正) 丁・行 誤 → 正 (2オ)4 おしう → おかしう (2ウ)6 御火をけなと → 御火おけなと (4オ)6 へたてゝ → へたゝ (4ウ)1 うしろみありき → うしろみあるき (6オ)9 にきわゝしう → にきはゝしう (6ウ)3 たかふ → たかう (7オ)2 わるかへき → わけるへき (9オ)4 ふるき → ふかき (10オ)2 さしいてたる → さし出たる (15オ)7 いのりおきて → いのりをきて ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年7月30日修正) 丁・行 誤 → 正 (1ウ)5 中/\ → 中々 (1ウ)10 時/\ → 時々 (5オ)3 色/\ → 色々 (7ウ)3 中/\ → 中々 (9オ)8 心/\ → 心々