米国議会図書館蔵『源氏物語』 紅梅 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- こうはい (1オ) そのころあせちの大納言と聞ゆるはこちしのおとゝの二らう也うせた まひにしゑもんのかみのさしつきよわらはよりりやう/\しう花やかなる心はへ 物し給し人にてなりのほり給ふとし月にそへてまいていと世にある かひありあらまほしうもてなし御おほえいとやむことなかりけり 北のかたふたり物し給しをもとよりのはなくなり給ていま物し給ふ は後のおほきおとゝの御むすめまきはしらはなれかたくし給し 君を式部卿の宮にてこ兵部卿の宮にあはせたてまつり給へりしをみ こうせ給て後しのひつゝかよひ給しかと年月ふれはえさしもはゝかり たまはぬなめり御こは北のかたの御はらに女二人のみそおはしけれはさう/\し とて神ほとけにいのりていまの御はらにそおとこ君ひとりまうけ給へる (1ウ) こ宮の御かたに女君一ところおはすへたてわかすいつれをもおなしことゝ 思きこえ給へるををの/\御かたの人なとはうるはしうもあらぬ心はへうち ましりなまくね/\しき事も出くる時々あれと北のかたいとはれ/\ しくいまめきたる人にてつみなくとりなしわか御かたさまにくるしかるへき 事をもなたらかに聞なし思なをし給へは聞にくからてめやすかりけり君 たちおなし程にすき/\おとなひたまひぬれは御もなときせたてまつり給 七けんのしんてんひろくおほきにつくりてみなみおもてに大納言殿 おほい君西に中君ひんかしに宮の御かたすさせたてまつり給へり大かた に打おもふ程はちゝ宮のおはせぬ心くるしきやうなれはこなたかなたの御 たから物おほくなとして内々のきしきありさまなと心にくゝ気たかくなと (2オ) もてなしてけはひあらまほしくおはすれいのかくかしつき給ふきこえありて つき/\にしたかひつゝきこえ給人おほくうち春宮より御けしきあれと内には 中宮おはしますいかはかりの人かはかの御けはひにならひきこえんさりとて 思をとりひけせむもかひなかるへし春宮には右の大殿の女御ならふ 人なけにてさふらひ給ふはきしろひにくけれとさのみいひてやは人に まさらんと思ふ女子を宮つかへに思たえてはなにのほいかはあらんとおほし たちてまいらせたてまつり給十七八の程にていとうつくしうにほひおほ かるかたちし給へり中の君も打すかひてあてになまめかしうすみたる さまはまさりておかしうおはすめれはたゝ人にてはあたらしく見せまうき 御さまを兵部卿の宮のさもとおほしよらはなとおほしたる此わか君を内 (2ウ) にてなと見つけ給時はめしまとはしたはふれかたきにし給心はへ ありておくをしはかるゝまみひたひつき也せうとを見てのみは えやましと大納言に申せよなとのたまひかくるをさなんときこ ゆれは打ゑみていとかひありとおほしたり人にをとらむ宮つかへ よりは此宮にこそはよろしからむ女子は見せたてまつらまほしけれ 心のゆくにまかせてかしつきて見たてまつらむにいのちのひぬへき 宮の御さまなりとのたまひなからまつ春宮の御ことをいそき給ふて かすかの神の御ことはりも我世にやもし出きてこおとゝの院の女御 の御ことをむねいたくおほしてやみにしなくさめのこともあらなんと 心のうちにいのりてまいらせたてまつり給ふついと時めき給ふ (3オ) よし人に聞ゆかゝる御ましらひのなれたまはぬ程にはか/\しき御 うしろ見なくてはいかゝとて北のかたそひてさふらひ給ふはまことに かきりもなく思かしつきうしろ見きこえ給殿はつれ/\なるこゝ地し て西の御かたはひとつにならひ給ていとさう/\しくなかめ給ひんかし のひめ君もうと/\しくかたみにもてなしたまはてよる/\は一ところに 御とのこもりよろつの御事ならひはかなき御あそひわさをも師の さまに思きこえてそ誰もならひあそひ給ける物はちをよのつ ねならすし給ふてはゝ北のかたにさやかにはおさ/\さしむかひた てまつりたまはすかたはなるまてもてなし給物から心はへけはひの むまれたるさまならすあひきやうつき給へる事はた人より (3ウ) すくれ給へりかく内まいりやなにやとわかかたさまをのみおもひ いそくやうなるも心くるしなとおほしてさるへからむさまにおほし さためてのたまへはおなし事とこそはつかうまつらめとはゝ君にもきこ え給けれとさらにさやうのよつきたるさま思立へきにもあらぬけ しきなれは中々ならんことは心くるしかるへし御すくせにまかせて世に あらむかきりは見たてまつらん後そあはれにうしろめたけれと世をそ むくかたにてもをのつから人わらへにあはつけき事なくてすきしたまは なんなと打なきて御心はせの思ふやうなる事をそきこえ給いつれも わかすおやかり給へと御かたちを見はやとゆかしうおほしてかくれ給ふ こそ心うけれと恨て人しれす見えたまひぬへしやとのそきありき (4オ) 給へとたへてかたそはをたにえ見たてまつりたまはすうへおはせぬほとは たちかはりてまいりくへきをうと/\しくおほしわくる御けしきなれは心うく こそなときこえてみすのまへにゐ給へは御いらへなとほのかにきこえ給御こゑ 気はひなとあてにおかしうさまかたち思やられてあはれにおほゆる人 の御ありさま也わか御ひめ君たちを人にをとらしと思おこれと此君にえしも まさらすやあらんかゝれはこそ世中ひろき内はわつらはしけれたくひあらしと おもふにまさるかたもをのつからありぬへかめりなといとゝいふかしう思きこ え給月ころなにとなく物さはかしく程にことのねをたにうけたまらて ひさしうなり侍にけり西のかたにはつる人はひわを心に入て侍るさもま ねひとりつへくやおほえ侍らんなまかたほにしたるに聞にくき物のねから也 (4ウ) おなしくは御心とゝめてをしへさせ給へおきなはとりたてゝならふ物侍ら さりしかとそのかみさかりなりし世にあそひ侍しちからにや聞しる はかりのわきまへは何事にもいとつきなうは侍らさりしを打とけて もあそはさねと時々うけたまはる御ひわのねなんむかしおほえ侍る こ六条院の御つたへにて右のおとゝなん此ころ世に残り給へる源中納言 兵部卿の宮なに事にもむかしの人にをとるましういと契りことに物し給 人にてあそひのかたはとりわきて心とゝめ給へるを手つかひすこしなよひたる はち音なとなんおとゝにはをよひたまはすと思ふ給ふるを此御ひわのねこそ いとよくいとおほえ給へれひわはをし手しつやかなるをよきにする物なるに ちうさす程はち音さまかはりてなまめかしうきこえたるなん女の御こと (5オ) にて中々おかしかりけるいてあそはさんや御ことまいれとのたまう女房なとは かくれたてまつるもおさ/\なしいとわかき上らうたつる見えたてまつらしと思ふは しも心にまかせてゐたれはさふらふ人さへかくもてなすかやすからぬとはらたち 給わか君内へまいらんととのゐすかたにてまいり給へるわさとうるはしき みつらよりもいとおかしく見えていみしくうつくしとおほしたりれいけいてんに 御ことつけきこえ給ふゆつりきこえてこよひもえまいるましくなやましく なときこえよとのたまひてふえすこしつかうまつれともすれは御まへの 御あそひにめし出らるゝかたはらいたしやまたいとわかき笛をと打ゑみ てそうてうふかせ給いとおかしうふい給へはけしうはあらすなりゆくは此 わたりにてをのつから物にあはするけ也なをかきあはさせ給へとせめきこえ給へは (5ウ) くるしとおほしたるけしきなからつまひきにいとよくあはせてたゝすこし かきならい給ふかは笛ふつゝかになれたるこゑして此ひんかしのつまに軒ちかき こうはいのいとおもしろくにほひたるを見給ておまへの花心はへありて 見ゆめり兵部卿の宮うちにおはす也一えたおりてまいれしる人そしる とてあはれひかる源氏といはゆる御さかりの大将なとにおはせしころわくら はにてかやうにてましらひなれきこえしこそ夜とともに恋しう侍れ此宮 たちをよ人もいとことに思きこえけに人にめてられむとなり給へる御あり さまなれとはしかはしにやありけん大かたにて思ひ出たてまつるにむねあくよ なくかなしきを気ちかき人のをくれたてまつりていきめくらふはおほろけの いのちなかさなりかしとこそおほえ侍れなときこえ出給て物あはれに (6オ) すこくおもひめくらししほれ給ついてのしのひかたきにや花おらせて いそきまいらせ給いかゝはせむむかしの恋しき御かた見には此宮はかり こそは仏のかくれ給けん御名残にはあなんひかりはなちけんを二たひ出 給へるかとうたかうさかしきひしりのありけるをやみにまとふはる けにところにきこえをかさんかしとて     「こゝろありて風のにほはすそのゝ梅にまつうくひすの とはすやあるへき」とくれなゐのかみにわかやかにかきてこの君の ふところかみにとりませをしたゝみていたしたて給をおさなき心に いとなれきこえまほしとおもへはいそきまいりたまひぬ中宮のうへの 御つほねより御とのゐところに出給程也殿上人あまた御をくりに (6ウ) まいる中に見つけ給て昨日はなといととくはまかて侍にしくやしさ にまた内におはしますと人の申つれはいそきまいりつるやと おさなけなる物からなれ聞ゆうちならて心やすきところにも 時々はあそへかしわかき人とものそこはかとなくあつまるところそと のたまふ此君めしはなちてかたらひ給へは人々はちかうもまい らすまかてちりなとしてしめやかになりぬれは春宮にはいとま すこしゆるされにためるないとしけうおもほしまとはすめり しをときとられて人わろかめるとのたまへはまろはさせた まひしこそくるしかりしか御まへにはしもときこえ出されは人 けなしとおもはれたるとなことはり也されとやすからすそふる (7オ) めかしきおなしすちにてひんかしと聞ゆなるはあひおもひ給てん やとしのひてかたらひきこえよなとのたまうついてにこの花を たてまつれと打ゑみて恨て後ならましかはとて打もをかす御 らんすえたのさま花ふさ色も香もよのつねならすそのににほ へるくれなゐの色にとられて香なんしろき梅にはをとれるといふ めるをいとかしこくとりならへてもさきけるかなとて御心とゝめ給 花なれはかひありもてはやし給こよひはとのゐなめりやかて こなたにとめしこめつれは春宮にもえまいらす花もはつ かしくおもひぬへくかうはしくて気ちかくふせ給へるをわかきこゝ地 にはたくひなくうれしくなつかしうおもひ聞ゆこの花のあるしは (7ウ) なと春宮にはうつろひたまはさりししらす心しらむ人になと こそ聞侍しかなとかたり聞ゆ大なこんの御心はへは我かたさまにおもふへ かめれと聞あはせ給へとおもふ心はことにしみぬれは此返ことけさや かにものたまひやらすつとめてこの君のまかへるになを さりなるやうにて     「花のかにさそはれぬへき身なりせは風のたよりを すくさましやは」さてなをいまはおきなともにさるしらせさせて しのひやかにと返々のたまひて此君もひんかしのをはやむこと なくむつましふおもひましたり中々ことかたのひめ君は見え給なと してれいのはらからのさまなれとわらはこゝちにいとおもりかに (8オ) あらまほしうおはせる心はへをかひあるさまにて見たてま つらはやと思ありくにその宮の御かたのいと花やかにもてなし 給につけておなし事とは思なからいとあかすくちおしけれはこの 宮をたに気ちかくて見たてまつらはやとおもひありくにうれ しき花のついて也これはきのふの御かへりなれは見せたてまつる ねたけにものたまへるかなあまりすきたるかたにすゝみ給へるを ゆるしきこえすと聞給て右のおとゝわれらか見たてまつるには いと物まめやかに御心おさめ給こそおかしけれあた人とせんにたらい 給へる御さまをしゐてまめたちたまはんも見ところすくなくや ならましなとしりううちてけふもまいらせ給ふにまた (8ウ)     「もとつ香のにほへる君か袖ふれは花もえならぬ なをやちらさむ」とすき/\しやあなかしことまめやかにきこえ給へり まことにいひなさんとおもふところあるにやとさすかに御こゝろ ときめきし給て     「花のかをにほはす宿にとめゆけは色につめとや 人のとかめむ」なとなを心とけすいらへ給へるを心やましと思ゐ給へり 北のかたまかて給てうちわたりの事のたまうついてにわか君の 一夜とのゐしてまかり出たりしにほひのいとおかしかりしを 人はなをと思しを宮のいとおもほしよりて兵部卿の宮にちかつ ききこえにけりむへ我をはすさめたりとけしきとりえんし (9オ) 給へりし梅のはなめてたまう君なれはあなたのつまの こうはひいとさかりに見えしをたゝならておりてたてまつれ たりし也うつりかはけにこそ心ことなれわれましらひし給ふらん 女なとはさはえしめぬかな源中納言はかうさまにこのましうは たきにほさて人からこそ世になけれあやしうさきの世の 契りいかなりけるむくひにかとゆかしきことにこそあれおな し花の名なれと梅はおひ出けんねこそあはれなれこの宮 なとのめて給ふさる事そかしなと花によそへてもまつかけきこえ 給ふ宮の御かたは物おほししる程にねひまさり給へれはなに事も 見しり聞とゝめたまはぬにはあらねと人に見えよつきたらむ (9ウ) ありさまはさらにとおほしはなれたり世の人も時による心ありてにや さしむかひたる御かた/\には心をつくしきこえわひいまめかしき ことおほかれとこなたはよろつにつけ物しめやかにひきいり給へるを 宮はさふらひのかたに聞つたへ給てふかういかてとおもほしよせ給 つゝしのひやかに御文あれと大納言の君ふかく心かけきこえ給て さもおもひたちてのたまう事あらはとけしきとり心まうけしたまふを 見るにいとおしうひきたかへてかうおもひよるへうもあらぬ かたにしもなけのことの葉をつくしたまふかひなけなる事 ときたのかたもおほしのたまふはかなき御返なともなけ れはまけしの御こゝろそひておもほしやむへくもあらす (10オ) なにかは人の御ありさまなとかはさても見たてまつらま ほしうおひさきとをくなとは見えさせたまうをなと きたのかたおもほしよるとき/\あれといといたう色めき たまふてかよひたまうしのひところおほく八の宮の ひめきみにも御こゝろさしのあさからていとしけうて ありきたまうたのもしけなき御こゝろのあた/\しさ なともいとゝつゝましけれはまめやかにはおもほし たえたるをかたしけなきはかりにしのひてはゝ きみそたまさかさかしらかりきこえたまふ ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:野口あゆみ、阿部江美子、杉本裕子 更新履歴: 2012年8月21日公開