米国議会図書館蔵『源氏物語』 早蕨 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- さわらひ (1オ) やふしわかねは春のひかりを見給につけてもいかてかくなからへにける 月日ならむと夢のやうにのみおほえ給ゆきかふ時々にしたかひ花鳥の 色をもねをもおなし心におきふし見つゝはかなき事をももとすゑをとり ていひかはし心ほそき世のうさもつらさも打かたらひあはせきこえしに こそなくさむかたもありしかおかしき事あはれなるふしをも聞しる人も なきまゝによろつかきくらし心一をくたきて宮のおはしまさすなりにし かなしさよりもやゝ打まさりて恋しくわひしきにいかにせむとあけくるゝも しらすまとはれ給へと世にとまるへき程はかきりあるわさなりけれはしな れぬもあさましあさりのもとより年あらたまりては何事かおはしますらん御 いのりはたゆみなくつかうまつり侍りいまは一とゝろの御ことをなんやすからすねんし (1ウ) きこえさするなときこえてわらひつく/\しおかしきこにいれて これはわらはへのくやうして侍るはつおなりとてたてまつり手は いとあしうてうたはわさとかましくひきはなちてそかきたる     「君にとてあまたの春をつみしかはつねをわすれぬ はつわらひなり」御まへによみ申さしめ給へとありたいしとおもひま はしてよみいたしつらんとおほせはうたの心はへもいとあはれにてなをさり にさしもおほさぬなめりと見ゆることの葉をめてたくこのましけに かきつくし給へる人の御文よりはこよなくめとまりてなみたもこ ほるれはかへり事かゝせ給     「この春はたれにか見せむなき人のかたみにつめる (2オ) みねのさわらひ」つかひにろくとらせさせ給いとさかりににほひお ほくおはする人のさま/\の御物おもひにすこし打おもやせたてまつりいと あてになまめかしきけしきまさりてむかし人にもにおほえたてまつり ならひたてまつりしおりはとり/\にてさらににたてまつりとも見えさりし を打わすれてはふとそれかとおほゆるまてかよひ給へるを中納言殿のからを たにとゝめて見たてまつる物ならましかはとあさ夕に恋きこえ給めるに おなしくは見えたてまつり給御すくせならさりけんよと見たてまつる人々は くちおしかるかの御あたりのかよひくるたよりに御ありさまはたえす聞かはし 給けりつきせす思ほれ給てあたらしき年ともいはすいやめになり給へる と聞給てもけに打つけの心あさゝには物したまはさりけりといとゝいまそ (2ウ) あはれもふかく思しらるゝ宮はおはします事のいとところせくありかたけれ は京にわたしきこえんとおほしたちにたりないえんなと物さはかしきころ すくして中納言のきみ心にあまる事をも又是にかはかたらはんとおほしわひて 兵部卿の宮の御かたにまいり給へりしめやかなる夕暮なれは宮打なかめ給て はしちかくそおはしましけるさうの御ことかきならしつゝれいの御心よせなる梅の かをめておはするしつえををしおりてまいり給へるにほひのいとえんにめてたきを おりおかしうおほして     「おる人のこゝろにかよふ花なれやいろにはいてす したににほへる」とのたまへは     「見る人にかことよせける花のえをこゝろしてこそ (3オ) おるへかりけれわつらはしく」とたはふれかはし給へるいとよき御あはひ也 こまやかなる御物語ともになりてはかの山さとの御事をそまつはいかにと 宮はきこえ給中納言もすきにしかたのあかすかなしき事そのかみよりけふ まて思のたえぬよしおり/\につけてあはれにもおかしくもなきみわらひ み見とかいふらんやうにきこえいて給にましてさはかりいろめかしく涙もろ なる御くせは人の御うへにてさへ袖もしほるはかりになりてかひ/\しくそあいしらい きこえ給める空の気しきもまたけにそあはれしりかほに霞わたれるよるに なりてはけしう吹出る風のけしきはた冬めきていとさむけにおほとのなふら もきえつゝやみはあやなきたと/\しさなれとかたみにきゝさし給ふへくもあら すつきせぬ御物語をえはるけやりたまはて夜もいたうふけぬよにためし (3ウ) ありかたかりける中のむつひをいてさりともいとさのみはあらさりけんとのこり ありけにとひなし給そわりなき御心ならひなめるかしさりなから物に心え給て なけかしき心のうちもあきらむはかりかつはなくさめ又あはれをもさましさま/\に かたらひ給御さまのおかしきにすかされたてまつりてけに心にあまるまて 思むすほゝるゝ事もすこしつゝかたりきこえ給そこよなくむねのひまあく こゝちし給宮もかの人ちかくわたしきこえてんとする程のこともかたらひきこ え給をいとうれしき事にも侍かなあひなくみつからのあやまちとなん思ふ給へら るるあかぬむかしのなこりを又たつぬへきかたを侍らねは大かたにはなに事につけて も心よせ聞ゆへき人となん思給ふるをもしひなくやおほしめさるへきとてかの こと人とな思わきそとゆつり給し心をきてもすこしはかたりきこえ給へといは (4オ) せのもりのよふこ鳥めいたりし世のことは残したりけり心のうちにはかくなく さめかたきかたみにもけにさてこそかやうにもあつかひ聞ゆへかりけれとく やしきことやう/\まさりゆけといまはかひなき物ゆへつねにかうのみおもはゝ あるましき心もこそいてくれたかためにもあちきなくをこかましからんと おもひはなるさてもおはしまさんにつけてもまことに思ひうらみきこ えんかたは又たれかはとおほせは御わたりの事ともゝ心まうけせさせ給 かしこにもよきわか人わらはなともとめて人々は心ゆきかほにいそきお もひたれといまはとて此ふしみをあらしはてんもいみしく心ほそけれは なけかれ給事つきせぬをさりとても又せめて心こはくたへこもりて もたけかるましくあさからぬ中の契りもたえはてぬへき御すまゐを (4ウ) いかにおはしえたるそとのみ恨きこえ給もすこしはことはりなれは いかゝすへからむと思みたれ給へりきさらきのついたちころとあれは程 ちかくなるまゝに花の木とものけしきはむも残りゆかしくみねの霞の たつを見すてんこともをのかとこ世にてたにあらぬ旅ねにていかに はしたなく人わらはれなることもこそなとよろつにつゝましく心一に思ひ あかしくらし給御ふくもかきりある事なれはぬきすて給にみそきもあさ きこゝちそするおや一ところは見たてまつらさりしかは恋しき事はおもほ えすその御かはりにも此たひの衣をふかくそめむと心にはおほしのたまへと さすかにさるへきゆへもなきわさなれはあかすかなしきことかきりなし 中納言殿より御くるま御まへの人々はかせなとたてまつれ給へり (5オ)     「はかなしやかすみのころもたちしまに花のひもとく おりも来にけり」けに色々いときよらにてたてまつれ給へり御わたりの 程のかつけ物ともなとこと/\しからぬ物からしな/\にこまやかにおほしやり つゝいとおほかりおりにつけてはわすれぬさまなる御心よせのありかたくはら からなともえいとかうまてはおはせぬわさそなと人々はきこえしらする あさやかならぬふる人ともの心にはかゝるかたを心にしめて聞ゆわかき人は とき/\も見たてまつりならひていまはとことさらになりたまはんを さう/\しくいかに恋しくおほえさせたまはんときこえあへりみつからは わたりたまはんことあすとてのまたつとめておはしたりれいのまらう とゐのかたにおはするにつけてもいまはやう/\物なれて我こそ人 (5ウ) よりさきにかやうにも思そめしかなとありしさまのたまひし心はへを 思ひ出つゝさすかにかけはなれことのほかになとははしたなめたまはさり しを我心もてあやしうもへたゝりにしかなとむねいたく思つゝけ られ給かいま見せしさうしのあなも思ひ出らるれはよりて見給へと此 中をはおろしこめたれはいとかひなし内にも人々思ひ出てきこえつゝ 打ひそみあへり中の宮はましてもよほさるゝ御涙の川にあすの わたりもおほえたまはすほれ/\しけにてなかめふし給へるに月ころ のつもりしそこはかとなけれといふせく思ひ給へらるゝをかたはしも あきらめきこえさせてなくさめ侍らはやれいのはしたなくなさし はなたさせ給そいとゝあらぬ世のこゝ地し侍りときこえ給へれははし (6オ) たなしとおもはれたてまつらんとしもおもはねといさやこゝ地もれいの やうにもおほえすかきみたりつゝいとゝはか/\しからぬひか事もやとつゝ ましうてなとくるしけにおほいたれといとおかしなとこれかれきこえて 中のさうしのくちにてたいめんし給へりいと心はつかしけになまめきて又この たひはねひまさり給にけりとめもおとろくまてにほひおほく人にもにぬ ようゐなとあなめてたの人やとのみ見え給へるをひめ宮はおも影さらぬ 人の御事をさへ思ひ出きこえ給にいとあはれと見たてまつり給つき せぬ御物語なともけふはこといみすへくやといひさしつゝわたらせ給ふ へきところちかく此ころすくしてうつろひ侍へけれはよなか暁と 月々しき人のいひ侍めるなにことのおりにもうとからすおほし (6ウ) のたまはせは世に侍らんかきりはきこえさせうけたまはりてすくさ まほしくなん侍をいかゝはおほすらむ人の心さま/\に侍る世なれはあひ なくやなと一かたにもえこそ思侍らねときこえ給へは宿をはかれ しとおもふ心ふかく侍をちかくなとのたまはするにつけてもよろつにみたれ 侍てきこえさせやるへきかたもなくなとところ/\いひけちていみしく 物あはれと思給へるけはひなといとようおほえ給へるを心からよその物に見 なしつるといとくやしく思ゐ給へれとかひなけれはその夜のことかけても いはすわすれにけるにやと見ゆるまてけさやかにもてなし給へり御まへ ちかきこうはいの色も香もなつかしきにうくひすたに見すくしかたけに 打なきてわたるめれはまして春やむかしのと心をまとはし給とちの御物語 (7オ) におりあはれなりかし風のさと吹いるゝに花の香もまらうとの御にほ ひもたちはなならねとむかし思ひ出らるゝつま也つれ/\のまきらはしにも 世のうきなくさめにも心とゝめてあそひ給し物をなと心にあまり給へは     「見る人も嵐にまよふやまさとにむかしおほゆる 花のかそする」いふともなくほのかにてたえ/\きこえたるになつかしけに うちすんして     「袖ふれし梅はかはらぬにほひにてねこめうつろふ 宿やことなる」たへぬ涙をさまよくのこひかくしことおほくもあらすまた もなをかやうにてなん何事もきこえさせよかるへきなときこえをきて たちたまひぬ御わたりにあるへき事とも人々にのたまひをく此宿もりに (7ウ) かのひけかちのとのゐ人なとさふらふへけれは此わたりのちかき御さう ともなとにその事ともゝのたまひあつけなとまめやかなる事ともをさへ さためをき給弁そかやうの御ともにも思かけすなかきいのちいとつらく おほえ侍を人もゆゝしく見おもふへけれはいまは世にある物とも人にしら れ侍らしとてかたちもかへてけるをしゐてめし出ていとあはれと見給ふ れいのむかし物語なとせさせ給てこゝにはなを時々はまいりくへきをいと たつきなく心ほそかるへきにかくて物したまはんはいとあはれにうれしかるへき ことになんなとえもいひやらすなき給ふいとふにはへてのひ侍いのちの つらく又いかにせよとて打すてさせ給けんとうらめしくなへての世をも思ひ 給へしつむにつみもいかにふかく侍らんと思ける事ともをうれへかけ聞ゆるも (8オ) かたくなしけなれといとよくいひなくさめ給いたくねひにたれとむかし きよけなりける名残をそきすてたれとひたひのほとさまかはれるに すこしわかくなりてさるかたにみやひかなり思わひてはなとかゝる さまにもてなしたてまつらさりけむそれにのふるやうもやあら ましなと一かたならすおほえ給にこの人さへうらやましけれは かくろへたるきちやうをすこしひきやりてこまかにそ かたらひ給けにむけにおもひほけたるさまなから物うち いひたるけしきよういくちおしからすゆへありける人のなこり と見えたり     「さきにたつなみたの川に身をなけは人にをくれぬ (8ウ) いのちならまし」と打ひそみ聞ゆそれもいとつみふかゝなる ことにこそかのきしにいたる事なとかさしもあるましきことにて さへふかきそこにしつみすくさんもあいなしすへてなへて むなしく思とるへき世になんなとのたまふ     「身をなけむ涙の川にしつみても恋しきせゝに わすれしもせし」いかならん世にすこしもおもひなくさむる事 ありなんとはてもなきこゝちしたまふかへらむかたもなく なかめられて日もくれにけれとすゝろに旅ねせんも人 のとかむることやあいなけれはかへりたまひぬおもほし のたまへるさまをかたりて弁はいとゝなくさめかたく (9オ) 暮まとひたりみな人はこゝろゆきたる気しきにて ものぬひいとなみつゝおひゆかめるかたちをもしらす つくろひさまよふにいよ/\やつして     「人はみないそきたつめる袖の浦にひとりもしほを たるゝあまかな」とうれへきこゆれは     「しほたるゝあまの衣にことなれやうきたる浪に ぬるゝわか袖」世にすみつかんこともありかたかるへきわさと おほゆれはさまにしたかひてこゝをはあれはてしとなんおもふを さらはたいめんもありぬへけれとしはしの程も心ほそくてたち とまり給を見をくにいと心もゆかすなんかゝるかたちなる人も (9ウ) かならすひたふるにしもたへこもらぬわさなめるをなをよの つねに思なして時々も見え給へなといとなつかしくかたらひ給むかし の人のもてつかひ給しさるへき御てうとともなとはみな此人にとゝめ をき給てかく人よりふかくおもひしつみ給へるを見れはさきの 世もとりわきたる契りもや物し給けむとおもふさへむつましくあは れになんとのたまふにいよ/\わらはへのこひてなくやうに心おさ めんかたなくおほゝれゐたりみなかきはらひよろつとりしたゝめて 御くるまともよせて御せんの人々四位五位いとおほかり御みつからも いみしうおはしまさまほしけれとこと/\しくなりて中々あしかるへけれは たゝしのひたるさまにもてなして心もとなくおほさる中納言殿よりも (10オ) 御せんの人かすおほくたてまつれ給へり大かたのことをこそ宮より はおほしをきつめれこまやかなるうち/\の御あつかひはたゝこのとの より思よらぬことなくとふらひきこえ給ふ日くれぬへしと内にも とにももよほしきこゆるにこゝろあはたゝしくいつちならんと思ふにも いとはかなくかなしとのみおほえ給ふに御くるまにのるたいふの きみといふ人のいふ     「ありふれはうれしきせにもあひけるを身を宇治川に なけてましかは」打ゑみたるを弁のあまの心はへにはこよなうもある かなとこゝろつきなうも見たまういまひとり     「すきにしか恋しきこともわすれねとけふはたまつも (10ウ) ゆく心かな」いつれも年へたる人々にてみなかの御かたをはこゝろよせ ましきこゑためりしをいまはかくおもひあらためてこといみするも 心うの世やとおほえ給へは物もいはれたまはすみちのほとの はるけくはけしき山みちのありさまを見給ふにそつらき にのみ思なされし人の御中のかよひをことはりのたえまなりけりと すこしおほししられける七日の月のさやかにさし出たるかけ おかしく霞たるを見給つゝいととをきにならはすくるしけれはうち なかめられて     「なかむれは山よりいてゝゆく月も世にすみわひて 山にこそいれ」さまかはりてつゐにいかならんとのみあやうくゆくすゑ (11オ) うしろめたきにとしころなに事をおもひけんととりかへま ほしきやよゐうちすきてそおはしつきたる見もしらぬ さまにめもかゝやくまてなる殿つくりの三葉四葉なる 中にひきいれて宮いつしかとまちおはしましけれは御くるま のもとにみつからよらせたまひておろしたてまつり給御しつらひ なとあるへきかきりして女房のつほね/\まて御こゝろとゝめさ せたまひける程しるく見えていとあらまほしけなりいかはかりの ことにかと見えたまへる御ありさまのにはかにかくさたまりたまへは おほろけならすおほさるゝ事なめりと世人も心にくゝおもひおとろ きけり中納言は三条のみやにこの二十よ日の程にわたりたまはん (11ウ) とてこのころは日々におはしつゝ見給ふにこの院ちかき ほとなれは気はひもきかんとて夜ふくるまておはし けるにたてまつれ給へる御せんの人々かへりまいりて ありさまなとかたりきこゆいみしう御心にいりてもてなし給ふ なるをきゝ給ふにもかつはうれしき物からさすかにわか心なから をこかましくむね打つふれて物にもかなやとかへす/\ ひとりこたれて     「しなてるやにほのうみつらこく舟のまほならねとも あひ見し物を」といひくたさまほしきみきりのおほい殿は (12オ) 六の君を宮にたてまつりたまはん事この月にとおほし さためたりけるにかく思のほかの人をこのほとよりさきにと おほしかほにかしつきすへ給てはなれおはすれはいと物しけに おほしたりと聞給ふもいとおしけれは御文はとき/\たてまつれ給 御もきの事世にひゝきていそき給へるをのへたまはんも 人わらへなるへけれは廿日あまりにきせたてまつりたまふ おなしゆかりにめつらしけなくともこの中納言をよそ人に ゆつらんかくちおしきにさもやなしてまし年ころ人しれぬ物に おもひけん人をもなくなして物心ほそくなかめゐ給なるをなと (12ウ) おほしよりてさるへき人してけしきとらせ給けれと世の はかなさをめにちかく見しにいと心うく身もゆゝしうおほゆれは いかにも/\さやうのありさまは物うくなとすさましけなるよし 聞給ていかてかこの君さへおほな/\こといつることを物うくは もてなすへきそとうらみ給けれはしたしき御なからひなから も人さまのいと心はつかしけに物し給へはえしゐてしもきこえ うこかしたまはさりけり花さかりの程二条院の桜を見やり 給にぬしなき宿のまつおもひやられ給へは心やすくやなとひ とりこちあまりて宮の御ともにまいり給へりこゝかちにおはしまし (13オ) つきていとようすみなれにたれはめやすのわさやと見てま つる物かられいのいかにそやおほゆる心のそひたるそあやし きやされとしちの御心はへはいとあはれにうしろやすくそ 思きこえ給けるなにくれと御物語きこえかはし給てゆふつ かた宮は内へまいりたまはんとて御くるまのさうそくして人々 おほくまいりあつまりなとすれはたち出給てたいの御かたへ まいり給へり山さとのけはひひきかへてみすのうち心にくゝ すみなしておかしけなるわらはのすきかけほの見ゆるして 御せうそこきこえ給へれは御しとねさし出てむかしの心しれる (13ウ) 人なるへし出きて御かへり聞ゆあさ夕のへたても あるましうおもふ給へらるゝ程なからその事となくてきこえ させんも中々なれ/\しきとかめやとつゝみ侍程に世の中 かはりにたるこゝちのみそかし侍や御まへのこすゑも霞 へたてゝ見え侍にあはれなるこそおほくも侍かなとき こえて打なかめて物し給気しき心くるしけなるをけに おはせましかはおほつかなからすゆきかへりかたみに花の色 鳥のこゑをもおりにつけつゝすこし心ゆきてすくしへかり ける世をなとおほし出るにつけてはひたふるにたへこもり (14オ) 給へりしすまゐの心ほそさよりもあかすかなしうくちおしき事そ いとゝまさりける人々もよのつねにうと/\しくなもてなしきこえ給そ かきりなき御心の程をはいましもこそ見たてまつらせ給へけれなときこ ゆれと人つてならすふとさし出きこえむことのつゝましきをやすらひ 給程に宮出たまはんとて御まかり申しにわたり給へりいときよらにひき つくろひけさうし給て見るかひある御さま也中納言はこなたになりけりと 見給てなとかむけにさしはなちてはいたしすへ給へる御あたりにはあまり あやしと思ふまてうしろやすかりし心よせを我ためはをこかましき こともやとおほゆれとさすかにむけにへたておほからんはつみもこそうれ (14ウ) ちかやかにてむかし物語も打かたらひ給へかしなときこえ給物から さはありともあまり心ゆるひせんもまたいかにそやうたかはしきしたの心に そあるやと打かへしのたまへは一かたならすわつらはしけれと我御心にもあは れふかく思しられにし人の御心をいましもをろかなるへきならねは かの人もおもひのたふめるさまにいにしへの御かはりとなすらへきこ えてかうおもひしりけりと見えたてまつるふしもあらはやとはお ほせとさすかにとやかくやとかた/\やすからすきこえなし給へ はくるしうおほされけり ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:秋山あゆみ、斎藤達哉、豊島秀範、木川あづさ 更新履歴: 2012年12月26日公開 2013年2月13日更新 2013年11月19日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年2月13日修正) 丁・行 誤 → 正 (3オ)1 給へり → 給へる (3ウ)5 事を → 事も (7ウ)2 なき → なかき (9ウ)1 わさなめるを → わさなめるをなを (9ウ)2 思ならて → 思なして (10オ)1 宮に → 宮より (10ウ)2 きこへためりしを → きこゑためりしを (11ウ)8 ほのうみつゝ → ほのうみつら (12ウ)1 給けれ → 給けれと (13オ)6 たちひ給て → たち出給て (14ウ)2 さはあるとも → さはありとも (14ウ)4 おろかなる → をろかなる ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2013年11月19日修正) 丁・行 誤 → 正 (1オ)10 いのりはは → いのり (1ウ)3 ひきはなちて → ひきはなちてそ (3ウ)5 ひきあく → ひまあく (9オ)6 涙に → 浪に (12オ)9 なくならて → なくなして (12ウ)6 しゐてしも → えしゐてしも