米国議会図書館蔵『源氏物語』 手習 ---------------------------------------------------------------------------------- 記号の説明 1.くの字点は/\で表す。 2.和歌は「」で括る。 3.散らし書き和歌の末尾に#を付ける。 4.判読できない文字は■で表す。 本文の修正 1.翻字本文を修正した場合には、修正履歴を末尾に示す。 ---------------------------------------------------------------------------------- 手ならひ (1オ) そのころよ川になにかしそうつとかいひていとたうとき人すみけりやそ ちあまりのはゝ五十はかりのいもうとありけりふるきくわんありてはつせにまう てたりけりむつましうやむことなくおもふてしのあさりをそへて仏経くやうする 事をこなひけり事ともおほくしてかへるみちにならさかといふ山こえける程よりこの はゝのあま君こゝちあしうしけれはかくてはいかてか残りのみちをもおはしつかんともてさ はきて宇治のわたりにしりたりける人の家ありけるにとゝめてけふはかりやすめたて まつるになをいたうわつらへはよ川にせうそこしたり山こもりのほいふかくてことしは いてしと思けれとかきりのさまなるおやのみちの空にてなくやならんとおとろきて いそき物し給へりおしむへくもあらぬ人のさまをみつからもてしの中にもけんあるしてかちし (1ウ) さはくを家あるしきゝてみたけさうししけるをいたう老給へる人の をもくなやみ給ふはいかゝとうしろめたけに思ていひけれはさもいふへき ことゝいとおしう思ていとせはくむつかしうもあれはやう/\ゐてたてまつる になかゝみふたかりてれいすみ給ふかたはいむへかりけれはこすさく院 の御りやうにて宇治の院といひしところ此わたりならんと思ひ出て院 もり僧都しり給へりけれは二三日やとらんといひにやり給へりけれは はつせになんきのふみなまいりにけるとていとあやしき宿もりのおきなをよ ひていてきたりおはしまさははやいたつらなる院のしんてんにこそ侍めれ物 まうての人はつねにそやとり給といへはいとよかなりおほやけところなれと (2オ) 人もなく心やすきをとてみせにやり給此おきなれいもかくやとる人を見ならひ たりけれはおろそかなるしつらひなとしてきたりまつそうつわたり給いといたく あれておそろしけなるところかなと見給て大とこたち経よめなとのたまふ此 はつせにそひたりしあさりとおなしやうなる何事のあるにかつき/\しき程のけ らうほうしに火ともさせて人もよらぬうしろのかたにいきたりもりかと見ゆる 木の下をうとましけのわたりやと見いれたるにしろき物のひろこりたるそ 見ゆるかれはなにそと立とまりて火をあかくなしてみれは物のゐたるすかた也 きつねのへんくゑしたるかにくし見あらはさんとてひとりはいますこし あゆみよるいとひとりはあなようなよからぬ物ならんといひてさやうの物しり (2ウ) そくへきいんをつくりつゝさすかになをまもるかしらのかみあらはふとりぬ へきこゝちするに此火ともしたる大とこはゝかりもなくあふなきさまにてちかく よりてそのさまをみれはかみはなかくつや/\としておほきなる木のねのいと あら/\しきによりゐていみしうなくめつらしき事にも侍かな僧都の御はうに 御らんせさせたてまつらはやといへはけにあやしき事なりとてひとりはまうてゝ かゝる事なんと申すきつねの人にへんくゑするとはむかしよりきけとまた見ぬ物なり とてわさとおりておはすかのわたりたまはんとすることによりてけすともみなはか/\しき はみつしところなとあるへかしき事ともをかゝるわたりにはいそく物なりけれはゐしつまりなと したるにたゝ四五人してこゝなる物を見るにかはる事もなしあやしうて時のうつるまて見るとて (3オ) 夜も明はてなん人かなにそと見あらはさんと心にさるへきしんこんをよみいんを つくりてこゝろみるにしるくや思ふらん是は人也さらにひさうのけしからぬ物にあらす よりてとへなくなりたる人にはあらぬにこそあめれもししにたりける人をすてたり けるかよみかへりたるかといふなにのさる人をか此院の内にすて侍らんたとひまことに 人なりともきつねこたまやうの物のあさむきてとりもてきたるにこそ侍らめ いとふひんにも侍けるかなけからひあるへきところにこそ侍へめれといひてありつる 宿もりのをのこをよふ山ひこのこたるもいとおそろしあやしのさまにひたひをしあけて 出来たりこゝにはわかき女なとやすみ給かゝる事なんあるとて見すれはきつねつかうまつる也 此木のもとになん時々あやしきわさなんし侍をとゝしの秋もこゝに侍人の子のふたつはかりに (3ウ) 侍しをとりてまうて来たりしかと見おとろかす侍きなとなたらかにいへはさてその ちこはしにやしにしといへはいきて侍めりきつねはさこそは人ををひやかせと ことにもあらぬやつといふさまいとなれたりかの夜ふかきまいり物のところに心を よせたるなるへしそうつさらはさやうの物のしたるわさかなをよく見よとて此物 おちせぬほうしをよせたれは鬼か神かきつねかこたまかかはかりの天のしたのけんさのお はしますにはえかくれたてまつらしなのり給へ/\と衣をとりてひけはかほをひきいれ ていよ/\なくいてあなさかなのこたまのおにやまさにかくれなんやといひつゝかほをみん とするにむかしありけん目もはなもなかりけるめおにゝやあらんとむくつけきをたの もしういかきさまを人に見せんと思てきぬをひきぬかせんとすれはうつふして (4オ) こゑたつはかりなくなにゝもまれあやしき事なへて世にあらしとて見てんと思ふに雨いたくふり ぬへしかきのもとにこそいたさめといふそうつまことの人のかたち也そのいのちたえぬを見る/\ すてんこそいみしき事なれ池におよくいを山になく鹿をたに人にとらへられてしなん とするを見てたすけさらんはいとかなしかるへし人のいのちひさしかるましき物なれと残りの いのち一二日をもおしますはあるへからす鬼にも神にもりやうせられ人にをくれ人にはかり こたれても是よこさまのしにをすへき物にこそあめれ仏のかならすすくひ給ふへきき は也なをこゝろみにしはしゆをのませなとしてたすけこゝろみんつゐにしなはいふかきり にあらすとのたまひて此大とこしていたき入させ給ふをてしともたい/\しきわさかないたう わつらひ給人の御あたりによからぬ物をとりいれてけからひかならすいてきなんとすともかくも (4ウ) あり又物のへんくゑにもあれめに見す/\いける人をかゝる雨に打うしなはせんはいみしき事 なれはなと心々にいふけすなとはいとさはかしく物をうたていひなす物なれは人さはかしからぬ かくれのかたになんふせたりける御くるまよせており給程いたうくるしかり給とてのゝしる すこししつまりて僧都ありつる人はいかゝなりぬるととひ給なよ/\として物もいはすいきもし 侍らすなにか物に気とられにける人にこそといふをいもうとのあま君きゝ給て何事そと とふしか/\の事をなん六十にあまるとしめつらかなる物を見給へつるとのたまう打きくまゝにをの つからにて見し夢ありきいかやうなる人そまつそのさまみんとなきてのたまふたゝ此ひんかし のやり戸になん侍るはや御らんせよといへはいそきゆきて見るに人もよりつかてそすて をきたりけるいとわかううつくしけなる女のしろきあやのきぬ一かさねくれなゐのはかまそ (5オ) きたりけるかはいみしくかうはしくてあてなるけはひにたりなしたゝわか恋かなしふむ すめのかへりおはしたるなめりとてなく/\こたちをいたしていたきいれさすいかなりつらむ ともありさま見ぬはおそろしからていたき入ついけるやうにもあらてさすかにめをほのか に見あけたるに物のたまへやいかなる人かかくては物し給へるといへと物おほえぬさま也 ゆとりて手つからすくい入なとするにたゝよはりにたえ入やうなりけれは中々いみしき わさかなとて此人なくなりぬへしかちし給へとけんさのあさりにいふされはこそあやしき 御物あつかひなりとはいへとかみなとの御ために経よみつゝいのるそうつもさしのそきていか にそなにのしわさそとよくてうしてとへとへとのたまへといとよはけにきえもていく やうなれはえいき侍らしすそろなるけからひにこもりてわつらふへき事さすかに (5ウ) いとやむ事なき人にこそ侍めれしにはつともたゝにやはすてさせたまはん見くるしき わさかなといひあへりあなかま人にきかすなわつらはしき事もそあるなとくちかため つゝあま君はおやのわつらひ給よりも此人をいけはてゝ見まほしうおしみて打つけに そひゐたりしらぬ人なれとみめのこよなうおかしけれはいたつらになさしと見るかきりあつ かいさはきけりさすかとき/\目見あけなとしつゝ涙のつきせすなかるゝをあな心うやいみ しくかなしとおもふ人のかはりに仏のみちひき給へると思きこゆるをかひなくなり たまはゝ中々なる事をやおもはんさるへき契りにてこそかく見たてまつらめなをいさゝか 物のたまへといひつゝくれとからうしていき出たりともあやしきふようの人なり 人に見せてよる此川におとし入給てよといきのしたにいふまれ/\物のたまうを (6オ) うれしと思ふにあないみしやいかなれはかくはのたまひそいかにしてさるところにはお はしつるそととへとも物もいはすなりぬ身にもしきすなとやあらんとて見れとこゝはと 見ゆるところなくうつくしけれはあさましくかなしくまことに人の心まとはさんとて出 来たるかりの物にやとうたかふ二日はかりこもりゐてふたりの人をいのりかちするこゑ たえすあやしき事を思さはくそのわたりのけすなとのそうつにつかうまつりける かくおはしますなりとてとふらひ出くるも物語なとしていふをきけはこ八の宮の女御 右大将殿かよひ給しかことになやみ給事もなくてにはかにかくれ給へりとてさはき侍る その御さうそうのさうしともつかうまつり侍とて昨日はえまいり侍らさりしといふ さやうの人のたましゐを鬼のとりもて来たるにやと思ふにもかつ見る/\ある物とも (6ウ) おほえすあやうくおそろしとおほす人々よへ見やられし火はしかこと/\しきけし きも見えさりしをといふことさらことそきていかめしうも侍らさりしといふけからひたる人 とて立なからをひかへしつ大将殿は宮の女御もち給へりしはうせ給て年ころになりぬる 物を誰をいふにかあらんひめ宮ををきたてまつり給て世にこと心おはせしなといふあ ま君よろしくなりたまひぬかたもあきぬれはかくうたてあるところにひさしうおはせんも ひんなしとてかへる此人はなをいとよはけ也みちの程もいかゝ物したまはんと心くるしき事と いひあへりくるま二して老人のり給へるにはつかうまつるあまふたりつきのには此人をふせ てかたはらにいまひとりのりそひてみちすからゆきもやらすくるまとめてゆまいりなと し給ひえさかもとにをのといふところにそすみ給けるそこにおはしつく程いととをくも (7オ) 中やとりをまうくへかりけるなといひて夜ふけておはしつきぬ僧都はおやをあ つかひむすめのあま君は此しらぬ人をはくゝみてみないたきおろしつゝやすむ老 のやまひのいつともなきかくるしと思給へしとをみちのなこりこそしはしわつら い給けれやう/\よろしうなり給にけれは僧都はのほりたまひぬかゝる人なん 出来たるなとほうしのあまりにはよからぬ事なれは見さりし人にはまね はすあま君もみなくちかためさせつゝもしたつねくる人やあるとおもふもしつ心 なしいかてさるゐ中人のすむあたりにかゝる人おちあふれけん物まうてなとし たりける人のこゝちなとわつらひけんをまゝはゝなとやうの人のたはかりてをかせ たるにやなとそ思よりける川になかしてよといひし一ことよりほかに物もさらに (7ウ) のたまはねはいとおほつかなく思ていつしか人にもなして見むと思ふにつく/\として おきあかる夜もなくいとあやしうのみ物し給へはつゐにいくましく人にやと思なから打 すてんもいとおしういみし夢かたりもし出てはしめよりいのらせしあさりにもしのひ やかにけしやくことせさせ給打はへてあつかふ程に四五月もすきぬいとわひしうかひ なき事を思わひてそうつの御もとになをおり給へ此人たすけ給へさすかにけふ まてもあるはしぬましかりける人をつきしみりやうしたる物のさらぬにこそあめれ ある仏京に出たまはゝこそあらめこゝまてはあへなんなといみしき事をかきつゝけ てたてまつれ給へれはいとあやしき事かなかくまてもありける人のいのちをやかて 打すてゝましかはさるへき契りありてこそは我しも見つけゝめ心みにたすけはてん (8オ) かしそれにとゝまらすはこうつきにけりとおもはんおり給けりよろこひおかみて月こ ろのありさまをかたるかくひさしうわつらふ人はむつかしき事をのつからあるへきをいさゝか おとろへすいときよきにねちけたるところなくのみ物し給てかきりと見えなから もかくていきたるわさなりなとおふな/\なく/\のたまへは見つけしよりめつらかなる人のみありさ まかないてとてさしのそきて見給てけにいときやうさくなりける人の御よそめいかなく とくのむくひにこそかゝるかたちにもおい出給けめいかなるたかひめにてそこなはれ給けん もしさにやときゝあはせらるゝ事もなしやととひ給さらに聞ゆる事なしなにかはつせの くわんをんの給へる人なりとのたまへはなにかそれもえんにしたかひてこそみちひきたまはめ たねなき事はいかてかなとのたまうかあやしかり給てすほうはしめたりおほやけのめしに (8ウ) たにしたかはすふかくこもりたる山を出給てすそろにかゝる人のためになん をこなひさはき給と物のきこえあらんいときゝにくかるへしとおほしてしともゝ いひて人にきかせしとかくす僧都いてあなかま大とこたちわれむさんのほうし にていむ事のなかにやふるかひはおほからめと女のくちにつけてまたそしりとゝめす あやまつことなしむそちにあまりていまさらに人のもときおはんはさるへきにこそはあら めとのたまへはよからぬ人の物をひんなくいひなし侍時には仏法のきすとなり侍事也 心よからす思ていふこのすほうの程にしるし見えすはといみしき事ともをちかひ給て 夜一夜かちし給へる暁かたに人にかりうつしてなにやうの物かく人をまとはしたるそ とありさまはかりいはせまほしうてゝしのあさりとり/\にかちし給月ころいさゝかも (9オ) あらはれさりつる物の気てうせられてをのれはこゝまてまうてきてかくてうせられ たてまつるへき身にもあらすむかしはをこなひせしほうしのいさゝかなる世にうらみを とゝめてたゝよひありきし程によき女のあまたすみ給しところにすみつきてかたへはうら なひてしに此人は心と世を恨給てわれいかてしなんといふ事をよるひるのたまひしに たよりをえていとくらき夜ひとり物し給しをとりてし也されとくはんをんとさまかう さまにはくゝみ給けれは此そうつにまけたてまつりぬいまはまかりなんとのゝしるかく いふはなにそととへはつきたる人物はかなきけにやはか/\しうもいはすさうしみの こゝちはさはやかにいさゝか物おほえて見まはしたれはひとりも見し人のかほはなくて みな老ほうしゆかみおとろへたる物のみおほかれはしらぬ国に来にけるこゝ地して いとかなしありしよの事思ひ出れとすみけんところ誰といひし人とたにたしかに (9ウ) はか/\しうもおほえすたゝ我はかきりとて身をなけし人そかしいつくにきにたるにかと せめて思ひ出れはいといみしと物を思なけきてみな人のねたりしにつま戸をはなちて 出たりしに空はいとくらくてほしのひかりたに見えさりしに風はけしう川なみも あしうきこえしをひとり物おそろしかりしかはきしかたゆくさきもおほえてすのこのはしに あしをさしおろしなからいくへきかたもまとはれてかへりいらんも中空にて心つよく 此世にうせなんと思立しををこかましうて人に見つけられんよりは鬼もなにも くいうしなへといひつゝつく/\とゐたりしをいときよけなるおとこのよりきていさたまへ をのかもとへといひていたくこゝちのせしを宮ときこえし人のおはしし給ふとおほえ し程よりこゝちまとひにけるなめりしらぬところにすへをきて此おとこは きえうせぬと見しをつゐにかくほいのこともせすなりぬると思つゝいみしうなくと思し (10オ) 程にそのゝちの事はたえていかにも/\おほえす人のいふをきけはおほくの日ころもへに けりいかにうきさまをしらぬ人にあつかはれ見えつらんとはつかしうつゐにかくていきかへり ぬるかとおもふもくちおしけれはいみしうおほえて中々しつみ給へる日ころはうつしこゝろも531691 なきさまにて物のいさゝかまいる事もありつるを露はかりのゆをたにまいらすいかなれ はかくたのもしけなくのみはおはするそ打はへぬるみなとし給へる事はさめ給てさはやか に見え給へはうれしう思聞ゆるをとなく/\たゆむおりなくそひゐてあつかひきこえ給ふ ある人々もあたらしき御さまかたちを見れは心つくしてそおしみまもりける心にはなを いかてしなんとそ思わたり給へとさはかりにていきとまりたる人のいのちなれはいと しゆうねくてやう/\かしらもたけ給へは物まいりなとし給にそ中々おもやせもてゆく いつしかとうれしう思聞ゆるにあまになし給てよさてのみなんいくやうもあるへきと (10ウ) のたまへはいとおしけなる御さまをいかてかさはなしたてまつらんとてたゝいたゝき はかりをそき五かいはかりをうけさせたてまつる心もとなけれともとよりおれ/\ しき人の心にてえさかしくしゐてものたまはす僧都はいまはかはかりにていたはり やめたてまつり給へといひをきてのほりたまひぬ夢のやうなる人を見たてま つるかなとあま君はよろこひてせめておこしすへつゝ御くしてつからけつり給ふ さはかりあさましうひきゆひて打やりつれといたうもみたれすすきはてた れはつや/\しとけふら也一とせたらぬつくもかみおほかるところにてめもあやに いみしき天人のあまくたれるを見たらんやうにおもふもあやうきこゝちすれと なとかいと心うくかはかりいみしく思聞ゆるも御心をへたてゝは見え給いつくに誰と きこえし人のさるところにはいかておはせしそとせめてとふをいとはつかしと (11オ) 思てあやしかりし程にみなわすれたるにやあらんありけんさまなともさらに おほえ侍らすたゝほのかに思ひ出る事とてはたゝいかて此世にあらしと思つゝ 夕暮ことにはしちかくてなかめし程にまへちかくおほきなる木のありししたより 人の出きてゐていくこゝちなんせしそれよりほかの事は我なから誰ともえ思 出られ侍らすといとらうたけにいひなして世中になをありけりといかて人 にしられし聞つくる人もあらはいといみしうこそとてない給あまりとふをはく るしとおほしたれはえとはすかくやひめを見つけたりけん竹とりのおきなよりもめつ らしきこゝちするにいかなる物のひまにきえうせんとすらむとしつ心なくそおほしける 此あるしもあてなる人なりけりむすめのあま君はかんたちめの北のかたにてありけるかそ の人なくなり給て後むすめたゝひとりをいみしくかしつきてよき君たちをむこに (11ウ) して思あつかひけるをそのむすめの君のなくなりにけれは心うしいみしと思いりて かたちをもかへかゝる山里にはすみはしめたる也夜とともに恋わたる人のかた見にも 思よそへつへからん人をたに見いてしかなつれ/\も心ほそきまゝに思なけきけるをかくおほ えぬ人のかたちけはひもまさりさまなるをえたれはうつゝの事ともおほえすあやしきこゝち しなからうれしと思ひねひにたれといときよけによしありてありさまもあてはか也むかしの 山里よりは水の音もなこやか也つくりさまゆへあるところの木立おもしろくせんさひもおかしく ゆへをつくしたり秋になりゆけは空の気しきもあはれ也かと田のいねかるとてところにつけたる 物まねひしつゝわかき女ともはうたうたひけうしあへりひたひきならす音もおかしく見しあつま ちの事なとも思ひ出られてかの夕霧のみやすむところのおはせし山さとよりはいますこし いりて山にかたかけたる家なれは松かけしけく風の音もいと心ほそきにつれ/\にをこ (12オ) なひをのみしつゝいつとなくしめやか也あま君そ月なとあかき夜はきんなとひき給 少将のあま君なといふ人はひわなとしつゝあそふかゝるわさはし給ふやつれ/\なるになといふ むかしもあやしかりける身にて心のとかにさやうの事すへき程もなかりしかはいさゝか おしきさまならすもおい出にけるかなとかくさたすきにける人の心をやかめるおり/\ につけてはおもひいつなをあさましく物はかなかりけると我なからくちおしけれは手ならひに     「身をなけしなみたの川のはやきせをしからみかけて たれかとゝめし」思のほかに心うけれはゆくすゑもうしろめたくうとましきまて 思やれる月のあかき夜な/\おい人ともはえんにうたよみいにしへ思ひ出つゝ さま/\物語なとするにいらうへきかたもなけれはつく/\とうちなかめて     「われかくてうき世の中にめくるともたれかはしらむ (12ウ) 月のみやこに」いまはかきりと思し程は恋しき人おほかりしかとみゝはさしも 思ひ出られすたゝおやいかにまとひ給けんめのとのとよろつにいかて人なみ/\に なさんと思いられしをいかにあへなきこゝ地しけんいつこにあらんわれ世にある物とは いかてかしらむおなし心なる人もなかりしまゝによろつへたつる事なくかたらひ見 なれたりし右近なともおり/\は思ひ出らるわかき人のかゝる山さとにいまはと おもひたへこもるはかたきわさなりけれはたゝいたく年へにけるあま七 八人そつねの人にてはありけるそれらかむすめむまこやうの物とも 京に宮つかへするもことさまにてあるもとき/\そきかよひけるかやうの 人につけて見しいきかよひをのつから世にありけりと誰も/\きかれたて まつらん事いみしくはつかしかるへしいかなるさまにてさすらへけんなと思やり (13オ) よつかすあやしかるへきをおもへはかゝる人々にかけても見えすたゝしゝう こもきとてあま君のわか人にしたりけるふたりをのみそ此御かたにいひわけ たりけるみめも心さまもむかし見しみやこ鳥ににたるはなし何事につけ ても世中にあらぬところは是にやあらんとそかつは思なされけるかくのみ 人にしられしとしのひ給へはまことにわつらはしかるへきゆへある人に物したまはらん とてくはしき事ある人々にもしらせすあま君のむかしのむこの君いまは中将に て物し給けるおとうとの禅師の君そうつの御もとに物し給けるか山こ もりしたるをとふらひにはらからのきんたちつねにのほりけりよ川にかよふみ ちのたよりによせて中将こゝにおはしたりさきうちをひてあてやかなるおとこ の入くるを見いたしてしのひやかにおはせし人の御さまけはひそさやかに思ひ (13ウ) 出らるゝ是もいと心ほそきすまゐのつれ/\なれとすみつきたる人々は物き よけにおかしうしなしてかきほにうへたるなてしこもおもしろくをみなへしきち かうなとさきはしめたるに色々のかりきぬすかたのをのことものわかきあまたして 君もおなしさうそくにてみなみおもてによひすへたれは打なかめてゐたりとし 二十七八の程にてねひとゝのひ心なからぬさまもてつけたりあま君さう しくちにきちやうたてゝたいめんし給まつ打なきて年ころのつもりにはすき にしかたいとゝ気とをくのみなん侍を山里のひかりになをきこえさする事の打 わすれすやみ侍らぬをかつはあやしく思給ふるとのたまへは心のうちあはれにすき にしかたの事とも思給へられぬおりなきをあなかちにすみはなれかほなる御あり さまにをこたりつゝなん山こもりもうらやましうつねに出たち侍をおなしく (14オ) はなとしたひまとはさるゝ人々にさまたけらるゝやうに侍てなんけふは みなはふきすてゝ物し給へるとのたまふ山こもりの御うらやみは中々いま やうたちたる御物まねひになんむかしをおほしわすれぬ御心はへも世に なひかせたまはさりけるとをろかならす思給へらるゝおりおほくなといふ人々に 水はんなとやうの物くはせ君にもはすのみなとやうの物いたしたれはなれ にしあたりにてさやうの事もつゝみなきこゝ地して村雨のふり出るにとめられて 物語しめやかにし給いふかひなくなりにし人よりも此君の御心はへなとのいとお もふやうなりしおよその物に思なしたるなんいとかなしきなとわすれひを たにとゝめたまはすなりにけんと恋しのふ心なりけれは玉さかにかく物し給へる につけてもめつらしくあはれにおほゆへかめるとはすかたりもし出つへし (14ウ) ひめ君は我は我と思ひ出るかたおほくてなかめいたし給へるさまいとうつくし しろきひとへのいとなさけなくあさやきたるにはかまもひわた色にならひたる にやひかりも見えすくろきをきせたてまつりたれはかゝる事ともゝ見しには かはりてあやしうもあるかなと思つゝこは/\しういらゝきたる物ともき給へる しもいとおかしきすかた也御まへなる人々こひめ君のおはしたるこゝちのみし給 に中将殿をさへ見たてまつれはいとあはれにこそおなしくはむかしのさまにてお はしまさせはやいとよき御あはひならんかしといひあへるをあないみしや世に ありていかにも/\人に見えむこそそれにつけてそむかしの事思ひ出ら るへきさやうのすちは思たえすわすれなんとおもふあま君いり給へる まにまらうとあめの気しきを見わつらひて少将といひし人のこゑを (15オ) 聞しりてよひよせ給へりむかし見し人々はみなこゝに物せらるらんやとお もひなからもかうまいりくる事もかたくなりにたるを心あさきにや誰も/\ 見なし給ふらんなとのたまふつかうまつりなれにし人にてあはれなりしむかし の事ともゝおもひ出たるついてにかのらうのつままいりつる程風のさはかし かりつるまきれにすたれのひまよりなへてのさまにはあるましかりつる人の 打たれかみの見えつるは世をそむき給へるあたりに誰そとなん見おとろ かれつるとのたまふひめ君のたち出給へりつるうしろて見給へりけるなめりと 思てましてこまかに見せたらは心とまり給なんかしむかし人はいとこよ なうをとり給へりしをたに名残まてまたわすれかたくし給めるをと 心一に思てすきにし御事をわすれかたくなくさめかね給めりし程に (15ウ) おほえぬ人をえたてまつりたまはて明暮のみ物に思きこえ給ふめるをと 打とけ給へる御ありさまをいかて御らんしつらんといふかゝる事こそはありけれと おかしくてなに人ならんけにいとおかしかりつとほのかなりつるを中々 おもひいつこまかにとへとそのまゝにもいはすをのつからきこしめし いてんとのみいへは打つけにとひたつねんもさまあしきこゝ地して雨 もやみぬ日も暮ぬへしといふにそゝのかされて出給まへちかきをみ なへしをおりてなににほふらんとくちすさひてひとりこちたてり 人の物いひをさすかにおほしとゝむるこそなとこたいの人ともは物めてを しあへりいときよけにあらまほしくもねひまさり給にけるかなおなしくはむ かしのやうにても見たてまつらはやとてとう中納言の御あたりにはたえす (16オ) かよひ給ふやうなれと心もとゝめたまはすおやの殿かちになん物し給ふといふ なれとあま君ものたまひて心うく物をのみおほしへたてたるなんいとつらき いまはなをきるへきなめりとおほしなしてはれ/\しくもてなし給へ此五とせ六 とせ時のまもわすれす恋しくかなしと思つる人のうへもかく見たてまつりて後より はこよなく思わすれにて侍思きこえ給ふへき人々世におはすともいまは世に なき物にこそやう/\おほしなりぬらめよろつの事さしあたりたるやうにはえしも あらぬわさになんといふにつけてもいとゝ涙くみてへたて聞ゆる心は侍らねとあや しくていきかへりける程によろつの事夢のやうにたとられてあらぬ世にむま れたらん人はかゝるこゝちやすらんとおほえ侍れはいまはしるへき人世にあらん とも思いてすひたみちにこそむつましく思きこゆれとのたまふさまに (16ウ) けになに心なくうつくし打ゑみてそまもりゐ給へる中将は山におはしつき てそうつもめつらしかりて世中の物語し給ふその夜はとまりてこゑたうとき 人々に経なとまさせて夜一夜あそひ給せんしの君こまかなる物語なと するついてに小野に立よりて物あはれにもありしかな世をすてたれと なをさはかりの心はせある人かたうこそなとあるついてに風の吹あけ たりつるひまよりかみいとなかくおかしけなる人こそ見えつれあらはなり とや思つらんたちてあなたに入つるうしろてなへての人とは見えさりつ さやうのところによき女はをきたるましき物にこそあめれ明暮みる物 はほうし也をのつからめなれておほゆらんふひんなる事そかしとのたまひせん しの君此春はつせにまうてゝあやしくて見いてたる人となん聞侍しとて (17オ) 見ぬ事なれはこまかにはいはすあはれなりける事かないかなる人にかあらん世中 をうしとてそさるところにはかくれゐけんかしむかし物語のこゝ地もするかなと のたまう又の日かへり給にもすきかたくなんとておはしたりさるへき心つかひしたりけれ はむかし思ひ出たる御まかなひの少将のあまなとも袖くちさまことなれともおか しいとゝいやめにあま君は物し給物語のついてにしのひたるさまに物し給ふらん は誰にかととひ給わつらはしけれとほのかにも見つけ給てけるをかくしかほな らむもあやしとてわすれわひ侍ていとゝつみふかうのみおほえ侍つるなくさめにこの 月ころ見給ふる人になんいかなるにかいと物おもひしけきさまにて世にありと人にしら れん事をくるしけに物せらるれはかゝる谷のそこにはたれかはたつねきこえむと 思つゝ侍をいかてかは聞あらはさせ給つらんといらう打つけこゝろありてまいり (17ウ) こんにたに山ふかきみちのかことはきこえつへしましておほしよそふらむ かたにつけてはことに/\へたて給ましき事にこそはいかなるすちに世を恨 給ふ人にかなくさめきこえはやなとゆかしけにのたまひ出給とてたゝうかみに     「あたし野の風になひくなをみなへしわれしめゆはん みちとをくとも」とかきて少将のあましていれたりあま君も見給て此御返 かゝせ給へといと心にくきけつき給へる人なれはうしろめたくもあらしとそゝのかせは いとあやしき手をはいかてかとてさらに聞たまはねははしたなき事なりとてあま きみきこえさせつるやうによつかす人ににぬ人にてなん     「うつしうへておもひみたれぬをみなへしうき世をそむく 草のいほりに」とありこたみはさもありぬへしと思ゆるしてかへりぬ文なとやらんは (18オ) さすかにうゐ/\しうほのかに見しさまをわすれす物思ふらんすち何事としら ねとあはれなれは八月十余日の程に小たかかりのついてにおはしたりれいのあま よひ出て一め見しよりしつ心なくてなんとのたまへりいらへ給ふへくもあらねは あま君まつちの山のとなん見給ふるといひいたし給たいめんし給へるにも心くる しきさまにて物し給と聞侍し人の御うへなん残りゆかしく侍何事も心にかなはぬ こゝちのみし侍れは山すみもし侍らまほしき心ありなからゆるい給ましき人々に 思さはりてなんすくし侍世にこゝ地よけなる人のうへはかくくしたる人の心からにや ふさはしからすなん物おもひ給ふらん人に思ふ事をきこえはやなといと心とゝめたるさまに かたらひ給こゝちよけならぬ御ねかひはきこえかはしたまはんにつきなからぬさまになん 見侍れとれいの人にてはあらしといとうたゝあるまて世をうらみ給ふめれは残りすくなき (18ウ) よはひの人たにいまはとそむき侍時はこめたるさかりにはつゐにいかゝとなん見 給へ侍とおやかりていふいりてもなさけなしなをいさゝかにてもきこえ給へかゝる御 すまゐはすゝろなる事もあはれしるこそよのつねの事なれなとこしらへても いへと人に物聞ゆらんかたもしらす何事もいふかひなくのみこそといとつれなくて ふし給へりまらうとはいつらあな心う秋を契れるはすかし給にこそありけれなと恨つゝ     「松むしのこゑをたつねて来つれともまたはきはらの 露にまとひぬ」あないとおし是をたになとせむれとさやうによついたらん事いひい てんもいと心うく又いひそめてはかやうのおり/\にせめられんもむつかしうおほゆれはい らへをもしたまはねはあまりいふかひなく思あへりあま君はやうはいまめきたる人にそ ありける名こりなるへし (19オ)     「秋の野の露わけきたるかりころもむくらしけれる 宿にかこつな」となんわつらはしかりきこえ給ふめるといふをうちにもなをかく心より ほかに世にありとしられはしむるをいとくるしとおほす心のうちをはすらておとこ 君をもあかす思ひ出つゝ恋わたる人々なれはかくはかなきついてにも打かたらい きこえたまはんに心よりほかによにうしろめたくは見えたまはぬ物をよのつねなる すちにはおほしかけすともなさけなからぬ程に御いらへはかりはきこえ給へかしなと ひきうこかしつへくいふさすかにかゝるこたいの心ともにはありつかすいまめき つゝこしおれうたこのましけにわかやくけしきともはいとうしろめたうおほゆ かきりなく憂身なりけりと見はてゝしいのちさへあさましうなかくていかなる さまにさすらふへきならんひたふるになき物と人に見聞すてられてもやみな (19ウ) はやと思ふし給へるに中将は大かた物おもはしき事のあるにやいといたう打なけきつゝ しのひやかにふえを吹ならして鹿のなくねになとひとりこつけはひまことに こゝ地なくはあるましすきにしかたの思ひ出らるゝにも中々心つくしにいまはしめて あはれとおほすへき人はたかたけれは見えぬ山路にも思なすましうなんと うらめしけにて出なんとするにあま君なとあたらよを御らんしさしつるとてゐさり 出給へりなにかをちなる里もこゝろみ侍れはなといひすさひていたうすき かましからんもさすかにひんなしいとほのかに見えしさまのめとまりしはかりつれ/\ なる心なくさめに思ひ出つるをあまりもてはなれおくふかなるけはひもところのさま にあはすすさましとおもへはかへりなんとするを笛のねさへあかすいとゝおほえて     「ふかき夜の月をあはれと見ぬ人や山のはちかき (20オ) 宿にとまらぬ」となまかたはなる事をかくなんきこえ給ふといふに心ときめきて     「山のはにいるまて月をなかめ見むねやのいたまを しるもありやと」なといふに此おほあま君ふえのねをほのかに聞つけたりけれは さすかにめてゝ出来たりこゝかしこ打しはふきあさましきわなゝきこゑにて中々 むかしの事なともかけていはす誰とも思わかぬなるへしいてそのきんのことひき 給へよ笛は月にはいとおかしき物そかしいつらくそたちこととりてまいれといふ それなめりとをしはかりにきけといかなるところにかゝる人いかてこもりゐたらむ さためなき世そ是につけてあはれなるはんしきてうをいとおかしくふきていつら さらはとのたまふむすめあま君是もよき程のすき物にてむかし聞侍しよりも こよなうみゝからにやとていてや是はひかことになりて侍らんといひなからひく (20ウ) いまやうはおさ/\なへての人のいまはこのますなり行物なれは中々 めつらしくあはれに聞ゆ松風もいとよくもてはやす吹あはせたる笛のねに 月もかよひてすめるこゝちすれはいよ/\めてられてよひまとひもせすおき ゐたり女はむかしはあつま琴をこそはこともなくひき侍しかといまの世にはかはり にたるにやあらん此僧都の聞にくし念仏よりほかのあたにわさなせそとはした なめられしかはなにかはとてひき侍らぬ也さるはいとよくなることも侍りといひつゝけて いとひかまほしと思たれはいとしのひやかに打わらひていとあやしき事をもせいし きこえ給けるそうつかな極楽といふなるところにはほさつなともみなかゝる事をして 天人なともまひあそふこそたうとかなれをこなひまきれつみうへき事かはこよひ聞侍ら はやとすかせはいとよしと思ていて殿もりのくそあつまとりてといふにもしはふきはたえす (21オ) 人々は見くるしとおもへと僧都をさへうらめしけにうれへていひきかすれはいとおしくてまかせ たりとりよせてたゝいまの笛のねをもたつねすたゝをのか心をやりてあつまのしらへを つまさはやかにしらふみなこと物はこゑをやめつるを是をのみめてたると思てたけふち ちり/\たりたんななとかきかへしはやりかにひきたることはともわりなくふるめき たりいとおかしういまの世にきこえぬことはこそはひき給けれとほむれはみゝほの/\ しくかたはらなる人にとひ聞ていまやうのわかき人はかやうなる事をそゝこのま れさりけるこゝに月ころ物し給めるひめ君かたちいとけうらに物し給めれともはら かゝるあたわさなとしたまはすむもれてなん物し給めると我かしこに打あさわら ひてかたるをあま君なとはかたはらいたしとおほす是にことみなさめてかへり給程も 山おろし吹てきこえくる笛のねいとおかしうきこえておきあかしたる (21ウ) つとめてよへはかた/\心みたれ侍しかはいそきまかて侍し     「わすられぬむかしのこともふえ竹のつらきふしにも ねそなかれける」なをすこしおほししるはかりをしへなさせ給へしのはれ ぬへくはすち/\しきまてもなにかはとあるをいとゝわひたるはなみた とゝめかたけなる気しきにてかきたまう     「笛の音にむかしのこともしのはれてかへりしほとも 袖そぬれにし」あやしう物思しらぬにやとまて見侍ありさまはおひ人のとは すかたりにきこしめしけむかしとありめつらしからぬも見ところなきこゝち して打をかれけんかし荻の葉にをとらぬほと/\にをとつれわたるいと むつかしうもあるかな人の心はあなかちなる物なりけりとみしりにしおり/\もやう/\ (22オ) 思ひ出るまゝになをかゝるすちのこと人にも思はなすへきさまにとくなし 給てよとて経ならひてよみ給こゝろの中にもねんし給へりかくよろつにつけて 世中を思すつれはわかき人とておかしやかなる事もことになくむすほゝれたん ほんしやうなめりと思ふかたちの見るかひありうつくしきによろつのとかめゆる して明暮のみ物にしたりすこし打わらひ給おりはめつらしくめてたき物に おもへり九月になりて此あま君はつせにまうつ年ころいと心ほそき身に 恋しき人のうへも思やまれさりしをかくあらぬ人ともおほえたまはぬなくさめをえた れはくはんをんの御しるしうれしとてかへりまうしたちてまうて給なりけりいさ給へ人 やはしらんとするおなしほとけなれとさやうのところにをこなひたるなんしるしありて よきためしおほかるといひてそゝのかしたつれとむかしはゝ君めのとなとのかやうに (22ウ) いひしらせつゝたひ/\まうてさせしをかひなきにこそあはれいのちさへ心にかな はすたくひなくいみしきめを見るはといと心うきうちにもしらぬ人にくしてさるみちの ありきをしたらんよと空おそろしくおほゆ心こはきさまにはいひもなさてこゝちのいと あしうのみ侍れはさやうならんみちの程にもいかゝなとつゝましうなんとのたまう物をちは さもし給ふへき人そかしとおもひてしゐてもいさなはす     「はかなくて世にふる川のふちせにはたつねもゆかし 二もとの杉」と手ならひにましりたるをあま君見つけて二本は又もあひき こえんと思給人あるへしとたはふれことをいひあてたるにむねつふれておも てあかめ給へるもいとあいきやうつきうつくしけなり     「ふる川の杉のもとたちしらねともすきにし人に (23オ) よそへてそ見る」ことなる事なきいらへをくちとくいふしのひてといへはみな人 したひつゝこゝには人すくなにておもはせんを心くるしかりて心はせある少将左 衛門とてあるおとなしき人わらははかりそとゝめたりけるみな出たちけるをなか め出てあさましき事を思なからもいまはいかゝはせんとたのもし人におもふ人 ひとり物したまはぬは心ほそくもあるかなといとつれ/\なるに中将の御文あり御らん せよといへと聞もいれたまはすいとゝ人も見えすつれ/\ときしかたゆくさきを 思くむし給ふくるしきまてもなかめさせ給ふかな御碁うたせ給へといふいとあやしう こそはありしかはとのたまへとうたむとおほしたれははんとりにやりて我はと思て せんせさせたてまつりたるにいとこよなけれは又てなをしてうつあまうへにと うかへらせたまはなん此御こ見せたてまつらんかの御こそいとつよかりしそうつの (23ウ) 君はやうよりいみしうこのませ給てけしうはあらすとおほしたりしをいときせい 大とこになりてさし出てこそうたさらめ御こにはまけしかしときこえ給しに つゐに僧都なん二まけ給しきせいか碁にはまさらせ給ふへきなめりあな いみしとけうすれはまたすきたるあまひたいのみつかぬに物このみするにむつ かしき事もしそめてけるかなと思てこゝちあしとてふしたまひぬ時々はれ/\しう もてなしておはしませあたら御身をいみしうしつみてもてなさせ給こそくちお しく玉にきすあらんこゝちすれといふ夕暮の風の音もあはれなるにおもひ いつる事おほくて     「こゝろには秋のゆふへをわかねともなかむる袖に 露そみたるゝ」月さし出ておかしき程にひる文ありつる中将おはしたりあな (24オ) うたてこはなにそとおほえ給へはおくふかく入給をさもあまりにもおはします 物かな御心さしの程もあはれまさるおりにこそ侍めれほのかにもきこえたま はん事もきかせ給ふへしみつかんことのやうにおほしめしたるこそなといふにいと はしたなくおほゆおはせぬよしをいへとひるのつかひの一ところなととひ聞 たるなるへしいと事おほくうらみて御こゑもきゝ侍らしたゝ気ちかく てきこえむことをきゝにくしともおほしことはれとよろつにいひわひて いと心うくところにつけてこそ物のあはれもまされあまりかゝるはなとあはめつゝ     「やまさとの秋の夜ふかきあはれをもものおもふ人は おもひこそしれ」をのつから御心もかよひぬへきをなとあれはあま君おはせ てまきらはし聞ゆへき人も侍らすいとよつかぬやうならんとせむれは (24ウ)     「うき物とおもひもしらてすくす身を物おもふ人と 人はしりけり」わさといふともなきをきゝてつたへ聞ゆれはいとあはれと 思てなをたゝいさゝか出給へときこえうこかせと此人々をわりなきまて うらみ給あやしきまてつれなくそ見えさせ給やとていりて見れはかり そめにもさしのそきたまはぬおい人の御かたにいり給にけりあさましう思 てかくなんと聞ゆれはかゝるところになかめ給ふらん心のうちのあはれに大かた のありさまなともなさけなかるましき人のいとあまり思しらぬ人よりもけに もてなし給めるこそそれも物こりし給へるかなをいかなるさまに世を恨ていつ まておはすへき人そなとありさまとひていとゆかしけにのみおほひたれとこ まかなる事はいかてかいひきかせむたゝしりきこえ給ふへき人の年ころは うと/\しきやうにてすくし給しをはつせにまうてあひ給てたつねきこえ (25オ) 給へるとそいふひめ君はいとむつかしとのみきくおい人のあたりにうつふし/\ていも ねられすよひまとひはえもいはすおとろ/\しきいひきしつゝまへにも打すかひたる あまともふたりふしておと/\しといひきあはせたりいとおそろしうこよひ此人々にや くはれなんとおしからぬ身なれとれいの心よはさはひとつはしあやうかりてかへりき たりけん物のやうにわひしくおほゆこもきともにゐておはしつれと色めきて此めつ らしきおとこのえんたちゐたるかたにかへりいにけりいまやくる/\と待ゐたてまつ れといとはかなきたのもし人なりや中将いひわつらひてかへりにけれはいとな さけなくむもれてもおはしますなあたら御かたちをなとそしりてみな一ところに ねぬ夜中はかりにやなりぬらんとおもふ程にあま君しはふきおほゝれておきに たりほかけにかしらつきはいとしろきにくろき物をかつきて此君のふし給へるあや (25ウ) しかりていたちとかいふなる物かさるわさするひたいに手をあてゝあやし是誰そと しうねけなるこゑにて見をこせたるさらにたゝいまくひてんとするとそおほゆる鬼の とりもてきけん程は物のおほえさりけれは中々心やすしいかさまにせんとおほゆる むつかしさにもいみしきさまにていきかへり人になりてまたありしにまさる色々のうき事 を思みたれむつかしともおそろしとも物をおもふよしなましかは是よりもおそろしけなる 物の中にこそはあらましかと思やるむかしよりの事をまとろまれぬまゝにつねよりも 思つゝくるに心うくおやときこえけん人の御かたちも見たてまつらすはるかなる あつまをかへる/\年月をゆきて玉さかにたつねよりてうれしたのもしと思きこえし はらからの御あたりもおもはすにてたえすきさるかたに思さため給し人につけて やう/\身のうさをもなくさめつへききはめにあさましうもてそこなひたる (26オ) 身を思もてゆけは宮をすこしもあはれと思きこえけん心そいとけしからぬたゝ 此人の御ゆかりにさすらへぬるそとこ嶋の色をためしに契り給しをなとておかしと 思きこえけんとこよなくあきにたるこゝちすはしめよりうすきなからものとやかに 物し給し人は此おりかのおりなと思ひ出るそこよなかりけるかくてこそありけれときゝ つけられたてまつらんはつかしさは人よりまさりぬへしさすかに此世にはありし御さまを よそなからたにいつかは見んすると打思なをわろの心やかくたにおもはしなと心一を かへさまからうして鳥のなくを聞ていとうれしはゝの御こゑを聞たらんはまして いかならんと思あかしてこゝ地もいとあし友にてわたるへき人もとみにこねはなをふし 給へるにいひきの人はいととくおきてかゆなとむつかしき事をもてはやして御まへに とくきこしめせなとよりきていへとまかなひもいと心つきなくうたて見しらぬ心して (26ウ) なやましくなんとことならひ給をしゐていふもいとこちなしけす/\しきほうしはら なとあまたきて僧都けふおりさせ給ふへしなとにはかにはととふなれは一品の宮 の御物のけになやませ給けるを山のさすみすほうつかまつらせ給へとなを僧都まい らせたまはてはしるしなしとて昨日二ところなんめし侍し右大臣殿の四位の少将よへ 夜ふけてなんのほりおはしましてきさいの宮の御文なと侍けれはおりさせ給なりなと花 やかにいひなすはつかしくともあひてあまになし給てよといはんさかしら人すくなくて よきおりにこそとおもへはおきてこゝちのいとあしうのみ侍を僧都のおりさせ給へらんに いむ事うけ侍らんとなん思侍をさやうにきこえ給へとかたらひ給へとほけ/\しう打うな つくれいのかたにおはしてかみはあま君のみけつり給をこと人に手ふれさせんもうたて おほゆるにてつからはたえせぬ事なれはたゝすこしときくたしてかゝみなと見給てお (27オ) とろへにたりおやにいま一たひかうなからのさまを見えすなりなんこそ人やりならす いとかなしけれいたうわつらひしけにやかみもすこしおちほそりたるこゝちすれと なにはかりもおとろへすいとおほくて六しやくはかりなるすゑなとそいとうつくしかりける すちなともいまこまかにうつくしけ也かゝれとてしもとひとりこちゐ給へり暮かたに そうつ物し給へりみなみおもてはらひしつらひてまろなるかしらつきゆきちかひさはき たるもれいにかはりていとおそろしきこゝ地すはゝの御かたにまいり給ていかにそ月 ころはなといふひんかしの御かたは物まうてし給にきとかこのおはせし人はなを物し 給ふやなととひ給しかこゝにとまりてなんこゝちあしとこそ物し給ていむ事うけた てまつらんとのたまへるとかたるたちてこなたにいましてこゝにやおはしますとてき ちやうのもとにつゐゐ給へはつゝましけれはゐさりよりていらへし給ふいかて見たてまつりそめ (27ウ) てしもさるへきむかしの契りありけるにこそと思給へて御いのりなともねんころにつかう まつりしをほうしはそのことゝなくて御文きこえうけたまはらんもひんなけれは しねんになんをろかなるやうになり侍ぬるいとあやしきさまに世をそむき給へる 人の御あたりにいかておはしますらんとのたまふ世中に侍らしと思立侍し身の いとあやしくていまゝて侍を心うしと思侍物からよろつに物せさせ給ける 御心はへをなんいふかひなきこゝちにもおもひ給へしらるゝをなを心よつかすのみつゐに えとまるましく思給へらるゝをあまになさせ給てよ世中に侍るともれいの人 にてなからふへくも侍らぬ身になんときこえ給またいとゆくさきとをけなる 御程にいかてかひたみちにしかはおほしたゝむかへりてつみある事也思立て心を おこし給ほとはつよくおほせと年月ふれは女の御身といふ物いとたい/\しき物になん (28オ) とのたまへはおさなく侍し程より物をのみおもふへきありさまにておやなともあまに なしてや見ましなとなん思のたまひしましてすこし物思しりて後はれいの人さま ならて後の世をたにとおもふ心ふかかりしをなくなるへき程のやう/\ちかくなり侍にや こゝちのいとよはくのみなり侍をなをいかてとて打なきつゝのたまふあやしくかゝる かたちありさまをなとて身をいたはしく思はしめ給けん物の気もさこそいふなりし かはと思あはするにさるやうこそあらめいまゝてもいきたるへき人かはあしき物の見 つけそめたるにいとおそろしくあやうき事なりとおほしてとまれかくまれおほし立 てのたまうを三ほうのいとかしこくほめ給事也ほうしにてきこえかへすへき事に あらす御いむ事はいとやすくさつけたてまつるへきをきうなる事にまかてたれは こよひかの宮にまいるへく侍りあすよりやみすほうはしまるへく侍らん七日はてゝ (28ウ) まかてんにつかまつらんとのたまへはかのあま君おはしなはかならすいひさまたけてむといと くちおしくてみたりこゝ地のあしかりし程にしたるやうにていとくるしく侍れはをもくならはいむ 事かひなくや侍らんなをけふはうれしきおりとこそ思侍れとていみしくなき給へはひしり心にいと いとおしく思て夜やふけ侍ぬらん山よりおり侍事むかしはことゝもおほえたまはさりしを年の おふるまゝにはたへかたく侍けれは打やすみて内にはまいらんと思侍をしかおほしいそく事 なれはけふつかうまつりてんとのたまうにいとうれしくなりぬはさみとりてくしのはこのふたさし 出たれはいつら大とこたちこゝにとよふはしめ見つけたてまつりし両人なからともにあり けれはよひいれて御くしおろしたてまつれといふけにいみしかりし人の御ありさまなれは うつし人にては世におはせんもうたてこそあらめと此あさりもことはりにおもふにきちやうのかた ひらのほころひより御くしをかきいたし給へるいとあたらしくおかしけなるになんしはしはさみを (29オ) もちやすらひけるかゝる程少将のあまはせうとのあさりの来たるにあひてしもにゐたりさゑ もんはこのわたくしのしりたる人にあへしらふとてかゝるところにつけてはみなとり/\に心よせの 人々めつらしくて出来たるにはかなき事しける見いれなとしける程こもきひとりして かゝる事なと少将のあまにつけたりけれはまとひきてみるにわかの御うへのきぬけさなとをことさら はかりとてきせたてまつりておやの御かたおかみたてまつり給へといふにいつかたともしらぬ程なん えしのひあへたまはてなき給にけるあなあさましやなとかくあふなきわさはせさせ給うへかへ りおはしてはいかなる事をのたまはせんといへはかはかりしそめつるをいひみたるも物しと思て僧 都いさめ給へはよりてもえさまたけするてん三かいちうなといふにもたちはてゝし物をと思 出るもさすかなりけり御くしもそきわつらひてのとやかにあま君たちしてなをさせ給へと いふひたいは僧都そそき給かゝる御かたちやつし給てくゐ給ふなゝとたうとき事とも (29ウ) とききかせ給とみにさすへくもあらすみないひしらせ給へる事をうれしくもし つるかなと是のみそいける仏はしるしありておほえ給けるみな人々いてしつ まりぬよるの風の音にこの人々は心ほそき御すまゐもしはしの事そいまいと めてたくなり給なんとたのみきこえつる御身をかくしなさせ給て残りおほかる 御世のすゑをいかにせさせたまはんとするそ老おとろへたる人たにいまはかきり と思はてられていとかなしきわさに侍といひしらすれとなをたゝいまは心やすく うれし世にふへき物とは思かけすなりぬるこそはいとめてたき事なれとむねのあき たるこゝ地そし給けるつとめてはさすかに人のゆるさぬ事なれはかはりたらんさま 見えむもいとはつかしくかみのすそのにはかにおほとれたるやうにしとけなくさへそかれ たるをむつかしき事ともいはてつくろはん人もかなと何事につけてもつゝましくてくらう (30オ) しなしておはす思ふ事を人にいひつゝけんことの葉はもとよりたにはか/\しからぬ身を まいてなつかしくことはるへき人さへなけれはたゝすゝりにむかひて思あまるおりには 手ならひをのみたけき事とはかきつけ給     「なき物に身をも人をもおもひつゝすてゝし世をそ さらにすてつる」いまはかくてかきりつるそかしとわきてもなをみつからいとあはれと見給     「かきりそとおもひなりにし世の中をかへす/\も そむきぬる哉」おなしすちの事をとかくかきすさひゐ給へるに中将の 御文あり物さはかしくあきれたるこゝちしあへる程にてかゝる事なといひて けりいとあへなしと思てかゝる心のふかくありける人なりけれははかなきいらへをも しそめしと思はなるゝなりけりさてもあへなきわさかないとおかしく見えしかみの (30ウ) 程をたしかに見せよと一夜もかたらひしかはさるへからんおりにかいひし物をと いとくちおしくて立かへり     「岸とをくこきはなるらんあま舟にのりをくれしと いそかるゝ哉」れいならすとりて見給物のあはれなるおりにいまはと思ふもあ はれなる物からいかゝおほさるらんいとはかなき物のはしに     「こゝろこそうき世のきしをはなるれとゆくゑもしらぬ あまのうき木を」とれいの手ならひにし給へるをつゝみてたてまつるかきうつ してたにこそとのたまへと中々かきそこなひ侍なんとてやりつめつらしきにも いふかたなくかなしくなんおほえける物まうての人かへり給て思さはき給事かきりなし かゝる身にてはすゝめきこえむこそいと思なし侍れと残りおほかる御身をいかて (31オ) へたまはんとすらんをのれは世に侍らん事けふあすともしりかたきにいかてう しろやすく見をきたてまつらんとよろつに思給へてこそ仏にもいのりきこえ つれとふしまろひつゝいといみしけに思給へるにまことのおやのやかてからもなき物と 思まとひ給けん程をしはかるそまついとかなしかりけるれいのいらへもせてそむき ゐ給へるさまいとわかくうつくしけなれはいと物はかなくそおはしける御心なれとなく/\御そ の事なといそき給にひ色に手なれにしことなれはこうちきけさなとしたりある 人々もかゝる色をぬひきせたてまつるにつけてもいとおほえすうれしき山里のひかり に明暮見たてまつりつる物をくちおしきわさかなとあたらしかりつゝそうつを 恨そしりけり一品の宮御なやみけにかのてしのいひしもしるくいちしるき事とも ありてをこたらせ給にけれはいよ/\いとたうとき物にいひのゝしるなこりも (31ウ) おそろしとてみすほうのへさせ給へはとみにもえかへりいらてさふらひ給に雨なと ふりてしめやかなる夜めしてよゐにさふらはせ給日ころいたくさふらひこうしたる 人はみなやすみなとして御まへに人すくなにてちかくおきたる人すくなきおりに おなしみちやうにおはしましてむかしよりたのませ給中にも此たひなんいよ/\後の 世もかくこそはとたのもしき事まさりぬるなとのたまはす世中にひさしく侍ましき さまに仏なともをしへ給へる事とも侍るうちにことしらいねんすくしかたきやうに なん侍けれは仏をまきれなくねんしつとめ侍らんとてふかくこもり侍をかゝるおほせ 事にてまかり出侍にしなとけいし給御物の気のしうねき事をさま/\になのるか おそろしき事なとのたまうついてにいとあやしく希有の事をなん見給へし 此三月にとし老て侍るはゝのくはんありてはつせにまうてゝ侍しかへさの (32オ) 中やとりに宇治の院といひ侍ところにまかりやとりしをかくのこと人すまて年へぬる おほきなるところよからぬ物かならすかよひすみてをもきひやうさのためあしき事 ともやと思給へしもしるくとてかの見つけたりし事ともをかたりきこえ給けにいとめ つらかなる事かなとてちかくさふらふ人々みなね入たるをおそろしくおほされておと ろかさせ給大将のかたらひ給さいしやうの君しも此事を聞けりおとろかさせ給人々は なにともきかす僧都をちさせ給へる御気しきを心もなき事けいしてけりと思てくはしく もその程の事をはいひさしつその女人此たひまかり出侍つるたよりに小野に侍つるあま ともあひとひ侍らんとてまかりよりたりしになく/\出家の心さしふかきよしねんころに かたらひ侍しかはかしらおろし侍にきなにかしかいもうとこゑもんのかみのめに侍しあまなん うせにし女此かはりにと思よろこひ侍てすいふんにいたはりかしつき侍けるをかくなり (32ウ) たれは恨侍也けにそかたちはいとうるはしくけふらにてをこなひやつれんもいとおしけに なん侍しなに人にか侍けんと物よくいふそうつにてかたりつゝけ申給へはいかてさるところに よき人をしもとりもていきけんさりともいまはしられぬらんなと此宰相の君そいふ しらすさもやかたらひ給ふらんまことにやむ事なき人ならはなにかかくれも侍らしをやゐ中 人のむすめもさるさましたるこそは侍らめりうの中より仏むまれたまはすはこそたゝ人 にてはいとつみかろきさまの人になん侍けるなときこえ給そのころかのわたりに きえうせにけん人をおほしいつ此おまへなる人もあま君のつたへにあやしくて うせたる人とはきゝをきたれは誰にやあらんとは思けれとさためなき事也僧都も かゝる人世にある物ともしられしとよくもあらぬかたきたちたる人もあるやうにおもむ けてかくししのひ侍をことのさまのあやしけれはけいし侍なりとなまかくすけしき (33オ) なれは人にもかたらす宮それにもこそあれ大将にきかせはやと此人にそのたまはす れといつかたにもかくすへき事をさためてさならんともしらすなからはつかしけなる人に打 出のたまはせんもつゝましくおほしてやみにけりひめ君をこたりはてさせ給て僧都も のほりぬかしこにより給へれはいみしくうらみて中々かゝる御ありさまにてつみもえぬへき 事をのたまひもあはせすなりにける事をなんいとあやしきなとのたまへとかひもなし いまはたゝ御をこなひをし給へ老たるわかきさためなき世也はかなき物におほしとり たるもことはりなるも御身をやとのたまうにもいとはつかしくなんおほえける御ほうふくあ たらしくし給へとてあやうす物のきぬなといふ物たてまつりをき給なにかしか侍らん かきりはつかうまつりなんなにかおほしわつらふへきつねの世におい出てせけんのゑいくわ にねかひまつはるゝかきりなんところせくすてかたく我も人もおほすへかめる事なめり (33ウ) かゝるはやしの中にをこなひつとめたまはん身は何事かはうらめしくもはつかしくもおほ すへきこのあらんいのちは葉のうすきかことしといひしらせて松門に暁いたりて月 徘徊すとほうしなれはいとよし/\しくはつかしけなるさまにてのたまう事ともを思ふ やうにもいひきかせ給かなと聞ゐたりけふはひねもすに吹風の音もいと心ほそきに おはしたる人もあはれ山ふしはかゝる日にそねはなかるなるかしといふを聞て我もいま は山ふしそかしことはりにとまらぬ涙なりけりと思つゝはしのかたに立出てみれは はるかなる軒はよりかりきぬすかた色々に立ましりて見ゆ山へのほる人なりとて もこなたのみちにはかよふ人もいと玉さか也くろたにとかいふかたよりありくほうし の跡のみまれ/\はみゆるをれいのすかた見つけたるはあいなくめつらしきに恨わひし 中将なりけりかひなき事もいはんとて物したりけるを紅葉のいとおもしろくほか (34オ) のくれなゐにそめましたる色々なれは入くるよりそ物あはれなりけるこゝ にいとこゝちよけなる人を見つけたらはあやしくそおほゆへきなと思ていとま ありてつれ/\なるこゝ地し侍に紅葉もいかにと思給てなんなを立かへり旅ね もしつへき木のもとにこそとて見いたし給へりあま君れいの涙もろにて     「こからしのふきにし山のふもとにはたちかへるへき かけたにそなき」とのたまへは     「まつ人もあらしとおもふ山さとのこすゑを見つゝ なをそすきうき」いふかひなき人の御事をなをつきせすのたまひてさまかはり給へ らむさまをいさゝか見せよと少将のあまにのたまうそれをたに契りししるし にせよとせめ給へは入て見るにことさら人にも見せまほしきさましてそおはする (34ウ) うすきにひ色のあやなかにはくはんさうなとすみたる色をきていとさゝやかに やうたいおかしくいまめきたるかたちにかみはいつへの扇をひろけたるやうにこち たきすゑつき也こまかにうつくしきおもやうのけさうをいみしくしたらんやうに あかくにほひたりをこなひなとをし給ふもなをはちらひてすゝはちかききちやうに 打かけて経に心を入てよみ給へるさまゑにもかゝまほしうちみることに涙のとめかたき こゝちするをまいて心かけたまはんおとこはいかに見たてまつりたまはんと思ひてさるへき おりにやありけんさうしのかけかねのもとにあきたるあなををしへてまきるへきき ちやうなとをしやりたりいとかくはおもはすこそありしかいみしく思ふさまなりける人 をと我したらんあやまちのやうにおしくくやしくかなしけれはつゝみもあへす物くる はしきまてけはひもきこえぬへけれはのきぬかはかりのさましたる人をうしなひて (35オ) たつねぬ人ありけんや又その人かの人のむすめなんゆくすゑもしらすかくれにたる もしは物えんしして世をそむきにけるなとをのつからかくれなかるへきをなとあやしく 返々おもふあまなりともかゝるさましたらん人はうたてもおほえしなと中々見ところまさりて 心くるしかるへきをしのひたるさまになをかたらひとりてんとおもへはまめやかにかたらふよの つねのさまにはおほしはゝかる事もありけんをかゝるさまになり給わたるなん心やすくき こえつへく侍さやうにをしへきこえ給へきしかたのわすれかたくてかやうにまいりくるに 又いまひとつ心さしをそへてこそなとのたまふいとゆくすゑ心ほそくうしろめたき ありさまに侍めるにまめやかなるさまにおほしわすれすとはせたまはんいとうれしくこそ 思給へをかめ侍らさらん後なんあはれに思給へらるへきとてなき給に此あま君もはな れぬ人なるへし誰ならむと心えかたしゆくすゑの御うしろみはいのちもしりかたくたの (35ウ) もしけなき身なれとさきこえそめ侍れはさらにかはり侍らしたつねきこえ給ふへき 人はまことに物したまはぬかさやうのことのおほつかなきになんはゝかるへき事には侍らねと なをへたてあるこゝ地し侍へきとのたまへは人にしらるへきさまにて世にへたまはゝさ もやたつね出る人も侍らんいまはかゝるかたに思きりつるありさまになん心のおもむけも さのみ見え侍をなとかたらひ給こなたにもせうそこし給へり     「おほかたの世をそむきける君なれといとふによせて 身こそつらけれ」ねんころにふかくきこえ給事なといひつたふはらからとおほし なせはかなき世の物語なともきこえてなくさめんなといひつゝく心ふかからん御 物語なと聞わくへくもあらぬこそくちおしけれといらへて此いとふにつけけるいらへは したまはす思よらすあさましき事もありし身なれはいとうとましすへて朽木なと (36オ) のやうにて人に見すてられてやみなんともてなし給さるは月ころたゆみなく むすほゝれ物をのみおほしたりしも此ほいのことし給ての後よりはすこしはれ/\ しくなりてあま君とはかなくたはふれもしかはし碁うちなとしてそ明し暮しをこ なひもいとよくしてほけ経はさうなりこと法文なともいとおほくよみ給雪ふかくふりつみ 人めたえたるころそけに思やるかたなかりける年もかへりぬ春のしるしも見えすこほり わたれる水の音せぬさへ心ほそくて君にそまとふとのたまひし人は心うしとおもひはて にたれはなをそのおりなとのことはわすれす     「かきくらす野山の雪をなかめてもふりにしことそ けふもかなしき」なとれいのなくさめの手ならひををこなひのひまにはし給我世 になくて年へたゝりぬるを思ひ出る人もあらんかしなと思ひ出る時もおほかりわか (36ウ) 菜ををろかなるこにいれて人のもて来たりけるをあま君見て     「山さとの雪まのわかなつみはやしなをおひさきの たのまるゝ哉」とてこなたにたてまつれ給へりけれは     「雪ふかき野辺のわかなもいまよりは君かためにそ 年もつむへき」とあるをさそおほすらんとあはれなるにもみるかひあるへき御さまとおもは ましかはとまめやかに打ない給ねやのつまちかきこうはいの色も香もかはらぬをはるや むかしのとこと花よりも是に心よせのあるはあかさりしにほひのしみにけるにやこやに あかたてまつらせ給けらうのあまのすこしわかきかあるめし出て花をおらすれはかこと かましくちるににほひくれは     「袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかとにほふ (37オ) 春の明ほの」おほあま君のまこのきのかみなりけるか此ころのほりてきたり三十はかり にてかたちきよけにほこりかなるさましたり何事かこそをとゝしなととふにほけ/\し きさまなれはこなたにきていとこよなくこそひかみ給にけれあはれにも侍かな残り なき御さまを見たてまつる事かたくてとをき程に年月をすくし侍るよおやたち物し たまはて後は一ところをこそ御かはりに思きこえ侍れひたちの北のかたは音つれきこえ 給ふやといふはいもうとなるへし年月にそへてはつれ/\にあはれなる事のみまさりてなん ひたちはひさしく音つれきこえたまはさめりえ待つけ給ましきさまになん見え給ふと のたまうにわかおやのなとあいなくみゝとまれるに又いふやうかまかりのほりて日ころになり 侍ぬるをおほやけ事のいとしけくむつかしくのみ侍にかゝつらひてなん昨日もさふらはんと 思給へしを右大将殿の内におはせし御もとにつかうまつりてこ八の宮のすみ給しところにおはして (37ウ) 日くらし給しこ宮の御むすめにかよひ給しをまつ一ところは一とせうせ給にきその 御おとうと又しのひてすへたてまつり給へりけるをこその春又うせ給にけれはその御はての わさせさせたまはん事かの寺のりしになんさるへき事のたまはせてなにかしもかの女のさう そく一くたりてうし侍へきをせさせ給てんやをらすへき物はいそきせさせ侍なんと いふを聞にいかてかあはれならさらん人やあやしとみんとつゝましうておくにむかひてゐ給へり あま君かのひしりのみこの御むすめはふたりと聞しを兵部卿宮の北のかたはいつれそとの たまへは此大将殿の御後のはをとりはらなるへしこと/\しくももてなしたまはさりけるを いみしくかなしひ給也はしめのはたいみしかりきほと/\すけもし給つへかりきかしなと かたるかのわたりのしたしき人なりけりと見るにもさすかおそろしあやしくやうの物と かしこにてしもうせ給ける事も昨日もふひんに侍しかな川ちかきところにて水をのそき (38オ) 給ていみしくなき給きうへにのほり給てはしらにかきつけ給し     「見し人はかけもとまらぬ水のうへにおちそふなみた いとゝせきあへす」となん侍しことにあらはしてのたまう事はすくなけれとたゝ気しきには いとあはれなる御さまになん見え給し女はいみしくめてたてまつりぬへくなんわかく侍し 時よりいうにおはしますと見たてまつりしみにしかは世中の一のところもなにしも思侍らす たゝ此殿をたのみきこえつたへてんすくし侍ぬるとかたるにことにふかき心もなけなる かやうの人たに御ありさまは見しりにけりとおもふあま君ひかる君ときこえけんこゐんの 御ありさまにはならひたまはしとおほゆるをたゝいまの世には此御そうそめてられ給なる 右のおほひ殿としはのへ給へはそれはかたちもいとうるはしうけらうにすうとくにてきは ことなるさまそし給へる兵部卿宮そいといみしくおはするや女にてなれつかうまつらはやと (38ウ) なんおほえ侍なとをしへたらんやうにいひつゝくあはれにもおかしくもきくに身のうへも 此世の事ともおほえすとゝこほる事なくかたりをきて出ぬわすれたまはぬにこそいとあ はれとおもふにもいとゝはゝ君の御心のうちをしはからるれと中々いふかひなきさまを見え きこえたてまつらんはなをつゝましくそありけるかの人のいひつけし事ともをそめい そくを見るにつけてもいひ出られすたちぬひなとするを是御らんし入よ物をいと うつくしくひねらせ給へはとてこうちきのひとへたてまつるをうたておほゆれはこゝち あしとて手もふれすふし給へりあま君いそく事を打すてゝいかゝおほさるゝなと思みたれ 給ふくれなゐに桜のをり物のうちきかさねて御まへにはかゝるをこそたてまつらすへけれ あさましきすみそめなりやといふ人あり     「あまころもかはれる身にやありし世のかたみに袖を (39オ) かけてしのはん」とかきていとおなしくなくもなりなん後に物のかくれなき世なりけれは 聞あはせなとしてうとましきまてかくしけるなとやおもはんなとさま/\思つゝすきにしかたの 事はたえてわすれ侍にしをかやうなる事をおほしいそくにつけてこそほのかにあはれなれ とおほとかにのたまふさりともおほし出る事はおほからんをつきせすへたて給こそ心うけれ みにはかゝるよのつねの色あひなとひさしくわすれにけれはなを/\しく侍につけてもむかしの 人あらましかはなと思ひ出侍るしかあつかひきこえ給けん人世におはすらんやかてなくなして 見侍したになをいつこにあらんそことにたつねきかまほしくおほえ侍をゆくゑしらて思 きこえ給人々侍らんかしとのたまへは見し程まてはひとりは物し給き此月ころうせ やし給ふらむとて涙のおつるをまきらはして中々思ひ出るにつけてうたて侍れはこそ えきこえ出ねへたては何事にか残し侍らんとことすくなにのたまひなしつ大将は此はての (39ウ) わさなとせさせ給てはかなくてもやみぬるかなとあはれにおほすかのひたちのこともは かうふりしたりしかはくら人になしわか御つかさのそうになしなといたはり給けりわらは なるか中にきよけなるをはちかくつかひならさんとそおほしたりける雨なとふりて しめやかなる日にて御物語なときこえ給ついてにあやしき山里に年ころまかりか よひ見給へしを人のそしり侍しもさるへきにこそはあらめ誰も心のよるかたの事は さなんあると思給へなしつゝなを時々見給へしをところのさかにや心うく思給へなりにし後は みちもはるけきこゝちし侍てひさしく物し侍らぬをさいつころ物のたよりに まかりてはかなき世のありさまともかさねて思ひ給へしにこそことさら道心をおこす へくつくりをきたりけるひしりのすみかとなんおほえ侍しとけいし給にかの事お ほし出ていと/\おしけれはそこにおそろしき物やすむらんいかやうにてかかの人は (40オ) なくなりにしととはせ給をなをつらきをおほしよるかたと思ひてさも侍らんさやうの 人はなれたるところはよからぬ物なんかならすすみつき侍をうせ侍にしさまも なんいとあやしく侍とてくはしくはきこえたまはすなをかくしのふるすちをきゝあらはし けりと思たまはんかいとおしくおほされ宮の物をのみおほしてそのころはやまひになり 給しをおほしあはするにもさすかに心くるしくてかた/\にくち入にくき人のうへとおほし とゝめつこ宰相にしのひて大将かの人の事をいとあはれと思てのたまひしにいとおしう て打出へかりしかとそれにもあらさらむ物ゆへとつゝましくてなん君そこと/\聞あはせける かたはならん事はとりかくしてさる事なんありけりと大かたの物語のついてにそうつのいひ し事かたれとのたまはす御まへたにつゝませたまはん事をましてこと人はいかてかときこえ さすれとさま/\なる事にこそ又まろはいとおしきことそあるやとのたまはするも心えて (40ウ) おかしと見たてまつる立よりて物かたりなとし給ついてにいひ出たりめつらかあやしといかて かおとろかれたまはさらん宮のとはせ給しもかゝる事をほのおほしよりてなりけりなとか のたませはつかしきとつらけれと我も又はしめよりありしさまの事きこえそめさりしかは きゝて後もなををこかましきこゝ地して人にすへてもらさぬを中々ほかには聞ゆる こともあらんかしうつゝの人々の中にしのふる事たにかくれある世中かはなと思入て此人 にもさなんありしなとあかしたまはん事はなをくちをもきこゝちしてなをあやしと思し 人のことにてもありける人のありさまかなさてその人はなをあらんやとのたまへはかつ僧都 の山より出し日なんあまになしつるいみしうわつらひし程にもみな人おしみてせさせさりし をさうしみのほいふかきよしをいひてなりぬるとこそ侍なりしかといふところもかはらす そのころのありさまと思あはするにたかうふしなけれはまことにそれとたつね出たらん (41オ) いとあさましきこゝ地もすへきかないかてかたしかにきくへきおりたちて たつねありかんもかたくなしなとや人いひなさん又かの宮も聞つけ給へらんには かならすおほし出て思いりにけんみちもさまたけたまひてんかしさてさなのたまひそ なときこえをき給けれはや我にはさる事なん聞しとさるめつらしき事をきこしめし なからのたまはせぬにやありけん宮もかゝつらひ給にてはいみしうあはれと思 なからもさらにやかてうせにし物と思なしてをやみなんうつし人になりてすゑ の世には黄なるいつみのほとりはかりををのつからかたらひよるかせのまきれもあり なん我物にとり返し見んの心は又つかはしなと思みたれてなをのたまはすやあらん とおほゆれと御気しきのゆかしけれは大宮にさるへきついてつくりいたしてそ けいし給あさましうてうしなひ侍りぬと思給へし人世におちあふれて (41ウ) あるやうに人のまねひ侍しかないかてかさる事はあらんと思給へれと心とおとろ おとろしうもてはなるゝ事は侍らすやと思わたり侍人のありさまに侍れは人の かたり侍しやうにてはさるやうもや侍らんとわつらはしく思給へらるゝとています こしきこえ出給宮の御事をいとはつかしけにさすかに恨たるにはいひなしたま はてかの事又さなんと聞つけ給へらはかたくなにすき/\しくもおほされぬへしさらに さてありけりともしらすかほにてすくし侍なんとけいし給へは僧都のかたりしにいと 物おそろしかりし夜のことにてみゝもとゝめさりし事にこそ宮はいかて聞たまはんき こえむかたなかりける御心の程かなときけはまして聞つけたまはんこそいとくるし かるへけれかゝるすちにつけていとかろく憂物にのみ世にしられたまひぬそれは心 うくなんとのたまはすいとをもき御心なれはかならすしも打とけ世語にても人の (42オ) しのひてけいしけん事をもらさしたまはしなとおほすすむらん山里はいつこにか あらんいかにしてさまあしからすたつねよらんそうつにあひてこそはたしかなるあり さまも聞あはせなとしてともかくもとふへかめれなとたゝ此ことをおきふしおほす 月ことの八日はかならすたうときわさをさせ給へはやくし仏に心をよせたてまつるにもて なし給へるたよりにちうたうに時々まいり給けりそれよりやかてよ川におはせんとおほしてかの せうとのわらはなるゐておはすその人々にはとみにしらせしありさまにそしたかはんとお ほせと打見ん夢のこゝちにもあはれをもくはへむとにやありけんさすかにその人とは見つけ なからあやしきさまにかたちことなる人のなかにてうき事を聞つけたらんこそいみしかる へけれとよろつにみちなからおほしみたれけるにや ---------------------------------------------------------------------------------- 底本:Japanese Rare Book Collection (Library of Congress) LC Control No.2008427768 翻字担当者:阿部友敬、大石裕子、菅野早月、杉本裕子、小川千寿香 更新履歴: 2012年12月26日公開 2014年1月7日更新 ---------------------------------------------------------------------------------- 修正箇所(2014年1月7日修正) 丁・行 誤 → 正 (3オ)2 こゝろ見るに → こゝろみるに (10オ)3 うつしこゝろも531691 → うつしこゝろも (16ウ)3 よまさせて → まさせて (29オ)4 かゝる事など → かゝる事なと (31ウ)5 かくこそいと → かくこそはと