＜出典＞１４２　　　国定読本　１期４－２
＜Ｐ－０００＞
もくろく。　　＃
第一　　郵［ゆー］便［びん］。………一　　第十一　　老［ろー］人［じん］の話。（二）………四十　＃
第二　　新［しん］聞［ぶん］紙［し］。………六　　第十二　　老人の話。（三）………四十六　＃
第三　　おふみの慈［じ］善［ぜん］。………九　　第十三　　明治維［イ］新［シン］前ト明治維［イ］新［シン］後。………五十二　＃
第四　　貯［チョ］金［キン］。………十四　　第十四　　わが帝［てい］國［こく］。………五十九　＃
第五　　工業。………十八　　第十五　　北［ほっ］海［かい］道［どー］移［い］住［じゅー］者［しゃ］の話。………六十四　＃
第六　　燒［ヤキ］物［モノ］ト塗［ヌリ］物［モノ］。………二十二　　第十六　　ワガ國ノ物産。………六十八　＃
第七　　武［たけ］雄［を］の入［にゅー］營［えい］。………二十六　　第十七　　選［せん］擧［きょ］。………七十三　＃
第八　　軍人。………三十　　第十八　　帝國議會。………七十七　＃
第九　　赤［セキ］十［ジュー］字［ジ］社［シャ］。………三十一　　第十九　　地［ち］球［きゅー］。（一）………八十二　＃
第十　　老［ろー］人［じん］の話。（一）………三十四　　第二十　　地［ち］球［きゅー］。（二）………八十八　＃
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第一　　郵［ゆー］便［びん］。　　＃
ある夜、小太郎のうちでは、みんなが、らんぷの＃
そばで、かはるがはる、話をしてゐた。今度は、父＃
の番であった。ところへ、郵［ゆー］便［びん］が來た。それは、正［まさ］雄［を］＃
の父から來た、時候みまひのはがきであった。父＃
は、「お話をする前に。」といって、すぐ、その返［へん］事［じ］を書＃
いた。小太郎はそれを近所の郵［ゆー］便［びん］函［ばこ］に入れて＃
來た。＃
父は＃
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「小太郎。御苦勞でしたね。それでは、いよいよ、＃
お話をしませう。何のお話をしませうか。郵［ゆー］＃
便［びん］のお話をしませうか。」＃
といった。みんなが「どうぞ、願ひます。」といったの＃
で、父は話し出した。＃
「昔は、いくら、錢を出しても、遠方へ、自由に、手＃
紙を出すことは、よほど、むづかしかった。よい＃
ついでがあって、それに頼むか、わざわざ、人を＃
出すかするよりほかに、しかたがなかった。と＃
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ころが、今は、郵［ゆー］便［びん］といふものができて、わづ＃
かの錢で、わづかの日數で、どんな所へでも、＃
たよりができます。遠い外國へでも、たより＃
ができます。＃
さて、郵［ゆー］便［びん］物［ぶつ］には、五つの種［しゅ］類［るい］があります。第＃
一種［しゅ］は封［ふー］書［しょ］といって、ふつーにいふ手紙のこ＃
とです。封［ふー］書［しょ］は、目方四匁までは、三錢の切［きっ］手［て］＃
をはればよいのです。＃
第二種［しゅ］は郵［ゆー］便［びん］はがきです。郵［ゆー］便［びん］はがきには、＃
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通常のはがきや、往［おー］復［ふく］はがきなどがありま＃
す。通常のはがきは一錢五厘で、今、正［まさ］雄［を］さん＃
のおとうさんから來たよーなものです。こ＃
れは、べつに、紙も、ふーとーもいらんから、ちょっ＃
とした用事には、よほど、便利です。＃
往［おー］復［ふく］はがきは三錢です。これは、商店などか＃
ら、返［へん］事［じ］のききたいときに、使って、たいそー、便＃
利なものです。＃
このほかに、まだ、第三種［しゅ］、第四種［しゅ］、第五種［しゅ］とあっ＃
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て、新［しん］聞［ぶん］、雜［ざっ］誌［し］や書物や、商品の見本、農産物の＃
種子なども送ることができます。＃
郵［ゆー］便［びん］には、また、小［こ］包［づつみ］郵［ゆー］便［びん］といふものもあって、＃
一貫五百匁までの荷物を送ることができ＃
ます。また、郵［ゆー］便［びん］爲［かは］替［せ］といふものもあって、錢を＃
送ることもできます。しかし、送る金は、一度＃
に、五十圓以下と、かぎってあります。＃
郵［ゆー］便［びん］のお話は、まー、このくらゐにしておき＃
ませう。だいぶん、おそくなりました。みんな、＃
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おやすみなさい。」＃
そのとき、ちょーど、時［と］計［けい］が九時をうった。　　＃
第二　　新［しん］聞［ぶん］紙［し］。　　＃
都［と］會［かい］の事も、　　田［ゐ］舍［なか］の事も、　　＃
千里あちらの　　他［た］國［こく］の事も、　　＃
一目で、わかる　　新聞紙。　　＃
あー。ちょーほーな　　新聞紙。」　　＃
「火事が多いぞ。　　ぬすとがあるぞ。　　＃
こはい病氣が　　はやって來た。」と、　　＃
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氣をつけさせる　　新聞紙。　　＃
あー。しんせつな　　新聞紙。」　　＃
人に知られん　　善事もうつし、　　＃
かげにかくれた　　惡事もうつす。　　＃
鏡［かがみ］のよーな　　新聞紙。　　＃
あー。明かな　　新聞紙。」　　＃
拜啓。この度、御店にて、改［かい］良［りょー］釜［がま］＃
專［せん］賣［ばい］相［あひ］成［なり］候由［よし］、帝［てい］國［こく］新聞の廣［こー］告［こく］＃
にて、承知いたし候。早［さっ］速［そく］、ためし＃
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み度候間、この手紙着き次第、御＃
送り下され度候。右代金と運送＃
料［りょー］とをあはせて、金貳圓參拾錢、＃
別［べっ］紙［し］、郵［ゆー］便［びん］小［こ］爲［がは］替［せ］證書として、封［ふー］＃
入［にゅー］いたしおき候。以上。＃
十月二十八日　　　　後藤吉兵衞　　＃
井上金物商店御中　　＃
拜復。十月二十八日附［づけ］の御手＃
紙にて、當［とー］店［てん］專［せん］賣［ばい］の改［かい］良［りょー］釜［がま］御＃
＜Ｐ－００９＞
注文下され、有り難［がた］く、存じたて＃
まつり候。本日、通運にて、送り＃
出し候間、御ためし下され度候。＃
以上。＃
十月三十日　　　　井上金物商店　　＃
後藤吉兵衞殿　　＃
第三　　おふみの慈［じ］善［ぜん］。　　＃
ある日、帝［てい］國［こく］新聞は、「かはいさうなる親子。」とい＃
ふ題［だい］にて、次の記事をかかげたり。＃
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「松［まつ］葉［ば］町［ちょー］十二番［ばん］地［ち］に、小［こ］林［ばやし］兵［ひょー］吉［きち］（ことし十一）といふ子［こ］供［ども］＃
あり。兵［ひょー］吉［きち］の父［ちち］は大［だい］工［く］なりしが、兵［ひょー］吉［きち］の五歳［さい］＃
のとき、ある家［いへ］の普［ふ］請［しん］中［ちゅー］、大［おほ］怪［け］我［が］をなして、死［し］＃
にたり。母［はは］は、大［おほ］いに、とーわくしたれども、せ＃
んかたなかりしかば、毎［まい］日［にち］、晝［ひる］は、野［や］菜［さい］を賣［う］り＃
歩［ある］き、夜［よる］は、人［ひと］の着［き］物［もの］を縫［ぬ］ひなどして、からく＃
も、その日［ひ］を送［おく］りたり。されど、わが子［こ］には、人［ひと］＃
なみの學［がく］問［もん］をさせたく思ひて、兵［ひょー］吉［きち］が七歳［さい］＃
のとき、松［まつ］葉［ば］尋［じん］常［じょー］小［しょー］學［がっ］校［こー］に入れたり。食［しょく］物［もつ］の＃
＜Ｐ－０１１＞
代［だい］すら得［え］難［がた］きに、兵［ひょー］吉［きち］の授［じゅ］業［ぎょー］料［りょー］をも出［いだ］すこ＃
とは、いかに、苦［くる］しかりしならん。兵［ひょー］吉［きち］は、子［こ］供［ども］＃
心［ごころ］にも、母［はは］の苦［く］勞［ろー］を思［おも］ひて、學［がっ］校［こー］にありては、＃
よく、先［せん］生［せい］の教［をしへ］に從［したが］ひ、家［いへ］にありては、また、よ＃
く、母［はは］の手［て］傳［つだひ］をなしたり。かくて、三年［ねん］の年［とし］月［つき］＃
はたちて、兵［ひょー］吉［きち］は第［だい］四學［がく］年［ねん］生［せい］になりたり。し＃
かるに、母［はは］は、年［とし］頃［ごろ］の苦［く］勞［ろー］のつもりたるにや、＃
にはかに、病［びょー］氣［き］にかかりたり。兵［ひょー］吉［きち］は、大［おほ］いに、＃
憂［うれ］へて、これより、學［がっ］校［こー］に行くことをやめて、＃
＜Ｐ－０１２＞
朝［あさ］は、牛［ぎゅー］乳［にゅー］を配［はい］達［たつ］し、晝［ひる］は、野［や］菜［さい］を賣［う］り歩［ある］きて、＃
そのえたる錢［ぜに］にて、藥［くすり］を買［か］ひて、母［はは］にすすめ、＃
夜［よる］は、母［はは］の側［そば］にありて、ねんごろに、介［かい］抱［ほー］した＃
り。母［はは］は、わが子［こ］のかはいさうなる樣［さま］を見［み］て＃
は、泣［な］き、「さぞ、學［がっ］校［こー］に、行［ゆ］きたからん。」と思［おも］ひて＃
は、泣［な］きたり。母［はは］の病［びょー］氣［き］は、いよいよ、おもくな＃
りたり。兵［ひょー］吉［きち］は、いよいよ、心［しん］配［ぱい］して、外［ほか］に出［いづ］る＃
ことをも止［や］めたり。あー。兵［ひょー］吉［きち］は、これより、い＃
かにして、錢［ぜに］をうるならんか。いかにして、藥［くすり］＃
＜Ｐ－０１３＞
を買［か］ふならんか。かはいさうなるはこの親［おや］＃
子［こ］の身［み］の上［うへ］なり。」＃
おふみは、その夜、母より、これを讀み聞かせら＃
れて、大いに、かはいさうに思ひて、へいぜい、ここ＃
ろがけて、ためたる錢を、六十錢＃
ばかり、兵［ひょー］吉［きち］にあたへんことを＃
相談したり。母は、大いに、おふみ＃
が、慈［じ］善［ぜん］の心に、感心して、「われも＃
着物をあたへん。」といひたり。」＃
＜Ｐ－０１４＞
あくる日、二人は兵［ひょー］吉［きち］の家をたづねて、おふみ＃
は錢を、母は着物を與へたれば、兵［ひょー］吉［きち］は、大いに、＃
喜びて、いくども、手をつきて、礼をいひ、兵［ひょー］吉［きち］の＃
母も、とこの中より、いくども、手を合せて、をが＃
みたり。　　＃
第四　　貯［チョ］金［キン］。　　＃
諸［ショ］子［シ］ノ中ニハ、他ノ家ノシゴトニ、ヤトハレテ、＃
賃錢ヲエタルモノモアルベシ。父母ノシゴト＃
ヲテツダヒテ、ホービノ錢ヲモラヒタルモノ＃
＜Ｐ－０１５＞
モアルベシ。ソノエタル錢、モラヒタル錢ハ、ケッ＃
シテ、無益ニ、ツカフベカラズ。＃
スコシノ錢ニテモ、五年、十年ト、貯［チョ］蓄［チク］シテユカ＃
バ、ツヒニハ、オビタダシキタカトナルベシ。カ＃
クナラバ、必要ナル物モ買フコトヲウベク、家［カ］＃
業［ギョー］ノモトデトモナスコトヲウベク、思ハヌサ＃
イナンニカカリタルトキノタシトモスルコ＃
トヲウベシ。マタ、オフミノゴトク、人ヲスクフ＃
コトヲモウベシ。＃
＜Ｐ－０１６＞
錢ヲ、安全ニ、貯［チョ］蓄［チク］スルニハ、郵［ユー］便［ビン］貯［チョ］金［キン］トスルカ、＃
マタハ、タシカナル貯［チョ］蓄［チク］銀［ギン］＃
行［コー］ニ預クルヲヨシトス。＃
郵［ユー］便［ビン］貯［チョ］金［キン］ハ、郵［ユー］便［ビン］局［キョク］ナドニ＃
テ、取扱ヒテ、一人一回［カイ］ノ預金＃
ヲ拾錢以上トシ、一日ノ預金＃
ヲ五拾圓以下トス。＃
郵［ユー］便［ビン］貯［チョ］金［キン］ヲナス便利ノタメ＃
ニ、郵［ユー］便［ビン］切［キッ］手［テ］貯［チョ］金［キン］規［キ］則［ソク］トイフモノアリ。コレハ、＃
＜Ｐ－０１７＞
ハジメニ、貯［チョ］金［キン］臺［ダイ］紙［シ］トイフモノヲ買ヒ置キテ、＃
貯［チョ］金［キン］スル錢ヲエタルゴトニ、ソレダケノ郵［ユー］便［ビン］＃
切［キッ］手［テ］ヲ買ヒテ、ハリツケ、拾錢以上トナリタル＃
トキ、コレヲ郵［ユー］便［ビン］貯［チョ］金［キン］ニヒキナホスコトヲウ＃
ル規［キ］則［ソク］ナリ。貯［チョ］金［キン］臺［ダイ］紙［シ］ハ、スコブル、ビレイナル＃
モノニテ、コレニ、ハリタル切［キッ］手［テ］ノマシユクヲ＃
見ルハ、ハナハダ、樂シキモノナリ。＃
マタ、貯［チョ］蓄［チク］銀［ギン］行［コー］ニハ、タイテイ、一回［カイ］一錢以上、ナ＃
ニホドニテモ、預クルコトヲウ。＃
＜Ｐ－０１８＞
郵［ユー］便［ビン］局［キョク］ニテモ、貯［チョ］蓄［チク］銀［ギン］行［コー］ニテモ、錢ヲ預ケタル＃
モノニハ、ソノ錢高ヲ書キ入レタル通［カヨヒ］帳［チョー］ヲ渡＃
ス。コノ通［カヨヒ］帳［チョー］ハ、コノ後、錢ヲ預クルトキ、マタハ、＃
取リモドストキニ、必要ナルモノナレバ、大切＃
ニ、シマヒ置カザルベカラズ。　　＃
第五　　工業。　　＃
工業といふのは、いろいろな物に、手數をかけ＃
て、人の入用な物にする仕事をいふのである。＃
たとへていへば、みなさんの着てゐる着物は、＃
＜Ｐ－０１９＞
木［も］綿［めん］の反物を縫ったものである。その木［も］綿［めん］の反＃
物は木［も］綿［めん］糸を織ったものである。その木［も］綿［めん］糸は、＃
きわたの實［み］の中にある綿をほぐして、つむい＃
だものである。この綿をほぐして、つむいで、木［も］＃
綿［めん］糸をこしらへたり、木［も］綿［めん］糸を織って、反物をこ＃
しらへたり、反物を縫って、着物をこしらへたり＃
するよーな仕事を、みな、工業といふのである。＃
であるから、みなさんの着てゐる着物は、木綿＃
糸をこしらへる、反物をこしらへる、着物をこ＃
＜Ｐ－０２０＞
しらへるといふ、いろいろな工業で、できたも＃
のである。＃
すべて、工業は、人の力ばかりでは、できない。そ＃
れで、昔でも、綿をくるには、綿［わた］繰［くり］轆［ろく］轤［ろ］をつかって＃
ゐた。つむぐには、糸車をつかってゐた。しかし、こ＃
んな道［どー］具［ぐ］をつかってゐては、非常な手數と日數＃
とがかかって、そのうへに、よいものもできない。＃
けれども、もし、蒸［じょー］氣［き］力［りょく］などで、おほじかけな機［き］＃
械［かい］を動かして、綿をほぐしたり、つむいだりす＃
＜Ｐ－０２１＞
ると、たいそー、手數がはぶけ、＃
一度に、たくさん、糸をこしら＃
へることができて、そのでき＃
あがった糸にも、むらやふしが＃
ない。＃
それで、今は、たいてい、蒸氣力＃
などで、機［き］械［かい］を動かして、綿をほぐしたり、つむ＃
いだりしてゐる。このよーに、おほじかけな機［き］＃
械［かい］を動かして、いろいろな物をこしらへる工＃
＜Ｐ－０２２＞
業を機［き］械［かい］工［こー］業［ぎょー］といふ。あの、えんとつから、煙の＃
出てゐる工［こー］場［ば］は、みんな、この機［き］械［かい］工［こー］業［ぎょー］をして＃
ゐる所である。　　＃
第六　　燒［ヤキ］物［モノ］ト塗［ヌリ］物［モノ］。　　＃
ワガ國ノ機［キ］械［カイ］工［コー］業［ギョー］ハ、イマダ、サマデ、進マザレ＃
ドモ、人ノ手ヲ用フル工業ハ、昔ヨリ、大イニ、進＃
ミヰタリ。コトニ、燒［ヤキ］物［モノ］、塗［ヌリ］物［モノ］ノゴトキハ、ソノ名、＃
外國ニマデ、聞エタリ。＃
茶［チャ］碗［ワン］、土［ド］瓶［ビン］、皿［サラ］ナドハ、多クハ、燒［ヤキ］物［モノ］ニシテ、膳［ゼン］、椀［ワン］、重［ジュー］＃
＜Ｐ－０２３＞
箱［バコ］、盆［ボン］ナドハ、多クハ、塗［ヌリ］物［モノ］ナリ。＃
燒［ヤキ］物［モノ］ヲ製［セイ］スルニハ、土、マタハ、石ヲクダキテ、粉＃
トナシテ、ネリカタメ、アルヒハ、轆［ロク］轤［ロ］ニカケ、ア＃
ルヒハ、手ニテ、ヒネリテ、思フママノ形ニ、ツク＃
ル。カクテ、ヒカゲニテ、カワカシ、カマドニ入レ＃
テ、燒クナリ。コレヲ素［ス］燒［ヤキ］トイフ。カノ茶［チャ］碗［ワン］、土［ド］瓶［ビン］、＃
皿［サラ］ナドハ、コノ素［ス］燒［ヤキ］ニ、サマザマノ模［モ］樣［ヨー］ヲヱガ＃
キ、ウハグスリヲカケテ、フタタビ、燒キタルモ＃
ノナリ。＃
＜Ｐ－０２４＞
マタ、塗［ヌリ］物［モノ］ハ、多クハ、木ヲ組ミ、マタハ、クリタル＃
上ニ、漆［ウルシ］ヲ塗リテ、製［セイ］ス。漆［ウルシ］ハ、漆［ウルシ］ノ木ノ皮ニキズ＃
ヲツケ、流レ出ヅル汁ヲ取リテ、製［セイ］シタルモノ＃
ナリ。塗物ノ中ニハ、蒔［マキ］繪［ヱ］ヲシタルモノアリ。蒔［マキ］＃
繪［ヱ］トハ、漆［ウルシ］ヲ塗リタル上ニ、金粉［プン］、銀粉［プン］ナドニテ、＃
サマザマノ模［モ］樣［ヨー］ヲヱガクヲイフ。＃
拜啓。明後日、客來あるはずに候＃
ところ、持合のみにては、不足い＃
たし候につき、膳［ぜん］、椀［わん］とりそろへ、＃
＜Ｐ－０２５＞
五人前、拜借願はるまじく候や。＃
御伺ひ申上候。敬［けい］具［ぐ］。＃
十一月二十五日　　　　木村末藏　　＃
井上虎一樣　　＃
拜復。はなはだ、粗末なる品には＃
候へども、御申越［こし］の通り、膳［ぜん］、椀［わん］と＃
りそろへ、五人前、御使に相［あひ］渡し＃
候間、御まにあはせ下され度候。＃
敬具。＃
＜Ｐ－０２６＞
十一月二十五日　　　　井上虎一　　＃
木村末藏樣　　＃
第七　　武［たけ］雄［を］の入［にゅー］營［えい］。　　＃
武［たけ］雄［を］は、この春、徴［ちょー］兵［へい］檢［けん］査［さ］を受けて、しゅびよく、合［ごー］＃
格［かく］しました。そして、また、くじを＃
ひいて、あたりました。武［たけ］雄［を］は、喜＃
んで、入營の日を待ってゐました。＃
いよいよ、その日が來ました。＃
武［たけ］雄［を］は、奥［おく］の間［ま］で、したくをしな＃
＜Ｐ－０２７＞
がら、父と、話をしてゐます。＃
「おとうさん。私は、『國家のために、入營するの＃
だ。』と思ふと、うれしくてなりません。これか＃
ら、入營して、教を受けて、『さー。戰爭。』といふと＃
きには、いのちををしまず、いっしょーけんめい＃
に、はたらいて、日本男子のうでまへを見せ＃
てやりませう。」＃
「あー。よい心［こころ］掛［がけ］だ。さう、なくてはならん。いの＃
ちもをしむな。うちの事も氣にかけるな。ま＃
＜Ｐ－０２８＞
た、天皇陛下から、軍人に、お下しになった勅［ちょく］諭［ゆ］は、＃
へいぜいから、よく、守っていかねばならんぞ。」＃
母は、茶の間で、村の人たちのよろこびを受け＃
てゐます。＃
「おくさん。武［たけ］雄［を］さんが、いよいよ、けふ、御入營＃
ださうで、まことに、けっこーでございます。私＃
どもも、『この村から、武［たけ］雄［を］さんのよーなかた＃
が出られたか。』と思ふと、うれしくてなりま＃
せん。」＃
＜Ｐ－０２９＞
「おくさん。私の子どもも、この春、武［たけ］雄［を］さんと＃
いっしょに、檢［けん］査［さ］を受けましたが、からだがわる＃
くて、不［ふ］合［ごー］格［かく］になりました。からだがわるい＃
といふのですから、しかたがありませんけ＃
れども、これほど、殘念なことはありません。」＃
武［たけ］雄［を］は、したくをすまして、父と出て來ました。＃
村の人たちは、武［たけ］雄［を］や父にむかって、また、しきり＃
に、よろこびをいひました。武［たけ］雄［を］も、父も、いちい＃
ち、あいさつをしました。武［たけ］雄［を］は、「おとうさん。お＃
＜Ｐ－０３０＞
かあさん。ごきげんよう。みなさん。ごきげんよ＃
う。」といって、出て行きました。父と母とは、武［たけ］雄［を］に＃
ついて、門まで、出ました。村の人たちは、「武［たけ］雄［を］君［くん］。＃
萬［ばん］歳［ざい］。」といって、祝ひました。　　＃
第八　　軍人。　　＃
軍［ぐん］刀［とー］霜［しも］のごとく、　　彈［だん］丸［がん］霰［あられ］ににたり。　　＃
陸戰、今、なかば、　　山動き、川ふるふ。　　＃
日本軍人命ををしまず、　　＃
忠［ちゅー］義［ぎ］の心、いはより、かたし。　　＃
＜Ｐ－０３１＞
列をもくづさず、　　山、川ふみこえ、　　＃
進むよ、進むよ、　　敵［てき］陣［じん］めがけて。」　　＃
大砲、空に、ひびき、　　水［すい］雷［らい］、海に、とどろく。　　＃
海戰、今、なかば、　　風おこり、波さわぐ。　　＃
日本軍人命ををしまず、　　＃
忠義の心、いはより、かたし。　　＃
へさきそろへて、　　白波けたてて、　　＃
進むよ、進むよ、　　敵［てっ］艦［かん］めがけて。」　　＃
第九　　赤［セキ］十［ジュー］字［ジ］社［シャ］。　　＃
＜Ｐ－０３２＞
軍人ガ、戰［セン］場［ジョー］ニテ、戰［タタカ］フトキハ、家ヲ忘レ、身ヲ忘＃
レテ、タダ、「國ノタメニ、ツクサン。」ト思フノミナ＃
リ。コノ心ハ、ミカタト敵［テキ］トニヨリテ、カハリア＃
ルコトナケレバ、傷ヲ受ケタルモノ、マタハ、病＃
ニカカリタルモノアルトキ、敵、ミカタノサベ＃
ツナク、コレヲ助ケ救フコトハ、博［ハク］愛［アイ］ノ、モットモ、＃
大ナルモノナリ。＃
サレバ、世界ノ開ケタル國國ハ、不幸ニシテ、ソ＃
ノ間ニ、戰オコルコトアリトモ、戰［セン］場［ジョー］ニテ、傷ヲ＃
＜Ｐ－０３３＞
受ケタルモノ、マタハ、病ニカカレルモノハ、タ＃
ガヒニ、助ケ救フベキ約束ヲトリカハシ、オノ＃
オノ、赤十字社トイフ組［クミ］合［アヒ］ヲマウケタリ。＃
赤十字社ハ、ミナ、白地ニ、赤キ、十ノ字ノ形ヲア＃
ラハセルモノヲシルシトス。＃
ワガ國ノ赤十字社ハ日本赤＃
十字社トイフ。上ハ、天皇、皇后、＃
兩［リョー］陛下ノ御保［ホ］護［ゴ］ヲアフギ、下＃
ハ、博［ハク］愛［アイ］ナル人人ノ賛成ニヨ＃
＜Ｐ－０３４＞
リテ、デキタルモノナリ。＃
日本赤十字社ガ、明治二十七八年戰［セン］役［エキ］ト明治＃
三十三年清［シン］國［コク］事［ジ］變［ヘン］トニ、大イニ、博［ハク］愛［アイ］ノ行ヲナ＃
シタルハ、人ノ、ヨク、知レルコトナリ。　　＃
第十　　老［ろー］人［じん］の話。　（一）　　＃
小太郎の村に、ある、ものしりの老［ろー］人［じん］がある。小＃
太郎は、ある、土［ど］曜［よー］日［び］の晩［ばん］、同じ級の友だち、四五＃
人と、その老［ろー］人［じん］のうちをたづねた。そして、「いつ＃
ものよーなお話をしてください。」といって、願った。＃
＜Ｐ－０３５＞
老［ろー］人［じん］は、「よろしい。してあげよう。」といって、次の＃
よーに、話した。＃
「今から、三百年ほど前に、豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］といふ人＃
があった。そのころ、また、徳［とく］川［がは］家［いへ］康［やす］といふ人が＃
あった。この徳［とく］川［がは］家［いへ］康［やす］といふ人は、その豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］＃
吉［よし］の次に、日本ををさめた、えらい大將だ。三［み］＃
河［かは］の國に生れた人だが、わけがあって、小さい＃
ときは、駿［する］河［が］の國に、をった。＃
家［いへ］康［やす］が、まだ、をさないときのことであった、あ＃
＜Ｐ－０３６＞
る日、めしつかひの男にせお＃
はれて、安［あ］倍［べ］川といふ川のか＃
はらに、遊に、行った。そのとき、子＃
どもが石［いし］合［かっ］戰［せん］をしてをったが、＃
一方の人數は百五十人ぐら＃
ゐで、ほかの方のは、その倍ほども、あった。＃
それで、人は、みんな、おほぜいの方へ、いった。そ＃
れに、家［いへ］康［やす］は、『こぜいの方へ、行って、見よう。』とい＃
ふから、男は、ふしんに、思って、そのわけをたづ＃
＜Ｐ－０３７＞
ねた。家［いへ］康［やす］は、『それはこぜいの方が勝つと思＃
ふからだ。見よ。おほぜいの方は、たいそー、ゆ＃
だんをしてをるが、こぜいの方は、いっしょーけ＃
んめいに、働いてをるではないか。』といった。す＃
ると、まもなく、家［いへ］康［やす］の思ったとほりになった。＃
家［いへ］康［やす］は、その後、岡［をか］崎［ざき］に、歸って、だんだん、近所の＃
國國をせめて、領［りょー］分［ぶん］にした。しかし、後には、關［かん］＃
東［とー］の國國を領［りょー］分［ぶん］にして、城を、武［む］藏［さし］の國の江［え］＃
戸［ど］といふ所に、たてて、そこに、住った。江［え］戸［ど］と＃
＜Ｐ－０３８＞
いふのは今の東［とー］京［きょー］のことで、今の宮［きゅー］城［じょー］は、そ＃
の城をおつくりかへになったのだ。＃
家［いへ］康［やす］のいきほひは、これから、だんだん、盛に＃
なった。豐［とよ］臣［とみ］氏［し］についてをるものどもは、これ＃
をそねんで、いくさをおこした。家［いへ］康［やす］はこれ＃
を、關［せきが］原［はら］といふ所で、やぶった。その後、大［おほ］坂［さか］で＃
も、やぶって、とーとー、豐［とよ］臣［とみ］氏［し］をほろぼしてし＃
まった。日本中の大［だい］名［みょー］は、みんな、家［いへ］康［やす］につい＃
た。大［だい］名［みょー］といふのは、國國に、ひろい土地をもっ＃
＜Ｐ－０３９＞
てをるものをいふのだ。そこで、家［いへ］康［やす］は、江［え］戸［ど］＃
に、幕［ばく］府［ふ］といふ役所を置いて、日本の政［せい］事［じ］を＃
取扱っていった。＃
家［いへ］康［やす］は、七十五歳で、なくなった。あの、名高い日［にっ］＃
光［こー］の東［とー］照［しょー］宮［ぐー］は、この家［いへ］康［やす］をまつったお宮だ。」＃
老［ろー］人［じん］は、かう、いって、柱の時［と］計［けい］を見た。時［と］計［けい］は、もう、＃
八時であった。老［ろー］人［じん］は、「まだ、つづきがあるが、それ＃
は、次の土曜日に、話さう。」といって、小太郎らをか＃
へした。　　＃
＜Ｐ－０４０＞
第十一　　老［ろー］人［じん］の話。　（二）　　＃
小太郎らは、その次の土曜日の晩に、また、老［ろー］人［じん］＃
のうちをたづねた。そして、「この前のつづきを＃
話してください。」といって、願った。老人は、「よろし＃
い。」といって、話し出した。＃
「この前、家［いへ］康［やす］が、江［え］戸［ど］に、幕［ばく］府［ふ］といふ役所を置＃
いたといふことを話しておいたが、家［いへ］康［やす］の＃
時から、十五代、二百六七十年の間、この幕［ばく］府［ふ］＃
はつづいてきたのだ。＃
＜Ｐ－０４１＞
このころ、代代の天皇は、まだ、京［きょー］都［と］に、いらっ＃
しゃったが、日本の政事は、この天皇がお取扱ひ＃
になるのではなくて、江［え］戸［ど］の幕［ばく］府［ふ］で、取扱って＃
をったのだ。だから、國國の大［だい］名［みょー］も、みんな、幕［ばく］府［ふ］＃
のけらいになるといふ有樣であった。＃
かういふ有樣であったから、天皇の方では、ず＃
いぶん、お心にかなはせられない事が多かっ＃
た。けれども、なにぶん、兵隊の事も、租［そ］税［ぜい］の事＃
も、幕［ばく］府［ふ］の方で、取扱ってをるから、どうにも、な＃
＜Ｐ－０４２＞
されよーがなかった。また、あっちこっちには、天＃
皇をおきのどくに思ひたてまつる人もあった。＃
けれども、おきのどくに思ひたてまつるばか＃
りで、どうすることもでき＃
なかった。どうかするものが＃
あると、幕［ばく］府［ふ］は、すぐ、ろーに＃
入れたり、きったりしたのだ。」＃
かういふ事のあるうちに、＃
嘉［か］永［えい］六年といふ年は來た。＃
＜Ｐ－０４３＞
この年に、あめりかの軍［ぐん］艦［かん］が、相［さが］模［み］の國の浦［うら］＃
賀［が］といふ所に、來て、『日本と、貿易がしたい。』と＃
申し出した。幕［ばく］府［ふ］はこの事を天皇に申しあ＃
げた。このときの天皇は孝［こー］明［めい］天皇で、今［きん］上［じょー］天＃
皇陛下の御父君でいらっしゃる。天皇は、『外國の＃
軍［ぐん］艦［かん］はうちはらはう。』といふおぼしめしで＃
あった。ところへ、あめりかの軍［ぐん］艦［かん］は、また、來て、＃
さいそくをする。いぎりすや、ふらんすなど＃
の軍［ぐん］艦［かん］も來て、『貿易がしたい。』といふ。幕［ばく］府［ふ］は、＃
＜Ｐ－０４４＞
『どうしたものか。』と、まよってをった。＃
このころ、幕［ばく］府［ふ］に、井［ゐ］伊［い］直［なほ］弼［すけ］といふ人がをった。＃
幕［ばく］府［ふ］で、いちばん、おもい役をつとめてをった＃
が、事［じ］情［じょー］がさしせまって、ゆーよのできないの＃
を見て、天皇のおさしずを待たずに、外國に＃
貿易を許すことにした。かうなると、天皇を＃
おきのどくに思ひたてまつるものどもが、＃
だまってはをらない。しきりに、これをせめた＃
てた。すると、直［なほ］弼［すけ］はそのせめたてたものを＃
＜Ｐ－０４５＞
ろーに入れたり、きったりした。水［み］戸［と］の大［だい］名［みょー］な＃
どもおしこめられた。日本は、まるで、湯がに＃
えかへるよーなさわぎであった。＃
ところが、三月三日のお節［せっ］句［く］に、直［なほ］弼［すけ］は、幕［ばく］府［ふ］＃
へ、祝儀に行くとちゅーで、殺［ころ］された。殺［ころ］したの＃
は、水［み］戸［と］のものであった。幕［ばく］府［ふ］のいきほひは、こ＃
れから、だんだん、おとろへてきた。」＃
老人は、かう、話してきたが、「あとは、また、この次＃
の土曜日に、話さう。」といって、小太郎らをかへし＃
＜Ｐ－０４６＞
た。　　＃
第十二　　老人の話。　（三）　　＃
また、その次の土曜日が來た。小太郎らは、晩に＃
なるのを待って、老人のうちに、集った。けふ、新に來＃
たものも、二三人、あった。老人は、「やー。おほぜい、＃
來たな。よしよし。この前のつづきを話して聞＃
かせよう。」といって、話しだした。＃
「この前には、井［ゐ］伊［い］直［なほ］弼［すけ］が殺［ころ］されてから、幕［ばく］府［ふ］＃
の勢が、だんだん、おとろへたといふところ＃
＜Ｐ－０４７＞
まで、話しておいたが、幕［ばく］府［ふ］の勢がおとろへ＃
てきたので、天皇をおきのどくに思ひたてま＃
つるものどもは、ますます、さわぎたてた。その＃
うちに、天皇から、また、幕［ばく］府［ふ］に、『外國の軍［ぐん］艦［かん］を＃
うちはらへ。』といふみことのりがさがった。幕［ばく］＃
府［ふ］は、しかたなしに、お受をした。すると、まも＃
なく、周［す］防［はう］、長［なが］門［と］の國のものどもが、下［しもの］關［せき］で、あ＃
めりかなどの軍［ぐん］艦［かん］をうった。幕［ばく］府［ふ］は、たいそー、＃
困った。それに、周［す］防［はう］、長［なが］門［と］の國のものどもは、天＃
＜Ｐ－０４８＞
皇に、御自身で、おうちはらひになるよーに、お＃
すすめ申しあげた。しかし、それはできなかっ＃
た。そして、周［す］防［はう］、長［なが］門［と］の國のものは、これから、＃
京［きょー］都［と］に、居られないよーにせられてしまった。」＃
この後、幕［ばく］府［ふ］は、二度も、周［す］防［はう］、長［なが］門［と］の國へ、兵隊＃
をさしむけた。けれども、二度めには、さんざ＃
んに、負けて、幕［ばく］府［ふ］の勢は、これから、すっかり、な＃
くなってしまった。國國の大［だい］名［みょー］は、もう、幕［ばく］府［ふ］のい＃
ひつけには從はないよーになった。＃
＜Ｐ－０４９＞
かういふ有樣だから、天皇の御いこーは、だ＃
んだん、ましてきた。それだのに、慶［けい］應［おー］二年と＃
いふ年に、孝［こー］明［めい］天皇がおかくれになった。わが＃
國［こく］民［みん］は、たいそー、悲んだ。＃
ところが、次の年の慶［けい］應［おー］三年に、今［きん］上［じょー］天皇陛＃
下があとをおつぎになった。それで、國民は、た＃
いそー、安心した。＃
また、外國のよーすも、だんだん、わかってきた＃
ので、外國人をうちはらふといふことは、も＃
＜Ｐ－０５０＞
う、やめにすることになった。そして、『ただ、幕［ばく］府［ふ］＃
さへなくすればよい。』といふことになった。そ＃
のことには、周［す］防［はう］、長［なが］門［と］の國の人人と、薩［さつ］摩［ま］、大［おほ］＃
隅［すみ］の國の人人とが、おもに、働いた。＃
また、その頃［ころ］、土［と］佐［さ］の國に、山［やまの］内［うち］豐［とよ］信［しげ］といふ人＃
があって、幕［ばく］府［ふ］に、『政事は、いっさい、天皇陛下にお＃
かへしになっては、いかがでございますか。』と＃
いって、忠告した。幕［ばく］府［ふ］は、長い間、いろいろな事＃
で、困ってをるときであったから、とーとー、思ひ＃
＜Ｐ－０５１＞
きって、その忠告に從った。＃
家［いへ］康［やす］が、はじめて、江［え］戸［ど］に、幕［ばく］府［ふ］を置いてから、＃
二百六七十年の間、源［みなもとの］頼［より］朝［とも］の時からいへば、＃
六百七八十年の間、武士の取扱ってゐた政事＃
は、ここで、はじめて、天皇陛下が、御自身で、お＃
取扱ひになることになった。これを明治維［い］新［しん］＃
といふのだ。」＃
老人は、かう、いって、ちょっと、話をやめた。小太郎ら＃
は、ほっと、息をついた。そして、一度に、「天皇陛下萬［ばん］＃
＜Ｐ－０５２＞
歳［ざい］。」といった。＃
老人は、これから、西［さい］郷［ごー］隆［たか］盛［もり］のことを話した。隆［たか］＃
盛［もり］が、維［い］新［しん］のときに、たいそー、てがらのあったこ＃
とや、後に、ちょっとした思ひちがひで、そーどーを＃
おこしたことや、東［とー］京［きょー］の＃
上野公園には、その銅［どー］像［ぞー］＃
のあることなどを話し＃
た。そして、八時ごろに、小太郎らをかへした。　　＃
第十三　　明治維［イ］新［シン］前ト明治維［イ］新［シン］後。　　＃
＜Ｐ－０５３＞
今［キン］上［ジョー］天皇陛下ハ、紀［キ］元［ゲン］二千五百二十七年ニ、御＃
位［クラヰ］ヲツギタマヒタリ。ソノ次ノ年ニ、年［ネン］號［ゴー］ヲ明＃
治ト改メタマヒ、明治二年ニ、京［キョー］都［ト］ヨリ、東［トー］京［キョー］ニ＃
移リタマヒタリ。＃
陛下ノ、オンミヅカラ、政事ヲ取扱ハセタマフ＃
コトトナリテヨリ、世ノ中ノ有樣、ホトンド、マッ＃
タク、カハリタリ。今、明治維［イ］新［シン］前ノ有樣ト、明治＃
維［イ］新［シン］後ノ有樣トヲクラベテ、諸［ショ］子［シ］ニ示［シメ］サン。＃
〔一〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、國國ニ、大［ダイ］名［ミョー］トイフ、廣キ土＃
＜Ｐ－０５４＞
地ヲモテルモノアリテ、中ニハ、アシキ政事ヲ＃
スルモノモアリキ。シカルニ、今ハ、府、縣ニ、知事＃
アリ、郡、市、町、村ニ、オノオノ、ソノ長アリテ、ミナ、＃
シンセツニ、コレヲヲサム。＃
〔二〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、國民ノ階［カイ］級［キュー］ニ、士、農、工、商ナ＃
ドノ區別アリキ。士ハ幕［バク］府［フ］、マタハ、大［ダイ］名［ミョー］ニツカ＃
ヘ、ツネニ、刀ヲサシタリキ。農、工、＃
商ハ、オノオノ、ソノ家業ヲツト＃
メ、幕［バク］府［フ］、マタハ、大［ダイ］名［ミョー］ナドニ、租税＃
＜Ｐ－０５５＞
ヲヲサメタリキ。シカシテ、農、工、商ナドガ、モシ、＃
士ニ、許シガタキ無［ブ］礼［レイ］ヲナストキハ、士ハコレ＃
ヲキリ殺［コロ］スコトヲ得［エ］タリ。シカルニ、今ハ、國民＃
ニ、カカル階［カイ］級［キュー］ノ區別ナク、ミナ、イチヨーニ、租＃
税ヲヲサム。マタ、刀ヲサスコトヲ得［エ］ズ、許シガ＃
タキ無［ブ］礼［レイ］ヲナシタリトテ、人ヲ殺スコトヲモ＃
得［エ］ズ。＃
〔三〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、高キ官ニツクモノハ、家［イヘ］柄［ガラ］＃
ニテ、キマリヰタリ。シカルニ、今ハ、カカルコト＃
＜Ｐ－０５６＞
ナク、學［ガク］問［モン］、才［サイ］徳［トク］サヘアレバ、イカナル家ニ、生レ＃
タルモノニテモ、高キ官ニツクコトヲ得［ウ］。＃
〔四〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、ママ、裁［サイ］判［バン］ノ正シカラザル＃
コトアリテ、惡事ヲナサザルモノニテモ、罰［バッ］セ＃
ラルルコトモアリキ。シカルニ、今ハ、裁［サイ］判［バン］正シ＃
クシテ、惡事ヲナサザレバ、罰［バッ］セラルルコトナ＃
シ。＃
〔五〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、外國ヲウチハラハントシ＃
タリ。シカルニ、今ハ、ナカヨク、コレト交際シ、マ＃
＜Ｐ－０５７＞
タ、コレト貿易ス。＃
〔六〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、學校トイフベキホドノモ＃
ノ少クシテ、學問スルコト、ハナハダ、不便ナリ＃
キ。シカルニ、今ハ、小學校、中學校、高等女學校、實［ジツ］＃
業［ギョー］學校、師［シ］範［ハン］學校、帝［テイ］國［コク］大學、ソノ他、種［シュ］種［ジュ］ノ學校＃
アリテ、自由ニ、イカナル學問ヲモナスコトヲ得［ウ］。」＃
〔七〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、軍［グン］備［ビ］、ハナハダ、不十分ナリ＃
キ。シカルニ、今ハ、軍［グン］備［ビ］、ヨク、トトノヒ、軍人モ、ヨ＃
ク、訓［クン］練［レン］セラレ、コトニ、軍［グン］艦［カン］ハ、オヨソ、七十モア＃
＜Ｐ－０５８＞
リテ、ミナ、堅［ケン］固［ゴ］ナリ。＃
〔八〕明治維［イ］新［シン］前ニハ、遠方ヘ、旅行スルニモ、航海＃
スルニモ、音信ヲ通ズルニモ、スベテ、多クノ時、＃
多クノ錢ヲ要シタリ。シカルニ、今ハ、汽車、汽船、＃
電［デン］車［シャ］、郵［ユー］便［ビン］、電［デン］信［シン］、電［デン］話［ワ］ナドアリテ、ワヅカノ時、ワ＃
ヅカノ錢ニテ、コレヲシトグルコトヲ得［ウ］。＃
コノホカ、農業、漁［ギョ］業、工業、商業ナドノ進ミタル＃
コト、風俗ノカハリタルコトナドハ、イチイチ、＃
ココニ、ノベガタシ。＃
＜Ｐ－０５９＞
アー。ワレラハ、カカル、アリガタキ御［ミ］代［ヨ］ニ、生レ＃
タリ。サレバ、オノオノ、勉メハゲミテ、國家ノタ＃
メニツクサザルベカラズ。　　＃
第十四　　わが帝［てい］國［こく］。　　＃
わが帝國は、多くの島島より、成れり。その島島、＃
東北より西南に、長く、つらなりて、形弓［ゆみ］のごと＃
し。＃
島島の中、大なるもの、五つ、あり。中ほどにあり＃
て、もっとも、大なるものを本［ほん］州［しゅー］といひ、その北に＃
＜Ｐ－０６０＞
あるものを北［ほっ］海［かい］道［どー］本［ほん］島［とー］といふ。また、本［ほん］州［しゅー］の西＃
南にある、二つの島を四［し］國［こく］、九［きゅー］州［しゅー］といひ、はるか＃
に、九［きゅー］州［しゅー］の西南にあるものを臺［たい］灣［わん］といふ。＃
このほか、北［ほっ］海［かい］道［どー］本［ほん］島［とー］の東北には、千［ち］島［しま］の諸島＃
あり、本［ほん］州［しゅー］の南には、豆［ず］南［なん］諸島あり、九［きゅー］州［しゅー］と臺［たい］灣［わん］＃
との間には、琉［りゅー］球［きゅー］諸島ありて、これらの諸島と、＃
所所に、ちらばりたる、その他の島島とを合す＃
れば、その數、およそ、六百餘［よ］となる。＃
全國ををさむる便利のために、これを、三府、四＃
＜Ｐ－０６２＞
十三縣、一道［どー］廳［ちょー］、一總［そー］督［とく］府［ふ］に分つ。また、土地の有＃
樣によりて、畿［き］内［ない］、八道［どー］、臺［たい］灣［わん］に分つことあり。＃
わが國は、氣候、おほむね、暖く、海陸の産物、あ＃
またありて、まことに、よき國なり。それのみな＃
らず、上に、萬［ばん］世［せい］一［いっ］系［けい］の天皇ましまして、國民を＃
愛したまひ、下に、四千八百餘［よ］萬の國民ありて、＃
天皇を敬したてまつれり。されば、わが國は、日＃
に、月に、さかえ行きて、限あることなし。＃
世［せ］界［かい］には、多くの國ありて、その國［くに］柄［がら］種［しゅ］種［じゅ］なれ＃
＜Ｐ－０６３＞
ども、わが帝國のごとく、よき國、よき國［くに］柄［がら］は、他＃
に、例を見ざるなり。＃
世［せ］界［かい］に、またなき、　　わが國［くに］柄［がら］よ。　　＃
ためしもあらぬ、　　明治の御［み］代［よ］よ。　　＃
雲間に、そびゆる　　山のごとくに、　　＃
動かず、かはらぬ、　　わが國［くに］柄［がら］よ。　　＃
野原を流るる　　川のごとくに、　　＃
進みて、やまぬ　　明治の御［み］代［よ］よ。　　＃
あー。わが國は　　よき國［くに］柄［がら］よ。　　＃
＜Ｐ－０６４＞
明治の御［み］代［よ］は　　さかゆる御［み］代［よ］よ。　　＃
第十五　　北［ほっ］海［かい］道［どー］移［い］住［じゅー］者［しゃ］の話。　　＃
ある日、北［ほっ］海［かい］道［どー］の、ある村の子どもが、四五人、つ＃
れだって、その友だちのうちをたづねた。そのと＃
き、その友だちのおぢいさんは次のよーな話＃
をして聞かせた。＃
「私は、今から、三十四五年前に、本［ほん］州［しゅー］から、ここ＃
に、移住して來ました。みなさんのおとうさ＃
んや、おかあさん、おぢいさんやおばあさん＃
＜Ｐ－０６５＞
などといっしょに、ここに、移住し＃
て來ました。＃
そのころには、今、札［さっ］幌［ぽろ］といふ＃
所にある、北［ほっ］海［かい］道［どー］廳［ちょー］といふ役＃
所は、まだ、ありませんでした。＃
そして、土地は、いったいに、たいそー、荒れてゐ＃
ました。木はしげってゐて、天も見えず、水はた＃
まってゐて、歩くこともできませんでした。ま＃
た、道もなく、家もなくて、たいそー、さびしい＃
＜Ｐ－０６６＞
所でした。＃
けれども、私どもは、小さい家を作って、住ひ＃
ました。そして、雪の降るのもかまはず、木を＃
きり、日のてりつけるのもかまはず、土地を＃
開きました。さうして、毎日、毎日、農業を勉め＃
ましたから、今は、このよーな、りっぱな家に住っ＃
て、安［あん］樂［らく］に、くらしていくことができるよー＃
になりました。＃
北海道には、まだ、奥［おく］に、たくさん、開けん所が＃
＜Ｐ－０６７＞
あります。これを開くものは、誰でも、私ども＃
のよーに、安［あん］樂［らく］に、くらしていくことができ＃
るよーになります。また、土地を開くほかに、＃
魚を捕［と］ったり、石炭を掘［ほ］ったり、馬や牛を飼［か］ったり＃
するよーな仕事もありますから、本［ほん］州［しゅー］など＃
で、貧しく、くらしてゐる人は、早く、ここに、移＃
住すれば、よいのです。本［ほん］州［しゅー］などの人は、『北［ほっ］海［かい］＃
道［どー］は、たいそー、雪の降る、寒い所だ。』といって、恐＃
れてゐるものもありますが、みなさんにさ＃
＜Ｐ－０６８＞
へ、かうやって、居られる所ではありませんか。＃
また、千［ち］島［しま］のはてにある占［しゅむ］守［しゅ］島［とー］といふ所に＃
さへ、行ってゐる人もあるではありませんか。」＃
子どもは、この話を聞いて、「もっともだ。」と思った。＃
そして、また、「今のよーに、安［あん］樂［らく］に、くらしていく＃
ことのできるのは、この老人や、うちの人たち＃
の苦勞してくれたおかげだ。」と思った。　　＃
第十六　　ワガ國ノ物産。　　＃
ワガ國ハ氣候、オホムネ、暖ニシテ、土地肥［コ］エタ＃
＜Ｐ－０６９＞
レバ、種［シュ］種［ジュ］ノ農産物ニ、富ミ、海四方ヲメグリ、鑛［コー］＃
山［ザン］、所所ニ、アレバ、マタ、水産物、鑛［コー］産物ニモ、富ミ＃
タリ。コトニ、ワガ國ノ人ハ、手ヲ用フル工業ニ、＃
タクミナレバ、ソノ製作品ノ精［セイ］巧［コー］ナルコト、他＃
ニ、クラブベキ國少シ。＃
農産物ノオモナルモノハ、米、麥、茶ナドナリ。米＃
ハ、新［ニヒ］潟［ガタ］、兵［ヒョー］庫［ゴ］、愛知、福［フク］岡［ヲカ］ナドノ諸縣ニ、多ク、産シ、＃
麥ハ、埼［サイ］玉［タマ］縣ニ、モットモ、多ク、産ス。マタ、茶ハ、靜［シヅ］＃
岡［ヲカ］縣ニ、モットモ、多ク、産シ、京［キョー］都［ト］府、コレニ、次グ。＃
＜Ｐ－０７０＞
サレド、品ノヨキコトハ京［キョー］都［ト］府ノ宇［ウ］治［ジ］ノ茶第＃
一ナリ。＃
水産物ノオモナルモノハ鯡［ニシン］、鰯［イワシ］、鰹［カツヲ］節［ブシ］、鮪［マグロ］、鯛［タヒ］、烏［イ］賊［カ］＃
ナドナリ。鯡［ニシン］ハ、北［ホッ］海［カイ］道［ドー］ニ、多ク、産シ、鰯［イワシ］ハ、千［チ］葉［バ］縣＃
ニ、多ク、産ス。マタ、鰹［カツヲ］節［ブシ］ハ靜［シヅ］岡［ヲカ］縣ノ伊［イ］豆［ズ］節［ブシ］、高知＃
縣ノ土［ト］佐［サ］節［ブシ］、鮪［マグロ］ハ宮［ミヤ］城［ギ］縣ノ仙［セン］臺［ダイ］鮪［マグロ］名高クシテ、＃
鯛［タヒ］ハ山口縣、烏［イ］賊［カ］ハ、長［ナガ］崎［サキ］縣ニ、多ク、産ス。＃
鑛［コー］産物ノオモナルモノハ、金、銀、銅、石炭ナドナ＃
リ。金ハ北［ホッ］海［カイ］道［ドー］、鹿［カ］兒［ゴ］島［シマ］縣、新［ニヒ］潟［ガタ］縣ニ、多ク、産シ、銀＃
＜Ｐ－０７１＞
ハ、秋田縣、兵［ヒョー］庫［ゴ］縣ニ、多ク、産ス。マタ、銅ハ、栃［トチ］木［ギ］、秋＃
田、愛［エ］媛［ヒメ］ナドノ諸縣ニ、多ク、産シ、石炭ハ、北［ホッ］海［カイ］道［ドー］、＃
福［フク］岡［ヲカ］縣、佐［サ］賀［ガ］縣ニ、多ク、産ス。銅ト石炭トハ、金、銀＃
ナドヨリハ、ソノ産［サン］額［カク］、ハルカニ、コエタリ。＃
工業品ノオモナルモノハ生糸、織物、木綿糸、マッ＃
チ、疊［タタミ］表［オモテ］、燒物、塗物ナドナリ。生糸ハ長野縣、群［グン］馬［マ］＃
縣ニ、多ク、産シ、織物ハ京［キョー］都［ト］府［フ］ノ西［ニシ］陣［ジン］織、愛知縣＃
ノ木綿織、絹［ケン］綿［メン］交［マゼ］織［オリ］、福［フク］井［ヰ］縣ノ羽［ハ］二［ブタ］重［ヘ］織、群［グン］馬［マ］縣＃
ノ絹織ナド名高シ。マタ、木綿糸、マッチハ大［オホ］坂［サカ］府、＃
＜Ｐ－０７２＞
東京府ト、岡山、兵［ヒョー］庫［ゴ］、愛知ノ諸縣トニ、多ク、産シ、＃
疊［タタミ］表［オモテ］ハ大［オホ］分［イタ］縣ノ豐［ブン］後［ゴ］表［オモテ］、廣［ヒロ］島［シマ］縣、岡山縣ノ備［ビン］後［ゴ］＃
表［オモテ］、燒物ハ愛知縣ノ瀬［セ］戸［ト］燒、京［キョー］都［ト］府ノ清［キヨ］水［ミヅ］燒、粟［アハ］＃
田［タ］燒、佐［サ］賀［ガ］縣ノ有［アリ］田［タ］燒、塗物ハ和［ワ］歌［カ］山［ヤマ］縣ノ黒［クロ］江［エ］＃
塗、靜［シズ］岡［ヲカ］縣ノ駿［スン］府［プ］塗、京［キョー］都［ト］府ノ京［キョー］都［ト］塗、石川縣ノ＃
輪［ワ］島［ジマ］塗ナド名高シ。＃
右諸種ノ産物ノ中ニテ、外國ニ輸出スル、オモ＃
ナルモノハ、生糸、織物、木綿糸、石炭、銅、茶、マッチ、＃
米、疊［タタミ］表［オモテ］、燒物、塗物ナドナリ。　　＃
＜Ｐ－０７３＞
第十七　　選［せん］擧［きょ］。　　＃
ある、天氣のよい日曜日のことであった、文吉の＃
父は、帽［ぼー］子［し］をかぶって、外へ、出ようとした。＃
「おとうさん。私をつれて行ってください。」＃
「いえ。おとうさんは、これから、村［そん］會［かい］議［ぎ］員［いん］の選［せん］＃
擧［きょ］に、行かなくてはなりません。」＃
「村會議員の選［せん］擧［きょ］とは何のことですか。」＃
「村會議員の選［せん］擧［きょ］とは、村會議員をえらぶこ＃
とです。村會議員とは、村會といふ、村の會議の＃
＜Ｐ－０７４＞
席で、村の費［ひ］用［よー］のことや、學校の＃
ことや、道や橋などの普［ふ］請［しん］のこ＃
とや、衞［えい］生［せい］のことなどについて、＃
相談する人のことです。」＃
「そんなことなら、どうでも、よい＃
ではありませんか。天［てん］神［じん］樣の御宮へ、遊に、つ＃
れて行ってください。」＃
「いえ。それはいけません。村會議員は、いま、いっ＃
たよーな、大切な人です。それですから、村會＃
＜Ｐ－０７５＞　　
議員には、村のためになる人を選［せん］擧［きょ］しなく＃
てはなりません。もし、村のためにならない＃
人が選［せん］擧［きょ］せられるよーなことにでもなる＃
と、村中の人がめいわくをします。それで、お＃
とうさんは、これから、村役場へ、行って、その、た＃
めになる人を選［せん］擧［きょ］するつもりです。＃
いま、もし、おとうさんが、おまへのいふとほ＃
りになって、遊に、行って、選［せん］擧［きょ］をしなかったら、人＃
は、『村のためを思はない人だ。村中の人のめ＃
＜Ｐ－０７６＞
いわくするのをかまはない人だ。』と、わるく、＃
いひませう。そんなことをいはれることは、＃
おとうさんはだいきらひです。」＃
「おとうさん。私がわるうございました。私は、＃
そんなに、だいじなこととは、知りませんで＃
した。」＃
「あー。よく、ききわけました。選擧をすまして、＃
歸ったら、遊に、つれて行ってあげませう。」＃
文吉は、父の出て行った後で、母から、いろいろの＃
＜Ｐ－０７７＞
話をしてもらった。村に、村會があって、村會議員の＃
あるよーに、町、市にも、郡、府、縣にも、町會、市會、郡＃
會、府會、縣會があって、それぞれ、議員のあること＃
や、また、國にも、帝國議會といふものがあって、議＃
員のあることなどの話をしてもらった。＃
そのうちに、父が歸って來た。そして、文吉を、天［てん］神［じん］＃
樣の御宮へ、つれて行った。　　＃
第十八　　帝國議會。　　＃
天皇陛下カラ、仰ヲ受ケテ、國ノ政事ヲ取扱ッテ＃
＜Ｐ－０７８＞
イク所ヲ、フツーニ、中［チュー］央［オー］政［セイ］府［フ］トイヒマス。中［チュー］央［オー］＃
政［セイ］府［フ］ハ、内［ナイ］閣［カク］ト、外［ガイ］務［ム］省［ショー］、内［ナイ］務［ム］省［ショー］、大［オホ］藏［クラ］省［ショー］、陸［リク］軍［グン］省［ショー］、海［カイ］＃
軍［グン］省［ショー］、司［シ］法［ホー］省［ショー］、文［モン］部［ブ］省［ショー］、農［ノー］商［ショー］務［ム］省［ショー］、遞［テイ］信［シン］省［ショー］トイフ、九＃
ツノ省［ショー］トニ、分レテヲッテ、内［ナイ］閣［カク］ニハ、内［ナイ］閣［カク］總［ソー］理［リ］大［ダイ］＃
臣［ジン］ガゴザイマスシ、各［カク］省［ショー］ニハ、大臣ガゴザイマ＃
ス。内［ナイ］閣［カク］ハ、内［ナイ］閣［カク］總［ソー］理［リ］大臣ト、各［カク］省［ショー］ノ大臣トカラ、＃
デキテヰル役所デゴザイマス。＃
明治二十三年マデハ、法［ホー］律［リツ］ヲ定メルニモ、マタ、＃
國ノ費［ヒ］用［ヨー］ヲ、マヘモッテ、定メルニモ、イッサイ、コノ＃
＜Ｐ－０７９＞
内［ナイ］閣［カク］總［ソー］理［リ］大臣ト、各［カク］省［ショー］ノ大臣トガ、會議ノ上デ、＃
キメマシタ。ソシテ、天皇陛下ノオ許ヲ得［エ］テ、コ＃
レヲ、實地ニ、行ッタノデゴザイマス。＃
トコロガ、明治二十二年ニ、ワガ天皇陛下ハ、大＃
日本帝國憲［ケン］法［ポー］トイフモノヲオ出シニナリマ＃
シタ。ソシテ、コノ憲［ケン］法［ポー］ニヨッテ、明治二十三年カ＃
ラ、帝國議會トイフモノヲオ開キニナリマシ＃
タ。＃
コノ帝國議會ハ、法［ホー］律［リツ］ノシタゴシラヘヤ、國ノ＃
＜Ｐ－０８０＞
費［ヒ］用［ヨー］ノシタギメナドニツイテ、會＃
議ヲイタシマス。ソシテ、「ソノママ＃
デヨイ。」ト思フモノハトホシ、「ワル＃
イ。」ト思フモノハトホサナカッタリ、＃
ナホシタリシマス。政府ハ、コノヨ＃
ーニシテ、イヨイヨ、キマッタモノヲ、＃
天皇陛下ニ、サシアゲテ、伺ヒマス。＃
ソシテ、オ許ヲ得［エ］テ、コレヲ、實地ニ、＃
行フノデゴザイマス。＃
＜Ｐ－０８１＞
帝國議會ハ、貴［キ］族［ゾク］院［イン］ト衆［シュー］議［ギ］院［イン］トノ二ツニ、分レ＃
テヲッテ、ドチラモ、三百何十人ノ議員カラ、デキ＃
テヲリマス。ソノウチ、衆［シュー］議［ギ］院［イン］ノ議員ハ、ミンナ、＃
ワレワレ、國民ガ選［セン］擧［キョ］シタモノデゴザイマス。＃
ソシテ、ソノ國民ノ選［セン］擧［キョ］シタ議員ガ、帝國議會＃
ニ、出テ、前ニイッタヨーナコトヲスルノデゴザ＃
イマスカラ、トリモナホサズ、ワレワレ、國民ガ＃
國ノ政事ノ相談ニアヅカルト同ジコトニナ＃
ルノデゴザイマス。コンナコトハ、日本帝國ノ＃
＜Ｐ－０８２＞
歴［レキ］史［シ］ノ上ニ、コレマデ、タメシノナイコトデ、マ＃
コトニ、アリガタイコトデゴザイマス。　　＃
第十九　　地［ち］球［きゅー］。　（一）　　＃
ある日、教［きょー］師［し］は生［せい］徒［と］にむかひて、＃
「諸子は、すでに、われらの住める世界には、わ＃
が日本のほかに、韓［かん］、清［しん］、いぎりす、あめりかな＃
どの國あることを學びたり。されど、世界に＃
は、ただ、これらの國あるのみにはあらず、な＃
ほ、他に、多くの國あるなり。＃
＜Ｐ－０８３＞
かく、多くの國ある世界は、目には、平たきよ＃
ーに見ゆれども、じつは、圓くて、球［たま］のごとき＃
ものなり。されば、これを地［ち］球［きゅー］ともいふ。」＃
と話したり。生［せい］徒［と］は、いづれも、はなはだ、ふしぎ＃
に思ひたり。そのうち、一人の生［せい］徒［と］は＃
「その『球［たま］のごときものなり。』といふことは、い＃
かにして、知り得［う］べきか。」＃
と問ひたり。教［きょー］師［し］は、＃
「それは、まことに、よき問なり。今、地［ち］球［きゅー］の圓し＃
＜Ｐ－０８４＞
といふことのしょーこをいはん。」＃
といひて、次のごとく、語り聞かせたり。＃
「われら、もし、日本を出でて、海を渡り、陸をこ＃
えて、東、または、西の方へむかひて、進まば、つ＃
ひには、ふたたび、もとの日本に、歸り來るべ＃
し。もし、この地［ち］球［きゅー］が平たきものならば、行け＃
ば行くほど、日本に遠ざかるべきに、かく、ふ＃
たたび、歸り來ることを得［う］るは、これ、この地［ち］＃
球［きゅー］の圓しといふことのしょーこなり。」＃
＜Ｐ－０８５＞
生［せい］徒［と］は、はじめて、世界の圓しといふことと、そ＃
の圓しといふことのしょーことを知りて、大い＃
に、おもしろく思ひたり。＃
教［きょー］師［し］は、かく、語り聞かせて、次の畫［ゑ］のごとき、一＃
箇［こ］の球［たま］を持ち來りたり。しかして、これを示し＃
ながら、また、次のごとく、語り聞かせたり。＃
「この球は地［ち］球［きゅー］儀［ぎ］といひ＃
て、地球をかたどりて、作＃
りたるものなり。見よ。こ＃
＜Ｐ－０８６＞
の、弓［ゆみ］のごとき形をなせる國がわが日本な＃
り。この、わが日本を出でて、かく、東の方へ、む＃
かひ進むとも、または、かく、西の方へ、むかひ＃
進むとも、かく、地球は圓きものなれば、つひ＃
には、ふたたび、この日本に、歸り來るべし。」＃
この時、また、一人の生［せい］徒［と］は＃
「日本は、かく、小さき國なるか。」＃
と問ひたり。教師は、また、これに答へて、ねっしん＃
に、次のごとく、語り聞かせたり。＃
＜Ｐ－０８７＞
「しかり。日本は、わりあひに、小さき國なり。さ＃
れど、諸子は、日本が、大いなる清［しん］國と戰ひて、＃
勝ちたることあるを知らん。國の榮［さか］ゆると、＃
衰ふるとは、國の大いなると、小さきとにの＃
みよるにあらず。おもに、その國に、住める國＃
民の、こころがけのよきと、あしきとによる＃
なり。されば、國小さけれども、ますます、榮［さか］ゆ＃
るもあり、大いなれども、ますます、衰ふるも＃
あるなり。」＃
＜Ｐ－０８８＞
生徒は、これを聞きて、みな、「まことに、しかるべ＃
し。」と思ひたり。　　＃
第二十　　地球。　（二）　　＃
あくる日、教師は、また、生徒にむかひて、＃
「われは、昨日、『この地球は圓きものなれば、も＃
し、日本を出でて、海を渡り、陸をこえて、東、ま＃
たは、西の方へむかひて、進まば、つひには、ふ＃
たたび、日本に、歸り來るべし。』と語りおきた＃
り。今日は、かく、一まはりする間に、あらはる＃
＜Ｐ－０８９＞
る、おもなる國國について、語り聞かすべし。」＃
といひて、次のよーに、語り聞かせたり。＃
「われら、もし、日本を出でて、太［たい］平［へい］洋［よー］といふ、廣＃
き海を、東へ、渡らば、二週間ほど、たちて、大い＃
なる陸地に達［たっ］すべし。これを北あめりかと＃
いふ。北あめりかにつづきたる、南の、大いな＃
る陸地を南あめりかといふ。＃
北あめりかの中ほどにある、大いなる國は、＃
あめりか合［がっ］衆［しゅー］國［こく］といふ國にて、わが國とは、＃
＜Ｐ－０９０＞
江［え］戸［ど］幕［ばく］府［ふ］の末より、交＃
際せる國なり。嘉［か］永［えい］六＃
年、わが國の浦［うら］賀［が］に、來＃
りたるは、じつに、この＃
あめりか合［がっ］衆［しゅー］國［こく］の軍［ぐん］＃
艦［かん］なりしなり。この國＃
の、もっとも、にぎやかな＃
る都［と］會［かい］をにゅーよーく＃
といふ。＃
＜Ｐ－０９１＞
あめりか合［がっ］衆［しゅー］國［こく］を去りて、大［たい］西［せい］洋［よー］といふ、廣＃
き海を、東へ、渡らば、また、大いなる陸地に達＃
すべし。これをよーろっぱといふ。よーろっぱに＃
は、世界に、名高き國多し。いぎりす、ふらんす、＃
どいつ、ろしやなどこれなり。また、いづれも、＃
わが國と貿易せる國なり。＃
いぎりすは、よーろっぱの西の海にある島國＃
にて、工業、商業の、もっとも、盛なる國なり。首［しゅ］府［ふ］＃
をろんどんといふ。世界中にて、もっとも、にぎ＃
＜Ｐ－０９２＞
やかなる都會なり。＃
ふらんすは、いぎりすの南に、＃
ありて、工［く］夫［ふー］を要する工業、技［ぎ］＃
術［じゅつ］の、ことに、進みたる國なり。＃
首［しゅ］府［ふ］をぱりーといふ。世界中＃
にて、もっとも、りっぱなる都會な＃
り。＃
どいつは、ふらんすの東どなりに、ありて、學＃
問、醫［い］術［じゅつ］の、もっとも、進みたる國なり。首［しゅ］府［ふ］をべ＃
＜Ｐ－０９３＞
るりんといふ。＃
ろしやは、どいつの東どな＃
りにある、大いなる國なり。＃
首［しゅ］府［ふ］をぺてるぶるぐとい＃
ふ。＃
よーろっぱを發して、その南の、地中海といふ、＃
廣き内海を、南へ、渡らば、あふりかといふ、大＃
いなる陸地に達すべし。また、これを、東へ、渡＃
らば、あじやといふ、他の、大いなる陸地に達＃
＜Ｐ－０９４＞
すべし。韓［かん］、清［しん］などは、このあ＃
じやの東部に、あり。韓［かん］の首［しゅ］＃
府［ふ］を京［けい］城［じょー］といひ、清［しん］の首［しゅ］府［ふ］＃
を北［ぺ］京［きん］といふ。＃
韓［かん］と清［しん］とは、わが國の西、ま＃
たは、西南にある國なれば、＃
これらの國より、海を渡り＃
て、東、または、東北に、進まば、ただちに、わが國＃
に、歸り來るべし。」＃
＜Ｐ－０９５＞
教師は、かく、語り聞かせて、なほ、あじやの東南＃
には、大小種［しゅ］種［じゅ］の島と、おーすとらりやといふ、＃
大いなる陸地とありて、これらをすべて、おせ＃
あにやといふこと、おせあにやと、あじや、よー＃
ろっぱ、あふりか、北あめりか、南あめりかとを合＃
せて、六［ろく］大［だい］洲［しゅー］といふことなどをも、つけくはへ＃
て、語り聞かせたり。　　＃

をはり。　　＃
