＜出典＞２３２　　　国定読本　２期３－２
＜Ｐ－０００＞
もくろく　　＃
第一　　日本………一　　第十四　　豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］　…（一）………四十三　＃
第二　　四季………六　　第十五　　豐臣秀吉…（二）………四十八　＃
第三　　遠足………七　　第十六　　塩ト砂糖………五十三　＃
第四　　ガン………十二　　第十七　　上杉謙［けん］信［しん］………五十五　＃
第五　　取入れ………十四　　第十八　　人のなさけ………五十九　＃
第六　　物サシトマストハカリ………十七　　第十九　　熊………六十四　＃
第七　　かしこい子ども………二十　　第二十　　材木………六十七　＃
第八　　ヤクワントテツビン………二十四　　第二十一　　古机………六十九　＃
第九　　よいでつち………二十九　　第二十二　　むね上げ………七十四　＃
第十　　織物………三十三　　第二十三　　港………七十七　＃
第十一　　太郎の日記………三十五　　第二十四　　大阪………八十　＃
第十二　　京都からの手紙………三十九　　第二十五　　かぞへ歌………八十二　＃
第十三　　コトワザ………四十一　＃
＜Ｐ－００１＞
第一　　日本　　＃
わが日本は島國である。四方は海にとりま＃
かれてゐる。海岸には切立てたやうな岩山＃
もあるが、平たい砂原になつてゐる所が多＃
い。一面に小松のはえた小松原もあり、又大＃
きな松がならんだ長い松原もある。海べは＃
ふだん強い風がふくから、高い松はしぜん＃
におもしろい枝ぶりになつてゐる。白い砂＃
＜Ｐ－００２＞
に青い松、どこのはまべを見＃
ても、美しい景色である。＃
日本には山が多い。どの山に＃
も木がよくしげつてゐる。松・＃
杉・ひのきなどが一面にはえ＃
てゐるのは目がさめるやう＃
な心持がする。春は花、秋はも＃
みぢで、山のながめは時々か＃
＜Ｐ－００３＞
はる。所々に白いぬのをさらしたやうなた＃
きや谷川があつて、一そう山の景色を引立＃
てる。＃
日本には川が多い。早い流をいかだの下つ＃
て行くのや、しづかな川をほかけ船の上つ＃
て行くのは、まるでゑにかいたやうである。＃
川の上にかけた橋、橋の下に立つてつりす＃
る人など、それ〴〵川の景色をそへてゐる。」＃
＜Ｐ－００４＞
日本の國には春・夏・秋・＃
冬かはる〴〵色々な＃
花がさき、色々な鳥が＃
鳴く。一年中にからり＃
とはれた日が多い。月＃
夜のながめもまた美しい。　　＃
日本の國は松の國。　　＃
見上げる峯の一つ松、　　＃
＜Ｐ－００５＞
はまべはつゞく松原の　　＃
枝ぶりすべておもしろや。　　＃
わけて名におふ松島の　　＃
大島・小島その中を　　＃
通ふ白ほの美しや。　　＃
日本の國は花の國。　　＃
うめ・もゝ・さくら・ふぢ・あやめ、　　＃
白つゆむすぶ秋の野の　　＃
＜Ｐ－００６＞
ちぐさの花もおもしろや。　　＃
わけてさくらの吉野山、　　＃
一目千本咲きみちて、　　＃
かすみか雲か美しや。　　＃
第二　　四季　　＃
日カサナリテ月トナル。月カサナリテ年ト＃
ナル。一年ニハ十二ケ月アリ。一年ヲ春・夏・秋・＃
冬ノ四季ニ分ツ。＃
＜Ｐ－００７＞
三月ノ初ヨリ五月ノ終マデハ春ナリ。六月＃
ノ初ヨリ八月ノ終マデハ夏ナリ。春ハアタ＃
タカク、夏ハ暑シ。＃
九月ノ初ヨリ十一月ノ終マデハ秋ナリ。十＃
二月ノ初ヨリアクル年ノ二月ノ終マデハ＃
冬ナリ。秋ハスヾシク、冬ハ寒シ。　　＃
第三　　遠足　　＃
きのふは日本ばれのよい天氣でした。私は＃
＜Ｐ－００８＞
かねてのやくそく通り、二三人の友だちと＃
遠足に出かけました。＃
家を出たのは朝の七時ごろでした。みんな＃
と橋のたもとに出合つて、川について、四五＃
町行くと、もう町をはづれて、たんぼへ出ま＃
した。たんぼにはいねがよくみのつて、風の＃
ふくたびに黄色な波が立つてゐます。たん＃
ぼのさきにこんもりとした森があつて、森＃
＜Ｐ－００９＞
の間からはお社の赤い鳥居が見えます。御＃
社の後には松山があります。その松山への＃
ぼらうといふのです。＃
あぜ道を七八町通つて、小川の橋を渡ると、＃
御社の前へ出ました。まづ御社にさんけい＃
して、しばらくそこで休みました。＃
御社の後から山へのぼる道があります。そ＃
れは細くてけはしい道で、道ばたにはきれ＃
＜Ｐ－０１０＞
いな草花＃
が咲きみだ＃
れてゐます。の＃
ぼりついたじぶ＃
んには足もだいぶく＃
たびれて、はらもすつかりすきました。＃
すゞしい風にふかれながら、草の上にすわ＃
つて、にぎりめしをたべた時は大そううま＃
＜Ｐ－０１１＞
うございました。＃
かへりには同じ道を通らずに、別の道から＃
下りました。のぼる時には三時間もかゝつ＃
たが、下りる時には二時間しかかゝりませ＃
んでした。＃
それから又方々であそんで、うちへかへつ＃
たのは夕方でした。晩にはくたびれた足を＃
のばして、けさまで一眠に眠りました。　　＃
＜Ｐ－０１２＞
第四　　ガン　　＃
ツバメハ暖ニナルト、ドコカラカトンデ來＃
テ、凉シクナルト、マタドコカヘトンデ行ク。＃
ガンハツバメノカヘルジブンニ來テ、ツバ＃
メノ來ルジブンニカヘル。＃
モウ秋ニナツタカラ、ガンガオ＃
ヒオヒトンデ來ル。ガンハイツ＃
デモ一シヨニナツテ、列ヲツク＃
＜Ｐ－０１３＞
ツテトブ。ソノ時ニハ一羽ノガ＃
ンハ列ヲハナレテ、少シ先ノ方＃
ニトンデ行ク。ソレハ道アンナ＃
イデアル。ホカノガンハ道アン＃
ナイノ行ク方ヘツイテ行ク。又＃
トブ時ニハガア〳〵ト鳴合フ。＃
ソレハアヒヅデアル。モシ列ニ＃
ハナレルヤウナコトガアツテ＃
＜Ｐ－０１４＞
モ、ソノアヒヅヲ聞クト、スグ列ニ加ルノデ＃
アル。＃
ガンノ鳴クコヱヲ聞クノハ、空ガ晴レテ、月＃
ノ明ルイ晩ニ多イ。曇ツタ夜ヤ月ノナイ夜＃
ハ道ニマヨフカラ、大テイ月夜ニトブノデ＃
アル。ヨクチユウイシタモノデハナイカ。　　＃
第五　　取入れ　　＃
どこの田を見ても、稻がよくじゆくして、重＃
＜Ｐ－０１５＞
さうにほをたれてゐます。今日は天氣もよ＃
いから、人が大ぜい出て、稻をかつてゐます。＃
かつた稻が雨にぬれると、米がわるくなる＃
から、天氣のよい間に取入れなければなり＃
ません。それで取入れの時は大へんにいそ＃
がしくて、夜も十分に眠れないほどです。＃
刈つた稻はさをや木にかけるか、地面にひ＃
ろげるかして、よく日にかわかします。かわ＃
＜Ｐ－０１６＞
くと、それを稻こきでこ＃
いてもみを取ります。＃
そのもみを又よく日に＃
かわかして、すりうすで＃
すつて、もみがらをのけ＃
ると、はじめて米になる＃
のです。＃
米を俵に入れて、その俵＃
＜Ｐ－０１７＞
をつみ重ねてながめた時は、田うゑや草取＃
りの苦しさも、取入れのいそがしさも、全く＃
わすれてしまひます。　　＃
第六　　物サシトマストハカリ　　＃
物ノ長サハ物サシニテハカル。長サヲハカ＃
ルニハ尺ヲモトトス。尺ノ十倍ヲ丈、尺ノ十＃
分ノ一ヲ寸、寸ノ十分ノ一ヲ分、分ノ十分ノ＃
一ヲ厘トイフ。＃
＜Ｐ－０１８＞
物サシニハカネ尺トク＃
ヂラ尺トアリ。カネ尺ハ＃
クヂラ尺ヨリ少シミジ＃
カク、ソノ一尺ハクヂラ＃
尺ノ八寸ニアタル。＃
物ノカサハ枡ニテハカ＃
ル。カサヲハカルニハ升＃
ヲモトトス。升ノ十倍ヲ＃
＜Ｐ－０１９＞
斗、斗ノ十倍ヲ石トイヒ、升＃
ノ十分ノ一ヲ合、合ノ十分＃
ノ一ヲ勺トイフ。＃
物ノ重サハハカリニテハ＃
カル。ハカリニモ色々アリ。＃
重サヲハカルニハ貫ヲ＃
モトトス。貫ノ千分ノ＃
一ヲ匁、匁ノ十分ノ一＃
＜Ｐ－０２０＞
ヲ分、分ノ十分ノ一ヲ厘トイフ。　　＃
第七　　かしこい子ども　　＃
（一）　　＃
昔ある國で大きな象の目方をはからうと＃
したが、どうしてはかつてよいか分りませ＃
んでした。＃
その時そこに居た一人の子どもが、＃
「そんなら私がはかつて見ませう。」＃
＜Ｐ－０２１＞
といつて、まづ象を船にの＃
らせました。さうして象の＃
重みで船の水につかつた＃
所にしるしを附けまし＃
た。＃
それから象をおろして、＃
その代りに石をたくさ＃
んつみました。さうして＃
＜Ｐ－０２２＞
前にしるしを附けておいた所まで船が水＃
につかつた時に、その石をおろして、なんど＃
にもはかりにかけて、その目方を知りまし＃
た。＃
（二）　　＃
ある家のにはに大きな水がめがあつて、雨＃
水が一ぱいたまつてゐました。一人の子ど＃
もが水がめのふちへ上つて、遊んでゐるう＃
＜Ｐ－０２３＞
ちにふみはづして、かめの中へおちました。＃
すてておけば、すぐ死んでしまひます。居合＃
せた子どもは皆うろ＃
たへてさわぎました。＃
その時一人の子ども＃
は大きな石を持つて＃
來て、力まかせに投げ＃
つけました。それがた＃
＜Ｐ－０２４＞
め、かめに大きな穴があいて、水が流れ出ま＃
したから、子どもはあやふい命をたすかり＃
ました。　　＃
第八　　ヤクワントテツビン　　＃
アル晩金物ヤノ店デ、ヤクワントテツビン＃
ガメイ〳〵ジマンバナシヲシマシタ。マヅ＃
ヤクワンガイヒマスニハ、＃
「金ニハイロ〳〵アリマスガ、ナカデ一番＃
＜Ｐ－０２５＞
人ノ役ニ立ツノハ、私ドモノ仲間ノ銅デ＃
セウ。＃
金ヤギンハ美シクテ、指ワニナツタリ、ト＃
ケイニナツタリ、ソノ他イロ〳〵ナカザ＃
リ物ニナリマスガ、ドチラモタクサンア＃
リマセンカラ、ネダンモ高ウゴザイマス。＃
銅ハソレニヒキカヘテ、金ヤ銀ヨリモタ＃
クサンアリマスカラ、シタガツテネダン＃
＜Ｐ－０２６＞
モヤスウゴザイマス。ソレデゼニニナル＃
コトモ出來レバ、針金ニナルコトモ出來＃
マス。金ダラヒニモナレバ、私ノヤウナヤ＃
クワンニモナリマス。シテ見レバ銅ホド＃
役ニ立ツモノハアリマスマイ。」＃
テツビンハ＃
「ナルホド銅ハタクサンアツテ、役ニモ立＃
チマセウガ、ソレヨリモツトタクサンア＃
＜Ｐ－０２７＞
ツテ、モツト役ニ立ツモノハ鐵デセウ。メ＃
シヲタク釜モ鐵デス。物ヲニル鍋モ鐵デ＃
ス。ユヲワカス私モ、私ノノル五トクモ鐵＃
デス。ソノ他釘ヤ針ノヤウナ小サイ物カ＃
ラ、キクワン車・軍カンノヤウナ大キナ物＃
マデ、皆鐵ガナケレバ、コシラヘルコトガ＃
出來マセン。今デハ鐵ハ錢ノ仲間ニハハ＃
イレマセンガ、人ノ役ニ立ツコトハ銅ヨ＃
＜Ｐ－０２８＞
リモマダ上デス。」＃
ヤクワンハソレヲ聞イテ、＃
「ソレデモ鐵ハヂキニサビテ、赤クナルデ＃
ハアリマセンカ。」＃
トイヒマシタ。ソノ時鐵ビンハ、＃
「私タチノサビルノハ皆人ガ使ハナイカ＃
ラデス。モシセイ出シテ使ツテクレサヘ＃
スレバ、鐵ハイツデモ光ツテヰマス。銅ハ＃
＜Ｐ－０２９＞
人ニ使ハレテヰテモ、時々青イ物ヲ出シ＃
マセウ。ソレガヤハリサビデス。シカモソ＃
ノサビハ大ソウドクナモノデス。」＃
トイヒマシタノデ、ヤクワンハダマツテシ＃
マヒマシタ。　　＃
第九　　よいでつち　　＃
直吉と長松は同じ店のでつちであつた。＃
ある日主人は朝から用たしに出たので、二＃
＜Ｐ－０３０＞
人が店のるすをしてゐると、一人の男の子＃
がふでを買ひに來た。一本三せんづつのを＃
二本買つて、十せん銀貨を出したから、直吉＃
は何の氣なしにそのつりに一せんの銅貨＃
を三枚渡した。男の子も氣がつかずにその＃
まゝかへつた。＃
直吉は後でふと氣が附いて、＃
「あゝ、大へんなことをした。今のお客にも＃
＜Ｐ－０３１＞
う一錢上げなければならなかつた。」＃
といつて、すぐに追つかけて行つて、殘りの＃
一錢を渡した。かへつて來ると、長松は笑つ＃
て、＃
「先では知らないのだから、一錢まうけて＃
おけばよかつたのに。」＃
といつたら、直吉は、＃
「そんな事が出來るものか。ほんとのまう＃
＜Ｐ－０３２＞
けでない金は一厘でも取つてはならな＃
い。」＃
「それでもだんなが居ないから、だまつて＃
ゐれば、誰にも知れはしない。」＃
「だんながおるすだから、なほさらまちが＃
ひがあつてはならない。」＃
といつても、長松はまだ笑つてゐた。＃
あとになつて、主人はこの事を聞いて、直吉＃
＜Ｐ－０３３＞
は正直ものだとほめて、長松にはひまをや＃
つた。　　＃
第十　　織物　　＃
織物ニハキヌ織物・モメン織物・アサ織物・毛＃
織物ナドイロ〳〵アリ。絹糸ニテ織リタル＃
モノヲ絹織物トイフ。着物・羽織・ハカマ・オビ＃
ナドノアタヒ高キモノハ大テイコノ絹織＃
物ニテツクル。＃
＜Ｐ－０３４＞
木綿糸ニテ織リタ＃
ルモノヲ木綿織物＃
トイフ。ワレラノ着＃
物ハ多クコノ木綿＃
織物ニテツクル。＃
麻又ハカラムシノ糸ニテ織リタルモノヲ＃
麻織物トイフ。麻糸ニテ織リタルモノハカ＃
ヤナドニツクリ、カラムシノ糸ニテ織リタ＃
＜Ｐ－０３５＞
ルモノハカタビ＃
ラナドニツクル。」＃
フランネル・ラシ＃
ヤ・メリンスナドノ如ク、ケ＃
モノノ毛ヲツムギテ織リ＃
タルモノヲ毛織物トイフ。　　＃
第十一　　太郎の日記　　＃
十二月十日　日曜　晴　今日は天氣がよ＃
＜Ｐ－０３６＞
くて暖いから、うちではすゝはきをした。＃
僕も手ぬぐひをかぶつて、手つだひをし＃
た。ゆか下から去年なくしたこまが出て＃
うれしかつた。うちが見ちがへるやうに＃
きれいになつた。ゆにはいつて、ごはんを＃
たべると、つかれてすぐにねてしまつた。＃
十二月十一日　月曜　雨　道がわるかつ＃
た。學校で徳［とく］川［がは］光［みつ］圀［くに］の話を聞いて、紙など＃
＜Ｐ－０３７＞
をそまつにしてはならないと思つた。＃
十二月十二日　火曜　晴　朝おきて見る＃
と、池に氷がはつてゐた。北風が一日ふき＃
通して寒かつた。＃
十二月十三日　水曜　曇　學校からかへ＃
つてから、をばさんの所へ使ひに行つた。＃
をばさんから塩せんべいをいたゞいた。」＃
十二月十四日　木曜　雪　朝おきると、雪＃
＜Ｐ－０３８＞
が五六寸つもつてゐた。學校で雪投をし＃
て遊んだ。木村さんが遊びに來た。＃
十二月十五日　金曜　晴　午前六時の汽＃
車で、おとうさんが京都へお立ちになつ＃
た。水せんの花を見てゑをかいた。＃
十二月十六日　土曜　雨　　＃
十二月十七日　日曜　晴　午後京都から＃
おとうさんの手紙が着いた。　　＃
＜Ｐ－０３９＞
第十二　　京都からの手紙　　＃
おぢいさんもおばあさんもおかはりはな＃
いか。昨日六時の汽車に間に合つて、晩の九＃
時二十分に京都に着いた。今日は朝からあ＃
ちらこちらを見物した。第一番に御所をを＃
がんで、それから東山の方へ行つた。清水寺＃
をはじめ、たくさんのお寺やお宮へさんけ＃
いした。三十三間堂のほとけのかずの多い＃
＜Ｐ－０４０＞
のにはおどろいた。明日は銀＃
閣［かく］寺を見て、それから北山＃
の方へ行つて、金閣寺を見＃
て、北野の天神樣へさんけ＃
いする。明後日はこゝを＃
立つて、道で用をたして、＃
この次の水曜日までに＃
はかへる。おみやげもお＃
＜Ｐ－０４１＞
みやげ話も樣々あるか＃
ら、たのしみにして待つ＃
ておいで。＃
十二月十六日＃
父より　　＃
太郎どの　　＃
お花どの　　＃
第十三　　コトワザ　　＃
＜Ｐ－０４２＞
ユダン大敵。＃
人ノフリ見テ、ワガフリ直セ。＃
サルモ木カラオチル。＃
ワガ身ヲツメツテ、人ノイタサヲ知レ。＃
イソガバマハレ。＃
樂ハ苦ノ種、苦ハ樂ノ種。＃
コロバヌ先ノ杖。＃
チリモツモレバ、山トナル。＃
＜Ｐ－０４３＞
病ハ口ヨリ入ル。＃
鳥ナキ里ノカウモリ。＃
井ノ中ノカハヅ大海ヲ知ラズ。　　＃
第十四　　豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］　（一）　　＃
日本中を平げて、後には朝［てう］鮮［せん］までも攻めて＃
行つた豐臣秀吉といふ人は、もとはいたつ＃
て身分のひくい人でございました。＃
小さい時の名を日吉丸といひました。うち＃
＜Ｐ－０４４＞
がまづしかつたので、八つの時にお寺へ小＃
ぞうにやられましたが、おきやうなどは何＃
べんをしへてもおぼえません。たゞ人がい＃
くさのはなしをすると、耳をすまして聞い＃
てゐました。じぶんの心では武士になりた＃
いと思つてゐたのです。＃
お寺では「こんないたづら者はごめんです。」＃
といつて、うちへかへしました。父はしかた＃
＜Ｐ－０４５＞
なしに又よそへほうこうに出しました。け＃
れども日吉丸は、どうかしてりつぱな武士＃
になりたいと思つてゐましたから、ほうこ＃
うの方には身が入りません、どこへ行つて＃
もながくは居つきませんでした。＃
年が十八のころです、木下藤吉郎秀吉と名＃
のつて、織［お］田［だ］信［のぶ］長［なが］につかへました。初はひく＃
い役目で、信長の目通りへ出ることも出來＃
＜Ｐ－０４６＞
ませんでした。＃
ある日信長が夜明け前に出かけようとす＃
ると、はや、馬を乘りまはしてゐる者があり＃
ます。信長は誰かとたづねますと、木下藤吉＃
郎秀吉と答へました。又ある朝早く信長が＃
かりに出ようとして、＃
「誰も居らぬか。」＃
とよびますと、＃
＜Ｐ－０４７＞
「藤吉郎秀吉こゝにひかへて居ります。」＃
と答へました。少しのゆだんもなく主人に＃
仕へるこゝろざしにかんしんして、これか＃
ら信長は目をかけて使ひました。＃
ある年、城のへいが百間ばかりこはれた事＃
がありました。けらいが大ぜい直しにかゝ＃
りましたが、中々はかどりません。信長はと＃
うとう秀吉にいひつけて、直させることに＃
＜Ｐ－０４８＞
しました。秀吉は大ぜいの人を十組に分け＃
て、一組に十間づつわりあてて、仕事をいそ＃
がせましたから、すぐに出來上りました。信＃
長はこれを見て、ます〳〵かんしんして、そ＃
れからだん〳〵重く取立てて、一方の大將＃
にしました。　　＃
第十五　　豐臣秀吉　（二）　　＃
秀吉はいくさの上手な人で、たび〳〵いく＃
＜Ｐ－０４９＞
さをしたけれども、一＃
ぺんもまけたことが＃
ありません。後には秀＃
吉の馬じるしを見ると、敵は戰はないでに＃
げて行くやうになりました。＃
秀吉が信長に言ひつかつて、敵を攻めに行＃
つてゐた間の事でしたが、信長は京都で光［みつ］＃
秀［ひで］といふけらいにころされました。秀吉は＃
＜Ｐ－０５０＞
この知らせを聞くと、すぐに敵とわぼくし＃
てかへつて來て、光秀をうちほろぼしまし＃
た。＃
それからは秀吉のいきほひは、しぜんに日＃
一日と盛になりました。信長の古いけらい＃
の勝家などはこれをきらつて、てきたひま＃
したが、かへつてほろぼされて、しまひには＃
日本中の大名が皆秀吉の言ふことをきく＃
＜Ｐ－０５１＞
やうになりました。＃
秀吉はもう日本中に敵がなくなつたから、＃
こんどは朝鮮せいばつをはじめました。支［し］＃
那［な］からは大兵をおくつて、朝鮮をたすけま＃
したが、もとより強い日本兵にはかなひま＃
せん。そこで支那もおそれて、わぼくを申し＃
こんで來ましたが、その使のもつて來た文＃
の中に、秀吉を日本國王にするといふぶれ＃
＜Ｐ－０５２＞
いなことばがありまし＃
た。秀吉は大そうおこつ＃
て、＃
「日本國には天皇へい＃
かがいらつしやるではないか。」＃
と、その使を追ひかへして、二度目＃
の朝鮮せいばつをはじめました。＃
をしいことに、そのいくさの終ら＃
＜Ｐ－０５３＞
ない中に病氣でなくなつてしまひました。」＃
京都の東山の山の上に秀吉のはかがござ＃
います。又その山のふもとには秀吉をまつ＃
つた神社もございます。　　＃
第十六　　塩ト砂糖　　＃
塩ハカラク、砂糖ハアマシ。ツケ物ハスベテ＃
塩ニテツケ、ミソモ醤油モ塩ヲ入レテツク＃
ル。菓子ノ中ニハ砂糖ヲフクマザルモノ少＃
＜Ｐ－０５４＞
シ。ニモノ＃
ヲスルニ＃
モ砂糖ヲ用フルコトアリ。塩ト砂糖トハ物＃
ノ味ヲ附クルニ大切ナルモノニシテ、コノ＃
二ツノ物ナケレバ、物ノ味ハウマカラズ。塩＃
ハ山ヨリモ出ヅレドモ、ワガ國ニテハ海ノ＃
水ヨリツクル。砂糖ハ種々ノモノヨリトレ＃
ドモ、砂糖キビヨリツクレルモノ多シ。　　＃
＜Ｐ－０５５＞
第十七　　上杉謙［けん］信［しん］　　＃
川中島の戰で名高い上杉謙信は強い大將＃
であつた。その相手は武［たけ］田［だ］信［しん］玄［げん］で、これも謙＃
信におとらないいくさの上手であつた。＃
ある時謙信が山の上に陣取つてゐると、信＃
玄は兵を右と左と二手に分けて、はさみう＃
ちにしようとした。謙信はそれを知つて、こ＃
ちらから先がけをしようと、夜の間に信玄＃
＜Ｐ－０５６＞
の陣に攻入つた。信玄はふ＃
いをうたれておどろいた＃
が、たちまち陣立をかへて、＃
敵を引受けた。＃
謙信は勝氣な人で、いよい＃
よいくさがはげしくなる＃
と、じつとしては居られな＃
い。急に馬に打乘つて、味方のまつ先に立つ＃
＜Ｐ－０５７＞
て、信玄の本陣に切りこんで、信玄に打つて＃
かゝつた。信玄は刀を拔くひまがない。ぐん＃
ばいうちはでふせいだが、えが折れて、かた＃
先へ切りつけられた。その時信玄のけらい＃
が、後からやり先で謙信の馬のしりを力一＃
ぱいになぐりつけた。馬はおどろいてとび＃
上つた。信玄はそのすきにあやふい命をた＃
すかつた。＃
＜Ｐ－０５８＞
上杉謙信はこんな強い人であつたが、又な＃
さけぶかい人であつた。＃
武田信玄の國は山國で、塩がない。塩はとな＃
りの國から買つてゐた。ところがとなり國＃
では信玄をこまらせようと思つて、塩を送＃
らせないことにした。謙信はそれを聞いて、＃
「われ〳〵はたがひにいくさをしてゐる＃
けれども、敵の國の人には何のうらみも＃
＜Ｐ－０５９＞
ない。それを苦しめるのはかはいさうだ。」＃
といつて、じぶんの國から塩を送らせた。そ＃
れから信玄が死んだと聞いた時、謙信は「あ＃
あ、をしい事をした。よいいくさ相手がなく＃
なつた。」といつてなげいた。　　＃
第十八　　人のなさけ　　＃
身をきるやうな北風の　　＃
吹く夕暮にあねいもと、　　＃
＜Ｐ－０６０＞
かへりをいそぐ野中道。　　＃
八つばかりの女の子、　　＃
たもとを顔におしあてて、　　＃
ひとりしく〳〵泣いてゐる。　　＃
姉のおつるは立ちよつて、　　＃
「なんでそんなに泣いてゐる。　　＃
もしおなかでもいたいのか、　　＃
おとし物でもしたのか。」と、　　＃
＜Ｐ－０６１＞
その子のかたに手をかけて、　　＃
ことばやさしくなぐさめる。　　＃
涙をふいて女の子、　　＃
「いゝえ、さうではありません。　　＃
まへからわたしは目がわるく、　　＃
杖をたよりにあるきます。　　＃
いまその杖をもぎ取られ、　　＃
かへりの道が知れません。」　　＃
＜Ｐ－０６２＞
「そんなわるさを誰がした。」　　＃
「わるい子どもが大ぜいで　　＃
わたしの手からもぎ取つて、　　＃
はふつた音はしましたが、　　＃
かなしいことに目が見えず、　　＃
さがすことさへ出來ません。」　　＃
それを聞くより妹の　　＃
おふみはいそぎ道ばたを　　＃
＜Ｐ－０６３＞
そこかこゝかとさがすうち、　　＃
少しはなれたくさむらに、　　＃
やう〳〵杖を見つけ出し、　　＃
すぐに拾つて取つてやる。　　＃
めくらは杖を受取つて、　　＃
「あゝ、ありがたうございます。　　＃
うれしいこと。」とれいいつて、　　＃
見えぬ目ながらふりかへり、　　＃
＜Ｐ－０６４＞
二人の行くへ見送れば、　　＃
二人も後ふりかへる。　　＃
第十九　　熊　　＃
日本ニ居ルケモノノ中デ一番強イノハ熊＃
デス。熊ガ人ニムカツテ來ル時ニハ、後足デ＃
立上ツテ、大キナ手ノヒラデツカミカヽツ＃
テ、スルドイ爪デヒツカキマス。＃
熊ノ毛色ハ大ガイマツ黒デ、ムネノ所ダケ＃
＜Ｐ－０６５＞
三日月ナリノ白イ毛ガ＃
アリマス。コレヲ月ノワ＃
トイヒマス。熊ノ皮ハヨ＃
イシキ物ニナリマス。＃
シグマトイフ熊ハ小馬＃
ホドアツテ、力ガ強ウゴ＃
ザイマス。大テイノケモノハ一打デコロサ＃
レテシマヒマス。＃
＜Ｐ－０６６＞
熊ハイタヅラモノデ、人ノ家＃
ノクラノ戸ヲ明ケテ、カズノ＃
子ノ俵ヲカツイデ、ニゲテ行＃
クコトガアルトイヒマス。＃
又川バタニ行ツテ、魚ヲツカマヘルコトガ＃
アリマス。ソノツカマヘタ魚ヲ竹ノ枝ニ通＃
シテ、肩ニカツイデ行キマスガ、後カラ一ツ＃
ヅツヌケテオチルノヲ知リマセン。ソレヲ＃
＜Ｐ－０６７＞
人ガ後カラ拾ツテ來ルコトガアリマス。　　＃
第二十　　材木　　＃
材木ニハ松・杉・ヒノキ・栗・ケヤキナドアリ。モ＃
ツトモ多ク用フルモノハ松ト杉トニシテ、＃
上品ナルハヒノキ、カタキハ栗ナリ。＃
松・杉・ヒノキ・ケヤキハ板又ハ柱トシテ家ヲ＃
タテ、橋ヲカケ、船ヲ作ルニ用フ。杉ハデンシ＃
ン柱ニ用ヒ、又ハコ・ヲケ・タルナドヲ作ルニ＃
＜Ｐ－０６８＞
用フルコト多シ。＃
栗ハカタクシテ、ナガククサラザレバ、家ノ＃
ドダイ又ハ鐵道ノマクラ木ナドトス。＃
桐ハヤハラカクシテ弱キ木ナレバ、家ヲタ＃
ツル材木トシテハ用ヒラレザレドモ、輕ク＃
シテ美シケレバ、ツクヱ・本バコ・タンス・ハキ＃
モノナドヲ作ルニ用フ。＃
材木ヲ山ヨリキリ出スモノハソマナリ。材＃
＜Ｐ－０６９＞
木ヲヒキテ、板又ハ柱トナスモノハコビキ＃
ナリ。材木ヲ用ヒテ家ヲタツルモノハダイ＃
クニシテ、ツクヱ・本箱・タンスナドヲ作ルモ＃
ノハサシモノシナリ。　　＃
第二十一　　古机　　＃
私は古机でございます。私がこゝへまゐつ＃
たのは、この學校がたつた年でごさいます＃
から、今年で三十年になります。その間に色＃
＜Ｐ－０７０＞
色な子どもを見ました。＃
あくびをしたり、わき見をしたりしてゐて、＃
先生に何か聞かれても、答へることが出來＃
ないで、顔を赤くする子供もございました。＃
ちやんとしせいをよくして、氣を附けてゐ＃
て、何を聞かれても、はつきりと答へる子供＃
もございました。＃
字を書くのに、筆をおとしたり、すみをこぼ＃
＜Ｐ－０７１＞
したり、書きそこなつて、紙をたくさんほご＃
にしたりするやうな、そゝつかしい子供も＃
ございました。よくおちついてゐて、少しも＃
書きそこなひなどをしない子供もござい＃
ました。＃
度々けつせきしたり、ちこくしたりして、先＃
生にしかられた子供もございました。一日＃
もけつせきもせず、ちこくもしなかつた子＃
＜Ｐ－０７２＞
供もございました。＃
十人十色と申しますが、まことにその通り＃
で、顔のちがふやうに、せいしつも色々かは＃
つてゐます。學校でいつも先生にほめられ、＃
友だちにもすかれた善い子供は、おとなに＃
なつてから、りつぱな人になりました。學校＃
で先生にしかられ、友だちにもきらはれた＃
惡い子供は、おとなになつてから、大ていつ＃
＜Ｐ－０７３＞
まらない人になつてゐます。＃
私は一たい子供がすきでございますが、三＃
十年の間にどうしてもきらひな子供が七＃
八人ございました。私のからだがこんなに＃
ぐらつくやうになつたのも、その子供たち＃
のいたづらからでございます。こんなにた＃
くさん墨を附けたのも、その子供たちでご＃
ざいます。　　＃
＜Ｐ－０７４＞
第二十二　　むね上げ　　＃
むねの上には紙のぬさを立てて、色どつた＃
大きな弓矢や扇車がかざつてあります。＃
ぬさの前にはおみきやもちや魚がそなへ＃
てあります。男や女や年よりや子供も大ぜ＃
い集つてゐますが、新しいしるしばんてん＃
を着てゐる大工が一番目立ちます。＃
間もなくむねの上からもちを投げると、大＃
＜Ｐ－０７５＞
ぜいがあらそつてそ＃
れを拾ひました。＃
これがすむと、むしろ＃
をしいて、お祝ひのさ＃
かもりがはじまりま＃
した。一人の年取つた＃
男がこゑをはり上げ＃
て、木やりの歌を歌ひ＃
＜Ｐ－０７６＞
出すと、わかものどもはこゑをそろへて、そ＃
のあとについて歌ひました。＃
歌がすむと手打をして、口々に＃
「おめでたう、おめでたう。」＃
といひました。羽織・はかまの主人は一同に＃
向つて、うれしさうに、＃
「どうも御苦勞、御苦勞。」＃
とあいさつしました。　　＃
＜Ｐ－０７７＞
第二十三　　港　　＃
廣イ港ガ船デ一パイニナツテヰル。高イホ＃
バシラヤ、ヒクイホバシラガタクサン重リ＃
合ツテ、マルデ林ノヤウニ見エル。＃
大キナ汽船ノ間ヲ、煙ヲ出シナガラ早ク走＃
ツテ行ク小サナ船ガアル。アレハハシケデ＃
アル。小サナ和船モアチラコチラヲコギマ＃
ハツテヰル。＃
＜Ｐ－０７８＞
オキノ方カラ黒クヌツタ＃
船ガハイツテ來ル。白イ帆＃
ヲアゲタ帆カケ船モイク＃
ツトナクハイツテ來ル。＃
正面ニアル二本エントツ＃
ノ汽船ハシキリニキテキ＃
ヲ鳴ラシテヰル。今ニ出帆＃
スルノデアラウ。＃
＜Ｐ－０７９＞
ハトバノ右ニ着イテヰル汽船ハ今荷物ヲ＃
オロシテヰル。左手ノ汽船ハ今荷物ヲ積ミ＃
コンデヰル。大キナキカイデ、ドンナ重イ荷＃
物デモラク〳〵ト上ゲオロシヲシテヰル。＃
右ノ方ノ汽船デハ、サ＃
ツキカラ牛ヲ何匹ト＃
ナクツルシオロシタ。」＃
オロシタ荷物ハスグ＃
＜Ｐ－０８０＞
ニ車ニノセテ、馬ニヒカセテ行ク。アレハ停＃
車場ヘ送ルノデアラウ。　　＃
第二十四　　大阪　　＃
大阪ハ昔ハ難［ナニ］波［ハ］トイヒテ、仁［ニン］徳［トク］天皇ノ都シ＃
タマヒシトコロナリ。秀［ヒデ］吉［ヨシ］コヽニ城ヲキヅ＃
キシヨリ、次第ニ商業ノ盛ナル大都會トナ＃
レリ。＃
昔仁徳天皇ハ立上ル煙ノ少キヲ見テ、民ノ＃
＜Ｐ－０８１＞
マヅシキヲアハレミタマヒキ。今ハ工業モ＃
大イニヒラケテ、エントツノ煙ハ空ヲオホ＃
ヘリ。＃
市中ヲ流ルヽ川ヲ淀［ヨド］川トイフ。淀川ハイク＃
スヂニモ分レテ海ニソヽグ。又多クノホリ＃
アリテ、川ト川トヲツナゲリ。堀ト橋トノ多＃
キヲモツテ名高シ。＃
港ニハ船ノ出入シゲク、停車場ニハ汽車ノ＃
＜Ｐ－０８２＞
發着タエズ。　　＃
第二十五　　かぞへ歌　　＃
一つとや、　　＃
人々忠義を第一に、　　＃
あふげや、高き君の恩、國の恩。　　＃
二つとや、　　＃
二人のおや御を大切に、　　＃
思へや、ふかき父の愛、母の愛。　　＃
＜Ｐ－０８３＞
三つとや、　　＃
みきは一つの枝と枝、　　＃
仲よく暮せよ、兄弟・姉妹。　　＃
四つとや、　　＃
善き事たがひにすゝめあひ、　　＃
惡しきをいさめよ、友と友、人と人。　　＃
五つとや、　　＃
いつはりいはぬが子供らの　　＃
＜Ｐ－０８４＞
學びのはじめぞ、つゝしめよ、いまし　　＃
めよ。　　＃
六つとや、　　＃
昔を考へ、今を知り、　　＃
學びの光を身にそへよ、身につけよ。　　＃
七つとや、　　＃
なんぎをする人見るときは、　　＃
力のかぎりいたはれよ、あはれめよ。　　＃
＜Ｐ－０８５＞
八つとや、　　＃
病は口より入るといふ。　　＃
飲物・食物氣を附けよ、心せよ。　　＃
九つとや、　　＃
心はかならず高くもて、　　＃
たとひ身分はひくゝとも、輕くとも。　　＃
十とや、　　＃
遠き祖先のをしへをも　　＃
＜Ｐ－０８６＞
守りてつくせ、家のため、國のため。　　＃
終　　＃
