＜出典＞２５１　　　国定読本　２期５－１
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目録　　＃
第一課　　草［くさ］薙［なぎの］劔［つるぎ］…（一）………一　　第十五課　　かぶりもの………四十九　＃
第二課　　草薙劔…（二）………四　　第十六課　　動物ノ體色………五十三　＃
第三課　　花ノサマ〴〵………六　　第十七課　　養生………五十七　＃
第四課　　舞へや歌へや………十　　第十八課　　坂［さかの］上［うへの］田［た］村［むら］麻［ま］呂［ろ］………六十二　＃
第五課　　註文状………十二　　第十九課　　空氣………六十四　＃
第六課　　利［ト］根［ネ］川………十四　　第二十課　　雨と風………六十六　＃
第七課　　水兵の母………十八　　第二十一課　　水害見舞の文………七十　＃
第八課　　我が陸軍………二十四　　第二十二課　　貯金………七十五　＃
第九課　　靖［ヤス］國［クニ］神社………二十七　　第二十三課　　菅［すが］原［はらの］道［みち］眞［ざね］………七十八　＃
第十課　　汽船・汽車の發明………三十　　第二十四課　　競馬………八十一　＃
第十一課　　昔の旅………三十五　　第二十五課　　貨幣………八十七　＃
第十二課　　箱根山………三十八　　第二十六課　　三才女………九十一　＃
第十三課　　旅行先の父に送る手紙………四十二　　第二十七課　　日光山………九十三　＃
第十四課　　駱［らく］駝［だ］乘………四十四　＃
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尋常小學讀本卷九　　＃
第一課　　草［くさ］薙［なぎの］劔［つるぎ］　（一）　　＃
代々の天皇の御位に即かせ給ふ時には、必ず三種＃
の神器を受けつぎ給ふ。草薙劔は即ち其の一なり。＃
此の劔初は天［あめの］叢［むら］雲［くもの］劔［つるぎ］と申し、後に改めて草薙劔と＃
申すこととなれり。いでや此の劔の由來をかたら＃
ん。＃
神代の昔、天［あま］照［てらす］大［おほみ］神［かみ］の御弟素［す］戔［さの］嗚［をの］尊［みこと］出［いづ］雲［も］の國にい＃
たり給ひしに、簸［ひの］川［かは］のほとりにて、夫婦の老人一人＃
＜Ｐ－００２＞
のむすめを中にすゑて泣＃
きかなしめるを見給ふ。尊＃
は＃
「何故にかくは泣きかな＃
しむぞ。」＃
と問はせ給へば、おきなは＃
「我等には元八人の娘あ＃
りしが、此の地に八［や］岐［また］の＃
大［を］蛇［ろち］とて八つの頭と八＃
つの尾とある大蛇あり、＃
＜Ｐ－００３＞
毎年來りて、我が娘を取食ひ、今また殘りの一人＃
をも食はんとす。それをかなしみ申すなり。」＃
と答ふ。＃
尊、「さらば我汝等のために其の大蛇を退治せん。」と＃
て、老人夫婦に命じて酒を造らせ、之を八つの酒［さか］槽［ぶね］＃
に盛り、其のほとりに娘を坐せしめて待ち給ひし＃
に、やゝありてかの大蛇あらはれ出で、八つの頭を＃
八つの槽の中に入れ、酒を飲みてよひふしたり。尊＃
時分はよしと、おびさせ給へる劔を拔きて、ずたず＃
たに大蛇を斬り給ひしに、尾にいたりて、劔の先少＃
＜Ｐ－００４＞
しくかけたり。あやしみて尾をさきて見給ふに、一＃
ふりの劔出でたり。尊「こは神劔なり、私すべきにあ＃
らず。」とて、之を天照大神に奉り給ふ。天照大神、八［や］咫［たの］＃
鏡［かがみ］・八［や］坂［さか］瓊［にの］曲［まが］玉［たま］と共に之を皇孫に授け給ひしかば、＃
これより三種の神器の一となれり。かの大蛇の住＃
みし上には叢雲常に立ちこめたれば、劔の名を天＃
叢雲劔と申せり。　　＃
第二課　　草薙劔　（二）　　＃
人皇第十二代景行天皇の御代、東國の蝦［え］夷［ぞ］叛きし＃
かば、天皇日［やま］本［と］武［たけるの］尊［みこと］に命じて、之を討たしめ給ふ。尊＃
＜Ｐ－００５＞
は先づ伊［い］勢［せ］にいたりて神宮を拜し、又御叔母倭［やまと］姫［ひめの］＃
命［みこと］に御いとまごひし給ふ。倭姫命此の時天叢雲劔＃
を尊に授け、「つゝしみて怠ることなかれ。」と教へ給＃
へり。＃
尊之を受けて、進みて駿［する］河［が］の國に至り給ひしに、こ＃
こにありし賊どもいつはり降り、「此のあたりには＃
鹿多し。かりし給へ。」と勸めて、尊をいざなひ、尊の野＃
に入り給ふを見て、火を放ちて燒き奉らんとせり。＃
尊こゝにおいて天叢雲劔を拔きて、草を薙拂ひ給＃
ふに、火勢却つて賊の方に向ひ、尊は難をまぬかれ＃
＜Ｐ－００６＞
給ひ、なほ進みて賊を討滅し給へり。これより此の＃
劔の名を改めて草薙劔と申す。＃
尊はなほも進みて北に向ひ給ひしに、蝦夷ども皆＃
恐れて降參し、東國こと〴〵く平ぎたり。尊これよ＃
り引返して近［あふ］江［み］の賊を討ち給ひしが、道にて病に＃
かゝり、遂に伊勢にてかくれ給へり。草薙劔は尾張＃
の國にとゞめ給ひしかば、宮を建ててそこにまつ＃
れり。今の熱［あつ］田神宮即ち是なり。　　＃
第三課　　花ノサマ〴〵　　＃
コヽニ櫻ノ花ガアル。櫻ノ花ニハ五ツノ瓣［ベン］ガアツ＃
＜Ｐ－００７＞
テ、瓣ノ大キサガヨク揃ツテヰル。又＃
其ノ瓣ハ全ク別々ニナツテヰルカ＃
ラ、一ツヅツニ取離スコトガ出來ル。＃
瓣ノ色ハ白又ハウス桃色デ、蕚［ガク］ノ色＃
ハ青イ。＃
梅・桃・梨ナドノ花モ櫻ノヤウニ瓣ガ＃
ヨク揃ツテヰルガ、豆ヤ藤ノ花ノ瓣＃
ハ不揃デアル。ツヽジノ花ヲ見ルト、＃
瓣ハ揃ツテヰルガ、皆一ツニナツテ＃
ヰテ、引キサカナケレバ取離スコト＃
＜Ｐ－００８＞
ガ出來ナイ。又ユリヤアヤメノ花ハ＃
蕚ノ色ガ瓣ト一ツ色デアル。＃
多クノ花ヲ取ツテシラベテ見ルト、＃
カウイフ工合ニソレ〴〵變ツテヰ＃
ル。其ノ形モマタ樣々デアル。豆ノ花＃
ハ蝶ノ形ヲシテヰルシ、朝顔ノ花ハ＃
ジヤウゴノ樣ナ形ヲシテヰル。菜ヤ＃
大根ノ花ヲ見ルト、瓣ガ四ツ揃ツテ、＃
十字形ニナツテヰル。イチゴノ花ハ＃
ボンノ樣ナ形デ、ホタルブクロノ花＃
＜Ｐ－００９＞
ハフクロノ樣デアル。シソノ花＃
ノ樣ニクチビルノ形ヲシタノ＃
モアリ、オシロイノ花ノ樣ニク＃
ダノ形ヲシタノモアル。＃
花ノ附方モ亦ソレ〴〵チガフ。＃
タトヘバボタンノ樣ニ一リン＃
咲ノモアリ、ニンジンノ樣ニカ＃
ラカサヲヒロゲタ形ニ集ツテ＃
咲クノモアル。又麥ノホノ樣ナ＃
形ニナツテ咲クモノニハ大葉＃
＜Ｐ－０１０＞
子ノ花ナドガアリ、總ノ形ニナツテ咲クモノニハ＃
藤ナドガアル。タンポヽ・ヨメナナドハ一リン咲ノ＃
樣ニ見エルガ、實ハ一ツノ莖ノ上ニ、タクサンノ小＃
サナ花ガ集ツテ咲イテヰルノデアル。　　＃
第四課　　舞へや歌へや　　＃
（一）　　＃
花に宿れる蝶は今眠さめたり。　　＃
舞へや舞へや、すがたやさしく舞へや。　　＃
舞へや舞へや、たもと輕く舞へや。　　＃
春風渡る廣野は　汝［な］がたのしき庭ぞ。　　＃
＜Ｐ－０１１＞
舞へや舞へや、花に草に。　　＃
蝶の遊ぶ時は今なり。　　＃
舞へや舞へや、すがたやさしく舞へや。　　＃
舞へや舞へや、たもと輕く舞へや。　　＃
（二）　　＃
葉かげにいねし鳥ははやゆめも見あきつ。　　＃
歌へ歌へ、心ゆたかに歌へ。　　＃
歌へ歌へ、しらべ高く歌へ。　　＃
緑色そふ林は　汝が樂しき庭ぞ。　　＃
歌へ歌へ、枝にこずゑに。　　＃
＜Ｐ－０１２＞
鳥の遊ぶ時は今なり。　　＃
歌へ歌へ、心ゆたかに歌へ。　　＃
歌へ歌へ、しらべ高く歌へ。　　＃
第五課　　註文状　　＃
去月二十五日御差出の縞物二十反＃
本日到着。右は地質といひ、縞がらと＃
いひ、此の地方には賣行よろしかる＃
べしと存ぜられ候間、なほ三十反御＃
送り下され度、其の節別に老人向き＃
の紺がすり上物十反だけ御見立の＃
＜Ｐ－０１３＞
上、二口とも本月十五日までに御送＃
り相成度願上候。先は重ねて御註文＃
まで。草々。＃
五月三日　　　　山本屋太七郎　　＃
尾張屋呉服店御中　　＃
同じく返事　　＃
拜啓、御註文の縞物三十反、本日通運＃
便により汽船平安丸にて發送いた＃
し候。次に老人向きの紺がすりは、御＃
申越の期日までには少々間に合ひ＃
＜Ｐ－０１４＞
かね候事と存候。本月二十日までに＃
は必ず發送仕るべく候。以上。＃
五月七日　　　　尾張屋呉服店　　＃
山本屋樣　　＃
第六課　　利［ト］根［ネ］川　　＃
利根川ハ日本東部ノ大川ニシテ、全長凡ソ七十三＃
里、古ヨリ坂東太郎ノ名アリ。＃
上［カウ］野［ヅケ］ノ東北部、越［エチ］後［ゴ］ノ國境ナル利［ト］根［ネ］岳［ダケ］ヨリ發スル＃
サヽヤカナル細谷川ハ、流レ下ルニシタガヒテ、數＃
多ノ小流ヲ集メ、沼［ヌマ］田町ニ至ル。是ヨリ南流シテ吾［アガ］＃
＜Ｐ－０１５＞
妻［ツマ］川ヲ合セ、赤［アカ］城［ギ］・榛［ハル］名［ナ］ノ二山ノ間ヲ流レ、前橋市ノ＃
西ヲ過グ。前橋市ハ人口四萬アマリ、有名ナル生絲＃
ノ市場ナリ。＃
更ニ東南ニ流レテ、上野・武［ム］藏［サシ］ノ國境ヲ過ギ、渡［ワタ］良［ラ］瀬［セ］＃
川ヲ合セテ栗橋ニ至ル。栗橋ハ東北鐵道ノ通路ニ＃
アタリ、一大鐵橋カヽレリ。＃
栗橋ヲ過ギテ、間モナク二ツニ分ル。北ナルヲ赤堀＃
川トイヒ、南ナルヲ權［ゴン］現［ゲン］堂川トイフ。赤堀川ハ關［セキ］宿［ヤド］＃
ノ北ニテフタヽビ二ツニ分レ、一ハ東南ニ流レテ＃
利根ノ本流ヲナシ、一ハ西南ニ向ヒ、權現堂川ニ合＃
＜Ｐ－０１６＞
シテ江戸川トナル。江戸川ハ南流シテ海ニ入ル。其＃
ノ流ハ下［シモ］總［フサ］・武藏ノ國境ヲナセリ。＃
利根川ノ本流ハ東南ニ流レテ鬼［キ］怒［ヌ］川・小貝川ヲ合＃
セ、益〻其ノ大イサヲ増ス。鬼怒川ノ落合フ所ヨリ少＃
シク下流ニアタリテ船戸アリ。コヽヨリ江戸川ニ＃
通ズル運河ハ、東京ヨリ江戸川ヲサカノボリテ利＃
根川ニ通ズル汽船ノ通路ニシテ、水運ノ便少カラ＃
ズ。本流ハ下リテ、下總・常［ヒ］陸［タチ］ノ國境ヲ流レテ太平洋＃
ニ入ル。下總ノ手［テ］賀［ガ］沼［ヌマ］・印［イン］旛［バ］沼・長沼等ノ水ハ南ヨリ＃
之ニ注ギ、常陸ノ霞［カスミガ］浦［ウラ］・北浦ノ水ハ北ヨリ之ニ注グ。＃
＜Ｐ－０１７＞
霞浦・北浦等ノ合＃
流スルアタリニ＃
ハ名勝ノ地少カ＃
ラズ。中ニモ香［カ］取［トリ］・＃
息［イキ］栖［ス］ノ兩社ハ北＃
浦ノホトリナル＃
鹿［カ］島［シマ］トトモニ三＃
社ノ名アリ。香取・＃
息栖ノ一ノ鳥居＃
ハ何レモ川ノ中＃
＜Ｐ－０１８＞
ニ立テリ。＃
河口ニ銚［テウ］子［シ］港アリ。醤油ノ産地トシテ知ラル。銚子＃
港ノ東南一里餘、犬［イヌ］吠［ボウ］崎［ザキ］ニハ燈臺アリ。東太平洋ニ＃
面シ、風景ノ美ヲ以テ名高シ。＃
利根川ハイハユル關東平野ヲ貫流シ、本流・支流ノ＃
長サヲ合スレバ、一千餘里ニ及ブ。大小ノ船舶此ノ＃
川ヲ上下シテ、運輸ノ便スコブル多シ。　　＃
第七課　　水兵の母　　＃
明治二十七八年戰役の時であつた、ある日我が軍＃
艦高［たか］千［ち］穗［ほ］の一水兵が女手の手紙を讀みながら泣＃
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いてゐた。ふと通りかゝつた大尉が之を見て、あま＃
りに女々しいふるまひと思つて、＃
「こらどうした。命がをしくなつたか、妻子がこひ＃
しくなつたか。軍人となつて、いくさに出たのを＃
男子の面目とも思はず、其の有樣は何事だ。兵士＃
の恥は艦の恥、艦の恥は帝國の恥だぞ。」＃
と言葉鋭くしかつた。＃
水兵は驚いて、立上つてしばらく大尉の顔を見つ＃
めてゐたが、やがて頭を下げて、＃
「それは餘りな御言葉です。私には妻も子もあり＃
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ません。私も日本男子です。何で命ををしみませ＃
う。どうぞ之を御覽下さい。」＃
といつて、其の手紙を差出した。＃
大尉はそれを取つて見ると、次の樣な事が書いて＃
あつた。＃
「聞けば、そなたは豐［ほう］島［たう］の戰にも出ず、又八月十日＃
の威［ゐ］海［かい］衞［ゑい］攻撃とやらにもかくべつの働なかり＃
きとのこと、母は如何にも殘念に思ひ候。何の爲＃
にいくさには御出でなされ候ぞ。一命をすてて＃
君に報ゆる爲には候はずや。村の方々は朝に夕＃
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に色々とやさしく御世話下され、『一人の子が國＃
家の爲いくさに出でし事なれば、定めて不自由＃
なる事もあらん。何にてもゑんりよなく言へ。』と＃
親切におほせ下され候。母は其の方々の顔を見＃
る毎に、そなたのふがひなきことが思ひ出され＃
て、此の胸は張りさくるばかりにて候。八［はち］幡［まん］樣に＃
日參いたし候も、そなたがあつぱれなるてがら＃
を立て候樣との心願に候。母も人間なれば、我が＃
子にくしとはつゆ思ひ申さず。如何ばかりの思＃
にて、此の手紙をしたゝめしか、よく〳〵御察し＃
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これあり度候。」＃
大尉は之を讀んで、思はずも涙を落し、水兵の手を＃
握つて、＃
「わたしが惡かつた。おつかさんの精神は感心の＃
外はない。お前の殘念がるのももつともだ。併し＃
今の戰爭は昔とちがつて、一人で進んで功名を＃
立てる樣なことは出來ない。將校も兵士も皆一＃
つになつて働かなければならない。總べて上官＃
の命令を守つて、自分の職務に精を出すのが第＃
一だ。おつかさんは『一命をすてて君に報いよ。』と＃
＜Ｐ－０２３＞
いつて居られるが、まだ其の折に出會はないの＃
だ。豐島の戰に出なかつたことは艦中一同殘念＃
に思つてゐる。併し是も仕方がない。其のうちに＃
は花々しい戰爭もあるだらう。其の時にはおた＃
がひに目ざましい働をして、我が高千穗艦の名＃
をあげよう。此のわけをよくおつかさんにいつ＃
て上げて、安心させるがよい。」＃
といひ聞かせた。＃
水兵は頭を下げて聞いてゐたが、やがて手をあげ＃
て敬禮して、につこりと笑つて立去つた。　　＃
＜Ｐ－０２４＞
第八課　　我が陸軍　　＃
我が國は國民皆兵なり、男子は十七歳より四十歳＃
までの間、何れも兵役に服する義務あり。かしこく＃
も天皇陛下は自ら大元帥なるぞとおほせて、陸海＃
軍をすべ給ふ。＃
陸軍の兵種には五あり。歩兵は戰爭の主力にして、＃
其の數最も多し。騎兵は進退敏活にして、多くは友＃
軍の前方に出でて敵状をさぐる。砲兵は大砲を以＃
て遠方より敵を砲撃し、友軍を前進し易からしむ。＃
工兵は陣地をきづき、道を開き、橋をかけ、鐵道を造＃
＜Ｐ－０２５＞
り、電信を通ずる等、もつ＃
ぱら技術の事にしたが＃
ふ。又別に輜［し］重［ちよう］兵ありて、＃
後方より兵糧・彈藥等を＃
運ぶ。歩兵・騎兵・砲兵・工兵・＃
輜重兵は何れも戰爭に＃
必要にして、其の任務に＃
は輕重の別あることな＃
し。＃
將校には大將・中將・少將・大佐・中佐・少佐・大尉・中尉・少＃
＜Ｐ－０２６＞
尉あり。其の下に下士あり、兵卒あり。上下の別明か＃
にして、何れも上官の命令を守るは諸子の能く知＃
る所なるべし。＃
歩兵は平時凡そ百五十人を一中隊とし、之を三箇＃
小隊に分つ。四箇中隊を大隊、三箇大隊を聯［れん］隊、二箇＃
聯隊を旅團とす。二箇旅團の歩兵にそこばくの騎＃
兵・砲兵・工兵・輜重兵を加へたるものを師團といふ。」＃
明治二十七八年の戰役までは、我が國の陸軍は僅＃
かに七箇師團に過ぎざりしが、戰役後十三箇師團＃
となり、三十七八年の戰役後は第一師團より第十＃
＜Ｐ－０２７＞
八師團に至る十八箇師團、外に近［この］衞［ゑ］師團を合せて＃
十九箇師團となれり。＃
師團司令部のある所は東京・大阪・名古屋・廣島・熊本＃
等軍事上重要なる地なり。　　＃
第九課　　靖［ヤス］國［クニ］神社　　＃
五月五日ニ軍人形ヲカザリ、ノボリヲ立テテ、男子＃
ノ福運ヲイノルコト、我ガ國古ヨリノ風習ナリ。靖＃
國神社ノ春ノ大祭ハアタカモ此ノ日ニ始ル。＃
靖國神社ハ東京九段坂ノ上ニアリ。維新前後國事＃
ニタフレタル人々ヲ始メ、其ノ後ノ諸戰役ニ戰死＃
＜Ｐ－０２８＞
シタル忠勇ノ士ヲマツレル＃
所ナリ。＃
此ノ神社ノ建テラレタルハ＃
明治二年ニシテ、社殿ハ上古＃
ノ風ヲウツシテ造リ、本殿ニ＃
ハカシコクモ天皇陛下ノ御＃
製ノ歌ヲカヽゲタリ。＃
境内ニハ櫻最モ多ク、春ノ盛＃
リニハ花ノ雲タナビキテ、「花＃
ハ櫻木、人ハ武士。」ノコトワザ＃
＜Ｐ－０２９＞
モ自ラ思ヒ出デラル。社殿ノ後ニハ美シク作ラレ＃
タル庭アリ。木石ノ配合オモムキ多シ。社殿ノカタ＃
ハラナル西洋風ノ建物ヲ遊［イウ］就［シウ］館トイヒ、内外古今＃
ノ武器其ノ他軍事ニ關スル物ヲ多ク集メタリ。＃
社前ナル青銅ノ鳥居ハ、昔ノ諸大名ノヲサメタル＃
大砲ヲ集メテ造リタルモノニシテ、日本第一ノ金［カネ］＃
ノ大鳥居ナリ。大鳥居ノ前ノ大廣場ニハ大村益次＃
郎ノ銅像アリ。益次郎ハ維新ノ際軍事ニ功勞多カ＃
リシ人ナリ。＃
靖國神社ノ秋ノ大祭ハ十一月五日ヨリ行ハル。春＃
＜Ｐ－０３０＞
秋兩度ノ大祭ニハ必ズ勅使ヲ差立テラレ、陸海軍＃
將卒ノ參拜アリ、種々ノ餘興モ行ハレテ甚ダニギ＃
ヤカナリ。臨時大祭ニ天皇皇后兩陛下ノ行幸啓ア＃
ラセラレシコトモ度々アリ。カクノ如ク國事ニタ＃
フレタル人々ヲアハレミ給フコトノ深ク且アツ＃
キヲ見ルモノ、誰カハ義勇奉公ノ心ヲ起サザラン。　　＃
第十課　　汽船・汽車の發明　　＃
蒸氣機關は二百年程前に發明せられたが、初の中＃
はたゞ水をすひ上げる爲に用ひる位であつた。始＃
めて之を船に用ひて汽船を造つたのは、アメリカ＃
＜Ｐ－０３１＞
のフルトンといふ人、又之を車に應用して、汽車を＃
こしらへたのは、イギリスのスチブンソンといふ＃
人である。＃
如何なる發明も、一度や二度の不成功で氣をくじ＃
く樣では出來上るものでは無い。フルトンが工夫＃
に工夫を重ねて造つた最初の船は、フランスのセ＃
イヌ川に浮べたが、不幸にも直に沈んでしまつた。＃
フルトンは之に驚かず、更に新しい機關をイギリ＃
スに註文して、又一つの船を造つた。此の度は大丈＃
夫と考へて、「何月何日初航海をするから、何人にも＃
＜Ｐ－０３２＞
乘船の望に應じる。」といふことを新聞紙に廣告し＃
たが、其の日になつて乘船したものは僅か十二人＃
に過ぎなかつた。＃
此の時も少し進んだきりで、やがて動かなくなつ＃
たが、しらべて見ると、機關の一部に故障があつた＃
ので、すぐそれを直した。其＃
の後は何の障もなく、百五＃
十マイルを三十二時間で＃
走つた。之を聞いて、是まで＃
フルトンを笑つた人々も＃
＜Ｐ－０３３＞
大いに感心して、皆其の成功を喜んだといふこと＃
である。＃
スチブンソンは若い時から機關の事に明るかつ＃
たが、すべりのよい車をすべりのよいレールの上＃
で走らせる樣にしたらよからうと、日夜其の事ば＃
かり考へてゐた。さて幾度＃
も幾度も造り直して、終に＃
其の目的を達することが＃
出來た。＃
其の頃イギリスのある會＃
＜Ｐ－０３４＞
社で、馬車鐵道をこしらへようといふ話があつた＃
が、スチブンソンの發明した汽車を用ひて見よう＃
といふことになつて、スチブンソンは其の會社に＃
頼まれて鐵道を敷き、其の上を走る汽車を造つた。」＃
いよ〳〵鐵道が出來て、汽車の運轉をして見る日＃
になると、四方からの見物人は雲の如く集つた。中＃
には汽車と競走する積で、馬に乘つて來た人もあ＃
る。やがて汽車が動き出すと、馬上の人はしきりに＃
むちを打つてあせつて見たが、一時間に十五マイ＃
ルも走る汽車とはどうして競走が出來よう。見物＃
＜Ｐ－０３５＞
人一同は其の早いのと其の勢のすさまじいのに＃
驚いた。　　＃
第十一課　　昔の旅　　＃
昔東海道といつたのは江戸から京都へ上る街道＃
で、凡そ百二十四里、其の間に五十三次といつて、重＃
な宿場が五十三あつた。一日の旅程を十里づつと＃
見て、十二日程かゝつた。それが今は朝の急行列車＃
で東京を出立すれば、晩にははや京都に着くこと＃
が出來る。大變なちがひではないか。＃
昔の旅行には色々難儀なことがあつた。上下八里＃
＜Ｐ－０３６＞
の箱根山も越えなければなら＃
ず、富士川・大井川・天［てん］龍［りゆう］川なども、＃
其の頃は橋が無かつたから、人＃
の肩車に乘つたり渡船に乘つ＃
たりして渡つたのであつた。「箱＃
根八里は馬でも越すが、越すに＃
越されぬ大井川。」といふ歌など＃
もあつた。大水などの時には、水＃
のひくまでは幾日でも泊つて＃
待つてゐなければならなかつ＃
＜Ｐ－０３７＞
た。其の頃之を川止といつた。＃
箱根と新［あら］居［ゐ］とには關所があつて、役人が一々旅人＃
をしらべて通した。若し其の關所をよけて、わき道＃
を通る樣なことをすれば、關所破といつて、其のも＃
のは重い罰を受けた。＃
昔の道中には馬とかごがあつた。＃
馬は馬子が引いて、ゆる〳〵歩む＃
のだから、早いことはない。かごも＃
人の肩でかいて、休み〳〵行くの＃
だから、早くもないし、又そんなに＃
＜Ｐ－０３８＞
樂でも無かつた。＃
今は水路に汽船があり、陸上にも所々方々に鐵道＃
が通じてゐる。鐵道の通じてゐない所でも、馬車や＃
人力車がある。其の上道もよくなり、橋も多くかけ＃
られた。關所も無ければ、川止も無いから、僅かの旅＃
費、僅かの日數で、女子供でも安樂に旅行が出來る。　　＃
第十二課　　箱根山　　＃
箱根山ハ相［サガ］模［ミ］・駿［スル］河［ガ］・伊［イ］豆［ヅ］三國ノ境ニマタガル。東海＃
道ノ通路ニアタレルヲ以テ、昔ハ人馬ノ往來甚ダ＃
盛ナリキ。山上ナル蘆［アシノ］湖［コ］ノホトリニ關所アリテ、日＃
＜Ｐ－０３９＞
暮ヨリ後ハ一切旅人ノ通行ヲ差止メタレバ、諸大＃
名其ノ他旅客ノ宿泊スルモノ多ク、湖水ノホトリ＃
ニハニギヤカナル市街アリキ。＃
然ルニ明治維新ノ後ハ大名ノ往來全ク絶エ、鐵道＃
開通後ハ旅客ハ皆汽車ノ便ニヨルヲ以テ、今ハ此＃
ノ山坂ヲ越ユルモノ少シ。昔ノ關所ハ僅カニ其ノ＃
アトヲ止ムルノミ。市街ハ甚ダサビシクナレリ。然＃
レドモカノ名高キ箱根七湯ハ、開ケ行ク明治ノ御＃
代ト共ニ益〻サカエテ、浴客年ニ其ノ數ヲ加フ。七湯＃
トハ湯本・塔ノ澤［サハ］・堂ガ島・宮ノ下・底［ソコ］倉［クラ］・木［キ］賀［ガ］及ビ蘆ノ湯ヲイフ。＃
＜Ｐ－０４０＞
今ハ此ノ七湯ノ外ニ新シ＃
キ温［ヲン］泉［セン］場モ開ケ、廣キ新道＃
モ出來、山ノフモトナル湯＃
本マデハ電車サヘ開通セ＃
リ。＃
昔ヲ知レル人、若シ舊道ノ＃
今ノサビシサト、昔ノニギ＃
ハシサトヲクラベ見バ、世ノ轉變ノ如何ニ甚ダシ＃
キニ驚クナラン。然レドモ自然ノ轉變ハ更ニ是ヨ＃
リモ甚ダシキモノアルヲ知ラズヤ。旅人ノ往來盛＃
＜Ｐ－０４１＞
ナリシ箱根驛モ、浴客ノ多ク集レル今ノ箱根七湯＃
モ、遠キ昔ハ共ニ恐ロシキ噴火山ナリシナリ。若シ＃
鳥ノ如ク高ク大空ヨリ箱根山ヲ見下サバ、全體ノ＃
形ノスリバチヲ倒ニシタルニヒトシキヲ見ルベ＃
シ。此ノスリバチノソコニアタレル所ハ大ナル噴＃
火口ニシテ、ソレヨリ噴出シタル物ノ四方ニナダ＃
レテ、冷エカタマリタルガ、今ノ箱根山ヲ成セルナ＃
リ。噴火一タン止ミテ後、其ノ噴火口中ニ更ニ四ツ＃
ノ噴火山ヲ出セリ。上二子・下二子・神山・駒［コマガ］岳［タケ］是ナリ。＃
此ノ四山ノ噴火モ今ハ全ク止ミタリ。是等ノ山ト＃
＜Ｐ－０４２＞
元ノ噴火口ノマハリノ山トノ間ニ水ノタマリタ＃
ルモノハ蘆ノ湖ニシテ、湖水ノアフレテ流ルヽモノ＃
ハ即チ早川ナリ。水ノシヅクモ度重ナレバ石ヲモ＃
ウガツトイフ。マシテ幾萬年ノ久シキ間、此ノ大ナ＃
ル湖水ヨリ流レ落チタル水ノ力ハハカリ知ルベ＃
カラズ。山ヲケヅリ、谷ヲウガチ、カヽリテハタキト＃
ナリ、ヨドミテハフチトナリ、又切レテハ急流トナ＃
リ、遂ニ今日ノ如キ美シキ景色トナリシナリ。　　＃
第十三課　　旅行先の父に送る手紙　　＃
十二日附の御手紙今朝到着拜見仕＃
＜Ｐ－０４３＞
候。少しも御障なく入らせられ候由、＃
一同安心仕候。姉上も最早御全快に＃
て、四五日前より起きて蠶の世話を＃
なされ居り候。祖父樣はいつもの通＃
り朝起にて、私どもの目をさまし候＃
頃には、はや朝顔のはちをならべて、＃
昨日は九つ咲きたり、今朝は十二咲＃
きたりなどと御喜に御座候。又御宮＃
裏の田も、本年は水も十分に御座候＃
間、少しも御案じ下さるまじく候。暑＃
＜Ｐ－０４４＞
さ日に増し候へば、何とぞ御身御大＃
切に成し下され、一日も早く御用御＃
すましの上、御歸りの程御待ち申上＃
候。敬白。＃
七月十五日　　　　増太郎　　＃
父上樣　　＃
第十四課　　駱［らく］駝［だ］乘　　＃
昔アラビヤの或町にハッサンといふ者あり、駱駝に＃
乘りて隊商の仲間に加り、大沙［さ］漠［ばく］を往來するを業＃
とせり。或時旅行先より手紙を送りて、其の子のア＃
＜Ｐ－０４５＞
リに駱駝を連れて、荷物を取りに來るべしと言ひ＃
つかはしたり。＃
アリは十歳ばかりの子供なりしが、父の手紙を讀＃
みて心勇み、年頃かひならしたる駱駝に乘り、飲用＃
水其の外何くれと用意して、隊商と共に出立した＃
り。＃
さていよ〳〵沙漠に入りしが、木のかげ一つもな＃
き砂原つゞきなれば、其の苦しさたとへんに物な＃
し。日暮るれば、一同テントを張りて夜を過す。アリ＃
は子供のことなれば、話相手もなく、たゞ父にあは＃
＜Ｐ－０４６＞
んを樂みに一日々々と旅行をつゞけたり。＃
四日目の正午頃、大風吹起りて、砂煙は天をおほへ＃
り。一同はやむことを得ず、＃
進行を止めて、風のをさま＃
るを待てり。＃
すべて沙漠の旅行は、以前＃
に通りし駱駝の足跡を目＃
あてに行くなり。然るに此＃
の大風の爲に、今までの駱＃
駝の足跡消えたれば、翌日＃
＜Ｐ－０４７＞
風なぎて出立したれども、一同は行くべき方にま＃
よひて、右に往き、左に往き、空しく一日を過せり。之＃
が爲に一行の用意せる水も殘り少になれり。＃
其の夜アリふと目をさまして、人々のかたるを聞＃
けば、一人の曰く、＃
「若し明日中に水のある所に着かずば、駱駝を殺＃
して、其の胃の中の水を飲むより外なかるべし。」＃
又一人、＃
「然らばかの子供の乘れる駱駝を殺さん。」＃
といふ。之を聞けるアリの驚は一方ならず、さては＃
＜Ｐ－０４８＞
此のまゝにては過されじと、人々のねしづまるを＃
うかゞひ、ひそかに駱駝にうち乘りて、そこより逃＃
れ出でたり。＃
晴れたる大空には無數の星かゞやけり。アリは幸＃
にも星によりて方角を見定むることを知り居た＃
れば、それを便りに進行せり。＃
夜明くれば、砂の上に新しき駱駝の足跡あり。之に＃
力を得て、南へ〳〵〳〵と急がするに、其の日の夕方、一＃
組の隊商の宿れるテントを見たり。アリはそこに＃
行きて、ありし事を物がたり、ねんごろに同行を頼＃
＜Ｐ－０４９＞
みしに、一同快く引受けたり。＃
かゝる間に、又向ふより一組の隊商到着せしが、其＃
の中にはアリの父ハッサンもまじれり。聞けばハッサ＃
ンはアリの來ることの餘りにおそければ、道連の＃
ありしを幸ひ、迎へかた〴〵こゝに來りしなり。た＃
がひに心もとなく思ひ合ひし父子の、今無事にて＃
相見し喜は如何なりしぞ。やがて親子打連れて、心＃
樂しく發足したり。　　＃
第十五課　　かぶりもの　　＃
路行く人のかぶりもの、　　＃
＜Ｐ－０５０＞
中折・鳥打・山高や、　　＃
シルクハットと類多し。　　＃
星の形を打ちたるは　　＃
陸軍兵の帽［ばう］子［し］にて、　　＃
艦の名あるは水兵帽。　　＃
學生・生徒の帽子にも　　＃
皆學校の徽［き］章［しやう］あり。　　＃
夏の經［きやう］木［ぎ］や麥わらは　　＃
見るにもいとゞ輕げなり。　　＃
西洋婦人のボンネット　　＃
＜Ｐ－０５１＞
花をかざりてうるはしく、　　＃
支［し］那［な］の帽子はいたゞきに、　　＃
結ぶ赤だまかはいらし。　　＃
赤き帽子のトルコ人、　　＃
長き白布くる〳〵と　　＃
頭に卷ける印度人、　　＃
所變れば樣々に　　＃
變るよそほひ面白や。　　＃
古風ゆかしき我が國の　　＃
かんむり・烏［ゑ］帽［ぼ］子［し］今は唯　　＃
＜Ｐ－０５２＞
祭の服に殘りたり。　　＃
昔の風をそのまゝに、　　＃
田植・草取・取入れに　　＃
農夫の辛苦共にする　　＃
すげ笠こそはたふとけれ。　　＃
車夫のかぶるは形より　　＃
まんぢゆう笠の名もをかし。　　＃
づきんにおこそ・大黒と　　＃
其の名其の類亦多し。　　＃
かぶり物にはあらねども、　　＃
＜Ｐ－０５３＞
手ぬぐひ三尺引きしぼり、　　＃
頭に結ぶはち卷は　　＃
次第々々にすたれ行く。　　＃
第十六課　　動物ノ體色　　＃
田ニスムカヘルハ土色ニシテ、木ノ葉ニヤドル雨＃
ガヘルハ緑色ナリ。黄色ノ蝶ハ菜種ノ花ニムラガ＃
リ、白色ノ蝶ハ大根畠ニ集ル。晝ハ暗キ所ニヒソミ、＃
日暮ヨリ出デテ飛ブカウモリハ暗黒色ニシテ、海＃
ノソコノ砂ノ上ニスムヒラメ・カレヒノ類ハ、其ノ＃
體ノ一面、砂ノ色ニ似タリ。＃
＜Ｐ－０５４＞
カクノ如ク動物ノ體色ニハ其ノ住メル周圍ノ物＃
ノ色ニ似タルモノアリテ、自ラ其ノ周圍ノ物ノ色＃
トマギレテ、タヤスク他ノ動物ニ見附ケラルヽコ＃
トナシ。シタガツテ敵ニオソハルヽウレヘ少ク、我＃
ヨリ敵ヲオソフニハ便ナリ。此ノ種ノ體色ヲ保護＃
色ト名ヅク。＃
動物ノ中ニハ其ノ周圍ノ物ノ色ノ變ズルニシタ＃
ガツテ、保護色ノ變ズルモノアリ。タトヘバ北國ニ＃
スム野ウサギハ、其ノ毛色枯葉ノ色ト同ジケレド＃
モ、雪ノ降ル頃トナレバ、全ク白色ニ變ジ、イカハ水＃
＜Ｐ－０５５＞
中ニオヨグ間ハ水色ナレドモ、岩石ナドニ附着ス＃
ル時ハ岩石ト同ジ色ニ見ユ。＃
保護色ノ變ズルハスデニ面白キコトナリ。ソレヨ＃
リモナホ面白キハ、其ノ動物ノ身ブリニヨリテ、形＃
サヘ其ノ周圍ノ物ニ似ルモノノアルコトナリ。タ＃
トヘバ桑ノ木ニ居ルエダシヤ＃
クトリハ、其ノ體色ノ桑ノ木ニ＃
似タル上、其ノ體ノ後ノハシヲ＃
桑ノ木ニ附ケ、體ヲナヽメニ突＃
出スルトキハ、其ノ形桑ノ小枝＃
＜Ｐ－０５６＞
ニ異ナラズ。農夫ナドハ小枝ト見チガヘテ、土ビン＃
ヲカケ、落シテワルコトアリ。故ニ或地方ニテハ之＃
ヲドビンワリトイフ。＃
沖［オキ］縄［ナハ］ニ産スル木ノ葉蝶ハ、其ノ羽ノ表ノ方ニハ美＃
シキ色ドリアレドモ、裏面ハ枯葉ニ似タルガ故ニ、＃
羽ヲ閉ヂテ、草木ノ枝ニトマルトキハ、サナガラ枯＃
葉ノ如ク見ユ。＃
或動物ハ之ニ反シテ、周圍ノ物トマギレザルヤウ、＃
コトニアザヤカナル體色ヲ有ス。是等ハ多クハ他＃
ノ動物ノ恐ルヽ武器又ハ他ノ動物ノイトフ惡味・＃
＜Ｐ－０５７＞
惡臭ヲ有スルモノニシテ、他＃
ノ動物ハ其ノ體色ニヨリテ、＃
タヤスク之ヲミトメ、之ニ近＃
ヅクコトナキガ故ニ、却ツテ＃
其ノ身ノ安全ヲ保ツコトヲ＃
得ルナリ。此ノ種ノ體色ヲ警戒色ト名ヅク。タトヘ＃
バ毒汁ヲ有スル蜂［ハチ］ノ體色ハ黄ト黒トノダンダラ＃
ニテ、惡味アル揚［アゲ］羽［ハ］ノ蝶ノ羽ニハ美シキ色ドリア＃
ルガ如シ。　　＃
第十七課　　養生　　＃
＜Ｐ－０５８＞
「病は口より入る。」つゝしむべきは飲食なり。口にう＃
ましとて多く食ふことなかれ。多く飲むことなか＃
れ。今一口といふ所にて止めよ。＃
食物はよくかみこなすべし。八十歳を越えて病を＃
知らざる或老人に、長生の方法を問ひしに、「やはら＃
かなるものも二十七度かめ。」と答へたりといふ。＃
熟せざるくだ物、生にえの肉、くさりたる魚などを＃
食ひて、一命をうしなふ者少からず。きたなき水を＃
飲みて、恐ろしき病にかゝる者多し。酒・煙草の害は＃
今更に言ふまでもなし。＃
＜Ｐ－０５９＞
不潔もまた病の種となる。しば〳〵入浴し、身體を＃
清潔にすべし。よごれし手にて目をこすりて目を＃
わづらひし人あり。衣服もよく洗ひて、よごれたる＃
をば着ることなかれ。住居もなるべくきれいにせ＃
よ。よき心持のみにても病をふせぐに足らん。＃
運動不足なれば、食物のこなれ惡く、血のめぐりに＃
ぶく、身體弱りて、氣分もふさぐ。常に無病にして、醫＃
者にかゝりたることなき人あり、平生の養生法を＃
問へば、「我は天氣にも相談せず、毎日運動するが故＃
に、醫者にも相談する必要なきなり。」といへり。然れ＃
＜Ｐ－０６０＞
ども運動多きに過ぐれば、却つて病を起すことあ＃
り。「過ぎたるは及ばざるが如し。」と知るべし。＃
よく働かんとするものはよく眠るべし。身體の勞＃
を直すはよく眠るに如くはなし。「夜半十二時前一＃
時間の眠は、十二時後二時間の眠にまさる。」といへ＃
り。早く寢ねて早く起くべし。＃
空氣の大切なることも食物におとらず。閉ぢたる＃
室内にはよごれたる空氣こもる。時々障子を明放＃
ちて、新しき空氣を流通せしむべし。人多き都會に＃
住む者は、折々野外に出でて、新しき空氣をすひ、又＃
＜Ｐ－０６１＞
朝早く起きて、木立しげき公園等を散歩すべし。＃
室内にのみ居て、外出すること少き人の、色青ざめ＃
て元氣なきは、日光に浴せざるが爲なり。家を建つ＃
るには日あたりよき所をえらび、夜具・衣服の類は＃
しば〳〵日光にかわかすべし。西洋のことわざに＃
も「よく日光の見舞ふ家には醫者は見舞はず。」とい＃
へり。＃
飲食に注意し、身體の清潔を保ち、適度の運動を怠＃
らず、早く寢ね、早く起き、新しき空氣をすひ、常に日＃
光に浴して、なほ病にかゝらば、是我が罪にあらず。　　＃
＜Ｐ－０６２＞
第十八課　　坂［さかの］上［うへの］田［た］村［むら］麻［ま］呂［ろ］　　＃
蝦［え］夷［ぞ］は東北の地に住して、叛服常ならず、景行天皇＃
の御代日［やま］本［と］武［たけるの］尊［みこと］之を征し給ひ、齋［さい］明［めい］天皇の御時阿［あ］＃
倍［べの］比［ひ］羅［ら］夫［ふ］また之を討ちしが、其の後も度々叛きて、＃
征東將軍をつかはされし事しば〳〵なりき。桓［くわん］武［む］＃
天皇の御代に至り、將＃
軍坂上田村麻呂之を＃
平定して、大なる功勞＃
を立てたり。＃
田村麻呂は身の丈五＃
＜Ｐ－０６３＞
尺八寸、胸の厚さ一尺二寸、體重は三十貫を越え、眼＃
の光ははやぶさの如く鋭く、ひげは針金の如くこ＃
はく、力あくまで強き人にて、怒る時はたけき獸も＃
恐れたり。されども又いつくしみ深き人にて、笑ふ＃
時は子供もなつき親しみたりといふ。＃
將軍田村麻呂の東北の地を征するや、恩威ならび＃
行はれて、向ふ所敵なく、さしもに強かりし蝦夷も、＃
遂に全く皇威に服するに至れり。＃
かばかりの大功ありし人故、天皇の御信任も厚く、＃
其の薨ぜし時、天皇は深く之ををしみ給ひき。之を＃
＜Ｐ－０６４＞
はうむりし時は、よろひ・劔・弓・矢等を共にをさめ、か＃
ばねを宮城の方に向ひて立たせ、ながく皇城を守＃
護せしめたりといふ。　　＃
第十九課　　空氣　　＃
扇を使へば風起り、むちをふるへば音を發す。是我＃
等の周圍に空氣のあればなり。＃
空氣は形もなく、色もなければ、目には見えざれど＃
も、机の引出しにも、たもとの中にも、節穴の中にも、＃
握りこぶしの間にも、凡そ少しにてもすき間ある＃
所には、必ず存在せずといふこと無し。＃
＜Ｐ－０６５＞
試みに茶わんのそこにしるしをつけ、之を倒にし＃
て、しづかに水中に入れよ。其のしるしは水にぬる＃
ることなかるべし。是茶わんの中に空氣ありて、水＃
の進入するを防げばなり。＃
火は空氣なければ燃えず。臺所にて火吹竹を使ふ＃
も、かぢ屋にてふいごを用ふるも、皆空氣を送りて、＃
火の勢を盛ならしむる爲にして、火消つぼの火の＃
消ゆるは空氣の供給絶ゆるが爲なり。然れども空＃
氣の流通餘りに強き時は、却つて火の消ゆること＃
あるべし。燈の火の風に吹消さるゝが如き是なり。＃
＜Ｐ－０６６＞
我等は常に此の空氣を吸はんが爲に呼吸す。若し＃
空氣なからんには、人も鳥獸も草木も多くの生物＃
は其の生を保つこと能はざるべし。＃
空氣流動する時は風を生ず。帆かけ船の水上を走＃
る、たこの空高く上る、是皆人の自然の風を利用し＃
たるなり。又人は空氣を動かし、風を起して、種々の＃
用に供す。オルガンにて美しき音を發せしむるが＃
如き、唐［たう］箕［み］の車をまはして、もみとしひなとをあふ＃
ぎ分くるが如き皆然り。　　＃
第二十課　　雨と風　　＃
＜Ｐ－０６７＞
五風十雨といつて、五日毎の風、十日毎の雨は太平＃
無事の世の有樣である。さて此の雨風も四季の時＃
候につれて、それ〴〵にちがふ。＃
春の雨はしめやかに降つて、のきの玉水の音も靜＃
かに聞える。春の初に降るのは一雨毎に花をもよ＃
ほすかとうれしい。「紅白花は開く煙雨の中。」といふ＃
景色は、靜かな中に美しいながめである。併し此の＃
雨はやがて花を散す雨となるので、其の時はうら＃
めしい心地がする。雨のはれた朝、花の香を送つて、＃
そよ〳〵と吹く春風には、我が身も蝶の樣に飛立＃
＜Ｐ－０６８＞
ちたくなる。梅の實の熟する頃＃
降續く五［さ］月［みだ］雨［れ］は、農家に取つて＃
は大切な雨である、それはちや＃
うど田植の時節であるから。＃
一天にはかにかき曇つて、ほし＃
物を取込むひまもない夕立は、＃
さわがしい中に勇ましい。恐ろ＃
しいのは二百十日頃の大あら＃
しで、家は倒れる、堤は切れる、稻＃
の花は散る、一年中の農夫の辛＃
＜Ｐ－０６９＞
苦が一夜の中にむだになつ＃
てしまふこともある。＃
今年は何事もなくて、黄色に＃
實のつた秋の田の上を吹渡＃
る風が鳴子を動かすと、むら＃
雀のぱつと飛立つのは面白＃
い。秋の末になつて、風の吹散＃
した木の葉の上に、雨の降り＃
かゝるのは、何となく物さび＃
しい。＃
＜Ｐ－０７０＞
葉の散果てた冬木立に吹きすさむ木枯の風は、音＃
を聞くだけでも物すごい。雨戸を明けて見ると、明＃
るい月夜である、身を切るやうな寒さに思はず首＃
をちゞめることもある。冬の雨の日は、短い日がな＃
ほ更早く暗くなる。夜が更けて、雨の音が靜かにな＃
つたから、止んだことと思つてゐると、翌朝起きて＃
見れば、何時の間に雪に變つたか、そこら一面銀世＃
界になつてゐることもある。　　＃
第二十一課　　水害見舞の文　　＃
連日の大雨に候へば、大川に近き御＃
＜Ｐ－０７１＞
地は如何と案じ居り候ところ、本日＃
の新聞により、御地方は非常の出水＃
にて、死傷も少からざる由承知致し＃
驚き入り候。御一家御無事に御座候＃
や。御老人・御子供衆も御大勢の事故＃
如何と御案じ申し居り候。取りあへ＃
ず御見舞まで草々。＃
九月三十日　　　　堤　富次　　＃
岡田敬造樣　　＃
同じく返事　　＃
＜Ｐ－０７２＞
御見舞状有りがたく拜讀仕候。幸に＃
私方は左程の損害も無く、家族一同＃
無事に御座候間、御安心下され度候。＃
もはや新聞紙にて御承知の事とは＃
存候へども、當時のあらましを申上＃
候。二十七日の夜中頃より追々増水、＃
二十八日は終日大暴風雨にて、川近＃
きあたりにはぽつ〳〵立退きたる＃
者もこれあり、同夜は近村の者一人＃
も眠につきたる者これなく候。明け＃
＜Ｐ－０７３＞
て二十九日には雨も止み、風も靜ま＃
りて、日の光さへ見え出し候へば、此＃
の分ならば、もはや心配には及ぶま＃
じと立退きたる者も引返したる程＃
に御座候。＃
然るところ翌朝三時頃急に水音は＃
げしく相成り、犬のなき聲もたゞな＃
らずと思ふ間もなく、隣村にて早が＃
ねを打出し候。驚きて飛出し候へば、＃
川上の堤防切れ、隣村は大半水中に＃
＜Ｐ－０７４＞
あり、救をもとむる聲かまびすしく＃
候故、是は大變なりと、直ちに老母と＃
子供を裏山に立退かせ、必要書類な＃
ど取りまとめ、全家立退の用意致し＃
居り候中、夜も明けはなれて、水は次＃
第に減退致し候。田畑の作物には多＃
少の損害これあり候へども、其の他＃
にはかく別の異状これなく、先以て＃
不幸中の幸と喜び居り候。＃
唯氣の毒なるは隣村に御座候。全村＃
＜Ｐ－０７５＞
百餘戸の中二三十戸も押流され候。＃
死者四人、傷者四五十人もこれあり＃
候。幸に命を全うしたる者も、大がい＃
は着のみ着のまゝにて、當村に引取＃
りて保護を致し居り候者も百二三＃
十名の多きに上り候。取急ぎ御禮か＃
たがた右御報申上候。敬具。＃
十月二日　　　　岡田敬造　　＃
堤　富次樣　　＃
第二十二課　　貯金　　＃
＜Ｐ－０７６＞
一日ニ一錢・二錢ヅツニテモ積立ツル時ハ、五年・十＃
年ノ後ニハ、餘程ノ金高トナリテ、ヤヽ高價ナル必＃
要品モ買フコトヲ得ベク、家業ノ元手ノ一部分ト＃
モナスコトヲ得ベシ。又病氣其ノ他ノ場合ニモ、他＃
人ノ救ヲ受クルガ如キコトナカルベシ。＃
金錢ヲ安全ニ貯フルニハ郵便貯金トナスヲヨシ＃
トス。郵便貯金ニテハ一度ノ預ケ高一人拾錢以上＃
ナリ。一度ニ拾錢以上ノ貯金ヲナスコト能ハザル＃
者ノ爲ニハ、郵便切手ニヨリテ貯金スル便利ナル＃
方法アリ。貯金臺紙トイフモノヲ買ヒオキテ、貯金＃
＜Ｐ－０７７＞
セントスル時ニハ、其ノ金錢ニテ郵便切手ヲ買ヒ＃
テ臺紙ニハリツケ、全部ハリ終ヘタル時、之ヲ郵便＃
局ニ差出シテ、郵便貯金トスルナリ。＃
又銀行ニ貯金スル方法モアリ。普通ノ銀行ニテハ＃
一度ニ五圓以上ノ預金ノミヲ取リアツカヘドモ、＃
貯蓄銀行ニテハ五圓ヨリ少キ金ニテモ預カル。＃
郵便局ニテモ銀行ニテモ、金錢ヲ預ケタル者ニハ、＃
其ノ金高ヲ書入レタル通帳ヲ渡ス。此ノ通帳ハ此＃
ノ後金錢ヲ預クル時又ハ引出ス時共ニ必要ナル＃
モノナレバ、大切ニ保存スベシ。＃
＜Ｐ－０７８＞
銀行貯金ニテモ、郵便貯金ニテモ、預ケタル金高ノ＃
次第ニ上リ行クハ樂シキモノナリ。サレバ平生ノ＃
收入中ヨリ成ルベク無用ノ入費ヲハブキテ、一錢・＃
二錢ヅツニテモ貯ヘンコトヲ心ガクベシ。タヾシ＃
貯金センガ爲ニ必要ナル費用マデモヲシムガ如＃
キハ、ホムベキ事ニアラズ。　　＃
第二十三課　　菅［すが］原［はらの］道［みち］眞［ざね］　　＃
東［こ］風［ち］吹かばにほひおこせよ梅の花、　　＃
主なしとて春を忘るな。　　＃
是は菅原道眞が右大臣といふ高き官よりおとさ＃
＜Ｐ－０７９＞
れて、筑［つく］紫［し］へ旅立たんとす＃
る時、庭の梅に別ををしみ＃
てよめる歌なり。＃
道眞は罪もなきに官を下＃
げられ、あまつさへ遠國へ＃
うつされしかども、少しも＃
世をいきどほり、人をうら＃
むる心なかりき。筑紫へ下＃
る道に、昔より相知りし驛＃
長ありて、道眞の今の身の＃
＜Ｐ－０８０＞
上を深く悲しみしに、道眞は「驛長驚くなかれ、時の＃
變り改るを。花咲く春あれば、葉落つる秋あり。」とい＃
ふ意味の詩を作りてあたへたりといふ。＃
筑紫に到りて後は、常に門を閉ぢて出づることま＃
れなりしが、片時も君を忘れ奉ること無く、雨の朝、＃
風の夕、見るもの聞くものにつけて、都の空のみし＃
たはしく、僅かに詩歌に思をよせて、ひとり自らな＃
ぐさめ居たり。＃
いつか秋のなかばも過ぎて、九月十日の夜となれ＃
り。去年の今夜清凉殿の御宴に侍し、詩を作りて天＃
＜Ｐ－０８１＞
皇の御感に入り、御衣を賜はりて身に餘る面目を＃
ほどこしたりしが、其の御衣は今なほ西のはてに＃
住む身に近くあり。道眞今昔の感にたへず、恩賜の＃
御衣をさゝげて、はるかに東方を拜し、一篇の詩を＃
作りたり。　　＃
去年の今夜清凉に侍す。秋思の詩篇ひとりはら　　＃
わたをたつ。恩賜の御衣なほこゝに在り。さゝげ　　＃
持ちて毎日餘香を拜す。　　＃
第二十四課　　競馬　　＃
昔或氏神のお祭に競馬の神事といふ事があつた。＃
＜Ｐ－０８２＞
それは氏子の五箇村から子供の騎手を一人づつ＃
出して、競馬をさせて、勝つた村は次の祭の日まで、＃
其の五箇村の頭になるといふ定であつた。＃
或年選ばれた子供の中に、すぐれて上手な騎手が＃
二人あつた。一人は熊吉、一人は愛作といつて、年は＃
同じく十五歳。「今年の競馬はさぞ面白からう。」と、祭＃
の當日には、おびたゞしい見物人が朝早くから宮＃
の境内へつめかけた。やがて五人の騎手は多くの＃
人々に附きそはれ、靜々馬を歩ませて、鳥居の下へ＃
集つて來た。＃
＜Ｐ－０８３＞
神主は先づ神前で祝［のり］詞［と］を上げて、それがすむと、「支＃
度。」といふあひづの一番太［だい］鼓［こ］を打鳴らした。五人の＃
騎手は神に勝利をいのつて、第二のあひづを待ち＃
かまへてゐる。五箇村の人々は各我が村の騎手に＃
向つて、「是非勝つてくれ。」「負けたら村の名折になる＃
ぞ。」「しつかりやつてくれ。」などと、口々に勢をつけて＃
ゐる。＃
二番太鼓の「並べ。」のあひづに、五人の騎手は打連れ＃
て、拜殿の後の大きな立石の前に並んで、馬の頭を＃
揃へて、三番太鼓を今やおそしと待構へてゐる。＃
＜Ｐ－０８４＞
三番太鼓が鳴るが早いか、五匹の馬は一散にかけ＃
出した。社の森を離れるまでは、餘り甲乙はなかつ＃
た。馬場の中程から一騎後れ、二騎後れ、つゞいて三＃
騎までも後れて、もはや熊吉と愛作の二人だけの＃
競走となつた。＃
二人の馬は五分々々に進んで行つたが、池の右手＃
へさしかゝつた時、熊吉の馬はつまづいて前足を＃
折つた。熊吉はつるりとすべつて、そのはずみにこ＃
ろころと轉がつて、池の中へ落ちこんだ。＃
愛作は驚いて、ひらりと馬から飛下りて、すぐに熊＃
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吉のえりを引つつか＃
んで、ぐつと岸へ引き＃
よせた。附添人も見物＃
人も、きもを冷してか＃
けよつて、熊吉に水を＃
吐かせるやら、醫者を＃
呼びに走るやら、上を＃
下へのさわぎである。」＃
愛作方の人々は愛作の肩をたゝいて、＃
「感心だ〳〵〳〵、えらい子だ。熊吉の落馬したのにか＃
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まはず、馬をかけさせたら、勝も勝、大勝であつた＃
のに、人の命にはかへられないと、相手を助けて＃
やつたのは如何にも見上げたりつぱな行だ。相＃
手の熊吉があの通りで、今日の勝負はきまらな＃
いが、いづれ又改めてやり直しをしてもらはな＃
ければなるまい。」＃
といつた。＃
熊吉方の人々は、＃
「もう改めて勝負には及びません。勝はあなた方＃
のものです。愛作さんのりつぱな心がけで、熊吉＃
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の命が助かりました。愛作さんは實に見上げた＃
ものです。どうか今日から一年の間、あなた方の＃
村が五箇村の頭になつて、御支配をなさつて下＃
さい。」＃
といつた。＃
此の話が傳はつて、愛作は五箇村はおろか、近所近＃
ぺんのほめ者となつた。　　＃
第二十五課　　貨幣　　＃
賣買トイフコトナカリシ遠キ昔ニハ、必要ノ場合＃
ニ物ト物トヲ取換ヘテ有無相通ジタルニ過ギザ＃
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リキ。若シ今ノ世ニモナホカヽル事アリトセバ、其＃
ノ不便如何バカリナラン。タトヘバコヽニ漁夫ア＃
リテ、魚ヲ米ニ取換ヘントテ、先ヅ甲ノ農夫ヲタヅ＃
ネタリトセヨ。其ノ農夫若シ魚ヲ望マズバ、更ニ乙＃
ノ農夫ノ所ニ行カザルベカラズ。乙ノ農夫モ亦魚＃
ヲ望マズバ、更ニ丙丁ノ農夫ニ談ゼザルベカラズ。＃
カクテ持チアルク中ニハ、其ノ魚ハ腐リテ、一合ノ＃
米ニモ換ヘ難キニ至ルベシ。＃
サレバ何レノ國ニテモ、世ノ進ムニシタガヒ、或種＃
類ノ物品ヲ定メテ之ヲ仲ダチトシ、物ト物トヲ交＃
＜Ｐ－０８９＞
換スル不便ヲ省クニ至レリ。貨幣即チ是ナリ。貨幣＃
トシタル物品ハ時代ニヨリ、場所ニヨリテ一定セ＃
ズ。貝・毛皮・穀物・牛等ヲ用ヒタルコトアリ。賣ル・買フ、＃
財産ノ財、貨幣ノ貨等ノ字ノ一部ニ貝ノ字アルハ、＃
支［シ］那［ナ］ノ古代ニ貝ヲ用ヒタルガ故ナリトイフ。今ノ＃
文明諸國ノ貨幣ニハ主トシテ金銀ヲ用フ。是金銀＃
ハ價高ク、保存スルニモ都合ヨク、又分合スルコト＃
モタヤスクシテ、分合ノ爲ニ直段ノ割合ヲ變ズル＃
コトナク、産地異ナリトモ、成分ニ異同ナクシテ、直＃
段ノ變動モ少キ等、貨幣トスルニ最モ便利ナレバ＃
＜Ｐ－０９０＞
ナリ。＃
現今我ガ國ノ貨幣ニハ金＃
貨・銀貨・銅貨ノ三種アリ。銀＃
貨・銅貨ハ廣ク用ヒラルレ＃
ドモ、金貨ハ日常流通スル＃
コト少シ。是金貨ニ代ル紙＃
幣ノ行ハルヽニヨル。＃
紙幣ハ貨幣ノ代用トナル＃
モノニシテ、輕クシテ取扱＃
ニ都合ヨキコトハ貨幣ニマサレリ。我ガ國ノ紙幣＃
＜Ｐ－０９１＞
ハ日本銀行ヨリ發行スルモノニシテ、一圓・五圓・十＃
圓・百圓ノ四種流通ス。之ヲ日本銀行ニ持行カバ、何＃
時ニテモ金貨ト交換スルコトヲ得ベシ。　　＃
第二十六課　　三才女　　＃
一　　＃
色香も深き　紅梅の　　＃
枝にむすびて、勅なれば　　＃
いともかしこし、うぐひすの　　＃
問はば如何にと　雲ゐまで　　＃
聞え上げたる　言の葉は、　　＃
＜Ｐ－０９２＞
幾代の春か　かをるらん。　　＃
二　　＃
みすのうちより　宮人の　　＃
袖引止めて、大江山　　＃
いく野の道の　遠ければ、　　＃
ふみ見ずといひし　言の葉は、　　＃
天［あま］の橋立　末かけて、　　＃
後の世永く　くちざらん。　　＃
三　　＃
きさいの宮の　仰言、　　＃
＜Ｐ－０９３＞
御聲のもとに、古の　　＃
奈［な］良［ら］の都の　八重櫻、　　＃
今日九重に　にほひぬと、　　＃
つかうまつりし　言の葉の　　＃
花は千歳も　散らざらん。　　＃
第二十七課　　日光山　　＃
日光の市街盡くる所に大［だい］谷［や］川あり。岩にくだくる＃
清流、雪と散り、玉と飛ぶ。其の上にかゝれる朱塗の＃
橋、美觀先づ目を驚かす。是即ち有名なる神［み］橋［はし］にし＃
て、「日光の結構。」こゝに始る。＃
＜Ｐ－０９４＞
川を渡りて坂路を上れば、東［とう］照［せう］宮の正面に出づ。石＃
の大鳥居高さ三丈餘、表門を入れば五重塔あり。進＃
んで陽［やう］明［めい］門に至る。此の門一＃
に日［ひ］暮［ぐらし］門の名あるは、日暮る＃
るまで見れどもあかずとの＃
意なりとぞ。金銀の光、丹青の＃
色、目もまばゆきばかりなり。＃
次の門を唐門といふ。木材は＃
一切唐木を用ひたり。之を過＃
ぎて拜殿あり、拜殿の後に本＃
＜Ｐ－０９５＞
殿あり、いづれも善盡し、美盡せり。是より西南にあ＃
たりて、家［いへ］光［みつ］の廟［べう］あり、建築の善美を盡せる亦相似＃
たり。＃
天然の美は更に人工の美よりも勝れたり。東照宮＃
の西三里ばかり、男體山のふもとに中［ちゅう］禪［ぜん］寺［じ］湖［こ］あり、＃
周回凡そ六里、湖面鏡の如く、四方の山々皆倒に影＃
をうつせり。天皇陛下＃
かつてこゝに行幸あ＃
り、其の風景を賞し給＃
ひて、幸［さちの］湖［うみ］の名を下し＃
＜Ｐ－０９６＞
賜へり。此の湖の落口は華［け］嚴［ごんの］瀧［たき］となる。直下七十丈、＃
壯觀名状すべからず。此の水即ち大谷川の上流を＃
成せり。＃
我が國到るところ名勝の地にとぼしからざれど＃
も、よく人工の美と天然の美とを併せたるは日光＃
に如くはなし。されば一年中遊覽者跡を絶たず、夏＃
の盛りの頃、秋の紅葉の折には來り遊ぶもの最も＃
多し。外國人の我が國に來る者亦必ずこゝに遊び＃
て、日光の結構を賞せざるものなし。　　＃
尋常小學讀本卷九終　　＃
