＜出典＞２５２　　　国定読本　２期５－２
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目録　　＃
第一課　　日本一の物………一　　第十五課　　齋［さい］藤［とう］實［さね］盛［もり］………五十　＃
第二課　　葉………四　　第十六課　　兵營内の生活………五十五　＃
第三課　　保安林………八　　第十七課　　足尾銅山………六十　＃
第四課　　家………十一　　第十八課　　捕鯨船………六十三　＃
第五課　　紫式部と清少納言………十五　　第十九課　　勇ましき少女………六十八　＃
第六課　　本………十七　　第二十課　　温泉………七十一　＃
第七課　　張良ト韓信………二十二　　第二十一課　　人ノ身體………七十五　＃
第八課　　入營する友におくる………二十六　　第二十二課　　あいぬの風俗………七十九　＃
第九課　　冬景色………二十七　　第二十三課　　家畜………八十三　＃
第十課　　甘［カン］藷［シヨ］………三十　　第二十四課　　松の下露………八十八　＃
第十一課　　たしかな保證………三十四　　第二十五課　　講話會の案内文………九十　＃
第十二課　　水師營の會見………三十八　　第二十六課　　大［ヤマ］和［ト］巡リ　（一）………九十三　＃
第十三課　　花筵［ムシロ］………四十一　　第二十七課　　大和巡リ　（二）………九十八　＃
第十四課　　模樣と色………四十四　＃
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尋常小學讀本卷十　　＃
第一課　　日本一の物　　＃
日本一の高山は臺［たい］灣［わん］の新高山なり。其の高さは一＃
萬三千七十餘尺にして、富士山より高きこと凡そ＃
一千尺なり。昔より富士は日本一の高山と稱せら＃
れしが、明治二十七八年戰役の後、臺灣の我が領土＃
となりしより、富士は第二位に落ちたり。然れども＃
四時雪をいたゞきて潔く、其の形白扇を倒にかけ＃
たるが如く美しきは、なほ我が國第一の山といふ＃
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べく、むしろ世界一の名山とも稱すべし。＃
日本一の湖水は近［あふ］江［み］の琵［び］琶［は］湖にして、周回六十里。＃
いづこより見ても山にさへぎられ、かすみにへだ＃
てられて、其の全景を見ること能はず。近江一國の＃
川流はほとんど全く此の湖水に入り、湖水より出＃
づる瀬田川は下流宇［う］治［ぢ］川となり、淀［よど］川となりて、大＃
阪に至りて海に注ぐ。＃
日本一の長流を信［しな］濃［の］川とす。信濃の東南部より發＃
し、越［ゑち］後［ご］の新［にひ］潟［がた］に至りて海に入る。長さ九十四里。＃
日本一の大トンネルは中央線［せん］の笹［さゝ］子［こ］峠［たうげ］にあり。其＃
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の長さ一萬五千二百＃
七十六呎、即ち一里六＃
町四十間五尺。汽車は＃
此のトンネルを通過＃
するに七八分を費す。＃
其の工事の總費用は百九＃
十萬圓餘にして、一里の長＃
さだけ十圓金貨を並べた＃
るに等しといふ。＃
日本一の古き建物の今に＃
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のこれるは、大［やま］和［と］の法［ほふ］隆［りゆう］寺なり。我が國の建物はお＃
ほむね木造なれば、古社寺等も昔のまゝにて今に＃
のこれるは甚だ少し。然るに此の寺は今より凡そ＃
一千二百年以前のものにて、昔ながらの形を存せ＃
り。恐らくは木造建築物中世界最舊のものなるべ＃
し。＃
全國無數の佛像中奈［な］良［ら］の大佛の大きさの日本一＃
なることは諸子すでに之を知れり。諸子よ、試みに＃
此の外に諸子が日本一と思ふ物を數へ見よ。　　＃
第二課　　葉　　＃
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植物ノ葉ニハウキクサノ葉ノ樣ニ小＃
サナノモアリ、蓮［ハス］・芭［バ］蕉［セヲ］ノ樣ニ廣クテ大＃
キナノモアル。熱イ國ニ生ズル大鬼［オニ］蓮［バス］＃
ハ直徑ガ六尺モアツテ、葉ノ質モ丈夫＃
デアルカラ、其ノ上ニ三四歳位ノ子供＃
ヲ坐ラセルコトモ出來ルサウデアル。」＃
葉ノ形ニハ卵形ト楕［ダ］圓［ヱン］形ガ最モ多イ＃
ガ、錢ノ樣ニ圓イノモアリ、針ノ樣ニ細＃
長イノモアル。＃
サキヤ本ノ圓イ葉モアレバ、尖ツテヰ＃
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ル葉モアリ、ヘコンデヰル葉モアル。ヘ＃
リモ鋸［ノコギリ］ノ齒ノ樣ニギザ〳〵ノアルノ＃
モアレバ、一體ニスベ〳〵シテヰルノ＃
モアル。ギザ〳〵ノ深イノニナルト、一＃
枚ノ葉ガ數枚ノ小サイ葉ニ分レテヰ＃
ル。バラノ葉ヤ豆ノ葉ガ即チソレデア＃
ル。普通ノ葉ヲ單葉トイヒ、此ノ種類ノ＃
葉ヲ複葉トイフ。＃
葉ニハスベテ葉脈トイフモノガアル。本ノ方ガ太＃
クテ、サキヘ行ク程段々ニ細クナツテ、末ニナルト、＃
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肉眼デハ見エナイ程細イ。ソノ脈＃
ニモ亦種々アル。竹ノ葉ヲ見ルト、＃
本ノ方カラマツ直ニ幾スヂカノ＃
脈ガ並ンデ出テ、サキニ行ツテ一＃
ツニ集ツテヰル。櫻ヤ梅ノ葉ハ唯＃
一スヂノ太イ脈ガマン中ニ通ツ＃
テ、ソレカラ出タ細イ脈ガ網ノ目＃
ノ樣ニナツテヰル。モミヂノ葉ハ＃
幾スヂカノ脈ガ本ノ處カラ手ノ＃
指ノヤウニ分レテヰル。＃
＜Ｐ－００８＞
葉ノ莖ニ附ク樣子ニモ種々アル。アブラナ・ツバキ＃
ナドノ葉ハ一ツオキニ莖ニ附イテ居リ、ナデシコ＃
ナドノ葉ハ二枚ヅツ向ヒ合ツテ附イテヰル。又車＃
ユリナドハ多クノ葉ガ一處ニ集ツテ、莖ノ周圍ヲ＃
取卷イテヰル。　　＃
第三課　　保安林　　＃
炭・薪・材木等の森林より出づることは何人も知れ＃
る所なり。されど森林のあたふる利益は是のみに＃
は止らず。＃
森林の樹木はたがひに其の枝をまじへて、雨の一＃
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度に地上に落つるを止め、又地上の水分の一時に＃
蒸發するを防ぐ。しかのみならず落葉・こけ及び網＃
の如くひろがれる木の根などは、地上に落ちたる＃
水をふくみさゝふること、あたかも海綿の如くな＃
るを以て、水をして少しづつ靜かに流れ出でしむ。＃
故に若しみだりに森林をきり荒す時は、數時間の＃
暴雨にもたちまち大水出で、數日のひでりにも河＃
水全くかれはつべし。＃
森林は能く暴風をさゝへ、其の力をそぐを以て、土＃
砂の飛散を防ぎ、又常に土地をうるほして、土砂を＃
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落付かしむ。森林なければ、土砂附近の田畠に飛散＃
りて、其の土地を荒すこと多し。＃
總べて魚類は暗き處を喜び、森林の影さす水中に＃
は多く集り來るものなるを以て、森林は漁業の爲＃
にも大いなる利益をあたふ。海岸又は河岸の森林＃
を伐拂ひたる爲に、漁業の利を失ひたる地方も少＃
からず。＃
其の他森林は氣候を和げ、土砂の流出を防ぎ、神社・＃
佛閣又は名勝の地に一種の風景を添ふる等、其の＃
効用あげて數ふべからず。＃
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森林の効用かくの如く著しきを以て、近年一定の＃
森林を指定し、其の樹木を一時に伐取ることを禁＃
ぜり。かく保護せられたる森林を保安林といふ。　　＃
第四課　　家　　＃
人＊は＊皆　　靜まりいねし　　＃
ま夜中に　　家組立つる　　＃
木々＊は＊今　　語り出しぬ。　　＃
「我＊は＊元　　木［き］曾［そ］の桧［ひのき］よ、　　＃
白雲を　　うなじ＊に＊まきて、　　＃
峯高く　　空＊に＊そびえき。」　　＃
＜Ｐ－０１２＞
「我＊は＊元　　吉野の杉よ、　　＃
櫻木の　　花をよそにて、　　＃
霧深き　　谷間＊に＊立ちき。」　　＃
「我＊は＊元　　丹［たん］波［ば］の松よ、　　＃
山こむる　　霞を後＊に＊、　　＃
いかだして　　都に來けり。」　　＃
床柱　　なげきて語る、　　＃
「熱き國　　しげる林＊に＊　　＃
生ひ立ちし　　我、タガヤサン、　　＃
我が友＊に＊　　ひとり離れて、　　＃
＜Ｐ－０１３＞
はる〴〵と　　五百重のしほ路、　　＃
故里の　　空なつかしや。」　　＃
「さはいへど　　うらやましき＊は＊　　＃
身も輕き　　君、床柱。　　＃
あはれ我、　　梁［はり］や棟［むな］木［ぎ］や　　＃
桁［けた］どもを　　いつもせおひて　　＃
片時も　　休む間なし。」と　　＃
角柱　　ひとりつぶやく。　　＃
主柱　　靜かに曰く、　　＃
「ねだ低く、　　たるきは高し。　　＃
＜Ｐ－０１４＞
かべ土＊に＊　　塗込められて　　＃
あらはれぬ　　ぬきもあるなり。　　＃
つかとなり　　床となる身も、　　＃
それ〴〵の　　務をもてり。　　＃
梁・棟木　　つか・ぬき・柱　　＃
何一つ　　取外すとも、　　＃
たちまち＊に＊　　家＊は＊崩れん。」　　＃
げに〳〵と　　皆うなづきて、　　＃
折からの　　夜半のあらしに　　＃
そののちは　　音もきこえず。　　＃
＜Ｐ－０１５＞
第五課　　紫［むらさき］式［しき］部［ぶ］と清［せい］少［せう］納［な］言［ごん］　　＃
一條［でう］天皇の頃には才學すぐれたる宮女多かりし＃
が、最も世に聞えたるは紫式部と清少納言となり。＃
二人共に和漢の學に通じ、其の＃
作れる文は古文の手本として、＃
今なほひろく愛讀せらる。＃
紫式部は幼き頃より物覺よく、＃
兄の書を讀むを聞きゐて、直ち＃
に之をそらんじ、少しも忘るゝ＃
ことなかりしかば、父の爲時は＃
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常に其の頭をなでて、「汝の男と生れざりしが口を＃
し。」といひたりとぞ。夫に別れて後、宮中に召されて、＃
上東門院に漢文・漢詩を教へ參らせたり。是程の才＃
學をもちながら、式部は少しも高ぶりたる風なく、＃
常に一といふ文字をだに知らぬ顔に過したりと＃
いふ。＃
清少納言も亦紫式部と同じく宮中に仕へ、其の才＃
氣を以て知られたりき。ある雪の朝、皇后は美しき＃
御庭の雪景色を御覽じて、「香［かう］爐［ろ］峯［ほう］の雪は如何に。」と＃
仰せられしに、御前に侍りし清少納言は、つと立ち＃
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てみすをまき上げたり。皇＃
后の御感一入なりきとぞ。＃
是白樂天の詩に、「香爐峯の＃
雪はすだれをかゝげて見＃
る。」といふ句あるを思ひ出＃
でて問はせ給ひしを、清少＃
納言は直ちに其の意を察＃
し奉りしなり。萬づに心き＃
きたること、此の一例にても知るべし。　　＃
第六課　　本　　＃
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我々は毎日本を讀んで色々な事を覺える。本の中＃
には字ばかりのもあるが、畫や地圖や寫眞のはい＃
つてゐるのもある。讀んでゐる間は中に書いてあ＃
る事ばかりを一心に考へてゐるから、どうして出＃
來るものかといふ事は深く考へないが、本といふ＃
ものはたやすく出來るものではない。＃
たくさんの本を讀んだ學問の深い人でも、筆をと＃
る前には十分に其の考を練らなければならぬ。さ＃
て書きはじめてからも、消したり加へたりして、我＃
我の讀む樣なものになるまでには、幾度書直すか＃
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も知れない。畫をかく人、圖を＃
ひく人、寫眞をうつす人の苦＃
心も亦一通りではない。＃
かうして出來上つたものを＃
活版所へ渡す。活版所では、活＃
字拾ひがそれを讀みながら、＃
活字を拾つて並べる。圖や畫＃
は別に堅い木に彫り、寫眞は＃
銅版に彫りつけて、相當の場所に入れる。さてかり＃
に印刷して、讀合せて見て、誤があれば、幾度でも其＃
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の活字を拔きかへて植直す。一字も誤がなくなつ＃
てから本刷にかゝるのである。＃
一色の印刷は一度刷ればよいが、色のたくさんま＃
じつた美しい繪畫や地圖のやうなものは、幾度も＃
幾度も印刷を重ねなければならぬ。又極上品なも＃
のになると、機械では刷らないで、手刷にする。＃
印刷が出來上つてから本にとぢるまでにも、まだ＃
中々手數がかゝる。印刷する紙は廣い大きな紙で、＃
幾ページ分も一度に刷れる。それを折つて、揃へて＃
とぢる。其の上に表紙をつけて、機械にかけて固く＃
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しめる。表紙には紙ばかりのもあり、紙の上を布で＃
包んだのもある。又りつぱなものになると、革をき＃
せたのもある。＃
是は活版刷の本の造り方であるが、この外に木版＃
刷の本もある。それは版下を堅い木にはりつけて、＃
其の上から彫つて版木を造り、一枚づつ手刷にす＃
るのである。＃
活版は印刷が終れば、其の活字を取離すことが出＃
來るから、同じ活字を何度でも組立てて使へる。木＃
版では一枚々々彫らなければならぬから、其の自＃
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由がきかぬ。又活字は何時でも直に植ゑることが＃
出來るが、木版では一枚づつ彫るから、手間が幾層＃
倍もかゝる。それ故近年は木版が段々すたれて、活＃
版を用ひることが多くなつた。　　＃
第七課　　張良ト韓信　　＃
張良、橋上ニテ白髪ノ一老人ニアフ。老人片足ノ靴＃
ヲ橋下ニ落シ、良ヲカヘリミテ、「拾ヒ來レ。」トイフ。良＃
無禮ナリトハ思ヘドモ、老人ノ言ナレバ、命ノマヽ＃
ニ拾ヒ取リテサヽグ。老人足ニテ之ヲ受ケ、笑ヒテ＃
去ル。驚キテ目送スレバ、ヤヽアリテ引返シ來リ、「汝＃
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ハ教フルニ足ル者ナリ、五日＃
目ノ朝此ノ處ニテ我ヲ待ツ＃
ベシ。」トイヒ捨テテ去レリ。＃
五日目ノ朝行キテ見レバ、老＃
人スデニ來リテ、良ヲ待テリ。＃
大イニ怒リテ、「長者ト約シテ＃
後ルヽハ禮ニ非ズ。今ヨリ後＃
五日目ノ朝再ビ來ルベシ。」ト＃
イフニ、良ヤムヲ得ズシテ歸レリ。＃
次ノ五日目ノ朝モ亦老人ニ先ダタレタリ。老人怒＃
＜Ｐ－０２４＞
リテ、五日目ノ朝ヲ約スルコト亦前ノ如シ。良此ノ＃
度コソハト、夜半ヨリ起キテ橋上ニ至レバ、シバラ＃
クアリテ、カノ老人來レリ。フトコロヨリ一卷ノ書＃
ヲ取出シテイフヤウ、「汝ヨク此ノ書ヲ學ババ、遂ニ＃
王者ノ師タラン。十餘年ノ後、我マタ汝ヲ見ルベシ。」＃
トテ、其ノ書ヲ與ヘテ去レリ。受ケテ見レバ、世ニモ＃
得難キ兵書ナリ。良大イニ喜ビテ、朝夕之ヲ讀ミ、遂＃
ニ兵法ヲ會得シタリ。＃
韓信大刀ヲオビテ市中ヲ行ク。無頼ノ少年等口々＃
ニ罵リテ止マズ。其ノ中ノ一人曰ク、「汝長大ニシテ、＃
＜Ｐ－０２５＞
劔ヲオブトイヘドモ、心甚ダ弱シ。＃
若シ勇氣アラバ我ヲ殺セ。殺ス能＃
ハズバ、我ガ胯［マタ］ノ下ヲクヾレ。」ト。韓＃
信シバシ其ノ面ヲウチマモリシ＃
ガ、ヤガテハラバヒテ胯ノ下ヲク＃
グル。見ル者アザケリ笑ハザルハ＃
ナシ。＃
後張良・韓信共ニ漢ノ高祖ニ仕ヘ、良ハ内ニ謀ヲ運＃
ラシ、信ハ外ニ兵ヲ用ヒテ、遂ニ高祖ヲシテ其ノ大＃
業ヲ成サシメタリ。良ヤ老人ノ無禮ヲトガメズ、信＃
＜Ｐ－０２６＞
ヤ少年ノ笑罵ニ怒ラズ、其ノ初メ小事ニシノビシ＃
ハ、後大功ヲ立ツルニ至リシ所以ナリ。　　＃
第八課　　入營する友におくる　　＃
拜啓、いよ〳〵來月一日より御入營、＃
軍務に服せられ候事、御一家を始め＃
一村の名譽に御座候。申すまでもな＃
く御入營の上は、品行方正、職務に忠＃
實にして、隊中の模範となられ度、私＃
も明年は是非とも御仲間入致し度＃
と今より相樂しみ居り候間、時々營＃
＜Ｐ－０２７＞
内の樣子御報知下されたく願上候。＃
當日參上御見送致すはずに候へど＃
も、手放し難き商用これあり候へば、＃
手紙を以て御祝ひ申上候。敬具。＃
十一月二十五日　　　　加藤善作　　＃
内山五百吉樣　　＃
第九課　　冬景色　　＃
黄に紅に林をかざつてゐた木の葉も、大方は散果＃
てて、見渡せば四方の山々のいたゞきは、はやまつ＃
白になつてゐる。山おろしの風は身にしみて寒い。」＃
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宮の森のこんもりと茂つた間から、古い銀［い］杏［てふ］の木＃
が一本、木枯に吹きさらされて、今は葉一枚も殘つ＃
てゐない。はうきを立てた樣に高く雲をはらはう＃
としてゐる。中程の枝の上に烏が二羽止つて、さつ＃
きから少しも動かない。廣い田の面は切株ばかり＃
で、人影の見えないのみか、かゝしの骨も殘つてゐ＃
ない。唯あぜの榛［はん］の木に雀がたくさん集つてゐて、＃
時々群になつては飛立つ。＃
畑には麥がもう一寸程にのびてゐる。それと隣り＃
合つて、ねぎや大根が青々とうねをかざつて、こゝ＃
＜Ｐ－０２９＞
ばかりは冬を知らないやうに活々とした色を見＃
せてゐる。畑に續いて、農家が一けんある。霜にやけ＃
て、赤くなつた杉垣の中には、寒菊が今を盛りと咲＃
いてゐる。物置の後には、大きなだい〳〵の木があ＃
つて、黄色い大きな實が枝もたわむ程なつてゐる。」＃
家の横に水のよくすんだ小川が流れてゐる。魚の＃
影は一つも見えない。二三羽のあひるが岸の霜柱＃
をふみくだきながら、しきりにゑをあさつてゐる。＃
犬を連れた男が銃を肩にして、森の蔭［かげ］から出て來＃
て、あぜ道傳ひにあちらの岡へ向つた。＃
＜Ｐ－０３０＞
ずどんと一發。何を撃つたのだらう。銀杏の木の烏＃
は急いで山の方へ逃げて行く。榛の木の雀は一度＃
にぱつと飛立つた。　　＃
第十課　　甘［カン］藷［シヨ］　　＃
甘藷ノ名ハ地方ニヨリテ異ナリ。關東ニテハ薩［サツ］摩［マ］＃
芋［イモ］トイヒ、薩摩ニテハ琉［リウ］球［キウ］芋トイヒ、琉球ニテハ唐＃
芋トイフ。名稱ノカク異ナルヲ以テモ、此ノ芋ノ次＃
第ニ西方ヨリ傳來セシコトヲ知ルベシ。原産地ハ＃
アメリカニシテ、アメリカヨリルソンニ傳ハリ、ル＃
ソンヨリ支［シ］那［ナ］ニ入リシガ、支那ヨリ琉球、琉球ヨリ＃
＜Ｐ－０３１＞
薩摩ニ傳ハリ、遂ニ全國ニヒロガリシナリ。＃
此ノ芋ノ始メテ琉球ニ傳ハリシハ今ヨリ三百年＃
以前ニシテ、内地ヘノ渡來ハ其ノ後百餘年ノコト＃
ナリ。然ルニ今日ノ如ク全國到ル處ニ作ラルヽニ＃
至リシハ、主トシテ井戸平［ヘイ］左［ザ］衛［ヱ］門［モン］ト青木昆［コン］陽［ヤウ］トノ＃
盡力ニヨル。二人ガ之ヲヒロメントセシハ、不作ノ＃
年餓［ウヱ］死［ジニ］スル人ノ多キヲアハレミ、之ヲ救ハントス＃
ル義心ヨリ起レリ。＃
平左衛門ハ石［イハ］見［ミ］ノ國ノ役人ニテ、百七十餘年程前＃
ノ人ナリ。日頃穀類ノ外ニ民ノ常食ニスベキモノ＃
＜Ｐ－０３２＞
ヲト心ガケシガ、或時旅僧ヨリ此ノ芋ノ話ヲ聞キ＃
テ、大イニ喜ビ、直チニ種芋ヲ薩摩ヨリ取寄セテ、之＃
ヲ試植セシニ、其ノ出來非常ニ良カリシヲ以テ、數＃
年ナラズシテ石見一國ニヒロガリ、是ヨリ後ハ五＃
穀不作ノ年ニモ、國中一人ノ餓死スルモノナキニ＃
至レリ。隣國ノ人モ聞傳ヘテ之ヲ植ヱ、遂ニハ中國＃
地方全體ニ及ブニ至レリトイフ。サレバ平左衛門＃
ノ死セシ時ハ、中國ノ人々、知ルモ知ラヌモ父母ニ＃
別ルヽ如ク悲シミタリトナリ。＃
昆陽ハ有名ナル學者ニテ、平左衛門ヨリハ少シ後＃
＜Ｐ－０３３＞
ノ人ナリ。當時ハ遠島ト稱シテ、罪人ヲ遠キ島ニ流＃
スコトアリシガ、是等ノ島ニハ作物ノ出來ザル荒＃
地多ケレバ、罪人ドモハ魚類・果實等ニテ命ヲツナ＃
グノミニテ、餓死スルモノ年々少カラザリキ。昆陽＃
ハ之ヲ救フニハ、此ノ芋ヲ植ウルニ如クハナシト＃
思ヒ、或年試ミニ之ヲ作リシニ、其ノ結果甚ダ良カ＃
リキ。ヨリテクハシク其ノ作方、貯藏ノ方法等ヲ記＃
シテ幕府ニ奉レリ。幕府ハ此ノ書物ニ種芋ヲ添ヘ＃
テ、島々ヲ始メ、内地ノ所々ヘ配布セシカバ、間モナ＃
ク全國ニ作ラルヽニ至レリ。＃
＜Ｐ－０３４＞
昆陽ハ七十二歳ニテ死セリ。東京ノ西南、目黒ナル＃
墓石ノ面ニ「甘藷先生墓」トアリ。　　＃
第十一課　　たしかな保證　　＃
外國の或商會で新聞紙に店員入用の廣告を出し＃
た。志望者は五十人ばかりも來たが、主人は其の中＃
で一人の青年をやとひ入れることにきめた。＃
或人が主人に向つて、知名の人の手紙を持つて來＃
た者も大勢あつたのに、どういふ御見込で、あの青＃
年を御用ひになつたのかとたづねた。＃
主人は答へて、＃
＜Ｐ－０３５＞
「あれが此の室にはいる前、先づ着物のほこりを＃
拂ひ、はいつてからは靜かに後の戸をしめた。き＃
れいずきで、つゝしみ深いことは、それでよく分＃
りました。談話最中一人の老人がはいつて來ま＃
したが、すぐに立つて、椅［い］子［す］をゆづりました。人に＃
親切なことは是でも知れると思ひました。あい＃
さつをしてもていねいで、少しも生意氣な風が＃
なく、何を聞いても、一々明白に答へて、しかもよ＃
けいなことはいひません。はき〳〵してゐて、禮＃
儀・作法をわきまへてゐることも、それですつか＃
＜Ｐ－０３６＞
り分りました。＃
私はわざと一卷の書物を床の上に投げておき＃
ました。外の者は少しも氣が附かないで、中には＃
それをふんだ者もありましたが、あの青年はは＃
いると直に書物を取上げて、テーブルの上に置＃
きました。それで注意深い男といふことを知り＃
ました。＃
人が大勢込合つてゐる中で、少しも人に先んじ＃
ようとはせず、靜かに自分の順番を待つてゐま＃
した。あれの温順なことをよく現して居ります。＃
＜Ｐ－０３７＞
又着物はそまつながら、さつぱりしたものを着＃
て、齒もよく磨いてゐました。又字を書くときに、＃
指先を見ると、爪は短く切つてゐました。外の者＃
は着物だけは美しかつたが、爪の先はみんなま＃
つ黒になつてゐました。＃
かういふやうな色々な美質をもつてゐること＃
をよく見定めました上、なほ平生の行をしらべ＃
て雇ふことに致しました。りつぱな人の手紙よ＃
りも、何よりも、本人の行がたしかな保證です。＃
といつた。　　＃
＜Ｐ－０３８＞
第十二課　　水師營の會見　　＃
旅順開城約成りて、　　＃
敵の將軍ステッセル　　＃
乃［の］木［ぎ］大將と會見の　　＃
處はいづ＊こ＊水師營。」　　＃
庭に一本棗［なつめ］の木、　　＃
彈丸あともいちじるく、　　＃
くづれ殘れる民屋＊に＊、　　＃
今ぞ相見る二將軍。」　　＃
乃木大將はおごそか＊に＊、　　＃
＜Ｐ－０３９＞
御めぐみ深き大君の　　＃
大みことのり傳ふれば、　　＃
かれかしこみて謝しまつる。」　　＃
昨日の敵は今日の友、　　＃
語ることばもうちとけて、　　＃
我はたゝへつ、かの防備。　　＃
かれは稱へつ、我が武勇。　　＃
＊か＊たち正していひ出でぬ、　　＃
『此の方面の戰鬪に　　＃
二子を失ひ給ひつる　　＃
＜Ｐ－０４０＞
閣下の心如何にぞ。』と。」　　＃
『二人の我が子それ〴〵に、　　＃
死所を得たるを喜べり。　　＃
これぞ武門の面目。』と、　　＃
大將答力あり。」　　＃
兩將晝［ひる］食［げ］共にして、　　＃
なほも盡きせぬ物語。　　＃
『我に愛する良馬あり。　　＃
今日の記念に獻ずべし。』」　　＃
『厚意謝するに餘りあり。　　＃
＜Ｐ－０４１＞
軍のおきてにした＊が＊ひて、　　＃
他日我が手に受領せば、　　＃
な＊が＊くいた＊は＊り養はん。』」　　＃
『さらば』と、握手ねんごろ＊に＊、　　＃
別れて行くや右左。　　＃
砲［つゝ］音絶えし砲臺に　　＃
ひらめき立てり、日の御旗。」　　＃
第十三課　　花筵［ムシロ］　　＃
藺［ヰ］ハ水草ナリ。葉ナクシテ唯莖アリ。莖ハ圓クシテ、＃
長サ五尺バカリ、短キハ二尺位ナルモアリ。我等ノ＃
＜Ｐ－０４２＞
家ニ敷ケル疊ノ表ハ、此ノ莖ヲアミテ造リタルモ＃
ノナリ。又此ノ莖ヲ染分ケテ、花鳥等ノ美シキ模樣＃
ヲ織出セル花筵ハ我ガ國輸出品ノ一ナリ。＃
花筵ヲ最モ多ク産スルハ岡山・廣島・福岡・大［オホ］分［イタ］等ノ＃
諸縣ニシテ、其ノ織方ヲ發明シタルハ岡山縣ノ磯［イソ］＃
崎［ザキ］眠［ミン］亀［キ］トイフ人ナリ。明治九年頃ヨリモツパラ花＃
筵ノ改良ニ志シ、先ヅ之ヲ織ル機械ノ製作ニ工夫＃
ヲコラセシガ、失＃
敗ノ上ニ失敗ヲ＃
重ネテ、一時ハ赤＃
＜Ｐ－０４３＞
貧洗フガ如キ有樣トナレリ。然レドモ少シモ其ノ＃
志ヲタワメズ、イヨ〳〵勇氣ヲフルヒテ考案ヲ續＃
ケ、明治十一年ニ至リ、ヤウヤク一種ノ機械ヲ發明＃
セリ。眠亀ハ此ノ機械ヲ用ヒテ、自ラ花筵數十種ヲ＃
織出シ、海外ニ輸出セント試ミシガ、此ノ時ハナホ＃
世人ノ注目スル所トナラズ、唯一商人アリテ、其ノ＃
中ノ數種ヲ買取リタルノミナリキ。＃
其ノ商人ハ試ミニ之ヲ英・米二國ヘ送リシニ、翌年＃
英國ヨリ註文アリシヲ始トシ、ドイツ・アメリカ等＃
ノ諸國ヨリモ續々註文ヲ受ケ、販路次第ニ開ケ、此＃
＜Ｐ－０４４＞
ノ業ヲ營ムモノモ亦追々ニ増加シ、遂ニ今日ノ盛＃
大ヲ見ルニ至レリ。近年ノ輸出高ハ年々五六百萬＃
圓ヲ下ラズトイフ。＃
眠亀ガ一身一家ヲ忘レテ、熱心ニ此ノ業ニ志シ、機＃
械ヲ發明シ、國産ヲ廣メシハ大イナル功勞トイフ＃
ベシ。　　＃
第十四課　　模樣と色　　＃
線には直線と曲線とあり。直線を適當の長さに切＃
り、一定の間合を置きて、或は縦に、或は横に、或はな＃
なめに並ぶる時は、美しき模樣を生ず。＃
＜Ｐ－０４５＞
第一圖は縦の線のみを用ひ、第二圖は横の＃
線のみを用ひ、第三圖は斜の線のみを用ひ＃
たるものにして、第四圖は縦・横兩樣の線を＃
用ひ、第五圖は横・斜兩樣の線を用ひ、第六圖＃
は縦・斜兩樣の線を用ひ、第七＃
圖は縦・横・斜三樣の線を併せ＃
用ひたるものなり。＃
曲線は直線よりもやはらか＃
なる感覺を與ふるを以て、曲＃
線を用ふれば、更に美しき模＃
＜Ｐ－０４６＞
樣を得べし。右の第八圖＃
の角を取れば、左の第九＃
圖を得、右の第十圖の八＃
角形の角を圓くすれば、＃
左の第十一圖を得。＃
見よ、曲線のみにて成れ＃
る第十二圖及び第十三＃
圖、直線・曲線を併せ用ひ＃
たる第十四圖・第十五圖＃
の模樣の如何に麗しき＃
＜Ｐ－０４７＞
かを。＃
模樣には全く無意味なるもあれども、草木・花鳥・蟲＃
魚等の形を變じて作れるもの多し。唐草模樣・波模＃
樣の如き是なり。次の圖は其の一二の例を示すも＃
のなり。＃
かくの如き模樣の工夫は無限に多し。若し此の模＃
樣に種々の色どりを加ふるときは、一層其の美し＃
＜Ｐ－０４８＞
さを増すべし。＃
色の原色は赤・青・黄にし＃
て、之を種々に配合すれ＃
ば、種々の色を生ず。例へ＃
ば赤に青を加ふれば、紫＃
となり、青に黄を加ふれ＃
ば、緑となるが如し。花の＃
名より取れる桃色・紅梅＃
色・藤色・櫻色、實の名より＃
取れる橙［だい〳〵］色・柿［かき］色・葡［ぶ］萄［だう］色・＃
＜Ｐ－０４９＞
小豆色、其の他鼠色・茶色・鳶［とび］色等、色の名稱も亦千種＃
萬樣なり。＃
繪畫・模樣等を色どりするには、色の調和を考へざ＃
るべからず。赤と緑とを並ぶれば、赤も緑もよく引＃
立ちて見ゆれども、赤と黒とを並ぶれば、赤の黒ず＃
みて見ゆるが如し。＃
欄［らん］間［ま］の彫物、唐［から］紙［かみ］の地紙をはじめ、着物の縞模樣、燒＃
物・塗物の繪模樣、其の他菓子類に至るまで、我等の＃
衣食住には模樣・色どりをほどこしたるもの多し。＃
種々の模樣を工夫し、又麗しき色どりを案ずるは、＃
＜Ｐ－０５０＞
工藝・美術においては極めて大切なる事とす。　　＃
第十五課　　齋［さい］藤［とう］實［さね］盛［もり］　　＃
「唯一人ふみ止つて戰ひ給ふは誰ぞ。名乘り給へ＃
や。かく申すは信［しな］濃［の］の國の住人、手［て］塚［づかの］太郎光［みつ］盛［もり］な＃
り。よき敵ぞ、組み給へ。」＃
「思ふ樣あれば、名乘るまじ。唯首を取つて、大將の＃
見參に入れよ。木［き］曾［そ］殿には見知り給はん。組めや＃
手塚。」＃
といふまゝに、はや弓を捨てて進み寄る。手塚の家＃
來は組ませじと中をへだつれば、敵は之をつかん＃
＜Ｐ－０５１＞
で、片手にひつさぐ。手塚は家來を討たせじと、敵に＃
組みつく。敵は一人、此方は二人。三人組合ひて馬よ＃
り落つ。敵は手塚の家來を押へ、刀を拔きて首をか＃
く。手塚其の間に敵の草ずりを上げ、こぶしも通れ＃
とさし通し、やがて打ちまたがつて首をかく。＃
手塚、首をたづさへて、大將義［よし］仲［なか］の前に行き、＃
「光盛、曲者の首取つて候。名乘れと申せば、『存ずる＃
由あり。木曾殿見知り給ふ。』といひて名乘らず。士＃
かと見れば、錦のひたゝれ着けたり。大將かと思＃
へば、續く者なし。京家・西國の者かとすれば、坂東＃
＜Ｐ－０５２＞
聲なり。若者かと思へば、面におびたゞしきしわ＃
たゝめり。老人かと見れば、髮つや〳〵と黒し。何＃
者にてか候ふらん。」＃
義仲之を聞きて、＃
「そは武［む］藏［さし］の齋藤別當にはあらずや。義仲の幼目＃
に見たりし時も、すでに白髮まじりの老人なり＃
き。今は七十にも餘れば、殊の外白髮には成りた＃
らんに、髮・ひげの黒きは如何に。樋［ひ］口［ぐち］は古き友な＃
り、見知りたらん。」＃
樋口は一目見て、＃
＜Ｐ－０５３＞
「あな、むざんや、實盛にて＃
候。」＃
木曾「如何に、髮・ひげの黒きは。」＃
樋口「されば思ひ出したる事＃
の候。實盛日頃申し候に、＃
『戰場に出でん時は髮を＃
染めんと思ふなり。平生＃
にても、若き人は白髮を＃
見て侮る心あり。まして＃
戰場にては、進まんとす＃
＜Ｐ－０５４＞
れば、大人げなしとあざけり、退く時には、今はか＃
なふまじとそしる。白髮頭にて若き人と先を爭＃
ふもはゞかりあり。悲しきは老の白髮なり。』とい＃
ひしにたがはず、墨を塗りて候。」＃
とて、之を洗ふに白髮の頭となれり。＃
義仲之を見て、＃
「我が父の討たれ給ひし時、義仲二歳なりしを、敵＃
は畠山に命じ、尋ね出して殺さんとせり。畠山は＃
『いかでかゝる幼き者に刀を立てん。』とて、ひそか＃
に我を此の齋藤別當のもとに預け、別當は七日＃
＜Ｐ－０５５＞
の間手もとに置きて、木曾へつかはしたり。され＃
ば實盛は義仲の爲には七箇日の養父。あやふき＃
敵の手より救ひくれたる厚恩、いかでか忘るべ＃
き。」＃
と、さめ〴〵と泣きたれば、一座皆よろひの袖をし＃
ぼらざるはなかりき。　　＃
第十六課　　兵營内の生活　　＃
拜啓、入營後はや二箇月に相成候。色＃
色取りまぎれ、つひ〳〵御無音に打＃
過ぎ候。兵營内の生活は規律正しく、＃
＜Ｐ－０５６＞
朝の起床より夜の消燈まで、一々喇［らつ］＃
叭［ぱ］の合圖により、又毎日朝夕兩度の＃
人員點呼も御座候。毎週土曜日の午＃
後には居室・兵器・寢具其の他一切所＃
持品の清潔檢査これあり候。兵器は＃
軍人のたましひに候へば、其の手入＃
は最も念入に致し候。＃
兵舍内にては歌をうたふ事、高聲に＃
て談話する事、所定以外の場所にて＃
煙草を吸ふ事等堅く禁ぜられ居り＃
＜Ｐ－０５７＞
候。多人數の共同生活に候へば、是は＃
もとより當然の事に候。＃
課業は術科と學科との二つにて、術＃
科は午前・午後を通じて、四時間より＃
六時間、學科は夜分又は雨天等を利＃
用して學習致し候。此の頃の術科は＃
分隊教練にて、學科は讀法の講義及＃
び毎日の術科に關する説明に御座＃
候。小生の如く平素勞働になれたる＃
者には、術科もつらきことはこれな＃
＜Ｐ－０５８＞
く、又學科も小學校を卒業したる者＃
には餘りむづかしとも覺え申さず＃
候。外出日は日曜日・祝日及び大祭日＃
にて、水曜日も其の日の課業を終へ＃
たる時より夕食前まで外出を許さ＃
れ候。＃
兵營内の酒保には日用品・飲食物等＃
を販賣致し居り候へば、外出せずと＃
も少しも不自由を感じ申さず、又日＃
曜日等には忠臣・義士に關する講談＃
＜Ｐ－０５９＞
等もこれあり、面白く有益に存候。中＃
隊長殿の何事にも注意の周密なる＃
は隊中一同感謝致し居り候。何か不＃
都合なる事ありて、罰に處せられた＃
る者は外出を禁ぜられ、又重き者は＃
營倉に入れられ候由承り申候。＃
入營當時は友人も少く、生活も一變＃
致し候事とて、多少不自由を感じ候＃
へども、昨今は友人も出來、營内の生＃
活にもなれ、日々樂しく暮し居り候。＃
＜Ｐ－０６０＞
先は近状御報知申上度かくの如く＃
に御座候。拜具。＃
歩兵第七十二聯隊第二中隊　　＃
一月二十五日　　　　内山五百吉　　＃
加藤善作樣　　＃
第十七課　　足尾銅山　　＃
我ガ國銅山ノ中ニテ最モ盛ニ銅ヲ産出スルハ足＃
尾・小坂・別子等ナリ。足尾銅山ハ日光山ノ西南ニア＃
リ、今ヨリ三百年前、此ノ地ノ人始メテ之ヲ發見セ＃
リトイフ。＃
＜Ｐ－０６１＞
此ノ銅山ハ發見ノ當初ヨリ産出高スコブル多ク、＃
江戸城及ビ日光東［トウ］照［セウ］宮等ノ造營ニ用ヒタル銅ハ、＃
大抵此ノ山ヨリ産出シタルモノナリトイフ。然レ＃
ドモ其ノ頃ハ掘取リテフキ分クル方法ナホ不十＃
分ナリシカバ、産出高ノ割合ニハ人手ヲ要スルコ＃
ト多カリシナリ。＃
明治二十年頃、新式ノ機械ヲ用ヒシ以來、大イニ人＃
力ヲ省クコトヲ得テ、産出高モ著シク増加シ、コヽ＃
ニ始メテ世界有數ノ大銅山トナレリ。＃
此ノ銅山ニハ數箇ノ大坑［カウ］道アリ。其ノ左右上下更＃
＜Ｐ－０６２＞
ニ無數ノ坑道アリ、又上下ニ通ズル大ナル竪［タテ］坑［カウ］ア＃
リ。カンテラノ光ヲ便リニ數千人ノ坑夫ガ銅鑛ヲ＃
掘取ルコト、晝夜止ム時ナシ。＃
發掘シタル銅鑛ハ、或ハ電氣ジカケノ機械ニテマ＃
キ上ゲ、或ハ坑内ニ敷キタルレールニヨリテ坑外＃
ニ運ビ出シ、之ヲ選鑛場ニ送ル。選鑛場ニハ種々ノ＃
機械アリ、此ノ機械ニカケテ、一々其ノ良否ヲ選リ＃
分ク。＃
カク選リ分ケタルモノハ之ヲ製煉場ニ送ル。製煉＃
場ニハ殊ニ大イナル爐［ロ］アリテ、銅鑛ヨリ銅ヲフキ＃
＜Ｐ－０６３＞
分クルナリ。＃
此ノアタリ、元ハ山間ノサビシキ村落ナリシガ、鑛＃
業ノ盛大ニオモムクト共ニ次第ニ發達シテ、今ヤ＃
足尾町ハ人口凡ソ三萬ヲ有スル一都會トナリ、學＃
校・病院・銀行等皆備ラザルナシ。銅山ノ盛ナルコト、＃
是ニテモオシハカラルベシ。　　＃
第十八課　　捕鯨船　　＃
昨夜の風雨は名殘なくをさまつて、そよ〳〵と吹＃
く風に、海面はさゞ波を立ててゐる。一隻の捕鯨船＃
が今靜かに波を切つて進んで行く。見張人がマス＃
＜Ｐ－０６４＞
トの上から北の方を指ざして聲高く呼んだ。＃
「ブロー、〳〵、〳〵。」＃
甲板に立つてゐた船長を始め、三十五人の若者は＃
ひとしく目を其の方向に向けた。はるかのあなた＃
に白い水煙が見える。＃
船長の落ちついた力のこもつた號令に、船ははや＃
方向を轉じて、北へ向つて走る。四五隻のボートは＃
母船を離れて、我先にと漕いで行く。漕拔けた一隻＃
は勇氣をふるつて、見る内に一頭の鯨に近寄り、急＃
處めがけて破裂矢をしかけた銛［もり］を打つ。小山の樣＃
＜Ｐ－０６５＞
な白波が高くくだけて、夕＃
立のやうに降散る。鯨の一＃
群は影も形も見えなくな＃
つた。＃
破裂矢は鯨の體内に深く＃
食込んで破裂した。ボート＃
は銛に附けた長いつなに＃
引かれて、或は右に或は左＃
に引廻される。今にも沈む＃
かと冷々する。＃
＜Ｐ－０６６＞
鯨は再び浮上つた。ボートはつなをたぐつて、又も＃
鯨に近寄り、今度は銃を以て破裂矢を打込む。鯨は＃
段々弱つて、泳ぐ力もなくなる。若者は長い劔を突＃
通し、幾度となく拔いては又突く。六七十尺の大鯨＃
も今は全く息絶えて、水面に横たはる。流れ出る血＃
に紅の波がたゞよふ。＃
他のボートを見れば、今新に鯨を追ふものもあり、＃
銛を打つて鯨に引廻されてゐるものもある。あち＃
らこちら入亂れて戰場のやうである。さきのボー＃
トは鯨を引きながら母船の方へ急ぐ。＃
＜Ｐ－０６７＞
捕鯨は實に勇壯なものである。捕鯨法には此の外＃
に汽船の備砲から銛を打つ方法もあり、又以前に＃
は鯨の通路に網を張つて銛を打つ方法などもあ＃
つた。＃
鯨は獸類中最も大きなもので、長さは十五間、即ち＃
九十尺にも及ぶものも珍しくはない。其の肉は食＃
用となり、あぶらは機械油になり、ひげは細工物に＃
使はれる。昔は大鯨一頭を捕へると、人口數百人の＃
一村、一箇月の生活費を支へ得ると言つたもので＃
ある。　　＃
＜Ｐ－０６８＞
第十九課　　勇ましき少女　　＃
英國東海岸の一島に燈臺あり。或夜にはかの嵐に＃
吹かれて、此の燈臺附近の岩の上に乘上げたる帆＃
前船あり。船體二つにくだけて、一半ははや大波に＃
さらはれたり。生殘れる水夫は破れたる船體にす＃
がり、さかまく波にもまれて聲を限りに救を呼べ＃
り。＃
燈臺番の娘にグレース、ダーリングとて心やさし＃
き少女あり。波風にまじりて聞ゆる悲鳴の聲に目＃
をさまし、眠れる父をゆり起して、幾度かいそべに＃
＜Ｐ－０６９＞
出でてながめしが、墨を流したる如き空模樣にて、＃
一寸先をも見分くること能はず、心ならずも夜明＃
を待ちたり。夜明けて見れば、岩の上に一隻の難破＃
船横たはれり。水夫等はなほほばしらに抱きつき＃
て、息も絶え〴〵に救を呼べり。＃
少女は之を見て、「あはれなり、父上。早く船を出して＃
救はん。早く〳〵。」とせき立つ。父は此の大波に何と＃
て行かるべきと思ひしが、娘のやさしき心にはげ＃
まされて、ボートを用意す。やがて二人は荒波に打＃
返さるゝ船の頭を立直し〳〵、死力を盡して漕進＃
＜Ｐ－０７０＞
む。岩に近づけば、波は益〻荒く、ボートは幾度となく＃
打ちもどされ打ちもどさるゝを、辛くして難破船＃
に漕着けたり。父は直ちに勞れ果てたる水夫を助＃
けて、ボートにうつす。此の間岩にも當てず、波にも＃
まかせず、岩と波との間にボートをあやつり居た＃
る少女の働は、人間業とは見えず。父はボートに引＃
返し、二人はまた有らん限りの勇氣をふるひて、遂＃
に岸べに漕着けたり。＃
水夫は盡く燈臺番の小屋に入れられたり。山なす＃
大波を物ともせず、男勝りの大力にてボートをあ＃
＜Ｐ－０７１＞
やつりしダーリングの手は、今ややさしきをとめ＃
の手にかへりて、半死半生の水夫を親切に看護せ＃
り。數日の後、水夫は此の少女の手に熱き感謝の涙＃
をそゝぎて、各我が家に歸りたりとぞ。＃
グレース、ダーリングの生家に程近き寺院の庭上＃
には、右手にかいを握れる少女の銅像あり、永く此＃
の勇ましく、やさしく、且は麗しき昔物語を語れり。　　＃
第二十課　　温泉　　＃
地球の内部には熱氣あり。其の熱氣に温りたる水＃
の自然に地上にわき出づるもの、即ち温泉なり。絶＃
＜Ｐ－０７２＞
えずわき出づるものと、時を定めてわき出づるも＃
のとあり。＃
温泉のわき出づる處はおほむね火山の附近に在＃
りて、四圍の風光麗しく、神氣自らさわやかなるを＃
覺ゆ。其の湯には大抵一種の臭氣あり、味あり、色あ＃
り。是種々の塩分をふくめるが故なり。温泉の諸種＃
の病を治するは、たゞに其のふくめる鑛物の効の＃
みならず、一つには又地を轉じて清新なる空氣を＃
吸ひ、美麗なる風光に接するが爲なるべし。＃
我が國は火山國にして、全國到る處に温泉あり。伊［い］＃
＜Ｐ－０７３＞
豆［づ］半島のみにても三十箇所を數ふ。温泉の多きこ＃
と實に世界第一なり。中にも最も世に知られたる＃
は、西に道後・有馬、東に箱根・熱［あた］海［み］・伊［い］香［か］保［ほ］等あり。＃
道後は四國の伊［い］豫［よ］にあり。湯のわき出づる口僅か＃
に一箇所にして、其の分量も少く、帝都をさること＃
遠けれども、古代より世に著れ、往昔天皇の行幸し＃
給ひしことも數回に及べり。＃
道後に次ぎて早く世に知られたるは有馬の温泉＃
にして、京都・大阪に近ければ、浴客多く集り、すこぶ＃
る繁榮せり。＃
＜Ｐ－０７４＞
箱根は温泉場の數も多く、廣大なる旅館も少から＃
ざれども、近く東京・横［よこ］濱［はま］をひかへたれば、盛夏の候＃
は何れの旅館も空室なきに至るを常とす。＃
熱海は伊豆の東岸にあり。前面は海に臨み、後は山＃
を負ひ、冬暖に夏凉し。湯のわき出づる處二十餘箇＃
所、大湯と稱するは一晝夜に數回噴出す。噴出する＃
時は湯氣立ちのぼりて、鳴動の音すさまじ。＃
伊香保も亦古くより知られたる温泉にして、榛［はる］名［な］＃
山のふもとにあり。湯元は一箇所にして、之を戸毎＃
の浴室に引けり。旅館は山により、谷に臨みて、山水＃
＜Ｐ－０７５＞
のながめをほしいまゝにするを得べし。此の地も＃
亦夏甚だ凉しくして、暑をさくるによろしければ、＃
夏時浴客あふるゝばかりなり。　　＃
第二十一課　　人ノ身體　　＃
身體ノ中部ハ胸ト腹トニシテ、其ノ上ニ頭ヲイタ＃
ダキ、左右ノ手ハ肩ヨリ分レ、二本ノ足ハ全身ヲ支＃
フ。全身ニ二百餘ノ骨アリ。骨ハ筋肉ニ包マレ、皮膚＃
更ニ其ノ上ヲオホフ。＃
胸ノ左右ニハ肺アリ。肺ハ鼻・口ヨリ吸入ルヽ空氣＃
ヲ以テ血ヲ清潔ニス。兩肺ノ間ニ心臟アリ。心臟ハ＃
＜Ｐ－０７６＞
肺臟ヨリ來ル新シキ血ヲ全身ニ送リ、又身體ノ各＃
部ヨリ歸リ來レル血ヲ集メテ、之ヲ肺臟ニ送ル。＃
腹ノ中ニハ胃ト腸トアリ。胃ハ口ヨリ入來レル食＃
物ヲコナシ、腸ハ胃ニテコナシ盡サザルモノヲコ＃
ナシテ、其ノ不用ナルモノヲ體外ニ出ス。此ノ外腹＃
ニハ種々ノ内臟アリ。＃
身體ノ最上部ナル頭ノ中ニハ腦アリ。腦ハ精神ノ＃
宿ル所ニシテ、全身ヲ支配ス。物事ヲ知分クルモ、善＃
惡ヲワキマフルモ、喜ブモ怒ルモ悲シムモ皆腦ノ＃
作用ナリ。＃
＜Ｐ－０７７＞
目・耳・鼻・口ハ何レモ腦ニ近キ位置ニ在リ。目ハ色・形＃
ヲ見、耳ハ音聲ヲ聞キ、鼻ハ香ヲカギ、口ハ味ヲ味ハ＃
ヒテ、各之ヲ腦ニ報告ス。腦ハ其ノ報告ニヨツテ判＃
別シ、手・足・口等ニ命令シテ活動セシム。取ルモ捨ツ＃
ルモ、行クモ止ルモ、食物ヲ食フモ、言語ヲ發スルモ、＃
皆腦ノ命令ニヨル。スベテ重要ナル機關アル部分＃
ハ、殊ニ強堅ナル骨ニテ包マレタリ。頭ノ骨ノ堅キ＃
ハ腦ヲ護ランガ爲ナリ。胸部ノヨロヒノ如キ骨ニ＃
テオホハレタルハ肺臟及ビ心臟ヲ保護センガ爲＃
ナリ。＃
＜Ｐ－０７８＞
強キ力ヲ要スル部分ニハ強キ筋肉アリ。又筋肉ハ＃
之ヲ用フルニシタガヒテ發達ス。撃劔家・水夫等ノ＃
手ノ太キ、郵便配達夫・車夫等ノ足ノ強キ、大工・カヂ＃
ヤ等ノタナゴコロノ堅キハ、ヨク之ヲ使用スルヲ＃
以テナリ。又力士ノ如キハ常ニ全身ニ力ヲ入ルヽ＃
ヲ以テ、何レノ部分モヨク發達セリ。＃
身體ノ構造ハ極メテ複雜ナルモノニテ、一小部分＃
ノ傷害モ直チニ全身ノ元氣ニ關スルモノナレバ、＃
常ニ身體ヲ大切ニシ、之ヲ強健ニセザルベカラズ。＃
西洋ノ古語ニ曰ク、「健全ナル精神ハ健全ナル身體＃
＜Ｐ－０７９＞
ニ宿ル。」ト。身體ノ健全ナルトキハ精神モ亦常ニ快＃
活ニシテ、何事ヲ爲シテモ良キ結果ヲ見ルナルベ＃
シ。　　＃
第二十二課　　あいぬの風俗　　＃
是は北海道に住するあいぬ人を畫がけるものに＃
て、左は男子、右は女子なり。あいぬの男子は髮とひ＃
げとを長くのばし、耳に金屬製の輪をはめ、こしに＃
小刀をさぐ。女子は耳に耳輪をはむること男子に＃
同じく、又口の周圍、手首・手の甲等には入墨をほど＃
こせり。然れども入墨をほどこすことは今は全く＃
＜Ｐ－０８０＞
禁ぜられたり。＃
あいぬの風俗はこれのみ＃
にても既に内地人と同じ＃
からず。其の衣服・食物・家屋＃
の有樣に至りても異なる＃
所多し。男子も女子も寒き＃
時は犬の皮などにて造れ＃
る羽織の如きものを用ひ、又あつし織の短きつゝ＃
袖を着、足にもあつし織のきやはんをはく。あつし＃
織とは、おひようといふ木の皮を細く裂きて織り＃
＜Ｐ－０８１＞
たる織物なり。＃
食物は粟［あは］・稗［ひえ］・うばゆりの根等を主とし、鹿の肉は珍＃
味として之を賞美す。＃
其の家はほつたて小屋の如く、床もなく、天井もな＃
し。唯かづらなどにて、かやを結びて壁に代へ、又か＃
やを並べて屋根となせり。屋内には中央にゐろり＃
を造り、一家之を圍みて談笑す。＃
あいぬは時々子熊を捕へ來り、一年の間養ひたる＃
後、之を殺して盛大なる儀式を行ふことあり。あい＃
ぬの熊祭とて有名なり。殺したる熊の頭は垣にか＃
＜Ｐ－０８２＞
けて、永く之を保存するを以て、垣の上には多くの＃
頭骨、風雨にさらされて殘れり。＃
あいぬの言語は日本語とは全く異なり。彼等は元＃
は讀み書きも知らず、算數の考もとぼしかりしが、＃
今は内地人と同じく、讀み書き・計算をもなし得る＃
ものあるに至り、中には小學校教員となれるもの＃
もあり。＃
あいぬの數、古は甚だ多かりしが、近年次第に減少＃
して、今は僅かに二萬人に足らず。されば北海道舊＃
土人保護法と稱する法律ありて、農業を營まんと＃
＜Ｐ－０８３＞
するものには土地を與へ、農具・種子等を給し、又政＃
府の費用を以て學校を建つる等、厚く保護の方法＃
を講ぜり。　　＃
第二十三課　　家畜　　＃
犬と猫は最も多く家に飼はれる獸である。犬は夜＃
を守らせる爲、又はかりに使ふ爲に飼ひ、猫は鼠を＃
捕らせる爲に飼ふのである。是等も家畜の中に數＃
へられるが、家畜としてもつと大切なものは牛・馬・＃
羊・豚等である。＃
田を耕させたり、荷車を引かせたり、重い物を負は＃
＜Ｐ－０８４＞
せて遠くへ運ばせたり、農家では牛を色々の勞働＃
に使役する。其の上牛肉と牛乳は飲食物としても＃
大切である。維新前までは牛肉を食ふ人は至つて＃
少かつたが、今では全國食はぬ處がなくなつた。東＃
京市だけでも、一年にほふる牛は數千頭にも上る＃
といふことである。其の皮は革［なめしがは］に製して、かばんや＃
靴などを造り、其の骨や角は色々の細工物に使ふ。＃
又皮・骨・ひづめなどからはにかはが出來、血や腸は＃
肥料になる。何から何まで役に立つて、不用な部分＃
といふものは一つもない。＃
＜Ｐ－０８５＞
馬も牛と同樣に勞働にも使はれ、食用にもなる。死＃
んだ後で、身體の全部にすたりのないことも牛と＃
同じである。其の上戰爭には必ず無くてはならぬ＃
もので、兵器・糧食を運送し、將卒と共に戰場をかけ＃
めぐつて、勇士に軍功を立てさせるものは馬であ＃
る。＃
すべて家畜はよく勞らなければならぬが、とかく＃
に之をいぢめる風がある。西洋の馬がおとなしく＃
て、日本の馬のおとなしくないのは、育て方・使ひ方＃
にあることで、日本では餘りいぢめた爲に、おのづ＃
＜Ｐ－０８６＞
から荒々しくなつたのである。又馬が人をけたり、＃
牛が人を突いたりするのも、人に恐れるからであ＃
る。氣を附けなければならぬ。＃
豚はもつぱら食用の爲に飼ふ。豚はどんな物でも＃
食ふから、飼ふのにたやすい。しかも其の成長が極＃
めて早い。豚肉はあぶらに富んでゐて、養分の多い＃
ことは牛肉におとらぬ。内地では昔から餘り多く＃
は飼はなかつたが、琉［りゆう］球［きう］ではたくさん飼つて居つ＃
た。隣國の支［し］那［な］人は最も多く豚肉を食ふ國民であ＃
る。＃
＜Ｐ－０８７＞
羊や山［や］羊［ぎ］は毛が必要である。長く＃
のびると、刈取つて毛織物の材料＃
にする。羊の肉も亦食用となり、山＃
羊の乳は牛乳のやうに飲料にな＃
る。殊に其の乳の成分は人の乳に＃
似てゐるから、子供に適する。＃
廣く家畜といへば、鳥類までも入＃
れて言ふ。鳥類の中で家畜として＃
最も多く農家に飼はれるのは鷄＃
で、鷄卵や鷄肉の養分の多いこと＃
＜Ｐ－０８８＞
は知らぬ人はない。其の外あひるや七面鳥なども＃
家に飼はれる鳥である。　　＃
第二十四課　　松の下露　　＃
笠［かさ］置［ぎ］の山の行在所、　　＃
寄する雲霞の敵兵に、　　＃
行方も知らず落ち給ふ。　　＃
君の御供に仕へしは　　＃
藤［ふぢ］房［ふさ］・季［すゑ］房［ふさ］唯二人。　　＃
夜晝三日供御もなく、　　＃
歩みつか＊れ＊て松かげに　　＃
＜Ｐ－０８９＞
いこはせ給ふかしこさよ。　　＃
君は御袖に降りかゝる露拂はせて、　　＃
さして行く笠置の山を出でしより、　　＃
天が下にはかくれがも＊な＊し。　　＃
御歌かしこみ、藤房は聲くもらせて、　　＃
いかにせん、頼むかげとて立寄れば、　　＃
尚袖ぬらす松の下露。　　＃
御返歌申し、泣きゐたる　　＃
やみの天地をまた元の　　＃
御代に返すは誰が任ぞ。　　＃
＜Ｐ－０９０＞
金［こん］剛［がう］山［せん］下に忠士あり。　　＃
第二十五課　　講話會の案内文　　＃
拜啓、來る八日午後一時半より當村＃
小學校に於て、農商務省の技師田島＃
農學士の耕地整理に關する講話こ＃
れあり候。同學士は御承知の通り、多＃
年府縣の技師をも務め、學理にも通＃
じ、實地にも明かなる人に候へば、其＃
の講話は定めて有益なる事と存候。＃
御村も當村と同じく水利の良き割＃
＜Ｐ－０９１＞
合には田地少く、整理の必要これあ＃
り候樣存ぜられ候間、御差支これな＃
く候はば、有志の方々御さそひ合せ＃
の上、御來會相成候ては如何。御道筋＃
の事故御立寄下され候はば、小生も＃
御同行致すべく候。なほ縣廳よりは＃
小杉事務官も御臨席のはずに御座＃
候。草々。＃
三月三日　　　　藤村孝藏　　＃
中林作之助樣　　＃
＜Ｐ－０９２＞
返事　　＃
御手紙拜見仕候。來る八日講話會こ＃
れあり候由にて御誘ひ下され有り＃
難く存候。仰の如く本村にも耕地整＃
理の必要これあり、折々會合の節は＃
其の話も出で、何れ熟考の上實行せ＃
んと申合せ居り候事とて、此の際其＃
の道の専門家の講話を承るは、大い＃
に參考に相成るべしと存候。當日は＃
本村の重なる人々も精々誘ひ合せ、＃
＜Ｐ－０９３＞
是非參會致すべく候。取りあへず御＃
返事まで。謹言。＃
三月六日　　　　中林作之助　　＃
藤村孝藏樣　　＃
尚々久しく拜借致し居り候農業一＃
夕話、まことに面白く通讀致し候。明＃
後日御面會の節返上致すべく候。　　＃
第二十六課　　大［ヤマ］和［ト］巡リ　（一）　　＃
京都ヨリ汽車ニテ奈［ナ］良［ラ］ニ入ルニハ奈良線ニヨル＃
ベク、大阪ヨリ奈良ニ至ルニハ關西線ニヨルベシ。」＃
＜Ｐ－０９４＞
奈良市街ハ奈良停車場ノ東ニアリ。停車場ヲ出デ＃
テ、左ニ開［カイ］化［クワ］天皇ノ陵ヲ拜シ、猿［サル］澤［サハ］ノ池ニ至ル。興福＃
寺ノ五重塔高ク其ノ北ニ＃
ソビユ。此ノ寺ハ藤原氏ノ＃
氏寺ニシテ藤原不［フ］比［ヒ］等［ト］ノ＃
建立セシトコロ、昔ハ境内＃
方四町、堂塔雜舍ノ數百七＃
十五アリ、規模極メテ大ナ＃
リシガ、今ハ往時ノ三ノ一＃
ニモ足ラズ。縣廳・裁判所・師＃
＜Ｐ－０９５＞
範學校・高等女學校等ノ敷地ハ皆昔ノ興福寺ノ境＃
内ニ在リ。師範學校門内ノ八重櫻一株、　　＃
古の奈良の都の八重櫻、　　＃
今日九重ににほひぬるかな。　　＃
ト、伊［イ］勢［セ］大［タイ］輔［フ］ノヨミシ其ノ奈良櫻ノ名殘ヲトヾメ＃
タリ。＃
帝室博物館ヲ觀覽シテ、老樹路ヲサシハサミテ晝＃
尚小暗キ間ヲ行ケバ、官幣大社春［カス］日［ガ］神社ニ到ル。大＃
小ノ燈篭［ロウ］左右ニ多ク、其ノ數二千ニ近シ。毎年節分＃
ノ夜盡ク之ニ點火ストイフ。神鹿ノ三々五々友ヲ＃
＜Ｐ－０９６＞
呼ビ、人ニ近ヅキ來リテ食ヲ求ムルモ愛ラシ。＃
三笠山ハ此ノ神社ノ後方ニアリ。昔安［ア］倍［ベノ］仲［ナカ］麻［マ］呂［ロ］ガ＃
唐土ニアリテ、都ニアリシ時此ノ山ニ出ヅル月ヲ＃
眺メタルコトヲ思ヒ出デテ、　　＃
天の原ふりさけ見れば、春日なる　　＃
三笠の山に出でし月かも。　　＃
トヨメルコト人ノヨク知ル所ナリ。＃
春日神社ヨリ西北ニ向ヒテ東大寺ニ到ル。東大寺＃
ハ聖［シヤウ］武［ム］天皇ノ建立ニシテ、タヾニ大佛ノ大キサノ＃
驚クベキノミナラズ、大佛殿ノ高サ十五丈、東西長＃
＜Ｐ－０９７＞
サ二十九丈、眞ニ世界第一ノ木造建築物トス。東大＃
寺ノ境内ニ正倉院アリ。帝室ノ御有ニシテ、多ク古＃
代ノ寶器ヲ藏ス。我ガ國ノ古美術ハコヽニ其ノ粹＃
ヲ集メタリトイフベシ。＃
奈良ノ市街ノ西ハ昔ノ都ノ跡ニシテ、今ハオホム＃
ネ田畠トナレリ。コヽヨリ眺ムレバ、東ニ春日・三笠・＃
若草等ノ山々相連リ、其ノフモトニ大佛殿・興福寺＃
高クソビエ、西ニハ西大寺・藥師寺等ノ堂塔アリ。人＃
ヲシテソヾロニ佛教ノ盛ナリシ奈良時代ヲオモ＃
ハシム。＃
＜Ｐ－０９８＞
奈良見物ヲ終ヘテ法［ホフ］隆［リユウ］寺ニ向フ。此ノ寺ハ聖［シヤウ］徳［トク］太＃
子ガ用明天皇ノ御爲ニ建立シタルモノニシテ、千＃
二百餘年ヲ經タル古堂ノ中ニハ當時ノ佛像今尚＃
存ス。法隆寺ノ附近ニハ廣瀬神社・龍［タツ］田［タ］神社アリ。紅＃
葉ニ名高キ龍田川モ程遠カラズ。　　＃
第二十七課　　大和巡リ　（二）　　＃
奈良ヨリ汽車ニ乘リテ南ヘ進メバ、一時間バカリ＃
ニシテ三輪町ニ達ス。三輪山ハ老樹繁茂シテ、翠緑＃
シタヽルガ如シ。コヽニ官幣大社大［オホ］神［ミワ］神社アリ。三＃
輪町ヨリ東南ヘ向ヒ、初瀬川ニソヒテ爪先上リニ＃
＜Ｐ－０９９＞
行ケバ、初瀬町ニ至ル。初瀬＃
山ノ中腹ニ長［ハ］谷［セ］ノ觀音ア＃
リ、仁［ニ］王［ワウ］門ヲ入レバ百間ニ＃
餘ル長廊［ラウ］アリ。紀［キノ］貫［ツラ］之［ユキ］ガ　　＃
人はいさ心も知らず、　　＃
故里は　　＃
花ぞ昔の香ににほひける。　　＃
トヨミタリトイフ梅ノ木ハ此ノ廊ノカタハラニ＃
アリ。廊下ノ兩ガハニハ幾百株トナク牡［ボ］丹［タン］ヲ植込＃
ミタリ。長廊盡キテ本堂アリ。結構頗ル大ニ、眺望甚＃
＜Ｐ－１００＞
ダ美ナリ。＃
三輪町ノ南ニ櫻井町アリ。其ノ附近ノ地ハ往昔ノ＃
磐［イハ］余［レ］ノ地ニシテ、神［ジン］功［グウ］皇后以後、シバ〳〵皇居ヲ定＃
メ給ヒシトコロ。櫻井町ヲ南ヘ去レバ談山神社ノ＃
一ノ鳥居アリ。コレヨリ谷川ニソヒテ、坂路ヲ上ル＃
コト一里餘ニシテ、多［タ］武［フノ］峯［ミネ］ナル談山神社ニ達ス。社＃
殿壯麗ニシテ、關西日光ノ稱アリ。社殿ノ後ノ山ニ＃
ハ鎌［カマ］足［タリ］ノ墓アリ。昔ノ人ノ　　＃
來て見ればこゝも櫻の峯つゞき、　　＃
吉野初瀬の花の中宿。　　＃
＜Ｐ－１０１＞
ト歌ヒシハコヽナリ。＃
多武峯ヲ西ヘ下レバ岡寺アリ。岡寺ハ西國三十三＃
番第七ノ札處ナリ。コヽニ程近キ飛［アス］鳥［カ］ノ安［アン］居［ゴ］院ハ＃
古ノ飛鳥寺ノ跡ニシテ、中［ナカノ］大［オホ］兄［エノ］皇子ガ蹴［ケ］鞠［マリ］ノ遊ヲ＃
ナシ給ヒ、鎌足ガ靴ヲサヽゲテ皇子ニ近ヅキ奉リ＃
シハ、即チ此ノ寺ナリ。今ハサヽヤカナル堂中ニ古＃
キ丈六ノ佛ノミ殘レリ。＃
コヽヨリ西北ヘ進メバ、畝［ウネ］傍［ビ］・橿［カシ］原［ハラ］ノ地ニ出ヅ。畝傍＃
山・香具山・耳無山ノ三山、イヅレモ麗シキ山ニシテ、＃
鍋ノ足ノ如ク向ヒ合ヒテ立テリ。畝傍山ノ東北ニ＃
＜Ｐ－１０２＞
ハ神［ジン］武［ム］天皇ノ御陵アリ。又＃
近ク綏［スヰ］靖［ゼイ］天皇ノ御陵アリ。＃
其ノ他古陵墓甚ダ多シ。又＃
畝傍山ノ東南ニ橿原神宮＃
アリ。コヽニマウヅルモノ、＃
誰カハ其ノカミヲオモヒ＃
出デテ、皇室ノ御威徳ヲ仰＃
ガザラン。＃
大和國ハ久シキ間皇都ノアリシ地ニシテ、昔ナガ＃
ラノ山河、一木・一草盡ク上古ヲ談ゼザルナシ。名所・＃
＜Ｐ－１０３＞
舊蹟ヲアマネク尋ネンニハ、幾月ノ巡遊モ尚足ラ＃
ザル感アルベシ。　　＃
尋常小學讀本卷十終　　＃
