＜出典＞２６１　　　国定読本　２期６－１
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目録　　＃
第一課　　吉野山………一　　第十五課　　招待状………六十一　＃
第二課　　蜜［みつ］蜂［ばち］………五　　第十六課　　料理………六十四　＃
第三課　　分業………九　　第十七課　　時間………六十七　＃
第四課　　兒［こ］島［じま］高［たか］徳［のり］………十三　　第十八課　　畫工の苦心………七十一　＃
第五課　　瀬戸内海………十七　　第十九課　　瀑［ばく］布［ふ］………七十五　＃
第六課　　我は海の子………二十一　　第二十課　　鵜［う］飼［かひ］………七十八　＃
第七課　　車と船………二十四　　第二十一課　　紡績………八十三　＃
第八課　　我ガ海軍………二十九　　第二十二課　　蟲の農工業………八十七　＃
第九課　　臺灣より樺［から］太［ふと］へ………三十五　　第二十三課　　物の價………九十　＃
第十課　　熊王丸………四十四　　第二十四課　　樺［から］太［ふと］より臺灣へ………九十五　＃
第十一課　　アラビヤ馬………四十六　　第二十五課　　諸［シヨ］葛［カツ］孔［コウ］明［メイ］………百二　＃
第十二課　　笑………五十一　　第二十六課　　朝［てう］鮮［せん］の風俗………百六　＃
第十三課　　少年鼓［こ］手［しゆ］………五十四　　第二十七課　　平和なる村………百十一　＃
第十四課　　出征兵士………五十八　　第二十八課　　同胞すべて六千萬………百十五　＃
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尋常小學讀本卷十一　　＃
第一課　　吉野山　　＃
吉野山霞の奥は知らねども、　　＃
見ゆる限りは櫻なりけ＊り＊。　　＃
全山花の雲に包まれたる吉野山の光景まのあたり見＃
るが如し。＃
六田の渡を渡りて上り行く坂路の左右すでに櫻多し。＃
行く〳〵吉野宮に參拜し、村上義［よし］光［てる］の墓をとぶらふ。眺＃
望いよ〳〵開けて、滿目總べて花なり。　　＃
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＊これは＊〳〵とば＊かり＊花＊の＊吉野山。　　＃
といひし古人の句我をあざむかず。こゝを口の千本と＃
いふ。＃
吉野の町に入れば藏［ざ］王［わう］堂あり。堂前四本の櫻ある處は＃
大塔宮の吉野を落ちさせ給＃
ふ時、別離の宴を張りて舞を＃
まはしめ給ひし所なりと傳＃
ふ。藏王堂の東なる吉水神社＃
は後［ご］醍［だい］醐［ご］天皇の行宮の跡な＃
り。當時の御製に、　　＃
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花＊に＊ねてよしや吉野のよし水＊の＊　　＃
まくらのもと＊に＊石走る音。　　＃
吉水神社を出づれば、谷をへだてて向ふの山腹に如［によ］意［い］＃
輪［りん］寺あり。正平の昔、楠［くす］木［のき］正［まさ］行［つら］が決死の士百四十三名の＃
名字を壁に書連ね、　　＃
＊か＊へらじと＊か＊ねて思へばあづさ弓　　＃
なき數にいる名をぞとゞむる。　　＃
といふ一首の和歌を書殘せるは此の所なり。＃
寺の上の小高き所に後醍醐天皇の陵あり。天皇のこゝ＃
に行幸ありしより三年、北方の天を望みて崩御ありし＃
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御心事を察し奉れば、涙わき出でて禁じ難し。陵に至る＃
路のあたり櫻樹多し。之を中の千本といふ。＃
本道を更に南へ進めば、庭園を以て名高き竹林院あり。＃
尚進めば、水［みく］分［まり］神社・金［きん］峰［ぷ］神社等あり。此の附近にも亦櫻＃
樹多し。之を奥の千本といふ。＃
吉野山は口・中・奥の千本の外、到る處櫻樹あらざるなし。＃
花は麓［ふもと］より咲初めて次第に山上に及び、麓の花、中の花＃
の盛り過ぎて、奥の花の盛りとなるまでは、ほとんど一＃
月にわたるといふ。＃
吉野には古く離宮あり、應［おう］神［じん］天皇の頃より奈［な］良［ら］朝の頃＃
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には度々行幸ありしが、山城へ遷都ありし後は其の事＃
絶えたり。其の後吉野の朝の皇居となりしは人の能く＃
知る所なり。古人の句に、　　＃
歌書よりも軍書にかなし吉野山。　　＃
第二課　　蜜［みつ］蜂［ばち］　　＃
蜜蜂は群を爲して共同の生活を營み、一群の總數數萬＃
に及ぶものあり。群中には必ず雌蜂・雄蜂・働蜂の三種あ＃
り。雌蜂は女王ともいひ、唯一匹にして、雄蜂は二三百匹、＃
餘は皆働蜂なり。＃
終日勞働して、一群の生計を維持するものは働蜂なり。＃
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働蜂の若きものは内に居て幼蟲＃
を育て、又は其の居室を營み、力強＃
く壯なるものは外に出でて花の＃
蜜を吸來る。百花滿開の候には、外＃
役の蜂は朝より夕に至るまで、營＃
營として寸時も休まず。秋・冬の花＃
少き季節に入りても、食物に不足することなきは、一に＃
其の勞役の結果なり。＃
働蜂中には蜂の集め來る蜜を檢査する檢査掛あり。又＃
之を受取りて貯ふる貯蓄掛あり。怠りて持歸らざるも＃
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のあれば、檢査掛は内に入るを許さず、強ひて入らんと＃
すれば立ちどころにさし殺す。雄蜂は唯働蜂の集め來＃
りたる物を食して生活するものにして、何等の勞働を＃
もなさざるを以て、秋の初には皆働蜂にさし殺さる。＃
女王の任務は卵を産むにあり。氣候の暖なる間絶えず＃
之を産出するを以て、一群の數は次第に増加す。其の數＃
餘りに多くなる時は、女王は新しく生れたる雌蜂に其＃
の位をゆづり、臣下をひきゐて分離す。此の時箱・樽［たる］等を＃
適當なる所に置けば、分離したる一群は直ちに其の中＃
に入る。故に飼養者の注意によりては、次第に其の群の＃
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數を増加することを得べし。＃
同群中の蜂は極めて親密に生活すれども、他群の蜂は＃
甚だしく之を敵視し、他群の蜂、我が群中に入り來れば、＃
直ちに之をさし殺す。されば氣候不順にして、花のとぼ＃
しき時は蜂合戰の起ること珍しからず。働蜂の武器は＃
體の後方にある鋭利なる針にして、攻撃にも防禦にも＃
常に之を用ふ。＃
蜜蜂の群集生活を營むを得るは、共同團結して勞働を＃
いとはず、有力なる武器を備へて敵軍にあたり、團體の＃
爲には身命ををしまざるによる。　　＃
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第三課　　分業　　＃
一箱ノマツチヲ造ル手數モナカ〳〵複雜ナモノデ、ソ＃
レヲ大勢ノ人ガ手分シテスルノデアル。材木ヲ機械ニ＃
カケテ軸［ヂク］木ヲコシラヘル者、軸木ヲ火ニ乾カス者、乾イ＃
タ軸木ノ先ヘ藥品ヲ附ケル者、ソレヲ温室デ乾カス者、＃
揃ヘテ箱ニ入レル者、十二箱ヅツ集メテ紙ニ包ム者、皆＃
ソレ〴〵ニチガフ。此ノ樣ニ大勢ノ人ガ手分ヲシテ、別＃
別ノ仕事ヲスルコトヲ分業トイフ。＃
同ジ人數デ同ジ時間ニ物ヲ製造スルノニ、全體ノ人ガ＃
同ジ仕事ヲスルヨリモ、分業デスル方ガ品物ノ出來バ＃
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エガ良クテ、製造高モハルカニ多イ。手數ノカヽツタマ＃
ツチノ價ノ安イノモ、分業法ニ依ツテ製造スルカラデ＃
アル。若シ一人ノ手デ製造スルナラバ、一包三錢ヤ三錢＃
五厘ニ賣ツテハ、トテモ引合フモノデナイ。＃
人ハ其ノ身體・才能ナドニヨツテ、仕事ニ適不適ガアル。＃
分業法ニ依ルト、人々ガ其ノ最モ適シタ仕事ヲスルコ＃
トニナル。又毎日同ジ仕事ヲクリカヘスカラ、誰モ早ク＃
其ノ仕事ニ熟練スル。隨ツテ良イ品物ガ出來テ、製造高＃
モ多クナル。＃
分業法ニ依ラズ、一人デ種々ノ仕事ヲスルコトニナル＃
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ト、仕事ノ移リ變ル度毎ニ、居ル場所ヲ變ヘ、又器具ヲ取＃
換ヘナケレバナラナイノデ、ムダニ時間ヲ費スコトガ＃
多イ。分業法ニ依ツテ、一人デ一種ノ仕事ニバカリカヽ＃
ルコトニナルト、ソンナ手數ガ省ケテ、徒ニ時間ヲ費ス＃
コトガナイ。＃
又分業ニ依ツテ一ツノ仕事ニバカリ掛ツテ居ルト、自＃
然ソレニ精神ヲコラスコトニナルカラ、其ノ仕事ニ適＃
スル器具ノ改良ヤ發明ヲスルコトモアル。＃
此ノ樣ニ分業ハ大キナ利益ノアルモノデアルガ、コヽ＃
ニ注意シナケレバナラナイノハ共同一致トイフコト＃
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デアル。分業デスル仕事ハ皆全體ノ一部分デアルカラ、＃
ソレ〴〵ノ仕事ヲスルモノニ、共同一致ノ考ガナケレ＃
バ、分業ノ目的ハ達セラレナイ。例ヘバ時計ヲ造ルノニ、＃
其ノ各部分ヲ造ル人々ガメイ〳〵勝手ナ形ヲ造ツタ＃
ナラ、ソレヲ完全ナ時計ニ組立テルコトハ出來ナイ。セ＃
ツカク苦勞シテモ、其ノ仕事ハ何ニモナラナイ。＃
文明ノ進歩スルニ隨ヒ、分業ハ益〻發達シテ、今日デハド＃
ンナ品物ヲ製造スルニモ、分業法ニ依ラナイコトハホ＃
トンドナイ。又國家全體カライヘバ、農夫ノ田畑ヲ耕シ、＃
大工ノ家屋ヲ作リ、商人ノ物品ヲ賣買シ、官公吏ノ事務＃
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ヲ取扱ヒ、教師ノ生徒ヲ教育スル等ハ皆分業ニ外ナラ＃
ヌノデアル。　　＃
第四課　　兒［こ］島［じま］高［たか］徳［のり］　　＃
元［げん］弘［こう］二年三月、北［ほう］條［でう］高時、後［ご］醍［だい］醐［ご］天皇を隱［お］岐［き］へ流し奉る。＃
臣下として一天萬乘の君を遠國へ遷し奉ること無道＃
の極みなり。武家の運命も今に盡きなんと、罵りいきど＃
ほる聲ちまたに滿つ。御供仕うまつれる警固の武士も＃
よろひの袖をしぼらざるはなかりき。＃
此の頃備前の國に兒島高徳といふ武士あり、主上尚笠［かさ］＃
置［ぎ］におはしませし時、早くも義兵を擧げしが、事の未だ＃
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成らざるに先だち、笠置も落ちたる由風聞ありしかば、＃
其のまゝにて止みたり。然るに今、主上隱岐に遷され給＃
ふと聞き、一族共を集めていへるやう、「『志士・仁人は生を＃
求めて仁を害することなし。身を殺して仁を成すこと＃
あり。』とかや。義を見てせざるは勇無きなり。いでや臨幸＃
の路次に參り會ひ、君をうばひ奉りて義軍を起し、たと＃
ひかばねを戰場にさらすとも、名を子孫に傳ふべし。」と＃
いへば、心ある者どもいづれも此の議に同ず。さらばと＃
て備前と播［はり］磨［ま］との境なる舟坂山にかくれ、今か〳〵と＃
待ち奉れり。＃
＜Ｐ－０１５＞
臨幸餘りにおそかりしかば、人をしてうかゞはしむる＃
に、警固の武士、播磨の今［いま］宿［じゆく］といふ所より山陰道へかゝ＃
りて遷幸をなし奉るといふ。さらば美［みま］作［さか］の杉坂に待ち＃
奉らんとて、道も無き山の雲をしのぎて杉坂に着きた＃
りしに、主上はや院［ゐんの］庄［しやう］に入らせ給ひぬと申す。衆皆力を＃
失ひて散り〴〵に成れり。＃
高徳せめても此の所存を上聞に達せばやとて、行在所＃
の御庭にしのび入り、大いなる櫻の木の幹をけづりて、＃
大文字に詩の句を書きつけたり。　　＃
天、勾［こう］踐［せん］を空しうするなかれ。　　＃
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時、范［はん］蠡［れい］無きにしもあらず。　　＃
翌朝警固の武士ども之を見つけて、何事を如何なる者＃
の書きたるかと、讀みかねて上聞に達したり。主上は詩＃
の心を御さとりありて、天顔殊に麗しく笑ませ給ひぬ。＃
されど武士どもは其の意味を知らざりしかば、思ひと＃
がむることもなかりき。＃
是は昔、支［し］那［な］に呉・越といふ二國ありてたがひに爭ひし＃
が、呉の勢盛になりて、會［くわい］稽［けい］山の戰に越の軍を打破りた＃
り。此のうらみ忘れ難く、越王勾踐つぶさに辛苦をなめ＃
て報復を圖り、范蠡といふ無二の忠臣の助を得て、遂に＃
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呉を滅して會稽の恥を雪ぐことを得たり。此の故事を＃
引きて、やがて忠臣の起りて勤王の兵を擧げ、必ず御心＃
を安んじ奉るべきことを聞え上げたるなり。　　＃
第五課　　瀬戸内海　　＃
本土の西、近く九州と相接せんとする所、下關海峽あり。＃
四國の西には佐［さ］田［だの］岬［みさき］長く突出で、九州にせまりて豐［ほう］豫［よ］＃
海峽をなす。淡［あは］路［ぢ］島の北方、本土と相望む所、明［あか］石［し］海峽と＃
なり、四國に近き所、鳴［なる］門［と］海峽となる。此の四海峽に包ま＃
れたる細長き内海を瀬戸内海といふ。＃
瀬戸内海には、到る處に岬あり、灣あり、大小無數の島々＃
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は各所に散在す。船の其の間を＃
行くとき、島かと見れば岬なり。＃
岬かと見れば島なり。一島未だ＃
去らざるに、一島更に現れ、水路＃
きはまるが如くにして、また忽＃
ち開く。かくして島轉じ、海廻り＃
て、其の盡くる所を知らず。＃
春は島山霞に包まれて眠るが＃
如く、夏は山海皆緑にして目覺＃
むるばかりあざやかなり。秋の＃
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山は紅葉の錦を織り、冬の木は＃
白雪の綿を重ぬ。兩岸及び島々、＃
見渡す限り田園よく開けて、毛［まう］＃
氈［せん］を敷けるが如く、白壁の民家＃
其の間に點在す。＃
海の靜かなることは鏡の如く、＃
朝日・夕日を負ひて、島がくれ行＃
く白帆の影ものどかなり。月影＃
の小波にくだけ、漁火の波間に＃
出沒する夜景も亦一段のおも＃
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むきあり。＃
瀬戸内海の沿岸には高松・多［た］度［ど］津［つ］・高［たか］濱［はま］・尾［をの］道［みち］・宇［う］品［じな］等の港＃
多く、汽船絶えず通航して、遠く近く黒烟の青空にたな＃
びくを見る。＃
内海の沿岸及び島々には名勝の地少からず。嚴［いつく］島［しま］は古＃
より日本三景の一に數へられて殊に名高く、屋島・壇［だんの］浦［うら］＃
は源平の昔語に人の感興を動かすこと甚だ切なり。我＃
が國に遊べる西洋人は此の瀬戸内海の風景を賞して、＃
世界海上の一大公園なりといへり。　　＃
第六課　　我は海の子　　＃
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（一）　　＃
我は海の子、白浪＊の＊　　＃
さわぐいそべの松原に、　　＃
煙＊た＊なびくとまやこそ、　　＃
我＊が＊＊な＊つかしき住家＊な＊れ。　　＃
（二）　　＃
生れてしほに浴して、　　＃
浪を子守の歌と聞き、　　＃
千里寄せくる海の氣を　　＃
吸ひてわらべと＊な＊りにけり。　　＃
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（三）　　＃
高く鼻つくいその香に、　　＃
不斷の花のかをりあり。　　＃
＊な＊ぎさの松に吹く風を　　＃
いみじき樂と我は聞く。　　＃
（四）　　＃
丈餘のろかい操りて、　　＃
行手定めぬ浪まくら、　　＃
百尋・千尋海の底、　　＃
遊び＊な＊れ＊た＊る庭廣し。　　＃
＜Ｐ－０２３＞
（五）　　＃
幾年こゝにき＊た＊へ＊た＊る　　＃
鐵より堅き＊かひな＊あり。　　＃
吹く塩風に黒みたる　　＃
はだは赤銅さながらに。　　＃
（六）　　＃
浪にたゞよふ氷山も、　　＃
來らば來れ、恐れんや。　　＃
海まき上ぐるたつまきも、　　＃
起らば起れ、驚かじ。　　＃
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（七）　　＃
いで、大船を乘出して、　　＃
我は拾はん、海の富。　　＃
いで、軍艦に乘組みて、　　＃
我は護らん、海の國。　　＃
第七課　　車と船　　＃
交通・運輸の便を與ふるもの、陸に車、水に船、其の種類も＃
多く、其の形状も樣々なり。上古の舟車と今日の汽車・汽＃
船とをくらべんには、誰か人智の進歩の大なるに驚か＃
ざらん。＃
＜Ｐ－０２５＞
二物相待つに非ざれば用を爲し難きを「車の兩輪の如＃
し。」といへども、四國の猫車、臺灣の捒［さく］車［ちや］の如きは唯一輪＃
なり。自轉車の兩輪が前後に並べるも＃
亦樣變れり。我が國に最も普通なるは＃
荷車・人力車等にして、荷車には人の引＃
くあり、牛馬に引かしむるあり。＃
昔都大路をねり行きたりし絲毛の車＃
は如何に優美なりけん。今は兩陛下も＃
馬車に召し給へば、古風の牛車は博物＃
館に行かずば見るべからず。都會の地＃
＜Ｐ－０２６＞
には電車・自動車等も次＃
第に多く行はれて、ひと＃
へに速力を競ふ世とは＃
なれり。＃
小歌交りに老船頭のさ＃
をさし行く乘合舟ののどけさよ。筋＃
骨たくましき若者が艪［ろ］を揃へて漕＃
ぎ出す漁船の勇ましさよ。荷足・高瀬・＃
茶船・屋根船等其の目的により、大小・＃
構造千差萬別あり。和船の大なるは＃
＜Ｐ－０２７＞
五百石積・千石積等ありて、近海を航行すれども、檣［ほばしら］はお＃
ほむね一本なり。西洋形の帆前船には二本・三本の檣あ＃
るもあり。帆の運用自在なれば、風の方向に關らず、十分＃
に風力を利用することを得。＃
スチブンソンの造りし機關車は、＃
今日の完備せる機關車にくらぶ＃
べくもあらず。フルトンの始めて＃
造りし汽船は、今の小さき川蒸氣＃
程の大きさなりしならん。其の後＃
百年間の發達は蒸氣機關の上に＃
＜Ｐ－０２８＞
多大なる改良を加へたるを以て、今や列車の速度は一＃
時間七十五哩以上に及ぶものあり。四萬噸前後の大汽＃
船をも製造するに至れり。かくの如くにして、汽車・汽船＃
の進歩は世界諸國をして日に益〻接近せしむ。＃
思へば今より六十年以前には、我が國に一哩の鐵道も、＃
一隻の汽船もなかりしなり。今や全國鐵道の延長六千＃
哩を越え、又支［し］那［な］沿岸はおろか、印度・南洋より亞［あ］米［め］利［り］加［か］・＃
歐［よー］羅［ろっ］巴［ぱ］の航路をも開くに至れり。國運發展の速なるこ＃
と實に驚くにたへたり。＃
軍事上に用ふる車には、砲車・材料車・輜［し］重［ちよう］車等種々あり。＃
＜Ｐ－０２９＞
重砲車の如きは十頭の馬をして引かしむ。大小幾多の＃
軍艦は海上の浮城とも稱すべく、遠く四方に航行して、＃
到る處に國光をかゞやかせり。＃
近年は空中飛行器の發明諸國に起れり。空中の交通開＃
始せられ、又其の軍事上に應用せらるゝも決して座上＃
の空談にあらざらんとす。人智の進歩は際限なしとい＃
ふべし。　　＃
第八課　　我ガ海軍　　＃
諸子ハ數多アル我ガ軍艦ノ名ヲ知レルナルベシ。國名＃
ヲ以テ名ヅケラレタルモノニハ、安［ア］藝［キ］・薩［サツ］摩［マ］・石［イハ］見［ミ］・肥前・相［サガ］＃
＜Ｐ－０３０＞
模［ミ］・周［ス］防［ハウ］・丹後等アリ。山ノ名ヲ附シタルモノニ三笠・富士・＃
筑［ツク］波［バ］・生［イ］駒［コマ］・鞍［クラ］馬［マ］・伊［イ］吹［ブキ］・淺間等、川ノ名ヲ附シタルモノニ隅［スミ］＃
田［ダ］・利［ト］根［ネ］・最［モ］上［ガミ］・淀［ヨド］等アリ。又嚴［イツク］島［シマ］・橋立・須［ス］磨［マ］・明［アカ］石［シ］・宇［ウ］治［ヂ］・龍［タツ］田［タ］等＃
ハ名勝ノ地ヲ以テ名ヅケタルモノニシテ、鹿［カ］島［シマ］・香取ハ＃
何レモ上古ノ武神ヲマツレル神宮ノ名ナリ。＃
驅［ク］逐［チク］艦ノ名コソ更ニ優美ナレ。風ノ名ヲ負ヘルモノニ＃
神風・春風・朝風・疾［ハヤ］風［テ］・松風・追風・野［ノ］分［ワキ］等アリ。雨ニハ春雨・時＃
雨・夕立・村雨、雪ニハ初雪・白雪・吹雪、其ノ外白雲・白露・初霜・＃
朝霜等アリ。季節ノ名ニハ初春・如［キサ］月［ラギ］・彌［ヤ］生［ヨヒ］・卯［ウ］月［ヅキ］・水［ミ］無［ナ］月［ヅキ］・長＃
月・菊月等アリ。雲霧ヲ利用シ、雨雪ヲ物トモセズ、風ノ如＃
＜Ｐ－０３１＞
ク急進スル勇壯ナル有樣モオモヒ見ルベク、又優ニヤ＃
サシキ武人ノ風流モシノバル。＃
水雷艇［テイ］ニハ千鳥・眞［マナ］鶴［ヅル］・雲［ヒ］雀［バリ］・鵲［カサヽギ］・雁［カリガネ］・鴻［オホトリ］・雉［キジ］・鴎［カモメ］・鶉［ウヅラ］・鷺［サギ］等ノ如ク鳥＃
ノ名ヲ用ヒタリ。其ノ敏速ナル行動ハ鳥ノ空中ヲ飛行＃
スル如クナレバナルベシ。又第何號艇トノミイフモノ＃
モ多シ。＃
諸子ハ戰艦・巡洋艦・海防艦・砲艦・通報艦・驅逐艦・水雷艇・潜［セン］＃
水艇等ノ任務ヲ知レリヤ。戰艦ハ軍艦中最モ優勢ナル＃
モノニシテ、其ノ名ノ如ク堂々敵ト決戰スルヲ目的ト＃
ス。故ニ何レモ大ナル大砲ヲ備ヘ、又艦ノ要部ハ極メテ＃
＜Ｐ－０３２＞
厚キ鋼［カウ］鐵ニテ包メリ。安＃
藝・薩摩・鹿島・香取等是ナ＃
リ。＃
巡洋艦ハ軍艦中最モ任＃
務ノ多キモノニシテ、戰＃
艦ト共ニ敵ニ當リ、或ハ＃
敵ノ港灣及ビ軍艦ノ情＃
勢ヲサグリ、或ハ我ガ運＃
送船・商船ヲ保護シ、或ハ＃
敵ノ運送船・商船又ハ之＃
＜Ｐ－０３３＞
ヲ保護スル軍艦ヲ撃沈・捕獲ス。其ノ大ナルモノハ戰艦＃
ニ次グノ勢力ヲ有シ、時ニ戰艦ト合同シテ敵ノ主力ト＃
戰フコトアリ。其ノ艦體ニ大小ノ差アレドモ、何レモ多＃
量ノ石炭ヲ積ミ、大ナル速度ニテ長時間航海スルコト＃
ヲ得。筑波・生駒・出［イヅ］雲［モ］・千歳ナドハ之ニ屬ス。＃
海防艦ハ專ラ自國ノ沿岸ヲ護ルコトヲ目的トス。壹［イ］岐［キ］・＃
鎭［チン］遠［ヱン］・見島等是ナリ。＃
砲艦ハ或ハ敵ノ沿岸ニ近寄リ、或ハ河江ヲサカノボリ、＃
敵ノ陣地ヲ攻撃スルモノナリ。サレバ艦體輕ク、小サク、＃
船脚ハ淺シ。宇治・隅田等是ナリ。＃
＜Ｐ－０３４＞
通報艦ハ主トシテ艦隊ノ命令・報告等ヲ傳達シ、或ハ敵＃
ノ軍艦又ハ沿海ノ情勢ヲサグリテ、我ガ艦隊ニ報告ス。＃
故ニ艦體甚ダ輕ク、速度亦大ナリ。最上・淀・千早・龍田等ハ＃
之ニ屬ス。＃
驅逐艦ハ艦體最モ輕ク、速度最モ大ニシテ、敵艦ニ近ヅ＃
キ、魚形水雷ヲ放チテ之ヲ撃沈シ、又敵ノ水雷艇ヲ驅逐・＃
撃破スルヲ目的トス。＃
水雷艇ハ形體甚ダ小ナレドモ、速度驅逐艦ニ次ギ、敵艦＃
ニ近ヅキ、魚形水雷ヲ放チテ、之ヲ撃沈スルヲ任務トス。」＃
潜水艇ハ水中ヲ潜航シ、水雷ヲ放チテ、敵艦ヲ撃沈スル＃
＜Ｐ－０３５＞
ヲ目的トス。以上ノ外、尚水雷母艦・工作船・給炭船等ノ如＃
キ特別任務ヲ有スルモノアリ。＃
四面皆海ナル我ガ帝國ハ、國家防禦ノ上ヨリイフモ、商＃
業保護ノ上ヨリイフモ、常ニ強大ナル海軍ヲ有セザル＃
ベカラズ。　　＃
第九課　　臺灣より樺［から］太［ふと］へ　　＃
一別以來御變りもこれ無く候や。當地に＃
てはとくに苗の植付も終り、南部にては＃
はや稻の花盛りの由に御座候。御地は今＃
尚冬の季節と存候。當總督府の經營も着＃
＜Ｐ－０３６＞
着其の効を見るに至り候事、かねて御承＃
知の通りに候處、いよ〳〵實地見聞致候＃
へば、聞きしにまさる進歩に驚入候。當臺＃
北市街の如きは、近年市區を改正し、街路＃
井然、總督官邸［てい］をはじめ建築物の壯大な＃
る、内地にても見る能はざる程に御座候。＃
北方の臺灣神社＊に＊參拜すれば、そゞろに＃
當年を追懷するの情にたへず候。今や西＃
部縦貫鐵道も全部開通致候事とて、交通＃
の利便いよ〳〵開け、産業の發達は益〻多＃
＜Ｐ－０３７＞
望に相成候。先月は官命により南部地方＃
へ出張致候。南部の打［たか］狗［お］港と淡［たん］水［すゐ］・基［きい］隆［るん］・安［あん］＃
平［ぴん］の三港とは本島の四開港場にこれあ＃
り、其の外支［し］那［な］形船に限りて許されたる＃
數多の開港場もこれあり候。基隆港の大＃
規模の築港も遠からず落成致すべく、打＃
狗の築港も唯今盛に工事中に御座候。＃
本島産物の重なるものは、御承知の樟［しやう］腦［なう］・＃
米・茶・砂糖等にて、樟腦は世界産額の八分＃
の五を占むる由に御座候。茶は主として＃
＜Ｐ－０３８＞
北部に産し候。其の外金・材木・塩等も年々＃
其の産額を増加する模樣に御座候。米田＃
は全平地の二分の一を占め居候。耕作に＃
水牛を使用する樣も珍しく、又平田に廣［くわん］＃
東［とん］婦人が隊を成して草取を爲す有樣は＃
殊に興味を覺え申候。＃
中部の山林には樟［くす］・松・杉・桧［ひのき］・樫［かし］・椎［しひ］等の繁茂＃
著しく、南部には榕［よう］樹［じゆ］も見受け申候。其の＃
氣根の地に入りて、數幹・數十幹入亂れて＃
一大樹を成したるは見事に御座候。竹に＃
＜Ｐ－０３９＞
も直徑一尺以上のも＃
のこれあり、是にて竹［てつ］＃
筏［ぱい］といふ臺灣特有の＃
船を造り候。又竹を原＃
料として竹紙を製造＃
致居候。臺南は南部の＃
大都會にて、附近に名＃
所・舊蹟の多き所に御座候。南部地方には＃
製糖業盛に行はれ居候。阿［あ］里［り］山の桧材は＃
世界無比の良材と稱せらるゝものにて、＃
＜Ｐ－０４０＞
中には直徑二十尺餘、一樹にて千五百尺＃
〆の材積を得るものもこれあり候由、山＃
林の富のみにても無盡藏と申すべく候。」＃
全島の住民は約三百餘萬と申候。其の中＃
内地人は八萬餘、蕃［ばん］人［じん］は此の外にて約十＃
一萬と申す事に候。教育の事業も段々進＃
歩し、蕃人も追々皇恩に浴する樣に相成＃
候事、國家の爲眞に大賀の至に御座候。當＃
總督府にて出版相成候臺灣寫眞帖［でふ］一部＃
郵便にて差出候間、御覽下され度候。草々。＃
＜Ｐ－０４１＞
五月二十日　　　　徳太郎　　＃
仁吉樣　　＃
第十課　熊王丸　　＃
吉野の朝の頃、赤松光［みつ］範［のり］、楠［くす］木［のき］正［まさ］儀［のり］と攝［せつ］津［つ］の住吉に戰ひ＃
て、散々に撃破られたり。此の時討死せる宇［う］野［の］六郎の一＃
子に熊王といふ者あり、一日光範に向ひて、＃
「正儀は主君の敵にて、我が爲にも父の仇なり。如何に＃
もして討取り申すべし。是より御いとま賜はり、河［かは］内［ち］＃
に行きて正儀に仕へん。いまだ幼ければ、敵も心をゆ＃
るすべく、たとひ用心きびしくとも、長き間には必ず＃
＜Ｐ－０４２＞
討取るべき折に出會ふべし。」＃
と涙を流していふ。光範＃
「幼き身を唯一人敵國へやらんも心許なし。また我に＃
代りて討死したる六郎の形見とも思ふものを。」＃
とて固く止めしが、＃
「年長じては敵も近づけ申すまじ。幼き時に參りてこ＃
そ。」＃
と、しきりに望めば、力及ばず、＃
「さらば是にて本意を遂げよ。」＃
とて、常に身を離さざりし名刀を與へて行かしめたり。」＃
＜Ｐ－０４３＞
熊王直ちに河内に行きて、赤坂城のほとりにたゝずむ。＃
正儀の臣兵［ひやう］庫［ごの］介［すけ］忠［ただ］元［もと］あやしみて、「何者ぞ。」と問へば、＃
「赤松光範の臣宇野六郎の子なり。住吉の戰に父の討＃
死したる後、一族の者領地をうばひて、我を追出した＃
り。光範と心を併せての事とて、如何ともし難ければ、＃
佛門に入りて父の後をとぶらはんとて、かく諸國を＃
巡り歩くなり。」＃
と答ふ。忠元あはれみて、己が家に連歸り、樣々に勞りて、＃
かくと正儀に告ぐるに、正儀は情深き武士なれば、呼出＃
して召使ひたり。＃
＜Ｐ－０４４＞
月日は流るゝ水の如く、熊王十五歳になりぬ。正儀は河＃
内にて領地を與へんとしたれども、熊王は「何の戰功も＃
なければ。」とて受けざりき。＃
あくる年は六郎の七回忌なり。いよ〳〵忌日になりて、＃
熊王今夜こそ正儀を討ためと、ひとり心に思ひ定めた＃
るに、正儀はかくとも知らず、「今日は吉日なり、元服せよ。」＃
とて、もとゞりを上げて、和田小次郎正［まさ］寛［ひろ］と名乘らせ、天＃
皇より賜はりし具足一領を取出して與ふ。熊王恩に感＃
じて、涙せきあへず。夜に入りて、討つべきは今なりと、心＃
を取直せども、年頃の恩愛、殊には今日の元服の事等思＃
＜Ｐ－０４５＞
ひ續けては、如何でか討たるべき。幾度か思ひ直して討＃
たんとすれども、少しも疑ふ心なき正儀の樣を見ては、＃
刀のつかに手をかくべきやうもなし。思はず大聲をあ＃
げて泣號びぬ。＃
正儀驚きて、「如何にしたるぞ。」と問へば、熊王年來包みた＃
る心の中を打明けて、「今は自ら死ぬるより外なし。」とて、＃
刀を取直して腹かき切らんとす。居合せたる人々涙に＃
くれながら、「何とて命を捨つるに及ぶべき。」と、取つてお＃
さへて動かせず。熊王今はせん方なく、其の刀にてもと＃
どりを切放ち、さて往生院に入りて僧となり、正儀より＃
＜Ｐ－０４６＞
賜はりたる名の正寛を其のまゝに正［しやう］寛［くわん］法師と名乘れ＃
り。かくて光範の與へたる刀には事の由を書添へて送＃
り返し、心の變ることもあるべきかとて、其の後は一度＃
も院の門外へは出でざりきとぞ。　　＃
第十一課　　アラビヤ馬　　＃
アラビヤは世界に名高い良馬の産地である。アラビヤ＃
馬の長途の騎行にたへることは實に驚くべき程で、四＃
五日間うち通し、毎日三十里位をかけるのは珍しくな＃
い。飲まず食はずに終日・終夜走つても尚平然として居＃
るといふことである。＃
＜Ｐ－０４７＞
こゝにアラビヤ馬の達者なことを證明する面白い話＃
がある。昔トルコの或大將がアラビヤ人から一頭の名＃
馬を三千圓で買ふ約束をした。さていよ〳〵馬を受取＃
る段になつて、大將は今少しまけぬかといふ。馬主はも＃
う一文も引けぬといふ。段々口論の末、大將は怒つて三＃
千圓の金を地に投げつけた。＃
馬主はしばらく大將の顔を見つめてゐたが、靜かに其＃
の金を拾ひ上げ、馬の耳に口を寄せて、何事か話してゐ＃
るかと思ふと、ひらりと飛乘つて一散にかけ出した。＃
「それ、馬主が逃げた。」といふので、大將の部下の二三人は＃
＜Ｐ－０４８＞
直ちに自分の馬にまたがつて、其の跡を追つかけた。ア＃
ラビヤ人は後をふりかへり〳〵、絶えず追手と或間＃
隔を保ちながら進んで行く。追手が接近すれば速力を＃
速め、後れゝば脚のきざみを短くする。遂に暮方になつ＃
た。アラビヤ人はこゝに始めて馬に全速力を出させて、＃
雲を霞と逃げのびた。間もなく日は暮れて、夜のとばり＃
は全く馬主の行方をかくした。＃
追手のトルコ人は如何ともすべき方法が無い。空しく＃
歸つて、「騎者・騎馬・黄金、三つとも失つてしまひました。」と＃
報告する外はない。三日目の夕方一同半死半生の體に＃
＜Ｐ－０４９＞
なつて歸つて來た。一方にはアラビヤ人の不實を罵り＃
ながら、一方には「あれ程の名馬はいくら金を拂つても＃
惜しくはない。」と、口々にほめた。＃
四日目の朝、大將は何心なく外を眺めてゐると、前の馬＃
主が再び馬をひいて來て、＃
「閣下、三千金が惜しう御座いますか。此の馬が欲しう＃
御座いますか。」＃
といつた。＃
アラビヤに良馬の多く産するのは、風土が馬の飼養に＃
適してゐるばかりではない。數千年の久しい間、土人の＃
＜Ｐ－０５０＞
絶えてたゆまない丹誠の結果で＃
ある。古來アラビヤ人は馬を家族＃
の一員と考へて、家長は之を自分＃
の子供と同じ樣にかはいがる。馬＃
もよく飼主になれて、其の家族一＃
同と親しんでゐる。或人のアラビ＃
ヤ旅行日記の一節に次の樣なこ＃
とが書いてある。＃
「馬が子供と遊んでゐるのを見たことがある。やうや＃
く立歩くことのできる三つ四つの子供が、馬の尾を＃
＜Ｐ－０５１＞
引き、脚をなでて、戲れてゐると、馬はさもうれしさう＃
に、口でおもちやをさゝげて、其の子供をあやしてゐ＃
た。此の一事でアラビヤに名馬の産する所以が分つ＃
た。」　　＃
第十二課　　笑　　＃
「笑フ門ニハ福來ル。」トイヘリ。＃
親子・夫婦・兄弟・姉妹ヨク和合スレバ、互ニ相助ケテ各其＃
ノ家業ヲ樂シムヲ以テ、家運自ラ開ケテ一家ノ内笑フ＃
コト多シ。故ニ笑フベシ、一家擧ツテ笑フベシ。笑ハント＃
欲セバ、一家ノ和合ヲ計ルベシ。一家和合セザル時ハ家＃
＜Ｐ－０５２＞
道次第ニオトロヘテ、笑聲ノ戸ヨリモルヽ事ナカルベ＃
シ。＃
身體健全ナル人ハ、精神モ亦快活ニシテ、耳目ニフルヽ＃
モノ皆樂シ。心樂シケレバ自ラ笑フ。故ニ笑フベシ、常ニ＃
笑フベシ。笑ハント欲セバ、衞生ニ注意シ、身體ヲ健全ニ＃
スベシ。天性快活ナル人モ、身體ノ健全ヲ害スレバ、意氣＃
モ亦オトロヘテ笑フコト少シ。＃
公明正大ニシテ、心中一點ノ曇ナキモノハヨク笑フ。内＃
ニ省ミテ、ヤマシキコトアレバ、勉メテ面ニ笑フトモ、心＃
中ノ苦ヲ如何ニセン。ヨク笑ハント欲スルモノハ、常ニ＃
＜Ｐ－０５３＞
其ノ行ヲツヽシミ、上、天ニ恥ヂズ、下、地ニ恥ヂズ、外、人ニ＃
恥ヂズ、内、己ニ恥ヂザル工夫ヲナスベシ。＃
笑ハ心身ノ良藥ナレドモ、時ト場合トニヨリテ笑フベ＃
カラザルコトアリ。己ヒトリ樂シトテ、他人ノ悲ヲ思ハ＃
ズシテ笑フハ同情ノ無キ人ナリ。謹嚴ナルベキ場合ニ＃
笑フハ、禮ヲ知ラザル人ナリ。儀式・公會等ノ席ニテ談笑＃
ヲツヽシムハ我等文明國民ノ美風ナリ。＃
他人ノ惡事・短所ヲアザケリ笑フハ、己ノ品位ヲ下ス所＃
以ナリ。イハンヤ我ニ優レル人ヲネタミ、其ノ聲譽ヲ傷＃
ツケントシテ笑フ者ニ於テヲヤ。他人ノ歡心ヲ買ハン＃
＜Ｐ－０５４＞
トシテヘツラヒ笑フハ、其ノ心事最モイヤシムベシ。花＃
客ニ接シテ愛敬ヲ盡スハ商人ノ美徳ナレドモ、ミダリ＃
ニ聲色ヲ作リテヘツラヒ笑ヒ、中心却ツテ親切ノ念ナ＃
キモノハ、ムシロ不愛敬ナリトモ、信實ノ心アルモノニ＃
如カズ。　　＃
第十三課　　少年鼓［こ］手［しゆ］　　＃
ナポレオンがアルプ山を越えて、イタリヤへ攻入つた＃
時は冬の半で、山も谷も雪にうづめられて、吹く風は身＃
を切るやうに寒かつた。＃
隊中にピエールといふ年の頃十三四ばかりの少年鼓＃
＜Ｐ－０５５＞
手があつた。眞先に立つて、太鼓を打ちながら、かひ〴〵＃
しく進んで行く。ふと山のいたゞきの方にすさまじい＃
物音が聞え始めたと思ふと、百雷の一時に落ちかゝる＃
樣なひゞきと共に、山のやうな雪なだれがなだれて來＃
て、むざんや、かの勇ましい少年鼓手は忽ち谷底へはき＃
落された。＃
「ピエールよ、少年鼓手よ。」と聲を揃へて呼んだが、何の答＃
もない。靜かな山の中に流れる水の音が遠く聞えるば＃
かり。しばらくすると、谷底の方に太鼓の音がかすかに＃
聞える。耳をそばだてて聞けば、進軍の調である。ピエー＃
＜Ｐ－０５６＞
ルが打ついつもの太鼓に違ない。さては生きてゐるの＃
か。あの勇ましい少年を殺してはならぬ。どうかして助＃
ける工夫はあるまいかと、兵士等は皆氣をもんでゐる。」＃
深さは幾百丈とも知れない谷底、谷へ下りる細道も雪＃
や氷にとざされて、どこか全く知れない。打鳴らす太鼓＃
の音は段々に低くかすかになる。おくれゝばピエール＃
はこゞえて死ぬであらう。兵士等は氣をあせるのみで、＃
何の工夫もつかぬ。＃
此の時「自分が行かう。」とさけぶ人を誰かと見れば、將軍＃
マクドナールである。マクドナールは此の隊の司令官＃
＜Ｐ－０５７＞
で、突貫將軍といふあだ名をもつた勇將である。兵士等＃
は驚いた。將軍は上衣をぬぎすてて、はや谷へ下りよう＃
とする。兵士等はあわてて異口同音に、「將軍の命は我々＃
千萬人の命よりも貴い。ピエールは我々にお任せ下さ＃
い。」といつて引止める。將軍はどうしてもきかぬ。＃
「兵士は皆我が子＃
も同樣である。我＃
が子の死ぬのを＃
見て父が命を惜＃
しむ理由はない。＃
＜Ｐ－０５８＞
大砲のつなをくゝりつけて、早く自分を谷へ下せ。早く＃
しないと、ピエールが死んでしまふ。」と、しかる樣にいふ＃
ので、兵士は止むを得ず將軍を谷底へ下した。＃
將軍が谷底へ下りた時には、もう太鼓の音は聞えぬ。聲＃
を限りに「ピエールよ、ピエールよ。」と呼びながら、方々を＃
尋ねて、やう〳〵さがし當てたが、少年ははや息も絶え＃
絶えである。手早く帶をほどいて、ピエールの體にくゝ＃
りつけて合圖をすると、兵士等は力を合せて二人を引＃
上げた。＃
將軍の愛情と勇氣によつて、軍中の花が助かつたので、＃
＜Ｐ－０５９＞
全軍一同に歡喜の聲をあげた、アルプの山もふるふば＃
かりに。　　＃
第十四課　　出征兵士　　＃
一、行けや行けや、とく行け、我が子。　　＃
老い＊た＊る父の望は一つ。　　＃
義勇の務御國に盡し、　　＃
孝子の譽我が家にあげよ。　　＃
二、＊さ＊らば行くか、やよ待て、我＊が＊子。　　＃
老いたる母の願は一つ。　　＃
軍に行かば、からだをいとへ。　　＃
＜Ｐ－０６０＞
彈［た］丸［ま］に死＊す＊とも、病に死＊す＊な。　　＃
三、う＊れ＊しう＊れ＊し、勇ましう＊れ＊し。　　＃
出征兵士の弟ぞ、我は。　　＃
兄君、我も後より行＊か＊ん。　　＃
兄弟共に敵をば討＊た＊ん。　　＃
四、親に事へ、弟を助け、　　＃
家を治めん、妹我は。　　＃
家の事をば心にかけず、　　＃
御國の爲に行きませ、い＊ざ＊や。　　＃
五、＊さ＊らば＊さ＊らば、父母＊さ＊らば。　　＃
＜Ｐ－０６１＞
弟＊さ＊らば、妹＊さ＊らば。　　＃
武勇のはたらき命さゝげて、　　＃
御國の敵を討ちなん、我は。　　＃
六、勇み勇みて出で行く兵士。　　＃
はげましつゝも見送る一家。　　＃
勇氣は彼に、情は是に、　　＃
勇まし、やさし、をゝしの別。　　＃
第十五課　　招待状　　＃
其の一　　＃
拜啓、老父事本年滿六十歳に相達候に付、＃
＜Ｐ－０６２＞
來る七月二日の誕［たん］生［じやう］日を以て、親族一同＃
打寄り、心ばかりの祝宴相開き、御心安き＃
方々御招待致度と存候間、同日午後五時＃
御光來下され候はば光榮の至に存候。先＃
は御案内まで、此の如くに御座候。＃
其の二　　＃
拜啓來る十五日は亡父七回忌に相當り＃
候に付、午後三時西方寺に於て法會相營＃
度候間、御多用中恐入候へども、御參列成＃
し下され候はば、有り難く存じ奉り候。敬＃
＜Ｐ－０６３＞
白。＃
其の三　　＃
拜啓、益〻御健勝賀し奉り候。かねて御賛同＃
下され候故近藤大尉記念碑［ひ］、いよ〳〵出＃
來上り候については、來る六月三十日（土＃
曜日）午後二時建碑式擧行致候間、御光臨＃
の榮を賜はり度、此段御案内申上候。敬具。＃
追て準備の都合もこれ有り候間、御來＃
會下され候はば、御手數ながら來る二＃
十八日までに、本町二丁目高野義太郎＃
＜Ｐ－０６４＞
宛御一報下され度候。　　＃
第十六課　　料理　　＃
人ヲ招待スル時ハイフマデモナク、毎日三度ノ食事ニ＃
モ、其ノ材料及ビ料理法ニ注意スルコトガ大切デアル。＃
同ジ材料デモ、料理ノ塩梅ニヨツテハ、全ク別物ノ如ク＃
味ハハレ、料理ノ方法ニヨツテハ、其ノ經濟ノ上ニモ大＃
イナル得失ガアル。＃
材料ノ種類ヤ料理ノ方法ハ、先ヅ衞生・經濟・味ノ三方面＃
ヨリ考ヘナケレバナラヌ。衞生上ヨリハ、成ルベク滋養＃
ニ富ンデ、コナレノ良イモノヲ選ブベク、經濟上ヨリハ、＃
＜Ｐ－０６５＞
成ルベク價ノ安イモノヲ求メ、ソレヲ成ルベクスタリ＃
ノナイ樣ニ用フベク、味ハ人々ノ好ミヲ考ヘテ、多數ノ＃
滿足ヲ買フベキ物ヲ選バナケレバナラヌ。＃
季節ニ依ツテ、食物ノ選ビ方ニ多少ノ注意ヲ要スル。寒＃
イ時ハ特ニ體温ヲ維持スル必要ガアルカラ、獸肉其ノ＃
他アブラ氣ノ多イ食物ガ適當デアルガ、暑イ時分ハ其＃
ノ必要ナク、且胃腸ノ弱リ易イ時デアルカラ、アツサリ＃
トシテ消化シ易イモノヲ取ルノガヨイ。又魚類ヤ野菜＃
ハ各其ノ季節ノ物ヲ用ヒルト、味モヨクテ、消化モヨク、＃
又人々ノ好ミニモ適スル。＃
＜Ｐ－０６６＞
食物ハ又變化ガ大切デアル。日々同ジ食物ヲ用ヒルト、＃
アキ易ク、身體ノ爲ニモヨクナイ。ソレ故材料モ料理法＃
モ成ルベク適當ニ變化サセテ、毎日同ジ獻立ヲクリカ＃
ヘサヌ樣ニ注意スルガヨイ。例ヘバ動物質ノ滋養品ニ＃
ハ植物質ノ食物ヲ添ヘ、又汁氣ノナイモノノ次ニハ汁＃
物ヲ出シ、アマイ物ノ後ニハ塩カライ物ヲ配合スル類＃
デアル。其ノ他切方・並ベ方、色ノ配合ニ至ルマデ、皆ソレ＃
ゾレノ工夫ガ入用デアル。＃
常ニ食物ヲ料理スル臺所ハ特ニ清潔ヲ保ツノ必要ガ＃
アル。臺所ハ種々ノ食物ヲ置キ、ニタキ・洗ヒ流シヲスル＃
＜Ｐ－０６７＞
所デアルカラ、流シ元・戸ダナヲハジメ、料理道具・食器・フ＃
キンナドニ至ルマデ、常ニ清潔ニシテ置カナケレバナ＃
ラヌ。座敷ヤ庭園ヲ奇麗ニシテ置ク人ガ、臺所ヲ不潔ニ＃
シテカヘリミナイノハヲカシイ話デアル。　　＃
第十七課　　時間　　＃
人生七十年と見るも六十萬時間に過ぎず。其の内寢食・＃
談話・遊戲・病氣等の爲に費す時間は三分の二を占め、實＃
際修學及び業務に用ふる時間は僅かに二十萬時間を＃
越えざるべし。身を立て、父母をあらはすも、産を破り、祖＃
先をはづかしむるも、功業を成し、公益を廣むるも、將又＃
＜Ｐ－０６８＞
無爲にして一生を終ふるも、唯此の二十萬時間を利用＃
するとせざるとにあり。＃
百歳の長命を保ちて、一生を坐食に費す者あり。二三十＃
歳の短命にして美名を萬世にとゞむる者あり。人生の＃
長短は事業の大小を以て量るべく、年齒の多少を以て＃
量るべからず。之を思へば、一寸の光陰も輕んずべから＃
ず。＃
古人の片言・隻句も我等が師なり。路傍の一草・一木も學＃
問の種ならぬはなく、街上に落ちたる硝［がら］子［す］の一片を去＃
るも、公衆の利益なるべし。我等の周圍には讀むべき書＃
＜Ｐ－０６９＞
多く、學ぶべき物多く、成すべき事限りなし。時間の貴き＃
を知れる者は無爲に苦しむことなし。然れども人の勢＃
力には限りあり。活動するのみにて休養することなけ＃
れば、心身いつか勞れて、遂には活動にたへざるに至る。＃
「よく勉め、又よく遊ぶ。」はよく時間を利用する所以なり。」＃
業務に従事する間は熱心に之を行ひて、他事に心を勞＃
すべからず。又事既に過ぎて、思ふも益なき事に心を勞＃
するは、時間を徒費すること甚だし。爲したる事に過な＃
く、後悔することなき者は幸福にして賢き人なり。若し＃
過あらば、深く之を悔いて、其の過を再びせざらんこと＃
＜Ｐ－０７０＞
をちかふべし。思ひても返らぬことをくよ〳〵と心配＃
するは、未練にして愚なる人のする事なり。＃
人を訪問する時は業務をさまたげざる時間を選び、用＃
事終れば直ちに去るべく、又人より訪問を受くる時は＃
直ちに出でて應接すべし。約束の時日を違ふるが如き＃
は時間の賊なり。殊に集會の時間は正しく守らざるべ＃
からず。一人の後るゝ爲に多人數をして貴重の時間を＃
空費せしむればなり。例へば六十人の集會に其の中の＃
一人若し十分を後るとせば、六十人の時間の損失は合＃
して十時間となるべし。「時は金なり。」といふ古言あれど＃
＜Ｐ－０７１＞
も、今日の如く通信交通の機關發達し、社會の活動敏速＃
なる時代にありては、時間は金錢よりも貴し。他人をし＃
て時間を損失せしむるは其の罪金錢を損失せしむる＃
よりも重し。　　＃
第十八課　　畫工の苦心　　＃
泉州堺［さかひ］に一國寺といふ寺あり。其の座敷の一間の杉戸＃
には桧［ひのき］一本を畫がき、他の一間には鶴二十五羽ばかり＃
畫がけり。此の畫の出來たる由來こそ面白けれ。＃
此の繪をかける畫工久しく此の寺に寄食してありし＃
が、何一つ畫がくこともなく、毎日遊び暮して三年を經＃
＜Ｐ－０７２＞
たり。住持は心得ぬ事に思ひて、或時畫工に向ひ、「君は畫＃
家として一家を成せる人なるに、三年の間未だ一度も＃
畫筆を取り給ひしことなし。我衣食の費をいとふにあ＃
らざれども、何處へなりとも出でて遊び給へ。愚僧も所＃
用ありて京へ上り、一二年在京せんもはかり難し。」とい＃
へば、畫工「そはいと名殘をしき事なり。さらば年來の謝＃
恩に何か書きて參らすべし。」とて、心構せし樣なりしが、＃
又筆もとらで四五日過ぎたり。或夜小僧住持の居間に＃
來りて、「かしこに行きて、彼の畫師の有樣を見給へ。」とさ＃
さやくに、行きてうかゞへば、障子に身を寄せて、樣々に＃
＜Ｐ－０７３＞
姿を變へつゝ寢起する樣なり。さまたげせんも心なし＃
と思ひて、其のまゝ寢間に歸れり。＃
翌日畫工の早朝に起出でて畫がけるを見れば、皆ふし＃
たる鶴なり。筆勢非凡にして、丹青の妙いふべからず。か＃
くて次の夜は如何にとうかゞふに、前の如く夜もすが＃
ら寢ねずして、明日はかく畫がかんなどひとり言いひ＃
居たり。住持は知らぬ顔して過せしに、十日餘にして鶴＃
二十四五羽を畫がけり。其の後又夜更けてうかゞひ見＃
るに、今度はひぢを張り、足をのべ、手を口にあてて、尚も＃
鶴の臥したる樣をなせり。夜明けて後、住持畫工に向ひ＃
＜Ｐ－０７４＞
て、「今日書き給はん鶴の姿はかやうなるべし。」と、夜中の＃
ぞき見たる姿をして見するに、畫師は驚きて、「我が畫が＃
かんと思ひ構へしことを如何にして知り給へるか。」と＃
問ふ。「そは昨夜のぞき見て知りたり。」といへば、畫師それ＃
より後の二枚には畫がかず、唯桧一本を畫がきて、東國＃
へ出立せり。＃
然るに未だ一月もたゝざる内、又再び引返して一國寺＃
に歸れり。住持は驚きて、「東國へ行き給ふと聞きしに、再＃
び歸り來られしは、何故ぞ。」と問へば、畫工「先に畫がきた＃
る桧の枝に一枝足らぬ所あり、氣にかゝりしが、東國へ＃
＜Ｐ－０７５＞
下る路すがら、箱根山中にてよき枝ぶりの桧を見て、其＃
の意を得たれば、之を書添へんとて、わざ〳〵歸り來り＃
たるなり。」とて、一枝を書添へ、別を告げて出で去れりと＃
なん。　　＃
第十九課　　瀑［ばく］布［ふ］　　＃
水の奇觀は瀑布に如くはなし。我が國には數多の瀑布＃
あり、古來多く詩歌に入り、畫圖に上る。＃
日光山には華［け］嚴［ごんの］瀧を始として、霧降・裏見・方等・般［はん］若［にや］等其＃
の名世に知られたるもの少からず。中にも華嚴・霧降・裏＃
見を日光の三大瀑布と稱す。最も壯觀なるは華嚴にし＃
＜Ｐ－０７６＞
て、直下七十丈の水は絶壁に水［すゐ］晶［しやう］のすだれをかく。中央＃
以下は霧と散り、雨と飛びて、水烟深谷をおほひ、其の瀧＃
つぼの深さは幾十尺なるを知らず。裏見瀧は後の細道＃
より瀧の裏面を望み見るを以て此の名を得たりしが、＃
先年大風雨の爲、瀧口の一角崩れ落ち、今は其の奇勝を＃
見ること能はず。霧降瀧は上下二層に分れ、高さ各十四＃
五丈、三瀑布中最も美觀を以て聞ゆ。＃
紀［き］伊［いの］國［くに］那［な］智［ち］山には四十八瀧あり。最も大なるは第一の＃
瀑布にして、高さ八十餘丈と稱す。瀧の後より山路を上＃
ること四町餘、一條の谷川あり、この水即ちかゝつて第＃
＜Ｐ－０７７＞
一の瀑布を成すなり。更に川に沿ひて上れば、第二の瀧＃
あり。又一山を越ゆれば、第三の瀧に至る。上るに隨つて、＃
瀧はいよ〳〵小、境は益〻靜かなり。＃
神［かう］戸［べ］市に近き布引瀧は雌雄二瀑あり。美しき瀧にして、＃
眞に白布をさらせるが如し。市民遊覽の地にして、又神＃
戸市水道の源たり。＃
美［み］濃［の］の養老瀧は孝子の傳説を以て其の名天下に高し。」＃
世界第一の大瀑布は北米合衆國のナイヤガラなり。ナ＃
イヤガラ瀑布は左右二つに分れ、左瀑は幅三百餘丈、右＃
瀑は百餘丈、高さ各約十六丈あり。二瀑相並んで、雄を爭＃
＜Ｐ－０７８＞
ひ、其のひゞき萬雷のとゞろ＃
くが如く、大地も爲にふるひ、＃
附近數百歩の地にありては、＃
器に盛れる水常に波紋を生＃
ず。又嚴冬の頃は瀑水落つる＃
に隨ひ氷結して、一面玉山銀＃
臺となり、水のしぶき枯木に＃
氷結して、水晶の花を咲かす。＃
其の奇觀眞に名状すべからず。　　＃
第二十課　　鵜［う］飼［かひ］　　＃
＜Ｐ－０７９＞
鵜を使ひて魚を捕ふること、我が國にては古來廣く諸＃
所に行はれたり。中にも美［み］濃［の］の長［なが］良［ら］川の鵜飼は最も名＃
高く、鵜飼といへば長良川をおもひ、長良川といへば鵜＃
飼をおもふに至れり。長良川は岐［ぎ］阜［ふ］市の北を東より西＃
へ流る。市を出でて橋を渡れば長良村あり。此の川上に＃
瀬［せ］尻［じり］村あり。鵜飼を業とする漁夫は皆此の二村に住め＃
り。＃
鵜飼は五月中旬に始り、十月中旬に終る。此の間毎夜月＃
なき時をうかゞひて漁舟を出す。觀客は遊船を中流に＃
浮べて、鵜舟の下り來るを待つ。川上にかゞり火の明り＃
＜Ｐ－０８０＞
先づ見え初めて、ほう〳〵と呼ぶ聲を聞く内に、舟は早＃
くも目前にせまり來る。鵜［う］匠［じやう］は古風の風［かざ］折［をり］烏［ゑ］帽［ぼ］子［し］をか＃
ぶり、こしみのを着く。かゞり火も亦古代の風を其のま＃
まなり。＃
鵜匠は一人にて十二羽の鵜を使ひ、十二條の細なはを＃
片手に握り、右往左往思ひ〳〵に浮沈するを、たくみに＃
さばきてもつれしめず。此の間に鵜を引上げて呑みた＃
る魚を吐かせ、再び之を水に放ち、又かゞり火に薪を添＃
ふるなど、其の手練實に驚くべし。＃
ふなばたを打つ音、ほう〳〵と呼ぶ聲、水に飛散る火の＃
＜Ｐ－０８１＞
この光にはげまされて、鵜は盛に＃
活動し、ひたすら其の獲物の多か＃
らんことを競ふ。鵜の首元は細な＃
はにてしばりたれば、捕へたる魚＃
を腹中に呑下すことなく、大なる＃
鵜は能く十二三尾のあゆを喉［のど］元＃
にふくむといふ。鵜の鮎［あゆ］を呑むは＃
必ず頭よりす。くはへたる魚をふ＃
りかへて、頭より呑下す早業は、鵜＃
匠のなはさばきよりも一層の見＃
＜Ｐ－０８２＞
物なり。鰻［うなぎ］をくはへてくちばしに卷附かれ、持て餘して＃
見ゆるもをかし。かゞり火をたくは魚を集めんが爲な＃
るのみならず、又鵜をはげます一法たり。魚は火の光を＃
追ひて集り來り、水底にうつる鵜の影に恐れて、水面近＃
く浮ぶが故に、鵜は深く沈まずして、たやすく魚を捕ふ＃
ることを得るなり。＃
鵜はくゞり入る毎に獲物なくして浮び出づること少＃
ければ、漁夫は一時間餘にして數千百尾の鮎を得るを＃
常とす。數隻の漁舟相並び、波にくだくるかゞり火の下＃
に、百にも近き鵜、此方に浮び、彼方に沈み、彼處にかくれ、＃
＜Ｐ－０８３＞
此處にあらはれ、之を取圍みて、數十隻の遊船、岐阜提［ぢやう］灯［ちん］＃
の光を水にうつせる奇觀は筆も言葉も盡し難し。鵜な＃
はを引上げて、鵜のふなばたに立並べる時、半月金［きん］華［くわ］山＃
の上に出でて、川風たもとを拂ふも快し。　　＃
第二十一課　　紡績　　＃
我ガ國ノ機械工業中最モ盛ナルハ紡績事業ニシテ、殊＃
ニ綿花紡績其ノ大部ヲ占ム。年々一億圓ノ綿花ヲ輸入＃
シテ、綿絲又ハ綿布トシ、内國ノ所用ヲミタシテ、尚海外＃
ニ輸出スルモノ五千萬圓以上ニ及ブ。＃
紡績工場ニ入リテ見ヨ。蒸氣機關ノ力ニヨリテ自動ス＃
＜Ｐ－０８４＞
ル機械ハ、幾臺トナク立並ビテ廻轉スベク、其ノ作業ノ＃
速ニシテ整然タルニハ、何人モ驚クナルベシ。＃
先ヅ綿花ヲ俵ヨリ出シテホグシ、土砂其ノ他ノ雜物ヲ＃
去リ、鐵棒［ボウ］ニマキテ、長サ四尺バカリ、直徑尺餘ノ筵［ムシロ］綿ト＃
ス。之ヲ紡績作業ノ第一段トス。皆機械ニヨリテナサル。＃
其ノ作業ノ間ニハ綿花ノ細片四方ニ飛散シテ、吹雪ノ＃
風ニクルフガ如ク、機械ノ前ニ立テバ全身忽チ白シ。＃
既ニ筵綿トナレバ梳［ソ］綿［メン］機ニ＃
カク。コレニハ細小ノ針金ニ＃
テ作リタルブラッシノ仕掛ア＃
＜Ｐ－０８５＞
リテ、筵綿ヲ引延シナガラ細カキ雜物ヲ去ル。アタカモ＃
人ノ頭髮ヲクシケヅルニ似タリ。＃
梳綿機ヨリ出ヅル綿花ハ眞白雪ノ如ク、四尺程ノ幅ト＃
ナリテ進ム樣、精巧ナルレースノ流ヲ見ルガ如シ。此ノ＃
流ハ自ラ集メラレテ、親指大ノ篠［シノ］形トナリテ鐵管ノ中＃
ニ入ル。＃
既ニ鐵管ニ滿ツレバ、コレヲ練［レン］篠［ゼウ］機ト稱スル機械ニカ＃
ケテ、或ハ合シ、或ハ延シ、又更ニ他ノ機械ニ移シ、イヨイ＃
ヨ延シテ、イヨ〳〵細クシ、次第ニヨリヲカケテ絲ノ形＃
ニ近ヅカシム。サテ最後ニ精紡機ニ移シテ、適當ノ太サ＃
＜Ｐ－０８６＞
トナシテ、更ニヨリヲカケ、ツム＃
ニマキトラシム。工女ハ常ニ其＃
ノ前ニ立チ、絶エズ絲ニ目ヲ注＃
ギテ、切ルレバ直チニ之ヲツナ＃
グ。熟練ト機敏トヲ要スルコト＃
大ナリ。上手ナル者ハ一分時ニ＃
ヨク十數本ノ絲ヲツナグトイ＃
フ。＃
昔ノ絲車ニテ紡グ時ハ、一本ノ＃
ツムニ一人ヲ要スベキニ、今ハ＃
＜Ｐ－０８７＞
僅カニ六七人ノ工女ニテ、能ク二千本ノツムヲ扱フコ＃
トヲ得ベシ。加フルニ彼ノ蝋［ラフ］燭［ソク］ノ心トスル太キ絲、蜘［ク］蛛［モ］＃
ノイノ如キ細キ絲、細大意ノマヽニシテ、手紡ノ如ク不＃
揃トナルコトナシ。機械ノ力ハ驚クベキモノニアラズ＃
ヤ。　　＃
第二十二課　　蟲の農工業　　＃
蠶の絲を吐きて繭［まゆ］を造るは紡績の業に等しく、葉卷蟲＃
の絲にて葉をつゞり合するは裁縫の業に同じ。蜜［みつ］蜂［ばち］の＃
蜜を吐き、又たくみに巣［す］を造るは醸造の業と建築の業＃
とをかねたりといはんか。＃
＜Ｐ－０８８＞
蜘［く］蛛［も］は其の體より絲を出して網を張る。網を張らんと＃
する時は、先づ幾條かのやゝ太き絲を渡し、之を本とし＃
て、次第に細き絲をかけ、終に完全なる網を造る。此の網＃
にて蟲を捕ふるは漁業の類とも見るべし。＃
蚯［みゝ］蚓［ず］は地下に穴をうがちて住み、多量の土を呑込みて＃
は之を地上の穴の口に出す。かくて數年の後には、地面＃
に近き土をば全く上下にうち返すといふ。農夫の田畑＃
を耕すに似たらずや。＃
蟻［あり］は油蟲を養ふ。油蟲は植物の若芽［め］・若葉などに群り着＃
きて、其の植物の汁を吸ひ、身體より絶えず甘き汁を出＃
＜Ｐ－０８９＞
すものなれば、蟻は此の甘き汁を得んが爲に、油蟲の附＃
着せる植物に集りて之を保護し、或は其の卵を他の植＃
物にうつして成長せしむ。是即ち一種の牧畜なり。＃
蟻は其の種類によりて種々の巣を造れども、多くは地＃
下に穴をうがちて、部屋・廊［らう］下を造り、其の内面を壁の如＃
くに固む。熱き地方の白蟻は周圍十間、高さ三間にも達＃
する小山の如き巣を造り、木質にて内部を圍むといふ。＃
熟練なる土木技師ともいふべし。＃
アメリカの一地方に産する蟻の一種に收穫蟻といふ＃
ものあり。一種の草の實を食用とするを以て、常に此の＃
＜Ｐ－０９０＞
草の多く生ずる所を選びて住み、周圍の雜草を食切り＃
て、ひたすら此の草の成長を保護し、其の實の熟して地＃
に落つるを待ちて、其の巣に運び去る。是即ち農業の收＃
穫に異ならず。　　＃
第二十三課　　物の價　　＃
物の價は効用あることと、隨意に得られざることとに＃
よりて生ずるものなり。故に隨意に得られざるものな＃
りとも、効用なきものは價あることなく、効用あるもの＃
なりとも、隨意に得らるゝものは亦價あることなし。例＃
へばこゝに一種の石あり、極めてまれにして隨意に得＃
＜Ｐ－０９１＞
られざるものなりとも、飾にも實用にもならざるもの＃
ならば、之を買ふものなく、隨つて價あることなし。日光・＃
空氣の如きは、人の生命を保つに必要なれども、隨意に＃
得らるゝものなれば、之を買ふ必要なく、隨つて亦價あ＃
ることなし。水の如きも亦然り。されど水は大都會など＃
にては、時として價を生ずることあり。是飲料水とぼし＃
くして、意のまゝに之を得ること能はざればなり。＃
物の價の高下は主として需要と供給との關係により＃
て定まるものなり。しかして供給の需要よりも少きと＃
きは物の價は高くなり、多きときは安くなるなり。例へ＃
＜Ｐ－０９２＞
ばこゝに一戸の賣家ありて、之を買はんとする人五人＃
あるときは、其の五人は各其の家の他人の手に渡らん＃
ことを恐れて、爭ひて高き價をつくべし。かくて其の家＃
の價は段々高くなりて、最も高き價をつけたる人の手＃
に渡るべきなり。＃
之に反して、同樣なる賣家五戸ありて、買はんとする人＃
唯一人なるときは、賣家の持主五人は各其の家の賣れ＃
ざらんことを恐れて、爭ひて其の價を低くすべし。かく＃
て其の家の價は段々安くなりて、最も價を低くしたる＃
人、其の家を賣ることを得べきなり。＃
＜Ｐ－０９３＞
物の價はかくの如く需要供給の關係によりて、或時は＃
高く、或時は安くなるものなれども、常に其の物を製造＃
する費用と相當の利益とを併せたる金額に等しから＃
んとする傾きあるものなり。此の金額を普通の價とい＃
ふ。例へば靴を用ふること流行して、買手にはかに増す＃
ときは、靴の價はにはかに高くなりて、靴屋の利益非常＃
に多かるべし。かゝる時は靴屋は更に多くの職人を雇＃
ひ入れて、盛に之を製造すべく、又他の職業に從事する＃
人も靴屋の利益あるを見て、之に轉業するに至るべし。＃
かゝる時は靴の供給次第に増來り、靴の價はやうやく＃
＜Ｐ－０９４＞
安くなりて、普通の價に復するか、場合によりては尚そ＃
れ以下に下るべし。＃
又之と反對に、價次第に安くなりて、普通の價よりも下＃
るに至る時は、次第に其の製造高を減ずるが故に、供給＃
も隨つて減じて、又普通の價に復するか、場合によりて＃
は尚それ以上に上るべし。即ち物の價は普通の價を本＃
として上下すと知るべし。＃
物の價はかく上下するものなれども、供給に限りある＃
物、例へば名高き古人の書畫・古器物などの如きは、需要＃
増すに隨ひて、其の價益〻高くなり、需要の減ずるに非る＃
＜Ｐ－０９５＞
よりは、決して安くなることなきなり。即ち供給に限り＃
あるものは一定の價なしといふべし。　　＃
第二十四課　　樺［から］太［ふと］より臺灣へ　　＃
光陰矢の如く、南北に別れ候より最早一＃
箇年に相成候。先般御手紙にて御近況を＃
承知致し、御なつかしく存候。其の後日々＃
業務に追はれ、餘り旅行も致さず候へど＃
も、見聞取交へ、新版圖の状況大略御報知＃
申上候。御承知の通り、冬は寒氣嚴しく、地＃
面は三尺の下まで凍り、海岸も海水厚く＃
＜Ｐ－０９６＞
凍結し、流氷の流れ來る事もこれあり候＃
へば、一月より三月まで凡そ三箇月間は＃
航路殆ど全く絶え、西海岸の眞岡港のみ＃
唯一の不凍港として僅かに内地との交＃
通を保ち居候。併し夏は氣候温和にして、＃
至つて凌［しの］ぎよく候。＃
南北に細長き島を山脈縦に走り候へば、＃
平野少く候へども、南部の鈴［すす］谷［や］川・内［ない］淵［ぶち］川・＃
留［るう］多［た］加［か］川の流域［ゐき］の如きは、地味肥え、有望＃
の農業地に御座候。大［おほ］泊［とまり］は樺太島の入口＃
＜Ｐ－０９７＞
とも申すべく、全島第一の良港に候。是よ＃
り一條の大道遠く北へ通じてロシヤ領＃
に入候。其の南部は車馬の往來自在にし＃
て、こゝに樺太廳の所在地豐［とよ］原［はら］あり、鈴谷＃
川平野の中央に位し、大泊より十里、輕便＃
鐵道も出來居候。又豐原より眞岡に至る＃
間も近時道路新に開け、交通大いに便利＃
に相成候。日・露の境は幅五間餘を一文字＃
に森林を伐りすかし、東西三十三里、四箇＃
所に境界石を置きて、分明に相成居候。帝＃
＜Ｐ－０９８＞
國領の中部クスンナイとマヌイとの間＃
は最も狹く、且山脈低くして、東西の交通＃
最も便利なる所に御座候。＃
樺太にて最も有望なるは漁業にて鰊［にしん］と＃
鱒［ます］との漁利は殊に多く、鮭［さけ］・鱈［たら］も亦少から＃
ず候。鰊の主産地は西海岸及び亞［あ］庭［には］灣、鱒＃
＜Ｐ－０９９＞
の主産地は東海岸にて、春夏の交産卵の＃
爲、鰊の群をなして海岸近く寄來る時は＃
海水爲に白色を呈し、特殊の網を用ひず＃
とも、攩［たも］網にてすくひ取るを得る程にて、＃
實に壯快なるものに御座候。多［た］來［らい］加［か］灣頭＃
に小さき海［かい］豹［へう］島あり、夏より秋にかけて＃
こゝに集る膃［をつ］肭［と］獸［せい］は數千頭にも達する＃
ことこれあり候。漁業に次ぎて有望なる＃
は農業と林業とにて、農産物の種類は北＃
海道と大差なく、大麥・小麥・燕［からす］麥・裸［はだか］麥・蕓［なた］薹［ね］・＃
＜Ｐ－１００＞
麻・馬［じやが］鈴［たら］薯［いも］・豌［ゑん］豆［どう］等の收穫多く、又牧畜にも＃
適し候。森林は内地及び北海道に於ては＃
見るを得ざる廣大なる天然林にして、椴［とど］＃
松・蝦［え］夷［ぞ］松・落［か］葉［ら］松［まつ］・白［しら］樺［かば］等一面に生ひ茂り、＃
之を伐採せば少からぬ收益と相成るべ＃
く、又山脈の兩がはには石炭層各所にあ＃
り、殆ど無盡藏に候へども、未だ盛に採掘＃
に着手せらるゝには至らず候。＃
ロシヤにて早くより開拓に力を用ひた＃
るは主として五十度以北に候。五十度以＃
＜Ｐ－１０１＞
南我が帝國の領土となりしより、諸種の＃
經營追々成功致候へども、今後尚着手す＃
べき事は多々これ有り候。新版圖の事に＃
候へば、本島の開拓は我々國民の最も力＃
を用ふべき所に候。住めば都とやら、此の＃
極北の寒地も今ははや生れ故郷の如き＃
心持に相成候。極南暑熱の御地にても同＃
じことと存候。拜具。＃
九月二十日　　　　仁吉　　＃
徳太郎樣　　＃
＜Ｐ－１０２＞
第二十五課　　諸［シヨ］葛［カツ］孔［コウ］明［メイ］　　＃
支［シ］那［ナ］ノ昔後漢ノ末、天下麻ノ如ク亂レテ、英雄四方ニ起＃
レリ。劉［リウ］備［ビ］ハ漢朝ノ末流、英明ニシテ大志アリ。漢朝ノ復＃
興ヲ圖リ、シキリニ賢士ヲモトム。此ノ時諸葛孔明トイ＃
フ人アリ、民間ニ在リテ耕作ヲ事トセシガ、才名世ニカ＃
クレナケレバ、劉備ハ三度マデモ其ノイホリヲ訪ヒ、遂＃
ニ迎ヘテ重臣トセリ。＃
劉備深ク孔明ヲ信頼シ、一々其ノ言ヲ用ヒシカバ、關羽・＃
張飛等ノ諸將之ヲヨロコバズ。備サトシテ曰ク、「我ノ孔＃
明アルハアタカモ魚ノ水アルガ如シ。願ハクハ再ビイ＃
＜Ｐ－１０３＞
フコトナカレ。」ト。是ヨリ諸將マタイフ者ナカリキ。＃
孔明、劉備ニ事ヘ、出デテハ軍師トナリテ謀ヲ運ラシ、入＃
ツテハ首相トナリテ政ヲ行ヒ、遂ニ備ヲタスケテ蜀［シヨク］ノ＃
國ヲ建テ、天下ヲ三分シテ其ノ一ヲ保タシム。備崩ズル＃
ニ臨ミ、後事ヲ孔明ニユダネテ、「我ガ子若シタスクベク＃
ンバ、之ヲタスケヨ。若シ不才ナラバ、君自ラ之ニ代レ。」ト＃
イヒシニ、孔明涙ヲ流シテ、「臣アヘテ死力ヲ盡シ、忠節ヲ＃
致スベシ。」ト答フ。備又其ノ子ニ向ヒテ、「汝ハ孔明ト共ニ＃
事ニ從ヒ、之ニ事フルコト父ニ事フルガ如クセヨ。」トイ＃
フ。＃
＜Ｐ－１０４＞
孔明是ヨリ幼主ヲ輔ケ、益〻心ヲ用ヒテ民福ヲ計リ、忠義＃
ヲ盡シテ變ラズ。蜀國ノ魏［ギ］・呉二強國ト相對立シテ、常ニ＃
其ノ勢力ヲ維持セシハ、主トシテ孔明ノ力ニヨレリ。＃
孔明ハ魏ヲ攻メテ支那中央ノ地ヲ取リ漢朝ヲ興復セ＃
ントシ、先ヅ南方ノ亂ヲ平ゲ、遂ニ自ラ諸軍ヲ率ヰテ北＃
征ス。發スルニ臨ミ、表ヲ上ル。言々皆忠君ノ至情ヨリ發＃
ス。後人曰ク、「出師ノ表ヲ見テ泣カザルモノハ人ニ非ズ。」＃
ト。＃
孔明ハ沈着ニシテ、機ニ臨ミ、變ニ應ジテ、智謀百出セリ。＃
サキニ蜀ノ南方亂レシヤ、孔明謀ヲ以テ其ノ將孟［マウ］獲［クワク］ヲ＃
＜Ｐ－１０５＞
捕ヘ、蜀軍ノ陣營ヲ示シテ、「此ノ軍備ヲ何ト見ル。」ト問フ。＃
孟獲答ヘテ曰ク、「此ノ如シト知ラバ何ゾ敗レン。」ト。孔明＃
笑ヒテ之ヲ放チ、再ビ戰ハシメテ再ビ之ヲ捕フ。カクス＃
ルコト七回ニ及ビシカバ、賊將歎ジテ、「公ハ天授ナリ、敵＃
スベカラズ。」トテ、マタ反スルコトナカリキ。其ノ度量ノ＃
廣大ナルヲ知ルベシ。＃
孔明ハ嚴正ニシテ甚ダ規律ヲ重ンジタリ。或時將軍馬［バ］＃
謖［シヨク］、孔明ノ軍令ニソムキテ大敗ス。孔明、謖ノ舊功ヲ惜シ＃
ミシカド、軍律ヲ亂サンコトヲ恐レ、涙ヲフルツテ之ヲ＃
斬リ、又自ラ責ヲ引イテ位三等ヲ下セリトゾ。＃
＜Ｐ－１０６＞
孔明魏軍ト對陣ノ中ニ卒ス。蜀ノ軍其ノ棺［クワン］ヲ護リテ國＃
ニ歸ラントス。魏將司馬仲達聞キテ之ヲ追フ。蜀ノ軍少＃
シモサワガズ、旗ヲ反シ、鼓［ツヅミ］ヲ鳴ラシテ仲達ニ向ハント＃
スルモノノ如シ。仲達アヘテ近ヅカズ。時ノ人「死セル諸＃
葛、生ケル仲達ヲ走ラス。」トイヘリ。後仲達、孔明ノ陣營ノ＃
跡ヲ觀テ、「孔明ハ天下ノ奇才ナリ。」ト歎ジタリ。又魏軍ノ＃
蜀ニ攻入リシ時、仲達ハ孔明ノ墓ヲ祭リ、士卒ニ令シテ、＃
其ノ附近ノ草ヲ刈リ、薪ヲ伐ルヲ禁ジタリトイフ。　　＃
第二十六課　　朝［てう］鮮［せん］の風俗　　＃
朝鮮の地に上陸して、第一に目につくのは、家の低くて＃
＜Ｐ－１０７＞
小さい事である。町には瓦屋根の家もあるが、田舍は大＃
抵藁［わら］屋根ばかりである。＃
朝鮮は夏も暑いが、冬は又案外に寒い。家の構造は主と＃
して寒さを防ぐ樣に出來てゐる。床下に土石を盛り、數＃
條のみぞを造つて、一方の口から火をたいて室内を温＃
める。之をオンドルといふ。室が廣く、天井が高いと温り＃
にくいから、成るべく狹く低くする必要がある。是が朝＃
鮮の家の小さくなつた重な原因である。＃
此のオンドルがある爲に、普通の家では冬でも夜具を＃
用ひない。オンドルにたく薪がないと、冬が越せないか＃
＜Ｐ－１０８＞
ら、朝鮮では「米のないのは辛抱も出來るが、薪がなけれ＃
ば生きてゐられぬ。」といふ意味のことわざがある。＃
第二に目につくのは白い着物で＃
ある。男はゆるやかな股［もゝ］引［ひき］をはき、＃
胴［どう］衣［ぎ］を着けて、其の上に長い上衣＃
を着る。上衣と股引は冬でも多く＃
は白いのを用ひる。女は短い上衣＃
を着て、西洋婦人の用ひる樣なゆ＃
るやかな袴［はかま］を着ける。男の冠をか＃
ぶり、其のひもを長くたらし、小馬＃
＜Ｐ－１０９＞
に乘つて、田舍道を通るのを見ると、昔の人に會つた樣＃
な氣がする。＃
まだ冠禮を行はない者はチョンガーといつて、髮を三つ＃
打ちにして後へたらしてゐる。チョンガーの間は人に侮＃
られるから、成るべく早く冠禮を行ふ。金がなくて、冠禮＃
の行へない者は、三十を過ぎてもチョンガーで、大人の仲＃
間入が出來ない。近年は斬髮の風が行はれて、冠禮は段＃
段すたれて行く。＃
死人を葬るのに、小高い所で南に面してゐる日當りの＃
よい地を選ぶ。貴人の墓には内地の樣に石をたてるけ＃
＜Ｐ－１１０＞
れども、普通の墓は大抵土を盛上げるばかりである。都＃
市・村落の周圍の山や岡には、まんぢゆうの樣に圓く盛＃
上げた土山が數知れず並んでゐる。＃
朝鮮人は煙草を好む。きせるは身分の高い人程長いの＃
を用ひる。長いのは四尺もある。＃
婦人は室内に引込んでゐて、來客に會ふことも、外出す＃
ることも少い。京城地方の婦人がたま〳〵外出する時＃
には、うちかけの樣なものをかぶつて、目ばかり出して＃
ゐる。上流の婦人は四方を閉ぢた輿［こし］に乘つて、外から見＃
られない樣にする。朝鮮人は餘り衞生に注意しないが、＃
＜Ｐ－１１１＞
婦人の着物をよく洗ふことは感心である。寒風身を切＃
る樣な冬の日でも、氷の下の水をくんでせんたくする。＃
暑い時分汽車に乘つて朝鮮を旅行すると、どこの山陰［かげ］＃
にも白い着物が乾してある。秋の夜長には衣打つきぬ＃
たの音が村々相應じて聞える。　　＃
第二十七課　　平和なる村　　＃
我が村には戸數三百、人口千四百餘あり。全村農業を以＃
て生計を立つ。村の財産家に勸業に熱心なる人あり、自＃
ら先んじて耕作・養蠶・養鷄・養魚等の模範を示せしを以＃
て、近年作物の改良も出來、又桑を植ゑ、蠶を養ふ者多く、＃
＜Ｐ－１１２＞
鷄を飼はざる家なし。何れの家にても卵を賣れば、其の＃
代金にて一年中用ふる塩・醤油を買ふに餘あり。池には＃
大抵鯉・鮒［ふな］等を養ひて、二年毎に之を賣るに、其の利少か＃
らず。又麥［ばく］稈［かん］眞［さな］田［だ］を編み、花［はな］筵［むしろ］を織ること行はれ、十二三＃
歳の少女も手を空しうする者なきに至れり。されば全＃
村頗るゆたかにして、皆其の家業を樂しめり。＃
村役場と學校とは相並びて村の中央に在り。村長は村＃
の舊家に生れ、極めて親切公平なる人なれば、深く村民＃
に敬愛せられ、幾度の改選にも常に選擧せられて、二十＃
餘年間勤續せり。校長も着實温厚なる人にして、生徒を＃
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愛すること子の如く、生徒も亦校長をしたふこと父母＃
の如し。其の他の教員も校長を模範として、職務に勉勵＃
するが故に、兒童は皆よく之になつきて、學校を思ふ心＃
厚く、卒業後も尚學校の門に出入するを樂みとせり。＃
村會議員も全村一致して之を選擧し、互に競爭するが＃
如きこと更になし。村會にて村費を議するにも、大抵原＃
案を可決するを常とす。或年暴風雨の爲に不作なりし＃
ことあり、其の翌年學校の經費を議するに當り、村會に＃
ては其の豫算の不足なるべきをうれへて、之を増加せ＃
んとせしに、村長は「不作の後なれば、成るべく經費を節＃
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約したしとの校長の意見によりて豫算を編成したる＃
なり。」と説明したれば、さらばとて原案のまゝに決議せ＃
り。＃
耕地整理は縣下諸村に先んじて着手し、昨年既に之を＃
完成せり。之によりて用水路の改修行はれ、潅［くわん］漑［がい］・排［はい］水其＃
のよろしきを得て、水田は乾田となり、二毛作をなし得＃
る良田五十六町歩を得るに至れり。又肥料の利目も著＃
しく、作物の發育も目立ちてよくなりて、村人の喜一方＃
ならず。里道の改修も全く成り、村内の重なる道路は荷＃
車・人力車を通ずるに至れり。青年の氣風を養ひ、智徳を＃
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みがくを目的とせる青年會あり、其の一事業として杉・＃
桧［ひのき］等の植林を營み、其の利益を以て學校の基本金とし、＃
其の一部をさきて、一村共同の有益なる費用にあつる＃
こととせり。十四五年の後には村民は教育の爲、一厘の＃
支出を要せざるに至るべし。＃
萬事此の有樣なれば、一村は一家の如く和合して、二十＃
年來未だ一人の犯罪者をも出したる例なし。　　＃
第二十八課　　同胞すべて六千萬　　＃
（一）　　＃
北は樺［から］太［ふと］・千島より、　　南臺灣・澎［はう］湖［こ］島、　　＃
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朝［てう］鮮［せん］八道おしなべて、　　我が大君の食［を］す國と、　　＃
朝日の御旗ひるがへ＊す＊　　同胞すべて六千萬。　　＃
（二）　　＃
神代はるけき昔より　　君臣分は定まりて、　　＃
萬世一系動きなき　　我が皇室の大みいつ。　　＃
あまねき光仰ぎ見る　　同胞すべて六千萬。　　＃
（三）　　＃
武勇のほまれ細［くはし］戈［ほこ］　　千［ち］足［たる］の國の名に負ひ＊て＊、　　＃
禮儀は早く唐人も　　稱へし其の名君子國。　　＃
祖先の遺風つぎ〳〵＊て＊、　　同胞すべて六千萬。　　＃
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（四）　　＃
瑞［みづ］穗［ほ］の國と農業は　　開けぬ地なし、野も山も。　　＃
商工業の發達に　　皇［み］國［くに］の富を起さんと、　　＃
勤勉・努力＊た＊ゆみなき　　同胞すべて六千萬。　　＃
（五）　　＃
智は東西の長を採り、　　文明古今の粹を拔く。　　＃
建國以來三千年　　歴史の跡にかんがみて、　　＃
日進月歩ゆるみなき　　同胞すべて六千萬。　　＃
（六）　　＃
東洋平和の天職は　　かゝる、我等の肩の上。　　＃
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東方文明先進の　　任務は重き日本國。　　＃
上下心＊を＊一にして、　　同胞すべて六千萬。　　＃
（七）　　＃
修身の徳是なりと、　　教育勅語のり給ひ、　　＃
戰後經營かくこそと、　　戊［ぼ］申［しん］の詔書かしこしや。　　＃
大みことのりたふとびて、　　同胞すべて六千萬。　　＃
尋常小學讀本卷十一終　　＃
