＜出典＞３４１　　　国定読本　３期４－１
＜Ｐ－０００＞
もくろく　＃
第一　世界………一　　二　中なほり………四十五　＃
第二　長き行列………四　　第十五　カヂ屋………四十九　＃
第三　横濱………七　　第十六　航海の話………五十二　＃
第四　潮干狩………九　　第十七　安倍川の義夫………六十一　＃
第五　れんげさう………十六　　第十八　木下藤吉郎………七十六　＃
第六　鎌倉攻………十八　　第十九　海ノ生物　＃
第七　傘松………二十二　　一　動物………七十九　＃
第八　馬………二十五　　二　植物………八十四　＃
第九　大阪………二十八　　第二十　マリーのきてん………八十八　＃
第十　獅子と武士………三十　　第二十一　二百十日………九十二　＃
第十一　初夏の夜………三十四　　第二十二　助力………九十五　＃
第十二　大連だより………三十五　　第二十三　加藤清正………九十七　＃
第十三　一太郎やあい………四十　　第二十四　彼岸………百八　＃
第十四　川中島　　第二十五　電報………百九　＃
一　一騎打………四十三　　第二十六　注文………百十三　＃
＜Ｐ－００１＞
第一　世界　＃
われらが住む世界は、其の形まるくして、球の＃
如し。ゆゑに之を地球といふ。＃
地球の表面には、海と陸とありて、海の廣さは＃
およそ陸の二倍半なり。＃
海を分けて太平洋・大西洋・印度洋とし、陸を分＃
けて、アジヤ洲・ヨーロッパ洲・アフリカ洲・南アメ＃
リカ洲・北アメリカ洲・及び大洋洲とす。＃
我が大日本帝國はアジヤ洲の東部にあり。＃
＜Ｐ－００２＞
＜Ｐ－００３＞
＜Ｐ－００４＞
地球の上には大小合はせて六十餘國あり。其＃
の中我が大日本帝國と、イギリス・フランス・イ＃
タリヤ及びアメリカ合衆國を世界の五大強＃
國といふ。＃
第二　長き行列　＃
一年生を先頭に、＃
二・三・四・五・六年が＃
四列になりて歩く時、＃
全校生徒の八百は＃
＜Ｐ－００５＞
八十間もつゞくなり。＃
日本中の小學生、＃
八百萬人ありといふ。＃
八百萬の小學生、＃
四列になりて歩かんか、＃
八十萬間つゞくべし。＃
君、此の長き行列の＃
中の一人は君にして、＃
＜Ｐ－００６＞
中の一人は僕なるぞ。＃
日本中の小學校、＃
三萬近くありといふ。＃
三萬近き學校に＃
分れて學ぶわれ〳〵の＃
望に向ふ足なみは＃
皆一せいにそろふなり。＃
世界に比なき帝國の＃
＜Ｐ－００７＞
強き御民となるべしと。＃
強き御民となるべしと。＃
第三　横濱　＃
横濱は東京の西南八里半の所にある一大貿＃
易港にして、商船の出入たゆる時なし。＃
港には防［ばう］波［は］堤［てい］ありて、風波のおそれ少く、水深＃
くして、いかなる大船もきしに横づけにする＃
ことを得。＃
輸出品の主なる物は、生絲と羽［は］二［ぶた］重［へ］とにして、＃
＜Ｐ－００８＞
生絲は多くアメリカ合衆＃
國に、羽二重はフランス・イ＃
ギリス等に送る。又輸入品＃
は綿［わた］もつとも多く、砂［さ］糖［たう］こ＃
れに次ぐ。しかして、綿は印＃
度より、砂糖はオーストラ＃
リヤより來る物多し。＃
横濱と東京との間には汽＃
車・電車の便あり。汽車はお＃
＜Ｐ－００９＞
よそ三十分毎に、電車はおよそ十分毎に發着＃
す。＃
第四　潮干狩　＃
舟が岸をはなれた。もやが水の上をこめてゐ＃
る。大川を下つて行く舟の中はうすら寒い。不＃
意に白い鳥がもやの中からとび立つた。おと＃
うさんにうかゞつたら、かもめだとおつしや＃
つた。＃
川口近くになると、潮干狩の舟がいくそうも＃
＜Ｐ－０１０＞
よつて來た。潮がずん〳〵下がるので、舟はす＃
つすと進んで、たちまち海へ出た。ぱつと明る＃
くなつた。にいさんが「我は海の子」をうたひ出＃
して、丸山君が合唱した。＃
だん〳〵潮が引いて、もう其所此所に洲が見＃
え出した。船頭が＃
「皆さん、そろ〳〵おしたくだ。」＃
と言つたので、みんな羽織をぬいで、着物のす＃
そをはしよつた。舟は間もなくとまつた。船頭＃
＜Ｐ－０１１＞
がさををつき立てて、それに舟をつないだ。さ＃
うしてさをの先に、赤いしるしのあるはんて＃
んをしばりつけて、＃
「皆さん、これが目じるしだよ。」＃
と言つた。僕が一番先に海へ下りた。水は思つ＃
たよりつめたかつた。＃
おとうさんも、にいさんも、丸山君も、妹も、お松＃
も、みんな下りた。＃
小さい熊［くま］手［で］で砂をかくと、おもしろいやうに＃
＜Ｐ－０１２＞
あさりが出た。時々は手ご＃
たへがして大きな蛤が出＃
た。淺い水たまりを歩くと＃
足のうらがぬるりとした。＃
おさへて見たら、小さなか＃
れひであつた。＃
「丸山君、かれひだ。」＃
と言つて、つかんで見せる＃
と、ふりかへつたのは知ら＃
＜Ｐ－０１３＞
ない人であつた。＃
潮がすつかり落ちて、海は＃
をかのやうになつた。舟で＃
來た人も、をかから來た人＃
も入りまじつて、何百人か＃
數へきれない程ゐる。何時＃
か知らない人とも話し合＃
ふやうになつて、大きな蛤＃
や馬［ま］刀［て］貝［がひ］でも取ると、おた＃
＜Ｐ－０１４＞
がひに見せ合ふ。日は暖で、風はな＃
し、むされるやうな氣がする。女の＃
人はたすきをかけて、手ぬぐひを＃
ねえさんかぶりにしてゐる。妹や＃
お松は何があつたのか、笑ひなが＃
らしきりに取つてゐる。＃
其のうちに潮がさしはじめたの＃
で、みんな舟にもどつた。めい〳〵＃
ざるをかしげて、え物を見せ合つ＃
＜Ｐ－０１５＞
た。妹とお松のざるには、やどかりがたくさん＃
ゐた。珍しかつたのは、丸山君のざるに、たつの＃
おとしごが一つあつたことであつた。＃
舟の中でゆつくりべんたうをたべた。潮がだ＃
んだんさして來て、何時の間にか洲が見えな＃
くなつた。船頭がさををぬいた。舟は上げ潮に＃
乗つて、をかの方へ動きはじめた。川口にかゝ＃
つた時ふりかへつて見たら、もう廣い海には＃
誰もゐなかつた。＃
＜Ｐ－０１６＞
昨日おかあさんにるすをしていた＃
だいて、うち中の者が潮干狩に參り＃
ました。此の蛤は私どもの拾つた中＃
から、大きなのをよつたのでござい＃
ます。＃
四月二十三日　正男　＃
叔父上樣　＃
第五　れんげさう　＃
此の頃はれんげさうの花ざかりである。四角［かく］＃
＜Ｐ－０１７＞
な田には四角に、細長い田には細長く、田の形＃
其のまゝに紅［あか］紫［むらさき］のもうせんをしきつめたや＃
うに見える。麥畠やなたね畠の間にさいてゐ＃
るのは、ことに目立つて美しい。＃
道ばたや土手にさいてゐるのは＃
こぼれ種であらう。しやうの強い＃
もので、一度種が地に落ちれば、年＃
年其所で花がさく。石垣の間でも、＃
地藏樣のかげでも、辻堂［だう］のえんの＃
＜Ｐ－０１８＞
下でもさく。＃
色が美しい上に、姿がやさしいので、つみ草の＃
時には、誰も之を取つて花たばにする。＃
第六　鎌倉攻　＃
「極［ごく］樂［らく］寺［じ］坂の味方があやふうございます。」＃
といふ使の後から、＃
「大將も討死されました。」＃
といふ使が來たが、總大將の新［につ］田［た］義［よし］貞［さだ］はびく＃
ともしません。手もとの軍ぜい二萬騎を引き＃
＜Ｐ－０１９＞
つれて、たゞちに極樂寺坂へ向ひました。＃
稻［いな］村［むらが］崎［さき］の此方に着いて、賊のそなへを見渡し＃
ますと、北の山手には木戸を立てて、數萬の兵＃
が之を守つてゐます。又南の海上にはひしひ＃
しと軍船を浮べて、岸には大木がきりたふし＃
てあります。鎌倉へは海陸ともに攻めこむす＃
きがありません。＃
義貞は馬から下りてかぶとをぬぎ、はる〴〵＃
と海上を拜しました。さて、心の中に、義貞今天＃
＜Ｐ－０２０＞
皇の御ためにいくさを起して、＃
賊臣北［ほう］條［でう］をほろぼさうとして＃
ゐます。海神ねがはくは潮を退＃
けて、道を開かせたまへと念じ＃
て、黄［こ］金［がね］作［づくり］の太刀を取つて、海の＃
中に投入れました。＃
すると、これまで潮の滿ちてゐ＃
た稻村崎は、其の夜の月の入る＃
頃に、二十餘町にはかに干上つ＃
＜Ｐ－０２１＞
て砂地にかはり、落ちて行く潮＃
にさそはれて、賊の軍船はこと＃
ごとく沖へ流れてしまひまし＃
た。＃
義貞は之を見て、＃
「ものども進め。」と、＃
其の遠干がたを＃
眞一文字に鎌倉＃
さして攻めこみ＃
＜Ｐ－０２２＞
ました。賊のそなへは忽ちくづれて、防ぐにも＃
防がれず、たゞあわてさわいでゐます。＃
此の時義貞が方々へ火をかけさせますと、濱＃
風が之をあふり立てたからたまりません。鎌＃
倉は一面火の海になつて、賊の大將高時以下＃
北條方は、此の火の中にほろびてしまひまし＃
た。＃
第七　傘松　＃
村の西にくぬぎ林がある。それを通りぬけて＃
＜Ｐ－０２３＞
四五町上ると、道ばたに大きな松が一本ある。＃
みきが二かゝへもあつて、枝が傘をひろげた＃
やうに出てゐるので、村の人は之を傘松と呼＃
んでゐる。其の松の下に＃
石できざんだ地藏樣が＃
立つていらつしやる。晒［さらし］＃
木［も］綿［めん］のづきんをかぶつ＃
て、雨ざらしになつてい＃
らつしやるが、何時もお＃
＜Ｐ－０２４＞
花が上つてゐる。時々は線［せん］香［かう］の上つてゐるこ＃
ともある。＃
傘松の四五間さきに、小さな茶屋が一軒ある。＃
茶屋にはおばあさんが一人＃
ぼつちで菓子やわらぢを賣＃
つてゐる。此のおばあさんに＃
むすこが一人あるのださう＃
だがずつと前から南アメリ＃
カへ行つてゐるといふこと＃
＜Ｐ－０２５＞
だ。＃
茶屋から二三町行つた所の右手に、まんぢゆ＃
う笠をふせたやうな塚［つか］がある。塚の前に馬［ば］頭［とう］＃
觀［くわん］世［ぜ］音［おん］とほつた石が立つてゐて、其の前に時＃
時新しい馬のくつが上つてゐる。これは馬が＃
けがをしないやうに、馬方が上げるのださう＃
だ。＃
第八　馬　＃
馬はたいそう元氣のよい動物で、生れた日か＃
＜Ｐ－０２６＞
らすぐ歩く。＃
走ることがはやくて、乗用としてはこれにま＃
さる動物がない。又力が強いので、荷物をつけ＃
たり、荷車をひかせたり、田や畠の耕作に使つ＃
たりする。＃
戰爭の時には乗用としても、輸送用としても、＃
きはめて大切なものである。武人は昔から之＃
を愛養して、いざといふ時には、それに乗つて＃
出かけた。畠山重［しげ］忠［たゞ］はひよどりごえのさか落＃
＜Ｐ－０２７＞
しに、馬をしよつて下りたといふし、近くは乃＃
木大將も、馬は煉［れん］瓦［ぐわ］造の小屋に入れて置かれ＃
たのである。＃
馬の高さは前足の所ではかる。八寸・九寸など＃
といふのは、四尺八寸・四尺九寸などのことで、＃
五尺あると十［と］寸［き］といふ。それ以上は十寸一寸・＃
十寸二寸などといふ。＃
我が國の馬は西洋諸國の馬にくらべると、せ＃
いも低く、體［たい］格［かく］もおとつてゐたが、近年外國か＃
＜Ｐ－０２８＞
ら種馬を輸入したので、大いに改良されて、い＃
たる所に良馬を見るやうになつた。＃
第九　大阪　＃
大阪ハ昔仁［ニン］徳［トク］天皇ノ都シタマヒシ所ニシテ、＃
其ノ頃天皇ハ立上ル煙ノ少キヲ見テ、民ノ貧＃
シキヲアハレミタマヒキ。今ハ商工業サカン＃
ニシテ、大工場多ク、エントツノ煙ツネニ空ヲ＃
オホヘリ。＃
市中ヲ流ルヽ川ヲ淀［ヨド］川トイフ。淀川ハイクス＃
＜Ｐ－０２９＞
ヂニモ分レテ海ニソヽグ。＃
又多クノ堀アリテ、川ト川＃
トヲツナゲリ。＃
市中ニハ電車ノ往復シゲ＃
ク、港ニハ船ノ出入タエズ。＃
大阪ノ西十里ニ神戸アリ。＃
神戸ハ一大貿易港ニシテ、＃
輸出入ノサカンナルコト＃
横濱ニユヅラズ。＃
＜Ｐ－０３０＞
大阪神戸間ノ交通ノ便利ナルコト、東京横濱＃
間ノ如シ。＃
第十　獅子と武士　＃
昔一匹の獅［し］子［し］、森の中にて眠りしに、後の暗き＃
やぶかげより大いなる蛇［へび］つと出でて、獅子の＃
からだにまきつきたり。獅子はおどろきてふ＃
りはなさんとしたれど、蛇はます〳〵かたく＃
しめつけたり。獅子の目は火の如くにもえ、怒＃
りてさけぶ聲には、百獸おそれてにげまどへ＃
＜Ｐ－０３１＞
ど、蛇はます〳〵強くしめつけたり。今や獅子＃
の息はたえんとす。＃
此の時此所に來りしは一人の武士なり。武士＃
の馬はおどろきて、後足にて立上り、おそれて＃
其所に近づかんともせず。武士は太刀をぬき＃
て馬よりとび下り、滿身の力をこめて、蛇の胴［どう］＃
中目がけて打下せば、蛇は眞二つとなりて、大＃
地にのたうちまはりてたふれたり。＃
獅子はうれしげに一聲高くほえ、たてがみを＃
＜Ｐ－０３２＞
ふるひ、四足をのばして後、＃
しづかに近よりて武士の＃
手をなめたり。これより獅＃
子は日夜武士につきした＃
がひてはなれず、武士には＃
無二の從者となれり。＃
かくて幾年かすぎし後、武＃
士は海をこえてふるさと＃
へ歸ることとなれり。獅子＃
＜Ｐ－０３３＞
はもとより武士にしたがひて行かんとせり。＃
しかるに船長はおそれて之をゆるさず。こゝ＃
に武士と獅子とはわかれざるを得ざること＃
となりぬ。＃
船は沖に向ひて港を出でたり。獅子はかなし＃
げにほえて、濱べに立上りたりしが、つと海の＃
中にをどり入りたり。船におよぎつかんとて＃
なり。されどかなふべくもあらず。獅子は武士＃
の方を見まもりて、あはれ、波の底に入りぬ。＃
＜Ｐ－０３４＞
第十一　初夏の夜　＃
なはてづたひに來る風も、＃
若葉のにほひかんばしく、＃
空一ぱいの星は皆、＃
凉しく金にまたゝけり。＃
田の面は水の廣々と、＃
蛙の聲もにぎはしく、＃
谷あひの家窓明けて、＃
＜Ｐ－０３５＞
夜に親しむ時は來ぬ。＃
第十二　大連だより　＃
大連へ來てから、もうかれこれ七八＃
十日、町のもやうも大分わかつて來＃
ました。＃
町に大山通・乃木町・奧［おく］町・兒［こ］玉［だま］町など＃
と、日露戰爭の時の大將方の名を取＃
つてつけてあるのは面白いでせう。＃
通は廣くて平で、歩道と車道の間に＃
＜Ｐ－０３６＞
並木が植ゑてありますが、此の頃は＃
其の葉の美しいさかりです。＃
目ぬきの所には三階建・四階建の石＃
造や煉［れん］瓦［ぐわ］造の家が軒をならべて立＃
つてゐるので、日本の町よりはかへ＃
つて西洋の都會に似てゐるといひ＃
ます。人口はおよそ十一萬、其の中日＃
本人は五萬人、支那人は六萬人です＃
が、日本人は年々ふえるばかりださ＃
＜Ｐ－０３７＞
うです。＃
船で來れば、神＃
戸から三晝夜、＃
門［も］司［じ］からは二＃
晝夜で當地へ＃
着きますが、來＃
て先づ誰でも＃
おどろくのは、＃
波［は］止［と］場［ば］の大き＃
＜Ｐ－０３８＞
なことです。第一第二第三と三つな＃
らんでゐて、たくさんな大船を一ど＃
きに横づけにすることが出來ます。＃
船から陸あげした荷物は、すぐ其所＃
から汽車にのせて、ハルビンへでも＃
北京へでも送ることが出來ます。＃
大連の貿易高は横濱や神戸よりは＃
少し下で、大てい大阪ぐらゐだとい＃
ひます。輸出品は豆粕［かす］が第一で、輸入＃
＜Ｐ－０３９＞
品は綿布が一番多いといふことで＃
す。＃
まだ來て二三箇月で、よくはわかり＃
ませんが、氣候も思つたよりよくて、＃
快晴の日が多いやうです。＃
旅順へは汽車で一時間で行けます。＃
十日ばかり前に、私ども中學の二年＃
生が修學旅行に行つて、白［はく］玉［ぎよく］山上の＃
表忠塔をあふぎ、又我が忠勇の士が＃
＜Ｐ－０４０＞
血を流し＃
て取つた＃
二百三高＃
地にも上＃
つて歸りました。＃
後便に又いろ〳〵申し上げませう。＃
六月十五日　良助　＃
愛作君　＃
第十三　一太郎やあい　＃
＜Ｐ－０４１＞
日露戰爭當時のことである。軍人をのせた御＃
用船が今しも港を出ようとした其の時、＃
「ごめんなさい。〳〵。」＃
といひ〳〵、見送人をおし分けて、前へ出るお＃
ばあさんがある。年は六十四五でもあらうか、＃
腰に小さなふろしきづつみをむすびつけて＃
ゐる。御用船を見つけると、＃
「一太郎やあい。其の船に乗つてゐるなら、鐵＃
砲を上げろ。」＃
＜Ｐ－０４２＞
とさけんだ。すると甲［かん］板［ぱん］の上で鐵砲を上げた＃
者がある。おばあさんは又さけんだ。＃
「うちのことはしんぱいするな。天子樣によ＃
く御ほうこうするだよ。わかつたらもう一＃
度鐵砲を上げろ。」＃
すると、又鐵砲を上げたのがかすかに見えた。＃
おばあさんは「やれ〳〵。」といつて、其所へすわ＃
つた。聞けば今朝から五里の山道を、わらぢが＃
けで急いで來たのださうだ。郡長をはじめ、見＃
＜Ｐ－０４３＞
送の人々はみんな泣いたといふことである。＃
第十四　川中島の戰　＃
一　一騎打　＃
越［ゑち］後［ご］の上杉謙［けん］信［しん］と甲［か］斐［ひ］の武［たけ］田［だ］信［しん］玄［げん］が、たびた＃
び信［しな］濃［の］の川中島で戰つた。＃
ある時謙信が山の手に陣を取つてゐると、信＃
玄は兵を二手に分けて、はさみうちにしよう＃
とした。謙信はそれをさとつて、夜の間に進ん＃
で信玄の陣へ攻入つた。信玄は不意を打たれ＃
＜Ｐ－０４４＞
ておどろいたが、忽＃
ち陣立をかへて、敵＃
を引受けた。＃
兩軍は入りまじつ＃
て、火花をちらして＃
戰つた。謙信は馬に＃
一むちくれて、信玄の本陣に切りこみ、大太刀＃
をふりかざして、信玄に打つてかゝつた。信玄＃
は刀をぬくひまがない。ぐんばいうちはでふ＃
＜Ｐ－０４５＞
せいだが、えが折れて、肩先へ切りつけられた。＃
信玄の家來は之を見て、後からやりで謙信を＃
ついたが、あたらない。力一ぱいに謙信の馬を＃
なぐりつけた。馬はおどろいてとび上つたの＃
で、信玄はあぶない所を助かつた。＃
二　中なほり　＃
川中島で前後五回戰つたが、まだ勝負がつか＃
なかつた。第六回目にいたつて、信玄から謙信＃
へ、＃
＜Ｐ－０４６＞
「戰をはじめてから十二年、今に勝負がきま＃
らない。よつて明日たがひに勇士を一人づ＃
つ出して組討をさせ、勝つた方のものが川＃
中島を取ることにしては。」＃
と申しこんだ。謙信はこれに同意した。＃
翌日武田方からは安［あん］間［ま］彦［ひこ］六［ろく］といふ大の男が、＃
物の具見事に着かざり、大の馬に打乗つて、上＃
杉方の陣へ向つた。上杉方からは小さな馬に＃
乗つた小さな鎧［よろひ］武［む］者［しや］が一人あらはれて、＃
＜Ｐ－０４７＞
「これは長［は］谷［せ］川［がは］與［よ］五［ご］左［ざ］衞［ゑ］門［もん］＃
と申す者、小兵なれどもお＃
相手致す。」＃
と名のつた。＃
二人はたがひに馬を乗りよ＃
せて、馬上のまゝでむんずと＃
組み、兩馬の間にどうと落ち＃
た。＃
彦六が與五左衞門を組みふ＃
＜Ｐ－０４８＞
せた。武田方が之を見て、聲をあげて喜ぶと、與＃
五左衞門は忽ち、はねかへして、彦六を組みし＃
き、手早く首を取つてさし上げた。上杉方はど＃
つとときの聲をあげた。＃
無念に思つて、武田方から十騎ばかり、木戸を＃
開いて切つて出ようとした。此の時信玄は之＃
を止めて、＃
「鬼神の如き彦六が、あれ程の小兵に討たれ＃
たは味方の不運。約束の川中島は謙信に渡＃
＜Ｐ－０４９＞
す。」＃
といつたので、めでたく中なほりが出來た。＃
第十五　カヂ屋　＃
私ノ近所ニ年ヨリノカヂ屋ガアリマシタ。セ＃
イガ高ク、目ガスルドクテ、チヨツト見ルト、コ＃
ハイヤウデシタガ、イタツテ正直デ、氣立ノヤ＃
サシイ老人デシタ。＃
トンテンカン、トンテンカント、毎朝暗イウチ＃
カラ、弟子ヲ相手ニ打ツツチノ音ガ聞エマシ＃
＜Ｐ－０５０＞
タ。一日モ休ンダコトハアリマセン。私ハ時々＃
其ノ仕事場ヘ行ツテ見マ＃
シタ。鎌ヲキタヘテヰタコ＃
トモアリマス。鍬ヲ打ツテ＃
ヰタコトモアリマス。ナタ＃
ヲ打ツテヰタコトモアリ＃
マスシ、車ノ輪ヲ打ツテヰ＃
タコトモアリマス。何時カ＃
私ノウチノツルベノ金タ＃
＜Ｐ－０５１＞
ガガコハレタ時、ツクロヒヲタノンダラ、翌日＃
スグニナホシテクレマシタ。＃
夏ノドンナ暑イ日デモ、アセヲ流シナガラ、日＃
ノクレルマデ働イテヰマシタ。イカニモ丈夫＃
サウナ老人デシタガ、去年ノクレニ死ンデシ＃
マヒマシタ。其ノ時分マデ、ヨソヘ奉公ニ行ツ＃
テヰタ若イムスコガ、今デハ其ノ後ヲツイデ、＃
朝カラ晩マデ、相カハラズ、トンテンカン、トン＃
テンカント、働イテヰマス。＃
＜Ｐ－０５２＞
第十六　航海の話　＃
遠洋航海を終へて、郷里に歸り來れる太平丸＃
の船長は、一日其の町の學校へまねかれて、航＃
海の話をなせり。＃
「私も子どもの時には、毎日此の學校へ通つ＃
て、皆さんと同じやうに、あの運動場で遊ん＃
だり、此の講堂でお話を聞いたり致しまし＃
た。で、今日此のなつかしい學校に來て、皆さ＃
んにお話をするのは、何よりもうれしいの＃
＜Ｐ－０５３＞
でございます。私は年中航海をしてゐるも＃
のですから、少し其のお話を致します。＃
皆さんは海を御存じでせう。汽船も軍艦も＃
御存じでせう。私の乗つてゐる太平丸とい＃
ふのは、長さが六十間程もある汽船で、乗組＃
人員だけでも二百人からあります。＃
先づいかりをあげて港を出て行きますと、＃
港に立並んでゐる人家は、だん〳〵小さく＃
なつて行きます。海岸の松原や、いその小山＃
＜Ｐ－０５４＞
も次第に遠くなつて、しまひにはもう何も＃
見えなくなります。どちらを向いても青い＃
水ばかりです。けれども＃
日の出や日の入には、日＃
光が波にうつつて、水の＃
色が金色になりますし、＃
月夜には波が銀色に光＃
つて、其の美しいことは＃
何ともいひやうがあり＃
＜Ｐ－０５５＞
ません。時には鯨が高く潮を吹＃
いてゐるのを見ることがあり＃
ます。何萬とも知れないいるか＃
が、はね上つてはおよぎ、はね上＃
つてはおよぎして行くのを見＃
ることもあります。又ある時にはとび魚が＃
甲板の上へとび上ることもあります。＃
外國の港に着くと、見なれない形の家が並＃
んで立つてゐます。其所にゐる人は、私ども＃
＜Ｐ－０５６＞
とはまるでちがつた風をして、まるでちが＃
つた言葉で話をしてゐます。見るもの聞く＃
ものが、總べて皆珍しいのであります。」＃
船長はコツプの水を一口飲みて、又其の話を＃
つゞけたり。＃
「航海といふものは、かういふ面白いもので＃
すが、たまには恐しい目にもあひます。急に＃
暴風雨が來ると、山のやうな波が立つて、船＃
は今にも沈むかと思ふやうになります。け＃
＜Ｐ－０５７＞
れども船はなか〳〵沈むものではありま＃
せん。又きりがかゝつたり、大雪が降つたり＃
して、一寸先も見えなくなることもありま＃
す。こんな時には、惡くすると淺瀬へ乗上げ＃
たり、外の船に衝［しよう］突［とつ］したりするやうなまち＃
がひが出來ます。それゆゑたえず海の深さ＃
をはかつたり、かねや汽笛を鳴らしたりし＃
ます。深さをはかるのは、淺瀬に乗上げない＃
ため、かねや汽笛を鳴らすのは、外の船に自＃
＜Ｐ－０５８＞
分等の船の居ることを知らせて、衝突をさ＃
けるためであります。＃
一たい船にはらしんぎといふ物があつて、＃
それで方角をとつて進みますから、いくら＃
きりが深くても、まるでちがつた方へ行く＃
やうなことはありません。又夜はいくら暗＃
くても、星が出てゐれば、それにたよつて方＃
角を知ることも出來るし、自分の船の居場＃
所を知ることも出來ます。又海岸には所々＃
＜Ｐ－０５９＞
に燈臺がありますから、それを見ると、あれ＃
は何所だといふことが分ります。此の星を＃
見分けることや、燈臺の＃
あかりを知ることは、船＃
に乗る者に取つて、はな＃
はだ大切なことなので＃
あります。」＃
船長はかくいひて後、一だ＃
ん聲をはり上げて、＃
＜Ｐ－０６０＞
「さておしまひに一ついつて置きたい事が＃
あります。それは日本は海國でありながら、＃
まだ海を恐れる人もあるといふことで、こ＃
れは實に殘念な事であります。ちよつと渡＃
船に乗つてさへ、こはがる者があります。海＃
の波を見たばかりで、もう恐しがる人もあ＃
ります。こんなことでは、どうして海國の民＃
といはれませう。＃
皆さんのうちには、大きくなつてから、商用＃
＜Ｐ－０６１＞
其の他で、外國へ出かける人もありませう。＃
漁業や航海業に從事する人もありませう。＃
どうか今から十分海になれて置くやうに＃
してもらひたいのであります。」＃
とむすびたる時は、拍［はく］手の音しばらくはやま＃
ざりき。かくて船長は外國より持歸りたる寫＃
眞帖を學校に寄［き］附［ふ］して去れり。＃
第十七　安倍川の義夫　＃
百八九十年昔の事であります。連日の雨で、川＃
＜Ｐ－０６２＞
といふ川には水があふれました。橋のないと＃
ころでは五日も十日も水のひくのを待たな＃
ければならず、川べの宿［しゆく］はとめきれない程の＃
客でございました。＃
中でも安［あ］倍［べ］川の宿は一そうの人ごみであつ＃
たと申しますが、「それ、川が渡れる。」といふこと＃
になりますと、我も〳〵と先をあらそつて渡＃
りました。渡るといつても、自分一人では渡る＃
ことは出來ません。水になれた人夫の肩に乗＃
＜Ｐ－０６３＞
るか、手をひいてもらふか＃
して渡るのでございます。＃
大ぜいの人々が口々に人＃
夫を呼んでは我先に渡ら＃
うとしますし、年よりや子＃
どもは聲を立てて呼合ひ＃
ますので、川べはひじやう＃
なさわぎでございました。＃
此の時見すぼらしいなり＃
＜Ｐ－０６４＞
をした一人の男が、人夫と渡賃を高いやすい＃
と言つてあらそつてゐましたが、相談は出來＃
ないものと見きつたのでせう、着物をぬいで＃
頭にのせ、一人で川へはいつて行きました。さ＃
うしてずゐぶんあぶない目にあつて、やうや＃
う向岸に着きました。＃
かの人夫は、少ししてから、何の氣もなく、先程＃
渡賃をあらそつた所へ行つて見ますと、革［かは］の＃
財［さい］布［ふ］が落ちてゐました。取上げると大そうお＃
＜Ｐ－０６５＞
もくて、中には小［こ］判［ばん］がどつさりはいつてゐま＃
した。これはあの人が落して行つたにちがひ＃
ないが、渡賃が高いといつて、此のあぶない川＃
を一人でこしたほどの人である。もし此の大＃
金がなかつたら、氣がちがつて死ぬやうな事＃
になるかも知れぬ。氣の毒なことだと思つて、＃
人夫はすぐ川を渡つて、かの男を追つかけま＃
した。＃
三四里行つて、大きな峠へかゝりますと、上か＃
＜Ｐ－０６６＞
ら片はだぬいで、右手につゑをついて、かけ下＃
りて來る者があります。見れば先の男でござ＃
います。人夫は「もし〳〵。」と呼びかけて、たづね＃
ました。＃
「あなたは今朝一人で川をこした方ではあ＃
りませんか。」＃
「さうです。」＃
「なんで又さうあわてて引つかへします。」＃
「落し物をしましたから。」＃
＜Ｐ－０６７＞
といひ〳〵かけ出します。人夫は其の男のた＃
もとをおさへて、＃
「まあ、お待ちなさい。落した物は。」＃
「革の財布で。」＃
「中には。」＃
「小判が百五十兩はいつて居ります。五十兩＃
は黄色なきれにつゝんであつて、百兩は小＃
さなふくろに入れてあります。外にまだ手＃
紙が七八本。」＃
＜Ｐ－０６８＞
「安心しなさい。此所へ持つて來ました。」＃
といつて、人夫は財布を出して渡しました。か＃
の男はゆめかとばかり喜んで、財布を幾度か＃
いたゞきましたが、目からはなみだがひつき＃
りなしにこぼれてゐます。しばらくして、＃
「家の中で見えなくした物でも、中々出ない＃
ものでございます。まして人通の多い渡場＃
で落しましたから、たとひとんで行つて見＃
た所で、もうあるまいとは思ひましたが、此＃
＜Ｐ－０６９＞
のまゝ歸ることも出來ませんので、引つか＃
へして參りました。いよ〳〵ない時には、川＃
の中へとびこんで死んでしまはうと、かく＃
ごをして來たのでございます。それがあな＃
たのやうな正直なお方に拾はれて、財布を＃
いたゞかせてもらひましたが、いたゞいた＃
のは財布ではなくて、私の命でございます。＃
ついては此の中の金を半分だけお禮のし＃
るしにさし上げます。」＃
＜Ｐ－０７０＞
といつて、財布の中に手を入れました。人夫は＃
之を見て、＃
「おやめなさい。あなたから一文でももらふ＃
氣があるくらゐなら、此所まで持つて來は＃
しません。さあ、道を急ぎなさい。私は渡場へ＃
歸つて人を渡します。」＃
といつて、歸らうとしました。かの男は「どうぞ＃
しばらく。」といつて引きとめました。＃
「私は此所から百里さきの紀［き］州の者でござ＃
＜Ｐ－０７１＞
います。房［ばう］州へ出かせぎに行つて、れふを致＃
して居りましたが、仲間の者が國へ送る金＃
をあづかつて、此の財布に入れて來たので＃
ございます。小ぶくろの方は私どものだん＃
なが國へおやりになる金ですが、だんなは＃
なさけ深い方ですから、此の金をあなたに＃
さし上げましても、おしかりになることは＃
あるまいと思ひます。どうぞ之を受取つて、＃
私の氣がすむやうにして下さい。其の上あ＃
＜Ｐ－０７２＞
なたのお名前をうけたまはりたうござい＃
ます。妻や子どもに、朝晩おねんぶつのかは＃
りにとなへさせます。」＃
人夫は之を聞いて、首をふりました。＃
「もしお金をもらつたら、あなたの氣はそれ＃
ですむかも知れませんが、私の氣がすみま＃
せん。私は川ばたの人夫で、名前をいふ程の＃
者ではありません。家には七十近い父と、三＃
十になる妻と、三つになる子どもがあるの＃
＜Ｐ－０７３＞
で、どうかすると、其の日のくらしにこまる＃
やうなこともありますが、心にすまないこ＃
とはまだ一度もした事はありません。たと＃
ひ親子の者がうゑ死をするやうなことが＃
あつても、人からいはれなく金をもらはう＃
とは思ひません。」＃
かういつて、さつさと歸つて參ります。かの男＃
は「それではこまる、ぜひ。」といひながら、人夫の＃
後について來ましたが、とう〳〵又川を渡つ＃
＜Ｐ－０７４＞
て、人夫の家へ參りました。見れば年取つた父＃
といふのが、うす暗い小窓の下で、わらぢを作＃
つて居りまして、妻はろばたでぼろをつゞつ＃
て居ります。かの男がわけを話して、どうかお＃
禮を受けてくれといひますと、年よりはちよ＃
つとふりかへりましたが、何ともいはず、すぐ＃
又仕事をつゞけました。妻もまた「せつかくで＃
すが。」といつて、相手になりません。＃
男はしあんにくれて、役所へうつたへて出ま＃
＜Ｐ－０７５＞
した。役人はわけをくはしくたづね、人夫をも＃
呼出して、＃
「さて〳〵、二人ともまことに心がけのよい＃
者。近頃かんしん致した。紀州の男は急いで＃
國へ歸つて、其の金をまちがひなくとゞけ＃
るやうに致せ。人夫には此方から手あてを＃
致す。」＃
と申し渡して、人夫にほうびの金をたくさん＃
やつたと申します。＃
＜Ｐ－０７６＞
第十八　木下藤吉郎　＃
豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］がまだ木［きの］下［した］藤吉郎といつて、織［お］田［だ］信＃
長の草［ざう］履［り］取をしてゐた時のことである。信長＃
はよく夜明前から馬場へ出て馬を乗りなら＃
した。毎朝げんくわんへ出て、＃
「誰か居るか。」＃
と呼ぶと、いつも藤吉郎が眞先に出て來た。＃
或大雪の朝、信長はいつもより早く起きて、＃
「誰か居るか。」＃
＜Ｐ－０７７＞
と呼ぶと、やはり藤吉郎が出て來た。＃
「そち一人か。」＃
「はい。」＃
「いつもより早いのに、よく參つて居つた。」＃
「いつも人より一時前に參つて居ります。」＃
「一時も前に。」＃
といつて信長は驚いた。一時は今の二時間に＃
あたるのである。＃
「寒からうが。」＃
＜Ｐ－０７８＞
「少しも寒くはございません。」＃
「寒くはない。」＃
「はい。これが御奉公だと思ひますれば、少し＃
も寒くはございません。」＃
信長はかるくうなづいたが、其の後間もなく＃
藤吉郎を草履取から引上げて役人の數に入＃
れた。これがそも〳〵藤吉郎出世のいとぐち＃
である。＃
第十九　海ノ生物　＃
＜Ｐ－０７９＞
一　動物　＃
海ノ中ニハ魚ヤ貝ヤ＃
其ノ外イロ〳〵ノ動＃
物ガスンデ居リ、又サ＃
マザマノ植物モ生エ＃
テ居ル。＃
魚類ニハイワシ・アヂ・＃
カツヲナドノヤウニ、＃
水ノ表面ニ近イ所ヲ＃
＜Ｐ－０８０＞
泳グモノガアリ、タヒ・アナゴ・ハモ＃
ナドノヤウニ、岩ノカゲヤ海藻ノ＃
間ヲ泳グモノガアリ、カレヒ・ヒラ＃
メナドノヤウニ、底ニ沈ンデヰル＃
モノモアル。＃
魚類ノ外ニ、エビ・カニ・タコ・イカナ＃
ドガスンデヰル。エビノピン〳〵＃
ハネタリ、カニノ横ニハツテアル＃
ク樣子ハ、池ヤ川ニスムモノトチ＃
＜Ｐ－０８１＞
ガハナイガ、タコヤイカガ、アシヲ＃
ソロヘテ泳グ樣ハ、マコトニ面白＃
イ。＃
アサリヤ蛤ハ砂ヤ泥ノ中ニ居リ、＃
カキヤアハビハ岩ニツイテヰル。＃
アハビハ岩ヲハナレテ動クコト＃
ガアルケレドモ、カキハ一度ツイ＃
タラ決シテハナレナイ。カキハ又＃
スグフエルモノデ、軍艦ヤ汽船ハ＃
＜Ｐ－０８２＞
時々之ヲカキオトサナケレ＃
バナラナイホドデアル。又眞＃
珠貝トイフモノガアル。指輪＃
ヤ襟［エリ］留［ドメ］ナドニハメル美シイ＃
眞珠ハ、此ノ貝ノカラノ中ニ＃
アルノデアル。＃
虫類モタクサン居ル。中デ面白イノハサンゴ＃
デ、タクサン集ツテ、木ノ枝ノヤウナ形ヲシテ＃
ヰル。カンザシノ玉ヤ根ガケノ玉ニスルサン＃
＜Ｐ－０８３＞
ゴハ、皆此ノ蟲ノ骨デアル。又物ヲ＃
洗ツタリフイタリスル時ニ使フ＃
海綿モ、ヤハリ海ノ底ノ岩ニ取リ＃
ツイテヰル蟲ノ骨デアル。＃
海ニハ又獸類ガスンデヰル。陸ノ＃
獸ニ似タモノニハ、ラツコ・ヲツト＃
セイ・アザラシナドガアリ、魚ニ似＃
タモノニハ、イルカヤ鯨ガアル。鯨＃
ハカラダガ甚ダ大キイ。陸ニスム＃
＜Ｐ－０８４＞
モノデハ、象＃
ガ先ヅ一番＃
大キイガ、象＃
ヲ鯨ニクラ＃
ベルト、赤子＃
ト大人トヨリモ、モツトチガフ。＃
二　植物　＃
海ノ深イ所ハ何萬尺モアル。コンナ＃
所ニハ、動物モゴクマレデ、植物ハ全＃
＜Ｐ－０８５＞
クナイガ、岸ニ近イ淺イ所カラ二三＃
百尺グラヰノ所マデニハ、海藻ガ生＃
エテヰル。＃
海藻ニハイロ〳〵アル。先ヅタベル＃
モノニハ、コンブ・ワカメ・アラメ・ヒジ＃
キ・アマノリ・アヲノリ・モヅクナドガ＃
アリ、糊［ノリ］ニスルモノニハ、フノリヤツ＃
ノマタガアリ、トコロテンヤカンテ＃
ンニスルモノニハ、テングサヤヱゴ＃
＜Ｐ－０８６＞
ノリガアル。此ノ他海藻ニハマダタクサンナ＃
種類ガアツテ、中ニハ肥料ニスルモノモアル。＃
海藻ノ形ハ樣々デ、帶ノ樣ニ廣クテ長イノモ＃
アレバ、全體ガ細カニ分レテ、枝ノ樣ニナツテ＃
ヰルノモアリ、ニハトリノトサカニ似タノモ＃
アル。＃
色モ一樣デハナイ。ミルヤモヅクノ樣ニ緑色＃
ノモノモアレバ、コンブヤアラメノヤウニ茶＃
色ノモノモアリ、テングサノヤウニ紅色ノモ＃
＜Ｐ－０８７＞
ノモアル。一ガイニイフコトハ出來ナイガ、先＃
ヅ緑色ノモノハ淺イ所ニ、紅色ノモノハ深イ＃
所ニ、茶色ノモノハ其ノ中間ニ生エテヰルノ＃
デアル。＃
海藻ハ花ガ咲カナイ。根ノヤウナ所モ、陸上ノ＃
植物ノ樣ニ養分ヲ吸取ルタメノモノデハナ＃
イ。タヾハナレナイヤウニ、岩ナリ石ナリヘク＃
ツツクダケノ用ヲナスモノデ、海藻ハ養分ヲ＃
其ノ體ノ全面カラ吸取ルノデアル。＃
＜Ｐ－０８８＞
第二十　マリーのきてん　＃
あわたゞしくかけこんで來た者があります。＃
見れば自國の兵士です。＃
「かくして下さい。敵が追つかけて來ます。」＃
マリーはどうかしてかくしてやりたいと思＃
ひました。けれども貧しい木こり小屋で、戸棚＃
一つもありません。こまつてゐますと、＃
「では水を一ぱい下さい。」＃
と兵士が言ひました。マリーが大急ぎでコツ＃
＜Ｐ－０８９＞
プに水を汲んで來ました。あまり急ぎました＃
ので、水がいすの上にあつ＃
たおばあさんのづきんに＃
こぼれました。＃
「あゝ、さうだ。」＃
と言つて、マリーはおばあ＃
さんのづきんを取つて、兵＃
士の頭にかぶせました。＃
「しばらく、うちのおばあ＃
＜Ｐ－０９０＞
さんにおなりなさい。」＃
かう言つて、又大急ぎでおばあさんの着物を＃
着せてやりました。肩かけや前だれまで。＃
「向ふむきになつて、此のいすにかけていら＃
つしやい。」＃
「かうですか。」＃
「あゝ、さうです。それから、つんぼのまねをし＃
てね。」＃
此の時どや〳〵と四五人の敵兵がはいつて＃
＜Ｐ－０９１＞
來ました。＃
「おい娘、兵士が一人來たらう。」＃
「いゝえ。」＃
「たしかに來たはずだ。」＃
と言つて、敵はあちこち見まはしましたが、お＃
ばあさんの肩に手をかけて、＃
「これ、おばあさん、お前は知つてゐるだらう。」＃
すると兵士のおばあさんが、＃
「はい、よいお天氣でございます。」＃
＜Ｐ－０９２＞
敵はどつと笑ひました。さうして、＃
「こいつ、かなつんぼだな。」＃
と言つて、みんな出て行つてしまひました。＃
第二十一　二百十日　＃
「よいあんばいだ。此のもやうなら、今日は大＃
したことはあるまい。」＃
と、おとうさんは朝起きるとすぐ空を仰いで＃
かうおつしやつた。何だか少しむし暑いやう＃
だが、空には雲もなくて、まことによく晴れて＃
＜Ｐ－０９３＞
ゐた。それが、朝飯がすむと間もなく、稻の葉が＃
さわ〳〵し出した。＃
「やはり二百十日だ。風が出て來た。」＃
と、又おとうさんがおつしやつた。＃
おぢいさんにきいたら、二百十日といふのは＃
立春の日から二百十日目の日のことで、此の＃
日はよく大風が吹くから、厄日といつて、農家＃
ではことに心配するのださうだ。＃
「どうかひどい風にならなければよいが。」＃
＜Ｐ－０９４＞
と、おぢいさんが言つていらつしやつたが、其＃
の中に南の空が黄色になつて、風がだん〳〵＃
はげしくなつて來た。垣根も倒れれば、しをり＃
戸も外れる。まして稻田は大波が打つ。＃
「困つた風だ。」＃
とおつしやつて、おぢいさんはかぼちや棚に＃
つつかい棒を入れたり、菊の鉢を軒下に運ん＃
だりされた。＃
仕合はせに午後は風が弱つた。夕方からは雨＃
＜Ｐ－０９５＞
になつて、風は全く止んだ。＃
第二十二　助力　＃
夏の眞晝の坂道に、＃
重き荷車ひきかぬる＃
人を見かねて、物賣は＃
になへる我が荷下に置き、＃
掛聲高くおしてやる。＃
村の役場に三十年、＃
＜Ｐ－０９６＞
勤めつゞけし小使の＃
年のよりしがあはれさに、＃
人々物を出し合ひて、＃
樂なくらしにかへてやる。＃
共同助力は人の道、＃
おのれの利のみかへりみず、＃
力を分ち、物をさき、＃
苦しむ者を、泣く者を、＃
＜Ｐ－０９７＞
助けて共に樂しまん。＃
第二十三　加藤清正　＃
豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］が朝［てう］鮮［せん］へ向はせた先手の大將は加＃
藤清正・小西行長の兩人でした。行長は清正の＃
軍功をねたみ、石田三［みつ］成［なり］に頼んで、清正のこと＃
を秀吉にざんげんしました。＃
三成は秀吉のお氣に入りですから、秀吉は之＃
を信じて、清正に歸國を命じました。清正は朝＃
鮮を立つて、伏［ふし］見［み］へ參りました。當時秀吉は伏＃
＜Ｐ－０９８＞
見の城に居つたのでございます。＃
清正は先づ増［ます］田［だ］長［なが］盛［もり］をたづねました。此の人＃
だけは自分のために心配してくれるであら＃
うと思つたのでございます。ところが長盛が＃
ろく〳〵あいさつもせず、石田と中直りをし＃
なければ太［たい］閤［かふ］の御きげんは直るまいと申し＃
ました。清正は腹を立てて、＃
「神々も照［せう］覽［らん］あれ、戰一つ出來ず、人のかげご＃
とばかりいふ石田めとは、此の清正一生中＃
＜Ｐ－０９９＞
直りは致さぬ。たとひ數年の軍功がみとめ＃
られず、此のまゝ切腹を命ぜられても、石田＃
めとは中直りは致さぬ。」＃
といひきつて歸りました。正直者の清正は人＃
づきあひが下手なので、誰一人清正を秀吉に＃
とりなす者がなく、とう〳〵太閤のお目通へ＃
出ることを禁ぜられました。＃
ところが或夜大地震が起つて、人家堂塔一時＃
に倒れ、人々の泣叫ぶ聲は天地にひゞきまし＃
＜Ｐ－１００＞
た。此の時清正は、地震と共に＃
はね起き、家來の者二百人に＃
梃［てこ］を持たせて、一さんに伏見＃
の城へかけつけました。夜は＃
まだ深うございます。＃
秀吉は城の庭にしき物をの＃
べさせ、幕やびやうぶでまは＃
りをかこはせ、大提［ぢやう］灯［ちん］をとぼ＃
して、御臺所やおそばの女ど＃
＜Ｐ－１０１＞
もと居りました。其所へ清正＃
がかけつけました。まだ誰一＃
人城に登つて居りません。清＃
正は大聲で申しました。＃
「加藤清正これまで參上仕＃
る。上樣をはじめ皆樣、おし＃
の下になつては居られぬ＃
かと存じ、家來ども二百人＃
に梃を持たせてかけつけ＃
＜Ｐ－１０２＞
ました。」＃
秀吉が之を聞いて、＃
「さて〳〵、早く參つた。」＃
と心の中で喜びました。さうして清正のやせ＃
た姿、日にやけた顔を見ては、怒がとけて、涙ぐ＃
みました。＃
「お庭先の御門を守る者がございません。某＃
の手で固めませう。」＃
と清正がいひますと、秀吉はうなづきました。＃
＜Ｐ－１０３＞
間もなく石田三成が城に登つて參りました。＃
「石田でござる。お通しなされ。」＃
「石田といふ者ださうだ。」＃
「ずゐぶんおそく來たものだ。」＃
「通さないことにしよう。」＃
などと清正の家來どもが申します。三成は驚＃
いて、＃
「今天下に此の石田を知らぬ者はあるまい。＃
御門を守る者は誰か。」＃
＜Ｐ－１０４＞
「加藤清正の家來でございます。」＃
「何と申す。清正は上樣へお目通がかなはぬ＃
はず。」＃
「何故にお目通がかなひませぬ。」＃
秀吉が之を聞いて、幕の中から、＃
「もうよい。通してやれ。」＃
といひましたので、清正は＃
「あのせいの低いのが石田だ。通してやれ。」＃
といつて、三成を入れてやりました。＃
＜Ｐ－１０５＞
翌日諸大名が伏見城の大廣間へつめました。＃
秀吉は清正を召出して、＃
「其の方は無分別者で、大名になつてもまだ＃
仲間げんくわのくせがぬけぬ。小西程の者＃
を堺［さかひ］の町人とのゝしり、又明［みん］國への返書に＃
豐臣清正と記したといふが、それはまこと＃
の事か。」＃
とたづねました。清正はつゝしんで、＃
「明國の使者、某の陣中に參り、『大明の軍勢四＃
＜Ｐ－１０６＞
十萬、勢はげしくおしよせたるに、日本の大＃
將小西行長は一たまりもなくにげ落ち、も＃
はや朝鮮に日本の武士は一人も居らぬ。生＃
けどつた者は皆かへせ。命ばかりは助けて＃
やらう。』などとの廣言。御威光にもかゝはる＃
所と存じ、『小西は日本の大將ならず、まこと＃
は堺の町人、道案内の者故、にげも致したで＃
あらう。此の清正こそはまことの大將、四十＃
萬の軍勢は此所へ向けよ。切つて〳〵切り＃
＜Ｐ－１０７＞
まくり、其の勢で明の都へおしよせ、四百餘＃
州をやきはらはう。』と返書をつかはしまし＃
たが、某は四つ五つの頃から親にはなれて、＃
姓も存じませんので、御威光を借りて豐臣＃
と記したのでございます。」＃
と、べんぜつさわやかに申し開きました。秀吉＃
は感心して、＃
「それは皆此の方がやりさうな事。清正はつ＃
けひもの頃から、此の方のひざの上でそだ＃
＜Ｐ－１０８＞
つたので、何時か見習つたものと見える。も＃
と此の方には近い親類の者、豐臣と名のつ＃
たのも差支がない。」＃
といつて、軍功の賞として、清正に名刀をあた＃
へました。＃
第二十四　彼岸　＃
彼岸ハ春ト秋トニアリテ、此ノ頃ハ晝夜ノ長＃
サホトンド相等シク、春ノ彼岸ヲ過グレバ、晝＃
ヤウヤク長ク、秋ノ彼岸ヲ過グレバ、夜ヤウヤ＃
＜Ｐ－１０９＞
ク長シ。晝ノ長クナルニツレテ、氣候ハ次第ニ＃
暖ク、夜ノ長クナルニツレテ、氣候ハ次第ニ寒＃
シ。故ニ「暑サ寒サモ彼岸マデ。」トイヘリ。＃
彼岸ハ七日ノ間ニシテ、其ノ中日ニ、春ハ春季＃
皇［クワウ］靈［レイ］祭［サイ］、秋ハ秋季皇靈祭ヲ行ハセラル。＃
農家ニテハ種［タネ］蒔［マキ］・株［カブ］分［ワケ］・植［ウヱ］替［カヘ］・接［ツギ］木［キ］・刈［カリ］込［コミ］・取入レ等＃
ヲナスニ、彼岸ヲ目アテトシテ、日ヲ定ムルコ＃
ト多シ。＃
第二十五　電報　＃
＜Ｐ－１１０＞
「おとうさん、電報が來ました。」＃
「どこからだらう。」＃
「シンとあります。」＃
「あゝ、信吉からだ。よんでごらん。」＃
「ハナシデキタイツクルヘン。」＃
「さうか。それでは明日の一番で立たう。」＃
「おとうさん、ヘンとは何のことですか。」＃
「返事のことだ。一つこしらへてごらん。」＃
「アシタノアサ一バンノキシヤデタツテイキ＃
＜Ｐ－１１１＞
マス。」＃
「それでは長過ぎる。電報はなるべくみじかい＃
方がよい。もつとつめてごらん。」＃
「アシタ一バンノキシヤデイキマス。」＃
「それで何字になる。」＃
「十五字です。」＃
「十五字までが一音［おん］信だが、にごりのある字は＃
二字に數へるのだから、それでは十七字にな＃
る。十五字までにしてごらん。」＃
＜Ｐ－１１２＞
「アス一バン＃
デタチマス。」＃
「それでもよ＃
いが、電報は＃
さうていね＃
いにいはな＃
くてもよい。もつと工夫してごらん。」＃
「アス一バンデタツ。」＃
「それでよい。それで十字だから、うちの屋がう＃
＜Ｐ－１１３＞
のカネキを入れて、此の頼［らい］信［しん］紙［し］に書きこんで＃
ごらん。」＃
第二十六　注文　＃
一　＃
ニツイタハデムキモウ二〇オクレ　＃
二　＃
去る三日にお差出しの縞物三十反、＃
本日無事に着きました。地もがらも＃
まことに當地向で、賣行もよからう＃
＜Ｐ－１１４＞
と思ひます。あのたちで子ども向の＃
品をもう五十反、至急お送り下さい。＃
代金は二口合はせて月末に送りま＃
す。＃
十月十三日　山口屋小三郎　＃
高田屋定吉殿　＃
をはり＃
