＜出典＞３５２　　　国定読本　３期５－２
＜Ｐ－０００＞
目ろく　＃
第一　明治神宮參拜………一　　第十五　輸出入………八十五　＃
第二　アレクサンドル大王と醫師フィリップ………七　　第十六　登校の道………八十九　＃
第三　道ぶしん………十一　　第十七　言ひにくい言葉………九十一　＃
第四　馬市見物………十六　　第十八　文天祥………九十六　＃
第五　燈臺守の娘………二十四　　第十九　温室の中………百　＃
第六　霧………二十九　　第二十　手紙………百六　＃
第七　パナマ運河………三十　　第二十一　日光山………百十　＃
第八　開墾………三十七　　第二十二　捕鯨船………百十二　＃
第九　陶工柿右衞門………四十四　　第二十三　太宰府まうで………百十六　＃
第十　銀行………五十　　第二十四　たしかな保證………百二十一　＃
第十一　傳書鳩………五十三　　第二十五　平和なる村………百二十四　＃
第十二　鉢の木………五十九　　第二十六　進水式………百二十七　＃
第十三　京城の友から………七十二　　第二十七　兒島高徳………百三十　＃
第十四　炭坑………七十九　　＃
＜Ｐ－００１＞
第一　明治神宮參拜　＃
十月十二日、我等五年生一同は、河井先生にみちび＃
かれて、東京代々木の明治神宮に參拜せり。＃
青山の神宮前停留場にて電車を下り、廣き參道を＃
行くこと十町ばかりにして神宮橋に達す。橋を渡＃
り、大鳥居をくゞりて南參道に入る。兩がはに木立＃
すき間もなく茂りて、新しき宮の境内とは思はれ＃
ず。左に折れて第二の鳥居を過ぎ、又右に折れて第＃
三の鳥居の前に出づ。水屋の水に手を清め口をす＃
すぎて南神門を入れば、拜殿・廻［くわい］廊［らう］など總べて白木＃
＜Ｐ－００２＞
造にて、神々しさたとへん＃
方なし。拜殿の前に進みて＃
整［せい］列し、謹みて拜し奉る。明＃
治天皇・昭［せう］憲［けん］皇太后御二方＃
のおほみたま、とこしへに＃
此所にしづまりまします＃
よと思へば、かしこさ殊に＃
身にしみておぼゆ。＃
先生の説明によれば、當社＃
の用材は主として木［き］曽［そ］産＃
＜Ｐ－００３＞
の桧［ひのき］なりとぞ。又日々に奉る供へ物には、御生前殊＃
に御好みありし品々を選ぶ由なるが、それらの品＃
を社務所にたづさへ來て、神前にさゝげたしと願＃
ひ出づる者數多しといふ。＃
寶物殿に到りて御遺物を拜觀す。平生きはめて御＃
質素にわたらせられし御有樣、一つ〳〵の御品の＃
上にうかゞはれて、無量の感に打たれたり。＃
それより社務所に行き、舊御殿・舊御［ぎよ］苑［ゑん］の拜觀を願＃
ふ。何れも、御在世中しば〳〵行［ぎやう］幸［かう］・行啓ありし所に＃
て、當時の御殿・御庭などの、今も其のまゝに保存せ＃
＜Ｐ－００４＞
らるゝなりとぞ。案内の人にみちびかれて、まづ社＃
務所の隣なる舊御殿を拜觀す。御殿は質素なる平＃
屋にて、御庭の此所彼所に、下葉の色づきかけたる＃
はぎ茂れり。はぎの御茶屋といふ名のあるも之が＃
ためなるべし。此所を出でて舊御苑に入り、木立の＃
間の細道をたどれば、程なく小さき建物の前に出＃
づ。名を隔［かく］雲［うん］亭［てい］といふ由なり。前には横長き池をひ＃
かへ、池のめぐりは見渡す限りの木立・くさむらに＃
て、さながら別天地に遊ぶ思あり。昔の武［む］藏［さし］野の姿＃
を此所に殘さんとの皇太后の思召のまゝに、今も＃
＜Ｐ－００５＞
人工を加へずといふ。＃
舊御苑を出でて北參道より歸る。途中、先生は＃
「此の境内は廣さ約二十二萬坪。舊御苑と舊御殿＃
の邊とをのぞ＃
きては、立木き＃
はめて少かり＃
しかば、新に植＃
込みたる木の＃
數、實に十數萬＃
本に及べり。大＃
＜Ｐ－００６＞
方は國民の眞心こめたる獻［けん］木にて、中には小學＃
生の奉りたるものも少からず。種類は大てい我＃
が國に産する限りを盡くし、産地は日本全國に＃
わたれり。臺灣・樺［から］太［ふと］など、遠方より送り來れるも＃
あれば、枯損ずるもの多かるべきに、ほとんど皆＃
勢よく根づきたるは、誠に驚くべき事ならずや。＃
ひつきやう掘取る者、運ぶ者、植込む者、一樣に心＃
を盡くして、大切に取扱ひたるによるならん。＃
又御造營の半ば頃より、各地方青年團の御手つ＃
だひを願ひ出づる者數多かりしかば、何れも十＃
＜Ｐ－００７＞
日間を限りて土木に從事せしめたるに、通常の＃
人夫にもまさりて仕事ははか取りたりと聞く。＃
これも眞心の致す所なるべし。」＃
と語られたり。＃
第二　アレクサンドル大王と醫師フィリップ　＃
昔ヨーロッパにアレクサンドル大王といふ王があ＃
つた。マケドニヤといふ小さな國の王子と生れ、二＃
十一で位につき、わづか十數年の間に四方の國々＃
を征服して、當時世界に類のない大國を建設した＃
英雄である。＃
＜Ｐ－００８＞
其の大王が東方諸國の遠征に出かけた時の事で＃
ある。或日王は部下の精兵を引連れ、燒けつくやう＃
に熱い平原を横ぎつて、タルススといふ町に着い＃
た。全身砂ぼこりにまみれた王は、町はづれを流れ＃
てゐるきれいな川にはいつて水浴をした。水は意＃
外に冷たくて、まるで氷のやうであつた。＃
此の水浴が體にさはつたものか、王は俄にはげし＃
い熱病にかゝつた。陣頭に立つては百萬の敵を物＃
とも思はぬ英雄も、病氣は如何ともすることが出＃
來ない。ようだいは時々刻々に惡くなつて行く。醫＃
＜Ｐ－００９＞
師は皆、投藥してもし萬一の事があれば、毒殺のう＃
たがひを受けはしないかと恐れて、たゞ經過を見＃
守つてゐるばかりである。＃
此の有樣を見て、フィリップといふ醫師が、一命をなげ＃
うつても王を助けようと決心した。方法は或劇［げき］藥＃
を用ひる外になかつたので、フィリップは眞心こめて＃
此の事を申し出た。王はこゝろよく之を許した。＃
フィリップが藥を調合しに別室へ退いた後へ、王の日＃
頃信頼してゐるパルメニオ將軍から、王にあてた＃
密書が屆いた。それにはフィリップが敵から大金をも＃
＜Ｐ－０１０＞
らふ約束で王を毒殺しようとしてゐるといふ風＃
説があるから、用心するやうにと書いてあつた。王＃
は讀終つて、そつと手紙をまくらの下へ入れた。＃
程なくフィリップは病室にはいつて來て、うや〳〵し＃
く藥のコップを王にさゝげた。王は片手にそれを受＃
取り、片手にかの密書を取出して、靜かにフィリップに＃
渡した。＃
一口又一口、平然と藥を飲む王、一行又一行、おそれ＃
と興奮に眼かゞやくフィリップ。＃
やがて讀終つたフィリップが、眞青な顔をして王を見＃
＜Ｐ－０１１＞
上げると、王は信頼の情を面にあらはして、フィリップ＃
を見下してゐた。＃
王は間もなく健康を回復して、再び其の英姿を陣＃
頭にあらはす事が出來た。＃
第三　道ぶしん　＃
十月二十五日は、青年團の道ぶしんの日であつた。＃
團員は、午前七時八幡［まん］神社の境内に集つた。總員三＃
十二人が四組に分れて、それ〴〵仕事の持場に向＃
つた。＃
午後四時、豫定の仕事を終へて、再び境内に集つた。＃
＜Ｐ－０１２＞
熱い番茶にのどをうるほして休んでゐる所へ、此＃
の頃墓參りのために朝鮮から歸つてをられる高＃
橋さんが來られた。高橋さんは、あちらで長らく教＃
育に從事してゐる人である。＃
「やあ、皆さん御苦勞ですね。今通つて見て來まし＃
たが、大そうりつぱになりました。よくこんなに＃
早く出來ましたね。どれ、私もお茶を一つ御ちそ＃
うになりませう。」＃
誰かが力石をころがして來て、土をはらつて高橋＃
さんの爲に席を作つた。高橋さんは、すぐ前に居る＃
＜Ｐ－０１３＞
順太郎君を見て、＃
「あなたもずゐぶん大きくなりましたね。おとう＃
さんの若い時そつくりです。私も、あなたのおと＃
うさんなどと一しよに、よく道ぶしんに出たも＃
のでした。」＃
高橋さんは、お茶を一口飲んで、＃
「郷里の青年諸君がこんなにまじめになつて來＃
たのは、何よりうれしい事です。私どもの若い時＃
分には、かういふ仕事になると、あなた方の半分＃
ぐらゐしか働きませんでした。朝のかゝりはお＃
＜Ｐ－０１４＞
そいし、晩のしまひは早い上に、とかく無責［せき］任な＃
事ばかりしてゐました。そんな風でしたから、ぼ＃
んの道ぶしんなどは、何時も二日はかゝつたも＃
のでした。皆さんの前に立つと、其の頃の心掛が＃
恥づかしくてなりません。＃
私が今度歸つて來て、はじめて青年團の規約を＃
見た時は、其のとゝのつてゐるのに驚いて、これ＃
がまじめに實行されてゐるかどうかと、少し氣＃
になつたのでした。しかし、此の間夜學を參觀し＃
た時の皆さんの熱心な樣子や、今日の働を見て、＃
＜Ｐ－０１５＞
大そう心強くなりました。私は此の村の青年諸＃
君が、かうして修養にも實行にも、骨を折つてを＃
られるのを、うれしく思ひます。＃
朝鮮の青年も、近頃はなか〳〵頭が進んで來ま＃
したので、あちらの教育に關係してゐる私ども＃
は、非常に喜んでをります。それにつけても、諸君＃
にも大いに奮發していたゞきたいのです。」＃
高橋さんの熱心な話は、それからそれへと續いて、＃
團員に強い感動をあたへた。やがて暮近くなつた＃
ので、一同は元氣よく團歌を歌ひながら、夕日を浴＃
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びて歸途についた。＃
第四　馬市見物　＃
宮本の伯父樣の所に着いたのは昨夜七＃
時でした。久々で皆樣といろ〳〵お話を＃
して、非常に愉［ゆ］快でした。ちやうど此の頃、＃
此所の名物の馬市が始つてゐるといふ＃
ので、今日は朝から、義雄君に案内しても＃
らつて見物に行きました。＃
だん〳〵市場に近づくと、本通も横町も＃
皆馬でいつぱいです。なれない私は、大丈＃
＜Ｐ－０１７＞
夫といはれても、やはり馬のそばを通る＃
のが危險なやうな氣がしてならなかつ＃
たが、土地の人は一向平氣で、三四歳の子＃
供でも、腹の下などを自由にくゞつて歩＃
きます。馬も誠に從順で、けたりかみつい＃
たりするやうな事は決してしません。＃
市場は町はづれにあります。廣さは二町＃
四方ぐらゐで、せり場を中央にして、其の＃
周圍は馬つなぎ場になつてゐます。私の＃
行つた時には、もう其所にすき間も無く＃
＜Ｐ－０１８＞
子馬がつないでありました。皆二歳駒［ごま］だ＃
さうです。まだせりが始るのに間がある＃
といふので、馬つなぎ場を見て廻つたが、＃
どの子馬も皆かはいらしい顔をして、お＃
となしくつながれてゐます。中には、母馬＃
がつきそつて來てゐるのもたくさんに＃
あります。＃
子馬には大てい＃
飼主の一家族が＃
ついて來て、親切＃
＜Ｐ－０１９＞
に世話をしてゐ＃
ます。中には、君ぐ＃
らゐの子供や、其＃
のおかあさんら＃
しい人が、今日の＃
別れを惜しんで、＃
泣きながら豆や＃
にんじんをやつ＃
たり、くびや背を＃
なでたりしてゐ＃
＜Ｐ－０２０＞
るのもあります。それを見ると、成程、こん＃
なにかはいがられて居れば、馬も從順で＃
人になつくわけだと、しみ〴〵思ひまし＃
た。＃
せりの始つたのは十時頃でした。せり場＃
の一方に高い臺があつて、其の上に掛の＃
人が居る。子馬が一頭づつ中央の廣場に＃
引出されると、黒山のやうに集つてゐる＃
買手は、自分の見込で思ひ〳〵の直をつ＃
けて、次第にせり上げる。其の間、買手の競＃
＜Ｐ－０２１＞
爭する聲と掛の人の聲と入亂れて、非常＃
ににぎやかです。さうして、もうこれが最＃
高の直だと見ると、掛の人が其の直で賣＃
渡すといふあひづに手を打つて、取引が＃
成立ちます。＃
取引の成立つた馬は、其の日の中に買手＃
に引渡されてしまひます。二年の年月苦＃
勞して育てて來たものが、急に見ず知ら＃
ずの人の手に渡つてしまふのだから、飼＃
主が泣いて別れを惜しむのも、もつとも＃
＜Ｐ－０２２＞
な事です。＃
此の町では、二歳駒の市が十日間も續い＃
て、其の間には千頭からの賣買があり、直＃
段も一頭四千圓・五千圓といふ高いのが＃
あるさうです。これ等の馬が日本全國に＃
散らばつて、或は軍馬になり、或は馬車馬＃
になり、或は耕馬になるのださうです。私＃
は今日此所に來て、飼主たちがあんなに＃
かはいがつてゐたのを見て、此の子馬共＃
を買つた人たちも、どうか同じやうにや＃
＜Ｐ－０２３＞
さしく扱つてくれゝばよいと、心からい＃
のりました。＃
歸りに散歩がてら町を歩いて見ると、賣＃
つてゐる菓子もおもちやも、多くは馬に＃
ちなんだ物で、店の看板にも馬がかいて＃
あるのがよく目につきました。成程、此の＃
邊は馬でもつてゐる處だと思ひました。＃
別封の繪葉書も歸りに買つたのです。市＃
場の樣子がよくわかるから、引合はせて＃
見て下さい。＃
＜Ｐ－０２４＞
十一月二日　兄から　＃
信吉どの　＃
第五　燈臺守の娘　＃
英國の東海岸にロングストーンといふ島がある。＃
其の一角にそびえてゐる燈臺に、年とつた燈臺守＃
が、妻と娘と三人で、わびしく其の日を送つて居た。＃
波風の外には友とするものもない此の島で、老夫＃
婦のなぐさめとなるものは、氣だてのやさしい一＃
人娘のグレース、ダーリングであつた。＃
或秋の夜の事である。一そうの船が、俄の嵐におそ＃
＜Ｐ－０２５＞
はれて、此の島に近い岩に乗上げた。船は二つにく＃
だけて、船尾の方は見る〳〵大波にさらはれてし＃
まつた。岩の上に殘つた船體には、十人許の船員が＃
すがり附いて、聲を限りに救を求めたが、何のかひ＃
もなかつた。＃
夜がほの〴〵と明けた頃、荒れくるふ海上を見渡＃
したグレース親子は、ふとはるかの沖合に、かの難＃
破船を見とめた。娘は驚いて、＃
「まあ、かはいさうに。おとうさん、早く助けに行き＃
ませう。早く〳〵。」＃
＜Ｐ－０２６＞
「あの波を御らん。かはいさうだが、とても人間業＃
では救へない。」＃
「私は、とても人の死ぬのをじつと見ては居られ＃
ません。さあ、行きませう。命を捨ててかゝつたら、＃
救へないことはありますまい。」＃
此のけなげな言葉は遂に父を動かした。二人は早＃
速ボートを出す支度に取りかゝつた。＃
やがてボートは岸をはなれた。打返す磯［いそ］波にまき＃
込まれたかと思へば、忽ち大波にゆり上げ、ゆり下＃
げられながら、沖へ〳〵とつき進む。親子は死力を＃
＜Ｐ－０２７＞
盡くして漕ぎに漕いだ。岩の附＃
近は波がいよ〳〵荒れくるふ。＃
打ちよせる大波、打返すさか波、＃
危く岩に打付けられ、忽ち死の＃
口に呑まれようとする。一進一＃
退、たゞ運を天にまかせて、二人＃
はボートをあやつつた。＃
からうじてボートはかの難破＃
船にたどり着いた。生殘つた船＃
員は涙を流して喜んだ。親子は＃
＜Ｐ－０２８＞
非常な危險ををかして、人々をボートに收容し、又＃
あらん限りの力をオールに注いで、我が家へと向＃
つた。つかれ果てた人々も、親子の勇ましい働には＃
げまされて、我も〳〵と力をそへる。かうしてボー＃
トは再び荒波を切りぬけて、燈臺に歸り着いたの＃
である。＃
二日たつて、天氣も晴れ、波浪もをさまつた。グレー＃
スの眞心こめた看護によつて、全く元氣を回復し＃
た人々は、親子にあつく再生の恩を謝し、名殘を惜＃
しんで此の島を去つた。＃
＜Ｐ－０２９＞
今まで人にも知られなかつた燈臺守の娘グレー＃
ス、ダーリングの名は、程なく國の内外に傳はつた。＃
娘の勇ましい行爲は、歌に歌はれ、其の肖［せう］像畫は到＃
る處の店頭に飾られた。＃
第六　霧　＃
しら〴〵と、朝霧野山をこめて、＃
月のごと、日輪ほのかに浮ぶ。＃
野路を行く人影たゞちにきえて、＃
けたゝまし、もずの音、こずゑはいづこ。＃
谷間よりはひ出で、木の幹ぬらし、＃
＜Ｐ－０３０＞
しら〴〵と、おぼろに朝霧流る。＃
しめやかに、夜の霧ちまたをつゝみ、＃
立並ぶ家々、ともしびうるむ。＃
影のごと、人去り人來る大路、＃
ほろ〳〵と聞ゆる笛の音いづこ。＃
窓ぎはにはひ寄り、ガラス戸ぬらし、＃
しめやかに、ひそかに夜の霧流る。＃
第七　パナマ運河　＃
北アメリカが南アメリカに續く部分は、パナマ地＃
＜Ｐ－０３１＞
峽［けふ］といつて、地形がきはめて細長くなつてゐる。此＃
の地峽に造つた運河が、世界に名高いパナマ運河＃
である。＃
パナマ地峽は一體に小山が起伏してゐる上に、地＃
層にはかたい岩石が多い。其の外にもいろ〳〵の＃
理由があるので、此の地峽を切通し、平かな掘割を＃
造つて、太平・大西兩洋の水を通はせることは到底＃
出來ぬ事であつた。そこで此の運河は、非常に變つ＃
た仕組に出來てゐるのである。＃
先づ地峽の山地を流れてゐる河の水をせき止め＃
＜Ｐ－０３２＞
て、湖を二つ造つた。高い＃
土地の上に水をたゝへ＃
たのであるから、湖の水＃
面は海面よりずつと高＃
い。此の湖へ兩方の海か＃
ら掘割が通じてある。所＃
で、此の高い湖と低い掘＃
割を何の仕掛もなしに＃
連結すれば、湖の水は瀧＃
のやうに掘割へ落込ん＃
＜Ｐ－０３３＞
で、とても船を通すことは出來ないから、掘割の處＃
處に水門を設けて、たくみに船を上下する樣にし＃
てある。＃
今太平洋の方から此の運河を通るとする。船は先＃
づ海から廣い掘割にはいる。しばらく進むと水門＃
があつて、行くてをさへぎつてゐる。近づくと、門の＃
戸びらは左右に開いて、船が中にはいり、戸びらは＃
しまる。上手にも水門があるので、船は大きな箱の＃
中に浮いてゐる形である。底の水道から水がわき＃
出て、船は次第に高く浮上る。と、上手の水門が開い＃
＜Ｐ－０３４＞
て、船は次の箱の中へはいる。前＃
と同じ方法で、船はもう一段高＃
く浮上り、次の水門を越して、小＃
さい人造湖に出る。此の湖を横＃
ぎると又水門があつて、船はさ＃
らに一段高くなる。かうして前＃
後三段に上つた船は、海面より＃
約二十六メートルも高い水面＃
に浮ぶのである。＃
それから船はクレブラの掘割＃
＜Ｐ－０３５＞
を通る。これは高い山地を切通したもので、此處を＃
切通すのは非常な難工事であつたといふ事であ＃
る。掘割を通過して船は又湖に出る。ガツン湖とい＃
つて、廣さが霞［かすみ］が浦の二倍以上もある大きな人造＃
湖で、湖上に點々と散在してゐる島々は、もと此處＃
にそびえてゐた山々である。此の湖を渡つて又水＃
門を通過する。今度は前と反對に、順次に三段を下＃
つて、海と同じ水面に浮ぶ。此處から又掘割を走つ＃
て、終に洋々たる太西洋に出るのである。運河は全＃
長五十哩餘り、凡そ十時間前後で之を航すること＃
＜Ｐ－０３６＞
が出來る。＃
パナマ地峽に運河を造る事は、數百年來ヨーロッパ＃
人のしば〳〵計畫したところで、實地に大仕掛の＃
工事を行つた事もあつたが、成功を見るに至らな＃
かつた。最後にアメリカ合衆國は、國家事業として＃
此の工事に着手し、十年の歳月と八億圓の費用と＃
を費して、我が大正三年、遂に之を造り上げたので＃
ある。＃
米國が此の運河を造るに成功したのは、主として、＃
最新の學理を應用したからであつた。衞生の設備＃
＜Ｐ－０３７＞
をよくして危險な病氣を根絶し、幾萬の從業者の＃
健康をはかつた事や、ほとんどあらゆる文明の利＃
器を運用して、山をくづし、地をうがち、河水をせき＃
止めた事など、一としてそれならぬものは無い。＃
昔、太平・大西兩洋の間を往來する船は、はるか南ア＃
メリカの南端を大廻りしなければならなかつた。＃
しかしパナマ運河の開通以來は、此の不便が無く＃
なり、したがつて世界の航路に大きな變動を生じ＃
たのである。＃
第八　開墾　＃
＜Ｐ－０３８＞
村はづれにある、うちの雜［ざふ］木山を開墾［こん］し始めてか＃
ら、もう一月餘りになる。父は毎日、兄や木びきの力＃
藏さんと、朝早くから行つて、夕方おそくまで働い＃
てゐる。今日は私もついて行つて見た。＃
かり取つた雜木、切倒した大木、掘起した木の根や＃
石ころ、まだあらごなしの開墾地は、まるで足のふ＃
み場も無い有樣である。私は思はず、＃
「やあ、すつかり變つた。」＃
と聲をあげると、兄は＃
「うん、これが四十日間の汗のたまものさ。」＃
＜Ｐ－０３９＞
といつて、かついで來たつるはしを下へ置いた。＃
地面は霜で眞白である。あたりは如何にも靜かで、＃
たまに散る落葉の音が、かさり〳〵と聞える。兄は＃
そこらに散らばつてゐる木の根や、小枝などを拾＃
ひ集めて來て、たき火を始めた。父は腰から鎌をぬ＃
きながら、＃
「あゝ、今朝はなか〳〵寒い。指の先がしびれるや＃
うだ。」＃
といつて、たき火のそばの切りかぶに腰を下し、鎌＃
をとぎにかゝつた。力藏さんも、＃
＜Ｐ－０４０＞
「しかし天氣が續いてよいあんばいだ。」＃
と誰に言ふともなく言つて、昨日からひきかけて＃
ゐるけやきの大木を、大のこぎりでひき始めた。父＃
は＃
「力藏さん、まあ、一服やつてから始めなさい。」＃
といつたが、力藏さんは見向きもせずに、元氣な聲＃
で、＃
「朝のうちに此のけやきだけぶつ倒したいと思＃
つてね。」＃
と答へて、止めようともしない。ずいこ〳〵といふ＃
＜Ｐ－０４１＞
のこぎりの音が、あたりの靜かさを破る。＃
向ふの山の頂に日の光が赤々とさして來た。何處＃
からか、ほがらかなひよどりの聲が聞える。やがて＃
父は、鎌を手にして雜木のやぶへはいつて行つた。＃
兄は私に＃
「壯吉、お前はおとうさんのかつた雜木を、かうい＃
ふ風に束ねて運んでくれ。」＃
といひながら、生木の枝で雜木を束ねて見せた。さ＃
うして兄は腰の手ぬぐひを取つて鉢まきにし、父＃
のかり取つたあとを元氣よくつるはしで掘返し＃
＜Ｐ－０４２＞
始めた。私は＃
教へられた＃
通り、雜木を＃
束ねては運＃
び、運んでは＃
又束ねて、精＃
一ぱいに働いた。＃
しばらくの間めい〳〵がこんな風に働いてゐる＃
と、谷向ふのくさむらの中から、けたゝましい羽ば＃
たきの音を立てて、山鳥が一羽飛立つた。同時に獵［れふ］＃
＜Ｐ－０４３＞
銃の音が續けざまに二發聞えた。日は大分高くな＃
つてさわやかにかゞやき、高い〳〵青空を、ひわの＃
一群が身輕さうに飛んで行く。＃
父は＃
「かうしてみんな手をそろへて働けば、來年の秋＃
はもう眞白な蕎［そ］麥［ば］の花で、此の地面が埋まつて＃
しまふのだ。」＃
と樂しさうに言つた。＃
かる、切る、掘る、運ぶ、誰も彼も一心不亂に働くので、＃
仕事は豫想以上にはかどり、九時頃にはもう數坪＃
＜Ｐ－０４４＞
の地面が新しく開かれた。力藏さんのひいてゐた＃
けやきの大木も、見事に根本から切倒された。＃
第九　陶［たう］工柿右衞門　＃
窯［かま］場［ば］から出て來た喜［き］三［さ］右［う］衞［ゑ］門［もん］は、縁先に腰を下し＃
て、つかれた體を休めた。日はもう西にかたむいて＃
ゐる。ふと見上げると、庭の柿の木には、すゞなりに＃
なつた實が夕日を浴びて、珊［さん］瑚［ご］珠のやうにかゞや＃
いてゐる。喜三右衞門は餘りの美しさにうつとり＃
と見とれてゐたが、やがて＃
「あゝ、きれいだ。あの色をどうかして出したいも＃
＜Ｐ－０４５＞
のだ」。＃
とつぶやきな＃
がら、又窯場の＃
方へとつて返＃
した。日頃から＃
自然の色にあ＃
こがれてゐた彼は、目のさめるやうな柿の色の美＃
しさに打たれて、もう立つても居ても居られなく＃
なつたのである。＃
喜三右衞門は、其の日から赤色の燒付に熱中した。＃
＜Ｐ－０４６＞
しかしいくら工夫をこらしても、目ざす柿の色の＃
美しさは出て來ない。毎日燒いてはくだき、燒いて＃
はくだきして、歎息する彼の樣子は、實に見る目も＃
いたましい程であつた。＃
困難はそればかりで無かつた。研究の爲には、少か＃
らぬ費用もかゝる。工夫にばかり心をうばはれて＃
は、とかく家業もおろそかになる。一年と過ぎ二年＃
とたつうちに、其の日の暮しにも困るやうになつ＃
た。弟子たちも此の主人を見限つて、一人逃げ二人＃
逃げ、今は手助する人さへも無くなつた。喜三右衞＃
＜Ｐ－０４７＞
門はそれでも研究を止めようとしない。人は此の＃
有樣を見て、たはけとあざけり、氣ちがひと罵つた＃
が、少しもとんぢやくしない。彼の頭の中にあるも＃
のは、唯夕日を浴びた柿の色であつた。＃
かうして五六年はたつた。或日の夕方、喜三右衞門＃
はあわたゞしく窯場から走り出た。＃
「薪は無いか。薪は無いか。」＃
彼は氣がくるつた樣にそこらをかけ廻つた。さう＃
して手當り次第に、何でもひつつかんで行つては＃
窯の中へ投込んだ。＃
＜Ｐ－０４８＞
喜三右衞門は、血走つた目を見張つて、しばらく火＃
の色を見つめてゐたが、やがて「よし。」と叫んで火を＃
止めた。＃
其の夜喜三右衞門は窯の前を離れないで、もどか＃
しさうに夜の明けるのを待つてゐた。一番鷄の聲＃
を聞いてからは、もうじつとしては居られない。胸＃
ををどらせながら窯のまはりをぐる〳〵廻つた。＃
いよ〳〵夜が明けた。彼はふるへる足をふみしめ＃
て窯をあけにかゝつた。朝日のさわやかな光が、木＃
立をもれて窯場にさし込んだ。喜三右衞門は、一つ＃
＜Ｐ－０４９＞
又一つと窯から皿を出してゐたが、不意に「これだ。」＃
と大聲をあげた。＃
「出來た〳〵。」＃
皿をさゝげた喜三右衞門は、こをどりして喜んだ。＃
かうして柿の色を出す事に成功した喜三右衞門＃
は、程なく名を柿右衞門と改めた。＃
柿右衞門は今から三百年ばかり前、肥前の有田に＃
ゐた陶工である。彼は此の後も尚研究に研究を重＃
ね、工夫に工夫を積んで、世に柿右衞門風といはれ＃
る精巧な陶器を製作するに至つた。柿右衞門はひ＃
＜Ｐ－０５０＞
とり我が國内において古今の名工とたゝへられ＃
てゐるばかりでなく、其の名は遠く西洋諸國にま＃
で聞えてゐる。＃
第十　銀行　＃
「おとうさん、今度役場の隣にりつぱな建物が出來＃
ましたね。あれは何ですか。」＃
「あれは銀行だよ。今までは横町の小さい家だつた＃
が、今度はあゝいふりつぱなのを建てたのだ。」＃
「銀行といへば、おとうさんは、何時かも銀行へ行つ＃
てお金を預けて來るとおつしやいましたね。銀行＃
＜Ｐ－０５１＞
はお金を預ける處ですか。」＃
「まあ、さうだね。」＃
「一體、なぜお金を預けるのですか。」＃
「お金といふものは、うちにしまつて置くものでは＃
ない。うちに置くと、火事にあつたり、盗人に取られ＃
たりする危險があるからね。さうで無くても、餘分＃
のお金があると、ついむだな事に使つてしまふ。だ＃
から、少しでも餘つたお金があつたら必ず預金に＃
して置くものだ。」＃
「預けたお金は何時でも返してもらへますか。」＃
＜Ｐ－０５２＞
「銀行の預金には定期預金といふのと當座預金と＃
いふのがある。當座の方は何時でも引出すことが＃
出來るが、定期の方は、預けた日から半年とか一年＃
とかきまつた期限が來ないと引出すことが出來＃
ない。」＃
「それでは當座預金の方が便利ですね。」＃
「便利だが、その代り利子が安い。定期の方には利子＃
がずつと多く附く。だから當分使ふ見込のない、ま＃
とまつたお金は定期預金にした方がよいのだ。」＃
「一體、銀行は人からお金を預つてそれをどうする＃
＜Ｐ－０５３＞
のですか。大勢の人に利子を拂ふだけでは、銀行が＃
損をしないでせうか。」＃
「世の中にはお金の有餘つてゐる人もあるが、又何＃
か事業を起さうと思つてゐる人で、お金のない人＃
がある。銀行は有餘つてゐる人からお金を預つて、＃
資金の足らぬ人に貸附けるのだ。貸附の利子は預＃
金の利子より高くしてあるから、其の差だけが銀＃
行の收入になるのだ。」＃
「成程、うまく出來たものですね。」＃
第十一　傳書鳩　＃
＜Ｐ－０５４＞
寶玉をちりばめたやうなかはいゝ目、紅をさした＃
かと思はれるやさしいくちばし、美しい羽毛に包＃
まれた圓い胸、鳩［はと］は見るからに愛らしいものであ＃
る。此の愛らしい小鳥が、他の方法では全く通信が＃
出來なくなつた場合でも、いろ〳〵の困難ををか＃
して、遠い處まで使者の役目を務めると聞いては、＃
誰でも驚かない者はあるまい。＃
鳩を通信に使つたのは、餘程古い時代からの事で、＃
殊に一時は非常に盛に行はれたが、無線電信など＃
が發明せられて以來、自然輕んぜられるやうにな＃
＜Ｐ－０５５＞
つた。ところが、先年の歐［おう］洲大戰で、やはり此のやさ＃
しい、しかも勇ましい通信者の働の偉［ゐ］大な事が證＃
明せられたので、今では各國共に盛に傳書鳩の改＃
良に力を用ひ、其の飼養を奬［しやう］勵してゐる。＃
鳩は餘程遠い處で放しても、正しく方向を判定し＃
て、矢のやうに自分の巣に飛歸る。それ故鳩の體に＃
手紙を附けて放せば、容易に通信が出來るのであ＃
る。＃
普通傳書鳩を使用する方法は、一定の飼養所から＃
他の土地に連れて行つて、飛歸らせるのである。し＃
＜Ｐ－０５６＞
かし此の外に、往復通信の＃
方法もある。それは、豫め甲＃
乙の二地をきめて置いて、＃
一方を飼養所、一方を食事＃
所とし、飼養所から食事所＃
へ通つて食物を取るやう＃
に馴らして、其の往來を利＃
用するのである。鳩は一分＃
間に約一キロメートルも＃
飛ぶ力があるから、四五十＃
＜Ｐ－０５７＞
キロメートルの處を往復して食事するぐらゐは＃
何でも無い。又暗い時の飛行に馴れさせて、夜間に＃
使ふ事も出來るし、飼養所を移動し、其處を見覺え＃
させて飛歸らせるやうにする事も出來る。＃
鳩に手紙を運ばせるには、足にアルミニウムかセ＃
ルロイドの細いくだを附け、又は胸に袋を掛けさ＃
せて、其の中に入れるのである。＃
傳書鳩を利用する場合はなか〳〵多い。飛行機の＃
不時着陸地點を知らせたり、漁業者が沖から獲物＃
の多少や難船の有樣を通知したり、登山者が路に＃
＜Ｐ－０５８＞
迷つて危險におちいつた時、救を求め＃
たり、いろ〳〵に利用する事が出來る。＃
又戰爭の時戰線から戰状を報じたり、＃
援兵を頼んだりするに使ふのも其の＃
一つである。殊に要塞［さい］が敵にかこまれ＃
て、無線電信機は破壞［くわい］せられ、傳令使は＃
途中で要撃せられ、全く方法の盡きた場合などに＃
は、此の勇ましい小傳令使にたよるより外はない。＃
あゝ、あのかはいゝ鳩が、一度任務を命ぜられると、＃
勇ましく高空に輪を畫がきながら、しかと方向を＃
＜Ｐ－０５９＞
見定め、矢のやうに目的地へ向つて飛んで行くの＃
を見たならば、何人も其のかしこさと勇ましさに＃
感心しない者はあるまい。＃
第十二　鉢の木　＃
雪の日の夕暮に近き頃、上州佐野の里に、つかれし＃
足の歩重くたどり着きたる旅僧あり。とあるあば＃
ら家の門口に杖を止めて、一夜の宿を貸し給へと＃
こへば、身なりはそまつなれど氣品高き婦人立出＃
でて、＃
「折あしく主人が留守でございますので。」＃
＜Ｐ－０６０＞
とことわりぬ。されど婦人は、氣の毒とや思ひけん、＃
僧をば待たせ置き、おのれは主人を迎へにとて外＃
に出行きけり。＃
折から、たもとの雪を打拂ひ〳〵つゝ此方へ來か＃
かれるは、此の家の主人なるべし。＃
「おゝ、降つたは〳〵。世に榮えてゐる人がながめ＃
たら、さぞ面白い事であらうが。」＃
感がいに打沈みてとぼ〳〵と歩を運ぶ。ふと我が＃
妻を見つけて、＃
「此の大雪に、どうして出かけたのか。」＃
＜Ｐ－０６１＞
「旅僧が一夜の宿を頼むとおほせられて、あなた＃
のお歸を待つていらつしやいます。」＃
主人は急ぎて家に歸りぬ。＃
僧は改めて主人に一宿をこへり。されど主人は、＃
「御覽の通りの見苦しさ、お氣の毒ながら、とても＃
お泊め申す事は出來ません。此處から十八町程＃
先に、山本といふ宿場があります。日の暮れない＃
中に、一足も早くお出かけなさい。」＃
といふに、僧は返す言葉もなくて出行きぬ。＃
すご〳〵と立去る僧の後影を見送りたる妻は、や＃
＜Ｐ－０６２＞
がて夫に向ひて、＃
「あゝ、おいたはしいお姿。と＃
ても明るいうちに山本ま＃
ではお着きになれますま＃
い。＃
お泊め申してはいかゞで＃
ございませう。」＃
同情深き妻の言葉に、主人は＃
いたく心動きて、＃
「ではお泊め申さう。此の大＃
＜Ｐ－０６３＞
雪、まだ遠くは行かれまい。」＃
主人は僧の後を追ひて外に＃
出でぬ。＃
「なう〳〵、旅のお方、おもど＃
り下さい。お宿致しませう。」＃
主人は聲を限りに呼べど、は＃
るかに行過ぎたる僧は、聞え＃
ぬにや、ふりかへらず。降積む＃
雪に道を失ひ、進みもやらず＃
たゝずみたる樣は、古歌に　＃
＜Ｐ－０６４＞
駒［こま］とめて袖打拂ふかげもなし、＃
佐野のわたりの雪の夕暮。＃
といへるにも似たりけり。＃
からうじて僧をともなひ歸れる主人は、物かげに＃
妻を呼びて、＃
「お連れ申しはしたが、差上げる物はあらうか。」＃
「粟［あは］飯ならございますが。」＃
主人はうちうなづきて出來り、僧に向ひて、＃
「お宿は致しても、さて何も差上げる物はござい＃
ません。ちやうど有合はせの粟の飯、召上るなら＃
＜Ｐ－０６５＞
と妻が申してをりますが、いかゞでございませ＃
う。」＃
「それはけつこう、頂きませう。」＃
やがて運び來れる貧しき膳［ぜん］に向ひ、僧は喜びて箸＃
を取りぬ。＃
三人はゐろりを圍みて坐せり。ゐろりの火は次第＃
におとろへ行きて、ひまもる夜風はだへをさすが＃
如し。＃
「だん〳〵寒くなつて來たが、あやにく薪も盡き＃
てしまつた。＃
＜Ｐ－０６６＞
さうだ〳〵。あの鉢の木をたいて、せめてものお＃
もてなしにしよう。」＃
とて主人の持來れるは、秘［ひ］藏の梅・松・櫻の鉢植なり。＃
僧は驚きて、＃
「お志は有難いが、そんなりつぱな鉢の木をたく＃
のは、どうぞ止めて下さい。」＃
「私はもと鉢の木がすきで、いろ〳〵集めた事も＃
ありましたが、かう落ちぶれては、それも無用の＃
物好と思ひ、大てい人にやつてしまひました。し＃
かし此の三本だけは、其の頃のかたみとして、大＃
＜Ｐ－０６７＞
切に殘して置いたのでございますが、今夜は之＃
をたいて、あなたのおもてなしに致しませう。」＃
主人は三本の鉢の木を切りてゐろりにたきぬ。僧＃
は其の厚意を深く謝し、さて＃
「失禮ながらお名前を聞かせて頂きたい。」＃
「いや、名前を申し上げる程の者ではございませ＃
ん。」＃
主人はけんそんして言はず。僧は重ねて＃
「お見受け申す所、たゞのお方とも思はれません。＃
是非お明かし下さい。」＃
＜Ｐ－０６８＞
「それ程おつしやるなら、恥かしながら申し上げ＃
ませう。佐野源左［ざ］衞［ゑ］門［もん］常世と申して、もとは佐野＃
三十餘郷の領主、それが一族どもに所領を奪は＃
れて、此の通りの始末でございます。」＃
といひて目をふせしが、主人はやがて語氣を改め＃
て、＃
「かやうに落ちぶれてはゐるものの、御らん下さ＃
い、これに具足一領、長刀一ふり、又あれには馬を＃
一匹つないでもつてをります。唯今にも鎌倉の＃
御大事といふ時は、ちぎれたりとも、此の具足に＃
＜Ｐ－０６９＞
身を固め、さびたりとも長刀を持ち、やせたりと＃
もあの馬にうち乗つて一番にはせ參じ、眞先か＃
けて敵の大軍に割つて入り、これぞと思ふ敵と＃
打合つて、あつぱれてがらを立てるかくご。しか＃
し此のまゝに日を送つては、唯空しくうゑ死す＃
る外はございません。」＃
一語々々、心の底よりほどばしり出づる主人の物＃
語に、いたく動かされたる旅僧は、兩眼に涙をたゝ＃
へて聞きゐたり。＃
翌朝僧は暇をこひて又行くへ知らぬ旅に出でん＃
＜Ｐ－０７０＞
とす。始は身の上をつゝみ、貧の恥をつゝまんとし＃
て宿をことわりし常世も、一夜の物語にうちとけ＃
ては、名殘なか〳〵盡きず。今一日留り給へとすゝ＃
めて止まざりき。旅僧もまた主人夫婦の情心にし＃
みて、そゞろに別れがたき思あり。されどかくて何＃
時まで留るべき身ぞと、心強くも立去りけり。＃
降積みし雪もあと無くきえて、山河草木喜にあふ＃
るゝ春とはなれり。頃しも鎌倉より、勢ぞろへの沙＃
汰俄に國々に傳はりぬ。常世は、時こそ來れと、やせ＃
馬にむちうつてはせつけたり。やがて命ありて御＃
＜Ｐ－０７１＞
前に召されぬ。諸國の大名・小名きら星の如く並べ＃
る中に、常世はちぎれたる具足を着け、さび長刀を＃
横たへ、わるびれたる樣もなく、進みて御前にかし＃
こまれば、最［さい］明［みやう］寺［じ］入道時［とき］頼［より］はるかの上座より、＃
「それなるは佐野源左衞門常世か。これは何時ぞ＃
やの大雪に宿を借りた旅僧であるぞ。其の時の＃
言葉にたがはず、眞先かけて參つたは感心の至＃
り。さて一族どもに奪はれた佐野三十餘郷は、理＃
非明らかなるによつて汝に返しあたへる。又寒＃
夜に秘藏の鉢の木を切つてたいた志は、何より＃
＜Ｐ－０７２＞
もうれしく思ふぞ。其の返禮として加賀に梅田、＃
越［ゑつ］中［ちゆう］に櫻井、上［かう］野［つけ］に松井田、合はせて三箇所の地＃
を汝に授ける。」＃
時頼は尚一同に向ひて、＃
「今度の勢ぞろへに集つた諸侍の中に、訴訟ある＃
者は申し出るがよい。理非を正して裁斷致すで＃
あらう。」＃
一同謹んで承る中に、常世は有難さ身にしみ、喜に＃
みちて御前を退きけりとぞ。＃
第十三　京城の友から　＃
＜Ｐ－０７３＞
しばらく御無沙汰致しました。皆樣御か＃
はりはありませんか。こちらも一同無事＃
です。何時か御約束した通り、今日は當地＃
の樣子を少しばかり申し上げます。＃
汽車で京城へ來る人は通常南大門驛で＃
下りるのです。此の停車場を出て大通を＃
東北に進むと、二町ばかりで大きな門の＃
前へ出ます。此の門が南大門です。京城の＃
市街は、もと石でたゝんだ高い城壁で圍＃
まれ、その處々にかういふ門があつて、出＃
＜Ｐ－０７４＞
入口になつてゐたのださうです。今でも＃
城壁は大部分昔の＃
面影を留めてゐま＃
すし、門も主なもの＃
は殘つてゐます。南＃
大門通から本町通・＃
鍾［しよう］路［ろ］通にかけての＃
一帶が、京城での一＃
番にぎやかな處で＃
す。＃
＜Ｐ－０７５＞
南大門の東南の方に南山といふ山があ＃
つて、公園になつてゐます。此處には天照＃
大神をおまつりした京城神社があり、又＃
其の近くに朝鮮總督［とく］府があります。＃
僕はもう南山へ何度も上りましたが、此＃
處からは京城の市街がまるで繪のやう＃
に見えます。市街の周圍を取圍んだ山々＃
は地はだが白く、それに松がまばらに生＃
えてゐる。北の方の山のすそには、松林を＃
後にして右に昌［しやう］徳［とく］宮、左に景福宮の壯大＃
＜Ｐ－０７６＞
な構がある。其の手前は一帶に朝鮮家屋＃
で、其の又手前には朝鮮ホテル・朝鮮銀行・＃
京城郵便局・天主教會堂などのりつぱな＃
洋館がそびえてゐる。すみきつた空氣の＃
中に煉瓦の赤色や、松の緑色などが鮮か＃
に浮出して見えるのは實にきれいです。＃
京城の西南部に龍［りゆう］山といふ處がありま＃
す。龍山はもと漢［かん］江［かう］にのぞんだ小さな町＃
であつたが、京城の發展するに連れて次＃
第に廣がり、兩方が町續きになつて、今で＃
＜Ｐ－０７７＞
は龍山も京城の中に編入されたのださ＃
うです。此處には軍司［し］令部や龍山停車場＃
などがあります。＃
こちらへ來てもう三月餘りになります＃
が、よくも續くと思ふくらゐの天氣續き＃
で、雨といふものはごくたまにしか降り＃
ません。殊に秋晴の美しさはかくべつで、＃
遠足好きの君なら、毎日何處へか出かけ＃
たくてたまらないだらうと思ひました。＃
此の頃は大分寒くなつて、朝は攝［せつ］氏零［れい］度＃
＜Ｐ－０７８＞
以下十何度といふきびしさ、學校へ行く＃
途中などは、寒いといふよりもいたいや＃
うに感じます。面白いのは、三日四日續い＃
て寒ければ、其の次には又其のくらゐの＃
間暖さが續くといふやうに、寒さと暖さ＃
がほとんど規則正しく交替することで＃
す。こちらでは昔から之を三寒四温とい＃
つてゐるさうです。＃
お知らせしたい事はまだいろ〳〵あり＃
ますが、大分長くなりましたから、今日は＃
＜Ｐ－０７９＞
此のくらゐにして置きます。どうか御兩＃
親樣によろしく。おついでに野田君や山＃
口君にもよろしく。＃
十二月十八日　原安雄　＃
水野竹次郎君　＃
第十四　炭坑　＃
此の間、九州三池の或炭坑［かう］を見物しました。＃
事務所で坑内服に着かへ、安全燈を持つて、案内の＃
事務員と一所に昇［しよう］降器に乗りました。合圖のかね＃
が鳴るとすぐ動き出す。地下水のしづくが、四方か＃
＜Ｐ－０８０＞
ら雨のやうに落ちて來る。昇降器がすさまじい勢＃
で下りて行くので、目がまはりさうです。安全燈の＃
取［とつ］手［て］を握りしめて、じつと目をつぶつてゐるうち＃
に、何時の間にか、地下九百尺の坑底に着きました。＃
昇降器を下りて、あたりを見まはすと、周圍の壁は＃
皆石炭で、それが電燈の光に物すごく光つてゐま＃
す。此處から方々へ坑道が通じてゐて、廣い坑道に＃
は、電氣機關車が炭車を引いて往つたり來たりし＃
てゐます。＃
坑道を少し行つて、ポンプ室の前に出ました。室の＃
＜Ｐ－０８１＞
中には、大きなポンプが幾＃
つも、すさまじい勢で活動＃
してゐます。これは炭坑内＃
の地下水を坑外へ汲出す＃
爲で、こんな大きなポンプ＃
を備へ附けてゐる處は、世＃
界でも珍しいさうです。＃
ポンプ室を出てから小道へはいりました。此處は＃
電燈も無いので、眞暗です。安全燈をたよりに歩い＃
て行くと、不意に足もとからねずみが一匹飛出し＃
＜Ｐ－０８２＞
ました。はつと思つて立止ると又一匹。事務員は平＃
氣で、＃
「坑内には、ねずみがたくさん居て困ります。」＃
と言つて笑ひました。＃
其のうちに馬屋の前に出ました。二三十匹の馬が＃
まぐさを食つてゐます。坑内に馬が居るのは不思＃
議だと思つて、聞いてみると、これは石炭を運ぶた＃
めに飼はれてゐるのださうです。＃
馬屋の前を通つてだん〳〵奧深く進むと、いよい＃
よ石炭を掘つてゐる處へ來ました。つるはしの音＃
＜Ｐ－０８３＞
がこつつり〳〵聞える。暗＃
やみの中にかすかに安全＃
燈が光つてゐる。近づいて＃
見ると、坑夫が汗だらけに＃
なつて、元氣よく石炭を掘＃
つてゐます。つるはしの先＃
がきらりと光る。石炭がが＃
さりと崩れる。又つるはし＃
をふり上げる。石炭の壁は＃
安全燈の光に照らされて、＃
＜Ｐ－０８４＞
黒光りに光つてゐます。採炭坑夫は四人づつ一組＃
になつてゐて、其の内の二人が石炭を掘崩すと、他＃
の二人がそれをざるで運んで炭車に入れる。炭車＃
が一ぱいになると、馬方がそれを馬に引かせて、電＃
氣機關車の通ふ道まで運んで行きます。＃
歸途、事務員は次のやうな事を話してくれました。＃
「今から四百年許前の事ださうです。或日、此の附＃
近の山へ薪をとりに來た百姓が、たき火をして＃
ゐると、そばの黒い岩に火がつき、煙をあげて燃＃
出しました。驚いて調べてみると、あたりは同じ＃
＜Ｐ－０８５＞
眞黒な岩ばかりでした。それから『燃える石』とい＃
ふひやうばんが高くなつて、附近の村々では之＃
をとつて薪の代りに使ふやうになりました。こ＃
れがつまり此の炭坑の始ださうです。」＃
坑外に出ると、急に夜が明けたやうで、日光の有難＃
さをしみ〴〵感じると共に、あの坑内でたえず活＃
動してゐる坑夫の仕事を、たふといものに思ひま＃
した。事務所の湯にはいつて服を改めると、更に生＃
きかへつたやうな氣持がしました。＃
第十五　輸出入　＃
＜Ｐ－０８６＞
我々が今日生活して行くには、我が國で出來る品＃
物ばかりでは用が足らない。又國内で出來るもの＃
を使ふよりも、時には外國の品を使ふ方が都合の＃
よい事もある。種々の品物が遠く外國から輸入さ＃
れるのは、主にこれ等の事情からである。＃
米は我が國でずゐぶん多くとれるが、全く外國米＃
の足しまへを受けぬわけには行かない。それで、印＃
度支那半島あたりから年々輸入してゐる。又毛織＃
物の原料になる羊毛は、我が國ではほとんど産し＃
ないから、オーストラリヤ・南部アフリカなどから＃
＜Ｐ－０８７＞
輸入する。機械類は、近年我が國でも盛に製造され＃
るやうになつたが、物によつては、やはり外國の品＃
を買つた方が得な場合が少くない。それで、機械類＃
もまだかなり多く輸入されてゐる。＃
我が國は種々の品物を輸入してゐるばかりでな＃
く、國内で出來た物を外國へ輸出することもなか＃
なか多い。輸出品の主な物は、生絲・綿織物・綿絲・羽二＃
重・銅・茶・マツチなどで、輸出先はアメリカ合衆國・支＃
那・イギリス・フランス等である。＃
又外國から原料を輸入し、それに加工して、更に外＃
＜Ｐ－０８８＞
國へ輸出する事も少くない。綿花は主に印度やア＃
メリカ合衆國から輸入し、それに加工して綿絲や＃
綿織物を造る。これらの製品は我々の使ひ料にも＃
なるが、又支那・印度其の他の東洋諸國へ輸出され＃
る。支那の豚の毛が輸入されて日本でブラシに造＃
られ、又支那へ輸出されるなども同じ例である。＃
最近における我が國の輸出入總額は數十億圓の＃
多額で、之を十年前の額に比べると、實に十數倍で＃
ある。輸出入の額の増加して行くのは國家が次第＃
に盛になる印である。＃
＜Ｐ－０８９＞
第十六　登校の道　＃
冬の朝日のさす軒下に、＃
俵あむ手のいそがしげなる＃
父と母とに暇を告げて、＃
勇みて出づる我が家の門。＃
こずゑ明るき林を行けば、＃
やぶかうじの實木の根に赤く、＃
霜柱たつやぶかげの路、＃
ふめばさく〳〵銀みだる。＃
＜Ｐ－０９０＞
耕地整理のあとうつくしく、＃
並ぶ田の面に氷きらめき、＃
新道づたひ車重げに＃
ひき來る馬のつく息白し。＃
村の社の掃［さう］除［ぢ］や終へし、＃
はうき手に〳〵此方をさして＃
語りつゝ來る若き人々、＃
今朝とく出でし兄も交れり。＃
＜Ｐ－０９１＞
第十七　言ひにくい言葉　＃
ナマムギナガゴメナガタマゴ。＃
ナマムギナマモメナマタマゴ。＃
幾度もくりかへしてゐる中に、太郎は＃
生麥生米生卵。＃
と、早口にすら〳〵言へるやうになつた。太郎は得＃
意になつて、＃
「おとうさん、こんなに言ひにくい言葉は外に無＃
いでせう。」＃
といふと、父はにこ〳〵笑ひながら、＃
＜Ｐ－０９２＞
「おとうさんは、もつと言ひにくい言葉を知つて＃
ゐる。」＃
「何といふ言葉ですか。」＃
「『はい。』といふ言葉と、『いゝえ。』といふ言葉だ。」＃
「『はい。』『いゝえ。』大變やさしい言葉ではありません＃
か。どうしてそんなに言ひにくいのです。」＃
父は＃
「誠にやさしいやうだが、それで中々言ひにくい＃
場合があるのだ。」＃
翌日太郎が友だちの正雄・良一と三人連で、學校か＃
＜Ｐ－０９３＞
ら歸る時の事であつた。「本道は遠いから近道を通＃
らう。」と正雄が言ふと、良一はすぐ賛成した。其の近＃
道といふのは田のあぜ道で、途中にはかなり深い＃
小川にかけ渡した一本橋がある。太郎は前から父＃
に、「あの橋は危險だから決して渡つてはならぬ。」と＃
固く禁ぜられてゐたのであるが、友だちのすゝめ＃
をことわりかねて、一所に渡り出した。すると橋は＃
まん中から折れて、三人は水中におちいつた。さい＃
はひ附近の田で働いてゐた村の人々に助けられ、＃
何れもぬれねずみのやうになつて家に歸つた。＃
＜Ｐ－０９４＞
父は＃
「お前はどうしたのだ。かねてあぶないといつて＃
置いた、あの橋を渡つたのでは無いか。」＃
とたづねたが、太郎はだまつてゐた。＃
其の夜又父に強く聞きたゞされて、太郎はやつと＃
今日の次第を有りのまゝに話した。父は＃
「なぜ其の時『いゝえ、僕は止められてゐるから渡＃
りません。』と、きつぱりことわらなかつたのか。」＃
「僕は再三ことわつたのです。すると、しまひに皆＃
が僕の事を弱蟲だといつて笑ひました。僕は殘＃
＜Ｐ－０９５＞
念でたまらなくなつたので、何此のくらゐの事＃
がこはいものかと、自分から先に立つて渡つた＃
のです。」＃
「成程弱蟲だ。人の言ふことに對して『いゝえ。』と言＃
切るには、ほんたうの勇氣がいる。お前のやうな＃
弱蟲には、ひよつとすると命を失ふやうなあぶ＃
ない時でも、言出すことの出來ない程、『いゝえ。』と＃
いふ言葉は言ひにくいのだ。＃
それから又、晝間私が聞いた時、なぜすなほに『は＃
い。』といはなかつたのだ。」＃
＜Ｐ－０９６＞
「僕何だかきまりが惡くつて、さう言へなかつた＃
のです。」＃
「それ御らん。『はい。』も言ひにくい言葉では無いか。」＃
太郎はつく〴〵と自分の惡かつた事を後悔する＃
と共に、「はい。」と「いゝえ。」の言ひにくいわけをさとる＃
ことが出來た。＃
第十八　文天祥　＃
支那の宋［そう］朝の末、北方に元といふ國おこり、勢日々＃
に盛にして、宋の領地ををかしゝかば、宋は次第に＃
おとろへて、ほとんど亡びんとするに至れり。＃
＜Ｐ－０９７＞
宋の臣文天祥［しやう］大いに之をうれへ、義兵を集めて國＃
難を救はんとす。其の友之を止めていはく、「羊の虎＃
に向ふが如し。危し。」と。天祥きかずしていはく、「我も＃
とより之を知る。唯國家の危きを如何せん。」と。出で＃
て元軍に當る。＃
然るに元軍の勢いよ〳〵盛にして、宋軍到る處に＃
敗れ、皇帝・皇后も遂に敵手に落ちぬ。こゝにおいて＃
皇兄位をつぐ。文天祥命を奉じ、各地に轉戰して元＃
軍を破る。されど宋軍の大勢日々に非にして、天祥＃
の誠忠を以てしても如何ともすることあたはず。＃
＜Ｐ－０９８＞
たま〳〵元の大軍至るに及んで天祥大いに敗れ、＃
遂に敵兵に捕へらる。＃
時に宋の勇將張［ちやう］世［せい］傑［けつ］よく戰ひて元軍を防ぐ。敵將＃
張弘［こう］範［はん］如何にもして之を降らしめんとし、文天祥＃
に命じていはく、「書をしたゝめて張世傑を招け。」と。＃
天祥固くこばみていはく、「我、國を救ふことあたは＃
ず。いづくんぞ人をいざなひてそむかしめんや。」と。＃
張世傑等の奮戰も大勢を轉ずることあたはずし＃
て、宋遂に亡びしかば、張弘範、文天祥に説きていは＃
く、「宋亡びぬ。御身の忠義を盡くすべき所なし。今よ＃
＜Ｐ－０９９＞
り心を改めて元に仕へば、富貴は意の如くならん。」＃
と。天祥きかず。或人又なじりていはく、「汝大勢の如＃
何ともすべからざるを知つて、何ぞいたづらに苦＃
しむことの甚だしきや。」と。天祥いはく、「父母の病あ＃
つければ、醫藥の効なきを知りても、尚治療［れう］につと＃
むるは人情の常にあらずや。心力を盡くしてしか＃
も救ふことあたはざるは天命なり。事既にこゝに＃
至る。天祥唯死せんのみ。」と。遂に獄［ごく］に投ぜらる。＃
元の皇帝深く文天祥を惜しみ、ねんごろに諭［さと］して＃
元に仕へしめんとす。天祥いはく、「我は宋の臣なり。＃
＜Ｐ－１００＞
いづくんぞ二朝に仕へんや。願はくは我に死をた＃
まへ。」と。帝其の志の動かすべからざるを知り、之を＃
刑［けい］場に送らしむ。天祥刑せらるゝにのぞみ、從容と＃
していはく、「臣が事終る。」と。うや〳〵しく南、宋の方＃
を拜して死す。＃
元帝歎じていはく、「文天祥は眞の男子なり。」と。＃
第十九　温室の中　＃
寒い北風に吹かれながら、冬枯の小道を通つて來＃
て、一足温室の中にはいると、全く別の世界に來た＃
やうな心持がする。とり〴〵の花の色、むせ返るや＃
＜Ｐ－１０１＞
うな強い香、ぼうつと身に感じる暖さ、ガラス屋根＃
を通して來るやはらかい日の光、まるで春の國に＃
居るやうだ。先に立つたにいさんが、＃
「あゝ、咲いてゐる、〳〵。みよ子、ずゐぶん珍しい花＃
があるだらう。此處は重に蘭［らん］の類を集めてある＃
處だ。熱帶地方から持つて來たのだから、かうし＃
て年中六七十度以上の暖さの處に置かなけれ＃
ばいけないのだ。」＃
と、いろ〳〵説明して下さる。たくさん咲いてゐる＃
中で一番美しいのは、たれ下つた莖に、幾つも咲い＃
＜Ｐ－１０２＞
てゐる薄紅色の花である。＃
それから少し行くと、うつ＃
ぼかづらといふものがあ＃
る。葉の先からつるを出し＃
て、五六寸の細長い袋をつる＃
してゐる。＃
「此の袋で蟲をとるのだ。中＃
をのぞいて御らん、何かは＃
いつてゐるやうだから。」＃
とおつしやるから、そつとの＃
＜Ｐ－１０３＞
ぞいて見ると、はへのやうな蟲が二匹、底の水の中＃
で、動けなくなつてゐる。ほんたうに不思議な草だ。＃
「さあ、今度は葉のきれいな植物を集めてある處＃
だ。」＃
といつて、にいさんは次の室へ案内して下さる。成＃
程、緑色の絹絲で作つたのかと思はれるやうな葉＃
もあれば、赤や黄や青や紫のまだらの美しいのも＃
ある。中には、まるで花かと思はれる紅色の葉が、莖＃
の上の方に群がつて出てゐるものもある。＃
建物は此處から右に折れる。次の室には大きい熱＃
＜Ｐ－１０４＞
帶植物類が並んでゐる。椰［や］子［し］・バナヽ・コーヒー・ゴム＃
の木などは名を聞いてゐたが、實物を見るのは始＃
めてである。にいさんは＃
「此の後にかまがある。其處から熱い湯を管で各＃
室へ送つて、適當に暖めるやうになつてゐるの＃
だ。」＃
と教へて下さつた。＃
其處から又右に折れると、細長い室一ぱいに、目も＃
さめるやうな草花が並べてある。にほひのよいの＃
や、色の美しいのや、形のかはいらしいのや、どれを＃
＜Ｐ－１０５＞
見てもどれを見ても、一枝髮にさしてみたい。にい＃
さんも足を止めて、＃
「どうだ、美しいだらう。此の温室は南を受けてゐ＃
る上に、十分熱い湯が通つてゐるから、こんなに＃
早く咲くのだ。一度此の中にはいると、また寒い＃
處へ出るのがいやになるね。」＃
とお笑ひになつた。外はさつきよりも一そう風が＃
強くなつたのか、ガラス越しに見える向ふの木が＃
ひどくゆれる。其の枝の先にしよんぼりと止つて＃
ゐる烏の姿も、見るから寒さうだ。＃
＜Ｐ－１０６＞
第二十　手紙　＃
一　＃
御手紙有難く拜見致し候。寒さきびしき＃
折から皆樣には御障もなく、御前樣にも＃
日々學校に御通ひなされ候由、安心致し＃
候。さて御父上樣の御葉書ならびに御前＃
樣の御手紙により、御母上樣には去る二＃
日御安産にて、玉の樣なる女の御子御生＃
れの由承り、誠にめでたくうれしき限り＃
と存じ候。男ばかりの御兄弟の中に、此の＃
＜Ｐ－１０７＞
度始めて妹を得られ候事、御前樣の御喜＃
さぞかしと察し申し候。私とてもかはゆ＃
らしきめひの生れ候と聞きては、何より＃
うれしく、一日も早く御顔を見たく存じ＃
候。御名は何と付けられ候や、これも早く＃
承りたく、御知らせ待ち上げ候。御母上樣＃
はまだ御やすみにて、御前樣には御家事＃
御手つだひのため、何かと御いそがしき＃
事と察し申し候。近き處ならば早速上り＃
候て御世話も致すべく候へども、何分百＃
＜Ｐ－１０８＞
里の山川をへだてたる事とて、それも心＃
に任せず、甚だ殘念に存じ居り候。今日小＃
包にて粗末なる物、赤さんの御着物にも＃
と御送り致し候間、御前樣御ひまの折、裁＃
縫のおけいこに御仕立て下されたく候。＃
皆樣へよろしく御傳へ下されたく願ひ＃
上げ候。かしこ。＃
五月五日　叔母より　＃
さち子どの　＃
二　＃
＜Ｐ－１０９＞
承り候へば、御祖母樣には先日より御病＃
氣の處、御養生のかひもなく、去る十九日＃
遂に御死去遊ばされ候由、誠に驚き入り＃
候。平生甚だ御達者にて、近來は殊に御元＃
氣のやうに承り居り候事とて、此の度の＃
御報は全く夢かと存ぜられ候。大兄をは＃
じめ皆樣方の御悲歎、如何ばかりかと御＃
察し申し上げ候。當地に御住まひの頃度＃
度參上致し、大兄と共にいろ〳〵御話を＃
承り候事など、今更のやうに思ひ出され＃
＜Ｐ－１１０＞
候。兩親も非常に驚き居り、あつく御悔申＃
し上げ候やうにと申し出で候。尚御生前＃
御好物なりしやうかん一折、小包便にて＃
御送り申し上げ候間、御佛前へ御供へ下＃
されたく候。先は右とりあへず御悔申し＃
上げ候。＃
二月六日　小林梅吉　＃
大森茂樣　＃
第二十一　日光山　＃
二［ふた］荒［ら］の山もと木深き處、＃
＜Ｐ－１１１＞
大［だい］谷［や］の奔［ほん］流岩打つほとり、＃
金銀珠玉をちりばめなして、＃
ひねもす見れどもあかざる宮居。＃
浮きぼり・毛ぼりの柱にけたに、＃
振るひしのみのて巧をきはめ、＃
丹青まばゆき格［がう］天［てん］井［じやう］に、＃
心をこめたる繪筆ぞにほふ。＃
美術の光のかゞやく此の地、＃
＜Ｐ－１１２＞
山皆緑に水また清く、＃
樂園日本のたへなる花と、＃
とつ國人さへめづるもうべぞ。＃
第二十二　捕鯨船　＃
昨夜の風雨は名殘なくをさまつたが、海面にはま＃
だ波のうねりが高い。一隻の捕鯨船が、勇ましく波＃
を切つて進んで行く。マストの上の見張人が不意＃
に＃
「鯨、鯨。」＃
と聲高く叫んで、北の方を指さした。＃
＜Ｐ－１１３＞
甲板に立つてゐた船長を始め十人許の乗組員は、＃
ひとしく目を其の方向に向けた。はるかのあなた＃
に白い水煙が見える。＃
砲手の落ちついた力のこもつた號令に、船ははや＃
方向を轉じた。砲手は此の時早く船首の砲後に立＃
つて、其の引金に手をかけた。右に左に鯨を追ひつ＃
つ四五十メートルまで近づいた時、ねらひを定め＃
て、ずどんと一發、破裂矢をしかけたもりを打つ。も＃
う〳〵と立ちこめる白煙の間から見ると、すさま＃
じい波を起して、鯨は海底深く沈んだ。＃
＜Ｐ－１１４＞
「命中、々々。」＃
一同は歡呼の聲をあげた。もり＃
が體内深くくひ込んで、破裂矢＃
が見事に破裂したのであらう。＃
もりにつけた長い綱［つな］はぐんぐ＃
ん引張られて、三百メートル許＃
もくり出された。＃
やがて鯨は再びはるか彼方に浮上つた。今まで勢＃
よく引出されてゐた綱もやゝゆるんで來た。綱を＃
次第々々にくりもどすと、鯨は刻一刻船に近よつ＃
＜Ｐ－１１５＞
て來る。しかしまだなか＃
なか勢が強いので、綱を＃
卷いてはのばし、のばし＃
ては卷いて、氣長くあし＃
らつてゐるうちに、さす＃
がの鯨も次第に弱つて、＃
船から五十メートルぐ＃
らゐの處まで引寄せら＃
れた。其の時、二番もりが＃
打出された。二十メート＃
＜Ｐ－１１６＞
ルもある大鯨が今は全く息たえて、小山のやうな＃
體を水面に横たへる。あたりには流れ出る血に、紅＃
の波がたゞよふ。＃
「萬歳、々々。」＃
船員は手早く鯨の尾をくさりで船ばたにつない＃
で、威勢よく根據［きよ］地に引上げる。＃
第二十三　太宰府まうで　＃
汽車で二日市驛に着いたのは午前の八時、驛前で＃
太［だ］宰［ざい］府［ふ］行の輕便鐵道に乗つた。まだ芽の出ないは＃
ぜの木の間を通り、霜の眞白に置いた田の中を走＃
＜Ｐ－１１７＞
る。十五分許で汽車は太宰＃
府町に着いた。＃
太宰府町は太宰府神社の＃
ある處である。青銅の大鳥＃
居をくゞつて進むと、沿道＃
の家は大てい天滿宮にち＃
なんだ物を賣つてゐる。間＃
もなく神社の廣い境内に＃
はいつた。何百年も經たで＃
あらうと思はれる樟［くす］の大＃
＜Ｐ－１１８＞
木が茂り合つてゐる。池にかけてある二つの太［たい］鼓［こ］＃
橋を渡り、繪馬堂の前を通つて樓［ろう］門をくゞると、本＃
殿の前に出る。うや〳〵しく拜んでさて頭を上げ＃
ると、神前の大きな神鏡が、きら〳〵とかゞやいて＃
ゐて神々しい。此の神社は菅［くわん］公の御墓所に建てた＃
ものだと聞いて、一層感を深くした。＃
社殿の後に廻ると、其處は廣々とした梅林で、幾百＃
本とも知れない古木の梅が咲續いてゐる。白梅は＃
今ちやうど眞盛りであるが、其の間に咲きかけの＃
紅梅が點々と交つて美しい。掛茶屋に休んで名物＃
＜Ｐ－１１９＞
の餅を食べてゐると、不意にかん高い鳥の聲が聞＃
えた。茶屋のおばあさんに尋ねると、それは園内に＃
飼つてある鶴の聲であつた。＃
歸りは二日市まで歩くことにした。地圖を便りに＃
して進んで行くと、山畑の其處此處に野梅の咲き＃
こぼれてゐるのも面白く、霜よけのわらの間から、＃
黄色い夏みかんがちら〳〵見えてゐるのも珍し＃
い。途中、太宰府といふ昔の役所の跡などを見て、榎［えのき］＃
寺［でら］といふ處に立寄つた。此處は菅公配所の跡であ＃
る。低いじめ〳〵した松林の中に小さな社がある。＃
＜Ｐ－１２０＞
公は此處にうつされてから一歩も外へは出ない＃
で、三年の歳月を送られたさうである。宮中の御［ぎよ］宴［えん］＃
の事を思ひ出して詩を作＃
られたのも此處であらう。＃
榎寺を出て二日市の停車＃
場へ急いだ。冬の日はもう＃
暮れかゝつてゐる。あちら＃
こちらの村々からは細い＃
煙が立上つてゐる。停車場に着いた時は午後の六＃
時を過ぎてゐた。＃
＜Ｐ－１２１＞
第二十四　たしかな保證　＃
外國の或商會で、新聞紙に店員入用の廣告を出し＃
た。申し込んで來た者は五十人許もあつて、中には＃
知名の人の紹［せう］介［かい］状を持つて來た者や、りつぱな學＃
歴のある者もあつたのに、主人はそれ等の人々を＃
さしおいて、或一人の青年をやとひ入れた。＃
後日、人が主人に向つて、どういふお見込で、あの青＃
年をお用ひになつたのかと尋ねた。＃
主人は答へて、＃
「あの青年が私の室にはいる前、先づ着物のほこ＃
＜Ｐ－１２２＞
りを拂ひ、はいると靜かに戸をしめました。きれ＃
いずきで、つゝしみ深いことは、それでよく分り＃
ました。談話の最中に一人の老人がはいつて來＃
ましたが、それを見るとすぐに立つて、椅［い］子［す］をゆ＃
づりました。人に親切なことはこれでも知れる＃
と思ひました。あいさつをしてもていねいで、少＃
しも生意氣な風が無く、何を聞いても、一々明白＃
に答へて、しかもよけいなことは言ひません。は＃
きはきしてゐて、禮儀［ぎ］をわきまへてゐることも、＃
それですつかり分りました。＃
＜Ｐ－１２３＞
私はわざと一さつの書物を床の上に投げて置＃
きました。外の者は少しも氣がつかないらしか＃
つたが、あの青年ははいるとすぐに書物を取上＃
げて、テーブルの上に置きました。それで注意深＃
い男だといふことを知りました。＃
着物は粗末ながら、さつぱりしたものを着て、齒［は］＃
もよくみがいてゐました。又字を書く時に指先＃
を見ると、爪はみじかく切つてゐました。外の者＃
は着物だけは美しかつたが、爪の先は眞黒にな＃
つてゐる者が多うございました。＃
＜Ｐ－１２４＞
かういふ點から、いろ〳〵の美質をもつてゐる＃
ことをよく見定めて、あの青年をやとふことに＃
したのです。りつぱな人の紹介状よりも、何より＃
も、本人の行がたしかな保證です。」＃
といつた。＃
第二十五　平和なる村　＃
我が村には戸數三百、人口千四百餘あり。全村農業＃
を以て生計を立つ。村の財産家にて事業に熱心な＃
る人、みづから先んじて耕作・養蠶・養鷄・養魚等の模＃
範をしめししを以て、近年は作物も改良せられ、桑＃
＜Ｐ－１２５＞
を植ゑて蠶を飼ふ者多く、殊に一村鷄を飼はざる＃
家なし。又池・沼を利用して鯉・鮒［ふな］を養ふことも盛に＃
して、大てい二年毎に之を賣るに、其の利益少しと＃
せず。かくの如くなれば全村頗る豐にして、村民皆＃
其の家業を樂しめり。＃
役場と學校とは村の中央にあり。村長は村の舊家＃
に生れ、きはめて親切公平にして、常に力を一村の＃
幸福の爲に盡くすが故に、深く村民に敬愛せられ＃
て、幾度の改選にも重ねて選擧せられ、既に二十餘＃
年勤續せり。校長も着實温厚なる人にして、生徒を＃
＜Ｐ－１２６＞
愛すること子の如く、生徒も校長をしたふこと父＃
母の如し。其の他の教員も、校長を模範として專心＃
職務につとむるが故に、生徒は皆よく之になつき＃
て課業にはげみ、學校を思ふ心あつく、卒業後も尚＃
學校の門に出入することを樂しみとせり。＃
青年團の事業の一として、杉・桧［ひのき］の植林を營めり。其＃
の利益は、大部分を學校の基本金とし、其の殘部を＃
一村共同の有益なる事業の費用にあつる計畫な＃
り。＃
萬事此の有樣なれば、一村は誠に平和にして、年を＃
＜Ｐ－１２７＞
追うて其の繁榮を増すばかりなり。＃
第二十六　進水式　＃
今日を晴と滿艦飾をほどこされたる三萬四千噸［とん］＃
の大戰艦陸［む］奧［つ］は、海を後にして、悠［いう］然と横たはれり。＃
果もなくすみ渡りたる大空、はなやかに流るゝ日＃
の光、場に滿ちたる十幾萬の拜觀者の胸は、まさに＃
始らんとする進水式の壯快なる光景を豫想して、＃
唯をどりにをどる。＃
折しも起る「君が代」の奏樂。皇后陛下の臨御と共に、＃
式は始りぬ。海軍大臣の命名書朗［らう］讀、工廠［しやう］長の進水＃
＜Ｐ－１２８＞
命令、續いて造船部長の指揮につれて吹く進水主＃
任の號笛を合圖に、着々と進み行く進水作業。やが＃
て工廠長のふりかざしたる金色の槌［つち］は、二年間の＃
苦心を此の一揮にこめて、切斷臺上の繋［けい］索［さく］をはつ＃
しと切る。＃
拜觀者の目は、一せいに艦にそゝがれぬ。一秒又一＃
秒、七百尺に近き大船體は、寸、尺、間と音もなくすべ＃
り出づ。艦首につるしたるくす玉ぱつとわれて、紅＃
白の紙片花ふゞきの如くに散る中を、羽音高く舞＃
上る數羽の鳩［はと］。＃
＜Ｐ－１２９＞
拍［はく］手かつさい、天地をと＃
どろかす萬歳の叫、勇壯＃
なる軍樂の調、工場とい＃
ふ工場、船といふ船の汽＃
笛が一せいにあぐる歡＃
呼の聲。見る〳〵艦は速＃
力を増して、白波高く海＃
にをどり入る。＃
あゝ、海の戰士の勇まし＃
き誕生。＃
＜Ｐ－１３０＞
第二十七　兒島高徳　＃
元弘［こう］二年三月、北［ほう］條［でう］高時、後醍［だい］醐［ご］天皇を隱［お］岐［き］にうつ＃
し奉る。京中の貴賎男女、此の行幸を悲しみて涙と＃
共に見送り奉り、警固の武士もさすがによろひの＃
袖をしぼりけり。＃
此の頃備前に兒［こ］島［じま］高［たか］徳［のり］といふ武士あり。主上さき＃
に笠置［ぎ］におはせし時早くも義兵を擧げしが、事の＃
いまだ成らざるに先だち、笠置も落ちたる由風聞＃
ありしかば、力なくて止みたり。然るに今主上隱岐＃
にうつされ給ふと聞き、高徳一族共を集めていへ＃
＜Ｐ－１３１＞
るやう、「義を見てせざるは勇なきなり。いでや、行幸＃
の路に待受け、君を奪ひ奉りて義軍を起さん。」と。心＃
ある者ども何れも同意しければ、さらばとて備前＃
と播［はり］磨［ま］との境なる舟坂山にかくれ、今か〳〵と待＃
ち奉れり。＃
行幸餘りに遲かりしかば、人をしてうかゞはしむ＃
るに、播磨の今［いま］宿［じゆく］といふ處より、山陰［いん］道にかゝり給＃
ひし由なり。さらば美［みま］作［さか］の杉坂に待ち奉らんとて、＃
けはしき山路をふみわけてたどり着きたりしに、＃
「主上はや院［ゐんの］庄［しやう］に入らせ給ふ。」と人の言へば、衆皆力＃
＜Ｐ－１３２＞
を失ひて散り〳〵＃
になりぬ。＃
高徳せめては此の＃
所存を君に知らせ＃
奉らばやとて、夜に＃
まぎれて行［あん］在所の御庭にしのび入り、大いなる櫻＃
の幹をけづりて、大文字に詩の句を書きつけたり。＃
天、勾［こう］踐［せん］を空しうするなかれ。＃
時、范［はん］蠡［れい］無きにしもあらず。＃
翌朝警固の武士ども之を見つけて、讀みかねて上＃
＜Ｐ－１３３＞
聞に達したり。主上は詩の心を御さとりありて、天＃
顔殊にうるはしく笑ませ給ひぬ。＃
昔支那に呉・越とて相隣れる二國ありき。年久しく＃
相爭ひて互に勝敗ありしが、勾踐越の王となるに＃
及び、呉の勢盛にして越軍大いに破れ、勾踐は呉に＃
捕へられぬ。後からうじて歸國することを得しが、＃
勾踐此のうらみ忘れがたく、范蠡といふ忠臣の助＃
を得て報復の計を立て、再び呉と戰ひて遂に之を＃
亡しぬ。＃
高徳此の故事をひきて、やがて忠臣の起りて勤王＃
＜Ｐ－１３４＞
の兵を擧げ、必ず御心を安んじ奉るべきことを聞＃
え上げたるなり。＃
終＃
