＜出典＞４４１　　　国定読本　４期４－１
＜Ｐ－０００＞
もくろく　　＃
第一　　海………一　　第十四　　鐵工場………五十九　＃
第二　　弟橘媛………三　　第十五　　大阪………六十二　＃
第三　　潮干狩………七　　第十六　　木下藤吉郎………七十三　＃
第四　　わざくらべ………十四　　第十七　　油蝉の一生………九十三　＃
第五　　からかさ松………十九　　第十八　　五作ぢいさん………百　＃
第六　　朝………二十一　　第十九　　夕立………百七　＃
第七　　苗代の頃………二十四　　第二十　　笑話………百九　＃
第八　　木の高さ………二十八　　第二十一　　安倍川の渡し………百十三　＃
第九　　笛の名人………三十二　　第二十二　　夕日………百二十六　＃
第十　　縁日………三十七　　第二十三　　お月見………百二十八　＃
第十一　　朝顏の日記………三十九　　第二十四　　鳴子………百三十二　＃
第十二　　兵營だより………四十七　　第二十五　　横濱港………百三十四　＃
第十三　　錦の御旗………五十四　　第二十六　　乃木大將の幼年時代………百四十二　＃
＜Ｐ－００１＞
　第一　　海　　＃
晴れやかな朝の海。　　＃
雲が切れる、　　＃
かもめが飛ぶ。　　＃
吹く風はさわやかに、　　＃
ふむ砂はさく〳〵と鳴る。　　＃
岩角に立てば、　　＃
＜Ｐ－００２＞
沖の波は、さや〳〵と　　＃
喜をさゝやき、　　＃
いそのしぶきは、ひや〳〵と　　＃
す足にをどる。　　＃
やがて、かけ聲勇ましく　　＃
漕出す船、　　＃
船は見る〳〵遠く、　　＃
人も帆も、金［こん］色［じき］の光に包まれる。　　＃
＜Ｐ－００３＞
あゝ、朝の海。　　＃
　第二　　弟［おと］橘［たちばな］媛［ひめ］　　＃
日［やま］本［と］武［たけるの］尊［みこと］は、相［さが］模［み］の國から、船で上［かづ］總［さ］の國へお＃
向かひになつた。＃
船が沖合へさしかゝると、急に烈しいあらし＃
が起つて來た。風は忽ち大波を卷起し、波は＃
船を木の葉のやうにゆり動かした。もう進＃
むことも退くことも出來なかつた。お供の＃
＜Ｐ－００４＞
者は、皆まつさをになつて船底にひれふした。＃
尊［みこと］に從つて同じ船にお乘りになつて居た、お＃
きさき弟橘媛は、「これは海神のたゝりであら＃
う。此のまゝでは尊の御命が危い。」とお考へ＃
になつた。媛［ひめ］のやさしいお顏には、きつと御＃
決心の色が浮かんだ。媛は、尊に＃
「私は、お身代りになつて海神の心をなだめ＃
ませう。皇［み］子［こ］は、勅命をはたして、めでたく＃
都へお歸りになりますやうに。」＃
＜Ｐ－００５＞
とおつ＃
しやる＃
が早い＃
か、荒狂＃
ふ波間＃
に、ざんぶとお飛びこみになつた。＃
ふしぎに、風は止み波は靜まつた。尊は、無事＃
に上總の國にお着きになつた。＃
七日たつて、波にゆられゆられ、一枚の櫛［くし］が海＃
＜Ｐ－００６＞
べへ流れ着いた。それは弟橘媛のお櫛であ＃
つた。尊は、其のお櫛ををさめて、媛のお墓を＃
おつくりになつた。＃
東國の賊を平定して、尊が西へお歸りになる＃
途中、相模の足［あし］柄［がら］山［やま］をお通りになつた。はる＃
かに見えるのは、相模の海である。尊は、なつ＃
かしげに＃
「あづまはや。」＃
と仰せられた。媛の眞心を思ひやつて、「あゝ、＃
＜Ｐ－００７＞
我が妻よ。」とおつしやつたのである。それ以＃
來、此のへんの國々を「あづま」といふやうにな＃
つたといはれて居る。　　＃
　第三　　潮干狩　　＃
舟は岸をはなれました。もやが水の上に立＃
ちこめて居ます。不意に白い鳥が飛立ちま＃
した。見ると、それはかもめでした。＃
川口近くになると、潮干狩の舟が、幾さうも幾＃
＜Ｐ－００８＞
さうも集つて來ました。潮がずん〳〵引く＃
ので、舟は忽ち海へ出ました。にいさんが「我＃
は海の子」を歌ひ出しました。私も雪子さん＃
も、一しよに歌ひました。＃
だん〳〵潮が引いて、もうそ＃
ここゝに洲が見え出しまし＃
た。船頭さんが、＃
「皆さん、そろ〳〵おしたく＃
ですよ。」＃
＜Ｐ－００９＞
と言ひましたので、みんなが、＃
くつしたをぬいで足袋には＃
きかへたり、着物のすそをは＃
しよつたりしました。＃
船頭さんが、さをを突立てて＃
それに舟をつなぎました。＃
さうして、其のさをの先に、赤＃
いしるしのあるはんてんを＃
しばり附けて、＃
＜Ｐ－０１０＞
「皆さん、これが目じるしですよ。」＃
と言ひました。にいさんが一番先に海へ下＃
りました。私も雪子さんも、續いて下りまし＃
た。水は、思つたより冷たうございました。＃
おとうさんも、妹も、弟も、みんな下りました。＃
小さいくまでで砂をかくと、おもしろいやう＃
にあさりが出ました。時々手ごたへがして、＃
大きな蛤も出ました。淺い水たまりを歩く＃
と、足の裏がぬるりとしたので、おさへて見た＃
＜Ｐ－０１１＞
ら小さなかれひでした。＃
「雪子さん、かれひよ。」＃
と言つて、つかんで見せると、ふりかへつたの＃
は知らない人でした。＃
潮がすつかり落ちて、海は陸のやうになりま＃
した。舟で來た人も陸から來た人も、入りま＃
じつて、何百人か數へきれない程居ます。見＃
ると、向かふの方で、雪子さんや妹は、何を取つ＃
たのか、きやつきやつと大さわぎをして居ま＃
＜Ｐ－０１２＞
す。＃
其の中に潮がさし始めて來まし＃
た。おとうさんが、＃
「もう舟にお上り。」＃
とおつしやつたので、みんな舟に＃
もどりました。めい〳〵ざるを＃
かしげて、え物を見せ合ひました。＃
妹と雪子さんのざるには、やどか＃
りがたくさん居ました。にいさ＃
＜Ｐ－０１３＞
んは、たつのおとしごを一匹取つたので、大じ＃
まんでした。＃
舟の中で、ゆつくりおべんたうをたべました。＃
潮がだん〳〵さして來て、何時の間にか洲が＃
見えなくなりました。＃
舟は、上げ潮に乘つて、陸の方へ動き始めまし＃
た。川口にかゝつた時、ふりかへつて見まし＃
たら、もう廣い海には、潮干狩の舟は一さうも＃
ありませんでした。　　＃
＜Ｐ－０１４＞
　第四　　わざくらべ　　＃
昔、飛［ひ］騨［だ］の工［たくみ］といふ大工と、百［くだ］濟［ら］の河［かは］成［なり］といふ＃
畫かきがあつた。二人は、共にすぐれた名人＃
で、又仲の好い友だちであつた。＃
或日、工が河成の所へ使をやつて、＃
「今度新しいお堂を建てたから、見に來て下＃
さい。壁に畫をかいてもらへば、まことに＃
ありがたい。」＃
＜Ｐ－０１５＞
と言つた。＃
河成は、さつそく承知して出かけて行つた。＃
見ると、お堂といふのは一間四面の建物で、四＃
方の戸は皆あけはなしてある。工が、＃
「まあ、中へはいつて、ゆつくり見て下さい。」＃
と言つたので、河成は、何心なく南側の戸口か＃
らはいらうとした。すると、其の戸が急にぴ＃
たりと閉ぢた。ふしぎに思つて、今度は西側＃
の口からはいらうとすると、又其の戸がしま＃
＜Ｐ－０１６＞
つて、さつきしまつた南側＃
の戸があいた。北からは＃
いらうとすれば、北の戸が＃
しまつて西の戸があき、東＃
からはいらうとすれば、東＃
の戸がしまつて北の戸が＃
あく。河成は、お堂のまは＃
りを廻るばかりで、中へはいる事が出來ない。＃
工は、これを見て聲高く笑つた。河成は、くや＃
＜Ｐ－０１７＞
しく思つたが、仕方がなく其のまゝ家へ歸つ＃
た。＃
それから數日後の事である。工の家へ河成＃
から使が來て、＃
「お目にかけたいものがあるから、ぜひ來て＃
下さい。」＃
と言つた。工は、「はゝあ、此の間の仕返しをす＃
る氣だな。」と思つたが、度々呼びに來るので出＃
かけて行つた。すると、召使の者が出て來て、＃
＜Ｐ－０１８＞
「どうぞ、お上り下さい。」＃
と言つた。＃
言はれるまゝに、座敷へはいらうとして戸を＃
開くと、驚いた。中には、くさつてぶく〳〵に＃
ふくれた、大きな死がいが横たはつて居る。＃
何ともいへないいやなにほひさへする。工＃
は、思はず「あつ。」と聲を立てて逃出した。する＃
と河成が、笑ひながら座敷から顏を出して、＃
「どうしたのです。まあ、おはいりなさい。」＃
＜Ｐ－０１９＞
と言つた。＃
恐る〳〵近寄つて見ると、死人と見えたのは、＃
ふすまにかいた畫であつた。＃
二人は、思はず顏を見合はせてから〳〵と笑＃
つた。　　＃
　第五　　からかさ松　　＃
村の西にくぬぎ林がある。それを通り拔け＃
て、だら〳〵坂を上ると、道ばたに大きな松が＃
＜Ｐ－０２０＞
一本ある。幹が二かゝへもあつて、枝がから＃
かさを廣げたやうに出て居るので、村の人は、＃
これをからか＃
さ松と呼んで＃
居る。＃
其の松の下に、＃
石の地［ぢ］藏［ざう］樣が＃
立つていらつしやる。雨ざらしになつて居＃
るが、何時もお花が上つて居る。時々は線香＃
＜Ｐ－０２１＞
の上つて居ることもある。＃
からかさ松の少し先に、小さな茶屋が一軒あ＃
る。おばあさんが一人ぼつちで、菓子や煙草＃
を賣つて居る。此のおばあさんにむすこが＃
一人あるのださうだが、ずつと前から南洋へ＃
行つて居るといふことだ。　　＃
　第六　　朝　　＃
朝が來た。　　＃
＜Ｐ－０２２＞
ほがらかな、　　＃
さわやかな　　＃
朝が來た。　　＃
のきばでは、　　＃
子雀の　　＃
晴れやかな　　＃
ものがたり。　　＃
＜Ｐ－０２３＞
此の若葉、　　＃
あの若葉、　　＃
日の光　　＃
ふりそゝぐ。　　＃
此のこずゑ、　　＃
あのこずゑ、　　＃
大空は　　＃
あさみどり。　　＃
＜Ｐ－０２４＞
第七　　苗［なは］代［しろ］の頃　　＃
春の少し暖い晩、「くゝ、くゝ。」＃
と、蛙の鳴く聲がする。＃
其の頃から、晝間は、廣いた＃
んぼの一部で、もう苗代の＃
仕事が始る。眞黒な牛が、＃
いう〳〵と引いて行くか＃
らすきのあとに、掘返され＃
＜Ｐ－０２５＞
た新しい土が、暖い日光に照らされる。＃
土が掘返され、くれ打がすむと、田に水がなみ＃
なみと張られる。今度は、牛がまぐはを引い＃
て、泥水の中を行つたりもどつたりする。か＃
うして、田の土は、だん〳〵こまかく耕されて＃
行く。＃
夜、遠田で鳴く蛙の聲が、「ころ〳〵、ころ〳〵。」と、＃
そろ〳〵にぎやかに聞え出す。＃
種まきがすんで十幾日、淺い水の上に、二糎か＃
＜Ｐ－０２６＞
三糎ぐらゐ、若々しい緑の苗が＃
出揃つて行くのは、見るから氣＃
持のよいものだ。ちやうど、た＃
んざく形の緑の敷物を、程よく＃
間を置いて敷並べたやうであ＃
る。＃
苗が二十糎ぐらゐにのびて、葉＃
先が朝風に輕くゆれる程にな＃
ると、廣いたんぼは次第ににぎ＃
＜Ｐ－０２７＞
やかになる。そろ〳〵汗ばむ程暑くなつた＃
日ざしを受けて、男も、女も、牛も、泥田の中で働＃
く。こゝの田も、あそこの田も、掘返した土の＃
かたまりの間には、もうひたひたと水がたゝ＃
へられて居る。＃
蛙のすみかが、かうしてたんぼ一ぱいに廣が＃
るのだ。晝間は、働く人や牛にゑんりよをす＃
るやうに聲をひそめて居るが、夕方から夜に＃
なると、自分たちの世界だといはんばかりに＃
＜Ｐ－０２８＞
さわぎたてる。家の前も、後も、横も、まるで夕＃
立の降るやうに、蛙の聲で一ぱいである。靜＃
かだといふゐなかの夜も、此の頃は、雨戸をし＃
めて始めてほつとする。＃
もう田植が間近いのである。　　＃
　第八　　木の高さ　　＃
僕の學校に、大きな杉の木が一本ある。高さ＃
はどのくらゐあらうか。中村君は八米ぐら＃
＜Ｐ－０２９＞
ゐだと言ひ、石川君は十米以上もあると言ふ。＃
みんながいろ〳〵な事を言ふが、誰もまだ其＃
の木のほんたうの高さを知つて居る者はな＃
い。僕は、どうかして一度計つてみたいと思＃
つて居た。＃
其の中に僕は氣がついた。朝は物のかげが＃
非［ひ］常［じやう］に長いが、だん〳〵ちゞまつて、お晝頃に＃
なると、かげの方が其の物より短くなり、それ＃
から又だん〳〵と長くなつて行く。そこで＃
＜Ｐ－０３０＞
僕は、一日の中に、物の高さと其のかげの長さ＃
とが、ちやうど同じになる時があるに違ひな＃
いと考へた。＃
此の間の日曜日＃
に、石川君をさそ＃
つて學校へ行つ＃
た。さうして、杉＃
の木のそばに一＃
米程の棒を立て＃
＜Ｐ－０３１＞
て、何べんとなく棒のかげの長さを計つてみ＃
た。さうする中に、思つた通り、棒の長さとか＃
げの長さとが、ちやうど同じになつた。そこ＃
で、すぐに木のかげを計つた。＃
きつちり十二米あつた。＃
翌日、先生に此の事をお話したら、先生は、＃
「それは、すばらしい思ひつきです。さうす＃
れば、どんな物の高さでも計ることが出來＃
ます。物の高さと其のかげの長さとが、同＃
＜Ｐ－０３２＞
じになることは、一日の中に、午前と午後に＃
一回づつあるのです。」＃
とおつしやつた。　　＃
　第九　　笛の名人　　＃
笛の名人用［もち］光［みつ］は、或年の夏、土［と］佐［さ］の國から京都＃
へ上らうとして、船に乘つた。＃
船が或港に泊つた夜の事であつた。どこか＃
らかあやしい船が現れて、用光の船に近づい＃
＜Ｐ－０３３＞
たと思ふと、恐しい海賊がどや〳〵と乘移つ＃
て來て、用光を取圍んでしまつた。＃
用光は、逃げようにも逃げる途はなく、戰ふに＃
も武器はなかつた。とても助らぬとかくご＃
をきめた。たゞ自分は樂人であるから、一生＃
の思出に、心ゆくばかり笛を吹いてから死に＃
たいと思つた。それで海賊どもに向かつて、＃
「かうなつては、お前たちにはとてもかなは＃
ぬ。私もかくごをした。私は樂人である。＃
＜Ｐ－０３４＞
今こゝで命をとられるのだから、此の世の＃
別れに一曲だけ吹かせてもらひたい。さ＃
うして、こんな事もあつたと、世の中に傳へ＃
てもらひたい。」＃
と言つて、笛を取出した。海賊どもは、顏を見＃
合はせて、＃
「おもしろい。まあ、一つ聞かうではないか。」＃
と言つた。＃
これが名人といはれた自分の最［さい］期［ご］だと思つ＃
＜Ｐ－０３５＞
て、用光はとくいの曲を靜かに吹始めた。曲＃
の進むにつれて、＃
用光は、自分の笛＃
の音に醉つたや＃
うに、たゞ吹きに＃
吹いた。彼の前＃
には、もう死もなかつた、生もなかつた。たゞ＃
一管の笛に思をこめて、天地にひゞけと吹鳴＃
らした。＃
＜Ｐ－０３６＞
雲もない空には、月が美しく輝いて居た。笛＃
の音は、高くひくゝ、波をこえてひゞいた。海＃
賊どもは、たゞ一心に耳をかたむけて聞いた。＃
せき一つする者もない。目には涙さへ浮か＃
べて居た。＃
やがて曲は終つた。＃
「だめだ。あの笛を聞いたら、惡いことなん＃
か出來なくなつた。」＃
海賊どもは、其のまゝ船を漕いで歸つて行つ＃
＜Ｐ－０３７＞
た。　　＃
　第十　　縁［えん］日［にち］　　＃
月の七日は御縁日。　　＃
夜のあかりに美しく　　＃
並ぶお菓子屋おもちや店。　　＃
ぴいと鳴るのはゴム風船。　　＃
涼しい風にくる〳〵と、　　＃
＜Ｐ－０３８＞
まはるは五色の風車。　　＃
客を呼ぶ聲笑ふ聲　　＃
鉢卷しめたバナヽ屋の　　＃
身ぶり手ぶりもおもしろい。　　＃
そこの木かげは金魚賣、　　＃
横町曲れば植木市、　　＃
寄つてくづれる人の波。　　＃
＜Ｐ－０３９＞
人にもまれて送られて、　　＃
觀［くわん］音［のん］堂に來てみれば、　　＃
香の煙がゆら〳〵と。　　＃
　第十一　　朝顏の日記　　＃
　五月十四日　　日曜日　　晴　　＃
暖い日曜日ですから、今日は朝顏の種をまか＃
うといふので、ひるから其の用意をしました。＃
＜Ｐ－０４０＞
にいさんが、物置から古いみかん箱を取出し＃
て來て、それを淺く作りなほしました。四時＃
頃、おかあさんに教へていたゞいて、にいさん＃
と二人でまきました。箱に土を入れ、よい種＃
を二十程、行儀よく並べて、其の上に土をふり＃
かけました。さうして、水をやりました。＃
これから、毎日、午前と午後と二回水をやるの＃
ですが、私たちは學校へ行きますから、午前の＃
水は、おかあさんに受持つていたゞくことに＃
＜Ｐ－０４１＞
しました。　　＃
　五月二十二日　　月曜日　　晴　　＃
學校から歸ると、おかあさんが、「君子、朝顏の芽＃
が出ましたよ。」とおつしやつたので、急いで庭＃
へ出て見ました。ほんたうにかはいゝ芽が、＃
一本出て居ました。莖がうす赤で、黄色い葉＃
が重なつたまゝ下を向いて、其の＃
先は、まだ土から出きらないで居＃
ます。「莖が赤いから、赤い花が咲＃
＜Ｐ－０４２＞
くでせう。」と、おかあさんがおつしやいました。　　＃
　五月二十三日　　火曜日　　晴　　＃
昨［きの］日［ふ］の芽が、今日はまつすぐに起上りました。＃
葉は、二枚重なつたまゝ上を向いて居ます。　　＃
　五月二十四日　　水曜日　　曇　　＃
又、新しい芽が、頭に黒い皮をかぶ＃
つて出て來ました。一［をと］昨［ゝ］日［ひ］出た＃
方は、すつかり二葉が開いて、緑色＃
になりました。　　＃
＜Ｐ－０４３＞
　五月二十五日　　木曜日　　晴　　＃
今日も、又、新しいのが二つ出かゝりました。＃
昨日出たのは、まだ皮を着けて居ますが、葉が＃
ずつと大きくなりました。　　＃
　五月二十八日　　日曜日　　晴　　＃
昨日雨が降つたので、今日は六つも芽が出ま＃
した。二葉になつたのは、みんなで七つあり＃
ます。後から出るもの程、大急ぎでのびて、早＃
く二葉にならうとするやうです。さう思ふ＃
＜Ｐ－０４４＞
と、どれもこれも、魂でもあるやうな氣がして＃
私は、朝顏がかはいくてたまらなくなりまし＃
た。＃
莖は、赤のこいのや、うすいのや、又うす緑のが＃
あります。うす緑のは、白か、うすい色の花が＃
咲くのださうです。　　＃
　六月一日　　木曜日　　曇　　＃
みんな出揃つて二葉になりました。最初に＃
出たのは、もう二葉の間から、小さい本葉が柔＃
＜Ｐ－０４５＞
い毛をかぶつて出て來ました。　　＃
　六月十日　　土曜日　　晴　　＃
二十本とも本葉が出揃ひました。中には二＃
枚出て居るのもあります。大きい本葉は長＃
さが二糎ぐらゐ、小さいのでも一糎ぐらゐは＃
あります。＃
今日はお天氣も好いので、午後、又おかあさん＃
に教へていたゞいて、にいさんと朝顏を鉢に＃
植ゑました。おかあさんが、冬こやしをかけ＃
＜Ｐ－０４６＞
て仕立てておいて下さつた＃
土に、少し砂をまぜて鉢に入＃
れ、勢のよい苗を選んで、一鉢＃
に一本づつ植ゑました。＃
みんなで十鉢になりました。＃
殘つた苗は、庭の垣根にそつて、大事に植ゑて＃
やりました。＃
「あと一月餘りもたつと、そろ〳〵花が咲きま＃
すよ。」と、おかあさんがおつしやいました。　　＃
＜Ｐ－０４７＞
　第十二　　兵營だより　　＃
國雄君、お手紙ありがたう。叔［を］父［ぢ］さ＃
んや叔［を］母［ば］さんもおかはりなく、君も＃
元氣ださうで、何よりです。僕も、入＃
營以來いたつて元氣で、軍務に服し＃
て居ます。此の頃では、もうすつか＃
り兵營生活になれて、愉［ゆ］快［くわい］な日を送＃
つて居ます。＃
＜Ｐ－０４８＞
君は軍人が好きだから、今日は少し＃
兵營生活の樣子をお＃
知らせしませう。＃
朝は起床ラッパで飛＃
起きます。さうして、＃
かわいたてぬぐひで、＃
體が赤くなる程こす＃
ります。やがて朝の＃
點［てん］呼［こ］も終つて、顏を洗＃
＜Ｐ－０４９＞
ひ、すつかり室をさうぢしてから、朝＃
御飯をたべます。＃
午前と午後に教練がありますが、時＃
には、朝早くから演［えん］習［しふ］に出かけるこ＃
ともあります。さうして、夕方おな＃
かをぺこ〳〵にして歸つて來ます。＃
すぐに武器の手入れをしてから、食＃
事をしますが、其のおいしいこと、大＃
きなアルミニウムの食器の御飯を、＃
＜Ｐ－０５０＞
見る〳〵平げてしまひます。＃
夕食後は僕等の最も樂しい自由時＃
間で、其の間に思ひ〳〵の事をしま＃
す。酒［しゆ］保［ほ］へ行つて、お汁粉や大福餅＃
をたべながら、お國じまんの話に花＃
を咲かせるのも此の時です。＃
午後八時に夜の點呼があり、整列し＃
て、「今日も無事に終りました。」といふ＃
心持で、「一、二、三、四、ヽヽヽヽ」と、大きな聲＃
＜Ｐ－０５１＞
で番號をとなへま＃
す。續いて、みんな＃
で勅［ちよく］諭［ゆ］を奉讀して＃
後、班［はん］長［ちやう］殿［どの］から、明日＃
の事について注意＃
を受けます。九時＃
には消燈ですから、＃
其の前に日記をつけたり、手紙を書＃
いたりします。＃
＜Ｐ－０５２＞
僕等の寢起きする室の中央には、長＃
い机があります。兩側には寢［しん］臺［だい］が＃
並び、壁ぎはには棚があつて、めいめ＃
いの持物が、きちんと置いてありま＃
す。いざといふ場合には、暗がりで＃
も武裝することが出來ます。＃
入營當時は、寒風吹きすさぶ營庭で＃
教練したり、冷たい水で、食器を洗つ＃
たり洗［せん］濯［たく］したりするのに、中々ほね＃
＜Ｐ－０５３＞
が折れますが、だん〳〵なれると、日＃
日の仕事が、おもしろく愉快になり＃
ます。兵營は、いはば一つの大きな＃
家庭で、其の日常生活の間に、軍人と＃
しての精神をやしなふ所なのです。＃
中隊長殿がおとうさん、班長殿がお＃
かあさん、僕等は子供で、兄弟のやう＃
に仲好く助け合つて、勉強したり教＃
練したりします。＃
＜Ｐ－０５４＞
あ、もう九時五分前です。すぐ消燈＃
ですから、これで止めます。皆樣に＃
よろしく。さやうなら。　　＃
年　月　日　　春山新一　　＃
原田國雄君　　＃
　第十三　　錦［にしき］の御旗　　＃
大［だい］塔［たふの］宮［みや］は、北［ほう］條［でう］高時征伐のため、兵をお集めに＃
ならうとして、大［やま］和［と］の十［と］津［つ］川［かは］から高［かう］野［や］の方へ＃
＜Ｐ－０５５＞
お向かひになつた。お供の者は、わづかに九＃
人であつた。＃
途中には敵方の者が多かつた。中にも、芋［いも］瀬［せ］＃
の莊［しやう］司［じ］は、宮のお通りになることを知つて、道＃
に手下の者を配つて居た。＃
宮は、どうしてもそこをお通りにならねばな＃
らなかつた。＃
お供の中に、村上彦［ひこ］四［し］郎［らう］義［よし］光［てる］といふ人があつ＃
た。此のへんの敵の樣子を探るために、思は＃
＜Ｐ－０５６＞
ず時を過して、宮の御後から急ぎ足に道をた＃
どつて來たが、ふと見ると、向かふに、日月を金＃
銀で現した錦の御旗を押立てて居る者があ＃
る。義光は、ふしんの眉をひそめた。あれこ＃
そは大塔宮の御旗である。もしや、宮の御身＃
に何事か起つたのではなからうか。義光は＃
胸をとゞろかした。＃
急いで近寄ると、芋瀬の莊司が、家來の大男に＃
宮の御旗を持たせて、さもとくいげに、何か聲＃
＜Ｐ－０５７＞
高く話して居るところであつた。＃
義光は、大聲に＃
「見れば尊い錦の御旗、どうしてそれを手に＃
入れたのか。」＃
とつめ寄つた。＃
莊司は、わうへいに答へた。＃
「大塔宮を御道筋に待受け申し、此の御旗を＃
此の莊司が手に入れたのだ。」＃
義光は一時に怒を發した。＃
＜Ｐ－０５８＞
「それはけしからぬ。＃
恐れ多くも宮の御＃
道筋をふさいだ上＃
に、錦の御旗をけが＃
し奉るとは。」＃
雷の如き聲と共に、御旗を＃
うばひ取り、かの大男を引つ＃
つかんで、まりのやうに投げ＃
つけた。＃
＜Ｐ－０５９＞
芋瀬の莊司は、もう一言も發しようとしなか＃
つた。＃
錦の御旗を肩にかけ、相手をにらみつけなが＃
ら、いう〳〵と其の場を立去つた義光は、やが＃
て宮に追附き奉つた。＃
大塔宮は、義光の忠義を心からお喜びになつ＃
た。　　＃
　第十四　　鐵工場　　＃
＜Ｐ－０６０＞
工場の　　＃
高い天［てん］井［じやう］、　　＃
其の下に　　＃
動く起重機は、　　＃
生きて居るやうに、　　＃
あらがねを　　＃
爐［ろ］に持運ぶ。　　＃
夜も晝も、　　＃
＜Ｐ－０６１＞
爐の火はもえて、　　＃
火の柱、　　＃
ほのほの柱。　　＃
流れ出る鐵は、　　＃
青白い　　＃
火花を散らす。　　＃
ものすごい　　＃
機械のひゞき、　　＃
＜Ｐ－０６２＞
其の中に、　　＃
働く人の　　＃
腕の太さよ、　　＃
筋肉の　　＃
たくましさよ。　　＃
　第十五　　大阪　　＃
汽車で大阪驛に近づくと、晴れた日でも、空が＃
どんより曇つたやうに見えます。それも其＃
＜Ｐ－０６３＞
のはず、大阪は俗に煙の都といは＃
れ、大小八千以上の工場がこゝに＃
あつて、林のやうに立ち並ぶ煙突＃
から、たえず黒い煙をはき出して＃
居るのです。大阪は、實に日本第＃
一の工業都市で、各種の工業がは＃
なはだ盛です。＃
大阪は、又、昔から商業の盛な所で＃
す。市を流れる淀［よど］川は、幾筋にも＃
＜Ｐ－０６４＞
分れて、西の大＃
阪灣［わん］に注いで＃
居ます。其の＃
川水は、市内幾＃
十といふ堀か＃
ら堀に通じ、川＃
と堀とは、まる＃
であみの目の＃
やうに組合つ＃
＜Ｐ－０６５＞
て居ます。大阪が水の都ともいはれるわけ＃
は、こゝにあるのです。そこで、大阪の港に集＃
つて來る船の積荷は、小船で川や堀を傳つて＃
大阪の町々に上げられます。又大阪の物産＃
も、多くは堀や川を通つて港へ送られます。＃
かうして、多くの品物が、自由自在に集つたり＃
散らばつたりするので、しぜん大阪が一大商＃
業都市として發達したのです。＃
水の都ですから、大阪には大小千何百といふ＃
＜Ｐ－０６６＞
橋があります。大阪驛＃
からほゞ南へ、御［み］堂［だう］筋と＃
いふ大通を進むと、やが＃
て、大江橋を渡つて中［なか］之［の］＃
島［しま］といふ所へ來ます。＃
それは淀川の中にある＃
細長い島ですが、此の島＃
に向かつて、北から南か＃
ら、かけ渡された橋ばか＃
＜Ｐ－０６７＞
りでも二十もあつて、まるで、中之島をたくさ＃
んの串［くし］でさし通したやうになつて居ます。＃
中之島及び其の附近には、近代的な高い建物＃
が並び、島の東端には中之島公園があります。＃
公園はさして廣くはありませんが、大川をめ＃
ぐらした眺は大阪らしい景［け］色［しき］で、其のまゝ水＃
の公園といつてよいくらゐです。＃
一番にぎやかな場所は、市の中央、道［だう］頓［とん］堀［ぼり］附近＃
の町々です。心［しん］齋［さい］橋［ばし］筋にはりつぱな商店が＃
＜Ｐ－０６８＞
並び、堀端の町には映［えい］畫［ぐわ］館［くわん］や劇［げき］場［ぢやう］があつて、人＃
の波が後から後から押寄せ＃
ます。夜になると、此のへん＃
一たい電氣の光が輝いて、町＃
も水も、一面に火を流したや＃
うです。＃
名所としては、先づ大阪城が＃
あります。豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］の建てた城で、近年復興＃
された天［てん］守［しゆ］閣［かく］に上ると、廣い大阪は一目に見＃
＜Ｐ－０６９＞
えます。石垣の石の＃
大きいのは有名です＃
が、中でも縱六米、横十＃
一米と＃
いふす＃
ばらしく大きい石には、誰でも＃
びつくりさせられます。＃
仁［にん］徳［とく］天皇をおまつりしてある＃
高［かう］津［づ］神社や、其の近くにある生［いく］＃
＜Ｐ－０７０＞
國［た］魂［ま］神社、ずつと南にある住［すみ］吉［よし］＃
神社、又日本最初の寺といはれ＃
る四天王寺など、何れもゆゐし＃
よの古い神社やお寺です。こ＃
とに住吉神社は、境［けい］内［だい］が廣く、樹＃
木が多く、社殿がおごそかに拜＃
されます。四天王寺に近い天＃
王寺公園には、美［び］術［じゆつ］館［くわん］や動物園があり、又木立＃
や、池や、運動場や、廣い花［くわ］壇［だん］があります。かう＃
＜Ｐ－０７１＞
いふ所へ來ると、もう煙の都と＃
いふことなどは、すつかり忘れ＃
てしまひます。＃
大阪港は、防［ばう］波［は］堤［てい］が遠く續き、港＃
内の岸壁には、一萬五千トンの＃
大船が横附けにされます。大＃
小の船の帆柱が林のやうに見＃
えます。＃
市内には、自動車が走り、電車が走り、地下鐵道＃
＜Ｐ－０７２＞
も通じて居ますが、川や堀に幾千といふ船が＃
通つて居るのは、大阪でなくては見られぬ景＃
色です。近郊電車の發達して居ることも、り＃
つぱな飛［ひ］行［かう］場［ぢやう］のあることも、大阪の誇の一つ＃
になつて居ます。＃
昔、仁徳天皇は、此の地に都をお定めになつて、＃
堀江をお開きになり、又三年の間租［そ］税［ぜい］を免じ＃
て、民のかまどの煙の立つやうになつたのを＃
大そうお喜びになりました。大阪が、水の都＃
＜Ｐ－０７３＞
として發達し、又煙の都と呼ばれて、今日のや＃
うな大都市となつたのには、まことに尊いい＃
はれがあるといはねばなりません。　　＃
　第十六　　木［きの］下［した］藤［とう］吉［きち］郎［らう］　　＃
　清［きよ］洲［す］城　　＃
　（一）　　＃
織［お］田［だ］信［のぶ］長［なが］の居た尾張の清洲城は、或日、大風で＃
外廻りの塀や石垣がくづれた。信長は、すぐ＃
＜Ｐ－０７４＞
に役人に命じて、修理に取りかゝらせた。＃
それから二十日ばかり過ぎた。信長は、家來＃
を連れてたか狩に出かけた。＃
塀や石垣はまだ修理中で、大工や人夫が大勢＃
働いて居たが、信長は、それには目もくれない＃
で通つて行つた。＃
其の時、お供の中から大聲に、＃
「あゝ、あぶないことだ、あぶないことだ。」＃
と言ふ者がある。見ると木下藤吉郎であつ＃
＜Ｐ－０７５＞
た。＃
「だまれ。」＃
と、信長は、ことば烈しく叱＃
つて、其のまゝ行かうとし＃
た。すると、前よりも一そ＃
う大きな聲で、＃
「あゝ、あぶないことだ、あ＃
ぶないことだ。」＃
信長は火のやうになつて怒つた。＃
＜Ｐ－０７６＞
「さがれ。今日の供はかなはぬ。誰か、それ＃
を連れて歸れ。」＃
藤吉郎は途中から歸らせられた。　　＃
　（二）　　＃
たか狩から歸ると、信長はさつそく藤吉郎を＃
呼んで、＃
「そちは、なぜあんな事を言つた。其のわけ＃
を申せ。」＃
「殿には、お城の破損を御存じありませんか。」＃
＜Ｐ－０７７＞
「存じて居ればこそ、修理を申しつけて居る＃
ではないか。」＃
「ところで、わづか百間ばかりの場所の修理＃
が、二十日もたつて、まだ何も出來て居りま＃
せん。今、戰國の世の中に、四方の敵は、皆こ＃
ちらのすきをねらつて居ります。私があ＃
ぶないと申したのは、其の事でございます。」＃
「では聞くが、そちに申しつけたら、一體何日＃
で出來るといふのか。」＃
＜Ｐ－０７８＞
「私にお申しつけあれば、三日で仕上げさせ＃
てごらんに入れます。」＃
「よし。城の修理をそちに申しつける。」＃
藤吉郎は承つて引下つた。　　＃
　（三）　　＃
藤吉郎は、大勢の大工・石屋・人夫を集めて、＃
「今、戰國の世の中に、わづか百間程の修理が＃
二十日たつても出來ぬやうでは困る。敵＃
は何時攻めて來るかもわからない。攻め＃
＜Ｐ－０７９＞
て來たら、第一お前たち＃
の家族はどうなると思＃
ふ。殿の仰では、明日か＃
ら三日の間に、必ず仕上＃
げよとのことだ。みん＃
な一生けんめいに働い＃
てもらひたい。」＃
とさとした。さうして、＃
「百間の場所を百に割つて、一間々々持場を＃
＜Ｐ－０８０＞
きめて働け。めい〳〵受持の場所を仕上＃
げれば、それでよいのだ。決してわきを振＃
向くな。」＃
と指圖した。＃
みんな此の指圖に從つて働いた。職人たち＃
は、これまでのやうに、あつちこつち歩き廻つ＃
たり、一つ所に大勢寄つて、むだ話やむだな仕＃
事をしたりしなくなつた。＃
わき目も振らず働いた。石垣が出來る、柱を＃
＜Ｐ－０８１＞
立てる、ぬきを通す。かうして、三日目には、も＃
う左官が壁をぬつて居た。＃
其の日の夕方、信長は家來を連れて普［ふ］請［しん］場［ば］を＃
見廻つた。工事はすつかり出來上つて居た。　　＃
　短い槍と長い槍　　＃
　（一）　　＃
信長の家來に上［うへ］島［じま］主［もん］水［ど］といふ者が居た。槍＃
の名人といふので、自ら誇つて居た。＃
或日、信長が家來を集めて酒もりをして居た＃
＜Ｐ－０８２＞
時、話がたま〳〵槍のことに及んだ。信長は＃
主水に尋ねた。＃
「一體、槍は長い方がよいか、それとも短い方＃
がよいか。」＃
主水は答へた。＃
「短いのに限ります。長いと振廻しが不自＃
由で、其の上、突く力が弱くていけませぬ。」＃
信長はだまつて居た。信長は長い槍が好き＃
である。＃
＜Ｐ－０８３＞
ちやうど其の時、藤吉郎が出仕した。信長は、＃
藤吉郎を見かけると、＃
「そちはどう思ふ。槍は長いのがよいか、短＃
いのがよいか。」＃
藤吉郎は、＃
「それは私にお尋ねなくとも、＃
そこに槍の名人上島が居り＃
ます。あれにお尋ねなさい＃
ませ。」＃
＜Ｐ－０８４＞
「まあ、よい。そちの考を聞かう。」＃
「さやうでございますか。私の考では、長い＃
方がよいかと存じます。」＃
主水は、此のことばを聞いて、くわつとなつた。＃
「木下氏。長い槍がよいと言はれるからに＃
は、槍のことはよく御存じであらう。槍を＃
以て仕へる此の私は、たゞ今短いのに限る＃
と申し上げたところ。さあ、長短の槍につ＃
いて、くはしくお考を承りたい。」＃
＜Ｐ－０８５＞
「別に槍のことを深く知つて申したのでは＃
ない。たゞ、殿がそちの考を言へと仰せら＃
れたから、私の思ふ所を申し上げたのです。」＃
「して、長いのがよいと言はれる理由は。」＃
「さやう。刀は短いより長い方がよろしい。＃
槍も同じ道理と思ひます。」＃
「はゝゝ、それでは、まるつきり槍のことがお＃
わかりになつて居らぬ。」＃
「あなたは短いのに限ると言はれるが、天下＃
＜Ｐ－０８６＞
の人が、皆さう考へるわけではありますま＃
い。」＃
信長は、二人の議論を聞いて、＃
「どちらも口だけではわからぬ。どうだ、二＃
人に五十人づつ中［ちゆう］間［げん］を貸さう、三日の間け＃
いこをさせ、槍の仕合をさせてみては。」＃
主水は大喜びで引受けた。藤吉郎もお受け＃
して退いた。　　＃
　（二）　　＃
＜Ｐ－０８７＞
翌日から、上島主水は一生けんめいであつた。＃
「槍は突くだけの物ではない。敵は長い槍＃
だ。長い槍をはね上げて、すばやく手もと＃
へ突入るのだ。」＃
五十人の中間に、一人々々、「槍はかう突くもの＃
だ。」「かう拂ふものだ。」と教へたてた。だが、二日＃
や三日で、槍の使ひ方がのみこめるものでは＃
ない。烈しいけいこに、中間は、みんなへとへ＃
とになつてしまつた。＃
＜Ｐ－０８８＞
藤吉郎のけいこはまるで違つて居た。＃
「五十人は三隊になれ。中央の隊が十八人、＃
左右の隊が各〻十六人。槍のほさきを並べ＃
て一度に進むのだ。わしが扇で合圖をす＃
る。先づ中央の隊は正面から進め。次に＃
合圖をする。左右の隊は横から進め。」＃
中間は隊を組んで、前へ、後へ、左へ、右へ、合圖通＃
りに動いた。三日程たつと、三つの隊は、絲に＃
でも引かれるやうに、藤吉郎の心のまゝに動＃
＜Ｐ－０８９＞
くやうになつた。　　＃
　（三）　　＃
いよいよ仕合の日が來た。信長は正面のさ＃
じきにすわつた。其の兩方に、大勢の家來が＃
並んで見物する。＃
やがて木下藤吉郎は、五十人の中間に、めいめ＃
い十八尺の竹槍を持たせ、隊を組んで進み出＃
た。＃
上島主水の中間は、八尺の竹槍を持つて、思ひ＃
＜Ｐ－０９０＞
思ひに出て來た。＃
合圖のたいこが鳴つた。＃
藤吉郎は、扇を上げて、＃
「かゝれ。」＃
と命じた。木下軍、中央十八人の隊は、長い槍＃
のほさきを並べて、一せいに突進んだ。＃
上島軍は、八尺の槍で、敵の槍先をはね上げ、拂＃
ひのけようとあせつた。しかし、長い槍先を＃
ぴたと揃へて突きかゝられては、はね上げる＃
＜Ｐ－０９１＞
すき間も何もあつたものではない。たじた＃
じと引きめになつた所を、＃
藤吉郎は、再び扇を上げて＃
左右の隊に合圖した。＃
左右の隊は、一せいに横か＃
ら突いて出た。上島軍は、＃
もう退くより外はなかつ＃
た。主水は、＃
「それ、そこを突け。」「それ、＃
＜Ｐ－０９２＞
そこを拂へ。」＃
と大聲に叫ぶ。しかし、五十人はばら〳〵で＃
ある。＃
「進め、進め。」＃
の烈しい藤吉郎の號令に、一せいに進む木下＃
軍に追ひつめられて、上島軍はさん〴〵に破＃
れた。＃
合圖のたいこが鳴りひゞいた。＃
木下軍は、勝どきをあげて、しづ〳〵と引上げ＃
＜Ｐ－０９３＞
た。　　＃
　第十七　　油［あぶら］蝉［ぜみ］の一生　　＃
油蝉の子は土の中に住んで居ます。前足が＃
丈夫ですから、けらや、もぐらのやうに、土の中＃
を自由にもぐつて行きます。＃
大ていは、木の細い根をぢく＃
にして丸い穴を掘り、其の中＃
にはいつて居ます。油蝉の＃
＜Ｐ－０９４＞
子の口には、針のやうな管がありますから、其＃
の管を木の根にさしこんで、汁を吸つて生き＃
て居ます。＃
それにしても、一體此の油蝉の子は、何時、どこ＃
で生まれたのでせうか。＃
夏の末になると、親蝉は、木の皮にきずをつけ＃
て、其の中に卵を生みます。卵は、其のまゝで＃
冬を越して、翌年の夏孵［かへ］るのですが、孵つた時＃
は二粍ぐらゐの、小さい、白いうじのやうなも＃
＜Ｐ－０９５＞
のです。此の小蟲が、やがて木を下りて、何時＃
の間にか、柔い土の中にもぐりこんでしまひ＃
ます。＃
最初は淺い所に居ますが、年を取るに從つて、＃
だん〳〵深い所へはいつて行きます。體も＃
大きくなり、形も色も次第にかはつて、がんじ＃
ようになります。＃
土の中へもぐつてから七年目に、やつと長い＃
地下の生活が終るのです。そこで油蝉の子＃
＜Ｐ－０９６＞
は、深い所からだん〳〵淺い所へ移つて、地上＃
へ出る日の來るのを待つて居ます。＃
天氣の好い夏の夕方、油蝉の子は、今日こそと＃
穴から地上へはひ出します。もう鳥などは＃
大てい寢て居ますが、それでも油蝉の子は用＃
心して、急いで安全な場所を探します。木と＃
か草とかに上つて、安心だと思ふと、前足の爪＃
で、しつかりとそれにしがみつきます。する＃
と、ふしぎにも前足はかたく其の場所にくつ＃
＜Ｐ－０９７＞
ついて、動かなくなります。＃
其の中に、かたい背中の皮が縱＃
に割れて、中からみづ〳〵しい＃
體が現れます。すぐに背中が＃
出る、頭が出る。續いて足が出＃
て來ます。もう殘つた所は腹＃
の下の方だけです。＃
そこでおもしろい運動を始め＃
ます。ぐつとそりかへるやう＃
＜Ｐ－０９８＞
にして、頭を後へ下げます。＃
しばらくは、其のまゝじつと＃
動かないで居ますが、やがて＃
起直つたと思ふと、體は完全＃
にぬけ出します。しわくち＃
やにたゝまれて居た羽が、見＃
る見るのびて來ます。＃
もう蝉の子ではありません。色はまだ青白＃
くて、弱々しさうですが、形はりつぱな親蝉で＃
＜Ｐ－０９９＞
す。＃
夜風に當り朝日に當ると、すつかり色がかは＃
つて、見るから丈夫さうな油蝉になります。＃
さうして、天氣の好い夏の日を、愉［ゆ］快［くわい］さうに飛＃
廻り鳴きたてます。＃
油蝉はそれから二三週間生きて居ます。滿＃
六年といふ長い地下生活にくらべて、何とい＃
ふ地上の短い命でせう。ところで、此の六年＃
さへたいくつだらうと思はれるのに、外國に＃
＜Ｐ－１００＞
は、十何年も土の中にもぐつて居る蝉がある＃
といふことです。　　＃
　第十八　　五作ぢいさん　　＃
「收入役さん、お暑うございます。」＃
「おゝ、五作さんか。暑いことですね。大分＃
長い間お惡かつたさうで。どうです、もう＃
すつかりなほりましたか。」＃
「ありがたうございます。昨年の暮に寢こ＃
＜Ｐ－１０１＞
みまして、ずゐ分皆さんのごやつかいにな＃
りました。やつと二月程前から起上つて、＃
今では、どうかかうか杖にすがつて歩ける＃
やうになりました。」＃
「それは、それは。まあ、けつこうでしたね。＃
こゝへはいつて、少し掛けたらどうです。」＃
「ありがたうございます。」＃
「あなたは、病氣上りなのに、わざ〳〵お出で＃
のやうだが、何か用でもおありですか。」＃
＜Ｐ－１０２＞
「實はその、外でもありませんが、今年は、私の＃
うちへ、まだ税金の通知が來て居ないやう＃
でございます。ひよつとすると、役場の方＃
でお忘れになつたのではなからうかと思＃
ひまして、それでお伺ひに參つたやうなわ＃
けでございます。」＃
「あゝ、其の事ですか。決して忘れたのでは＃
ありません。」＃
「では、どうなつたのでございませうか。」＃
＜Ｐ－１０３＞
「いや、あなたの所は昨年は大へんな御不幸＃
で、働手のむすこさんはなくなられるし、お＃
孫さんは小さいし、よめさん一人を相手に＃
働いて居られる所へ、暮からあなたの長わ＃
づらひでせう。まことにお氣の毒だとい＃
ふので、まあ、今年は納めないでよいことに＃
なりました。」＃
「それは、どういふわけでございます。」＃
「村會でさうきめたのですから、納めなくて＃
＜Ｐ－１０４＞
もよいのです。」＃
「え、村會で。」＃
「さうです。此の前の村會で戸數割がきま＃
つた時、あなたは納税免除といふことにな＃
つたのです。それで、徴［ちよう］税［ぜい］令［れい］書［しよ］が行かなか＃
つたのです。」＃
「さうでございますか。ほんたうに皆さん＃
の御親切はありがたうございます。たゞ＃
村のお世話になつて居ながら、少しも税金＃
＜Ｐ－１０５＞
を納めないでは、何だか申しわけがないや＃
うな氣がいたします。少しでも納めさせ＃
ていたゞくわけには行きませんでせうか。」＃
「いや、五作さん、あなたのお心持はよくわか＃
りました。今日は村長が居られませんが、＃
後でよく話しておきませう。さうして、此＃
の次の村會の時に、あなたのお心持を十分＃
に傳へて、相談してもらふやうにしませう。」＃
「何とかして、少しでも納めさせていたゞけ＃
＜Ｐ－１０６＞
るやうにお願ひいたします。」＃
「あなたの其のお心掛には、全く感心しまし＃
た。」＃
「いや、皆さんの御親切を受けながら、勝手な＃
事ばかり申して、まことにすみませんでし＃
た。どうぞ、村長さんによろしく申し上げ＃
て下さい。では、これで御免かうむります。」＃
「お歸りですか。せい〴〵お大事に。」＃
「ありがたうございます。」　　＃
＜Ｐ－１０７＞
　第十九　　夕立　　＃
いなびかり。　　＃
戸をしめた、　　＃
目を閉ぢた。　　＃
それでもぴかり、　　＃
目をさし通す。　　＃
雷の音、　　＃
＜Ｐ－１０８＞
またしても、　　＃
おそろしく　　＃
とゞろき渡る、　　＃
屋根の眞上に。　　＃
窓の戸を　　＃
あけて見る。　　＃
ものすごい　　＃
雨のどしやぶり。　　＃
＜Ｐ－１０９＞
流か、瀧［たき］か。　　＃
草も木も、　　＃
うれしげに　　＃
うちをどり、　　＃
池の緋［ひ］鯉［ごひ］は　　＃
喜び勇む。　　＃
　第二十　　笑話　　＃
＜Ｐ－１１０＞
　（一）　　＃
八歳になる子供、昨日隣へ引越して來た人の＃
子供と、もう仲の好い友達になつた。さうし＃
て、＃
「君は幾つだ。」＃
「七つだ。」＃
「それでは、來年は僕とおない年になるね。」　　＃
　（二）　　＃
紙に「貸家」と書いて張つて置くと、いたづらな＃
＜Ｐ－１１１＞
子供が、ぢきに破つてしまふ。そこで、考へた＃
家主は、厚い板に書いて、しつかりと釘で打附＃
けてしまつた。＃
「これなら、五六年は大丈夫だ。」　　＃
　（三）　　＃
劒道じまんの男に向かつて、＃
「昨日は仕合をなさつたさうですね。どん＃
なぐあひでした。」＃
「それがさ、あつてみると、先方はほんの青二＃
＜Ｐ－１１２＞
歳で、相手にするのもばか〳〵しかつたが、＃
立合ふだけは立合つてやつたよ。」＃
「どんな風でした、勝負の樣子は。」＃
「相手はばかにすばしこいやつで、立上るが＃
早いか、いきなり打込んで來た。これには＃
全く驚いたよ。ところが、そこが日頃の手＃
練さ。」＃
「どうしました。」＃
「頭で受けたよ。」　　＃
＜Ｐ－１１３＞
　第二十一　　安［あ］倍［べ］川の渡し　　＃
連日の雨で、あふれる程になつて居た安倍川＃
の水も、今朝は大分引いた。「それ、川が渡れる。」＃
といふので、今まで川べの宿場で泊つて、水の＃
引くのを待つて居た大勢の旅人は、我も〳〵＃
と先を爭つて渡つた。渡るといつても、水に＃
なれた人夫の肩に乘るか、手を引いてもらふ＃
かして渡らなければならない。そこで大勢＃
＜Ｐ－１１４＞
の人々は、口々に人夫を呼ん＃
で、我先に渡らうとする。川＃
べのさわぎは非常なもので＃
あつた。＃
此のさわぎの中に、見すぼら＃
しいなりをした一人の旅人＃
が、人夫と、渡し賃を高い安い＃
と言合つて居たが、とても相＃
談は出來ないものと見切つたのであらう、着＃
＜Ｐ－１１５＞
物をぬいで頭にのせ、一人で川へはいつて行＃
つた。さうして、ずゐ分あぶない目にあひな＃
がら、やう〳〵向かふの岸に着いた。＃
少ししてから、かの人夫は、何氣なしに先程渡＃
し賃を爭つた場所へ行つて見た。すると、そ＃
こに革の財布が落ちて居た。取上げると大＃
そう重くて、中には小［こ］判［ばん］がどつさりはいつて＃
居た。「これは、あの人が落して行つたに違ひ＃
ない。渡し賃が高いといつて、一人で越した＃
＜Ｐ－１１６＞
程の人だから、此の大金が無かつたら、氣が違＃
つて死ぬやうな事になるかも知れない。氣＃
の毒なことだ。」と思つて、人夫は、すぐ川を渡つ＃
て旅人の後を追ひかけた。＃
二里程行つて大きな峠へかゝると、上の方か＃
ら、片はだぬいで、杖を突きながら、かけ下りて＃
來る者がある。見れば先の旅人である。人＃
夫は呼びかけた。＃
「あなたは、今朝一人で川を越した方ではあ＃
＜Ｐ－１１７＞
りませんか。」＃
「さうです。」＃
「どうして、又そんな＃
にあわてて引返す＃
のです。」＃
「落し物をしました＃
から。」＃
と言ひ〳〵、かけ出さうとする。人夫は旅人＃
のたもとをおさへて、＃
＜Ｐ－１１８＞
「まあ、お待ちなさい。落した物は。」＃
「革の財布です。」＃
「中には。」＃
「小判が百五十兩。五十兩は黄色なきれに＃
包み、百兩は小さな袋に入れてあります。＃
外にまだ手紙が七八通。」＃
「御安心なさい。こゝへ持つて來ました。」＃
と言つて、人夫は財布を出して渡した。＃
旅人は、ゆめかとばかり喜んで、財布を幾度か＃
＜Ｐ－１１９＞
いたゞいたが、其の目からは涙がひつきりな＃
しにこぼれて居る。しばらくして、＃
「家の中でなくした物でも、中々出ないもの＃
です。まして、人通の多い渡し場で落した＃
のですから、たとひ飛んで行つて見たとこ＃
ろで、もうあるまいと思つて居ました。し＃
かし、此のまゝ歸ることも出來ないので、引＃
返して來ました。いよ〳〵無い時は、川へ＃
飛込んで死んでしまふつもりだつたので＃
＜Ｐ－１２０＞
す。それがあなたのやうなお方に拾はれ＃
て、今此の財布をいたゞかせてもらひまし＃
たが、いたゞいたのは、財布ではなくて私の＃
命でございます。ついては、お禮のしるし＃
に、此の金を半分だけさし上げたうござい＃
ます。」＃
と言つて、財布の中に手を入れた。人夫は、＃
「お止めなさい。あなたから一文でももら＃
ふ氣があるくらゐなら、こゝまでわざ〳〵＃
＜Ｐ－１２１＞
持つては來ません。それよりも道をお急＃
ぎなさい。私はこれでおいとまします。」＃
と言つて歸らうとする。旅人は、「待つて下さ＃
い。」と言つて引止めながら、＃
「私は紀［き］州［しう］の者でございます。はる〴〵房［ばう］＃
州［しう］へ出かせぎに行つて、れふをして居まし＃
たが、仲間の者が國へ送る金をあづかつて、＃
此の財布に入れて來たのです。小袋の方＃
のは、私どもの主人が國へ送る金です。主＃
＜Ｐ－１２２＞
人はなさけ深い人ですから、此の金をあな＃
たにさし上げても、叱るやうなことはない＃
と思ひます。どうぞ、これを受取つて、私の＃
氣がすむやうにして下さい。それから、あ＃
なたのお名前を承りたうございます。妻＃
や子供に、朝晩おねんぶつの代りにとなへ＃
させます。」＃
人夫は首をふつた。＃
「お金をもらつたら、あなたの氣はすむかも＃
＜Ｐ－１２３＞
知れませんが、私の氣がすみません。私は＃
川端の人夫で、名前を言ふ程の者ではあり＃
ません。どうかすると、其の日の暮しに困＃
るやうなこともありますが、心にすまない＃
ことは、まだ一度もした事はないつもりで＃
す。たとひ、家中の者がうゑ死をするやう＃
なことがあつても、あなたから、いはれのな＃
い金をもらはうとは思ひません。」＃
かう言つて、さつさと歸り出した。旅人は、「そ＃
＜Ｐ－１２４＞
れでは困る。ぜひ。」と言ひながら、人夫の後に＃
ついて來たが、とう〳〵もう一度川を渡つて、＃
人夫の家をたづねて行つた。＃
見れば、うす暗い小窓の下で、妻らしい人がぼ＃
ろをつゞつて居り、土間では、七十近い老人が＃
わらぢを作つて居た。旅人が、わけを話して＃
お禮の金を出さうとすると、老人は、ちらと見＃
たきり何とも言はず、妻も、「せつかくですが。」と＃
言つて相手にならない。＃
＜Ｐ－１２５＞
旅人は思案に暮れて、とう〳〵役所へ申し出＃
た。役人は、いろ〳〵とくはしく尋ねた上、人＃
夫を呼出して、＃
「さて〳〵、二人ともまことに心掛のよい者、＃
感心いたした。紀州の男は、急いで國へ歸＃
つて、其の金を間違ひなく屆けるやうにい＃
たせ。人夫には、役所から手當をつかはす。」＃
と申し渡した。さうして、はうびの金をたく＃
さん與へた。　　＃
＜Ｐ－１２６＞
　第二十二　　夕日　　＃
赤い大きな夕日が、今、西の遠い〳〵地平線に＃
落ちて行くところだ。＃
燒けきつた鐵のやうに眞赤である。たらひ＃
程に見える大きな圓の中には、何か、とろ〳〵＃
ととけた物が動いて居るやうに見える。＃
地上の緑のあざやかさ、美しさ。遠い木立や、＃
家や、煙突や、みんなくつきりと夕空に浮出し＃
＜Ｐ－１２７＞
て居る。＃
日はぐん〳〵と落ちて行く。一糎、二糎とき＃
ざむやうに、動くのがはつきりわかる。もう＃
圓の下の端は、地平線にかゝつた。＃
沈む、沈む。＃
圓は次第に半圓となつた。やがて櫛［くし］程にな＃
つた。あ、とう〳〵かくれてしまつた。＃
だが、日が落ちた後の空は、何といふ美しさで＃
あらう。今沈んだあたりからさし出た幾百＃
＜Ｐ－１２８＞
筋の細かい金の矢が、夕空を染めて、空は赤か＃
ら金に、金からうす青に、ぼかし上げたやう。＃
こゝかしこ、眞綿を引きのばしたやうな雲が、＃
金色に、紅に、色づき始める。＃
美しい空である。はなやかな空である。　　＃
　第二十三　　お月見　　＃
鏡のやうな月が、森の上に美しい姿を現した。＃
私たちは聲をあげて喜んだ。空は水のやう＃
＜Ｐ－１２９＞
にすんで、風はあるといふ程でもないが、花び＃
んのすゝきがゆれて、其のかげが疊の上にち＃
らついて居る。小さい妹が手招をして、「お月＃
樣、こゝへいらつしや＃
い。」と言つた。＃
空はいよ〳〵すんで、＃
月はいよ〳〵明かる＃
い。此の美しい景［け］色［しき］＃
に見とれて居る中に、＃
＜Ｐ－１３０＞
おかあさんが、枝豆やくだものなどを下さつ＃
た。＃
一番末の弟が、お供物のおだんごをたべたい＃
と言出した。いろ〳〵なだめても中々聞か＃
ない。とう〳〵泣出したので、私がおぶつて＃
外へ出た。外の弟や妹も、みんな後へついて＃
出た。＃
外はまるで晝のやうだ。小川の水は銀の帶＃
とも見え、きら〳〵光る草葉の露は水［すゐ］晶［しやう］の玉＃
＜Ｐ－１３１＞
のやうである。蟲は、そつ＃
ちにもこつちにも、節おも＃
しろく鳴いて居る。＃
「あれ、松蟲が鳴いて居る。」＃
と一人が歌へば、みんなが＃
ついて歌ふ。背中の弟ま＃
で、何時の間にかきげんが＃
なほつて、＃
「ちんちろ、ちんちろ、ちん＃
＜Ｐ－１３２＞
ちろりん。」＃
と歌つた。廻らない舌が一そうかはいゝ。＃
「もう内へおはいり。」＃
と言ふおかあさんのお聲がしたので、みんな＃
内へはいつた。しかし、何だか此のまゝ寢る＃
のが惜しいやうな心持がした。　　＃
　第二十四　　鳴子　　＃
もずの一聲　　＃
＜Ｐ－１３３＞
朝霧晴れて、　　＃
あちらこちらで　　＃
鳴子がひゞく。　　＃
ひゞく鳴子に　　＃
ぱら〳〵ぱつと、　　＃
あわて飛立つ　　＃
むら雀。　　＃
＜Ｐ－１３４＞
雀見上げて　　＃
稻田に立てば、　　＃
今日もからりと　　＃
秋びより。　　＃
　第二十五　　横濱港　　＃
午後、にいさんと港へ行きました。アメリカ＃
行の日本丸が、三時に出帆するのです。＃
横濱に生まれ、横濱に居ながら、私は、まだ外國＃
＜Ｐ－１３５＞
へ行く船の出るのを見たことがありません。＃
にいさんが連れて行つて見せてやらうと言＃
はれたので、ゆふべから、私は嬉しくてたまり＃
ませんでした。＃
萬國橋を渡つて、税［ぜい］關［くわん］構［こう］内［ない］の廣い道を歩きま＃
した。＃
「春子、あれが日本丸だよ。ずゐ分大きいね。」＃
「まあ。」＃
私はびつくりしました。向かふの大きな、長＃
＜Ｐ－１３６＞
い上［うは］屋［や］の屋根の上に、船體の上部が出て居ま＃
す。其の太短い煙突は、まるでガスタンクの＃
やうです。＃
上屋の中へはいつて、廣い階段を上つた時に、＃
船の方から、何か、けたゝましい音がして來ま＃
した。＃
「どらが鳴つて居る。間もなく出帆だ。」＃
と、にいさんが言ひました。急いで二階の廊［らう］＃
下［か］へ出ました。＃
＜Ｐ－１３７＞
そこには人が一ぱい居ました。見送人です。＃
上屋の廊下と向合つて、ついそこに日本丸の＃
甲板があるのです。＃
今、美しいテープの投合＃
ひの最中です。甲板か＃
らこつちへ投げる、こつ＃
ちから甲板へ投げる。＃
赤、青、黄、紫、あらゆる色の＃
テープが、降るやうに入＃
＜Ｐ－１３８＞
りみだれて落ちて來ます。何十本、何百本、見＃
る間にふえて、後には甲板の人々の顏も、はつ＃
きり見えないくらゐになりました。此のテ＃
ープの端々を、見送る人々と見送られる人々＃
が、しつかり持合つて、互に別れを惜しむので＃
す。＃
樂隊のしらべが、高く低く、胸をそゝるやうに＃
ひゞきます。萬歳の叫び聲が、こゝでもあす＃
こでも起ります。＃
＜Ｐ－１３９＞
三時になりました。見通しのつかぬ程大き＃
い日本丸は、少しづつ動き始めました。同時＃
にほえるやうな汽笛の聲。＃
何千本のテープの美しいみ＃
だれと、萬歳々々の叫び聲に、＃
もう何も見えず何も聞えま＃
せん。＃
船は次第にはなれました。＃
片端から切れて行くテープ＃
＜Ｐ－１４０＞
は、美しい束になつて、船べりに大きくゆれ出＃
しました。人々は、互にハンケチや帽子を腕＃
の續く限り振つて、別れを惜しみます。＃
三分、五分。船の人々は小さくなつて行きま＃
す。＃
八分、十分。もう人々の顏も姿も見えなくな＃
りました。＃
見送人の中には、ぽつ〳〵歸つて行く者もあ＃
ります。＃
＜Ｐ－１４１＞
氣がついて見ると、さつきま＃
で日本丸のあつた場所は、す＃
つかり海になつて、小蒸汽船＃
が、煙を吐きながら行つたり＃
來たりして居ます。向かふ＃
の方には、大きい汽船が三ざ＃
う五さうと、幾群も並び續い＃
て、どこからどこまでが港内か見きはめもつ＃
きません。＃
＜Ｐ－１４２＞
しかし、あの美しい、はなやかな出帆の光景は、＃
もうどこにもありませんでした。下の岸壁＃
に落散つたテープを、子供たちが無心に拾つ＃
て居るばかりです。＃
「歸らうよ。」＃
と、にいさんに言はれて、私はだまつてついて＃
行きました。　　＃
　第二十六　　乃木大將の幼年時代　　＃
＜Ｐ－１４３＞
乃木大將は、幼少の時體が弱く、其の上臆［おく］病［びやう］で＃
あつた。幼名を無［なき］人［と］といつたが、寒いと言つ＃
ては泣き、暑いと言つては泣き、朝晩よく泣い＃
たので、近所の人は、大將のことを、無人ではな＃
い泣［なき］人［と］だと言つたといふことである。＃
大將の父は、長［ちやう］府［ふ］藩［はん］主［しゆ］に仕へて、江戸で若君の＃
お守役をして居たが、自分の子供がかう弱蟲＃
の泣蟲では、第一藩主に對しても申しわけが＃
ない、どうかして子供の體を丈夫にし、氣を強＃
＜Ｐ－１４４＞
くしなければならないと思つた。＃
そこで、大將が四五歳の時から、父はうす暗い＃
中に大將を起して、往復四粁もある高［たか］輪［なわ］の泉［せん］＃
岳［がく］寺へよく連れて行つた。泉岳寺には、名高＃
い四十七士の墓がある。父は、途々義士のこ＃
とを大將に話して聞かせて、其の墓に參詣し＃
たのである。＃
或年の冬、大將が思はず「寒い。」と言つた。父は、＃
「よし。寒いなら、暖くなるやうにしてやる。」＃
＜Ｐ－１４５＞
と言つて、大將を井戸端へ＃
連れて行き、着物をぬがせ＃
て、頭から冷水を浴びせか＃
けた。大將は、これから後＃
一生の間、「寒い。」とも「暑い。」と＃
も言はなかつたといふこ＃
とである。＃
母もまたえらい人であつ＃
た。大將が何かたべ物の中にきらひな物が＃
＜Ｐ－１４６＞
あると見れば、三度々々の食事に、必ず其のき＃
らひな物ばかり出して、大將がなれるまで、う＃
ち中の者がそればかりたべるやうにした。＃
其のため大將には、全くたべ物に好ききらひ＃
がないやうになつた。＃
大將が十歳の年、一家は郷里へ歸ることにな＃
つた。其の時大將は、江戸から大阪まで、馬や＃
かごに乘らず、兩親と共に歩いて行つた。當＃
時、體がもうこれだけ丈夫になつて居たので＃
＜Ｐ－１４７＞
ある。＃
郷里の家は、六疊・三疊の二間と、せまい土間が＃
あるだけの、小さい粗末＃
な家であつた。けれど＃
も、刀・槍・長［なぎ］刀［なた］など、武士の＃
魂と呼ばれる物は、何時＃
もきら〳〵光つて居た。＃
此の父母の下に、此の家にそだつた乃木大將＃
が、一生を忠誠質［しつ］素［そ］で押通して、武人の手本と＃
＜Ｐ－１４８＞
仰がれるやうになつたのは、まことにいはれ＃
のあることである。　　＃
＜Ｐ－１５０＞
終　　＃
