＜出典＞４４２　　　国定読本　４期４－２
＜Ｐ－０００＞
もくろく　　＃
第一　　青空………一　　第十四　　自動織機………七十九　　＃
第二　　つばめはどこへ行く………三　　第十五　　福壽草………八十八　＃
第三　　呉鳳………十二　　第十六　　スキー………九十　＃
第四　　大連だより………十八　　第十七　　扇の的………九十七　＃
第五　　朝の大連日本橋………二十八　　第十八　　弓流し………百一　＃
第六　　くりから谷………三十二　　第十九　　物のねだん………百四　＃
第七　　萬壽姫………三十五　　第二十　　廣瀬中佐………百十二　＃
第八　　晩秋………四十七　　第二十一　　ホノルヽの一日………百十五　＃
第九　　大演習………五十一　　第二十二　　コロンブスの卵………百二十四　＃
第十　　菊………六十一　　第二十三　　漁村………百二十七　＃
第十一　　ひよどり越………六十三　　第二十四　　水族館………百三十四　＃
第十二　　振子時計………六十八　　第二十五　　早春………百四十八　＃
第十三　　小さい傳令使………七十四　　第二十六　　清水トンネル………百五十　＃
＜Ｐ－００１＞
　第一　　青空　　＃
青空は　　＃
どこまでも　　＃
高いよ。　　＃
細長い煙突や　　＃
アンテナが、　　＃
背のびしてゐる。　　＃
＜Ｐ－００２＞
青空は　　＃
どこまでも　　＃
續くよ。　　＃
野を過ぎて、山越えて、　　＃
たゞ一筋、　　＃
道が白い。　　＃
青空は　　＃
どこまでも　　＃
＜Ｐ－００３＞
廣いよ。　　＃
寄せる波、返す波、　　＃
波また波、　　＃
沖が遠い。　　＃
　第二　　つばめはどこへ行く　　＃
夏の末頃、つばめが、電線や物干竿に五六羽ぐ＃
らゐ並んで止つて居るのを、よく見かけます。＃
時には十羽二十羽も、ずらりと並んで居るこ＃
＜Ｐ－００４＞
とがあります。其の中には親つばめも居ま＃
すが、今年生まれた子つばめが、たくさんまじ＃
つて居ます。もう大きさだけは親つばめと＃
同じですが、まだ口ばしの下の赤色が、親つば＃
め程こくありません。口ばしの兩わきが、幾＃
分黄色に見えるのさへあります。＃
かうして大勢のつばめが並んで居るのを見＃
ると、何かしら、彼等は相談でもして居るやう＃
に見えます。間もなく去つて行かねばなら＃
＜Ｐ－００５＞
ぬ日本に、なごりを惜しんで居るのかも知れ＃
ません。これから行かねばならぬ遠い國の＃
ことを、話し合つて居るのかも知れません。＃
やがて九月もなかばを過ぎると、つばめはそ＃
ろそろ日本を去つて行きます。十月には續＃
續と去つて行きます。十一月の初になれば、＃
もうほとんど其の姿を見せなくなつてしま＃
ひます。＃
一體、どこへ行くのでせうか。＃
＜Ｐ－００６＞
つばめの行先は、遠い〳〵南の海のかなたで＃
す。＃
東京から四千粁もあるフィリピンで、或年の＃
十月の末、子供がつばめをつかまへました。＃
すると、其の右足に、日本の文字を記した小さ＃
い金［きん］屬［ぞく］の板が附いて居ました。それによる＃
と、埼［さい］玉［たま］縣［けん］の或所で、試みにしるしを附けて放＃
したものだといふことがわかりました。＃
しかし、つばめはもつともつと南へ飛んで行＃
＜Ｐ－００７＞
くのです。南洋の島々から、中にはさらに海＃
を越えて、遠いオーストラリヤまで行くのが＃
あるといふことです。＃
つばめは、鳥の中でも一番速く飛ぶ鳥です。＃
汽車や自動車もかなはぬくらゐの速さです＃
から、幾百粁の海を一氣に飛ぶことも、決して＃
不思議ではありません。しかし、彼等の中に＃
は、今年生まれた子つばめがたくさん居ます。＃
又時に不意のあらしや、其の他思ひがけぬ災＃
＜Ｐ－００８＞
難にあはぬとも限りません。＃
昭和六年の秋でした。ヨー＃
ロッパの或國で、約十萬羽の＃
つばめが急に落ちて來まし＃
た。其の年は氣候が不順で、＃
九月の中頃急に寒くなり、雨＃
が降續きました。折から南＃
へ飛行中だつたつばめは、食＃
にうゑ、冷たい雨にずぶぬれ＃
＜Ｐ－００９＞
になつて、もう身動きも出來なくなつてしま＃
つたのです。そこで、其の國の人々は、此の疲＃
れはてた鳥を拾ひ集めて、暖い家に入れてや＃
り、食物を與へてやりました。さうして、疲れ＃
のなほるのを待つて、南の暖い國へ送つてや＃
りました。何しろ十萬といふ數ですから、こ＃
れを送るのも容易ではありません。九月の＃
末から十月の初にかけて、汽車や飛行機で何＃
回にも送つたといふことです。＃
＜Ｐ－０１０＞
昔から、つばめは同じ家に歸つて來るといは＃
れて居ます。つまり、今年或家の軒下で巣［す］を＃
作つたつばめが、來年又同じ巣へもどつて來＃
るといふのです。近年になつて、いろ〳〵の＃
方法で此の事をしらべてみますと、やはりさ＃
うであることがわかりました。たゞあの小＃
さい體で長い旅行を續けるせゐか、途中で死＃
んで歸つて來ないつばめも、かなり多いとい＃
ふことです。＃
＜Ｐ－０１１＞
日本からオーストラリヤまでは、一萬粁以上＃
もありますが、つばめは決して自分の國を忘＃
れません。日本に春が來ると思へば、もう彼＃
等は矢もたてもたまらず、北をさして進むの＃
です。其の小さい胸には、若葉のもえる日本＃
の春の美しさを思ひ浮かべて居るでせう。＃
青々と植ゑつけられた夏の稻田を思ひ浮か＃
べて居るでせう。何よりも、あの家の軒下に＃
作つた古巣がなつかしいのでせう。＃
＜Ｐ－０１２＞
春になると、誰もが此の珍しいお客の歸つて＃
來るのを待ちこがれて居ます。ちらりとつ＃
ばめの姿を見た人は、きつと＃
「今日、始めてつばめを見たよ。」＃
と言つて喜びます。わけても、自分の家へい＃
そいそと歸つて來たつばめを迎へる人の心＃
は、どんなに嬉しいことでせう。　　＃
　第三　　呉［ご］鳳［ほう］　　＃
＜Ｐ－０１３＞
臺［たい］灣［わん］の蕃［ばん］人［じん］には、もと、人の首を取つてお祭に＃
供へる風があつた。阿［あ］里［り］山蕃の役人になつ＃
たばかりの呉鳳は、何とかして、自分の治める＃
部落だけでも、此の惡い風習を止めさせよう＃
と思つて、いろ〳〵苦心をした。＃
「人を殺すのは、よくない事である。」＃
かう言つて、呉鳳はしば〳〵蕃人に説聞かせ＃
た。しかし、お祭が近づくと、蕃人はぜひ首を＃
供へなければならないと申し出た。呉鳳は、＃
＜Ｐ－０１４＞
「去年取つた首があるはずだ。一體、幾つあ＃
るのか。」＃
「四十餘りあります。」＃
「それでは、其の首を大切にしておいて、これ＃
から毎年一つづつ供へることにするがよ＃
い。」＃
蕃人はさとされて、しぶ〳〵引きさがつた。＃
呉鳳は元來情深い人で、蕃人を非常にかはい＃
がつたから、蕃人も次第になついて、後には呉＃
＜Ｐ－０１５＞
鳳を親の如くしたふやうになつた。かうし＃
て、阿里山蕃だけは、しばらく首取の事も止ん＃
で平和が續いたが、外の部落では、毎年祭があ＃
る度に首を取つて供へて居た。それを見る＃
につけ聞くにつけ、阿里山の蕃人は心を動か＃
された。＃
四十餘年は何時の間にか過ぎて、もう供へる＃
首が一つもなくなつた。「今年こそ、新しい首＃
を供へなければならない。」といふので、蕃人は＃
＜Ｐ－０１６＞
其の事を呉鳳に申し出た。呉鳳は、＃
「もう一年待つてくれ。人を殺すのはよく＃
ない。」＃
となだめた。＃
翌年も翌々年も、同じ事がくり返された。蕃＃
人は、そろ〳〵呉鳳の心を疑ふやうになつた。＃
さうして、四年目には、もうどうしても呉鳳の＃
言ふことを聞かうとしなかつた。＃
「それ程首がほしいなら、明日の晝頃、赤い帽＃
＜Ｐ－０１７＞
子をかぶつて、赤い着物を着て、こゝを通る＃
者の首を取れ。」＃
と、呉鳳は答へた。＃
翌日、蕃人どもが役所の近＃
くに集つて居ると、果して＃
赤い帽子をかぶり、赤い着＃
物を着た人が來た。待ち＃
かまへて居た彼等は、忽ち＃
其の人を殺して首を取つ＃
＜Ｐ－０１８＞
てしまつた。＃
意外にも、それは呉鳳の首であつた。親のや＃
うにしたつて居る呉鳳の首であつた。＃
蕃人どもは聲を上げて泣いた。＃
彼等は呉鳳を神に祭つた。さうして、それ以＃
來、阿里山蕃には首取の惡習がふつつりとな＃
くなつた。　　＃
　第四　　大連だより　　＃
＜Ｐ－０１９＞
皆さん、お丈夫で何よりです。机の＃
上に、皆さんからのお手紙がのつて＃
居ると、私は嬉しくてなりません。＃
表の字を見ただけで、誰さんからの＃
だといふことが、すぐわかります。＃
皆さんの山遊のことや運動會の樣＃
子などが、目に見えるやうです。＃
此の前、大連の町の名に、日［にち］露［ろ］戰爭の＃
將軍方の名を取つて、大山通とか乃＃
＜Ｐ－０２０＞
木町・東郷町とかいふの＃
があることをお知らせ＃
しました。それから、大＃
きな埠［ふ］頭［とう］があつて、一年＃
間に汽船が何千さうも＃
出入し、百萬近い人たち＃
が乘り降りすることも＃
書きました。町の建物＃
は西洋風で、並［なみ］木［き］の美し＃
＜Ｐ－０２１＞
い有樣は、お送りした繪［ゑ］葉［は］書［がき］でわか＃
つたことと思ひま＃
す。＃
滿［まん］洲［しう］國が出來てか＃
らは、こゝが表玄［げん］關［くわん］＃
になつて、交通上一＃
そう重要な所にな＃
りました。特別急＃
行列車「あじあ」が、す＃
＜Ｐ－０２２＞
ばらしい速さで走つて、新京へは八＃
時間餘り、ハルビンへは十三時間餘＃
りで行けます。それに、日本内地へ＃
往復する船が毎日のやうに出て、三＃
日目には門［も］司［じ］に着きます。又旅客＃
飛行機で朝立てば、夕方には大阪へ、＃
それから汽車で、翌朝にはもう東京＃
の土がふめるのです。＃
初めロシヤ人がこゝを開いた時、ダ＃
＜Ｐ－０２３＞
ルニーと呼んで居ました。これは＃
遠い所といふ意味で、大連の名も此＃
のダルニーから起つたのですが、日＃
本の内地からいへば、遠い所でも何＃
でもありません。ロシヤ時代で思＃
ひ出しましたが、其の頃造られた大＃
きな煙突が、埠頭の近くにそびえて＃
居ます。一時は東洋一とまでいは＃
れた煙突です。設計はしたものの、＃
＜Ｐ－０２４＞
餘り大きくて、ロシヤ人も造りかね＃
て居ましたのを、當時こゝに來て居＃
た日本の若い技師が引受け、見事に＃
造り上げて、皆をあつと驚かしたと＃
いふことです。＃
其の頃、日本人は數へる程しか住ん＃
で居なかつたのですが、今では十何＃
萬人にもなり、滿洲人の間にも、日本＃
語がだん〳〵廣まつて行きます。＃
＜Ｐ－０２５＞
昨日も市場を見に行かうとして、道＃
がわからなかつたので、遊んで居た＃
滿洲人の子供に尋ねますと、日本語＃
ではつきりと教へてくれました。＃
大連には、星［ほしが］浦［うら］といふ海岸公園があ＃
ります。滿洲は川も湖も少いので、＃
奧地に住んで居る人たちは海が珍＃
しく、夏はこゝへどつと押寄せて、盛＃
に海水浴をします。西洋人も大勢＃
＜Ｐ－０２６＞
來て、色とり〴〵のテントや海水着＃
で、海岸は花が咲いたやうです。＃
滿洲は雨が少く、私がこゝに來てか＃
ら二箇月になりますが、其の間ほと＃
んど雨らしい雨は降りません。降＃
つても、すぐからりと晴上つてしま＃
ひます。ぱさ〳〵した赤つぽい土＃
ですが、高［かう］粱［りやう］と大豆はゆたかにみの＃
ります。＃
＜Ｐ－０２７＞
此の間、遠足で＃
旅順へ行きま＃
した。さうし＃
て、白［はく］玉［ぎよく］山の表［へう］＃
忠［ちゆう］塔［たふ］を仰いだり、二百三高地に登つ＃
たりして、日露戰爭當時の勇ましい＃
話を聞きました。其の話は、又次の＃
時お知らせしませう。では、皆さん、＃
元氣で居て下さい。さやうなら。　　＃
＜Ｐ－０２８＞
年　月　日　　木村正一　　＃
四年生の皆樣へ　　＃
　第五　　朝の大連日本橋　　＃
橋の時計は八時に近い。　　＃
其の下に、　　＃
＜Ｐ－０２９＞
老いたロシヤ人が、　　＃
パン箱を胸に下げて立つてゐる、　　＃
敷石を見つめたまゝ　　＃
動かうともしない。　　＃
出勤を急ぐ人たちが通る、　　＃
勢よくステッキを振り〳〵、　　＃
靴音を立てて。　　＃
すれ違ひに　　＃
＜Ｐ－０３０＞
自動車が來る。　　＃
小僧さんの自轉車が後に續く。　　＃
電車が　　＃
ごう〳〵と走つて來る。　　＃
橋の下を、　　＃
鐘［かね］を鳴らして貨［くわ］物［もつ］列車が行く。　　＃
石炭を山程積んで、　　＃
白い煙を　　＃
＜Ｐ－０３１＞
橋の上に吹散らしながら。　　＃
埠［ふ］頭［とう］の方は　　＃
煙やもやで灰色にかすんでゐる。　　＃
ロシヤ町波［は］止［と］場［ば］の海が、　　＃
赤煉［れん］瓦［ぐわ］の建物のすきから見えて、　　＃
＜Ｐ－０３２＞
ジャンクが　　＃
靜かに浮かんで居る。　　＃
　第六　　くりから谷　　＃
木［き］曾［そ］義［よし］仲［なか］都へ攻上ると聞きて、平家はあわて＃
て討手をさし向けたり。＃
大將平［たひらの］維［これ］盛［もり］は、十萬騎を引連れ、越［ゑつ］中［ちゆう］の國とな＃
み山に陣を取る。義仲は五萬騎を引連れ、こ＃
れも同じくとなみ山のふもとに陣を取る。＃
＜Ｐ－０３３＞
兩軍互に押寄せて、其＃
の間わづかに三町ば＃
かりとなれり。＃
夜に入りて、義仲ひそ＃
かに味方の兵を敵の＃
後に廻らせ、前後よりどつと＃
ときの聲をあげさせたり。＃
不意を討たれて、平家の軍は、＃
上を下への大さわぎ、弓を取＃
＜Ｐ－０３４＞
る者は矢を取らず、矢を取る者は弓を取らず、＃
人の馬にはおのれ乘り、おのれの馬には人が＃
乘り、後向きに乘るもあれば、一匹の馬に二人＃
乘るもあり。暗さは暗し、道はなし。平家の＃
軍は逃場を失ひて、後のくりから谷に、なだれ＃
を打つて落入りたり。＃
親も落つれば其の子も落ち、弟も落つれば兄＃
も落ち、馬の上には人、人の上には馬、重なり重＃
なつて、さしもに深きくりから谷も、平家の人＃
＜Ｐ－０３５＞
馬にてうづまれり。＃
大將維盛は、命から〴〵加賀の國へ逃げのび＃
たり。　　＃
　第七　　萬［まん］壽［じゆの］姫［ひめ］　　＃
源［みなもとの］頼［より］朝［とも］が、鶴［つるが］岡［をか］の八［はち］幡［まん］宮［ぐう］へ舞を奉納する事に＃
なつて、舞姫を集めました。十二人の中、十一＃
人まではありましたが、あとの一人がありま＃
せん。困つて居る所へ、御殿に仕へて居る萬＃
＜Ｐ－０３６＞
壽がよからうと申し出た者がありました。＃
頼朝は一目見た上でと、萬壽を呼出しました＃
が、顏も姿も美しく上品に見えましたので、さ＃
つそく舞姫にきめました。萬壽は當年やう＃
やく十三、舞姫の中では一番年若でした。＃
奉納の當日は、頼朝を始め舞見物の人々が、何＃
千人ともなく集りました。一番、二番、三番と、＃
十二番の舞がめでたくすみましたが、其の中＃
で殊に人のほめ立てたのは、五番目の舞でし＃
＜Ｐ－０３７＞
た。此の時には頼朝もお＃
もしろくなつて、一しよに＃
舞ひました。其の五番目＃
の舞を舞つたのが、かの萬＃
壽姫であつたのです。＃
翌日、頼朝は萬壽を呼出し＃
て、＃
「さて〳〵、此の度の舞は＃
日本一の出來であつた。＃
＜Ｐ－０３８＞
お前の國はどこ、又親の名は何と申す。は＃
うびは望にまかせて取らせるであらう。」＃
と言ひました。萬壽は恐る〳〵、＃
「別に望はございませんが、唐［から］絲［いと］の身代りに＃
立ちたうございます。」＃
と申しました。これを聞くと、頼朝の顏色は＃
さつと變りました。變るも道理、これには深＃
い事情があつたのです。＃
それより一年ばかり前の事です。木［き］曾［そ］義［よし］仲［なか］＃
＜Ｐ－０３９＞
の家來手［て］塚［づかの］太［た］郎［らう］光［みつ］盛［もり］の娘は、頼朝に仕へて居＃
りましたが、頼朝が義仲を攻めようとするの＃
をさとつて、義仲の所へ知らせました。義仲＃
からはすぐ返事があつて、「すきをねらつて、頼＃
朝の命を取れ。」と、木曾の家に傳はつて居た大＃
切な刀を送つてよこしました。＃
光盛の娘は、其の後、晝夜頼朝をねらひました＃
が、少しもすきがありません。かへつて、はだ＃
身はなさず持つて居た刀を見つけられてし＃
＜Ｐ－０４０＞
まひました。其の刀に見おぼえがあつた頼＃
朝は、さあ、此の女にはゆだんが出來ぬといふ＃
ので、石のらうに入れてしまひました。唐絲＃
といふのは此の女のことでした。＃
唐絲には、其の時十二になる娘がありました。＃
それが萬壽姫で、木曾に住んで居りましたが、＃
風のたよりに此の事を聞いて、うばを連れて＃
鎌［かま］倉［くら］をさして上りました。二人は野を過ぎ＃
山を越え、なれない道を一月餘りも歩き續け＃
＜Ｐ－０４１＞
て、やうやく鎌倉に着きました。＃
先づ鶴岡の八幡宮へ參つて、母の命を助け給＃
へと祈り、それから頼朝の御殿へ上つて、うば＃
と二人でお仕へしたいと願ひ出ました。か＃
げひなたなく働く上に、人の仕事まで引受け＃
るやうにしたので、萬壽々々と、人々にかはい＃
がられました。＃
さて萬壽は、誰か母のうはさをする者は無い＃
かと氣をつけて居ましたが、十日たつても二＃
＜Ｐ－０４２＞
十日たつても、母の名を言ふ者はありません。＃
あゝ、母はもう此の世の人ではないのかと、力＃
を落して居ました。＃
或日の事、萬壽が御殿の裏へ出て、何の氣もな＃
くあたりを眺めて居ますと、小さい門があり＃
ました。そこへ下仕の女が來て、「あの門の中＃
へ、はいつてはなりませぬ。」と申しました。わ＃
けを尋ねますと、＃
「あの中には石のらうがあつて、唐絲樣が押＃
＜Ｐ－０４３＞
込められて居ます。」＃
と答へました。これを聞いた萬壽の驚と喜＃
は、どんなであつたでせう。＃
それから間もなくの事です。或日、今日はお＃
花見といふので、御殿は人ずくなでした。萬＃
壽は、其の夜ひそかにうばを連れて、石のらう＃
をたづねました。八幡樣のお引合はせか、門＃
の戸は細めにあいて居りました。うばを門＃
のわきに立たせて置いて、姫は中にはいりま＃
＜Ｐ－０４４＞
した。月の光にすかして、あちらこちら探し＃
ますと、松林の中に石のらうがありました。＃
萬壽がかけよつて、らうのとびらに手をかけ＃
ますと、「誰か。」と、ら＃
うの中から申し＃
ました。＃
萬壽は格［かう］子［し］の間＃
から手を入れて、＃
「おなつかしや、＃
＜Ｐ－０４５＞
母上樣。木曾の萬壽でございます。」＃
「何、萬壽。木曾の萬壽か。」＃
親子は手を取合つて泣きました。やがて、う＃
ばをも呼んで、三人は其の夜を涙の中に明か＃
しました。＃
これから後、萬壽はうばと心を合はせ、折々ら＃
う屋をたづねては、母をなぐさめて居りまし＃
た。さうして、其の明くる年の春、舞姫に出る＃
ことになつたのでした。＃
＜Ｐ－０４６＞
親を思ふ孝子の心には、頼朝も感心して、石の＃
らうから唐絲を出してやりました。二人が＃
互に取りすがつて、嬉し泣きに泣いた時には、＃
頼朝を始め居合はせた者に、誰一人もらひ泣＃
きをしない者はありませんでした。＃
頼朝は唐絲をゆるした上に、萬壽にはたくさ＃
んのはうびを與へました。さうして、親子は＃
うばもろともに、喜び勇んで木曾へ歸りまし＃
た。　　＃
＜Ｐ－０４７＞
　第八　　晩秋　　＃
朝は霜だ。屋根も、垣根も、小道も、小道に落散＃
つた木の葉も、眞白である。＃
空は眞青にすんで、朝日がやがて野ら一面を＃
明かるくする。＃
けたゝましく、もずが鳴く。＃
たんぼはもうなかば以上刈取られて、おくて＃
だけが、こゝかしこに殘つてゐる。さうして、＃
＜Ｐ－０４８＞
霜の消える頃から、組合の脱穀機の音が、あた＃
りの靜かさを破つて景氣よく聞えて來る。＃
村でこれ程痛快な仕事が＃
あらうか。耕して、植ゑて、＃
刈つて、干すまで、ほとんど＃
一本々々手にかけた稻が、＃
此の機械で見る〳〵片附＃
けられて行く。稻かけか＃
ら運ばれた稻束の山が、片＃
＜Ｐ－０４９＞
端からへつて、後には藁［わら］の山が積まれ、前には＃
かき出されたもみが、黄［こ］金［がね］の小山をきづく。＃
朝の霜も忘れたやうに、眞晝の太陽が輝いて、＃
日なたに敷いたむしろの上には、猫がほかほ＃
かと暖さうに眠つてゐる。道端の枯れた草＃
むらの底から、かすかに、ごくかすかに、蟲の音＃
が聞えるやうに思ふのは、空耳であらうか。＃
大ていの物は枯れて茶色になつてゐる中に、＃
梢にすゞなりの柿が、赤々と照つてゐる。ゆ＃
＜Ｐ－０５０＞
ずの實が、みづ〳〵しく金色に輝いてゐる。＃
大根や菜種の葉の緑が、生き〳〵と畠に續い＃
てゐる。＃
午後になると、間もなくうすら寒くなる。長＃
く黒く引く物のかげが次第にうすれて、太陽＃
は、曇るともなく輝きを失つて行く。四時を＃
過ぎれば、もう夕方だ。弱々しい日が遠い山＃
の端にかゝる。＃
日が落ちて、西の空は夕ばえが一きは美しい。＃
＜Ｐ－０５１＞
垣根に咲殘つた二三りんのコスモスの花が、＃
夕やみにかすかに浮いて見える。＃
どこかで、たき火のにほひがする。やがて、あ＃
たりはやみに包まれて行く。　　＃
　第九　　大演習　　＃
　（一）　　＃
ぱか〳〵〳〵と、馬のひづめの音がして來た＃
と思ふと、騎兵の一隊が、勇ましく私たちの前＃
＜Ｐ－０５２＞
を通り過ぎました。＃
軍隊が今夜此の町を通るので、私は、おかあさ＃
んに連れられて、夕方から湯茶接［せつ］待［たい］所［じよ］へ手傳＃
ひに來たのでした。＃
やがて、又ごう〳〵とすさまじい音を立てて、＃
數臺の戰車が來ました。ものすごい地ひゞ＃
きに驚いて、町の人々は皆飛出して來ました。＃
續いて歩兵が近づいて來ました。＃
ちやうど接待所の前で、隊長が、「二十分間きう＃
＜Ｐ－０５３＞
けい。」と號令をかけました。兵隊さんは、やれ＃
嬉しやとばかり、私たちの前へ押しかけて來＃
ました。＃
「ごくらうさま。お疲れ＃
でせう。」＃
といたはりながら、在郷軍＃
人や、婦人會や、女子青年團＃
の人々が、並んで麥湯をつ＃
いで上げて居ます。ほこ＃
＜Ｐ－０５４＞
りと汗で眞黒になつた兵隊さんが、「此の水筒＃
にも入れて下さい。」「これにも。」「これにも。」と出＃
されるので、私たちは、いそがしくて目がまは＃
るやうです。＃
かうして、後から後から來る兵隊さんを迎へ＃
て、とう〳〵夜の十一時頃まで働きました。　　＃
　（二）　　＃
夜の明けぬ中から、北の方で銃聲が聞えまし＃
た。私たち女子の組も、先生に連れられて、大＃
＜Ｐ－０５５＞
演習の拜觀に出かけました。＃
飛行機が勇ましい音を立てて、數臺飛んで來＃
ました。時々、耳をつんざくやうな大砲の音＃
がします。其の度に、早く飛んで行つて見た＃
いやうな氣がしました。＃
今朝は霜がたくさん下りて、寒い北風がびゆ＃
うびゆう吹いて居ます。拜觀に來た人々は、＃
皆外たうのえりに首をうづめて居ました。＃
中には、たき火にあたつて居る人もありまし＃
＜Ｐ－０５６＞
た。＃
野［や］外［ぐわい］統［とう］監［かん］部［ぶ］を遠く望む所で、私たちは拜觀し＃
て居ましたが、どこで大砲をうつて居るのか＃
わかりません。たゞ歩兵が木の小枝や藁［わら］を＃
せおつて、土手のかげをかけて行くのを見ま＃
した、騎兵が土をけつて走るのを見ました。＃
戰の樣子は一向わかりません。＃
やがて、野外統監部へ天皇旗をお進めになつ＃
て、御統監の大元帥陛下がお出ましになりま＃
＜Ｐ－０５７＞
した。最敬禮をしてから仰ぎ見ますと、風當＃
りの最も強い高地であり＃
ながら、陛下は外たうをも＃
召されず、熱心に戰況をご＃
らんになつていらつしや＃
います。それを拜した時、＃
私たちは何ともいはれぬ＃
感じがして、目が涙で一ぱ＃
いになりました。＃
＜Ｐ－０５８＞
拜觀の人々も、今は外たうを着て居る者は、一＃
人もありませんでした。たき火も何時の間＃
にか消えて居ました。＃
　（三）　＃
今日は、兵隊さんが私の家にも泊るといふの＃
で、急いで學校から歸つて來ました。すると、＃
もう兵隊さんは來て居て、兵器の手入をすま＃
し、靴下を洗つたり、靴をみがいたりして居ま＃
した。＃
＜Ｐ－０５９＞
お湯から上つて、「生きかへつたやうだ。」と言つ＃
て居る兵隊さん、其のそばで、銃や劒を見せて＃
もらつて大喜の弟、夕飯の支度にいそがしい＃
おかあさん。私も、兵隊さんの靴下を火にあ＃
ぶつて、乾かして上げました。＃
夕食後、兵隊さんから、新しい兵器についてお＃
もしろいお話を聞きました。おとうさんも＃
感心して、＃
「自分の行つて居た頃とは、すつかり變つた。＃
＜Ｐ－０６０＞
進んだものだ。」＃
と言はれました。＃
翌朝は早く起きて、出發の支度をして上げま＃
した。おばあさんは、疲れないやうにと、燒い＃
たするめや氷砂糖を、紙に包んで上げられま＃
した。＃
まだ明けきらぬ空に、またゝく星を仰ぎなが＃
ら、おとうさんについて、私も町角までお送り＃
しました。皆が「萬歳々々。」と、ちやうちんを上＃
＜Ｐ－０６１＞
げるのに答へて、兵隊さんたちも、「萬歳々々。」＃
と叫びながら行きました。＃
私たちは、其の勇ましい姿を、何時までも見送＃
つて居ました。　　＃
　第十　　菊　　＃
木の葉が落ちて　　＃
さびしい庭に、　　＃
咲きのこる　　＃
＜Ｐ－０６２＞
菊の花よ。　　＃
今朝もしつとり　　＃
露に打たれて、　　＃
うつぶした　　＃
花の重さ。　　＃
そつと起して　　＃
立ててやつたら、　　＃
＜Ｐ－０６３＞
指さきに　　＃
ついたにほひ。　　＃
神のたふとい　　＃
御心なのか、　　＃
あゝ、菊の　　＃
たかいにほひ。　　＃
　第十一　　ひよどり越　　＃
＜Ｐ－０６４＞
平家の軍勢十萬餘騎、一の谷に城をかまへて、＃
源氏の大軍を防ぐ。後は山けはしく、前は海＃
近くして、守かたければ、源氏もさすがに攻め＃
あぐみて見えたり。＃
大將源［みなもとの］義［よし］經［つね］思ふやう、「敵はけはしき山をたの＃
みて、後のそなへを怠り居らん。我、敵の背後＃
を突かん。」とて、ひそかに三千餘騎を引連れ、後＃
より山を傳ひて、ひよどり越に出づ。見下せ＃
ば、幾百丈の谷は、あたかも屏［びやう］風［ぶ］を立てたるが＃
＜Ｐ－０６５＞
如し。大將試＃
みに數匹の馬＃
を追落したる＃
に、或はころびて倒＃
るゝもあり、或は足＃
を折りて死ぬるもあり。され＃
ど、三匹は無事に下り、身ぶるひ＃
して立上れり。＃
大將これを見て、「乘手が用心するならば、馬も＃
＜Ｐ－０６６＞
けがはなかるべし。いざ、進め。義經を手本＃
にせよ。」とて、眞先にかけ下れば、三千餘騎、馬を＃
並べてかけ下る。小石まじりの砂なれば、流＃
るゝやうにすべること二町餘にして、やゝ平＃
なる所に下り着きぬ。＃
されど、これより下、十四五丈ばかりは、こけむ＃
したる岩石、壁の如く突立ちたり。今は先へ＃
も進まれず、後へひかんやうもなし。兵［つはもの］ども＃
皆顏を見合はせ、たゞあきれ居たるに、佐［さ］原［はらの］十［じふ］＃
＜Ｐ－０６７＞
郎［らう］義［よし］連［つら］進み出で、「我等には、かゝる所も平地に＃
同じ。進めや。」とて、眞先にかけ進めば、三千餘＃
騎も續いて下る。聲をしのばせ、馬をはげま＃
しつゝ、なだれの如く下るさま、人わざとも思＃
はれず。＃
下るやいなや、三千餘騎、一度にどつとときを＃
あげて、平家の城に火を放つ。敵は果して不＃
意を討たれ、あわてふためきつゝ船に乘りて、＃
皆散り〴〵に逃行きたり。　　＃
＜Ｐ－０６８＞
　第十二　　振子時計　　＃
イタリヤのピサの町に夕もやがこめて、日が＃
靜かに落ちて行く頃でした。＃
ガリレオといふ學生が、こゝの有名な大寺院＃
へお參りをしました。寺院の中は、もううす＃
暗くなつてゐました。ちやうど今、番人がラ＃
ンプに火をつけたばかりのところでした。＃
天［てん］井［じやう］からつるしてある此の大きなランプが、＃
＜Ｐ－０６９＞
ふとガリレオの心をとらへました。＃
「おや。」＃
と思ひながら、彼はそこに立止つて、じつと見＃
つめました。＃
つるしたランプは、靜かに左右へ動いてゐま＃
す。それは、つい今しがた、番人が火をつける＃
ために手を觸れたからです。ガリレオが不＃
思議に思つたのは、其のランプの動き方でし＃
た。左から右へ、右から左へと、行つたり來た＃
＜Ｐ－０７０＞
りするのに、其の一回々々の時間が、どうやら＃
同じであるやう＃
に思はれてなり＃
ません。＃
「何かでためし＃
てみる方法は＃
なからうか。」＃
しばらく考へてゐたガリレオは、やがて自分＃
の脈を取つて見ました。＃
＜Ｐ－０７１＞
やつぱりさうでした。ランプが一回動くの＃
に脈が二つ打つと、次の動きにも脈は二つ打＃
ちます。驚いたことには、ランプの動きが次＃
第に小さくなつて、後にはかすかにゆれるだ＃
けですが、それでも一回の動きに、やはり脈は＃
二つ打つといふぐあひでした。＃
ガリレオは、急いでうちへ歸りました。さう＃
して、絲におもりを附け、それをつるして、彼は＃
同じやうなことを何べんとなくやつてみま＃
＜Ｐ－０７２＞
した。＃
おもりを絲でつるして、それを動かすと、おも＃
りは左右へ振ります。其の絲を短くすれば＃
振方が速く、長くすれば振方がおそくなりま＃
す。しかし、絲の長さを一米なら一米にきめ＃
て置くと、おもり其の物は重くても輕くても、＃
又大きく動かしても小さく動かしても、振る＃
時間は同じです。これを振子の等時性とい＃
ひます。＃
＜Ｐ－０７３＞
十八歳の學生ガリレオは、此の事を發見した＃
のでした。今から三百六十年ばかり昔の事＃
です。＃
此の發見があつてから七十年餘り過ぎて、オ＃
ランダのホイヘンスといふ人が、今までにな＃
い正確な時計を發明しました。それは、全く＃
ガリレオの此の發見を應用したものです。＃
つまり時計の機械に振子を仕組んだもので、＃
これが振子時計の始りです。　　＃
＜Ｐ－０７４＞
　第十三　　小さい傳令使　　＃
昭和六年十二月三十一日の夕暮、大石橋守［しゆ］備［び］＃
隊［たい］の鳩［きう］舍［しや］へ、血に染まつた一羽の鳩［はと］が飛んで＃
來た。取扱兵がすぐ＃
抱上げて、足の番號を＃
見ると、四日前に、錦［きん］州［しう］＃
へ向け出發した我が＃
軍に連れられて行つ＃
＜Ｐ－０７５＞
た軍用鳩であつた。信書管は血にまみれ、身＃
には重傷を負うて、息もたえ〴〵であつた。＃
錦州へ向かつた我が軍は、三十日とつぜん優＃
勢な敵軍に出あひ、烈しく戰つた。早く此の＃
事を大石橋守備隊へ知らせようとしたが、電＃
信も電話も敵のためにこはされ、通信はたゞ＃
鳩にたよる外はなかつた。＃
通信紙をつめたアルミニウムの管を鳩の右＃
足に取附けた兵は、しばらく鳩の體にほゝを＃
＜Ｐ－０７６＞
すりつけ、途中の無事を祈つた。小さい傳令＃
使は胸をふるはせ、かはいゝ目で空を見上げ＃
て居た。＃
戰の眞最中、鳩は空高く舞上つた。二三回上＃
空に輪をゑがいて飛んで居たが、やがて方向＃
を見定め、矢のやうに飛去つた。＃
落行く夕日を背に受け、寒空を物ともせず東＃
南をさして飛んで居た鳩は、ふと、たかの一群＃
を見たので、すばやく低空に移つた。すると、＃
＜Ｐ－０７７＞
今度は敵軍に發見され、忽ち一せい射撃を受＃
けた。＃
一彈は鳩の左足をうばひ、一彈は其の腹部を＃
つらぬいた。＃
此の重い傷にも屈せず、鳩はなほしばらく飛＃
續けたが、遂にたへかねて、とある木の枝に止＃
つた。＃
たま〳〵其の附近に居た我が軍の兵が、これ＃
を發見した。つかまへようとして手をさし＃
＜Ｐ－０７８＞
のべると、鳩は再びつばさを廣げて飛上つた。＃
飛去つたあとの木の枝には、いたましくも赤＃
い血が附いて居た。＃
弱り果てた此の小傳令使は、＃
其の夜どこで休んだことか、＃
翌日になつて、やうやく大石＃
橋の自分の鳩舍にたどり着＃
いたのである。＃
大石橋守備隊では、さつそく信書管を取りは＃
＜Ｐ－０７９＞
づし、手厚くかんごしたが、任務を果して氣が＃
ゆるんだのか、鳩は取扱兵の手に抱かれたま＃
ま冷たくなつてしまつた。＃
しかし、此の報告で敵情は明らかになつた。＃
さうして、間もなく我が軍は錦州を占領した。　　＃
　第十四　　自動織機　　＃
明治二十三年、東京に博［はく］覽［らん］會［くわい］が開かれた時の＃
事である。ゐなか者らしい一人の青年が、毎＃
＜Ｐ－０８０＞
日毎日機械館に來ては、そこに陳列してある＃
機械の前にすわつて、じつとそれに見入つて＃
居るのであつた。掛の人々は、とう〳〵彼を＃
あやしい者とにらんで取調べた。調ベてみ＃
ると、氣ちがひでも何でもなかつた。非常＃
な機械好きで、しかも愛國心の強い青年であ＃
つた。＃
彼はそこに並べてある機械を指さして、＃
「これは皆外國品ばかりではないか。こん＃
＜Ｐ－０８１＞
な事で日本の將來をどうする。今に私は＃
りつぱな國産品を作つて、きつと外國品を＃
追拂つて見せる。」＃
と、かたい決心を語つた。此＃
の青年こそ、後に自動織機を＃
發明して、世界の工業界に名＃
をとゞろかした豐［とよ］田［だ］佐［さ］吉［きち］其の人であつた。＃
佐吉は靜岡縣のゐなかに生まれた。初め大＃
工として働いて居たが、其の中に織機の改良＃
＜Ｐ－０８２＞
を思ひ立ち、ひまさへあれば方々の織場を見＃
て歩いた。時には、機械をこはしたといつて＃
叱られ、村の青年たちからは、男のくせにとあ＃
ざけられた。かうした苦心を重ねて、佐吉は＃
木製の改造織機を作つたが、實［じつ］驗［けん］してみると＃
失［しつ］敗［ぱい］であつた。それ見た事かと、人々はあざ＃
けり笑つた。しかし、佐吉は何と言はれても、＃
たゞだまつて研究の歩を進めた。博覽會を＃
見に行つたのも此の頃の事であつた。＃
＜Ｐ－０８３＞
歸つてからの彼の努［ど］力［りよく］は、一そうめざましか＃
つた。さうして、翌年には木製織機の改造に＃
見事成功した。二十四歳の時であつた。＃
其の後、佐吉はさらに動力を使用する織機の＃
發明に成功して、それが廣く世間に使用され＃
るやうになつた。或會社では、此の織機と外＃
國製の織機とを、一年にわたつてためしてみ＃
たが、ざんねんにも、佐吉の機械は外國製に及＃
ばなかつた。＃
＜Ｐ－０８４＞
佐吉は涙を流してくやしがつた。さらに三＃
年の後、外國品にまさるものを、どうにか作り＃
上げることが出來た。＃
しかし、此の成功に滿足してしまふ佐吉では＃
なかつた。彼は、ほとんど其の一生を織機の＃
改良にさゝげた。大正十三年、彼は遂に世界＃
無比の自動織機を發明した。それは、たて絲＃
が切れゝば自動的に運轉が止り、よこ絲が無＃
くなれば自動的にこれをおぎなふ仕掛にな＃
＜Ｐ－０８５＞
つて居る機械で、一人＃
で四五十臺を取扱ふ＃
ことが出來る。彼が＃
織機の研究を始めて＃
から三十年、氣ちがひ＃
といはれ、貧苦と戰ひ＃
、あらゆる困難にたへ＃
て、遂に此の成功を見＃
たのである。＃
＜Ｐ－０８６＞
發明に對する彼の熱心は、まことに驚くべき＃
ものがあつた。朝は誰よりも早く起きて研＃
究室に入り、夜もおそくまで閉ぢこもつて居＃
るので、家族の人は、彼が何時寢たかも知らな＃
い事が多かつた。＃
こんな事もあつた。いつもの如く研究室に＃
はいつた佐吉は、日が暮れても出て來ない、夜＃
なか過ぎても出て來ない。遂に夜が明けて＃
鷄［にはとり］が鳴いた。東の空に朝日がのぼつた。家＃
＜Ｐ－０８７＞
族のものが心配して、研究室へ行つて見ると、＃
とたんに佐吉は、圖面を片手に勢よく飛出し＃
て來た。さうして、一さんに工場へ走つて行＃
つた。＃
「おい、誰も居ないか。」＃
と、佐吉は叫んだ。工場はがらんとしてゐる。＃
あとからついて行つた家族のものが、＃
「今日は元日でございます。」＃
と言つたので、＃
＜Ｐ－０８８＞
「はゝゝ、さうだつたか。」＃
と大笑した。＃
佐吉は、夜通し考へた事を實さいに作らせよ＃
うと思つて、元日とも知らず飛込んだのであ＃
つた。　　＃
　第十五　　福［ふく］壽［じゆ］草［さう］　　＃
福壽草、　　＃
床にかざれば、ほんのりと　　＃
＜Ｐ－０８９＞
急に明かるい部［へ］屋［や］の中。　　＃
冬の日に、　　＃
黄色い花はよろこびの　　＃
あふれるやうに生き〳〵と。　　＃
母とまた、　　＃
笑顏かはして、花の數、　　＃
つぼみの數をよんでみる。　　＃
＜Ｐ－０９０＞
　第十六　　スキー　　＃
粉雪が幾日も降續いて、野も山も眞白に埋め＃
つくしてしまつた。僕たちは、毎日々々スキ＃
ーをはいてかけまはつてゐたが、もう村の近＃
所ではおもしろくなくなつたので、今日は朝＃
から、野田先生に山の＃
スキー場へ連れて行＃
つていたゞいた。＃
＜Ｐ－０９１＞
村はづれの辻堂の縁［えん］に、僕たちが待つてゐる＃
と、やがてスキーをかついだ先生がいらつし＃
やつて、にこ〳〵しながら、＃
「やあ、みんな早いね。」＃
と元氣な聲でおつしやつた。＃
スキー場までは登り道で、五粁＃
ばかりある。雪は一米も積つ＃
てゐる。先生はいつも眞先に＃
立たれて、急な坂にかゝると、＃
＜Ｐ－０９２＞
「やあ、えい、やあ、えい。」＃
と、掛聲を掛けて僕たちをはげまされた。＃
から松の林を拔けて小松原にかゝると、誰か＃
が、＃
「やあ、兎、兎。」＃
と大聲に叫んだ。見ると、大きな兎が、ちやう＃
ど小松の中へ飛込んだところだ。あとには、＃
松の枝から雪がこぼれてゐた。＃
小松原を拔けるとスキー場だ。此の邊では、＃
＜Ｐ－０９３＞
雪が二米近くもあつて、たゞ一面の銀世界、快＃
い傾［けい］斜［しや］が幾箇所となく並び續いてゐる。＃
僕たちは傾斜を登り始めた。五十米程登る＃
と、僕はもうたまらなくなつて、眞一文字に滑＃
り下つた。すばらしい速度がついて、スキー＃
がうなる。空氣が耳もとでうなる。一瞬［しゆん］で＃
谷底だ。急停止して振返ると、仲間はまだず＃
んずん登つて行く。やがて百米も登つたと＃
思ふと、一せいに滑り始めた。速い、速い。見＃
＜Ｐ－０９４＞
る見る顏がはつきりして來る。思ひ〳〵の＃
あとをつけながら、小鳥のや＃
うに舞下り、雪煙を立てて停＃
止する。中には、ころんで雪＃
に大きな穴をあけ、雪だるま＃
になつて起上る者もある。＃
先生は、二百米も登つて下り＃
始められた。電光形をゑが＃
く見事な滑り振りに見とれ＃
＜Ｐ－０９５＞
てゐると、もう目の前に來られた。烈しい制［せい］＃
動［どう］をかけて急停止をなさる。もう〳〵と雪＃
煙が立つ。雪煙が消えると、先生の笑顏が浮＃
かんで來た。＃
それから、僕たちは何もかも忘れて滑つた。＃
先生は、向かふでジャンプをしてゐられる。＃
つばめのやうに空中に舞上つて、二十米から＃
三十米も飛ばれる姿は、いかにも勇壯である。＃
僕たちもやりたいけれども、まだ出來ない。＃
＜Ｐ－０９６＞
晝近くなると、山小屋に泊つてゐる人々も來＃
て、にぎやかになつた。上手な人もあるが、中＃
にはころんで、かめの子をひつくりかへした＃
やうに、ばた〳〵してゐる人もあつた。＃
雪の上の樂しい晝食がすむと、今度は先生に＃
一人々々滑り方を教へていたゞいた。＃
歸りは、村まで下りきりの愉快な道だ。林を＃
縫つて長距［きよ］離［り］を滑るのは、樂しいものだ。行＃
きには二時間餘りもかゝつた道を、ほんの一＃
＜Ｐ－０９７＞
息で村まで歸つた。　　＃
　第十七　　扇の的　　＃
屋島の合戰に、源氏は陸に陣を取り、平家は海＃
に船を浮かべて相對せり。折しも美しくか＃
ざりたる船一さう、平家の方より漕出す。見＃
れば、へさきに長き竿を立て、赤き扇を取附け、＃
一人の官女其の下に立ちて、陸に向かひてさ＃
しまねく。＃
＜Ｐ－０９８＞
源氏の大將義［よし］＃
經［つね］これを見て、＃
「かの扇を射＃
落す者は無＃
きか。」＃
一人の家來進み出で、＃
「那［な］須［すの］餘［よ］一［いち］と申す者あり。空飛ぶ鳥も、三羽＃
に二羽は、必ず射落す程の上手なり。」＃
と答へたれば、「それ呼べ。」とて、餘一を召出す。＃
＜Ｐ－０９９＞
餘一は、固くじたいしたれども、ゆ＃
るされず。心の中に思ふやう、萬＃
一射損ずるならば、弓切折りて自＃
害せんと、かくごをきめて、馬にま＃
たがり、海中に乘入れたり。＃
時に風強く波高ければ、船はゆり＃
上げられ、ゆり下げられ、扇は風に＃
ひらめきて、いかなる弓の名人も、＃
たゞ一矢にて射落すことはむつ＃
＜Ｐ－１００＞
かしと見えたり。＃
餘一目を閉ぢ、一心に神に祈りて、再び目を開＃
けば、風やゝ靜まり、扇も少しく落着きて、射よ＃
げに見ゆ。直ちに弓に矢をつがへ、ねらひを＃
定めてひようと放つ。＃
扇は要［かなめ］ぎはを射切られて、空高く舞上り、二度＃
三度ひら〳〵とまはりて、さつと海中に落入＃
りたり。＃
陸には大將義經を始め、源氏の兵［つはもの］ども、馬のく＃
＜Ｐ－１０１＞
らをたゝきて喜びたり。海には平家の軍勢、＃
ふなばたをたゝきて、どつとほめ上げたり。　　＃
　第十八　　弓流し　　＃
義［よし］經［つね］馬を海中に乘入れて、烈しく戰ふ折しも、＃
いかなるはずみにか、わきにはさみゐたる弓＃
を海中に取落したり。＃
義經は馬上にうつぶし、むちの先にて、流れ行＃
く弓をかき寄せ取らんとすれば、敵は船中よ＃
＜Ｐ－１０２＞
り熊［くま］手［で］を以て、義經のかぶとに打ちかけ打ち＃
かけ、引倒さんとす。＃
源氏の兵［つはもの］ども、＃
「其の弓、捨て給へ。捨て給へ。」＃
と口々に言ふ。＃
されども義經は、太刀＃
にて熊手を防ぎ〳〵、＃
遂に弓を拾ひ上げて＃
陸に上る。家來の者、＃
＜Ｐ－１０３＞
「たとへ、金銀にて作＃
りたる弓なりとも、＃
御命には代へがた＃
し。」＃
と申せば、義經笑ひて、＃
「弓を惜しみたるに＃
あらず。叔［を］父［ぢ］爲［ため］朝［とも］＃
の弓のやうならば、＃
わざと落しても與＃
＜Ｐ－１０４＞
ふべし。弱き弓を取られて、『これが義經の＃
弓なり。』とあざけらるゝは、源氏一門の恥な＃
らずや。」＃
と言へり。＃
源氏の兵どもこれを聞きて、「まことの大將か＃
な。」と、皆感じ合へり。　　＃
　第十九　　物のねだん　　＃
昔、鬼が持つてゐたといふ打出の小［こ］槌［づち］を、もし＃
＜Ｐ－１０５＞
人間の世界へ持つて來たとすれば、どうでせ＃
う。きつと何億圓、何十億圓といふ高いねだ＃
んの物になるに違ひありません。なぜかと＃
いへば、打出の小槌は、それで何でもほしい物＃
が打出せるといふことです、かういふちよう＃
はうな物は、誰一人ほしがらないものはあり＃
ません、其の上、打出の小槌は、お話に聞くだけ＃
で、我々の手にはいらない、非常に珍しい物だ＃
からです。＃
＜Ｐ－１０６＞
ところで、此の打出の小槌から、同じ打出の小＃
槌を、幾つも幾つも打出したらどうでせう。＃
さうして、世界中の人が皆手に入れたらどう＃
でせう。もう珍しくも何ともありません。＃
めい〳〵の持つてゐる打出の小槌から、新し＃
いのが幾つでも打出せます。かうなると、打＃
出の小槌は、まるでねだんのない物になつて＃
しまふかも知れません。＃
これはたとへ話ですが、しかし、これと同じや＃
＜Ｐ－１０７＞
うな事が、我々の生活においても考へられま＃
す。＃
ダイヤモンドは、寶石の中でも一番かたくて、＃
光澤の美しい物ですから、誰でもほしがりま＃
す。けれども、ダイヤモンドはわづかしか出＃
ませんから、皆が手に入れるといふことは出＃
來ません。だから、ダイヤモンドは豆粒ぐら＃
ゐの大きさの物でも、何千圓、何萬圓といふ高＃
いねだんです。＃
＜Ｐ－１０８＞
我々は空氣を呼吸して生きてゐます。ダイ＃
ヤモンドは無くてもさしつかへありません＃
が、もし空氣が無かつたら、我々は一刻も生き＃
てゐられません。空氣はこれ程大切な物で＃
すが、しかし我々の住んでゐる所には、どこに＃
でもあります。だから、空氣にはねだんがな＃
いのです。ちやうど世界中の人が、皆打出の＃
小槌を持つてゐるやうなものです。＃
かう考へると、物にねだんがあるのは、一つに＃
＜Ｐ－１０９＞
は、我々が其の物をほしがるといふことと、い＃
ま一つには、其の物が得がたいといふことが＃
原因になつてゐることがわかります。＃
ところで、同じ品物でも、時にねだんが高くな＃
つたり、安くなつたりします。それはどうい＃
ふわけでせうか。＃
せり市へ行つて見ると、商人が「さあ、いくら、さ＃
あ、いくら。」と言ひながら、大勢の人に品物を見＃
せてゐます。すると、大勢の中から「十五錢。」＃
＜Ｐ－１１０＞
「十七錢。」「二十錢。」などといふ聲が起ります。も＃
うそれ以上高いねだんを附ける人がないと、＃
其の品物は、「二十錢。」と言つた人の手にはいり＃
ます。つまり其の品物は、一番高いねだんを＃
附けた人に賣られることになるのです。＃
又、これと反對の事があります。同じやうな＃
品物を賣る店が、多く並んでゐるとします。＃
品物を買はうと思ふ人は、大ていあつちこつ＃
ちと店をたづねて、ねだんを問合はせ、一番安＃
＜Ｐ－１１１＞
く賣る店で買ひます。＃
此の二つの場合から、かういふ事が考へられ＃
ます。品物が少くて買ふ人が多い時には、品＃
物のねだんは高くなります。反對に、品物が＃
多くて買ふ人が少い場合には、品物のねだん＃
は安くなります。ちやうど打出の小槌が、た＃
だ一つしかなければ、何億圓といふ高いねだ＃
んでせうが、世界中の人が皆持てば、ねだんが＃
なくなつてしまふといふのと同じことです。＃
＜Ｐ－１１２＞
かういふ風に、物のねだんは、主として、物を買＃
ふ方即ち需［じゆ］要［えう］と、物を賣る方即ち供給との關［くわん］＃
係によつて、高くもなれば安くもなるのです。　　＃
　第二十　　廣瀬中佐　　＃
とゞろくつゝ音、　　＃
＜Ｐ－１１３＞
飛來る彈丸。　　＃
荒波洗ふ　　＃
デッキの上に、　　＃
やみを貫ぬく　　＃
中佐の叫び。　　＃
「杉野はいづこ、　　＃
杉野は居ずや。」　　＃
船内くまなく　　＃
＜Ｐ－１１４＞
尋ぬる三たび、　　＃
呼べど答へず、　　＃
探せど見えず。　　＃
船は次第に　　＃
波間に沈み、　　＃
敵彈いよ〳〵　　＃
あたりにしげし。　　＃
今はとボートに　　＃
＜Ｐ－１１５＞
移れる中佐、　　＃
飛來るたまに　　＃
忽ち失せて、　　＃
旅順港外、　　＃
うらみぞ深き、　　＃
軍神廣瀬と　　＃
其の名殘れど。　　＃
　第二十一　　ホノルヽの一日　　＃
＜Ｐ－１１６＞
アメリカ行の船は、横濱を出て八日目に、ハワ＃
イのホノルヽに寄港する。此の間、たゞ水と＃
空ばかり眺めてゐた身には、島上の此の美し＃
い都市が、まことになつかしいものに思はれ＃
る。水ぎは近くそびえ立つ＃
塔を望みながら、船が岸壁に＃
近づくと、そこには、もうぎつ＃
しりと出迎の人々がつめか＃
けてゐる。めい〳〵首にか＃
＜Ｐ－１１７＞
けた花の首かざりが、目立＃
つて美しくみえる。もと、＃
土人が親愛の情をあらは＃
すしるしであつたのが、今＃
ではハワイ一般の風習に＃
なつたのださうである。＃
どこかで萬歳の聲が起る。アメリカ合［がつ］衆［しゆう］國［こく］＃
の領土だといふのに、横濱で送られた時と同＃
じ日本語の歡［くわん］聲［せい］が、こゝでも聞かれる。出迎＃
＜Ｐ－１１８＞
の大半は日本人である。中には、日本の着物＃
を着て、帶をきちんと結んだ女の姿さへまじ＃
つてゐる。＃
日本旅館に案内され、風［ふ］呂［ろ］を浴びてゆかたに＃
着かへると、一體、こゝがどうして外國かと言＃
ひたくなる。座敷にすわつて茶を飲む。そ＃
ばにはハワイの日本字新聞さへ置いてある。＃
聞けば、それも其のはず、ハワイの人口約三十＃
八萬の中、十五萬が日本人で、それが農業・漁＃
＜Ｐ－１１９＞
業・商業を始め、あらゆる職業に從事してゐる＃
のだ。ハワイが今日のやうに發達したのも、＃
ほとんど日本人の力だといつてよいといは＃
れてゐる。此の旅館で出してくれるさしみ＃
は、多分日本人の取つた魚であらう。ことに＃
よると、御飯にしても、野菜にしても、コーヒー＃
にしても、砂糖にしても、パインアップル其の＃
他の果物にしても、みんな日本人の手で作ら＃
れた物が、使はれてゐるのかも知れない。＃
＜Ｐ－１２０＞
ホノルヽは、ほんたうに美し＃
い都市である。いたる所に＃
椰［や］子［し］の木立がある、並木が續＃
く。さつぱりした建物の色＃
と、熱帶植物のこい緑が映じ合ふ。殊に美し＃
いのは、「ハワイの花」といはれる＃
ハイビスカスの花である。家＃
家の垣根といはず、公園の並木＃
路といはず、黄に、赤に、白に咲誇＃
＜Ｐ－１２１＞
り咲續いてゐるのを見ると、まるでおとぎの＃
國にでも、さまよつてゐるやうな氣がする。＃
ハワイは實に明かるい所である。どこまで＃
も青くすみきつた大空の下には、地上のあら＃
ゆる物が、色あざやかに見える。中でもきれ＃
いなのは海の色だ。ちやうど眞白な牛乳に、＃
緑のゑのぐでも流し込んだやうである。＃
ハワイは「夕日なき島」といはれてゐる。日が＃
西に傾いても、日本ならばまだ〳〵と思はれ＃
＜Ｐ－１２２＞
る時分、こゝではあつといふ間に日が落ちて＃
しまふからである。さうして其の頃から、雲＃
の色どりが何ともいへぬ美しさを見せる。＃
夜になると、大空に星が一ぱい照輝く。「星低＃
き國」といふのもハワイのことである。星の＃
一つ〳〵が大きく見えるばかりか、我々が普＃
通星形といつてゐる形の通りに見える。＃
ハワイには支［し］那［な］人も西洋人もゐるが、我々に＃
珍しいのは、色の赤黒い、背の高い土人である。＃
＜Ｐ－１２３＞
體が大きいのに、性質がごくおとなしく、しか＃
も音樂が大好きである。有名なワイキヽの＃
海岸は、今日、文明を誇る公園地帶となり、海水＃
浴場となつてゐるが、それでも、＃
月の明かるい晩などは、土人の＃
群が、椰子の木かげで、あはれつ＃
ぽい歌に合はせて、一夜ををど＃
り明かすさうである。＃
夜、旅館の寢臺に横たはりなが＃
＜Ｐ－１２４＞
ら、どこからか聞えて來る支那人の聲や、土人＃
の歌に耳を傾けてゐると、やはりこゝは外國＃
だといふことを、しみ〴〵と感ずる。　　＃
　第二十二　　コロンブスの卵　　＃
コロンブスがアメリカを發見して歸つた時、＃
イスパニヤ人の喜んだことは非常なもので＃
した。＃
一日祝賀會の席上で、人々が代る〴〵立つて、＃
＜Ｐ－１２５＞
コロンブスの成功を祝しますと、一人の男が、＃
「大洋を西へ〳〵と航海して、陸地に出あつ＃
たのが、それ程の手がらだつたらうか。」＃
と言つて冷笑しました。＃
これを聞いたコロンブスは、つと立つて、食［しよく］卓［たく］＃
の上のゆで卵を取り、＃
「諸君、試みに此の卵を卓上に立ててごらん＃
なさい。」＃
と言ひました。人々は、何のためにこんな事＃
＜Ｐ－１２６＞
を言出したかと思ひながら、やつてみました＃
が、もとより立たうはずはご＃
ざいません。＃
此の時コロンブスは、こつん＃
と卵の端を食卓に打ちつけ、＃
何の苦もなく立てて申しま＃
した。＃
「諸君、これも人のした後では、何のざうさも＃
ない事でございませう。」　　＃
＜Ｐ－１２７＞
　第二十三　　漁村　　＃
　（一）　　船が出る　　＃
かん、かん、かん、かん。＃
すみきつた朝の空氣をふるはせて、板［ばん］木［ぎ］が鳴＃
りひゞく。＃
「船が出るぞう。」＃
「おうい。」＃
大聲で呼びかはし、男も女もはだしで、濱へ下＃
＜Ｐ－１２８＞
りて行く。あたりはまだうす暗い。黒々と＃
大きな體を横たへてゐ＃
る船のかげで、幾箇所に＃
もたき火が始められる。＃
「やつさ、やつさ。」＃
勇ましい掛聲で、船は忽＃
ち海へ引下される。水＃
に浮く。機械が掛る。＃
「ど、ど、どうつ。」と、磯にくだける波が、船を陸へ押＃
＜Ｐ－１２９＞
上げようとする。さを張が、滿身の力をこめ＃
てさをを突張る。＃
二番瀬を越すと、折からのぼる太陽の光を浴＃
びて、長くあとを引きながら、一直線に沖へ。＃
見る〳〵其の影は小さくなつて行く。　　＃
　（二）　　大れふ　　＃
僕等は、はしけに乘つて、ぐん〳〵沖へ出た。＃
今日はすばらしい凪［なぎ］だ。僕は文治とへさき＃
にすわつて、船が上ると體を浮かすやうに、船＃
＜Ｐ－１３０＞
が下ると體を沈めるやうにしてゐた。＃
「にいさん、濱屋の船だよ。」＃
文治が指さしたので、見ると船が一さう走つ＃
てゐる。屋號を染拔いた小旗も見える。子＃
供が一人、船の眞中に居る。＃
「あれは、きつと濱屋の源治君だよ。源治君、＃
源治君。」＃
と大聲に呼びながら、文治が立上りかけると、＃
ともに居た船方が、＃
＜Ｐ－１３１＞
「あぶない。」＃
とどなつた。＃
後を振返ると、もう矢島の岬も見えない。目＃
のとゞく限りは、着物でも染まるやうな眞青＃
な水だ。＃
やがて網場へ來た。何十さうといふ船が、今＃
思ひ〳〵に網を張つてゐるところだ。白波＃
を立てながら、右往左往して、まるで戰場のや＃
うである。僕等の網船は、もう網をたぐり始＃
＜Ｐ－１３２＞
めた。＃
「さあ、のう。」＃
と、一人が音［おん］頭［ど］を取ると、大勢の船方が、みんな＃
これに合はせて、＃
「やつさ、やつさ。」＃
と網をたぐる。誰も彼も、赤［しやく］銅［どう］色のはだから＃
玉の汗を流してゐる。＃
網がつぼまつて來たところで、網船は、僕等の＃
乘つてゐる船を呼んだ。＃
＜Ｐ－１３３＞
網船二さうの間へ、まつすぐに乘入れる。大＃
きなたもで、網からいわしをどん〳〵僕等の＃
船へ上げる。見る〳〵船の中には、いわしの＃
山が築かれる。いわしの＃
重みで、船がぐつと傾く程＃
だ。＃
僕等の船は、左右の網船か＃
らさをで押されながら、網＃
の外へ出る。出ると、機械＃
＜Ｐ－１３４＞
を一ぱいに掛けて家路へ急いだ。＃
何時の間に立てたのか、へさきには、大れふを＃
知らせる眞［しん］紅［く］の吹流しが二本、威勢よく風に＃
ひるがへつてゐた。　　＃
　第二十四　　水族館　　＃
昨日、おとうさんと一しよに、水族館へ行きま＃
した。＃
入口のそばに池があつて、そこに甲の長さが＃
＜Ｐ－１３５＞
一米もある「うみがめ」が居るのには、びつくり＃
しました。＃
中へはいつて、先づ目に着いたのは、室の窓ぎ＃
はに幾つも並べてあるガラスの箱でした。＃
きれいな海水が、細かいあわを立＃
てながら、どの箱にも注いで居ま＃
す。さうして、赤や、黄や、緑の何と＃
もいへない程美しい物がはいつ＃
て居ました。＃
＜Ｐ－１３６＞
それは、みんな海に居る動物でし＃
た。緑色のすき通るやうな觸手＃
が菊の花のやうに美しい「いそぎ＃
んちやく」だの、桧［ひのき］の葉のやうで、黄＃
色や、えび茶色をして居る「いそばな」だの、ちや＃
うど小さい金仙花がむらがり＃
咲いたやうな「いぼやぎ」だの、星＃
形で、赤や青色をしてゐる「ひと＃
で」だの、どれもこれも、目のさめ＃
＜Ｐ－１３７＞
る程美しい物ばかりでした。＃
「たつのおとしご」も居ました。尾を何かにき＃
りきりと卷附けて、あの馬のやうな顏を、うつ＃
向き加減に、こつくりこつくり動かして居ま＃
す。これがもし目をつぶつて居たら、居眠を＃
して居るといひたいところですが、圓い目を＃
見張つて居るのですから、どうしても何かひ＃
どく考へ込んで居るとしか思はれません。＃
「一體、何をあんなに考へて居るのかなあ。」＃
＜Ｐ－１３８＞
とひとり言を言つたので、おとうさんがお笑＃
ひになりました。＃
「くらげ」も居ました。すき通つた寒天のやう＃
な體から、腕が幾本も出て居ます。時々體を＃
しぼるやうにして、すい〳〵と浮上ります。＃
「あゝいふ風に體をしぼると、中の水が勢よ＃
く下へ出る。其の勢でくらげは運動する＃
のだ。」＃
と、おとうさんはおつしやいました。＃
＜Ｐ－１３９＞
此の室の中央に、直徑四五米ぐらゐの圓い池＃
があつて、中にたくさんの「いわし」が泳いで居＃
ました。約二千匹は居るだらうといふこと＃
でした。此のたくさんの「いわし」が、池のふち＃
に沿うて、みんな同じ方向に泳いで居ます。＃
一匹として反對の方＃
向へ進むのはありま＃
せん。＃
「みんな、同じ方へ向＃
＜Ｐ－１４０＞
かつて泳いで居ますね。」＃
「さうだ。さうして、よく見なさい。外側を＃
廻つて居るものも、内側を廻つて居るもの＃
も、揃つて同時に進んで居るだらう。つま＃
り外側に居るものは、大急ぎで進んで居る。＃
内側に居るものは、ゆつくりと動いて居る。＃
それで、ちやうど内側も外側も揃つて進め＃
るのだ。」＃
次の室には、ガラスを張つた大きな窓のやう＃
＜Ｐ－１４１＞
なものが順々に並んで居て、其のガラス越し＃
に、種々の魚の泳いで居るのが見られました。＃
「たひ」も居ました、「いさき」も居ました。「あぢ」＃
「たこ」其の外名前を始めて聞く魚も、たくさん＃
居ました。＃
「たひ」は、何といつても堂々たる＃
魚です。五六十糎もあるのが、＃
いう〳〵と泳いで、外の魚など＃
は眼中にないといつた風をし＃
＜Ｐ－１４２＞
て居ます。光線のぐあひで、背中のあたりが＃
點々と空色に光るのは、ほんた＃
うにきれいでした。＃
「あぢ」は水中に居ると、實に氣の＃
きいた魚です。胸びれをすつ＃
と左右に張り、背びれ・腹びれを＃
上下に張つて進む姿は、あのさ＃
かな屋の店先で見るのとは全く違つた感じ＃
です。輕快な軍用飛行機といつたかつかう＃
＜Ｐ－１４３＞
です。＃
それと似て、少し樣子の違ふ＃
のが「はうぼう」です。高い所＃
から低い所へ下りる時、其の＃
胸びれは扇のやうに廣がり＃
ます。さうして、ちやうど飛行機が空中を滑＃
走するやうに、手ぎはよく水を切つて下りて＃
來ます。下へ下りると、胸の所に足のやうな＃
ものがあつて、それでのこ〳〵歩くから不思＃
＜Ｐ－１４４＞
議です。＃
「かれひ」は、平たい體をくねらせて泳ぎます。＃
外の魚は腹を下に、背を上にして泳ぎますが、＃
「かれひ」は何時でも體を横にしたまゝ、くねつ＃
て行きます。おもしろいのは、「かれひ」が砂の＃
中にもぐつて居る樣子です。其の平たい體＃
に、ちよつと砂をかぶると、上から見ても、どこ＃
に居るか見當が附きません。よく〳〵見る＃
と、二つの目だけを砂の間から出して、きよろ＃
＜Ｐ－１４５＞
りきよろりと目玉を動かしながら、外を眺め＃
て居ます。ちやうど潛［せん］水［すゐ］艦［かん］が＃
水中にもぐつて、潛［せん］望［ばう］鏡［きやう］だけを＃
出して居るかつかうです。＃
「たこ」は、すばらしい活動をしま＃
す。岩や砂の上を歩く時は、八＃
本の長い足を巧みにくねらせ、＃
頭を横に傾けながら進みます。おとうさん＃
の説明によると、「たこ」といふ物は實に妙な物＃
＜Ｐ－１４６＞
で、あの普通に頭といつて居る所が實は胴で、＃
胴から足が出ないで、頭から足が出て居るの＃
ださうです。＃
「だから歩く時、あゝいふ風に頭が傾いて、へ＃
んなかつかうに見えるが、あれは胴なのだ＃
から、別に不思議はないのだよ。」＃
其の中に「たこ」が泳ぎ始めました。八本の足＃
を一つに揃へ、胴を先頭に、まるで矢のやうに＃
進みます。これが「いか」だと、もつとすばらし＃
＜Ｐ－１４７＞
いさうです。＃
「たかあしがに」といふ大きなかにが居ました。＃
左右の足を一ぱいにのばしたら、三米ぐらゐ＃
はあるでせう。足が長い割合＃
に、甲は小さいのですが、おもし＃
ろいのは其の口の所です。口＃
には色々込入つた道具が附い＃
て居ますが、其の上の所に小さ＃
い觸角があつて、それがちやう＃
＜Ｐ－１４８＞
どお人形さんのかはいらしい兩手を思はせ＃
ます。しかも其の兩手は、ピヤノでもひくや＃
うに、始終活動して居ます。＃
「かには音樂家ですね。」＃
と、私が言つたので、おとうさんも、そばに居た＃
よその人たちも、みんな一度に吹出しました。　　＃
　第二十五　　早春　　＃
枯野の雪は　　＃
＜Ｐ－１４９＞
まだ消えてしまはないのに、　　＃
ごらん、其の枯草の中に、　　＃
少しの青いものが、　　＃
ひそかに芽ぐんでゐるのを。　　＃
日かげのみぞは、　　＃
まだこほつてゐるのに、　　＃
ごらん、日あたりの水の面［おもて］に、　　＃
二三匹の目高が、　　＃
＜Ｐ－１５０＞
つい〳〵泳いでゐるのを。　　＃
花も咲かず、　　＃
鳥も鳴かないけれど、　　＃
ごらん、すべてのものの上に、　　＃
春が　　＃
そつとしのび寄つてゐるのを。　　＃
　第二十六　　清［し］水［みづ］トンネル　　＃
＜Ｐ－１５１＞
三月といへば春はまだ淺いが、汽車の窓には＃
關東平野がうらゝかに晴れて居る。ところ＃
どころに梅が咲き、麥の緑があざや＃
かに廣がる。雜［ざふ］木［き］林の梢が、ぼつと＃
煙つたやうに見えるのも、何となく＃
春らしい眺である。＃
高［たか］崎［さき］を過ぎる頃から、遠山の姿が美＃
しくなつた。右の窓に、春の雪をい＃
たゞいて遠くすそを引くのは、赤［あか］城［ぎ］＃
＜Ｐ－１５２＞
山であり、左の窓に續くのは、榛［はる］名［な］其の他の山＃
山である。＃
町を過ぎ、村を過ぎ、汽車は何時の間にか、利［と］根［ね］＃
川に沿うて北へ進んで居た。平野がつきて、＃
山が次第にせまつて來た。右も山、左もやが＃
て山を見上げるやうになると、利根川も眼下＃
に細くなつて、右に左に屈曲する。幾度か鐵＃
橋を渡り、短いトンネルを過ぎた。さうして、＃
谷はだん〳〵深まつて行つた。＃
＜Ｐ－１５３＞
山は、奧へ進むにつれて高くなつた。時にや＃
や遠く、全山白雪を着て春の日に銀色に輝き＃
ながら、そびえ立つのを望んだ。縣境の山々＃
であらう。＃
谷間に沿うて所々に山＃
村があり、温泉場がある。＃
殘雪は、山の頂から中腹＃
にかけてまだらに見える。何だか春が逆も＃
どりして行くやうな氣がする。＃
＜Ｐ－１５４＞
東京を去つて三時間餘、かうして水［みな］上［かみ］驛に着＃
いた時は、周圍はすべて山ばかりであつた。＃
此の驛で、電氣機關車に取りかへられる。い＃
よいよ日本一の長い清水トンネルにさしか＃
かるのである。＃
汽車は動き出した。山＃
を分け、川を傳ひながら＃
上ると、殘雪がだん〳〵＃
深くなる。＃
＜Ｐ－１５５＞
トンネルにはいつた。＃
此のトンネルを過ぎ、第＃
二のトンネルを過ぎた＃
所で、眞下を見た。する＃
と、さつき上つて來た線＃
路がずつと下の方に見＃
えて、今通る線路と十文＃
字に交つて居る。いはゆるループ線である。＃
汽車は一驛を過ぎて、間もなく第三・第四のト＃
＜Ｐ－１５６＞
ンネルを通過した。第五のトンネルこそ、長＃
さ九千七百二米の清水トンネルである。＃
中にはいれば、何の不思議もない。たゞ暗や＃
みの中をごう〳〵と走るばかりだ。しかし＃
今刻々と群［ぐん］馬［ま］縣＃
がつき、新［にひ］潟［がた］縣が＃
近寄りつゝある。＃
頭上には、高さ二＃
千米の茂［しげ］倉［くら］岳［だけ］が＃
＜Ｐ－１５７＞
天にそびえて居るはずだ。汽車はやゝ速度＃
が加つた。下りになつたのである。もう新＃
潟縣にはいつたのであらう。＃
なほ、やみのトンネルは續いて居る。時計を＃
見つめて居ると、八分、九分、十分、いたづらに時＃
間が長いやうな氣がする。やつと前方から、＃
かすかな光がさし込むと見る間に、トンネル＃
はつきた。約十二分である。＃
急に世界が明かるくなつた。外には、白雪に＃
＜Ｐ－１５８＞
うづもれた景色が開けた。川＃
一筋、北へ流れる外は、山も野も＃
眞白である。＃
汽車は又勢よくトンネルにか＃
け込んだ。これも大きな圓を＃
ゑがくループ線である。＃
汽車はひた下りに下る。後に、＃
左に、右に、山は恐しく高いが、平野は一刻々々＃
廣くなつて行く。たゞすべての物は雪にう＃
＜Ｐ－１５９＞
づもれて居る。雪は深さが二米もあらうか。＃
村の家々は、わづかに屋根だけを＃
見せて居る。電柱の背の低いこ＃
とよ。＃
石［いし］打［うち］の驛で、再び蒸氣機關車にか＃
はる。＃
山を越すまで、あれ程うらゝかに＃
晴れて居た空が、何時の間にか曇＃
つて來た。雪の積つた山々の頂＃
＜Ｐ－１６０＞
から上の空は、ちやうど墨でくまどつたやう＃
に見える。と見る間に、行手の山がぼつと白＃
くかすんで來た。忽ち窓外に雪の降りしき＃
るのが見られる。北の國はまだ眞冬であつ＃
た。＃
吹［ふゞ］雪［き］を突いて、汽車はたゞ越［ゑち］後［ご］平野を北へ北＃
へと進んで行つた。＃
＜Ｐ－１６２＞
終　　＃
