＜出典＞４５２　　　国定読本　４期５－２
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目録　　＃
第一　　明治神宮………一　　第十五　　水師營の會見………八十八　＃
第二　　霧………七　　第十六　　張良と韓信………九十三　＃
第三　　科學博物館………八　　第十七　　雪の山………九十七　＃
第四　　足助次郎重範………十四　　第十八　　南極海に鯨を追ふ………百十三　＃
第五　　水兵の母………十八　　第十九　　パナマ運河………百二十　＃
第六　　南洋だより………二十四　　第二十　　冬の月………百三十二　＃
第七　　朝顏に………三十六　　第二十一　　國法と大慈悲………百三十四　＃
第八　　雨の養老………三十七　　第二十二　　開票の日………百四十一　＃
第九　　柿の色………四十七　　第二十三　　春淺し………百四十八　＃
第十　　稻むらの火………五十二　　第二十四　　熊野紀行………百五十　＃
第十一　　朝鮮の田舍………六十　　第二十五　　汽車の發明………百五十六　＃
第十二　　水彩畫………六十七　　第二十六　　「あじあ」に乘りて………百六十二　＃
第十三　　久田船長………七十　　第二十七　　御民われ………百七十四　＃
第十四　　母の力………七十八　　＃
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　第一　　明治神宮　　＃
　參拜　　＃
神宮橋を渡りて、先づ仰ぐ大鳥居に、菊花の御紋章＃
を拜するかしこさ。南參道に入れば、夜來の雨に清＃
められし玉砂利さく〳〵と鳴りて、參拜の人々、あた＃
かも言合はせたる如く、足並の自ら揃ふも尊く思は＃
る。御造營當時、國民の眞心もてたてまつりたる木＃
木は、參道の左右を始め、至る所すき間もなき木立と＃
なりて、神［しん］域［ゐき］いよ〳〵おごそかならんとす。＃
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左折して更に大鳥居を過ぎ、神＃
氣身にせまるをおぼえつゝ、靜か＃
に歩みを移せば、參道は又右折す。＃
此の時、正面やゝ遠く拜する南神＃
門のけだかさ、美しさ。玉垣に連＃
なる鳥居の奧に、すが〳〵しき赤＃
松の木立を負ひたる樓［ろう］門は、一幅＃
の彩畫に似て、しかも莊［さう］嚴［ごん］のおも＃
むきをそへたり。＃
水屋の水に口すゝぎて、此の門を入れば、中央の拜＃
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殿、左右の廻［くわい］廊［らう］、庭上の白砂、すべて清らかに、おごそか＃
なり。＃
拜殿に進み、明治天皇・昭［せう］憲［けん］皇［くわう］太［たい］后［ごう］御二柱の神の御＃
前に、うや〳〵しくぬかづく。＃
つゝしみて、御在世中の大御歌・御歌をしのびまつ＃
れば、　　＃
とこしへに民安かれと祈るなるわが世を守れ伊［い］＃
勢［せ］の大神　　＃
神風の伊勢の内外の宮柱ゆるぎなき世をなほ祈＃
るかな　　＃
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と、神かけて祈らせ給へるを、今とこしへに神［しん］靈［れい］と鎭［しづ］＃
まりまして、御親ら世を守り、國を鎭め、民草をもみそ＃
なはすらん。大御心のかたじけなさ、そゞろに涙の＃
わき出づるをおぼゆ。　　＃
　寶物殿　　＃
西神門を出でて行く道は、しば＃
し森林の間に人をいざなふ。や＃
がて木立遠ざかりて、緑の芝［しば］生［ふ］遠＃
く廣く續き、道いとはるかなる彼＃
方に、寶物殿を望む。＃
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殿内に入りて御［ご］遺［ゐ］物［ぶつ］を拜觀す。日常の御生活の＃
如何に御儉［けん］素［そ］にわたらせられしか。御机は紫［し］檀［たん］に＃
も黒［こく］檀［たん］にもあらずして、たゞ黒きぬり机なり。竹の＃
御硯箱は何のかざりもなく、筆・鉛［えん］筆［ぴつ］等、小學生の用ふ＃
る物と異なる所なし。昭憲皇太后の御硯箱は、ふた＃
の裏に石［せき］盤［ばん］をはめ、石筆はちびてわづかに寸餘を殘＃
すのみ。まことに恐れ多き極みといふべし。　　＃
　舊御殿舊御［ぎよ］苑［ゑん］　　＃
舊御殿・舊御苑は、もと豐［と］島［しま］御料地とて、御二柱の神＃
に御由［ゆゐ］緒［しよ］深き所。御殿とは申せど、質素なる平屋に＃
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して、行幸ありし時の玉座、今＃
も其のまゝに拜せらる。＃
舊御苑に入れば、木立深く、＃
道めぐり、池の眺廣き所に、御＃
茶屋ありて、隔［かく］雲［うん］亭［てい］といふ。＃
ほのかに承れば、此の御苑は、＃
明治天皇御親ら森の下道・下＃
草まで何くれと御仰ありて、自然のまゝに造らせ給＃
ひ、昭憲皇太后かぎりなくめでさせ給ひて、しば〳〵＃
行啓あらせられたりとぞ。昔の武［む］藏［さし］野［の］の面影、其の＃
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まゝ今に殘りて、とこしへに大御心をしのびまつる＃
も、いとかしこしや。　　＃
　第二　　霧　　＃
しら〴〵と、朝霧　野山をこめて、　　＃
月のごと、日輪　ほのかに浮かぶ。　　＃
野路を行く　人影　たゞちに消えて、　　＃
けたゝまし、もずの音、梢はいづこ。　　＃
谷間より　はひ出で、木の幹ぬらし、　　＃
しら〴〵と、おぼろに　朝霧流る。　　＃
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しめやかに、夜の霧　ちまたをつゝみ、　　＃
立ち並ぶ　家々、燈火うるむ。　　＃
影のごと、人去り　人來る大路、　　＃
ほろ〳〵と　聞ゆる　笛の音いづこ。　　＃
窓ぎはに　はひ寄り、ガラス戸ぬらし、　　＃
しめやかに、ひそかに　夜の霧流る。　　＃
　第三　　科學博物館　　＃
夏休に採集した蝶［てふ］を調べようと思つて、妹と一し＃
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よに、上野の科學博物館へ行つた。＃
案内圖を見ると、動物の陳列室＃
は二階になつてゐる。僕等は、機＃
械のたくさん陳列してある間を＃
通つて、すぐ二階へ上る。珍しい＃
動物の標［へう］本［ほん］が一ぱいならんでゐ＃
る。去年、先生に連れられて來た＃
時、こゝで忠犬ハチ公や、マンモスの牙［きば］などを見てか＃
ら、講［かう］義［ぎ］室でお話を聞いたり、映畫を見たりしたこと＃
が思ひ出される。＃
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窓際に蝶の標本が陳列してあるが、いくら調べて＃
も僕の取つたやうなのがない。＃
掛の人に聞くと、＃
「昆［こん］蟲［ちゆう］室がありますから、そこ＃
で調べてごらんなさい。」＃
と案内して下さつた。＃
そこには、たくさんの標本が＃
たんすの引出にはいつてゐる。＃
餘り多いのでまご〳〵してゐ＃
ると、向かふのすみで顯［けん］微［び］鏡［きやう］をのぞいてゐた人が、に＃
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こにこしながら、＃
「蝶なら、左側の鱗［りん］翅［し］類［るゐ］と書いたたんすの引出をご＃
らんなさい。參考書が見たけれ＃
ば、三階の圖書室にありますよ。」＃
と親切に教へて下さつた。＃
順々に引出を＃
あけて見て行く＃
と、色々の蝶の中＃
に、とう〳〵僕の＃
と同じものが見＃
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つかつた。＃
「あつた、あつた。これだ。『おほむらさき』だ。」＃
なほ探して行くと、「からすあげは」と「くろたいまい」で＃
あることがわかつた。＃
妹がきのこを見たいと言ふので、其の人にお禮を＃
言つて三階へ行く。＃
大きなガラス箱の中に、毒のあるきのこや、食用に＃
なるきのこが、自然に生えたやうに出來てゐる。生＃
き生きとしてゐて、どうしても模［も］型［けい］とは思へない。＃
突然、下の方から大きな聲が聞えて、はつとした。＃
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何だ、二階の擴［くわく］聲［せい］機だ。＃
「皆さん、これから暗室で、エックス線の實驗が始り＃
ます。」＃
急いで地下室へ降りた。もう十人ばかりも集つて＃
ゐた。＃
やがて電燈が消えると、掛の人がエックス線の實＃
驗をする。太つた人が、ふところから大きながま口＃
を取出して寫したが、中には、穴のあいたニッケル貨＃
がたつた二枚しか無かつたので、皆がどつと笑つた。＃
僕が手を出すと、骨だけが黒く見えて、何だか氣味が＃
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惡かつた。＃
屋上へ出ると、市内が一目に見えて、すばらしい眺＃
だ。秋の空が青くすんで氣持がよい。僕たちは、兩＃
手をあげて深呼吸をした。＃
天體觀［くわん］測［そく］室の丸屋根に、烏が一羽止つてゐる。　　＃
　第四　　足［あ］助［すけ］次郎重［しげ］範［のり］　　＃
元［げん］弘［こう］の昔、賊の大軍、笠［かさ］置［ぎ］山の行［あん］在［ざい］所をおそひ奉り＃
し時、足助次郎重範は、一族を引連れて一の木戸を守＃
りゐたり。＃
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賊は其の勢七萬餘、岩角を傳ひ、かづらに取りつき、＃
未明に乘じて一の木戸にせまり來る。＃
時に重範、木戸の上なる櫓［やぐら］に上りて、名乘りけるは、＃
「三河國の住人足助＃
次郎重範、かたじけ＃
なくも一天の君に＃
命を捧げまゐらせ＃
て、此の木戸を固め＃
たり。萬乘の君のおはします城なれば、大將軍の＃
御出であらんと心得て、大［やま］和［と］鍛［か］冶［ぢ］のきたへたるよ＃
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き矢じりを少々用意致して候。一筋受けてごら＃
んじ候へ。」＃
と、三人張の弓に十［じふ］三［さん］束［ぞく］三［みつ］伏［ぶせ］の矢をつがへ、滿月の如＃
く引きしぼりて、ひようと放つ。其の矢、はるかなる＃
谷をへだててひかへたる荒尾九郎が甲を通して、脇＃
腹まで貫ぬきければ、荒尾は馬より眞逆さまにどう＃
と落ちて、其の場に死す。＃
弟彌［や］五［ご］郎［らう］、これを敵に見せじと矢面に立ちふさが＃
り、進み出で、＃
「足助殿の御［ご］弓［ゆん］勢［ぜい］、日頃承り候ひし程にはなかりけ＃
＜Ｐ－０１７＞
り。こゝを遊ばし候へ。御矢一筋受けて、甲の程＃
をためし候はん。」＃
と、胸をたゝいて聲高らかにのゝしれば、＃
「さらば、今一矢仕り候はん。受けてごらんじ候へ。」＃
と、十三束三伏、前よりもなほ引きしぼりて、はたと射＃
る。ねらひ違はず、彌五郎が冑［かぶと］の眞向くだきて、眉間＃
の眞中にぐさと射込みたりければ、物をも言はず兄＃
弟同じ枕にたふれたり。＃
これを戰の初として、寄せ來る敵を射たふし射た＃
ふし、防戰につとめければ、雲［うん］霞［か］の如き賊兵も引退き、＃
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たゞ城の四方を圍みて、遠攻めにするばかりなり。＃
其の後、關東の大軍至るに及び、城遂に陷り、重範惜＃
しくも捕へられて、六條河原に斬らる。＃
重範死してこゝに六百餘年、忠義にかをる弓矢の＃
ほまれは、年と共にいよ〳〵高し。　　＃
　第五　　水兵の母　　＃
明治二十七八年戰役の時であつた。或日、我が軍＃
艦高［たか］千［ち］穗［ほ］の一水兵が、手紙を讀みながら泣いてゐた。＃
ふと通りかゝつた某大尉がこれを見て、餘りにめゝ＃
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しい振舞と思つて、＃
「こら、どうした。命が惜しくなつたか。妻子がこ＃
ひしくなつたか。軍人と＃
なつて、軍に出たのを男子＃
の面目とも思はず、其の有＃
樣は何事だ。兵士の恥は＃
艦の恥、艦の恥は帝國の恥＃
だぞ。」＃
と言葉鋭く叱つた。＃
水兵は驚いて立上つて、し＃
＜Ｐ－０２０＞
ばらく大尉の顏を見つめてゐたが、やがて頭を下げ＃
て、＃
「それは餘りなお言葉です。私には妻も子もあり＃
ません。私も日本男子です。何で命を惜しみま＃
せう。どうぞ、これをごらん下さい。」＃
と言つて、其の手紙を差出した。＃
大尉がそれを取つて見ると、次のやうな事が書い＃
てあつた。＃
「聞けば、そなたは豐島沖の海戰にも出でず、又八月＃
十日の威［ゐ］海［かい］衛［ゑい］攻撃とやらにも、かく別の働なかり＃
＜Ｐ－０２１＞
し由、母は如何にも殘念に思ひ候。何のために軍＃
には出で候ぞ。一命を捨てて、君の御恩に報ゆる＃
ためには候はずや。村の方々は、朝に夕に、いろい＃
ろとやさしくお世話なし下され、『一人の子が御國＃
のため軍に出でしことなれば、定めて不自由なる＃
事もあらん。何にてもゑんりよなく言へ。』と、親切＃
に仰せ下され候。母は其の方々の顏を見る毎に、＃
そなたのふがひなき事が思ひ出されて、此の胸は＃
張りさくるばかりにて候。八［はち］幡［まん］樣に日參致し候＃
も、そなたが、あつぱれなるてがらを立て候やうと＃
＜Ｐ－０２２＞
の心願に候。母も人間なれば、我が子にくしとは＃
つゆ思ひ申さず。如何ばかりの思にて此の手紙＃
をしたゝめしか、よく〳〵お察し下されたく候。」＃
大尉は、これを讀んで思はず涙を落し、水兵の手を握＃
つて、＃
「わたしが惡かつた。おかあさんの精神は感心の＃
外はない。お前の殘念がるのももつともだ。し＃
かし、今の戰爭は昔と違つて、一人で進んで功を立＃
てるやうなことは出來ない。將校も兵士も、皆一＃
つになつて働かなければならない。すべて上官＃
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の命令を守つて、自分の職務に精を出すのが第一＃
だ。おかあさんは、『一命を捨てて君恩に報いよ。』と＃
言つてゐられるが、まだ其の折に出會はないのだ。＃
豐島沖の海戰に出なかつたことは、艦中一同殘念＃
に思つてゐる。しかし、これも仕方がない。其の＃
中に、花々しい戰爭もあるだらう。其の時には、お＃
互に目ざましい働をして、我が高千穗艦の名をあ＃
げよう。此のわけをよくおかあさんに言つてあ＃
げて、安心なさるやうにするがよい。」＃
と言聞かせた。＃
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水兵は頭を下げて聞いてゐたが、やがて手をあげ＃
て敬禮し、につこりと笑つて立去つた。　　＃
　第六　　南洋だより　　＃
　（一）　　サイパン　　＃
横濱の埠［ふ］頭［とう］でお別れしてから、五日目の十月二十＃
日、私はサイパン島に着きました。＃
海上は、まことにおだやかでした。小［を］笠［がさ］原［はら］群島附＃
近を過ぎる頃から、だん〳〵暑くなつて、それからは＃
全く眞夏の氣候です。＃
＜Ｐ－０２５＞
サイパンは、さすが南洋の玄［げん］＃
關［くわん］口といはれるだけあつて、埠＃
頭は實に堂々たるものでした。＃
町のガラパンも思つたより大＃
きく、りつぱで、大通には自動車＃
も通つてゐます。内地人がた＃
くさん住んでゐますから、町も＃
大體内地風ですが、其の間に島＃
民の家がまじつて、南洋らしいおもむきを見せてゐ＃
ます。こゝの島民は、チャモロ族といふのが大部分＃
＜Ｐ－０２６＞
で、割合＃
に色も＃
白く、生＃
活程度＃
も高いのださうです。＃
私は、何よりも先づ學校を見せて＃
もらひました。南洋群島では、内地＃
人の子供は、皆さんと同じやうに小＃
學校に通ひ、島民の子供は公學校に通つてゐます。＃
小學校をたづねて見ると、みんなが、明かるい教室で、＃
＜Ｐ－０２７＞
如何にも元氣よく勉強してゐました。公學校では、＃
ちやうど學［がく］藝［げい］會の最中でした。島民の子供とはい＃
ひながら、皆さつぱりした服裝をして、上手に國語の＃
對話をしたり、讀本の朗［らう］讀［どく］をしたり、獨唱や劇［げき］までや＃
つてゐるのに、すつかり感心させられました。　　＃
　（二）　　テニアン　　＃
サイパンを出た私たちの船は、途中テニアン・ヤッ＃
プの島々に寄港し、それからパラオへ向かひました。＃
テニアンは、サイパンやロタの島々と共に、砂糖の＃
生産地で、南洋の寶島といはれてゐます。面積約百＃
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平方粁、其の大部分が内地人の＃
手で開［かい］墾［こん］され、それがほとんど＃
皆甘［かん］蔗［しや］畠です。私は、島内をす＃
つかり見廻りましたが、何千ヘ＃
クタールもある平な耕地は、見＃
渡す限り美しい甘蔗畠で、其の＃
中にはいると、海も見えず波の＃
音も聞えません。まあ、滿洲の高［かう］粱［りやう］畠へでもはいつ＃
たといふ感じです。小さい島の中といふことも、つ＃
い忘れてしまひさうでした。　　＃
＜Ｐ－０２９＞
　（三）　　ヤップ　　＃
ヤップでは、色の黒い、體のたくましいカナカ族を＃
たくさん見かけました。カナ＃
カ族はどの島にもゐますが、ヤ＃
ップのカナカ族程、昔風なのは＃
ないといはれてゐます。鳥の＃
羽でかざつた櫛［くし］をさした男、大＃
きな腰みのを着けた女、全く原＃
始的な風俗です。椰［や］子［し］の葉で＃
ふいた至極粗末な小屋の軒下＃
＜Ｐ－０３０＞
などに、大きな石が立て掛けてあるのは、石貨といつ＃
て、昔はそれで物を買つたり賣つたりしたのださう＃
です。＃
ヤップからパラオまでは、約一晝夜の航程で、赤道＃
もそろ〳〵近づきますから、熱帶の特色がます〳〵＃
濃厚になります。第一、海の色が何ともいへない美＃
しさを見せます。それは、紺［こん］とも青とも紫ともいひ＃
やうのない、深くて、しかも明かるい色です。其の上＃
を、時々銀の小鳥の群のやうに飛ぶのは飛魚です。＃
地平線にむく〳〵と湧上る入道雲、内地の夕立とは＃
＜Ｐ－０３１＞
全く比［ひ］較［かく］にならぬ、すさまじいスコール、それが忽ち＃
晴れた後の目もさめるやうな大空の虹［にじ］、火のやうに＃
もえ立つ夕燒雲――かう書並べただけでも、熱帶の＃
海のすばらしさが、ほゞ想像されるでせう。　　＃
　（四）　　パラオ　　＃
十月二十七日の朝、目ざすパラオ諸島が來ました。＃
遠くで見た所はたゞ一續きの小山ですが、實はたく＃
さんの島が集つてゐるのです。近づくにつれて濃＃
緑の島々が別々に見え、海は深さによつて桔［き］梗［きやう］色・淺＃
黄色・ひわ色、とり〴〵に染分けたやうな美しさ、じつ＃
＜Ｐ－０３２＞
と下をのぞき込むと、時々ちらり＃
と、底の珊［さん］瑚［ご］礁［せう］が、高山植物の花か＃
何かのやうに浮出して見えます。＃
やがて、島と島との間のせまい水＃
道を過ぎました。中はまるで湖＃
のやうです。＃
私は、昔話の龍［りゆう］宮［ぐう］にでも來たや＃
うな思で、コロール島に上陸しま＃
した。＃
長い突堤の鋪［ほ］裝［さう］道路を自動車＃
＜Ｐ－０３３＞
で走る愉快さ。海岸一帶にぎつしりと茂つたマン＃
グローブの青葉や、島の中央にそゝり立つ無線電信＃
塔の眺が、何といふことなしに、私の胸ををどらせま＃
した。＃
間もなくコロールの町の大通に出ました。そこ＃
に南洋廳［ちやう］があり、椰子の街路樹がずらりと並んで、涼＃
しさうなかげを作つてゐます。其の下を、でつぷり＃
太つた島民が、椰子の葉であんだかごをさげて、いう＃
いうと歩いてゐます。眞赤な花の佛［ぶつ］桑［さう］花［げ］、赤・黄・紫、色＃
とり〴〵の葉のクロトンなどに圍まれた官舍のあ＃
＜Ｐ－０３４＞
るのも、此の邊でした。＃
コロールは、わづか八平方粁の小島ですが、群島統［とう］＃
治［ち］の中心地であり、パプア・セレベス・フィリピン等に＃
近いので、南洋群島中最も重要な所です。＃
市街は、ガラパンにくらべると、小ぎれいで落着き＃
があります。呉［ご］服［ふく］・雜貨、いろ〳〵の店が並んでゐる＃
中に、珍しいのはおみやげ品を賣る店です。島民の＃
細［さい］工［く］といふ人形や、椰子細工の面、美しい貝［かひ］殼［がら］・珊瑚の＃
類から、たいまい・とかげ・極［ごく］樂［らく］鳥［てう］の剥［はく］製［せい］まで、店一ぱい＃
にかざつてあるのが目につきます。＃
＜Ｐ－０３５＞
内地人の商店や家庭では、島民をやとつてゐる所＃
がたくさんあります。南洋の島民といへば、皆さん＃
は人［ひと］喰［くひ］人種の類とでも思ふでせうが、どうしてどう＃
して、彼等はもう文化人の仲間です。十一月三日の＃
明治節に運動會があるといふので、島民の青年たち＃
が、コロールの大運動場で、毎日陸上競技の練習をや＃
つてゐる、あの熱心な樣子を皆さんに見せたら、きつ＃
とびつくりするだらうと思ひます。＃
私は、次の便［びん］船［せん］で、セレベスのメナドから、フィリピ＃
ンのダバオまで行つて見るつもりです。　　＃
＜Ｐ－０３６＞
　第七　　朝顏に　　千代　　＃
朝顏につるべ取られてもらひ水　　＃
木から物のこぼるゝ音や秋の風　　＃
月の夜や石に出て鳴くきり〴〵す　　＃
何着ても美しうなる月見かな　　＃
＜Ｐ－０３７＞
ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな　　＃
　第八　　雨の養老　　＃
二人は、養老驛で電車を下りた。＃
「秋野君、とう〳〵雨になつた。」＃
雲の低くたれた空を見上げながら、殘念さうに一人＃
が言ふと、＃
「雨の方がいゝよ。」＃
と、秋野君といはれた男は、すこぶるのんきである。＃
「物好きだなあ。名所見物に雨がいゝと言ふのは、＃
＜Ｐ－０３８＞
恐らく天下に君一人だらう。」＃
「まあ、何でもいゝ。だまつてついて來るさ。」＃
つま先上りの廣い道をたどりながら進む前には、＃
こんもりと茂つた山が見上げる程迫つて、其の頂は＃
霧に包まれてゐる。幸に雨はさして烈しくない。＃
一粁も進んだ頃から、だん〳〵あたりが仙境らし＃
くなつて來る。足もとを清らかに流れる水が、行く＃
人に、ひそやかにさゝやきかける。空を半ばおほふ＃
やうに、櫻や楓［かへで］の老樹が枝をさしかはす下道は、輕く＃
曲折しながら、人を奧へ〳〵とさそつて止まない。＃
＜Ｐ－０３９＞
下枝の紅葉から紅のしづくでも落ちて、さしてゐる＃
傘［からかさ］を染めはしないかと思はせる。＃
「いゝなあ。」＃
と、一人が思はず歎聲を發する。＃
「河井君、雨の方がいゝと言つ＃
たのは、これだよ。見給へ。＃
人つ子一人通らないぢやな＃
いか。お天氣でごらん、此の＃
邊人がうよ〳〵してゐてね。」＃
「なるほど。」＃
＜Ｐ－０４０＞
と、河井君は、うなづかざるを得なかつた。＃
老杉のやゝ暗い下道から、右の山へみちびく高い＃
石段を上つて、養老神社へ參拜する。小さい社殿の＃
右側に、玉垣を廻らした泉があ＃
る。底はごく淺いが、こん〳〵＃
と清水が湧出てゐる。＃
秋野君が言ふ。＃
「昔、元正天皇がわざ〳〵行幸＃
なさつた靈［れい］泉［せん］といふのがこ＃
れだ。」＃
＜Ｐ－０４１＞
「あ、これがさうなのか。其の事なら僕だつて知つ＃
てゐるよ。昔、或若い男が山へ薪を拾ひに行つて、＃
谷間へすべり落ちると、不思議に酒の香がする。＃
見れば近くに流があつて、それが皆酒だ。若い男＃
は喜んでそれを汲み、父親に持つて歸つて孝行を＃
した。時の天皇がおほめになつて、わざ〳〵こゝ＃
に行幸なさつたといふ話だらう。すると、此の泉＃
の水が昔は酒だつたわけだね。」＃
「河井君、其の話もあるがね、しかし歴史によると、天＃
皇は此の泉の水をおほめになつて、『老を養ふべし。』＃
＜Ｐ－０４２＞
と仰せられ、年號を養老とお改めになつたことに＃
なつてゐる。して見ると、やつぱり昔から水だつ＃
たのだ。」＃
「すると、あの孝子はどうなるね。」＃
「どうともならないさ。かういふめでたい事のあ＃
つた時には、當時の習はしとして改元になる。さ＃
うして、其の地方の孝子などを御表［へう］彰［しやう］になるのだ。＃
あの孝子も、多分其の時に表彰された一人だらう＃
と思はれる。」＃
「なるほど。それでよくわかつた。」＃
＜Ｐ－０４３＞
「さあ、そろ〳〵瀧見に行かうかな。」＃
瀧へ行く坂道は、ぐつと急になる。左右から枝を＃
交へた櫻や楓のトンネルが、しばらくは續く。下葉＃
は、折から美しく色づいてゐた。脚下には、谷川の水＃
が石をかんで、しきりにさわやかな響を靜かなあた＃
りに傳へる。大分、山が深まつて來た。雨に煙る行＃
手から、今にも薪を負つた孝子の姿が現れさうな氣＃
がする。＃
橋を渡つて、谷川の向かふ岸へ移る。それから數＃
十歩坂道を上ると、左に茶［さ］亭［てい］があつた。秋野君がす＃
＜Ｐ－０４４＞
たすたと急ぎ足に其の前を拔けて、急に河井君を振＃
返つた。＃
「見給へ。」＃
と指さす彼方、眞直な杉の木立を傳ふやうに、白い物＃
が上から下へと走つてゐる。河井君は、じつと目を＃
こらした。＃
「あ、瀧か。」＃
一歩々々進むにしたがひ、木立は移動して、其の奧＃
に養老の瀧が完全な姿を現す。そこに又小さい土＃
橋があつた。＃
＜Ｐ－０４５＞
「此の橋から見た瀧が、僕は一番いゝと思ふ。」＃
と秋野君が言ふ。正面にやゝ遠くかゝる瀧は、下に＃
たゝみ重なる岩間を縫ひながら、分流曲折して橋下＃
へ注ぐ。＃
「小さいが、實にいゝ瀧だね。」＃
と、河井君が感心する。＃
「こつちへ來給へ。」＃
先だつて行く秋野君に從つて、橋を渡り、岩と岩の間＃
の道を拔けて、ひよつこりと出た所に、瀧は三十米の＃
空から白い絹をさらしかけて、下の瀧壷に吸込まれ＃
＜Ｐ－０４６＞
るやうに注いでゐる。＃
「瀧壷のごく淺いの＃
が、此の瀧の特徴だ＃
よ。」＃
と、秋野君が説明する。＃
しかし、河井君はだま＃
つたまゝ、じつと落ちて來る水に眺め入つた。＃
大空から勢よく落下する水の太い束が、忽ちきれ＃
ぎれの大きな塊になつて、次から次へ投げ下される。＃
すると、其の塊はやがて絶壁にくだけて、白玉のすだ＃
＜Ｐ－０４７＞
れを廣げる。水晶のやうに清らかで、白絹のやうに＃
細やかである。＃
「いゝなあ。」＃
河井君は幾度かかう言つて、何時までもそこを動か＃
うとしなかつた。　　＃
　第九　　柿の色　　＃
窯［かま］場［ば］より出でし喜［き］三［さ］右衛［ゑ］門［もん］は、しばし縁［えん］先に休ら＃
ひぬ。＃
日はやゝ西に傾けり。仰げば庭前の柿の梢は、大＃
＜Ｐ－０４８＞
空に墨畫をゑがき、鈴なりの赤き實、夕日を浴びて、さ＃
ながら珊［さん］瑚［ご］珠［じゆ］の輝くに似たり。此の美しさに、しば＃
し見とれたる喜三右衛門は、ふと何思ひけん、＃
「おゝ、それよ。」＃
とつぶやきて、忽ち＃
又窯場へ引きかへ＃
しぬ。＃
其の日より、喜三＃
右衛門は、赤色の燒＃
附に熱中し始めたり。されど、目ざす色はたやすく＃
＜Ｐ－０４９＞
現るべくもあらず、日毎に燒きては碎き、碎きては燒＃
き、果はたゞばう然として歎息するばかりなり。＃
苦心はそれのみにあらざりき。研究に費す金は＃
次第にかさみ、しかも工夫に心を奪はれては、自ら家＃
業もおろそかならざるを得ず。やがて其の日の生＃
計も立ちがたく、弟子たち此の師を見限り去りて、手＃
助けする者一人もなし。人は此の有樣を見て、たは＃
けとあざけり、氣ちがひとのゝしる。されど、喜三右＃
衛門は動かざること山の如く、一念たゞ夕日に映ゆ＃
る柿の色を求めて止まざりき。＃
＜Ｐ－０５０＞
かくて數年は過ぎたり。或日の夕、あわたゞしく＃
窯場より走り出でたる彼は、＃
「薪、薪。」＃
と叫びつゝ、手當り次第に物を運びて、窯の火にこと＃
ごとく投じたり。＃
其の夜、喜三右衛門は、窯のかたはらを離れざりき。＃
鷄の聲を聞きては、はや心も心にあらず、窯の周圍を＃
ぐる〳〵と廻り歩きぬ。＃
夜は明けはなれたり。胸ををどらせつゝ、やをら＃
窯を開かんとすれば、今しも朝日はなやかにさし出＃
＜Ｐ－０５１＞
でて、窯場を照らせり。＃
一つ又一つ、血走る眼に見つめつゝ、窯より皿を取＃
出しゐたる彼は、やがて「おゝ。」と力ある聲に叫びて立＃
上れり。＃
あゝ、多年の苦心は遂に報いられたり。彼は一枚＃
の皿を兩手に捧げて、しばし窯場にこをどりしぬ。＃
喜三右衛門は、やがて名を柿右衛門と改めたり。＃
柿右衛門は、今より三百餘年前、肥［ひ］前［ぜん］の有田に出で＃
し陶工なり。彼は、其の後いよ〳〵研究を重ね、工夫＃
を積みて、遂に柿右衛門風と呼ばるゝ精巧なる陶器＃
＜Ｐ－０５２＞
を製作するに至れり。其の作品は、ひとり我が國に＃
もてはやさるゝのみならず、遠く西洋諸國に傳はり＃
て、名工のほまれ甚だ高し。　　＃
　第十　　稻むらの火　　＃
「これは、たゞ事でない。」＃
とつぶやきながら、五［ご］兵［へ］衛［ゑ］は家から出て來た。今の＃
地震は、別に烈しいといふ程のものではなかつた。＃
しかし、長いゆつたりとしたゆれ方と、うなるやうな＃
地鳴りとは、老いた五兵衛に、今まで經驗したことの＃
＜Ｐ－０５３＞
ない無氣味なものであつた。＃
五兵衛は、自分の家の庭から、心配げに下の村を見＃
下した。村では、豐年を祝ふよひ祭の支度に心を取＃
られて、さつきの地震には一向氣がつかないものの＃
やうである。＃
村から海へ移した五兵衛の目は、忽ちそこに吸附＃
けられてしまつた。風とは反對に波が沖へ〳〵と＃
動いて、見る〳〵海岸には、廣い砂原や黒い岩底が現＃
れて來た。＃
「大變だ。津［つ］波［なみ］がやつて來るに違ひない。」と、五兵衛＃
＜Ｐ－０５４＞
は思つた。此のまゝにしておいたら、四百の命が、村＃
もろ共一のみにやられてしまふ。もう一刻も猶［いう］豫［よ］＃
は出來ない。＃
「よし。」＃
と叫んで、家にかけ込んだ五兵衛は、大きな松［たい］明［まつ］を持＃
つて飛出して來た。そこには、取入れるばかりにな＃
つてゐるたくさんの稻束が積んである。＃
「もつたいないが、これで村中の命が救へるのだ。」＃
と、五兵衛は、いきなり其の稻むらの一つに火を移し＃
た。風にあふられて、火の手がぱつと上つた。一つ＃
＜Ｐ－０５５＞
又一つ、五兵衛は夢［む］中［ちゆう］で走つた。かうして、自分の田＃
のすべての稻むらに火をつけてしまふと、松明を捨＃
てた。まるで失神したやうに、彼はそこに突立つた＃
まゝ、沖の方を眺めてゐた。＃
日はすでに沒して、あたり＃
がだん〳〵薄暗くなつて來＃
た。稻むらの火は天をこが＃
した。山寺では、此の火を見＃
て早［はや］鐘［がね］をつき出した。＃
「火事だ。莊［しやう］屋［や］さんの家だ。」＃
＜Ｐ－０５６＞
と、村の若い者は、急いで山手へかけ出した。續いて、＃
老人も、女も、子供も、若者の後を追ふやうにかけ出し＃
た。＃
高臺から見下してゐる五兵衛の目には、それが蟻［あり］＃
の歩みのやうに、もどかしく思はれた。やつと二十＃
人程の若者が、かけ上つて來た。彼等は、すぐ火を消＃
しにかゝらうとする。五兵衛は大聲に言つた。＃
「うつちやつておけ。――大變だ。村中の人に來て＃
もらふんだ。」＃
村中の人は、追々集つて來た。五兵衛は、後から後＃
＜Ｐ－０５７＞
から上つて來る老幼男女を一人々々數へた。集＃
つて來た人々は、もえてゐる稻むらと五兵衛の顏と＃
を、代る〴〵見くらべた。＃
其の時、五兵衛は力一ぱいの聲で叫んだ。＃
「見ろ。やつて來たぞ。」＃
たそがれの薄明かりをすかして、五兵衛の指さす＃
方を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線＃
が見えた。其の線は見る〳〵太くなつた。廣くな＃
つた。非常な速さで押寄せて來た。＃
「津波だ。」＃
＜Ｐ－０５８＞
と、誰かが叫んだ。海水が、絶壁のやうに目の前に迫＃
つたと思ふと、山がのしかゝつて來たやうな重さと、＃
百雷の一時に落ちたやうなとゞろきとを以て、陸に＃
ぶつかつた。人々は、我を忘れて後へ飛びのいた。＃
雲のやうに山手＃
へ突進して來た＃
水煙の外は、一時＃
何物も見えなか＃
つた。＃
人々は、自分等＃
＜Ｐ－０５９＞
の村の上を荒狂つて通る白い恐しい海を見た。二＃
度三度、村の上を海は進み又退いた。＃
高臺では、しばらく何の話し聲もなかつた。一同＃
は、波にゑぐり取られてあとかたもなくなつた村を、＃
たゞあきれて見下してゐた。＃
稻むらの火は、風にあふられて又もえ上り、夕やみ＃
に包まれたあたりを明かるくした。始めて我にか＃
へつた村人は、此の火によつて救はれたのだと氣が＃
つくと、無言のまゝ五兵衛の前にひざまづいてしま＃
つた。　　＃
＜Ｐ－０６０＞
　第十一　　朝鮮の田舍　　＃
　（一）　　秋　　＃
秋の空は實に高い。さうして色が深い。紺［こん］青［じやう］の＃
大空には晝の月が淡く出て、日は西に傾きかけてゐ＃
る。もろこしの葉をかさ〳〵と秋風がゆする。＃
秋の日をまともに受けた駐［ちゆう］在［ざい］所の庭で、一郎と貞［てい］＃
童［どう］が遊んでゐる。貞童が萩のはうきでとんぼを追＃
ひかけると、とんぼはすいとそれて、豆畠の方へ飛ん＃
で行つてしまつた。＃
＜Ｐ－０６１＞
「とんぼ、とんぼ、＃
あつちへ行けば地［ぢ］獄［ごく］、＃
こつちへ來れば極［ごく］樂［らく］。」＃
貞童が歌ふと、一郎は、＃
「反對だ。君、とんぼを取るん＃
だらう。」＃
「うん、取るんだ。」＃
「では、こつちへ來れば地獄ぢ＃
やないか。」＃
「さう言はないと取れないよ。」＃
＜Ｐ－０６２＞
二人は笑ひながら、豆畠の方へ走つて行く。豆がか＃
さかさと音を立てる。＃
どの家も温［をん］突［どる］をたき出したと見えて、紫色の煙が＃
村中にたゞよつてゐる。其の煙の中に、ぽかりぽか＃
り藁［わら］屋根が浮いて見える。まだ西日を受けてゐる＃
屋根に、干してあるたうがらしが眞赤だ。高くのび＃
たポプラや茂つたアカシヤは、あざやかな黄色。＃
櫻も紅葉して、みんな赤い夕日を受けてゐる。＃
一郎と貞童は、とんぼ取を止めて歸つて來た。＃
「生かしておかうや。」＃
＜Ｐ－０６３＞
貞童は、豆の葉の柄［え］で造つた蟲かごに、とんぼを入れ＃
た。＃
「動かないよ。」＃
二人は、じつととんぼを見てゐる。市場歸りの朝鮮＃
馬が、けたゝましく鳴いて過ぎる。夕の光をかすか＃
に殘した大空を、雁［がん］の群が渡つてゐる。＃
「雁、雁、わたれ。＃
大きな雁は先に、＃
小さな雁は後に、＃
仲よくわたれ。」＃
＜Ｐ－０６４＞
一郎と貞童が、空に向かつて歌つた。　　＃
　（二）　　冬の夜　　＃
夜になつても薄青い空、其の空に、星が一ぱい氷り＃
ついたやうにして、またゝいて＃
ゐる。井戸端のうるしの木が、＃
ぬうつと立つてゐる。＃
ぽこん、ぽこんといふ音が通＃
つて行く。水汲みに來た女の＃
頭の上の水がめが、ゆれて鳴る＃
音だ。寒さが、骨身にしみてし＃
＜Ｐ－０６５＞
いんとする。＃
温突部［べ］屋［や］の中では、薄暗いランプの火が心細くゆ＃
れてゐる。おぢいさんが、孫を寢つかせようとして＃
話をしてゐる。＃
「此の村に、古いけやきの木があるだらう。魔［ま］物［もの］が、＃
あのけやきにゐた。」＃
「それがどうしたの。」＃
「そばを通る子供に、いたづらをした。」＃
「どうして、いたづらをしたの。」＃
「いたづら好きの魔物だからさ。」＃
＜Ｐ－０６６＞
「どんないたづらをしたの。」＃
おぢいさんは、口をむにやむにやさせて、中々答へな＃
い。ふくろふの鳴く聲が聞える。＃
別な部屋では、息子を相手＃
に父がかますを織つてゐる。＃
「これが五枚目だつたな。」＃
「はい、五枚目です。」＃
「どうだ、六枚織れるか。」＃
「織りませう、おとうさん。」＃
息子が元氣に答へる。話し＃
＜Ｐ－０６７＞
ながらも、二人の手が器用に動く。そばでは、母が娘＃
を相手にきぬたを打つてゐる。＃
「これだけ、たゝいてしまはう。」＃
母が棒を取つて、とんと調子を取つた。とんからと＃
んから、調子のよい音が流れ出した。　　＃
　第十二　　水彩畫　　＃
此の夏かいた　　＃
水彩畫、　　＃
今出して見て　　＃
＜Ｐ－０６８＞
夏こひし。　　＃
青葉のそよぎ、　　＃
日の光、　　＃
カンナの花の　　＃
血の色よ。　　＃
町のいとこが　　＃
歸る時、　　＃
あれ程ほしいと　　＃
＜Ｐ－０６９＞
言つたのを、　　＃
ついやらないで、　　＃
其のまゝに　　＃
別れたことも　　＃
思はれる。　　＃
ふとゑがき出す　　＃
夏の夢、　　＃
外はちら〳〵　　＃
＜Ｐ－０７０＞
雪が降る。　　＃
　第十三　　久田船長　　＃
青森・函［はこ］館［だて］間の連［れん］絡［らく］船東海丸は、多數の船客を乘せ、＃
郵便物・貨物を積んで、夜半に青森港を出航した。大＃
分しけ模［も］樣［やう］であつた。明治三十六年十月二十八日＃
のことである。＃
津［つ］輕［がる］海［かい］峽［けふ］特有の濃霧が、海上をおほつてゐた。波＃
も次第に高くなつて行つた。しかも雨は雪に變じ、＃
それが吹雪となつて、あたりを吹きまくつた。暗さ＃
＜Ｐ－０７１＞
は暗し、其の上濃霧と吹雪では、＃
全く黒白も辨［べん］じない。東海丸＃
はしきりに汽笛を鳴らし、警戒＃
しつゝ進行を續けた。かうし＃
て、翌朝四時頃には、渡［を］島［しま］半島矢＃
越岬の沖合にさしかゝつてゐ＃
た。＃
すると、まことに突然、右手の＃
すぐそこに、此方をさして突進して來る船があつた。＃
それは、室［むろ］蘭［らん］で石炭を積んで、ウラヂボストックへ廻＃
＜Ｐ－０７２＞
航するロシヤの汽船であつた。＃
東海丸の船長久田佐［さ］助［すけ］は、眼前に迫る此の危急を＃
さけるのに全力を盡くしたが、しかしもうおそかつ＃
た。忽ち一大音響と共に、ロシヤ汽船の船首は、東海＃
丸の船腹を破つてしまつた。海水は、ようしやなく＃
浸入する。東海丸の船體は、極度に傾いた。＃
すは一大事。久田船長は、早速乘組員に命じて部［ぶ］＃
署［しよ］につかせた。五隻のボートは下された。彼は、わ＃
めき叫ぶ船客をなだめつゝ、片端からボートに分乘＃
せしめた。此の間にも、東海丸は刻々と沈んで行つ＃
＜Ｐ－０７３＞
た。＃
船客も船員も、すべてボートに乘つた。船長は幾＃
度か確めるやうに、＃
「みんな乘つたか。」＃
「乘りました。」＃
「一人も殘つてゐないな。」＃
「殘つてをりません。」＃
殘つたのは、たゞ船長一人であつた。＃
「船長、早くボートへ乘つて下さい。」＃
だが、返事はなかつた。一體何をしてゐるのだらう。＃
＜Ｐ－０７４＞
船員の一人は、たまらなくなつて、はせつけた。＃
「船長、早くボートへ。」＃
しかし、船長は、船橋の欄［らん］干［かん］に身を寄せて動かうと＃
しなかつた。見れば彼の體は、旗のひもで、しつかと＃
欄干に結び附けられてゐる。沈み行く船と運命を＃
共にしようとする覺［かく］悟［ご］なのだ。＃
「船長、私も一しよにお供いたします。」＃
それは、全く船員の感［かん］激［げき］の叫びであつた。＃
船長は嚴かに答へた。＃
「船と運命を共にするのは、船長の義務だ。お前は＃
＜Ｐ－０７５＞
早く逃げろ。一人でも多く助つてくれるのが、私＃
に對するお前たちの務ではないか。」＃
悲痛な、しかも威嚴のある聲に、船員は思はずはつと＃
した。彼は、すご〳〵として最後のボートに身をゆ＃
だねた。＃
東海丸からは、引切りなしに汽笛が高鳴つて、暗い＃
海の上を壓［あつ］した。聞く人々は全く斷［だん］腸［ちやう］の思であつ＃
た。やがて、其の音は聞えなくなつた。東海丸は沈＃
沒したのである、最後の瞬［しゆん］間［かん］まで、非常汽笛を鳴らし＃
續けた久田船長もろ共に。＃
＜Ｐ－０７６＞
暗夜と荒天の海上に、＃
五隻のボートは木の葉＃
のやうに動［どう］搖［えう］した。中＃
には、波にのまれてしま＃
つたのもある。しかし、＃
乘客・船員の過半は、からうじて助ることが出來た。＃
四十歳を一［いち］期［ご］として、從［しよう］容［よう］死についた船長久田佐＃
助の高［かう］潔［けつ］な心事は、忽ち世に傳へられ、日本全國の人＃
人をして涙をしぼらせた。＃
「船長たる者は、萬一の場合、決死の覺悟がなくては＃
＜Ｐ－０７７＞
ならぬ。百人中九十九人まで助れば、或は自分も＃
生きてゐるかも知れぬが、さもなければ歸らぬも＃
のと思へ。」＃
とは、久田船長が、かねてから其の妻に言聞かせてゐ＃
た言葉であつた。だから、東海丸遭［さう］難［なん］第一の電報を＃
手にした時、妻は早くも夫の死を察し、見舞の客に對＃
しても、あへて取りみだした樣子を見せなかつた。＃
人々は此の事を聞いて、今更のやうに久田船長のり＃
つぱな心掛に感動すると共に、夫をはづかしめぬ此＃
の妻の態［たい］度［ど］をほめたゝへた。　　＃
＜Ｐ－０７８＞
　第十四　　母の力　　＃
元治元年九月二十五日の夜である。＃
あと四年で、明治維［ゐ］新［しん］の幕［まく］が切つて落されようと＃
いふ時だ。天下の雲行は、ほとんど息苦しいまでに＃
切迫してゐる。＃
周［す］防［はう］の山口では、今日も毛［まう］利［り］侯［こう］の御前會議で、氣鋭＃
の井［ゐの］上［うへ］聞［ぶん］多［た］が反對黨［たう］を向かふに廻して、幕［ばく］府［ふ］に對す＃
る武備を主張した。其の堂々たる議論に、反對黨は、＃
ぐうの音も出なかつた。＃
＜Ｐ－０７９＞
其の夜である。＃
下男淺吉の提［ちやう］燈［ちん］にみちびかれながら、聞多が山口＃
の町から湯［ゆ］田［だ］の自宅に歸る途中、暗やみの中に待受＃
けてゐる怪［くわい］漢［かん］があつた。＃
「誰だ、君は。」＃
と、それがだしぬけに聲をかける。＃
「井上聞多。」と答へるが早いか、後に立つた今一人の＃
怪漢が、いきなり聞多の兩足をつかんで、前へのめら＃
せた。すかさず第三の男が、大刀を振るつて聞多の＃
背中を眞二つ。＃
＜Ｐ－０８０＞
それを、不思議にも、聞多の差してゐた刀が防いだ。＃
うつ向けになつた際、刀が背中へ廻つてゐたのであ＃
る。それでも、脊［せ］骨［ぼね］に深くくひ込む重傷であつた。＃
氣丈にも聞多は立上つて、刀を拔かうとした。す＃
ると、一刀が又後頭部を見舞つた。更に、前から顏面＃
を深く切込んだ。＃
ほとんど無［む］意［い］識［しき］に、彼は其の場をうまくのがれた。＃
あたりは眞のやみである。怪漢等はなほも彼を探＃
したが、もうどこにも見つからなかつた。＃
多量の出血に、しばらくは氣を失つてゐた聞多が、＃
＜Ｐ－０８１＞
ふと見廻すと、そこはいも畠の中であつた。體中が、＃
なぐりつけられるやうに痛む。何よりも、のどが乾＃
いてたまらない。＃
向かふに火が見える。彼は、そこまではつて行つ＃
た。それは農家の燈火であつた。＃
「おゝ、井上の若旦［だん］那［な］樣。どうして又これは。」＃
驚く農夫に、やつと手まねで水を飲ませてもらつた＃
聞多は、やがて彼等の手で自宅へ運ばれた。＃
淺吉の急報によつて、聞多の兄五郎三郎は、押取刀＃
で其の場へかけつけたが、もう何も後の祭、どこにも＃
＜Ｐ－０８２＞
人影はなかつた。弟の姿も見えぬ。再び家に取つ＃
て返すと、今農夫たちにかつがれて歸つた弟のあさ＃
ましい姿、驚き悲しむ母親。＃
とりあへず、醫［い］者［しや］が二人來た。しかし、滿身は血だ＃
らけ、泥だらけである。醫者は、ばう然としてほとん＃
ど手の下しやうも知らぬ。＃
聞多はもう蟲の息であつた。母、兄、醫者の顏もぼ＃
つとして見分けがつかぬ。からうじて一口、＃
「兄上。」＃
とかすかに言つた。兄の目は、涙で一ぱいである。＃
＜Ｐ－０８３＞
「おゝ、聞多。しつかりせい。敵は誰だ。何人ゐた＃
か。」＃
尋ねられても、聞多には答へる力がなかつた。たゞ＃
手まねが言ふ。＃
「介［かい］錯［しやく］頼む。」＃
兄は涙ながらにうなづいた。どうせ助らぬ弟、頼み＃
にまかせて一思ひに死なせてやるのが、せめてもの＃
慈悲だ。決然として兄は刀を拔いた。＃
「待つておくれ。」＃
それは、しぼるやうな母の聲である。母の手は、堅く＃
＜Ｐ－０８４＞
五郎三郎の袖にすがつてゐた。＃
「待つておくれ。お醫者もこゝにゐられる。たと＃
ひ治［ち］療［れう］のかひはないにしても、出來るだけの手を＃
盡くさないでは此の母の心がすみません。」＃
「母上、かうなつては是［ぜ］非［ひ］もございませぬ。聞多の＃
體には、もう一滴の血も殘つてゐませぬぞ。手當＃
をしても、たゞ苦しめるばかり。さあ、お放し下さ＃
い。」＃
兄は刀を振上げた。＃
其の時早く、母親は、血だらけの聞多の體をひしと＃
＜Ｐ－０８５＞
抱きしめた。＃
「さあ、切るなら、此の母もろ共に切つておくれ。」＃
此の子をどこまでも助けようとする母の一念に、は＃
りつめた兄の心もゆるんでしまつた。＃
聞多の友人、所郁［いく］太［た］郎［らう］が其の場へかけつけた。彼＃
は蘭［らん］方［ぱう］醫［い］であつた。＃
彼は、刀の下［さげ］緒［を］をたすきに掛け、かひ〴〵しく身支＃
度をしてから、燒［せう］酎［ちう］で血だらけの傷を洗ひ、有合はせ＃
の小さい疊針で傷口を縫始めた。聞多は、痛みも感＃
じないかのやうに、こん〳〵と眠つてゐる。他の醫＃
＜Ｐ－０８６＞
者二人も、何くれと此の手術を手＃
傳つた。かうして、六箇所の大傷＃
が次々に縫合はされた。＃
それから幾十日、母の必死の看［かん］＃
護［ご］と、醫者の手當とによつて、不思議にも一命を取止＃
めた聞多が、當時の母の慈愛の態［たい］度［ど］を聞くや、病床に＃
さめ〴〵と泣いた。＃
「聞多、三十歳の壯年に及んで、何一つ孝行も盡くさ＃
ないのに、今母上の力によつて、萬死に一生を得よ＃
うとは。」＃
＜Ｐ－０８７＞
程なく世は明治となつた。昔＃
の聞多は井上馨［かをる］として、朝堂に時＃
めく人となつた。從［じゆ］一［いち］位［ゐ］侯［こう］爵［しやく］に＃
のぼり、八十一歳の光榮ある長［ちやう］壽［じゆ］＃
を終るまで、功績は一世に高く、君［くん］寵［ちよう］はすこぶる厚か＃
つた。＃
それにしても、此の母の慈愛によらなかつたら、三＃
十歳の井上聞多は、山口在に非命の最［さい］期［ご］を遂げたで＃
あらう。まことにありがたく尊いのは、此の母の力＃
であつた。　　＃
＜Ｐ－０８８＞
　第十五　　水師營の會見　　＃
旅順開城約成りて、　　＃
敵の將軍ステッセル、　　＃
乃木大將と會見の　　＃
所はいづこ、水師營。　　＃
庭に一本なつめの木、　　＃
彈丸あともいちじるく、　　＃
くづれ殘れる民屋に、　　＃
＜Ｐ－０８９＞
今ぞ相見る二將軍。　　＃
乃木大將はおごそかに、　　＃
＜Ｐ－０９０＞
御惠深き大君の　　＃
大みことのり傳ふれば、　　＃
彼かしこみて謝しまつる。　　＃
昨日の敵は今日の友、　　＃
語る言葉もうちとけて、　　＃
我はたゝへつ、彼の防備、　　＃
彼はたゝへつ、我が武勇。　　＃
かたち正して言出でぬ、　　＃
＜Ｐ－０９１＞
「此の方面の戰［せん］鬪［とう］に、　　＃
二子をうしなひ給ひつる　　＃
閣下の心如何にぞ。」と。　　＃
「二人の我が子それ〴〵に、　　＃
死所を得たるを喜べり。　　＃
これぞ武門の面目。」と、　　＃
大將答力あり。　　＃
兩將晝［ひる］食［げ］共にして、　　＃
＜Ｐ－０９２＞
なほも盡きせぬ物語。　　＃
「我に愛する良馬あり。　　＃
今日の記念に獻［けん］ずべし。」　　＃
「厚意謝するに餘りあり。　　＃
軍のおきてにしたがひて、　　＃
他日我が手に受領せば、　　＃
長くいたはり養はん。」　　＃
「さらば。」と、握［あく］手［しゆ］ねんごろに、　　＃
＜Ｐ－０９３＞
別れて行くや右左。　　＃
砲［つゝ］音［おと］絶えし砲臺に、　　＃
ひらめき立てり、日の御旗。　　＃
　第十六　　張良と韓［かん］信［しん］　　＃
張良、或時橋上にて白髮の一老人に會ふ。老人靴＃
を橋下に落し、張良に向かひて、＃
「拾ひ來れ。」＃
と言ふ。張良其の無禮を怒りしが、老人なればと思＃
ひ返し、靴を拾ひ來りて捧ぐ。老人足にてこれを受＃
＜Ｐ－０９４＞
け、打笑ひて行過ぎしが、やが＃
て立ちもどり、＃
「汝は教ふるに足る者なり。＃
今日より五日目の朝、こゝ＃
に來りて我を待て。」＃
と言ひすてて去れり。＃
五日目の朝、張良早く行け＃
ば、老人すでに來りて待てり。＃
叱していはく、＃
「長者と約しながら、おくるゝは何事ぞ。今日より＃
＜Ｐ－０９５＞
五日目の朝早く來れ。」＃
と。＃
約束の日、曉［あかつき］に起きて行くに、又老人におくれたり。＃
老人大いに怒り、＃
「五日目の朝また來れ。」＃
と言ふ。＃
此の度こそはと、夜半より起きて橋上に行けば、し＃
ばらくありて老人來り、一卷の書を取出して張良に＃
與へ、＃
「これを學ばば、帝王の師となることを得ん。」＃
＜Ｐ－０９６＞
とて、いづこともなく立去りた＃
り。開き見れば、世にも得がた＃
き兵書なり。張良大いに喜び＃
て、朝夕これを讀み、遂に兵法に＃
精通せり。＃
韓信、長劒を帶びて市中を行＃
く。無頼の少年等、口々にのゝ＃
しりて止まず。其の中の一人＃
いはく、＃
「汝、身體長大にして、好んで劒を帶ぶ。若し勇氣あ＃
＜Ｐ－０９７＞
らば、我を殺せ。然らずんば、我がまたをくゞれ。」＃
と。韓信、しばらく其の顏をうちまもりゐたりしが、＃
やがて腹ばひてまたをくゞる。見る者あざけり笑＃
はざるはなし。＃
後、張良・韓信共に漢［かん］の高祖に仕へ、張良は内にはか＃
りごとをめぐらし、韓信は外に兵を用ひて、何れも大＃
功を立て、名を後世に輝かせり。　　＃
　第十七　　雪の山　　＃
　（一）　　＃
＜Ｐ－０９８＞
正［しやう］暦［れき］五年十二月十日過ぎの或日、京都では、雪がか＃
なり降りました。＃
一條天皇のお后［きさき］は、其の頃、御休養のため、宮中から＃
下つて或御殿にいらつしやいましたが、珍しく雪が＃
降つたので、其の日、六七人の官女たちと、お庭の雪を＃
眺めていらつしやいました。清［せい］少［せう］納［な］言［ごん］もお側近く＃
仕へてゐました。＃
廣いお庭では、大勢の男たちが、雪をかき集めては、＃
それを一箇所に積上げてゐます。見る〳〵それが＃
高くなつて、見上げる程の雪の山になりました。＃
＜Ｐ－０９９＞
お后は、官女たちに、＃
「此の雪の山は何時まで殘つてゐるでせう。」＃
と仰せになりました。＃
皆は、ちよつと顏を見合はせま＃
したが、＃
「十二三日ぐらゐはございませ＃
う。」＃
と、一人の官女が申しますと、＃
「其のくらゐと、私も思ひます。」＃
「私もさうと思ひます。」＃
＜Ｐ－１００＞
と、次々にお答へ申し上げました。＃
お后は、此の時まで何も言はずにだまつてゐる清＃
少納言に、＃
「そなたは、どう思ひます。」＃
とお尋ねになりました。＃
「正月の十五日まではあらうかと存じます。」＃
これが、清少納言のお答へ申し上げた言葉でした。＃
すると、一座が少し動［どう］搖［えう］し始めました。＃
「そんなに長くあるでせうか。」＃
「いくら長くても、今年の中には、きつと消えるでせ＃
＜Ｐ－１０１＞
う。」＃
「さうですとも。此の雪が、大［おほ］晦［みそ］日［か］まであらうなど＃
とは、とても思へません。」＃
官女たちは、口々に言出しました。さう言はれてみ＃
ると、清少納言も、「少し言方が大きかつたかしら。」と心＃
の中に思ひましたが、負けぎらひの彼女は、官女たち＃
に、＃
「私は、どうしても正月の十五日まであると思ひま＃
す。」＃
と言つて動きません。かういふ時、清少納言は、何時＃
＜Ｐ－１０２＞
もはつきりとした態［たい］度［ど］の女でした。　　＃
　（二）　　＃
十二月の二十日近くなつても、雪の山は、皆が思つ＃
た程小さくはなりませんでした。少しばかり背が＃
低くなつたくらゐです。＃
清少納言は嬉しくなつて、心の中に、「加賀白山の觀＃
世音樣、どうぞ、此の雪をお消しになりませぬやうに。」＃
と一心に祈りました。＃
大晦日近くなると、大分小さくはなりましたが、そ＃
れでも雪の山は、とう〳〵年の瀬を無事に越してし＃
＜Ｐ－１０３＞
まひました。　　＃
　（三）　　＃
元日に雪が降りました。好い具合だと、清少納言＃
は思ひました。すると、お后の仰で、＃
「今日降つた雪だけは取除くやうに。」＃
とのことです。男たちが、雪かきで、ようしやなく新＃
しい雪を取捨ててしまひました。　　＃
　（四）　　＃
正月の三日に、お后は宮中へお歸りになることに＃
なりました。＃
＜Ｐ－１０４＞
雪の山は所々黒くなつて、みすぼらしい姿をして＃
ゐます。＃
「これが、十五日まであるものですか。」＃
「とても七日までも持ちませんね。」＃
など、官女たちがお互に言つてゐます。清少納言は、＃
同じ事なら、十五日までこゝにゐて、見屆けたいもの＃
だと思ひましたが、自分も、お后のお供をして行かな＃
ければなりませんでした。彼女はお庭師を呼んで、＃
「此の雪を消さないやうに、人が蹈散らしたりしな＃
いやうに、嚴重に番をして下さい。十五日まで雪＃
＜Ｐ－１０５＞
が消えないでゐたら、きつと御褒［はう］美［び］を上げますか＃
ら。」＃
と頼みました。御褒美と聞いて、お庭師はにこ〳〵＃
しながら、＃
「ようございます。必ず、氣をつけます。」＃
と答へました。　　＃
　（五）　　＃
七日に、清少納言は、正月のお暇を頂いて、宮中から＃
自分の家へ下りました。＃
十日には、「まだ雪が五六尺四方は殘つてゐます。」と＃
＜Ｐ－１０６＞
いふ知らせです。では、もう大丈夫だと思つてゐる＃
矢先、十三日の夜、あいにく大雨が降出しました。清＃
少納言は、其の夜一夜眠られませんでした。夜が明＃
けるのを待ちかねて、尋ねにやりますと、＃
「ざぶとん程殘つてゐます。明日までは大丈夫持＃
ちます。」＃
といふお庭師の返事でした。「まあ、よかつた。」と、清少＃
納言は思ひました。　　＃
　（六）　　＃
いよ〳〵十五日の朝です。＃
＜Ｐ－１０７＞
清少納言は、まだ暗い中に、使の者に大きなお盆［ぼん］を＃
持たせて、＃
「これに、雪の白い所だけ山のやうに盛つて、持つて＃
來ておくれ。」＃
と言ひふくめてやりました。さうして、其の間に歌＃
を作つて紙にしたゝめ、雪にそへてお后にお目にか＃
けようと、清少納言は、使の歸るのを、首を長くして待＃
つてゐました。＃
使の者が歸つて來ました。＃
「どうしたことか、すつかり無くなつてゐました。」＃
＜Ｐ－１０８＞
これが使の言葉です。＃
「でも、昨日あんなに殘つてゐて、大丈夫のはずだつ＃
たのに。」＃
「昨日夕方まではちやんとありました。それが今＃
朝はございません。御褒美が頂けないと言つて、＃
お庭師が殘念がつてゐました。」＃
もう歌どころではありません。そこへお后から＃
のお使がありました。＃
「雪は今日までありましたか。」＃
といふお尋ねです。すつかり失望した清少納言は、＃
＜Ｐ－１０９＞
「昨日の夕方までは、確にございました。昨夜、誰か＃
いたづらをしたとみえて、今朝はすつかり無くな＃
つてゐたさうでございます。」＃
殘念ながら、かう御返事申し上げる外はありません＃
でした。　　＃
　（七）　　＃
正月の二十日、清少納言は宮中へ參りました。お＃
后にお目通をして、＃
「折角使をやりましたのに、『雪はすつかり無くなつ＃
てゐました。』と、其の使が、お盆を帽子のやうにかぶ＃
＜Ｐ－１１０＞
つて歸つて來ました時、私はほんたうに殘念でご＃
ざいました。お盆に白い雪を盛つて、つたなくと＃
も私の歌をそへまして、獻上致したいと存じてを＃
りましたのに。」＃
と申し上げますと、お后はお笑ひになりました。官＃
女たちも皆笑ひました。＃
「それ程、そなたが思ひ込んでゐたのに、實は十四日＃
の夜、人をやつて雪を取捨てさせたのです。餘り＃
勝過ぎて、人にうらまれては、かはいさうですから。」＃
と、お后が仰せになりました。清少納言ははつとし＃
＜Ｐ－１１１＞
ました。＃
「しかし、雪はまだたくさん殘つてゐたといふから、＃
何と言つてもそなたがりつぱに勝つたのです。＃
みかどが此の事を聞し召して、『よくも言ひあてた＃
ものだ。』と、殿上人たちに、おほめになつていらつし＃
やつたさうです。さあ、そなたの其の歌といふの＃
が聞きたいものですね。」＃
と、お后の仰です。＃
官女たちも言ひました。＃
「ぜひ、其の歌をお聞かせ下さい。」＃
＜Ｐ－１１２＞
たつた今の今まで、殘念とばかり思ひつめてゐた＃
清少納言の心は、すつかり明かるくなりました。そ＃
れどころか、自分のやうなものをこれ程にまで思つ＃
て頂けると思ふと、もつたいなくて、泣きたいやうな＃
氣さへしました。＃
「今さら、どうして私のつたない歌をお目にかける＃
ことが出來ませう。どうぞ、それだけはお許し下＃
さいませ。」＃
さう申し上げながらも、清少納言は、たゞ有難いと思＃
ふ心で胸が一ぱいでした。　　＃
＜Ｐ－１１３＞
　第十八　　南極海に鯨［くぢら］を追ふ　　＃
灰色の雪雲が低くたれてゐる。恐らく遠い所は＃
晴れてゐるのであらう、地平線の上だけが明かるい。＃
大小樣々の氷山が、島のやうに、あちらこちらに浮い＃
てゐる海上を、母船から離れた我が捕［ほ］鯨［げい］船は、今全速＃
力で走つてゐる。はるか彼方に、代る〴〵背を出し＃
ては、潮を吹く二頭の大きな白［しろ］長［なが］須［す］鯨を見つけたか＃
らである。＃
「取舵。」＃
＜Ｐ－１１４＞
帆柱の上の見張から、水夫長が叫ん＃
だ。＃
「取舵。」＃
船橋で舵を取つてゐた舵手が、それ＃
に應じる。＃
船は輕く左方へ曲り、鯨の逃道に＃
對してイの字なりに迫つて行く。＃
砲手は、捕鯨砲の安全かぎをはづし＃
て身構へ、砲身を二三回左右に振つ＃
てみた。さうして、鯨の殘した水の＃
＜Ｐ－１１５＞
輪を注意深く見まもつてゐる。＃
「一ぱい、一ぱい。」＃
俄［が］然［ぜん］砲手が、後を振向いて力強くどなつた。一ぱい＃
の速力を出せといふのである。船長が、すぐに、機關＃
室に通じてゐる傳聲管に向かつて、同じ事を叫ぶ。＃
見張から指圖する聲は次第にしげくなり、それを復＃
唱する舵手の顏も引きしまつて來る。いよ〳〵發＃
砲の機會が近づいたのだ。＃
「バッ。」といふ音を立てて鯨の吹上げる水煙が、船の＃
上にも霧のやうに降りかゝる。＃
＜Ｐ－１１６＞
もう百米とは離れてゐない。全船員の注意は、海＃
面に出たり沈んだりする鯨の上に集る。大きい氷＃
山の影も目にはいらない。全速力を出してゐても、＃
自分の船は止つてゐるとしか思へない。十數名の＃
船員の心が、船と一つになつて鯨に追附かうとして＃
ゐるのだ。＃
「用意。」＃
見張から落着いた聲が響きわたる。砲手は兩足を＃
蹈張り、捕鯨砲を下腹の邊に構へて、じつと鉛［なまり］色の水＃
面をみつめる。やがて五十米程前方の水が泉のや＃
＜Ｐ－１１７＞
うに盛上り、白い水煙が上つ＃
たと見る間に、鯨は其の巨體＃
を浮上らせた。さうして、背＃
びれのあたりを水面に現し、＃
今や沈まうとする瞬間、こゝ＃
ぞと砲手は引金を引いた。＃
すさまじい響と共にもりが＃
飛び、綱は波打つてくり出された。＃
「命中。」＃
船長が傳聲管に向かつて叫ぶ。＃
＜Ｐ－１１８＞
鯨はものすごい勢で水中深く沈んだ。船の機關＃
はぴたりと止る。全員は鳴りをひそめる。「ぷすり。」＃
と押しつぶすやうな音がした。鯨の體内深くくひ＃
込んだもりの爆［ばく］彈［だん］が、破裂したのだ。もりに附けた＃
綱は、ぐん〳〵のびて行く。數名の水夫が急いで船＃
首へかけつけた。船長も舵手も、船首へ下りて行く。＃
無線通信士が代つて舵を取る。總動員である。砲＃
手は、へさきにうつ伏せになり、綱の行手を見極めて＃
ゐる。＃
船長は水夫等を指［し］揮［き］して、二番もりの準備を進め＃
＜Ｐ－１１９＞
る。＃
今まで勢よく引出されてゐた＃
綱がやゝゆるんで、鯨は二百米ば＃
かり先に浮上つた。再び船は鯨＃
のあとを追ふ。三四十米まで近＃
づいた時、砲手は二番もりを打込＃
んだ。鯨は又水にもぐつたが、も＃
う浮上つて來ない。思はず歡呼＃
の聲が上る。＃
綱は烈しく卷かれる。やがて、三十米もある白長＃
＜Ｐ－１２０＞
須鯨が、全く息絶えて、小山のやうな體を水面に横た＃
へる。引寄せた鯨は、腹部に送氣管で空氣を送つて＃
沈まないやうにし、目じるしの旗を胴に立てて、其の＃
場に浮かしておく。＃
見張では、水夫長が今一頭の鯨の行方を見まもつ＃
てゐる。＃
船は再び全速力で走り出した。　　＃
　第十九　　パナマ運河　　＃
世界地圖を見て、誰でもちよつと不思議に思ふの＃
＜Ｐ－１２１＞
は、北アメリカと南アメリカの二大陸が、まるで紐［ひも］の＃
やうに細長い地峽でつながつてゐることです。ち＃
やうど飴［あめ］でも引きのばした時のやうに、切れさうで＃
切れないといつたかつかうです。＃
若しあそこが少しでも切れてゐたら、自由自在に＃
船も通れるでせうが、如何に細いにしてもそれが續＃
いてゐたのでは、はる〴〵南アメリカの南端を大廻＃
りしなければなりません。だから、あそこへ運河を＃
作らうといふことは、何百年も前から考へられたこ＃
とでした。＃
＜Ｐ－１２２＞
ところで、あの細長い地峽は、＃
地圖で見れば何でもないやう＃
に見えながら、實は兩大陸をつ＃
なぐ火山地帶で、至る所岩だら＃
け山だらけなのです。かうし＃
た場所を掘割るといふことは、＃
並大ていの仕事ではありませ＃
ん。計畫は何べんか立てられ、＃
工事も失敗をくりかへしまし＃
たが、しかしとう〳〵出來上つ＃
＜Ｐ－１２３＞
て、今では、大きな商船でも軍艦でも、通り拔けられる＃
やうになりました。世界に有名なパナマ運河とい＃
ふのがそれなのです。＃
しかし、いくら人間や機械の力が進んだにしても、＃
此の岩だらけ、山だらけの土地を掘割つて、海面と同＃
じ高さに水を通すことは、中々出來さうにありませ＃
ん。だから、パナマ運河は、すこぶる變つた仕組に作＃
られなければならなかつたのです。＃
先づ此の地方を流れる川の水を、大きな高い土手＃
を築いてせき止めました。すると、水は陸上にたゝ＃
＜Ｐ－１２４＞
へられて、二つの湖になりました。さて、此の湖へ、兩＃
方の海から掘割をつけて、ちやうど團子の串［くし］刺［ざし］のや＃
うに、運河を通さうといふのですが、陸上に作つた湖＃
のことですから、其の水面は、海から來る掘割の水面＃
よりも、ぐつと高いわけです。そこで、此の高さの違＃
ふ水面をどういふ風に連絡するか、こゝがパナマ運＃
河の構造の一番おもしろい所です。＃
昔から、川の流の急な所を、舟を通す場合、閘［かふ］門［もん］とい＃
ふものを作りました。閘門といふのは、川の上手と＃
下手と、二箇所に作つた水門です。今、舟が川下から＃
＜Ｐ－１２５＞
上るとします。すると、上手の水門を閉ぢ、下手の水＃
門を開きます。さうして、舟が下手の水門を通ると、＃
今度は下手を閉ぢ、上手を＃
開いて舟を通します。か＃
ういふ風に、二つの水門を＃
交互に開いたり閉ぢたり＃
すると、閘門内の水面は、其＃
の都度高くなつたり低く＃
なつたりして、舟は樂々と＃
通つて行けるのです。＃
＜Ｐ－１２６＞
パナマ運河には、これと同じ理くつの閘門を、大仕＃
掛に、しかも幾段にも作つたのです。＃
今、太平洋の方から此の運河へはいるとしませう。＃
最初はたゞ幅の廣い掘割ですが、約十三粁も行くと、＃
向かふに大きな水門が現れます。これが第一の閘＃
門の入口です。其の水門をくゞると、門はやがてと＃
ざされます。上手の水門は初から閉ぢてあります＃
から、船は大きな箱の中へはいつたと同然ですが、其＃
の箱が長さ約三百米、幅約三十四米もあるのですか＃
ら、今日の大ていの船は、ちやんと中にをさまります。＃
＜Ｐ－１２７＞
すると、箱の底に仕掛けてある水道から水が湧出て、＃
船は次第に高くせり上げられて行きます。今度は＃
上手の水門が開き、船は水路に沿うて走る機關車に＃
引かれながら、靜かに奧へ進みます。かうして、第一＃
の閘門を通つて第二の閘門に入り、こゝでも又同樣＃
の手續をくりかへして、更に一段と高くせり上げら＃
れるのです。＃
第二の閘門を出ると前は湖ですが、これはさう大＃
きいものではありません。湖上を渡つて、第三の閘＃
門に着きます。かうして前後三段の閘門を通過す＃
＜Ｐ－１２８＞
る間に、船は海面から二十六米も上るのです。＃
それから先がクレブラの掘割です。つまり地峽＃
の脊［せ］骨［ぼね］に當る高い岩山を切通した所で、幅が底の所＃
で九十米、兩岸には絶壁がそばだち、其の長さが十五＃
粁も續くすばらしい大工事です。そこを通過する＃
と先は又湖ですが、これは日本の霞［かすみが］浦［うら］の二倍もあら＃
うといふ大きさで、しかも人間の力で出來た湖と聞＃
くと、全く驚かされます。從つて、今、湖上に浮かぶ島＃
島は、其の昔、陸に聳えてゐた山であつたわけです。＃
湖が盡きると、そこに三段の閘門があります。其＃
＜Ｐ－１２９＞
の一つ〳〵を、今度は前と反對の手續で降つて行く＃
のです。かうして、船は、再び海と同じ高さの水面に＃
浮かびます。後はもう何のわけもありません。た＃
だ一直線に掘割が續いて、其の果に大西洋が現れて＃
來るのです。＃
運河の長さは全體で約八十二粁、十時間ばかりで＃
船は通過します。閘門はどれも二列に並んでゐま＃
すから、往く船と來る船と、同時に通ることが出來ま＃
す。＃
此の運河を作ることに成功したのは、アメリカ合［がつ］＃
＜Ｐ－１３０＞
衆［しゆう］國でした。それがために、毎日三萬何千人の人々＃
が働き續けて、十年といふ長い月日がかゝりました。＃
あらゆる人間のちゑをしぼり、機械といふ機械を使＃
つて、熱帶の密林を開き、氣ちがひのやうにあふれる＃
川を制し、頑［ぐわん］固［こ］な岩山を切開いて、巧みに此の文明的＃
大工事をしとげたのです。出來上つたのは、我が大＃
正三年八月のことでした。＃
しかし、此の大工事の裏には、もつと偉［ゐ］大［だい］な仕事が＃
ありました。それは、目に見えぬ熱帶の傳染病との＃
戰でした。もと此の地方に流行したマラリアと黄＃
＜Ｐ－１３１＞
熱病が、かつては何萬といふ西洋人の命を奪つたこ＃
ともあります。殊に、一度黄熱病にかゝつたが最後、＃
人は熱にうなされ、黄色くなつて、ばた〳〵死んで行＃
きます。幸ひ、此の病氣のなかだちをするものが、蚊［か］＃
であることがわかつたので、水たまりを乾かし、みぞ＃
を埋め、水道を設け、下水を完全にし、道路を鋪［ほ］裝［さう］して、＃
昔の不健康地を一變することに成功しました。若＃
し此の仕事が進まなかつたら、よし何萬・何十萬の人＃
がこゝに送られて來ようとも、パナマ運河は完成し＃
なかつたかも知れません。　　＃
＜Ｐ－１３２＞
　第二十　　冬の月　　＃
さえ〴〵と　　＃
冬の月、　　＃
庭の面［も］は　　＃
眞晝の如し。　　＃
枯枝は　　＃
地に落ちて、　　＃
風寒み　　＃
＜Ｐ－１３３＞
かすかに震ふ。　　＃
我が影を　　＃
我が蹈めば、　　＃
道の石　　＃
さえて音あり。　　＃
見上ぐれば、　　＃
たゞ眞上、　　＃
天心に　　＃
＜Ｐ－１３４＞
月やゝ細し。　　＃
　第二十一　　國法と大慈悲　　＃
赤［あか］穗［ほ］の浪［らう］士［し］、大石内［く］藏［ら］之［の］助［すけ］を始め四十餘人が、亡君＃
淺野内［たく］匠［みの］頭［かみ］の仇、吉［き］良［ら］上［かう］野［づけの］介［すけ］を討つて、あつぱれ本望＃
を遂げたといふので、江戸市中はすつかり興［こう］奮［ふん］して＃
しまつた。＃
「感心な者だ。」「それでこそほんたうの武士である。」＃
「まことに忠臣の鑑［かゞみ］。」＃
ほとんどあらゆるほめ言葉が、彼等に浴びせられた。＃
＜Ｐ－１３５＞
しかし、徒［と］黨［たう］を組んで天下を騷がすといふことは、＃
重い罪である。彼等は罪人として、一先づ細川越［ゑつ］中［ちゆうの］＃
守［かみ］以下、四人の大名にお預けといふことになつた。＃
「お預けになつても、きつと其の中助命になるに違＃
ひない。」＃
世間の人々は、誰もさう考へた。＃
將軍綱［つな］吉［よし］は、さすがに此の事件の始末に心を痛め＃
た。先づ役人たちに評［ひやう］議［ぎ］をさせ、又學者の意見をも＃
徴した。すると、＃
「彼等は、まことに忠義の者どもである。若しこれ＃
＜Ｐ－１３６＞
をお仕置にするといふことになれば、今後忠義を＃
はげます道がないであらう。」＃
といふのが、多くの人々の一致した意見であつた。＃
かうした天下の輿［よ］論［ろん］に對して、たゞ一人荻［をぎ］生［ふ］徂［そ］徠［らい］＃
の言ふ所は違つてゐた。＃
「亡君の仇を報いたのは、義には相違ないが、みだり＃
に騷動を起したのは、結［けつ］局［きよく］私情を以て國法を破つ＃
たのである。これを許せば、國家の政治が成立た＃
ない。」＃
綱吉は、元來情に動かされない人ではないが、しか＃
＜Ｐ－１３７＞
し理非にも明かるい人であつた。再三再四、考へた＃
結果、＃
「切腹を申しつけよ。」＃
と命じた。＃
天下を騷がした者は、たとひ武士でも、普通ならば＃
打首である。切腹といふのは、どこまでも武士の名［めい］＃
譽［よ］を重んじた扱ひであつた。＃
だが、世間はすつかり失望してしまつた。＃
正月が過ぎて、二月にいよ〳〵切腹といふことが＃
きまつた。細川越中守を始め、浪士を預つた大名も＃
＜Ｐ－１３８＞
殘念とは思ひながら、かうなつては何ともしやうが＃
ない。それ〴〵準備に取りかゝつた。＃
二月一日に、輪［りん］王［のう］寺［じの］宮［みや］公［こう］辨［べん］法親王が江戸城へお出＃
でになつた。綱吉は、法親王に種々御物語をしたつ＃
いでに、＃
「政治を行ふ身程つらいものはございませぬ。淺＃
野内匠の家來の事、いろ〳〵お聞及びでございま＃
せうが、何とか助ける道はないかと思ひましたけ＃
れども、左樣致しては政道が立ちませず、まことに＃
せんない事でございます。」＃
＜Ｐ－１３９＞
と、如何にも心ありげに申し上げた。佛の慈悲によ＃
つて、助ける道でもあらばといふ下心であつたらう。＃
すると法親王は、＃
「いや、御苦心の程お察し申します。」＃
と仰せられただけで、やがて御退出になつた。＃
此のうはさが世間にもれて、誰言ふとなく、＃
「法親王は、おえらいお方と承つてゐたのに、將軍家＃
のなぞがお解けにならなかつたとは。」＃
と、歎ずる者が多かつた。＃
すると、又此の事が法親王のお耳にはいつた。法＃
＜Ｐ－１４０＞
親王は左右の者に、＃
「あの話を、將軍から聞いた時程苦しい事はなかつ＃
た。もとより、將軍の心はよくわかつてゐた。自＃
分とても、彼等を法衣の袖にくるんで助けたいの＃
は山々であるが、それはかへつて彼等の心である＃
まい。散ればこそ、花は惜しまれるのだ。彼等を＃
りつぱに國法に從はせるのが、佛の大慈悲である＃
と思つて、自分はわざと將軍のなぞも解かず、その＃
まゝ退出したのである。」＃
と仰せられた。＃
＜Ｐ－１４１＞
元［げん］禄［ろく］十六年二月四日、大石内藏之助等一味の者は、＃
いさぎよく切腹して、名を後世に輝かした。　　＃
　第二十二　　開票の日　　＃
日曜日の午後である。＃
遠くでしきりに鈴の音、それと共に「號外。」といふ呼＃
聲が聞える。さうだと思ふと、僕はすぐ外へ出て見＃
た。＃
勢よく新聞屋さんが來る。其の手から、ほとんど＃
ひつたくるやうにして受取つた號外は、＃
＜Ｐ－１４２＞
「市會議員當選者決定。」＃
といふ大活字の見出しだ。僕は急いで二階へ持つ＃
て行く。すると梯［はし］子［ご］段の上から、＃
「當選者決定だらう。」＃
と、父の待ちかねた聲がする。＃
父は座にもどりながら、一わたり見て、＃
「ほう、大體うまくいつたな。わしの豫想がほとん＃
ど當つてゐる。それにしても、山川さんは今度も＃
又第一位か。千二百三十九とは、すばらしい得票＃
だな。」＃
＜Ｐ－１４３＞
とひとり言のやうに言ふ。＃
「山川さんは、どうしてそんなに何時も第一位なん＃
でせう。」＃
「いや、全くえらいからさ。教養も高いし、第一自分＃
一身を投出して、人のために盡くす人だ。市政上＃
の意見もしつかりした實にえらい人だ。」＃
父の言葉は、ほとんど感歎の聲である。＃
「おとうさんも、山川さんに投票なすつたのでせう。」＃
「いや、それは言ふべきことではない。」＃
何でも教へてくれる父が、此の事になると、何時でも＃
＜Ｐ－１４４＞
はねつけるやうにする。＃
父は少し改つた調子になつた。＃
「道雄。選擧といふものはね、これと思ふりつぱな＃
人を自分できめて、自分で投票するものです。み＃
だりに人に聞いたり、聞かれたり、いはんや人に頼＃
まれたりしてはならないものです。そんな事を＃
するやうでは、結［けつ］局［きよく］人情や欲に目がくらんで、ほん＃
たうにりつぱな人物に投票するといふ精神に反＃
することになる。これは大事なことだから、よく＃
覺えておきなさい。」＃
＜Ｐ－１４５＞
其の時、外から歸つた母が、二階へ上つて來た。＃
「たゞ今歸りました。」＃
「やあ、お歸り。」＃
「お歸りなさい。」＃
と、僕も言つた。母は號外をちら＃
と見て、＃
「まあ、當選の號外ですの。今度＃
は、みんなりつぱな方ばかりの＃
やうですね。」＃
「うん。割合うまくいつてゐる。」＃
＜Ｐ－１４６＞
「此の前、とかくのうはさのあつた人は、一人もはい＃
つてゐませんね。」＃
「あゝいふ連中が今度も出るやうでは、選擧もおし＃
まひだよ。何よりも棄［き］權［けん］者が非常に少い。選擧＃
人の自覺の現れだね。」＃
「あなたのやうに、旅行先から、わざ〳〵歸つて投票＃
なさる方もあるのですから。」＃
父は、ちよつと頭をかいて笑つた。＃
「いや、もつともつと感心なのがあつたよ。中［ちゆう］風［ぶう］で、＃
足もろく〳〵立たないおぢいさんが、おばあさん＃
＜Ｐ－１４７＞
や、若い人たちに連れられて行つてゐるのを見て、＃
わたしは思はず涙が出た。」＃
「ほんたうに感心ですね。」＃
「あゝいふ風に、みんなが選擧の義務といふことを＃
強く感じれば、選擧は自然眞劒になる。今度は其＃
の眞劒のたまものだ。」＃
夕方、父と町を散歩した時、掲示板に、當選者の名前＃
が大きく書いて張つてあつた。當選した家では、定＃
めて喜んでゐることであらう。＃
「選擧もうまくいつた。何だか降續いた雨でも、す＃
＜Ｐ－１４８＞
つかり晴上つたやうな氣がする。」＃
と、父がひとり言のやうに言つた。　　＃
　第二十三　　春淺し　　＃
沈［ちん］默［もく］の冬は去れり。しかも春なほ甚だ淺し。＃
霜はとく消えて、表面のみかさ〳〵と乾ける地面＃
より、早くも水仙・ヒヤシンスの芽の出でたるを見る。＃
其のみづ〳〵しき緑よ。ばら・楓［かへで］等の芽も、少しく紅＃
の色を増せり。＃
空はなほ冬と異ならず。さえたる青空に、小さく＃
＜Ｐ－１４９＞
斷［だん］續［ぞく］せる白雲、おもむろに西より東に向かひて移動＃
す。風寒く、天地清明にして靜かなり。時に、大工の＃
振るふ槌［つち］の音の遠く響くを聞く。＃
梅は未だ咲かず。蕾［つぼみ］おしなべ＃
て固し。されど、南を受けたる崖［がけ］＃
下など、たま〳〵白梅の數輪咲き＃
そめたるを見る。＃
冬の衰へはすでにあとを絶て＃
り。新鮮の氣天地にひそむ。＃
朝夕立ちこむるうすもやに、う＃
＜Ｐ－１５０＞
たゝ春のかすみを思ふこと切なり。　　＃
　第二十四　　熊［くま］野［の］紀行　　＃
　那［な］智［ち］　　＃
那智驛より、自動車を驅つて那智山に向かふ。山＃
腹に車をすて、石段の幾曲折をあへぎあへぎ上れば、＃
白衣の遍［へん］路［ろ］、御［ご］詠［えい］歌［か］を唱へつゝ下り來るに會ふ。＃
熊野那智神社に參拜す。後に山を負ひ、前に熊野＃
なだを望み、境内さして廣からねど、くまなくはき清＃
められて、いと神［かう］々［〴〵］し。社殿の右手に、幾百年を經た＃
＜Ｐ－１５１＞
りと思はるゝ楠［くす］の老木あり。枝葉空をおほひて、神［しん］＃
域［ゐき］に一段の森嚴を加ふ。＃
玉垣一つをへだてて相隣するは、青［せい］岸［がん］渡［と］寺なり。＃
古來那智觀音の名によりて名高く、西國第一番の札＃
所なり。＃
寺門を出で、こ＃
けむしたる坂道＃
を下りて、那智の＃
瀧の正面に立つ。＃
仰げば、百數十米＃
＜Ｐ－１５２＞
の中空より落來る瀧、初は水筋通りて見ゆれども、岩＃
に當り石に碎け、下は漠［ばく］々［〳〵］として雲の如く綿の如く、＃
美觀言語に盡くし難し。　　＃
　新宮　　＃
那智山を去つて、新宮市に至＃
る。熊野川の川口に近く、幾十＃
萬本とも知らぬ材木を浮かべ＃
たる大貯木場あり。附近には＃
大小の製材工場多く、さすがに＃
木材の集散地たるを思はしむ。＃
＜Ｐ－１５３＞
熊野速［はや］玉［たま］神社に參詣す。いはゆる新宮なり。社＃
殿は、熊野川を背にして、老杉かげ暗き所にあり。鳥＃
居をくゞりて進めば、なぎの古木あり。平［たひらの］重［しげ］盛［もり］の獻＃
ずる所と傳ふ。一枚の落葉もとゞめぬ前庭の芝［しば］生［ふ］＃
に、眞白き鳩［はと］の群遊ぶも、すが〳〵し。寶物を拜觀し＃
て、國寶の多きに驚く。　　＃
　瀞［とろ］　　＃
瀞行のプロペラ船に乘る。川舟に、發動機と、飛行＃
機のプロペラとを取附けしものなり。すさまじき＃
爆［ばく］音［おん］を立てながら、瀬といはず淵といはず、飛ぶが如＃
＜Ｐ－１５４＞
くに進む。さかのぼるに從ひて＃
山いよ〳〵秀で、水ます〳〵清し。＃
時に、名物の筏［いかだ］のいう〳〵として＃
流れ來るに會ふ。三時間にして＃
瀞の入口に達す。舟は爆音をを＃
さめ、櫓［ろ］の音始めてのどかなり。＃
兩岸の絶壁、あたかも屏［びやう］風［ぶ］を立＃
てたる如く、流はよどんで底知ら＃
ぬ青さをたゝふ。進むに從ひて現れ來る奇岩・怪石、＃
時に或は小さき瀧をかけ、或は深き岩穴を作る。四＃
＜Ｐ－１５５＞
邊靜かにして、たま〳〵野［や］猿［ゑん］の叫びを聞く。　　＃
　本宮　　＃
瀞を下り、再び熊野川をさか＃
のぼつて本宮に向かふ。＃
川原に舟をすて、行くことわ＃
づかにして、小高き山のふもと＃
に大鳥居を望む。杉の木立か＃
げ暗き石段を上れば、熊［くま］野［のに］坐［ます］神＃
社なり。うや〳〵しく神前に＃
ぬかづく。地高ければ氣もま＃
＜Ｐ－１５６＞
たすみ、いと靜かなる境内なり。＃
本宮・新宮・那智は、世に熊野三山と稱せられ、古來朝＃
野の尊信極めて厚く、行幸・御幸のありしこと、數十回＃
の多きに及べりとぞ。　　＃
　第二十五　　汽車の發明　　＃
蒸氣機關が出來たのは、二三百年も前の事であつ＃
たが、初の中は、炭［たん］坑［かう］などで水を汲上げたり、掘つた石＃
炭を地上に引上げたりすることに使用されるに過＃
ぎなかつた。＃
＜Ｐ－１５７＞
フランスのキュニョーは、これを車に取附けて走＃
らせようと企てた。これが、そも〳〵汽車といふも＃
のを造らうとした最初で、今から百＃
數十年前の事であつた。此の時出＃
來上つたのは、荷車に蒸氣機關を裝＃
置したやうなもので、速度もおそく、＃
人の歩くくらゐの速さに過ぎなか＃
つた。＃
其の後、イギリスのトレビシック＃
といふ人が、キュニョーの汽車に大＃
＜Ｐ－１５８＞
改良を加へた。それが七八人＃
の人を乘せて、ロンドンの市中＃
を走り廻つた時、市民は、始めて＃
見る地上の怪物に驚の目をみ＃
はつた。其の後、彼は更に大改＃
良を加へ、とう〳〵レールの上＃
を走る汽車を造り上げた。＃
それ以來、追々汽車の効［かう］用［よう］が＃
みとめられ、炭坑などではかなり用ひられるやうに＃
なつたが、まだ旅客や貨物を運ぶには至らなかつた。＃
＜Ｐ－１５９＞
それが今日の如く發達して、重要な交通機關となる＃
のには、一にスチーブンソンの力にまたなければな＃
らなかつた。＃
スチーブンソンも、イギリスの人であつた。家が＃
貧しかつたために、八歳の時から人にやとはれて、牛＃
や羊の番人をした。しかし、生まれつき機械の好き＃
な彼は、暇さへあれば、小さな水車を造つて小川にか＃
けたり、粘［ねん］土［ど］で汽車を造つたりして樂しんでゐた。＃
其の後、或炭坑にやとはれて、蒸氣機關を取扱ふこ＃
とになつた。彼の喜はたとへやうもなかつた。晝＃
＜Ｐ－１６０＞
は仕事をしながら、機械の組立を研究し、夜は夜學に＃
通つて一心に勉強した。さうして、よい汽車を造ら＃
うとして工夫に工夫を重ねた。＃
其の頃、イギリスの或會社で、鐵道馬車を始める企＃
があつた。スチーブンソンは、馬車の代りに、自分の＃
工夫した汽車を用ひることをすゝめた。會社でも＃
此の意見を採用して、先づ汽車の試運轉を行ふこと＃
となつた。＃
いよ〳〵其の日になつた。スチーブンソンは、息＃
子と共に機關車に乘込み、たくさんの貨物と大勢の＃
＜Ｐ－１６１＞
人を乘せて、勇ましく發車した。＃
汽車が次第に速さを増して、一＃
時間約二十粁の速度で走つた＃
時には、乘つてゐた人も見てゐ＃
た人も、其の速いのと勢のすさ＃
まじいのに驚いた。これは今＃
から百年餘り前の事であつた。＃
スチーブンソンは、其の後なほ研究を續けて、一時＃
間五十粁も走る汽車を造り上げることに成功した。＃
其の構造は、大體今日のものに似てゐる。　　＃
＜Ｐ－１６２＞
　第二十六　　「あじあ」に乘りて　　＃
九時大連發の「あじあ」に、僕は乘つた。見送りに來＃
た母が、大勢の人にまじつて見え＃
る。＃
「おかあさん、行つて參ります。」＃
僕が手を擧げると、母も擧げた。＃
車窓を開くことが出來ないので、＃
僕の此の言葉も通じないらしい。＃
母も何か言つてゐるやうだが、こ＃
＜Ｐ－１６３＞
ちらにはわからない。「あじあ」は流れるやうに動き＃
出した。僕は、春休をハルビンの叔［を］父［ぢ］の所へ遊びに＃
行くのである。一度乘つて見たいと思つた此の汽＃
車に乘れて、實に嬉しい。＃
やがて金州にさしかゝると、車掌さんが説明する。＃
「右手は大［だい］和［を］尚［しやう］山で、關東州第一の高山、左手の岡の＃
碑［ひ］は、乃木勝［かつ］典［すけ］中尉の戰死された記念碑でありま＃
す。金州城が、手に取るやうに見えませう。そゞ＃
ろに、乃木將軍の詩もしのばれるのであります。」＃
雪の少い南滿洲の畠はよく耕されて、農家がぼつ＃
＜Ｐ－１６４＞
ぼつ見える。沿線の楊［やなぎ］の木に、かさゝぎが巣を幾つ＃
もかけてゐる。僕がそれを見てゐると、＃
「何を見てゐるの。」＃
と、後から聲を掛けた者がある。ロシヤ人の女の子＃
だ。＃
「あのかさゝぎの巣を見てゐるのさ。」＃
しかし、「かさゝぎ」といふ日本語がわからないらしい。＃
「鳥の巣。」と言つたら、すぐわかつた。此の子は新京へ＃
母と歸るところで、マルタといふ名ださうだ。＃
「おかあさんは、あそこ。」＃
＜Ｐ－１６５＞
と指さした所に、緑色の上着を着たロシヤ婦人が、分＃
厚な本を讀んでゐる。＃
熊［ゆう］岳［がく］城［じやう］に近づくと、望小山が見え出した。あの山＃
の傳説を話してあげようと言へば、マルタはお晝御＃
飯をたべながら、母と一しよに聞きたいと言ふ。三＃
人は食堂車へはいつた。ロシヤ少女が、給仕をして＃
働いてゐた。＃
「昔、母と子と二人暮しの家があつた。息子は、勉強＃
のため山東へ渡つて行つた。何年かたつて、もう＃
歸つて來る頃になつたので、老母は、毎日々々望小＃
＜Ｐ－１６６＞
山に登つて待續けた。息子は、一＃
生けんめいに苦學したかひがあ＃
つて、りつぱな身分になり、いよい＃
よ故郷に歸ることになつた。と＃
ころが途中海が荒れて、息子は船＃
と共に沈んでしまつた。老母は、＃
そんなこととはつゆ知らず、風の＃
日も雪の日も待つてゐたが、遂に山の上でなくな＃
つたといふ。」＃
大石橋で始めて停車した。ホームに出ると、風が＃
＜Ｐ－１６７＞
冷たい。車掌さんが、ボーイに、「もう少し、車内の温度＃
を上げてくれたまへ。」と言ひつけてゐた。＃
北の方では二三日前に雪が降つたので、遠い山の＃
峯が白くなつてゐる。何だか空が曇つて來た。鞍［あん］＃
山［ざん］の製鋼所から茶色の煙が立ちのぼり、ほのほが勇＃
ましく見える。間もなく、遼［れう］陽［やう］の白塔が眺められた。＃
落着いた、美しい形である。太［たい］子［し］河［か］を渡る。「あじあ」＃
は防音裝置がしてあるので、外の響が車内にやかま＃
しくは聞えない。＃
「『あじあ』のスタンプを押しませんか。」＃
＜Ｐ－１６８＞
ボーイがさう言つて來たので、＃
僕は、ノートに二つ押してもら＃
つた。＃
奉天に着いた。安東・撫［ぶ］順［じゅん］・北［ぺー］＃
平［ぴん］への分岐點なので、列車が幾＃
つも止つてをり、滿人の赤帽が＃
忙しさうに荷物を運んでゐる。驛前には、馬車や自＃
動車がたくさん往き來してゐる。こゝで、兵隊さん＃
がどや〳〵と乘つた。奉天はまことに平な大都市＃
で、たゞ北［ほく］陵［りよう］の松林が小高く見えるだけである。＃
＜Ｐ－１６９＞
雲が切れて、日光がさして來た。雲はしきりに流＃
れて、早春の畠を、野を、其の影がはつて行く。「あじあ」＃
は、雲の影を追越したり追越されたりして、滿洲の大＃
平野をまつしくらに突進する。＃
四平街に着く。こゝからチヽハルへ線が分れる。＃
大きな構内には、冬になると、大豆の山が積まれるの＃
ださうだ。一人の兵隊さんが僕に、＃
「あそこの岡を知つてゐるかね。あれは公［こう］主［しゆ］嶺［れい］で、＃
昔、ロシヤのコサック兵は、あそこで教練したのだ＃
が、今は農事試驗場の羊や牛が、かけつこをしてゐ＃
＜Ｐ－１７０＞
る。」＃
と、元氣よく話しながら、日にやけた顏で笑つた。向＃
かふの農家に、滿洲國旗がひらめいてゐる。そばで、＃
滿人たちが耕作の手を休めて、こちらを眺めてゐる。＃
「汽車の影が長くなつた。」＃
と、マルタが言ふ。汽車の影だけではない。電柱の＃
影も木の影も、ずつとのびた。「あじあ」は、一氣に國都＃
新京に迫りつゝある。遠く國務院や、關東軍司令部＃
の建物が夕日に映え、新しい住宅や、街路樹があざや＃
かに見える。＃
＜Ｐ－１７１＞
兵隊さんたちは新京で下車した。僕がおじぎを＃
すると、みんな勢よく擧手をす＃
る。マルタも、おかあさんと一＃
しよに下りて行つた。急に車＃
内がさびしくなる。＃
「さやうなら。」「さやうなら。」＃
マルタは、飛上りながら手を振＃
つた。＃
日が沈むところだ。大きく＃
て、赤くて、上［しやん］海［はい］蜜［み］柑［かん］のやうだ。＃
＜Ｐ－１７２＞
夕日と僕との間には、さへぎる物一つない。明日ま＃
た、お日樣、ごきげんよう。烏の群が地上から飛上つ＃
た。薄紫の夕空には、ばら色の細かい雲がたなびい＃
た。それを見てゐたら、母を思ひ出した。さうして、＃
もうしばらく別れてゐるやうな氣がした。夕食を＃
すましてから母に手紙を書かうと思つて、食堂車へ＃
行つた。＃
食［しよく］卓［たく］には、電燈が明かるくついてゐる。ロシヤ少＃
女の給仕が僕の顏を見覺えてゐて、にこ〳〵しなが＃
ら食事を運んでくれる。どこか知らない驛に停車＃
＜Ｐ－１７３＞
した。大きな木の上に星が光つて＃
ゐる。＃
「あじあ」の印のはいつた用紙に手＃
紙を書いて、今朝押してもらつたス＃
タンプを入れて、ボーイに頼んでし＃
まふと眠くなつて來た。＃
氣がつくと、「あじあ」は何時の間に＃
か町にはいつてゐた。さうして、時＃
間表通り二十一時三十分に、ハルビ＃
ン驛にぴたりと停車した。僕が急＃
＜Ｐ－１７４＞
いで下りると、突然、＃
「やあ、よく來たね。一人でよく來たね。」＃
と、叔父の聲。僕の手は、がつしりと握られてゐた。＃
眞冬のやうに寒い夜だ。空には、半月がさえかへ＃
つてゐた。　　＃
　第二十七　　御民われ　　＃
御民われ生けるしるしあり天［あめ］地［つち］の榮ゆる時にあ＃
へらく思へば　　＃
天地の榮える此の大御代に生まれ合はせたのを＃
＜Ｐ－１７５＞
思ふと、一臣民である自分も、しみ〴〵と生きがひを＃
感ずるとよんでゐる。其の大きい、力強い調子に、古＃
代の我が國民の素［そ］朴［ぼく］な喜が、みなぎつてゐる。昭和＃
の聖代に生をうけた我等は、此の歌を口ずさんで、今＃
新なる歡喜を感ずるのである。　　＃
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散る＃
らん　　＃
のどかな春の日の光の中に、あわたゞしく散りゆ＃
く櫻の花をよんで、優美の極みである。平安時代の＃
大宮人たちは、かうした心持を心ゆくまで味はつて、＃
＜Ｐ－１７６＞
都の春を樂しんだのであつた。　　＃
箱根路をわが越えくれば伊［い］豆［づ］の海や沖の小島に＃
波のよる見ゆ　　＃
源［みなもとの］實［さね］朝［とも］は、鎌［かま］倉［くら］時代のすぐれた歌人であつた。箱＃
根山から伊豆山へ越えて行くと、彼方沖の初島に、白＃
い波が打寄せてゐるのが見えるといふ、畫のやうな＃
歌である。　　＃
敷島のやまと心を人問はば朝日ににほふ山ざく＃
ら花　　＃
さしのぼる朝日の光に輝いて、らんまんと咲きに＃
＜Ｐ－１７７＞
ほふ山櫻の花は、如何にも我がやまと魂をよく現し＃
てゐる。本［もと］居［をり］宣［のり］長［なが］は、江戸時代の有名な學者で、古事＃
記傳を大成して、我が國民精神の發揚につとめた人、＃
まことに此の人にふさはしい歌である。　　＃
一つもて君を祝はん一つもて親を祝はん二もと＃
ある松　　＃
明治時代の學者であり、歌人であつた落［おち］合［あひ］直［なほ］文［ぶみ］が、＃
元旦に門松をよんだ歌である。二本の門松の中、其＃
の一本を以て聖壽の萬歳を祝し奉り、其の一本を以＃
て親の長壽を祈らうといふ意味で、新年において我＃
＜Ｐ－１７８＞
等の抱く心持が、すら〳〵と品よくよみ出されてゐ＃
る。我等は此の歌を聲高くよんで、其の何ともいへ＃
ぬ、ほがらかな、つゝましい心を味はひたいものであ＃
る。＃
＜Ｐ－１７９＞
終　　＃
