＜出典＞５３１　　　国定読本　５期３－１
＜Ｐ－００２＞
　もくろく　＃
一　　天の岩屋………四　＃
二　　參宮だより………八　＃
三　　光は空から………十二　＃
四　　支那の春………十四　＃
五　　おたまじゃくし………二十　＃
六　　八岐のをろち………二十五　＃
七　　かひこ………三十一　＃
八　　おさかな………四十一　＃
九　　ふなつり………四十四　＃
十　　川をくだる………四十七　＃
十一　　少彦名神………五十六　＃
＜Ｐ－００３＞
十二　　田植………六十四　＃
十三　　にいさんの愛馬………六十五　＃
十四　　電車………七十　＃
十五　　子ども八百屋………七十五　＃
十六　　夏の午後………七十八　＃
十七　　日記………八十二　＃
十八　　カッターの競爭………八十八　＃
十九　　夏やすみ………九十四　＃
二十　　ににぎのみこと………九十六　＃
二十一　　月と雲………百二　＃
二十二　　軍犬利根………百六　＃
二十三　　秋………百二十二　＃
二十四　　つりばりの行くへ………百二十四　＃
＜Ｐ－００４＞
　一　　天［あめ］の岩屋　＃
天［あま］照［てらす］大［おほみ］神［かみ］は、天の岩屋へおはいりになって、岩戸をお＃
しめになりました。明かるかった世の中が、急にまっく＃
らになりました。＃
大勢の神樣が、お集りになって、＃
「どうしたら、よからうか。」＃
と、ごさうだんなさいました。＃
思ひかねの神といふちゑのある神樣が、たいそうよ＃
＜Ｐ－００５＞
いことをお考へになりました。それによって、神樣が＃
たは、いろいろなことを、なさることになりました。＃
まづたくさんの鷄を集めて、しきりにお鳴かせにな＃
りました。＃
ある神樣は、大きな鏡をお作りになりました。ある＃
神樣は、きれいな玉をたくさん作って、首かざりのやう＃
に、ひもにお通しになりました。またある神樣は、山へ＃
行って、さか木を、根のついたままほって、持っていら＃
っしゃいました。＃
＜Ｐ－００６＞
太玉のみことは、このさか木に、鏡と玉をかざって、＃
岩屋の前にお立てになりました。＃
天のこやねのみことは、岩屋の前へ進んで、のりとを＃
およみになりました。＃
天のうずめのみことは、まひをおまひになりました。＃
かづらをたすきにかけ、ささの葉を手に持って、ふせた＃
をけをだいにして、とんと＃
んふみ鳴らしながら、おも＃
しろくおまひになりました。＃
＜Ｐ－００７＞
大勢の神樣は、どっとお＃
笑ひになりました。＃
あまりおもしろさうなの＃
で、天照大神は、少しばかり＃
岩戸をおあけになって、お＃
のぞきになりました。神樣＃
がたは、さか木を、ずっと前＃
へお出しになって、鏡を＃
大神に見せておあげになりました。大神はふしぎにお＃
＜Ｐ－００８＞
思ひになって、少し戸の外へ出ようとなさいました。＃
岩戸のそばにいらっしゃった天［あめの］手［た］力［ぢから］男［をの］神は、この時＃
とばかり、さっと岩戸をおあけになりました。＃
天照大神が外へお出ましになると、世の中が、もとの＃
やうに明かるくなりました。＃
大勢の神樣は、手をうってお喜びになりました。　　＃
　二　　參［さん］宮［ぐう］だより　＃
けさ、元氣で、こちらへ着きました。＃
＜Ｐ－００９＞
まづ、外［げ］宮［くう］のおまゐりをすまして、それから、内［ない］宮［くう］へ＃
おまゐりをしました。＃
宇［う］治［ぢ］橋を渡ると、青々としたしばふがつづいて、鷄が＃
遊んでゐました。五［い］十鈴［すず］川のきれいな水で手を洗ひ、＃
口をすすぎました。すきとほった水の中に、たくさん＃
の魚が、すいすいおよいでゐました。＃
道の兩がはには、千年もたったかと思はれる大きな＃
杉の木が、立ち並んでゐました。さくさくと玉じゃり＃
をふんで、神殿の御門の前へ進みました。さうして、う＃
＜Ｐ－０１０＞
やうやしく拜みました。何ともいへない、ありがたい＃
氣がしました。＃
神殿は、外宮と同じやうに、お屋根がかやでふいてあ＃
りました。むねには、大きなかつを木が並んで、兩はし＃
に、千木が高くそびえてゐました。みんな白木づくり＃
で、金いろのかなぐが、きらきらとしてゐますが、その＃
ほかには、何のかざりもありません。まことにかうが＃
うしくて、しぜんと頭がさがりました。＃
かへりに、たいまをいただき、宇治橋の鳥居のそばで、＃
＜Ｐ－０１１＞
しゃしんをとりました。＃
方々を見物して、二見へ來ました。今夜は、ここでと＃
まります。あすは、朝早く起きて日の出を拜み、それか＃
ら、橿［かし］原［はら］神［じん］宮［ぐう］へ向かってたちます。＃
またやうすを知らせますから、たのしみにして待っ＃
ておいで。さやうなら。　　＃
四月十日　　兄から　＃
正男さんへ　＃
＜Ｐ－０１２＞
　三　　光は空から　＃
光は空から　若葉から、　　＃
明かるい、明かるい　若葉から。　　＃
天長節は　うれしいな。　　＃
花から花へ　てふがまひ、　　＃
花から花へ　はちがとぶ。　　＃
天長節は　うれしいな。　　＃
＜Ｐ－０１３＞
小鳥のおんがく　ほうほけきょ、　　＃
ちいちい、ぴぴい、ほうほけきょ。　　＃
天長節は　うれしいな。　　＃
川が流れる、野がつづく、　　＃
ふもとの町は　旗のなみ。　　＃
天長節は　うれしいな。　　＃
＜Ｐ－０１４＞
　四　　支那の春　＃
川ばたのやなぎが、すっかり青くなりました。つみ重＃
ねたどなうの根もとにも、いつのまにか、草がたくさん＃
生えました。＃
あたりは、うれしさうな小鳥の聲＃
でいっぱいです。＃
「もうすっかり春だなあ。」＃
「ここで、あんなにはげしい戰爭を＃
＜Ｐ－０１５＞
したのも、うそのやうな氣がするね。」＃
どなうの上に腰をかけて、川の流＃
れを見つめながら、日本の兵たいさ＃
んが二人、話をしてゐます。兵たい＃
さんは、今日は銃を持ってゐません。＃
てつかぶともかぶってゐません。＃
二人とも、ほんたうに久しぶりのお＃
休みで、村のはづれまでさんぽに來＃
たところです。＃
＜Ｐ－０１６＞
「兵たいさん。」＃
「兵たいさん。」＃
大きな聲で呼びながら、支那の子どもたちが、六七人や＃
って來ました。＃
「おうい。」＃
兵たいさんがへんじをすると、みんな一度に走り出し＃
ました。子どもたちといっしょに、黒いぶたや、ふとっ＃
たひつじが二三匹走って來ます。＃
兵たいさんのそばまで來ると、子どもたちは、いきな＃
＜Ｐ－０１７＞
りどなうの上にかけあがらうとして、ころげ落ちるも＃
のもあります。先にあがった子どもの足を引っぱって、＃
はねのけようとするものもあります。＃
「けんくゎをしてはいけない。」＃
「仲よくあがって來い。」＃
大きな聲で、兵たいさんがしかるやうにいひます。し＃
かし、にこにこして、うれしさうな顏です。＃
先にかけあがった子どもは、兵たいさんにしがみつ＃
きます。あとから來た子どもは、兵たいさんのけんに＃
＜Ｐ－０１８＞
つかまったり、くつにとりついたりします。＃
「これは、たいへんだ。さあ、お菓子をあげよう。向か＃
ふで遊びたまへ。」＃
「氷砂糖をあげよう。橋の上で仲よく遊びたまへ。」＃
兵たいさんたちは、ポケットから、キャラメルの箱や、氷＃
砂糖のふくろを取り出しました。＃
「わあっ。」＃
と、子どもたちは大喜びです。ぶたもひつじも、いっし＃
ょになって大さわぎです。＃
＜Ｐ－０１９＞
お菓子をもらふと、子どもたちは、おとなしく川のふ＃
ちに腰をおろしたり、ねそべったりしました。さうし＃
て、お菓子をたべながら、歌を歌ひ始めました。まだ上＃
手には歌へませんが、兵たいさんに教へてもらった「愛＃
國行進曲」です。＃
川の水は、靜かに流れてゐます。どっちから、どっち＃
へ流れるのかわからないほど、靜かに流れてゐます。＃
川の向かふは、見渡すかぎり、れんげ草の畠です。む＃
らさきがかった赤いれんげ草が、はてもなくつづいて＃
＜Ｐ－０２０＞
ゐます。＃
どこからともなく、綿のやうに白い、やはらかなやな＃
ぎの花がとんで來ます。さうして、兵たいさんのかた＃
の上にも、子どもたちの頭の上にも、そっと止ります。＃
寒い冬は、もうすっかり、どこかへ行ってしまひまし＃
た。靜かな、明かるい、支那の春です。　　＃
　五　　おたまじゃくし　＃
おたまじゃくしは、毎日、大勢の兄弟や仲間といっし＃
＜Ｐ－０２１＞
ょに、池の中を泳いでゐました。まるで、ありの行列の＃
やうに、あとからあとから、ぞろぞろとつづいて行きま＃
した。どれも、これも、まるい頭をふり、長い尾をふって、＃
元氣よく泳いでゐました。＃
おたまじゃくしは、手も足もなくて泳げるのですか＃
ら、自分たちの親が、あの四本足の蛙だらうとは、思っ＃
てゐませんでした。それよりも、ときどき池の中で見＃
かける鯉やふなが、親ではないかと思ったことがあり＃
ました。また、小さなめだかを見ると、これも、自分た＃
＜Ｐ－０２２＞
ちの仲間ではないかと、思ったこともあ＃
りました。＃
しかし、おたまじゃくしには、たくさん＃
の兄弟があるのですから、親のそばにゐ＃
なくても、ちっともさびしくはありませ＃
んでした。また、めだかや、どぢゃうなど＃
といっしょに、遊ばなくてもよいのでした。＃
春の日は、だんだん過ぎて行きました。＃
水草が青々とのび、水の上には、ときどき＃
＜Ｐ－０２３＞
とんぼがとんで來て、かげをうつすことがありました。＃
このころになると、おたまじゃくしは、尾のつけ根の＃
ところが、少しふくれて來ました。初めは、それと氣が＃
つかないほどでしたが、のちには、だんだんふくれ出し＃
て、とうとう、それが二本のかはいらしい足になりまし＃
た。＃
おたまじゃくしは、何だかおそろしいやうな、うれし＃
いやうな氣がして、わいわいさわいでゐました。さう＃
して、ときどき、水の上へ、顏を出してみたりしました。＃
＜Ｐ－０２４＞
それから、また何日かたちました。今度は、胸の兩わ＃
きが破れて、そこからも二本の足が出ました。＃
四本足になったおたまじゃくしは、尾が、だんだん短＃
くなって行きました。さうして、水の中にゐるのが、い＃
やになって來ました。水の中にゐると、何だか息がつ＃
まるやうな氣がしました。水の上へ顏を出すと、氣が＃
せいせいするやうに思ひました。＃
ある日、岸の草につかまって、池の外へ出てみました。＃
もう夏の初めでした。草が、青々と茂ってゐました。空＃
＜Ｐ－０２５＞
には、お日樣が、ぎらぎら光ってゐました。＃
あと足を曲げて、前足をついてすわったかっかうは、＃
これまでのおたまじゃくしではありませんでした。か＃
うして、陸へあがったたくさんの子蛙は、草のかげのあ＃
ちらこちらを、うれしさうにとびまはりました。　　＃
　六　　八［や］岐［また］のをろち　＃
天［あま］照［てらす］大［おほみ］神［かみ］の御弟に、すさのをのみことと申して、たい＃
そう勇氣のある神樣が、いらっしゃいました。＃
＜Ｐ－０２６＞
出［いづ］雲［も］におくだりになって、ひの＃
川にそって歩いていらっしゃる＃
と、川かみから箸［はし］が流れて來まし＃
た。みことは、「この川かみに人が＃
住んでゐるな。」とお思ひになっ＃
て、川について、だんだん山おく＃
へおはいりになりました。する＃
と、おぢいさんとおばあさんが、＃
一人の娘を中において、泣いてゐました。＃
＜Ｐ－０２７＞
「なぜ泣くのか。」＃
と、みことがおたづねになると、おぢいさんが、＃
「私どもには、もと娘が八人ございましたが、八岐のを＃
ろちといふ大［だい］蛇［じや］に、毎年一人づつ取られて、殘ったの＃
は、もうこの子だけになりました。それに、今年もま＃
た、その大蛇が出て來るころになりましたので、この＃
娘に別れるのが悲しくて、泣いてゐるのでございま＃
す。」＃
と申しました。＃
＜Ｐ－０２８＞
「いったい、どんな大＃
蛇か。」＃
「その目はまっかでござ＃
います。一つのからだに＃
頭が八つ、尾が八つ。から＃
だは、八つの山、八つの谷に＃
つづくほどで、せなかには、こ＃
けも木も生えてをります。」＃
みことは、この話をお聞きになって、＃
＜Ｐ－０２９＞
「よし、その大蛇をたいぢてやらう。強い酒をたくさ＃
んつくれ。それを、八つのをけに入れて、大蛇の來る＃
ところに並べておけ。」＃
とおいひつけになりました。＃
そのとほりに用意しました。するとまもなく、あの＃
恐しい大蛇が出て來ました。酒を見つけて、八つの頭＃
を八つのをけに入れて、がぶがぶと飲みました。＃
そのうちに、よひがまはって、大蛇は、とうとう眠っ＃
てしまひました。＃
＜Ｐ－０３０＞
みことは、劒を拔いて、大蛇を、ずたずたにお切りに＃
なりました。血が、たきのやうに出て、ひの川が、まっか＃
に流れました。＃
みことが、尾をお切りになった時、かちっと音がして、＃
劒の刃がかけました。ふしぎにお思ひになって、尾をさ＃
いてごらんになると、たいそうりっぱな劒が出て來ま＃
した。＃
「これは、たふとい劒だ。」＃
と、みことはお思ひになりました。＃
＜Ｐ－０３１＞
みことは、その劒を、天照大神におさしあげになりま＃
した。　　＃
　七　　かひこ　＃
をばさんのうちから、二眠をすましたかひこを、二十＃
匹もらって來ました。それを箱に入れて、ねえさんに見＃
せると、＃
「まあ、かはいいかひこね。でも、桑の葉をどうしたら＃
いいかしら。」＃
＜Ｐ－０３２＞
といひました。私は、かひこがほしくてたまらないの＃
で、もらって來ましたが、さういはれてみると、うちに＃
は、桑の木がないことに氣がつきました。＃
二十匹のかひこは、桑の葉をほしさうにして、動いて＃
ゐます。私は、竹田さんのところへ走って行きました。＃
あそこの畠に、桑の木があることを思ひ出したからで＃
す。＃
さっそく、桑の葉をもらって來て、箱の中へ入れてや＃
りますと、ねえさんは、＃
＜Ｐ－０３３＞
「葉が大きくて、たべにくいから、きざんでやりませう。」＃
といひました。小刀で、葉を切っ＃
てやりました。かひこは上手に＃
たべました。＃
ある朝、大雨が降りました。＃
風も吹いてゐましたが、私は、い＃
つものやうに、桑をもらってか＃
へって來ました。＃
「ぬれた葉を、かひこにやって＃
＜Ｐ－０３４＞
はいけませんよ。」＃
と、ねえさんにいはれたので、私は、桑の葉を一枚一枚て＃
いねいにふいて、かわかしてから、かひこにやりました。＃
二日ほどたつと、かひこは眠りだしました。私たち＃
なら、横になってねるのに、かひこは、頭をちゃんとあげ＃
て眠ります。それも、一日中、そのまま眠りとほすので、＃
首がつかれないだらうかと思ひました。＃
私は、早くまゆを作るところが見たいので、ねえさん＃
に、＃
＜Ｐ－０３５＞
「いつごろまゆを作るでせう。」＃
と聞くと、＃
「今、三眠ですから、もうあと一度眠っ＃
たら、まゆを作りますよ。」＃
といひました。＃
むしあつい日がつづいて、かが出るやうになりまし＃
た。ある夜、私が本を讀んでゐますと、あまりかが多い＃
ので、かとり線香をつけました。＃
そのあくる日の朝、箱をのぞいて見ると、どうしたこ＃
＜Ｐ－０３６＞
とでせう、あんなに元氣のよかったかひこが、みんな弱＃
ってゐるではありませんか。＃
私はおどろいて、ねえさんを呼びました。＃
「ゆうべ、桑をやるのを忘れませんでしたか。」＃
「いいえ、新しいのをたくさんやっておきました。」＃
「どうしたのでせうね。」＃
ねえさんも考へてゐましたが、＃
「このへやで、かとり線香をつけませんでしたか。」＃
とたづねられて、私は、はっとしました。＃
＜Ｐ－０３７＞
「ええ、ゆうべ、つけました。」＃
「あ、それですよ。かひこは、あれが大きらひですから＃
ね。」＃
「ねえさん、助るでせうか。」＃
「さあ。」＃
私は、あわてて窓をあけました。桑をもらひに行く＃
途中も、心の中で、「どうぞ、元氣になりますやうに。」と＃
いのりました。＃
つみたての桑の葉をやると、かひこは、どうやらから＃
＜Ｐ－０３８＞
だをのばすやうにして、そろそろたべ始めましたので、＃
私はほっとしました。＃
けれども、どうしても桑をたべようとしないのが、五＃
匹ゐました。そののち、だんだんやせて行って、三日め＃
には、五匹とも死んでしまひました。＃
四度めの眠りをすましたかひこは、二日三日すると、＃
からだもずっと大きくなって、桑の葉を、おいしさうに、＃
たくさんたべました。＃
そのうちに、青白かったからだが、だんだんすきとほ＃
＜Ｐ－０３９＞
って見えるやうになりました。ねえさんは、＃
「さあ、もうぢき、まゆを作りますよ。」＃
といひました。＃
ねえさんに、こしらへてもらったわらのおうちを、箱＃
の中へ入れてやると、かひこは、靜かにはひあがって來＃
て、「さて、どこにまゆを作らうかな。」といふやうなやう＃
すをしました。＃
かひこは、糸をはき出しました。目に見えないやう＃
な細い糸を、さかんに口から出して、自分のからだのま＃
＜Ｐ－０４０＞
はりを包んで行きました。＃
「あんな青い桑の葉をたべて、よく、こんな白い糸が出＃
て來るものですね。」＃
と、ふしぎに思っていひますと、ねえさんも、＃
「ほんたうにね。」＃
といひました。＃
初めは、うすい、うすい紙のやうなまゆでしたが、そ＃
れが、だんだんあつみをもって來て、かひこは、まゆの＃
中に、かくれて見えなくなりました。＃
＜Ｐ－０４１＞
ある日、竹田さんが遊びに來ました。私が、かひこの＃
箱を見せますと、＃
「あら、きれいなまゆができましたね。」＃
と、感心したやうにいひました。　　＃
　八　　おさかな　＃
皿のおさかな、　　＃
どこから來たの。　　＃
皿のおさかな、　　＃
＜Ｐ－０４２＞
海から來たの。　　＃
海はひろびろ　　＃
なみの底、　　＃
たひやかつをが　　＃
ゐたでせう。　　＃
こんぶの林が　　＃
あるでせう。　　＃
＜Ｐ－０４３＞
わかめの野原が　　＃
あるでせう。　　＃
皿のおさかな、　　＃
もう一度、　　＃
泳ぐところが　　＃
見たいなあ。　　＃
＜Ｐ－０４４＞
　九　　ふなつり　＃
「このへんが、つれさうだね。」＃
と、にいさんが、小川をのぞきこんでいひました。＃
水草が、たくさん生えてゐました。きっと、魚がかく＃
れてゐるにちがひありません。私たちは、急いでつり＃
のしたくをしました。＃
にいさんが、ひゅっと、つり竿をふると、つり糸が、空＃
に大きなわをゑがきました。ぽんと音をたてて、うき＃
＜Ｐ－０４５＞
が水の上へ落ちると、波のわが、だ＃
んだん大きくひろがりました。に＃
いさんと並んで、私もつり始めま＃
した。＃
二人は、じっと、うきを見つめま＃
した。＃
あたりは靜かで、ときどき、川か＃
みの板橋の上を通る荷車のひびき＃
だけが、聞えて來ます。＃
＜Ｐ－０４６＞
ぴく、ぴく、ぴく――にいさんのうきが動きました。＃
にいさんは、あわてて引きあげました。＃
「なんだ、ゑさを取られたのか。」＃
と、つまらなささうに笑ひました。＃
空の雲が水にうつって、うきのそばを、ゆっくり流れ＃
て行きます。＃
ぐぐ、ぐぐっと、今度は私のうきが、水の中へ引きこ＃
まれました。強い手ごたへが、つり竿をつたはって來＃
ました。はっと思って引きあげようとすると、重くて＃
＜Ｐ－０４７＞
なかなかあがりません。つり糸がぴんとはって、つり＃
竿の先が、おじぎをするやうに、しきりに動いてゐます。＃
「五郎、おちついてあげるんだよ。」＃
と、にいさんがいひました。＃
にいさんと二人で、氣をつけながら引きあげると、大＃
きなふなが、水ぎはでぴちぴちはねて、うろこがきらき＃
らと光りました。　　＃
　十　　川をくだる　＃
＜Ｐ－０４８＞
私は、一度、川にそって川口まで行ってみたいと思っ＃
てゐました。＃
おとうさんが、許してくださったので、きのふの日曜＃
日に、にいさんと二人で出かけました。＃
朝つゆにしめった小道を通って行くと、川の岸へ出＃
ました。＃
流れが急で、白い波が、石と石との間にわき返ってゐ＃
ました。＃
岸は、青葉でおほはれてゐますが、ところどころに、＃
＜Ｐ－０４９＞
つつじの赤い花が咲いてゐました。にいさんといっしょ＃
に、唱歌を歌ひました。すると、川の音も、同じ唱歌を＃
歌ってゐるやうに聞えました。＃
茂った竹やぶがあって、しばらく川が見えなくなり＃
ましたが、「ド、ド、ド、ド。」＃
といふ水の音が聞えて來＃
ました。川が、たきになっ＃
て落ちてゐるのでした。＃
ときどき、流れがゆる＃
＜Ｐ－０５０＞
やかになって、青々と水をたたへてゐました。川原の＃
石の上を、せきれいがとんでゐました。＃
しばらく行くと、向かふの岸から、小川が流れこんで＃
來ました。こちらの岸からも、小川がそそぎこんでゐ＃
ます。ちゃうど親の手に、子どもがすがりつくやうで＃
した。＃
まもなく、川の近くにある停車場に着きました。汽＃
車が來たので、それに乘りました。汽車が走り出すと、＃
すぐトンネルにはいりました。出ると、高いところを＃
＜Ｐ－０５１＞
走ってゐるので、川は、ずっと下の方に見えました。＃
だんだん兩岸が開けて來て、川はばが廣くなりまし＃
た。ところどころに中洲があって、小さな木が生えてゐ＃
ました。川はおだやかになって、音もなく流れてゐま＃
す。＃
汽車が鐵橋を渡ると、今まで左手を流れてゐた川が、＃
右手を流れて、日の光をあびて、まぶしいほど光りまし＃
た。＃
村のふみきりを通る時、子どもがこちらを見て、ばん＃
＜Ｐ－０５２＞
ざいをしてゐました。＃
渡し場がありました。船頭さんが、＃
舟をこいでゐました。舟には、子牛も＃
乘ってゐました。＃
汽車が止ったので、私たちはおりま＃
した。＃
今度は、そこから馬車に乘って、川口＃
の町まで行くことにしました。＃
「ポポー。」と、ラッパを鳴らしながら、川岸の道を走っ＃
＜Ｐ－０５３＞
て行きました。そのへんは麥畠で、麥のほが出そろっ＃
て、一めん黄色くなってゐました。＃
川の向かふ側に、工場があって、高いえんとつから、＃
茶色な煙が出てゐました。川の水は、すんではゐませ＃
んが、青い空をうつしながら、ゆっくりと流れて行きま＃
す。＃
町の入口で、私たちは馬車をおりました。あみを干＃
してあるのが、あちこちに見えました。車にかつをを＃
たくさんつんで、ゐせいよく引いて行くのに出あひま＃
＜Ｐ－０５４＞
した。＃
町を通りぬけて、川口に近い＃
岸に立つと、海が見えました。＃
舟が、何ざうもつながれてゐま＃
した。川の水は、ここで海へ流＃
れこんでゐます。＃
頭のすぐ上を、かもめが、五六＃
羽とんで行きました。いその香＃
をふくんだ風が、そよそよと吹＃
＜Ｐ－０５５＞
いてゐました。＃
その夜、私は、次のやうなことを書いて、おとうさん＃
にお目にかけました。＃
川は、初め走って流れてゐました。＃
白い波をたてて、走ってゐました。＃
つかれると、ときどき木かげに休んだり、さうかと思＃
ふと、急に高いところからとびおりたりします。＃
小さな川と、仲よく手をつないで、川は、いつのまに＃
か大きくなります。＃
＜Ｐ－０５６＞
きらきらと光って笑ったり、青くすんで、じっと考へ＃
こんだりします。＃
川にも、いろいろな心持があるやうに思ひました。　　＃
　十一　　少［すくな］彦［ひこ］名［なの］神　＃
大國主神が、出［いづ］雲［も］の海岸を歩いていらっしゃいます＃
と、波の上に、何か小さな物が浮かんで、こっちへ近寄っ＃
て來ました。＃
「何だらう、あれは。」＃
＜Ｐ－０５７＞
と、大國主神は、お供の者におっしゃいましたが、お供＃
の者にもわかりませんでした。＃
だんだん近寄って來るのを、よく見ると、豆のさやの＃
やうな物を舟にして、それに何か乘ってゐました。＃
「豆のさやに、虫が乘ってゐます。」＃
と、お供の者が申しました。＃
しかし、虫ではありませんでし＃
た。虫の皮を着物にして着ていら＃
っしゃる、小さな神樣でありました。＃
＜Ｐ－０５８＞
大國主神は、＃
「小さな神樣だなあ。いったい、何といふお方だらう。」＃
と、おっしゃいますと、お供の者は、＃
「こんな小さな神樣を、私は、見たことも、聞いたこと＃
もございません。」＃
と申しました。＃
「あなたは、どなたですか。」＃
と、大國主神は、その神樣に、おたづねになりましたが、＃
へんじをなさいません。＃
＜Ｐ－０５９＞
その時、ひょっこり出て來＃
たのは、ひきがへるでありま＃
した。大國主神は、＃
「おお、ひきがへる、よいとこ＃
ろへ來た。おまへは、方々＃
へ出歩いて、何でもよく知＃
ってゐるが、この小さなお方＃
の名を知らないか。」＃
ひきがへるは、目をぱちくり＃
＜Ｐ－０６０＞
させながら、＃
「いや、ぞんじません。きっと、あのもの知りのかかし＃
が、知ってゐるでございませう。」＃
と申しました。＃
かかしは、田の中に立って、四方を見てゐるので、何＃
でもよく知ってゐました。大國主神は、かかしに向か＃
って、＃
「おうい、おまへは、この小さなお方を知ってゐるか。」＃
すると、かかしは、＃
＜Ｐ－０６１＞
「それは、少彦名神といふ神樣でございます。からだ＃
は小さいが、たいそうちゑのあるお方でございます。」＃
と答へました。＃
大國主神は、たいそうお喜びになって、少彦名神を、＃
おうちへおつれになりました。＃
二人は、兄弟のやうに仲よくなさいました。心を合＃
はせて、野や山を開いて田や畠にしたり、道をつけたり、＃
川に橋をかけたりなさいました。人間や、牛や、馬の病＃
氣も、おなほしになりました。＃
＜Ｐ－０６２＞
ある日、少彦名神は、おっしゃい＃
ました。＃
「私は、いつまでも、ここにゐるわ＃
けにはいきません。これで、おい＃
とまいたします。」＃
大國主神は、おどろいて、＃
「どうして。どこへおいでになる＃
のですか。」＃
「遠いところへ行きます。」＃
＜Ｐ－０６３＞
「何しに行くのです。」＃
「新しい國を開きに。」＃
かういひながら、少彦名神は、あはの莖につかまって、す＃
るすると、おのぼりになりました。すると、一度しなっ＃
たあはの莖が、はね返るひゃうしに、小さな神樣のおか＃
らだは、ぽんと空へとびあがりました。＃
「さやうなら。」＃
と一聲おっしゃったまま、少彦名神は、もうお姿が見え＃
なくなってしまひました。　　＃
＜Ｐ－０６４＞
　十二　　田植　＃
そろた、出そろた、　　＃
さなへが　そろた。　　＃
植ゑよう、植ゑましょ、　　＃
み國のために。　　＃
米はたからだ、たからの草を、　　＃
植ゑりゃ、こがねの花が咲く。　　＃
＜Ｐ－０６５＞
そろた、出そろた、　　＃
植ゑ手も　そろた。　　＃
植ゑよう、植ゑましょ、　　＃
み國のために。　　＃
ことしゃ　ほう年、穗に穗が咲いて、　　＃
みちの小草も　米がなる。　　＃
　十三　　にいさんの愛馬　＃
國男、今日は、軍隊の馬のことを知らせてあげよう。＃
＜Ｐ－０６６＞
毎朝、にいさんたちは、きっと馬屋へ行く。馬屋には、＃
それぞれ受持の馬が、ちゃんと待ってゐるからだ。＃
馬屋へ行って、馬をねどこから外へつれ出し、ひづめ＃
を洗ひ、鐵で作ったくしとはけで、馬のからだをこすっ＃
て、きれいにしてやる。すると、馬は、おとなしくじっと＃
してゐる。氣持がよくて、うれしいのだらう。＃
入營したてのころは、馬のそばへ近寄ることが、こは＃
かった。「オーラ、オーラ。」といひながら、こはごは馬に＃
近づく。馬は、おとなしくしてゐる。それでも、馬の足＃
＜Ｐ－０６７＞
をかかへて、ひづめを＃
水で洗ってやるのには、＃
なかなか勇氣がいった。＃
もう、今では、なれてし＃
まって、そんなことは＃
何でもなくなってしまった。＃
あたたかい馬のからだや、すべすべした、やはらかい＃
毛なみにさはると、もう、手入れをしないではゐられな＃
い。自分の馬が、ほかの馬にくらべて、少しでもきたな＃
＜Ｐ－０６８＞
いと、何だか馬にすまない氣がする。それで、手入れに＃
むちゅうになるのだ。＃
これほど、毎日馬をかはいがってやると、馬の方でも、＃
ちゃんとにいさんをおぼえてしまふ。「ヒヒン。」とない＃
て、大きな目で、じっとにいさんを見つめる。＃
國男のすきなうちの犬を、「しろ、しろ。」と呼ぶと、し＃
ろが尾をふってとんで來るやうに、にいさんの愛馬安＃
友も、「やす、やす。」といってやると、いかにもうれしさ＃
うに前足をあげて、かるく地面をたたく。かうなると、＃
＜Ｐ－０６９＞
もう馬ではなくなって、まったくの友だちになってし＃
まふ。だから、自分のかはいがった馬のことは、いつま＃
でも忘れられないで、お正月には、馬にあてて、年賀状＃
をよこす兵隊さんもあるさうだ。＃
にいさんは、いつも、腰にふくろをさげてゐる。愛馬＃
ぶくろといって、その中には、馬のだいすきなにんじん＃
がはいってゐるのだ。＃
いつか國男にも、にいさんの愛馬を、ぜひ見せたいと＃
思ってゐるが、その時は、きっと、にんじんを忘れないや＃
＜Ｐ－０７０＞
うに頼むよ。　　＃
　十四　　電車　＃
にいさんと、電車に乘りました。＃
人がいっぱい乘ってゐて、あいてゐる席は、一つもあ＃
りませんでした。私が、にいさんと並んで立ってゐます＃
と、すぐ前に掛けてゐたよそのをぢさんが、私の顏を見＃
ながら、＃
「ぼっちゃん、ここへお掛けなさい。」＃
＜Ｐ－０７１＞
といって、立ってくださいました。私は、＃
「いいんです。ぼく、立ってゐますから。」＃
といひましたが、をぢさんは、＃
「いや、わたしは、もうぢきおりますから、＃
かまはずに、お掛けなさい。」＃
といひながら、あっちへ行きかけました。＃
「どうも、ありがたう。」＃
と、にいさんがいひました。＃
「ありがたう。」＃
＜Ｐ－０７２＞
と、私もいひました。＃
「せっかく、あけてくださったのだ。おまへ、お掛け。」＃
と、にいさんがいひましたから、私は掛けました。＃
次の停留場へ來た時、をぢさんは、そこでおりるのか＃
と思ったら、おりませんでした。＃
それから、二つ三つ停留場を過ぎて、表町まで來ます＃
と、人がたくさんおりて、席があきました。をぢさんも、＃
ここでおりました。にいさんは、私のそばへ掛けまし＃
た。＃
＜Ｐ－０７３＞
しかし、入れ代りに、大勢＃
の人が、どやどやとはいっ＃
て來ました。席はみんなふ＃
さがった上に、立ってゐる人＃
も、たくさんありました。＃
いちばんあとからはいっ＃
て來たのは、七十ぐらゐの＃
おばあさんと、赤ちゃんを＃
おぶったをばさんとでした。＃
＜Ｐ－０７４＞
すると、にいさんが、小さな聲で、＃
「立たう。」＃
といひました。＃
おばあさんとをばさんが、ちゃうど私たちの前へ來＃
た時、私たちは、すぐ立って、席をゆづりました。二人は＃
喜んで、＃
「どうも、ありがたうございます。」＃
といひながら、ていねいにおじぎをして、掛けました。＃
電車は、また動きだしました。　　＃
＜Ｐ－０７５＞
　十五　　子ども八［や］百［ほ］屋［や］　＃
子どもの車だ、　　＃
八百屋の車だ、　　＃
子どもの買出し。　　＃
押せ押せ、車を、　　＃
よいしょ、よいしょ。　　＃
おとうさんは出征、　　＃
＜Ｐ－０７６＞
おかあさんと四人で、　　＃
八百屋だ、毎日。　　＃
押せ押せ、車を、　　＃
よいしょ、よいしょ。　　＃
くに子も、ひさ子も、　　＃
あと押し頼むぞ。　　＃
にいさん、しっかり。　　＃
押せ押せ、車を、　　＃
＜Ｐ－０７７＞
よいしょ、よいしょ。　　＃
きうりも、おなすも、　　＃
かぼちゃも、トマトも、　　＃
にこにこしてます。　　＃
押せ押せ、車を、　　＃
よいしょ、よいしょ。　　＃
おかあさんが待ってる。　　＃
＜Ｐ－０７８＞
お客も待ってる。　　＃
急いで、かへらう。　　＃
押せ押せ、車を、　　＃
よいしょ、よいしょ。　　＃
　十六　　夏の午後　＃
「ジーッ。」と、せみが鳴きだした。＃
ぼくは、はだしで庭へ出た。せみは、桐の木で鳴いて＃
ゐる。そっと行って見ると、一メートル半ぐらゐの高さ＃
＜Ｐ－０７９＞
のところに、あぶ＃
らぜみが一匹止っ＃
てゐる。せいのび＃
して、手をのばし＃
てみたが、だめだ。＃
ぼくの手先より二十センチも高い。取れないと思ふと、＃
くやしくなって、木の幹をとんとたたく。せみは、びっ＃
くりしたやうに、「ジジ。」と聲をたてて、とんで行った。＃
井戸ばたへ行って、足を洗った。ざあっと、つめたい＃
＜Ｐ－０８０＞
水をかけると、いい氣持だ。げたをはいて、うらの畠へ＃
行ってみる。＃
なすも、きうりも、みんな暑さうにぐったりしてゐる。＃
きうりにそへて立ててある竹に、とんぼが止ったり、は＃
なれたりしてゐる。＃
畠のすみの日まはりは、＃
暑い日をいっぱい受けて、＃
金のお皿のやうなのが、三＃
つ咲いてゐる。今では、ぼ＃
＜Ｐ－０８１＞
くよりもずっとせいが高いが、これもぼくが植ゑたの＃
だと思ふと、何だかかはいい氣がする。＃
暑い、暑い。うちへかへって、えんがはに腰を掛けて＃
ゐると、川で、だれか遊んでゐるらしい。樂しさうな聲＃
が聞えて來る。さうだ、ぼくも行ってみよう。＃
「おかあさん、川へ行ってもようございますか。」＃
と大きな聲で聞いてみると、＃
「あぶないから、よく氣をおつけなさい。」＃
と、あちらでおかあさんの聲がした。＃
＜Ｐ－０８２＞
ぼくは、帽子をかぶって、いちもくさんに走って行っ＃
た。　　＃
　十七　　日記　＃
　七月十六日　　月曜日　　晴　＃
朝起きると、おとうさんは、もう庭の＃
朝顏のせわをしてゐられた。＃
「ほうら、こんな大きな、赤い花が二つ＃
咲いた。」＃
＜Ｐ－０８３＞
と、にこにこ顏。＃
學校では、三時間めに、三年生以＃
上の合同體操があった。暑い夏の＃
日が、かんかんてりつける中で、行＃
進をしたり、かけ足をしたり、體操＃
をしたりした。　　＃
　七月十七日　　火曜日　　晴　＃
けさは、朝顏が三つ咲いてゐた。＃
水色が二つに、赤が一つ。＃
＜Ｐ－０８４＞
學校では、四時間めに、共同作業をした。ぼくたちは、＃
校舍のうらの草をむしった。先週の金曜日に拔いたの＃
に、もうのびた草がだいぶある。一本一本きれいに拔い＃
た。とし子さんが「きゃっ。」といったので、見ると大きな＃
みみずがゐる。先生が、＃
「みみずぐらゐに、どうしてそんな聲をたてるのです。」＃
とお笑ひになった。　　＃
　七月十八日　　水曜日　　くもり　＃
くもってゐたせゐか、朝からむし暑かった。朝顏は、＃
＜Ｐ－０８５＞
二つ咲いてゐた。赤一つ、白一つ。＃
三時間めの合同體操の時は、汗でべとべとした。夏は、＃
かんかんとてった方が、氣持がいいと思った。＃
夕はんがすんでから、おかあさんと、＃
ねえさんと、ぼくと三人で、えん日へ＃
行って、すず虫を買ってかへった。ね＃
る時には、涼しさうな聲で鳴いてゐた。　　＃
　七月十九日　　木曜日　　晴　＃
朝起きると、すぐすず虫を見た。元氣なので、安心し＃
＜Ｐ－０８６＞
た。きうりを少しやった。＃
學校からかへってみると、戰地の兵隊さんから、はが＃
きが來てゐた。この前、ゐもんぶくろと、ゐもん文を送＃
ったので、そのへんじであった。送ってあげたつりだう＃
ぐで、魚をつるのが樂しみだと書いてあった。　　＃
　七月二十日　　金曜日　　晴　＃
今日は、海の記念日である。＃
朝禮の時間に、ラジオでも、そのお話があった。教室＃
で、先生から、＃
＜Ｐ－０８７＞
「今日が、どうして海の記念日になったのでせう。」＃
と聞かれた時、＃
「明治九年の今日、明治天皇が、明治丸といふ帆前船で、＃
北海道から、横［よこ］濱［はま］へおかへりになったからです。」＃
と、朝ごはんの時、ねえさんから聞いたことをお答へし＃
た。＃
ラジオは、一日中、海のお話や、音樂で、にぎやかであ＃
った。　　＃
＜Ｐ－０８８＞
　十八　　カッターの競爭　＃
今日は、海の記念日で、海軍のカッターの競爭があり＃
ました。＃
夏の空は、からりと晴れて、白いかもめが、海の上を、＃
すいすいとんで行きます。青い波の上に、赤・白・黄・み＃
どりの旗が浮かんでゐます。カッターの競爭の出發線＃
です。沖の方にも、同じやうな旗が小さく見えます。＃
海岸も軍艦の上も、おうゑんの水兵さんたちで、いっぱ＃
＜Ｐ－０８９＞
いです。＃
「おまへたちは、この軍艦を代表して、競爭するのだ。＃
今日こそ、日ごろきたへた力を、ためすことができる。＃
みんな心を合はせて、一生けんめい、たふれるまでこ＃
ぐのだぞ。」＃
といふ艦長のことばにはげまされて、白組十三人の選＃
手は、カッターに乘りうつりました。日にやけた、まっ＃
黒な顏に、白いはちまきをしっかりしめてゐます。艇［てい］＃
長［ちやう］が、＃
＜Ｐ－０９０＞
「かい、ひたせ。」＃
と號令を掛けると、＃
「オー。」＃
と、掛聲勇ましく、かいをいっせいに水にひたします。＃
やがて、「ザ、ザ、ザー。」と、力強く水をかきますと、あの太＃
いかいが、弓のやうに曲りました。＃
出發線に、四さうのカッターが並びました。用意のラ＃
ッパが鳴りました。「ドン。」と出發のあひづです。＃
カッターは、いっせいにこぎ出しました。十二本の＃
＜Ｐ－０９１＞
かいは、まるで一本のかいの＃
やうに、きちんとそろひま＃
す。一かきごとに、ぐんぐん＃
早さをまして進みます。は＃
く手が、あらしのやうに起り＃
ました。＃
カッターは、だんだん遠ざ＃
かって、小さくなりました。＃
旗を立てた船が、たくさん出＃
＜Ｐ－０９２＞
てゐて、しきりにおうゑんをしてゐます。＃
沖の旗をまはって、四さうのカッターは、だんだん、こ＃
ちらへ近づいて來ました。＃
決勝線まで、わづか二百メートルぐらゐになりまし＃
た。まだ勝ち負けはわか＃
りません。選手は、力いっ＃
ぱいこいでゐます。艇長＃
は、大きな掛聲で、選手を＃
はげましてゐます。最後＃
＜Ｐ－０９３＞
の百メートルといふところで、白が、ぐいぐい出て來ま＃
した。＃
はく手が、さかんに起りました。＃
「ドン。」＃
決勝を知らせる銃の音がしました。＃
白が勝ったのです。＃
白のカッターからは、さっと、かいがいっせいに立ち＃
あがりました。十三人の選手の顏は、にこにことうれ＃
しさうでした。　　＃
＜Ｐ－０９４＞
　十九　　夏やすみ　＃
あすからうれしい夏やすみ、　　＃
まぶしく晴れた大空に、　　＃
ま白な雲が浮いてゐる。　　＃
あすからうれしい夏やすみ、　　＃
山べに野べに白ゆりが、　　＃
ゆめ見るやうに咲いてゐる。　　＃
＜Ｐ－０９５＞
あすからうれしい夏やすみ、　　＃
まき場のこまが朝風に、　　＃
いななきながら呼んでゐる。　　＃
あすからうれしい夏やすみ、　　＃
大波小波うち寄せて、　　＃
海がわたしを待ってゐる。　　＃
＜Ｐ－０９６＞
　二十　　ににぎのみこと　＃
天［あま］照［てらす］大［おほみ］神［かみ］は、ににぎのみことに、＃
「日本の國は、わが子わが孫、その子その孫の、次々に＃
お治めになる國であります。みことよ、行ってお治め＃
なさい。おだいじに。天皇の御位は、天地のつづくか＃
ぎり、いつまでもさかえませうぞ。」＃
と仰せになりました。さうして、御鏡に、御玉と、御劒を＃
おそへになって、みことにお渡しになりながら、＃
＜Ｐ－０９７＞
「この鏡は、わがみたまとして、だいじ＃
におまつりなさい。」＃
と仰せになりました。ににぎのみこと＃
は、つつしんでお受けになりました。＃
大勢の神樣が、お供をなさることにな＃
りました。いよいよおたちといふ時、先＃
發の者が、急いでかへって來て、＃
「下界へ行く途中に、恐しい男が、道を＃
ふさいで立ってをります。せいも高う＃
＜Ｐ－０９８＞
ございますが、鼻が恐しく高く、目は、鏡のやうでござ＃
います。その上、からだ中から光を出して、天も地も、＃
明かるいほどでございます。」＃
と申しました。＃
天照大神は、このことをお聞きになって、＃
「それは何者であらう。天［あめ］のうずめ、たづねてまゐれ。」＃
とおいひつけになりました。＃
天のうずめのみことは、しっかりした、しかもおもし＃
ろいお方でありました。行ってごらんになると、なるほ＃
＜Ｐ－０９９＞
ど相手は恐しさうな男です。うずめのみことは、わざ＃
と、おどけたやうすをして、お笑ひになりました。する＃
と、その恐しい男がい＃
ひました。＃
「おまへはだれだ。ど＃
うして、そんなに笑＃
ふのか。」＃
「おそれ多くも、皇孫＃
ににぎのみことのお＃
＜Ｐ－１００＞
通りになる道を、ふさいで立ってゐるあなたこそ、だ＃
れです。」＃
と、うずめのみことは、お問ひ返しになりました。＃
相手は、急にやうすをかへて、＃
「いや、私は、皇孫がおいでになると承って、ここへお迎＃
へに出てゐる者です。私が御案内いたします。私の＃
名は、猿［さる］田［た］彦［ひこ］と申します。」＃
といひました。＃
うずめのみことは、かへってこのことを申しあげまし＃
＜Ｐ－１０１＞
た。＃
ににぎのみことは、天照大神に、おいとまごひをなさ＃
って、大空の雲をかき分けながら、勇ましくおくだりに＃
なりました。猿［さる］田［た］彦［ひこの］神が、先に立って、御案内申しあげ＃
ました。＃
ににぎのみことは、日［ひう］向［が］の高［たか］千［ち］穗［ほ］の峯におくだりに＃
なりました。さうして、天照大神のおことばどほりに、＃
日本の國をお治めになりました。　　＃
＜Ｐ－１０２＞
　二十一　　月と雲　＃
月夜の晩、子どもたちが五六人集って、かげふみをし＃
て遊んでゐました。＃
そのうちに、月に雲がかかりました。月は、雲にはい＃
ったかと思ふと、すぐ出、出たかと思ふと、すぐまたは＃
いります。かうなっては、かげふみもできません。子ど＃
もたちは遊ぶことをやめて、しばらく月を見てゐまし＃
た。＃
＜Ｐ－１０３＞
すると、一人の子どもがいひました。＃
「あれは、お月樣が走ってゐるのだらうか、雲が走って＃
ゐるのだらうか。」＃
月は、今、雲から出て、大急ぎではなれて行きます。＃
さうして、次の雲の方へ、どんどん走って行きます。＃
「お月樣が走ってゐるのだよ。」＃
と、一人の子どもがいひました。＃
しかし、じっと月を見つめてゐますと、月は動かない＃
で、雲が大急ぎで飛んで行くやうに見えます。＃
＜Ｐ－１０４＞
「お月樣ではない。走ってゐるのは雲だ。」＃
といふ子どもがありました。＃
しばらくは、「月が走る。」「雲が走る。」と、たがひにいひ＃
はってゐました。＃
みんながわいわいいふのを、初めからだまって聞い＃
てゐた一人の子どもがありました。その子どもは、こ＃
の時、みんなからはなれて、前の方にある木のそばへ行＃
きました。さうして、しばらく枝ごしに月を見てゐま＃
したが、＃
＜Ｐ－１０５＞
「ここへ來たま＃
へ。雲が走る＃
か、お月樣が＃
走るか、よく＃
わかるよ。」＃
といひました。みんなは、木のそばへ來ました。＃
「ここに立って、お月樣を、枝の間から見たまへ。」＃
と、その子どもがいひました。＃
そのとほりに、みんながしてみました。すると、月は＃
＜Ｐ－１０６＞
枝の間にじっとしてゐますが、雲はさっさと走って行＃
きます。＃
「わかった、わかった。走ってゐるのは雲だ、雲だ。」＃
と、みんながいひました。　　＃
　二十二　　軍犬利［と］根［ね］　＃
　一　＃
利根は、小さい時、文子さんのうちで育てられた、勇＃
ましい軍犬です。＃
＜Ｐ－１０７＞
文子さんが、ちゃうど三年生になったばかりのころ、＃
をぢさんのうちから、子犬を一匹もらって來ました。そ＃
の親が、軍犬として、戰地ではたらいてゐると聞いた文＃
子さんは、もらった子犬も、りっぱな軍犬にしてみたい＃
と思ひました。＃
子犬には、利根といふ名をつけました。それは、をぢ＃
さんの家のそばを流れてゐる、大きな川の名を取って、＃
おとうさんがおつけになったのです。＃
文子さんのうちでは、みんな犬がすきでした。利根の＃
＜Ｐ－１０８＞
來るずっと前にも、犬をかってゐた＃
ことがあるので、文子さんは、ほん＃
たうによく、利根をかは＃
いがりました。朝夕、か＃
らだの毛をすいたり、き＃
れでからだをふいてやっ＃
たりしました。毎日、きまったや＃
うに、運動をさせてやりました。たべものにもよく氣＃
をつけて、間食などは、できるだけさせないやうにしま＃
＜Ｐ－１０９＞
した。おかげで、利根は、子犬のよくかかる病氣にもな＃
らないで、すくすくと育ちました。＃
利根はかしこい犬でしたから、文子さんに教へられ＃
ると、「おあづけ。」でも、「おすわり。」でも、すぐおぼえまし＃
た。文子さんは、利根がどこへでもついて來るので、か＃
はいくてたまりませんでしたが、ただ學校へ行く時、何＃
べん追ひかへしても、あとからついて來るのには困り＃
ました。＃
文子さんは、をぢさんに聞いて、利根に「待て。」を教へ＃
＜Ｐ－１１０＞
ました。子犬ですから、これは、なかなか聞きませんで＃
したが、決してしかったり、たたいたりしないで、少し＃
でもできると、頭をなでてほめてやりました。のちに＃
は、文子さんが學校へ行く時、とんで來ても、＃
「すわれ。」「待て。」＃
といひますと、行儀よくすわって、お見送りをするやう＃
になりました。＃
かうして、その年の秋も過ぎ、冬の初めになりますと、＃
利根は、もう子犬ではありませんでした。近所の、どの＃
＜Ｐ－１１１＞
犬よりも大きく見えました。三年生＃
の文子さんがつれて歩いてゐるのに、＃
向かふから來る人は、大人でも、遠く＃
からよけて通るほど、強さうな犬に＃
なりました。＃
お正月が來るとまもなく、文子さ＃
んがねがってゐたやうに、利根は、軍隊の軍犬班［はん］へ、はい＃
ることになりました。＃
出發の前の晩、文子さんは、利根にたくさんごちそう＃
＜Ｐ－１１２＞
をしてやりました。自分の育てた犬が、いよいよ軍犬＃
になるのだと思ふと、うれしくてたまりませんが、別れ＃
るのは、ほんたうにつらいと思ひました。＃
文子さんは、日の丸の小さな旗を作って、利根の首に＃
つけ、寒い日の朝、おかあさんといっしょに、停車場ま＃
で見送ってやりました。　　＃
　二　＃
それからのち、利根のかかりの兵隊さんから、ときど＃
き、利根のやうすを知らせて來ました。文子さんも、手＃
＜Ｐ－１１３＞
紙を出しました。＃
文子さんが、四年生＃
になった秋のころ、兵隊＃
さんから、次のやうな＃
手紙が來ました。＃
利根は、たいそうりっぱな軍犬になりました。高い＃
しゃうがいをわけもなくとびこえます。腹を地につ＃
けて、ふせをしたり、川を泳いで渡ったり、遠くにか＃
くしてある手ぶくろを、すばやくさがしあてたりし＃
＜Ｐ－１１４＞
ます。もう、軍犬のすることは、どの犬にも負けない＃
で、りっぱにやりとげます。＃
あなたから手紙が來ると、それを、利根に見せてやり＃
ます。利根は、なつかしさうに、にほひをかぎながら＃
目の色をかへて喜びます。あなたが、かはいがって＃
ゐられたのと同じ氣持で、私も、利根を一生けんめい＃
で育ててゐます。どうぞ、安心してください。　　＃
　三　＃
それから半年ほどたって、ちゃうど、文子さんが五年＃
＜Ｐ－１１５＞
生になったころ、利根は、勇ましく北支那へ出征しまし＃
た。＃
りかうな利根は、戰場で、敵のゐるところをさがしあ＃
てたり、夜、ふいに近寄らうとする敵の見はりをしたり、＃
隊と隊との間のお使ひをしたり、何をさせてもすばら＃
しいはたらきをしました。＃
そのうちに、利根のついてゐる部隊は、何倍といふ敵＃
を相手に、はげしく戰ふ時が來ました。みかたの第一＃
線は、敵前わづか五十メートルといふところまでせま＃
＜Ｐ－１１６＞
って、ざんがうの中から、敵をこうげきしましたが、敵＃
は多數で、彈は雨あられのやうに飛んで來ます。みか＃
たはそのままで、一週間もがんばりつづけましたが、そ＃
の間、第一線と本部との間をお使ひするものは、軍犬利＃
根でありました。＃
利根は、毎日、五回も六回も、この間を行ったり來た＃
りしました。首わのふくろに、通信を入れてもらって、＃
「行け。」＃
といはれるが早いか、どんなにはげしく、彈が飛んで來＃
＜Ｐ－１１７＞
る中でも、勢よくかけ出しました。のちには、敵が利根＃
の姿を見つけて、彈をあびせかけます。それでも利根＃
は、彈の下をくぐるやうに拔けて、走りつづけました。＃
かかりの兵隊さんはもちろん、みんなの兵隊さんが、利＃
根のかうしたはたらきを見て、涙を流すほどでした。＃
いよいよ、わが軍が、敵の陣地にとつげきする日が來＃
ました。＃
午前五時、まだ、あたりはうす暗いころ、利根は、最後＃
の通信を首にして、＃
＜Ｐ－１１８＞
「行け。」＃
の命令とともに、走り出しました。敵の彈が、うなりを＃
たてて飛んで來ます。利根は、ひた走りに走りました。＃
本部では、利根のかかりの兵隊さんが、今にも、利根＃
が來るだらうと思って、待ってゐました。すると、向か＃
ふの、かうりゃんのあぜ道の間に、利根の元氣な姿が見＃
えました。＃
「ようし、來い、利根。」＃
と、兵隊さんは呼びました。＃
＜Ｐ－１１９＞
利根は、もう百メートルで本部＃
といふところへさしかかりました。＃
ちゃうどその時、敵の彈が、ばら＃
ばらと飛んで來ました。利根は、＃
ぱったりとたふれました。＃
「ようし、來い、利根。ようし、來＃
い、利根。」＃
と、かかりの兵隊さんは、氣がくる＃
ったやうに呼びつづけました。＃
＜Ｐ－１２０＞
この聲が通じたのか、利根は、むっくりと立ちあがり＃
ました。しかし、もう走る力がありません。かかりの＃
兵隊さんは、敵の彈が飛んで來るのもかまはず、はふや＃
うにかけ出して、利根のからだを、しっかりとだきかか＃
へました。＃
一時間ばかりののち、わが軍は、勇ましく敵にとつげ＃
きして、とうとう、その陣地をせんりゃうしました。　　＃
　四　＃
利根のてがらは、かかりの兵隊さんから、くはしく文＃
＜Ｐ－１２１＞
子さんに知らせて來ました。さうして、お＃
しまひに、＃
利根は、足をやられただけですから、まも＃
なく、よくなることと思ひます。利根は、＃
そのうち、きっと甲號功章を、いただくに＃
ちがひありません。＃
と書いてありました。この手紙を見て、文子さんは、＃
「まあ、利根が。」＃
といったまま、つっぷして、泣いてしまひました。＃
＜Ｐ－１２２＞
「利根はえらい。感心なやつだ。」＃
と、おとうさんも涙を流しながら、お喜びになりました。　　＃
　二十三　　秋　＃
ちんちろ松虫、　　＃
虫の聲、　　＃
庭の畠で　　＃
鳴きました。　　＃
＜Ｐ－１２３＞
ぎんぎら葉の露、　　＃
草の露、　　＃
月の光が　　＃
ぬれました。　　＃
とろとろもえる火、　　＃
ゐろりの火、　　＃
栗がはぜます、　　＃
にほひます。　　＃
＜Ｐ－１２４＞
　二十四　　つりばりの行くへ　＃
　一　＃
ほでりの命［みこと］は　おにいさま、　　＃
ほをりの命は　おとうとご。　　＃
あに神さまは　つりのため、　　＃
おとうと神は　かりのため、　　＃
＜Ｐ－１２５＞
毎日まいにち　海と山、　　＃
おいでになってをりました。　　＃
ところで、ある日のことです。＃
ほをりの命「にいさん、お願ひがあります。」＃
ほでりの命「何だ。」＃
ほをりの命「にいさんは、毎日海へ出て、魚を取っていらっしゃ＃
る。私は、毎日山へ行って、鳥や、けものを取って＃
ゐますね。」＃
＜Ｐ－１２６＞
ほでりの命「さうだ。」＃
ほをりの命「そこで、お願ひがあるのですがね。」＃
ほでりの命「どういふことだ。」＃
ほをりの命「今日一日だけ、私に海へ行かせてくださいません＃
か、にいさんは、山へいらっしゃって。」＃
ほでりの命「そんなことは、いやだよ。」＃
ほをりの命「たった、一日だけでいいのです。」＃
ほでりの命「いくら一日でも、いやだ。」＃
ほをりの命「さうおっしゃらないで、今日だけ、私につりをさせ＃
＜Ｐ－１２７＞
てください。」＃
ほでりの命「そんなに、つりがしたいのか。」＃
ほをりの命「さうです。私も、一度、あの大きな鯛をつってみた＃
いのです。」＃
ほでりの命「では、つりをしてみるが＃
いいさ。しかたがない、＃
わたしは山へ行かう。」＃
ほをりの命「ほんたうですか。」＃
ほでりの命「ほんたうだ。このつり竿を持って行け。」＃
＜Ｐ－１２８＞
ほをりの命「ありがたうございます。に＃
いさんは、この弓と矢を持＃
って、山へいらっしゃい。」　＃
　二　＃
ほをりの命「どうして、つれないのだら＃
う。朝から、一匹もつれない。　　＃
その時、何かが糸を引く。　　＃
おや、引く、引く。ぐいぐい、引くぞ。しめた、大きな＃
魚だ。引きあげてやらう。よいしょ。　　＃
＜Ｐ－１２９＞
ほをりの命が、つり竿をお引きあげになる。糸がぷつりと＃
切れて、魚が逃げる。　　＃
しまった。大きいのを逃した。　　＃
殘念さうに、つり糸をいぢっていらっしゃったが、ふと、つ＃
りばりのないのに氣がついて、　　＃
つりばりがない。どうしよう、困ったな。ああ、し＃
かたがない。にいさんにあやまらう。にいさんは＃
おおこりになるだらうな。」　＃
　三　＃
＜Ｐ－１３０＞
ほでりの命「山へ行っても、小鳥一羽取れなかった。おもしろ＃
くもない。さ、弓矢を返すよ。」＃
ほをりの命「まことにすみません。」＃
ほでりの命「何かつれたか。」＃
ほをりの命「ちっとも、つれなかったんです。つれないどころか、＃
申しわけのないことをしてしまひました。」＃
ほでりの命「どうしたのだ。」＃
ほをりの命「つりばりを、魚に取られてしまひました。」＃
ほでりの命「取られたって。」＃
＜Ｐ－１３１＞
ほをりの命「さうです。」＃
ほでりの命「――」＃
ほをりの命「どんなことでもして、おわびいたします。」＃
ほでりの命「おまへからいひ出しておいて、だいじなつりばり＃
をなくしてしまふなんて、あんまりだ。」＃
ほをりの命「ほんたうに、申しわけがありません。どうぞ、お許＃
しください。」＃
ほでりの命「いや、許すことはできない。」　＃
　四　＃
＜Ｐ－１３２＞
ほをりの命は、海べで泣いていらっしゃる。そこへ、一人の＃
年取った神樣がおいでになる。＃
神樣「もしもし、あなたは、どうしてそんなに泣いていら＃
っしゃるのですか。」＃
ほをりの命「にいさんのだいじなつりばりを、魚に取られて、困＃
ってゐるところです。」＃
神樣「それは、おきのどくな。私が、いいことを教へてあ＃
げませう。そこに、舟があるでせう。あれに、すぐ＃
お乘りなさい。私が、その舟を押してあげますか＃
＜Ｐ－１３３＞
ら、しばらく、目をつぶっていらっしゃい。すると、＃
まもなく、きれいな御殿へお着きになるでせう。」＃
ほをりの命「きれいな御殿。何の御殿ですか。」＃
神樣「海の神樣の御殿です。その御殿の門のそばに、井＃
戸があって、井戸のそばには、大きな木が立ってゐ＃
ます。あなたは、その大きな木にのぼって、待って＃
いらっしゃい。」＃
ほをりの命「さうすると。」＃
神樣「海の神樣が、きっといいことを教へてくださるで＃
＜Ｐ－１３４＞
せう。さあ、舟にお乘りなさい。押してあげます＃
から。」　＃
　五　＃
海の御殿の門の前に、大きな木が立ってゐる。ほをりの命＃
は木を見あげながら、＃
ほをりの命「ははあ、この木のことだな。のぼってゐよう。　　＃
木にのぼって、下をごらんになる。　　＃
あ、井戸がある。きれいな水だな。」＃
女が出て來る。井戸の水をくまうとして、＃
＜Ｐ－１３５＞
女「まあ、りっぱな神樣が、水にうつっていらっしゃる。」＃
木の上を見あげて、女は、うやうやしくおじぎをする。＃
ほをりの命「水を一ぱいください。」＃
女「かしこまりました。」＃
＜Ｐ－１３６＞
女は、井戸から水をくんで、ほをりの命にさしあげる。ほを＃
りの命は、ぐっとお飲みになって、＃
ほをりの命「ああ、うまい水だ。ごちそうさま。」　＃
　六　＃
正面に、海の神樣が腰を掛けていらっしゃる。そこへ、女が＃
出て來る。＃
女「海の神樣。」＃
海の神樣「何だ。」＃
女「門の前の木に、りっぱな神樣がいらっしゃいます。」＃
＜Ｐ－１３７＞
海の神樣「りっぱな神樣が。」＃
女「さやうでございます。」＃
海の神樣「それは、きっと日の神のお子樣にちがひない。お＃
迎へしませう。」＃
海の神樣が、ほをりの命をおつれ申して、出ておいでになる。＃
海の神樣「どうぞこちらへ。　　＃
ほをりの命は、腰をお掛けになる。　　＃
よくおいでくださいました。何か御用でございま＃
せうか。」＃
＜Ｐ－１３８＞
ほをりの命「じつは、海でつりをしてゐたら、つりばりがなくな＃
ってしまひました。」＃
海の神樣「つりばりが。」＃
ほをりの命「さうです。それは、兄のだいじなつりばりで、私も＃
困ってしまひました。すると、年取った神樣が、私＃
に、海の御殿へ行くやうに教へてくれました。そ＃
れで今ここへやって來たのです。」＃
海の神樣「それは、ほんたうにお困りでございませう。さっ＃
そく、さがさせてみませう。　　＃
＜Ｐ－１３９＞
女に向かって、　　＃
魚たちを、みんなここへ呼び集めるやうに。」＃
女「はい。　　＃
女は、魚たちをたくさん呼んで來る。　　＃
呼んでまゐりました。」＃
海の神樣「これでみんなか。」＃
女「はい。鯛だけは病氣でねてゐますので、ここへま＃
ゐってゐません。」＃
海の神樣「さうか。みんなの者にたづねるが、だれか、日の神＃
＜Ｐ－１４０＞
のお子樣のつりばりを、取って行ったものはないか。」＃
魚たち「ぞんじません。」＃
海の神樣「いや、たしかにあるはずだ。だれか、知ってゐるも＃
のはゐないか。」＃
魚たち「少しもぞんじません。」＃
海の神樣「をかしいな。　　＃
海の神樣は、しばらくお考へになって、女に、　　＃
では、鯛をちょっとここへ呼んで來てくれないか。」＃
女「はい。」＃
＜Ｐ－１４１＞
女は、鯛をつれて出て來る。＃
鯛「何か御用でございませうか。」＃
海の神樣「おまへは、日の神のお子樣のつりばりを知ってゐ＃
ないか。」＃
鯛「じつは、この間、つりばりをのどにかけまして、た＃
いへん苦しんでゐるところでございます。」＃
海の神樣「あ、それだ。　　＃
女に向かって、　　＃
鯛ののどから、そのつりばりを取ってやれ。」＃
＜Ｐ－１４２＞
女「はい。」＃
つりばりを取る。＃
鯛「あ、これで、すっかりら＃
くになりました。」＃
女は、つりばりを水で洗っ＃
て、海の神樣にさしあげる。＃
海の神樣「なるほどつりばりだ。」＃
海の神樣は、ほをりの＃
命の前にひざまづいて、＃
＜Ｐ－１４３＞
海の神樣「このつりばりでございますか。」＃
ほをりの命「あ、これだ。たしかにこれです。」＃
ほをりの命は、思はずにっこりなさる。＃
海の神樣「見つかって、ほんたうによろしうございました。」＃
だいじな、だいじな　つりばりが、　　＃
出て來て神さま　およろこび。　　＃
いたい、いたいと　泣いてゐた、　　＃
＜Ｐ－１４４＞
鯛もよろこび　おめでたい。　　＃
めでた、めでたと　さかなたち、　　＃
みんなまふやら　歌ふやら。　　＃
