＜出典＞５４１　　　国定読本　５期４－１
＜Ｐ－００２＞
　もくろく　＃
一　　朝の海べ………四　＃
二　　潮干狩………六　＃
三　　日本武尊………十四　＃
四　　君が代少年………二十三　＃
五　　靖國神社………三十　＃
六　　光明皇后………三十二　＃
七　　苗代のころ………三十六　＃
八　　地鎭祭………三十九　＃
九　　笛の名人………四十五　＃
十　　機械………四十八　＃
十一　　出航………五十一　＃
＜Ｐ－００３＞
十二　　千早城………五十七　＃
十三　　錦の御旗………六十一　＃
十四　　國旗掲揚臺………六十五　＃
十五　　夏………七十四　＃
十六　　兵營だより………七十七　＃
十七　　油蝉の一生………八十五　＃
十八　　とびこみ臺………九十　＃
十九　　母馬子馬………九十四　＃
二十　　東郷元帥………九十七　＃
二十一　　くものす………百二　＃
二十二　　夕日………百六　＃
二十三　　秋の空………百八　＃
二十四　　濱田彌兵衛………百九　＃
＜Ｐ－００４＞
　一　　朝の海べ　＃
朝の潮風あびながら、　　＃
弟と二人、海べをかける。　　＃
しめつた砂をけりながら、　　＃
波うちぎはを、どんどんかける。　　＃
明かるい海だ、どこまでも。　　＃
地平線は銀色で、　　＃
空と海とがとけあつて、　　＃
＜Ｐ－００５＞
明かるい海だ、どこまでも。　　＃
ぼくらは石を投げてみた、　　＃
「一二の三。」で投げてみた。　　＃
弟の石が海に落ち、　　＃
つづいてぼくのが海に落ち。　　＃
かもめが五六羽とんで來て、　　＃
波にゆられて浮かんでる。　　＃
水にもぐつてひよいと出て、　　＃
＜Ｐ－００６＞
ひよいと浮かんでまたもぐる。　　＃
風に向かつてぼくたちは、　　＃
兩手をあげて息を吸ふ。　　＃
朝の海べはもう春で、　　＃
みんな樂しい、新しい。　　＃
　二　　潮干狩　＃
海岸は、一面に潮が引いてゐて、もう大勢の人たちが、潮干＃
狩をしてゐました。＃
＜Ｐ－００７＞
先生は、私たち四年生の人員をお調べになつてから、次の＃
やうにおつしやいました。＃
「これから潮干狩をするのですが、いつものやうに、四人づ＃
つ一組になつて、仲よく貝をお取りなさい。さうして、海＃
には、どんな生きものがゐるかを、よく氣をつけて見るや＃
うになさい。」＃
勇さんと、正男さんと、花子さんと、私と、四人が一組になつ＃
て、ほり始めました。小さな熊［くま］手［で］で砂をかくと、かちりとさ＃
はるものがあります。三センチぐらゐのあさりでした。＃
あさりは、こんな淺いところに、もぐつてゐるのかなと思ひ＃
＜Ｐ－００８＞
ながら、むちゆうになつてほつて行きました。おもしろい＃
ほど、たくさん出て來ました。＃
ほつたあとに水がしみ出て、まはりの砂が、少しづつくづ＃
れて行くので、手ですくつて、かい出し＃
ました。すると、小石のやうなものが、＃
手にさはりました。砂を拂つてよく＃
見ると、大きなはまぐりでした。はま＃
ぐりは、あさりよりも、少し深いところ＃
にゐることがわかりました。＃
「おや、こんな貝が出た。」＃
＜Ｐ－００９＞
と、正男さんが、六七センチもある細長＃
い貝を、みんなの前へ出しました。み＃
んなは、＃
「何といふ貝だらう。」＃
といつて、いろいろ、貝の名前を思ひ出＃
してみましたが、だれにもわかりませ＃
ん。＃
「先生に聞きに行きませう。」＃
と、花子さんは、その貝を持つて、先生の＃
ところへ走つて行きました。先生は、＃
＜Ｐ－０１０＞
「これは、いいものを見つけましたね。まて＃
がひといふ貝ですよ。持つて歸つて、みん＃
なで標本を作つてごらんなさい。」＃
とおつしやいました。＃
私たちは、波うちぎはを、ぱちやぱちや歩き＃
ながら、子牛がねてゐるやうな岩の方へ行きました。＃
ひやりと、足にさはるものがありました。拾つて見ると、＃
ぬらぬらした、茶色な海［かい］藻［さう］でした。はばの廣いひものやう＃
な形をしてゐます。＃
「おや、春枝さんは、わかめを拾ひましたね。」＃
＜Ｐ－０１１＞
と、花子さんがいひました。私は、これがあの、おわんの中に＃
浮いてゐるわかめかと思ひました。＃
「ぼく、こんなおもしろいものを見つけたよ。」＃
とうれしさうに笑ひながら、勇さんが走つて來ました。手＃
には、葉の根もとにまるい玉のやうな袋のついてゐる、茶色＃
な海藻を持つてゐました。＃
「おい、きみたち、このまるい玉を、みんなで持ちたまへ。い＃
いかい。さあ、指で勢よくつぶすのだよ。」＃
と、勇さんがいつたので、私たちは、みんな指先に力を入れま＃
した。「パチン。」と音がして、まるい玉がはじけました。＃
＜Ｐ－０１２＞
「おもしろいなあ。もう一ぺんやらう。」＃
と、みんなで、「パチン、パチン。」とつぶしました。＃
先生がごらんになつて、＃
「おもしろいことをしてゐますね。＃
その海藻は、何だか知つてゐますか。」＃
とおたづねになりましたが、だれも知りません。＃
「ほんだはらといふものです。こんぶとい＃
つしよに、お正月のおかざりにするでせう。」＃
と、先生がおつしやいました。＃
私たちは、先生といつしよに、岩のそばへ行きました。岩＃
＜Ｐ－０１３＞
の間のすきとほつた水の中で、きれいな、六七センチばかり＃
の魚が、からだをくねらせて、岩に生えた海藻の間を上手に＃
泳いでゐました。べらといふ魚ださうです。＃
何とかしてべらを取りたいと思ひました。先生にお願＃
ひしますと、先生は、たもで勢よく、さつとおすくひになりま＃
した。べらが、たもの中でぴちぴちとはねました。＃
海岸で、晝のおべんたうをたべました。＃
そのころから、潮がだんだんさして來て、私たちの歸る時＃
には、あのあさりをほつたところも、海藻を拾つた波うちぎ＃
はも、もうすつかり、海の水でかくされてゐました。　　＃
＜Ｐ－０１４＞
　三　　日［やま］本［と］武［たけるの］尊［みこと］　＃
　川［かは］上［かみ］たける　＃
熊［くま］襲［そ］のかしら川上たけるは、力のあるにまかせて、四方に＃
勢を張り、のちには、朝廷の仰せにも從ひませんでした。＃
「西の國で、自分より強い者はない。」と思ふと、たけるは、だん＃
だん増長して來ました。「ひとつ、りつぱな宮殿を建て、たく＃
さんの兵士に守らせて、大いにいばつてやらう。」と考へまし＃
た。＃
いよいよ、家もできあがつたので、ある日、お祝ひをするこ＃
＜Ｐ－０１５＞
とになりました。＃
その日は、朝から、大勢の人が出はいりしました。手下の＃
者はいふまでもなく、手傳ひのために、たくさんの男や女が＃
集つて來ました。＃
そのうちに、一人の美しい少女がまじつて、かひがひしく＃
働いてゐました。酒もりが始ると、この少女も座敷へ出て、＃
酒をついでまはりました。＃
だんだん夜がふけて來ました。客も、しだいに歸つて行＃
きました。たけるは、もうねようといふので、酒によつてよ＃
ろよろしながら、奧の間へ行かうとしました。＃
＜Ｐ－０１６＞
この時でした。今まで、やさし＃
くお給仕をしてゐた少女は、すつ＃
くと立ちあがつて、＃
「たける、待て。」＃
といふが早いか、ふところにかく＃
してゐた劒を拔いて、たけるの胸＃
を突きました。＃
「あつ。」とさけんで、たけるは倒れ＃
ました。ふり返ると、少女は、いか＃
にも尊いゐげんに滿ちて、立つて＃
＜Ｐ－０１７＞
をります。たけるは、思はずぶるぶると身ぶるひをして、＃
「お待ちください。これほどに強いあなたは、ただの人で＃
はない。いつたい、どういふお方ですか。」＃
と、苦しい息の下からたづねました。＃
「自分は女ではない。天皇の御子、やまとをぐな。汝、おそ＃
れ多くも、朝廷の仰せに從ひまつらぬによつて、汝を討て＃
との勅をかうむり、ここへ來たのである。」＃
「なるほど、さういふお方でいらつしやいましたか。西の＃
國では、私より強い者はないので、たけると申してをりま＃
した。失禮ながら、ただ今、お名をさしあげませう。日本＃
＜Ｐ－０１８＞
でいちばんお強いあなたは、日［やま］本［と］武［たけるの］皇［み］子［こ］と仰せられます＃
やうに。」＃
といひ終つて、たけるは息が絶えました。＃
景［けい］行［かう］天皇の御子、やまとをぐなの皇［み］子［こ］は、御年十六、かうし＃
て、ただお一人で、熊襲をおほろぼしになりました。さうし＃
て、これからのち、日本武尊と申しあげることになりました。　　＃
　草［くさ］薙［なぎの］劒［つるぎ］　＃
熊襲を討つて、都へお歸りになつた日本武尊は、そののち、＃
東の國のわる者を平げよといふ勅をお受けになりました。＃
尊は、わづかの供人をつれて御出發になりました。＃
＜Ｐ－０１９＞
途中、まづ伊［い］勢［せ］の皇大神宮に參つて、御武運をお祈りにな＃
りました。皇大神宮に仕へておいでになつた、尊の御をば＃
倭［やまと］姫［ひめの］命［みこと］は、尊が二度の大任をお受けになつたのを、勇ましく＃
も、また、いたはしくお思ひになつたのでせう、特に、大切な天［あめの］＃
叢［むら］雲［くもの］劒［つるぎ］を尊にお授けになりました。また、一つの小さな袋＃
をお渡しになつて、＃
「もしものことがあつたら、忘れずに、この袋の口をおあけ＃
なさい。」＃
とおつしやいました。＃
尊は、東へ東へと進んで、駿［する］河［が］の國にお着きになりました。＃
＜Ｐ－０２０＞
この國にゐたわる者のかしらは、かねて、尊の御勇武を聞き＃
傳へて知つてゐましたので、一通りではとても勝てない、だ＃
まし討ちにするほかはないと思ひました。＃
そこで、尊をうやうやしく迎へて、いろいろおもてなしを＃
しながら申しました。＃
「この國の野原には、大きな鹿［しか］がたくさんをります。おな＃
ぐさみに、狩をなさつてはいかがでございます。」＃
尊は、「それはおもしろからう。」とおつしやつて、野原へお＃
出になりました。身の丈にもあまる草を分けて、だんだん＃
奧へはいつていらつしやいました。すると、かねてから、こ＃
＜Ｐ－０２１＞
の野原をかこんで待ちかまへて＃
ゐたわる者どもは、一度に草に火＃
をつけました。火は、ものすごい＃
勢でもえて來ます。＃
「さては、だましたのか。」＃
と、尊はしばらく考へていらつし＃
やいましたが、ふと御心に浮かん＃
だのは、御をば倭姫命のおことば＃
です。急いで袋の口をおあけに＃
なると、中に火打石がありました。＃
＜Ｐ－０２２＞
尊は、すぐに、おさとりになりました。天叢雲劒を拔いて、＃
手早くあたりの草をなぎ拂ひ、火打石で火をきつて、その草＃
におつけになりました。すると、ふしぎにも、今までもえせ＃
まつて來た火は、急に方向をかへて、向かふへ向かふへと、も＃
え移つて行きました。＃
あわてたのは、わる者どもです。火に追はれて、逃げよう＃
とするまもなく、かたはしから燒きたてられ、燒き殺されて＃
しまひました。＃
あやふい御いのちをお助りになつた尊は、生き殘つたわ＃
る者どもを平げて、なほも東へお進みになりました。＃
＜Ｐ－０２３＞
この時から、この御劒を、草薙劒と申しあげることになり＃
ました。熱［あつ］田［た］神宮におまつりしてあるのが、この御劒であ＃
ります。　　＃
　四　　君が代少年　＃
昭和十年四月二十一日の朝、臺［たい］灣［わん］で大きな地震がありま＃
した。＃
公學校の三年生であつた徳［とく］坤［こん］といふ少年は、けさも目が＃
さめると、顏を洗つてから、うやうやしく神だなに向かつて、＃
拜禮をしました。神だなには、皇大神宮の大麻がおまつり＃
＜Ｐ－０２４＞
してあるのです。＃
それから、まもなく朝の御飯に＃
なるので、少年は、その時外へ出て＃
ゐた父を呼びに行きました。＃
家を出て少し行つた時、「ゴー。」＃
と恐しい音がして、地面も、まはりの家も、ぐらぐらと動きま＃
した。「地震だ。」と、少年は思ひました。そのとたん、少年のか＃
らだの上へ、そばの建物の土［ど］角［かく］がくづれて來ました。土角＃
といふのは、粘［ねん］土［ど］を固めて作つた煉［れん］瓦［ぐわ］のやうなものです。＃
父や、近所の人たちがかけつけた時、少年は、頭と足に大け＃
＜Ｐ－０２５＞
がをして、道ばたに倒れてゐました。それでも父の姿を見＃
ると、少年は、自分の苦しいことは一口もいはないで、＃
「おかあさんは、大丈夫でせうね。」＃
といひました。＃
少年の傷は思つたよりも重く、その日の午後、かりに作ら＃
れた治［ち］療［れう］所［じよ］で手術を受けました。このつらい手當の最中＃
にも、少年は、決して臺灣語を口に出しませんでした。日本＃
人は國語を使ふものだと、學校で教へられてから、徳坤は、ど＃
んなに不自由でも、國語を使ひ通して來たのです。＃
徳坤は、しきりに學校のことをいひました。先生の名を＃
＜Ｐ－０２６＞
呼びました。また、友だちの名を呼びました。＃
ちやうどそのころ、學校には、何百人といふけが人が運ば＃
れて、先生たちは、目がまはるほどいそがしかつたのですが、＃
徳坤が重いけがをしたと聞かれて、代りあつて見まひに來＃
られました。＃
徳坤は、涙を流して喜びました。＃
「先生、ぼく、早くなほつて、學校へ行きたいのです。」＃
と、徳坤はいひました。＃
「さうだ。早く元氣になつて、學校へ出るのですよ。」＃
と、先生もはげますやうにいはれましたが、しかし、この重い＃
＜Ｐ－０２７＞
傷ではどうなるであらうかと、先生は、徳坤がかはいさうで＃
たまりませんでした。＃
少年は、あくる日の晝ごろ、父と、母と、受持の先生にまもら＃
れて、遠くの町にある醫［い］院［ゐん］へ送られて行きました。＃
その夜、つかれて、うとうとしてゐた徳坤が、夜明近くなつ＃
て、ぱつちりと目をあけました。さうして、そばにゐた父に、＃
「おとうさん、先生はいらつしやらないの。もう一度、先生＃
におあひしたいなあ。」＃
といひました。これつきり、自分は、遠いところへ行くのだ＃
と感じたのかも知れません。＃
＜Ｐ－０２８＞
それからしばらくして、少年はいひました。＃
「おとうさん、ぼく、君が代を歌ひます。」＃
少年は、ちよつと目をつぶつて、何か考へてゐるやうでし＃
たが、やがて息を深く吸つて、靜かに歌ひだしました。　　＃
きみがよは　　＃
ちよに　　＃
やちよに　　＃
徳坤が心をこめて歌ふ聲は、同じ病室にゐる人たちの心に、＃
しみこむやうに聞えました。　　＃
さざれ　　＃
＜Ｐ－０２９＞
いしの　　＃
小さいながら、はつきりと歌はつづいて行きます。あちこ＃
ちに、すすり泣きの聲が起りました。　　＃
いはほとなりて　　＃
こけの　　＃
むすまで　　＃
終りに近くなると、聲はだんだん細くなりました。でも、最＃
後まで、りつぱに歌ひ通しました。＃
君が代を歌ひ終つた徳坤は、その朝、父と、母と、人々の涙に＃
みまもられながら、やすらかに長い眠りにつきました。　　＃
＜Ｐ－０３０＞
　五　　靖［やす］國［くに］神社　＃
春は九段のお社に、　　＃
櫻が咲いてをりました。　　＃
日本一の大鳥居、　　＃
かねの鳥居がありました。　　＃
とびらは金の御紋章、　　＃
御門を通つて行きました。　　＃
＜Ｐ－０３１＞
かしは手うてばこうこうと、　　＃
心の底までひびきます。　　＃
櫻の花の遺族章、　　＃
女の人も見えました。　　＃
遊［いう］就［しう］館［くわん］の入口に、　　＃
人が並んでをりました。　　＃
＜Ｐ－０３２＞
　六　　光［くわう］明［みやう］皇后　＃
聖［しやう］武［む］天皇の皇后を、光明皇后と申しあげます。＃
そのころ、都は奈［な］良［ら］にありました。野も、山も、木立も、みど＃
りにかがやく奈良の都には、赤くぬつた宮殿や、お寺のお堂＃
が、あちらこちらに見えてゐました。その中に、光明皇后の＃
お建てになつた、せやく院といふ病院が立つてゐました。＃
せやく院には、大勢の病人がおしかけて、病氣をみてもら＃
つたり、藥をいただいたりしてゐました。＃
「この子は、ひどい目の病で、ものが見えなくなりはしない＃
＜Ｐ－０３３＞
かと心配しましたが、毎日、かうして藥をいただいてゐる＃
おかげで、たいそうよくなりました。」＃
と、うれしさうにいふ母親もありました。＃
「私は、おなかの病氣で、長い間寢てゐま＃
したが、このごろは、おかげでだいぶよ＃
くなりました。これも、みんな皇后樣＃
のお惠みでございます。」＃
と涙をこぼして、ありがたがるおばあさんもありました。＃
光明皇后は、ときどき、この病院へおいでになつて、病人た＃
ちをお見まひになりました。やさしいおことばを、たまは＃
＜Ｐ－０３４＞
ることさへありました。＃
このやうに、しんせつにしていただくので、どんな重い病＃
氣でも、きつとなほるといふうはさが、いつのまにか日本中＃
にひろがりました。＃
光明皇后は、手足の痛む病人や、傷の痛みがなほらないや＃
うな者のために、藥の風［ふ］呂［ろ］を作つておやりになりました。＃
この風呂には、いつもあたたかい藥の湯が、あふれてゐまし＃
た。＃
「皇后樣が、御自分で、病人のせわをなさるといふことだが、＃
ほんたうだらうか。」＃
＜Ｐ－０３５＞
「こんなにしんせつにしていただいてゐれば、皇后樣にお＃
せわをしていただくのと、同じことではないか。」＃
「まつたくその通りだ。うはさに聞けば、皇后樣は、千人の＃
病人のせわをなさるといふ大願を、お立てになつたさう＃
だ。ほんたうに、もつたいないことだ。」＃
このやうな話をしながら、藥の風呂にはいる病人が、いつも＃
絶えませんでした。＃
光明皇后は、この藥の風呂へもおいでになつて、一人一人＃
をおせわなさいました。さうして、千人めの病人のおせわ＃
をなさつた時、急に病人のからだから光がさし出て、あたり＃
＜Ｐ－０３６＞
が金色にかがやき渡つたといふことです。　　＃
　七　　苗代のころ　＃
春の少し暖い晩、「くく、くく。」と、蛙の＃
鳴く聲がします。＃
そのころから、晝間は、廣いたんぼの＃
一部で、もう苗代の仕事が始ります。＃
黒い牛が、ゆつくりと引いて行くから＃
すきのあとには、ほり返された新しい＃
土が、暖い日光に照らされます。＃
＜Ｐ－０３７＞
土がほり返され、くれ打ちがすむと、田に水がなみなみと＃
張られます。今度は、牛がまぐはを引いて、泥水の中を、行つ＃
たり來たりします。かうして、田の土は、だんだんこまかく＃
耕されて行きます。＃
夜、遠くの田で鳴く蛙の聲が、「ころころ、ころころ。」と、にぎ＃
やかに聞え始めます。＃
種まきがすんで十日あまりたつたころ、淺い水の上に、二＃
センチか三センチぐらゐの、若々しいみどりの苗が出そろ＃
つて行くのは、見ただけでも氣持のよいものです。ちやう＃
ど、たんざく形のみどりの敷物を、きちんと間を置いて、敷き＃
＜Ｐ－０３８＞
並べたやうです。＃
苗が、二十センチぐらゐにのびて、葉先が、＃
朝風にかるくゆれるやうになると、廣いた＃
んぼは、しだいににぎやかになります。そ＃
ろそろ、汗ばむくらゐ暑い日ざしを受けて、＃
男も、女も、牛も、泥田の中で働きます。ここ＃
の田も、あそこの田も、ほり返した土のかた＃
まりの間には、もうひたひたと、水がたたへ＃
られてゐます。＃
蛙のすみかが、かうして、たんぼいつぱい＃
＜Ｐ－０３９＞
にひろがるのです。晝間は、働く人や、牛にゑんりよをする＃
やうに、聲をひそめてゐますが、夕方から夜になると、さも自＃
分たちの世界だといふやうに、さわぎたてます。家の前も、＃
後も、横も、まるで夕立の降るやうに、蛙の聲でいつぱいです。＃
靜かだといふゐなかの夜も、このころは、雨戸をしめてから、＃
始めてほつとするほどです。＃
もうまもなく、田植が始ります。　　＃
　八　　地［ぢ］鎭［ちん］祭　＃
私たちの學校では、新しい講堂が立つことになりました。＃
＜Ｐ－０４０＞
今日は、その地鎭祭がありました。＃
講堂は、東側の教室の後に立ちます。午前十時に、四年以＃
上の生徒が、そこに集合しました。＃
校長先生が、地鎭祭といふのは、新しく家が立つ土地の神＃
樣に申しあげて、その家を、いつまでも守つていただくやう＃
に、お祭をするだいじな儀式だと、お話なさいました。＃
敷地の中ほどに、せいの高い竹が四本立ててあつて、それ＃
にしめなはが張つてありました。＃
そこへ神主さんが、三人お見えになりました。三人とも＃
まつ白な着物を着て、えぼしをかぶつて、しやくを持つて、木＃
＜Ｐ－０４１＞
のくつをはいてゐられました。＃
「氣をつけ。」＃
と、山田先生が號令を掛けられると、校長先生が、＃
「今から、地鎭祭が始ります。」＃
といはれました。＃
神主さんは、大麻をふつて、みんなのおはらひをしてくだ＃
さいました。それから、「オー。」と聲を高くあげて、神樣のお＃
いでになる先拂ひをなさいました。＃
次に、お供へものをいろいろと、白木の机の上に運ばれま＃
した。お米や、お酒や、お餅や、魚・大根・にんじん、おしまひに、い＃
＜Ｐ－０４２＞
ちご・バナナなどを、それぞれ三方に＃
のせて供へられました。＃
明かるい日光をあびて、祭［さい］壇［だん］が、美＃
しく、にぎやかに見えました。＃
神主さんが、のりとを讀まれまし＃
た。私たちに、その意味はよくわか＃
りませんが、おちついた聲で、うやう＃
やしく讀まれました。＃
それから、地面のおはらひをして、＃
うがちぞめがありました。うがち＃
＜Ｐ－０４３＞
ぞめといふのは、鍬で土をほる儀式であります。＃
校長先生が、先生がたを代表して、玉ぐしをあげて拜まれ＃
ました。次に、高等科の人が、全校の生徒を代表して玉ぐし＃
をあげて拜みました。＃
終りに、お供へしたものをみんなさげてから、神樣のお歸＃
りになる先拂ひがとなへられました。＃
「休め。」＃
山田先生の聲がしました。三人の神主さんが、靜かに、私た＃
ちの前を通つて歸られました。その時、あの白い着物が、ほ＃
んたうに美しいと思ひました。＃
＜Ｐ－０４４＞
山田先生が、＃
「これで、地鎭祭はすみました。今日は、學校として、記念す＃
べきおめでたい日ですから、みんなで元氣よく、校歌を歌＃
ひませう。」＃
といはれました。＃
私たちは、聲をそろへて校歌を歌ひました。歌ひながら、＃
このあき地に、講堂がりつぱに立つた時のことを思ひ、新し＃
いその講堂に、全校の先生も、生徒も、いつしよに集つて並ん＃
だ時のことを思つて、うれしさでいつぱいになりました。　　＃
＜Ｐ－０４５＞
　九　　笛の名人　＃
笛の名人用［もち］光［みつ］は、ある年の夏、土［と］佐［さ］の國から京都へのぼら＃
うとして、船に乘つた。＃
船が、ある港にとまつた夜のことであつた。どこからか＃
あやしい船が現れて、用光の船に近づいたと思ふと、恐しい＃
海賊が、どやどやと乘り移つて來て、用光をとり圍んでしま＃
つた。＃
用光は、逃げようにも逃げられず、戰はうにも武器がなか＃
つた。とても助らぬと覺悟をきめた。ただ、自分は樂人で＃
＜Ｐ－０４６＞
あるから、一生の思ひ出に、心殘りなく笛を吹いてから死に＃
たいと思つた。それで、海賊どもに向かつて、＃
「かうなつては、おまへたちには、とてもかなはない。私も＃
覺悟をした。私は樂人である。今ここで、命を取られる＃
のだから、この世の別れに、一曲だけ吹かせてもらひたい。＃
さうして、こんなこともあつたと、世の中に傳へてもらひ＃
たい。」＃
といつて、笛を取り出した。海賊どもは、顏を見合はせて、＃
「おもしろい。まあ、ひとつ聞かうではないか。」＃
といつた。＃
＜Ｐ－０４７＞
これが、名人といはれた自分の最後の曲だと思つて、用光＃
は、靜かに吹き始めた。曲の進むにつれて、用光は、自分の笛＃
の音によつたやうに、ただ一心に吹いた。＃
雲もない空には、月が美＃
しくかがやいてゐた。笛＃
の音は、高く低く、波を越え＃
てひびいた。海賊どもは、＃
じつと耳を傾けて聞いた。＃
目には涙さへ浮かべてゐた。＃
やがて曲は終つた。＃
＜Ｐ－０４８＞
「だめだ。あの笛を聞いたら、わるいことなんかできなく＃
なつた。」＃
海賊どもは、そのまま、船をこいで歸つて行つた。　　＃
　十　　機械　＃
工場だ、　　＃
機械だ。　　＃
鐵だよ、音だよ。　　＃
どどどん、どどどん。　　＃
＜Ｐ－０４９＞
ピストン、　　＃
腕だよ。　　＃
あつちへ、こつちへ、　　＃
がたとん、がたとん。　　＃
車だ、　　＃
車輪だ。　　＃
ぐるぐる　まはるよ。　　＃
ぐるぐる、ぐるぐる。　　＃
＜Ｐ－０５０＞
車輪と　　＃
車輪に、　　＃
皮おび　すべるよ。　　＃
するする、するする。　　＃
齒車、　　＃
齒車、　　＃
齒と齒とかみ合ひ、　　＃
ぎりぎり、ぎりぎり。　　＃
＜Ｐ－０５１＞
動くよ、　　＃
音だよ、　　＃
鐵だよ、ぐるぐる、　　＃
がたとん、どどどん。　　＃
　十一　　出航　＃
今日、みなさんは、一萬トンの汽船に乘つて、神［かう］戸［べ］の港をた＃
つのだと考へてください。＃
みなさんを乘せる船は、今さかんに起重機を動かして、荷＃
＜Ｐ－０５２＞
物を積んでゐます。＃
みなさんといつしよに、あとからあとから、乘客が乘りま＃
す。船の出る前は、ほんたうに景氣の＃
いいものです。＃
甲［かん］板［ぱん］に出て並びませう。向かふは＃
上［うは］屋［や］で、見送りの人が、いつぱい並んで＃
ゐます。みなさんのおとうさんや、お＃
かあさんも、ゐられるはずです。＃
あ、けたたましいどらの音がします。＃
まもなく出航です。見送りの人や、積＃
＜Ｐ－０５３＞
荷をしてゐた人たちは、これを合圖に、船からおりて行くの＃
です。＃
勇ましい樂隊の音樂が聞えますね。軍艦マーチが聞え＃
ます。愛國行進曲が聞えます。さあ、私たちも、いつしよに＃
歌はうではありませんか。＃
いよいよ出航です。あの、うなるやうに大きな汽笛の音＃
を、お聞きなさい。＃
船は、靜かに岸［がん］壁［ぺき］をはなれて行きます。＃
上屋の人たちが、一生けんめいで、ハンケチや帽子を振つ＃
てゐます。さあ、みなさんもお振りなさい。大きな聲で、「お＃
＜Ｐ－０５４＞
とうさん、行つてまゐります。」「おかあさん、行つてまゐります。」＃
といつておあげなさい。＃
船が港を出る時は、途中まで、あ＃
の小さな汽船に、引つぱられて行＃
くのです。ちよつと、妙なかつか＃
うでせう。ちやうど、子犬が、象［ざう］で＃
も引つぱつて行くやうですね。＃
もう、上屋の人は、だれがだれだ＃
か、はつきりわからなくなりまし＃
た。それでも、みんな合圖をしてゐます。ごらんなさい。＃
＜Ｐ－０５５＞
だれか女の人が、赤い日がさを振つてゐるではありません＃
か。＃
いよいよ、小さな汽船からはなれて、私たちの船は、ひとり＃
で走り始めました。さあ、これから、だんだん早くなります＃
よ。もう、上屋の人は、たいてい歸つて行きました。＃
右の方に、林のやうに見える起重機――あれは造船所で＃
す。今、新しい船を何ざうか、こしらへてゐるのが見えるで＃
せう。＃
港内には、ずゐぶん船がゐますね。何ざうあるでせう。＃
ちよつと數へきれませんね。大きいのは、滿洲や、支那や、南＃
＜Ｐ－０５６＞
洋などへ行く船です。みんな、貨物船のやうです。＃
さあ、港の口の防波堤へ來ました。あれを越すと、きれい＃
な瀬［せ］戸［と］内海へ出ます。＃
ごらんなさい。神戸の市街が、まるで繪のやうに美しく＃
見えるではありませんか。＃
この船は、あすの朝門［も］司［じ］へ着いて、正午ごろ門司を出航し＃
ます。＃
それから先は、どこへ行くのでせうか。みなさんは、どこ＃
へ行きたいと思ひますか。　　＃
＜Ｐ－０５７＞
　十二　　千早城　＃
楠［くすの］木［き］正［まさ］成［しげ］がたてこもつた千早城は、けはしい金［こん］剛［がう］山［ざん］にあ＃
るが、まことに小さな城で、軍勢もわづか千人ばかり。これ＃
を圍んだ賊は、百萬といふ大軍で、城の附近いつたいは、すつ＃
かり人や馬でうづまつた。＃
こんな山城一つ、何ほどのことがあるものかと、賊が城の＃
門まで攻めのぼると、城のやぐらから大きな石を投げ落し＃
て、賊のさわぐところを、さんざんに射た。賊は、坂からころ＃
げ落ちて、たちまち五六千人も死んだ。＃
＜Ｐ－０５８＞
これにこりて、賊は、城の水をたやして、苦しめようとはか＃
つた。＃
まづ、谷川のほとりに、三千人の番＃
兵を置いて、城兵が汲みに來られな＃
いやうにした。城中には、十分水の＃
用意がしてあつた。二日たつても、＃
三日たつても、汲みに來ない。番兵＃
がゆだんをしてゐると、城兵が切り＃
こんで來て、旗をうばつて引きあげ＃
た。＃
＜Ｐ－０５９＞
正成は、この旗を城門に立てて、さんざんに賊のわる口を＃
いはせた。賊が、これを聞いて、くやしがつて攻め寄せると、＃
正成は、高いがけの上から大木を落させた。さうして、これ＃
をよけようとして、賊のさわぐところ＃
を射させて、五千人餘りも殺した。＃
この上は、ひやうらう攻めにしよう＃
として、賊は、攻め寄せないことにした。＃
ある朝まだ暗いうちに、城中から討＃
つて出て、どつとときの聲をあげた。＃
賊は、「それ、敵が出た。一人ものがすな。」＃
＜Ｐ－０６０＞
と押し寄せた。城兵はさつと引きあげたが、二三十人だけ＃
はふみとどまつた。賊が、四方からこれをめがけて押し寄＃
せると、城から大きな石を四五十、一度に落したので、また何＃
百人か殺された。ふみとどまつてゐたのは、みんなわら人＃
形であつた。＃
もうこの上は、何でもかでも攻め落してしまへといふの＃
で、賊は、大きなはしごを作り、これを城の前の谷に渡して橋＃
にした。幅が一丈五尺、長さが二十丈、その上を賊はわれ先＃
にと渡つた。今度こそは、千早城も危く見えた。すると、正＃
成は、いつのまに用意しておいたものか、たくさんのたいま＃
＜Ｐ－０６１＞
つを出して、これに火をつけて、橋の上に投げさせた。さう＃
して、その上へ油を注がせた。橋は、まん中からもえ切れて、＃
谷底へどうと落ちた。賊は何千人か死傷した。＃
賊が、千早城一つをもてあましてゐると、方々で、官軍が、ひ＃
やうらうの道をふさいだので、賊はすつかり弱つた。百人＃
逃げ二百人逃げして、初め百萬といつた賊も、しまひには十＃
萬ばかりになつた。それが前後から官軍に討たれて、ちり＃
ぢりに逃げてしまつた。　　＃
　十三　　錦の御旗　＃
＜Ｐ－０６２＞
大［だい］塔［たふの］宮［みや］は、北［ほう］條［でう］高時征伐のため、兵をお集めにならうとし＃
て、大［やま］和［と］の十［と］津［つ］川［がは］から高［かう］野［や］の方へお向かひになつた。お供＃
の者は、わづかに九人であつた。＃
途中には、敵方の者が多かつた。中にも、芋［いも］瀬［せ］の莊［しやう］司［じ］は、宮＃
のお通りになることを知つて、道に手下の者を配つてゐた。＃
宮は、どうしても、そこをお通りにならなければならなか＃
つた。＃
お供の中に、村上彦［ひこ］四［し］郎［らう］義［よし］光［てる］といふ人がゐた。このへん＃
の敵のやうすを探るために、思はず時を過して、宮のおあと＃
から急ぎ足に道をたどつて來たが、ふと見ると、向かふに、日＃
＜Ｐ－０６３＞
月を金銀で現した錦の御旗を、おし立ててゐる者がある。＃
義光は、ふしんの眉［まゆ］をひそめた。あれこそは、大塔宮の御旗＃
である。もしや、宮の御身に、何事か起つたのではなからう＃
か。義光は、胸をとどろかした。＃
急いで近寄ると、芋瀬の莊司が、家來の大男に宮の御旗を＃
持たせて、さもとくいさうに、何か聲高く話してゐるのに出＃
あつた。＃
義光は大聲に、＃
「見れば尊い錦の御旗、どうしてそれを手に入れたのか。」＃
とつめ寄つた。＃
＜Ｐ－０６４＞
莊司は、わうへいに答へた。＃
「大塔宮を御道筋に待ち受け＃
申し、この御旗を、この莊司が＃
手に入れたのだ。」＃
義光は、かつと怒つた。＃
「それはけしからぬ。おそれ＃
多くも宮の御道筋をふさい＃
だ上に、錦の御旗をけがした＃
てまつるとは。」＃
と叫んで、御旗をうばひ取るが＃
＜Ｐ－０６５＞
早いか、かの大男をひつつかんで、まりのやうに投げつけた。＃
錦の御旗を肩にかけ、相手をにらみつけながら、おちつき＃
はらつて、その場をたち去つた義光は、やがて宮に追ひつき＃
たてまつつた。＃
大塔宮は、義光の忠義を心からお喜びになつた。　　＃
　十四　　國旗掲［けい］揚［やう］臺　＃
　一　＃
國旗掲揚臺のそばに、勇さんと、正男さんと、春枝さんの三人＃
が集つてゐる。三人とも、旗竿の先を見あげてゐる。＃
＜Ｐ－０６６＞
勇「ずゐぶん、高いなあ。」＃
正男「どのくらゐあると思ふ。」＃
勇「さあ、十四メートルぐらゐかな。」＃
正男「ぼくは、十三メートルないと思ふ。」＃
勇「春枝さんは、どのくらゐ。」＃
春枝「さうね。十メートルぐらゐかしら。」＃
そこへ花子さんが來る。＃
＜Ｐ－０６７＞
花子「みんな、ここで何をしてゐるのですか。」＃
春枝「あの國旗掲揚臺の高さを、あててゐるのです。」＃
花子さんも、旗竿の先を見あげる。＃
春枝「花子さんは、どのくらゐと思ひますか。」＃
花子「十一メートルはあると思ひます。」＃
春枝「あら、みんなちがひますね。だれが、いちばん正しいで＃
せう。」＃
正男「何とかして、きちんと高さを計れないものかな。」　＃
　二　＃
それから、三日ばかりたつたある日、正男さんが、自分のかげ＃
＜Ｐ－０６８＞
を見ながら考へこんでゐる。＃
正男「けさは、ぼくのかげが、ずつと長くのびてゐたのに、今見＃
ると、こんなに短くなつてゐる。ぼくのせいの高さに＃
變りはないのに、かげだけが、あんなにのびたりちぢん＃
だりするのだな。」＃
正男さんは、あちらこちらと歩きながら考へる。しばらくして、＃
正男「待てよ、かげがのびたりちぢんだりしてゐる間に、ぼく＃
のせいの高さと同じ長さになる時が、あるにちがひな＃
い。いや、きつとあるはずだ。」＃
歩くのをやめて、立ち止まる。急に思ひついたらしく、手を＃
＜Ｐ－０６９＞
うつて、＃
正男「さうだ、さうだ。かうすればいいんだ。いい考へが浮＃
かんだ。」＃
さもうれしさうに、にこにこする。　　＃
　三　＃
國旗掲揚臺の前に、みんな集つてゐる。＃
勇「正男くん、わかつたつて、ほんたうにわかつたのか。」＃
正男「わかつた、ほんたうにわかつた。」＃
春枝「どうすればいいのですか。」＃
正男「まづ、ぼくのかげを計るのです。」＃
＜Ｐ－０７０＞
花子「かげを。」＃
正男「さう。」＃
勇「きみのかげを計るんぢやないよ。あの國旗掲揚臺の＃
高さを計るんだよ。」＃
正男「まあ、待ちたまへ。かういふわけなんだ。　　＃
正男さんは、卷尺を勇さんに手渡して、　　＃
これで、ぼくのかげの長さを計つてくれたまへ。」＃
勇さんたちは、正男さんのかげを計る。＃
勇「百二十八センチあるよ。」＃
花子「正男さんのかげを計つてから、どうしますの。」＃
＜Ｐ－０７１＞
正男「今、ぼくのかげが、百二十八センチあるでせう。ところ＃
が、ぼくのせいの高さは、百二十四センチなんです。あ＃
としばらくで、かげが百二十四センチにちぢんで、ぼく＃
のせいと同じ長さになります。」＃
勇「わかつた、やつとわかつた。」＃
春枝「どうなるのですか。」＃
勇「正男くんのせいと、かげの長さと同じになつた時刻は、＃
あの國旗掲揚臺の高さと、かげの長さが同じになると＃
いふわけだらう。」＃
正男「さう、さう。」＃
＜Ｐ－０７２＞
春枝「それで、その時刻に、あの國旗掲揚臺のかげの長さを計＃
るのですね。」＃
正男「そのとほりです。」＃
勇「うまいところに氣がついたな。」＃
花子「ほんたうですね。」　＃
　四　＃
正男「さ、勇くん、ぼくが『ようし。』といつたら、國旗掲揚臺のか＃
げの端に、しるしをつけてくれたまへ。　　＃
勇さんは、國旗掲揚臺のかげのところへ行つて、しるしをつ＃
ける用意をする。　　＃
＜Ｐ－０７３＞
春枝さんと、花子さんは、ぼくのかげが百二十四センチ＃
になつた時、知らせてください。」＃
二人は、卷尺を張つて見つめてゐる。まもなく、＃
春枝花子「今、百二十四センチになりました。」＃
正男さんは、「ようし。」と叫ぶ。勇さんはしるしをつける。＃
勇「さ、みんなで、いつしよに計つてみよう。」＃
みんな、「一メートル、二メートル、三メートル。」と聲を出して＃
數へる。＃
みんな「十メートル、十一メートル、十二メートル。」＃
勇「ちやうど十二メートル。」＃
＜Ｐ－０７４＞
みんな「あれが十二メートルの高さかな。」＃
といつて、國旗掲揚臺の先を見あげる。　　＃
　十五　　夏　＃
じりじりと、　　＃
照りつける太陽。　　＃
ごみつぽいでこぼこの道を、　　＃
トラックが通る。　　＃
＜Ｐ－０７５＞
「カーン、カーン、カーン。」　　＃
けたたましい響きだ、　　＃
鐵工場の前。　　＃
その庭に、日まはりが咲いてゐる。　　＃
くろぐろと、　　＃
茂つた夏草。木立には、　　＃
蝉［せみ］が、　　＃
油を煮るやうに鳴きたてる。　　＃
＜Ｐ－０７６＞
びつしよりと、　　＃
軍服を汗ににじませて、　　＃
兵隊さんが通る、　　＃
一中隊ばかり。　　＃
「暑いなあ。」　　＃
だれもがさういふ。しかし、　　＃
夏ほど明かるくて、　　＃
さかんなものはあるまい。　　＃
＜Ｐ－０７７＞
　十六　　兵營だより　＃
武男くん、お手紙ありがたう。班長殿に呼ばれて、きみか＃
ら來た手紙を渡された時は、ほんたうにうれしく思ひまし＃
た。＃
をぢさんや、をばさんも、お變りないさうで、何よりです。＃
ぼくも、入營以來ずつと元氣です。このごろは、もうすつか＃
り兵營生活になれて、毎日樂しい日を送つてゐます。＃
朝、起床ラッパが鳴ると、いつせいにはね起きます。すば＃
やく寢床をかたづけて、かわいた手拭で、からだが赤くなる＃
＜Ｐ－０７８＞
ほどこすります。それから、兵舍の前に並んで、點呼を受け＃
るのです。點呼がすむと、きれいな朝の空＃
氣を胸いつぱい吸つて、「一、二、三、四。」と、掛聲＃
勇ましく體操をしますが、その時は、何とも＃
いへないよい氣持です。＃
教練は、午前と午後にあります。「氣をつ＃
け。」の姿勢をきちんとしたり、大きな目を見＃
はつて、くわつぱつに手をあげて敬禮をし＃
たり、背［はい］嚢［なう］と銃を肩に、歩調を合はせて勇ま＃
しく行進したり、「をりしけ。」や、「ふせ。」の姿＃
＜Ｐ－０７９＞
勢で、小銃を撃つけいこをしたりします。＃
時には、朝早くから、遠くへ演習に出かけることもありま＃
す。斥［せき］候［こう］になつて森や林の中をかけまはつたり、「パンパン、＃
パンパン。」と、小銃や機關銃を撃つたり、相手の陣地に、「わあつ。」＃
と大聲をあげて、はげしく突撃したりします。このやうに、＃
野原や山を一日中かけまはつて、夕方おなかをぺこぺこに＃
して、なつかしい兵營へ歸つて來るのです。すぐに兵器の＃
手入れをして、夕飯をたべますが、そのおいしいことは、また＃
かくべつです。大きなアルミニュームの食器に、山もりに＃
した御飯を、見るまに平げてしまひます。＃
＜Ｐ－０８０＞
夕食後は、ぼくらの最も樂しい時間で、お風［ふ］呂［ろ］へはいつた＃
り、軍歌の練習をしたり、お汁粉や、大福餅をたべながら、お國＃
じまんの話に花を咲かせたりします。＃
午後八時には、夜の點呼があるので、めいめいの部屋で整＃
列して、週番士官殿の來られるのを待ちます。週番士官殿＃
が見えると、班長殿は、＃
「第一班、總員三十名。事故なし。」＃
と、人員の報告をされます。それから、ぼくたちに向かつて、＃
「番號。」＃
といはれます。ぼくたちは、「今日も、おかげで無事に終りま＃
＜Ｐ－０８１＞
した。」といふ心持で、「一、二、三、四、五、六。」と、大きな聲で、次々に＃
番號を送つて行きます。＃
點呼が終ると、みんな聲をそろへて、お＃
ごそかな氣持で、軍人勅［ちよく］諭［ゆ］を奉讀します。＃
靜かな夜の兵營のどの室からも、力強い＃
奉讀の聲が聞えて來るのは、この時です。＃
勅諭の奉讀がすむと、班長殿から、いろ＃
いろな命令や注意などを受けます。＃
九時には、「みんなおやすみなさい。」と、＃
消燈ラッパが鳴り渡るので、その前に、日＃
＜Ｐ－０８２＞
記をつけたり、手紙を書いたりします。＃
ぼくらが、朝夕寢起きする室の壁ぎはには、銃を立て掛け＃
ておくところがあつて、手入れのよくとどいた小銃が、行儀＃
よく並んでゐます。兩側には寢臺があつて、寢臺の後には、＃
めいめいの持物を置くたながあります。その上に、ていね＃
いにたたんだ軍服や、背嚢などが、きちんと置いてあります。＃
室のすみからすみまで、よくせいとんがしてありますから、＃
いざといふ場合には、暗がりでも、すぐ武［ぶ］裝［さう］することができ＃
ます。＃
晝のつかれで、みんなすやすやと眠つてゐると、夜中に、＃
＜Ｐ－０８３＞
「武裝して、兵舍の前に集れ。」＃
と、急に命令がくだることがあります。その時は、大急ぎで＃
武裝して、まつ暗な兵舍の前に整列します。＃
入營當初は、寒い風が吹きまくる營庭で、教練をしたり、つ＃
めたい水で食器を洗つたり、せんたくしたり、なかなか骨が＃
をれましたが、だんだんなれて來ると、日々の仕事がおもし＃
ろく、ゆくわいになります。＃
兵營は、いはば一つの大きな家庭で、中隊長殿を始め、上官＃
のかたがたは、ぼくらを、自分の弟か子のやうにしんせつに＃
してくださいます。それで、みんなは仲よくはげましあつ＃
＜Ｐ－０８４＞
て、毎日、教練をしたり勉強したりして、軍人としてのりつぱ＃
な精神を養つて行くのです。＃
武男くんたちも、やがては、かういふ兵營生活をするやう＃
になるのですから、今のうちから、しつかりやるやうにして＃
ください。＃
手紙を書いてゐる間に、いつのまにか九時前になりまし＃
た。ぢき消燈ラッパが鳴りますから、これでやめます。み＃
なさんによろしく。さやうなら。　　＃
　年　月　日　　新一　＃
武男くん　＃
＜Ｐ－０８５＞
　十七　　油［あぶら］蝉［ぜみ］の一生　＃
油蝉の子は、土の中に住んでゐます。前足が丈夫ですか＃
ら、けらや、もぐらのやうに、土の中を上手にもぐつて行きま＃
す。たいていは、木の細い根をぢくにして、まるい穴をほり、＃
その中にはいつてゐます。油蝉の子＃
の口には、針のやうな管がありますか＃
ら、その管を木の根にさしこんで、汁を＃
吸つて生きてゐます。＃
それにしても、この油蝉の子は、いつ、＃
＜Ｐ－０８６＞
どこで生まれたのでせうか。＃
夏の末になると、親蝉は、木の皮にきずをつけて、その中に＃
卵を生みます。卵は、そのままで冬を越して、あくる年の夏＃
かへるのですが、その時は、二ミリぐらゐの小さな、白いうじ＃
のやうなものです。この小さな虫が、やがて木をおりて、い＃
つのまにか、柔かい土の中にもぐりこんでしまひます。＃
最初は、淺いところにゐますが、年を取るにつれて、だんだ＃
ん深いところへはいつて行きます。からだも大きくなり、＃
形も色も、しだいに變つて、丈夫さうになります。＃
土の中へもぐつてから七年めに、やつと長い地下の生活＃
＜Ｐ－０８７＞
が終るのです。そこで、油蝉の子は、深いところから、だんだ＃
ん淺いところへ移つて、地上へ出る日の來るのを待つてゐ＃
ます。＃
天氣のよい夏の夕方、油蝉の子は、今日こそと穴から地上＃
へはひ出します。もう鳥などはたいてい寢てゐますが、そ＃
れでも油蝉の子は用心して、急いで安全な場所をさがしま＃
す。木とか、草とかにのぼつて、安心だと思ふと、前足のつめ＃
で、しつかりとそれにしがみつきます。すると、ふしぎにも、＃
前足は堅くその場所にくつついて、動かなくなります。＃
そのうちに、堅いせなかの皮が縱に割れて、中からみづみ＃
＜Ｐ－０８８＞
づしいからだが現れます。すぐにせなかが出る。頭が出＃
る。つづいて足が出て來ます。もう殘つたところは、腹の＃
下の方だけです。＃
そこで、おもしろい運動を始めます。ぐ＃
つとそりかへるやうにして、頭を後へさげ＃
ます。しばらくは、そのままで、じつと動か＃
ないでゐますが、やがて起き直つたと思ふ＃
と、からだは完全に拔け出します。しわく＃
ちやになつてゐた羽が、みるみる延びて來＃
ます。＃
＜Ｐ－０８９＞
もう、蝉の子ではありません。色はま＃
だ青白くて、弱々しさうですが、形はりつ＃
ぱな親蝉です。＃
夜風に當り、朝日に當ると、すつかり色＃
が變つて、見るからに丈夫さうな油蝉に＃
なります。さうして、天氣のよい夏の日を、樂しさうに飛び＃
まはり、鳴きたてます。＃
油蝉は、それから二三週間生きてゐます。滿六年といふ＃
長い地下生活にくらべて、なんといふ短い地上の命でせう。＃
ところで、この六年でさへ長いと思はれるのに、外國には、十＃
＜Ｐ－０９０＞
何年も、土の中にもぐつてゐる蝉があるといふことです。　　＃
　十八　　とびこみ臺　＃
「向かふのとびこみ臺へ、泳いで行かう。」＃
といつて、本田くんといつしよに、肩を並べて泳いで行きま＃
した。＃
とびこみ臺の中段へあがつて、そこから、二人ともとびこ＃
みの練習をしましたが、本田くんの方が上手でした。＃
上のいちばん高い段からは、五年生の山本くんがとんで＃
ゐました。からだをぴんとのばして、臺の上から、まつさか＃
＜Ｐ－０９１＞
さまに、水の中へずぶりとはいつて行くのは、いかにも愉快＃
さうでした。＃
「わたなべくん、上の段からとばうよ。」＃
と、本田くんがいひましたので、いちばん上の段へのぼつて＃
行きました。とばうと思つて下を見ると、何だかこはいや＃
うな氣持がしました。＃
頭の上では、夏の太陽が、かんかんと照つてゐます。青い＃
波はきらきらと光つて、目が痛いやうです。＃
「おい、早くとびたまへ。きみがとばなければ、ぼくがとべ＃
ないぢやないか。」＃
＜Ｐ－０９２＞
と、本田くんがい＃
ひました。＃
「よし。」＃
といつて、ちよつ＃
と下を見ると、足＃
がぴつたり板について、離れないやうな＃
氣がします。＃
空では、大きな入道雲が笑つてゐます。＃
「弱虫、早くとびたまへ。」＃
と、山本くんがいつたので、今度は、下を見ないで、向かふの山＃
＜Ｐ－０９３＞
をじつと見つめました。＃
「えいつ。」＃
といひながら、思ひきつて、兩足で臺をけりました。＃
「あつ。」＃
と思つたその時、空と水がひつくり返つて、からだはもう水＃
の中へもぐつてゐました。＃
水の上へ顏を出すと、本田くんと山本くんが、臺の上で笑＃
つてゐました。＃
「おうい、ぼくのとび方は、どうだつたい。」＃
と聞きますと、二人は、＃
＜Ｐ－０９４＞
「よかつた、よかつた。うまかつたよ。」＃
とほめてくれました。＃
ぼくは、とびこみ臺の方へ泳いで行きました。　　＃
　十九　　母馬子馬　＃
＜Ｐ－０９５＞
母馬子馬、　　＃
沼［ぬま］の岸、　　＃
夏のゆふべの柳かげ。　　＃
母が番して、　　＃
子の馬は、　　＃
ゆつくりゆつくり水を飲む。　　＃
まるくひろがる　　＃
水の輪が、　　＃
＜Ｐ－０９６＞
いくつも出ては消えるたび、　　＃
水にうつつた　　＃
三日月が、　　＃
ゆらゆら見えたりかくれたり。　　＃
母馬子馬、　　＃
沼の岸、　　＃
柳のかげが暮れて行く。　　＃
＜Ｐ－０９７＞
　二十　　東［とう］郷［がう］元［げん］帥［すゐ］　＃
關東大震災の時であつた。＃
「ドドッ。」といふ、ものすごい地響きとともに、東京の何十萬＃
の家は、一度に震動した。瓦［かはら］が落ちる、窓ガラスが飛ぶ、石垣＃
がくづれる。傾く家、めちやめちやにつぶれる家もずゐぶ＃
ん多かつた。＃
市民は、まつたく生きた氣持もなかつた。命からがら逃＃
げ出した者も、しばらくは、つづいて起る餘震におどろいて、＃
ただ「あれよ、あれよ。」といふばかり。まして、けがをした者＃
＜Ｐ－０９８＞
や、つぶれた家の下敷きになつた者は、どんな氣持であつた＃
らう。＃
東郷元帥の家は、質素な、古い木造建であつた。はげしい＃
震動に、この家も、たちまち壁はくづれ、屋根瓦はたいてい落＃
ちてしまつた。＃
ちやうど、お晝の食事中であつた元帥は、家の人々といつ＃
しよに庭へ出たが、はげしい震動がひとまづ過ぎると、すぐ＃
に居間へとつて返した。たんすをあけて、みづから軍服を＃
取り出し、手早く着かへた。さうして、胸には、うやうやしく＃
勳［くん］章［しやう］をつけた。＃
＜Ｐ－０９９＞
「どうなさるのでございますか。」＃
といふ家人の問に對して、元帥はおごそかに、＃
「赤坂離［り］宮［きゆう］へ。」＃
と答へた。＃
ひきつづき起る餘震に、家は震ひ、地はゆれ、市民があわて＃
ふためいてゐる中を、七十七歳の老元帥は、赤坂離宮へと急＃
いだ。＃
當時、大正天皇は、日光にいらせられた。元帥は、赤坂離宮＃
に、攝［せつ］政［しやう］殿下をお見まひ申しあげたのである。＃
攝政殿下の御無事でいらつしやるのを拜した元帥は、胸＃
＜Ｐ－１００＞
をなでおろしながら、三時ごろおいとまを申しあげて、自宅＃
へ歸つた。＃
そのころ、東京市中は、いたるところに火災が起つてゐた。＃
歸るとすぐ、元帥は家の人に、＃
「陛下のお寫眞を、庭へお移し申せ。」＃
と命じた。＃
お寫眞は、庭の中央に安置された。＃
やがて、火は近くの家に起つた。元帥の家の人々は、手傳＃
ひに、その方へかけつけて行つた。＃
ところが、火はたちまち元帥の家をおそつた。まづ、自動＃
＜Ｐ－１０１＞
車小屋が見るまに燒けた。＃
元帥は、家に殘つてゐた人々を指＃
圖しながら、みづから防火につとめ＃
た。＃
「あぶなうございます。どうぞ、お＃
たちのきください。」＃
と、人々がすすめても、元帥は、＃
「なに、大丈夫。もう少し。」＃
といつて、聞き入れなかつた。自分＃
の家を燒くのは、近所の家々へ、めい＃
＜Ｐ－１０２＞
わくをかけることになる。守られるだけは、守らなければ＃
ならないといふのが、元帥の心であつた。＃
火は前後二回おそつたが、元帥の指圖と、集つて來た人々＃
の働きによつて、消しとめられた。かうして、家は最後まで＃
無事であつた。　　＃
　二十一　　くものす　＃
二階の窓から見てゐると、大きなくもが一匹、すうつと、私＃
の目の前へぶらさがつて來ました。私は、びつくりしまし＃
た。＃
＜Ｐ－１０３＞
見ると、くもは、雨どひのところから、糸を引＃
いておりて來たのです。さうして、そのまま、＃
じつとして動かうともしません。これから、＃
いつたい、何をしようとするのかと思ふと、私は、急におもし＃
ろくなつて來ました。＃
くもは、やがて後の方の足を動かして、おしりのところか＃
ら、たくさんの細い糸を引き出し始めました。糸は、一セン＃
チ、二センチと、見るまに延びて、二メートルぐらゐになりま＃
した。何十本とも知れない細い、白い糸が、夕風にゆられな＃
がら、ふはふはと空中にただよつてゐるのは、ほんたうにき＃
＜Ｐ－１０４＞
れいでした。＃
そのうちに、このたくさんの糸の＃
中の一本が、向かふの柿の木の枝に＃
くつつきました。くもには、それが＃
すぐわかるものとみえて、しきりに＃
この糸を、引つぱつたり動かしたり＃
してゐましたが、やがてそれを傳つ＃
て、向かふへ渡り始めました。さう＃
して、風にゆられながら、やつと柿の＃
木にたどり着きました。くもは、ほつと一安心したやうで＃
＜Ｐ－１０５＞
した。＃
今度は、前の方の足をしきりに動かして、この糸を自分の＃
方へたぐり始めました。すると、今までたるんでゐた糸が、＃
だんだんまつ直になりました。かうして、雨どひと柿の木＃
との間に、一筋の糸が、空中にぴんと張り渡されました。＃
くもは、この上を、いそがしさうに行つたり來たりして、す＃
を作る仕事をつづけました。私は、くものりかうなのに、す＃
つかり感心してしまひました。＃
晩になつて、また行つて見ますと、そこには、もうりつぱな＃
網ができてゐました。　　＃
＜Ｐ－１０６＞
　二十二　　夕日　＃
赤い大きな夕日が、今、西の遠い、遠い地平線に落ちて行く＃
ところです。＃
燒けきつた鐵のやうにまつかです。たらひほどに見え＃
る大きな圓の中には、何かとろとろと、とけた物が動いてゐ＃
るやうに見えます。＃
地上のみどりのあざやかなこと、美しいこと。遠くの木＃
立や、家や、煙突が、くつきりと夕空に浮き出してゐます。＃
日は、ぐんぐんと落ちて行きます。一センチ、二センチと＃
＜Ｐ－１０７＞
刻んで行くやうに、動くのがはつきりと見えます。もう、圓＃
の下の端は、地平線にかかりました。＃
ずんずん、沈んで行きます。＃
圓は、しだいに半圓となりました。櫛［くし］ほどになりました。＃
あ、とうとうかくれてしまひました。＃
日が落ちたあとの空は、なんといふ美しさでせう。今、日＃
が沈んだばかりのところから、さし出たいく百筋のこまか＃
い金の矢が、夕空を染めて、空は赤から金に、金からうす青に、＃
ぼかしあげたやうです。＃
あちらこちらに、眞綿を引き延したやうな雲が、金色に、く＃
＜Ｐ－１０８＞
れなゐに、色づき始めます。＃
美しい空です。はなやかな空です。　　＃
　二十三　　秋の空　＃
どこまでも　　＃
高い空だ。　　＃
煙突やアンテナが、　　＃
せいのびをしてゐる。　　＃
どこまでも　　＃
＜Ｐ－１０９＞
青い空だ。　　＃
電柱の碍［がい］子［し］が、　　＃
くつきりと白い。　　＃
どこまでも　　＃
さえた空だ。　　＃
たたけば、かんかん　　＃
音のする空だ。　　＃
　二十四　　濱［はま］田［だ］彌［や］兵［ひやう］衛［ゑ］　＃
＜Ｐ－１１０＞
末［すゑ］次［つぐ］船［ぶね］の船長濱田彌兵衛は、臺［たい］灣［わん］のオランダの長官ノイ＃
ツの不法な仕打に、腹が立つて腹が立つて、たまりませんで＃
した。＃
臺灣は、明治以來日本の領土になりましたが、今から三百＃
二十年ぐらゐ前までは、まだどこの國のものともきまつて＃
ゐませんでした。今日、高［たか］砂［さご］族といつてゐる島の人が、未開＃
の生活をしてゐるだけでありました。＃
その以前から、日本人は、さかんに南方へ船で出かけ、南支＃
那から、今のフィリピンや、佛［ふつ］印［いん］や、タイや、ジャワ・スマトラあ＃
たりまで進出して、貿［ぼう］易［えき］をしてゐました。したがつて、その＃
＜Ｐ－１１１＞
途中にある臺灣へも、早くから往來して、そこで島の人や、南＃
支那から來る船と貿易をしたり、＃
そこからさらに南支那へ渡つた＃
りしてゐました。臺灣に住んでゐ＃
る日本人も、たくさんありました。＃
濱田彌兵衛は、長［なが］崎［さき］の貿易商末＃
次平［へい］藏［ざう］の船の船長として、いつも＃
臺灣から南支那へ通つてゐまし＃
た。＃
ところで、そのころ、ひよつこりと臺灣へ現れたのが、オラ＃
＜Ｐ－１１２＞
ンダ人です。かれらは、兵力を以て臺灣の港を占領し、そこ＃
に城を築きました。さうして、日本船や支那船が、貿易する＃
のをさまたげるために、一割といふ高い關税を拂ふことを＃
命じました。＃
いはば、新參者のオランダ人が、古參の日本人をじやまあ＃
つかひにしたのです。日本人は、なかなか承知しませんで＃
した。そこで、オランダの長官は、たびたび日本船を取り調＃
べたり荷物を沒［ぼつ］收［しう］したりして、さんざんいやがらせをしま＃
した。＃
彌兵衛が、末次船二さうを仕立て、荷物や武器を積んで、臺＃
＜Ｐ－１１３＞
灣に着いた時、オランダの長官ノイツは、すぐ役人に命じて＃
その船を調べさせ、一時、彌兵衛を一室にとぢこめておいて、＃
武器や船具を沒收させてしまひました。彌兵衛が腹を立＃
てたのは、それがためであります。＃
しかし、彌兵衛は、なにもオランダ人と、けんくわをしよう＃
といふのではありませんから、できるだけおだやかに出て、＃
武器や船具を返してくれるやうに、たびたびかけ合ひまし＃
た。ノイツは、＃
「何のために、武器を積んで來たのか。」＃
と彌兵衛を責めます。＃
＜Ｐ－１１４＞
「海賊にそなへるためです。」＃
と、彌兵衛は答へました。そのころ、南支那の海上に海賊の＃
一團がゐて、彌兵衛も、これまでずゐぶん苦しんだことがあ＃
ります。しかしノイツは、＃
「もうこのへんに、海賊はゐないはずだ。」＃
としらばくれて、武器を返さうといひません。＃
かういふかけ合ひをしてゐる間に、むなしく月日が過ぎ＃
て行きました。ノイツは、武器や船具を返さないばかりか、＃
日本船に水さへもくれません。しかも、そのやうすがすこ＃
ぶるわうへいで、高い椅［い］子［す］にふんぞり返りながら、足をもう＃
＜Ｐ－１１５＞
一つの椅子の背にのせたままで、彌兵衛に面會したことも＃
ありました。オランダ人の足が、日本人の頭の上にあると＃
いふことが、どれほど彌兵衛たちを怒らせたかわかりませ＃
ん。＃
彌兵衛は、もうこの上がまんして、日本の恥を臺灣にさら＃
したくありませんでした。何とかして、日本へ歸りたいと＃
思ひました。もし歸れないなら、むしろオランダ人と戰つ＃
て、死んだ方がましだとさへ思ひました。＃
彌兵衛は、部下の者といつしよに、ノイツに最後の面會を＃
求めました。その時、ノイツは城外の別館にゐましたが、通［つう］＃
＜Ｐ－１１６＞
譯［やく］や、そのほか數人の者がそばにゐました。＃
彌兵衛は、まづおだやかに申し出ました。＃
「私どもは、日本へ歸らうと思ひますから、ぜひ、出航を許可＃
していただきたうございます。」＃
ノイツは、だまつてゐました。＃
「それで、このさい、船具や武器のお引き渡しを願ひたいと＃
思ひます。」＃
ノイツは、まだ返事をしません。＃
「風の都合もありますし、どうか今日はぜひとも。」＃
するとノイツは、＃
＜Ｐ－１１７＞
「歸ることは許さん。」＃
と、いつものやうにわうへいに答へました。＃
「どうしても許さないといはれるなら、今日は覺悟があり＃
ますぞ。」＃
と、彌兵衛は、少しつめ寄つていひました。＃
このやうすを見て、そばにゐたオランダ人たちが、びつく＃
りしました。＃
ノイツも、氣味わるく思つたやうですが、わざと平氣な顏＃
で、＃
「そんなに歸りたければ、歸れ。」＃
＜Ｐ－１１８＞
と吐き出すやうにいつたあとで、＃
「だが、荷物は全部置いて行くのだぞ。」＃
とつけ加へました。＃
彌兵衛は、じつとノイツを見つめました。もう、がまんも＃
何もあつたものではないと思ひました。＃
「ようし。」＃
と叫ぶが早いか、すばやくノイツに組みつきました。＃
彌兵衛は、かた手にノイツの胸ぐらをつかんで引きすゑ、＃
かた手に短刀を拔いて、その胸に突きつけました。＃
彌兵衛の部下も、刀を拔きました。＃
＜Ｐ－１１９＞
その室にゐたオランダ人が、＃
逃げ出して急を知らせました。＃
たちまち、城内にラッパが鳴＃
り響きました。オランダ兵士＃
が、彈をこめた銃を持つてかけ＃
つけて來ました。＃
「ドドン。」＃
兵士たちは、屋内へ向かつて撃＃
ちこみました。＃
彌兵衛は、ノイツの首に刀を＃
＜Ｐ－１２０＞
突きつけたまま、＃
「撃つなら撃て。その代り、長官の命はないぞ。」＃
といつて、きつとあたりをにらみました。＃
「いや、撃つな。撃つなといへ。」＃
目を白黒させながら、ノイツは、かけつけて來たオランダ人＃
にいひました。＃
兵士は、仕方なく撃つことをやめました。＃
それから彌兵衛は、ノイツをしばりあげたままで、長い間＃
だんぱんをつづけました。＃
とうとうノイツは、これまでたびたび沒收してゐた荷物＃
＜Ｐ－１２１＞
や、武器・船具、そのほかすべての物を返すことを約束しまし＃
た。＃
數日ののち、彌兵衛を船長とする二さうの日本船は、受け＃
取つた荷物をいつぱい積み、おまけにオランダ船一さうを＃
引きつれて、堂々と臺灣の港を出航しました。＃
「ヤヒヨーエドノ」といふ名が、そののち、オランダ人の間に＃
響き渡りました。　　＃
