＜出典＞５４２　　　国定読本　５期４－２
＜Ｐ－００２＞
　もくろく　＃
一　　船は帆船よ………四　＃
二　　燕はどこへ行く………六　＃
三　　バナナ………十三　＃
四　　大連から………十九　＃
五　　觀艦式………二十六　＃
六　　くりから谷………二十九　＃
七　　ひよどり越………三十一　＃
八　　萬壽姫………三十四　＃
九　　林の中………四十四　＃
十　　グライダー「日本號」………四十六　＃
十一　　大演習………五十六　＃
＜Ｐ－００３＞
十二　　小さな傳令使………六十四　＃
十三　　川土手………六十八　＃
十四　　扇の的………七十一　＃
十五　　弓流し………七十四　＃
十六　　山のスキー場………七十七　＃
十七　　廣瀬中佐………八十六　＃
十八　　大阪………八十八　＃
十九　　大砲のできるまで………九十六　＃
二十　　振子時計………百四　＃
二十一　　水族館………百九　＃
二十二　　母の日………百十九　＃
二十三　　防空監視哨………百二十七　＃
二十四　　早春の滿洲………百三十一　＃
＜Ｐ－００４＞
　一　　船は帆船よ　＃
船は帆船よ、　　＃
三本マスト、　　＃
千里の海も　なんのその。　　＃
萬里の波に　　＃
夕日が落ちて、　　＃
なほも南へ　氣がはやる。　　＃
＜Ｐ－００５＞
とまり重ねて　　＃
心にかかる、　　＃
安南・シャムは　まだはるか。　　＃
椰［や］子［し］の林に　　＃
照る月影を、　　＃
昔の人は　どう見たか。　　＃
日本町に　　＃
ふけ行く夜の　　＃
＜Ｐ－００６＞
ゆめは故郷を　かけまはる。　　＃
　二　　燕［つばめ］はどこへ行く　＃
夏の末ごろ、燕が、電線や物干竿に、五六羽ぐらゐ並んで止＃
つてゐるのを、よく見かけます。時には、十羽二十羽も、ずら＃
りと並んでゐることがあります。その中には、親燕もゐま＃
すが、今年生まれた子燕が、たくさんまじつてゐます。もう＃
大きさだけは、親燕と同じですが、まだ口ばしの下の赤色が、＃
親燕ほどこくありません。口ばしの兩わきが、いくぶん、黄＃
色に見えるのさへあります。＃
＜Ｐ－００７＞
かうして、大勢の燕が並んでゐるのを見ると、何かしら、相＃
談でもしてゐるやうに見えます。まもなく、去つて行かな＃
ければならない日本に、なごりを惜しんでゐるのかも知れ＃
ません。これから行かうとする遠い國のことを、話し合つ＃
てゐるのかも知れません。＃
やがて、九月もなかばを過ぎると、燕は、そろそろ日本を去＃
つて行きます。十月には、續々と去つて行きます。十一月＃
の初めになれば、もうほとんど、その姿を見せなくなつてし＃
まひます。＃
いつたい、どこへ行くのでせうか。＃
＜Ｐ－００８＞
燕の行く先は、遠い、遠い南の海のかなたです。＃
東京から、四千キロもあるフィリピンで、ある年の十月の＃
末、子どもが燕をつかまへました。すると、その右の足に、日＃
本の文字を記した、小さな金屬の板がついてゐました。そ＃
れによると、埼［さい］玉［たま］縣のあるところで、試みにしるしをつけて、＃
はなしたものだといふことがわかりました。＃
しかし、燕はもつともつと、南へ飛んで行くのです。南洋＃
の島々から、中には、さらに海を越えて、遠いオーストラリヤ＃
まで行くのがあるといふことです。＃
燕は、鳥の中でも、いちばん早く飛ぶ鳥です。汽車や自動＃
＜Ｐ－００９＞
車も、かなはないくらゐの早さですから、何百キロの海を、一＃
氣に飛ぶことも、決してふしぎではあ＃
りません。しかし、その中には、今年生＃
まれた子燕がたくさんゐます。また、＃
時にあらしや、そのほかの思ひがけな＃
い災難に、あはないともかぎりません。＃
昭和六年の秋のことでした。ヨー＃
ロッパのある國で、約十萬羽の燕が、急＃
に落ちて來たことがあります。その＃
年は氣候が不順で、九月の中ごろ急に＃
＜Ｐ－０１０＞
寒くなり、雨が降り續きました。をりから南へ飛行中だつ＃
た燕は、食にうゑ、つめたい雨にずぶぬれになつて、もう、身動＃
きもできなくなつてしまつたのです。そこで、その國の人＃
人は、このつかれはてた鳥を拾ひ集めて、暖い家に入れてや＃
り、食物を與へてやりました。さうして、つかれのなほるの＃
を待つて、南の暖い國へ送つてやりました。何しろ十萬と＃
いふ數ですから、これを送るのはたいへんなことでした。＃
九月の末から、十月の初めにかけて、汽車や飛行機で、何回に＃
も送つたといふことです。＃
昔から、燕は、同じ家に歸つて來るといはれてゐます。つ＃
＜Ｐ－０１１＞
まり、今年ある家の軒下で巣［す］を作つた燕が、來年また、同じ巣＃
へもどつて來るといふのです。近年になつて、いろいろな＃
方法で、このことを調べてみますと、やはりさうであること＃
がわかりました。ただ、あの小さなからだで、長い旅行を續＃
けるせゐか、途中で死んで歸つて來ない燕も、かなり多いと＃
いふことです。＃
日本からオーストラリヤまでは、一萬キロ以上もありま＃
すが、燕は、決して自分の國を忘れません。日本に春が來る＃
と思へば、もう矢もたてもたまらず、北をさして進むのです。＃
その小さな胸には、若葉のもえる日本の春の美しさを、思ひ＃
＜Ｐ－０１２＞
浮かべてゐるでせう。青々と植ゑつけられた夏の稻田を、＃
思ひ浮かべてゐるでせう。何よりも、あの家の軒下に作つ＃
た古巣が、なつかしいでせう。＃
春になると、だれもが、このめづらしいお客の歸つて來る＃
のを、待ちこがれてゐます。ちらりと燕の姿を見た人は、き＃
つと＃
「今日、始めて燕を見たよ。」＃
といつて喜びます。わけても、自分の家へ、いそいそと歸つ＃
て來た燕を迎へる人の心は、どんなにうれしいことでせ＃
う。　　＃
＜Ｐ－０１３＞
　三　　バナナ　＃
今日はバナナのお話をしませう。＃
あの黄色な皮をむくと、中から白い、柔かな實の出て來る＃
バナナは、きつとみなさんのすきな果［くだ］物［もの］にちがひありませ＃
ん。ところで、あのバナナが、どこでできるか、どういふ植物＃
に生るか、みなさんはそれを知つてゐますか。＃
私たちのたべる、あの美しいバナナは、臺［たい］灣［わん］のゆたかな日＃
光を受けて、育つた果物です。私たちが、「ばせう」といつてゐ＃
るものに、よく似た植物に生る果物です。＃
＜Ｐ－０１４＞
かういふと、みなさんは、臺灣にさへ行けば、バナナの木が＃
どこにでもあつて、黄色なのを、そのまま取つてたべるのだ＃
なと思ふかも知れませんが、それは大きなまちがひです。＃
いくら臺灣でも、あの美しいバナナが、野生でできるので＃
はありません。ちやうど、みなさんのたべる、おいしい梨［なし］や＃
水［すゐ］蜜［みつ］桃［たう］などが、畠でだいじに育てられた木に生るのと同じ＃
ことです。梨畠や桃畠へはいつて、枝のままもぎ取つてた＃
べたら、みなさんはきつとしかられるでせう。臺灣のバナ＃
ナにしても、それと同じことなのです。＃
臺灣では、よく山ぞひの土地に、バナナが植ゑてあります。＃
＜Ｐ－０１５＞
ちよつと遠くから見ると、バナ＃
ナの畠は、キャベツか、それとも、＃
カンナでも作つた畠のやうな＃
感じがします。それほど、あの＃
大きな、ばせうに似た植物が、き＃
ちんと行儀よく、しかも、たくさ＃
ん植ゑてあるのです。ところ＃
によると、何百メートルといふ＃
高い山の斜面が、ほとんど全部、バナナ畠であることがあり＃
ます。＃
＜Ｐ－０１６＞
これほどたくさん植ゑてあるバナナが、一本一本だいじ＃
にされてゐます。まはりの草を取つたり、肥料をやつたり、＃
そのほか、いろいろせわをしてやるのです。實が生ると、梨＃
や桃と同じやうに、袋まで掛けてやるのです。＃
バナナは、苗を植ゑてから早くて十箇月、おそくても一年＃
二箇月たつと、數メートルの高さに成長して、花が咲きます。＃
古い株を切つて出た芽は、それよりも早く成長して花が咲＃
きます。＃
まづ、葉と葉の間から、太い、長い一本の軸［ぢく］が出ます。それ＃
が花の軸で、その先に、赤むらさき色の、大きな蓮［はす］のつぼみの＃
＜Ｐ－０１７＞
やうなものがつきます。やがてそれが開くと、中に黄色な＃
花が、矢車のやうに並んで咲きます。かうして、花が次から＃
次へと、何段かに咲＃
いて行つて、ふさの＃
やうになります。＃
花が咲いてから＃
三四箇月たつうち＃
に、このふさがだん＃
だん大きくなつて、それにぎつしりと、みなさんのたべる、あ＃
のバナナが生るのです。＃
＜Ｐ－０１８＞
バナナは、まだ青いうちに取つてかごにつめ、船に積んで＃
遠方へ送ります。臺灣から、神［かう］戸［べ］や、東京へ通ふ汽船といふ＃
汽船は、いつもバナナを積んでゐます。＃
青いバナナは、むろへ入れて置くと、四五日のうちに、皮が＃
黄色になり、おいしい味が出て來ます。＃
太陽のゆたかな熱と光とを吸つて、すくすくと育つた臺＃
灣のバナナは、かうしてみなさんのお目にかかります。北＃
海道や樺［から］太［ふと］はいふまでもなく、北支那から、北滿洲の雪の夜＃
の家々にも行つて、みんなを喜ばしてゐます。　　＃
＜Ｐ－０１９＞
　四　　大［だい］連［れん］から　＃
みなさん、たびたびお手紙をありがたう。元氣で何より＃
です。私もずつと丈夫で、毎日樂しく暮してゐます。＃
きのふは、明治節でした。講堂の壇［だん］に、かざつてあつた菊＃
の花を見て、ふと、みなさんのことを思ひ出しました。去年＃
の今ごろ、學校園の菊の花を寫生しましたね。＃
私の送つてあげた大連の繪はがきや、地圖が、教室に張つ＃
てあるさうですね。あの地圖を見てもわかるでせうが、町＃
の名に、日露戰爭當時の將軍がたの名が取つてあります。＃
＜Ｐ－０２０＞
大山通とか、乃［の］木［ぎ］町とか、東［とう］郷［がう］町とか、み＃
なさうです。このほかまだあります＃
から、さがしてごらんなさい。滿洲は、＃
前から、日本と深いつながりがあつた＃
わけです。＃
こちらへ來てから、半年餘りになる＃
ので、この町にも、すつかりなれました。＃
町には、いくつかの廣場があります＃
が、私は、繪はがきにある大廣場がすき＃
です。圓形で、きれいな植込みのある廣場です。ここで、滿＃
＜Ｐ－０２１＞
人の子どもや、ロシヤの子どもたちが、よく遊んでゐます。＃
今はちやうど、菊の花がたくさん陳［ちん］列［れつ］されてゐます。それ＃
から、アカシヤの並木の繪はがきもあつた＃
でせう。あの下を何度も通りました。白＃
いふさになつた花の咲くころは、よいにほ＃
ひがして、そこを馬車に乘つて走るのは、樂＃
しいものです。並木道をのぼつて行くと、＃
忠［ちゆう］靈［れい］塔［たふ］が立つてゐます。高いところにそびえてゐるので、＃
町からよく拜むことができます。＃
大連の港は、ずゐぶん大きくて、毎日たくさんの船が出た＃
＜Ｐ－０２２＞
り、はいつたりして、そのたびに、貨物が山のやうにおろされ＃
たり、積み込まれたりします。＃
大連から、特別急行列車の「あじあ」が出ます。これで新京＃
へは八時間半、ハルピンへは、十二時間半で行くことができ＃
ます。また内地へは、毎日のやうに汽船が出ますので、それ＃
に乘ると、四日めには神［かう］戸［べ］に着きます。旅客機で朝たてば、＃
夕方には大阪に着きます。＃
滿洲國には、いろいろな民族が集つてゐて、みんな樂しく＃
働いてゐます。これらの人たちは、日本語を、一生けんめい＃
におぼえようとしてゐます。たとへ、これらの民族のこと＃
＜Ｐ－０２３＞
ばがちがつてゐても、やがて日本語を通して、たがひにお話＃
ができ、心持が合ふやうになりませう。このあひだ、支那町＃
を見に行つた時、おもしろいかんばんが見つかりました。＃
赤い布ぎれのふさをつるしたものですが、何のかんばんだ＃
らうと思つて、そばで遊んでゐた滿人の子どもにたづねま＃
すと、＃
「あれは、支那料理の店のかんばんです。」＃
と、日本語ではつきり教へてくれました。＃
朝夕ひえびえとして、空がほんたうにきれいに澄むころ＃
になりました。夜は星が美しく、手を延せば、すぐつかめさ＃
＜Ｐ－０２４＞
うに近く見えます。＃
かうりやんも大豆も、刈り取つてしまひました。「カウリ＃
ャンカッテヒロイナア、ドッチヲミテモヒロイナア。」と、一年＃
の時に、みなさんが讀んだ歌のとほりだと、つくづく思ひま＃
した。＃
この春、私がこちらへ來たころは、雁［がん］も北へ行きましたが、＃
今は、南へ南へと飛んでゐます。日本へ行くのです。「雁に＃
手紙を頼みたい。」といふことを、昔からいひますが、ほんたう＃
に、そんな氣持になることがあります。＃
秋の遠足には、旅順へ行きました。旅順は、どこへ行つて＃
＜Ｐ－０２５＞
も靜かな美しい町で、ここであんなはげしい戰があつたと＃
は、どうしても思はれません。しか＃
し、にれい山へのぼつたり、表忠塔を＃
仰いだり、廣［ひろ］瀬［せ］中佐で名高い旅順港＃
口を眺めたりすると、心持がひとり＃
でに、ひきしまつて來るやうに思ひました。旅順の繪はが＃
きを別に送りましたから、みんなでごらんなさい。では、み＃
なさん、おだいじに。さやうなら。　　＃
十一月四日　　木村正一　＃
四年生のみなさんへ　＃
＜Ｐ－０２６＞
　五　　觀艦式　＃
朝もやが晴れて行く　　＃
海――見わたすかぎり、　　＃
くつきりと、堂々と、　　＃
帝國の艦艇［てい］、おお、その雄姿。　　＃
第一列から　第五列まで、　　＃
旗艦長［なが］門［と］以下百數十隻［せき］、　　＃
さんさんと秋の日をあび、　　＃
＜Ｐ－０２７＞
今日、おごそかに觀艦式。　　＃
皇禮砲二十一發、　　＃
御召艦比［ひ］叡［えい］は進む、　　＃
巡［じゆん］洋［やう］艦高雄を先導に、　　＃
加古・古［ふる］鷹［たか］を　うしろに從へて。　　＃
マストに仰ぐ　　＃
天皇旗、ああ、天皇旗。　　＃
すべての艦艇は　うやうやしく、　　＃
＜Ｐ－０２８＞
登［とう］舷［げん］禮、君が代のラッパ。　　＃
大空の一角に、　　＃
飛行機の爆音、　　＃
たちまち數百機が、　　＃
空をおほうて分列式、分列式。　　＃
御召艦ははるばると、　　＃
艦列をぬつて進む。　　＃
青空ははてもなく澄み、　　＃
＜Ｐ－０２９＞
秋風はさわやかに海をわたる。　　＃
　六　　くりから谷　＃
木［き］曾［そ］義［よし］仲［なか］、都へ攻めのぼると聞きて、平家は、あわてて討手＃
をさし向けたり。＃
大將平［たひらの］維［これ］盛［もり］は、十萬騎を引きつれ、越［ゑつ］中［ちゆう］の國、となみ山に陣＃
を取る。義仲は、五萬騎を引きつれ、これも同じく、となみ山＃
のふもとに陣を取る。＃
兩軍たがひに押し寄せて、その間わづかに三町ばかりと＃
なれり。＃
＜Ｐ－０３０＞
夜に入りて、義仲、ひそかにみ＃
かたの兵を敵の後にまはらせ、＃
前後より、どつとときの聲をあ＃
げさせたり。＃
不意を討たれて、平家の軍は、＃
上を下への大さわぎ。弓を取＃
る者は矢を取らず、矢を取る者は弓を取＃
らず。人の馬にはおのれ乘り、おのれの＃
馬には人が乘り、後向きに乘るもあれば、＃
一匹の馬に二人乘るもあり。暗さは暗＃
＜Ｐ－０３１＞
し、道はなし。平家の軍は逃げ場を失ひて、後のくりから谷＃
に、なだれを打つて落ち入りたり。＃
親も落つればその子も落ち、弟も落つれば兄も落ち、馬の＃
上には人、人の上には馬、重なり重なつて、さしもに深きくり＃
から谷も、平家の人馬にてうづまれり。＃
大將維盛は、命からがら加賀の國へ逃げのびたり。　　＃
　七　　ひよどり越　＃
平家の軍勢十萬餘騎、一の谷に城をかまへて、源氏の大軍＃
を防ぐ。後は山けはしく、前は海近くして、守り堅ければ、源＃
＜Ｐ－０３２＞
氏も攻めあぐみて＃
見えたり。＃
大將源［みなもとの］義［よし］經［つね］、思ふ＃
やう、「敵はけはしき山をた＃
のみ、後のそなへを怠りてあ＃
らん。われ、敵の後を突かん。」と＃
て、ひそかに三千餘騎を引きつれ、山を傳ひ＃
て、ひよどり越に出づ。見おろせば、いく百＃
丈の谷は、あたかも屏［びやう］風［ぶ］を立てたるがごと＃
し。大將、試みに數匹の馬を追ひ落したる＃
＜Ｐ－０３３＞
に、ころびて倒るるもあり、足ををりて死ぬるもあり。され＃
ど、三匹は無事にくだり、身ぶるひして立ちあがれり。＃
大將、これを見て、「乘手が用心するならば、馬もけがはなか＃
るべし。いざ、進め。義經を手本にせよ。」とて、眞先にかけく＃
だれば、三千餘騎、馬を並べてかけくだる。小石まじりの砂＃
なれば、流るるやうにすべること二町餘にして、やや平なる＃
ところに着きぬ。＃
されど、これより下、十四五丈ばかりは、こけむしたる岩石、＃
壁のごとくつき立ちたり。今は先へも進まれず、後へひか＃
んやうもなし。皆々、顏を見合はせ、ただあきれゐたるに、佐［さ］＃
＜Ｐ－０３４＞
原［はらの］十［じふ］郎［らう］義［よし］連［つら］進み出で、「われらには、かかるところも平地に同＃
じ。進めや。」とて、眞先にかけ進めば、三千餘騎も續いて進む。＃
聲をしのばせ、馬をはげましつつ、なだれのごとくくだるさ＃
ま、人わざとも思はれず。＃
くだるやいなや、三千餘騎、一度にどつとときをあげて、平＃
家の城に火を放つ。敵ははたして不意を討たれ、あわてふ＃
ためきつつ船に乘りて、皆ちりぢりに逃げ行きたり。　　＃
　八　　萬［まん］壽［じゆの］姫［ひめ］　＃
源［みなもとの］頼［より］朝［とも］が、鶴［つるが］岡［をか］の八［はち］幡［まん］宮［ぐう］へ舞を奉納することになつて、舞＃
＜Ｐ－０３５＞
姫を集めました。十二人のうち、十一人まではありました＃
が、あとの一人がありません。困つてゐるところへ、御殿に＃
仕へてゐる萬壽がよからうと、申し出た者がありました。＃
頼朝は一目見た上でと、萬壽を呼び出しましたが、顏も姿も、＃
美しく上品に見えましたので、さつそく舞姫にきめました。＃
萬壽は、當年やうやく十三、舞姫の中ではいちばん年若でし＃
た。＃
奉納の當日は、頼朝を始め舞見物の人々が、何千人ともな＃
く集りました。一番、二番、三番と、十二番の舞がめでたくす＃
みましたが、そのうちで、特に人のほめたのは、五番めの舞で＃
＜Ｐ－０３６＞
した。この時には、頼朝もおもしろ＃
くなつて、いつしよに舞ひました。＃
その五番めの舞を舞つたのが、あの＃
萬壽姫であつたのです。＃
明くる日、頼朝は萬壽を呼び出し＃
て、＃
「さてさて、このたびの舞は、日本一＃
のできであつた。お前の國はど＃
こ、また親の名は何と申す。はう＃
びは、望みにまかせて取らせるで＃
＜Ｐ－０３７＞
あらう。」＃
といひました。萬壽は恐る恐る、＃
「別に、望みはございませんが、唐［から］糸［いと］の身代りに立ちたうご＃
ざいます。」＃
と申しました。これを聞くと、頼朝の顏色はさつと變りま＃
した。變るも道理、これには深い事情があつたのです。＃
それより一年ばかり前のことです。木［き］曾［そ］義［よし］仲［なか］の家來、手［て］＃
塚［づかの］太［た］郎［らう］光［みつ］盛［もり］の娘が、頼朝に仕へてゐました。この娘は、頼朝＃
が義仲を攻めようとするのをさとつて、そのことを、義仲の＃
ところへ知らせてやりました。すると、義仲からはすぐ返＃
＜Ｐ－０３８＞
事があつて、「すきをねらつて、頼朝の命を取れ。」と、木曾の家に＃
傳はつてゐた、大切な刀を送つてよこしました。＃
光盛の娘は、そののち晝夜、頼朝をねらひましたが、少しも＃
すきがありません。かへつて、はだ身はなさず持つてゐた＃
刀を、見つけられてしまひました。その刀に見おぼえがあ＃
つた頼朝は、さあ、この女にはゆだんができないといふので、＃
石のらうへ入れてしまひました。唐糸といふのは、この女＃
のことでした。＃
唐糸には、その時、十二になる娘がありました。それが萬＃
壽姫で、木曾に住んでゐましたが、風のたよりにこのことを＃
＜Ｐ－０３９＞
聞いて、うばをつれて、鎌［かま］倉［くら］をさしてくだりました。二人は、＃
野を過ぎ山を越え、なれない道を一月餘りも歩き續けて、や＃
うやく鎌倉に着きました。＃
まづ鶴岡の八幡宮へ參つて、母の命をお助けくださいと＃
祈り、それから頼朝の御殿へあがつて、うばと二人でお仕へ＃
したいと願ひ出ました。かげひなたなく働く上に、人の仕＃
事まで引き受けるやうにしたので、萬壽、萬壽と、人々にかは＃
いがられました。＃
さて萬壽は、だれか母のうはさをする者はないかと、氣を＃
つけてゐましたが、十日たつても、二十日たつても、母の名を＃
＜Ｐ－０４０＞
いふ者はありません。ああ、母はもうこの世の人ではない＃
のかと、力を落してゐました。＃
ある日のこと、萬壽が御殿のうらへ出て、何の氣もなく、あ＃
たりを眺めてゐますと、小さな門がありました。そこへ召＃
使の女が來て、＃
「あの門の中へ、はいつてはなりません。」＃
と申しました。わけをたづねますと、＃
「あの中には、石のらうがあつて、唐糸樣が押し込められて＃
ゐます。」＃
と答へました。これを聞いた萬壽のおどろきと喜びは、ど＃
＜Ｐ－０４１＞
んなであつたでせう。＃
それからまもなくの＃
ことです。ある日、今日＃
はお花見といふので、御＃
殿は人ずくなでした。＃
萬壽は、その夜ひそかに、＃
うばをつれて、石のらう＃
をたづねました。八幡＃
樣のお引合はせか、門の戸は細めにあいてゐました。うば＃
を門のわきに立たせておいて、姫は中へはいりました。月＃
＜Ｐ－０４２＞
の光にすかして、あちらこちらさがしますと、松林の中に石＃
のらうがありました。萬壽がかけ寄つて、らうのとびらに＃
手を掛けますと、＃
「だれか。」＃
と、らうの中から申しました。＃
萬壽は、格［かう］子［し］の間から手を入れて、＃
「おなつかしや、母上樣。木曾の萬壽でございます。」＃
「なに、萬壽。木曾の萬壽か。」＃
親子は手を取りあつて泣きました。やがて、うばも呼ん＃
で、三人は、その夜を涙のうちに明かしました。＃
＜Ｐ－０４３＞
これからのち、萬壽は、うばと心を合はせ、をりをり石のら＃
うをたづねては、母をなぐさめてゐました。さうして、その＃
明くる年の春、舞姫に出ることになつたのでした。＃
親を思ふ孝行の心には、頼朝も感心して、石のらうから唐＃
糸を出してやりました。二人がたがひに取りすがつて、う＃
れし泣きに泣いた時には、頼朝を始め居あはせた者に、だれ＃
一人、もらひ泣きをしない者はありませんでした。＃
頼朝は、唐糸を許した上に、萬壽には、たくさんのはうびを＃
與へました。親子は、うばといつしよに、喜び勇んで木曾へ＃
歸りました。　　＃
＜Ｐ－０４４＞
　九　　林の中　＃
葉は落ちて　　＃
明かるきこずゑ、　　＃
林の中の　小道を行けば、　　＃
一足ごとに、　　＃
かさこそと　鳴る落葉。　　＃
たたずみて、　　＃
しばし聞きいる　　＃
＜Ｐ－０４５＞
林の奧の秋の靜けさ。　　＃
鳴くはいづこ、　　＃
ちち　ちちと、鳥の聲。　　＃
見あぐれば　　＃
高きこずゑ、　　＃
小枝小枝は　かすかにふるふ、　　＃
晴れたる空に、　　＃
細きこと　針のごとく。　　＃
＜Ｐ－０４６＞
　十　　グライダー「日本號」　＃
　一　＃
「今日から、グライダーを作る。」と、先生がいはれたので、みん＃
なは聲を出して喜んだ。道具は、小刀・はさみ・ものさし・分度＃
器などである。＃
最初に、先生から、できあがりのグライダーを見せていた＃
だいた。＃
白い紙をはつた、いかにも飛びさうなかつかうをしてゐ＃
る。＃
＜Ｐ－０４７＞
「これで、百メートルの高さから飛ばすと、二キロは行くは＃
ずです。」＃
といはれたのには、おどろいた。私たち＃
も、あんなのを作るのかと思つたら、なほ＃
うれしくなつた。＃
それから、グライダーの部分部分の名＃
を、教へていただいた。胴體、その先端に＃
とりつける鼻木、いちばん大きな主翼、そ＃
れから水平尾翼・垂直尾翼などである。＃
見たところ、そんなにむづかしいとは思はれないが、先生＃
＜Ｐ－０４８＞
のお話では、少しでもくるひがあると、決してうまく飛ばな＃
いさうだ。どこまでも、正確に作りあげるといふ注意が、大＃
切だといはれた。＃
「動かないものを作るなら、少しくらゐ寸法がまちがつて＃
も、できないことはありません。しかし、このグライダー＃
のやうに、空中を飛ぶものになると、さうはいきません。＃
いいかげんにやつたのでは、決して飛びません。」＃
と、先生がいはれた。＃
きちんと作るためには、設計圖がいる。それで、私たちは、＃
第一に設計圖をかくことになつた。これはたいへんむづ＃
＜Ｐ－０４９＞
かしいので、先生が、小さな穴で、しるしをつけてくださつた＃
紙に、かくことにした。穴と穴とを結びつけて、線を引いて＃
行くと、いつのまにか、りつぱな設計圖ができる。線を引き＃
ながらも、私の心に浮かぶものは、青い空に飛んでゐる眞白＃
なグライダーであつた。　　＃
　二　＃
機體の材料をいただいて、いよいよ製作にとりかかつた。＃
みんなは、一生けんめいだ。話などをしてゐるものは一人＃
もゐない。私は、胴體に鼻木をしつかりと結びつけた。結＃
ぶ糸の數にも、ちやんときまりがある。これは重さに關係＃
＜Ｐ－０５０＞
があるからだ。＃
次に翼を作るために、ひごをまるく曲げなければならな＃
いが、これはなかなかむづかしい。ただ曲げただけでは曲＃
らない。それで、紙でひごを、ごしごしとしごきながら、熱く＃
して曲げる。曲げては設計圖に當てて見て、形を整へる。＃
曲げ過ぎて、ひごを折つてしまつた者もゐたやうだ。＃
私は、ちやうどきちんとできたので、それを胴體にとりつ＃
けた。主翼も尾翼も、しつかりと結びつけた。＃
「やつと骨組ができた。」＃
と、思はずそれを持ちあげて、自分ながら見とれてゐると、先＃
＜Ｐ－０５１＞
生が來られて、重心のところを指にのせて、＃
「これはいい。よく飛びさうです。」＃
といはれた。　　＃
　三　＃
最後の仕事は、この翼に、紙をはることである。もし、しわ＃
でもできると、風の受け方がうまく行かないので、水平に飛＃
ばない。できるだけおちついて、氣をつけながら、少しづつ＃
はつて行つた。＃
その時、もうだれかが、＃
「さ、飛ばさうかな。」＃
＜Ｐ－０５２＞
といふと、＃
「早いなあ。」＃
といふ者もゐた。すると、先生は、＃
「あわてないで、よく調べてごらん。」＃
といはれた。それで、またみんなは靜かになつた。＃
やつと、ぴんとはりあげた。少しぬれてゐるけれども、で＃
きあがつたのだ。私は、そつと翼をなでてみた。何ともい＃
へない、かはいい氣持がして來る。＃
「では、晝休みに、みんなで飛ばしてみることにします。」＃
と、先生がいはれた。＃
＜Ｐ－０５３＞
私たちは、めいめいのグライダーを机の上に置いて、おべ＃
んたうをたべた。　　＃
　四　＃
運動場に出ると、北の風が少し吹いてゐた。ほんたうに＃
よいグライダー日よりだ。みんなは、さかんに飛ばした。＃
私も飛ばしてみた。＃
飛ぶ、飛ぶ。二十メートルも一氣に飛んで行つた。私は＃
自分で拍［はく］手［しゆ］をした。走つて行つてグライダーを拾ひあげ＃
ると、なほかはいくなつた。＃
先生が、運動場の向かふのがけの上で、＃
＜Ｐ－０５４＞
「集れ。」＃
といはれたので、私たちは、みんなそ＃
ちらへ走つて行つた。＃
「さあ、ここからいつしよに飛ばし＃
ませう。一列にお並びなさい。＃
用意、どんで、飛ばすのですよ。」＃
私たちは、兩手にグライ＃
ダーを持ちあげた。＃
「用意――どん。」＃
白い花びらを、まき散ら＃
＜Ｐ－０５５＞
したやうであつた。その中を、私のグライダーは、眞直に飛＃
んで行く。ちう返りをして落ちるもの、まつさかさまに落＃
ちるもの、横へすべつて行くもの、見るまに、飛んでゐる數は＃
少くなつて、たつた二機になつた。みんなが、「わあつ。」とい＃
つて、應［おう］援［ゑん］をする。＃
二機が並んで行くのを見てゐると、胸がわくわくした。＃
一機が風にあふられて、上へ向かつたかと思ふと、横へ傾い＃
て落ちてしまつた。＃
私のがまだ飛んで行く。涙が出て來た。まもなく、靜か＃
に下へおりて行つて、地に着いた。＃
＜Ｐ－０５６＞
みんなが、「萬歳。」と大きな聲で叫んだ。＃
私は、このグライダーに、「日本號」といふ名をつけることに＃
した。　　＃
　十一　　大演習　＃
　一　＃
ぱかぱかぱかと、馬のひづめの音がして來たと思ふと、騎＃
兵の一隊が、勇ましく私たちの前を通り過ぎました。＃
軍隊が、今夜この町を通るので、私は、おかあさんにつれら＃
れて、夕方から、湯茶接待所へ手傳ひに來たのでした。＃
＜Ｐ－０５７＞
やがて、また、ごうごうとすさ＃
まじい音をたてて、たくさんの＃
戰車が來ました。ものすごい＃
地響きにおどろいて、町の人々＃
は、皆とび出して來ました。續＃
いて、歩兵が近づいて來ました。＃
ちやうど接待所の前で、隊長＃
が、「二十分間きうけい。」と號令を＃
掛けました。兵隊さんは、やれ＃
うれしやとばかり、私たちの前＃
＜Ｐ－０５８＞
へ押しかけて來ました。＃
「ごくらうさま。おつかれでせう。」＃
といたはりながら、在郷軍人や、婦人會や、女子青年團の人々＃
が並んで、麥湯をついであげてゐます。ほこりと汗で、眞黒＃
になつた兵隊さんが、「この水［すゐ］筒［とう］にも入れてください。」「これ＃
にも。」「これにも。」と出されるので、私たちは、いそがしくて目＃
がまはるやうです。＃
かうして、あとからあとから來る兵隊さんを迎へて、とう＃
とう、夜の十一時ごろまで働きました。　　＃
　二　＃
＜Ｐ－０５９＞
夜の明けないうちから、北の方で、銃聲が聞えました。私＃
たち女子の組も、先生につれられて、大演習の拜觀に出かけ＃
ました。＃
飛行機が勇ましい音をたてて、飛んで來ました。ときど＃
き、あたりをふるはすやうな、大砲の音がします。そのたび＃
に、早く飛んで行つて、見たいやうな氣がしました。＃
けさは、寒い北風が吹きまくり、たんぼの水たまりには、う＃
すい氷さへ張つてゐます。拜觀に來た人々は、皆外たうの＃
えりに、首をうづめてゐました。中には、たき火にあたつて＃
ゐる人もありました。＃
＜Ｐ－０６０＞
野外統［とう］監［かん］部を遠く望むとこ＃
ろで、私たちは拜觀してゐまし＃
たが、どこで大砲を撃つてゐる＃
のか、わかりません。ただ歩兵＃
が、木の小枝や、わらをからだに＃
つけて、土手のかげをかけて行＃
くのを見ました。騎兵が、土を＃
けつて走るのを見ました。戰＃
のやうすは、一向わかりません＃
でした。＃
＜Ｐ－０６１＞
やがて、野外統監部へ、天皇旗をお進めになつて、御統監の＃
大元帥陛下がお出ましになりました。最敬禮をしてから＃
仰ぎ見ますと、風當りの強い高地であるのに、陛下は外たう＃
をも召されず、熱心に戰況をごらんになつていらつしやい＃
ます。それを拜した時、私たちは、何ともいへない感じがし＃
て、目が涙でいつぱいになりました。＃
拜觀の人々も、今は外たうを着てゐる者は、一人もありま＃
せんでした。たき火も、いつのまにか消えてゐました。　　＃
　三　＃
今日は、兵隊さんが、私の家にもとまるといふので、急いで＃
＜Ｐ－０６２＞
學校から歸つて來ました。すると、もう兵隊さんは來てゐ＃
て、兵器の手入れをすまし、靴下を洗つたり、靴をみがいたり＃
してゐました。＃
お湯からあがつて、「生き返つたやうだ。」といつてゐる兵隊＃
さん、そのそばで、銃や劒を見せてもらつて大喜びの弟、夕飯＃
の支度にいそがしいおかあさん。私も、兵隊さんの靴下を＃
火にあぶつて、かわかしてあげました。＃
夕食後、兵隊さんから、新しい兵器について、おもしろいお＃
話を聞きました。おとうさんも感心して、＃
「自分の行つてゐたころとは、すつかり變つた。進んだも＃
＜Ｐ－０６３＞
のだ。」＃
といひました。＃
明くる朝は早く起きて、出發の支度をしてあげました。＃
おばあさんは、つかれないやうにと、燒いたするめや氷砂糖＃
を、紙に包んであげました。＃
まだ明けきらない空に、またたく星を仰ぎながら、おとう＃
さんについて、私も町角まで見送りました。皆が、「萬歳、萬歳。」＃
と、ちやうちんをあげるのに答へて、兵隊さんたちも、「萬歳、萬＃
歳。」と叫びながら行きました。＃
私たちは、その勇ましい姿を、いつまでも見送つてゐまし＃
＜Ｐ－０６４＞
た。　　＃
　十二　　小さな傳令使　＃
昭和六年十二月三十一日の夕暮に、大石橋守備隊の鳩［きう］舍［しや］＃
へ、血に染まつた一羽の鳩［はと］が、飛んで來た。取扱兵が、すぐだ＃
きあげて足の番號を見ると、四日前に、錦［きん］州［しう］へ向けて出發し＃
たわが軍が、つれて行つた鳩であつた。信書管は血にまみ＃
れ、身には重い傷を負つて、息もたえだえであつた。＃
錦州へ向かつたわが軍は、三十日、とつぜん敵の大軍に出＃
あつて、はげしく戰つた。早くこのことを、大石橋守備隊へ＃
＜Ｐ－０６５＞
知らせようとしたが、電信も電話も、敵のためにこはされた＃
ので、通信は、ただ鳩にたよるほかはなかつた。＃
通信紙をつめたアルミニュームの管を、鳩の右の足にと＃
りつけた兵は、しばらく鳩＃
のからだにほほをすりつ＃
けて、途中の無事を祈つた。＃
小さな傳令使は、胸をふる＃
はせながら、かはいい目で＃
空を見あげてゐた。＃
戰の眞最中に、鳩は空高＃
＜Ｐ－０６６＞
く舞ひあがつた。二三回、上空に輪をゑがいて飛んでゐた＃
が、すぐ方向を見定めて、矢のやうに飛んで行つた。＃
寒い夕空をものともせず、南東をさ＃
して高く飛んでゐた鳩は、ふと、たかの＃
一群を見たので、すばやく低空に移つ＃
た。すると、今度は敵軍に見つけられ＃
て、一せい射撃を受けた。＃
一彈は、鳩の左の足をうばひ、一彈は、＃
その腹部をつらぬいた。＃
この重い傷にも屈しないで、鳩はなほしばらく飛び續け＃
＜Ｐ－０６７＞
てゐたが、とうとうたまりかねて、とある木の枝に止つた。＃
ちやうどその時、附近にゐたわが兵が、これを見つけた。＃
つかまへようとして手をさしのべると、鳩は、また翼をひろ＃
げて飛びあがつた。飛び去つたあとの木の枝には、かはい＃
さうにも、赤い血がついてゐた。＃
弱りきつたこの小さな傳令使は、その夜、どこで休んだこ＃
とであらう。明くる日になつて、やつと、大石橋の自分の鳩＃
舍にたどり着いたのである。＃
大石橋守備隊では、さつそく信書管をとりはづして、手あ＃
つくかんごしたが、任務を果して氣がゆるんだのか、鳩は、取＃
＜Ｐ－０６８＞
扱兵の手にだかれたまま、つめたくなつてしまつた。　　＃
　十三　　川土手　＃
春來たときは　　＃
川土手に、　　＃
すみれの花が　　＃
咲いてゐた。　　＃
ゆらり　ゆらゆら、春の水、　　＃
白い帆かげがうつつてた。　　＃
＜Ｐ－０６９＞
夏來たときは　　＃
土手の草、　　＃
ぼくのせいより　　＃
高かつた。　　＃
ちらと　のぞいた大川に、　　＃
モーターボートが走つてた。　　＃
秋來たときは　　＃
すすき原、　　＃
赤いとんぼが　　＃
＜Ｐ－０７０＞
飛んでゐた。　　＃
さやさやさやと　鳴る風に、　　＃
水は底まで澄んでゐた。　　＃
今は枯草、　　＃
川土手を、　　＃
寒い北風　　＃
吹きまくり、　　＃
ひたひたひたと、川の波、　　＃
あし間の舟に寄つて來る。　　＃
＜Ｐ－０７１＞
　十四　　扇［あふぎ］の的　＃
屋島の合戰に、源氏は陸に陣を取り、平家は海に船を浮か＃
べて、相對せり。折しも、美しくかざりたる船一さう、平家の＃
方よりこぎ出す。見れば、へさきに長き竿を立て、赤き扇を＃
とりつけ、一人の官女、その下に立ちて、陸に向かひてさしま＃
ねく。＃
源氏の大將義［よし］經［つね］、これを見て、＃
「かの扇を、射落す者はなきか。」＃
家來の者進み出で、＃
＜Ｐ－０７２＞
「那［な］須［すの］餘［よ］一［いち］と申す者あり。空飛ぶ鳥も、三羽に二羽は、かな＃
らず射落すほどの上＃
手なり。」＃
と答へたれば、「それ呼べ。」＃
とて、餘一を召し出す。＃
餘一は、いくたびかことわりたれ＃
ども、許されず。心のうちに思ふや＃
う、萬一射そんずるならば、弓切り折りて自害せんとて、馬に＃
またがり、海中に乘り入れたり。＃
時に風強く、波高ければ、船はゆりあげられ、ゆりさげられ、＃
＜Ｐ－０７３＞
扇は風にひらめきて、いかなる弓の名人も、＃
ただ一矢にて射落すことは、むつかしと見＃
えたり。＃
餘一、目を閉ぢ、「あの扇の眞中を、射させた＃
まへ。」と、しばし神に祈りて見開けば、風やや＃
靜まり、扇も少しくおちつきて、射よげに見＃
えたり。ただちに弓に矢をつがへ、ねらひ＃
を定めてひようと放つ。＃
扇は、かなめぎはを射切られて、空高く舞＃
ひあがり、二度三度、ひらひらとまはりて、さ＃
＜Ｐ－０７４＞
つと海中に落ち入りたり。＃
陸には大將義經を始め、源氏の軍勢、馬のくらをたたきて＃
喜びたり。海には平家、ふなばたをたたきて、どつとほめあ＃
げたり。　　＃
　十五　　弓流し　＃
義［よし］經［つね］、馬を海中に乘り入れて、＃
はげしく戰ふ折から、いかなる＃
はずみにか、わきにはさみ持ち＃
たる弓を、海中にとり落したり。＃
＜Ｐ－０７５＞
義經は、馬上にうつぶし、むち＃
の先にて、流れ行く弓を、かき寄＃
せ取らんとすれば、敵は、船中よ＃
り熊［くま］手［で］をもつて、義經のかぶと＃
に、打ち掛け打ち掛け、引き倒さ＃
んとす。＃
源氏の者ども、＃
「その弓、捨てたまへ。捨てた＃
まへ。」＃
と口々にいふ。＃
＜Ｐ－０７６＞
されども義經は、太刀にて熊手を防ぎ防ぎ、つひに弓を拾＃
ひあげて、陸にのぼる。＃
「たとへ、金銀にて作りたる弓なりとも、御命には代へがた＃
し。」＃
と申せば、義經笑ひて、＃
「弓を惜しみたるにはあらず。をぢ爲［ため］朝［とも］の弓のやうなら＃
ば、わざと落しても與ふべし。弱き弓を取られて、これが＃
義經の弓なりと、あざけらるるは、源氏一門の恥ならずや。」＃
といふ。＃
源氏の者ども、これを聞きて、「まことの大將かな。」と、皆感じ＃
＜Ｐ－０７７＞
あへり。　　＃
　十六　　山のスキー場　＃
ぼくたち四十人は、野田先生＃
と石井先生につれられて、山の＃
スキー場へ行つた。＃
前の日に、こな雪がたくさん＃
降つたので、スキーをするには、ちやうどよかつた。＃
集合地は、村はづれの一本杉のそばであつた。ぼくたち＃
は、ルックサックを背負つて、スキーをつけ、二本の杖をつき＃
＜Ｐ－０７８＞
ながら、そこへ集つた。＃
「みんなそろつたね。さあ、出かけよう。」＃
と、野田先生が先頭に立たれ、石井先生が、＃
みんなのあとから來られた。＃
初めは二列で進んだが、谷あひでは一＃
列になつたので、ずゐぶん列が長かつた。＃
だんだんのぼり坂になると、からだがほ＃
てつて汗が出る。みんなだまつて、あへ＃
ぎながらのぼつて行つた。スキーの雪をすべる音だけが、＃
氣持よく聞える。急な坂にかかると、前の方で、野田先生が、＃
＜Ｐ－０７９＞
「さあ、元氣を出して。」＃
と大きな聲を掛けられる。石井先生も、ずつと後の方から、＃
「しつかりのぼれ。」＃
と叫ばれた。この聲にはげまされて、ぼくたちは、一生けん＃
めいにのぼつて行つた。＃
松林の中を通つて行く時、だれかが、＃
「やあ、兎、兎。」＃
と大聲に叫んだ。見ると、大きな兎が、ちやうど小松の中へ、＃
とび込んだところであつた。＃
「あれがスキー場だ。もう一息。」＃
＜Ｐ－０８０＞
と、野田先生が杖でさされる方を見ると、なるほどりつぱな＃
スキー場で、ジャンプ臺も見える。みんなは喜んで、急に元＃
氣を出した。＃
いよいよ、スキー場に着いた。いかにもすべりよささう＃
な傾斜が、長く續いてゐる。＃
「先生、まだすべつてはいけませんか。」＃
「先生、もうすべらしてください。」＃
と、みんながいふと、＃
「待て待て。もう少し上まで行かう。」＃
と、石井先生が、後の方から、追ひたてるやうにいはれた。＃
＜Ｐ－０８１＞
百五十メートルほどのぼつた時、ぼくが、＃
「先生、もういいでせう。」＃
といつた。すると、野田先生が、＃
「ようし、ここからすべりたい者は、すべつてよろしい。」＃
といはれた。＃
ぼくたち三四人は、列を離れて眞一文字にすべりおりた。＃
すばらしい早さに、からだもスキーも一つになつて、びゆう＃
とうなる。まるで、空中滑［くわつ］走［そう］をしてゐるやうだ。ふもとへ＃
來て急停止すると、ぱつと雪煙が立ち、汗ばんだ顏に、雪のこ＃
なが降りかかる。＃
＜Ｐ－０８２＞
やがて、十人、二十人、次々にすべり始めた。思ひ思ひに、ス＃
キーのあとを雪の上にゑがきながら、小鳥のやうにおりて＃
來る。途中でころんで、雪だるまになつて起きあがる者も＃
ある。にこにこ笑ひながらおりて來る者、まじめな顏でや＃
つて來る者もある。みんなが急停止をすると、雪煙が一度＃
にあがつた。＃
先生は二人とも、まだ上へ上へとのぼつて行かれたが、二＃
百五十メートルものぼつたところで、杖をあげて、「さあ、おり＃
るよ。」といふ合圖をされた。ぼくたちも、みんな杖を振つて、＃
それに答へた。＃
＜Ｐ－０８３＞
野田先生が先に、すぐ續いて石井先生がすべられる。そ＃
のみごとなすべりぶりに見とれてゐると、先生たちは、もう＃
目の前へ來られた。はげしい制動を掛けられると、もうも＃
うと雪煙が立つ。雪煙が消えて、先生の笑顏が浮かんだ。＃
それからぼくたちは、のぼつて行つてはすべり、おりては＃
またのぼつた。＃
ジャンプ臺では、上手な人たちが、かはるがはるジャンプ＃
をしてゐる。＃
「おうい、先生も、ジャンプをなさるさうだ。」＃
と、だれかが叫んだ。みんなそこへ行くと、今、石井先生がす＃
＜Ｐ－０８４＞
べられるところである。たちまち先生のからだは、ちうに＃
浮かんだ。兩手をひろげて高くとばれる姿は、なんといふ＃
勇ましさであらう。みんなは、＃
思はず手をたたいた。＃
今度は、野田先生がとばれる＃
番である。先生は鉢卷をして、＃
すべり出された。すばらしい＃
早さだ。＃
「えいつ。」＃
掛聲といつしよに、先生のから＃
＜Ｐ－０８５＞
だは、美しくちうをとんで行く。＃
「萬歳。」と、だれかが叫んだ。＃
「野田先生。」と、だれかが叫んだ。＃
四十メートルも空中をとんで、先生は、地上の人となられ＃
た。＃
お晝になつたので、雪の上で、樂しいおべんたうをたべた。＃
午後は、先生について、一人一人、正しいすべり方を教へてい＃
ただいた。＃
歸りは、村までくだり坂の道だ。林をぬつて長距離をす＃
べるのは、ほんたうに愉快であつた。　　＃
＜Ｐ－０８６＞
　十七　　廣［ひろ］瀬［せ］中佐　＃
とどろくつつ音、　　＃
飛び來る彈丸。　　＃
荒波あらふ　　＃
デッキの上に、　　＃
＜Ｐ－０８７＞
やみを貫ぬく　中佐の叫び、　　＃
「杉野はいづこ、杉野はゐずや。」　　＃
船内くまなく　　＃
たづぬる三たび、　　＃
呼べど答へず、　　＃
さがせど見えず。　　＃
船はしだいに　波間に沈み、　　＃
敵彈いよいよ　あたりにしげし。　　＃
＜Ｐ－０８８＞
今はとボートに　　＃
移れる中佐、　　＃
飛び來る彈に　　＃
たちまち失せて、　　＃
旅順港外　うらみぞ深き、　　＃
軍神廣瀬と　その名殘れど。　　＃
　十八　　大阪　＃
汽車で大阪驛に近づくと、晴れた日でも、空がどんよりと＃
くもつたやうに見えます。それもそのはず、大阪は、煙の都＃
＜Ｐ－０８９＞
とさへいはれ、大小一萬以上の工場がここ＃
にあつて、林のやうに立ち並ぶ煙突から、絶＃
えず黒い煙を吐き出してゐるのです。大＃
阪は、實に日本第一の工業都市で、各種の工＃
業がさかんに行はれます。＃
大阪は、また、昔から商業のさかんなとこ＃
ろです。市を貫ぬいて流れる淀［よど］川は、いく＃
筋にも分れて、西の大阪灣に注いでゐます。＃
その川水は、市内の何十といふ堀から堀へ＃
通じ、川と堀とは、まるで網の目のやうに、組＃
＜Ｐ－０９０＞
み合つてゐます。それで、大阪は、水の都ともいはれてゐる＃
のです。大阪の港に集つて來る船の積荷は、小船で、この川＃
や堀を傳はつて、大阪の町々にあげられます。また、大阪の＃
物産も、堀や川を通つて港へ送られます。かうして、多くの＃
品物が、自由自在に集つたり、散らばつたりするので、しぜん＃
大阪が、一大商業都市として發達したのです。＃
水の都ですから、大阪には、大小千何百といふ橋がありま＃
す。大阪驛から南へ、御堂筋といふ大通を進むと、やがて大［おほ］＃
江［え］橋を渡つて、中［なか］之［の］島［しま］といふところへ來ます。それは、淀川＃
の中にある細長い島ですが、この島に向かつて、北から南か＃
＜Ｐ－０９１＞
らかけ渡された橋ばかりでも、二十もあ＃
つて、まるで中之島を、たくさんの串［くし］でさ＃
し通したやうになつてゐます。＃
中之島や、その附近＃
には、高い建物が並び、＃
島の東の端には、中之＃
島公園があります。＃
公園は、さう廣くはありませんが、大川を＃
めぐらした眺めは、いかにも大阪らしい＃
けしきです。＃
＜Ｐ－０９２＞
いちばんにぎやかな場所は、市の中央の、道［だう］頓［とん］堀附近の町＃
町です。心［しん］齋［さい］橋筋には、りつぱな商店が並び、堀ばたの町に＃
は、映畫館や劇場があつて、人の波が、あとからあとから押し＃
寄せます。＃
名所としては、まづ大阪城が＃
あります。豐［とよ］臣［とみ］秀［ひで］吉［よし］の建てた＃
城で、近年復興された天［てん］守［しゆ］閣［かく］に＃
のぼると、大阪が一目に見えま＃
す。石垣の石の大きいのは有＃
名ですが、中でも縱六メートル、＃
＜Ｐ－０９３＞
横十一メートルといふすばらしく大＃
きな石には、だれでもびつくりさせら＃
れます。＃
城を出ると、堀＃
ばたの廣場に、教＃
育塔がそびえて、＃
白い姿を、くつき＃
りと大空に現し＃
てゐます。＃
仁［にん］徳［とく］天皇をおまつりしてある高［かう］津［づの］＃
＜Ｐ－０９４＞
宮［みや］や、その近くにある生［い］國［く］魂［だま］神社、ずつと南にある住［すみ］吉［よし］神社、＃
また、日本最初の寺といはれる四天王寺など、みんな古いい＃
はれのある神社やお寺です。ことに住＃
吉神社は、境［けい］内［だい］が廣く、社殿がおごそかに＃
拜まれます。四天王寺に近い天王寺公＃
園には、美術館や動物園があり、また、木立＃
や、池や、運動場や、廣い花［くわ］壇［だん］などがありま＃
す。＃
大阪港は、防波堤が遠く續き、港内の岸＃
壁には、一萬トン級の汽船が横づけにな＃
＜Ｐ－０９５＞
ります。大小の船の帆柱が、林のやうに見えます。＃
市内には、自動車が走り、電車が走り、地＃
下鐵道も通じてゐますが、川や堀に、何千＃
といふ船が通つてゐるのは、大阪でなく＃
ては見られないけしきです。郊［かう］外［ぐわい］電車＃
の發達してゐることも、飛行場のあるこ＃
とも、大阪のほこりの一つになつてゐま＃
す。＃
昔、仁徳天皇は、この地に都をお定めに＃
なつて、堀江をお開きになり、また、六年間＃
＜Ｐ－０９６＞
の税を免じて、民のかまどの煙の立つやうになつたのを、た＃
いそうお喜びになりました。大阪が、水の都として發達し、＃
また、煙の都と呼ばれて、今日のやうな大都市となつたのは、＃
まことに、尊いいはれがあるといはなければなりません。　　＃
　十九　　大砲のできるまで　＃
飛行機を撃ち落す高射砲、戰車の厚い鋼鐵の板を射拔く＃
對戰車砲、馬や牽［けん］引［いん］車で引いて行く野砲や、重砲――かうし＃
たいろいろな大砲は、どういふふうにして、こしらへられる＃
でせう。みなさん、考へてみたことがありますか。＃
＜Ｐ－０９７＞
大砲を作る工場へ行つてみると、大き＃
な電氣仕掛の釜の中で、白熱された鐵が、＃
どろどろにとけてゐます。その鐵を、大＃
砲の形とは似ても似つかない、いがたへ＃
流し込みます。＃
いがたから取り出された、大きな鐵の＃
かたまりは、もう一度眞赤に燒かれます。それを大きな鐵＃
の槌［つち］が、ごとん、ごとんと地響きをたてながら、臼［うす］のやうにつ＃
ぶしたり、棒のやうに延したりして、十分にきたへます。ま＃
るで、つきたての餅を、手でまるくしたり、長くしたりするの＃
＜Ｐ－０９８＞
と同じやうに、大きな機械が、思ふままに、鐵のかたまりを手＃
玉に取つてゐるのです。＃
かうして、きたへにきたへるのです＃
が、それだけではまだ足りません。長＃
い柱のやうに延されたこの鐵が、今度＃
は起重機につられながら、せいの高い＃
大きな爐［ろ］へ入れられて、高い温度で熱せられます。鐵の柱＃
は、熱い爐の中で、じつとがまんをしてゐるのです。＃
やがて、爐のとびらがあいて、中から、眞赤に燒かれた鐵の＃
火柱が、起重機でつられたまま、そろそろと外へ出て來ます。＃
＜Ｐ－０９９＞
おやと思つてゐる間に、動いてゐた鐵の火柱が、靜かに止り＃
ます。止つたとたん、するすると下の方へおりて來て、深さ＃
が十メートルもあるやうな、深い油の桶［をけ］の中へ、眞赤なから＃
だを沈めにかかり＃
ます。黒々と光つ＃
てゐた油の表面か＃
らは、一時に、ぱつと＃
ほのほがもえあがり、眞赤な鐵の柱は、そのほのほの中を、下＃
へ下へと沈んで行きます。＃
このやうに、打つたり、熱したり、冷したりして、鐵の質を固＃
＜Ｐ－１００＞
くし、強くします。さうしなければ、あの力の強い火藥を一＃
時に爆發させて、大きな砲彈を撃ち出すやうな、がんじよう＃
な大砲にはならないのです。それは、ちやうどみなさんが、＃
暑さや寒さにうち勝つて、からだや心をきたへて行くのと、＃
同じことなのです。＃
かうしてきたへられた鐵の柱は、今度は機械に掛けられ＃
て、外側をまるくけづられて行きます。黒くて、ざらざらし＃
てゐる表面が、しだいにはぎ取られて行くと、始めて、あの鋼＃
鐵の白い光が、かがやき始めます。その機械のそばには、高＃
等科を卒業して二三年ぐらゐの、若い職工さんもゐて、油を＃
＜Ｐ－１０１＞
さしたり、けづられて行く砲身のまるみを計つたり、こまか＃
な注意をしながら、熱心に働いてゐます。＃
外側がきれいにけづられて、砲身の長さと、まるみとが、き＃
ちんとそろつて來ると、次には、砲彈を＃
撃ち出す通路が、切り拔かれるのです。＃
まるい鋼鐵の棒の先についてゐる、＃
するどい刃物が、ぐるぐるまはりなが＃
らやつて來る砲身の中へ、ぐいぐいと＃
くひ入つて行きます。一センチ、二セ＃
ンチと、固い砲身に穴があけられて行＃
＜Ｐ－１０２＞
きます。ほんの少しでも、あけ方がくるふと、大砲の役目を＃
果すことができないので、職工さんは、張りつめた氣持で、機＃
械が運轉するのを、じつと見つめてゐます。＃
かうした仕事がもう一度くり返されると、砲身の中には、＃
きらきらと鏡のやうにかがやいた、砲彈の通る路ができあ＃
がります。＃
このやうに、いろいろな仕事を重ねて、やつと一本の砲身＃
ができあがるのです。＃
しかし、砲身ができただけでは、まだ、大砲がすつかりでき＃
あがつたとはいへません。この砲身をのせる、鋼鐵で作つ＃
＜Ｐ－１０３＞
た臺もいります。砲彈を込めて撃ち出す時、砲身の根もと＃
を固くふさぐものも必要です。それらも、やはり同じ工場＃
で、受持受持によつて作られます。作られたものは、最後に、＃
職工さんたちの力強い手で、だんだん組み立てられて行き＃
ます。＃
しあげを終ると、高射砲は、まるい鐵の臺の上で、砲身を空＃
へ向け、今にも飛行機を撃ち落しさうなかつかうになりま＃
す。ゴムの車輪の上にとりつけられた、小がたの對戰車砲＃
は、どんなに早く走る戰車でも、どんどん撃ちまくるやうな＃
身がまへになります。野砲も、重砲も、ずらりと大きなから＃
＜Ｐ－１０４＞
だを横たへて、さあ、いつでもお役にたつぞと、どつかり身が＃
まへるやうになります。＃
かうして、いろいろな大砲が、どしどし作られて、日本の國＃
をしつかり守つてくれるのです。　　＃
　二十　　振子時計　＃
イタリヤのピサの町に、夕もやがこめて、日が靜かに落ち＃
て行くころでした。＃
ガリレオといふ學生が、この町の有名な大寺院へ、お參り＃
をしました。寺院の中は、もう、うす暗くなつてゐました。＃
＜Ｐ－１０５＞
ちやうど今、番人が、ランプに火をつけたばかりのところで＃
した。＃
天井からつるしてある、この大きなランプが、ふと、ガリレ＃
オの心をとらへました。＃
「おや。」＃
と思ひながら、そこに立ち＃
止つて、じつと見つめまし＃
た。＃
つるしたランプは、靜か＃
に左右へ動いてゐます。＃
＜Ｐ－１０６＞
それは、つい今しがた、番人が火をつけるために、手でさはつ＃
たからです。ガリレオがふしぎに思つたのは、そのランプ＃
の動き方でした。左から右へ、右から左へ、行つたり來たり＃
するのに、その一回一回の時間が、どうやら同じであるやう＃
に思はれてなりません。＃
「何かで、驗してみる方法はなからうか。」＃
しばらく考へてゐたガリレオは、やがて、自分の脈を取つ＃
てみました。＃
やつぱりさうでした。ランプが一回動くのに、脈が二つ＃
打つと、次の動きにも、脈は二つ打ちます。おどろいたこと＃
＜Ｐ－１０７＞
には、ランプの動きがしだいに小さくなつて、のちにはかす＃
かにゆれるだけですが、それでも一回の動きに、やはり脈は＃
二つ打つといふぐあひでした。＃
ガリレオは、急いでうちへ歸りました。さうして、糸でお＃
もりをつるして、同じやうなことを、何べんとなくやつてみ＃
ました。＃
おもりを糸でつるして、それを動かすと、おもりは左右へ＃
振ります。その糸を短くすれば、振り方が早く、長くすれば、＃
振り方がおそくなります。しかし、糸の長さを、一メートル＃
なら一メートルにきめておくと、おもりそのものは重くて＃
＜Ｐ－１０８＞
も輕くても、また、大きく動かしても小さく動かしても、振る＃
時間は同じです。＃
十八歳の學生ガリレオは、このことを發見したのでした。＃
それは、今から三百六十年ばかり昔のことです。＃
この發見があつてから、七十年餘り過ぎて、オランダのホ＃
イヘンスといふ人が、今までにない正確な時計を發明しま＃
した。それは、まつたくガリレオの、この發見を應用したも＃
のです。つまり、時計の機械に、振子を仕組んだもので、これ＃
が振子時計の始りです。　　＃
＜Ｐ－１０９＞
　二十一　　水族館　＃
にいさんといつしよに、水族館へ行きました。入口のそ＃
ばに池があつて、そこに、甲の長さが一メートルもある「うみ＃
がめ」が泳いでゐるのには、ちよつとびつくりしました。＃
中へはいつて、まづ目についたのは、室の窓ぎはに、いくつ＃
か並んでゐるガラスの箱でした。きれいな海の水が、こま＃
かいあわをたてながら、どの箱にも注いでゐます。さうし＃
て、赤や、黄や、みどりの、何ともいへないほど美しいものが、そ＃
の中にはいつてゐました。ぼくは思はず、＃
＜Ｐ－１１０＞
「きれいだなあ。何の花ですか、にいさん。」＃
といひますと、＃
「ほんたうにきれいだね。でも、花ぢやな＃
い。みんな海にゐる動物だよ。」＃
と、にいさんがいひました。＃
すきとほるやうなみどり色で、菊の花の＃
やうに美しい形をしたのは、「いそぎんちや＃
く」でありました。＃
ひのきの葉のやうな形で、黄色やえび茶＃
色をしてゐるのは、「いそばな」でありました。＃
＜Ｐ－１１１＞
小さなきんせんくわが、むらがつて咲＃
いてゐるやうなのは、「いぼやぎ」でありま＃
した。＃
「くらげ」もゐました。すきとほつた寒＃
天のやうなからだから、腕が何本も出て＃
ゐます。ときどき、からだをしぼるやうにして、すいすいと＃
浮きあがります。＃
「ああしてからだをしぼると、中の水が勢よく下へ出る。＃
その反動で、くらげは運動するのだ。」＃
と、にいさんがいひました。＃
＜Ｐ－１１２＞
この室の中央に、直徑五メートルぐらゐの、まるい池があ＃
つて、中に、たくさんの「いわし」が泳いでゐました。二千匹は＃
ゐるだらうと、にいさんがいひました。このたくさんの「い＃
わし」が、池のふちにそつて、みんな同じ方向へ泳いで行きま＃
す。一匹として、反對の方向へ進むものはありません。＃
「みんな、同じ方へ向かつて＃
泳いでゐますね。」＃
「さうだ。さうして、よくご＃
らん。外側をまはつてゐ＃
るものも、内側をまはつて＃
＜Ｐ－１１３＞
ゐるものも、そろつて同時に進んでゐるだらう。つまり、＃
外側のものは、大急ぎで進んでゐる、内側のものは、ゆつく＃
り動いてゐる。それで、ちやうど内側も外側も、そろつて＃
進めるのだ。」＃
次の室には、ガラスを張つた、大きな窓のやうなものが、順＃
順に並んでゐて、そのガラス越しに、いろいろの魚のゐるの＃
が見られました。「鯛」もゐました。「あぢ」もゐました。「か＃
れひ」「たこ」、そのほか名前を始めて聞く魚が、たくさんゐま＃
した。＃
「鯛」は、なんといつても堂々としてゐます。五六十センチ＃
＜Ｐ－１１４＞
もあるのが、いういうと泳いで、ほかの＃
魚などには、目もくれないといつたふ＃
うです。光線のぐあひで、せなかのあ＃
たりが、點々と空色に光るのが、ほんた＃
うにきれいだと思ひました。＃
「あぢ」は、水の中にゐると、なかなか氣＃
のきいた魚です。胸びれをすつと左＃
右に張り、背びれ・しりびれを上下に張つて進むかつかうは、＃
さかな屋の店先で見るのとは、まるでちがつた感じです。＃
輕快な戰［せん］鬪［とう］機といつたやうすです。＃
＜Ｐ－１１５＞
それと似て、少し變つたのが「はうぼう」＃
です。高いところから低いところへお＃
りる時、その胸びれは扇［あふぎ］のやうにひろが＃
ります。ちやうど、グライダーが空中を＃
すべるやうに、手ぎはよく水を切つて、お＃
りて來ます。下へおりると、胸のところに足のやうなもの＃
があつて、のこのこ歩くのにはおどろきました。＃
「かれひ」は、平たいからだをくねらせて泳ぎます。ほかの＃
魚は、腹を下にし、背を上にして泳ぎますが、「かれひ」は、いつで＃
もからだを横にしたまま、くねつて行きます。おもしろい＃
＜Ｐ－１１６＞
のは、「かれひ」が、砂の中にもぐつてゐるやうすです。その平＃
たいからだに、ちよつと砂をかぶると、上から見ても、どこに＃
ゐるのか見當がつきません。よくよく見ると、二つの目だ＃
けを砂の間から出して、きよろりきよろりと目だまを動か＃
しながら、外を眺めてゐます。＃
「たこ」は、變つた活動をします。岩や砂の上を歩く時は、八＃
本の長い足を上手にくねらせ、頭を横に傾けて進みます。＃
にいさんの説明によると、「たこ」といふものは妙なもので、あ＃
の頭といつてゐる部分が實は胴で、頭は足のつけ根のとこ＃
ろにあるのださうです。＃
＜Ｐ－１１７＞
「だから、歩く時、ああいふふうに頭が傾＃
いて、へんなかつかうに見えるが、あれ＃
は胴なのだから仕方がない。」＃
そのうちに、「たこ」が泳ぎ始めました。＃
八本の足を一つにそろへ、胴を先頭に、ま＃
るで矢のやうに進みます。これが、「いか」＃
だともつとすばらしいさうです。＃
「たかあしがに」といふ、大きなかにがゐました。左右の足＃
をいつぱいに延したら、三メートルぐらゐはあるでせう。＃
足の長い割合に、甲は小さいのですが、おもしろいのは、その＃
＜Ｐ－１１８＞
口のところです。そこには、いろいろ＃
こみ入つた道具がついてゐますが、そ＃
の上のところに、小さな觸［しよく］角［かく］があつて、＃
それが、ちやうど人形のかはいらしい＃
兩手を思はせます。しかも、その手は、＃
ピヤノでもひくやうに、絶えず動いて＃
ゐます。＃
「かには、ピヤノの先生ですね。」＃
と、ぼくがいふと、にいさんは、＃
「それよりも、タイピストさ。」＃
＜Ｐ－１１９＞
と、いつたので、二人とも思はずふきだしてしまひました。　　＃
　二十二　　母の日　＃
朝、目がさめたのは、五時過ぎであつた。ねえさんも起き＃
るところであつた。ねえさんが、＃
「そうつと、靜かにお仕事をしませうね。一郎さんは、もう＃
少したつてから起しませう。」＃
といつたので、私は、音のしないやうに起きて、着物を着かへ＃
た。こんなに早く起きることはめつたにないので、部屋の＃
中が、いつもとは違つてゐるやうに思はれた。＃
＜Ｐ－１２０＞
ねえさんは、すぐに御飯をたき始めた。私は、飯臺を出し＃
てふいたり、みんなのお茶わんや、おはしや、おわんを並べた＃
りした。それから一郎さんを起しに行くと、＃
「ねむいな。」＃
と大きな聲を出した。＃
「一郎さん、ゆうべのお約束よ。さ、靜かに起きませうね。」＃
といふと、＃
「ああ、さうだつた。」＃
といひながら、目をこすつて起きた。水で、じやぶじやぶ顏＃
を洗つてから、＃
＜Ｐ－１２１＞
「ぼくは、庭はきをするのでしたね。」＃
と、一郎さんは、はうきを持つて、外へ出て行つた。＃
「ずゐぶん寒いな。」＃
そんなことをいつて、庭をはき始めた。＃
みんなが、いつしよに働いたので、朝の支度はすぐできあ＃
がつた。＃
「もうぢき六時ね。今日はお祝ひの日ですから、何か花を＃
かざりたいものですね。」＃
とねえさんがいつた。庭へ出て見ると、つばきが一りん咲＃
きさうになつてゐた。それを折つて來ると、ねえさんが、＃
＜Ｐ－１２２＞
「きれいなつばきね。おかあさんのおすきな花だから、ち＃
やうどいいでせう。」＃
といつて、一りんざしにさして、飯臺の上にかざつた。＃
そこへ、おかあさんが起きていらつしやつて、みんなのゐ＃
るのをごらんになつて、びつくりなさつた。＃
「まあ、けさはどうしたのです、こんなに早く起きて――そ＃
れに、朝御飯の支度もちやんとできて。」＃
一郎さんが、＃
「今日は母の日ですから、おかあさんのお手傳ひをしたの＃
です。」＃
＜Ｐ－１２３＞
といつたので、おかあさんも、やつとおわかりになつた。＃
御飯の時、おかあさんが、おとうさんに、＃
「けさは、子どもたちが早く起きて、朝御飯の支度からお庭＃
のさうぢまで、私の知らないうちに、すつかりしてくれた＃
のですよ。」＃
とおつしやると、＃
「それは、えらい。感心なことだ。」＃
とおほめになつた。＃
その夜、みんなが集つてゐる時、一郎さんが、お座敷の眞中＃
に立つて、＃
＜Ｐ－１２４＞
「ただ今から、母の日のお祝ひをいたします。初めに、ぼく＃
が綴り方を讀みます。」＃
といつて、綴り方を讀んだ。題は、「ぼくのおかあさん」といふ＃
のであつた。＃
私は國語の「萬［まん］壽［じゆの］姫［ひめ］」を讀んだ。それからねえさんは、「母」と＃
いふ唱歌を歌つた。一郎さんがまた立つて、＃
「おしまひに、おかあさんに記念品をさしあげます。」＃
といつたので、おかあさんは、＃
「何をいただくのでせう。」＃
とにこにこなさつた。＃
＜Ｐ－１２５＞
一郎さんが、一枚の繪をさ＃
しあげた。＃
「おやおや、おかあさんをか＃
いてくれましたね。これ＃
はありがたう。一郎さん。」＃
次に、私が、自分でこしらへ＃
た前掛をあげた。おかあさ＃
んは、それをちよつとお當て＃
になつて、＃
「よく似あひますね。かは＃
＜Ｐ－１２６＞
いいぬひとりだこと。」＃
とおつしやつた。最後にねえさんは、ひもであんだきれい＃
な買物袋をさしあげた。＃
「これは、いいものをもらひました。毎日の買物に持つて＃
行きませう。」＃
と、うれしさうにおつしやつて、おとうさんにお見せになつ＃
た。＃
おとうさんは、＃
「これはこれは。今日はいい日だつたね。」＃
と、おかあさんにおつしやつた。　　＃
＜Ｐ－１２７＞
　二十三　　防空監［かん］視［し］哨［せう］　＃
「あの山の上の人かげは。」＃
と、あなたがたは思ふでせう。それが、＃
いつも、ここに、＃
かうして立つてゐる私たちなのです。＃
＜Ｐ－１２８＞
雨の日、風の夜、＃
夏の太陽がやけつくやうなまひる時、＃
冬の風が骨をさしとほす朝――いつでも、＃
ここに、かうして立つてゐるのです。＃
冬がすんで、＃
また、明かるい春が來ました。＃
水のやうに澄んだ空を、＃
雲が、眞綿を散らしたやうに飛んでゐます。＃
＜Ｐ－１２９＞
この大空の＃
はてのはてまで、私たちは、＃
からだ中を目にし、からだ中を耳にして、＃
じつと、にらみ渡してゐるのです。＃
今にも、もし、空のどこかに、＃
かすかなうなり聲が聞え、＃
飛ぶ虫の群のやうに、飛行機が見えたら、＃
私たちの全神經が、いなづまのやうに動きます。＃
＜Ｐ－１３０＞
現れた時刻、方向、＃
敵か、みかたか。何型が何十機。＃
飛んでゐる高さは、方向は。＃
私はすぐ電話に向かつて、かう叫びます。＃
「五番、春山監視哨、＃
三十七分、北、＃
敵、中型、三十、＃
三千、南東。をはりつ。」　＃
＜Ｐ－１３１＞
　二十四　　早春の滿洲　＃
三月の聲を聞くと、滿洲でも、春らしい日光がさして來ま＃
す。＃
あちらこちらの、スケート場の氷もとけて、もうすべるこ＃
とはできなくなります。＃
子どもたちは、「また冬が來るまで、さやうなら。」といふ氣持＃
で、スケートの手入れをして、ちやんとしまつておきます。＃
スケート遊びと別れるのはいやですが、春の來ることは、子＃
どもたちには、大きな喜びです。＃
＜Ｐ－１３２＞
春が、ほんたうにやつて來るまでに＃
は、思ひがけないきびしい寒さが、二三＃
度ぶり返したり、蒙［まう］古［こ］風が、ひと吹きふ＃
た吹き吹いたりしなければなりませ＃
ん。蒙古風といふのは、蒙古の奧から＃
吹き起つて大陸を吹き渡り、海を越え＃
て、日本から太平洋まで吹いて行く大＃
きな風です。黄色な砂ほこりを運ん＃
で來るので、これが吹く日は、天も地も、＃
暗くなつてしまひます。＃
＜Ｐ－１３３＞
冬中おせわになつてゐただんろや、＃
ペチカや、オンドルなどともお別れで＃
す。どこの家でも、今までは石炭をた＃
くので、ばいえんが空をよごしてゐま＃
した。それが、一度蒙古風が吹き通る＃
と、すつかりよごれが拂はれてしまつ＃
て、きれいな青空が、光るやうに、地のは＃
てまでひろがります。＃
寒さを防ぐために、しめてあつた二＃
重窓が開かれます。窓といふ窓が、す＃
＜Ｐ－１３４＞
つかり開かれるので、部屋の中のにごつた空氣が出て行つ＃
て、きれいな空氣が、流れるやうにはいつて來ます。窓のそ＃
ばに、鳥かごがつるし出され、鉢植の草花が持ち出され、子ど＃
もたちの顏が並びます。明かるい日光が、小鳥の羽に、草花＃
の葉に、子どものほほに降り注ぎます。みんなは、ただうれ＃
しいのです。長い間、閉ぢ込められてゐた人たちにとつて＃
は、春は、うれしいだけではありません、ありがたいのです。＃
いちばん早く花をつけるのは、れんげうです。れんげう＃
の花は、眞黄色で、枝一面につきます。まだ葉が出ないうち＃
に咲くのですから、花の色で、その邊が、ぱつと明かるくなる＃
＜Ｐ－１３５＞
ほどです。れんげうの咲いた＃
そばに、子どもがよく集つて來＃
ます。＃
滿人が、外に鳥かごを持ち出＃
して來て、鳥を鳴かせ始めます。＃
鳥は滿洲ひばりです。久しぶ＃
りに廣い空を見、澄んだ空氣を吸つて、滿洲ひばりは、さもう＃
れしさうにさへづります。滿人は、その聲に聞きとれて、そ＃
ばにしやがんだり、腰掛けたりして、いつまでも聞いてゐま＃
す。＃
＜Ｐ－１３６＞
やなぎの木が、ほかの木よりも早く目をさまします。み＃
どりがかつたこずゑを延してせいのびをし、小さな芽をつ＃
け始めます。遠くから、やなぎの並木を見ると、うすみどり＃
にかすんで見えます。＃
このころ、夕やけの空を、日が落ちて行くのは、みごとなも＃
のです。その大きなこと、何といつたらいいでせうか、ふた＃
かかへもありさうな大きな夕日です。見渡すかぎり平な＃
地平線に、大きな夕日が赤々とはいつて行きます。＃
かうして、一日一日と、のどかな春になつて行くとともに、＃
春のいそがしい仕事が始つて行きます。＃
＜Ｐ－１３７＞
雁［がん］の群が、シベリヤの野山に卵を生まうとして、さかんに＃
空を渡つて行きます。日本から來て、玄［げん］界［かい］なだを越え、滿洲＃
から、もつともつと北をめざして、飛んで行きます。＃
かささぎは、巣［す］を作らうとして、あちらこちら飛びまはり＃
ます。かささぎは、毎年新しい巣を作つて、ひな鳥を育てる＃
のです。＃
農夫たちは、廣い、廣い畠を耕し始めます。すつかり耕し＃
た畠に、大豆や、かうりやんなどの種をまくころは、もう滿洲＃
の春が深くなつてゐます。　　＃
