＜出典＞５５１　　　国定読本　５期５－１
＜Ｐ－００２＞
　目録　＃
一　　大八洲………四　＃
二　　弟橘媛………七　＃
三　　木曾の御料林………九　＃
四　　戰地の父から………十八　＃
五　　スレンバンの少女………二十六　＃
六　　晴れたる山………三十五　＃
七　　ことばと文字………三十八　＃
八　　海の幸………四十五　＃
九　　軍艦生活の朝………五十二　＃
十　　武士のおもかげ………五十七　＃
＜Ｐ－００３＞
十一　　かんこ鳥………七十　＃
十二　　炭燒小屋………七十二　＃
十三　　ぼくの小馬………七十八　＃
十四　　星の話………八十七　＃
十五　　遠泳………九十四　＃
十六　　海底を行く………百二　＃
十七　　秋のおとづれ………百四　＃
十八　　飛行機の整備………百八　＃
十九　　動員………百二十一　＃
二十　　三日月の影………百二十二　＃
附録　一　　「あじあ」に乘りて　二　　大地を開く　＃
三　　草原のオボ　＃
＜Ｐ－００４＞
　一　　大［おほ］八［や］洲［しま］　＃
この國を　神生みたまひ、　　＃
この國を　神しろしめし、　　＃
この國を　神まもります。　　＃
島々　かず多ければ、　　＃
大いなる　島八つあれば、　　＃
國の名は　大八洲國。　　＃
＜Ｐ－００５＞
嚴として　東海にあり。　　＃
日の出づる　國にしあれば、　　＃
日の本と　ほめたたへたり。　　＃
島なれば　山うるはしく、　　＃
島なれば　海めぐらせり、　　＃
山の幸　海幸多く。　　＃
海原に　敷島の國、　　＃
青山に　こもる大［やま］和［と］、　　＃
＜Ｐ－００６＞
春秋の　ながめつきせず。　　＃
大［おほみ］神［かみ］　授けたまひし、　　＃
稻の穗の　そよぐかぎりは、　　＃
あし原の　中つ國なり。　　＃
黒潮の　たぎるただなか、　　＃
大船の　通ひもしげく、　　＃
浦［うら］安［やす］の　國ぞこの國。　　＃
＜Ｐ－００７＞
浦安の　安らかにして、　　＃
天［あめ］地［つち］と　きはみはあらず、　　＃
細［くはし］戈［ほこ］　千［ち］足［たる］の國は。　　＃
　二　　弟［おと］橘［たちばな］媛［ひめ］　＃
日［やま］本［と］武［たけるの］尊［みこと］、相［さが］模［みの］國より＃
御船にて上［かづ］總［さ］へ渡りた＃
まふ。＃
にはかに風起り波た＃
ちさわぎて、御船進まず。＃
＜Ｐ－００８＞
從者みな、船底におそれ伏したり。＃
尊に從ひたまへる后、弟橘媛、「これ海神のたたりなるべし。＃
かくては御命も危からん。」と思ひたまひて、尊に申したまふ＃
やう、＃
「われ、皇［み］子［こ］に代りて海に入り、海神の心をなだめん。皇子＃
は勅命を果して、めでたくかへりごと申させたまへ。」＃
と申したまひて、すがだたみ八重、皮だたみ八重、きぬだたみ＃
八重を波の上に敷きて、その上におりたまへり。＃
はたして荒波おのづから靜まりて、御船は進むことを得＃
たり。＃
＜Ｐ－００９＞
七日ののち、后の御［おん］櫛［くし］ただよひて海べに寄りぬ。尊、これ＃
ををさめて、后のみはかを作らせたまふ。＃
東國の賊を平げて、尊、西へ歸りたまふ時、相模の足［あし］柄［がら］山を＃
越えたまふ。はるかに海を望みたまひて、＃
「あづまはや。」＃
とのたまひぬ。これよりのち、このわたりを廣く「あづま」と＃
いふとぞ。　　＃
　三　　木［き］曾［そ］の御料林　＃
　神宮備林　＃
＜Ｐ－０１０＞
皇大神宮は、二十年ごとにあらたに御殿舍を御造營にな＃
り、そのたびに正［しやう］遷［せん］宮［ぐう］の御儀が行はれる。＃
この御儀は、天武天皇の御時に定められ、第一回の大典は、＃
持［ぢ］統［とう］天皇の御代に行はれた。昭和二十四年は、第五十九回＃
の正遷宮に當るが實に一千二百有餘年の歴史を重ねてゐ＃
る。＃
あらたに御殿舍を御造營になる用材は、もと伊［い］勢［せ］の神［かみ］路［ぢ］＃
山・高［たか］倉［くら］山などから伐り出されてゐたが、織［お］田［だ］信［のぶ］長［なが］が、木曾の＃
森林から伐採して奉つたことがあり、その後百年餘りたつ＃
て、それが例になるやうになつた。明治の大御代から昭和＃
＜Ｐ－０１１＞
の今日まで、御遷宮に際しては、かならず木曾から御用材を＃
奉ることになつてゐる。＃
神宮の御殿舍は、すべて桧［ひのき］の白木造りであるから、御造營＃
に要する桧の數は、一萬二千本に近く、しかもすべてえりす＃
ぐつた良質のものである。かうした桧は、一朝一夕に得ら＃
れるものでなく、したがつて、つねに大木を保護するととも＃
に、植林によつて、あとからあとから育てて行くやうにしな＃
ければならない。＃
明治三十七年、明治天皇は、特にこのことに大御心をかけ＃
させられ、そのおぼしめしによつて、木曾の御料林中に、神宮＃
＜Ｐ－０１２＞
備林が定められることになつた。以來、神宮御造營の用材＃
は、永久につきる心配がなくなつたのである。＃
この神宮備林は、木曾川の上流が、白い御影石の川床をか＃
んで流れる木曾谷の左右の山々にある。＃
今、中央線の上［あげ］松［まつ］驛で汽車をおり、森林鐵道に乘りかへて、＃
木曾川の支流にそひながらさかのぼつて行くとする。し＃
ばらくは、切りそいだやうながけの下の青い淵［ふち］や、勢こんで＃
流れる水の清さに、目をうばはれるのであるが、やがて、左右＃
を取り卷く山の木々に、われわれは目を移すやうになる。＃
窓の外のけしきは變つても、山から山へ續く生ひ茂つたみ＃
＜Ｐ－０１３＞
どりの森林は、つきることがない。何といふ森林のつらな＃
りであらうとおどろくころは、まだ御＃
料林のほんの入口へはいつたばかり＃
なのである。＃
このやうにして、山を分けながら谷＃
間をのぼつて行くと、やがて標高千百＃
五十メートルの中［なか］立［だち］神宮備林に着く。＃
ここは、昭和十六年六月三日、神宮御造＃
營用材中いちばんだいじな、内［ない］宮［くう］・外［げ］宮［くう］の御神木を伐り出し＃
たみそまはじめ祭の行はれたところである。　　＃
＜Ｐ－０１４＞
　みそまはじめ祭　＃
青々と大空をおほふ桧の大木が、美しい柱のやうに立つ＃
てゐる中立神宮備林の朝である。やまがら・こまどり・うぐ＃
ひすなどの鳴き聲が、谷川の音にまじつて聞えて來る中を、＃
今日のみそまはじめ祭の盛儀を拜觀する人々の列が、林の＃
間の細道傳ひに次から次へ續いて行く。＃
しめなは・まん幕を張りめぐらした祭場は、桧のあら木造＃
りで、内宮・外宮の御神木の前に南面して作られてゐる。＃
木の間からもれる初夏の光に、まばゆくかがやく祭場の＃
東から南へかけた林の傾斜面は、拜觀者や、青年學校・國民學＃
＜Ｐ－０１５＞
校の生徒などで、うづめつくされてゐる。深［み］山［やま］の靈［れい］氣［き］に打＃
たれて、だれ一人靜けさを破る者はない。きちんと姿勢を＃
正して、祭典の始るのを待つてゐる。＃
午前十時、最初の太［たい］鼓［こ］が、あたりの靜けさを破つて鳴らさ＃
れる。それを合圖に、身も心も清めに清めて、ひたすら今日＃
を待つてゐた奉仕員たちは、目にしみるばかりの眞白な齋［さい］＃
服［ふく］を着て、定めの場所へ集つて來た。＃
やがて第二の太鼓が山全體に響き渡つて、儀式に使はれ＃
るいろいろな祭具が運ばれる。最後の太鼓が打ち鳴らさ＃
れると、奉仕の人々は、はらひ所に並んでおはらひを受け、祭＃
＜Ｐ－０１６＞
具やお供へものをささげて、靜かに祭場へ進んで行く。＃
祭場には、中央と四すみに、五色の幣［へい］がかうがうしく立て＃
られてゐる。大麻を振つて祭場が清められ、おごそかに祝［のり］＃
詞［と］が讀まれる。＃
いよいよ、御神木伐り始めの御儀に移つた。＃
奉仕員は、をのを取つて御神木の前方南寄りに進み、大麻＃
でおはらひをする時のやうに、左右左と三たび、御神木の根＃
もとへ向かつてをのを打ち込む。をの入れを終つて、奉仕＃
の人々は、一拜して靜かに祭場を退出した。＃
内宮・外宮の御神體を奉安する御神木伐り始めの御儀は、＃
＜Ｐ－０１７＞
かくて終つたのである。＃
しめなはでかざられた、樹［じゆ］齡［れい］二百數十年に及ぶ二もとの＃
御神木を仰げば、天を指してす＃
くすくと生ひ立つ幹は長く、は＃
るかに冠［かんむり］のやうな梢をいただ＃
いてゐるのが見られる。十萬＃
五千町歩にわたる木曾の御料林中、最良の桧である。＃
午後になつて、この御神木は、さらに白衣を着た十四名の＃
えり拔きのそま夫たちによつて、伐られて行つた。＃
伐り方は古式にしたがつて、御神木の根もとへとぎすま＃
＜Ｐ－０１８＞
したをのを、はつしと打ち込むのである。しはぶきの聲一＃
つしない、神代さながらの山中は、しばらくの間、打ち入れる＃
をのの響きのこだまで滿たされる。一打ちごとに、三つの＃
切口から清らかな木のはだが現れる。＃
伐り倒された御神木は、用材の長さに切られ、六十名の運＃
材夫によつて木馬に乘せられ、木馬道を靜かに運ばれて行＃
く。運材夫が聲高く歌ふ木やり歌は、中立神宮備林の森嚴＃
な空氣を明かるくふるはせて、いつまでも響き渡つた。　　＃
　四　　戰地の父から　＃
＜Ｐ－０１９＞
今日鏡をのぞいて、「おや。」と思はず顏をなでまはした。＃
「これでは、義男たちが見ても、おとうさんとは氣がつくま＃
い。」＃
と思はれるほど日にやけた眞黒な顏に、ぼうぼうとひげが＃
延びてゐる。＃
戰鬪が一段落ついたので、今日は久しぶりの休養だ。お＃
とうさんたちは、鏡に向かつて子どものやうにはしやぎな＃
がら、ひげそりにむちゆうになつてゐる。しやりしやりと、＃
かみそりの音が氣持よく響くたびに、ひげの中からおとう＃
さんの顏が現れて來る。もうこれで南洋の住民と見まち＃
＜Ｐ－０２０＞
がへられる心配はなくなつた。＃
敵前上陸をして敵陣へ突撃する時にも、熱帶の大きな木＃
やかづらがからみついてゐる密林を、へとへとになつて進＃
んで行く時にも、おまへたちの顏が、ふと目の前に現れて、＃
「おとうさん、しつかり。」＃
とはげましてくれた。そのたびに、からだ中に力がわき起＃
つて、日本の軍人として、恥づかしくない御奉公をすること＃
ができた。＃
朝夕、武運長久を祈つてくれるおまへたちの眞心が、數千＃
キロの海山を越えて、おとうさんの心に通つてゐるのだ。＃
＜Ｐ－０２１＞
おとうさんは、いつも、おまへたちといつしよに、戰爭をして＃
ゐるのだと思つてゐる。＃
ひげをそつたあとのさつぱりした氣持で、持物をせいと＃
んしてゐると、背［はい］嚢［なう］からおまへの手紙が出て來た。たびた＃
び激しい戰をしたのに、よくもなくならなかつたものだと＃
思ひながら、もう一度讀み返してみる。すると、＃
「だれからの手紙だ。ちよつと見せてくれ。」＃
と、そばにゐた戰友が、おまへの手紙をひつたくるやうにし＃
て讀み始めた。＃
「義男くんは、何年生かい。」＃
＜Ｐ－０２２＞
「國民學校の五年生だ。」＃
「五年生。ぼくは中學生かと思つた。えらい子だ。」＃
と、心から感心して、おとうさんをうらやましさうに見てゐ＃
た。＃
おとうさんの留［る］守［す］中、おかあさんを助けて、家の仕事に精＃
を出したり、くに子や、ひさ子の世話をよくしてくれたりす＃
ることを、おかあさんからの手紙で知つて、おとうさんはう＃
れしくてたまらない。＃
この手紙を書いてゐると、あたりが急に暗くなつた。大＃
雨だ。スコールといつて、こんな大雨が毎日きまつたやう＃
＜Ｐ－０２３＞
に降る。はだかの兵隊さんたちが外へとび出して、うれし＃
さうに雨水を浴びてゐる。＃
スコールの通り過ぎたあとには、熱帶の盛んな植物のみ＃
どりといふみどりがすつかり洗はれて、よみがへつたやう＃
になる。＃
おとうさんたちは、赤むらさき色のマンゴスチンを、眞二＃
つに割つてたべる。白い實を舌の上にのせると、すつとと＃
けて、上品なあまさが口に殘る。おまへにもぜひ一つと思＃
ふのだが、こればつかりは送りやうがないのが殘念だ。　　＃
皇［すめら］御［み］國［くに］のもののふは、　　＃
＜Ｐ－０２４＞
と、一人の戰友が突然歌ひだすと、ほかの戰友たちも聲をそ＃
ろへて、　　＃
いかなることをか務むべき。　　＃
ただ身にもてる眞心を、　　＃
君と親とにつくすまで。　　＃
と歌ふ。おとうさんは、靜かに目をつむつて、歌聲に耳を傾＃
ける。今まで、おとうさんたちが勝ちぬいて來た激戰の數＃
數の場面が、走馬燈のやうに次から次へ思ひ出される。さ＃
うして、この歌の一句一句が、腹の底にしみ入るやうに思は＃
れる。＃
＜Ｐ－０２５＞
あすからは、また新しい戰鬪の準備にかかるのだ。おと＃
うさんを始め、部隊の者はみんな元氣だ。戰陣衛生も行き＃
とどいてゐるから、おまへたちの心配するやうな病氣には、＃
だれ一人かかつてゐない。＃
住民たちも、心から日本軍になついて、大東亞の建設に協＃
力してくれてゐる。日本語が習ひたいといつて、おとうさ＃
んたちのところへ、毎日何人となくやつて來る。＃
おまへたちは、おとうさんたちのあとつぎなのだ――と＃
いふことを、しみじみと感じる。おまへたちが大きくなる＃
のを、廣い南洋の天地と、たくさんの住民たちが、手をひろげ＃
＜Ｐ－０２６＞
て待つてゐる。家のお手傳ひをしながら、一生けんめいに＃
勉強することだ。　　＃
　五　　スレンバンの少女　＃
　一　＃
マライの英軍を急追し、所在に撃破しながら南下する皇＃
軍が、スレンバンの町にはいつた時のことです。＃
「皇軍來たる。」の報を聞くと、附近の密林やゴム園の中にか＃
くれてゐた住民たちも、安心して町へ歸つて來ました。マ＃
ライ人・支那人・インド人たちは、勇ましい日本の兵隊さんを＃
＜Ｐ－０２７＞
喜んで迎へました。＃
その中にたつた一人、色＃
のあまり黒くない、十歳ぐ＃
らゐのかはいい少女が、日＃
の丸の旗を振りながら、＃
「萬歳。萬歳。」＃
といつてゐるのが、兵隊さ＃
んたちの目を引きました。＃
「あ、日本人がゐる。」＃
「日本の女の子だ。」＃
＜Ｐ－０２８＞
兵隊さんたちはさう思ふと、これもうれしさうに、にこにこ＃
しながら、＃
「萬歳。萬歳。」＃
といひました。＃
「日本人は、あなた一人か。」＃
と、聞く兵隊さんもありました。　　＃
　二　＃
少女は、この町の雜貨商の娘で、父はインド人でしたが、母＃
は日本人でした。土地の學校へ通つてゐるかたはら、母親＃
から日本語を教へられ、日本には天皇陛下がいらつしやる＃
＜Ｐ－０２９＞
こと、日本人は陛下の赤子であること、日本には富士山とい＃
ふりつぱなお山があることなどを、いつも聞かされてゐま＃
した。さうして、毎朝母といつしよに、お寫眞を拜むことに＃
してゐました。＃
「日本の子どもは、みんなお行儀がいいのです。富士山の＃
やうにりつぱです。あなたもお行儀をよくしないと、日＃
本の子どもに笑はれますよ。」＃
と、母はよくかういひました。　　＃
　三　＃
大東亞戰爭が始ると、母は日本人であるといふので、敵の＃
＜Ｐ－０３０＞
官憲からにらまれ、ある日、突然インド人の巡査が來て、母に＃
同行を求めました。娘のゐるのを見て、巡査は、＃
「この子もいつしよだ。」＃
といひます。母は、きつぱりと、＃
「この子は、日本人ではありません。」＃
といひました。＃
「あなたの子なら、日本人ではないか。」＃
「いいえ、違ひます。私の子ではありません。この子は、父＃
も母もインド人です。私は、この子の繼母です。」＃
インド人の子と聞くと、インド人の巡査はやうすを變へま＃
＜Ｐ－０３１＞
した。さうして母親に、＃
「さあ、行かう。」＃
とせきたてました。＃
「ちよつと待つてください。」＃
母はさういひながら、巡査を拜むやうにして、娘を一間へ呼＃
びました。＃
母は、子をだきしめました。＃
「おかあさん。」＃
母は、子にほほずりをしました。この子を今手ばなして、ま＃
たいつあへるでせう。＃
＜Ｐ－０３２＞
「おかあさんは、あの人といつしよに行かなければなりま＃
せん。病氣をしないで、元氣で待つてゐなさい。たとへ、＃
十年たつても二十年たつても、わたしはきつと歸つて來＃
ますから――それから、日本の兵隊さんは、かならず勝つ＃
てくれます。兵隊さんたちがこの町へ來たら、戸だなの＃
中にあるお米や、かんづめや、ビールや、みんな出してあげ＃
てください。いま一つ――日の丸の旗が作つてあるか＃
ら、あれを振つて、萬歳萬歳といつて迎へるのですよ。」＃
ここまでいふと、母はこみあげて來る悲しさにことばも止＃
つて、机の上へつつぷしました。＃
＜Ｐ－０３３＞
「おかあさん。」＃
子は、もう一度母を呼びました。母は涙をふいて立ちあが＃
り、娘の手を取つてお寫眞の前に立ちました。＃
二人は、萬感をこめて最敬禮をしました。母は、戸だなか＃
ら二本の日の丸を取り出し、一本を娘に與へて、ふたたびお＃
寫眞の前に立ちました。＃
親と子と「萬歳。」の一こと。子はそのまま泣き倒れてしま＃
ひました。しばらくして顏をあげると、巡査のあとについ＃
て出て行く母の後姿がちらと見えたきり、あとは涙にぼつ＃
として、何が何やらわかりませんでした。　　＃
＜Ｐ－０３４＞
　四　＃
大東亞戰爭は、一面にことばの戰です。一たび占領地へ＃
はいれば、ことばが通じないかぎり、手も足も出ません。＃
たつた十一歳、内地なら國民學校四年生のこの少女は、そ＃
の後、皇軍のある隊の通譯を命じられました。＃
その隊は、この地方の鐵道の復舊工事に當りました。隊＃
長以下何百の將兵と、マライ人・インド人の鐵道從業員たち＃
の先頭に立つて、少女は、たくみに日本語・英語・マライ語・イン＃
ド語を使ひわけながら、りすのやうに活動しました。＃
隊長は、自分の子のやうにかはいがりました。兵隊さん＃
＜Ｐ－０３５＞
たちともみんな、仲よしになりました。＃
「おかあさんに別れて、さびしいかね。」＃
と、兵隊さんが肩をたたくと、＃
「天皇陛下がいらつしやるから、さびしくありません。兵＃
隊さんといつしよに仕事をすることは、お國のために孝＃
行です。」＃
といひます。「お國のために忠義です。」と教へても、「いや、孝行＃
です。」といつて、なかなか聞かないさうです。　　＃
　六　　晴れたる山　＃
＜Ｐ－０３６＞
すがやかに晴れたる山をあふぎつつわれ御軍の一人と＃
なりぬ　＃
父母の國よさらばと手を振ればまなぶた熱しますら男＃
の子も　＃
あふぎ見るマストの上をゆるやかに流るる雲は白く光＃
れり　＃
江南のしらじら明けを攻め進むすめら御軍うしほのご＃
＜Ｐ－０３７＞
とし　＃
蘇［そ］州［しう］までさへぎる山も岡もなしはるばるとかすみ水牛＃
あゆむ　＃
わらべらはちひさき笑顏ならべつつ兵に唱歌ををそは＃
りてゐる　＃
白々とあんずの花の咲き出でて今年も春の日ざしとな＃
りぬ　＃
＜Ｐ－０３８＞
　七　　ことばと文字　＃
私たちが、うれしいなと感じたり、えらいなと感心したり、＃
何かすばらしいことを思ひついた時などには、そのことを、＃
おとうさんや、おかあさんや、先生や、お友だちに早く知らせ＃
たいと思ひます。＃
そんな時、＃
「おとうさん、ぼく、みんなで海へ行つて、ほんたうに愉快で＃
した。」＃
「おかあさん、あの人は、えらいことをしたものですね。」＃
＜Ｐ－０３９＞
「先生、この間から、いろいろ考へてゐたのですが、とうとう＃
こんなものを作りました。」＃
「本田くん、おとうさんといつしよに山のぼりをして、ほん＃
たうにおもしろかつたよ。」＃
といつて、自分の氣持を傳へます。＃
このやうに、話しかける相手が目の前にゐる時は、ことば＃
を口に出して、思つてゐることを傳へますが、離れてゐて直＃
接話ができないやうな時には、手紙や文に書いて知らせま＃
す。かうして話しかけると、話しかけられた人たちも喜ん＃
で返事をしたり、いろいろなことを話したりしてくれます。＃
＜Ｐ－０４０＞
それは皆、おたがひに話したり、書いたりすることばや、文字＃
がよくわかるからです。もし、私たちの話すことばや、書く＃
文字が、まつたくわからない外國人であつたら、いくら話し＃
てみても、どんなりつぱな手紙を書いてみても、決して心持＃
が通じ合ふやうなことはありません。日本人である私た＃
ちは、いつもこのやうに、わが國のことばと文字のおかげを＃
かうむつてゐるのです。＃
自分の思つてゐることを、話したり書いたりして、すつか＃
り相手にわかつてもらつた時ほど、うれしいことはありま＃
せん。また、いろいろなお話を靜かに聞き、書かれたものを＃
＜Ｐ－０４１＞
くり返し讀んで、ことがらや心持がよくわかつた時は、同じ＃
やうに喜ばしいものです。このやうに、ことばと文字は、私＃
たちの心を樂しくしてくれます。＃
私たちが、心の中で考へたり感じたりしてゐることを、こ＃
とばで話してみると、その考へや感じが、心の中で思つてゐ＃
た時よりも、はつきりして來ます。更に、ことばで話したこ＃
とを文字で書き表しますと、今まで氣づかなかつた考への＃
不足や、感じ方の淺さがはつきりわかつて、自分の考へや感＃
じを、いつそうくはしくし、深くして行くことができます。＃
よく、＃
＜Ｐ－０４２＞
「わかつてゐるから、話さなくてもいいよ。」＃
といふ人がありますが、そんな人は、まだまだことばや文字＃
のありがたさを知らない人です。わかつてゐると思つた＃
ことでも、話したり書いたりして、始めてほんたうにはつき＃
りするのです。＃
ことばと文字は、いはば心の中を寫し出す鏡であります。＃
ただ、ことばは、思つたことを聲でいひ表すのですから、それ＃
は聞いてゐる人の心にだけ殘ります。それに引きかへ、文＃
字に書き表したものは、どこへでも傳はり、いつまでも殘り＃
ますから、それを讀むすべての人たちに、場所が違つてゐて＃
＜Ｐ－０４３＞
も、時代がへだたつてゐても、ちやんと心持を傳へることが＃
できます。＃
文字で書き表す場合には、書いたものを何べんも讀み返＃
して、消したり書き足したりして、自分の考へをできるだけ＃
わかりやすく書き表すことができます。しかし、ことばで＃
話す時には、一々ことばを深く考へたり、いひまはしを工夫＃
したりするひまがありません。それで、とかくことばがお＃
ろそかになりがちです。それでは困りますから、いつも話＃
すことばに注意して、文字で書くのと同じやうな心がけを＃
持つことが大切であります。＃
＜Ｐ－０４４＞
いくら美しい文字で文を書いても、うそいつはりの心持＃
を書いたのでは、だれも感心して讀まないやうに、どんなに＃
かざつたことばで話しても、眞心がこもらなければ、少しも＃
聞く人々を感心させません。これと反對に、りつぱな心持＃
が正しいことばで書かれてあれば、その文を讀む人々が、心＃
から感動するやうに、眞心を正しいことばで話せば、聞く人＃
たちは、喜んでいつまでもその話に耳を傾けます。＃
私たちは、文字を正しくきれいに書き、りつぱなことばで＃
話すことを忘れてはなりません。さうすることが、昔から＃
傳はつてゐるだいじな私たちの國語を、ますますりつぱに＃
＜Ｐ－０４５＞
みがいて行くことになるのです。　　＃
　八　　海の幸　＃
沖の方は、白くもやでかすんで、見通し＃
がきかない。日の出前の海は、油でも流＃
したやうに靜かである。＃
ばさつばさつと、波が足もとで輕く音＃
をたててゐる。＃
あたりはまだほの暗く、明けきらない＃
港の朝の風は、頬［ほほ］をここちよくなでて通＃
＜Ｐ－０４６＞
る。＃
「ボー。」と、力強い汽笛が、突然この靜かな港の空氣をゆり動＃
かす。その音が、港を兩手でだきかかへるやうに取り圍ん＃
でゐる裏の山々にこだましながら、長く尾を引いて消えて＃
行く。＃
左手の山の頂が、銀のやうに白く光り始めると、どす黒か＃
つた海面が、にぶい光線を反射する。＃
折から、「パンパン。」と、白い煙の輪を吐きながら、乳色のもや＃
を破つて、漁船が眞直に近寄つて來る。これを合圖に、今ま＃
で眠つてゐた港の船が、急に目をさまし始める。＃
＜Ｐ－０４７＞
海面から立ちのぼつてゐた白いもやが、薄れて行つて、山＃
の頂に横たはる雲が、黄にくれなゐにかがやき渡ると、はる＃
かな海の上をおほうてゐたもやも消えてなくなり、太平洋＃
のかなたから押し寄せて來るみどりの波が、きらきらと光＃
りだす。＃
帆柱に旗を立てた漁船が、港へはいつて來たのをきつか＃
けに、二隻・三隻と續いて港へはいつて來る。母親に子ども＃
がすがりつくやうに、今はいつて來たばかりの漁船をめが＃
けて、ぎいぎいと櫓［ろ］の音もすがすがしく、たくさんの小舟が＃
近づいて行く。漁船のかたはらに、小舟がぴつたり寄りそ＃
＜Ｐ－０４８＞
ふと、＃
「えんさらほい、えんさらほい。」＃
と掛聲にぎやかに、日にやけた漁夫たちが、遠くの海から取＃
つて來た數々の海の幸を、漁船から小さな舟に移す。小型＃
の潛水艦を思はせるやうな、まるまると肥えたまぐろ、細長＃
い魚雷のやうなかじきまぐろ、大きなさめ――その白い腹＃
が朝の太陽に光り、ひれが力強くぴんと左右に張つてゐる。＃
このまぐろや、さめをのせた小舟は、大急ぎで岸の魚市場を＃
めざしてこぎ歸つて行く。＃
魚市場の廣いたたきの上を、鉢卷をした若者が、大きな魚＃
＜Ｐ－０４９＞
をてんびん棒につるしたり、手押車にのせたりして、威勢よ＃
く右へ左へ運んで行く。見る見るまぐろもさめも、次から＃
次へ行儀よく並べられる。＃
大きな魚にまじつて、小型の爆彈のやうなかつをが置か＃
れ、ついさつきまでぴちぴちとはねてゐたやうな、六七十セ＃
ンチもある鯛が、つやつやした櫻色のはだに、むらさきの星＃
をきらめかしてゐる。その間にまじつて、帶のやうなたち＃
魚が、いくつもいくつも横たはつてゐるのは、めづらしい見＃
ものである。＃
四角な箱の中には、近くの海で取れたあぢやさばが、青光＃
＜Ｐ－０５０＞
のする新鮮な色を見せ、まるいをけの中には、いかが折り重＃
なつて、今にもちゆつと塩水を吹き出しさうである。この＃
魚の行列の間を、市場の人たちと魚問屋の若者たちが、いそ＃
がしさうに右往左往してゐる。＃
荷作り場では、まぐろやさめの腹をさいて、氷を入れて送＃
り出す者や、木箱にぎつしり氷といつしよにつめて、荷作り＃
する者や、まるで戰場のやうないそがしさである。新鮮を＃
たつとぶ魚の取引きをする魚市場の朝は、見るからにきび＃
きびとして、威勢がよい。「ブッブー。」と、けたたましい警笛の＃
音をあとに殘して、荷作りされた魚の箱を山のやうに積ん＃
＜Ｐ－０５１＞
だ貨物自動車が、魚市場を出て行くのは、それから數分のの＃
ちである。＃
太陽があかあかと四方の山々を照らし、波が靜かなうね＃
りに變つて沖から押し寄せるころになると、あれほど活氣＃
に滿ちて生きもののやうに活動してゐた魚市場も、ひつそ＃
りと靜まり返つて、またあすの朝を待つのである。＃
ちやうどそのころ、港のあちらこちらにもやひしてゐる＃
漁船からは、朝げの煙が波の上に影を落しながら、ゆつくり＃
と立ちのぼる。　　＃
＜Ｐ－０５２＞
　九　　軍艦生活の朝　＃
東の空が明かるくなると、今まで軍港＃
のやみに包まれてゐた軍艦の壯大な姿＃
が、だんだん現れて來る。後［こう］甲［かん］板［ぱん］には、當＃
直將校の姿が見え、艦橋には、望遠鏡を持＃
つた掌信號兵が遠くを見張つてゐる。＃
舷門には、銃を手にした番兵があたりを＃
警戒してゐる。千何百人の乘員は、なほ＃
安らかな眠りを續けてゐるのであらう。＃
＜Ｐ－０５３＞
艦内は深［み］山［やま］のやうな靜かさである。＃
人の顏がやつと見分けられるやうになつたころ、時鐘番＃
兵がことことと後甲板に來て、「總員起し五分前。」と、當直將校＃
に報告する。軍艦の起床時刻は、夏は五時、冬は六時である。＃
間もなく、甲板士官や傳令員が起きて來る。副長はもう上＃
甲板に出て、今日の天氣はどうかと空を眺めてゐる。＃
やがて午前五時の鐘が鳴ると、當直將校が元氣のよい聲＃
で號令を掛ける。＃
「總員起し。」＃
この號令で、朝の靜かさがたちまち破られ、起床ラッパは勇＃
＜Ｐ－０５４＞
ましく響き、傳令員は號笛を吹きながら、「總員起し。」と呼んで、＃
つり床の間をぬつて行く。すると、乘員は一度にとび起き＃
て、手早くつり床をくくる。これから號令が次々にくだる。＃
それにつれて、つり床は正しく一定の場所に納められる。＃
すべての窓や出入口は開かれる。これらの仕事は、家で毎＃
朝起きると、まづ夜具をかたづけ、雨戸をくるのと變りはな＃
いが、千何百人の乘員が號令に從つて規律正しく活動する＃
さまは、いかにも目ざましい。何分かのうちに、もう艦内は＃
すつかりせいとんする。＃
そこで五分間の休みがあつて、露天甲板洗ひとなる。こ＃
＜Ｐ－０５５＞
れは水兵員の受持である。＃
「兩舷直、整列。」＃
のラッパが一きは高く響き渡ると、はだしのままの水兵員＃
が、後甲板にはせ集つてずらりと整列する。まもなく、當直＃
將校から威勢のよい號令がかかる。＃
「露天甲板洗へ。」＃
水兵は、くもの子を散らすやうに八方へ散つて、かひがひ＃
しくズボンをまくりあげ、身輕な姿になつて、分隊ごとに甲＃
板洗ひを始める。下士官が、甲板の吐水口からふき出る海＃
水を、をけに汲んでどんどん流すと、洗ひばけを持つた何十＃
＜Ｐ－０５６＞
人の水兵が、甲板をこすりながら頭を並べて進んで行く。＃
甲板洗ひがすむと、＃
「顏洗へ。」「たばこぼん出せ。」＃
の號令がくだる。そこで始めて乘員は顏を洗ふ。そのう＃
ちに上陸員が歸艦する。あちらこちらで、「おはやう。」がいひ＃
かはされる。火なは一本のたばこぼんのまはりには、人の＃
山ができて、いろいろの話が出る。笑ひ聲も起る。まもな＃
く、食事のラッパが響く。一時間餘りも活動したあとであ＃
るから、食事のうまいこと。＃
午前八時になると、艦尾の旗竿に軍艦旗があげられる。＃
＜Ｐ－０５７＞
「君が代」のラッパが奏され、衛兵隊はささげ銃［つつ］の敬禮を行ひ、＃
艦長を始め乘員一同は、皆、姿勢を正して軍艦旗に敬禮する。＃
朝日にかがやく軍艦旗が、海風にひらめきながらしづしづ＃
とのぼつて行くさまは、まことにおごそかである。＃
軍艦旗を仰いで、心の底まで清められた乘員は、これから＃
訓練に取りかかるのである。　　＃
　十　　武士のおもかげ　＃
　雁［がん］のみだれ　＃
八［はち］幡［まん］太郎義家、關白頼［より］通［みち］の館にて軍の物語しける時、大［おほ］江［え］＃
＜Ｐ－０５８＞
の匡［まさ］房［ふさ］、聞きて、＃
「器量ある武將なれども、なほ軍の道を知りたまはず。」＃
とひとりごとのやうにいふ。義家の家來、これを聞きつけ＃
て、「けしかることをいふ人かな。」と心のうちに思へり。＃
やがて匡房、關白の館を出で、義家も出でぬ。家來、あるじ＃
を見て、＃
「かの人は、かくかくとのたまへり。」＃
といへば、義家、定めてしさいあるべしと思ひ、匡房が車に乘＃
らんとするところに進み寄りて、ゑしやくす。それよりの＃
ち、義家は匡房を師として學びけり。＃
＜Ｐ－０５９＞
義家、金［かな］澤［ざは］の城を攻めんとする折、たまたま一行の雁、刈田＃
におりんとして、にはかに列をみだしつつ飛び行きぬ。義＃
家あやしみて、＃
「かつて師の教へたまふことあり。野に伏兵ある時、雁、列＃
をみだる。この野にかならず伏兵あらん。」＃
とて、手をわかつて三方より圍む。はたして、敵、三百餘騎を＃
かくしおきたるを、義家の軍さんざんに討ちて、つひに敵軍＃
を攻め破りぬ。　　＃
　かりまたの矢　＃
義家、ある日安［あ］倍［べ］の宗［むね］任［たふ］らをつれて、廣き野を過ぎ行きし＃
＜Ｐ－０６０＞
に、きつね一匹走り出でたり。義家、背に負ひたるうつぼよ＃
り、かりまたの矢を拔きて弓につ＃
がへ、きつねを追ひかけしが、殺さ＃
んもふびんと思ひて、左右の耳の間をねらひてひようと射＃
る。矢は、あやまたず頭上をすれすれにかすめて、きつねの＃
前なる土に立ち、きつねは、その矢につき當りて倒れたり。＃
宗任、馬よりおりてきつねを引きあげながら、＃
「矢は當らぬに、死にて候。」＃
と申せば、義家、＃
「おどろきて死にたるなり。捨ておかば、ほどなく生き返＃
＜Ｐ－０６１＞
るべし。」＃
といふ。＃
宗任、すなはち矢を取りてさし出せ＃
ば、義家、背を向けてうつぼにささせけ＃
り。宗任はもと賊軍の頭にて、近ごろ＃
降りし者なれば、他の家來どもこのさ＃
まを見て、＃
「危きことかな。するどき矢をささ＃
しめたまふことよ。もし、宗任に惡しき心もあらば。」＃
とて、手に汗をにぎりけり。　　＃
＜Ｐ－０６２＞
　目を射拔かれて　＃
相［さが］模［み］の國の住人、鎌［かま］倉［くら］の權［ごん］五［ご］郎［らう］景［かげ］正［まさ］といふもの、先祖より＃
名高きつはものなり。十六歳にて敵の大軍に向かひ、命を＃
捨てて戰ふ折から、敵の矢にて右の目を射られぬ。矢は、首＃
を貫ぬきてかぶとに射つけたれば、たやすく拔けず。矢を＃
折り捨てて、その場に敵を射倒しけり。＃
景正、歸りてのち「手を負ひぬ。」といひて、のけざまに伏した＃
れば、三［み］浦［うら］の平太郎爲［ため］次［つぐ］といふつはもの、景正が顏をふまへ＃
て矢を拔かんとす。＃
景正、すなはち刀を拔き、爲次がよろひの草ずりをあげて＃
＜Ｐ－０６３＞
下より突かんとしければ、爲次、おどろきて、＃
「などて、かくはするぞ。」＃
と問ふ。景正、＃
「弓矢に當りて死するは、つはものの望むところなり。い＃
かでか、生きながら足にて顏をふまるることあらん。汝＃
を殺して、われも死すべきなり。」＃
といふ。＃
爲次、ことばなく、ひざをかがめ顏を押さへて、矢を拔き取＃
りけり。　　＃
　障子張り　＃
＜Ｐ－０６４＞
相［さが］模［みの］守［かみ］時［とき］頼［より］の母を、松下禪［ぜん］尼［に］といへり。＃
時頼を招くことありけるに、すすけたる障＃
子の破れを、禪尼、てづから小刀にて切りま＃
はしつつ張りゐたり。城［じやうの］介［すけ］義［よし］景［かげ］、これを見＃
て、＃
「その障子をこなたへたまはりて、なにが＃
しに張らせ候はん。さやうのことに、なれたるものにて＃
候。」＃
と申しければ、禪尼、＃
「その男、尼［あま］が細工にはよもまさり候はじ。」＃
＜Ｐ－０６５＞
とて、なほ一間づつ張りゐたり。義景、＃
「すべてを張りかへんは、はるかにたやすく候。まだらに＃
なりて見苦しかるべし。」＃
と重ねていへば、＃
「尼も、のちには新しく張りかへんとは思へど、すべて物は＃
破れたるところをつくろへば、しばらくは用をなすもの＃
ぞ、と若き人に見ならはせんとて、かくするなり。」＃
といひけり。　　＃
　馬ぞろへ　＃
山［やま］内［うち］一［かつ］豐［とよ］、織［お］田［だ］家に仕へし初め、東國第一の名馬なりとて、＃
＜Ｐ－０６６＞
安［あ］土［づち］に引き來て商なふものあり。信長の家臣らこれを見＃
るに、まことにならびなき馬なり。されど價あまりに高く＃
して、買ふもの一人もなく、空しく引き歸らんとす。＃
一豐もこの馬ほしく思へど、求むることいかにもかなふ＃
べからず。家に歸りて、＃
「世の中に、身貧しきほどくちをしきことはなし。一豐、仕＃
への初めなり。かかる名馬に乘りて見參に入れたらん＃
には、主君の御感にもあづかるべきものを。」＃
とひとりごといひしに、妻つくづくと聞きて、＃
「その馬の價は、いかばかりにや。」＃
＜Ｐ－０６７＞
と問ふ。＃
「黄金十兩とこそいひつれ。」＃
「さほどに思ひたまはば、その馬求めたまへ。價をば、みづ＃
からまゐらすべし。」＃
とて、鏡の箱の底より黄金十兩を取り出す。＃
一豐、大きにおどろきて、＃
「この年ごろ身貧しく、苦しさのみ多かりしに、その黄金あ＃
りとも知らせたまはず。されば、今この馬、ゆめにも求め＃
得べしとは思はざりき。」＃
と喜び、またうらむ。妻、＃
＜Ｐ－０６８＞
「のたまふところ、ことわりにこそ。されどこれは、わらは＃
この家にまゐりし時、この鏡の下に父の入れたまひて、ゆ＃
めゆめ、世のつねのことに用ふべからず。汝の夫の一大＃
事あらん時にまゐらせよとて、たまひき。されば、家貧し＃
くして苦しむなどは、世のつねのことなり。まことにや、＃
都にて御馬ぞろへあるべしなど聞ゆ。君は仕への初め＃
なり。良き馬にめして、主君の御感にあづかりたまへ。」＃
といふ。＃
一豐、すなはちその馬を求めたり。＃
やがて馬ぞろへの日とはなれり。いづれおとらぬ馬多＃
＜Ｐ－０６９＞
く集りたる中に、一きは目だちてたくましきを信長うち見＃
て、＃
「あつぱれ、名馬。たれの馬ぞ。」＃
と問へば、家臣答へて、＃
「これは東國第一の名馬とて、商人の引きてまゐりしを、一＃
豐が求め得たるものに候。」＃
と申す。信長、＃
「一豐は仕へて日なほ淺く、家も貧しからんに、よくもかか＃
る名馬を求めたるぞ。見あげたる志。」＃
と、しばし感じてやまざりけり。　　＃
＜Ｐ－０７０＞
　十一　　かんこ鳥　＃
朝日、いまあらはれて、　　＃
ああ、はるけくもこの峯に　　＃
光さし來ぬ。　　＃
薄きみどり、こきみどり、　　＃
山々のひだ縞［しま］なして、　　＃
見る目うるはし。　　＃
＜Ｐ－０７１＞
川の流れか、さらさらと　　＃
はるかなる麓［ふもと］のわたり　　＃
かすかに響き、　　＃
いづくともなく霧［きり］わきて、　　＃
風のまにまに谷間より　　＃
ただよひのぼる。　　＃
かつこう、かつこう、かんこ鳥、　　＃
こだまのごと、ゆめのごと、　　＃
＜Ｐ－０７２＞
かつこう、かつこう。　　＃
　十二　　炭燒小屋　＃
　一　＃
青々と茂つたみどりの梢に、煙がなびいてゐる。炭燒が＃
まから立ちのぼる煙である。＃
源作ぢいさんは、その煙のやうすをじつと見つめた。黄＃
色な煙の中に、白い煙がまじつてゐる。どうもをかしい。＃
煙の色もへんだが、煙の出るやうすに活氣がない。かまが＃
病氣をしてゐるな――と、ぢいさんは思つた。＃
＜Ｐ－０７３＞
源作ぢいさんは、かまのそばにすわつて、たき口から中を＃
のぞいて火のかげんを見た。眞赤に＃
燒けた木から、めらめらとほのほが立＃
ちのぼつてゐる。壁にくり拔かれた＃
いくつかの小さな穴から、ほのほが隣＃
りのかまの中へ吸ひ込まれて行く。＃
そのかまには、炭に燒く丸太がぎつし＃
りとつめ込まれてゐるのだ。ぢいさ＃
んがのぞいた、あのかまから火氣を送＃
つて、このかまの中の丸太をむし燒きにする仕掛なのだ。＃
＜Ｐ－０７４＞
源作ぢいさんは、もえさかるほのほの色をじつと見た。＃
それから、おもむろに立ちあがつて、さしわたし二メートル＃
もある、土で固めた圓形のかまの上へそつと手を置いた。＃
かつとした火氣が手のひらを打つ。源作ぢいさんは、かま＃
がいらいらしてゐるなと感じた。どつかりと、また、かまの＃
前にすわつて、もくもくと立ちのぼる煙を見つめながら、黄＃
色な煙が、薄むらさき色に變つて行くのを心に念じた。　　＃
　二　＃
二三日たつてから、かまの口を開いた源作ぢいさんは、眞＃
黒に燒けた炭を外へ取り出した。＃
＜Ｐ－０７５＞
「うまく燒けたかな。」と氣がせく。三十何年炭を燒いてゐ＃
ても、かまから取り出すまでは、どんなに燒けたかが氣がか＃
りである。うまく燒けた時は、とびあがるやうにうれしい。＃
この調子で次も燒かうと思ふ。失敗した時は、ひどく氣持＃
が惡い。この次には、何とかしてうまく燒きたいものだと＃
思ふ。源作ぢいさんは、一メートルばかりの長さに燒けた＃
炭の端を、指の先でこすつてみた。堅くて、うまく燒けてゐ＃
ない。火のまはりが惡かつたのだ。＃
炭を取り出しながら、源作ぢいさんは、かまの天井や壁を＃
こつこつとたたいてみた。どこも惡くはない。をかしい＃
＜Ｐ－０７６＞
なと思つて、煙突へ通じる口を、ふと見たとたん、おやと思つ＃
た。木のやにがうんとこびりついて、煙の出口をふさいで＃
ゐる。これだ、これが病氣のもとだと、源作ぢいさんの心は＃
急に明かるくなつた。　　＃
　三　＃
炭燒がまの裏の山道には、丸太を並べた木馬道が、曲りく＃
ねつて山の奧の方へ續いてゐる。＃
そりの形をした木馬に、木を山のやうに積んで、源作ぢい＃
さんが引いておりて來る。右へ曲り、左へ折れて、かまの近＃
くでぴたりと止つた。＃
＜Ｐ－０７７＞
汗をふきふき、ぢいさんは小屋へはいつて、のこぎりを持＃
ち出した。腰には、毛皮で作つた小さなざぶ＃
とんのやうな腰皮をさげてゐる。腰皮の上＃
に腰をおろし、切つて來たばかりの木を、一メ＃
ートルばかりの長さにそろへて、樂しさうに＃
ひき始めた。＃
一本一本の丸太を、あの炭燒がまへ入れて、＃
今度こそは、上できの炭に燒いてみようと考へながら、ぢい＃
さんは一心に木をひいてゐる。　　＃
＜Ｐ－０７８＞
　十三　　ぼくの子馬　＃
北斗は、ぼくの子馬です。＃
生まれたのは、去年の春、ちやうど櫻の＃
花の咲くころでした。ぼくが學校から＃
歸ると、父はにこにこしながら、＃
「新一、子馬が生まれたよ。」＃
といひます。それを聞くと、ぼくは、むち＃
ゆうになつて馬屋へかけ込みました。＃
見れば、うす暗くしてある馬屋の奧の方＃
＜Ｐ－０７９＞
で、母馬が、生まれたばかりの子馬をしきりになめてやつて＃
ゐました。父もあとから來たので、ぼくが、＃
「おとうさん、子馬はをすですか、めすですか。」＃
とたづねますと、父はさも得意さうに、＃
「をすさ。」＃
といひます。＃
「ぢやあ、今度の子馬は、ぼくに世話をさせてください。」＃
父は、しばらくだまつてゐましたが、＃
「うん、おぢいさんによく指圖していただいて、ひとつ一生＃
けんめいにやつて見るかな。」＃
＜Ｐ－０８０＞
と許してくれました。＃
ぼくは、うれしくてたまりません。さつそく、そのことを＃
祖父にいひますと、祖父も、＃
「ほう、おまへが世話をするといふのか。よからう。ひと＃
つやつてごらん。こまかいことはだんだん話してあげ＃
ようが、第一は、馬をよくかはいがつてやることだ。日本＃
の馬は、氣が荒いとかいはれるさうだが、それも馬が惡い＃
のではない、扱ふ人がいけないから、馬に惡いくせがつい＃
てしまふのだ。しんせつにしてやれば、馬ほどすなほで、＃
りこうなものはめつたにないぞ。」＃
＜Ｐ－０８１＞
と教へてくれました。＃
子馬の名は、北斗ときまりました。一週間ばかりたつて、＃
親子とも馬屋の外へ出しますと、北斗は、おくびやうさうな＃
目つきをして、始めて見る世界をさもめづらしさうに眺め＃
ました。大きな犬ぐらゐの大きさで、足は、ばかにひよろ長＃
く見えます。さうして、ともすると母馬にすり寄つては、乳＃
を吸つてばかりゐます。そのかはいいやうすは、今でも忘＃
れません。＃
日がたつにつれて、だんだんぼくになれて來ました。時＃
には乳を飲むのも忘れて、ひよろ長い足で元氣よく、草原の＃
＜Ｐ－０８２＞
上をはねまはることもありました。＃
六月になると、母馬につけて、近くの牧場へ放牧にやるこ＃
とになりました。ぼくは、せつかくなれて來た北斗を、手も＃
とからはなすのがいやでしたが、さうしないと、子馬が丈夫＃
にならないのです。で、ぼくは、そのころ學校から歸ると、す＃
ぐ牧場へ行つて見ました。牧場には、村のあちこちから、同＃
じやうな子馬がたくさん來てゐて、母馬の草をたべるあと＃
を追ひながら、廣い野原を樂しさうに遊びまはつてゐまし＃
た。＃
放牧に出してから、北斗のからだはめきめき丈夫になり＃
＜Ｐ－０８３＞
ました。足もしつかりして來ました。さうして、長い夏も＃
過ぎ秋が來て、野山の草木が枯れるころ、五箇月ぶりでうち＃
の馬屋へつれて歸りました。＃
いよいよ北斗は、乳を離れるやうになりました。からだ＃
の手入れをしたり、運動をさせたり、ぼくの仕事がおひおひ＃
いそがしくなつたのは、そのころからです。しかしそれだ＃
けに、かはいさもいつそう深くなつて來ました。＃
寒い冬の日でも、一日に一度はかならず、北斗をつれて運＃
動に出かけました。ぼくがかけ出せば北斗もかけ出し、ぼ＃
くが止れば北斗も止り、追つたり追はれたりしながら、樂し＃
＜Ｐ－０８４＞
く運動しました。＃
二歳ごまになつて、北斗もめつきり馬らしくなりました。＃
今年も、六月から放牧に出しましたが、去年と違つて、ぼくが＃
行くと、北斗は、うれしさうにすぐぼくのところへとんで來＃
て、鼻をすりつけます。手のひらに塩をのせてやると、うま＃
さうになめます。ぼくが唱歌を歌ふと、北斗はいつまでも＃
おとなしく草をたべながら、ぼくのそばで遊んでゐます。＃
いつのころからか、北斗は、清くんのうちの子馬の青と、大＃
そう仲よしになりました。ぼくのゐない時は、いつでも青＃
と遊んでゐるやうでした。＃
＜Ｐ－０８５＞
九月に二歳ごまの市が始るといふので、八月に北斗をう＃
ちへつれて歸りました。＃
北斗は、ほんたうにりこうで、すなほです。教へることは＃
何でもよく覺えるし、櫛［くし］で手入れをしたり、足をあげさせて＃
ひづめの裏をさうぢしたりしても、じつとおとなしくして＃
ゐます。物に驚いてかけ出さうとするやうな時でも、「ほう＃
ほう。」と聲を掛けて、手のひらで輕く首やせなかをなでてや＃
ると、すぐ安心して靜まつてしまひます。この間も祖父が＃
いひました。＃
「おまへがよくめんだうを見てやつたから、北斗はりつぱ＃
＜Ｐ－０８６＞
な二歳ごまになつた。この村に二歳ごまもたくさんゐ＃
るが、北斗ほどみごとなのは見かけないやうだ。幅もあ＃
るし、骨組も丈夫になつた。」＃
ぼくは、祖父のこのことばを聞いて、ほんたうにうれしいと＃
思ひました。＃
二歳ごまの市が始れば、いよいよ北斗と別れなければな＃
りません。一年半も手しほにかけた北斗といつしよにゐ＃
るのも、あといく日もないと思ふと、ぼくは泣きたいほどつ＃
らい氣がします。けれども、北斗は、きつと軍馬に買ひあげ＃
られるに違ひありません。さうして、りつぱな乘馬になり、＃
＜Ｐ－０８７＞
軍人さんを乘せて堂々と歩くでせう。その勇ましいやう＃
すを思ひ浮かべると、ぼくは北斗のために喜んでやりたい＃
のです。　　＃
　十四　　星の話　＃
晴れた夜、空を仰ぐと、たくさんの星が、まるで寶石をちり＃
ばめたやうに美しくかがやいてゐます。ちよつと見たと＃
ころでは、ほとんど無數と見えるこれらの星にも、名前や番＃
號があり、位置もきまつてゐるのですが、ただぼんやり見て＃
ゐるだけでは、いつたいどれがどうなのか、さつぱり見當が＃
＜Ｐ－０８８＞
つきません。＃
そこで、まづ眞北へ向かつて立つ＃
て見ませう。北の空にもたくさん＃
の星がありますが、その中で一つだ＃
いじな星があります。地平線から＃
しだいに見あげて、頭の眞上まで行＃
く途中、眞中邊より少し低いところ＃
に、かなり大きな星が一つ見えるのが、それです。もつとも＃
その高さは、見る場所によつていくぶん違ひます。北の北＃
海道でしたら、ほぼ眞中邊ですが、反對に南の沖［おき］繩［なは］や臺［たい］灣［わん］で＃
＜Ｐ－０８９＞
したら、ずつと低くなります。＃
しかし、かういつただけでは、まだなかなか見當がつかな＃
いでせう。さうしたら、どこかその邊の空に、ひしやくのや＃
うな形に連なつた美しい七つの星を、さがすことにしませ＃
う。これはすぐ見つかります。七月の中ごろですと、夜九＃
時ごろ、北より少し西へ寄つた方に、ますを下に、少し曲つた＃
柄を上に、ちやうどひしやくを立てたやうなかつかうにな＃
つてゐます。この七つの星を北斗七星といひます。＃
北斗七星が見つかつたら、その七つの中の、下の端に當る＃
二つの星に注意しませう。さうして、かりにこの二つの星＃
＜Ｐ－０９０＞
を結ぶ線を引き、それをなほ右の方へ延してみませう。す＃
ると、この二つの星の距離の五倍ばかりのところに、きつと＃
一つの星が見つかります。さつきさがさうとしたのがこ＃
れで、北極星といふ星です。＃
北極星は、いつ見てもほぼ眞北にある星ですから、夜、道に＃
迷つた時など、この星を見つければ、すぐ方角を知ることが＃
できます。昔から、航海の目當てとなつてくれたのは、この＃
星です。＃
ところで、大空の他の星は、時刻によつてかなりあり場所＃
が變つて行きます。今どれか一つの星を、東へさし出た軒＃
＜Ｐ－０９１＞
端にすれすれに當てて、下からじつと見てゐますと、やがて＃
その星は、軒端にかくれて見えなくなります。つまり星は、＃
西へ西へと移つて行くのです。日や月が東から出て西へ＃
はいるやうに、星もだいたい東から出て西へはいるのです。＃
星の動き方を、もつとくはしく調べて見ますと、北の空で＃
は、星が、北極星をほぼ中心に、圓をゑがいて動いてゐるのだ＃
といふことがわかります。＃
寫眞機を北極星に向けて、一＃
時間ぐらゐふたをあけてお＃
くと、この圓をゑがくやうす＃
＜Ｐ－０９２＞
がわかるやうに寫眞にうつります。それでなくても、夜九＃
時に北斗七星を見てその位置を覺え、更に十時、十一時に見＃
ると、この動き方が大てい見當がつきます。さうして、北極＃
星の近くに見える星ほど小さな圓をゑがき、遠くに見える＃
星ほど大きな圓をゑがきます。＃
しかし、このやうに星が動くといふのも、實はわれわれの＃
住んでゐる地球がまはるから、さう見えるだけのことです＃
が、今の場合、それを考へに入れないでおきませう。＃
さて、この北極星や北斗七星を目當てにして、その附近を＃
見ると、いろいろの星の列があります。まづ、北斗七星とそ＃
＜Ｐ－０９３＞
の附近にあるいくつかの星を加へて、大［おほ］熊［ぐま］座といひますが、＃
それは昔の人が、それらの星の列に大きな熊の形を考へた＃
からです。また、北極星を柄の端にして、北斗七星とどうや＃
ら似た小さなひしやく形に連なるのを、大熊座に對して小＃
熊座といひ、小熊座と北斗七星との間に尾を入れて、小熊座＃
を包むやうにのろのろと曲りくねつて連なる十ばかりの＃
星を龍［りよう］座といひますが、どちらも星があまり大きくありま＃
せんから、よく氣をつけて見ないとはつきりしません。そ＃
れよりも、北極星の右下の方に、椅［い］子［す］の形に連なる五つばか＃
りの星はカシオペヤ座で、俗にいかり星とも山形星ともい＃
＜Ｐ－０９４＞
ひますが、これははつきりしてゐますから、だれでもすぐ見＃
つけます。さうして、この邊、北から南へかけて、天［あま］の川が、夏＃
の夜空に銀の砂子を美しくまき散らしてゐるのが見られ＃
ます。　　＃
　十五　　遠泳　＃
「これから遠泳をする。一人殘らず目的地に着くやうに。」＃
先生の激勵のことばをしつかり心にだいて、先頭から順々＃
に海へはいつて行つた。＃
熱い海岸の砂をふんでゐた足の裏に、つめたい海の水が＃
＜Ｐ－０９５＞
氣持よく感じられる。水の中を歩きながら、顏を洗ひ頭を＃
水でひたす。兩手でからだに水を掛けると、ひやつとして＃
氣持がよい。ひざから腰、腰から腹へと、海は一足ごとに深＃
くなつて行く。思ひきつて、からだをずぶりと水の中へつ＃
けると、つめたさが身にしみわたる。＃
先頭から一人一人、順に泳ぎ始めた。いよいよ、ぼくの番＃
になつた。立ち止つて、手を前へ延し足で地面をけると、か＃
らだはすいと水の上へ浮かんだ。＃
風は吹いてゐないが、波が、目の前の水面に、小さな三角の＃
小山をこしらへ、それが顏に當つて、目や鼻へゑんりよなく＃
＜Ｐ－０９６＞
はいつて來る。うつかりすると、呼吸の調子で、がぶりと塩＃
からい海水を飲まされる。＃
初めは、みんな元氣であつた。薄青く見えてゐた海の水＃
が、いつのまにかこいみどり色に變る。後をふり返ると、海＃
岸はだいぶ遠くなつて、人も家も、小さく見える。目の前を、＃
白いかもめが海面とすれすれに飛んで行く。＃
ゆつくりと、自然に兩腕で水を大きくかき、兩足で水をけ＃
つて進む。二列に並んだ列を、まだだれも亂す者はない。＃
天氣のよい日、おだやかな海原を航海するやうな樂しさで＃
ある。この調子なら、わけもなく遠泳ができさうだと、ぼく＃
＜Ｐ－０９７＞
は喜んだ。一本松を目當てに進んで行く。いつもそばを＃
離れない警備船の上から、先生が、＃
「時々頭を水にひたせ。」＃
と注意される。＃
遠くに見えた一本松が、だんだん近づいて來る。初めは＃
何も氣がつかなかつたが、一本松がはつきり見えるやうに＃
なつたころから、今までからだを浮かしてゐてくれた海が、＃
いくら力を出して泳いでも、なかなか前へ出してくれない。＃
ぼく一人かと思つて前の方を見ると、みんなも同じだ。＃
「潮の流れが逆になつたから、みんな元氣を出せ。」＃
＜Ｐ－０９８＞
先生の聲である。「島の端をまはつてしまへば、あとはらく＃
だ。潮流の激しい一本松の沖あひを、泳ぎ拔けるかどうか＃
が成否の分れめだ。」と話された先生のことばが、思ひ出され＃
た。潮流に負けてはならないと、ぼくは一かき一けりに力＃
をこめて、潮の流れと戰ふ氣持で泳いだ。＃
きちんとそろつて進んでゐた列が、だんだん亂れて行つ＃
た。おくれる者、列からはみ出る者。ぼくは、先頭におくれ＃
ないやうに、一生けんめいで水をけつた。潮の流れはます＃
ます急になるのか、いくら手足に力を入れても、進みはにぶ＃
い。一人落ち、三人落ちして、とうとう先頭から三四人めに＃
＜Ｐ－０９９＞
なつた。さうなると、先頭からかけ離れて、間をつめようと＃
してもなかなか思ふやうにはいかない。並んで泳いでゐ＃
た小島くんも、だんだん弱つて來たやうだ。＃
「小島、廣田、しつかり泳げ。」＃
先生の聲援がありがたかつた。ぼくは、むちゆうで腕と足＃
を動かした。＃
ふと氣がつくと、小島くんの姿が見えない。何だか一人＃
取り殘されたやうな、さびしい氣持になる。その氣持を拂＃
ひのけるやうに、手足に力を入れようとしたが、力がはいら＃
ない。水の中で、もがいてゐるやうである。顏を水にひた＃
＜Ｐ－１００＞
して、からだを浮かすやうにして泳いだ。一本松を見たが、＃
まだかなり遠いところで手招きをしてゐるやうだ。手足＃
が、石のやうにこはばつて來る。先頭からは、どんどんおく＃
れて行く。もう、だめだ。警備船へあがらうか。＃
「廣田、おくれたつてかまはない。ゆつくり泳げ。」＃
と、船の上から先生が叫ばれた。ぼくは、自分の弱い心持が＃
恥づかしくなつた。おくれたつて、ほかの人がやめたつて、＃
ぼくだけは、最後までどうしても泳がう――それからは、何＃
も考へないで、まるで機械のやうに手足を動かした。＃
一本松が、右手の海岸のがけの上に、大きく立つてゐるの＃
＜Ｐ－１０１＞
が見えた。もう一息だと力を出した時、ふしぎにからだは、＃
すいすいと前の方へ輕く進んで行つた。がけの下をぐる＃
つとまはると、今まで見えなかつた島の裏側の海岸が、見え＃
て來た。青々とした木が、鏡のやうに靜かな海面に影を投＃
げかけてゐる。その向かふに、眞一文字に白い線を引いた＃
やうな砂濱が、目にしみるやうに寫つた。＃
「廣田よくやつた。もう大丈夫だ。潮の流れもいいし。＃
そら、あそこに見えるだらう、あの砂濱が、到着點だ。」＃
ぼくは、全身の力を腕と足とにこめて、遠い砂濱をめがけ＃
て、元氣よく泳いで行つた。　　＃
＜Ｐ－１０２＞
　十六　　海底を行く　＃
目の前に、＃
關門海峽はさざ波をたたへ、＃
車窓から何百の船が見える。＃
「おかあさん、＃
あの海峽をくぐるのね。」＃
汽車はたちまちトンネルにはいつた、＃
ざあつとすべつて行く車輪の響き。＃
＜Ｐ－１０３＞
「おかあさん、＃
今、海の底を走つてゐるのね。」＃
本州と九州の握［あく］手［しゆ］だ、＃
日本最初の海底トンネルだ。＃
「おかあさん、＃
まるでおとぎ話のやうね。」＃
だいじな物資や、郵便物や、＃
私たちを一氣に運んでくれる。＃
＜Ｐ－１０４＞
「ありがたいぢやありませんか。＃
命がけでほつたおかげですよ。」＃
ふり返ると、＃
關門海峽はさざ波をたたへ、＃
いそがしさうに船が動いてゐる。＃
「おかあさん、＃
あの下を通つて來たのね。」　＃
　十七　　秋のおとづれ　＃
＜Ｐ－１０５＞
秋は虫の聲から始る。＃
晝間は、まだ暑い暑いの歎聲が口をついて出て來る。眞＃
夏の暑さはだれも覺悟をしてゐるが、八月もなかばを越せ＃
ば、どこかに秋らしいものが見えてもよささうなものであ＃
る。それだのに、寒暖計は三十度を越えたがる。暑さは、も＃
うたくさんだといひたくなる。するとある日の午後、裏山＃
の森で、「つくつくぼうし、つくつくぼうし。」の聲を聞いた。＃
暑い日がやつと暮れても、よひの間は家の中がむつとし＃
て、柱も壁も、さはるとどうやら熱氣を吐いてゐる。二階へ＃
あがつてみても、さして涼しい風はなささうである。ただ＃
＜Ｐ－１０６＞
晴れた夜空に星がきらきらとさえ、銀河があざやかに中天＃
にかかつてゐる。その時ふと耳にするものは、前の草原で＃
鳴く虫の聲である。それがはたして何虫であるか、はつき＃
りはしないが、かなりたくさんの聲であることを感じる。＃
夜がふけると、思ひなしか屋［や］根［ね］瓦［がはら］が少ししめつて來る。＃
夜の燈火をしたつて來る虫は、蛾［が］や、こがね虫など、どれも＃
これもただうるさいだけであるのに、どこからかかすかに＃
羽音がして障子に輕くぱさと止つた虫が、やがて「すいつち＃
よ、すいつちよ。」をくり返す。このくらゐあいきやうのある＃
氣のきいた虫は、めつたにないものだ。さうして、それが、し＃
＜Ｐ－１０７＞
きりに「秋だ、秋だ。」と鳴きたてるやうに思はれる。＃
もう何といつても秋である。よし晝間はどんなに暑か＃
らうとも、日光はかすかに黄色味を帶びて、壁やへいの強い＃
反射がいくぶんやはらいで見える。梢吹く風が、思ひ出し＃
たやうにざわざわと音をたてる。背戸のみぞ端に、秋［しう］海［かい］棠［だう］＃
がかはいらしい薄赤の花をつける。畠のにらの花に、頭で＃
つかちないちもじせせりが飛びちがふ。何よりも、たんぼ＃
に早［わ］稻［せ］の穗が出そろつて白く波打つのが、秋らしく見渡さ＃
れる。＃
やがて二百十日が來て、農家はただ風ばかりを心配する。＃
＜Ｐ－１０８＞
夜は、そろそろこほろぎが家の中へはいつて、床の下や壁の＃
中で聲高く鳴きたてる。　　＃
　十八　　飛行機の整備　＃
勇「今日の子ども常會は、お約束通り、飛行機の整備をして＃
ゐられるをぢさんに來ていただきました。をぢさん＃
を圍んで、いろいろお話をお聞きしようと思ひます。＃
當番にあたつた私が司會者になりませう。＃
日ごろ私たちは、わが航空部隊のめざましい働きを聞＃
いて、たいへん感激してゐるのですが、それにつけても、＃
＜Ｐ－１０９＞
飛行機の整備といふことについてよく知りたいと思＃
つてゐたのです。をぢさんは、＃
もう五年間もこの方の仕事を＃
していらつしやいます。どう＃
ぞ、いろいろなお話をしてくだ＃
さい。またみなさんも、聞きた＃
いことがあれば、何でもおたづ＃
ねください。初めに、整備とい＃
ふことについて、をぢさんにお＃
話をお願ひいたします。」＃
＜Ｐ－１１０＞
をぢ「飛行機の整備といつても、いろいろな仕事があります＃
が、一口にいふと、飛行機がいつでも飛び出せるやうに、＃
準備をしておくことなのです。また、いつ飛び出して＃
も、十分働けるやうに手入れをしておくことなのです。」＃
正男「出發前には、どんな準備をしますか。」＃
をぢ「車輪に空氣を入れたり、燃［ねん］料［れう］や爆彈を積み込んだり、機＃
械にくるひがないか、ていねいに調べたりします。が、＃
いちばん注意して調べるのは、發動機です。試運轉を＃
して、その爆音を聞いてみて、順調であるか、その震動の＃
具合がどうかと、しつかり確めてから、みんなに乘つて＃
＜Ｐ－１１１＞
もらひます。」＃
太郎「飛行機がもどつて來た時には、どんな手入れをします＃
か。」＃
をぢ「やはり、發動機の手入れを眞先にします。發動機のお＃
ほひをはづして、機械に手を當ててやうすを調べます。＃
それから、あちこちに油をさしてやつたり、燃料を補充＃
してやつたり、よごれたところをきれいにしてやつた＃
りします。」＃
花子「私たちがからだ具合でも惡いと、母が額に手を當てて、＃
熱のかげんをみたりなんかするのと似てゐますね。」＃
＜Ｐ－１１２＞
をぢ「さうさう、それですよ。飛行機にとつて、整備兵は母親＃
のやうなものです。飛行機の熱を計つたり、息づかひ＃
を聞いたり、痛いところをさすつてやつたりするので＃
す。＃
飛行機のもどつて來る時刻がおそいと、氣が氣ではあ＃
りません。それはちやうど、遠足に行つた子どもの歸＃
りを案じる母親の心と變りません。」＃
勇「敵彈でも受けて歸つた時は、どんな氣がしますか。」＃
をぢ「痛ましいと思ひます。しかし、よくこれまで戰つてく＃
れた、手がらを立ててくれたと、手を合はせて拜みたい＃
＜Ｐ－１１３＞
氣持にさへなります。」＃
正男「どんな時がいちばんうれしいでせう。」＃
をぢ「何といつても、時間通りに飛行機の整備ができて、爆音＃
勇ましく五十機七十機と、頭上を堂々と出發して行く＃
時です。」＃
太郎「さうでせうね。私たちが、小さなグライダーを作つて＃
飛ばしただけでも、うれしいのですから。」＃
をぢ「飛行機はただの機械だとは思はれません。何か生き＃
もののやうに思はれます。自分のからだの一部分の＃
やうにさへ、感じられるのです。たとへ、自分は地上に＃
＜Ｐ－１１４＞
居殘つても、自分の魂は、飛行機といつしよに空をかけ＃
めぐつてゐます。あらしにあつてはゐないだらうか、＃
うまく彈幕をくぐり拔けたかしらと、絶えず飛行機の＃
身の上を案じてゐます。＃
こんな心配をしてゐる時に、無事歸つて來るのですか＃
ら、うれしくてなりません。愛機のプロペラにだきつ＃
いて喜ぶ人さへあります。」＃
春枝「ほんたうにかはいいのですね。」＃
をぢ「かはいくてなりません。飛行機にお酒を供へたり、し＃
つかり頼むぞと願つたり、ああ、よくやつてくれたなと＃
＜Ｐ－１１５＞
いひながら、翼をなでてやつたりしますよ。」＃
正男「整備兵といふのは、みんな地上で働く人ばかりですか。」＃
をぢ「さうではありません。機上勤務をする人もゐます。」＃
正男「機上では、どんな仕事をするのですか。」＃
をぢ「いつも發動機の調子に氣をつけてゐたり、燃料や、電力＃
を調節したりします。とにかく、飛行中に起つた故障＃
は、みんなこの人たちの手によつてなほさなければな＃
りません。＃
機上整備兵の座席の前には、たくさんの計器が並んで＃
ゐます。これらの計器が一目で見分けられるやうに＃
＜Ｐ－１１６＞
ならないと、一人前ではないのです。」＃
春枝「さつきは、うれしい時のお話をうかがひましたが、こん＃
どは、苦しい時のことをお話してくださいませんか。」＃
をぢ「ただ一心にやつてゐますので、苦しいとは別に思ひま＃
せんが、困ることはよくあります。ことに寒い時に、そ＃
れが多いのです。例へば小さなねぢをしめるにして＃
も、指の先でしめるのですから、厚い大きな手袋をはめ＃
てゐては、しめられません。どうしても、手袋を脱ぎま＃
す。すると、寒さのために指がこほりついてしまつて、＃
わるくするとくさります。それで、片手づつ手袋を脱＃
＜Ｐ－１１７＞
いで、仕事をします。それに、寒いと發動機もうまく動＃
かないので、温めてやるのに苦心をします。」＃
花子「寒い時もたいへんでせうが、暑い時も苦しいでせうね。」＃
をぢ「なにしろ、機體の中は、ふだんでもかなり温度が高い上＃
に、南洋の日光に照りつけられると、いつそう暑くなり＃
ます。からだがやつとはいるやうなせまいところで＃
修理をしてゐると、まるで汗と油でぐつしよりになつ＃
てしまひますよ。」＃
勇「飛行機がたくさん並んで歸つて來る時、あれは自分の＃
飛行機だといふことがわかりますか。」＃
＜Ｐ－１１８＞
をぢ「機種の同じものはなかなかわかりませんが、違ふもの＃
なら、近づけばすぐわかります。爆音でもわかります。」＃
正男「でも爆音は、どれも同じやうではありませんか。」＃
をぢ「いや、赤ちやんの泣き聲はみんな同じやうだが、おかあ＃
さんには、うちの赤ちやんの泣き聲がすぐわかるやう＃
なものです。」＃
勇「何か目じるしをつけたら、いいぢやありませんか。」＃
をぢ「さうです。自分の飛行機を早く知りたいために、尾翼＃
にちよつと色をぬつておくとか、何とかすることがあ＃
ります。＃
＜Ｐ－１１９＞
しるしで思ひ出しましたが、撃ち落した敵機の數だけ、＃
どこかにしるしをつけることもあります。」＃
太郎「をぢさんの飛行機には、どんなしるしがつけてありま＃
すか。」＃
をぢ「鷲［わし］の顏をかくことにしてゐます。」＃
春枝「いくつかいてありますか。」＃
をぢ「四十八。」＃
花子「まあ、四十八も。するともう四十八機も撃ち落したの＃
ですね。」＃
正男「すごいなあ。」＃
＜Ｐ－１２０＞
勇「もつといろいろお聞きしたいのですが、をぢさんのお＃
歸りになる時間になりました。これでおしまひにし＃
ようと思ひますが、終りに一つだけお聞きいたします。＃
今、お話をうかがつて、飛行機の整備の大切なことはよ＃
くわかりましたが、をぢさんは、やはり飛行機に乘つて＃
敵地を爆撃したり、空中戰をやつたりした方がいいと＃
は思はれませんか。私ならさう思ひますが。」＃
をぢ「さう思ふでせう。けれどもよく考へてごらんなさい。＃
飛行機の整備なくしては、空中戰も敵地爆撃もありま＃
せんよ。そこで航空部隊の働きと整備とは、一つに考＃
＜Ｐ－１２１＞
へなければなりません。整備は戰鬪なりといふこと＃
を、私たちはかたく信じてゐます。」＃
勇「よくわかりました。ためになるお話をたくさんお聞＃
かせくださいまして、ありがたうございました。」　＃
　十九　　動員　＃
動員の第一夜なり明けやすき　＃
秋晴れや旗艦にあがる信號旗　＃
敵前に上陸すなり秋の雨　＃
＜Ｐ－１２２＞
突撃を待つ草むらに虫すだく　＃
敵遠し月の廣野のはてしなく　＃
幾山河愛馬と越えて月の秋　＃
地圖を見る外［ぐわい］套［たう］をもて灯［ひ］をかばひ　＃
二十　　三日月の影　＃
　重代のかぶと　＃
甚［じん］次［じ］郎［らう］は、兄に呼ばれて座敷へ行つた。見れば、母もそこ＃
にゐた。床の間には、すばらしく大きな鹿［しか］の角と三日月の＃
＜Ｐ－１２３＞
前立てとのついたかぶとが、かざつてある。兄は、改つた口＃
調でいつた。＃
「甚次郎、このかぶとは祖先傳＃
來の寶、これをおまへにゆづ＃
る。十歳の時、軍に出て敵の＃
首を取つたほど強いおまへ＃
のことだ。どうかりつぱな武士になり、家の名をあげて＃
くれ。」＃
甚次郎は、胸がこみあげるやうにうれしかつた。＃
「ありがたくちやうだいいたします。」＃
＜Ｐ－１２４＞
といつて頭をさげた。母はそばからいつた。＃
「それにつけても、御主君、尼［あま］子［ご］家の御恩を忘れまいぞ。尼＃
子家の御威光は、昔にひきかへておとろへるばかり、それ＃
をよいことにして、敵の毛［まう］利［り］がだんだん攻め寄せて來る。＃
成人したら、一日も早く毛利を討つて、御威光を昔に返し＃
ておくれ。」＃
甚次郎の目は、いつのまにか涙で光つてゐた。＃
甚次郎は、この日から山中鹿［しかの］介［すけ］幸［ゆき］盛［もり］と名のり、心にかたく＃
主家を興すことを誓つた。さうして、山の端にかかる三日＃
月を仰いでは、＃
＜Ｐ－１２５＞
「願はくは、われに七難八苦を與へたまへ。」＃
と祈つた。　　＃
　一騎討　＃
數年は過ぎた。尼子の本城である出［いづ］雲［も］の富［と］田［だ］城は、その＃
ころ毛利軍に圍まれてゐた。＃
鹿介は、戰つてしばしば手がらを立てた。かれの勇名は、＃
みかたのみか、もう敵方にも知れ渡つてゐた。＃
敵方に、品川大［だい］膳［ぜん］といふ荒武者がゐた。かれは、鹿介をよ＃
い相手とつけねらつた。名を棫［たら］木［ぎ］狼［おほかみの］介［すけ］勝［かつ］盛［もり］と改め、折もあ＃
らば鹿介を討ち取らうと思つた。＃
＜Ｐ－１２６＞
ある日のこと、鹿介は部下をつれて、城外を見まはつてゐ＃
た。川をへだてた對岸から、鹿介の姿をちらと見た狼介は、＃
われ鐘のやうな聲で叫んだ。＃
「やあ、それなる赤糸をどしの甲は、尼子方の大將と見た。＃
鹿の角に三日月の前立ては、まさしく山中鹿介であらう。」＃
鹿介は、りんとした聲で大音に答へた。＃
「いかにも山中鹿介幸盛である。」＃
狼介は喜んでをどりあがつた。＃
「かくいふは石［いは］見［み］の國の住人、棫木狼介勝盛。さあ、一騎討＃
の勝負をいたさう。あの川しもの洲こそよき場所。」＃
＜Ｐ－１２７＞
といひながら、弓をこわきにはさんで、ざんぶと水にとび込＃
んだ。鹿介もただ一人、流れを切つて進んだ。＃
狼介は、弓に矢をつがへて鹿介をねらつた。尼子方の秋［あき］＃
上［あげ］伊［い］織［おりの］介［すけ］がそれを見て、＃
「一騎討に、飛び道具とはひけふ千萬。」＃
と、これも手早く矢をつがへてひようと射る。ねらひ違は＃
ず、狼介が滿月のごとく引きしぼつてゐる弓のつるを、ふつ＃
りと射切つた。みかたは「わあ。」とはやしたてた。＃
狼介は、怒つて弓をからりと捨て、洲にあがるが早いか、四＃
尺の大太刀を拔いて切つてかかつた。しかし、鹿介の太刀＃
＜Ｐ－１２８＞
風は更にするどかつた。いつのまにか狼介は切りたてら＃
れて、しだいに水際に追ひつめられて行つた。＃
「めんだうだ。組まう。」＃
かう叫んで、狼介は太刀を投げ捨てた。大男のかれは、鹿介＃
を力で仕とめようと思つたのである。＃
二人はむずと組んだ。しばらくはたがひに呼吸をはか＃
つてゐたが、やがて狼介は滿身の力をこめて、鹿介を投げつ＃
けようとした。鹿介は、それをじつとふみこたへたが、片足＃
が洲の端にすべり込んで、思はずよろよろとする。たちま＃
ち狼介の大きなからだが、鹿介の上へのしかかつた。鹿介＃
＜Ｐ－１２９＞
は組み敷かれた。兩岸の敵もみかたも、思はず手に汗をに＃
ぎる。＃
とたんに、鹿介はむつくと立ちあがつた。その手には、血＃
に染まつた短刀が光つてゐる。狼介の大きなからだは、も＃
う鹿介の足もとにぐつたりとしてゐた。＃
「敵も見よ、みかたも聞け。現れ出た狼を、鹿介が討ち取つ＃
た。」＃
鹿介の大音聲は、兩岸に響き渡つた。＃
そののち、幾たびか激しい戰があつた。さしもの敵も、こ＃
の一城をもてあましたが、前後七年にわたる長い戰に、尼子＃
＜Ｐ－１３０＞
方は多く討死し、それに糧［りやう］食［しよく］がとうとう盡きてしまつた。＃
城主尼子義久は、涙をのんで敵に降つた。富田城には、毛利＃
の旗がひるがへつた。　　＃
　苦節　＃
尼子の舊臣は、涙のうちに四散した。鹿介は、身をやつし＃
て京都へのぼつた。＃
戰國の世とはいへ、京都では花が咲き、人は蝶［てふ］のやうに浮＃
かれてゐた。＃
そのうちに、尼子の舊臣がおひおひ京都に集つて來た。＃
かれらは、鹿介を中心として、主家の再興を企てた。＃
＜Ｐ－１３１＞
そのころ、京都のある寺に、ひんのよい小僧さんがゐた。＃
さうして、それが尼子家の子孫であることがわかつた。鹿＃
介は、この小僧さんを主君と仰いだ。＃
「尼子家再興のことは、わが年來の望みである。」＃
小僧さんは、ををしくもかういつて、衣を脱ぎ捨て、尼子勝久＃
と名のつた。＃
時は來た。永［えい］禄［ろく］十二年六月のある夜、勝久を奉じる尼子＃
勢は出雲に入り、一城を築いて三度ときの聲を作つた。＃
この聲が四方に呼び掛けでもしたやうに、今まで敵につ＃
いてゐた舊臣が、續々と勝久のところへ集つた。諸城は、片＃
＜Ｐ－１３２＞
端から尼子の手に返つた。しかし、富田城は名城であるだ＃
けに、なかなか落ちさうにもなかつた。＃
その間に、毛利の大軍がやつて來た。輝［てる］元［もと］を大將とし、吉［きつ］＃
川［かは］元［もと］春［はる］・小［こ］早［ばや］川［かは］隆［たか］景［かげ］を副將として、一萬五千の精兵が堂々と＃
進軍して來た。＃
富田城がまだ取れないのに、敵の大軍が押し寄せたので＃
は、みかたの勝利がおぼつかない。しかし、鹿介は腹をきめ＃
た。すべての軍兵を率ゐて、富田城の南三里、布［ふ］部［べ］山［やま］に敵を＃
迎へ討つた。みかたの軍は約七千であつた。＃
まことに死物ぐるひの戰であつた。敵の前軍はしばし＃
＜Ｐ－１３３＞
ばくづれた。しかし、何といつても二倍以上の敵である。＃
新手はあとからあとから現れる。さしもの尼子勢もへと＃
へとにつかれ、多くの勇士は、むざんや枕を並べて討死した。＃
勝ちほこつた敵の大軍は、やがて出雲一國にあふれた。＃
勝久は危くのがれて、再び京都へ走つた。　　＃
　上［かう］月［づき］城　＃
それからまた幾年か過ぎた。鹿介は、織［お］田［だ］信［のぶ］長［なが］に毛利攻＃
めの志があることを知つて、かれをたよつた。鹿介を一目＃
見た信長は、この勇士の苦節に同情した。＃
「毛利攻めのお先手に加り、もし戰功がありましたら、主人＃
＜Ｐ－１３４＞
勝久に、出雲一國をいただきたうございます。」＃
鹿介の血を吐くことばに、信長は大きくうなづいて見せた。＃
つひに再び時が來た。尼子方は秀［ひで］吉［よし］の軍勢に加つて、毛＃
利攻めの先がけとなつた。＃
いち早く播［はり］磨［ま］の上月城を占領して、ここにたてこもつた＃
二千五百の尼子勢は、ほどなく、元春・隆景の率ゐる七萬の大＃
軍にひしひしと取り圍まれた。＃
秀吉の援軍が今日來るかあす來るか、それを頼みに勝久＃
は城を守つた。毛利方の大砲を夜に乘じてうばひ取つて、＃
みかたは一時氣勢をあげた。＃
＜Ｐ－１３５＞
しかし、援軍は敵にはばまれて近づくことができなかつ＃
た。七萬の大軍に圍まれては、上月城は一たまりもない。＃
弓折れ矢盡きて、勝久はいさぎよく切腹することになつた。＃
「いたづらに朽ち果てたかも知れないわたしが、出雲に旗＃
あげして、一時でもその領主となつたのは、まつたくおま＃
への力であつた。」＃
勝久は、かういつて鹿介に感謝した。＃
鹿介は、男泣きに泣いて主君におわびをした。しかし、か＃
れはまだ死ねなかつた。尼子重代の敵毛利を、せめてその＃
片われの元春を、おのれそのままにして置けようか。七難＃
＜Ｐ－１３６＞
八苦は、もとより望むところである。鹿介は主君に志を告＃
げ、許しをこうてわざと捕らはれの身となつた。　　＃
　甲［かふ］部［べ］川の秋　＃
鹿介は西へ送られた。＃
ここは備［びつ］中［ちゆう］の國甲部川の渡しである。天正六年七月十＃
七日、秋とはいへ、まだ烈しい日光が、じりじりと照りつけて＃
ゐる。＃
川端の石に腰掛けて、來し方行く末を思ひながら、鹿介は＃
じつと水のおもてを眺めた。燕［つばめ］が、川水にすれすれに飛ん＃
では、白い腹を見せてちう返りをしてゐた。＃
＜Ｐ－１３７＞
突然、後から切りつけた者がある。鹿介は、それが敵方の＃
一人河［かは］村［むら］新［しん］左［ざ］衛［ゑ］門［もん］であると知るや、身をかはして、ざんぶと＃
川へとび込んだ。新左衛門もとび込んだ。二人はしばし＃
水中で戰つたが、重手を負ひながらも、鹿介は大力の新左衛＃
門を組み伏せてしまつた。すると、これも力自［じ］慢［まん］の福［ふく］間［ま］彦［ひこ］＃
右［ゑ］衛門［もん］が、後から鹿介のもとどりをつかんで引き倒した。＃
七難八苦の生［しやう］涯［がい］は、三十四歳で終りを告げた。＃
甲部川の水は、このうらみも知らぬ顏に、今もいういうと＃
流れてゐる――月ごとに、あのあはい三日月の影を浮かべ＃
ながら。　　＃
＜Ｐ－２０１＞
　附録　＃
　一　　「あじあ」に乘りて　＃
九時大［だい］連［れん］發の「あじあ」に、ぼくは乘つた。見送りに來た母が、大勢＃
の人にまじつて見える。＃
「おかあさん、行つてまゐります。」＃
ぼくが手をあげると、母もあげた。窓を開くことができないので、＃
ぼくのこのことばも通じないらしい。母も何かいつてゐるやう＃
だが、こちらにはわからない。「あじあ」は流れるやうに動きだした。＃
ぼくは、この春休みにハルピンのをぢのところへ行くのである。＃
＜Ｐ－２０２＞
一度乘つてみたいと思つてゐたこの汽車に＃
乘れて、ほんたうにうれしい。＃
やがて金州にさしかかると、車掌さんが説＃
明する。＃
「右手は大［だい］和［を］尚［しやう］山［ざん］で、關東州第一の高山、その＃
手前の岡に、乃［の］木［ぎ］勝［かつ］典［すけ］中［ちゆう］尉［ゐ］の記［き］念［ねん］碑［ひ］がある＃
のです。左には、金州城が手に取るやうに＃
見えます。」＃
雪の少い南滿洲の畠はよく耕されて、農家がぼつぼつ見える。＃
沿［えん］線［せん］の楊［やなぎ］の木に、かささぎが巣［す］をいくつも掛けてゐる。ぼくがそ＃
れを見てゐると、＃
「何を見てゐるの。」＃
＜Ｐ－２０３＞
と、後から聲を掛けた者がある。ロシヤ人の女の子だ。＃
「あのかささぎの巣を見てゐるのさ。」＃
しかし、「かささぎ」といふ日本語がわからないらしい。「鳥の巣。」とい＃
つたら、すぐわかつた。この子は新京へ母と歸るところで、マルタ＃
といふ名ださうだ。＃
「おかあさんは、あそこ。」＃
と指さしたところに、みどり色の上着を着たロシヤ婦人が本を讀＃
んでゐる。＃
熊［ゆう］岳［がく］城［じやう］に近づくと、望［ばう］小［せう］山［ざん］が見えだした。あの山の傳説を話し＃
てあげようといへば、マルタはお晝御飯をたべながら、母といつし＃
よに聞きたいといふ。三人は食堂車へはいつた。ロシヤ少女が、＃
給仕をして働いてゐた。＃
＜Ｐ－２０４＞
「昔、母と子と二人暮しの家があつた。むすこは、勉強のため山東＃
へ渡つて行つた。何年かたつて、もう歸つて來るころになつた＃
ので、年寄つた母は、毎日毎日望小山へのぼつて待ち續けた。む＃
すこは、一生けんめいに苦學したかひがあつて、りつぱな身分に＃
なり、いよいよ故郷へ歸ることになつた。ところが、途中海が荒＃
れて、むすこは船とともに沈んでしまつた。母は、そんなことと＃
はつゆ知らず、風の日も雪の日も待つてゐたが、とうとう山の上＃
でなくなつたといふ。」＃
大石橋で始めて停車した。ホームへ出ると、風がつめたい。車＃
掌さんが、ボーイに、「もう少し、車内の温度をあげてくれたまへ。」とい＃
ひつけてゐた。＃
北の方では、二三日前に雪が降つたので、遠い山の峯が白くなつ＃
＜Ｐ－２０５＞
てゐる。何だか空がくもつて來た。鞍［あん］山［ざん］の製鋼所から茶色の煙＃
が立ちのぼり、ほのほが勇ましく見える。まもなく、遼［れう］陽［やう］の白塔が＃
眺められた。落ち着いた、美しい形である。＃
太［たい］子［し］河［か］を渡る。「あじあ」は防音裝［さう］置［ち］がして＃
あるので、鐵橋を渡る響きが車内にやかま＃
しくは聞えない。＃
「スタンプを押しませんか。」＃
ボーイがさういつて來たので、ぼくは、てち＃
やうに「あじあ」のスタンプを二つ押しても＃
らつた。＃
奉天に着いた。ここから安東・吉［きつ］林［りん］・北［ぺ］京［きん］へ、鐵道が分れるので、列＃
車がいくつも止つてをり、滿人の赤帽がいそがしさうに荷物を運＃
＜Ｐ－２０６＞
んでゐる。驛前には、馬車や自動車が行つたり來たりしてゐる。＃
ここで、兵隊さんがどやどやと乘つた。奉天はまことに平な大都＃
市で、ただ北［ほく］陵［りよう］の松林が小高く見えるだけである。＃
雲が切れて、日光がさして來た。雲はしきりに流れて、早春の畠＃
を、野を、そのかげがはつて行く。「あじあ」は、雲のかげを追ひ越した＃
り追ひ越されたりして、滿洲の大平野をまつしぐらに突進す。＃
四［し］平［へい］に着く。ここからチチハルへ線が分れる。冬になると、こ＃
の大きな停車場に大豆の山が積まれるさうだ。＃
やがて、一人の兵隊さんがぼくに、＃
「あそこの岡を知つてゐるかね。あれは公［こう］主［しゆ］嶺［れい］で、昔、ロシヤのコ＃
サック兵は、あそこで教練したのだが、今は農事試［し］驗［けん］場［ぢやう］のひつじ＃
や牛が、かけつこをしてゐる。」＃
＜Ｐ－２０７＞
と、元氣よく話しながら、日にやけた顏で笑＃
つた。向かふの農家に、滿洲國旗がひらめ＃
いてゐる。そばで、滿人たちが耕［かう］作［さく］の手を＃
休めて、こちらを眺めてゐる。＃
「汽車のかげが長くなつた。」＃
と、マルタがいふ。汽車のかげだけではな＃
い。電柱のかげも木のかげも、ずつと延び＃
た。「あじあ」は、一氣に國都新京へせまつて＃
行く。遠く國務院や、關東軍司令部の建物＃
が夕日にはえ、新しい住宅があざやかに見＃
える。＃
兵隊さんたちは新京で下車した。ぼくがおじぎをすると、みん＃
＜Ｐ－２０８＞
な元氣よく擧［きよ］手［しゆ］をする。マルタも、おかあさんといつしよにおり＃
て行つた。急に車内がさびしくなる。＃
「さやうなら。」「さやうなら。」＃
マルタは、とびあがりながら手を振つた。＃
大きな赤い夕日が沈むところだ。夕日とぼくとの間には、さへ＃
ぎるもの一つない。あすまた、お日樣、ごきげんよう。烏の群が地＃
上から飛びあがつた。薄むらさきの夕空には、ばら色の雲がたな＃
びいた。それを見てゐたら、母を思ひ出した。夕食して、母に手紙＃
を書かうと思つて、食堂車へ行つた。＃
食［しよく］卓［たく］には、電燈が明かるくついてゐる。ロシヤ少女の給仕が、ぼ＃
くの顏を見覺えてゐて、にこにこしながら食事を運んでくれる。＃
どこか知らない驛に停車した。大きな木の上に星が光つてゐる。＃
＜Ｐ－２０９＞
「あじあ」のしるしのはいつた用紙に手紙を書いて、晝間押してもら＃
つたスタンプを入れて、ボーイに頼んだ。席に歸ると急に眠くな＃
つて來た。＃
ふと氣がつくと、「あじあ」はいつ＃
のまにか町へはいつてゐた。さ＃
うして、時間表通り二十一時三十＃
分に、ハルピン驛にぴたりと停車＃
した。ぼくが急いでおりると、突＃
然、＃
「やあ、よく來たね。一人でよく來たね。」＃
と、をぢの聲。ぼくの手は、がつしりとにぎられてゐた。＃
眞冬のやうに寒い夜だ。空には、半月がさえかへつてゐた。　　＃
＜Ｐ－２１０＞
　二　　大地を開く　＃
　一　＃
ぼくは早くから目がさめた。この北滿の土地に來て、始めての＃
朝だ。＃
窓がほのぼのと明かるくなつた。あこがれてゐた大陸に、第一＃
日を迎へるのだ。＃
起床ラッパが鳴り響いた。＃
ぼくたちは、元氣よく起きた。日本では感じられないやうな、痛＃
い寒さが押し寄せて來る。＃
まだなれない部屋なので、急いで上着を着たり、ズボンをはいた＃
りしてゐると、思はず頭を柱にぶつつける。＃
＜Ｐ－２１１＞
水で口をすすぎ、顏を洗ふと、心がからつとして、全身がひきしま＃
つた。＃
宿［しゆく］舍［しや］の前に、一同が整列する。風にまじつて、粉雪が降つてゐる。＃
旗竿に高く國旗をかかげた。するするとあがつて行く日の丸＃
の旗が、風に大きくゆれてゐる。かうした光景は、今までに何度も＃
見たが、今朝ほど尊く思つたことはなかつた。＃
それから體操をする。「えい、やあ。」と、力いつぱい掛聲を掛けると、＃
心が引きしまる。體操がすんで、所長の訓［くん］示［じ］があつた。＃
「ここへ始めて來た諸君を、自然はこの吹［ふ］雪［ぶき］をもつて迎へてくれ＃
た。諸君をりつぱな開［かい］拓［たく］者［しや］にしようとして、よい試練を與へて＃
くれた。諸君は、これからいろいろな困［こん］難［なん］にあふだらう。しか＃
し、負けてはならない。諸君は、新しい東亞のために、ここで大地＃
＜Ｐ－２１２＞
を開くのだ。この光［くわう］榮［えい］を忘れるな。」＃
粉雪が、ぼくの前の友だちの肩に、さらさらと降りかかる。ぼくは、＃
心の中で、「やるぞ、やるぞ。」と何度も誓つた。＃
次の日は、雪が晴れた。風もやんだ。まぶしいほど晴れた天氣＃
になつた。＃
目のとどくかぎりの廣野だ。宿舍のほかには、目をさへぎる何＃
物もない。天と地と一つになつた大きな風景だ。ここが大陸日＃
本の第一線なのだ。＃
ぼくは、友だちと「しつかりやらう。」といひながら、手をにぎつた。　　＃
　二　＃
それから五六日たつて、のろ狩をやつた。のろといふのは、北滿＃
に住んでゐる鹿［しか］の一種である。皮は着物にしたり、肉は食用にし＃
＜Ｐ－２１３＞
たりする。ぼくは、まだ見たこともないが、どうかしてつかまへて＃
やらうと意氣ごんで行つた。＃
散兵の隊形をとつて、遠卷きにのろを追ひ出して行く。どんど＃
ん野原を進んで行くと、向かふのくぼ地から、二匹ののろが現れた。＃
みんなが、「わあつ。」と思はず聲をたてる。のろはびつくりして、急＃
いで逃げ出した。なかなか足が早い。とうとう、林の中へもぐり＃
込んでしまつた。＃
「今度こそ、つかまへてやるぞ。」＃
また進んで行くと、やぶのところから、二匹の親のろと一匹の子の＃
ろが出て來た。それつと、みんなが走り出した。三匹ののろは、と＃
ぶやうにして岡を越え、谷を渡り、走つて行く。ぼくたちは、だれも＃
追ひつけなかつた。＃
＜Ｐ－２１４＞
「ざんねん。」＃
「のろのやつ、のろくないぢやないか。」＃
「こつちがのろまなんだよ。」＃
こんなことをいつて、笑つた。　　＃
　三　＃
日一日と暖くなつて來た。＃
枯草におほはれてゐた野原に、青い草の芽がもえて來た。よく＃
見ると、むらさきの花が咲いてゐる。百［ゆ］合［り］のつぼみのやうな形を＃
した、かはいらしい花だ。花びらにも葉にも、うぶ毛が生えてゐる。＃
青いものはまつたくなかつた野原に、咲きだしたこのむらさきの＃
花は、ほんたうにきれいに見える。ぼくは、この花を根からほつて、＃
宿舍の庭へ持つて來て植ゑた。あとで、「おきな草」といふ草花であ＃
＜Ｐ－２１５＞
ることがわかつた。＃
夜が明けて、最初に出かける班は、トラクター班だ。發動機の音＃
をとどろかしながら、開拓に進軍する。＃
續いて農［のう］耕［かう］班［はん］が出發の用意をしてゐる。ほかの班のものは、ま＃
だ床についてゐる。ぼくが、農耕班の友だちに、＃
「きみたちの班は、朝が早くてたいへんだな。」＃
といふと、＃
「いや初めはつらかつたが、もうなれてしまつた。これでも樂し＃
いことがあるんだよ。」＃
と答へる。＃
「樂しいことつて何だ。」＃
「種をまくと、かはいい芽を出す。芽がだんだんのびる。それを＃
＜Ｐ－２１６＞
毎朝見に行くのが、ほんたうに樂しみなんだ。」＃
はうれん草の畠が、青々としてゐる。ゑんどうが大きくなつて、＃
つるを延してゐる。＃
このころになると、野原には、黄色な花が咲き始める。赤い花も＃
少しまじつて咲く。＃
朝［あさ］霧［ぎり］の中で、放牧の馬が、露をふくんだ草をおいしさうにたべて＃
ゐる。＃
朝日の光をうけて、霧に薄い虹［にじ］がぼつとかかることもある。　　＃
　四　＃
ぼくたちの一行が大勢やつて來たので、宿舍がせまくなつた。＃
別に宿舍の建てましをしなければならない。自分たちの家は、自＃
分たちの手で建てようといふので、大工の仕事に取りかかつた。＃
＜Ｐ－２１７＞
作業場は、かなり離れた小高い岡の上である。＃
なれない手つきでをのを振るひ、のこぎりをひき、かんなを掛け＃
た。柱ができる、板ができる。新しい木の香が、ぼくたちを喜ばし＃
た。＃
三時過ぎになると、ひと休みする。その時、うどん粉をふかした＃
大きなまんぢゆうをたべる。甘［あま］味［み］は少いが、働いたぼくたちには、＃
實にうまい。＃
長い春の日も暮れかけて、手もとが暗くなる。＃
「作業やめ。」＃
みんな道具をきちんとまとめて集合する。＃
美しい夕やけだ。みんなの顏が、赤くなつてゐる。　　＃
＜Ｐ－２１８＞
　三　　草［さう］原［げん］のオボ　＃
蒙［もう］古［こ］の大草原を旅する者は、あちこちにあるオボを目當てに歩＃
いて行く。＃
オボといふのは、地の神をまつるために、蒙古人が供へた一種の＃
土まんぢゆうで、小高い岡に作られたり、泉［いづみ］のそばにまうけられた＃
りする。その上に、楊［やなぎ］の枝をたばねて突きさしたのがあり、石ころ＃
を積み重ねたのがあり、柱を立てて、それに字を書いた旗を結びつ＃
けたのがある。＃
文字通り大自然のふところに生まれ、そこで死んで行く蒙古人＃
たちにとつては、天と地が生命の父であり、母である。おのづから＃
これにたよる心がわき、いつとはなしに信［しん］仰［かう］となつて、このやうな＃
＜Ｐ－２１９＞
オボを作り、大地をまつるやうになつた。＃
見渡すかぎり廣々として、何一つ目には＃
いらない草原では、たとへ小さなオボでも、＃
旅をする者には實に大きななぐさめであ＃
り、また心強い目じるしである。草原を海＃
にたとへれば、オボはまさにその燈臺であ＃
る。旅に出かけて行く人が、オボの前を通＃
る時には、「どうぞ、無事に旅をすることがで＃
きますやうに。」と祈り、またその歸りには、「お＃
かげで、歸ることができました。」と感謝の祈＃
りをささげる。そのお禮のしるしとして、石ころ一つ積み重ねた＃
り、楊の枝を立てたりするので、オボは、いつとはなしに少しづつ大＃
＜Ｐ－２２０＞
きくなつて行く。＃
夏の初め、草原があざやかなみどりにおほはれるころ、オボの祭＃
がもよほされる。＃
この時は、遠いところからたくさんの人が集つて來て、たいへん＃
なにぎはひである。きのふまで木一本もなかつたやうな草原に、＃
たちまち町ができる。＃
儀式は、夜明け前の暗いうちから行はれる。まづ僧の祈りに祭＃
典が始まり、火をたいたり、太［たい］鼓［こ］をたたいたり、ラッパを吹いたりす＃
る。參拜するものは、子ひつじの料理をあげたり、手製のチーズや＃
バタなどを供へたりする。＃
オボのそばには、馬や、牛や、ひつじなどがつながれる。これらの＃
家［か］畜［ちく］は、神にささげるものとして、その年の春に生まれたものの中＃
＜Ｐ－２２１＞
からえらばれたものである。僧は、この家畜の一頭一頭に祈りを＃
ささげ、喜びの歌を歌ふ。＃
そのうちに東の地平線が白み、まもなく夜が明けて朝日ののぼ＃
るころには、もう儀式は終つてゐる。＃
式後、神に供へられてゐた馬や、牛や、ひつじなどは、それぞれ家畜＃
の群にはなされる。一度かうしてオボの祭にえらばれた家畜は、＃
決して賣つたり、殺したり、乘用にしたりすることができないこと＃
になつてゐる。＃
餘［よ］興［きよう］として、勇ましい競［けい］馬［ば］があり、いかにも大陸的な蒙古ずまふ＃
が行はれたりして、祭の氣分は高まつて行く。＃
樂しいにぎやかな祭がすむと、みんなどこか遠いところへ散ら＃
ばつてしまふ。それはちやうど、潮がさつと引いて行くやうであ＃
＜Ｐ－２２２＞
る。さうして、またもとのひつそりとした大草原にたちもどり、オ＃
ボだけが大地にぽつんと殘されるのである。　　＃
