＜出典＞５６２　　　国定読本　５期６－２
＜Ｐ－００２＞
　目録　＃
一　　玉のひびき………四　＃
二　　山の生活二題………七　＃
三　　ダバオへ………二十　＃
四　　孔子と顏回………二十四　＃
五　　奈良の四季………三十六　＃
六　　萬葉集………三十九　＃
七　　修行者と羅刹………四十七　＃
八　　國法と大慈悲………五十八　＃
九　　母の力………六十五　＃
十　　鎌倉………七十四　＃
十一　　末廣がり………七十七　＃
＜Ｐ－００３＞
十二　　菊水の流れ………八十八　＃
十三　　マライを進む………百一　＃
十四　　靜寛院宮………百七　＃
十五　　シンガポール陷落の夜………百十六　＃
十六　　もののふの情………百十九　＃
十七　　太陽………百二十八　＃
十八　　梅が香………百三十四　＃
十九　　雪國の春………百三十五　＃
二十　　國語の力………百四十一　＃
二十一　　太平洋………百四十六　＃
附録　一　　熱帶の海　二　　洋上哨戒飛行　＃
三　　レキシントン撃沈記　四　　珊瑚海の勝利　＃
＜Ｐ－００４＞
　一　　玉のひびき　＃
御製　＃
いそ崎にたゆまずよするあら波を凌［しの］ぐいはほの力をぞ＃
おもふ　＃
西ひがしむつみかはして榮ゆかむ世をこそいのれとし＃
のはじめに　＃
大正天皇御製　＃
としどしにわが日の本のさかゆくもいそしむ民のあれ＃
ばなりけり　＃
＜Ｐ－００５＞
汐［しほ］風のからきにたへて枝ぶりのみなたくましき磯の松＃
原　＃
明治天皇御製　＃
いにしへのふみ見るたびに思ふかなおのがをさむる國＃
はいかにと　＃
あさみどり澄みわたりたる大空の廣きをおのが心とも＃
がな　＃
目にみえぬかみの心に通ふこそひとの心のまことなり＃
けれ　＃
さしのぼる朝日のごとくさわやかにもたまほしきは心＃
＜Ｐ－００６＞
なりけり　＃
高殿の窓てふまどをあけさせてよもの櫻のさかりをぞ＃
みる　＃
昭憲皇太后御歌　＃
朝ごとにむかふ鏡のくもりなくあらまほしきは心なり＃
けり　＃
廣前に玉串［ぐし］とりてうねび山たかきみいつをあふぐ今日＃
かな　＃
大宮の火［ひ］桶［をけ］のもとも寒き夜に御軍人は霜やふむらむ　　＃
＜Ｐ－００７＞
　二　　山の生活二題　＃
　銅山　＃
入坑の時刻がせまつた。＃
坑口の前の線路には、幾十臺の軌［き］道［だう］車［しや］が、鑛員たちの乘る＃
のを待つてゐる。＃
集合した鑛員は、東方へ向いて整列する。鐵かぶとに似＃
た帽子をかぶり、作業服・ぢか足［た］袋［び］に、尻［しり］あてといつたいでた＃
ちである。＃
嚴かな國民儀禮を行つたのち、いつせいに體操をする。＃
＜Ｐ－００８＞
朝の光を受けて、元氣よく腕をのばし、足を擧げ、胸を張る。＃
體操がすむと、みんな軌道車に乘り＃
込む。出發に際し、事務所の係員が、＃
「今日も、十分氣をつけて働いてくだ＃
さい。では、元氣で行つていらつし＃
やい。」＃
と挨［あい］拶［さつ］する。軌道車が動きだすと、擴＃
聲器から快活な行進曲が響いて來る。＃
坑口には、大きな神棚があつて、その＃
下を通過する時、鑛員たちは、「無事に働かしてください。」と心＃
＜Ｐ－００９＞
から祈る。さうして、まつしぐらに坑道へ進んで行く。＃
一歩坑内へはいれば眞暗で、あたりの岩石に、軌道車の響＃
きがごうごうと反響する。鑛水のにほひがして來る。「採＃
鑛へ總進軍。」と書いた電燈看板に迎へられて、三キロ、四キロ＃
と坑内深くはいつて行く。＃
やがて軌道車からおり、昇降機に分乘して、數百メートル＃
のたて坑を一氣におりて行く。＃
そこから、各自受持の採鑛現場へと急ぐ。アセチレン燈＃
をたよりに、ほら穴を奧へ奧へもぐつて行く。地熱のため＃
に暑くなり、温度が高いのでむしむしする。上着などは脱＃
＜Ｐ－０１０＞
いでしまふ。＃
「さ、仕事にかからう。」＃
鑛石の肌［はだ］が美しい。＃
色が美しいのではない、＃
形が美しいのでもない。＃
彈丸になり、武器になり、＃
機械になる貴い銅が、この鑛石の中に眠つてゐるのだ。日＃
本を守つてくれる寶が、この中に生きてゐるのだ。さう思＃
ふと、鑛石の光澤も、ひだも、硬度も、重量感も、みな美しく見え＃
て來るのだ。＃
＜Ｐ－０１１＞
鑿［さく］岩［がん］機をかかへて、「ダ、ダ、ダ、ダ。」と鑛石に穴をあける。いく＃
つもあける。あけてはそこへ爆藥をつめる。爆破させる。＃
もうもうと、煙やガスが立ちこめる。＃
これが晴れるのを待つて、鑛石運搬の鑛員がやつて來る。＃
シャベルですくつては、トロッコに積み込む。たちまち鑛＃
石滿載のトロッコが、一臺、二臺、三臺とできあがる。やがて、＃
十臺、二十臺と長くつながつて、坑外へ運搬されて行く。ま＃
さに山の幸を得ての凱［がい］旋［せん］だ。鑛石を運んでしまつたあと＃
の坑内に、支柱を組み立てる鑛員が仕事にかかる。太い、が＃
んじような材木を、鳥居のやうな形にがつしりと組み合は＃
＜Ｐ－０１２＞
せる、岩石がくづれないやうに、働く人の足場が落ちないや＃
うにと念じながら。＃
かうして、鑛石を掘る人、鑛石を運ぶ人、支柱を立てる人―＃
―これらがいつしよになつて、坑内で働いてゐる。めいめ＃
い勝手なことはできない。心を一つにすることが、かんじ＃
んだ。一分のすきも許されない。もしあれば、危險といふ＃
魔［ま］が、すぐねらつて來るからである。＃
鑛員同志に「申し送り」があり、「申し受け」があつて、たがひに＃
堅く連絡を取るのもそのためである。これはちやうど、か＃
まをたく人、運轉する人、方向を見定める人などが、いつしよ＃
＜Ｐ－０１３＞
になつて艦船を走らせるのと變りはない。＃
鑛員たちは、だれも見てゐない眞暗なところで仕事をす＃
るので、なまけようと思へば、なまけられないことはない。＃
しかし、決してそんな氣持にはなれない。なれないどころ＃
か、戰線に彈丸を一發でも多く送つてやりたいと思へば、い＃
くら働いても働いても、なほ足りないやうな氣がする。＃
七時間の勞働時間も、やがて過ぎてしまふ。＃
「交代の時間だ。」＃
鑛員たちは、現場を引きあげて昇降機に乘る。再び軌道＃
車に搖られて、歸途につく。疲れた五體ではあるが、働きぬ＃
＜Ｐ－０１４＞
いた滿足で心は輕やかである。ごうごうと響く車の音は、＃
見送つてくれる山の歡聲である。＃
清風一陣、坑内から坑外へ出る。＃
太陽の輝く青い空、何といつてあの明かるさをいひ表し＃
たらよいだらう。　　＃
　石の山　＃
見あげるばかり高く切り立つた山だ。御影石の山々だ。＃
山の肩のあたりから、刃物でそいだやうに突つ立つてゐて、＃
眞晝の日光が、まぶしいほど反射して來る。＃
あちらの山でも、こちらの山でも、三四人づつ一かたまり＃
＜Ｐ－０１５＞
になつて、石の上で働いてゐる。鑿［のみ］を持つ人、それを槌［つち］で打＃
つ人、その穴に水をさす人。＃
堅い石に、長い鑿を打ち込んで行くこの仕事は、生やさし＃
いものではない。眞直に打ち込むのだ。第一、並み並みな＃
らぬ根氣がいる。＃
槌の音は、いかにものんびりと響いてゐるが、一槌ごとに＃
心をこめて打つてゐる音である。一センチ、二センチ、石に＃
穴があく。それが積り積つて、五メートル、八メートルにも＃
なるのである。＃
日の出から日の入りまで、同じやうな仕事を、くり返しく＃
＜Ｐ－０１６＞
り返し續けてやる。たとへ日が照らうが、風が吹かうが、じ＃
りじりと續けられて行く。＃
十分深く穴を掘つてしまふと、火藥を固くつめる。爆音＃
とともに、家ほどもある御影石が、ごろんごろんと、倒れ落ち＃
る。その大きな石を二つに割り、四つに割り、用途によつて＃
は更にいくつにも小さく割つて行く。＃
堅い、大きな石が、小さな鑿と槌で、思ひ通りにぱくんぱく＃
んと割れる。＃
割られた石材は、石積み車に載せられて、山の道をすべる＃
やうに運ばれて行く。＃
＜Ｐ－０１７＞
日がな一日、露天で働く石工たちは、みんな日にやけて、顏＃
も、腕も、黒々としてゐる。い＃
かにも丈夫さうだ。けれど＃
も、仕事の相手は大きな岩で＃
あり、山のからだである。そ＃
れで、石工の姿は、山の中で見＃
かけると至つて小さく、たよ＃
りなく見える。よく、あの兩＃
腕で石が割れるものだ。よ＃
く山と取り組んで働けるも＃
＜Ｐ－０１８＞
のだと思ふ。＃
一人前の石工になるためには、早くから弟子入りをしな＃
ければならない。＃
弟子たちは、石くづをかたづけたり、仕事場の掃除をした＃
り、鑿などをやく火のふいごをふいたりする。かうして、三＃
年も五年も石の山に通つては、石工の仕事を見覺えて行く＃
のである。大きな石が、おもしろいほど思ひ通りに割れる＃
腕前になるには、長い間の汗みどろの努力がひそんでゐる。＃
たとへば石を割るには、石の目を見わけなければならない。＃
石の目といふのは、ちやうど板でいへば、木目のやうなもの＃
＜Ｐ－０１９＞
である。小さな雲母や、石英や、長石などが、ごちやごちやに＃
入り混つてゐる石の面を見て、その目を見わけ、それによつ＃
てこの石はかう割れるといふことが判斷される。もし石＃
の目を見まちがへれば、石は、とんでもない方向にひびが入＃
り、思はない倒れ方をする。石の山で働く人は、大まかで荒＃
つぽい仕事をしてゐるやうで、決してさうではない。＃
一生を石の中で暮してゐる石工たちには、心なき岩石も＃
意志あるかのやうに思はれ、その岩石を何百萬年もだきか＃
かへてゐる母のやうな山の心も、わかるやうな氣がすると＃
いふ。　　＃
＜Ｐ－０２０＞
　三　　ダバオへ　＃
ダバオへ、ダバオへ。＃
一萬八千名の在留邦人を、一刻も早く救ひ出したいと、北＃
方から疾風のやうに、皇軍はダバオをめざして押し寄せた。＃
武裝した兵士を滿載したトラックが、ダバオ市内に突入＃
して、町の十字路にさしかかると、棍［こん］棒［ぼう］を持つた二三人の男＃
がとび出して來た。＃
「萬歳、萬歳。」＃
シャツもズボンも破れて、泥だらけだ。足も手も顏も、ほこ＃
＜Ｐ－０２１＞
りにまみれ、目だけが異樣に光つてゐる。＃
「日本人か。」＃
トラックの上から勇士がどなつた。もちろん日本人であ＃
つた。その人々の顏には、感激の涙がとめどなく流れた。＃
さうして、聲をふるはしながら、＃
「ありがたうございました。」＃
と、何べんもくり返すのであつた。＃
「日本人は、みんな無事ですか。どこにゐますか。」＃
と、トラックの上の兵士たちは口々にたづねた。＃
「みんな無事で、學校に監禁されてゐます。」＃
＜Ｐ－０２２＞
といふ答へを聞くが早いか、トラックは、市の中央部へ突き＃
進んで行つた。＃
ダバオ攻撃部隊は、ダバオ州政廳・＃
市役所・裁判所・電話局などの要所を＃
またたく間に占領して、屋上高く日＃
章旗をかかげた。＃
兵士を載せたトラックが、帝國領＃
事館の横へ來ると、そばの學校から、＃
黒山のやうな邦人の群が、わあつと＃
なだれを打つて道路へ押し出して來た。大東亞戰爭開始＃
＜Ｐ－０２３＞
以來、この學校に監禁されてゐた約八千の邦人が、皇軍の入＃
城を知つて、狂喜してこれを迎へたのであつた。＃
トラックの上の兵士たちは、高く手を振つて挨［あい］拶［さつ］しなが＃
ら、敵を急追してフィリピン中學校附近まで前進した。す＃
ると、今までしんと靜まり返つて、死んだやうになつてゐた＃
校舍の中から、どつとばかりに四千名の邦人が出て來た。＃
校庭は、「萬歳、萬歳。」の聲で埋つた。＃
トラックは、校庭の中央に止つた。＃
部隊長は、トラックの上に立ちあがつて、やさしい、いたは＃
りの心のこもつたことばで訓示をした。人々の中からは、＃
＜Ｐ－０２４＞
かすかにすすり泣きの聲がもれた。＃
部隊長の訓示が終ると、林のやうに靜かになつてゐた邦＃
人の間から、嚴かに君が代の合唱が起つた。不動の姿勢を＃
したトラックの上の勇士も、校庭に居並ぶ邦人も、頬［ほほ］を傳ふ＃
涙を拂ひもせず、泣きながら歌ひ、歌ひながら泣いた。　　＃
　四　　孔子と顏回　＃
　一　＃
「ああ、天は予［よ］をほろぼした。天は予をほろぼした。」＃
七十歳の孔子は、弟子顏回の死にあつて、聲をあげて泣いた。＃
＜Ｐ－０２５＞
三千人の弟子のうち、顏回ほどその師を知り、師の教へを＃
守り、師の教へを實行することに心掛けた者はなかつた。＃
これこそは、わが道を傳へ得るただ一人の弟子だと、孔子は＃
かねてから深く信頼してゐた。＃
その顏回が、年若くてなくなつた＃
のである。＃
「ああ、天は予をほろぼした。天＃
は予をほろぼした。」　＃
まさに、後繼者を失つた者の悲痛な叫びでなくて何であら＃
う。　　＃
＜Ｐ－０２６＞
　二　＃
十數年前にさかのぼる。孔子が、弟子たちをつれて、匡［きやう］と＃
いふところを通つた時、突然軍兵に圍まれたことがある。＃
かつて陽［やう］虎［こ］といふ者が、この地でらんばうを働いた。不幸＃
にも、孔子の顏が陽虎に似てゐたところから、匡人は孔子を＃
取り圍んだのである。この時、おくればせにかけつけた顏＃
回を見た孔子は、ほつとしながら、＃
「おお、顏回。お前は無事であつたか。死んだのではない＃
かと心配した。」＃
といつた。すると顏回は、＃
＜Ｐ－０２７＞
「先生が生きていらつしやる限り、どうして私が死ねませ＃
う。」＃
と答へた。＃
孔子は五十餘歳、顏回は一青年であつた。わが身の上の＃
危さも忘れて、孔子は年若い顏回をひたすらに案じ、また顏＃
回は、これほどまでその師を慕つてゐたのであつた。　　＃
　三　＃
それから數年たつて、陳［ちん］・蔡［さい］の厄があつた。孔子は楚［そ］の國＃
へ行かうとして、弟子たちとともに陳・蔡の野を旅行した。＃
あいにくこの地方に戰亂があつて、道ははかどらず、七日七＃
＜Ｐ－０２８＞
夜、孔子も弟子も、ろくろく食ふ物がなかつた。＃
困難に際會すると、おのづから人の心がわかるものであ＃
る。弟子たちの中には、ぶつぶつ不平をもらす者があつた。＃
き一本な子路が、とがり聲で孔子にいつた。＃
「いつたい、徳の修つた君子でも困られることがあるので＃
すか。」＃
徳のある者なら、天が助けるはずだ。助けないところを＃
見ると、先生はまだ君子ではないのか――子路には、ひよつ＃
とすると、さういふ考へがわいたのかも知れない。孔子は＃
平然として答へた。＃
＜Ｐ－０２９＞
「君子だつて、困る場合はある。ただ、困り方が違ふぞ。困＃
つたら惡いことでも何でもするといふのが小人である。＃
君子はそこが違ふ。」＃
子［し］貢［こう］といふ弟子がいつた。＃
「先生の道は餘りに大き過ぎます。だから、世の中が先生＃
を受け容れて用ひようとしません。先生は、少し手かげ＃
んをなさつたらいかがでせう。」＃
孔子は答へた。＃
「細工のうまい大工が、必ず人にほめられるときまつては＃
ゐない。ほめられないからといつて、手かげんするのが＃
＜Ｐ－０３０＞
果してよい大工だらうか。君子も同じことだ。道の修＃
つた者が、必ず人に用ひられるとはきまつてゐない。と＃
いつて手かげんをしたら、人に用ひられるためには、道は＃
どうでもよいといふことになりはしないか。」＃
顏回は師を慰めるやうにいつた。＃
「世の中に容れられないといふことは、何でもありません。＃
今の亂れた世に容れられなければこそ、ほんたうに先生＃
の大きいことがわかります。道を修めないのは君子の＃
恥でございますが、君子を容れないのは世の中の恥でご＃
ざいます。」＃
＜Ｐ－０３１＞
このことばが、孔子をどんなに滿足させたことか。　　＃
　四　＃
孔子は、弟子に道を説くのに、弟子の才能に應じてわかる＃
程度に教へた。＃
孔子の理想とする「仁」についても、ある者には「人を愛する＃
ことだ。」といひ、ある者には「人のわる口をいはないことだ。」と＃
説き、ある者には「むづかしいことを先にすることだ。」と教へ＃
た。いづれも「仁」の一部の説明で、その行ひやすい方面を述＃
べたのである。ところで顏回には、＃
「己に克［か］つて禮に復［かへ］るのが仁である。」＃
＜Ｐ－０３２＞
と教へた。あらゆる欲望にうちかつて、禮を實行せよとい＃
ふのである。その實行方法として、＃
「非禮は見るな。非禮は聞くな。非禮はいふな。非禮に＃
動くな。」＃
と教へた。朝起きるから夜寢るまで、見ること、聞くこと、い＃
ふこと、行ふこと、いつさい禮に從ひ、禮にかなへよといふの＃
である。ここに、「仁」の全體が説かれてゐる。さうして、顏回＃
なればこそ、この最もむづかしい教へを、そのまま實行する＃
ことができたのである。　　＃
　五　＃
＜Ｐ－０３３＞
孔子は顏回をほめて、＃
「顏回は、予の前で教へを受ける時、ただだまつてゐるので、＃
何だかぼんやり者のやうに見える。しかし退いて一人＃
でゐる時は、師の教へについて何か自分で工夫をこらし＃
てゐる。決してぼんやり者ではない。」＃
といつてゐる。また、＃
「ほかの弟子は、教へについていろいろ質問もし、それで予＃
を啓發してくれることがある。しかし、顏回は質問一つ＃
せず、すぐ會得して實行にかかる。かれは、一を聞いて十＃
を知る男だ。」＃
＜Ｐ－０３４＞
ともいつてゐる。＃
孔子がよく顏回を知つてゐたやうに、顏回もまたよくそ＃
の師を知つてゐた。顏回は孔子をたたへて、＃
「先生は、仰げば仰ぐほど高く、接すれば接するほど奧深い＃
お方だ。大きな力で、ぐんぐんと人を引つぱつて行かれ＃
る。とても先生には追ひつけないから、もうよさうと思＃
つても、やはりついて行かないではゐられない。私が力＃
のあらん限り修養しても、先生は、いつでも更に高いとこ＃
ろに立つておいでになる。結局、足もとにも寄りつけな＃
いと感じながら、ついて行くのである。」＃
＜Ｐ－０３５＞
といつてゐる。顏回なればこそ、偉大な孔子の全面を、よく＃
認めることができたのである。　　＃
　六　＃
「先生が生きていらつしやる限＃
り、どうして私が死ねませう。」＃
といつた顏回が、先生よりも先に＃
死んでしまつた。＃
ある日、魯［ろ］の哀［あい］公［こう］が孔子に、＃
「おんみの弟子のうち、最も學を＃
好むものはだれか。」＃
＜Ｐ－０３６＞
とたづねた。孔子は、＃
「顏回といふ者がをりました。學を好み、過ちも二度とは＃
しない男でございましたが、不幸にも短命でございまし＃
た。」＃
と答へた。　　＃
　五　　奈［な］良［ら］の四季　＃
若草山も春［かす］日［が］野も　　＃
かすみこめたる春景色、　　＃
古き都のなごりとて　　＃
＜Ｐ－０３７＞
花はむかしの色に咲く。　　＃
古人いへらく、　　＃
奈良七重七堂伽［が］藍［らん］八重櫻。　　＃
大佛殿に佛燈の　　＃
光は今もかがやきて、　　＃
正［しやう］倉［さう］院は天平の　　＃
むかしを固く封じたり。　　＃
古人いへらく、　　＃
虫干しやをひの僧とふ東大寺。　　＃
＜Ｐ－０３８＞
鹿［しか］の鳴く音にさそはれて、　　＃
三［み］笠［かさ］の山をはなれけん、　　＃
滿月はやく猿［さる］澤［さは］の　　＃
池の水［み］の面［も］に浮かびたり。　　＃
古人いへらく、　　＃
仲［なか］麻［ま］呂［ろ］の魂祭せん今日の月。　　＃
佐保の川原は水あせて、　　＃
石にささやく音靜か。　　＃
＜Ｐ－０３９＞
かへりみすれば葛［かつら］城［ぎ］の　　＃
山のいただき雪白し。　　＃
古人いへらく、　　＃
大佛を見かけて遠き冬野かな。　　＃
　六　　萬葉集　＃
今を去る千二百年の昔、東國から徴集されて、九州方面の＃
守備に向かつた兵士の一人が、　　＃
今日よりはかへりみなくて大君のしこの御［み］楯［たて］と出で立＃
＜Ｐ－０４０＞
つわれは　　＃
といふ歌をよんでゐる。「今日以後は、一身一家をかへりみ＃
ることなく、いやしい身ながら、大君の御楯となつて出發す＃
るのである。」といふ意味で、まことによく國民の本分、軍人と＃
してのりつぱな覺悟を表した歌である。かういふ兵士や＃
その家族たちの歌が、萬葉集に多く見えてゐる。＃
御代御代の天皇の御製を始め奉り、そのころのほとんど＃
あらゆる身分の人々の作、約四千五百首を二十卷に收めた＃
のが、萬葉集である。かく上下を問はず、國民一般が、事に觸＃
れ物に感じて歌をよむといふのは、わが國民性の特色とい＃
＜Ｐ－０４１＞
ふべきである。＃
武門の家である大［おほ］伴［とも］氏・佐［さ］伯［へぎ］氏が、上代からいひ傳へて來＃
たのを、大［おほ］伴［ともの］家［やか］持［もち］が長歌の中によみ入れた次のことばは、今＃
日國民の間に廣く歌はれてゐる。　　＃
海行かば水［み］づくかばね、　　＃
山行かば草むすかばね、　　＃
大君の邊［へ］にこそ死なめ、　　＃
かへりみはせじ。　　＃
「海を進むなら、水にひたるかばねともなれ、山を進むなら、草＃
の生えるかばねともなれ、大君のお側で死なう、この身はど＃
＜Ｐ－０４２＞
うなつてもかまはない。」といつた意味で、まことにををしい＃
精神を傳へ、忠勇の心がみなぎつてゐる。萬葉集の歌には、＃
かうした國民的感激に滿ちあふれたものが多い。＃
有名な歌人、柿［かきの］本［もとの］人［ひと］麻［ま］呂［ろ］や、山［やま］部［べの］赤［あか］人［ひと］の作も、また萬葉集に＃
よつて傳へられてゐる。　　＃
東［ひむがし］の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月かた＃
ぶきぬ　＃
人麻呂の歌である。文［もん］武［む］天皇がまだ皇子でいらつしやつ＃
たころ、大［やま］和［と］の安［あ］騎［き］野で狩をなさつた。人麻呂も御供に加＃
つた。野中の一夜は明けて、東には今あけぼのの光が美し＃
＜Ｐ－０４３＞
く輝き、ふり返つて西を見れば、殘月が傾いてゐる。東西の＃
美しさを一首の中によみ入れた、まことに調子の高い歌で＃
ある。人麻呂は、特に歌の道にすぐれてゐたので、後世歌聖＃
とたたへられた。　　＃
和歌の浦に潮みち來れば潟［かた］をなみあしべをさしてたづ＃
鳴きわたる　＃
紀［き］伊［い］の國へ行幸の御供をした時、赤人が作つた歌である。＃
「和歌の浦に潮が滿ちて來ると、干潟がなくなるので、あしの＃
生ひ茂つてゐる岸べをさして、鶴が鳴きながら飛んで行く。」＃
といふ意味で、ひたひたと寄せる潮の靜かな音、鳴きながら＃
＜Ｐ－０４４＞
飛んで行く鶴の羽ばたきまでが、聞かれるやうな感じのす＃
る歌である。　　＃
をのこやも空しかるべき萬代に語りつぐべき名は立て＃
ずして　　＃
山［やまの］上［うへの］憶［おく］良［ら］の作である。憶良は、遣［けん］唐［たう］使［し］に從つて支那へ渡つ＃
たこともある。この歌は、「いやしくも男と生まれた以上、萬＃
代に傳ふべき名も立てないで、どうして空しく死なれよう＃
か。」といふのであつて、後人を奮起させるものがある。　　＃
あをによし奈［な］良［ら］の都は咲く花のにほふがごとく今さか＃
りなり　＃
＜Ｐ－０４５＞
東大寺の大佛ができ、インドから高僧が渡海して來たころ＃
のはなやかな奈良の都を、ありありと見るやうな氣がする。＃
小［を］野［のの］老［おゆ］の歌である。＃
萬葉集には短歌が多いが、後世の歌集に比べて長歌の多＃
いのが、一つの特色となつてゐる。　　＃
大和には群［むら］山［やま］あれど、　　＃
とりよろふ天［あめ］の香［か］具［ぐ］山、　　＃
登り立ち國見をすれば、　　＃
國原はけぶり立ち立つ、　　＃
海原はかまめ立ち立つ。　　＃
＜Ｐ－０４６＞
うまし國ぞ、　　＃
あきつ島大和の國は。　　＃
舒［じよ］明［めい］天皇の御製で、長歌としては短いも＃
のの一つである。「大和の國には、たくさ＃
んの山々があるが、中でもりつぱに整つ＃
た香具山に登つて、國のやうすを見ると、＃
平地は廣々として、かまどの煙があちら＃
こちらに立ちのぼり、海のやうに見渡さ＃
れる池には、かもめがあちらこちらに飛＃
び立つてゐる。大和は、ほんたうにりつ＃
＜Ｐ－０４７＞
ぱなよい國である。」といふのであつて、美しい光景を目の前＃
に見るやうにお歌ひになつてゐる。＃
萬葉集の歌は、まことに雄大であり明朗である。それは、＃
わが古代の人々が、雄大明朗の氣性を持ち、極めて純な感情＃
に生きてゐたからである。「萬葉」とは「萬世」の意で、萬世まで＃
も傳へようとした古人の心を、われわれは讀むことができ＃
るのである。　　＃
　七　　修行者と羅［ら］刹［せつ］　＃
色はにほへど散りぬるを、　　＃
＜Ｐ－０４８＞
わがよたれぞ常ならむ。　　＃
どこからか聞えて來る尊いことば。美しい聲。＃
ところは雪［せつ］山［せん］の山の中である。長い間の難行苦行に、身＃
も心も疲れきつた一人の修行者が、ふとこのことばに耳を＃
傾けた。＃
いひ知れぬ喜びが、かれの胸にわきあがつて來た。病人＃
が良藥を得、渇者が清冷な水を得たのにもまして、大きな喜＃
びであつた。＃
「今のは佛の御聲でなかつたらうか。」＃
と、かれは考へた。しかし、「花は咲いてもたちまち散り、人は＃
＜Ｐ－０４９＞
生まれてもやがて死ぬ。無常は生ある者の免れない運命＃
である。」といふ今のことばだけでは、まだ十分でない。もし＃
あれが佛のみことばであれば、そのあとに何か續くことば＃
がなくてはならない。かれ＃
には、さう思はれた。＃
修行者は、座を立つてあ＃
たりを見まはしたが、佛の＃
御姿も人影もない。ただ、＃
ふとそば近く、恐しい惡［あく］魔［ま］の姿をした羅刹のゐるのに氣が＃
ついた。＃
＜Ｐ－０５０＞
「この羅刹の聲であつたらうか。」＃
さう思ひながら、修行者は、じつとそのものすごい形相を見＃
つめた。＃
「まさか、この無知非道な羅刹のことばとは思へない。」＃
と、一度は否定してみたが、＃
「いやいや、かれとても、昔の御佛に教へを聞かなかつたと＃
は限らない。よし、相手は羅刹にもせよ、惡魔にもせよ、佛＃
のみことばとあれば聞かなければならない。」＃
修行者はかう考へて、靜かに羅刹に問ひかけた。＃
「いつたいおまへは、だれに今のことばを教へられたのか。＃
＜Ｐ－０５１＞
思ふに、佛のみことばであらう。それも前半分で、まだあ＃
との半分があるに違ひない。前半分を聞いてさへ、私は＃
喜びにたへないが、どうか殘りを聞かせて、私に悟りを開＃
かせてくれ。」＃
すると、羅刹はとぼけたやうに、＃
「わしは、何も知りませんよ、行者さん。わしは腹がへつて＃
をります。あんまりへつたので、つい、うは言が出たかも＃
知れないが、わしには何も覺えがないのです。」＃
と答へた。＃
修行者は、いつそう謙遜な心でいつた。＃
＜Ｐ－０５２＞
「私はおまへの弟子にならう。終生の弟子にならう。ど＃
うか、殘りを教へていただきたい。」＃
羅刹は首を振つた。＃
「だめだ、行者さん。おまへは自分のことばつかり考へて、＃
人の腹のへつてゐることを考へてくれない。」＃
「いつたい、おまへは何をたべるのか。」＃
「びつくりしちやいけませんよ。わしのたべ物といふの＃
はね、行者さん、人間の生肉、それから飲み物といふのが、人＃
間の生き血さ。」＃
といふそばから、さも食ひしんばうらしく、羅刹は舌なめず＃
＜Ｐ－０５３＞
りをした。＃
しかし、修行者は少しも驚かなかつた。＃
「よろしい。あのことばの殘りを聞かう。さうしたら、私＃
のからだをおまへにやつてもよい。」＃
「えつ。たつた二文句ですよ。二文句と、行者さんのから＃
だと、取りかへつこをしてもよいといふのですかい。」＃
修行者は、どこまでも眞劒であつた。＃
「どうせ死ぬべきこのからだを捨てて、永久の命を得よう＃
といふのだ。何でこの身が惜しからう。」＃
かういひながら、かれはその身に着けてゐる鹿［しか］の皮を取つ＃
＜Ｐ－０５４＞
て、それを地上に敷いた。＃
「さあ、これへおすわりください。つつしんで佛のみこと＃
ばを承りませう。」＃
羅刹は座に着いて、おもむろに口を開いた。あの恐しい＃
形相から、どうしてこんな聲が出るかと思はれるほど美し＃
い聲である。　　＃
「有［う］爲［ゐ］の奧山今日越えて、　　＃
淺き夢見じ醉［ゑ］ひもせず。」　　＃
と歌ふやうにいひ終ると、＃
「たつたこれだけですがね、行者さん。でも、お約束だから、＃
＜Ｐ－０５５＞
そろそろごちそうになりませうかな。」＃
といつて、ぎよろりと目を光らした。＃
修行者は、うつとりとしてこのことばを聞き、それをくり＃
返し口に唱へた。すると、＃
「生死を超越してしまへば、もう淺はかな夢も迷ひもない。＃
そこにほんたうの悟りの境地がある。」＃
といふ深い意味が、かれにはつきりと浮かんだ。心は喜び＃
でいつぱいになつた。＃
この喜びをあまねく世に分つて、人間を救はなければな＃
らないと、かれは思つた。かれは、あたりの石といはず、木の＃
＜Ｐ－０５６＞
幹といはず、今のことばを書きつけた。　　＃
色はにほへど散りぬるを、　　＃
わが世たれぞ常ならむ。　　＃
有爲の奧山今日越えて、　　＃
淺き夢見じ醉ひもせず。　　＃
書き終ると、かれは手近にある木に登つた。そのてつぺ＃
んから身を投じて、今や羅刹の餌［ゑ］食［じき］にならうといふのであ＃
る。＃
木は、枝や葉を震はせながら、修行者の心に感動するかの＃
やうに見えた。修行者は、＃
＜Ｐ－０５７＞
「一言半句の教へのために、この身を捨てるわれを見よ。」＃
と高らかにいつて、ひらりと樹上から飛んだ。＃
とたんに、妙なる樂の音が起つて、朗かに天上に響き渡つ＃
た。と見れば、あの恐しい羅刹は、たちまち端嚴な帝［たい］釋［しやく］天［てん］の＃
姿となつて、修行者を空中にささげ、さうしてうやうやしく＃
地上に安置した。＃
もろもろの尊者、多くの天人たちが現れて、修行者の足も＃
とにひれ伏しながら、心から禮拜した。＃
この修行者こそ、ただ一すぢに道を求めて止まなかつた、＃
ありし日のお釋［しや］迦［か］樣であつた。　　＃
＜Ｐ－０５８＞
　八　　國法と大慈悲　＃
赤［あか］穗［ほ］の浪［らう］士［し］、大石内［く］藏［ら］之［の］助［すけ］を始め四十餘人が、亡君淺野内［たく］＃
匠［みの］頭［かみ］の仇、吉［き］良［ら］上［かうづ］野［けの］介［すけ］を討つて、あつぱれ本望をとげたとい＃
ふので、江戸市中はすつかり興奮してしまつた。＃
「感心な者だ。」＃
「それでこそほんたうの武士である。」＃
「まことに忠臣の鑑。」＃
ほとんどあらゆるほめことばが、かれらに浴びせられた。＃
しかし、徒黨を組んで天下を騷がすといふことは、重い罪＃
＜Ｐ－０５９＞
である。かれらは、罪人としてひとまづ細川越［ゑつ］中［ちゆうの］守［かみ］以下、四＃
人の大名にお預けといふことになつた。＃
「お預けになつても、きつとそのうち助命になるに違ひな＃
い。」＃
世間の人々は、だれもさう考へた。＃
將軍綱［つな］吉［よし］は、さすがにこの事件の始末に心を痛めた。ま＃
づ役人たちに評議をさせ、また學者の意見をも徴した。す＃
ると、＃
「かれらは、まことに忠義の者どもである。もしこれがお＃
仕置きになれば、今後忠義を勵ます道がないであらう。」＃
＜Ｐ－０６０＞
といふのが、多くの人々の一致した意見であつた。＃
かうした天下の輿［よ］論［ろん］に對して、ただ一人荻［をぎ］生［ふ］徂［そ］徠［らい］のいふ＃
ところは違つてゐた。＃
「亡君の仇を報いたのは、義には相違ないが、みだりに騷動＃
を起したのは、結局私情を以つて國法を破つたのである。＃
これを許せば、國家の政治が成り立たない。」＃
綱吉は、元來情に動かされない人ではないが、しかし理非＃
にも明かるい人であつた。再三再四、考へた結果、＃
「切腹を申しつけよ。」＃
と命じた。＃
＜Ｐ－０６１＞
天下を騷がした者は、たとへ武士でも、普通ならば打ち首＃
である。切腹といふのは、どこまでも武士の名譽を重んじ＃
た扱ひであつた。＃
だが、世間はすつかり失望してしまつた。＃
正月が過ぎて、二月にいよいよ切腹といふことがきまつ＃
た。細川越中守を始め、浪士を預つた大名も殘念とは思ひ＃
ながら、かうなつては何ともしやうがない。それぞれ、準備＃
に取りかかつた。＃
二月一日に、輪王寺宮公辨法親王が江戸城へおいでにな＃
つた。綱吉は、法親王に種々御物語をしたついでに、＃
＜Ｐ－０６２＞
「政治を行ふ身ほどつらいものはございませぬ。淺野内＃
匠の家來のこと、いろいろお聞き及びでございませうが、＃
何とか助ける道はないかと思ひましたけれども、さやう＃
致しては政道が立ちませず、まことにせんないことでご＃
ざいます。」＃
と、いかにも心ありげに申しあげた。佛の慈悲によつて、助＃
ける道でもあらばといふ下心であつたらう。すると法親＃
王は、＃
「いや、御苦心のほどお察し申します。」＃
と仰せられただけで、やがて御退出になつた。＃
＜Ｐ－０６３＞
このうはさが世間にもれて、だれいふとなく、＃
「法親王はおえらいお方と承つ＃
てゐたのに、將軍家のなぞがお＃
解けにならなかつたとは。」＃
と、歎じる者が多かつた。＃
すると、またこのことが法親王＃
のお耳にはいつた。法親王は左＃
右の者に、＃
「あの話を、將軍から聞いた時ほ＃
ど苦しいことはなかつた。も＃
＜Ｐ－０６４＞
とより、將軍の心はよくわかつてゐた。自分とても、かれ＃
らを法衣の袖にくるんで助けたいのは山々であるが、そ＃
れはかへつてかれらの心であるまい。散ればこそ、花は＃
惜しまれるのだ。かれらをりつぱに國法に從はせるの＃
が、佛の大慈悲であると思つて、自分はわざと將軍のなぞ＃
も解かず、そのまま退出したのである。」＃
と仰せられた。＃
元［げん］禄［ろく］十六年二月四日、大石内藏之助ら一味の者は、いさぎ＃
よく切腹して、名を後世に輝かした。　　＃
＜Ｐ－０６５＞
　九　　母の力　＃
元治元年九月二十五日の夜である。＃
あと四年で明治維［ゐ］新［しん］の幕が切つて落＃
されようといふ時だ。天下の雲行きは、＃
ほとんど息苦しいまでに切迫してゐる。＃
周［す］防［はう］の山口では、今日も毛利侯の御前＃
會議で、氣鋭の井上聞［ぶん］多［た］が、反對黨を向か＃
ふにまはして、幕府に對する武備を主張＃
した。堂々としたその議論に、反對黨は、＃
＜Ｐ－０６６＞
ぐうの音も出なかつた。＃
その夜である。＃
下男淺吉の提［ちやう］燈［ちん］にみちびかれながら、聞多が、山口の町か＃
ら湯田の自宅へ歸る途中、暗やみの中に待ち受けてゐる怪＃
漢があつた。＃
「だれだ、きみは。」＃
と、それがだしぬけに聲をかける。＃
「井上聞多。」と答へるが早いか、後に立つた今一人の怪漢が、＃
いきなり聞多の兩足をつかんで、前へのめらせた。すかさ＃
ず第三の男が、大刀を振るつて聞多のせなかを眞二つ。＃
＜Ｐ－０６７＞
それを、ふしぎにも聞多のさしてゐた刀が防いだ。うつ＃
向けになつた際、刀がせなかへまはつてゐたのである。そ＃
れでも、せ骨に深くくひ込む重傷であつた。＃
氣丈にも聞多は立ちあがつて、刀を拔かうとした。する＃
と、一刀がまた後頭部をみまつた。更に、前から顏面を深く＃
切り込んだ。＃
ほとんど無意識に、聞多はその場をうまくのがれた。あ＃
たりは眞のやみである。かれらは、なほも聞多をさがした＃
が、もうどこにも見つからなかつた。＃
多量の出血に、しばらくは氣を失つてゐた聞多が、ふと見＃
＜Ｐ－０６８＞
まはすと、そこはいも畠の中であつた。からだ中が、なぐり＃
つけられるやうに痛む。何よりも、のどがかわいてたまら＃
ない。＃
向かふに火が見える。聞多は、そこまではつて行つた。＃
それは農家のともし火であつた。＃
「おお、井上の若旦那樣。どうしてまたこれは。」＃
驚く農夫に、やつと手まねで水を飲ませてもらつた聞多は、＃
やがて農夫たちの手で自宅へ運ばれた。＃
淺吉の急報によつて、聞多の兄、五郎三郎は、押つ取り刀で＃
その場へかけつけたが、もう何もあとの祭、どこにも人影は＃
＜Ｐ－０６９＞
なかつた。弟の姿も見えない。再び家に取つて返すと、今＃
農夫たちにかつがれて歸つた弟のあさましい姿。驚き悲＃
しむ母親。＃
とりあへず、醫者が二人來た。しかし、聞多のからだは、血＃
だらけ泥だらけである。醫者は、ばう然としてほとんど手＃
のくだしやうも知らない。＃
聞多は、もう虫の息であつた。母・兄・醫者の顏も、ぼつとし＃
て見分けがつかない。からうじて一口、＃
「兄上。」＃
とかすかにいつた。兄の目は、涙でいつぱいである。＃
＜Ｐ－０７０＞
「おお、聞多。しつかりせい。敵はだれだ。何人ゐたか。」＃
たづねられても、聞多には答へる力がなかつた。ただ、手ま＃
ねがいふ。＃
「介［かい］錯［しやく］頼む。」＃
兄は、涙ながらにうなづいた。どうせ助らない弟、頼みに任＃
せてひと思ひに死なせてやるのが、せめてもの慈悲だ。決＃
然として、兄は刀を拔いた。＃
「待つておくれ。」＃
それは、しぼるやうな母の聲である。母の手は、堅く五郎三＃
郎の袖にすがつてゐた。＃
＜Ｐ－０７１＞
「待つておくれ。お醫者もここにゐられる。たとへ治療＃
のかひはないにしても、できるだけの手を盡くさないで＃
は、この母の心がすみません。」＃
「母上、かうなつては是非もございませぬ。聞多のからだ＃
には、もう一滴の血も殘つてゐませぬぞ。手當てをして＃
も、ただ苦しめるばかり。さあ、おはなしください。」＃
兄は、刀を振りあげた。＃
その時早く、母親は、血だらけの聞多のからだをひしとだ＃
きしめた。＃
「さあ、切るなら、この母もろともに切つておくれ。」＃
＜Ｐ－０７２＞
この子をどこまでも助けようとする母の一念に、さすが張＃
りつめた兄の心もゆるんでしまつた。＃
聞多の友人、所［ところ］郁［いく］太［た］郎［らう］が、その場へかけつけた。かれは、蘭［らん］＃
方［ぱう］醫であつた。＃
かれは、刀のさげ緒をたすきに掛け、かひがひしく身支度＃
をしてから、燒［せう］酎［ちう］で血だらけの傷を洗ひ、あり合はせの小さ＃
な疊針で傷口を縫ひ始めた。聞多は、痛みも感じないかの＃
やうに、こんこんと眠つてゐる。ほかの醫者二人も、何くれ＃
とこの手術を手傳つた。かうして、六箇所の大傷が次々に＃
縫ひ合はされた。＃
＜Ｐ－０７３＞
それから幾十日、母の必死の看護と、醫者の手當てとによ＃
つて、ふしぎにも一命を取り止めた聞多が、當時の母の慈愛＃
の態度を聞くや、病床にさめざめと泣いた。＃
「聞多、三十歳の壯年に及んで、何一つ孝行も盡くさないの＃
に、今母上の力によつて、萬死に一生を得ようとは。」＃
ほどなく明治の御代となつた。昔の聞多は井上馨［かをる］とし＃
て、一世に時めく人となつた。從一位侯爵にのぼり、八十一＃
歳の光榮ある長壽を終るまで、功績は高く、信望はすこぶる＃
厚かつた。＃
それにしても、この母の慈愛によらなかつたら、三十歳の＃
＜Ｐ－０７４＞
井上聞多は、山口在に非命の最期をとげたであらう。まこ＃
とにありがたく尊いのは、母の力であつた。　　＃
　十　　鎌［かま］倉［くら］　＃
七里が濱の磯傳ひ、　　＃
稻村が崎、名將の　　＃
劒投ぜし古戰場。　　＃
極［ごく］樂［らく］寺坂越え行けば、　　＃
長［は］谷［せ］觀音の堂近く、　　＃
＜Ｐ－０７５＞
露坐の大佛おはします。　　＃
由［ゆ］比［ひ］の濱べを右に見て、　　＃
雪の下道過ぎ行けば、　　＃
八［はち］幡［まん］宮の御やしろ。　　＃
登るや石のきざはしの　　＃
左に高き大いちやう、　　＃
問はばや遠き世々の跡。　　＃
＜Ｐ－０７６＞
若宮堂の舞の袖、　　＃
しづのをだまきくり返し、　　＃
かへしし人をしのびつつ。　　＃
鎌倉宮にまうでては、　　＃
つきせぬ親［み］王［こ］のみうらみに、　　＃
悲憤の涙わきぬべし。　　＃
歴史は長し七百年、　　＃
興亡すべて夢に似て、　　＃
＜Ｐ－０７７＞
英雄墓はこけむしぬ。　　＃
建長、圓覺古寺の　　＃
山門高き松風に、　　＃
昔の音やこもるらん。　　＃
　十一　　末廣がり　＃
大名「このあたりの大名でござる。太郎冠［くわ］者［じや］あるか。」＃
冠者「お前に。」＃
大名「たいそう早かつた。汝を呼び出したのは、餘の儀では＃
＜Ｐ－０７８＞
ない。明日のお客の引出物に、末廣がりを出さうと思＃
ふ。汝は大儀ながら京へのぼり、急いで求めてまゐれ。」＃
冠者「かしこまりました。」＃
大名「急げ。」＃
冠者「はつ――さてさて、それがしの主人は、立板に水を流す＃
やうに、ものをいひつけられるお方ぢや。まづ急いで＃
まゐらう。とかく申すうちに、これはもう都ぢや。や、＃
うかと致した。それがしは末廣がり屋を存ぜぬが、何＃
と致さう。や、物の欲しい時は、大聲に呼ばはるものと＃
見える。それがしも呼ばはつてみよう。末廣がりを＃
＜Ｐ－０７９＞
買はう、末廣がりを買はう。」＃
わる者「これは京に住まひ致すわる者でござる。何者かは知＃
らぬが、わいわいわめいてゐる。ひとつ當つてみませ＃
う――なうなう、そなたは何をわいわいわめいてゐら＃
れるぞ。」＃
冠者「それがしは、田［ゐ］舍［なか］からまゐつた者でござる。末廣がり＃
屋を知らぬによつて、かやう申すのでござる。」＃
わる者「それがしは、末廣がり屋の主人でござる。」＃
冠者「それは仕合はせなこと。末廣がりはござらうか。」＃
わる者「いかにも。」＃
＜Ｐ－０８０＞
冠者「急いで見せてくだされ。」＃
わる者「心得ました――はて、何を賣つてくれようか。や、よい＃
ことがある。これにからかさがあるから、これを賣つ＃
てやらう――なうなう、田舍の人、これぢや。」＃
冠者「や、それが末廣がりでござるか。」＃
わる者「いかにも。」＃
冠者「なるほど、廣げれば大きな末廣がりぢや。ここに御主＃
人の書きつけがあるによつて、それに合つたらば買ひ＃
ませう。」＃
わる者「では、お讀みくだされ。」＃
＜Ｐ－０８１＞
冠者「まづ地紙よくとござる。」＃
わる者「これ、地紙とはこの紙のこと。きつねの鳴くやうに、こ＃
んこんといふほど、よく張つてござる。」＃
冠者「骨みがき。」＃
わる者「これ、骨みがきとはこの骨のこと。とくさをかけてみ＃
がいてあるによつて、すべすべ致す。」＃
冠者「要［かなめ］もとしめて。」＃
わる者「かう廣げて、この金物でじつとしめるによつて、要もと＃
しめてでござる。」＃
冠者「さてさて、書きつけに合つてうれしうござる。して、價＃
＜Ｐ－０８２＞
はいかほどでござらうか。」＃
わる者「高うござるぞ。」＃
冠者「いくらほどでござるぞ。」＃
わる者「十兩でござる。」＃
冠者「それはまた高いことぢや。一＃
兩ばかりになりますまいか。」＃
わる者「なう、そこな人、そのやうに安い＃
ものではござらぬ。賣りますまい。」＃
冠者「いや、十兩のうち、一兩ばかりも引いてくださらぬかと＃
いふのでござる。」＃
＜Ｐ－０８３＞
わる者「よろしうござる。賣つてあげませう。」＃
冠者「かたじけなうござる。さらば、さらば。」＃
わる者「なうなう、そなたは定めて主人持ちでござらう。」＃
冠者「いかにも。」＃
わる者「主人といふ者は、きげんのよいこともあり、惡いことも＃
ある。もし、きげんが惡うござつたら、かうかうはやし＃
て舞はれたらよからう。」＃
冠者「さてさて、かたじけなうござる――まづ御主人に急い＃
でお目にかけよう。殿樣、ござりますか。」＃
大名「太郎冠者、もどつたか。」＃
＜Ｐ－０８４＞
冠者「歸りました。」＃
大名「大儀であつた。急いで見せい。」＃
冠者「はつ。」＃
大名「これは何ぢや。」＃
冠者「末廣がりでござります。」＃
大名「これが。」＃
冠者「はあ。殿樣の御合點まゐらぬも道理でござります。＃
かう致しますと、ぐつと廣がります。」＃
大名「いかにも大きな末廣がりぢや。して、あの書きつけに＃
合はせてみたか。」＃
＜Ｐ－０８５＞
冠者「合はせましたとも。お讀みくだされ。」＃
大名「まづ地紙よく。」＃
冠者「それこそ氣をつけました。これ、この通り、きつねの鳴＃
くやうに、こんこんといふほど、よく張つてござります。」＃
大名「骨みがきは。」＃
冠者「これ、この骨でござります。とくさをかけてみがいて＃
あるによつて、すべすべ致します。」＃
大名「要もとしめては。」＃
冠者「かう廣げまして、この金物でじつとしめます。」＃
大名「やい、太郎冠者。そちは末廣がりを知らぬな。末廣が＃
＜Ｐ－０８６＞
りとは、扇のことぢや。おのれは古がさを買うて來て、＃
やれ末廣がりで候の、骨みがきで候のと申しをる。す＃
さりをらう。」＃
冠者「お許しくだされ――さういはれれば、なるほどこれは＃
古がさぢや。これは、へんなことになりをつた。おお、＃
さうぢや。あれをはやして、ごきげんをなほさう。　　＃
えいえい、　　＃
かさをさすならば、　　＃
人がかさをさすならば、　　＃
おれもかさをささうよ。」　＃
＜Ｐ－０８７＞
大名「や、おのれ、買物にはまんまとだまされて、申しわけに、は＃
やしものをするとは。いやいや、あきれたやつめ。や、＃
これはこれは。や、これはおもしろいぞ。　　＃
げにもさうよ、　　＃
げにもさうよの。　　＃
かさをさすならば、　　＃
人がかさをさすならば、　　＃
おれもかさをささうよ。　　＃
げにもさうよ、　　＃
げにもさうよの。」　＃
＜Ｐ－０８８＞
　十二　　菊水の流れ　＃
　櫻井の驛　＃
延元元年五月十六日、楠［くすの］木［き］＃
正［まさ］成［しげ］都をたち、五百餘騎にて＃
兵［ひやう］庫［ご］へくだる。これを限り＃
の合戰と思ひければ、その子＃
正［まさ］行［つら］が今年十一歳にて供したりけるを、河［かは］内［ち］へ返さんとて、＃
櫻井の驛にてさとしけるやう、＃
「獅［し］子［し］は子を産み、三日にして、數千丈の谷に投ず。その子、＃
＜Ｐ－０８９＞
まことに獅子の氣性あれば、はね返りて死せずといへり。＃
いはんや汝すでに十歳に餘りぬ。一言耳にとどまらば、＃
わが教へにたがふことなかれ。今度の合戰、天下の安否＃
と思へば、今生にて汝が顏を見んこと、これを限りと思ふ＃
なり。正成すでに討死すと聞かば、天下は尊［たか］氏［うぢ］がままな＃
るべし。しかりといへども、一旦の身命を助らんために、＃
多年の忠烈を失ひて、敵に降ることあるべからず。一族＃
のうち、一人も生き殘りてあらん間は、金［こん］剛［がう］山［ざん］のほとりに＃
たてこもり、敵寄せ來たらば、命にかけて忠を全うすべし。＃
これぞ汝が第一の孝行なる。」＃
＜Ｐ－０９０＞
とて、かたみに菊水の刀を與へて、おのおの東西へ別れけり。　　＃
　湊［みなと］川［がは］の戰　＃
正成、弟正［まさ］季［すゑ］に向かつて申しけるは、＃
「敵、前後をさへぎつて、御方は陣をへだてたり。今は、のが＃
れぬところとおぼゆるぞ。いざや、まづ前なる敵を一散＃
らし追ひまくつて、後なる敵と戰はん。」＃
といひければ、正季、＃
「しかるべくおぼえ候。」＃
とて、七百餘騎を前後に立てて、大勢の中へかけ入りけり。＃
直［ただ］義［よし］の兵［つはもの］ども、菊水の旗を見てよき敵なりと思ひ、取り込＃
＜Ｐ－０９１＞
めてこれを討たんとしけれども、正成・正季、東より西へ破［わ］つ＃
て通り、北より南へ追ひなびけ、よき敵と見れば組み落して＃
首を取り、取るに足らぬ敵どもは、一太刀打つてかけ散らす。＃
正成と正季と、七たび合ひて七たび分る。その心、ひとへに＃
直義に近づき、組んで討たんと思ふにあり。かくて直義の＃
五十萬騎、楠木が七百餘騎に打ちなびけられて、須［す］磨［ま］の方へ＃
と引き返す。＃
尊氏これを見て、＃
「新手を入れかへて、直義討たすな。」＃
と下知しければ、吉［き］良［ら］・石［いし］堂［だう］・高［かう］・上杉の者ども六千餘騎にて、湊＃
＜Ｐ－０９２＞
川の東へかけ出で、あとを突かんと取り卷きけり。正成・正＃
季、取つて返してこの勢にかかり、打ち違へ、かけ入り、三時が＃
間に十六度まで戰ひけるに、その勢しだいに亡びて、のちに＃
はわづかに七十三騎となりにけり。＃
今はこれまでと、湊川の北に、民家の一むらありけるに走＃
り入り、甲を脱いでその身を見れば、正成十一箇所まで傷を＃
負ひたり。七十二人の者ども、皆五箇所、三箇所、傷を負はぬ＃
はなかりけり。＃
客殿に並みゐて、念佛十返ばかり同音に唱ふ。正成、座上＃
にゐつつ、弟正季に向かひ、＃
＜Ｐ－０９３＞
「この期において、おんみの願ふところは何ぞ。」＃
と問ひければ、正季からからと打ち笑ひ、＃
「七たびまで人間に生まれて、朝敵を滅さばやと存じ候。」＃
と申す。正成、げにもうれしげなる氣色にて、＃
「われもさやうに思ふなり。いざさらば、同じく生をかへ＃
て、この本［ほん］懷［くわい］を達せん。」＃
とちぎり、兄弟ともにさし違へて、同じ枕に伏しにけり。＃
橋本正［まさ］員［かず］・宇［う］佐［さ］美［み］正安・神宮寺正［まさ］師［もろ］・和田正［まさ］隆［たか］を始めとして、＃
一族十六人、從ふ兵五十餘人、思ひ思ひに並みゐて、一度に腹＃
をぞ切つたりける。　　＃
＜Ｐ－０９４＞
　母の教へ　＃
正行、敵より送り來たれる父の首を見て、悲しみにたへず、＃
ひそかに持佛堂の方へ行きけり。＃
母あやしと思ひ、あとより行きてやうすを見れば、正行は、＃
父が兵庫へ向かふ時、かたみにとどめし菊水の刀を右の手＃
に拔き持ちて、袴［はかま］の腰を押しさげ、自害せんとぞしゐたりけ＃
る。母、急ぎ走り寄り、正行がかひなに取りついて、涙を流し＃
いひけるは、＃
「汝、幼くとも、父の子ならば、これほどの道理に迷ふべしや。＃
よくよく思ひても見よかし。父上、兵庫へ向かはれし時、＃
＜Ｐ－０９５＞
汝を櫻井より返されしは、父の＃
あとをとぶらはせんためにも＃
あらず、腹を切れと殘されしに＃
もあらず。われ、たとへ戰場に＃
て命を失ふとも、汝、生き殘りた＃
らん一族どもを助け養ひ、今ひ＃
とたび軍を起し、朝敵を滅して、＃
御代を安んじ奉れといひおか＃
れしところなり。その遺言を＃
つぶさに聞きて、この母にも語りしものが、いつのほどに＃
＜Ｐ－０９６＞
忘れけるぞや。かくては父の名も失ひ、君の御用にも立＃
ちまゐらせんことあるべしとも思はれず。」＃
と、泣く泣くいさめて、拔きたる刀をうばひ取る。正行、腹も＃
切り得ず泣き倒れ、母とともにぞ歎きける。＃
正行、父の遺言母の教へ、身にしみ心にしみて忘れず。そ＃
ののちは、童どもと戰のまねして、「これは朝敵の首を取るな＃
り。」といひ、竹馬にむちを當てて、「これは尊氏を追ひかくるな＃
り。」などいひて、はかなき遊びにも、ただこのことのみを思ひ＃
けり。　　＃
　吉野參内　＃
＜Ｐ－０９７＞
正平二年十二月二十七日、楠木正＃
行、弟正時ら一族をうちつれて、吉野＃
の皇居に參向し、四條中納言により＃
て奏し奉る。＃
「父正成、勤皇の軍を以つて大敵を＃
打ち破り、先皇の御心を休めまゐ＃
らせ候。しかるに、ほどなく天下＃
また亂れ、逆臣西國より攻めのぼ＃
り候間、かねて思ひ定め候ひける＃
か、つひに湊川にて討死仕り候。その時、正行十一歳に相＃
＜Ｐ－０９８＞
成り候ひしを、合戰の場へはともなはで、河内へ返し、生き＃
てあらん一族を助け養ひ、朝敵を滅して御代を安んじま＃
ゐらせよと申しおきて死して候。しかるに、正行・正時、す＃
でに壯年に及び候。このたびこそ、手を盡くして合戰仕＃
り候はずば、父の申しし遺言にもたがひ、かひなき世のそ＃
しりをも受くべく候。もしまた病にかかり、早世仕るこ＃
とも候はば、君の御ためには不忠の身となり、父のために＃
は不孝の子ともなるべきにて候間、今こそ師［もろ］直［なほ］・師［もろ］泰［やす］の軍＃
に立ち向かひ、身命を盡くして合戰仕り、かれらが首を正＃
行が手に掛けて取り候か、正行・正時が首をかれらに取ら＃
＜Ｐ－０９９＞
せ候か、二つのうちに戰を決すべきにて候。おそれ多く＃
は候へども、今生にて今ひとたび、玉顏を拜し奉らんため＃
に參内仕りて候。」＃
と申しもあへず、はらはらと涙を甲の袖に落しつつ、義心そ＃
の氣色にあらはれければ、中納言、いまだ奏し奉らざる先に、＃
まづ直［なほ］衣［し］の袖をぞぬらされける。＃
主上、すなはち南殿のみすを高く卷かせて、玉顏殊にうる＃
はしく、諸卒をみそなはし、正行を近く召したまふ。＃
「汝、二度の戰に勝つことを得て、敵軍の氣を屈せしむ。重＃
代の武功、返す返すも神妙なり。大敵、今勢を盡くして來＃
＜Ｐ－１００＞
たるなれば、今度の合戰は天下の安否たるべし。進むべ＃
きを知つて進むは、時を失はざらんがためなり。退くべ＃
きを見て退くは、後を全うせんがためなり。朕［ちん］、汝を以つ＃
て股［こ］肱［こう］とす。つつしんで命を全うすべし。」＃
と仰せ出されければ、正行、頭を地につけて、とかくも申しあ＃
げず、ただこれを最後の參内と思ひ定めて退出す。＃
正行・正時以下、今度の合戰に一足も引かず、一つところに＃
て討死せんと約束したりける者ども百四十三人、先皇の陵［みささぎ］＃
に參つて御いとまを申し、如［によ］意［い］輪［りん］堂［だう］の壁板に、おのおの名字＃
を書き連ねて、その末に、　　＃
＜Ｐ－１０１＞
かへらじとかねて思へばあづさ弓なき數にいる名をぞ＃
とどむる　　＃
と、一首の歌を書きとどめ、その日吉野をうち出でて、敵陣へ＃
とぞ向かひける。　　＃
　十三　　マライを進む　＃
密林とゴム林が無限に續くマライに、ただ一筋の鋪［ほ］裝［さう］道＃
路が、北から南へ走つてゐる。＃
この道路を、わが機械化部隊が、英軍をけちらしながら、寸＃
時の休みなく追撃する。まことに奔流のやうな戰車隊・車［しや］＃
＜Ｐ－１０２＞
輛［りやう］隊の前進である。＃
敵は次々に敗軍し、敗走する。敗走するにしたがつて、橋＃
といふ橋を片端から破壞する。橋には、前もつて爆藥が仕＃
掛けてあり、退却の際、スイッチ一つで爆破して行くのであ＃
る。＃
いかに快速を發揮する機械化部隊も、橋が落ちれば立ち＃
往生になる。それを立ち往生させないやうに、わが工兵隊＃
のすばらしい活躍が展開する。＃
隊長の命令一下、工兵隊は、きほひかかるやうに前進する。＃
ハンマーや、シャベルや、つるはしを荷物臺にしばりつけ、鐵＃
＜Ｐ－１０３＞
砲をかついだ工兵が、自轉車のペタルをふんで、橋［けう］梁［りやう］地へか＃
けつける。橋梁材料をぎつしり積んだトラックが、あとか＃
ら、あとから追ひかける。＃
そこには、まだ砲彈が飛びかひ、敵兵が、モーターボートで＃
川を傳ひながら、工兵隊をねらひ撃ちして來る。爆破され＃
た橋の上には、やつかいにも、敵のトラックや戰車がおいて＃
きぼりになつてゐる。橋の土臺には、ごていねいにも地雷＃
が埋設してある。このじやま物を取り除き、この危險物を＃
掘り出す作業が、砲彈が飛び、ねらひ撃ちの銃丸が飛んで來＃
る中で、平然と行はれる。＃
＜Ｐ－１０４＞
熱帶の木材には、チークのやうに重いものがある。トラ＃
ックから投げ出された木材を、すつぱだかの工兵が、肩でか＃
ついで運ぶのだ。＃
大きな槌［つち］で橋柱を打ち込む兵＃
隊、組み立てられて行く梁［はり］にのぼ＃
つて、釘やかすがひを打ち込む兵＃
隊。みんな、汗でびしよぬれであ＃
る。のどがかわくと、椰［や］子［し］のから＃
を破つてその水を飲み、熟しかけのパイナップルをかじる。＃
肩まで濁［だく］流［りう］につかつて、打ち込まれる橋柱を、しつかり支へ＃
＜Ｐ－１０５＞
てゐる兵隊がある。シャツ一枚で、作業を指揮する隊長が＃
ある。その上を、熱帶の太陽がかんかん照りつける。全員＃
が、マライ人より黒く日にやけて、齒だけが妙に白い。ハン＃
マーを振るつてゐる兵隊の顏から、手先から、胸から、汗のし＃
づくが、スコールのやうな勢ではね落ちる。からだは油光＃
に光り、黒い肌［はだ］には、田虫と汗もが一面の地圖をゑがいてゐ＃
る。＃
ここの橋が三分の一ほどできあがつたころ、もう他の一＃
隊は、橋梁材料を肩にかついで、前線の橋へと急いでゐる。＃
ここの橋が完成しない以上、トラックは通じないから、すべ＃
＜Ｐ－１０６＞
ての材料は兵隊の肩へ載せられ、砲火ををかしてのかけ足＃
である。めざす橋のもう一つ向かふは敵前で、そこには歩＃
兵の徒歩部隊が出てゐるだけである。＃
まだできあがらない橋のたもとには、戰車隊・野砲隊・衛生＃
隊が、しびれを切らして待ちかまへてゐる。そこで、橋がひ＃
とたび完成するが早いか、一時に爆音が起り、戰車・大砲・トラ＃
ックが、續々と橋を乘り切つて行く。工兵隊は、餘つた材料＃
をトラックに積み、汗を拭ふまもなく、器材と人員の點檢を＃
受けて、これもそのままトラックへ乘り込み、前進する。＃
かうして敵が次々に爆破して行く橋梁を、わが工兵隊は、＃
＜Ｐ－１０７＞
また片端からかけ渡して、戰車を通らせ、大砲を前進させて、＃
敵に立ちなほる餘［よ］裕［ゆう］を與へないのである。この工兵隊の＃
勞苦、思へばただ頭がさがる。一言半句、不平もぐちもこぼ＃
さず、ひたすら任務を遂行する姿には、神の尊ささへ感じら＃
れるのである。　　＃
　十四　　靜寛院宮　＃
　一　＃
鳥［と］羽［ば］・伏［ふし］見［み］の一戰に、徳川慶［よし］喜［のぶ］は、はしなくも朝敵といふ汚＃
名をかうむつた。＃
＜Ｐ－１０８＞
すでに大政を奉還したかれに、逆心などあるべきではな＃
いが、しかし何事も時勢であつた。朝臣のうちには、あくま＃
で徳川を討たなければ、武家政治を土臺からくつがへして、＃
新日本を打ち立てることができないとする硬論がある。＃
幕臣にはまた、三百年の舊恩を思つて、主君の馬前に討死し＃
なければ、いさぎよしとしないやたけ心がみなぎつてゐる。＃
かれは「慶喜討つべし。」と叫び、これは「君側清むべし。」といきま＃
く。兩々相打ち相激して遂に砲火を交へ、しかも徳川方が＃
もろくも敗れたのである。たとへ、慶喜に不臣の心がなか＃
つたとしても、朝敵の名をかうむるのは、けだし當然であつ＃
＜Ｐ－１０９＞
た。＃
慶喜は、事のすこぶる重大なのを知つて、大阪から海路江＃
戸へ歸つた。＃
かれは、靜寛院宮に事の次第を申しあげて、切に天朝へお＃
わびのお取り成しを願ひ、身は寛永寺の一院に閉ぢこもつ＃
て、ひたすらに謹愼の意を表した。　　＃
　二　＃
靜寛院宮親［ちか］子［こ］内親王は、仁［にん］孝［かう］天皇の皇女、孝明天皇の御妹、＃
明治天皇の御叔［を］母［ば］君で、御幼名を和［かずの］宮［みや］と申しあげた。宮が、＃
御兄孝明天皇の御心を安んじ奉り、國のため民のためには、＃
＜Ｐ－１１０＞
水火の中をもいとはない御覺悟で、將軍家［いへ］茂［もち］に嫁ぎたまう＃
たのは、當時から七年前のことである。しかも、この御降嫁＃
による公武一和の望みは、ほんの束の間の夢であつた。や＃
がて長州征伐の大事が起つて、家茂＃
はその陣中に薨［こう］じ、續いて杖柱とも＃
頼みたまふ孝明天皇が崩御ましま＃
した。宮には、この兩三年、御涙の乾＃
くひまもない御身であらせられた。　　＃
　三　＃
慶喜叛［はん］逆［ぎやく］の報がいち早く江戸に達した時、宮はさすがに＃
＜Ｐ－１１１＞
御憤りをお感じになつたが、慶喜の言上するところを一々＃
お聞きになるに及んで、事情止むを得なかつたかれの心中＃
をあはれみたまうた。やさしい女［によ］性［しやう］の御心に、熱火が點じ＃
られた。われ、かたじけなくも皇［くわう］胤［いん］に生まれたとはいへ、ひ＃
とたび嫁しては徳川の家を離れないのが女の道、徳川の家＃
は何とかして護らなければならない。そればかりか、追討＃
の官軍がたちまち江戸表に押し寄せるとすれば、徳川の恩＃
義を思ふ舊臣たちが、おめおめと江戸城を明け渡すはずは＃
ない。その結果、江戸市中が兵火にかかれば、百萬の市民は＃
どうなることか。徳川の家を救ふことは、結局江戸百萬の＃
＜Ｐ－１１２＞
市民を救ふことである――宮は、御心に深く決したまふと＃
ころがあつた。＃
一日、上［じやう］臈［らふ］土御門藤［ふぢ］子は、宮の御文を奉持して、東海道を西＃
へのぼつた。＃
官軍は、今や潮のやうに東へ寄せて來る。徳川の家は、ま＃
さに風前のともし火であつた。この間にも、主家の難を救＃
はうと、朝廷へ寛大の御處置を請ひ奉る歎願書をたづさへ＃
た關東方の使者は、櫛の齒を引くやうに京都へ向かつたが、＃
いづれも途中官軍に押さへられて、目的を達しない。無事＃
京都に着くことのできたのは、宮の御使ひだけであつた。　　＃
＜Ｐ－１１３＞
　四　＃
宮の御文は、實に言々血涙の御文章であつた。＃
「何とぞ私への御［ご］憐［れん］愍［びん］と思し召され、汚名をすすぎ、家名相＃
立ち候やう、私身命に代へ願ひあげまゐらせ候。是非是＃
非官軍さし向けられ、御取りつぶしに相成り候はば、私事＃
も、當家滅亡を見つつ長らへ居り候も殘念に候まま、きつ＃
と覺悟致し候所存に候。私一命は惜しみ申さず候へど＃
も、朝敵とともに身命を捨て候事は、朝廷へ恐れ入り候事＃
と、誠に心痛致し居り候。心中御憐察あらせられ、願ひの＃
通り、家名のところ御憐愍あらせられ候はば、私は申すま＃
＜Ｐ－１１４＞
でもなく、一門家［か］僕［ぼく］の者ども、深く朝恩を仰ぎ候事と存じ＃
まゐらせ候。」＃
徳川を討たねば止まぬの硬論を持する朝臣たちも、この＃
御文を拜見してひとしく泣いた。＃
徳川に對する朝議は、この時から一變した。それは全く＃
義を立て、理を盡くし、情を述べて殘るところあらせられぬ＃
宮の御文の力であつた。　　＃
　五　＃
朝敵の汚名はすすがれ、徳川の家名は斷絶を免れた。舊＃
臣たちは、ほつと安［あん］堵［ど］の胸をなでおろした。＃
＜Ｐ－１１５＞
江戸城は、官軍方の西［さい］郷［がう］隆［たか］盛［もり］、徳川方の勝［かつ］安［やす］芳［よし］のわづか二＃
回の會見で、しかも談笑のうちに開城の約が成立した。＃
江戸市民は、兵火を免れた。さうして、幸ひはただそれだ＃
けではなかつた。當時、歐［おう］米［べい］の強國は、ひそかにわが國をう＃
かがつてゐたのである。現にフランスは徳川方を應援し、＃
イギリスは、薩［さつ］長［ちやう］を通じて官軍に好意を見せようとしてゐ＃
た。もし、日本が官軍と朝敵とに分れて、長く戰ふやうにで＃
もなつたら、そのすきに乘じて、かれらは何をしたかもわか＃
らない。思へば、まことに危いことであつた。　　＃
＜Ｐ－１１６＞
　十五　　シンガポール陷落の夜　＃
この夜、＃
滿洲國皇帝陛下は、＃
大本營の歴史的な發表を聞し召し、＃
やをら御起立、＃
御用掛吉岡少將に、＃
「吉岡、おまへもいつしよに、＃
日本の宮城を遥拜しよう。」＃
と仰せられ、＃
＜Ｐ－１１７＞
うやうやしく最敬禮をあそばされた。＃
御目には、＃
御感涙の光るのさへ拜せられた。＃
更に、皇帝陛下は南方へ向かはせられ、＃
皇軍の將兵、戰歿の勇士に、＃
しばし祈念を捧げたまうた。＃
深更を過ぎて、＃
お電話があり、＃
吉岡少將がふたたび參進すると、＃
＜Ｐ－１１８＞
「吉岡、今夜、おまへはねられるか。＃
今、日本皇室に對し奉り、＃
慶祝の親電を、＃
書き終つたところである。＃
あす朝早く、＃
打電の手續きをしてもらひたい。」＃
と、陛下は仰せられた。＃
この夜、＃
陛下のおやすみになつたのは、＃
午前二時とうけたまはる。＃
＜Ｐ－１１９＞
あけて二月十六日、＃
寒風はだへをさす滿洲のあした、＃
皇帝陛下は、＃
建國神［しん］廟［べう］に御參進、＃
天照大神の大前に、＃
御心ゆくまで御拜をあそばされた。　　＃
　十六　　もののふの情　＃
　沈むギリシヤ國旗　＃
＜Ｐ－１２０＞
太平洋の夜明け、遠い地平線上に、黒煙のなびくのが潛望＃
鏡に寫つた。＃
「汽船だ。」＃
わが潛水艦は、全速力で煙のあとを追つた。＃
近づいて見ると、五千トンぐらゐの商船だが、國旗を掲げ＃
てゐない。國旗を掲げない船は、撃沈してかまはないのだ。＃
大［だい］膽［たん］にも浮かびあがつて堂々と接近して行くと、汽船から＃
は、するするとギリシヤの國旗があがつた。ギリシヤは敵＃
國である。敵船撃沈に遠慮はいらない。ぐんぐん近づく＃
と、敵船は、もうもうと黒煙を吐いて逃げ出した。＃
＜Ｐ－１２１＞
甲［かん］板［ぱん］で船員たちがあわてふためいてゐるのが、手に取る＃
やうに見える距離まで追ひつめて、砲口をじつと向けると、＃
敵船は急に止つた。その瞬間、轟［ぐわう］然［ぜん］たる響きとともに、わが＃
潛水艦から撃ち出した砲彈は、船腹にみごと命中して、吃［きつ］水［すゐ］＃
線に穴をあけた。なほもわが潛水艦は、敵船の周圍をぐる＃
りとまはりながら、砲撃を續けた。撃ち出す砲彈は、一發も＃
目標をはづれない。文字通り百發百中だ。船は、ぐつと左＃
舷に傾いた。敵の乘組員は、船を捨てて二隻のボートに乘＃
り移つた。＃
敵船は、左舷に傾いたまま靜かに沈んで行く。わが潛水＃
＜Ｐ－１２２＞
艦の甲板には、艦長を始め乘組員が、不動の姿勢で立つてゐ＃
る。＃
煙突が波間にかくれて行つた。横倒しになつたマスト＃
に掲げられたギリシヤの國旗が、朝の太陽に照らされなが＃
ら、緑の波の上に光つてゐる。その國旗も、吸ひ込まれるや＃
うに海の中へ姿を沒してしまつた。＃
わが潛水艦の甲板からは、一時にさつと右手を擧げて、沈＃
んで行くギリシヤ國旗に、敬禮が送られた。　　＃
　發射止め　＃
眞赤な太陽が、シドニー沖の海面に落ちてから、二時間も＃
＜Ｐ－１２３＞
たつたころであつた。＃
よい獲物はないかとさがしてゐる潛望鏡に、あかあかと＃
燈火をともした二本煙突の大きな客船の姿が寫つた。ア＃
メリカから、濠［がう］洲［しう］へ向かふ敵船に違ひない。＃
急いで魚雷發射の準備がなされた。乘組員たちは、今か＃
今かと發射の命令を待つてゐた。＃
吸ひつけられるやうに潛望鏡をのぞいてゐた艦長は、敵＃
船の行動としては餘りに大膽すぎると思つて、しげしげと＃
見た。すると、白い船體の舷側に、十字のしるしが赤く描か＃
れてゐる。＃
＜Ｐ－１２４＞
「發射止め。」――魚雷發射の持ち場についてゐた勇士たち＃
は、艦長のこの命令を意外に思つた。＃
「敵の病院船だ。攻撃は中止する。」＃
艦長は、潛望鏡から目を離しながらかういつた。＃
「艦長、敵はわが病院船バイカル丸を撃沈しました。今こ＃
そ、われわれに仇を討たせてください。」＃
涙を浮かべてくやしがる乘組員をなだめながら、艦長は、＃
「日本には武士道がある。武士道こそは、わが潛水艦魂な＃
のだ。日本人は、斷じて卑［ひ］怯［けふ］なふるまひをしてはならな＃
い。」＃
＜Ｐ－１２５＞
とおもむろにいつた。＃
潛水艦は、思ひきりよく攻撃態勢を捨てて、ぐるりと艦首＃
を向けかへた。　　＃
　野戰病院にて　＃
昭和十七年二月十九日、わが陸の精鋭は、ジャワのバリ島＃
を奇襲し、その上陸に成功した。＃
バリ島の敵の野戰病院には、アメリカの航空將校が、白い＃
寢床の上に横たはつてゐた。顏から腕、腕から胸へかけて＃
燒けただれ、視力もほとんど失はれてゐた。かれは、アメリ＃
カから濠洲へ派遣された四十名の航空將校の一人で、わが＃
＜Ｐ－１２６＞
ジャワ攻略に先立ち、濠洲からジャワのバンドンへ移り、偵＃
察隊として出動の途中、この島に不時着して負傷したので＃
あつた。＃
病院がわが軍に占領されたことを知つた時、この將校は、＃
恐怖と失望とでがつかりしたやうすであつた。しかし、一＃
日、二日とたつうちに、その氣持はだんだんなくなつて行つ＃
た。＃
上半身にやけどをした敵の將校は、夜となく晝となく、し＃
きりに苦痛をうつたへた。目が見えない上に、手の自由も＃
きかない。食事は子どものやうに一々たべさせ、繃［はう］帶［たい］は日＃
＜Ｐ－１２７＞
に何回となく取り代へ、傷の手當てをていねいにしてやる＃
ことは、並みたいていのことではなかつた。しかし、二人の＃
わが衛生兵は、代る代る徹［てつ］夜［や］して、心からしんせつに看護を＃
してやつた。＃
椰［や］子［し］の葉越しに、窓から月の光が美しくさし込む夜であ＃
つた。この敵の將校は、寢床の上に半身を起して、さめざめ＃
と泣いてゐた。英語の少し話せる衛生兵の一人が、片言の＃
英語で慰めてやると、＃
「私の今の身の上を悲しんで泣いてゐるのではありませ＃
ん。あなたがたが、私に示されたしんせつと、あなたがた＃
＜Ｐ－１２８＞
同志の友情のうるはしさに、しみじみ感じて泣いてゐる＃
のです。かうした温かい心は、アメリカの軍隊には決し＃
てありません。私は、日本の軍隊がつくづくうらやまし＃
くてならないのです。」＃
といつて、二人の衛生兵の手を、自由のきかない兩方の手で、＃
堅く握つた。　　＃
　十七　　太陽　＃
私たち人類にとつて、否、すべての生物にとつて、太陽ほど＃
ありがたいものがあるだらうか。＃
＜Ｐ－１２９＞
太陽は、私たちに絶えず熱と光とを送つてよこす。地上＃
のあらゆる生物は、この熱、この光のおかげで生きてゐるの＃
である。月は死の世界であるといふことを、私たちはすで＃
に知つた。太陽こそは、あらゆる生命の源泉なのである。＃
あらゆる生命の源泉であるだ＃
けに、それはまた實に偉大な存在＃
である。直徑凡そ百四十萬キロ＃
もある一大火球だといふ。もち＃
ろん、かういつただけでは、ほとん＃
ど見當がつかない。月は、地球を＃
＜Ｐ－１３０＞
中心として、ぐるぐる廻つてゐる。今、かりにそのままそつ＃
くり移して、地球を太陽の中心に置くとしても、月は太陽の＃
内部を廻るだけである。地球と月との距離が、今の約二倍＃
なくては、月が太陽の表面を廻るわけにはいかない。また、＃
月を直徑三センチのピンポンの球、地球を十二センチのゴ＃
ムまりとしてみても、太陽は直徑十三メートルといふ大き＃
なものになつて、ちよつと手近にたとへるものが見つから＃
ない。＃
この大きな太陽が、私たちの住む地球から見ると、だいた＃
い月と同じ大きさに見えるのは、いふまでもなく、太陽が月＃
＜Ｐ－１３１＞
より非常に遠いところにあるからである。地球から太陽＃
への距離は、凡そ一億五千萬キロで、月への距離の約四百倍＃
に當る。一時間四百キロの速さで飛ぶ飛行機に乘つて行＃
くとしても、ざつと四十三年かかるわけである。＃
これほど遠いところにありながら、太陽は、私たちに十分＃
な熱と光とを送つてくれる。夏の日の暑さから考へてみ＃
てもわかるやうに、太陽から出る熱量は、すばらしいもので＃
ある。太陽そのものの温度は、表面で約六千度、内部はもつ＃
ともつと高熱である。＃
光の強さに至つては、ほとんど普通のことばでいひあら＃
＜Ｐ－１３２＞
はすことができない。これを燭［しよく］光［くわう］であらはすと、その數は、＃
三の次に零を二十七つけたものになる。＃
濃い色ガラス、または黒くいぶしたガラスを通して太陽＃
を見ると、表面に黒いごま粒のやうなものが見えることが＃
ある。それが太陽の黒點と呼ばれるもので、見たところご＃
ま粒のやうだが、實は地球より大きいのがあり、時には地球＃
の十數倍もあるのが現れることがある。黒點は、太陽の表＃
面に起る大きなつむじ風だといはれ、その數や大きさは、凡＃
そ十一年を週期として増減してゐる。＃
太陽のやうな天體は、ただ一つあるだけであらうか。か＃
＜Ｐ－１３３＞
りに、太陽をもつともつと遠いところで見るとすれば、結局＃
は、あの、夜の空に銀の砂子をまいたと見える小さな星と、同＃
じものになつてしまふであらう。つまり太陽は、夜の空に＃
無數に輝く星の一つなのであるが、われわれに近いために、＃
特に大きく、明かるく見えるに過ぎない。廣い廣い宇宙に＃
は、太陽と同じやうな天體が、ほとんど數へ切れないほど存＃
在する。さうして、その中には、太陽より小さいもの、太陽と＃
ほぼ同じ大きさのものもあるが、また太陽の數百倍といふ＃
すばらしいものがあるのである。　　＃
＜Ｐ－１３４＞
　十八　　梅が香　＃
芭［ば］蕉［せを］　＃
梅が香にのつと日の出る山路かな　＃
山路來て何やらゆかしすみれ草　＃
古池やかはづとびこむ水の音　＃
蕪［ぶ］村［そん］　＃
春の海ひねもすのたりのたりかな　＃
春雨にぬれつつ屋根の手まりかな　＃
菜の花や月は東に日は西に　＃
＜Ｐ－１３５＞
富士ひとつうづみ殘して若葉かな　＃
　十九　　雪國の春　＃
　黒い土　＃
濃い青空には、春の國から生まれて來たかと思はれる白＃
雲が、山の懷［ふところ］からぽつかり顏を出しては、見るまに大きくふ＃
くらんで、輕さうに浮いて行く。＃
やはらかな日ざしが、窓いつぱいに降りそそぐ。縁先の＃
雪が、かさりかさりと、音をたてて崩れる。崩れた雪は、やが＃
て雨落ちのみぞに解け込んで、銀の糸のやうにまぶしく輝＃
＜Ｐ－１３６＞
きながら、ちよろちよろと流れて行く。＃
風はまだうら寒い。けれども、家々の窓も障子も、いつせ＃
いにあけはなされて、どこからか、カナリヤのさへづりが朗＃
かに聞えて來る。＃
庭におり立つた私は、荒なはで枝をつつた松の根もとに、＃
そつと顏を出してゐる黒い土を見つけた。もう、じつとし＃
てはゐられない。私は、その土をしつかりと握つてみた。＃
さうして、この一握りの土に、ほのかな春の香を感じるやう＃
にさへ思つた。＃
「ねえさん、雪の中からお人形が出て來たの。」＃
＜Ｐ－１３７＞
のんきな主人に置き忘れられ、雪にうまつて冬を越した人＃
形が、それでも暖さうな顏をして、妹の小さな手にだかれて＃
ゐた。＃
「その邊をあんまり歩いちやいけませんよ。しやくやく＃
や、すゐせんが、雪の下で、もう目をさましてゐるのですか＃
ら。」＃
ふしぎさうに、あたりを見まはしてゐる妹に、ほほ笑みなが＃
ら私はかういつた――はちきれるやうな芽をもたげ、雪を＃
割つてのび出ようとしてゐる物の溌［はつ］剌［らつ］たる力を想像しな＃
がら。＃
＜Ｐ－１３８＞
ふと、泥まみれの長靴をはいた弟が、せなかのあたりまで＃
泥をはねあげて、垣に沿つた小路を、とんで行くのが見えた。＃
と、そのあとを追つかけるやうに、＃
「もういいかい。」＃
と、これはまたたいそう明かるい聲が、納屋のかげのあたり＃
から、はずんで來た。　　＃
　せり摘み　＃
桑畠の雪もだいぶ減つて、あちらこちらに黒ずんだ畠の＃
土があらはに出てゐる。ずつと向かふには、川べりに並ん＃
だはんの木が目立つ。一だんと大きなはんの木の間に、か＃
＜Ｐ－１３９＞
ぶつた白い手拭が見える。＃
「おかあさん。」＃
弟が大きな聲で呼んだ。立つてしばらくこちらを見てゐ＃
た母が、左手をあげた。弟がかけ出した。ぼくも、弟のあと＃
を追ふ。近づいてからまた弟が、＃
「おかあさん。」＃
といつた。＃
三四百メートルも走つたので、熱くてたまらない。上着＃
を取つて、はんの木の下枝に掛けた。川の少し上手に、よそ＃
のをばさんも、せつせとせりを摘んでゐる。ぼくらを見て＃
＜Ｐ－１４０＞
につこりしたので、ぼくは帽子を取つておじぎをした。＃
清［し］水［みづ］の流れだといふこの川べりは、もうほとんど雪がな＃
くなつて、雜草が一面に芽ぐんでゐる。草の芽の間から、立＃
ちあがる水蒸氣のかげもなつかしい。＃
いつのまにか向かふ側へ行つた弟は、土遊びに餘念がな＃
い。母は時々弟の方を見ては、またせりを摘む。母の指先＃
が水にはいると、川底のせりの緑も、高いはんの木の影も、ゆ＃
らゆら搖れて一つになる。＃
ぼくも、長靴をはいたまま、下手の淺瀬にはいつた。足も＃
とからむくむくとにごつて湧きあがつた水が、すぐに流れ＃
＜Ｐ－１４１＞
澄んで、せりの葉並みがいつそう美しく見える。手を入れ＃
る。水は思つたより冷たかつた。澄んだ水の色、川べりの＃
黒い土、草の芽の緑――この三四箇月土を見ることのでき＃
なかつた目には、皆たまらなくなつかしい。大自然は、今、春＃
の喜びと活動に、よみがへらうとしてゐるのだ。ぼくは、も＃
うぢき訪れる春を考へながら、あたりを見まはした。＃
晴れ渡つた空に、とびが高く鳴いてゐた。　　＃
　二十　　國語の力　＃
ねんねんころりよ、おころりよ　　＃
＜Ｐ－１４２＞
ばうやはよい子だ、ねんねしな。　　＃
だれでも、幼い時、母や祖母にだかれて、かうした歌を聞き＃
ながら、快い夢路にはいつたことを思ひ出すであらう。こ＃
のやさしい歌に歌はれてゐることばこそ、わがなつかしい＃
國語である。　　＃
君が代は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりてこ＃
けのむすまで　＃
この國歌を奉唱する時、われわれ日本人は、思はず襟［えり］を正＃
して、榮えますわが皇室の萬歳を心から祈り奉る。この國＃
歌に歌はれてゐることばも、またわが尊い國語にほかなら＃
＜Ｐ－１４３＞
ない。＃
われわれが、毎日話したり、聞いたり、讀んだり、書いたりす＃
ることばが國語である。われわれは、一日たりとも、國語の＃
力をかりずに生活する日はない。われわれは、國語によつ＃
て話したり、考へたり、物事を學んだりして、日本人となるの＃
である。國語こそは、まことにわれわれを育て、われわれを＃
教へてくれる大恩人なのである。＃
このやうに大切な國語であるのに、ともすれば國語の恩＃
をわきまへず、中には國語といふことさへも考へない人が＃
ある。しかし、ひとたび外國の地を踏んで、ことばの通じな＃
＜Ｐ－１４４＞
いところへ行くと、だれでも國語のありがたさをしみじみ＃
と感じる。かういふところで、たまたまなつかしい日本語＃
を聞くと、まるで地［ぢ］獄［ごく］で佛にあつた心［ここ］地［ち］がし、愛國の心が泉＃
のやうに湧き起るのを感じるのである。＃
わが國は、神代このかた萬世一系の天皇をいただき、世界＃
にたぐひなき國體を成して、今日に進んで來たのであるが、＃
わが國語もまた、國初以來繼續して現在に及んでゐる。だ＃
から、わが國語には、祖先以來の感情・精神がとけ込んでをり、＃
さうして、それがまた今日のわれわれを結びつけて、國民と＃
して一身一體のやうにならしめてゐるのである。もし國＃
＜Ｐ－１４５＞
語の力によらなかつたら、われわれの心は、どんなにばらば＃
らになることであらう。してみると、一旦緩急ある時、國を＃
擧げて國難に赴くのも、皇國のよろこびに、國を擧げて萬歳＃
を唱へるのも、一つには國語の力があづかつてゐるといは＃
なければならない。＃
國語は、かういふやうに、國家・國民と離すことのできない＃
ものである。國語を忘れた國民は、國民ではないとさへい＃
はれてゐる。＃
國語を尊べ。國語を愛せよ。國語こそは、國民の魂の宿＃
るところである。　　＃
＜Ｐ－１４６＞
　二十一　　太平洋　＃
日本の北東から、＃
南西の岸へかけ、＃
遠くわが南洋の島々まで、＃
太平洋の波は、ひたひたと打ち寄せる。＃
北、ベーリングの荒海を卷き、＃
南、南極海の氷原に連なり、＃
アメリカ大陸に沿うてひろがる＃
＜Ｐ－１４７＞
「太平洋」――＃
それは、世界第一の海洋の名である。＃
島々は、大空の星座のごとく並び、＃
艦船は、魚群のごとく進み、＃
航空機は、燕［つばめ］のごとく渡り、＃
世界の電波は、＃
この海洋を越えて縱横に脈うつ。＃
かなた、熱帶の海から＃
＜Ｐ－１４８＞
流れ起る黒潮、＃
わが大日本の磯を洗ひながら、＃
北上し、＃
東へ轉じて、＃
遥かにアメリカの大陸をつく。＃
更にわが南洋から＃
卷き起る颱［たい］風［ふう］は、＃
太平洋、＃
南支那海、＃
＜Ｐ－１４９＞
東支那海、＃
日本海、＃
オホーツク海――＃
海といふ海、＃
水といふ水に號令して、＃
世界最大の波紋を描く。＃
黒潮と颱風と、＃
その焦點に、＃
神は大［おほ］八［や］洲［しま］を生み、＃
＜Ｐ－１５０＞
皇祖皇宗は國を肇めたまふ。＃
そこに世界の原動力が力強くひそみ、＃
最高文化の源泉が高鳴つてゐるのだ。＃
日［ひう］向［が］を船出して、＃
都したまうた國は大［やま］和［と］、＃
わが大日本はおほやまと、＃
また浦安の國であるやうに、＃
太平洋は、＃
皇國の鎭めによつてのみ、＃
＜Ｐ－１５１＞
とこしへに「太平」の海なのである。　　＃
＜Ｐ－２０１＞
　附録　＃
　一　　熱帶の海　＃
船は、南支那海を眞直に南下して、いよいよ赤道に近づいた。＃
潮の色は、濃い藍［あゐ］から少しづつ緑に變り、日ざしもさすがに強く＃
なつた。＃
くつきりと晴れた行く手の空には、眞白な入道雲がむつくりと＃
首をもちあげて、船を招いてゐる。あの雲の眞下あたりが赤道で＃
あらうか――雲の白さと、空の青さと、地平線の緑とが、あざやかに＃
對［たい］照［せう］して、まるで大きな七寶燒の置物でも見てゐるやうだ。＃
＜Ｐ－２０２＞
波もすつかり靜かになつて、時々飛び魚が銀色の肌を光らしな＃
がら飛んで行く。＃
明日は昭南に入港する。そこから針路を北西に取つて、スマト＃
ラ島の北端を廻ると、いよいよインド洋だ。太平洋に續く南支那＃
海の潮の色と、インド洋の色とは全く違ふと聞いてゐたが、もうこ＃
のあたりから、はつきり變りかけてゐるのもおもしろい。緯度は＃
北緯三度だ。このあたりは、時に氣味惡いほど靜かななぎが訪れ＃
る。さざ波一つ立たない、鏡のやうな海面をすべつて行く船の跡＃
が、いつまでたつても二本のしわを描いて、消えずに殘つてゐる。＃
風はぴたりと死んだやうに止んで、地平線から浮かびあがつて來＃
る星の光までが、ぽつんとともつた船のともし火のやうに見える。＃
日の出などは、よく船火事と見まちがへられるほど、ぼうつと赤く、＃
＜Ｐ－２０３＞
大きくもえあがつて、靜かな海面に寫るのである。＃
しかし、今日は快い南西の季節風に搖られて、緑の小波はなごや＃
かなささやきを續けてゐる。南西の風に向かつて、かすかに針路＃
を變へたころから、左舷にまはつた入道雲の頭が、そろそろあかね＃
色に染まりかけて來た。＃
時計を見ると、二十時を過ぎてゐる。＃
「すばらしい日の入りが見られますよ。」＃
と、そばに立つてゐた船長がいつた。＃
まつたく熱帶の海の落日は、すばらしい。波の一つ一つが、大き＃
な太陽の紅を寫して、首を振り振り體操をする。初めはみんな淡＃
紅色の旗を捧げて、歌つてゐるかに見える。その歌聲につれて、太＃
陽はいよいよ赤く、大きくなる。すると、波どものうち振る旗も、ま＃
＜Ｐ－２０４＞
た刻刻に濃さを増して、見渡す限りの海が、眞紅のきらめきにもえ＃
立つて行く。＃
その時、船もまた兩舷にかみ出す白いしぶきを、緋［ひ］色［いろ］のねり絹の＃
やうにひるがへして進む。赤道といふ文字は、あるひはかうした＃
落日の美觀をいひ表すに、最もふさはしい文字かも知れない。＃
ところが、その雄大な美觀を待ちわびてゐるうちに、不意に雲の＃
表情が變つて來た。＃
頂を、あかね色に染めかけてゐた入道雲の足もとから、むくむく＃
と二つ三つ、灰色の雲が湧きあがつて來た。＃
何といふ延びの早い雲だらう。＃
幾重にも輪を重ねて湧きあがつたと思ふうちに、太陽をさへぎ＃
り、青空を埋めて行つた。わづか四五分の間に、すつかり海面を暗＃
＜Ｐ－２０５＞
くしてしまつた。＃
と思ふまもなく、一際暗いその雲の中＃
央から、繩［なは］のすだれを掛けたやうな雨足＃
が、さつとたれさがつて來た。＃
スコールだ。＃
スマトラ名物の激しいスコールが、海＃
上へのこのこと出て來たのだ。＃
緑の地平線は、一瞬のうちに鉛［なまり］色に變＃
り、その鉛色の地平線を、右に左に歩いて＃
行くスコールの足が、はつきり見える。＃
このスコールの足は、まるでかけるやう＃
に右舷の海を渡つて來る。地平線はけ＃
＜Ｐ－２０６＞
むり、視界は急にせまくなつて、のちには、雨足も、雲も、何もかも見え＃
なくなつてしまつた。とうとう、スコールが船の上へやつて來た＃
からである。＃
船全體が、むちでたたかれてゐるやうな音を立て、話し聲も、機關＃
の音もかき消されて、目の前には、數知れぬ細引きが掛け並べられ＃
てゐる。こんな太い雨を見たことはなかつた。さすがに南洋の＃
名物だ。＃
十五分餘りで、スコールは東の方へ去つて行つた。たぶん季節＃
風に乘つて、ボルネオ見物にでも行くのであらう。船の人々は、ほ＃
つとした氣持で、その雨足をじつと見送つてゐる。＃
再び行く手に、青空が細く割れ目を見せだした。その割れ目が＃
靜かにひろがつて、深い藍色が頭の上にかぶさつたころには、もう＃
＜Ｐ－２０７＞
太陽は沒して殘光は見られなかつた。涼［りやう］風［ふう］に吹き洗はれた空に＃
は、みごとな星がいつぱいまき散らされてゐる。南十字星は手の＃
屆きさうなところに光つてをり、北斗七星は北のはづれにゐて、内＃
地のありかをささやき顏にまたたいてゐる。どの星も大きく、青＃
く、呼べば答へるほどの近さに見える。だまつて、じつと見つめて＃
ゐると、一つ一つの星の呼吸さへ聞えて來るやうだ。このやさし＃
い目を見張つて、永遠にまたたき續けてゐる星のおかげで、昔から、＃
海員や船客たちは、どんなにか慰められたことであらう。＃
「いい星ですね。まもなく月も出ませう。」＃
かういひながら、船長はうつとりと空を見あげた。＃
「しかし、インド洋へ出ると、こんなおだやかな晩ばかりではあり＃
ません。五月から八月までは、風速二十メートルぐらゐの南西＃
＜Ｐ－２０８＞
季節風が、時には十日も續いて高い波が立ちます。しかし、波に＃
は波の美しさがあつて、非常な勢で船首に碎け散る怒［ど］涛［たう］の中に＃
は、かへつて海國に生まれ、海國に育つた私たちの血潮を湧き立＃
たせる、勇ましい調べがあります。」＃
向かひ合つて話してゐる船長の後の空と波とが、明かるさを増＃
して來た。スコールの去つた東の海から、やがて月が出て來るの＃
であつた。　　＃
　二　　洋上哨［せう］戒［かい］飛行　＃
整備員が思ひきり帽子を振つて見送つてくれる基地の朝は、ま＃
だやつと明け始めたばかりなのに、先發の各機は、もう洋上遥かに＃
飛び出して行つた。今日も、基地の上空は一面の層雲で、行く手は＃
＜Ｐ－２０９＞
きつと南海特有の積亂雲が多いことであらう。＃
眞黒に空をおほふ彈幕や、いどみかかつて來る敵機をものとも＃
しないわが海［うみ］鷲［わし］にも、變りやすい天候だけはにが手である。それ＃
に、攻撃目標のない洋上哨戒の單調さは、やりきれないものがある。＃
しかし、制海權［けん］・制空權ともにわが手に握られてゐる大東亞海へ、一＃
機も敵を寄せつけないためには、どんなに天候が惡からうと、早朝＃
から飛び出して、一日中、島影一つ見えない洋上に哨戒飛行を續け＃
るのである。＃
雲が低いので、今、機は五百メートル以下の低空を飛んでゐる。＃
機上の朝食を終つたばかりなのに、ガラス窓をしめきつた機内は、＃
むれるやうな暑さである。＃
出發後一時間ばかり、やつと層雲を拔けたので、少し高度を取つ＃
＜Ｐ－２１０＞
たが、やつぱり暑さに變りはない。見渡す限り、大海原は白波一つ＃
立たず、油を流したやうな靜かさ、單調さだ。しかも搭［たふ］乘［じよう］員［ゐん］は、一瞬＃
といへども氣をゆるめてはゐないのである。＃
「船が見えます。」＃
と、偵察員が突然叫ぶ。なるほど、遥か左前方の地平線上に、ぽつつ＃
りと黒い船らしいものが見える。全員はたちまち配置についた。＃
今日こそは、敵に見參したいものである。しかし近づくにつれて、＃
その黒い物は、しだいに大きく空へひろがつて行く。あれほど敵＃
艦船であつてくれと願つたのに、やつぱり雲のいたづらだつたの＃
か。＃
この洋上では、よくかうしたことがある。波がひどくあわ立つ＃
てゐるので、潛水艦の潛望鏡かと、近づいて見れば、魚の群だつたり＃
＜Ｐ－２１１＞
する。殊に地平線上の雲の影は、容易に見わけのつかないことが＃
多い。＃
晝食も終らないうちに、ものすごい積亂雲が前方に立ちふさが＃
つて來た。下は海面すれすれまで、上は五六千メートルもあらう。＃
これを避けて北へ遠廻りをする。やつと切れめを見つけて、豫定＃
の哨戒線上に針路を取りもどしたと見る間に、白いすだれを掛け＃
たやうなスコールの中へ突つ込む。＃
スコールの中では、灰色の大きな木を押し立てたやうな龍卷さ＃
へ起つてゐる。海面から卷き起つて雲に達する壯觀は、「天にとど＃
く」などの形容では追つつくものでなく、これに卷き込まれたら一＃
たまりもないのだ。＃
更に變針して南へ廻る。風に流される機の方向を正すため、偵＃
＜Ｐ－２１２＞
察員は偏［へん］流［りう］測定器から目が離せず、コンパス・＃
定［ぢやう］木［ぎ］を手にしながら、絶えず現在の位置を海＃
圖に書き込んで行く。右へ左へ廻りながら＃
單機で豫定線上を行かなければならないだ＃
けに、この測定に寸分の誤［あやま］りがあつてはなら＃
ない。わづかな誤［ご］差［さ］から、基地へ歸着するこ＃
とのできない危險さへ起る。洋上飛行の目＃
となり、道しるべとなる偵察員の苦勞は、並み＃
たいていのことではない。＃
いよいよ、命令された哨戒線の果てまで來た。ぐつと機の方向＃
を變へる。ああ、今日もとうとう敵は影を見せなかつた。　　＃
＜Ｐ－２１３＞
　三　　レキシントン撃沈記　＃
南方の海は、割合ひおだやかな日が續く。ハワイの西方海面を＃
哨［せう］戒［かい］中のわが潛水艦は、今日も獲物にありつけず、潛望鏡でのぞく＃
海面は、今落ちかかる太陽の殘光を斜［なな］めに受けて、異樣に輝き渡つ＃
てゐる。＃
「今日も獲物はないか。また太陽が沈んで行く。」＃
潛望鏡をおろしてから、艦長は、ひとり言をいつた。だれもだまつ＃
てゐる。艦長は、また潛望鏡をあげて、くまなく四方を偵察してゐ＃
たが、西の方へ向かつた時、＃
「潛沒。」＃
と、急に元氣な號令をくだした。艦は、たちまちさげかぢを取つて、＃
＜Ｐ－２１４＞
突つ込んで行つた。＃
「掃海艇らしいものが、こつちへ突進して來る。」＃
艦長は、だれにいふともなくさういつてから、＃
「發射用意。」＃
を發令した。＃
「發射用意よろし。」の報告があつてから、艦は西へ向かつて全速で＃
突進した。また深度を少しづつ減らして行つて、艦長は、潛望鏡を＃
何秒間かちよつと出して見た。その目にうつつたものは何であ＃
つたか。意外にも、沈みかかつた太陽を背［はい］景［けい］にして、斜めにこつち＃
へ向かつて走つて來るレキシントンの姿であつた。＃
さつき見た時は距離が遠かつたので、レキシントンの甲［かん］板［ぱん］が見＃
えず、あの變にだだつぴろい艦橋の上の方と、マストだけが見えた＃
＜Ｐ－２１５＞
ので、艦長は一見掃海艇と思つたのであるが、今見ると、その下の飛＃
行甲板がはつきり見えて、その艦首のかつかうから、煙突の形から、＃
まさしくレキシントンに違ひないのである。＃
「獲物は大きいぞ。みんな愼［しん］重［ちよう］にやれ。」＃
艦長は、いかにもうれしさうである。全艦これを聞いてをどりあ＃
がつた。＃
「よし、のがすな。」＃
目と目はおたがひに物をいつて、全員白鉢卷をきりつとしめた。＃
できれば體當りと、艦長は心に決した。近づくに從つて、敵艦の推［すゐ］＃
進［しん］器［き］の回轉する音がはつきりと聞えて來る。それといつしよに、＃
もつと輕い、巡洋艦か驅逐艦らしい推進器の音も混つて來る。敵＃
の警戒は嚴重らしい。＃
＜Ｐ－２１６＞
時はよし、艦長は再び潛望鏡をあげた。何といふ天［てん］佑［いう］であらう。＃
すでに太陽は沒して、西の方だけが眞赤に暮れ殘り、その眞中にく＃
つきりと、レキシントンが大きなからだを浮かし出してゐるでは＃
ないか。周圍は、もう暗くなつてゐる。これなら、潛望鏡を出した＃
まま進んでも、敵から見られるはずはない。艦長は潛望鏡を出し＃
たまま突進し、その間に、正確に敵の針路と速力を觀測した。＃
「發射始め。」＃
艦長の聲は、全艦に響き渡つた。魚雷はうなりを生じて突進して＃
行く。多年手しほにかけた魚雷だ。行けといつた時には、敵艦の＃
胴腹深く飛び込むんだぞと、毎日いつて聞かせてゐる魚雷だ。い＃
かに機械でも、心は通じるのである。生あるもののやうに飛び出＃
して行つた魚雷のうなりを聞いて、發射管員は、ほつとため息をつ＃
＜Ｐ－２１７＞
いた。＃
艦は急速に潛沒して行く。こつ＃
ちの所在を知つてか知らずか、敵の＃
警戒艦が、ちやうど頭の上を通つて＃
行つた。その氣味惡い推進器の音＃
が耳に響いて、ちよつと張りの拔け＃
た神經を引きしめさせる。＃
ちやうど魚雷が走り終つたと思＃
ふ時である。轟［ぐわう］然［ぜん］たる爆音が、聽［ちやう］音［おん］＃
機に吸ひ込まれて來た。＃
二回にわたる爆音である。魚雷＃
二本が、確かに命中したのだ。＃
＜Ｐ－２１８＞
思はず歡聲があがる。＃
その笑顏がまだ終らないうちに、またしても大爆音が二回、はつ＃
きりと聽音された。＃
わが魚雷は、みごと敵艦の火藥庫か何かにくひ入り、大爆音をあ＃
げて轟沈させたのであらう。それつきり、今まで聞えてゐたレキ＃
シントンの推進器の音は、聞えなくなつてしまつた。　　＃
　四　　珊［さん］瑚［ご］海の勝利　＃
　一　＃
五月七日、十一時の晝食前である。＃
「わが小型航空母艦沈沒す。」＃
と、擴聲器が艦内各部に報じた。くちをしさが、足の先から頭のて＃
＜Ｐ－２１９＞
つぺんまで突き拔けて走る。「今に見ろ。敵艦隊＃
を一隻も餘さず、珊瑚海の海神のごちそうに供へ＃
てやる。」と、齒を食ひしばつた。＃
沈沒したこの小さな母艦は、敵五十機の雷爆撃＃
を相手に、敢然と戰ひぬき、不幸にも今この厄にあ＃
つたのである。＃
すると、今度はすばらしい勝報がやつて來た。＃
「戰艦一隻撃沈。」＃
やつた、やつた。わが勇猛果敢な海の荒［あら］鷲［わし］が、米の＃
カリフォルニヤ型を撃沈したのだ。更に英の戰＃
艦ウォースパイト型にも、大損害を與へたことが＃
わかる。どつとあがる歡呼。うれし涙が頬［ほほ］を傳＃
＜Ｐ－２２０＞
つて流れる。＃
十三時三十分ごろ、わが艦隊の左後方の空を、銀＃
翼で切つて飛ぶ大編隊が見えた。みごとな編隊＃
である。高度をさげて、いういうと近づいて來る。＃
先頭の指揮官機の翼が、きらきら光る。銀翼に、眞＃
赤な日の丸がくつきりと浮いて、望遠鏡にうつつ＃
て來た。＃
最初、敵の大空襲かと、戰鬪配置について照［せう］準［じゆん］を＃
定め、ねらひ續けてゐた高角砲の勇士たちは、みか＃
た機とわかつて狂氣のやうに手を振つた。たつ＃
た今、戰艦カリフォルニヤ型と、ウォースパイト型＃
を血祭にあげた、殊［しゆ］勳［くん］輝く海の荒鷲が、大空高らか＃
＜Ｐ－２２１＞
に、凱［がい］歌［か］をあげて基地へ歸るところである。感極まり、萬歳を絶［ぜつ］叫［けう］＃
する。　　＃
　二　＃
五月八日。くしくも第五回大詔奉［ほう］戴［たい］日［び］に當る。祖＃
國日本の姿を思うて、血の高鳴るのを感じた。＃
雌［し］雄［ゆう］をこの一擧に決する最後の決戰は、刻々にせま＃
る。殘敵は、今やまつたく袋の中のねずみとなつて、逃＃
げようとどうあせつても、逃げられるものではない。＃
「敵○○機みかたに向かふ。」＃
の報があつた。六時三十分ごろである。この時すで＃
に早く、わが勇敢無比な荒鷲部隊は、決死母艦を離れ、決＃
勝の翼をつらねて、敵航空母艦めがけて雷爆撃に向か＃
＜Ｐ－２２２＞
つてゐた。＃
すは、決戰である。世界戰史上、いまだかつてなかつた航空部隊＃
と航空部隊との決戰である。場所は、パプアの東端か＃
ら數十海里の海と空だ。時間のたつのがもどかしく＃
てならない。＃
八時四十分、敵の一機が偵察に來たが、わけもなく撃＃
退される。と、豫期にたがはず、一大勝報が、電波に乘つ＃
てやつて來た。＃
「サラトガ型撃沈。」＃
やつた。とうとうやつた。われら最大の目標であつ＃
た敵航空母艦サラトガ型は、かくて珊瑚海に捧げるす＃
ばらしい供へ物となつた。荒鷲、よくぞやつてくれた。目がしら＃
＜Ｐ－２２３＞
が、じいんと熱くなつて來る。そこへまた敵航空母艦ヨークタウ＃
ン型撃沈の勝報である。全身が勝利の喜びで震へるのを、どうと＃
もすることができない。＃
午後になつて、わが艦隊に敵機來襲。濠［がう］洲［しう］東岸の基地からでも＃
やつて來たのだらう。一隊は左舷から、他の一隊は遠く後方から＃
爆撃して來たが、相變らず、とはうもない高度爆撃だ。あたるもの＃
ではない。大きな水柱が、遠い海面にあがつては消えて行く。　　＃
　三　＃
この夜感激の軍艦行進曲が、遥か祖國の東京から放送されて來＃
た。最前線の決戰場、南半球の珊瑚海で聞くラジオ放送――大本＃
營發表である。＃
「航空母艦サラトガ型、ヨークタウン型二隻撃沈、戰艦カリフォル＃
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ニヤ型一隻撃沈、戰艦ウォースパイト型一隻に大損害………」＃
遠く大戰果は、一［いち］億［おく］同［どう］胞［はう］に、いな大東亞十億の民族に、全世界に、かく＃
放送されてゐる。軍艦行進曲を聞きながら、われわれは、だまつた＃
まま、靜かに端坐してゐた。　　＃
