＜出典＞６５２　　　国定読本　６期５－２
＜Ｐ－００２＞
もくろく　　＃
一　　川口の子どもたち………四　　＃
二　　めいめいの歌………十二　　＃
丘の上　　＃
唱歌　　＃
おかあさま　　＃
三　　二宮金次郎………十八　　＃
四　　田園………三十　　＃
＜Ｐ－００３＞
五　　新しい出発………四十三　　＃
やりなおし　　＃
じゃがいもをつくりに　　＃
六　　雨の中………五十一　　＃
七　　一つ一つつづろ………五十五　　＃
八　　いいにくいことば………五十八　　＃
九　　父の看病………六十三　　＃
＜Ｐ－００４＞
一　　川口の子どもたち　　＃
川口はいいところだ。近くには小高い＃
丘があって、そこからおきをながめると、＃
大きな汽船がけむりをはいて、長いかげ＃
をひいて通っていくのがみえるし、川上＃
の方をながめると、近くの町の工場のえ＃
んとつが、なん本も立っているのがみえ＃
る。長いいかだを組んで、材木を遠くの＃
山から運んでくるのもみえる。＃
なによりおもしろいのは、大学のボー＃
＜Ｐ－００５＞
トがいつもここで練習していることだ。＃
川口の子どもたちは、いつも砂原で、すもうをとったり、お＃
にごっこをしたりして遊んでいるが、それにあきると、そのボ＃
ートをながめては、いろいろな話をしあって樂しむ。きょうも、＃
みんなは話に花をさかせている。ついせんだって、大学生に頼＃
んで乘せてもらったうれしさで、まだむちゅうになっているの＃
である。＃
「ぼくは、大きくなったら、三ばんか四ばんをこぐんだ。力ま＃
かせに、長いオールをぐいぐいとこいでみたいな。」＃
「ぼくもきみに賛成だ。ぼくは、父ににたら、せいの高いりっ＃
ぱなからだになるだろう。その体格で、思うぞんぶん、長い＃
オールをこいだら、オールがぎゅうぎゅうとしなって、船は、＃
＜Ｐ－００６＞
ものすごいスピードで走るだろ＃
う。みるみるうちにあいてをぬ＃
いてしまう。それを思うと、ぼ＃
くは胸がわくわくする。」＃
「ぼくはトップがこぎたいな。い＃
つもは、いちばんびりにいるば＃
かりで、べつに用もないようだ＃
が、ボートの向きをかえたりひ＃
き返そうとしたりするときには、＃
きっとコックスが大声でいうだ＃
ろう。＃
『トップ、バック一本。』＃
＜Ｐ－００７＞
それでもきこえなければ、また、＃
どなる。＃
『トップ、バック一本。』＃
ぼくが力をいれて、一本バック＃
をやると、ボートは向きをかえ＃
て、あぶないところからぬけだ＃
して、新しい方向に進んでいく。＃
ぼく、これがうれしいんだよ。」＃
「ぼくは、こぎかたがじょうずに＃
なって、みんながさせてくれた＃
ら、コックスのまえにすわって、＃
整調をやってみたいな。ぼくは＃
＜Ｐ－００８＞
からだもいいし、息もつづく。コックスの号令どおりに、一糸＃
みだれずこいでいくと、乘り組んでいる者が、みんなそろっ＃
て、一つの生きものみたいに進んでいく。これこそ、いちば＃
んりっぱなものだと思う。」＃
「だがね、やっぱり、いちばんだいじで、むずかしいのは、コッ＃
クスだろう。さっきから、きみはだまっているけれど、ぼく＃
はきみをコックスにすいせんする。」＃
「ほんとうにきみのいうとおりだ。ぼくらですいせんしようよ。＃
きみは、ぼくらの心持をよく知っている。ぼくらのはりきっ＃
ているとき、ぼくらのつかれているとき、ぼくらのしたいこ＃
と、ぼくらのいやなことなど、きみはなんでもよくわかって＃
いる。＃
＜Ｐ－００９＞
ただ、わかっているだけではなしに、いつもそのうえを考え＃
ていて、いいことをはっきりきめる。ぼくらは、きみについ＃
ていきさえすれば、だいじょうぶだと思うんだ。」＃
「そういわれて、自信をもって、よしやろうということができ＃
たら、うれしい。けれども、ぼくにはなかなか、よしきたと＃
はいえない。」＃
「おきを大きな船が通っていくよ。あれはどこへいく船だろう。」＃
「大きな船だね。きっと遠くへいくんだろう。」＃
「あんな大きな船の船長と、コックスと、どっちがむずかしい＃
だろうね。」＃
「そりゃあ、船長のほうがむずかしいだろう。しかし、りっぱ＃
なコックスは、いつかりっぱな船長になるだろうよ。」＃
＜Ｐ－０１０＞
「じゃあ、りっぱな整調は、りっぱな運轉をする人になるだろ＃
うね。」＃
「では、実力があって、力いっぱいはたらくいい船員には、だ＃
れがなるのさ。」＃
「それはぼくたちだ。三ばん、四ばんをこいでいる、ぼくたち＃
強い男の子だ。」＃
「さあというときに、ひとりで責任をしょって立つ、トップを＃
こぐ人もいるだろう。」＃
「もちろんさ。そういう男には、ぼくがなることにきめている＃
のさ。」＃
「船ばかりではなく、あの町でも、あの工場でも、また、日本＃
の國全体だって、同じことだと思う。いいコックスが日本を＃
＜Ｐ－０１１＞
正しい方へつれていくのさ。」＃
「いい整調が、りっぱに日本じゅうの足なみをそろえてくれる＃
にちがいないよ。」＃
「ピリピリ。」と、ふえが鳴って、ふいに一そうのボートが近づ＃
いてきた。＃
「あ、大学のボートだ。このあいだのレースで勝ったボートだ＃
よ。頼んで乘せてもらおう。」＃
子どもたちは、いっさんにボートの方へかけていった。　　＃
＜Ｐ－０１２＞
二　　めいめいの歌　　＃
丘の上　　＃
春がさって夏がくる。＃
たんぽぽのわた毛が遠くとんでいく日だ。＃
あげはのちょうが、まつのかげから舞っ＃
てでる。＃
まつの木では、きょうからせみが鳴きは＃
じめた。＃
まっさおな海は、太陽の下でわらってい＃
る。＃
＜Ｐ－０１３＞
休みもなく、はてしもなく、ゆるやか＃
にうつ波の声は、＃
われわれの心をあらうようにきこえる。＃
おりから、港の方でふえが鳴る。＃
ふえの音は、長くおをひいて消えていく。＃
ああ、われわれみんな、＃
遠い國から旅してきた旅人のような氣＃
持のする日だ。＃
丘の上の草にすわって、＃
いつまでも小鳥の鳴く声をきいていよ＃
う。＃
あれは、あわてもののほおじろだ。＃
＜Ｐ－０１４＞
あれは、元氣もののこがらだ。＃
あれは、この村のさみしがりやの小す＃
ずめだ。＃
小鳥たちはみんなめいめいの歌を歌う。＃
一つの太陽の下で、＃
みんながめいめいの歌を歌っている。＃
一つの太陽の下で、＃
せみも鳴き、ちょうも舞い、＃
まっさおな海もわらい、＃
たんぽぽのわた毛も遠くとんでいく。　　＃
唱歌　　＃
＜Ｐ－０１５＞
先生がオルガンをおひきになると、＃
オルガンのキイから、＃
赤い、＃
青い、＃
金色の、＃
ちがった形の小鳥が、＃
はばたいてでて、＃
くるくる、くるくる、＃
ぼくたちの頭の上を、まわりはじめる。＃
教室の高いところの窓ガラスが、一まいこわれていて、＃
やがて、小鳥たちは、＃
そこから遠い空へにげていった。　　＃
＜Ｐ－０１６＞
おかあさま　　＃
人の心の畑にさいた、いちばん美し＃
い花、＃
天と地にかがやくものの中で、＃
いちばん清らかな、すみきったたま、＃
それはおかあさまの愛です。＃
わたしをまもるためには、＃
どんな困難とも戰う、そのうで。＃
ひくく、かぼそい、おさな子のささ＃
やきも、＃
＜Ｐ－０１７＞
ききもらさない、その耳。＃
わたしのためには、＃
いばらの道をもふみわけたその足。＃
いま、わたしが知っているいいことと、＃
正しいことは、＃
おかあさま、＃
あなたの目から教えられました。＃
おかあさまの胸に、＃
わきあふれるなぐさめの泉に、＃
かなしみもいたみも、＃
あとなくぬぐわれます。＃
朝も、晝も、夜も、＃
＜Ｐ－０１８＞
流れやまぬ愛のしみずに、＃
うるおされ、やしなわれて、＃
のびていく命のわか葉。＃
わたしの幸福は、＃
おかあさまのえ顏から生まれます。　　＃
三　　二［にの］宮［みや］金［きん］次［じ］郎［ろう］　　＃
これから、私の調べた二宮金次郎のことをお話します。＃
＜Ｐ－０１９＞
二宮金次郎の生まれたところは、神［か］奈［な］川［がわ］縣［けん］のかやま村といっ＃
て、さかわ川にそった村です。＃
この村に、ぎんえもんという人がいました。働くことがすき＃
で、一代でりっぱな身代をこしらえました。＃
その子どもに、りえもんという人がありましたが、たいへん＃
情ぶかい人でした。村の人たちが困って頼みにくると、氣持よ＃
く、物をわけてやったり、お金をかしてやったりしました。こ＃
の人が金次郎の父親でした。＃
りえもんは、からだがよわくて、よく働けませんでした。そ＃
のうえ、さかわ川の大水で、田や畑をみんな流されたりしまし＃
たので、いつのまにかびんぼうになって、その日のくらしにも＃
困るようになりました。しかし、りえもんは、なんとかして、＃
＜Ｐ－０２０＞
からだをじょうぶにして、身代をもとのようにしたいものだと、＃
ほねをおっていました。＃
そういうときに、金次郎が生まれてきたのです。だから、金＃
次郎は、子どものとき＃
から、家の手つだいを＃
してよく働きました。＃
また、父親のすきなも＃
のを買うために、自分＃
でわらじを作って、お＃
金をもうけたりもしま＃
した。＃
金次郎が十二のころです。さかわ川のていぼう工事があって、＃
＜Ｐ－０２１＞
どの家からも、おとなの男の人が、毎日ひとりずつでて働くこ＃
とになりました。＃
そのとき、父親が病氣でねていましたので、金次郎が、その＃
かわりにでることになりました。金次郎は、年のわりにからだ＃
が大きかったし、働きつけているので、役にたたないことはあ＃
りませんでした。それどころか、ほかの人たちは休んだりむだ＃
話をしているのに、金次郎は、すこしも休まず働くので、かえっ＃
て、おとなよりもよけいに土や砂を運ぶほどでした。＃
しかし、なんといっても子どもです。しごとがじゅうぶんで＃
きないので、金次郎は、ほかの人たちにすまないと思いました。＃
そこで、金次郎はいいことを考えつきました。＃
毎晩、家に帰ってくると、晝まの働きでつかれきっていなが＃
＜Ｐ－０２２＞
ら、わらをたたいてわらじを作ることにしました。これを持っ＃
て、朝早く工事場へいきました。たくさんの人の中には、わら＃
じの切れている人もあります。＃
金次郎はわらじをさしだして＃
いいました。＃
「おじさん、これをはいてく＃
ださい。わたしがみなさん＃
のお役にたたないで、すみ＃
ません。どうかそのかわり＃
にはいてください。」＃
おとなの人たちはおどろい＃
て、すぐには受けてくれませ＃
＜Ｐ－０２３＞
んでしたが、おしまいには、喜んではいてくれました。＃
金次郎が十四のとき、父親がなくなりました。金次郎の下に＃
ふたりの弟がありました。いちばん下のは、そのとき二つでし＃
た。どんなに病氣がちでも、父親の生きているあいだは、みん＃
なはげましあって、どうにかこうにか切りぬけてきましたが、＃
いまはどうにもなりません。＃
母親は、金次郎と相談して、すえの子どもを親類にもらって＃
もらいました。＃
「ねえ、金次郎、これでわたしも、じゅうぶん働けますよ。」＃
元氣よくいった母親も、子どもをよそへやってから、夜になる＃
と、ため息ばかりついてねむれません。＃
「どうしたのです。おかあさん。」＃
＜Ｐ－０２４＞
「おちちがはって困るの。二三日したらなおると思うけれど。」＃
「おかあさん、とみちゃんを返してもらいましょう。ひとりぐ＃
らい育てるお金は、わたしが山へいって木を切ってきてもう＃
けますよ。」＃
金次郎は、自分の考えをくり＃
返し話して、母親にすすめました。＃
「そんなら、今夜いって、返し＃
てもらってきましょう。」＃
母親は、金次郎が、「もうおそ＃
いから。」というのに、その晩の＃
うちにいって、子どもをつれて＃
きました。そうして、＃
＜Ｐ－０２５＞
「どんなことがあっても、親子四人、わかれないようにしましょ＃
うね。」＃
といいあいました。＃
そのあくる日から、金次郎は、とりが鳴くと、まだ暗いうち＃
からおきて、遠い山へいって、しばをかったり木を切ったりし＃
て、村の人に買ってもらいました。そのお金は多くはありませ＃
んでしたが、四人が生きていくにはじゅうぶんでした。＃
夜になると、また、なわをなったりわらじを作ったりしまし＃
た。ふつうの子どもだったら、くたくたになってたおれるとこ＃
ろを、金次郎は、すこしもつかれたようすもなく、かえって、＃
その体格もりっぱになっていきました。＃
金次郎は、一さつの本をみつけました。それは「大学」といって、＃
＜Ｐ－０２６＞
かん文＃
で書い＃
たむず＃
かしい＃
本でし＃
た。そ＃
の一まいめをめくって、くり返しくり返し読んでみると、りっ＃
ぱな人になるためには、学問をしなくてはならないと書いてあ＃
りました。＃
金次郎は、それを読むとうれしくなり、いっしんに勉強がし＃
たくなりました。まきをとりに山へいく、そのいき帰りに、い＃
つもその本を手からはなさず、くり返しくり返し、大声で読み＃
＜Ｐ－０２７＞
ながら歩きました。＃
「あの子は、どうかしているのではないだろうか。」＃
村の人たちは、こう、うわさをしましたが、金次郎は耳にも＃
いれず、それを続けました。＃
お正月がくると、例年のことで、だいかぐらがまわってきま＃
した。たいこをたたいて、家から家へやってきます。百文はら＃
うと、おもしろい藝をしてみせてくれます。中には、正月だと＃
いうので、そのうえに十二文はずむ者もありましたが、金次郎＃
のうちでは、その十二文さえもありませんでした。そんなわず＃
かな金がないということはいえません。母親と相談して、戸を＃
しめきって、息をころして、だれもいないふうをしていました。＃
金次郎のうちは、こんなにもびんぼうでした。＃
＜Ｐ－０２８＞
ところで、そのつぎの年、母親が、四五日の病氣で死んでし＃
まいました。おまけに、さかわ川がまたあふれて、のこってい＃
たわずかの田や畑も、流されてしまいました。このとき、金次＃
郎はたった十六でした。＃
そこで、ふたりの弟は母親のさとに、金次郎は親類のまんべ＃
えさんのところに、あずけられることになりました。＃
いままででも、なまけたことのない金次郎でしたが、そこへ＃
いってからは、いよいよいっしょうけんめいに働きました。そ＃
のうえ、夜おそくこっそりと勉強を続けました。＃
夜の勉強には油がいります。その油を自分でとりたいと思い、＃
となりのおばさんから一にぎりのあぶらなの種をかりて、かわ＃
らへいって、あき地にまいておきました。あくる年の春、黄色＃
＜Ｐ－０２９＞
い花がさいて、たくさんの実がつきました。これを油にかえて、＃
本を読み続けました。＃
金次郎は、また、人がすてておいたいねのなえをひろって、＃
大水でいたんだ田の水たまりに植えてみました。すると、秋の＃
終りには、一ぴょうあまりの米を自＃
分のものにすることができました。＃
この一ぴょうをもとにして、困っ＃
ている人にかしてやったり、植える＃
ところをふやしていったりするうち＃
に、三年めには、二十ぴょうの米を＃
とることができました。＃
やがて、金次郎は、親類の家から＃
＜Ｐ－０３０＞
でて、もとの自分の家に帰り、一家をふたたびおこすことがで＃
きました。そればかりではありません。いろいろのことを身に＃
つけて、やがて、村をすくい、多くの人からうやまわれるよう＃
になりました。　　＃
四　　田園　　＃
春　　＃
紅梅・白梅みなちりはてて、　　＃
ひがんすぎれば風あたたかく、　　＃
＜Ｐ－０３１＞
木々のつぼみも草のめも、　　＃
日々に色づきふとりだす。　　＃
続くひよりにさくらがさいて、　　＃
野山をかざると、もも赤く　　＃
畑にさいて、れんぎょうは、　　＃
かきねを黄色にそめていく。　　＃
青い空にはかすみがこめて、　　＃
ひばりは朝から大うかれ。　　＃
えんどう・そらまめみな花つけて、　　＃
羽音高くみつばちがとぶ。　　＃
＜Ｐ－０３２＞
しとしとと降る春雨に、　　＃
やぶのたけのこすくすくのびて、　　＃
しずくすおうとででむしが、　　＃
つのをふりあげのぼりだす。　　＃
岸のやなぎのほわたがとんで、　　＃
麦のはしりほかがやく上を、　　＃
海こえてきたつばくろが、　　＃
すうい、すういととびまわる。　　＃
げんげがさいて、なの花ちって、　　＃
＜Ｐ－０３３＞
かきのわか葉に日の照るころは、　　＃
矢車からからこいのぼり、　　＃
村のわら屋の庭に立つ。　　＃
短か夜しらむを待ちかねて、　　＃
だいこんの花にあかつきの　　＃
色ただよえば勇ましく、　　＃
すき・くわ持って野にいそぐ。　　＃
夏　　＃
ほたる追う夜も重なって、　　＃
＜Ｐ－０３４＞
麦のとりいれことなくすめば、　　＃
はい色雲が空うちおおい、　　＃
青葉・わか葉に雨ふりそそぐ。　　＃
さなえ運ぶ子、うし追うおきな、　　＃
家内そろって田植えする。　　＃
きのうの畑は水田となって、　　＃
晩にはかえるが歌いだす。　　＃
つゆ晴れ空はみどりにすんで、　　＃
日ましに日ざしが強くなり、　　＃
いねはそだつし、あぜまめのびて、　　＃
＜Ｐ－０３５＞
ふくすず風に夕はん樂し。　　＃
空にくずれる雲のみね、　　＃
庭にかがやくひまわりの花、　　＃
あぶらぜみの声さわがしく、　　＃
晝の休みもあせがでる。　　＃
まばゆく光るいなずまに、　　＃
続いてひびくらいの音。　　＃
たきと落ちくる大ゆうだちに、　　＃
いまの暑さはどこへやら。　　＃
＜Ｐ－０３６＞
くわをかついで田をみまわれば、　　＃
日はまた照って水たっぷりと、　　＃
いねのかぶばりこのうえもなく、　　＃
秋のみのりも思われる。　　＃
ひと日のあせもおさまって、　　＃
夕風ふけばたいこ鳴り、　　＃
清い歌声あちこちと、　　＃
こよい樂しいぼんおどり。　　＃
秋　　＃
＜Ｐ－０３７＞
はぎの花ふく朝風も、　　＃
音さえすずしくなってきた。　　＃
さやまめ・とうきびよくみのり　　＃
いももふとってくるようす。　　＃
あまがき・しぶがき赤くなり、　　＃
くりもばらばら落ちだした。　　＃
こずえをかけるもずの音も、　　＃
すむ秋空によくひびく。　　＃
あぜに火とさくまんじゅしゃげ　　＃
庭にもえたつはげいとう。　　＃
＜Ｐ－０３８＞
続くひよりに勇みたち、　　＃
いねもことなくとりいれた。　　＃
きょうはうれしい豊年まつり。　　＃
村道に立つ大のぼり、　　＃
ゆききの人もえ顏して、　　＃
その足どりもいそいそと。　　＃
かきねににおうきんもくせい、　　＃
しとしとと降る秋雨に、　　＃
ちれば山にはまつたけが、　　＃
かおりも高くはえてくる。　　＃
＜Ｐ－０３９＞
かえでにうるし、はじの葉も、　　＃
赤く黄色く色づいて、　　＃
冬のしたくをとりいそぐ　　＃
村人の目をなぐさめる。　　＃
冬　　＃
おおむぎ・こむぎの種まきすんで、　　＃
そらまめ・えんどうみなまいた。　　＃
冬の用意もしだいに進み、　　＃
あとはもみすりするばかり。　　＃
＜Ｐ－０４０＞
山のもみじ葉みなちりはてて、　　＃
青くしげるはまつ・すぎ・ひのき。　　＃
夕ぐれ寒くふくこがらしは、　　＃
黄色くかれたくぬぎ葉鳴らす。　　＃
南にかたむく日につれて、　　＃
光はまともにえんにさす。　　＃
ほしたかぼちゃは赤やら黄やら、　　＃
にわとりどもはひなたぼこ。　　＃
はい色雲がたちこめて、　　＃
＜Ｐ－０４１＞
さとはしぐれがしとしと降るに、　　＃
ふもとの小屋はみぞれして、　　＃
うらの山には白雪つもる。　　＃
もちつきすませて、しめなわをはり、　　＃
一夜明ければうれしいはつ日。　　＃
廣場につどうたおとなりどうし、　　＃
え顏にほころびあいさつをする。　　＃
池にむすぶはうすごおり、　　＃
庭に立ったはしも柱。　　＃
学校へいそぐ子どもらの、　　＃
＜Ｐ－０４２＞
息はま白に舞いのぼる。　　＃
よべの大雪まだ降りやまぬ。　　＃
もうそうちくも重荷にたえず、　　＃
つばきの上にぽたぽた落す。　　＃
ことしも作はよいだろう。　　＃
ふきのとうでて、すいせんにおい、　　＃
うめもほころび、こちふけば、　　＃
春も目さきに近づいた。　　＃
どれ植えつけの用意をしよう。　　＃
＜Ｐ－０４３＞
五　　新しい出発　　＃
やりなおし　　＃
ようち園の卒業式がありました。＃
弟が卒業するので、私が、母にかわってでました。＃
正面のテーブルには、赤いうめの花をいけた、大きなかびん＃
がかざってありました。＃
ようち園の子どもたちは、そのまえにおとなしくこしかけて＃
います。＃
園長さんが、だんの上にお立ちになりました。＃
女の先生が、卒業する子どもの名をお読みあげになりました。＃
＜Ｐ－０４４＞
「はい。」「はい。」「はい。」＃
みんな元氣のいい返事をして立ちます。＃
それをみようと、父兄の人たちは、自分の席で立ちあがりま＃
す。子どもと父兄と、いっしょに呼ばれているようです。＃
みんな読みあげられてから、おめんじょうをいただくことに＃
なりました。＃
総代の名が、ひときわ高く呼ばれました。＃
弟の名でした。＃
私は、自分が呼ばれたような氣がしました。＃
弟は、すこし大またで四歩ほどまえに進みました。＃
そうして、園長さんのまえに向いたとき、＃
＜Ｐ－０４５＞
「あ、まちがった。」＃
と、大声でいいました。＃
弟は、さっさともとの自分の席にもどり、そこからでなおし＃
て進みました。＃
こんどはまちがいませんでした。＃
園長さんのまえにでて、だんをあがり、＃
両手をずっとさしのべて、おめんじょうをいただいて、＃
ささげ持つようにしながら、席に着きました。＃
私はほっとしました。＃
そうして、弟の心持を頼もしく思いました。＃
すこしぐらいのことだからといって、ごまかさなかった弟よ。＃
大ぜいの目のまえで、＃
＜Ｐ－０４６＞
「あ、まちがった。」＃
とさけんだ弟よ。＃
まちがったとき、思いきってやりなおした、その勇氣を頼も＃
しく思いました。　　＃
じゃがいもをつくりに　　＃
じゃがいもをみると、ぼくは、北［ほつ］海［かい］道［どう］のいな＃
かを思いだす。＃
みわたすかぎりのじゃがいも畑のうねの向こ＃
うに、＃
いつもぽっかりとういていたえぞ富［ふ］士［じ］。＃
あの山のすがたが、小さいころのことを、い＃
＜Ｐ－０４７＞
ろいろと思いださせる。＃
ぼくが津［つ］軽［がる］海［かい］峽［きよう］をこえて内地にきたのは、＃
ぼくの二年生のときだった。＃
津軽海峽の海の水が、こいみどり色にゆれて、＃
ぼくは、船のかんぱんに、おかあさんとふたりで立っていた。＃
北海道の家には、うしが四頭いた。＃
みんなちちうしで、ぼくによくなれていた。＃
うちではバターもつくったし、＃
こむぎこで、おいしい、やわらかいパンもやいた。＃
おかあさんがパンをやくそばで、＃
ぼくは、いつも本を読んでいた。＃
＜Ｐ－０４８＞
ぼくのいすは、小さなゆりいす＃
で、＃
その下に、いつもかいねこのメ＃
リーがいた。＃
アカシヤの花が風にゆれ、＃
畑では、いちごがでさかりだっ＃
た。＃
おとうさん、＃
ぼくは、大きくなったら、また、＃
おかあさんといっしょに北海道＃
へいきます。＃
＜Ｐ－０４９＞
北海道へいって、じゃがいもをつくります。＃
それから、えんばくもつくります。＃
ぼくは、おとうさんと同じように、ちちうしをかって、＃
自分でバターをつくります。＃
やぎもかいます。＃
やぎ小屋のまわりには、お＃
かあさんのおすきなライラッ＃
クを植えましょう。＃
おとうさんに、負けない＃
ように働きます。＃
日本のこくぐらは、北海道だといいます。＃
＜Ｐ－０５０＞
さっぽろに農学校をつくられたクラーク先生もおっしゃった。＃
「青年よ、大きな望みをもて。」＃
ぼくは、大きくなったら、どうしても北海道へいこうと思う。＃
北海道へじゃがいもをつくりにいこう。＃
おかあさんをおつれして。＃
デンマルクの農業のことを勉強して、＃
ぼくは、いい農夫になろう。　　＃
＜Ｐ－０５１＞
六　　雨の中　　＃
ゆうべからの大あらしは、けさになって＃
もまだ続いていた。庭のあさがおの花は、＃
みんなふきちぎられ、へちまの葉は、みん＃
な下向きになってしまった。＃
私は、かさをさして電車の停留所までで＃
かけた。しかし、風がはげしいので、すぐ＃
かさをつぼめてしまった。雨にうたれなが＃
ら、電車のくるのを待っていた。電車は、＃
くるにはくるが、みな満員の札をさげて、＃
＜Ｐ－０５２＞
とまらずに走っていってしまう。＃
やっと一台の電車がとまった。あふれそうな乘客にまじって、＃
どうやら乘車口へもぐりこむことができた。車内はむし暑いう＃
えに、おたがいがぬれたからだで、おしたりおされたりしなけ＃
ればならなかった。＃
だれかのかさのしずくが、私のくつの上にぽたぽたと落ちて＃
きたりした。けれども、その足も動かすことはできなかった。＃
電車は、歯ぎしりでもするように車の音をたてて、あらしの＃
中をつき進んでいく。一停留所ごとに、おりる人と乘る人とが＃
もみくちゃになった。しゃしょうさんは、＃
「あんまり乘らないでください、満員ですから。」＃
と、声をかけた。＃
＜Ｐ－０５３＞
「そんなにぶらさがっちゃ、電車は動けませんよ。」＃
とさけんだ。＃
大きな声だが、雨や風の音のために、乘客の耳にきこえそう＃
もない。乘客はおたがいにおしあって、しゃしょう台までいっ＃
ぱいになってしまった。そのとき、しゃしょうさんは、＃
「電車もなみだをこぼしています。そんなにおさないでくださ＃
い。」＃
といった。＃
そのことばをきいて、そこらの乘客は思わずほおえんだ。い＃
ままで、ひどくとげとげした心でおしあっていた人たちも、きゅ＃
うになごやかな氣持になった。＃
＜Ｐ－０５４＞
このごろ、電車の中に、つぎのようなひょう語がかかげられ＃
ているのをみた。＃
「入口ふさがず乘ったら中へ。」＃
「え顏の入口、感謝の出口。」＃
「つり皮あけずに中ほどへ。」＃
「おたがいにつめて、座席にもうひとり。」＃
「ゆずられたときの氣持でゆずりましょう。」＃
どれもみなうまいことばだ。けれども、私は、「電車もなみだ＃
をこぼしています。」といった、しゃしょうさんのことばをわす＃
れることができない。　　＃
＜Ｐ－０５５＞
七　　一つ一つつづろ　　＃
ことばははねる、　　＃
つまめばにげる。　　＃
てんとうむしのように、　　＃
みずすましのように、　　＃
一つ一つはねる。　　＃
ことばはひびく、　　＃
あしの葉のふえよ。　　＃
すずむし、小むし、　　＃
＜Ｐ－０５６＞
チックタック時計、　　＃
一つ一つひびく。　　＃
ことばは光る、　　＃
プリズムのかげよ。　　＃
花火やほたる、　　＃
とんぼの目だま、　　＃
一つ一つ光る。　　＃
ことばはかおる。　　＃
べにばら野ばら、　　＃
さんしょの木のめ、　　＃
＜Ｐ－０５７＞
めやぎのおちち、　　＃
一つ一つかおる。　　＃
ことばはしみる。　　＃
はちみつやいちご、　　＃
青うめ・わさび、　　＃
にがい、にがいくすり、　　＃
一つ一つしみる。　　＃
ことばをつづろ。　　＃
じゅずだま・むくろんじ、　　＃
赤い、赤いつばき、　　＃
＜Ｐ－０５８＞
げんげの花わ、　　＃
一つ一つつづろ。　　＃
八　　いいにくいことば　　＃
「ナマムギ、ナガゴメ、ナガタマゴ。」＃
「ナマムギ、ナマモメ、ナマタマゴ。」＃
いくどもくり返しているうちに、太［た］郎［ろう］は、＃
「なまむぎ、なまごめ、なまたまご。」＃
と、早口にすらすらといえるようになった。＃
太郎は得意になって、＃
「おとうさん、こんないいにくいことばは、＃
＜Ｐ－０５９＞
ほかにないでしょう。」＃
というと、父はにこにこわらいながら、＃
「おとうさんは、もっといいにくいことばを知っているよ。」＃
と答えた。＃
「なんということばですか。」＃
「『はい』ということばと、『いいえ』ということばだ。」＃
「『はい』『いいえ』、やさしいことばではありませんか。」＃
「やさしいようだが、なかなかいいにくいことばだよ。」＃
あくる日、太郎は、友だちの正［まさ］男［お］と一［かず］雄［お］と三人づれで、学校＃
から帰るときのことであった。＃
「本道は遠いから、近道をしょう。」＃
と、正男がいうと、一雄はすぐ賛成した。その近道というのは、＃
＜Ｐ－０６０＞
田のあぜ道で、とちゅうに、＃
かなり深い小川にかけ渡した＃
一本橋がある。太郎は、まえ＃
から父に、「あの橋はあぶない＃
から、けっして渡ってはいけ＃
ない。」とかたくとめられてい＃
たのである。が、いま、友だ＃
ちからすすめられて、ことわ＃
りかねてしまった。そうして、＃
いっしょにその一本橋を渡り＃
だした。すると、橋はまん中＃
からおれて、三人は、川の中＃
＜Ｐ－０６１＞
へドブンと落ちこんだ。さいわい近くの田で働いていた村の人＃
たちに助けられて、みんな、ぬれねずみのようになって家に帰っ＃
た。＃
父は、＃
「おまえはどうしたのだ。まえからあぶないといっておいた、＃
あの橋を渡ったのではないかね。」＃
とたずねた。しかし、太郎はだまっていた。＃
その夜、また父にきびしくただされて、太郎は、やっときょ＃
うのことを、ありのままにうちあけた。＃
父は、＃
「なぜ、そのとき、『ぼくは、とめられているから渡らない。』と、＃
きっぱりことわらなかったのか。」＃
＜Ｐ－０６２＞
とせめた。＃
「はじめ、ぼくがことわると、よわ虫だといってわらうのです。＃
ぼくはくやしくなったので、なに、このくらいのことがこわ＃
いものかと、自分からさきになって渡ってしまったのです。」＃
「なるほど、よわ虫だ。人のいうことに『いいえ』といいきるには、＃
ほんとうの勇氣がいる。おまえのようなよわ虫には、ひょっ＃
とすると命を失うようなあぶないときでも、いいだすことの＃
できないほど、『いいえ』ということばはいいにくいのだ。それ＃
から、また、このことをたずねたとき、なぜすなおに『はい』と＃
いわなかったのだね。」＃
「なんだか氣まりがわるくて、そういえなかったのです。」＃
「それ、ごらん。『はい』もいいにくいことばではないか。」　　＃
＜Ｐ－０６３＞
九　　父の看病　　＃
（一）　　＃
雨の降っている三月のある朝、いなかの人ら＃
しいひとりの少年が、どろまみれにぐっしょ＃
りとぬれて、わきの下に着物の包みをかかえながら、ナポリの＃
大きな病院の門ばんのまえへいって、一通の手紙をみせ、父親＃
をたずねました。少年は、色のあさ黒い、おも長な顏で、考え＃
ぶかそうな目をしていました。＃
少年は、ナポリの近くにある村からきたのでした。少年の父＃
親というのは、去年、しごとをさがしにフランスへいったので＃
＜Ｐ－０６４＞
すが、数日まえ、イタリアへ帰ってきて、ナポリに上陸しまし＃
た。ところが、にわかに病氣にかかって入院したので、家族の＃
者にかんたん＃
な手紙を書い＃
て、帰ったこ＃
とと、病院に＃
はいったこと＃
を知らせまし＃
た。母親は、＃
その知らせをみるとがっかりしましたが、自分はちのみ子もあっ＃
て、家をあけることができないので、長男にいくらかのお金を＃
持たせ、父親の看病のために、ナポリへよこしたのでした。＃
＜Ｐ－０６５＞
門ばんは、その手紙をひと目みてから、看護人を呼んで、少＃
年をその父親のところへつれていくようにといいました。＃
「おとうさんの名はなんというの。」＃
と、看護人がききました。＃
少年は、もしやわるい知らせをききはしまいかと、おそろし＃
さにふるえながら、その名をいいました。しかし看護人は、そ＃
ういう名を思いだせませんでした。＃
「年よりのでかせぎ人ですか、外國から帰ってきた――」＃
と、看護人がききました。＃
「そうです。でかせぎ人です。」＃
と、少年は、ますます不安をおぼえながら答えました。＃
「そんなに年よりではないのですが、外國から帰ってきたので＃
＜Ｐ－０６６＞
す。」＃
「いつ入院したのですか。」＃
「五日ほどまえだと思います。」＃
看護人は、しばらく考えていましたが、ふと思いだしたよう＃
に、＃
「じゃあ、第四号室のいちばん向こうのベッドだ。」＃
といいました。＃
「たいへんわるいのでしょうか。どうなんでしょうか。」＃
と、少年は心配そうにききました。＃
看護人は、少年をながめて、それには答えないで、ただ、＃
「わたしについておいで。」＃
といっただけでした。＃
＜Ｐ－０６７＞
ふたりは、はしごだんをのぼって、長いろうかのはずれまで＃
歩いていきました。そうして、大＃
きなへやの、開いたドアのまえま＃
できますと、その中にはベッドが二＃
列にならんでいました。＃
「おいで。」＃
と、看護人は、くり返しながら、＃
中へはいりました。＃
少年は、勇氣をふるいおこして、＃
その後からついていきながら、お＃
どおどした目を右に左に向けて、青ざめた、やせこけた顏をし＃
ている病人たちをみまわしました。＃
＜Ｐ－０６８＞
中には、死人のようにみえる者もあれば、びっくりでもした＃
ように、大きくみ開いた目をあけて、じっと空間をみつめてい＃
る者もありました。また、子どものようにうなっている者もあ＃
りました。大きなへやはうす暗く、あたりにははげしいくすり＃
のにおいがただよっていました。看護婦がふたり、手にくすり＃
びんを持って、へやを歩きまわっていました。＃
その大きなへやのはしまでいくと、看護人は、一つのベッド＃
の頭の方に立ちどまって、カーテンをあけて、＃
「これが、きみのおとうさんですよ。」＃
といいました。　　＃
（二）　　＃
＜Ｐ－０６９＞
少年は包みを下におくと、頭を病人のかたのところへさげて、＃
一方の手で、ふとんの上におかれたまま動かずにいる、うでを＃
つかみました。病人は動きま＃
せんでした。＃
少年は、身をおこして父親＃
の方をみました。すると、か＃
なしくなってなきだしました。＃
病人はしげしげと少年をみつ＃
めて、いくらかわかったよう＃
でしたが、くちびるは動きま＃
せんでした。こうもかわればかわるものか――これが父親であ＃
ろうとは、とても思われませんでした。かみの毛は白くなり、＃
＜Ｐ－０７０＞
ひげはのび、顏ははれあがってどんより赤く、ひふははち切れ＃
そうになっていました。ただ、ひたいと弓形をしたまゆとのほ＃
かには、どこといって父親らしいところはありませんでした。＃
息をつくのもやっとのようでした。＃
「おとうさん、おとうさん。」＃
と、少年はいいました。＃
「ぼくですよ。わかりませんか。チチロですよ。チチロがいな＃
かからでてきたんですよ。おかあさんがよこしたんです。よ＃
くみてください。ぼくがわかりませんか。なんとかひとこと＃
いってください。」＃
けれども、病人は、いっしんに少年をみつめたあとで、目を＃
閉じました。＃
＜Ｐ－０７１＞
「おとうさん、おとうさん。いったい、どうしたんですか。ぼ＃
くは、おとうさんの子どもですよ。おとうさんの子どものチ＃
チロですよ。」＃
病人は、身動きもしないで、苦しそうに息を続けていました。＃
少年は、いすをひきよせて、目を父親の顏からはなさないで、＃
こしをおろして待っていました。＃
「いまに、お医者さんがみにきてくださるだろう。」＃
と、少年は考えました。＃
「そうすれば、おとうさんのようすもなんとかわかるだろう。」＃
少年は、かなしい思いにしずみながら、やさしい父親のこと＃
をいろいろと思い返していました。＃
去年、みおくっていって、最後に船の上でわかれを告げたこ＃
＜Ｐ－０７２＞
とや、家族の者が、その旅に樂しい希望をかけていたことや、＃
手紙の着いたときに、母親がどんなにか力をおとしたことなど＃
――それからそれへと、いろいろ考えました。そのとき、少年＃
は、かるい手がふとかたにさわったので、びっくりしてとびあ＃
がりました。それは看護婦でした。＃
「ぼくの父はどうしたんでしょう。」＃
と、少年は口早にききました。＃
「このかた、あなたのおとうさんですか。」＃
と、看護婦はやさしくいいました。＃
「そうです。それでぼくがきたのですが、どこがわるいのでしょ＃
う。」＃
「心配しないでいらっしゃい。先生が、いまじきにおいでにな＃
＜Ｐ－０７３＞
りますからね。」＃
看護婦は、ほかにはなんにもいわずにいってしまいました。＃
半時間ばかりたつと、ベルの鳴る音がきこえました。みると、＃
医者が、ひとりの助手をつれて、へやの向こうのはしにはいっ＃
てきました。さっきの看護婦と、もうひとりの看護人とがつい＃
ていました。＃
その人たちは、しんさつをはじめて、一つ一つのベッドのそ＃
ばに立ちどまりました。待っているそのあいだが、少年にはた＃
いへん長く思われました。医者がすぐそばのベッドまできまし＃
た。医者は、せいの高い、すこしかがんだ、まじめな顏をした＃
老人でした。医者が、まだとなりのベッドをはなれないうちに、＃
少年は立ちあがりました。＃
＜Ｐ－０７４＞
医者は少年をみました。＃
「このかたは、この病人のむすこさんです。きょう、いなかか＃
らきたのでございます。」＃
と、看護婦がいいました。＃
医者は、手を少年のかたにか＃
けました。それから、病人の上＃
にかがんで、みゃくをみたり、＃
ひたいにさわってみたりして、＃
そうして、二こと三こと看護婦＃
にたずねました。＃
「べつにかわりはございません。」＃
と、看護婦は答えました。すると、医者はちょっと考えてから、＃
＜Ｐ－０７５＞
こういいました。＃
「いままでどおりのてあてを続けなさい。」＃
そのとき、少年は、勇氣をふるいおこしてたずねました。＃
「ぼくの父はどうしたのでしょう。」＃
「心配しないでおいで。」＃
と、医者は、もう一ど少年のかたに手をかけながら答えました。＃
「たんどくが顏にでたのです。だいぶんわるいけれど、まだ望＃
みがある。氣をつけておあげなさい。きみがいれば、きっと＃
よくなるから。」＃
「けれど、ぼくってことがわからないんです。」＃
「どうかよくしたいものだ。力をおとさずにいるがいいよ。」＃
少年は、もっとなにかききたかったが、いえませんでした。＃
＜Ｐ－０７６＞
医者はいってしまいました。そこで、少年は看病にかかりまし＃
た。が、ほかになにといってすることもできませんでしたから、＃
病人のふとんをなおしたり、ときどきその手にさわってみたり、＃
はいを追ったり、うなるたびごとにかがんでみたり、そうして、＃
看護婦がなにか飲み物を持ってくると、コップなりさじなりを＃
その手から取って、看護婦にかわってそれを飲ませたりしまし＃
た。病人は、ときどき少年の方をみましたが、わかったような＃
ようすはしませんでした。でも、ハンカチを目にあてていると＃
きには、じっとみつめていました。こうして第一日はすぎまし＃
た。＃
夜になると、少年は、へやのすみにいすを二つならべて、そ＃
の上でねむりました。＃
＜Ｐ－０７７＞
そうして、朝になると、また看病をはじめました。その日は、＃
病人の目つきが、いくらかわかりかけでもしたようにみえまし＃
た。少年のいたわるような声のひびきをきくと、感謝するよう＃
な色が、そのひとみに、ちょっとのあいだうかぶようにみえま＃
した。そうして、なにかいおうとでもするように、すこしくち＃
びるを動かしました。＃
ちょいちょいとねむったあとでは、目を開いたときに、その＃
小さな看護人をさがすようにみえました。医者は二どきてみて、＃
いくらかよくなったように思うといいました。夕がた、コップ＃
を病人の口もとにつけたときに、少年はそのふくれあがった顏＃
の上に、きわめてかすかなほおえみがうかんだのをみたような＃
氣がしました。そこで、少年は、自分をなぐさめて望みをかけ＃
＜Ｐ－０７８＞
はじめました。少なくとも、いくらかわかるであろうと思うと、＃
いろいろのことを――母親のことや、妹たちのことや、父親の＃
帰りを待ちこがれていたことなどを――それからそれへと長々＃
と話しかけて、そうして、あたたかい愛情のこもったことばで、＃
しっかりするようにと病人をはげましました。たとえわからな＃
かったとしても、病人がなんだかうれしそうにその話す声に―＃
―愛情とかなしみとのまじりあった、しみじみとしたそのちょ＃
うしに、じっと耳をかたむけているようにみえたからです。＃
そうして、二日めも、三日めも、四日めもすぎました。すこ＃
しよくなるかと思えば、思いがけなくまたわるくなったりで、＃
少年は看病にいっしょうけんめいになっていました。一日に二＃
ど、看護婦が持ってきてくれる、すこしばかりのパンとチーズ＃
＜Ｐ－０７９＞
も、ほとんどたべませんでした。＃
少年は、父親のちょっとしたため息にも、ちょっとした目つ＃
きにも、ふるえながら氣をも＃
んで、心を休めるような希望＃
と、胸をこおらせるような失＃
望とのあいだで、たえずはら＃
はらしていました。＃
ところが、五日めに、病人＃
はにわかにわるくなりました。＃
医者は、まったくだめだとい＃
わんばかりに頭をふりました。少年は、いすにぐったりと身を＃
落して、すすりなきしました。が、ただ一つ、少年をなぐさめ＃
＜Ｐ－０８０＞
ることがありました。それは、ようだいがわるくなったにもか＃
かわらず、病人が、しだいに、すこしずつものがわかりかける＃
ようにみえたことです。病人は、だんだんしっかりした目を少＃
年の上にすえて、うれしそうな色を顏にうかべながら、飲み物＃
やくすりを、少年の手からでなければ飲まないようになりまし＃
た。また、なにかものをいおうとでもしているように、いくど＃
もいくども、むりにくちびるを動かそうとしました。それが、＃
ときにはいかにもはっきりとしましたので、少年は希望に力づ＃
けられながら、いきなり病人のうでをつかんで、＃
「おとうさん、しっかりするんですよ。しっかりするんですよ。＃
もうすこしのあいだですから。」＃
といって力づけました。　　＃
＜Ｐ－０８１＞
（三）　　＃
その日の午後四時ごろでした。ちょうど、少年がそういうは＃
かない希望をもって、いっしんに看護していたときでした。そ＃
のへやのすぐそばの、ドアのそとに足音がきこえて、やがて、＃
「さようなら、看護婦さん。」という声がきこえました。少年は、＃
思わずはっととびあがりました。のどまででかけたさけびを、＃
じっとおさえながら。＃
みると、一方の手にあつくほうたいをしたひとりの男が、看＃
護婦に送られながら、そのへやにはいってきました。＃
少年は、するどいさけびをあげて、その場に立ちすくみまし＃
た。男はみまわして、ひと目少年をみると、こんどはかれがさ＃
＜Ｐ－０８２＞
けびを発しました。＃
「チチロ。」＃
男はそういって、少年の方＃
へとんできました。＃
少年は、父親のうでの中に＃
たおれましたが、胸がせまっ＃
て息もつけませんでした。＃
看護婦や、看護人や、助手＃
がかけよってきました。＃
少年は、まだ声をだすこと＃
ができませんでした。＃
「おお、チチロ。」＃
＜Ｐ－０８３＞
と、父親は、じっと病人の方をみつめたあとで、いくども少年＃
にほおずりしてからいいました。＃
「チチロ、これはいったいどうしたのだ。おまえはべつの人の＃
ところへつれていかれたのだな。わたしはまた、おかあさんか＃
ら、『チチロをやりました。』って手紙がきたきり、おまえがこ＃
ないから、どんなにがっかりしていたかわからないよ。これ、＃
チチロ。いく日おまえはここにいたのだね。どうしてこんな＃
まちがいがおこったのだろう。わたしは、これこのとおり、＃
すっかりじょうぶになったよ。それで、おかあさんはどうし＃
ているの。それから、コンセテラは、それから、あかんぼう＃
は――みんなどうしている。わたしは、いま退院するところ＃
だ。さあ、いこう。まあ、ほんとうに思いがけないこともあ＃
＜Ｐ－０８４＞
るものだ。」＃
少年は二こと三ことことばをはさんで、家族のようすを話そ＃
うとしましたが、＃
「ほんとうに、ぼく、うれしい。」＃
とだけ、やっといいました。＃
「さあ、いこう。晩には家に着けるから。」＃
父親は、少年を自分の方へひっぱりました。＃
少年はふり返って、病人の方をみました。＃
「さあ、いくのか、いかないのかね。」＃
と、父親はあきれてうながしました。＃
少年は、また、病人の方をながめました。病人は、そのとき、＃
目を開いて、じっと少年をみつめました。＃
＜Ｐ－０８５＞
すると、少年のたましいのそこから、どっとことばがほとば＃
しりでました。＃
「いいえ、おとうさん。待ってください。ぼく、いけないんで＃
す。ここにあのおじさんがいます。ぼく、ここに五日のあい＃
だいました。おじさんは、いつでもぼくをみています。ぼく、＃
あの人におくすりを飲ませてあげるのです。いつも、ぼくが＃
そばにいないといけないのです。あの人、いま、ひどくわる＃
いんですから、ゆるしてください。ぼく、とても思いきれな＃
いんです。ぼく、あしたうちへ帰りますから、もうすこしこ＃
こにいさせてください。ほら、あんなにぼくをみています。＃
どうか、ここにいさせてください。ねえ、おとうさん。」＃
父親は、じっと少年をみつめていましたが、やがてまた、病＃
＜Ｐ－０８６＞
人の方をみました。＃
「だれですか、あの人は。」＃
と、父親はたずねました。＃
「あなたと同じように、いなかのかたですがね。」＃
と、看護人が答えました。＃
「やはり外國から帰ったばかりで、ちょうどあなたが入院した＃
と同じ日に、入院したんです。ここへつれてきたときには、＃
もうすっかりわけがわからなくなっていて、口もきけなかっ＃
たのですよ。たぶん、遠いところに家族があるのでしょう。＃
どうやら、あなたのむすこさんと同じ年ぐらいのむすこがい＃
るらしく、自分のむすこだと思いこんでいるようすですよ。」＃
病人は、やはりじっと少年の方をみていました。＃
＜Ｐ－０８７＞
父親はチチロにいいました。＃
「じゃあ、ここにおいで。」＃
「もういくらもいなくてもいいでしょう。」＃
と、また、看護人が小声でいいました。＃
「わたしは、これからすぐにうちへ帰って、おかあさんを安心＃
させてあげよう。じゃあ、ここに二円だけおいていくから、＃
こづかいにしなさい。さようなら。じきまたあえるね。」＃
父親はそういってでていきました。　　＃
（四）　　＃
少年がベッドのそばのもとの場所に帰ると、病人はほっとし＃
たようにみえました。で、チチロはまた看護をはじめました。＃
＜Ｐ－０８８＞
その熱心とそのしんぼう強さとは、まえとすこしもかわりませ＃
んでした。チチロはまた、病人に飲み物を飲ませたり、ふとん＃
をなおしたり、手をさすったり、やさしく話しかけたり、しっ＃
かりするようにとはげましたりしました。その日も、その晩も、＃
ずっとつきそっていました。そのつぎの日も、一日ずっとそば＃
にいました。しかし、病人はますますわるくなるばかりでした。＃
顏はむらさき色になり、呼吸はいよいよ困難になりました。夕＃
がたの回しんのときに、医者は、「今夜はもうだめかもしれない。」＃
といいました。そこで、チチロは、いよいよよくせわをして、＃
ちょっとのまも、目を病人からはなしませんでした。病人はし＃
げしげと少年をみつめながら、ときどきむりにくちびるを動か＃
して、なにかものをいいたげにしました。また、やさしい色が＃
＜Ｐ－０８９＞
その目にうかぶこともありましたが、それも、だんだん小さく、＃
しだいに暗くなっていきました。＃
その晩、少年は夜どおしそばについて、病人をみまもってい＃
ました。あかつきの光が窓から白くさしこんできたとき、医者＃
が、看護婦と看護人をつれてはいってきました。＃
「いよいよりんじゅうだ。」＃
と、医者はいいました。＃
少年は病人の手をにぎりました。病人は、目を開いて少年を＃
じっとみて、そうして、また目を閉じました。＃
そのとき、少年は、病人が自分の手をにぎりしめたような氣＃
がしました。＃
「ぼくの手をにぎった。」＃
＜Ｐ－０９０＞
と、少年はさけびました。＃
医者は、病人の上にしばらくのあいだうつむいていましたが、＃
やがてからだをまっすぐに立てました。看護婦が十字かぞうを＃
かべからはずしました。＃
「死んでしまった。」＃
と、少年はさけびました。＃
「さあ、お帰り。」＃
と、医者はいいました。＃
「きみの看病はすんだ。帰ってしあわせにおくらし。ほんとう＃
に感心な子だ。神さまがきみをまもってくださるだろう。さ＃
ようなら。」＃
そのうちに、ちょっとわきのほうにいっていた看護婦が、小＃
＜Ｐ－０９１＞
さなすみれの花たばを、ベッド＃
の上のコップの中から取ってき＃
ました。そうして、それを少年＃
に渡しながらいいました。＃
「ほかになにもあげるものがあ＃
りません。これを病院の記念＃
に持っていらっしゃい。」＃
「ありがとう。」＃
と、少年はいって、一方の手で＃
花たばを取りながら、一方の手＃
で目をふきました。＃
「だけど、ぼく、遠い道を歩い＃
＜Ｐ－０９２＞
ていくんですから、しぼんでしまいます。」＃
そういって、すみれをベッド＃
の上にちらしながら、＃
「ぼく、記念に、この死んだ人＃
にのこしていきます。看護婦＃
さんありがとう。お医者さん、＃
ありがとう。」＃
そこで死人の方へ向いて、＃
「さようなら。」＃
といって、名をなんと呼ぼうかと思っているうち、五日のあい＃
だ呼びなれていた名が、しぜんと口にのぼってきました。＃
「さようなら、おとうさん。」＃
＜Ｐ－０９３＞
そういって、少年は、その小さな着物の包みを小わきにかか＃
えました。＃
夜は明けかけていました。　　＃
