＜出典＞６５３　　　国定読本　６期５－３
＜Ｐ－００２＞
もくろく　　＃
一　　小さな行………四　　＃
二　　写生………十三　　＃
三　　わたしの民ちゃん………二十三　　＃
四　　光を求めて………三十一　　＃
＜Ｐ－００３＞
五　　人形しばい………四十三　　＃
六　　傳説………五十五　　＃
七　　みえない力………六十四　　＃
八　　雪まろげ………七十　　＃
九　　テニス………七十七　　＃
十　　ことばのはたらき………八十七　　＃
十一　　ある写眞帳………九十六　　＃
＜Ｐ－００４＞
一　　小さな行　　＃
コロンブスのたまご　　＃
コロンブスがアメリカを発見＃
して帰ったとき、イスパニア人＃
はたいへん喜びました。＃
ある日、祝賀会の席で、人々＃
がかわるがわる立ってコロンブ＃
スの成功を祝しますと、ひとり＃
の男が、＃
「大洋を西へ西へと航海して陸＃
＜Ｐ－００５＞
地にであったのが、それほどの手がらだろうか。」＃
といってあざわらいました。＃
これをきいたコロンブスは、つと立って、テーブルの上のゆ＃
でたまごをとり、＃
「みなさん、こころみにこのたまごをテーブルの上に立ててご＃
らんなさい。」＃
といいました。＃
人々は、なんのためにこんなことをいいだしたのかと思いな＃
がらやってみましたが、もとより立とうはずがありません。こ＃
のときコロンブスは、コツンとたまごのはしをテーブルにうち＃
つけて、なんの苦もなく立てていいました。＃
「みなさん、これも人のしたあとでは、なんのぞうさもないこ＃
＜Ｐ－００６＞
とでございましょう。」　　＃
やまぶきの一枝　　＃
ある日、太［おお］田［た］道［どう］潅［かん］は、たかが＃
りにでかけました。すると、に＃
わか雨が降りだしたので、近く＃
の家をたずねて雨具をかりるこ＃
とにしました。＃
「もしもし。」＃
こういって戸をたたきますと、＃
おくからひとりの少女がでてき＃
ましたので、＃
＜Ｐ－００７＞
「雨で困っております。雨具をかりたいのですが。」＃
とたのみました。少女はなにを思ったのか、ふと庭さきにさい＃
ていた黄色なやまぶきの一枝をおってきて、それをしずかにさ＃
しだしました。＃
道潅は、その花の枝を手にはしましたが、なんのことだかそ＃
の意味がわかりません。少女とやまぶきの花とをみくらべるば＃
かりでした。＃
それからのちになって、道潅は少女の心がわかりました。＃
それは、＃
「七重八重花はさけどもやまぶきのみのひとつだになきぞ悲し＃
き」＃
という古歌に、少女の思いをたくしたものでありました。　　＃
＜Ｐ－００８＞
はた織り　　＃
孟［もう］子［し］がまだ子どものころでした。＃
家をはなれて勉強にでかけていましたが、ある日のこと、母＃
親がなつかしくなり、会いたくなったので、学校から家へもどっ＃
てきました。＃
「おかあさん。」＃
といって、母のそばへかけよりました。そのとき、母ははたを＃
織っていましたが、孟子の顏をみると、つと立って、そばにあっ＃
た小がたなをとりあげました。＃
孟子がびっくりしていると、母は、いままでたんねんに織り＃
続けていたぬのを、小がたなでたち切ってしまいました。＃
＜Ｐ－００９＞
孟子はおどろいて、＃
「おかあさん、どうなさったの＃
ですか。」＃
とたずねますと、母は、＃
「おまえが学問のちゅうとで家＃
に帰ってくるのは、ちょうど、＃
織物をちゅうとでたち切るの＃
と同じことです。」＃
といいました。　　＃
ガラスのかけら　　＃
ある町角の廣場で、ひとりのみすぼらしい身なりをした老人＃
＜Ｐ－０１０＞
が、道路をうろうろとみまわしながら、な＃
にかさがしては、それをひろってポケット＃
にいれていました。＃
そのようすをみていたじゅんさが、老人＃
のそばによってきて、＃
「なにをひろっているのですか。」＃
とたずねました。＃
すると、老人は、ほおえみながらポケッ＃
トに手をいれましたが、とりだしてみせた＃
ものは、ガラスのかけらばかりでした。＃
じゅんさは、＃
「こんなものをひろって、どうするのです＃
＜Ｐ－０１１＞
か。」＃
とききました。すると、老人は廣場の方を指さして、＃
「あの廣場で遊んでいる子どもたちをごらんなさい。くつをは＃
いている子どもはひとりもいません。もしけがでもしてはか＃
わいそうですからね。」＃
と答えました。＃
この老人は、ペスタロッチという人でした。　　＃
書物　　＃
リビングストンが南アフリカを探けんしていたときの話です。＃
ある日、リビングストンが木かげで書物を読んでいました。＃
それをみた土人のひとりが、書物というものはなにかすばらし＃
＜Ｐ－０１２＞
い力をもっているものだと考えました。＃
そこで、リビングストンがちょっとそとにでかけたるすにやっ＃
てきて、その書物を手にとりました。＃
そうして、ページをはぎとって、たべてしまったということ＃
です。　　＃
＜Ｐ－０１３＞
二　　写生　　＃
（一）　　＃
文［ふみ］雄［お］は、庭のかたすみに三きゃくをすえ、がかを立てて写生＃
をはじめた。＃
そこには一本のざくろの木＃
があって、夏じゅう美しい花＃
をつけていたが、あらかたちっ＃
て、あとにいくつかの実がなっ＃
ていた。それが、めきめきと＃
大きくなり、このごろは、き＃
＜Ｐ－０１４＞
わだって美しいつやつやしたしゅの色がさしてきた。文雄は、＃
それがかきたかった。＃
高いところからたれさがったのもいい。まだ青々とした木の＃
葉の中から大きくのぞいているのもいい。だが、根もとのとこ＃
ろに三つ四つかたまってしだれているところもいい。＃
文雄は、あれこれと考えていたが、根もとをかこうと決心し＃
た。そうして、いよいよ下がきをかきはじめた。しかし、その＃
根もとの地面には、夏のころ、草とりをしてつみ重ねておいた＃
かれ草が、すっかりくちていた。文雄はそれが氣になってしか＃
たがなかった。＃
「これをとりかたづけてやろうか。」＃
ひとりごとをいいながら文雄が、そのくちた草をとりのけよ＃
＜Ｐ－０１５＞
うとすると、大きなえんまこ＃
おろぎが一ぴき頭をだしてい＃
た。そうして、文雄が手をの＃
ばすと、すばやくあなの中へ＃
かくれてしまった。＃
「これは、こおろぎの巣なん＃
だな。そのままにしておい＃
てやろう。」＃
文雄は、それをとりのける＃
のをやめて、また下がきにか＃
かった。だいたいの形をしっ＃
かりとつかんで、日のあたる＃
＜Ｐ－０１６＞
ところ、かげになったところ、力のこもった角、まるみのある＃
面、重みのかかった枝のつけね、ふわふわした軽い葉、そんな＃
ところをはっきりつかまえたいものだと思って、しきりに木炭＃
を動かしていた。＃
下がきがすむと、パレットの上にチューブから絵のぐをだし＃
て、色をぬりはじめた。これは、絵のすきだったおじさんから＃
ゆずってもらったもので、子どもにはりっぱすぎるほどだった。＃
いい色の絵のぐがたくさんあった。しかし、パレットの上で＃
みたときは、ずいぶん美しくみえるが、カンバスの上にぬりつ＃
けてみると、思いもよらない色になってしまう。＃
かきなおし、ぬりなおしして、かいていくうちに、ひととお＃
りできあがった。文雄は立ちあがってすこしはなれたところか＃
＜Ｐ－０１７＞
らじっとみつめた。＃
「だめだ。すこしも立体感がない。あのざくろの色もかけてな＃
いや。」＃
文雄は、三きゃくにこしかけて、またふでをとってかきはじ＃
めた。　　＃
（二）　　＃
「もしもし。ざくろさん、ざくろさん。たいへんいい色になり＃
ましたね。」＃
「ああ、こおろぎさんですか。まだだめです。もっともっと美＃
しくなりたいと思っているのですが――あなたの声もたいそ＃
うよくおなりではありませんか。はじめ短い羽を動かしてピ＃
＜Ｐ－０１８＞
ッピッと鳴いていたときには、ほんとうにおかしいようでし＃
たけれど――」＃
「ぼくにはだれも教えてくれるものが＃
ありません。せんだって、ふと羽を＃
動かしてみたら、ピッピッという音＃
がしました。ははあ、これが鳴るん＃
だなと思ってやっているうちに、だ＃
んだんおもしろくなったのです。お＃
となりの草むらでも、遠くの草むら＃
でも、ピッピッという音がする。み＃
んな自分たちのなかまだなと思ってよくきいてみると、じょ＃
うずなのもあるし、へたなのもある。毎晩鳴いているうちに、＃
＜Ｐ－０１９＞
すこしずつじょうずになっていくようです。」＃
「近ごろはたいへんじょうずになりました。このあいだの晩も、＃
ピアノの先生が、散歩にいらっして、あなたの鳴く声に耳を＃
かたむけて、たいへん感心していましたよ。」＃
「いや、わたしはあんまりへたなので、耳ざわりでいやがって＃
おいでだろうと思いました――あなただってその実をそんな＃
に美しくなさるには、ご苦心がおありだったでしょうね。」＃
「そこへいくと、こおろぎさんよりよほどいいのです。わたし＃
はなん年もなん年も生きていますからね。一年一年とすんだ＃
ことをかえりみて、來年はもっともっとよくしたいと考える＃
ことができます。＃
ですから、はじめて実をつけた二三年は、青い小さな実が、＃
＜Ｐ－０２０＞
ほんの二つ三つ、ついたりつかなかったりだったのに、この＃
ごろでは、いつも美しい実をならせることができるようにな＃
りました。」＃
「やっぱり容易じゃないのですね。」＃
「この実のかげは黄色くぼけているでしょう。わたしはこんな＃
ところがすこしもないようにしたいのです。けれども、思う＃
ようにいきません。」＃
「ほら、そこで絵をかいている文雄さんがいってましたよ。ど＃
うしてこのざくろはこんなに美しいんだろうって。」＃
「そうですか。わたしはまた、あのような絵のぐがあればいい＃
なと思いましたよ。あれがあれば、どんなかげのところでも、＃
美しい色にできますがねえ。」＃
＜Ｐ－０２１＞
「絵をかくことも、いっしょうけんめいに＃
けいこしなくちゃだめでしょうね。」＃
「そうです。文雄さんがりっぱな絵かきに＃
なるころは、わたしも、ずっと大きな木＃
になって、美しいりっぱな実をたくさん＃
つけるようになりたいものです。」＃
「ざくろさんが、來年とか、さ來年とか、＃
それからもっとさきのことをおっしやっ＃
たりすると、なんとなくさびしくなります。」＃
「ごめんなさい、こおろぎさん。でも、あなたの歌には、その＃
さびしい氣持がでているので、人の心を動かすのだって、あ＃
のピアノの先生がおっしゃいましたよ。」　　＃
＜Ｐ－０２２＞
（三）　　＃
「自分には父もある。母もある。まだわかい。先生もあるし、＃
友だちもある。どんな絵の大家だって、一心にけいこをして、＃
じょうずになったのだろう。＃
そうだ、けいこだ。高い理想をめざして、いっしょうけんめ＃
いけいこをすることだ。」＃
文雄はこう考えた。　　＃
＜Ｐ－０２３＞
三　　わたしの民［たみ］ちゃん　　＃
長いこと外地にいた姉たちがひきあげてきました。せまい家＃
なので、兄は氣のどくだといって、いつもえんりょがちにして＃
いますが、母をはじめ、うちの人たちは大喜びです。ひさしぶ＃
りで、姉やふたりのまごたちといっしょに、同じ屋根の下でく＃
らせるのですから、家内じゅうが歓声をあげているといっても、＃
いいすぎではありません。＃
やしきがすこし廣いし、父がまえからそういうときのことを＃
考えて、近所の荒れ地を三十アールばかりかいこんして、さつ＃
まいもや野菜を作ったりしていたので、さしあたり困ることは＃
＜Ｐ－０２４＞
ありません。＃
ふたりのまごというのは、父母にとってのことですが、わた＃
しには、かわいいめいとおいにあたります。＃
おいの正［まさ］男［お］ちゃんは、五つですから、もうひとり遊びができ＃
ますが、めいの民ちゃんは、二つ、満でいえば一年三ヶ月で、＃
まだ歩けません。発育がたいへんおくれていて、かわいそうで＃
す。わたしは民ちゃんをひと目みたとき、天にものぼるほどう＃
れしかったのです。＃
民ちゃんをなんとかして早く歩くようにしてやりたいもので＃
す。民ちゃんは、まだ、うんこもしっこもいえません。早く、＃
いえるようにしてやりたいものです。民ちゃんは、ぽつぽつも＃
のをいいかけていますが、ちょっときいてもわかりません。姉＃
＜Ｐ－０２５＞
だけにわかるへんなことばをいっています。わたしも早くそれ＃
を覚えたいと思います。＃
学校から帰ってくると、わたしは民ちゃんの子もりをひき受＃
けます。姉が、いそがしいので、おしめカバーをさせたままほっ＃
ておくと、民ちゃんは平氣でそこらをはいまわっています。わ＃
たしは時間をはかっては、そとさえ寒くなければ、ものかげへ＃
つれていって、用をたさせるようにしました。＃
はじめはいやがっていた民ちゃんも、よごれていないほうが＃
氣持がいいので、ときどき、わからないことばで、わたしに知＃
らせるようになりました。＃
「ねえさん、たいへんな進歩ですよ。いまにもう失敗もなくな＃
るようにしてみせます。」＃
＜Ｐ－０２６＞
「ありがとう。いそがしいものだから、ついしつけができなく＃
て。」＃
民ちゃんは、つくえ＃
とか、テーブルとか、＃
なにかとりつく物があ＃
るとすぐに立ちあがっ＃
て、そのまわりをぐる＃
ぐると歩きます。ちゃ＃
ぶ台をだして、食事の＃
用意などをしていると、＃
とりついてぐんぐんおしていって、かべぎわにおしつけてし＃
まったりします。けれども、かんじんの歩くことはまだできま＃
＜Ｐ－０２７＞
せん。たった九十センチぐらいのところでも、こっちからあっ＃
ちへいくとなると、すぐに手をついて、いざり歩きになります。＃
かた足をなげだして、おしりでいざって歩くのです。＃
たいへんおそいようですが、いざりだすとなかなか早いもの＃
です。いまそこにいたかと思うと、もう次のへやにはいってい＃
るというように、すこしもゆだんができません。＃
立ちはじめには、物を持たせると立つことができると、だれ＃
かがいったことを思いだしました。それで、わたしはおべんと＃
うの包みをこしらえて、＃
「民ちゃん、これ持って学校へいきましょうね。」＃
といって、民ちゃんに持たせてみました。＃
「ガッコ、ガッコ。」＃
＜Ｐ－０２８＞
民ちゃんはうれしそう＃
にいって、その包みをと＃
りあげると、よちよちと＃
立ちあがりました。＃
「ばんざい、ばんざい。＃
さあ、いっちょにいき＃
まちょうね。」＃
たもとをひいてやると、＃
民ちゃんは、ぱったりそ＃
こへすわりこんでしまい＃
ました。＃
「だめねえ。さあ立った＃
＜Ｐ－０２９＞
して。」＃
立ちあがると、民ちゃんは、はじめて二足ほど歩きました。＃
こんなふうにして、毎朝おべんとうをこしらえて持たせてい＃
るうちに、民ちゃんは三足四足と歩けるようになりました。＃
ある日、学校から帰ってくると、姉が大さわぎしていました。＃
「ゆだんができないわ。いま、民ちゃんがひとりでおかって口＃
から地面におりて、わたしのげたをひっかけて、正男のあと＃
を追っかけて道まででていたのよ。」＃
「まあ、そう。でも、いつそんなことを覚えたんでしょう。た＃
いへんな進歩じゃないの。」＃
わたしはそういいながら、このごろふとってきて愛らしくなっ＃
た民ちゃんをだいてやろうとすると、かぶりをふって、＃
＜Ｐ－０３０＞
「オソト、ワンワン、チロイ。」＃
というのでした。＃
おとなりで、このご＃
ろ白いいぬをかうよう＃
になりましたが、民ちゃ＃
んは、そのことをいう＃
のでしょう。＃
「チロイ、ワンワン、＃
チッポ――＃
ワンワン、ゲタ　ナイ、アンヨ、イタイ、イタイ。」＃
民ちゃんのことば数のふえるのには、おどろいてしまいまし＃
た。　　＃
＜Ｐ－０３１＞
四　　光を求めて　　＃
（一）　　＃
私の一生を通じて、わすれることのできないいちばん大きな＃
日は、サリバン先生がきてくださった日であります。それは一＃
八八七年の三月三日、私が満七さいになる三ヶ月まえのことで＃
ありました。＃
この日の午後、私はなんとなくものを待つ氣持で、じっとげ＃
んかんにたたずんでいました。午後の日光は、げんかんをおおっ＃
たすいかずらのしげみをもれて、みあげる私の顏に降りそそい＃
でいました。もう、めばえそめたそのなつかしい葉や、花の上＃
＜Ｐ－０３２＞
を、私の指はまったくわれをわすれてなでていました。私は、＃
どのようなおどろきとふしぎが私を待っているのか、すこし＃
も知りませんでした。＃
私は、近づいてくる足音＃
を感じましたので、それが＃
母だとばかり思いこんで、＃
両手をさしだしました。だ＃
れかがそれをとらえました。＃
そうして、次のしゅん間に＃
は、私は、先生――私の心＃
の目をあらゆるものに向けて開いてくださるため、いいえ、そ＃
れよりもなによりも、私を愛するためにきてくださった――そ＃
＜Ｐ－０３３＞
のかたの両うでの中に強くだきあげられました。＃
サリバン先生は、お着きになったあくる朝、私をおへやに呼＃
んで、一つの人形をくださいました。私がしばらくその人形と＃
遊んでいますと、先生は、私の手に、＃
「人形」という文字をつづられました。＃
私は、すぐこの指の遊びがおもしろく＃
なって、それをまねようとしました。＃
とうとうじょうずにつづれましたとき、＃
私は子どもらしい喜びと得意さに大は＃
しゃぎで、二階から母のところへかけ＃
おり、指さきで人形という字をつづってみせました。＃
そのとき、私は、もちろん、ことばをつかっていることや、＃
＜Ｐ－０３４＞
そんなものがこの世にあることさえ知らず、ただ、さるの人ま＃
ねのように指を動かすだけでした。＃
それからいく日かのあいだに、なんのことともわからないま＃
まに、私は、「ピン」「コップ」「ぼうし」など、たくさんのことばを＃
つづることを覚え、「すわる」「立つ」「歩く」など、すこしばかりの＃
動詞も知りました。けれども、物にはそれぞれ名まえのあるこ＃
とを知ったのは、先生がおいでになってからいく週間もたって＃
からのことでした。＃
ある日、私が新しい人形を持って遊んでいますと、サリバン＃
先生が、ほかの大きな人形を私のひざの上において、「人形」とい＃
う字をつづりながら、二つとも同じ名であることを私にわから＃
せようとなさいました。＃
＜Ｐ－０３５＞
その日はすでに、私は、「ゆのみ」と「水」とでたいへん苦しんだあ＃
とでした。サリバン先生は、「ゆのみ」が道具で、「水」がその中には＃
いっているものであることを、はっきり教えるために苦しまれ＃
たのですが、私は、いつまでたっても区別ができませんでした。＃
先生は失望して、一時やめていらっしゃいましたが、こんど＃
は、二つの人形が同じ名まえであることをわからせようとなさ＃
いました。私は、とうとうかんしゃくをおこして、新しい人形＃
を手にとって、ゆかにたたきつけました。そうして私は、くだ＃
けた人形のかけらを足さきに感じながら、ゆかいに思いました。＃
私は、先生がかけらをいろりのかたすみにはきよせておいで＃
になっているようすを感じましたが、ただ、腹だちの原因がと＃
りのぞかれたという満足を覚えたばかりでした。＃
＜Ｐ－０３６＞
しばらくして、先生がぼうしを持ってきてくださったので、＃
私は暖かい日なたにでかけるのだと知って、おどりあがりまし＃
た。ふたりは、＃
いどの小屋をお＃
おっているすい＃
かずらのあまい＃
においにひかれ＃
て、庭の小道を＃
おりていきまし＃
た。だれかが水＃
をくみあげていましたので、先生は私の手をといの口の下へや＃
りました。冷たい水がいきおいよく流れているあいだに、別の＃
＜Ｐ－０３７＞
手に、はじめのはゆっくりと、次には早く、「水」という字を書い＃
てくださいました。私は、身動きもせず、立ったままで、全身＃
の注意を先生の指の動きにそそいでいました。＃
ところがとつぜん、私は、なにかしらわすれていたものを思＃
いだすような、めばえてこようとする心のはたらきといったよ＃
うなあるふしぎなものを感じました。このときはじめて、「水」は＃
いま自分のかた手の上を流れているふしぎな冷たいものの名で＃
あることを知りました。＃
この生きた一ことが、私のたましいを目ざめさせ、光と希望＃
と喜びとを與えることになったのです。＃
こうして私は、物にはみな名まえのあることがわかったので＃
す。私の手にふれるあらゆるものが、生命をもって動いている＃
＜Ｐ－０３８＞
ように感じはじめました。＃
それは、先生が與えてくださった新しい目で、すべてをみる＃
ようになったからです。＃
へやに帰るとすぐ、私は、自分がこわした人形のことを思い＃
だして、いろりのかたすみに走りよってかけらをひろいあげ、＃
それをつぎあわせようとしましたがだめでした。＃
私の目にはなみだがいっぱいたまりました。自分のしたこと＃
がわかったので、生まれてはじめて、くやむ心と悲しみとに胸＃
をさされました。＃
私はその日、たくさんのことばを覚えました。全部覚えては＃
いませんが、その中には、「父」「母」「妹」「先生」などのことばがあっ＃
たことを思いだします。＃
＜Ｐ－０３９＞
できごとの多かったこの日もくれて、小さなベッドに横たわ＃
りながら、この日が自分にもたらした喜びを思い返していたと＃
きの私ほど幸福な子どもを発見することは、むずかしいでしょ＃
う。私は、生まれてはじめて、きたるべき新しい日を待つこと＃
を知りました。　　＃
（二）　　＃
これは、ヘレン・ケラーというアメリカの女の人が書いた「わ＃
が生がい」の一せつを、日本語になおしたものです。＃
よんでわかるように、ケラーは、めくらで、そのうえつんぼ＃
でした。それなのに、こんなりっぱな文章が書けるということ＃
は、なんとすばらしいことではありませんか。＃
＜Ｐ－０４０＞
ケラーは、生まれて一年半ほどたったとき、大病にかかって、＃
みるはたらき、きくはたらきを失いました。みることもできず、＃
きくこともできず、話すこともできないので、氣持があらあら＃
しくなり、かんしゃくもちになったのもむりはありません。＃
ケラーの両親は、なんとかして、すこしでももののわかる子＃
どもに育ててやりたいと念じて、もうあ教育に経驗のあるサリ＃
バン先生にきていただくことにしました。＃
サリバン先生が、このあらあらしいわけのわからないケラー＃
をしつけていくのには、なみなみならぬどりょくがいりました。＃
しかし、ケラーに「ことば」というものをわからせることによって、＃
そのまっ暗なさびしい心を明かるくすることに成功しました。＃
だんだんちえがつき、もの心がついて、学校にいくようにな＃
＜Ｐ－０４１＞
りました。もちろん、サリバン先生に手をひかれ、ふたりがひ＃
とりのようになって、勉強＃
をはじめたのです。手のひ＃
らに文字を書くことから、＃
進んで、手と手をにぎりあ＃
い、そのにぎりかたによっ＃
て「ことば」をとりかわすよう＃
になりました。＃
ケラーは、もうサリバン＃
先生なしには、生きていけ＃
ません。先生も、＃
「私が命がけでせわをすれば、ケラーさんがすくわれるのです。＃
＜Ｐ－０４２＞
どうぞ神さま、おまもりください。」＃
といのりながら、一生をケラーのためにささげました。＃
そののち、ヘレン・ケラーは、大学をりっぱな成績で卒業し、＃
はかせにまでなりました。これは、ケラーのサリバン先生に対＃
する信頼と、サリバン先生のケラーを思う愛情とが、一つになっ＃
たおかげです。　　＃
＜Ｐ－０４３＞
五　　人形しばい　　＃
動きの世界　　＃
「ふしぎだなあ。」＃
「なにが。」＃
「ねえ、おじさん。とこのまの人形が、動きだしそうな氣がす＃
るんだけど――」＃
「そうだね。おどりだしそうにみえるね。」＃
「いつかおじさんからいただいた童話の本に、人形が夜中に集＃
まっておどりだす話がありましたよ。」＃
「この人形だって、みんながねしずまったあとで、動いている＃
＜Ｐ－０４４＞
のかもしれないよ。」＃
「ほんとう、おじさん。」＃
「さあ、人形にきいてごらん。はははは――でも、動く人形だっ＃
てあるよ。一［かず］雄［お］くんは、人形しばいをみたことがあるかね。」＃
「人形しばいって、人形がしばいをするんですか。」＃
「そうだ。もちろん人が動かすんだがね。日本には、文樂といっ＃
て、りっぱな人形しばいがある。その人形などは、長さにす＃
れば一メートル以上のものもあるが、まるでたましいがはいっ＃
ているように動くよ。」＃
「へえ、そんな大きなものを、どうして動かすんでしょう。」＃
「人形つかいといわれる人がいて、ものによっては、三人がか＃
りで一つの人形を動かすんだ。からだ全体と右手を受け持つ＃
＜Ｐ－０４５＞
人、左手だけの人、足だけの人と、それぞれ手わけしている＃
んだが、まゆ毛も、目も、口も動くし、ときには、したをだ＃
したり鼻がてんぐのようにとびだすこともある。人形はもの＃
をいわないが、そのかわり説明がついている。ほら、分家の＃
おじいさんの大すきなじょうるりさ。あれにあわせてしばい＃
をするんだ。」＃
「おもしろいでしょうね。」＃
「そりゃ、おもしろいさ。人間のしばいとちがって、みている＃
と別世界にいったような樂しい氣がするよ。」＃
「文樂のほかにまだあるんですか。」＃
「あるとも。いまいった文樂は手でつかうのだが、そのほか、＃
指でつかうもの、ぼうでつかうもの、糸であやつるものなど、＃
＜Ｐ－０４６＞
いろいろ種類がある。あやつりは文樂よりもっと古くからあっ＃
たし、おじさんの子どものころ、よくみたものだよ。あのこ＃
ろは影絵もあったよ。」＃
「影絵ってやっぱり人形のしばいですか。」＃
「日本ではあまりさかんでなかったが、＃
アジアでもヨーロッパでも、りっぱな＃
影絵しばいができている。ジャワのも＃
のはとくに有名だね。牛皮を切りぬい＃
て、美しい色がつけてある。これに光＃
をあてて影絵にしてみせるのだが、人＃
間ばかりでなく、動物などもでてくる。それが音樂や歌にあ＃
わせてしばいをするわけだ。」＃
＜Ｐ－０４７＞
「人形しばいって、いろんな國にいろんなものがあるんですね。」＃
「だいたい人間には、顏の色やくらしかたがどんなにちがって＃
いても、心にあることを、なにか美しいものであらわそうと＃
する氣持がある。だから、人間がいるところには、かならず＃
詩もあれば、絵もある。音樂もある。命のない人形を思うま＃
まに動かして、喜びや、悲しみや、傳説や、歴史やを美しく＃
舞台にあらわそうとする望みもあるのだ。」＃
「でも、生きた人間のほうがうまくやれるし、それに便利でしょ＃
う。」＃
「便利とか不便だけで物事を考えないところに、人間の美しさ＃
やおもしろさが生まれてくるのだ。たとえば、わざわざ絵の＃
ぐをつかって時間をかけて絵をかくより、写眞のほうがずっ＃
＜Ｐ－０４８＞
と便利なわけだけれど、絵には絵のいいところがあるからね。＃
ところで人形しばいだが、これは人間にできないことでも平＃
氣でやれる。空をとんだり、すがたを消したり。それに、人＃
間みたいに不平やわがままをいわないからね。」＃
「そりゃ、そうですね。」＃
「そのうえ、手がるでおもしろいし、自分で作って自分で動か＃
すのは樂しいものだよ。こうえんでも教室でも、どこでもや＃
れるからね。きみもひとつ、作ってみるといいよ。」＃
「できるかしら。」＃
「できるとも。簡單な人形の作りかたを教えてあげよう。お友＃
だちとやってごらん。」　　＃
＜Ｐ－０４９＞
一雄の手帳から　　＃
一　　指人形の作りかた　　＃
１　　材料。　　＃
古はがき一まい。古新聞二まい。日本紙。のり。＃
絵のぐ。いたぎれ。古ぎれ。　　＃
２　　顏の作りかた。　　＃
（１）　古はがきを横にまいて、ひとさし指のふとさのつつを＃
作り、のりでとめる。＃
（２）　古新聞を二まいとも八つに切って、そのうち一まいだ＃
けを正方形にする。ほかのはよくもんでのばしておく。＃
＜Ｐ－０５０＞
（３）　正方形の一まいにのり＃
をつけてつつにかぶせる。＃
（４）　首のところだけのこし＃
て、もんだ紙にのりをつ＃
けないで、上から上から＃
かぶせる。＃
（５）　首のほうからもかぶせ＃
てまるくしてから、細長＃
く切った古新聞にのりを＃
つけてとめる。＃
（６）　鼻や耳、ひたいやあご＃
の形も、古新聞で作って、＃
＜Ｐ－０５１＞
のりでとめる。＃
（７）　日本紙を細長く切って、一まい一まいによくのりをつ＃
けてはりかためる。＃
（８）　よくかわかしてから、絵のぐで、顏をかいたり頭の毛＃
をぬる。　　＃
＜Ｐ－０５２＞
３　　手の作りかた。　　＃
（１）　いたぎれを、はば二センチ、長さ九センチくらいに切っ＃
て、まん中にあなをあける。＃
（２）　あなの両わきを切り＃
こんで、手さきをまる＃
め、指の線をほる。　　＃
４　　着物の作りかたと手の＃
つけかた。　　＃
（１）　古ぎれを、はば二十二センチ、長さ三十センチぐらい＃
につぎあわせて、図の形に切る。これを二まい作る。＃
（２）　二まいあわせて、図の点線のところをぬう。＃
＜Ｐ－０５３＞
（３）　顏は、着物のすそからさかさ＃
にいれて、首を着物にぬいつけ＃
る。＃
（４）　手は、手さきのほうをいれて、＃
穴に糸を通してぬいつける。＃
（５）　顏と手をつけた着物を裏返す＃
とできあがる。　　＃
二　　人形のつかいかた　　＃
１　　ひとさし指を首の中にいれ、おや指となか指を、そでの＃
中、いたのうしろがわにいれる。　　＃
２　　人形だけを舞台へだして、つかう人の顏や頭がみえない＃
＜Ｐ－０５４＞
ようにする。　　＃
３　　人形がかたむかないように、話すときは人形の顏を前後＃
に動かす。　　＃
三　　舞台の作りかた　　＃
１　　つくえやいす＃
を重ねて、つか＃
う人のかくれる＃
ところを作り、＃
まくでかくす。　　＃
２　　舞台の上には、紙やいたぎれで、木や家を作っておく。　　＃
＜Ｐ－０５５＞
六　　傳説　　＃
先祖代々住みなれた土地はもとよりのこと、自分の生まれた＃
ところは、なんともいえない暖かい感じのするものである。な＃
つかしい山や、おもむきのある川などがあるためばかりではな＃
い。子どものときからききなれた傳説が、そのあいだにおりこ＃
まれているからである。傳説には、正しい歴史にもとづいたも＃
のもあるが、昔からいい傳えられたというだけのもののほうが＃
多い。また、文章に書きつづられて有名になったものもあるが、＃
ただ人々のあいだで語り傳えられているだけで、そういう人た＃
ちのなくなるにつれて、順々に消えていってしまうものもある。＃
＜Ｐ－０５６＞
それで、おじいさんやおばあさんからきいた話を思いだして、＃
書きのこしておくということは、ただおもしろみがあるばかり＃
でなく、とうといことである。＃
傳説を廣く全國で調べてみると、よくにたようなのが、あち＃
らこちらで発見される。その中には、世界に共通なものさえあ＃
る。次にいくつかの例をあげてみよう。　　＃
みそ五［ご］郎［ろう］　　＃
昔、島［しま］原［ばら］にみそ五郎という大きな男がいた。みそ五郎は、雲［うん］＃
仙［ぜん］岳［だけ］にこしかけて、ひなたぼっこをしながら、まえの海で顏を＃
あらうのを樂しみにしていた。＃
雲仙岳の中ほどにある唐［とう］の池は、みそ五郎が畑をうったとき＃
＜Ｐ－０５７＞
のくわのあとで、そのとき落ちた土くれが、有［あり］明［あけ］海の中にある＃
湯［ゆ］島［じま］であるという。　　＃
九十九の石だん　　＃
秋［あき］田［た］縣の男［お］鹿［が］半島に、神［かみ］山［やま］、本［もと］山［やま］という二つの山がある。ど＃
ちらもけっしてたやすくは登れないが、ふしぎなことに、神山＃
のほうには、昔から九十九だんの石だんができている。すばら＃
しい大きな石だんで、とても人間わざではない。＃
昔、神山のおくにおにが住んでいて、毎年村にあらわれては、＃
田や畑を荒らすので、村の人たちは困りはて、おにに向かって、＃
一つの難題をもちだした。それは、おにが一夜のうちに百だん＃
の石だんをきずきあげることで、もしそれができなかったら、＃
＜Ｐ－０５８＞
これからのちは、けっして村へでてきてはならない、もしそれ＃
ができたら、毎年ひとりずつ、おにに人間をくわせてやるとい＃
うのであった。＃
おには、これを承知して、あ＃
る夜、石だんをきずきだした。＃
なにしろ、いっしょうけんめい＃
であるから、みるみるうちに工＃
事がはかどって、九十九の石だ＃
んができあがった。ところがい＃
ま一だんというところで、いちばんどりが鳴いて、東の空が明＃
かるくなった。おにはおどろいてすがたを消してしまった。＃
おには約そくをまもって、そののちはもう田畑を荒らすよう＃
＜Ｐ－０５９＞
なことはなくなった。　　＃
湖［こ］山［やま］の池　　＃
鳥［とつ］取［とり］の西方約四キロのところに、まわり十二キロの湖がある。＃
これが湖山の池である。＃
昔、この里に長者がいた。一代二代は＃
いい人で、よくさかえたが、三代めの長＃
者は、先祖のことを鼻にかけて、わがま＃
まをしはじめた。＃
ある年の夏、きょうは長者の家の田植＃
えだというので、里のおとめたちは、赤＃
いたすきもかいがいしく、朝から集まっ＃
＜Ｐ－０６０＞
てきた。＃
長者は、なんと思ったか、なん千アールの田をきょう一日で＃
植えてしまえといいつけた。里の人たちはおどろいたが、いい＃
だしたことはあとへひかないので、おとめの数をまして、田植＃
え歌勇ましく、一心にはたらいた。長者は、高どのの上からこ＃
のありさまをながめて、得意になっていた。＃
ところで、もうあとわずかというところで、日＃
ははや西の山に傾いて、くれそうになってきた。＃
このとき、高どのに立っていた長者は、日のまる＃
のおおぎをあげて、しずみかけた日をさしまねく＃
と、さすがの太陽も、まねかれるままに空の中ほどまでもどっ＃
てきた。それで、のこりの田植えも無事にすんで、長者の望み＃
＜Ｐ－０６１＞
はとげられた。＃
ところが、そのあくる朝ながめると、高どのは消えてしまっ＃
てあとかたもなく、きのう植えたなん千アールのあの美しい田＃
さえなく、みわたすかぎりさざなみがうちよせる大きな池となっ＃
ていた。　　＃
家［か］具［ぐ］の岩屋　　＃
徳［とく］島［しま］縣の津［つ］峯［みね］山に、家具の岩屋というのがある。昔、あるま＃
ずしい人が、ふとしたことから、この岩屋からぜんやわんなど＃
の家具のでることを知った。それからというものは、いり用の＃
ときはいつもここへきて、岩屋の入口で頼んだ。そうしてよく＃
日いってみると、頼んだ品物がちゃんとそろってならんでいた。＃
＜Ｐ－０６２＞
そのことが評判になって、だれもかれもかりにいくようになっ＃
た。その中にわるい人がいて、かりた家具をかりっぱなしにし＃
て返さなかった。＃
そののちは、だれがなんと頼んでも、かしてくれなくなった＃
という。　　＃
十［と］和［わ］田［だ］湖［こ］　　＃
十和田湖の近くの奧［おい］瀬［らせ］村に、ひとりの木こりがいた。名を八［はち］＃
郎［ろう］といった。ある日のこと、八郎が山でしごとをしていると、＃
のどがかわいてきた。＃
水を飲もうと思って小川の岸にでてみると、美しい小魚がお＃
よいでいる。八郎はその魚をとってやいてたべた。＃
＜Ｐ－０６３＞
小魚はしおからかったので、のどがかわいてたまらない。そ＃
こでまた川の水を飲んだ。いくら飲んでものどのかわきがとま＃
らなかった。＃
そのうちにからだがだんだん長くのび＃
て、おしまいにへびになってしまった。＃
家にはひとりの母がある。母にそのから＃
だをみせるにはしのびない。また人にみ＃
られるのもこまる。＃
八郎は思い切って、水ぞこにとびこむ＃
と、小川がひろがって、みるみるうちに＃
湖となった。それが十和田湖のおこりだということである。　　＃
＜Ｐ－０６４＞
七　　みえない力　　＃
根　　＃
葉は青く、＃
くきは長く、＃
みきは高くそびえているが、＃
根はちっともみえない。＃
花は美しく、＃
実はうまい。＃
しかし根はちっともみえない。＃
＜Ｐ－０６５＞
根のさきは毛より細い。＃
毛よりもやわらかだ。＃
その細いやわらかなものが、＃
地をうがち岩をおしわけ、＃
深く廣くのびていく。＃
のびていく根のさきをさえぎるものはなにもない。＃
＜Ｐ－０６６＞
おおづなのようなたくましい根が、＃
深くのびてみきをささえ、＃
廣くのびて枝をやしない、＃
それからでた細い根が、＃
つなのようにからみあって、＃
葉を育て花をさかせる。＃
根はみえない。＃
みえないが深くて長い。＃
深くて長い根の上に、＃
みごとな草や木がしげっていく。　　＃
＜Ｐ－０６７＞
のこぎり　　＃
のこぎりには、はがある。＃
のこぎりのはは、＃
いぬの歯のようにとがって、＃
一つおきに右と左にすこしよじれて、＃
二十も三十も続いている。＃
五十も六十も続いている。＃
のこぎりのはは、＃
いつもやすりをかけて＃
右と左によじっておかないと、＃
＜Ｐ－０６８＞
なんの役にもたたない。＃
のこぎりは、＃
あつみをもっている。＃
大きなかたい物を切るのこぎりのはは、大きくてあつい。＃
小さなやわらかい物を切るのこぎりのはは、小さくてうすい。＃
糸のこは糸のように細く、＃
ひきまわしはひじょうにせまい。＃
まっすぐに長く切るのこぎりは、廣いはばをもっている。＃
こびきの大のこははばが廣いし、＃
製材所のまるいのこぎりも、大きなさしわたしをもっている。＃
＜Ｐ－０６９＞
はたらきのある人は、＃
はをもったのこぎりににている。＃
しかし、いつも勉強してみがきをかけていないと、＃
じき、役にたたなくなる。＃
どんなにはたらきがあっても、＃
それにあつみと＃
廣さがなかったら、＃
正しくりっぱに世の中をわたることができない。　　＃
＜Ｐ－０７０＞
八　　雪まろげ　　＃
深［ふか］川［がわ］の芭［ば］蕉［しよう］の家の近くに、曾［そ］良［ら］という人が住んでいました。＃
曾良は、信［しん］州［しゆう］の人で、歌がたいそうじょうずでしたが、芭蕉＃
のことをきいてから、その弟子になりました。そうして、はい＃
句を勉強することに心をきめました。＃
曾良は思いました。芭蕉はたったひとりで住んでいて、なに＃
かにつけて不自由であろうから、いろいろお手傳いをしてあげ＃
たい。下男のように住みこんであげてもいいけれども、芭蕉は＃
ひとりしずかにしているのがすきだというし、家もせまいので、＃
自分は、その近所に別に家をかりて住むことにしました。＃
＜Ｐ－０７１＞
そうして、毎朝早くきては、芭蕉のおきないうちに、いどか＃
ら水をくみあげたり、ごはんをたいたりしました。また、まき＃
が少ないと、近所へ木をひろいにいったりしました。このよう＃
にして芭蕉につかえながら、はい句の話をきくのでした。先生＃
の近くにいればこそ、毎日教えてもらえるので、これがなによ＃
りうれしいと、曾良は喜びました。＃
そのうちに、冬がきて、くもった空がひくくたれる日が続き＃
ました。芭蕉はからだがよわいので、寒さは身にこたえました＃
が、雪をみるのが樂しみでした。芭蕉は、くもった空をあおぎ＃
ながら、雪が早く降るといいなあと待ち遠しがっていました。＃
そのあたりに遊んでいる子どもたちも、同じ氣持でした。まだ＃
なにも降ってきもしないのに、＃
＜Ｐ－０７２＞
「雪やこんこん、あられやこん＃
こん。」＃
などと、はやしたてていました。＃
芭蕉は、子どもが大すきでし＃
た。そのあたりにいるのは、川＃
べりにある船大工の子どもや、＃
のりをとりにでるりょうしの子＃
どもたちで、どれも身なりはき＃
れいではないのですが、芭蕉は、＃
いつも遊び友だちにしていまし＃
た。＃
「みんなは、雪が降ったら、な＃
＜Ｐ－０７３＞
にをして遊ぶの。」＃
「雪だるまを作るの。」＃
「じゃあ、おじさんも手傳ってあげよう。」＃
話をしているうちに、パラパラと音がして、白い小さなつぶ＃
つぶのものが落ちてきて、子どもたちや、芭蕉の足もとに落ち＃
て、はね返ったりころがったりします。＃
「やあ、あられだ、あられだ。」＃
子どもたちは、小さな手をしゃくしにして、受けようとしま＃
すが、あられはその手にはのらないで、顏にあたったりふとこ＃
ろにとびこんだりします。芭蕉は、にっこりわらって立ってい＃
ましたが、子どもたちのかけていく方に、自分もいっしょにか＃
けだしたいと思いました。＃
＜Ｐ－０７４＞
いざ子ども走りあるかんた＃
まあられ　＃
芭蕉の待ちに待った雪が、＃
とうとうくれがたから降って＃
きました。みるみるうちにつ＃
もりましたが、曾良が水をた＃
くさんくんでおいてくれたし、＃
まきもたくさんとってきてく＃
れてあるし、そのうえ、台所＃
の米入れの大きな入れ物もか＃
なり重いので、二三日は困る＃
こともありません。＃
＜Ｐ－０７５＞
ふだんは筑［つく］波［ば］おろしがさわがしく、雨戸をゆさぶったり、大＃
川の波の音がバサリバサリと、まくらにひびくのでしたが、そ＃
の夜は、すべての音も雪にうずめられたようなしずかさでした。＃
そのしいんとしたしずかさの中に、芭蕉は心をすませ、雪の句＃
を考えました。＃
トントン、トントンと入口をたたく者があります。＃
「先生、もうおやすみですか。」＃
その声は、毎日ききなれている曾良の声です。芭蕉はすぐ戸＃
をあけました。＃
「こんなに降るのによくきたな。」＃
「先生は、おひとりでどうしていられるかと思うと、どうして＃
もこずにはいられませんでした。」＃
＜Ｐ－０７６＞
「友だちがほしくなるのはやはりこんな晩だ。まあ、火をたき＃
つけておくれ。」＃
やがていろりには、パチパチとしばがもえあがります。＃
「先生、今夜の雪の句はいかがですか。」＃
「句か、まだできない。だが、みせるものがあるよ。」＃
芭蕉は、えんがわにいってなにか持ちだしてきました。それ＃
は、赤いおぼんの上に、雪をまるめてこしらえたうさぎでした。＃
なんてんの実が、赤く、うさぎの目らしくいれてありました。＃
曾良は、芭蕉の子どもらしい手すさびがすっかりうれしくな＃
りました、ふたりは子どものようにわらいました。　　＃
きみ火をたけよきものみせん雪まろげ　　＃
＜Ｐ－０７７＞
九　　テニス　　＃
少年　　＃
メキシコのテニス選手キンゼーと私とが、いよいよ試合をす＃
る日のことでした。テニスコートには日本とメキシコの國旗が＃
美しくひるがえって、きょうの戰いを物語っています。スタン＃
ドには、はじまるまえからたいへんな見物人でした。時間がせ＃
まったので、私はユニホームをつけて、練習のためにコートに＃
でました。すこしばかり手ならしをしてから、休けい場にも＃
どってくると、中國人らしい十一二の兄弟にサインを頼まれま＃
した。＃
＜Ｐ－０７８＞
その少年たちは、じょうずにえい語をつかって頼みました。＃
私は、その少年の持っていたペンをかりて、サインをしてやり＃
ました。＃
少年たちは、これをみて、うれしそうに、えい語で、＃
「きょうは、きっと勝ってください。」＃
といいました。＃
私は、いままで試合のまえにこんなふうにはげまされたこと＃
はありませんでした。あまりかわいい少年だったので、よくみ＃
ていますと、どこかしら日本人らしいところもあるので、＃
「きみたちは日本人ですか。」＃
とたずねました。ふたりの少年は、にっこりとわらって、＃
「そうです。」＃
＜Ｐ－０７９＞
とはっきり答えました。＃
「そうだったのかい。きみたち＃
は、日本語を知っているの。」＃
「いいえ。」＃
「どこで生まれたの。」＃
「セントルイスで。」＃
「日本へいきたくない。」＃
「いきたくありません。」＃
「どうして。」＃
「友だちがないから。」＃
「じゃあ、きょうのテニスの試＃
合には、どちらをおうえんす＃
＜Ｐ－０８０＞
るの。キンゼー選手はセント＃
ルイス生まれだよ。」＃
こう、私がたたみかけるよう＃
にたずねたとき、少年たちは、＃
「オフ　コース、フォア　ジャ＃
パン。サー。」＃
「いうまでもなく、日本ですよ。」＃
と、ことに「ジャパン」ということ＃
ばに力をいれて答えました。そ＃
のひとみの中には、「なぜ、そん＃
なことをきくのか。」という色が＃
あらわれていました。＃
＜Ｐ－０８１＞
日本という國をみたこともなく、また日本語をすこしも話せ＃
ないこの二少年が、遠い母國の選手のために、勝つことをいの＃
つてくれていることを知って、胸がいっぱいになりました。＃
それからまもなく試合がはじまりました。キンゼー選手は世＃
界的名手でありますが、私もどうしても勝たなければならない＃
と思いました。＃
火のでるようなはげしい試合が続きました。三時間もぶっと＃
おしに戰いました。なんどもコートでたおれました。たおれて＃
はおき、おきては戰いました。私はスタンドから一心におうえ＃
んしている二少年のことを思っては、ふるいたって戰い、とう＃
とう五セットで勝つことができました。私はいまでも、あのと＃
きのことをわすれることができません。　　＃
＜Ｐ－０８２＞
やわらかなボール　　＃
五月、六月、七月、八月の四ヶ月にわたって、十一ヶ國のテ＃
ニス選手をなぎたおした清水選手は、最後の決勝戰にのぞむこ＃
とになりました。もし、この決勝戰に勝つことができたら、世＃
界のほまれ、デビスカップを、日本では、はじめてもらうこと＃
になります。＃
清水選手の相手はチルデン選手でした。チルデン選手は、ア＃
メリカきっての名手です。身長は一・八七メートル、みるから＃
にりっぱな体格は、小さな清水選手のおよぶところではありま＃
せん。それでも、この清水選手の試合を見物しようと、方々の＃
國の人々が、そのコートを目がけて集まりました。＃
＜Ｐ－０８３＞
まっ白い線のひかれたコート＃
には、日ざしがさんさんと降り＃
そそいでいました。そこへ両選＃
手があらわれました。スタンド＃
の人たちは、われるようなはく＃
手をふたりに送りました。＃
「プレー。」＃
試合がはじまりました。目に＃
もとまらぬボールが、ネットの＃
上を右に左にと、ゆききしまし＃
た。ボールはたましいのこもっ＃
た生きもののようになって、は＃
＜Ｐ－０８４＞
ねとびました。一つのボールを中心にして、両選手はとぶ鳥の＃
ようにかけまわりました。＃
かたずをのんで試合をみているうちに、早くも、第一回は七＃
―五で清水選手が勝ち、第二回めもやはり清水選手の勝となり＃
ました。＃
あの小さいからだが、まほうつかいのようになって、大きな＃
チルデン選手を追いつめるものすごさは、ことばではあらわす＃
ことができません。＃
しかし、さすがにチルデン選手です。このままおされるもの＃
ではありません。もう然とたちなおって、電光のようなボール＃
をうちだしました。第三回めはチルデン選手の勝、続いて第四＃
回めもチルデン選手の勝となりました。＃
＜Ｐ－０８５＞
見物人は、いよいよ手にあせ＃
をにぎりました。ところが、試＃
合のまっさいちゅう、どうした＃
はずみか、チルデン選手はかた＃
足をふみすべらせてしまいまし＃
た。そうして、いまにもころび＃
そうになりました。＃
相手を一きょにうちのめすぜっ＃
こうのチャンスです。チルデン＃
選手もそのおうえん者たちも、＃
もうあきらめているときでした。＃
清水選手は、ボールをやわらか＃
＜Ｐ－０８６＞
くして、しかも受けやすいところに、送ってやったのでありま＃
す。チルデン選手は、とりみだしたしせいではありましたが、＃
やわらかなボールだったので、無事に受け返すことができ、試＃
合はふたたびはげしいものになっていきました。＃
つぎつぎと、両選手はしのぎをけずって戰いました。夕日は＃
すっかりおちてしまいました。＃
わずかな点のちがいで、清水選手の負けとなりました。＃
ネットをはさんで、両選手はかたいあく手をかわしました。＃
心おきなく戰いぬいた両選手のために、見物人たちは、しば＃
らく、あらしのようなはく手をおしみませんでした。　　＃
＜Ｐ－０８７＞
十　　ことばのはたらき　　＃
（一）　　＃
父が、＃
「水を持っておいで。」＃
という。＃
庭で植え木の手入れをしている父にこういわれたら、バケツ＃
か、じょうろに水をいっぱいいれて持っていくだろう。＃
手紙を書こうとして、すずりばこをあけた父にこういわれ＃
たら、水さしに水をいれて持っていくだろう。＃
ふろ場の中で湯をかきまわしている父にこういわれたら、手＃
＜Ｐ－０８８＞
おけに水をいっぱいくんで持っていくだろう。＃
ことばは、そのときのまわりのようすや、ゆきがかりや、音＃
声や身ぶりによって、いろいろにその意味がかわる。＃
「水を持っておいで。」という＃
簡單なことばでも、相手の人＃
のいうことばのわけをよくき＃
きわけて、それによくかなう＃
ようにしなくてはならない。＃
もし、そのわけにかなわない＃
ことをすれば、たいへんおかしなことになるばかりでなく、そ＃
のことばがわかったとはいえないことになる。＃
話をきくときには、相手の人のいっていることばをよくきき＃
＜Ｐ－０８９＞
わけ、のみこまなければならない。そうでないと、相手の人に＃
満足を與えることができないし、また自分の誠意も通じない。＃
自分が話をするときには、その場のようすによくあうように、＃
氣をつけて話さなければならない。＃
ごく簡單な「ありがとう」というあいさつにしても、ほんとうに＃
感謝の心持をこめていうときと、ただとおり一ぺんのあいさつ＃
としていうときとでは、いいかたもかわってくるであろう。食＃
事のたびごとにいう「いただきます」「ごちそうさま」にしても、そ＃
のときそのときの心持があらわれるはずである。そうでなかっ＃
たら、ただ口さきでいうだけのことになる。ただ習慣としてこ＃
とばをつかえば、ことばの力がうしなわれていく。それは自分＃
の生活を軽はくにし、相手の人をいやしめることにもなるから＃
＜Ｐ－０９０＞
である。＃
どんなたっといことばでも、ただ口まねをして、おうむのよ＃
うにとなえていたのでは、そのことばは、すこしの力も発きし＃
ないからねんぶつである。＃
話すことばは、その場その場にあらわれるその人の面影とい＃
うこともできよう。　　＃
（二）　　＃
「くりひろいにいった。」＃
太［た］郎［ろう］が、こういう短い文を書いた。＃
太郎はこの「くりひろい」の中に、さまざまな氣持をこめている＃
にちがいない。天氣のよかったこと、山へいったこと、弟やい＃
＜Ｐ－０９１＞
ぬをつれていったこと、くりが＃
たくさん落ちていたこと、カサ＃
カサと落ち葉をふんでいったこ＃
と、小鳥が鳴いていたこと、帰っ＃
ておかあさんにゆでていただい＃
たこと、みんなでたべたこと―＃
―樂しかったさまざまなことが、＃
こまかに、この文の中にたたみ＃
こまれているにちがいない。＃
秋［あき］子［こ］も同じように、「くりひろ＃
いにいった。」と書いた。太郎と＃
同じ文であるが、その中にたた＃
＜Ｐ－０９２＞
みこまれていることは、太郎とはちがっている。となりの友だ＃
ちにさそわれていったこと、くりはあんがい少なかったこと、＃
そのかわりきのこがたくさんあったこと、りすをみつけて追い＃
かけたこと、もみじの枝をとってきたこと――そんなことがふ＃
くまれている。＃
ほかの人がこれと同じ文を書いたとしても、そのなかみは、＃
おそらく、太郎や秋子と同じではなかろう。それは、めいめい＃
の生活や経驗が同じでないためである。＃
みんなが「遠足」という同じ文題で書いても、書かれたことがそ＃
れぞれちがってくるのも、やはりこのためである。＃
しかし、たたみこまれているなかみはそれぞれちがっても、＃
「くりひろいにいった。」といい、「遠足」ということばは、だれにで＃
＜Ｐ－０９３＞
も同じようにわかり、同じように通じる力をもっている。そこ＃
にことばとしての性質があり、おもしろさがある。＃
書くことは、話すこととちがって、その場のようすが相手に＃
みえないから、ことばづかいやいいあらわしかたには、いっそ＃
う氣をつけなくてはならない。前後の続きぐあいをよく考えて、＃
ことばを選び、ひとりがってんでなく、読み手によくわかるよ＃
うにくふうすることがたいせつである。＃
文を書くときには、よく手をいれることもできるし、なんど＃
も書きなおすことができる。文をなおすことはつまり心を練る＃
ことになる。心を練るほど、ことばがみがかれてくる。　　＃
（三）　　＃
＜Ｐ－０９４＞
「赤とんぼがとんでいる」＃
「赤とんぼ」という文字をとおして、すいすいととびまわるかわ＃
いい赤とんぼを、心の中にえがきだす。「とんでいる。」で動いて＃
いるようすがすぐわかる。＃
「赤とんぼ」「が」「とんでいる。」――このようにまとまると、だれ＃
でも読んで、すぐにそのわけがわかる。それは文字のおかげで＃
ある。ところがこれを読んだ人々の心には、めいめいちがった＃
ものが思いだされてくる。太郎は、秋の青い空を赤とんぼがむ＃
れてとんでいる景色を思い、すすきの野原を心にえがき、自分＃
もそんなところにいって遊んでみたいと思う。＃
正男は、きょ年のいまごろのことをふと思いだす。弟にせが＃
まれて、赤とんぼをとりにでかけたが、道ばたに野はぎがさい＃
＜Ｐ－０９５＞
ていたので、赤とんぼはとらずに、花を手にいっぱいつんで帰っ＃
たことを思う。＃
秋子は、おと年、この学校にうつっ＃
てきたときのことを思いだす。だれも＃
話し相手がないので、しょんぼりと校＃
庭に立っていると、赤とんぼが自分の＃
まわりをとんでいた。＃
「赤とんぼがとんでいる。」こんな短い＃
文であるが、読み手によって、三人三＃
よう、それぞれちがったことを心の中に思いうかべる。いった＃
ん読まれてしまうと、読み手の思いでや心持にとかされて、そ＃
の人その人の生活や経驗によって生かされてくる。　　＃
＜Ｐ－０９６＞
十一　　ある写眞帳　　＃
はじめのことば　　＃
あなたがたの家に、写眞帳があるでしょう。＃
それにはあなたがたのおとうさんや、おじいさんや、ひいお＃
じいさんの写眞がでていたり、あなたがたの小さいときの写眞＃
などもあるでしょう。＃
その写眞帳をひろげてみると、あなたがたの家の昔からいま＃
までのことがさまざまに思いだされるでしょう。なつかしいこ＃
とや、樂しいことや、ときには悲しいことなどもあるでしょう。＃
＜Ｐ－０９７＞
次の写眞帳は、なんの写眞帳でしょうか。＃
これをみて、どんなことを感じるでしょう。　　＃
貝づか　　＃
ここに貝がらがあります。みたと＃
ころ、なんのかわりもない貝ですが、＃
いまから三四千年もまえの貝です。＃
四年生のとき習った貝づかのことを＃
思いだしてください。＃
貝づかからでる貝は、三百種類に＃
ものぼりますが、古代の人は、はい＃
がい、はまぐり、かき、しじみ、あ＃
＜Ｐ－０９８＞
かにしなどをたく＃
さんたべていたよ＃
うです。このほか＃
魚では、たい、さ＃
ば、まぐろ、かつ＃
おなどをたべまし＃
た。＃
このように、古＃
い時代のことがはっ＃
きりわかるいとぐちとなったのは、アメリカのモールスとい＃
う学者が、東［とう］京［きよう］の大［おお］森［もり］の貝づかを発見してからのことでありま＃
す。　　＃
＜Ｐ－０９９＞
石器と土器　　＃
貝づかからでたものをならべてみ＃
ましょう。石の矢の根があります。＃
石のお＃
のもあ＃
ります。＃
しかの＃
角などで作ったつり針もあります。＃
また、土器もあります。これは、＃
食物をいれるためのものですが、＃
もちろん、水をくんだり運んだり＃
＜Ｐ－１００＞
するときにもつかったことでしょう。＃
土器には、なわ目のもようがあるの＃
で、じょうもん式土器といいます。形＃
も、かめや、はちや、いろいろのもの＃
があります。＃
じょうもん＃
式土器のほか＃
に、やよい式＃
土器というのがあります。それは、も＃
ようもごくかんたんで、形もたいへん＃
よくまとまっています。この式の土器＃
は、はじめ、東京のやよい町から発見＃
＜Ｐ－１０１＞
されたので、やよい式土器とい＃
う名まえがつけられています。　　＃
はにわ　　＃
この人形は、はにわといって＃
古代人のはかからほりだされた＃
ものです。赤色のすやきの土人＃
形で、高さは一メートルほどあ＃
り、男や女のいろいろなすがた＃
をあらわしています。手首やむ＃
ねなどには、まがたま、まるた＃
まなどがかざってあります。こ＃
＜Ｐ－１０２＞
のやさしいのびのびした顏をごらんなさい。これをみても、平＃
和を愛した古代の人たちの氣持がよくわかるではありませんか。＃
はにわには、このほか、うまや、いぬや、鳥などをこしらえ＃
たものがあります。　　＃
夢［ゆめ］殿［どの］の観音　　＃
この美しい、りっ＃
ぱなほとけさまは、＃
いまから千三百年ば＃
かりまえに作られた＃
ものであります。＃
夢殿の観音といって、いまでも、多くの人々からたっとばれ＃
＜Ｐ－１０３＞
ている作品です。　　＃
はじめてのお金　　＃
これは、千二百年ほどまえに、はじめて作られた日本のお金＃
です。いまつかっているお金とずいぶんちがい＃
ます。四角なあながあいていたり、クロスワー＃
ズパズルのようにならんだ文字があったりして、＃
おもしろいお金です。お金がなかったときにく＃
らべて、お金ができてからはどれほど便利になっ＃
たか、考えることができますか。　　＃
＜Ｐ－１０４＞
ほうおう堂　　＃
これは、九百年ほどまえに作ら＃
れた平［びよう］等［どう］院［いん］という建物の中にある＃
名高いほうおう堂です。＃
ほうおう堂という名まえは、屋＃
根のかざりにほうおうがついてい＃
るからだといわれていますが、屋＃
根の形や左右にのびたろうかのかっ＃
こうにも、ほうおうという鳥の美＃
しいすがたがあらわれていること＃
に氣がつくことでしょう。　　＃
＜Ｐ－１０５＞
大［やま］和［と］絵［え］　　＃
絵の中ほどをごらんなさい。大きなげた＃
をはいた女の人が、おともをふたりつ＃
れています。この人たちの着物やか＃
ぶりものなども、いまのものとずい＃
ぶんちがっています。＃
向こうがわに店がみえます。皮ざ＃
いくの店らしく、なにかの毛皮がひ＃
ろげてあります。くだものをならべた＃
やお屋らしいのもあります。これは、平［へい］＃
安［あん］時代の町の風景で、大和絵でやわらかに＃
＜Ｐ－１０６＞
かきあらわされています。　　＃
絵卷物　　＃
四つに組んだ大ずもう。かえ＃
るは、うさぎの耳をくわえて、＃
得意の足かけをしました。うさ＃
ぎはけんめいにこらえましたが、＃
たおれそうです。たまりかねた＃
二ひきのうさぎが、うしろから＃
手をふり足をふって、おうえん＃
をはじめました。＃
土ひょうは、はぎやすすきが＃
＜Ｐ－１０７＞
さきみだれた秋の野原。これは、鳥［と］羽［ば］僧［そう］正［じよう］という人がかいた動＃
物絵卷の一場面であります。平安時代の終りから鎌［かま］倉［くら］時代にか＃
けての藝術の中で、とくにすぐれたものの一つです。＃
さあ、うさぎが勝つでしょうか、かえるが勝つでしょうか。　　＃
仁［に］王［おう］さま　　＃
こんどは仁王さま。＃
大きな目、のびた手＃
さき、しっかりふま＃
えた両足、どこをみ＃
ても、力があふれて＃
います。＃
＜Ｐ－１０８＞
仁王さまは寺の門＃
に立って、ほとけさ＃
まをおまもりします。＃
右の仁王さまをほっ＃
たのは運［うん］慶［けい］だといわ＃
れています。ふたつ＃
とも鎌倉時代の作で、ほりものとして代表的なものです。　　＃
能面　　＃
これは能につかうお面です。＃
舞う人のあるきかたや、身ぶりや、手ぶりによって、このお＃
面は、生きもののように、いろいろな表情をあらわします。室［むろ］＃
＜Ｐ－１０９＞
町［まち］時代の藝術品です。　　＃
イソップ物語　　＃
三年生のときに習ったイ＃
ソップ物語。イソップ物語＃
はイソップという人が書い＃
たお話ですが、これをキリスト教の宣教師が日本に傳えたのは、＃
三百五十年ほどまえのことです。＃
いんさつ機も外國から渡ってきて＃
いましたから、こんなりっぱな本が＃
できました。日本のことばになおし＃
てローマ字で書いてあります。＃
＜Ｐ－１１０＞
外國から書物が新しくはいってくることは、外國人の心が傳＃
わることで、日本はこのような心をとりいれて、どんどん育っ＃
てきました。　　＃
まき絵書だな　　＃
これは、茶だんすににていますが、＃
そうではありません。江［え］戸［ど］時代にで＃
きたまき絵書だなです。＃
まき絵というのは、うるしをぬっ＃
たうえに、金や銀のこなをまいて、もようをあらわしたもので＃
す。また、なまりや貝などをはめこんだものもあります。黒う＃
るしの中に、銀や貝が光をはなっているのは、なんともいえな＃
＜Ｐ－１１１＞
い美しさです。＃
まき絵は、日本のすぐれた工藝＃
品の一つで、古くから外國人にも＃
てはやされてきました。　　＃
浮［うき］世［よ］絵［え］　　＃
おなじみの富［ふ］士［じ］山の絵です。こ＃
の絵は北［ほく］斎［さい］という江戸時代の人の＃
かいたもので、浮世絵といいます。＃
この浮世絵は、版画で、絵をか＃
く人と、それを木にほりつける人＃
と、紙にすりあげる人との共同作＃
＜Ｐ－１１２＞
品なのです。三人がひとつに心をあわせた美しさは、このとお＃
りりっぱなものとなって生まれたのです。　　＃
解体図　　＃
これは、オランダのターヘル＃
アナトミアという人体のことを＃
絵いりで説明した本を、いまか＃
ら百八十年まえに、日本で出版＃
したものです。＃
表紙の文字は、「かいたいず」＃
と読みます。そのころまで、人間のからだがどうなっているか、＃
ほとんど知られていなかったのですが、この本によって、日本＃
＜Ｐ－１１３＞
の医学は、はじめてしっかりしたものとなりました。この本を＃
日本語になおすのには、どれほど苦心したかわかりません。新＃
しい学問をきり開いていくときは、いつの時代でもなみなみの＃
どりょくでなしとげられるものではありません。　　＃
汽車第一号　　＃
なんとかわいい汽車ではありません＃
か。これは、汽車第一号で、明治五年＃
九月十二日、はじめて日本で東京横［よこ］浜［はま］＃
間を走ったものであります。汽車にか＃
ぎらず、船でも、自動車でも、日に日＃
に進歩しています。そうして、遠いと＃
＜Ｐ－１１４＞
ころも近くなり、世界はだんだ＃
ん小さくなるような氣がします。　　＃
議事堂　　＃
みなさんがたの代表が、全國＃
からここに集まって、いろいろ＃
なことを相談します。平和な國＃
日本を作るために、また、文化＃
國家をきずくために。＃
こんどの新しい憲法は、この＃
議事堂でたんじょうしました。　　＃
＜Ｐ－１１５＞
おしまいのことば　　＃
これで、日本の面影を写した写眞帳が終りました。このよう＃
な歩みをたどってきた日本を、これからどうもりたてていけば＃
いいでしょうか。＃
それは、民主主義ということばをほんとうに生かしていくよ＃
りほかに道はありません。ことばを生かすということは、身に＃
行うということです。＃
こうして、みんなの歩調がそろったときに、はじめて、日本＃
が正しい、美しい國となることができましょう。　　＃
