＜出典＞６６１　　　国定読本　６期６－１
＜Ｐ－００２＞
もくろく　　＃
一　　しずかな午前………四　　＃
二　　眞理………八　　＃
智識と迷信　　＃
ガリレオ　　＃
三　　みどりの野………十七　　＃
四　　ホートン風景………二十六　　＃
五　　電話………三十七　　＃
＜Ｐ－００３＞
六　　そよ風………四十六　　＃
土　　＃
チューリップ　　＃
しか　　＃
きり　　＃
短日　　＃
わらいの歌　　＃
牧場　　＃
わたしの心はにじを見るとおどる　　＃
七　　ある画像………五十三　　＃
＜Ｐ－００４＞
一　　しずかな午前　　＃
ごらん、まだこのかれ木のままの、高い＃
けやきのこずえの方を。＃
そのこずえの、細い、細い小枝のあみ目＃
の先にも、＃
はやふっくらと、季節の命はわきあがって、＃
まるで、息をこらしてしずかにしている、＃
子どもたちのむれのように。＃
その、まだ目にもとまらぬ、小さな木の＃
＜Ｐ－００５＞
めのむれは、＃
おたがいにひじをつつきあって、ことば＃
のないかれらのことばで、なにごとか、＃
ささやきかわしているけはい。＃
春は、はや、しばふに落ちかかる木もれ＃
日のしま目もようにもちらちらとして、＃
あさい水には、あしのめがすくすくと、＃
するどい角をのぞかせた。＃
長くかなしみにしずんだものにも、＃
春は、希望の帰ってくるとき。＃
新しい勇氣や空想をもって、＃
春は、また、樂しい船出のほぬのを、高＃
＜Ｐ－００６＞
くかかげる季節。＃
ひばりやつばめも、やがて、遠い國から＃
ここに帰って來て、＃
私たちの頭上にとびかい、歌うだろう。＃
すみれ、たんぽぽ、わらびや、ふきや、＃
たけのこや、＃
ちょうや、はち、へびや、とかげや、青＃
がえる。＃
やがて、かれらもせいぞろいして、かげ＃
ろうのたいまつをたいて、おしよせて來る。＃
ああ、そのさかんな春のきざしは、よも＃
にあらわれて、＃
＜Ｐ－００７＞
目に見えぬかすみのようにたなびいている、のどかな午前。＃
どこともしれぬ方角の、遠い、はるかな空のおくで、鳴いて＃
いるからすの声も、＃
ほんとうにのんびりとして、ゆめのように、眞理のように、＃
白雲をかたにまとった小山をめぐって、聞えてくる。＃
ああ、季節のこういうのどかなとき、＃
こういうしずかな午前にあって考える、＃
「人生よ、長くそこにあれ。」　　＃
＜Ｐ－００８＞
二　　眞理　　＃
知識と迷信　　＃
知識は、人から教えられたり、自分で本＃
を読んだり、考えたり、調べたりして、しだ＃
いにましていく。一人まえの人として、自分のつとめをはたし＃
ていくために、知識をますことは、たいせつなことがらである。＃
知識には、浅いものと深いものがあるが、その深く進んだも＃
のを科学的知識という。深い、正しい知識を得るには、考えた＃
り、調べたり、また、種々の器械をつかって観察したり、実驗し＃
たりする。そうして、これをいくどもくり返してたしかめ、す＃
＜Ｐ－００９＞
でに知ったことを材料として、考えをおし進め、種々のことが＃
らの関係を明らかにして、きまった法則を知る。＃
いいかえれば、ものごとの原因と結果との関係や、その間に＃
行われる法則を知って、ととのった知識とし、また、さらに進＃
んだ研究をする土台にするのである。たとえば、花のおしべと＃
めしべとの関係についていうと、おしべのかふんがめしべにつ＃
かないようなくふうと、いま一つ、よくつくようなくふうをし＃
て、その実驗を重ね、かふんがめしべにつくときはよくみのる＃
が、つかないときはみのらないことを、知るようなものである。＃
知識が開けず、科学の進まないところには、迷信が行われる。＃
むかしは、星を見て世の中がみだれるといったり、でんせん病＃
がはやると、ほうき星が出たからだといったり、あるいは、き＃
＜Ｐ－０１０＞
つねがつくとか、からすの鳴き声がわるいから不幸があるなど＃
といった。＃
今日でも、まだ、そうした考えがのこっている。たとえば、＃
移轉をするのに、方角がよいとかわるいとかいい、名まえの字＃
画を数えて、運がよいとかわるいとかきめたり、生まれた年に＃
よって、その人の性質や運命をきめたりしている。しかし、よい＃
といった方角へ移って困った人もあれば、わるいといった方角＃
へこして、つごうのよくなった人もある。同じ名まえの人も世＃
の中には多いが、ある人は、幸福なくらしをし、ある人は、た＃
いへん不幸になっている。漢字で名まえを書かぬ國の人々など＃
には、この考えのまったくあてはまらぬことは、いうまでもない。＃
日本には、毎年、約二百万人の人が生まれるが、これらの人＃
＜Ｐ－０１１＞
がみな同じ性質をもち、同じ運命をたどるとは、考えられない。＃
このように、道理にあわないことを信ずるのを、迷信という。＃
一つのことと他のこととの間に、すこしのつながりもなく、原＃
因と結果との関係もないのに、一つのことは他のことの原因で＃
あると、信ずるのである。＃
原因・結果の関係の簡單なものは、普通の知識によって知ら＃
れ、むずかしいものは、科学的研究によって調べられる。もと＃
より世の中には、科学的研究によっても、まだ知られていない＃
ことはたくさんあるが、それは、学者がいろいろに考えて、原＃
因と結果との関係を調べきわめている。＃
よいことやわるいこと、まっすぐなことや曲がったことは、＃
知識をもととして考えなければならない。そうして、人は、道＃
＜Ｐ－０１２＞
理によって動かなければならない。知識によらず道理によらず、＃
いたずらに理由のないことを信ずる迷信は、今日、世の中にど＃
れほど害をなしているかしれない。＃
知識を廣め、学問を研究して、迷信をまったくとり去ってし＃
まうようになれば、日本の國は、今日よりまだまだ進むことで＃
あろう。　　＃
ガリレオ　　＃
朝になると、日は東の空からのぼり、夕がたになると、西の＃
空にしずみます。月も、東の空から西の空に向かって動きます。＃
地面は平らなもので、日や月が、東から西へまわっているよう＃
に思われます。＃
＜Ｐ－０１３＞
こういううぶな考えかたがもとになって、＃
東洋でも西洋でも、天は動き、地はじっとし＃
ていて動かないという、いわゆる天動説が行＃
われていました。＃
しかし、この天動説では、どうしてもかた＃
づかないようなことが、目についてきたのです。熱心な学者が、＃
だんだんそれを発見しました。＃
火星や金星・木星などのような星は、太陽のまわりを、大き＃
く輪をえがいて、まわっていることがわかり、また、地球もまる＃
い形をしたもので、火星などと同じように、太陽のまわりをま＃
わっている星の一つだ、ということもわかりました。つまり、天＃
動説とは反対に、地動説が出てきました。これを最初にいいだ＃
＜Ｐ－０１４＞
したのは、十六世紀の中ごろに死んだ、ポーランドのコペルニ＃
クスという人です。＃
しばらくして、ドイツ人でケプラーという人が出ました。こ＃
の人は、すぐれた数学者で、また熱心な天文学者でした。いっ＃
しんに観察したり研究したりして、そういう星――これをわく＃
星といいますが――の空にえがく道は、だえん形であって、太＃
陽はいつもその焦点にいるものだ、ということを発見しました。＃
そのケプラーと同じころ、イタリアのピサに生まれたガリレ＃
オという学者がありました。わかいころからいろいろな発見や＃
発明をしました。自分で望遠鏡を組みたてて、それで天体を観＃
察し、数学でこまかに計算した結果、コペルニクスのいったと＃
おり、天は動くものではない、地球が動くのだということを、＃
＜Ｐ－０１５＞
明らかにしました。地は動くといっても、それは一種ではあり＃
ません。自轉といって、一晝夜に一どずつ、自分で西から東へ＃
一回轉します。また、公轉といって、自轉をしながら、だえん＃
形のきまった輪をえがいて、一年に一回、太陽のまわりをまわ＃
ります。これで、夜と晝とがあるわけも、春・夏・秋・冬のあ＃
るわけも、すっかりわかったのです。＃
しかし、そのころの教会のぼうさんたちは、天動説を信じて＃
いましたので、ガリレオを呼びだし、その説を人に教えてはな＃
らない、といいました。ガリレオも、十三年ばかりは、だまっ＃
て研究を続けていましたが、だまっていられず、本を書いて、＃
地動説を強くとなえました。＃
そのため、ガリレオは、ローマに呼びだされて、自分でも信＃
＜Ｐ－０１６＞
じてはならぬ、人にも説いてはならぬ　といわれました。ガリ＃
レオは、年をとってもいたし、めくらにもなりかけていたので、＃
やむを得ず自分の説はあやまりであったということにして、ゆ＃
るしてもらいました。＃
では、ガリレオは、はく害のため、考えをかえてしまったの＃
かというと、そんなことはありませんでした。「やはり地球はま＃
わる。」と信じて、死ぬまで眞理を求めていたのです。　　＃
＜Ｐ－０１７＞
三　　みどりの野　　＃
デンマルクは、みどりの牧場と、もみと、しら＃
かばの森林と、近海の漁場のほかには、鉱山があ＃
るのでもなく、いい港があるのでもなく、わが九［きゆう］州［しゆう］ほどの本國＃
と、三つの島からなっている、小さな、しずかな國であります。＃
美しいおとぎばなしを、世界の子どもたちにおくった、アン＃
デルセンの生まれた國であります。＃
世界の樂園といわれるこの國も、千八百六十四年に、ドイツ＃
オーストリア二國との戰いに敗れ、賠償として、シュレスウィ＃
ヒとホルスタインという、作物のよくできる二州をとられまし＃
＜Ｐ－０１８＞
た。もともとせまい、小さな國ですのに、そのもっともよい土＃
地を失いました。ですから、いかにして、國運をもとどおりに＃
するか、これが、デンマルクの愛國者たちの心をくだいた、もっ＃
とも大きな問題でありました。＃
戰いは敗れ、國はけずられ、國民の意氣はしずみ、その活動＃
はおとろえました。たとえ戰いに敗れても、精神的に敗れない＃
國民こそ、眞にすぐれた國民でしょう。國のおこるかほろびる＃
かは、このときにさだまり、この苦しいときにうちかつことの＃
できる國民だけが、國の建てなおしという大事業をなしとげて、＃
さかえるのであります。＃
このとき、希望をいだいてたちあがったひとりの軍人があり＃
ました。戰場から帰ったダルガスです。かれは、その胸に國運＃
＜Ｐ－０１９＞
回復の計画をたて、その顏にほほえみをたたえて、つるぎで失っ＃
たものを、すきでとり返そうと決心したのです。＃
ダルガスは、戰いの間、橋をかけたり、道路をつくったり、＃
みぞをほったりするときに、よく、國土の地質や地味を研究し＃
ましたが、こんどは、のこった土地の大部分をしめるユートラン＃
ドのあれ地と戰い、これを豊かな土地にしようとする大計画を＃
たてました。ダルガスは、とおりいっぺんの空想家ではありま＃
せん。かれは、科学者であり、理想を実現する誠意にみちてい＃
ました。ユートランドは、デンマルクの半分以上もあって、その＃
三分の一以上が、作物のできない土地であります。これをこえ＃
た土地とするのが、ダルガスのゆめであります。このゆめを実＃
現するために、ダルガスのとるべき手だては、ただ二つしかあ＃
＜Ｐ－０２０＞
りません。その第一は水で、その第二は木でありました。＃
ユートランドの平野には、八百年あまり前には、よくしげった＃
森林がありました。しかし、切りとるばかりで手入れをおこたっ＃
たために、土地は、年を追ってやせおとろえ、ついに、あれは＃
ててしまったのです。＃
これを生かすのは、みぞをほって水をそそぎ、平野の雜草を＃
かりとり、じゃがいもか牧草を植えることにありますが、もっ＃
ともむずかしいのは、あれ地に木を植えることです。＃
ダルガスは、このあれ地に育つ木があるかないか、まず、こ＃
のことについて研究を重ねました。そこで思いついたのは、ノ＃
ルウェー産のもみの木でありました。これなら、ユートランドの＃
あれ地にも育つだろうと思って、実際に試驗してみると、もみ＃
＜Ｐ－０２１＞
の木ははえるが、数年ならずしてかれてしまいました。ユート＃
ランドのあれ地は、もはや、この強い木をやしなうにたる地力＃
さえ、のこしていませんでした。＃
しかし、ダルガスの誠実は、これがためにくじかれることな＃
く、「自然は、このむずかしい問題を、かならず解決してくれる＃
にちがいない。」と、熱心に研究を続けました。そうして、かれ＃
がふと思いうかべたのは、アルプス産の小もみを移植してみた＃
らどうか、ということでありました。これをノルウェー産のも＃
みの間に植えてみると、両種のもみは、たがいにならんで生長＃
し、年がたってもかれないで、よくしげりました。ユートラン＃
ドのあれ野には、年ごとに、みどりの野が廣がりました。ダル＃
ガスの希望であり、デンマルクの希望であるこの植林は、みご＃
＜Ｐ－０２２＞
とに実現されました。そこで、デンマルクの國運回復の意氣は、＃
年々高まってきました。しかし、問題はまだのこっています。＃
みどりの野はできたが、ユートランドのあれ地から建築用材を＃
求めるダルガスの熱望は、実現されません。もみは、ある大き＃
さまでのびると、そこで生長をとめました。アルプス産の小も＃
みを植えたので、かれるのはふせがれましたが、その生長は、＃
これによってはたされなかったのであります。デンマルクの農＃
夫たちは、「ダルガス、おまえがくれるといった材木を、さあ早＃
くもらいたい。」といって、かれにせまりました。＃
ダルガスの長男、フレデリック・ダルガスは、父の質を受け＃
て、植物の研究がすきでしたが、かれは、もみの生長について、＃
大きな発見をしました。わかいダルガスは、父に、＃
＜Ｐ－０２３＞
「大もみがある大きさ以上に生長しないのは、きっと、小もみ＃
をいつまでも、大もみのそばにならべておくからです。もし＃
ある時期になって、小もみを切りはらってしまったら、大も＃
みは土地をひとりじめして、生長するにちがいありません。」＃
といいました。＃
わかいダルガスの意見を、実際にためしてみると、そのとお＃
りになりました。小もみは、ある大きさまでは、大もみの生長＃
をうながす力をもっているが、それをこえると、かえってさま＃
たげになるという、植物学上の事実が、ダルガス親子によって、＃
発見されたのであります。このおかげで、ユートランドのあれ＃
地には、おいしげったもみの林が見られるようになりました。＃
ダルガス親子の発見と努力によってもたらされた、よい結果＃
＜Ｐ－０２４＞
は、木材だけにとどまりません。第一、ユートランドの氣候が、＃
そのよい感化を受けました。しげった木のない土地は、熱しや＃
すくさめやすいから、ダルガスの植林以前は、ユートランドの＃
夏は、晝は暑く、夜はときに、しもさえ見ることがあったのです。＃
そのころ、ユートランドの農夫のつくった農作物は、じゃが＃
いも・くろむぎ、そのほかわずかのものにすぎませんでしたが、＃
植林が成功してから以後の農業は、すっかりかわりました。夏、＃
しもがおりるのはまったくやみ、こむぎ・さとうだいこんなど、＃
北ヨーロッパ産の農作物で、できないものはないまでになりま＃
した。ユートランドのあれ地は、大もみの林がしげったために、＃
こえた田園となりました。木材があたえられたうえに、いい氣＃
候があたえられました。そればかりでなく、しげった林は、海＃
＜Ｐ－０２５＞
岸からふき送る砂ぼこりをふせぎ、さらに、北海岸特有の砂丘＃
を、海岸近くでくいとめました。＃
しもは消え、砂は去り、そのうえ、大水の害がのぞかれたの＃
で、すたれた都市はふたたびおこり、新しい町村が、いたると＃
ころに生まれました。土地のねだんがあがって、あるところで＃
は、百五十ばいになりました。道路・鉄道は、いたるところに＃
しかれました。とうとう、ユートランドは生まれかわりました。＃
戰いによって失われたシュレスウィヒとホルスタインとは、す＃
でにつぐなわれて、なおあまりあることになりました。＃
ところが、ここに、木材よりも、農作物よりも、とうといも＃
のが生き返りました。それは、全國民のたましいでした。デン＃
マルク人のたましいは、ダルガスの研究と実行の結果として、＃
＜Ｐ－０２６＞
すっかり生まれかわりました。敗戰のために意氣のおとろえた＃
國民は、希望をとり返し、誠実な研究と、がまん強い実行と、＃
熱誠な共力によって、あれ地をみどりの野とし、祖國を生き返＃
らせ、ついに、今日のような平和國家をうち建てました。　　＃
四　　ホートン風景　　＃
ペキンの町には、ホートンが、あみの目のように通じている。＃
ホートンというのは、小路のことである。＃
どこの家も、高い土べいを立てめぐらしているので、小路は、＃
おのずから高い土べい続きになっている。あまり廣くもない道＃
＜Ｐ－０２７＞
の両がわの土べいの上から、えん＃
じゅや、やなぎや、ねむのきの枝＃
などが、ずっとのびだしている。＃
それで、ホートンは一本のトンネ＃
ルのようになって、どこまでもつ＃
ながっている感じがする。＃
一見、なんのかわったところも＃
ないような、このホートンではあ＃
るが、ここに住んでいる子どもたちにとっては、かけがえのな＃
い、樂しい遊び場所であり、なつかしい思い出の天地である。＃
冬は冬で、風あたりの少いホートンの廣場に、子どもたちが＃
たむろして、日だまりを樂しみ、夏は夏で、ひんやりとした土＃
＜Ｐ－０２８＞
べいの日かげを選び、風の通り場で遊んでいる。＃
遊ぶといっても、べつに、おもちゃや絵本などを持って遊ぶ＃
わけではない。そのへんを走ったり、地面にこしをおろして、＃
あなをほったり、土でおだんごのようなものをこしらえたり、＃
遠くの方からひびいてくる、いろいろなもの音に、耳をかたむ＃
けたりしているのである。＃
もの音には、いろいろなものがある。まず、もの賣りが鳴ら＃
して來る鳴りものの音がおもしろい。＃
床屋が通る。客のこしかける赤いいすや、せんめん器や、道＃
具を入れた赤いはこを、てんびんぼうでかついでやって來る。か＃
た手には、大きな毛ぬきのようなものを持ち、かた手には、鉄＃
ぼうをにぎっていて、ときどき、毛ぬきを鉄ぼうでいきおいよ＃
＜Ｐ－０２９＞
くしごく。すると、「ビューン」と、あとをひくようなひびきがす＃
る。その「ビューン」がとまると、そこでは、どこかの子どもが、＃
もう、頭をつるつるにそられている。＃
糸屋が來る。荷車をひきながら、ゆっくり歩いて來る。でん＃
でんだいこのような、ブリキのつづみを鳴らしてやって來る。＃
「チャカチャン、チャカチャン」と、かるやかな、はずむような音＃
をたてる。どこからともなく、女の人たちが集まって來て、糸＃
屋さんをとりまく。黄色や、赤や、白の糸たばがくりひろげら＃
れ、にぎやかな話が続く。＃
いかけ屋が來る。これも、いろいろな道具を入れた荷をかつ＃
いでいる。前の荷の上に、小さなどらをぶらさげ、その両がわ＃
に、ふんどうをつるしておく。歩いて行くと荷がゆれて、しぜ＃
＜Ｐ－０３０＞
んにふんどうがどらにあたる。「ボーン」と、かわいらしい音をた＃
てる。＃
どらにも、大小さまざまあって、音色もちがうし、同じ大き＃
さのどらでも、そのうちかたによって、調子がちがう。「あの音＃
は、おもちゃ屋さんだ。」「いまのは、あめ屋さんだ。」と、それぞれ＃
子どもたちにはすぐわかる。＃
その中で、いちばんさわが＃
しくて、大きな音をたててや＃
って來るのは、さるまわしで＃
ある。＃
「ジャン、ジャン、ジャン」＃
と、はげしくたたいておいて、＃
＜Ｐ－０３１＞
てのひらで、きゅうにどらをおさえるので、「ジャン、ジャン、＃
ジャッ」というように聞える。＃
これを聞きつけて、子どもが大ぜい集まる。まるく輪になっ＃
たその中で、さるがさまざまな藝をする。三［さん］國［ごく］志［し］とか、西［さい］遊［ゆう］記［き］＃
とかいった、中［ちゆう］國［ごく］のむかしものがたりをやるつもりなのだが、＃
さるは、とちゅうできょとんとしてやめてしまったり、とんで＃
もないべつのことを演じたりする。それが、見ている人には、＃
かえっておもしろい。さるまわしは、さるをつかったり、せり＃
ふをいったり、はやしをいれたりしなければならないので、な＃
かなかいそがしい。＃
鳴りものをつかわないで、呼び声でやって來る者もある。＃
まんじゅう屋がそうだ。朝早く、大きな声で呼びながら、ふれ＃
＜Ｐ－０３２＞
歩いて來る。やっと目がさめたころ、遠いところを通るその声＃
を聞くのは、ゆめの中の声のように思われる。＃
春は、なえ賣りがやって來る。＃
夏は、きんぎょ賣りがやって來る。「さあさあ、きんぎょをお＃
買いなさい。大きなきんぎょに小さなきんぎょ。」こんなことを＃
いって通る。＃
アイスクリーム賣りがやって來る。「おいしい、おいしいアイ＃
スクリーム。においもさとうも大まけだ。」と歌う。＃
秋には、なつめ賣りがやって來る。ぶどう賣りもやって來る。＃
たとえ、鳴りものであろうと、呼び声であろうと、トンネルの＃
ようなホートンには、それが、ふしぎなほどよくひびきわたる。＃
このように、いろいろなもの音がひびくが、なんといっても、＃
＜Ｐ－０３３＞
いちばん耳に親しいものは、水を運ぶ一輪車の音であろう。水＃
に不便なペキンでは、一けん一けん、水を運んで行かなければ＃
ならない。大きな水おけをのせた一輪車が、「キリキリ、リリリ＃
リ」ときしみながら、かん高いひびきをたてる。だから、車の動＃
いている間、たえまなく、「キリキリ、リリリリ」がひびく。夏の＃
日には、この音がすずしい氣持をおこさせ、冬の日には、いか＃
にもさむざむとした氣持をおこさせる。＃
夜のホートンはまっ暗なので、はなをつままれてもわからな＃
いほどである。それだけに、空が美しい。月が出ていれば、出＃
ていたで美しく、星の夜であれば、またさらに美しい。青みが＃
かった明かるい夜空に、なんきんだまのような星がばらまかれ＃
て、一つ一つがかがやく美しさは、なんといったらよかろう。＃
＜Ｐ－０３４＞
ときには、ホートンの廣場などに、＃
かげ絵の舞台をこしらえて、そこで、＃
人形あやつりがはじまる。ほのぼのと＃
ゆれ動くかげ絵は、子どもの心をひき＃
つけてやまない。夜のふけるのも知ら＃
ないで、見とれてしまう。ふと氣がつ＃
いて、子どもたちは、あわてて家にも＃
どって行ったりする。＃
ホートンに面した家々の門には、「れ＃
ん」が書かれてある。れんは、めでたい文句や、詩の一節である＃
が、みな、りっぱな文字で書かれてある。小さな子どもは、絵＃
も字もわからないころから、ただ美しいかざりのような氣持で、＃
＜Ｐ－０３５＞
れんをながめている。それが、だんだん大きくなって、文字であ＃
ることがわかり、その文字の意味がわかってくると、いっそう＃
その美しさが胸にきざまれる。文字の國といわれるのも、いわ＃
れのないことではない。＃
正月には、門のとびら＃
に、まっかな紙の春れん＃
がはりつけられる。子ど＃
もたちは、そのあざやか＃
な色どりに、正月氣分を味わう。＃
早春になると、はとぶえが天から鳴ってきて、ホートンをに＃
ぎわわせる。これは、はとにふえをむすびつけてとばすのであ＃
るが、とぶと、風を受けてそのふえが鳴る。ふえには大小があ＃
＜Ｐ－０３６＞
るから、はとがむれになってとんで來ると、ふえの音がおのず＃
から和音をふくみ、それこそ天上の音樂である。＃
中庭のあんずがさいて、花びらがホートンへちらちらと降っ＃
てくるのも、このころである。＃
やなぎのわたが、どこからともなくたくさん舞ってくる。小＃
さな光ったわたが、土べいのかたすみにたまる。ふわふわとま＃
るくなって、風がふいてくると、ころころところがりだす。子＃
どもたちは、それをつかもうとして追いかける。＃
大通りを、ぶたがぞろぞろと歩いて行く。＃
あひるが、「ガア、ガア」とさわいで行く。＃
花よめ行列のラッパの音が、どこかでひびく。子どもたちは、＃
またそちらの方へ走って行く。　　＃
＜Ｐ－０３７＞
五　　電話　　＃
人　　三［さぶ］郎［ろう］　＃
ところ　　三郎のうちの一室　＃
右がわのかべに、電話がとりつけてある。左手につくえ。＃
電話のベルが鳴る。だれも出て來ない。一どとぎれて、ま＃
た鳴りはじめる。＃
三郎が、ぼうしをかぶったままとびこんで來て、受話器を＃
とる。＃
三郎「もしもし……そうです。あ、おばさん。だれかと思った…＃
＜Ｐ－０３８＞
…え、いま学校から帰ったばかり……おかあさん、配給物＃
を取りに行ったんじゃないでしょうか。げんかんがしまっ＃
ていたから……はい、え……でも、おばさんだって、このご＃
ろちっとも來てくださらないじゃないですか。え、え、は＃
い……そうですか。ほんとう……こんどの日曜ね。（わらって、）＃
いらない。ごちそうなんてたくさん。だから、ほんとうにつ＃
れて行ってくださいよ……ええ、一ど、三年のときだった＃
か、遠足で行きました……お客さん、ぼくの知っている人＃
……だれかしら……じらさないでいって……え、おとうさ＃
んが、そう……じゃあ、かわってください。（受話器を持っ＃
たまま、待っている。その間に、ぼうしをぬぎ、指先でくる＃
くるまわしながら、樂しそうなようす。）え、おとうさん。ぼ＃
＜Ｐ－０３９＞
く、三郎……はい……え……眞［しん］ちゃんが……マンシュウの眞ち＃
ゃんが、帰って來たんですか……いつ……え、うちに來た＃
んですか……へえ……はい……はい。たいへんだったでしょ＃
うね……四十日も……手紙が、はい……二番めのひきだし＃
の……上……はい。（つくえの方をちらちら見る。）今晩……＃
そうですか。あいたいな、早く……はい、四時ね。おかあ＃
さんに……はい。早く帰ってくださいね……（わらう。）だれか＃
と思ったんですよ。だって、おばさんたら、お客さんなん＃
ておっしゃるんだもの……行ってもいいでしょう……はい、＃
はい。」＃
三郎は、受話器をかけ、電話口から、つくえの方へ走りよ＃
＜Ｐ－０４０＞
って、ひきだしをあける。眞ちゃんが書きのこしていった手＃
紙を、とりだして読む。読み終ると、また電話口に行き、電＃
話をかける。＃
三郎「もしもし、五千二十五番ですか。きょう、マンシュウから＃
來た竹［たけ］田［だ］さん、おいででしょうか。はい、眞ちゃん……眞［しん］＃
二［じ］を呼んでいただきたいのです……はい。（電話のかかるの＃
を待っている。その間、かた手に持ったさっきの手紙をくり返＃
して読む。）はい、はい。あ、眞ちゃん。ぼく、三郎……う＃
ん……よかったなあ。きょう、うちに來たんだって……う＃
ん、うん……でもよかったよ。みんなで心配していた……＃
うん、そう……そうだってね。四十日の旅じゃつかれただ＃
ろう……うん、読んだ。いまここに持っている。なんべん＃
＜Ｐ－０４１＞
もくり返して読んだよ。電話番号が書いてあったもんだか＃
ら……そう……うん、うん……そんなこと……かまわない＃
よ。ぼくのがある。なんでもあるよ。いっしょにつかえば＃
いいよ……うん、氣のどく――そんな、だって、いまどこ＃
の家でも二けんぶんも、三げんぶんもの人が、寢とまりし＃
ているんだよ。ぼくの学用品を、ぼくひとりでつかうのは、＃
ぜいたくというもんだ。それに、うちはやけなかったから、＃
本だってたくさんある。いっしょに読もう。ああ、リック＃
サックも二つある。そうだ。おばさんがね、こんどの日曜、＃
きみをお客さんにして、ハイキングにつれて行くって……＃
ねえ……（わらって、）いいじゃないか。帰ったばかりだから、＃
お客さんさ……うん、うん。それで今晩來るんだろう。六＃
＜Ｐ－０４２＞
時ごろ……もっと早くおいでよ。話がうんとある。見せた＃
いものだって……なにを……それきみにくれたの……マン＃
シュウの子どもが。しんせつだね……え、ぼくに……い＃
らないよ。せっかくの記念品だから、とっておいたほうが＃
いいよ……うん、うん……そう、二つあるのならもらうよ＃
……うん……へえ……そんなにしんせつだったの。手紙が＃
だせるようになったら、いっしょに、そのマンシュウの子＃
どもに、お礼の手紙を書こうね……うん、おみやげより、＃
早くきみの顏が見たいよ。きょうはとまるだろう……うん、＃
樂しみにしているよ……おじさんやおばさんによろしく。＃
さようなら。」（受話器をおく。）＃
＜Ｐ－０４３＞
また、手紙を読みながら、舞台のまん中に出て來る。＃
三郎　手紙を読みながら、「生きて帰って來ました――か。（顏をあ＃
げて、そのことばを味わうように、）生きて帰って來ました…＃
…」＃
しばらくして、うらの方で、もの音がする。三郎、それに＃
氣がついて、＃
三郎「おかあさん、おかあさんなの……（と、うら手に行く……声＃
だけ続く。）おかあさん、眞ちゃんが帰って來たんだってね。＃
よかったね。よかったなあ……」＃
三郎の声が終るころ、しずかにまく。　　＃
＜Ｐ－０４４＞
この「子どもしばい」を＃
するための注意　　＃
しばいは、かならず、ふたり以上の会話から組みたてられて＃
います。ところが、このしばいは、舞台に出て來る人が、ただ＃
ひとりです。それでは、これはしばいではないかというと、そ＃
うではなく、これでも、しばいになっています。ただ、あいて＃
になる人が、見物人の目につかないだけです。そうでしょう。＃
電話のはじめの人は、三郎くんのおばさん、それからおとうさ＃
ん、そのあとはマンシュウから帰って來た眞二くん、おしまい＃
におかあさん。ですから、舞台に出ている人は、四人の人と話＃
をしているわけです。＃
ところが、この四人の声は、見ている人には聞えません。そこ＃
＜Ｐ－０４５＞
で、三郎くんの声と動きだけで、四人とそれぞれ話をしている＃
ようすを、見せなくてはなりません。そこに、このしばいのむ＃
ずかしさがあります。三郎くんのことばの間に、あいてがなに＃
かいっているわけです。ですから、文字にあらわれていないあ＃
いてのことばを考えて、それによって、「……」を時間的に短くし＃
たり長くしたりして、電話の話らしくしなければなりません。＃
あいてのいうことを聞いて、それから三郎くんのことばをい＃
い、そうして、三郎くんのことばだけで、すっかりようすがわ＃
かるように、くふうします。＃
見物人にせなかを向けないように、顏の表情がよく見えるよ＃
うにすることも、たいせつなことです。　　＃
＜Ｐ－０４６＞
六　　そよ風　　＃
土　　＃
ありが、＃
ちょうの羽をひいて行く。＃
ああ、＃
ヨットのようだ。　　＃
＜Ｐ－０４７＞
チューリップ　　＃
はちの羽音が、＃
チューリップの花に消える。＃
そよ風の中にひっそりと、＃
客をむかえた赤いへや。　　＃
しか　　＃
午前の森に、しかがすわっている。＃
そのせなかにその角のかげ。＃
あぶが一ぴきとんで來る。＃
はるかな谷川を聞いているその耳もとに。　　＃
＜Ｐ－０４８＞
きり　　＃
山の湖水のほとり、＃
「ます」小屋のランプが、＃
きゅうに暗くなりました。　　＃
短日　　＃
かれぎくをたいている。＃
とやへ追われて行く、白いレグホンたち。　　＃
＜Ｐ－０４９＞
わらいの歌　　＃
みどりの森が、喜びの声でわらい、＃
波だつ小川が、わらいながら走っていく。＃
空氣までが、わたしたちのゆかいなじょうだんでわらい、＃
みどりの丘が、その声でわらいだす。＃
牧場が、生き生きしたみどりでわらい、＃
きりぎりすが、樂しい景色の中でわらう。＃
メアリとスーザンとエミリとが、＃
かわいい口をまるくして、ハ・ハ・ヒとわらう。＃
＜Ｐ－０５０＞
わたしたちが、さくらんぼと、くるみのごちそうをならべると、＃
その木のかげで、きれいな鳥がわらっている。＃
さあ、元氣でゆかいに、手をつなぎましょう。＃
うれしいハ・ハ・ヒを、合唱しましょう。　　＃
牧場　　＃
牧場の泉を、そうじに行って來るよ。＃
ちょっと落ち葉をかきのけるだけだ。＃
でも、水がすむまで見ているかもしれない。＃
すぐ帰って來るんだから、きみも來たまえ。＃
＜Ｐ－０５１＞
子うしをつかまえに行って來るよ。＃
母うしのそばに立ってるんだが、＃
まだあかんぼうで、母うしがしたでなめると、よろけるんだ＃
よ。＃
すぐ帰って來るんだから、きみも來たまえ。　　＃
わたしの心はにじを見る＃
とおどる　　＃
わたしの心は、にじを見るとおどる。＃
おさないころにそうだった。＃
＜Ｐ－０５２＞
おとなになってる、いまもそうだ。＃
やがて老いても、そのように。＃
そうでなければ、死んでいたい。＃
おさな子はおとなの父だ。＃
それで、わたしは望ましい、＃
わたしの日々が、＃
自然をしたう心で、＃
一日一日と、むすばれていくように。　　＃
＜Ｐ－０５３＞
七　　ある画像　　＃
もとの先生から、一まいの絵はがきをいただきました。絵は、＃
はがきの上の方に、まるく原色ですってあります。まだわかい、＃
美しいおかあさんが、まるまるとふとったかわいいあかちゃん＃
をだいていて、その右の方に、もうひとりの子どもがよりかかっ＃
ている絵です。＃
その下の白いところに、先生の手で、＃
こう書いてありました。＃
「これは、いまから五百年ほど前に、＃
イタリアのラファエルという画家の＃
＜Ｐ－０５４＞
かいたもので、『いすによるマドンナ』といわれています。これ＃
を見て、どう思いますか。」＃
ぼくは、その絵を見ると、そのあかちゃんがキリストで、そ＃
のおかあさんがマリアだということは、すぐにわかりました。＃
そうして、その絵がだいすきになりました。＃
その氣持を、だれかに話してみたくてたまらなくなりました。＃
それで、すぐに、おとなりのおじさんのところへ行きました。＃
おじさんは、絵かきではありませんが、絵がすきで、それに、＃
わかいころ、世界をまわって來た人です。だから、この絵も、＃
本物をごらんになっているだろうと、思ったからです。＃
ちょうど、おじさんは、用事がなく、しょさいで、本を読ん＃
でいらっしゃいました。＃
＜Ｐ－０５５＞
「ああ、よく來たね。なにかおもしろいことでもあるのか。」＃
そういって、喜んでむかえてくださったので、先生からいただ＃
いた絵はがきをだして見せますと、＃
「それなら、もうすこし大きい＃
のがあるよ。」＃
といって、一まいの絵を＃
ひきだしからだして、見＃
せてくださいました。＃
ぼくは、絵はがきをそのす＃
りものとくらべてみると、ず＃
いぶんちがっているのにおどろ＃
きました。絵はがきでも、たいへ＃
＜Ｐ－０５６＞
んいい絵だなと思いましたが、おじさんので見ると、いっそう＃
生き生きとして、その着物やはだの色の美しいのにおどろかさ＃
れました。＃
「これでも、本物にくらべたら、やっぱり、月と太陽みたいに＃
ちがうといってもいいな。」＃
「そんなにちがうのですか、おじさん。」＃
「本物はね、いま、イタリアのフロレンスという町の絵画館に＃
かざってあるよ。ラファエルは、ウルビノというところで生＃
まれ、早くから絵のけいこをして、たいへんじょうずであっ＃
た。が、そのころ、レオナルド・ダ・ビンチだの、ミケラン＃
ジェロだのという天才の集まっていた、美術の中心のフロレ＃
ンスで、研究しているうちに、たいそう上達したのさ。＃
＜Ｐ－０５７＞
ミケランジェロとラファエルは、前後して、そこからローマ＃
に出て、へき画をかいたり、美しいしょう像などを、たくさ＃
んかいた。中でも、ラファエルは、マドンナの像をかくこと＃
が得意だった。その『いすによるマドンナ』は、おけのそこに＃
かいたという小さな絵だが、じつによくかけている。」＃
おじさんは、そういいながら、目を細くして、ありありとそ＃
の絵を目の前に見るようなようすをなさいました。＃
「ぼくには、よくわかりませんが、そのマリアは、たいへん美＃
しくて、いかにもおかあさんらしいと思うのです。」＃
「そう思うかね。いかにも、おかあさんの喜びという心持が、＃
よく出ているね。絵は、写眞で見ただけでは、明暗はかなり＃
わかるが、色がわからない。赤いところが黒くなったりする＃
＜Ｐ－０５８＞
ので、どうもよくない。色の＃
あるのは、その点はよいが、＃
すりがうまくいかないから、＃
また困る。」＃
「じゃあ、やっぱり、おじさんみ＃
たいに、旅行して來なくちゃ＃
だめですね。」＃
「まあ、そうだね。それはそう＃
として、ラファエルのかいた＃
マドンナのかわったのを見せ＃
てあげよう。」＃
おじさんはそういって、同じ＃
＜Ｐ－０５９＞
ひきだしから、一まいえらびだして、見せてくださいました。＃
「これは、ドレスデンの美術館にある絵で、『シストのマドンナ』＃
といわれている。これはどう思うかね。」＃
それは、せいの高いマリアがキリストをだいて立っていると、＃
老人のぼうさんらしい人が、その前にひれふしている絵でした。＃
「その絵は、たいへん感じがちがいますね、おじさん。なんて＃
いうか、ただのおかあさんではなくて、キリストのおかあさ＃
んという感じが、よく出ているんじゃないでしょうか。」＃
「ふふん、そう思うかい。きちんとした、おごそかな感じがす＃
るね。この絵は、たいへん大きなりっぱな絵だよ。わたしが＃
行ったとき、この絵の前には、一台の長いすがおいてあった＃
が、見物の人が、かわりばんこにやって來て、あいていると＃
＜Ｐ－０６０＞
きがなかったよ。」＃
ぼくは、それを＃
聞きながら、目を＃
あげて、かべにか＃
かっている一まい＃
の絵を見ました。＃
「あれも、西洋の＃
名画でしょう。＃
ぼくには、その＃
うまさがよくわからないけれど。」＃
「ああ、あれか。あれは、ミケランジェロのかいた、てんじょ＃
う画の一部だ。くらべてみて、うまさからいうと、ラファエ＃
＜Ｐ－０６１＞
ルのほうがうまいかもしれないが、深みやしんけんさは、ど＃
うだろう。でも、ラファエルのうまさは、普通の人にもわか＃
るだろうね。なんといっても、二十二か三のわかさで、せん＃
ぱいをしのいで大家になり、自由にふでをふるって、りっぱ＃
な作品をたくさんのこしたのはえ＃
らいよ。こんなことを考えて、き＃
みも勉強を続けるんだね。きっと＃
先生も、そんなお氣持で、この絵＃
はがきを送ってくださったんだろ＃
う。」　　＃
