＜出典＞６６３　　　国定読本　６期６－３
＜Ｐ－００２＞
もくろく　　＃
一　　まさに立つべし………四　　＃
矢と歌　　＃
朝ざくら　　＃
みかん　　＃
わか草　　＃
月夜　　＃
ばらの花　　＃
まさに立つべし　　＃
二　　大わしに乘った話………十九　　＃
三　　文字の話………三十四　　＃
＜Ｐ－００３＞
文字のはじめ　　＃
漢字　　＃
かな　　＃
ローマ字　　＃
日本語の書き表わしかた　　＃
四　　めぐりあい………四十三　　＃
赤絵のはち　　＃
熱情のことば　　＃
五　　その人のことば………七十七　　＃
六　　幸福の園………八十二　　＃
七　　最後の学級日記………百二十　　＃
＜Ｐ－００４＞
一　　まさに立つべし　　＃
矢と歌　　＃
空にはなちし　わがそ矢は、　　＃
あわれいずこに　落ちにけん。　　＃
ときいきおいに　まなこすら、　　＃
その行く末を　見ざりけり。　　＃
空にとなえし　わが歌は、　　＃
＜Ｐ－００５＞
あわれいずこに　落ちにけん。　　＃
いかに目ざとき　人とても、　　＃
声の行くえの　見えんやは。　　＃
遠くそののち　かしの木に、　　＃
矢はまだおれで　とどまりぬ。　　＃
歌のもと末　ふたたびも、　　＃
友の心に　あらわれぬ。　　＃
＜Ｐ－００６＞
朝ざくら　　＃
だいだいは実をたれ時計はカチカチと　　＃
朝ざくらみどり子にいうさようなら　　＃
家を出て手をひかれたるまつりかな　　＃
六つほどの子がおよぐゆえ水わかな　　＃
＜Ｐ－００７＞
冬の水一枝の影もあざむかず　　＃
うしはしずかにおのおのの大きな耳をむけぬ　　＃
みんてききりの中鉄のひびきのかじ屋の火　　＃
息白しいつまで残る明星ぞ　　＃
さい晩や火のこ豊かの汽車けむり　　＃
影絵めく牛馬朝日を織るあきつ　　＃
＜Ｐ－００８＞
みかん　　＃
みかんむこうと手ぶくろをぬぐ山ふかく　　＃
さくらさくら人が人が子を歩かせて　　＃
かわずだまりて人の足大きくすぐる　　＃
きみわれ口そそぐ朝のそこここの小流れ　　＃
＜Ｐ－００９＞
水はしずかに流るると見ればもの花　　＃
こどもら手をつないだ中を日ぐれのうまが通る　　＃
はまの子ら火をたく青き月夜となり　　＃
うまよ人間のかさから耳をだして　　＃
まんじゅしゃげおりすててある道のまんじゅしゃげさき続く　　＃
子どもみんな早口に話しつつ來る子どもと子ども　　＃
日の第一線が燈台の高きに　　＃
＜Ｐ－０１０＞
れんげつみて子といる母の黒いこうもり　　＃
月が出る山の家にうしをつないだ木　　＃
わか草　　＃
荒れ庭にしきたる板のかたわらにふるばちならび赤き花さ＃
く　　＃
いけがきのすぎの木ひくみとなり家の庭の植え木の青めふ＃
く見ゆ　　＃
ばらの木の赤きめをふくかきの上に小さき虫の出でてとぶ＃
＜Ｐ－０１１＞
見ゆ　　＃
人の家にさえずるすずめガラス戸の外に來て鳴け病む人の＃
ために　　＃
わか草のはつかにもゆる庭に來てすずめあさりてとなりへ＃
とびぬ　　＃
ガラス戸の外にかいおく鳥の影のガラス戸すきてたたみに＃
うつりぬ　　＃
月夜　　＃
＜Ｐ－０１２＞
ほととぎす鳴くに首あげガラス戸のとのもを見ればよきつ＃
くよなり　　＃
ガラス戸の外にすえたる鳥かごのブリキの屋根に月うつる＃
見ゆ　　＃
ガラス戸の外は月あかし森の上に白雲長くたなびける見ゆ　　＃
ガラス戸の外のつくよをながむれどランプの影のうつりて＃
見えず　　＃
紙をもてランプおおえばガラス戸の外のつくよの明らけく＃
見ゆ　　＃
＜Ｐ－０１３＞
あさき夜の月影清み森をなすすぎのこぬれの高きひくき見＃
ゆ　　＃
夜のとこにねながら見ゆるガラス戸の外明らかに月ふけわ＃
たる　　＃
照る月の位置かわりけん鳥かごの屋根にうつりし影なくな＃
りぬ　　＃
月照らす上［うえ］野［の］の森を見つつあれば家ゆるがして汽車ゆきか＃
える　　＃
＜Ｐ－０１４＞
ばらの花　　＃
大きなるべにばらのひと花思わぬをゆらら＃
にあかく開き満ちたる　　＃
目をあけてつくづく見ればばらの木にばらがまっかにさい＃
てけるかも　　＃
風くればばらはたちまち火となれりゆれにゆるるか照りそ＃
う風に　　＃
＜Ｐ－０１５＞
おどろきてわが身も光るばかりなり大きなるばらの花照り＃
かえる　　＃
ただみればこれかりそめのばらの花おどろきて見ればその＃
花動く　　＃
ひるすぎていよよにあかきばらの花いよよに重くかたむき＃
ふかむ　　＃
大きなるなにごともなきばらの花ふとのはずみにくずれた＃
りけり　　＃
＜Ｐ－０１６＞
まさに立つべし　　＃
少年たちよ、＃
野にはたらきて、＃
土ぼこり＃
顏よごすとも、＃
わするるな、＃
明かるくすめる＃
ながえ顏。＃
少女たちよ、＃
＜Ｐ－０１７＞
花そだてつつ＃
あきないて、＃
つづれ着るとも、＃
失うな、＃
やさしく清き＃
なが心。＃
わが祖國、＃
やがて立つべし。＃
きみたちの＃
そのまともなる＃
ひとみもて。＃
＜Ｐ－０１８＞
ああ、日本、＃
まさに立つべし。＃
きみたちの＃
そのやわらかき＃
たなごころもて。　　＃
＜Ｐ－０１９＞
二　　大わしに乘った話　　＃
ヨーロッパのアルプスの山々のうち、もっとも高い山の一つ＃
に、ユングフラウという美しい山があります。スイスの首府の＃
ベルンの町からながめると、まっ白に雪をいただく山々がなら＃
び立っています。その中で、一だんと高くそびえているのが、＃
このユングフラウの山です。これは、富［ふ］士［じ］山よりはすこし高く、＃
四千百七十メートルばかりの高さがありますが、そのほとんど＃
いただきまで高山植物のさきみだれているけいしゃ面を、ある＃
いは、氷河が無言の流れをきざんでいる深い深い谷の上を、登＃
山電車がわれわれを運んでいってくれます。＃
＜Ｐ－０２０＞
その登山電車のとちゅうにはいくつかの停車場があって、そ＃
こには、氣持のいい、小さなホテルがここかしこに立っていま＃
す。＃
ある夏のことでした。このユングフラウの山中のホテルに、＃
アメリカ人の一家族が來て、しばらくとまっていました。両親＃
と子どもふたり、ひとりは男の子で八つ、ひとりは女の子で四＃
つになるかわいい子どもたちでした。それに、この子どもたち＃
をせわする、ひとりの女の家庭教師がついていました。＃
朝の十時と午後の三時ごろと、日に二どずつ、このふたりの＃
子どもたちは、両親や家庭教師につれられて、散歩に出て來る＃
のでした。ニューヨークの大都会で育てられた子どもたちには、＃
このヨーロッパの高い山の中の生活は、見るもの聞くものがこ＃
＜Ｐ－０２１＞
とごとくめずらしく、ゆかいな樂しいものでした。＃
朝ぎりの中から、白い雲のわきたつように、すべり出るまっ＃
白なひつじのむれ、朝風にひびくすずの音、日光にかがやく高＃
山植物のかおり、その上に、まっ白な服をつけた少女の立って＃
いるようなけわしい山が、むらさきがかった大空の下に、わら＃
うようにそびえているのでした。＃
ある朝、このアメリカ人の家族は、いつものように散歩に出＃
ました。ふたりの子どもは家庭教師につれられて、めずらしい＃
草花をつみながら、がけの上をそろそろと歩いていました。男＃
の子は、小石を見つけては深い谷の中へなげこんで、それがコ＃
トコトと音をたてて下の方まで落ちていくのを、おもしろそう＃
に見ていました。女の子は、あぶない足どりで、山の上の方に、＃
＜Ｐ－０２２＞
また下の方にちらばっているひ＃
つじのむれを追いでもするよう＃
に、とかく家庭教師の手からは＃
なれて行きそうにしていました。＃
そのとき、ふいに、みんなの＃
頭の上が暗くなって、なんだか＃
大きなあらしがふき起ったよう＃
な音がしました。＃
なんでしょう。みんなが、お＃
どろいてその音の方へ顏を向け＃
て見ると、三メートルもあるよ＃
うな羽をひろげた大きな一わの＃
＜Ｐ－０２３＞
やまわしが、サアッという羽音をたてて、空中に風をまき起し＃
て、みんなの上へ舞いおりて來ます。「わっ。」という声をたてて、＃
みんな草の上へひれふすように、思わずたおれてしまいました。＃
しばらくして、ふと氣がついてみると、いままで先生のそば＃
にいた女の子のすがたが見えません。先生が第一にさわぎだす、＃
両親があわててあたりをかけまわる。見ると、そのがけの下の＃
方へゆったりとんで行く大きなやまわしのつめにつかまれて、＃
女の子はばたばたしているではありませんか。＃
さあたいへんだ。どうしたらいいか。人々はただ、「あれあれ。」＃
とさけぶばかりです。と、そのとき、だれか、その大わしのせ＃
の上へ、がけの中ほどからとびついたものがあります。だれで＃
しょうか。その人は、いっしょうけんめいにわしのせにしがみ＃
＜Ｐ－０２４＞
ついて、両足で鳥の腹をしめつけるようにしています。だれで＃
しょう。それは、十五六になるひつじかいの少年です。＃
このひつじかいは、がけの中ほどのあき地に、草のしげって＃
いる場所を見つけて、そこへひつじをつれておりて來ています＃
と、急に目の前へ、大きなわしがひとりの女の子をつかんで舞＃
いおりて來ました。いまそれをとめなければ、もうその女の子＃
は、どこへ持って行かれるかわかりません。そう思うと、勇ま＃
しいひつじかいは、身のあぶないこともわすれて、思わず鳥の＃
せにとびついたのでした。一つまちがえば、千ひろの谷間へ、＃
氷と雪の中へ、まっさかさまに落ちこむのでした。＃
さいわいにその勇ましい少年は、大わしのせにとびつき、そ＃
の上へ乘りうつって、両足で鳥の腹をしめつけ、上体をぴった＃
＜Ｐ－０２５＞
りと鳥のせにつけて、右手で鳥のつばさのつけねをつかみ、左＃
手を長くのばして、鳥が大づめでつかんでいる女の子のからだ＃
が下へ落ちないように、その上＃
帶をかたくにぎったのでした。＃
そうして、からだの重さで上＃
からぎゅうぎゅうとおしつけ、＃
両足でいっそうはげしく鳥の腹＃
をしめつけました。すると、さ＃
すがの大わしも、十五六の少年＃
に上からおされるので、その重＃
さにたえられなくなって、羽ば＃
たきも苦しげに、しだいしだいに、下の方へ落ちるように舞い＃
＜Ｐ－０２６＞
おりて行きました。＃
けれど、もしこのわしが、その舞いおりるとちゅうで、高い＃
木の上へでもとまろうものなら、それこそたいへんです。少年＃
はいつ鳥のせからふり落されないものでもない。一こくも早く＃
谷底の地面へおりてしまわなければならない。それに、もしま＃
たとちゅうで、このわしが大きなくちばしで女の子の頭でもつ＃
つけば、大けがをするか、殺される心配がある。そんなことの＃
ないうちに、どこでもいいから、安全な場所へおりなければな＃
らないと、少年は思いました。＃
ちょうど、発動機にこしょうのできた飛行機乘りが、安全な＃
着陸地を上からさがしているような氣持で、少年は、ときどき＃
大きな声をだして人々を呼んだり、とくに下の方にいる女の子＃
＜Ｐ－０２７＞
を元氣づけるために「だいじょうぶだ、安心しておいで、私が＃
いますくってあげるから。」といわずにはいられませんでした。＃
ところが、下につかまれている女の子は、あきらめたのか、＃
おそろしいのか、それともおどろいて氣でも失ったのか、すこ＃
しもさわがず、あばれもせず、じっとしています。もう呼吸も＃
なくなったのかと、そのことがまた、少年の氣にかかってきま＃
した。＃
とにかく、朝の冷たい空氣の中を、アルプスの深い谷の中を、＃
大わしは、少年をせにのせ、少女を下にさげて、ずんずん、落＃
ちるように、下へ下へとおりて行きました。もう、がけの上で＃
「あれあれ。」といっている人々の目には、小さな小さな黒い点か＃
なにかのようにしか見えなくなってしまいました。＃
＜Ｐ－０２８＞
そのとき、鳥はサアッという羽音をさせたかと思うと、もう＃
たまらなくなったのか、その重荷をふり落すように、ある岩角＃
のすこしあき地のあるところを＃
目がけておりて行きました。す＃
ると少年は、あぶないことが近＃
づいたと感じたので、左手は女＃
の子の上帶にかけたままで、右＃
手をはなして、手早く、自分の＃
こしにさしていた短刀をぬいて、＃
鳥がそのあき地へ身をおろすか＃
おろさないうちに、鳥のせ骨を＃
さけて一つきつき通し、鳥を後へひっくり返すようにするいき＃
＜Ｐ－０２９＞
おいで、ぱっと、地面へすばやくとびおりました。すると、鳥＃
は、不意のしゅうげきにおどろいて、思わず羽ばたきするとと＃
もに、つかんでいた女の子をはなして、あおむけにたおれかか＃
りました。いま、少年の左手には女の子が、右手には血にそまっ＃
た短刀があります。＃
少年は、必死のかくごで、すばやく女の子を自分のせなかに＃
かくしました。＃
大わしはすぐにとび起きて、きずのいたみもかまわず、おそ＃
ろしいいきおいで少年にとびかかって來ました。両方とも必死＃
の戰いです。少年は、右手に短刀をふりかざし、左手で女の子＃
をかばい、昔の物語に出てくる英ゆうのように、このたけだけ＃
しい相手を待ちかまえていました。＃
＜Ｐ－０３０＞
大わしは、太いけずめの最初の一げきで少年の頭をくだこう＃
と、向かって來ました。けれども、ひらりと身をかわした少年＃
は、身をかわすと同時に、右手の短刀で鳥のつばさに一たちあ＃
びせました。わしの白い下羽が、綿のように一面にちりました。＃
わしは、羽音はげしくすこし舞いたったかと思うと、こんどは＃
両羽をあおりたて、大きな風をまき起すようにして、少年の周＃
囲をおおい包むいきおいでせまって來ました。その目、そのく＃
ちばし、その羽音、まったく大きなあくまです。＃
少年が女の子を後にかばうようにして、すこしあとずさって、＃
岩角へ身をよせかけたとき、ちょうどそこに、手ごろなとがっ＃
た岩のかけらが目にはいりました。少年は、すばやく短刀を持＃
ちかえた右手で、その石を取るが早いか、目の前二メートルほ＃
＜Ｐ－０３１＞
どまでせまって來たこのあくまの胸をめがけて、全身の力をこ＃
めて投げつけました。ねらいのはずれようはずはありません。＃
大わしは、この思わぬいたでにおどろいて、ぱっと一まず舞い＃
たちましたが、まだこりないでやって來ました。＃
それからは、必死にとびかかる大わしと、この勇ましい少年＃
との戰いです。少年の投げつける石は、鳥のつばさに、胸に、＃
目に、ひしひしとあたります。そのたびごとに、鳥はさけび声＃
をたてて、苦しまぎれに、いっそうするどくとびかかります。＃
羽風で空氣がゆれ動き、ちょっとでもゆだんをすれば、それに＃
ふきとばされ、ちょっとでも氣をゆるめると、鳥のくちばしで＃
つき殺されます。まわりには、鳥の白い羽が雪のようにとびち＃
りました。その中で、女の子を後にかばいながら、少年は苦し＃
＜Ｐ－０３２＞
い戰いを続けていました。＃
そのとき、がけの中ほどから、ガヤガヤという人声が聞えて＃
きました。少女の両親たちが、そのへんにいたひつじかいたち＃
を頼んで、大急ぎでおりて來たのです。ようやく道を見つけて、＃
この鳥と少年との戰っている岩角近くまで來ました。けれども、＃
戰っている人と鳥とはむちゅうです。血まなこになって目の前＃
のてきを相手にしているものには、なんにも耳にはいりません。＃
ふいに「ドン。」という鉄ぽうの音がしたかと思うと、いままでむ＃
ちゅうになって少年目がけてとびかかっていた大わしは、空中＃
をころぶように、くるくる舞いをして、下の方へ、谷の中へ落＃
ちて行きました。少年はほっとして、思わず後へたおれかかり＃
ましたが、氣がつくと、もう自分のまわりには、おおぜいのひ＃
＜Ｐ－０３３＞
つじかいが集まって來ており、父親のうで＃
にだかれた女の子は、にこにこわらって、＃
この自分のすくい主へ手をさしだしていま＃
した。＃
そのときの少年の喜び、そのときの女の＃
子の両親の喜び、おおぜいの人たちのほめ＃
ことば、それはいまここでいうまでもあり＃
ません。目の前の美しい、大きなユングフ＃
ラウのまっ白な山までも、朝日の中のこの＃
勇ましい少年をほめたたえているようでし＃
た。　　＃
＜Ｐ－０３４＞
三　　文字の話　　＃
文字のはじめ　　＃
私たちは、自分の考えを表わすのに、こと＃
ばや、身ぶりや、手まねなどを用いる。けれ＃
ども、それをその場にいない人や、遠くにいる人に知らせるた＃
めには、文字に書くか、またほかに特別の表わしかたをしなけ＃
ればならない。これは、記おくのためにも必要な方法である。＃
それで大昔には、なわを結んで、その結びかたや、なわの色＃
や、なわの太さなどによって、いろいろな考えを表わした。ま＃
＜Ｐ－０３５＞
た、木の皮や、あさなわなどであんだひももつかい、色のちがっ＃
た貝や、じゅずだまを結びつけることも行われた。それから、＃
ぼうきれや、石や、貝がらなどに、はものなどでしるしをつけ＃
てしめすことも行われた。＃
これらの表わしかたとともに、事物の形を絵にうつすことも＃
行われた。＃
この絵のだんだんりゃくされてきたものが、文字というもの＃
の起りとなった。＃
いまから五六千年ぐらいまえに、アフリカのエジプトには、＃
そうした絵文字とよばれるものがあった。中部アラビアあたり＃
にも、これににた文字があった。＃
漢字も、もとは事物の形を表わした絵文字から起り、これが＃
＜Ｐ－０３６＞
だんだん変わって、しだいに形のきまったものとなり、今日の＃
ようになったといわれている。　　＃
漢字　　＃
漢字は、いまいったように、はじめ、事物＃
の形をうつしたものから発達したものである＃
が、形のないものは、この方法では表わすことができない。＃
そこでたとえば、数という形のないものを表わすのに、線を＃
横に一本引いたり、二本引いたりした。また、「うえ」「した」とい＃
う考えを表わすのには、線を横に引いて、「・」をその線のうえに＃
おいたり、したにおいたりして表わした。「上」「下」とかいう字の＃
＜Ｐ－０３７＞
起りである。＃
木は、もともと形をうつしてできたものであるが、それに線＃
を加えて、「もと」とか、「すえ」とかいう考えを表わすことにした。＃
いまの「本」「末」とかいう字はそれである。＃
また、それまでに作られた文字を組みあわせて表わすことも＃
くふうされた。たとえば、「日」と「月」をあわせて「明」が作られ、「木」を＃
二つならべて「林」、三つ重ねて「森」が作られた。＃
「枝・板」など、その文字の左側に「木」を書いて、「えだ・いた」など＃
と、「木」に関係のあることを表わし、字の右側に、「支・反」をおい＃
て、「シ・ハン」という音をしめしたりした。＃
漢字が中國から日本に傳えられたのは、千七百年ほどまえで＃
あるが、日本では、「山」を「サン」、「海」を「カイ」というようにもとの中＃
＜Ｐ－０３８＞
國の発音にしたがった読みかたをしたが、一方、「山」を「やま」、「海」＃
を「うみ」などとつかって、その漢字の意味にあった日本語をあて＃
て読むこともした。＃
このように、日本では一つの漢字をふたとおりに読んできた＃
が、中國の発音にもとづいた漢字の読みかたを「音」といい、日本＃
のことばによる読みかたを訓という。＃
それで、たいていの漢字には、この音と訓のふたとおりの性＃
質のちがった読みかたがある。しかも、字によっては、いくつ＃
かの音のあるものがあり、またいくつかの訓のあるものもある。＃
たとえば、「上・下・生」などの読みかたをちょっと考えてみただ＃
けでも、このことがすぐ理解されよう。　　＃
＜Ｐ－０３９＞
かな　　＃
日本では、中國から傳わった漢字をつかっ＃
ているうちに、その漢字から、日本語を表わ＃
すのに便利なかたかなや、ひらがなを作りだ＃
すようになった。＃
かたかなは漢字の一部分をとって作ったもので、たとえば、＃
「江」から「エ」、「加」から「カ」などと書くようになった。ひらがなはかた＃
かなのように漢字の一部分をとったのではなく、たとえば、「い」＃
は「以」、「は」は「波」、「に」は「仁」というように、漢字の全体をくずしたも＃
のから作りだしたものである。＃
かなは、日本の文化にとって、ほんとうに大きな発明で、こ＃
＜Ｐ－０４０＞
のかなのおかげで、日本のことばを、たやすくしかも自由にう＃
つすことができるようになった。あの有名な源［げん］氏［じ］物［もの］語［がたり］や枕［まくらの］草［そう］子［し］＃
などは、すべてこのかなによって書かれた作品である。＃
しかし、いまでは漢字の長所をいかして、かなに漢字をてき＃
とうにまぜるのが、文章のふつうの書き表わしかたとなってい＃
る。　　＃
ローマ字　　＃
ローマ字は、アメリカ・イギリス・フラン＃
ス・イタリア・トルコ・インドネシア・フィ＃
リピンなど、世界の大半につかわれている文字である。＃
＜Ｐ－０４１＞
ローマ字は、まえにいったように、その大もとをたずねれば、＃
エジプト文字から出たものである。このエジプト文字がフェニ＃
キアに移ってフェニキア文字となり、さらに、そのフェニキア＃
文字がギリシアに傳わってギリシア文字となり、それから、そ＃
のギリシア文字がローマに移って、現在のような形になった。＃
ローマ字といわれるのもそのためである。＃
ローマ字は、全部で二十六字である。＃
この二十六字のローマ字を利用して、発音のちがっている多＃
くの國々のことばが書き表わされている。＃
日本のことばも、ローマ字で書くことができる。＃
ローマ字をつかうと、字数が少なくてすむばかりでなく、発＃
音のこまかなところまで書き表わすことができて、標準語の教＃
＜Ｐ－０４２＞
育に役だつ。また、ローマ字は世界的の文字であるから、日本＃
語が世界の人々に親しまれるようになるであろう。　　＃
日本語の書き表わしかた　　＃
いま日本では、漢字と、かたかなと、ひら＃
がなとの三種類の文字をつかっており、その＃
うえ、ローマ字の教育にも努力している。＃
しかし、考えてみると、世界のどこに、こんなに三種類も四＃
種類もの文字をつかっている國があろうか。日本のことばをもっ＃
とも正しく、もっとも簡單に書き表わす方法がないものであろ＃
うか。私たちは、この問題をもっとよく考えてみよう。　　＃
＜Ｐ－０４３＞
四　　めぐりあい　　＃
赤絵のはち　　＃
まぶしい日の光をさけながら、銀［ぎん］座［ざ］通りをアメリカの一しょ＃
うこうが歩いていたが、ふと、ある店先で立ちどまった。ウイ＃
ンドにかざられてあるさらやはちを、しげしげとのぞきこみな＃
がら、＃
「美しい赤色だな。あの、ニューヨークのメトロポリタン博物＃
館の――」＃
とつぶやいた。＃
かれは、かるくドアをおしあけながら、＃
＜Ｐ－０４４＞
「あれは今［いま］右衞［え］門［もん］＃
燒［やき］じゃありませ＃
んか。古い燒物＃
そっくりですね。」＃
と、じょうずな日＃
本語で話しかけた。＃
店の主人はあわて＃
て、＃
「たいへん燒物がおすきのようですが、あなたは――」＃
と、あいさつともつかず、返事ともつかない答えかたをした。＃
「いや、これは失礼しました。私はハギンスというものですが、＃
じつは、私のブリンクリーじいさんがね――」＃
＜Ｐ－０４５＞
といって、すすめられたいすにかけて、樂しそうに語りだした。＃
話は明［めい］治［じ］初年のころにさかのぼる。＃
徳［とく］川［がわ］時代の長いしきたりが、明治になってすっかりようすを＃
変えてしまったので、それまでのものの考えかたや商賣では、＃
ふだんの生活さえむずかしくなってきた。そこで、日本の手工＃
業も、外國から新しい方法を学んで、つぎつぎと近代的工業の＃
道をたどっていくようになった。＃
ハギンスの祖父にあたるブリンクリーが、日本政府から頼ま＃
れて、鉄ぽうのうちかたを教えるためにやって來たのも、その＃
ころのことであった。＃
ある日、ブリンクリーは、どうやら覚えた日本語で、町をひ＃
＜Ｐ－０４６＞
とりで散歩していた。ひくい屋根も、あけはなした店も、のき＃
先にかかっているおもしろいかんばんも、かれには、みなめず＃
らしいものばかりであった。ある小さな店先に出ていた一まい＃
の赤絵のはちを手にとって、かれは、びっくりした。いままで＃
見たこともないみごとな燒物であったからである。＃
「これは賣りものですか。」＃
「はい、さようでございます。」＃
「いくらでしょうか。」＃
そのねだんのあまりに安いのにおどろいた。＃
「こんなものが、まだほかにもありますか。」＃
「いいえ、もうこれだけです。」＃
「どこで作りますか。」＃
＜Ｐ－０４７＞
「九［きゆう］州［しゆう］の有［あり］田［た］です。ときどき燒いては、この店に持って來ます＃
が、なにぶん作るのにてまのかかるもので。」＃
ブリンクリーは、まんぞくそうに赤絵のはちをながめながら、＃
その話のさきをうながした。店の主人は、きかれるままに語り＃
だした。＃
有田に燒物がはじめられたのは、いまから三百三十年ばかり＃
まえのことである。＃
佐［さ］賀［が］はん主は、お庭燒といって、自分の家でつかう食器とか、＃
おくりものにする燒物とかを作らせていたが、そのお庭燒の中＃
でも、「色なべしま」といわれる、色のはいったものが、いちばん＃
すぐれていたという。このお庭燒のために、細工人、画工、ちょ＃
＜Ｐ－０４８＞
うこく師、下ばたらきの者などが、三十数人かかえられていた。＃
そのほかに、色絵をつける赤絵屋もあったが、これははん主か＃
らゆるされた十六人だけが、有田に赤絵町を作って住み、この＃
赤絵製作の方法が他にもれないように、保護されていた。とこ＃
ろが明治になって、はん主の保護がなくなったうえに、いまま＃
で、燒く人と赤絵屋がわかれてしごとをしていたため、ひとり＃
でこの燒物を作ることは、むずかしいことであった。＃
今右衞門は、すぐれた赤絵の技術をどうかして残したいと考＃
え、自分でまず、燒くしごとからはじめた。しかし、そのしご＃
とも簡單にできあがるものではなく、白く燒けるはずのものが＃
黒くなったり、黄色くなったりして、失敗に失敗を重ねていっ＃
た。職人のちんぎんや材料のお金をはらうために、家の道具を＃
＜Ｐ－０４９＞
賣らなければならなかった。それでも、やりかけたこのしごと＃
はやめなかった。やが＃
て、思いどおりのもの＃
を作ることのできる日＃
がきた。しかし、この＃
ような美術品を買い求＃
めるようなものは、ほ＃
とんどいなかった。た＃
だわずかに外國人がこ＃
れに目をとめて買うこ＃
とがあるということを聞いて、作品を東［とう］京［きよう］や箱［はこ］根［ね］へ賣りだすこ＃
とにしたのである。＃
＜Ｐ－０５０＞
「そうですか。よくわかりました。せっかくうけついできたこ＃
のしごとは、ぜひ続けてください。この燒物をやめれば、日＃
本から美しいものが一つ消えてしまうことになります。それ＃
はおしいことです。品物は私が買いうけましょう。ほかの外＃
國人にも話してあげましょう。どうか、私のことばを今右衞＃
門さんに傳えてください。」＃
これを耳にした今右衞門は、＃
「よし、どんなにお金に困っても、どんなに苦しんでも、この＃
赤絵の技術を続けよう。」＃
と決心し、いよいよこのしごとに熱情をこめた。＃
そのときから、ブリンクリーは、日本の美しい燒物にひきつ＃
けられていろいろな燒物を集めた。また、日本についていろい＃
＜Ｐ－０５１＞
ろの研究を進め、日本の歴史を書いたり、辞書を作ったり、日＃
本人のための英語教科書の編さんまでしたりした。ジャパンタ＃
イムスという新聞も発行した。しかしなんといっても、日本の＃
古い美術に対する愛着がふかく、日本美術工藝史十二卷という＃
大作を著わした。また、名高い大英百科辞典の東洋美術につい＃
ての説明は、ブリンクリーのふでになったものである。＃
主人は、新しい茶をハギンスにすすめながら、＃
「すると、あなたは、そのブリンクリーさんのおまごさんでし＃
たか。じつは、私は今右衞門のまごにあたるものです。」＃
と、自分のことをうちあけた。祖父たちの間に結ばれた心が、＃
なん十年の月日をへだてて、いま、まごたちによってふたたび＃
＜Ｐ－０５２＞
結ばれることになった。　　＃
熱情のことば　　＃
話は、第一次世界大戰がたけなわであったころのことである。＃
そのころ留学生としてアメリカのスタンフォード大学に学んで＃
いた私は、一年半の努力の結果、しゅびよく書きあげた論文を＃
持って、その出版の用事かたがた、東部諸州へ見学の旅にのぼっ＃
た。眞心こめて教えてくださった世界的魚類学者デビッド・ス＃
ター・ジョルダン博士は、別れに際して、各地の大学者たちへ＃
のていねいなしょうかい状をくださったうえ、いろいろてはず＃
をしておいたから、ぜひカーネギー博物館に館長ホランド博士＃
をたずねるようにとおっしゃった。＃
＜Ｐ－０５３＞
とちゅう、あるいはミシガン湖のほとりにたたずみ、あるい＃
はナイヤガラのたきをながめ、ボストン、ニューヨーク、ワシ＃
ントンと無事に旅を進めて、カーネギー博物館のあるピッツバ＃
ーグに着いたのは、暑い眞夏の日の朝であった。＃
目ざすりっぱな博物館に自動車を乘りつけ、守衞にみちびか＃
れておくまった館長室の前に立った私は、しばしためらったの＃
ち、意を決して大きなドアをコツコツとノックした。＃
「カム　イン」＃
と答える、ひくい、しかも力強い声に、しずかに室内にはいっ＃
た私の目に映じたのは、廣いへやの窓ぎわに大きなデスクをす＃
え、そばにいるタイピストになにごとかをいいながらうたせて＃
いるしらがの老しん士のすがたであった。＃
＜Ｐ－０５４＞
学生時代からそん敬していたあの有名な「ちょうるいずふ」の著＃
者ダブリュー・ジェー・ホランド博士、いまその大先生にお会＃
いすることができた私は、なんというしあわせ者であろう。＃
博士は、しずかに歩みよる私が手にしているしょうかい状に＃
目をそそいで、＃
「そのあい色のふうとうには見おぼえがある。わかった、わかっ＃
た。きみは、かねがねジョルダン博士からいってきている日＃
本の学徒、大［おお］島［しま］くんでしょう。まあ、かけたまえ。」＃
と、私が一言も発しないうちに先手をうって、かたわらにあっ＃
たいすをすすめるのであった。＃
私がこの博物館をたずねたおもな用事は、世界の学者がだれ＃
ものぞんでいるカーネギー博物館の刊行物として自分の論文を＃
＜Ｐ－０５５＞
出版してもらうことで、恩師ジョルダン博士は、そのためのて＃
はずを早くからすすめられていた。あいさつを終って、用事を＃
きりだすと、話に聞きいっていたホランド博士は、戰爭中で費＃
用が思うようにつかえないことについてくわしく話し、それと＃
なく論文刊行のむずかしいことをにおわせた。そうしてつぎの＃
ように語った。＃
「まあ、そのようなありさまで、せっかくのおたずねもむだに＃
なるようなわけだが、それはそれとして、きょうはきみがま＃
だ生まれないころの日本の話をさせてもらおう。私が日本を＃
おとずれたころは、西洋の文化をとり入れることがさかんな＃
ときで、鹿［ろく］鳴［めい］館というクラブがあり、おかしなもよおしをし＃
ていたものだ。そのころ日本をたずねた外人の中で、富［ふ］士［じ］山＃
＜Ｐ－０５６＞
や磐［ばん］梯［だい］山のいただきをきわめたのは、アメリカ山がく会会員＃
であった私がはじめてだろう。そのときは、まだ三角測量が＃
行われていなかったので、富士山の高さも不明であった。そ＃
こで、山のいただきに立った私は、小手をかざして足の下に＃
ひろがる駿［する］河［が］湾の海岸線をながめ、その角度を目算して紙上＃
計算してみたが、その際算出した高さは、実測の結果とわず＃
か十フィートしかちがわなかった。そんなわけで、私と日本＃
とはふかい関係があるのだが、きょうは、はるばるたずねて＃
みえたあなたへのごちそうに、日本留学生第一号とでもいお＃
うか、私がはじめて会った日本人について話をしてあげよう。＃
そうそう、指おり数えると数十年の昔になるが、私がまだわ＃
かくてアマスト大学の助手をつとめていたころ、寄宿舍で二＃
＜Ｐ－０５７＞
間続きの室をつかっていた。ところがある日のこと、せんぱ＃
いの教授がやって來て、きみは室を二つももっているようだ＃
が、その一つに日本の青年をとまらせて、そのせわをしては＃
くれまいかと、やぶからぼうの話をもちだした。ものずきな＃
私は、それはおもしろいと、教授の申し出でをさっそく承知＃
して、はじめて見る東洋の青年をひきとったが、室は二つあっ＃
ても、つくえは一つしかなかった。そこで、大きなつくえの＃
まん中にチョークで線をひき、向こうは日本、こちらはアメ＃
リカといって、たがいに向かいあい、勉学にいそしむことに＃
したが、その日本の青年はなかなかの人物だったよ。そのこ＃
ろ、もう熱心なクリスチャンになっていたが、ある日のこと、＃
せい書をギリシア語で読みたいといいだした。それはおやす＃
＜Ｐ－０５８＞
いご用だ。そのかわり日本語を教えてくれと、その申し出で＃
を承知して、私はすぐに授業にかかった。つまり、私はかれ＃
のギリシア語の先生で、かれは私の日本語の先生というわけ＃
だが、かれこそ、のちに名をなした新［にい］島［じま］襄［ゆずる］だよ。」＃
自分から話しだしたホランド博士は、遠い昔を思い出して、＃
ひとりそのときの思い出にふけっていられるようすだった。＃
――新島先生年ぷには、「慶［けい］應［おう］三年九月二十一日、マサチュセッ＃
ツ州アマスト大学に入学、北側の第八号室に入る。室友ホラン＃
ド先生、自然科学にもっともきょうみを有し、化学、生理、植＃
物、鉱物、地質等をこのんで勉学す。」とある――新島襄という＃
名を耳にした私は、とびあがらんばかりにおどろいた。こうし＃
てなお語り続けようとする博士をさえぎって、＃
＜Ｐ－０５９＞
「新島のおじさんなら、私はよく知っています。私は小さいと＃
き、その新島襄にたいそうかわいがられたのですから。」＃
と、ありし昔を語ろうとした。すると博士は、＃
「いやいや、時代がちがう。きみたちが知っているはずがない。」＃
と、一言のもとにしりぞけようとした。が、ことばみじかにそ＃
の関係を物語る私の顏を、あなのあくほど見つめていた博士は、＃
つと立ちあがって、＃
「おや、これはまた意外だ。じつにめずらしい日本人が舞いこ＃
んで來たものだ。それなら襄の写眞やら、当時の日記やら、＃
きみに見せなければならないものがたくさんある。きょうは、＃
もうこれでしごとはやめだ。さあ、うちへ行こう。」＃
と、あっけにとられているタイピストをしり目に、げんかんに＃
＜Ｐ－０６０＞
出て、横づけにしてあったりっぱな自動車に、ためらう私をお＃
しこみ、一路自たくへと車を走らせた。＃
同［どう］志［し］社［しや］をわが子のように、だいじに胸にだいてはぐくみ育て＃
ていた新島のおじさんが、やまいを札［さつ］幌［ぽろ］のこう外に養っていた＃
のは、明［めい］治［じ］二十年の夏であった。当時、母校札幌農学校の教師＃
をしながら、恩師クラーク博士の精神のやどっている札幌独立＃
教会をつかさどっていた私の父とは、心をゆるした間がらのこ＃
ととて、両者のつきあいはかなりひんぱんであった。ふつう＃
「満［みつ］ぼう」でとおっていた私は、そのときちょうど四つのいたずら＃
ざかりであった。ことに、長男に生まれて父母の愛を一身に集＃
めていた身にとっては、天下におそるべきなにものもなく、わ＃
＜Ｐ－０６１＞
がままいっぱいにふるまっていた。＃
新島のおじさんとおばさんは、「満ぼう、満ぼう。」といって私＃
をかわいがった。京［きよう］都［と］に帰ってから父に送った手紙のどれにも、＃
「ちかごろ、満ぼう先生はいかが、毎日お話いたしおります。」と、＃
必ず書きそえてあったのを見ても、その愛されかたがわかろう。＃
そのころ、新島のおじさんがどんなにえらいかたであるかを知＃
らなかった私は、札幌の創［そう］成［せい］川の岸にあった家につれられて行っ＃
ても、思うぞんぶんにふるまった。＃
ある日のこと、おじさんとおばさんが外出の用意をととのえ＃
て、＃
「満ぼう、いいところへつれて行ってあげるから、さあ、出か＃
けよう。」＃
＜Ｐ－０６２＞
と、私をうながした。いそいそとげんかんへ出かけて、ふみ石＃
の上にそろえてある大小二つのくつをちらと見た私は、たちま＃
ちふくれあがってだだをこねだした。＃
「おじさんたちと行くのがいやなのか。なに、そうじゃない。＃
ではどうしたのだ。なにが氣にさわったのかなあ。やえ子、＃
満ぼうがまた、おくの手をだしたよ、よわったなあ。」＃
といって、おじさんはおばさんに助け船を求められた。＃
「満ぼう、なにが氣にさわったの、おばさんにいってごらん。」＃
小さな声でうったえる私のくりごとを耳にしたおばさんは、＃
腹をかかえてわらいだした。＃
「おじさんのくつは光っているのに、ぼうやのくつはほこりだ＃
らけだから、行くのはいやだといっているのですよ。なんと＃
＜Ｐ－０６３＞
かしなければ、おみこしはあがりませんよ。」＃
「ああそうか。よしよ＃
し。」＃
おじさんは、きちん＃
と着ていた上着をかな＃
ぐりすてて、かた手に＃
小さなくつを持ち、か＃
た手に大きなブラシを＃
つかんで、力のかぎり＃
みがきをかけた。＃
「満ぼう、これでどうだ。おじさんのようにきれいになったろ＃
う。さあ、行こうぜ。」＃
＜Ｐ－０６４＞
だされたくつを見て、にこにことわらった私は、それを足先＃
につっかけるなり、すぐ、小鳥のようにとびだした。＃
「かわいいぼうやだな。」＃
おじさんとおばさんはそのあとを追って出て來られたが、門＃
を出て十メートルとは行かないうちに、私は、道のまん中で、＃
無言でつっ立ったまま動かなくなった。＃
「よわったなあ。やえ子、ぼくのステッキを持っておくれ。」＃
おじさんは道ばたにしゃがんで、自分のせをたたきながら、＃
「満ぼう、これか。」＃
と、にこやかにわらいながら私によびかけた。見るなり私は、＃
おじさんの廣いせなかにとびついた。そうして、足をばたばた＃
させながら、＃
＜Ｐ－０６５＞
「おじさん、早く歩いてよ。」＃
と命令した。＃
暑さのきびしい夏の日に、私をせにおいながら、あせをふき＃
ふき歩かれた新島のおじさんと、日がさをさしかけながらつい＃
ていらっしゃった新島のおばさんとの思い出は、いまも私の胸＃
にやきついている。＃
秋たけてりんごのみのるころ、おじさんとおばさんは京［きよう］都［と］へ＃
ひきあげられたが、その道すがら、小［お］樽［たる］で目についたといって、＃
車のついたみごとなおもちゃを私に送ってくださった。喜んだ＃
私は、朝早くからそれをガラガラとひきまわすので、家の人の＃
ねむりをさまたげてしかたがない。そこで、たまりかねた家の＃
書生が、これから車のついたものは送ってくださるなと、くじょ＃
＜Ｐ－０６６＞
うの手紙を京都へ送ったりした。その次には、りっぱなむしゃ＃
人形にそえて、ご両人の名まえ入りの大きな写眞を二まい、満＃
ぼうへと名ざしで送ってくださった。＃
それからいく年たっても、せっくがくるごとにその人形をか＃
ざって、ありし日をしのぶことをわすれなかった満ぼうの心か＃
ら、どうして新島のおじさんのすがたが消えうせよう。＃
なくなった新島のおじさんがいい残された願いによって、私＃
の父は、同志社を守り育てるために、北海の地をすてて、京都＃
にすまいを移すことになった。十の春をむかえた私は、母や多＃
くの弟妹たちをあとに残し、ひとり父につれられて、景色の美＃
しい京都に移った。そのころは、新島のおばさんは廣［ひろ］島［しま］におら＃
＜Ｐ－０６７＞
れて、学校のいきかえりにその門前を通っても、新島家の窓は、＃
かたくとざされてあった。そのうちにクリスマスの日がめぐっ＃
てきた。新島家のとなりにあった教会の日曜学校の生徒であっ＃
た私は、そのクリスマスに得意の銀てきをふいたが、私がだん＃
をおりるのを待ちかまえていた老婦人が、＃
「おお、満ぼう。」＃
とさけんで、しっかと私をだきしめた。ああ、なつかしい新島＃
のおばさんだった。そのなつかしい顏をあおいだ私の目からは、＃
たまのようななみだが流れ出た。＃
そのことのあったあくる日、私は、ひさしぶりで窓のあけは＃
なたれた新島家をおとずれた。おどる胸をおさえながらたどり＃
ついたげんかんには、おもむきのあるかねがつるしてあって、＃
＜Ｐ－０６８＞
これでたたけというように、しゅもくがそえてあった。＃
「新島のおばさん。」＃
とよんだつもりで、私はかねをカーンとたたいた。音もなくド＃
アがあいて、半身をだした老婦人が、＃
「満ぼうが來た。みんな早く出ておいで、満ぼうが來たよ。」＃
と、家の人によびかけながら、おもわずとびこんだ私をだきし＃
めた。＃
なつかしい新島のおばさん、おばさんは目になみだをためな＃
がら、しゃにむに私をおく深くひき入れた。そうして、＃
「おじさんが生きていたら、どんなにか喜ぶだろうに――」＃
といいながら、主なき書さいへ私をみちびいた。＃
「ここがおじさんのおへやですよ。あれをごらん。」＃
＜Ｐ－０６９＞
と指さされるままに、顏をあげてへき面を見あげると、おじさ＃
んの大きな写眞があった。きずのあるみけんの下にかがやく目＃
は、思いなしかやわらいで見え、その口もとがほころんで声さ＃
わやかに「満ぼう。」とよびかけそうであった。＃
「つくえの上をごらん。」＃
おばさんのことばに目をうつすと、おじさんが日夜ふでをとっ＃
ていられたという大きなつくえの上に、くつをみがかせた満ぼ＃
う時代の私の写眞がかざられてあるではないか。＃
ああ、新島のおじさんは、私を京都までもつれて來て、朝夕＃
かわいがってくださったのだ。手紙のたびごとに、どうしてい＃
るかとたずねられたのもそのはずだ。いまその写眞の主が、こ＃
うしておじさんを見あげているのに、おじさんの声は聞えない＃
＜Ｐ－０７０＞
のだ。暗い心になって、じっとおじさんの写眞に見入りながら、＃
私は無言で頭をぴょこんとさ＃
げた。＃
せきあえぬなみだに目を＃
くもらせたおばさんが、＃
「そのいすにこしかけてご＃
らん。」＃
とおっしゃった。＃
「そこに赤インキがおいて＃
あるでしょう。おじさん＃
は、年とられてから目がわるくなってね、手紙でもなんでも＃
赤インキで書かなくては見えないようにおなりになったので＃
＜Ｐ－０７１＞
すよ。そのペンをにぎってごらん。おじさんのつかいなれた＃
ペンですよ。ああ、満ぼうがいすにこしをかけて、ペンをに＃
ぎっている。このすがたをおじさんがごらんになったら――」＃
といって、おばさんは声をくもらせた。それから、＃
「いっしょにお寺へ行って來ましょう。そうしておじさんを喜＃
ばせましょうね。」＃
とおっしゃった。＃
人力車に乘ったおばさんは、昔のように私をひざにのせた。＃
町の東にある寺の一角に、こけむす一つのおはか、その前に立っ＃
たおばさんは、＃
「満ぼうがまいりましたよ。」＃
といって、私をひきよせた。＃
＜Ｐ－０７２＞
勝［かつ］海［かい］舟［しゆう］の筆になる「新［にい］島［じま］襄［ゆずる］之［の］墓［はか］」という五つの文字をきざんだ＃
そのおくつき。はか石に水をそそぎながら、＃
「満ぼうですよ。」＃
と、おばさんはふたたび呼びかけた。＃
私は、＃
「おじさん。」＃
と呼びかけようとしたが、声が出なかった。しずかに頭をさげ＃
た。＃
ピッツバーグの町を走り出た自動車は、やがてこう外のすば＃
らしい家のげんかんに横づけになった。ドアをおして、つかつ＃
かと中にすすんだホランド博士は、客間に私をみちびき、自分＃
＜Ｐ－０７３＞
は書さいにはいって、しきりにさがしものをしておられたが、＃
やがてすがたをあらわした博士の手には、古ぼけたアマスト時＃
代のもの、京都時代のもの、なつかしい数々の写眞があった。＃
ふかい思い出にうたれている私の目の前で、博士は、＃
「それ、このとおりだ。」＃
といって、日記をくりひろげ、つくえに白線をひいて「國境」をつ＃
くったあたりを、声高らかに読みあげられた。＃
ちょうどそのころは眞夏であったので、博士の家族たちは暑＃
さをどこかにさけて、家の中はがらんとしていた。やがてお晝＃
どきになったので、廣い食堂にみちびかれ、博士とたったふた＃
り、しずかに食事をしたが、平和主義の旗がしらとしてその名＃
を知られていた老博士は、きょうに乘じて、アメリカの考えか＃
＜Ｐ－０７４＞
たについて熱意をこめて語られた。＃
――親の目から見れば、自分の子女は、その性質がどんなに＃
ちがっていようとも、かわいいことはみな同じであって、そこ＃
になんのけじめもない。兄と弟とのちがいは、いでん学上の能＃
力のちがいは別として、一方が先に生まれ、他方があとから生＃
まれたというだけのことで、それによって兄が特権を與えられ＃
ねばならないという理由はすこしもない。親としてみれば、自＃
分の子女にはすべて同じ教育をほどこし、同じ機会を與えて、＃
社会に巣だたせたいのが念願である。神の目から見れば世界の＃
人類はすべてその愛する子どもなのだから、人種的な区別など、＃
あるべきはずはない。四海の民すべて兄弟姉妹である。それで、＃
世界平和、人間平等という理念が、ここからわいてくるのだ――＃
＜Ｐ－０７５＞
と、テーブルをたたいて立ちあがった老博士は、フィッシュナ＃
イフをにぎった右手を大きくふりまわし、＃
「愛はにくしみよりも強い。」＃
と、力をこめてさけびながら、そのにぎりこぶしを私の鼻先に＃
つきだされた。――ああ、忘れもしない、満面べにをさして語ら＃
れたホランド博士のあの熱情のことば。＃
日本へ帰ったら、新島夫人にきょうのゆかいな会見のてんま＃
つを傳えてくれといいながら、自動車のドアに手をかけた老博＃
士が、さらに、＃
「先ほどの話は、こころよくひきうけたよ。」＃
とささやかれた。博士は、そのことばの意味をときかねていた＃
私のようすを見て、大きな声でわらわれ、こんどははっきりと、＃
＜Ｐ－０７６＞
「きみの論文を、カーネギーで出版することは、ひきうけたよ。」＃
といいたされた。＃
ああ、新島のおじさんが、いまなお満ぼうを守っていてくだ＃
さったのだ。＃
私は、停車場まで送ってくださった博士のこう意をふかく謝＃
して、別れの手をさしのべると、博士は満面ににこやかなわら＃
いをたたえながら、＃
「ドウイタシマシテ。」＃
と、意外なあいさつをされた。そうして、これが新島からならっ＃
た日本語の一つだといわれた。　　＃
＜Ｐ－０７７＞
五　　その人のことば　　＃
生きるためにたべよ。たべるために生きるな。＃
きょうのできごとを、あすまで＃
のばすな。＃
神は、みずから助くる者を助く。＃
――フランクリン――　　＃
＜Ｐ－０７８＞
きみたちの考えが、たとい世間の考えとちがっていても、そ＃
の発表をためらってはならない。＃
はじめ、きみたちは、世間の人＃
にわかってもらえないかもしれな＃
い。けれども、きみたちは、ほど＃
なく、みかたができるだろう。ひ＃
とりの人間にとって眞実であるも＃
のは、他人にとっても眞実だから＃
である。＃
人の心をひくために、しかめっつらをしたり、みょうな身ぶ＃
りをしてはならない。＃
＜Ｐ－０７９＞
すなおなれ。＃
――ロダン――　　＃
私には、あなたがた日本の小学校のみなさんに、＃
このあいさつを送るだけの特別の権利があると信＃
じます。といいますのは、私は、あの美しいあな＃
たがたのお國を親しくおたずねして、町や、家や＃
森や、山をながめたり、また、そうした風景から、＃
自分の國を愛するということを学んでいる日本の＃
子どもさんたちにも、お目にかかったことがあるからです。＃
私のつくえの上には、日本のみなさんが書いたあつい絵の本＃
が、いつもおかれてあります。＃
＜Ｐ－０８０＞
歴史の上で、いろいろな國の人々の間に、友だちとして心の＃
かよったおつきあいができるようになったのは、われわれが最＃
初であります。それ以前は、おた＃
がいに他の國々のことはわからず、＃
世をすごしてきたばかりでなく、＃
実際は、たがいににくみあったり、＃
おそれあったりしてきました。＃
友愛の精神が、もっともっとひ＃
ろがっていきますように。そう思＃
いながら、年よりの私は、日本の小学校のみなさんに、はるか＃
なあいさつを送り、あなたがたの時代がきたときには、私たち＃
の時代がはずかしく思われるようになることをいのります。＃
＜Ｐ－０８１＞
――アインシュタイン――　　＃
天は、人のうえに人をつくらず、人のしたに人をつくらず。＃
――福［ふく］沢［ざわ］諭［ゆ］吉［きち］――　　＃
いだいなれよ。＃
平ぼんなれよ。＃
平ぼんにしていだいなれよ。＃
空氣または日光のごとく＃
平ぼんなれよ。＃
――内［うち］村［むら］鑑［かん］三［ぞう］――　　＃
＜Ｐ－０８２＞
六　　幸福の園　　＃
雲のまくがあがると、園の前の方に、高い大理石のまるい柱でできた大廣間のよ＃
うなものがあらわれます。テーブルのまわりには、この地球の上でいちばんふ＃
とっている「幸福」（ぜいたく）たちが、けだものの肉や、ふしぎなくだものを、水＃
がめや、ひっくりかえったかなえなどの間で、たべたり、飲んだり、「キャッキャッ」＃
とさわいだり、歌を歌ったり、ぶつかったり、よろけたり、ねむりこけたりして＃
います。みんなびっくりするほど、とてもほんとうと思えないほど、ふとってい＃
て、びろうどや、にしきにくるまり、金だの、眞珠だの、宝石だのを、頭にいっ＃
ぱいつけています。＃
チルチルとミチルと、いぬと、パンと、さとうとは、はじめはいって來たとき、＃
すこしはにかんで、みんな右手の前の方に、光をとりまいてかたまってしまいま＃
す。ねこは、ひとことも口をきかず、これも、右手の方のおくへ向かって歩いて＃
＜Ｐ－０８３＞
行って、黒いまくをあげて、すがたをかくしてしまいます。＃
チルチル「あんなにうまいものをたくさんたべて、うれしそうに＃
しているふとった人たちは、だれだろう。」＃
光「あれがこの世の中でいちばんふとっただれの目にも見＃
える『幸福』どもだよ。どうもあんまりあてにはならな＃
いけれど、青い鳥だって、ことによるとちょいとでも、＃
この人たちのなかまにまよいこんでいないともかぎら＃
ない。だからまだ、ダイヤモンドを、まわしてはいけな＃
いよ。ほんの形だけでも、廣間の方をさがしてみよう。」＃
チルチル「私たち、あそこへ行ってもいいの。」＃
光「いいとも。あの人たちは下等でもあり、たいていはま＃
あ、育ちのわるいものばかりだけれど、人はわるくな＃
＜Ｐ－０８４＞
いんだよ。」＃
ミチル「なんてきれいなおかし＃
でしょう。」＃
いぬ「それに、あんなに肉が＃
ある。ちょうづめもあ＃
る。小ひつじの足に、小＃
うしのかんぞうもある。」＃
パン「いかにもうまそうだな＃
あ。うまそうだなあ。＃
私よりよっぽど大きい。」＃
さとう「だが、おまえさんたち＃
は、あのさとうがしを＃
＜Ｐ－０８５＞
わすれたのじゃないかな。あのとおりテーブルの光栄＃
になっているさとうがしを。いってみれば、すばらし＃
く美しくて、この廣間のなにものをもおさえている。＃
いや、どこのなにものをもおさえている。あのさとう＃
がしをわすれたのじゃないかね。」＃
チルチル「あの人たち、ずいぶんうれしそうな、幸福そうな顏を＃
しているなあ。あれ、『キャッキャッ』といっている。わ＃
らいこけている。歌を歌っている。なんだか、あの人＃
たち、こっちを見たようだ。」＃
とうとう「いちばんふとった幸福」が、テーブルをはなれて、大きなおなかを両手＃
にかかえて、たいぎそうに、子どもたちの方へやって來ました。＃
光「こわいことはないよ。あいそのいい人たちだからね。＃
＜Ｐ－０８６＞
きっと、おまえさんたちを、ごちそうによぼうという＃
のだろう。それを受けてはいけない。なにも受けては＃
いけないよ。でないと、かんじんな用むきをわすれて＃
しまうからね。」＃
チルチル「どうして。小さなおかしもいけないの。」＃
光「みんな、あぶないよ。おまえの氣持をくじいてしまう＃
よ。人というものは、自分のしなければならないつと＃
めのためには、なにかしらぎせいにする心がなければ＃
ならないものだよ。ていねいに、しかしきっぱりと、＃
ことわりなさい。」＃
「いちばんふとった幸福」チルチルの方へ手をさしだしながら、＃
ふとった幸福「チルチルさん、ごきげんよう。」＃
＜Ｐ－０８７＞
チルチル　びっくりして、「え、あなた、ぼくを知っているの。あなた、＃
どなたです。」＃
ふとった幸福「わたしは、幸福なかまでいちばんふとった『お金持の幸＃
福』です。失礼ですが、この中のおもなものをごしょう＃
かいいたしましょう。これが、わたしのむこの『地所持＃
の幸福』で、なしのようなおなかをしています。これが＃
『みたされたきょえいの幸福』で、このとおり、りっぱな、＃
ふくれあがった顏をしています。（「みたされたきょえいの幸福」＃
ゆっくりとうなずく。）このなかまは、『のどのかわいていないと＃
きに物を飲む幸福』と、『腹のへらないときに物をたべる＃
幸福』で、ふたりはふたごで、ふたりとも、足はうどん＃
こです。（ふたり、よろよろしながらおじぎをする。）これは『なんに＃
＜Ｐ－０８８＞
も知らないという幸福』で、みんな魚のようにつんぼだ＃
し、『なんにもわからないという幸福』は、こうもりのよ＃
うに目が見えない。このかたがたは、『なんにもしない＃
という幸福』と、『必要以上にねむるという幸福』でね、＃
ふたりとも手はパンのしんだし、目はもものジャムで＃
すよ。さて、いちばんおしまいに、ここにいるのは、＃
『はちきれそうなわらい』で、口は耳までさけているし、＃
だれもそれに立ち向かうものはないのですよ。」＃
「はちきれそうなわらい」が、腹をかかえながらおじぎをする。チルチル、すこし＃
横の方に立っているひとりの「幸福」を指さして、＃
チルチル「それから、あの、なかまにはいらないで、せなかをむ＃
けているのはだれです。」＃
＜Ｐ－０８９＞
ふとった幸福「あの男のことは、きかないほうがよろしい。あれはす＃
こしひねくれ者で、子どもさんたちにしょうかいする＃
のはむずかしい。（チルチルの手をにぎりながら）まあ、おいで＃
なさい。みんなえん会のやりなおしをするところです。＃
これでけさから十二どめです。わたしたちは、ただも＃
う、おまえさんがたを待っていたのです。あのとおり、＃
さわぎやどもが、おまえさんがたを呼びたてているで＃
しょう。わたしは、とてもいちいちしょうかいしては＃
いられない。なにしろ、おびただしい数ですからね。＃
（ふたりの子どもに手をだしながら）さあ、どうぞ。おふたりのた＃
めに、ちゃんと席がとってありますよ。」＃
チルチル「いいえ、どうもありがとう、『ふとった幸福』さん。ぼく＃
＜Ｐ－０９０＞
は、ほんとうにすみませんが、ちょっとのまも行かれ＃
ないのです。ぼくたちは、たいへん急いでいるのです。＃
青い鳥をさがしているのです。たぶん、あなたがたも、＃
あの鳥、どこにかくれているか、ごぞんじないでしょ＃
うね。」＃
ふとった幸福「青い鳥とね。はてな。そうそう、思い出した。だれだ＃
か、いつかそんな話をしていたっけ。なんでも、たべ＃
てはうまくない鳥だそうじゃないですか。とにかく、＃
そいつは、一どもわたしたちのテーブルにのぼったこ＃
とはないようです。というのは、その鳥をあまり上等＃
とは思わないからです。だが、まあいいでしょう。もっ＃
といいものがありますよ。わたしたちの生活のなかま＃
＜Ｐ－０９１＞
にはいって、わたしたちのすることを、みんな見ると＃
いいのですよ。」＃
チルチル「なにをするのです。」＃
ふとった幸福「それは、いつもしごとをしないことです。わたしたち＃
は、すこしの休みもなく、飲む、たべる、ねむる、い＃
やはや目がまわるようだ。」＃
チルチル「それがおもしろいの。」＃
ふとった幸福「おもしろくないはずはないでしょう。それがこの世の＃
すべてですもの。」＃
光「あなたはそう思うの。」＃
ふとった幸福　「光」を指さしながら、チルチルに向かって、「あの、育ちのわるいわ＃
かい女はだれだね。」＃
＜Ｐ－０９２＞
こんな話をしているまに、「ふとった幸福」どもは、せっせと、いぬと、さとうと、＃
パンをときつけて、えん会の中にひきずりこんでしまいました。チルチルがふと＃
見ると、かれらはみんなとなかよくテーブルについて、飲んだり、たべたり、は＃
ねまわったりしていました。＃
チルチル「おや、光さん、ごらんよ。みんなは、テーブルにすわ＃
りこんでるよ。」＃
光「呼び返しなさい。でないと、いまに困ることになるか＃
ら。」＃
チルチル「チロー。こら、チロー。來いというのに聞えないのか＃
い。それからさとうも、パンも、だれが行けといった。＃
そこでなにをしているんだ。」＃
パン　口にいっぱい物を入れながら、「ぎょうぎのいいことばをつかっ＃
＜Ｐ－０９３＞
てもらいたいものですね。」＃
チルチル「なんだって。なまいきなことをいうな。なにかおまえ＃
についているな。それから、チロー、おまえもすぐ來い。」＃
いぬ　ぶつぶついいながら、テーブルのすみで、「物をたべているときは、＃
だれにもかまっていられません。なにも聞えませんよ。」＃
さとう　おじょうずらしく、「ごめんくださいまし。せっかくおまね＃
きをいただきながら、そうあたふたとおいとまするこ＃
ともできませんからね。」＃
ふとった幸福「ほら見たまえ。さあ、きみを待っているのだ。おこと＃
わりはできませんよ。さあ、みんなで、力ずくで、い＃
やでも幸福にしてしまおうじゃないか。」＃
ふとった幸福どもは、喜びの声をあげながら、いやがる子どもたちをひきずって＃
＜Ｐ－０９４＞
行こうとする。その間に、「はちきれそうなわらい」は、光のこしのあたりを、力ま＃
かせにおさえました。＃
光「ダイヤモンドをまわしなさい。いまだよ。」＃
チルチルは、「光」のいうように、ダイヤモンドをまわします。舞台は清らかな、こ＃
うごうしい、ばら色の美しい光に照らされます。＃
チルチル　「ふとった幸福」どもがにげて行くのを見ながら、「おやおや、なんてみ＃
っともないざまだろう。みんなどこへ行くの。」＃
光「みんな不幸のところへにげこんでしまうのさ。」＃
チルチル　そこらを見まわして、「やあ、なんてきれいなところだろう。＃
どこへ來たのかしら。」＃
光「同じところにいるのだよ。ちがったように思うのは目＃
のせいです。私たちはやっと、物の眞実を見ることが＃
＜Ｐ－０９５＞
できるのだよ。ダイヤモンドの光にたえられる幸福の＃
精を見るのだよ。」＃
「ばらの目ざめ」とか、「水のほ＃
おえみ」とか、「あけぼののむ＃
らさき」とか、「こはくのつゆ」＃
などがあらわれます。＃
光「かわいらしい幸＃
福たちがやって＃
來た。私たちをあんないに來た。」＃
チルチル「あの子たちを知っているの。」＃
光「みんな知っているよ」＃
チルチル「なんてたくさんいるのだろう。」＃
＜Ｐ－０９６＞
光「もっともっと、たくさんいたものだよ。それを、『ふとっ＃
た幸福』どもが、ひどい目にあわせたのだよ。」＃
チルチル「でもいいや。あれだけ残っていればいいや。」＃
光「この世の中には、人が思うよりもっとたくさん、幸福＃
はあるのだから。けれども、ふつうの人間には、それ＃
が見つけられないのだよ。」＃
チルチル「小さな子がやって來た。かけて行って会おうよ。」＃
光「むだなことだよ。私たちに用のあるものは、どうせこっ＃
ちを通るのだから。ほかの者にまで会っているひまは＃
ないよ。」＃
小さな「幸福」のむれ、ふざけたり、わらいこけたりしながら、みどりの園のおくか＃
らかけだして來て、子どもたちのまわりで、わになっておどります。＃
＜Ｐ－０９７＞
チルチル「まあ、なんてかわいらしいのだ。どこから出て來たの＃
だろう。だれなのだろう。」＃
光「あれは『子どもの幸福』だよ。」＃
チルチル「話をしてもいいの。」＃
光「まだだよ。あれは、歌を歌ったり、おどりをおどったり、＃
わらったりするけれど、まだ、お話はできないのだよ。」＃
チルチル　はねまわりながら、「ごきげんはいかが、ごきげんはいかが。＃
まあ、あのふとった子のわらうことはどうです。なん＃
てかわいらしいほっぺたをしているのだろう。なんて＃
かわいらしい服を着ているのだろう。このへんでは、＃
みんなお金持なの。」＃
光「なんの、ここだって、どこだって、やはり、お金持よ＃
＜Ｐ－０９８＞
りびんぼう人のほうが、ずっと多いのだよ。」＃
チルチル「どこにびんぼう人がいるの。」＃
光「それを見わけることはできないよ。子どもの幸福とい＃
うものは、地の上でも、天の上でも、いちばん美しい＃
ものに見えるものだからね。」＃
チルチル　がまんができなくなって、「ぼく、あの子たちとおどりたいな＃
あ。」＃
光「それは、どうしてもいけませんよ。もう時間がないの＃
だからね。あの子たちが青い鳥を持っていないことは、＃
わかっているのだからねえ。それにあの子たちは、大＃
急ぎに急いでいる。ごらん、もう行ってしまった。や＃
はり時間がおしいのだよ。なにしろ、子どもの時代は、＃
＜Ｐ－０９９＞
ごく短いのだからね。」＃
また、もう一つの「幸福」のむれ、まえよりはすこしせの高いのが、廣間の中にかけ＃
こんで來て、ありったけの声をはりあげて、「みんないる、みんないる、こっち見＃
た。こっち見た。」と歌い、子どもたちをとりまいて、陽氣なおどりをします。＃
幸福「こんにちは、チルチル。」＃
チルチル「また、ぼくを知っている子がいる。（光に）ぼくは、どこ＃
へ行っても、だんだん人に知られてくるね。（幸福に向か＃
い）きみはだれなの。」＃
幸福「きみ、ぼくを知らないの。ここにいる子をだれも知ら＃
ないなんて、そんなことあるものですか。」＃
チルチル　すこし困って、「だって、ほんとうに、ぼく知らない。会っ＃
たおぼえがないもの。」＃
＜Ｐ－１００＞
幸福「おい、みん＃
な、聞いた＃
ろう。この＃
人、まだぼ＃
くたちに会＃
ったことが＃
ないんだっ＃
てさ。（ほかの＃
「幸福」ども、どっ＃
とわらいくずれる。）だって、チルチルさん。あなたの知っ＃
ているのは、ぼくたちだけですよ。ぼくたちは、いつ＃
だって、あなたのまわりにいるのですよ。ぼくたちは、＃
＜Ｐ－１０１＞
あなたといっしょに、たべたり、飲んだり、目をさま＃
したり、息をしたりして、くらしているのですもの。」＃
チルチル「おや、そうなの。ぼく、わかった。思い出したよ。で＃
も、きみたちの名まえを聞かせてくれたまえ。」＃
幸福「あなたは、やっぱり、なんにも知らないのですね。ぼ＃
くは、あなたのおうちの幸福のかしらですよ。それか＃
ら、これはみんな、『おうちにいる幸福』どもですよ。」＃
チルチル「ぼくのうちにも『幸福』がいるの。」＃
「幸福」たちは、みなどっとわらいます。＃
幸福「みんな聞いたかい。この人のうちに『幸福』がいるかって＃
さ。戸や窓のやぶれるほど、いっぱい『幸福』でつまって＃
いるじゃないの。ぼくたちは、わらったり、歌を歌っ＃
＜Ｐ－１０２＞
たり、かべをたたき落し、屋根をもちあげるほどの喜＃
びをこしらえているのですよ。でも、ぼくたちがなに＃
をしていても、あなたには、なんにも見えないし、な＃
んにも聞えないんだなあ。＃
まず第一に、ぼく自身をしょうかいします。ぼくは、＃
あなたにつかえる『健康の幸福』です。ぼくは、きれいで＃
はないが、いちばんたいせつなものです。こんどあっ＃
たら、わかるでしょう。これは、『清い空氣の幸福』で、ほ＃
とんどすきとおっています。これは、『両親を愛する幸＃
福』で、ねずみ色の着物を着て、いつでもすこし悲しそ＃
うにしているのは、だれもふり向いてくれないからで＃
す。これは、『青空の幸福』で、もちろん青い色の着物を＃
＜Ｐ－１０３＞
着ていますし、これは、『森の幸福』で、みどりの着物を＃
着ています。外へ出ればいつでも、この『幸福』たちは見＃
られます。また、これは、『ひなたの幸福』で、ダイヤモ＃
ンド色の着物を着ていますし、これは、『春の幸福』で、＃
きらきら光る青いたまの色をしています。」＃
チルチル「そうして、みんな、いつでもあんなにきれいなの。」＃
幸福「ええ、ええ、そうですとも。それから、夕がたになる＃
と、これが『日ぐれの幸福』で、世界じゅうの王さまのす＃
べてよりもりっぱで、おともに『星の出を見ることの幸＃
福』が、むかしの神さまのような、金ぴかの着物を着て＃
ついています。それからお天氣が変わると、これが、＃
『雨の幸福』で、眞珠をいっぱいつけています。それから、＃
＜Ｐ－１０４＞
『冬の日の幸福』は、こごえた手のために、きれいなむら＃
さき色のマントを開きます。それから、ぼくは、まだ＃
なかまのうちでいっとういいのをしょうかいしません＃
でした。まもなくやって來る明かるい『大きな喜び』の兄＃
弟ぶんのようなものですからね。その名はすなわち、＃
『むじゃ氣な考えの幸福』です。それは、ぼくたちのなか＃
までいっとう快活なのです。それから、これは、いや、＃
まったくおおぜいすぎますね。もうよしましょう。な＃
によりも、まず『大きな喜び』を呼びにやりましょう。」＃
と、見るまに、黒の肉じゅばんを着たわんぱくこぞうのようなのが、聞きとれな＃
いさけび声をたてて、なにかにぶつかりながら、チルチルに近づいて來ます。鼻＃
を指ではじいたり、ひら手でたたいたり、いそがしく足でけったりして氣ちがい＃
＜Ｐ－１０５＞
のようにはねまわります。＃
チルチル　びっくりしてひどくおこって、「このらんぼうなやつ、いったい＃
なんだい。」＃
幸福「なにさ、あれは、不幸のほらあなからにげて來た『とて＃
もたまらなくなるゆかい』ですよ。」＃
せの高い、美しい、天使のようなすがたをした者が、きらきら光る着物を着て、＃
そろそろとやって來ます。＃
幸福「あれは、『大きな喜び』ですよ。」＃
チルチル「きみ、あの人たちの名まえ知ってるの。」＃
幸福「もちろん。ぼくたちは、よくいっしょに遊ぶのですも＃
の。まず第一にいわなければならないのは、『正義であ＃
ることの大きな喜び』で、不正がしかえしされたときに、＃
＜Ｐ－１０６＞
いつもにっこりしています。でもぼくは、まだわかい＃
から、あの人のわらうのを見たことがありません。そ＃
の後にいるのは、『善人であることの大きな喜び』で、い＃
ちばん幸福なのですが、いちばん悲しそうです。あれ＃
が『不幸』に行くのをとめることは、なかなかむずかし＃
いのです。なにしろ、『不幸』をなぐさめてやることがす＃
きなのですから。そういうわけで、あれにうっちゃら＃
れると、ぼくたちは、『不幸』そのもののように、みじめ＃
なものになってしまうのです。右の方には、『しごとを＃
しあげる喜び』が、『考えることの喜び』のとなりにいます。＃
その後に、『もののわかる喜び』が立っていますが、あれ＃
は、いつでも、兄弟の『なにももののわからない幸福』を＃
＜Ｐ－１０７＞
さがしているのです。」＃
チルチル「だって、ぼく、その兄弟にあったよ。『ふとった幸福』た＃
ちといっしょに、不幸のなかまにはいってしまった。」＃
幸福「そりゃあ、そうでしょう。あれはわるくなってしまっ＃
たのです。わるいなかまとつきあっていたものだから、＃
すっかりくさってしまったのですね。でも、それを妹＃
にいってはいけません。すると、あの女はさがしに行＃
きたがって、つまり、ぼくたちのなかまから、いちば＃
ん美しいものがいなくなってしまうわけですからね。＃
さてここに、『いちばん大きな喜び』の中に、『美しいもの＃
を見る喜び』がいます。それは、毎日ぼくたちを照らす＃
光に、二つ三つずつ新しい光線を加えていくのです。」＃
＜Ｐ－１０８＞
チルチル「それから、あちらの遠い遠い金色の雲の中に、つま＃
先で立って、やっと見えるくらいのところにいる人、＃
だれなの。」＃
幸福「あれは、『愛することの大きな喜び』ですよ。まあ、どう＃
あなたがやってみたって、あれをすっかり見るには、＃
まだ小さすぎますよ。」＃
チルチル「それから、あすこに、ずっと後の方に、ベールをかぶっ＃
たままで、ちっとも出て來ないのは。」＃
幸福「あれは、人がまだ知らずにいる『喜び』たちです。」＃
チルチル「ほかの人たちはなにをしようとしているの。なぜ横っ＃
ちょを向いたままでいるの。」＃
幸福「いま來ようとする新しい『喜び』をむかえているのですよ。＃
＜Ｐ－１０９＞
その『喜び』は、たぶんここでいちばん純潔なものでしょ＃
う。」＃
幸福「あなた、あの女の人を知らないのですか。まあ、よく＃
ごらんなさい。あなたの二つの目をたましいのどん底＃
におちつけて、よくごらんなさい。あの人、あなたを＃
見ています。そら、手をひろげてこちらへかけてくる。＃
あれが、あなたの『おかあさんの喜び』です。くらべるも＃
のもない『母の愛の喜び』です。」＃
方々から急いでかけよって來た「喜び」たちは、「母の愛の喜び」を手をたたいてむかえ＃
ます。＃
母の愛「チルチルや、それから、ミチルや。まあおまえたち、＃
ここにいたの。思いもかけなかったよ。私、きょう、＃
＜Ｐ－１１０＞
ここにいて、それはさびしかったよ。ふたりとも、お＃
かあさんにだかれておくれ。なにが幸福といって、こ＃
れほどの幸福は、世の中にありませんよ。」＃
チルチル「でも、あなたは、うちのおかあさんににているけれど＃
も、ずっときれいだもの。」＃
母の愛「そりゃあそうともさ。私は、もう年をとることはない＃
のだからね。そのうえ、毎日、新しい力と、わかさと＃
幸福とがますのですよ。おまえがにっこりするたびに、＃
わかくなるのですよ――うちにいると、それが見えな＃
いが、ここでは、なにもかも見えるのですからね。」＃
チルチル「それに、このきれいな着物は、まあ、なんでこしらえ＃
たの。きぬなの、銀なの、それとも眞珠なの。」＃
＜Ｐ－１１１＞
母の愛「いいえ、これは、＃
おまえたちのほ＃
おずりと、おめ＃
めと、だっこと＃
で織ったのです＃
よ。おまえたち＃
がほおずりをす＃
るたびに、私の＃
着物に、月と日＃
の光がさしてき＃
てね。」＃
チルチル「おもしろいなあ。ぼく、おかあさんがそんなお金持だ＃
＜Ｐ－１１２＞
とは知らなかった。いつもそれをどこにしまってある＃
の。それは、おとうさんがかぎをかけたあの戸だなの＃
中にはいっているの。」＃
母の愛「いいえ、いいえ。私は、いつだってこの着物を着てい＃
るのよ。けれど、人間には見えないのさ。人間という＃
ものは、目を閉じていると、なんにも見えないのだか＃
らね。母親はだれだって、子どもをかわいがるときに＃
はお金持なのですよ。もう、びんぼうなおかあさんも＃
なければ、きりょうのわるいおかあさんもないし、年＃
をとったおかあさんもないのさ。おかあさんたちの愛＃
は、喜びの中でも、いちばん美しい喜びなんですよ。＃
それに、おかあさんたちが悲しそうな顏をしていると＃
＜Ｐ－１１３＞
きでも、ほおずりをしてもらえば、すぐそのなみだは、＃
目の中の星になってしまうのですよ。」＃
チルチル「ああ、そうだ。ほんとうだ。おかあさんの目の中には、＃
星がいっぱいある。ほんとうにおかあさんの目だ。で＃
も、ずっときれいだなあ。それから、これもおかあさ＃
んの手だ。小さな指わをはめている。おまけに、いつ＃
かランプをつけるときやけどをしたあとまであるよ。＃
でも、ずっと色が白いな。その中から光が流れだすよ＃
うだよ。ここでは、うちにいるときのように、しごと＃
をしないの。」＃
母の愛「いいえ、それは同じことですよ。まあ、おまえ、見た＃
ことがなかったかい。この手でおまえのせわをしてい＃
＜Ｐ－１１４＞
るときは、いつだってこんなに白くなって、光がさす＃
のにね。」＃
チルチル「ふしぎだな、おかあさん。声までそっくりだよ。でも、＃
うちにいるときよりか、ずっとお話がうまいな。」＃
母の愛「うちにいるとね、あんまり用が多すぎて、ひまがない＃
のだよ。さあ、これで、おまえたち、私に会ったのだ＃
から、あしたまた、あの小さな家に帰って、私がぼろ＃
ぼろの着物を着ていても、わかるだろうね。」＃
チルチル「ぼく、うちへ帰りたくないや。おかあさん、ここにい＃
るなら、ぼくもここにいたいや。」＃
母の愛「でも、それは同じことですよ。私も下へ行くのですよ。＃
小さな家に帰るのですよ。おまえたちがこの上まであ＃
＜Ｐ－１１５＞
がって來たのは、これから下へ帰ってから、どういう＃
ように私を見なければならないか、それを、はっきり＃
とさとるためだからね。わかったかね。チルチルや、＃
おまえは、いまだけ天國に來ていると思っているけれ＃
ど、おまえと私とが、かわいがりあうときは、いつで＃
も天國にいるのですよ。おかあさんに、ふたりはあり＃
ませんよ。どんな子だって、おかさんはひとりぎりで＃
す。それは、いつだって、同じおかあさんで、いつだっ＃
て、いちばん美しいおかあさんなのだからね。おまえ＃
たちは、おかあさんをよく覚えて、だいじにすること＃
をわすれてはなりませんよ。でも、おまえたちは、ど＃
うしてここまであがって來られたの。人間が地上に住＃
＜Ｐ－１１６＞
みついてからこのかた、いつもたずねあぐんでいた道＃
が、どうしてわかったの。」＃
チルチル　つつましくすこしさがっている「光」を指さしながら、「あの人がつれて＃
來てくれたの。」＃
母の愛「あの人、だれなの。」＃
チルチル「光さ。」＃
母の愛「私、あの人を見たことがなかったよ。あの人は、おま＃
えたちふたりをかわいがって、たいへんしんせつにし＃
てくれるそうだね。でも、なんで、あんなに顏をかく＃
しているの。あの人、顏を見せることはないの。」＃
チルチル「いいえ、あの人は、あんまりはっきり顏を見せると、＃
『幸福』たちがこわがるだろうって、心配しているのです＃
＜Ｐ－１１７＞
よ。」＃
母の愛「あの人、私たちが、あの人をずいぶん待ちわびている＃
ことを、知らないのだろう。（ほかの「大きな喜び」たちを呼ぶ。）み＃
なさん、いらっしゃいよ。みんな早くいらっしゃいよ。＃
『光』がとうとう來てくれました。」＃
物のわかる喜び「あなたは『光』なんですね。私たちは、ちっとも知りませ＃
んでしたよ。あなた、この私がおわかりですか。私は＃
『物のわかる喜び』でございます。私たちは、それは幸福＃
ですけれど、自分たち以上のものは、見えないのです。」＃
正義であることの喜び「私をごぞんじですか。私は、それは長いこと、あなた＃
を求めていた『正義であることの喜び』でございます。＃
私たちは、それは幸福なんですけれど、やはり、私た＃
＜Ｐ－１１８＞
ちの影以上のものは見えないのです。」＃
美しいものを見る喜び「あなた、私をごぞんじですか。私は、あなたをすいて＃
いる『美しいものを見る喜び』でございます。私たちは、＃
幸福なのですけれど、私たちのゆめ以上のものは、見＃
られないのです。」＃
物のわかる喜び「さあ、そのベールをおとりください。私たちは、強く＃
て、純潔です。」＃
光　いよいよベールをかぶって、「みなさん、私は神さまのおいい＃
つけを守っているのです。ときはまだ來ないのです。＃
でも、いまにきっと來るでしょう。そうしたら、私は、＃
もうなにもおそれず帰って來ます。さようなら。みん＃
な起きあがってお別れしましょう。ほどなくあらわれ＃
＜Ｐ－１１９＞
るあすの日を待ちながら。」＃
母の愛　光をだきながら、「あなたは、私の子どもたちに、それはご＃
しんせつでしたね。」＃
光「私は、愛しあう人たちには、いつでもしんせつにいた＃
します。」＃
「物のわかる喜び」、「光」の方へ行き、ふたりは長いあいだだきあいます。やがてはな＃
れて顏をあげますと、ふたりの目にはなみだが光っていました。＃
チルチル　びっくりして、「どうしてないているの。（ほかの「喜び」たちを見な＃
がら）おや、みんなないているのだな。＃
でも、どうしてみんな、目にいっぱいなみだをためて＃
いるの。」＃
光「まあ、だまっておいでよ、いい子だから。」　　＃
＜Ｐ－１２０＞
七　　最後の学級日記　　＃
きょうは修業式があった。校長先生のお話を聞いていると、＃
ずっとまえのことが思い出されてきた。はじめてこの学校の門＃
をくぐったときのことが、はっきりうかんできた。＃
在校生たちがみんなで、私たちのために送別の歌を歌ってく＃
れた。その歌を耳にしながら、もっと下級生をかわいがってお＃
けばよかったなと思った。＃
「かわいい弟たちよ、妹たちよ。みんな元氣で、この学校を愛＃
＜Ｐ－１２１＞
してくれ。」＃
私が答辞を読んだ。けれど＃
も、思うことがすこしも書け＃
ていないことに氣がついた。＃
あれもいいたい、これもいい＃
たいと思った。読んでいるう＃
ちに先生がたに対する感謝の＃
念があふれてきた。それはな＃
んともいえない、せつない氣＃
持であった。＃
受持の佐［さ］藤［とう］先生と、教室で＃
お別れをした。先生は、＃
＜Ｐ－１２２＞
「おたがいに、信じあえ。愛しあって生きていけ。これがこの＃
級の最後のことばだ。」＃
とおっしゃった。＃
うれしいような、樂しいような、悲しいような氣持をだいて、＃
この日記のふでをおこう。＃
――高［たか］橋［はし］――　　＃
――高橋さんが、きょうの日記当番ですが、私にも書かせてください。きょうの感＃
謝会はわすれることはできません――＃
先生がたがみんなで、合唱してくださった校歌や、石［いし］井［い］先生＃
の手品や、森［もり］田［た］先生と西［にし］野［の］先生のバイオリンとピアノ合そうな＃
ど、はじめてのことなので、ほんとうにうれしく思いました。＃
＜Ｐ－１２３＞
なぜいままで、もっと先生がたとしたしくしなかったのだろう＃
と、ざんねんに思いました。先生がたのご幸福をおいのりいた＃
します。＃
――園［その］山［やま］――　　＃
樂しい六か年の思い出を残してくれたこの運動場、この校舍、＃
あの農園、みんなありがとう。＃
――田［た］中［なか］――　　＃
なつかしい一年生。「こくご　一」の第一課「みんな　いい　こ」。＃
ほんとうにみんないい同級生であった。＃
「心に花をかざれ。」＃
＜Ｐ－１２４＞
――丸［まる］山［やま］――　　＃
新しい旅の門出、＃
希望をもって。＃
校門のかしの木よ、＃
母校よ、ばんざい。＃
――草［くさ］野［の］――　　＃
