面接調査は第1回調査から第4回調査まで継続して実施している調査です。
言語面を焦点化した調査項目は,音声(単音とアクセント)と,語彙・文法形態から成ります。絵を見せたり,口頭でなぞなぞ式の質問をして回答してもらうものです。音声項目は,共通語を使う相手に対してどのくらい共通語を使うか(使えるか)といった共通語運用能力を調べる目的で設定しました。
一方,語彙・文法項目は,家族や友達とのカジュアルな会話の中で共通語を使う程度を調べるために設定しています。
言語生活を焦点化した項目は,方言と共通語の使い分け意識を尋ねるものや,マスメディアとの接触度,共通語話者との接触度などを調べる項目です。
202.ヒゲ(両唇音の有無) | 207.ネコ(有声化の有無) | 216.スイカ(合拗音の有無) |
面接調査は,過去3回の調査ともに,サンプリングによって抽出した被調査者に対する調査(ランダムサンプリング調査)を実施しています。また,第2回調査以降は,過去の調査に参加した被調査者に再度調査にご協力いただく調査(パネル調査)も実施し,この2つの調査を並行して行っています。
ランダムサンプリング調査は,鶴岡市民の共通語生活とその変容を明らかにすることを目的としています。つまり,地域の言語変化の実態を解明するための調査です。一方,パネル調査は,実時間の経過のなかで個人の共通語生活がどのように変化したかを明らかにすることを目的とします。つまり,個人の言語変化の実態を解明する調査です。
この2種類の調査を組み合わせて実施することで,以下のような言語データを得てきました。
サムネイルのリンク先は大きなサイズの画像ファイルです。
調査のデザイン(コホート系列法) | 音声の各項目に共通語で反応したものの比率 (第1~3回調査結果) |
物資配給表(現在の住民基本台帳にあたるもの)を基に,15~69歳の約1800名のサンプルを抽出し,そこから層化多段抽出法によって約500名を抽出しました。
層化の内訳は,
(1)性別・年齢別に分類する,
(2)最近鶴岡市に住み始めたばかりの人を別層に取り出す,
(3)居住地域別に分ける,
(4)さらに職業別に分ける,
というものでした。
面接調査の回収率は99%(496名)です。
第1回調査と同一地区に居住する15歳~69歳を対象として,住民基本台帳から系統抽出法(等間隔抽出)によって被調査者を選びました。
この調査では「差替」という方法を使いました。調査完了数を予め400名と決めておき,調査不能による不足分を余分にサンプリングしておいた被調査者で埋めていく方法です。調査不能が出た場合は,同性で年齢が近い人に差し替えて調査しました。
設定数よりも1名分多く調査ができたため,調査完了数は401名です。
調査完了数(401名)に占める差替サンプルの割合は約12.7%でした。
第1・2回調査と同じ地区に住む15歳~69歳を対象に,第2回調査と同じく住民基本台帳から系統抽出法(等間隔抽出)で500名を抽出し,面接調査を実施しました。
調査回収率は81.0%(405名)です。
第1~3回調査と同じ地区に住む15歳から79歳の男女700名を,住民基本台帳から等間隔抽出によって選定しました(第1回から第3回調査までは15歳から69歳が対象でしたが,今回は年齢範囲を10歳延長しました)。
調査回収率は66.1%(463名)です。
調査対象地域は鶴岡市の旧市街地です。また,町名は調査当時のものです。
第一学区 本町二丁目(ホンチョウ) 三和町(ミワマチ) 睦町(ムツミマチ) 三光町(サンコウチョウ) 双葉町(フタバチョウ) 文園町(フミゾノマチ) 千石町(センゴクマチ) 長者町(チョウジャマチ) 城南町(ジョウナンマチ) 小真木原町(コマギハラマチ) |
第二学区 本町一丁目(ホンチョウ) 昭和町(ショウワチョウ) 大東町(ダイトウマチ) 神明町(シンメイチョウ) 苗津町(ナエズマチ) 日出一丁目(ヒノデ) 日出二丁目(ヒノデ) 東原町(ヒガシハラマチ) |
第三学区 錦町(ニシキマチ) 新形町(ニイガタマチ) 上畑町(カミハタマチ) 山王町(サンノウマチ) 泉町(イズミマチ) 若葉町(ワカバマチ) 家中新町(カチュウシンマチ) 馬場町(ババチョウ) 東新斎町(ヒガシシンサイマチ) 城北町(ジョウホク) |
第四学区 本町三丁目(ホンチョウ) 陽光町(ヨウコウマチ) 青柳町(アオヤギチョウ) 美原町(ミハラマチ) 稲生一丁目(イナオイ) |
第五学区 道形町(ドウガタマチ) 大宝寺町(ダイホウジマチ) 末広町(スエヒロマチ) 日吉町(ヒヨシマチ) 宝町(タカラマチ) 鳥居町(トリイマチ) 切添町(キリゾエマチ) 朝暘町(チョウヨウマチ) 宝田二丁目(タカラダ) |
第六学区 みどり町(ミドリマチ) 新海町(シンカイマチ) 大西町(オオニシマチ) 西新斎町(ニシシンサイマチ) 砂田町(スナダマチ) 淀川町(ヨドガワマチ) 道田町(ミチダマチ) |
鶴岡市民の共通語生活をより立体的に把握するために,面接調査とは別に,以下のような補完調査も実施しています。
第1回調査: 言語生活の24時間調査,鶴岡方言の特徴の調査,共通語とパーソナリティの調査,学校における共通語指導状態の調査
第3回調査: 言語生活調査,方言記述調査,場面差調査
第4回調査: 言語生活調査,発展的調査
被調査者(3名)の,朝起きてから夜寝るまでの言語行動を速記と録音によって記録した調査です。「共通語の調査」の妥当性(validity)を見るための検証調査として実施しました。1日の「読む・書く・話す・聞く」の言語量や使用する話題・文数・文節数,言語行動の種類などを詳細に分析しました。
鶴岡市での方言と共通語を捉えるには,伝統的な方言の詳しい記述が必要です。音韻,アクセント,文法(テンス・アスペクトなど)について,各調査時において最新の学問的知見を援用して方言体系の記述を行いました。
文化との連関における個人の心理過程と状態の分析を主眼とした調査です。ロールシャッハ・テスト,質問紙法によるパーソナリティ・テスト,郷土資料の収集,生活記録の収集を行いました。
鶴岡地方において放送(ラジオ)や新聞がどのように利用され,その情報がどのくらい浸透しているかを調べる調査です。ある話題を挙げ,それをどんなメディアで知ったか,どのくらい細かな情報まで知っているかを調べました。
話しことばとしての共通語の指導をどのように行っているかを調査し,共通語運用に大きな影響を与えると考えられる共通語教育の実状を調べたものです。つまり,生徒ではなく,教師側を対象としました。10校ほどの小・中・高を選び出し,共通語教育についての実践,それに対する意識や意見,教師自身が教室で使用することば等について尋ねました。
被調査者の言語生活をより具体的に把握するための留置式調査。「きのう1日」の話した/聞いた/読んだ/書いたことを詳細に尋ねるほか,方言と共通語に対する意識・意見や,共通語の手本としたもの,人との付き合い方等,様々な言語生活について尋ねた。
国立国語研究所は1948年(昭和23年)に設立されました。
設立の目的の1つは,日本の言語生活の実態を明らかにすることでした。
設立の翌年(1949年)には,福島県白河市をモデル地域に選んで言語生活の実態調査を行い,多くの知見を得ることができました。
そこで得られた知見は,日本全国の他の地域にもあてはまるものなのでしょうか。
それを確かめるためには,他の地点でも同様の実態調査を行う必要があります。
国立国語研究所は,地域社会における言語生活を明らかにする実態調査を全国に展開することを考えました。
福島県白河市に次いで実施されたのが,昭和25(1950)年の山形県鶴岡市における調査です。
鶴岡市の言語生活の実態を知るために,サンプリング(無作為抽出)という方法で鶴岡市民の代表を選びました。
日本の地域社会には方言があります。
一方で,首都圏を中心とする地域では,あるいは地域社会でも相手や状況によっては,共通語が使われることがあります。
日本における言語生活を捉えるうえで,この2つの使用実態を知ることが不可欠です。
そのため,方言と共通語に関する調査項目を設け,鶴岡市の言語生活の実態を明らかにしました。
言語研究には言語形成期という考え方があります。この時期に習得した言語的特徴が,その人が使うことばを決めると言われています。
その年齢・時期には諸説ありますが,ことばを使い始める時期から10代前半までだと考えられています。
この概念は,人が使う言語に大きな影響を与えます。
例えば,英語圏の子どもはこの時期にLとRの発音を習得するので,それを発音し分けることができます。
しかし,日本人が成人になってから英語を学習する場合には,言語形成期に習得していなかったLとRを発音し分けるのが難しいというのです。
確かにことばにとって言語形成期は重要なもののようです。しかし,人は,言語形成期を過ぎてしまうと言語的特徴を習得することができないのでしょうか。
仮にそうだとすれば,言語形成期に鶴岡市で育ち,一度方言的な特徴を習得した人は,年齢を重ねても方言的な特徴のあることばを使い続けることになります。
国立国語研究所は,1950年(昭和25年)の調査から約20年後の1971年(昭和46年),山形県鶴岡市において,サンプリングで鶴岡市の代表を選ぶ2回目の調査を行いました。
言語形成期後の言語習得の可能性を探るためです。第1回調査時に20代だった人は40代になっています。
仮に,人が言語形成期後に言語を習得しない/できないのだとしたら,40代の人が方言と共通語を使う割合は,第1回調査の20代の人の割合と同じであるはずです。
この課題を検証する方法がもう1つあります。同じ人をもう一度調査するということです。
同一個人に対して同じ調査を繰り返し実施する調査をパネル調査と言います。
この調査ではパネル調査も実施し,同一個人の言語変化も調べました。
そして,「人は言語形成期を過ぎてもことばを習得する」ということを,データで実証することができました。
人は,言語形成期を過ぎた後に,どのような道筋でことばを習得していくのでしょう。
昨夜まで方言を使っていた人が翌朝起きたら共通語を使うようになっていたなどとは考えにくいことです。
時間をかけて徐々に習得していくのでしょう。そして過去の調査結果から,語彙や発音やアクセントなどが足並みを揃えて同じスピードで変化していくわけではないことも分かっています。
それらの変化には遅速があるのです。また,ある人はアクセントの変化が早くて語彙が遅い,ある人は語彙が早くアクセントが遅いというように,変化の道筋が人毎に種々あるわけではなく,どうやら一貫した,普遍的な道筋があるようです。
この道筋をつぶさに描くこと,つまり,言語変化のプロセスとメカニズムをデータに即して明らかにしていくという課題が生まれます。
国立国語研究所は,第2回調査の20年後の平成3(1991)年,鶴岡市における3回目の調査を行うことでその課題に取り組みました。
第2回調査と同様に,サンプリングによる調査とパネル調査を並行して実施しました。
この調査によって幾つかのモデルが提案されました。
そして今日もなお,より精度の高いモデルを目指して,検討を続けています。
モデルはデータによって実証されるものです。鶴岡調査の結果から構築された言語変化のモデルは,新たな調査によってその精度が検証され,より緻密なモデルへと発展していくことでしょう。
2011年(平成23年)には第4回調査が実施されました。
その結果から,60年間にわたることばの変化をみつめ,言語変化のプロセスとメカニズムの解明をより一層進めることができるでしょう。
また,同じテーマで60年間続ける調査は,言語研究の世界に限らず,他の分野・学問の調査研究でも,「世界最古・世界最長」の経年調査になります。
鶴岡調査は,60年間の言語変化を追うこと,またその先の80年間,100年間の言語変化を追い続けることを見据え,ことばの変化の解明を目指しています。
鶴岡調査は下記の文献(p.p.213-216)でも紹介されています。
Chambers,J. K. (2002) Sociolinguisic Theory. Oxford: Basil Blackwell
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