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このサイトでは、1970年代から1980年代にかけて日本語学・日本語教育の学術的基盤を築くのに大きく貢献した故・寺村秀夫教授(1928–1990)が残した学術論文の幾つかを英語に翻訳して提供します。

ありし日の寺村秀夫先生

寺村秀夫氏の研究で特筆されるのは、「連体修飾のシンタクスと意味―その1~その 4」(1975-78年;『日本語日本文化』 大阪外国語大学研究留学生別科)で、これは日本語の名詞(連体)修飾表現に関する画期的な研究です。この一連の研究において寺村は日本語の名詞(連体)修飾表現の記述・分析に必要な枠組みを提供し、連体修飾部と被修飾語(「底の名詞」)との関係を「内の関係」(関係節:例「サンマを焼く男」)、「外の関係」(名詞補文節:例「さんまを焼く匂い」)に分類することを提案しました。また、これ以外に「頭がよくなる本」(短絡の内の関係、内の関係と外の関係の中間的なもの)のような語用論的な推論を伴う構造にも着目しました。この4篇の論文のうち「連体修飾のシンタクスと意味―その3」の要約版と考えられるものが1969年に発表された“The syntax of noun modification in Japanese”と題した英文論文です。さらに、寺村は1980年に発表した「名詞修飾部の比較」と題した論文において日本語と英語の対照研究を報告し、対照研究を行う上での注意点などを指摘しつつ、両言語間の類似点や相違点に光を当てています。

しかし、日本語で書かれているがゆえに、世界の多くの研究者にとっては寺村氏の名詞(連体)修飾表現に関する貴重な研究成果はこれまで十分に利用できないのが実情でした。この状況を改善すべく、国立国語研究所の第3期中期計画(2016年4月~2022年3月、6年間)で実施する共同研究プロジェクト「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」(リーダー:窪薗晴夫)傘下のサブプロジェクト「名詞修飾表現の対照研究」(リーダー:プラシャント・パルデシ、サブリーダー:堀江 薫)において、『寺村秀夫論文集Ⅰ―日本語文法編―』(くろしお出版]]、1992)に収録されている寺村秀夫(1975-78)「連体修飾のシンタクスと意味―その1~その 4」および『寺村秀夫論文集Ⅱ―言語学・日本語教育編―』(くろしお出版、1993)に収録されている寺村秀夫(1980)「名詞修飾部の比較」の合計5篇の論文を英訳し、無償公開することを企画しました。

この企画を実施するにあたって寺村氏の薫陶を受けた益岡隆志氏(関西外国語大学教授)や影山太郎氏(国立国語研究所所長)を通じてご遺族にご連絡を取らせて頂き、英語への翻訳およびその国立国語研究所のホームページでの一般公開の許諾を頂くことができました。また、John Haig先生(元ハワイ大学准教授)に上述の論文の英語への翻訳をご快諾頂きました。このように願ってもない好条件が整い、日本語研究の成果を発信できるに至ったことは望外の喜びです。

日本語の名詞修飾表現はその機能的な範囲が広く、統語的な制約よりはむしろ、意味・語用論的な制約によって規定されるという興味深い特徴があります。名詞修飾表現に関して、世界の多くの言語と比べたときに日本語は特異な言語であるのか、それとも、日本語のような名詞修飾表現が他の言語でも頻繁に確認されるのかは興味深い研究課題です。この課題に取り組む世界の多くの研究者にとって、寺村秀夫氏の一連の論文の英語訳は個別言語における名詞(連体)修飾表現の記述・分析を再検討する際に大いに参考になるものと確信しています。

プラシャント パルデシ(国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)

2017年7月1日