「方言ブーム」と方言関係の図書

 2005年の夏から秋にかけ,各メディアが,若い世代—特に東京とその近辺の女子高生・女子大生の間で全国各地の方言を会話やメールに織り込む「方言ブーム」が起きていると報じました(『日本語ブックレット2005』参照)。
 このブームを,方言を専門とする研究者はどうとらえたのでしょうか。2006年の学術誌に掲載された見解をいくつか挙げてみます。

  • 関西方言に限らず,方言一般への好感度が増している現在,かつては抑圧され追放されていた方言が,今や首都圏の若者世代には「(コミュニケーション上の:引用者注)化粧品」として重宝されているわけである。(陣内正敬「特集:若者の「方言」 方言の年齢差 若者を中心に」,『日本語学』25-1,1月)
  • 方言を理解するだけでなく使用する段階まできているのが興味深いが,もとの方言から切り離して使うのだから,体系としての方言は考慮されていない。切り花を飾るような使い方である。(佐藤貴裕「特集:日本語の謎 方言が時折「ブーム」になるのは」,『国文学解釈と教材の研究』51-4,4月)
  • 地域の伝統色を失った都市部で,伝統色にまみれた方言を「ふるさとのことば」として鑑賞する風潮は,すでに今期(2004〜2005年:引用者注)以前にも見受けられたが,ここにいたり,方言を新奇なものとして消費する時代が来たわけである。(日高水穂「特集 2004年・2005年における日本語学界の展望 地域言語・方言」,『日本語の研究』2-3,7月)

 本来,各地の人々が素顔でふれあう時の言葉であり,生活に根ざして馴染んだ言葉である方言が,東京とその近辺の若者にはそれとは異なる「(コミュニケーション上の)化粧品」「切り花」「新奇なもの」として使われたわけです。

 一方総合雑誌がこのブームを取り上げたのは2006年になってからで,『文芸春秋』3月号「特集;現代人必携 推薦図書リスト付き 日本の常識44」,『Voice』6月号に記事が見られました。しかし,ブームは2006年に入ったころにはすでに峠を越えており,火付け役と目されたテレビ朝日系のバラエティー番組『Matthew's best hit TV』も3月には放送が終了しました。2005年後半に相次いで刊行された,若い女性をターゲットとした全国の方言を紹介する本も,2006年には1月の『使える方言あそび メールで、会話であそんじゃえ!』程度でした。

 ブームについての報道がすっかり見られなくなった後半にも,方言に関するさまざまな話題をわかりやすい文体で記述した『日本語でなまらナイト しのざき教授のなまらやさしい方言講座』『ことばのとびら』などが刊行されました。しかしこれらは2005年後半の一連の本とは一線を画し,研究者の立場から客観性に留意しつつ書かれたものでした。今回のようなメディアがこぞって報じ,盛り上げるという形のブームが再来するかはともかく,方言に対する人々の関心は都市部・地方を問わず一貫して高いものがあり,それに応えるような図書の刊行は今後も継続していくことでしょう。

他の資料では

関連文献情報

「方言ブーム」と方言関係の図書

文献番号
書名 (著者) 発行年月 ページ 発行所(発売所) 判型 本体価格
2006157
プチブティックシリーズ406 使える方言あそび メールで、会話であそんじゃえ! 2006-1 80p ブティック社 B6 500円
2006159
日本語でなまらナイト しのざき教授のなまらやさしい方言講座 (柳川圭子/著@しのざきこういち/監修) 2006-10 191p 小学館 B6 1200円
2006160
ことばのとびら (都染直也/著) 2006-12 239p 神戸新聞総合出版センター B6 1500円



国立国語研究所 日本語ブックレット2006