『ウィキペディア』
辞書とウェブ,辞書への一般参加という二つのトピックに関連して,もう一つ大きな話題がありました。誰でも項目の追加や記述内容の変更ができる,ウェブ上の無料百科事典『ウィキペディア』が,「本家」の英語版と日本語版ともに大きな注目を集めるようになり,新聞各紙でも取り上げられました。
- ウィキペディア日本語版 登録項目が20万を突破(5月22日付毎日夕刊)
- ウェブが変える1 無料百科事典 誰でも執筆刻々改良(7月27日付朝日)
- 知的にエンジョイ3 膨らむ「ウィキペディア」 「集合知」築き合う快感(11月23日付読売「くらし」面)
これらの記事では「誰もが参加できる」「誤りはすぐ修正される」といった良い面が強調され,負の側面にはほとんど言及がありません。しかし2007年1月には,アメリカのある大学の史学部が,複数の学生が試験で同じ誤答をした原因が『ウィキペディア』の記述にあったと判断されたことから,試験やレポートに『ウィキペディア』やウェブ上の同種の情報源からの引用を認めないとの措置をとりました(2007年2月23日付朝日)。日本でも,大学生の卒業論文や単位レポートでは,一昔前までは参考書や辞典の丸写しが問題でしたが,昨今は『ウィキペディア』等の記述を「コピー&ペースト」でつぎはぎに引用してまとめあげたものが提出されることがままあり,大学教官を悩ませています。
記述の正確さについて,アメリカ文学者青山南氏は,英語版で不正確な記事があったので訂正する書き込みをしたものの一日後には元に戻っていた,という自らの経験を文芸誌の連載で語っています。氏はその中でさらに,
- おおまかなところは間違いないが,細かなところに大胆に私情が混じっている。
と述べたうえで,
- おおまかなところにおいては信頼できる「ウィキペディア」である。多少は事実とちがうんだろうという姿勢でさえ臨めば,「ブリタニカ」の代わりにはなってしまうのである。
と,一定の評価を与えています(『すばる』12月号「ロスト・オン・ザ・ネット」)。なお,『ウィキペディア』英語版と世界的に著名な百科事典『ブリタニカ』との比較については,イギリスの科学雑誌『Nature』(オンライン版)が2005年12月,「両者の正確さに大きな差はない」という内容の記事を掲載し,『ブリタニカ』側が反論して記事の撤回を求めるという事件も起きました。
物事を新たに調べ始める上での入口の一つとして役に立つことは確かですが,正確性・厳密性についてはまだ評価が定まっていない「事典」として当面は利用するのが安全といえます。
関連文献情報
『ウィキペディア』
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